佐藤心「働くと言う事」 (14)
アイドルマスターシンデレラガールズです。しゅがーはぁとこと佐藤心さんのお話です。
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「はぁとさん!」
「ん……? あ、プロデューサー。何?」
私が楽屋でぼーっと過ごしているといつの間にか楽屋にプロデューサーが居た。
「そろそろリハなのにスタジオに来ないから呼びに来たんですよ」
「えっ!? もうそんな時間!?」
言われて楽屋にかかっている時計を見ると、確かにもうすぐリハが始まる時間だった。もちろん遅刻ではないけども、普段の私なら既にスタジオで待機している時間だ。
「ご、ごめんね! プロデューサー! すぐ行くから!」
大慌てで机に広げてあった台本を小脇に抱える。もう一度目を通すために広げていたのだが結局楽屋入りしてから一度も読んでいない。
移動中も事務所でも家でもしっかり読み込んできているから問題はないのだけど。
「大丈夫なんで慌てないでください。転んで怪我なんてしたらそれこそ大参事です」
「だね☆ 気を付ける☆」
さて、これからはアイドルしゅがーはぁとの時間だ。佐藤心には引っ込んでもらわなきゃいけない。
「収録楽しみだなぁ~♪」
プロデューサーと楽屋を出てスタジオに向かう。足取りは軽く、心を弾ませて。
何せ楽しい楽しいアイドルのお仕事なんだからね☆
「心さん」
……の、はずだったのに、普段『はぁとさん』と呼ぶプロデューサーが私の事を『心さん』と呼ぶからさっきまでの気持ちが離れて行ってしまった。
「なに?」
「悩みとかあるなら相談に乗ります。俺はプロデューサーさんですから少しでも心さんの力になりたいんです」
「……もー☆ やだなぁ☆ 悩みなんてないない♪」
事実だけど真実ではない言葉でせっかくのプロデューサーの厚意を突き放す。
「……心さんがそう言うなら信じますけど、じゃあさっきの心さんは何を考えていたんですか?」
……こう言う鋭さがあるからプロデューサーをやれているのだろうか。
「……」
「言えないような事ですか?」
別に言えないわけじゃない。言ってしまえば単純な事だし。
でも、言ったからどうなるってわけでもない。
「……言えない事じゃないけど、どう言えばいいか言葉が見つからない」
一言で言い表せるような単語を今の私は思いつかないし、もうすぐ収録が始まるこの状況で長々と説明する時間もない。
「わかりました。言えるようになったら……言いたくなったら言ってください」
「うん……☆」
でも、プロデューサーはにはそれなりに伝わったみたいだ。
さすが私を見つけてくれただけの事はある☆
「じゃ、収録頑張ってくるから☆」
「はい、お願いします」
スタジオに着いて私は照明が当たっている方へ向かう。プロデューサーはセット横で待機なのでここで少しの間だけお別れ。
そんな顔しなくても大丈夫だから。私はちゃんとアイドルのお仕事をやるよ。長年の夢だったんだし、完璧にやってみせる。
これだけの想いを込めてプロデューサーに笑顔を送る。全部は伝わったのかは分からないけど、私が笑顔を向けたらさっきまでの少し曇っていたプロデューサーの顔が晴れたのでそれなりには伝わったのだろう。
アイドル、しゅがーはぁと。今日も元気に頑張るぞ☆
◆
「……あの、さ」
「はい?」
収録を終えて事務所に戻る車内で先ほど聞かれた事の回答をしようと思ったのだけど、やっぱり上手く言葉が見つからない。
「その……あれ。うん。あれ」
「……?」
そんな代名詞で伝わるほど私とプロデューサーの心は通じ合ってないみたいだ。もっとも、これだけで伝わるならエスパーの類だろう。
「えっと……」
「ゆっくりでいいですよ。今は時間ありますし、何なら車止めて聞きますから」
「ありがと☆」
じゃあ言われた通りにゆっくりと言葉を探すとしよう。なんて言うのが良いのかな。
「……寂しい?」
うんうん唸って出てきた言葉はそんなのだった。
「俺がですか?」
「え……? あー、違う違う。はぁとが」
「どういう事ですか?」
「えっと……なんて言うんだろ。寂しいと言うか懐かしい?」
駄目だな。やっぱり適当な言葉が見つからない。日本語って難しい。
「そう思った理由は?」
「理由……」
理由……なんで私が寂しいとか懐かしいとか思った理由か。
「……アイドルになったんだなぁって思って」
「はい?」
「しゅがーはぁとがアイドルになったんだよ」
「……? そうですね」
ルームミラー越しに見えるプロデューサーの顔に疑問符が浮かんでいる。当然の反応だろう。だって私も自分で言っててイマイチ理解できていないし。
「この歳でアイドルになれたんだよ、はぁとは」
私がアイドルとしてデビュー出来たのは26歳。世間一般で言えば『いい歳の大人』の年齢。
そんな私が安定とは程遠いアイドルなんて職業に就いている。
「あ、もちろんアイドル目指したのはもっと前だけどさ☆」
何年も何年もデビュー出来ずに、養成所に通ったリして、でもお金がなくて辞めちゃったり、エキストラの仕事でどうにかスカウトの目に留まろうとあれこれアピールしたり。
今思えばただ辛いだけのはずの記憶。
なのに、こうしてアイドルとしてお仕事をさせてもらって思い出すのはこの辛いはずの記憶達。
「夢を叶えたんだなぁって思ったら、なんかこう……つい、あんな感じになった」
「感慨深い、って事ですか」
「感慨深い……」
プロデューサーに言われた言葉を口に出してみると、なるほど。たしかにこれはしっくり来る表現かもしれない。
「感慨深い、感慨深い……。うん、そうかも」
感慨深い。詳しい意味はわからないけど、きっと今の私の心境を表すにはふさわしいと思う。
「アイドルに……なってさ。こうしてお仕事させてもらって、お金も貰える。これってすごい事だよね」
仕事をしたのだから給与が発生するのは当たり前の事かしれない。でも、私はこれがとてもすごい事に思えて仕方がない。
当たり前のように働いて、当たり前のように給料を貰って、当たり前のようにご飯を食べて生きている。
「プロデューサーはさ」
「なんですか?」
「プロデューサーの仕事、好き?」
「好きですね。やりたかった事ですし」
「そっか。なら良かった☆」
「んん……?」
結局、自分でも何が言いたいのか説明が出来そうにないのでこの辺で黙るとしよう。さっき以上に疑問符を浮かべているけど、察してくれたのか深くは追及してこなかった。
こういう時に私は良い人とパートナーになれたなってつくづく思う。
つかず離れずと言うか。心地よい距離感をプロデューサーは維持してくれる。今日みたいに困ったときには必ず手を差し伸べてくれるし。
私の事を見つけてくれたし。
◆
事務所で今後のスケジュールなどについて軽く打ち合わせをした後、送っていくと言うプロデューサーの申し出を断って私は駅まで歩いていた。
道すがら考えるのは、今日楽屋で考えていた事ばかり。アイドルになったんだと言う事を。
ふと、駅に向かう途中に公園があるのを思い出した私は立ち寄る事にした。ちょっとした用事を片づけるために。
公園には人の気配は無く……と言いたかったけど犬の散歩をしている人やジョギングをしている人がちらほら居る。ま、最近物騒だし乙女一人で夜の公園なんて危ないから良いんだけどね☆
ベンチに腰掛けハンドバッグの中身をゴソゴソと探り、しばらく機種変していないスマホを引っ張り出す。
もうバッテリーがかなり弱っていて充電器やモバブを持ち歩かないと不安でならない。休みが出来たら変えに行くつもりだけど今の私はなかなか休みもないので、まだしばらくはこの子と付き合う事になりそうだ。
ロック画面を解除して電話帳を開く。ついでにちらっとバッテリーの残量を見るとやっぱり心もとない感じだ。これはもしかすると電話をかけたらバッテリーがなくなるのではないだろうか。
「ま、そん時はそん時だよね☆」
画面に表示しておいた番号にコールをする。すぐには繋がらないと思っていた私の予想に反し、相手はすぐに出てくれた。
「もしもし? お母さん? うん。私、心」
どうせ母の画面には私の名前が表示されているだろうけど、一応礼儀として名乗っておく。詐欺に間違えられてもいやだし。
「……うん。久しぶり。ごめんね、あんまり連絡出来なくて」
懐かしい母の声は私がアイドルを夢見て家を出た時とまったく変わらなかった。あ、そうでもないかも。ちょっと老けた? まぁ……そんな事言えば逆鱗に触れるので黙っておくが。
「えっと……、その、さ……」
母との雑談に付き合ってあげたい気持ちもあるのだが、バッテリーの残量があまりなかったのを思い出して本題を切り出す事にする。
「私……、アイドルでちゃんと食べていけると思う。うん、心配かけてごめんね」
私がアイドルを目指して上京を決めた時、父は猛反対した。父親としては当然だと思う。
でも、最終的に『頑張りなさい』と言ってくれたのは母が説得をしてくれたからと後々に妹のよっちゃんから教えてもらった。
母は……ずっと私の事を心配してくれていたんだと思う。しょっちゅう食べ物を送ってくれたし、メールにしてくれって言ったのに何度も手紙もくれた。
手紙はいつも『ちゃんと食べていますか?』で始まって。私の夢を応援するって事ばかり書いてて。
自分で決めた事なのに辛くて、逃げ出しそうになる度に、母からの手紙を読んで自分を奮い立たせてなんとかここまでやってきた。
「うん。大丈夫。一緒に張ってくれるプロデューサーも居るし☆ うん……ありがと」
そろそろバッテリーも無くなってしまう気がする。一応言いたい事は言えたからこのまま切れてしまってもいいのだけど、最後にもう少しだけ……。
「お父さんとよっちゃんによろしくね☆ すぐには帰れないけど、また休みの時に帰るから。うん。待ってて」
いつの間にか公園には犬の散歩をしている人も、ジョギングをしている人も居なくなっていた。
これなら少し大きな声出しても恥ずかしくないかな。
「私が帰れない間はさ……」
スマホを握る手にちょっとだけ力を込める。
「テレビではぁとが輝くところ見ててね☆」
佐藤心としてではなく、アイドルしゅがーはぁとの言葉を伝えたところでピーと言う電子音が耳元で鳴った。
「……やっぱり切れちゃったか☆」
もの言わぬただの板になったスマホをハンドバッグにしまってベンチから立ち上がる。
「さって……、帰るか☆」
スマホにはもうちょっとだけ付き合ってもらう事にしよう。いつになるかはわからないけど、今度の休みには予定が出来たのだから。
End
以上です。
月曜日だよ! 今週も元気に働こうね! 辛い!
総選挙お疲れ様でした。改めてお礼を。
『佐藤心』、『神谷奈緒』に投票してくださった皆様、本当にありがとうございました。
心さんは圏外、奈緒は15位と言う結果でしたが、次こそはシンデレラガール目指して頑張ります!
そして、楓さんシンデレラガールおめでとうございます。
では、お読み頂ければ幸いです。依頼出してきます。
おつおつ
いいSSだった
なんか心が暖まった
おつおつ
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