※ 勢いだけでSSに挑戦しました(人生初)
※ 独自設定解釈あり。
※ 劇場版までのネタバレあり。
※ 筆者は戦車知識皆無です。
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もうすぐ日付が変わろうとする時刻。
場所は、大洗町内のとあるバー。
そこは、若者向けの1次会向けな居酒屋ではなく、夜に飽き足らない者同士が勢いで入る2次会向けの居酒屋でもなく。
1次会で近況を報告し合い、2次会で在りし日のように散々バカ話を繰り広げた後に、ようやく心の奥底から込み上がる大事な何か。
そんな何かを、大の男二人が語り合うのに相応しい空間だった。
カウンター上に置かれた小さな灯りを挟むようにして、二人の男が昔話に花を咲かせている。
片や、ノーネクタイのワイシャツ姿ながら、エンジンオイルの匂いを漂わせる無骨そうな男。
片や、パンチパーマという厳めしい髪型ながら、理髪店特有の芳香を漂わせる温和そうな男。
どうも二人は旧友らしい。
バーのカウンター内でグラスを拭く初老のマスターは、会話の内容からそう察することができた。
「まさか淳五郎にあんな表情をさせる友人がいるとはねぇ」
マスターは薄目をちょっとだけ開けて、男達の方に視線を向けた。
マスターは男の片方を知っていた。
秋山淳五郎。
学園艦で理髪店を営んでいる男だ。
このバーがある界隈は居酒屋が軒を連ねており、学園艦が大洗港に入港すると、たびたび学園艦商店街の旦那衆らが酒を飲みに訪れる。
つまり、淳五郎はこの界隈の常連だった。
淳五郎は髪型がパンチなせいで見た目はアレだが、気さくな男だとマスターは思っている。
というのも、淳五郎はマスターの店に来るたび、決まって響12年のロックを手にしながら、ちょっと高めのテンションでマスター相手に世間話をするからだ。
話の内容は、理容業界のこと、学園艦での生活のこと、今日来たお客のこと、そんなとりとめもない話題が中心だったと、マスターは記憶している。
記憶している…というのは、ここ何年間か、淳五郎がマスターの店を訪れなくなったからだ。
理由はどうも、淳五郎の娘さんに関係しているらしい。
前回、淳五郎が最後に来店したとき、何かの拍子に娘さんの話になった淳五郎は、なぜか沈痛な面持ちを見せたのだった。
「いやあ、うちの優花里なんですがね、どうも友達がいないらしくて」
無理矢理笑おうとしながらグラスを握りしめる淳五郎の顔を、初老のマスターは忘れることができなかった。
それから何年振りかの今日、淳五郎は一人の男と連れ立って、この店にやってきた。
久方ぶりに見た淳五郎は、実に晴れやかで、楽しげな表情をしていた。
マスターと久方ぶりに会ったというのに、淳五郎には臆する素振りなど微塵もなかった。
そして以前のようにカウンターの席に着くと、淳五郎はお決まりの響12年のロックを注文し、
もう一人の男は「芋焼酎…はいつも飲んでるから、俺も同じので」と言って、ジャケットを脱いで隣の席に置いた。
マスターが覚えている限り、淳五郎がこの店に来るときは、いつも一人だった。
誰かと連れ立って来たことはない。
ありがたいことに、淳五郎にとってこの店は、自分一人で来たくなる大事な店なのだろう…と、マスターは理解していた。
それが、何年ぶりかの来店で、しかも友人らしき男と二人で来たとなると、
やはりこの数年、淳五郎に何があったのか気になるというもの。
おそらくは淳五郎の心に巣くっていた問題が解決したのだろうが…。
マスターは氷を削りながら、チラと淳五郎の方を見たが、当の本人は友人との会話に夢中だった。
ここで間を割って客のプライベートなことに踏み込むのは、マスターの矜持が許さない。
だからマスターは、ただただ店の空気感を演出する置物の一つとして振る舞った。
どうしても耳に入ってしまう彼らの会話を気に留めながら。
一通りしゃべり通して満足したのか、今は淳五郎が聞き役に回っているようだ。
秋山淳五郎を「アキヤン」とニックネームで呼ぶこの男は、最初はぽつぽつと、次第に滑らかに語りだした。
俺と妻は早婚だったんだ。
もともとタダの一整備士だった俺が、ひょんなことから綺麗な奥さんを娶り……ああ、ちょっと目つき厳しめだけどな。
あれはあれでいいもん…ゴホン、それでだな。
あれよあれよという間に、天使に見紛う娘を二人も得ることが出来た。
しほさんと出会ったことも、まほ、みほが生まれてきてくれたことも、俺に取っちゃ出来すぎなんだがな。
どういうわけか、そんな出来すぎた幸せが現在進行形で続いている。
といっても、この2年くらいは“ちょっとだけ”家族内がドタバタしてたんだけどな。ははは。
うんんと…なんちゅうか……しほさんと…娘たちがなぁ。
ちょっとだけギスギスしてただけなんだけど。
まあ、それだって俺はそんなに心配してなかった。
血縁ってもんは絶対に切れんしね。
だから、娘たちは何があろうと俺から離れていくことはないし、しほさんから離れていくこともない。断言できる。
たとえ親子関係がギスギスすることがあったとしても、そんなのは一時的なもんだ。
となれば、あとは元々他人同士だった夫婦関係ってのを円滑にしていれば、家族内は平和に保てるわけで、
夫婦関係を円滑にってのは、要するに、俺がしほさんをどれだけ想ってやれるかだろう?
なら、なんにも心配いらないじゃないか。
家族内平和の勘所は夫婦関係にあって、それが夫である俺の努力次第ってんなら、あとは結果が出るまで諦めず、逃げ出さず、前に進み続けるだけだ。
目的があって、それを果たすための問題が分かってて、それを解決するための方針は決まっている。
その方針とやらが、どうも夫として、あるいは父として、妻と娘を愛せばよいだけってんだから、ほら、心配するほどのものでもないだろう?
……はは、夫婦関係にまでこんな考え持ち出すなんて、なんだか俺も西住流っぽいな。
入り婿なんだけどなぁ、俺。
まあこんだけ西住家にいれば、そりゃ染まるか。
ともあれ、今もまぁこうして元気に整備士しているわけだ。
戦車道の家に入っちゃったもんだから、本業の自動車整備の仕事以上に、戦車整備の仕事が増えたってのが何とも言えないんだがな。
まあ、あの頃からアキヤンの影響で戦車見るのも診るのも好きだったからね。まったく苦にはならんけども。
おかげで日本全国あっちこっち行ってるよ。
ほら、最近、戦車道のプロリーグがなんたらってニュースになってるべ?
あれな、地方の中規模企業なんかにもちょっと影響あってさ。
自社戦車道チームを持ちたいって企業があったり、地域でまとまって戦車持ち寄ってチーム作ろうって話もあったりして、
そうすると戦車を整備する整備士が必要になるだろう?
で、戦車道の普及拡大に力を入れているウチ…というか西住流としては、整備のノウハウを教え広める役割も担っているらしくてね。
なんだかんだで俺のいる西住系の整備会社にお鉢が回ってくるワケだ。
笑ったのは、このあいだ呼ばれた会社の話でな。
「M24チャーフィーの足回りを見てくれ」ってんで行ったら、その会社、あの島田流の系統で(笑)
今まで島田系の会社から西住系の整備会社に仕事が割り振られるなんて、絶対なかったんだぞ?
最初は「しほさん、どんな魔法を使ったんだ…?」と妻の力量に恐れを抱いたもんだったが、
考えてみれば、今年の夏に行われた「大洗女子学園 対 大学選抜」で、
しほさんと向こうの家元さん、直に会ってるどころか、娘ら通して対戦しちゃってるんだよなぁ。
たぶん何らかの妥協があったのか、打ち解ける何かがあったのか、大人げないカールの投入なんてやったことへの謝罪の意味があったのか…はわからないけど、
ともあれ戦車道の二大流派が協力し合える機会になったのは違いない。
これからプロリーグも立ち上がるだろうし、ひょっとしたら高校戦車道の世界大会なんてのも出てくるかもしれないしな。
あの試合を起点にして、これから日本戦車道はいろんな部分で底上げされていくと思うよ。
そういえばアキヤンところの娘さんも、この間の大学選抜戦に出てたんだろう?
…いやさ、出張ついでにこうやってアキヤンに連絡取って飲みに誘ったのも、実はお礼を言おうと思ったからでさ。
それに、正直言うと、謝りたいこともあった。
アキヤンところの娘さん…優花里ちゃんだったか。
ウチの下の娘、どうも優花里ちゃんを始めとして、相当良い仲間に恵まれたみたいでなぁ。
みほって名前なんだけど…ん? 知ってる?
え、みほってば大洗で英雄なのwwwwww? ぶふっwwwwwwあのボケボケ娘がねえwwwwww
まぁその、ウチのみほがさ、優花里ちゃんらのおかげで立ち直ったんだ。
みほが高1でまだ黒森峰の学園艦にいたときに、高校戦車道の全国大会決勝であった事故のことは、戦車好きのアキヤンなら知っているだろう?
「自分のせいで10連覇を逃した」
「自分のせいで西住流の看板に傷がついた」
「自分のせいで姉の足をひっぱってしまった」
そんなふうに考えてしまったみほは、追い詰められてしまってな。
チーム内から批判を浴びることはほとんど無かったようだったんだが、
みほは真面目で優しい子だから…自分で自分を許せなかったんだろう。
みほにとって子供の頃から当たり前だった「戦車に乗ること」に、恐怖を感じるようになってしまった。
そういうとき、親が慰めて然るべきなのは分かってるんだけど、こと戦車道に関しては、俺に発言権なくてなぁ。
情けないが、表立ってみほを援護することが出来なかった。
もちろん、表立たないところでは援護したよ。
授業と戦車道訓練のズル休みに手を貸したり、息抜きに一緒に出掛けたり、クマのぬいぐるみ買ってあげたりね。
それに、みほは俺に似てわんぱくなところがあるし、このくらいでは折れないという確信もあった。
加えて、なんだかんだでみほは父親の俺宛てにちょくちょくメッセージくれるから、
それででみほの願いを推察して、なるべくみほが望むカタチで立ち回れるようにしてやったんだ。
大洗への転校っていうのも、そんな経緯から出て来たってわけでね。
それに…あのとき実は、みほ以上にしほさんが一大事だったんだよねえ。
ただでさえ、黒森峰戦車道チームの顧問として、事故にあった娘さんらの対処、親御さんへの対応、
事故の原因究明と予防策の提案、戦車道連盟への報告書提出などの責務を果たさなくちゃならないときに、
理由はどうあれ、渦中の人物は実の娘だ。
つまり、母としての責務も果たさなくちゃならなかった。
そして同時に、由緒ある戦車道流派の家元としての責務も果たさなくちゃならなかった。
体裁を守ろうとすれば、娘の心は守れず、娘の心を守ろうとすれば、己の根源である流派の歴史を守れなくなる。
だから…結局、俺と同じことをしたんだ、しほさんは。
俺と同じ、みほを表立っては援護しなかった。
そして、しほさんにとっての“表立たないところでの援護”というのは、みほの転校を黙認したこと。
みほに転校という逃げ道を与えた上で、「母が娘を突き放した」という事実を突きつけて、みほに少しでも「自分から逃げ出した」と思わせないようにすることだった。
…と、言い訳がましく言っているが、俺が戦車道に発言権がないダメ父親であったのは間違いない。
発言権どころか知ってるか? 俺が熊本の西住家に住み始める時、俺の部屋って用意されてなかったんだぞ?
「しほさんと同じ部屋で過ごせばいい」って義母さんが言ってな。
いやー、入り婿ってつらいんだぞー。
何か家庭内で問題が起こると、往々にして俺のせいにされるんだぞー。
俺を守ってくれるはずのしほさんが、俺を追い詰めることがあったりして、結局家庭内で自分の居場所を作ろうとしたら、自分でなんとかするしかないんだぞー。
結局、倉庫代わりに使われていた奥の和室を自分で片付けて、俺の私物を置いたのは良い思い出です(ホロリ)
…ごめん。今の話は聞かなかったことにしてくれ。
しほさんにバレたら「整備の仕事を受注してきたのでお願いします。3か月間連勤で」とか言われそうだ。
そんなわけで、みほは逃げるように戦車道がない大洗の学園艦に転校したわけだ。
というか、最初に大洗に転校を勧めたの、俺なんだけどね。
表立ってはみほを擁護できなかったけれど…それでも可愛い娘だからな。
しほさんにわからないように転校先を探したんだよ。
ん? なぜ大洗だったのかって? ふふん(ニヤリ)
ちょうどこのとき、アキヤンの娘さんのことを思い出したからさ。
前にアキヤンから悩み聞いてくれーって連絡あったとき、優花里ちゃんが戦車好きすぎてボッチがヤバいって言ってただろう?
みほにとって、戦車に乗ることが恐怖になったとしても、戦車道はあの子にとってアイデンティティの一部になっている。
だから、もし優花里ちゃんがみほの友達になってくれれば、戦車に乗らずとも戦車道の話ができると思ってさ。
肩に背負った重すぎる責任感を全部捨てて戦車道の話が出来るようになれば、それは、みほにとって楽しかった小さい頃を彷彿とさせるはず。
さらにアキヤンの娘だ。悪い子のはずはない。好きな戦車の話で、みほを追い詰めることはしないだろう。
だから、優花里ちゃんとの友達付き合いを通して、みほに戦車に乗る楽しさを見つめ直してもらいたかったんだ。
…あわよくば、みほだけの戦車道を見つけるきっかけになれば、ともね。
とまあ、こんな打算的な考えで、優花里ちゃんを利用しようとしたんだ。
だからアキヤンに謝ろうと……
…ちょっとちょっとアキヤン、なんで泣いてるの?
そりゃみほは、見方によっては学園艦を救った立役者の一人なんだろうし、
アキヤンの店を潰さずにすんだ救世主…ブフゥwwみほが救世主とかwwwwwwあぁゴメンゴメン!
まぁアキヤンにとってありがたい存在なのはわかるけども。
…ん? そんなことじゃないの?
それまで朗らかな顔で旧友の話を聞いていた秋山淳五郎が、目頭を押さえて嗚咽を漏らしだした。
その瞬間、初老のマスターもグラスを拭く手を停めてしまった。
マスターは気付いたのだ。
淳五郎の悩みは、この旧友の娘によって解決されたであろうことを。
マスターは、二人の男の邪魔をしないようにそっと店の出入り口へ近寄って営業終了の札を出した。
そして、何食わぬ顔でカウンター内へ戻ると、ちょうど淳五郎が、携帯の液晶に移った何かを旧友に見せているところだった。
再び旧友が淳五郎に語りかける。
えーっとこれは…先日、優花里ちゃんからアキヤンに送られたメッセージ?
いいじゃない。いまどきお父さんを毛嫌いする娘が多いって聞くし、良い娘さんじゃないか。
え? いいから早く読めって?
なになに。
「お父さんへ。
勤労感謝の日なので、いつも一生懸命働いてくれるお父さんに、感謝の気持ちを述べたいと思います。
いつもありがとう、お父さん。
小さい頃、お父さんに連れていってもらった戦車道の試合を見て、私は戦車が大好きになりました。
戦車が好きで好きで、でもそれを分かち合える友達が出来たことはなくて。
だから、私の友達はいつも戦車だけ。
私はそれでもいいと思っていたけど、お父さんはいつも心配してくれていたよね。
大洗女子学園に戦車道がなくて私がガッカリしたときも、お父さんは店がここにあるせいで、
他の学園艦に行かせてやれなくてごめんなって謝ってくれたのを覚えています。
お父さん。私ね。
この学校で、友達ができました。
西住殿は、私を受け入れてくれた最初の友達で、最高の友達です。
そして西住殿がいたから、私にもっと多くの親友ができました。
ピンチのときに一緒に乗り越えられるたくさんの仲間ができました。
お父さん、私を大洗女子学園に通わせてくれて本当にありがとう。
優花里」
「…ははっ。やっぱり良い娘さんじゃないか。」
そういって、無骨な手で目元を隠した旧友は明るく笑い、
しばらくしてから
「ありがとう優花里ちゃん」
と、震える涙声で呟いた。
二人の男が飲んでいたグラスは、すっかり空になっていた。
時刻はすっかり営業終了の刻限を過ぎていたが、初老のマスターは二人に帰宅を急かすことなく、ただ黙々と店の置物であろうとした。
大洗の学園艦が廃統合の憂き目に遭い、素人の寄せ集めで作った戦車道のチームが奇跡の全国優勝、そして奇跡の大学選抜撃破を成し遂げ、
学園艦を救った伝説を打ち立てたことは、マスターも良く知っていた。
そして、その伝説の立役者の一人が軍神西住とよばれる少女で、その少女の右腕として活躍した装填手の少女がいたことも。
しかし、神話じみた少女たちの父親は、ただのどこにでもいる父親だったのだ。
ただのどこにでもいる父親達が、3万人が暮らす学園艦を救った少女たちを守ったのだ。
初老のマスターは手慣れた手つきで響の21年物を開け、ロックアイスが入った2つのグラスに注いでいく。
そしてそれを父親たちに手渡した。
「これで目から失った分を水分補給してください。店からのサービスです」という言葉を添えて。
吹き出す淳五郎と旧友の男。
そして今度は妻自慢、娘自慢が始まった。
「いやね、マスター。それでこのあいだ、みほがようやく熊本帰ってきてね。
すんごい久しぶりに家族4人で食卓を囲んだんだけど、あのしっかりしているしほさんが、炊飯器のスイッチ入れ忘れてさ。
それ見たみほが、安心したのか笑いながら泣き出しちゃって、そしたらまほまで泣き出しちゃて、そんでしほさんも泣いてやんの。
もう可笑しくて可笑しくて………」
終わり
乙
最高だった
素晴らしい
家族仲が改善して良かった
おつ、みぽりんって考えたら圧倒的劣勢なのに3万人の生活を守ったんだよな、ヤバすぎるわ
えがったぞ!
素晴らしい。乙!
乙です!
飲みに行ってくる
乙でございます
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