徳川まつり「めめんと・もめんと?」 (46)
これはミリマスssです
過去作
春日未来「めめんと・もり」
春日未来「めめんと・もり」 - SSまとめ速報
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無かった筈のお話は、唐突にページに割り込んできた。
朝、窓から差し込む明るさで目をさます。
燦々と降り注ぐ太陽の光は、目覚ましにセットしたアラームを乗り越えた私を容赦なく叩き起こした。
こんな時、最適解はもう一度眠る事。
この後に鳴るアラームはセットしていない。
おやすみなさい…
再び夢の世界へ潜り込もうと布団を頭まで掛けようとして。
そう言えば、目覚ましが鳴ったと言う事は何か用事があったのだと思い出した。
けれど、それが何だか思い出せない。
思い出せないと言う事は、別に大した用事ではなかったのだろうか。
…ダメだよね、それで誰かに迷惑かけちゃ。
もぞもぞと起き上がって、部屋を見回す。
そう言えば、洗面所はどこだっただろうか?
まだ寝ぼけているからか思い出せない。
徘徊するゾンビのように家中を巡り、ようやく辿り着いて。
…え?
一つの違和感、そして不安。
洗面器に取り付けられた大きな鏡。
それに映ったのは、青緑の髪をした。
おそらくは、私の筈で。
「…誰?この美少女…」
私は。
キオクソーシツ?になっていた。
自分を落ち着ける為に、一度大きく深呼吸。
とは言えそんなに慌ててはいない。
なんとなーく、自分なら。
なんとでも、なんとか出来る気がしているから。
物の名称はきちんと覚えている。
けれど人の名称は覚えていない、と思う。
なにせ、自分の事を忘れているのだ。
今誰かと出会っても、きちんと名前を呼べる気がしない。
改めて、家の中を見回す。
2LDKの、おそらくアパートかマンション。
私は一人暮らし、だったのかな?
だとしたら少しばかり広すぎる気がするけれど。
その時、先程まで自分が寝ていたベッドを見て驚愕した。
枕が、二つ置いてある。
慌ててクローゼットを開くと、可愛らしい服が沢山。
どうやら私はなかなかファッションセンスが良い様だ。
…そうじゃなくて、これ…
目に入ったのは、クローゼットの左2割くらいに引っかかっているスーツ。
どう見ても、男物だ。
そう言えば洗面器には歯ブラシが二本と髭剃りがあった気がする。
と、言う事は…
私は、誰かと同棲してたのかな…?
ぷるるるる、ぷるるるる。
枕元に置かれた携帯電話が、突然震えだした。
間違いなく、私に電話が掛かってきたのだろう。
自分の物と言う確証はまだ無いが、十中八九当たっている筈だ。
恐る恐る画面を覗く。
表示されたのは…ダーリン、の文字。
どうやら以前の私はなかなか女の子女の子していたらしい。
そんなダーリンからのコールは、未だに鳴り止まない。
出なければ、きっとまた掛け直してくるだろう。
だとすればココで出ないと言う選択肢は無い。
それに、今の私には情報が必要だ。
再び大きく深呼吸をして、通話を開始する。
「も、もしもし…?」
「…ま、まつり、起きてるか?なかなか事務所来ないから心配してたんだよ…」
どうやら、私の名前はまつりらしい。
なかなかに可愛らしい名前だ。
そして、事務所、という事は…
どう言う事なのだろう。
「あの…えっと…」
「…どうしたんだ?何かあったのか?」
どう、伝えるべきなのだろうか。
恐らく電話の相手は私と同棲していた人で。
そんな人に対して、全部忘れちゃいました!なんて。
そんな事、言える筈が無い。
「ご、ごめん!直ぐに行くね!」
ピッと通話を終了して、また大きく息を吐く。
今になって、一気に不安が押し寄せてきた。
これから、どうしよう。
まず目先の問題として、どうやって事務所へ行こう。
そもそも、事務所って何?
私はモデルでもやってなのかな?カワイイし。
なんてアホな事を考えるのは一旦止め、部屋を漁る。
少しでも、自分に関する情報を集めないと。
ラインの履歴、検索履歴、棚にしまってあった身分証。
少しずつ、自分を組み上げるピースが揃って行く。
徳川まつり、19歳。
163cm、44kg。
現在は765プロダクションと言う事務所でアイドルをしている。
そして同棲相手のダーリン(仮称)は、その事務所でプロデューサーをやっている様だ。
…これ、隠し通すの無理だよね?
職場が違うならまだしも、同じ事務所で働いていて。
そして、同棲しているなんて。
と、言うわけで。
やるべき事は、決まった。
地図アプリを開いて、765プロダクションの位置を入力。
此処から約1時間弱で着く。
それまでに話すべき事を整えよう。
そう決心して、私は家のドアを開けた。
記憶喪失の姫なんてただのきれいなお姉さんじゃねえか!
終わりが怖い恐いこわい
同棲相手はプロデューサーなのかな?
徳川まつり(19) Vi
http://i.imgur.com/cGCYEo7.jpg
http://i.imgur.com/kpyChGr.jpg
ひとまずおつ
期待
こわくなりそうな要素が多いんだよw
街へ出てみると、人がいっぱい。
当たり前の事だけれどその全員が見た事ない人ばっかりで、まるで未来のデパートみたい。
最新のグッズに囲まれながら、見た事もない青さの空を見上げて歩く。
もちろん、事務所に遅れないくらいのスピードで。
あ、でももう遅刻はしちゃってるんだよね?
なら遅れてもいいかな、なんて考えてしまう。
と言うよりも、事務所に向かおうとすると脚が重い。
だって、伝えるべき事が事なのだから。
はーいダリーン、私生まれ変わっちゃった!なんて気軽に言える事じゃない。
…そもそも、私ってアイドルだったんだよね?
プロデューサーと同棲って、どうなのだろう。
自分の覚えている限りの認識では、アイドルは恋愛御法度だった気がする。
ならば、きっと割と誰にも伝えちゃいけない感じの事なのだろう。
ふむふむ、余計に困った。
まず最初に事務所に顔を出して挨拶して。
次にプロデューサーを呼んで打ち明けて。
そこで少し打ち合わせをして。
それから他の人に教えるなり病院へ行くなりしよう。
電車に乗って、また歩いて。
しばらくすると、道沿いのビルの窓に765とガムテープで貼られた部屋を見つけた。
きっと、ここが目的の765プロダクション。
階段を上る足は、階に比例して重くなる。
…ふー、頑張れ私!どうせ今は本当の徳川まつりじゃないんだから!
ガチャ。
ドアを開けると、見覚えがあるような無いような部屋。
その内側からは、キーボードを打つ音と誰かの騒ぎ声が聞こえてくる。
恐る恐る入ると、若目の男性が迎えてくれた。
「あ、まつりか。寝坊でもしたのか?」
「えっと…プロデューサーさん、だよね?」
「そうだけど…どうかしたのか?」
「あら、おはようまつりちゃん。どうしたの?なんだか何時もと違う気が…」
…やっぱり、違ったみたいだね。
だって、インターネットで調べた限り徳川まつりと言うアイドルは、少し変わった喋り方をしていたみたいだし。
でも、今の私にはそれがどんな喋り方だったか分からないから。
そして…
「ね、プロデューサーさん。少しお話があるの」
「…そうか、記憶喪失、か…」
全てを、簡潔的に打ち明けた。
今朝目が覚めたら、自分の事を忘れてしまった事。
知っている筈の人を、全員忘れてしまった事。
今目の前に居る恋人、つまりプロデューサーさんを忘れてしまった事。
それを伝えた時、プロデューサーさんの表情はもう見ていられなかった。
始めて会った筈の人なのに、その苦しさが痛いくらいに伝わってきて。
きっと、この人は。
徳川まつりが大好きだったんだな、って。
「ごめんなさい…私も、どうしたらいいか分からなくて…」
「いや、打ち明けてくれてありがとう…取り敢えず、一旦病院へ行くべきだよな…」
それもそうだよね。
先ずは病院に言って、解決策を教えて貰わないと。
それと、もう一つ。
徳川まつりとしての、今後の事についても。
「私って、アイドル…だったんだよね?それと、あなたの…その…」
「…そうだ、俺と徳川まつりは恋人で、分かってると思うけど同棲していた。勿論それが許されない事だってのは、お互い分かってはいたが…」
「それで、私の今後の生活は…」
「アイドル業に関しては、休養って事で一旦お休みになるな。大丈夫だ、まつりのファンは分かってくれるよ」
良かった。
きっとプロデューサーさんが言うのだから、ファンのみんなも優しい人が多いんだろう。
これで記憶を戻した後の徳川まつりにも、迷惑を掛けずに済む。
「あ、えっと…その、私は何処で暮らせばいいの?」
「…あー…まつりさえ嫌じゃなければ、このままでも…それとも、実家に戻るか?」
「なら、色々と思い出したいから今のままでいいかな」
話は決まった。
取り敢えず事務所側への説明はプロデューサーさんに任せて、私は病院へ向かう。
何かあった時用にと保険証を持ってきて良かった。
その道中も、道の看板や液晶パネルに映る人々を見て楽しんで。
途中、私のcmも見かけた。
新しいCDをリリースしていたらしい。
曲名は…めめんと…?
意味は分からなかったけれど、ネットで見た評判通りならなかなかファンシーな曲なんだろう。
お医者さんによると、この記憶喪失は一時的なものらしかった。
脳に損傷は無く、恐らく時間が経てば元に戻る、と。
原因は分からないけど、何かショックな出来事があったのかもしれない、とか。
詳しい説明は難しくてよく分からなかったけどね?
それと、記憶が戻った時に情報が一気に流れ込んで脳の処理が追いつかず意識を失っちゃうかもしれないけど、後遺症とかは無いから大丈夫、って。
普段から一緒に居た人達といつも通りの生活をすること。
それが一番の最善策。
特にお薬とかは貰わなかった。
それにしても、大きなショック、ね…
なんだろう、何かあったのかな?
あの部屋で、あの人と何か…
そうとは限らないよね、外で倒れて運んでもらったのかもしれないし。
事務所に戻ると、一気に大勢の女の子が押し寄せてきた。
その全員が、心配そうな顔をして声を掛けてくる。
けれど、その全員を私は覚えていなくて。
それが逆に、私の心を抉る。
「それで、まつりちゃんは今後しばらくの間休養を取る、と…お医者さんからは何て言われましたか?」
「一時的な記憶障害だから、普段通りに過ごしていれば戻る筈、って」
「それじゃ、無理じゃなければ765プロにも顔を出してね?きっと、まつりちゃんの助けになる筈だから」
事務員の音無さんとお話しして、私は事務所を出た。
今は一刻も早く記憶を取り戻して、もとの徳川まつりに戻らないと。
みんなの為にも、ファンの為にも、プロデューサーさんの為にも。
そして何より、徳川まつりの為にも。
家に帰ると、私は早速テレビとDVDをセットした。
見るのは勿論、徳川まつりのライブ映像。
自分がどんな人だったのかを知ることが、記憶を取り戻す第一歩。
そんな気がしたから。
『はいほー!今日はまつりと一緒に、さいっこうにわんだほーなライブにするのです!』
…な、なかなか凄い子だね。
いや、私なんだけど。
こう、何といえばいいのかな…
…凄い、うん。
とは言え一度ライブが始まってしまえば、ステージの上に立つ徳川まつりは紛れもなく最高のアイドルだった。
満員の観客席には、あふれんばかりのサイリウムの光。
大音量で流れる音楽に、負けることなく響き渡る彼女の歌声。
画面越しでも、その会場の熱気が伝わってくる。
…私、こんなに凄い子だったんだ。
こんなに凄い子なのに、今は居なくて。
変わりに、私が居るなんて…
こんなの…
ピロリンッ。
スマートフォンに通知が一件。
見れば、名前の表示はダーリン。
つまり、プロデューサーさん。
『俺も今日は早目に上がるけど、何か食べたい物とかあるか?』
彼なりに、気を使ってくれてるのかな。
それなら…
『私が好きだった食べ物が食べたいな』
こうして、少しずつ。
徳川まつりについて知っていけば。
きっと直ぐに、元に戻れる筈だよね。
思考がかわいい
あまり上手じゃないけれど、書いてみたよ!
http://i.imgur.com/fbUWibu.png
この状況を見た妹さんが何を思うか
まともになって喜ぶのか悲しむのか
やっぱり悲しむんだろうな
「ただいまー」
プロデューサーさんが帰ってきた。
ビニール袋がガサガサと擦れる音がする。
色々と買って帰って来たのかな。
なら、荷物を持ってあげないと。
…あ、そうだ。
せっかくだし、こう言うところからも、ね。
「おかえりなさい、ダーリン!」
「だ、ダーリン…?!」
「だって、徳川まつりはあなたの事をそう呼んでたみたいだから…」
「あ…成る程な。ただいま、まつり」
きっと、これがいつも通りの会話だった筈。
こうやって、小さな事の積み重ねで。
私は、徳川まつりに戻れる。
そんな気がして。
「色々と買って来たぞ。肉まんに小籠包、それから…はい、マシュマロ」
「マシュマロ…?」
「まつり、好きだっただろ?焼きマシュマロ」
テキパキとテーブルに夕飯が並べられてゆく。
私も手伝おうと思ったけど、食器の場所が分からない。
手探りで引き出しを片っ端から開けて位置を確認していく。
少しでも、少しでも…
「よし、それじゃ…」
「「いただきます」」
二人で、食卓を囲む。
きっとこれがいつも通りのこの家の風景で。
こんな時間を、二人は幸せに感じてたんだろうな。
それが、今日一日の記憶しかない私にも分かった。
「それでな、今日小鳥さんがーー」
プロデューサーさんは、事務所の話を色々としてくれた。
誰々さんがこんな事をした、とか。
事務員の小鳥さんが妄想に没頭してしばらく気付いてくれなかった、とか。
誰々ちゃんが心配してくれていた、とか。
まだ顔と名前は一致しないけれど、名前と性格は分かってきた。
私と一緒にユニットを組んでくれていた子は大体覚えた。
私はなかなか記憶力がいいらしい。
ついでに可愛い。
肉まんはホカホカで、小籠包はあつあつで。
とってもとっても、美味しかった。
きっとこれが、徳川まつりが好きだった食べ物なんだろうね。
身体が変わった訳じゃないから、好みも多分同じな筈。
けれど、焼きマシュマロだけは。
何故だか、好きになれなかった。
これは、本当に徳川まつりが好きだった食べ物なのかな?
「さて…食器は俺が洗っておくから、先にシャワー浴びてきたらどうだ?」
「いいの…?なら、そうさせてもらうね?」
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シャワーを浴びて、湯船に浸かって。
ふぅーって一息ついた所で、そう言えばまだ私のよく知らない男性が部屋にいる事を思い出した。
同棲しているんだから当たり前とは言え、少し気恥ずかしい。
でも、それが当たり前だったんだよね、昨日まではきっと。
ざばーんと頭から一気にお湯を浴び、風呂から上がる。
バスタオルで身体を拭いて、ドライヤーをかけながらパジャマを着て。
…流石に、まだバスタオル一枚で部屋に出る勇気は無いかな。
うん、まだ早いよね。
「あがったよ」
「あいよ、次俺入っちゃうから」
入れ替わりで、プロデューサーさんがお風呂場へと入って行った。
洗い物は既に終わっている。
特にやらなければいけない事もないし、パソコンで記憶喪失について詳しく調べてみる事にした。
おそらくプロデューサーさんがさっきまで使っていたであろうスリープ状態のパソコンを立ち上げて…
…あれ?開いてある?
表示されたのは、記憶喪失に関するサイトだった。
きっと彼も、頑張って色々調べてくれてるんだろう。
だったら、尚更。
私も頑張らないと。
普段から過ごしていた人と普段通りに過す。
好きだった食べ物を食べる。
行った事のある場所を訪れる。
思い出の場所であればなお良し、と。
言って仕舞えば、今の私は徳川まつりの別人格の様なもの。
私は徳川まつりをほとんど知らず。
記憶を取り戻した際、この忘れていた期間の事を忘れてしまう。
でも兎に角、もとの徳川まつりに戻るのが最優先だよね。
なんて調べているうちに、プロデューサーさんはお風呂から上がってきた。
男の人のお風呂は早いね。
髪がまだ乾ききっていないプロデューサーさんも、なかなかかっこいい。
「あ、まつり。明日俺休みだし、前に行った場所に行ってみないか?」
「それはデートのお誘いって事でいいの?」
「もちろん、もしかしたらそれで何か思い出せるかもしれないからな」
なんてやり取りをしながら、くっつけていたベッドを少し離す。
流石に実質私は初対面の状態で、それなのにいきなり一緒に寝るのは些か緊張するだろうから、だって。
そうしてくれて安心したような、少し寂しいような。
きっと昨日までの私達だったら、一緒に寝ていただろうに。
「…まだ不安、か?」
「ううん、大丈夫。おやすみなさい」
「おやすみ、まつり」
翌日、特にアラームをセットしていなかったのに7時に起きた。
きっと多分、習慣だったんだと思う。
目を開ければ、見慣れない天井。
隣を見れば、まだ全然知らない人。
私はまた、大きな不安に襲われた。
だって、まだ全然思い出せないのだから。
全く知らない世界に一人でいる様な感覚。
このまま記憶が戻らなかったら、毎朝こんな不安に…
私が起きた事に気付いたのか、寝転がったままスマートフォンで調べ事をしていたプロデューサーさんがこちらを向いた。
そんな彼の表情も、不安が見て取れる。
きっと、お互いに、なのだろう。
もし私が何も思い出せなかったら…彼もまた、自分の恋人を失う事になる。
「…おはよう、まつり」
「おはよう、ダーリン」
当たり前の、沈んだ挨拶。
こんなんじゃいけないよね。
もっと、明るくならないと。
病…じゃないけれど、何事も気から。
「さ、朝ご飯作るから一緒に食べよ?」
「そうだな。そしたら横浜にでも出掛けるか」
電車を何本か乗り換えして、やってきたのは横浜。
平日にもかかわらず沢山の人が行き交う中華街。
道にずらりと並んだ露天の一つ一つが私を誘う。
耐えられず店に飛び込みそうになるも、彼と一緒と言う事を思い出して踏みとどまった。
「お昼にするにはまだ早いけど、食べ歩きでもするか?」
「そうだね。こんなに沢山のお店があるんだから、食べないと損なのです!」
少しだけど、姫と呼ばれた元の私に口調を寄せてみる。
動画で見た限りだと、多分こんな感じ。
やってみたはいいけど、少し恥ずかしい。
徳川まつりは、本当に素でこんな口調だったのかな?
恥ずかしさを誤魔化すためにも、彼からのゴーサインと共に私は店前の行列に加わった。
まずは、色々な味の小籠包から。
あつあつの小籠包を一口かじって息を吹き込み、少し冷ます。
そして次は一口で…
「あつっ!」
「そりゃ小籠包だからな…もう少し冷めてからじゃないと火傷するぞ」
なんて笑いながら彼も小籠包に噛り付き…私と同じ悲鳴を上げた。
「…思ったより熱かった」
「これでおあいこなのです。さ、次のお店に行こ?」
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「さて、少し散歩するか」
一通り色んなものを食べて、そろそろお腹も膨れてきた頃。
一回繁華街から外れて、あてもなく散歩する事になった。
確かに少し食べ過ぎちゃった気がする。
アイドルなんだから、食事には気を付けないとね。
「前にも、デートで此処に来たんだよね?だったら、その時の同じコースが良いのです」
「うーん…完璧に同じってのは流石に覚えてないけど、出来る限りそうしてみるよ。それと…はい」
「うん、エスコートよろしくね?」
逸れない様に、手を繋ぐ。
それだけで、なんとなく安心した。
色々な不安があった筈なのに、そんなものどうでもよくなってしまうくらい。
まだ知って間もないのに、不思議な感覚。
きっと、徳川まつりが彼を好きだったから。
全てを忘れていても、なんとなくそう感じるのだろう。
記憶がなくなっても、性格や好みまでは変わらない。
だからこそ、きっと。
のんびりと二人並んで歩き、港へ向かう。
少しずつ、海の匂いが強くなる。
陽射しと視線を遮る為におっきな帽子をかぶって来て良かった。
隣を歩く彼は、少し眩しそうに顔を顰めていた。
大通りをしばらく歩いて行くと、ビルは減り一気に視界が開けてきた。
目の前に広がるのは大きな海と空。
ボーッ、と船の汽笛の音が響く。
空を飛ぶ鳥は、とても広々と悠々と自由に行き交い。
「…私、此処に来た事がある様な気がする」
はっきりとは思い出せないけど、多分。
この景色を、前にも見た気がする。
それはきっと彼とのデートの時で。
それはきっと、記憶を取り戻すための第一歩目で。
「ねぇ、ここって!」
「あぁ、前にも二人で来た事があるぞ!写真だって残ってる!」
彼のスマートフォンの画面に表示されていたのは、海をバックに映る私。
それは間違いなくこの場所で。
今日みたいに、とっても晴れ晴れとした天気の日で。
今日みたいに、私は大きな帽子を被っていて。
「思い出せたのか?!」
「ううん…でも、この景色を見た事がある様な気がしてね?もしかしたら、こんな感じで沢山の思い出の場所に行けば…」
私は、記憶を取り戻せる。
私は、徳川まつりに戻れる。
彼は、徳川まつりを取り戻せる。
「さ、早く次の場所に行くのです!」
「あ、その前に写真撮っていかないか?」
「それもいいね。せっかくだし、思い出は増やしておくのです!」
きっと前と同じ様に。
同じ場所に立って、同じ海を背景に。
同じ晴れた空の下で。
パシャリ、と。
それから彼に手を引かれ、色々な場所に訪れた。
海に浮かんだ船の甲板、海の見える赤いレンガの倉庫。
大きな公園のパフォーマンス集団、小さなおしゃれな喫茶店。
そのどれもが、いつか見た事がある様な気がした。
歩き疲れてお腹が空いて、また繁華街に戻って。
また、色んなものを食べて。
帰りの電車の中で、少し寝ちゃって。
でも、そんな場所で寝れるって事はきっと安心出来てたんだよね。
電車の中でも、彼の手は放さなかった。
ずっと、手を握ったままで。
その方が、より安心出来るから。
その方が、私の心はとてもあたたかかったから。
家に帰ると、今度は二人で買ってきたお土産を摘みながらライブの映像を見た。
もちろん、徳川まつりのライブ。
少しでも多くの、沢山の事を思い出す為に。
少しでも早くに、全ての事を思い出す為に。
また、朝が来た。
昨晩テレビを見ている間に眠ってしまっていたらしい。
部屋を見回すも彼はいない。
流石に今日は仕事だった様だ。
ぱぱっとシャワーを浴びて、朝食を取って。
軽くメイクしたら、今日は事務所に行ってみることにした。
道は覚えている、場所も分かっている。
もしかしたら、事務所の人達と色々話すことで何か思い出せるかもしれない。
二日前は全く何も分からなかったけど、今なら分かる。
私はいつも、この電車に乗って事務所に向かっていた。
私はいつも、この通りを歩いて事務所に向かっていた。
確か、駅から降りて15分くらい、だったかな?
大体そのくらいの時間で、私は事務所に着いた。
この事務所も、いつも通っていた気がする。
少しずつ、パズルのピースが揃って行く様な。
そんな、感覚。
「おはようなのです!」
「あら、おはようまつりちゃん。体調の方は大丈夫?」
事務所のドアを開けると、事務員の小鳥さんが出迎えてくれた。
「私はもう元気なのです!…とは言えないけど、少しずつ思い出してきてる気がするのです」
「良かったわね…私はまだ仕事があるけど、もうみんな来てるしゆっくりしていってね?」
事務所をぐるりと見回すと、なんとなくまた何か思い出せそうな気がする。
と言うよりも、見覚えがある気がする。
確かこっちにキッチンがあって、こっちに社長室があって…
「そう言えば、昨日は何処かに行ってたの?」
「昨日はダー…プロデューサーさんと、デートに行ってたのです!」
「成る程、撮影で行ったことのある場所に行ってみたのね。それで、どうだった?」
「小籠包が美味しかったのです!とってもわんだほーな味わいだったのです!」
…やっぱり、この口調は恥ずかしいね。
流石にずっとやってると顔が赤くなりそう。
今は小鳥さんしか聞いてないからいいけど、年下の子に聞かれたらもっと恥ずかしいんじゃないかな。
「そう言えば小鳥さん、みんなで撮った写真のアルバムはあるのです?」
「あ、ちょっと待っててね。確かこの引き出しに…はい、どうぞ」
受け取ったアルバムを、ソファに座って開く。
一枚目の写真に写っていたのは、多分事務所のアイドル全員で撮ったもの。
五十人ものアイドルが、みんな笑顔で写っている。
もちろんその中には、徳川まつりの姿も。
ぺら、ぺら。
自分が写っていない写真のページも、1ページ1ページ眺める。
やっぱり、みんなどこかで見た事がある気がする。
いや、実際あるんだろうけれど。
みんなで合宿に行った時の写真。
ユニットのメンバーで路上で歌った時の写真。
私がCDデビューした時の写真。
一番新しいのは、夕方の海を背景にセンチメンタルな表情をしている私の写真。
みんな、きっと私と仲良しにしてくれたんだろうね。
私、どの写真でもかわいいね。
ファッションセンスもわんだほー!
…あれ?
ペラリと捲ったページに写っていたのは、生っすかスペシャルと言う番組で大量のマシュマロを出された私。
…アイドルがしちゃいけない顔をしてる気がする。
私、焼きマシュマロが好物なんだよね?
なんでこんな顔をしてるんだろ?
「あ、その時まつりちゃん頑張ってたわね」
いつの間にか隣にいた小鳥さんが、哀しいものを見る様な表情で此方を向いていた。
確かに、この量は、ね?
後ろで笑っている女の子二人はきっと悪魔なのです。
「でも、焼きマシュマロは私の好物な筈なのです!」
「プロフィールだとそうなってるけど、実際はそこまで食べないんでしょ?…あ…ごめんなさい、私ったら…」
「私は大丈夫なのです。むしろ、へんに気を遣わないで欲しいな」
今、何か引っかかった気がする。
プロデューサーさんは、私の好物だと行ってマシュマロを買ってきてた。
でも、以前の私はそんなにマシュマロを食べてなかったらしい、ショック療法だろうか。
それと徳川まつりちゃん、プロフィールに嘘は載せない方がいいと思うな。
アルバムをずっと眺めているうちに、時計はおやつの時間を指していた。
そろそろ、お暇しようかな。
ずっといても小鳥さんの邪魔しちゃうかもしれないし。
それに、少しお腹がすいてきたし。
「また来るのです!」
「じゃあね、まつりちゃん」
事務所を出て、少し周りを探索する。
どの道も、どのお店も。
なんとなく、本当になんとなくだけど見た事がある様な気がする。
そこまで印象が強くない場所だったりすると、はっきりとは分からないのかな。
…あれ?
そう言えば昨日プロデューサーさんとデートしてた時。
海に向かうまでの、二人で歩いた道は。
はっきりと断言はできないけど、全く見覚えが無かった気がする。
どういう事なのかな。
色々と考えながら、スーパーで夕飯分の食材を買って帰る。
でも、今は難しい事は考えなくていいよね?
そのうち、全部思い出せる筈だから。
それから二週間。
プロデューサーさんに連れられて、色んな場所に訪れた。
撮影に使ったらしい教会、結婚式場。
デートで行ったらしいお城や山。
噴水のある公園や綺麗なレストラン。
そのすべてに見覚えがあって、と言う事はとても強い思い出だったって事で。
逆に、前と同じ様にってエスコートを頼んだのに全く見覚えが無い場所もあって。
私は、なんとなーく気付き始めていた。
何が原因で、私が記憶を失う程のショックを受けたのか。
そして、もう一つ。
異常事態と言っても差し支えない事態に陥った。
言い訳をしていいのなら、これは仕方の無い事なのだと言いたい。
だって、当たり前のことでは無いか。
…しょうがないよね?
だって、忘れていても性格や好みが完全に変わるわけじゃないんだから。
それなのに、彼とずっと一緒にいて、沢山の場所にデートに行って。
そして、彼の優しさに触れて。
…好きになっちゃうに、決まってるよね?
一度好きになったんだから。
ずっと好きでいたんだから。
記憶がなくなっちゃってたとしても。
また彼に恋をするのは、当たり前の事だよね?
だからこそ、私はまた不安になった。
だって、これは一時的な記憶喪失で、記憶はほぼ別人みたいなもので。
いつか全てを思い出して。
本当の徳川まつりに戻ったとして。
そうしたら、今いる私とその記憶は、どうなっちゃうのかな?
もし、全部を忘れちゃうとしたら。
今いる私が、居なかった事にされちゃうとしたら。
徳川まつりにとって、知らない別の何かにされちゃうとしたら。
そして、全てを思い出した徳川まつりが私を思い出せず、彼が何も言わなかったとしたら。
私の存在は、完全に無かった事になるのかな。
そんなの、怖いにきまってる。
思い出したくなくなるに決まっている。
でも、彼と過ごせば過ごす程、どんどん思い出してしまう様な気がして。
でも、彼を好きになればなる程、どんどん元の徳川まつりに戻ってしまう様な気がして。
スタイルの良いこの身体は。
うっすらとだけど戻り始めてるこの記憶は。
もともとは徳川まつりのもので、今の私のものではなくて。
でも、どうしても返したくなくて。
「…どうすればいいのかな…」
泣きそうになる。
多分、泣いてる。
でも、もう直ぐ彼が帰ってきちゃうから。
そしたらまた、余計に不安になっちゃうから。
だから。
今の彼に、全てを託す事にした。
全てを始めるか、終わらせるか。
それを決めるのを他の人に任せるなんて酷いことだけど。
それでも、彼に、どうしても決めて欲しかったから。
『明日、こないだ撮影した海に連れてって欲しいな』
震える手で、送信。
明日一日だけは。
私は徳川まつりではなくて。
私として、私の為に…
「よし、行くか」
「うん、楽しみだね」
少しずるいけど、彼に出来る限り前と同じ道で海に連れてって欲しいって頼んだ。
その方が、思い出せるかもしれないから、なんて。
そんな嘘までついて。
本当は確信に変えて、勇気をつけたかっただけなのに。
そして、長い道のりを終えて、日が暮れ始めた頃に海に着いて。
前にプロデューサーさんや事務所のアイドル達と撮った写真と同じ光景が広がっていて。
その景色には、見覚えがあって。
とっても綺麗な景色で。
二人で静かに、波を眺めて。
そんな光景も、なんとなく覚えている。
二人で静かに、夕日を眺めて。
そんな光景も、なんとなく覚えている。
そして…
来るまでの道には、全く覚えが無くて。
…やっぱり、だったんだね。
「綺麗な景色だね…ありがと、ワガママに付き合ってくれて」
「なに、まつりの為だからな。今までだって、これからだって付き合っていくさ」
「…ねぇ、貴方…」
大きく息を吸い込む。
覚悟を、決める。
例えどんな答えが返ってきても。
絶対に、泣かない為に。
「…私、貴方の事が大好きだよ。前までの徳川まつりとしてじゃなくて、今の私として」
「…俺は…俺は、徳川まつりの恋人なんだぞ…そんなの…」
「でも…」
もう一度、大きく息を吸い込んで。
そして、告げる。
「でも…覚えてないんだよね?徳川まつりの事を」
!?!?!?
一気に、全てが静まり返った。
波の音も、カモメの鳴き声も聞こえない。
貴方の表情も、変わらない。
お互い、なにも言葉を発さない。
そんな居心地の悪い空間を打ち破ったのは。
貴方の方からだった。
「…気付いてたのか?俺が、まつりに関する事を覚えてない事」
「…うん、違和感はあったの。だって、全く知らない道で案内されたり、マシュマロが好物だって言ってたり」
「…そうだ。俺は…何も、覚えてないんだ。行った場所はメモ帳やSNSの履歴から調べられたが…」
やっぱり、そうだったんだね。
だから、私は大きなショックを受けたんだと思う。
今の私よりも長い時間を一緒に過ごしてきた徳川まつりが、最愛の貴方に忘れられてしまって。
そんなの、全てを受け入れたくなくなるに決まってる。
「だから…ね?これからも、私と一緒に過ごして欲しいの」
手札は全て切った。
もう後は、貴方の返事に全てを委ねるしかない。
これ以上、何も言うべきことはない。
全てを伝えきったのだから、後は貴方の想いを聞くだけ。
徳川まつりの事を覚えていないなら。
そして、今の私の事を好きになってくれているとしたら。
私が徳川まつりに戻らなくても。
貴方は…
「…ダメだ。俺は、徳川まつりが好きだったんだ。なのに、俺が事故に遭って記憶喪失になったせいで、こんな事になって…だから、絶対に取り戻させてあげなくちゃいけないんだ」
「…どうして?だって、貴方にとっては知らない人なんだよ?思い出す必要だって…」
なんで?!どうして?!
貴方は徳川まつりについて、何も覚えてないんだよ?
それなのに、なんでそんなに…
今の私が一番見たくない、そんな哀しそうな顔をするの?
「それでも…俺が告げた時のまつりの表情だけは、今もはっきりと覚えてる。凄く絶望して、泣いて、叫んで…だから、俺がまつりの事を思い出す為にも、まずはまつりに全部を思い出してもらうんだ」
「…今の私が、居なかった事になっちゃっても…?」
「…あぁ。それでもだ」
「私は…!貴方の事がこんなに好きなのに!好きになったのに!私をちゃんと分かって、覚えてくれてるのは貴方しかいないのに!」
「それでも、お前は思い出さなきゃいけないんだ…!」
「嫌だ!私は…私は、消えたくないよ…忘れたくないよ…!」
「まつり…」
「私は…!」
一瞬にして、距離を0にされて。
私が最も求めていて、それでいて最悪の方法で。
いままで絶対にしてくれなかった。
とっても、とっても暖かい。
口付けを、された。
私は、この感触を覚えてる。
私は、この暖かさを覚えてる。
多分、一番徳川まつりにとって印象が強い出来事で。
私は、全てを思い出してしまった。
あぁ、徳川まつりに戻っちゃうんだな。
私、消えちゃうんだな…
頭の中で色んな情報がごちゃ混ぜになって、意識が薄れてきて。
…私、消えたくないよ…
「…ごめん」
私の意識は、そこで途切れた。
朝、窓から差し込む光で私は目を覚ました。
なんだかとっても、長い夢を見ていた気がする。
なんだかとっても、あったかい夢を見ていた気がする。
それがどんな内容だったかは思い出せないけど、最愛のダーリンと口付けをした記憶だけは残っていた。
「…おはよう、まつり」
「はいほー!おはようなのです、ダーリン!」
貴方はいつも早起きだね?
たまには、姫の方から起こしてあげたいのに。
それにしても、ダーリンは少し寝不足なのかな?
あんまり表情が良くないのです。
「大丈夫?体調がすぐれないなら、まつりが朝ごはんを作ってあげるのです!」
「大丈夫だよ、まつり…この後少し、出掛けないか?」
「まつりはおっけーなのですよ。何処へ連れてってくれるの?」
「こないだ撮影で行った海だよ」
「いきなりだね。デートのお誘いなのです?何かしにいくの?」
その時の貴方は、スマートフォンで誰かの写真を見ながら。
とっても哀しそうな顔をしてたね。
「絶対に思い出す為に、忘れない為に…」
22と27はスルーでお願いします
お付き合い、ありがとうございました
悲しいなあ
乙です
http://i.imgur.com/nmn8H1w.jpg
http://i.imgur.com/15saN5o.jpg
http://i.imgur.com/pzMMlQW.jpg
http://i.imgur.com/71E2hT7.jpg
乙
やっぱり悲しいエンドになったか…
こういう方向の作品のが好きだな
すごく面白かったよ
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