勇者「もう、やめてよ、勇者とかさ」
魔王娘「そういうな。君は勇者だ。君が父を倒したあの日からな」
勇者「僕はただの男だよ」
魔王娘「……まあ、いいか」
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側近「…………」ピリピリ
勇者「…あの?」
側近「勇者様。それ以上は近づかないでいただきたい」
勇者「す、すみません」
魔王娘「すまんな勇者。
こやつ、勇者に私を殺されるんじゃないかと気を張ってるんだ」
勇者「っ……」
魔王娘「おい、茶を淹れて来てくれぬか。高いやつがあったであろう」
側近「フロストグリーンの茶葉でしたら、前魔王様の物でしたので……」
魔王娘「ああ、捨ててしまったか。
なあ勇者よ、安っ葉が飲めないなんてことは」
勇者「……」
魔王娘「おい、勇者?」
勇者「えっ!? あ、ああ、ごめん。呆けていたみたいだ」
魔王娘「見れば分かる。もうよい、そこら辺の雑草煎じて飲ませてやれ」
勇者「毒でしょそれは!?」
側近「では、そのように」
勇者「いやいやいやいや!」
━━━━━━
魔王娘「ふう、行ったか」
勇者「あの…?」
魔王娘「本題はアイツがいないうちに済ませた方がよかろう?」
勇者「……」
魔王娘「なあ、魔王を倒した正義の味方」
勇者「……だから、正義の味方とか、やめてよ」
魔王娘「あれから三ヶ月、
魔王城まで慌ただしく戻って来た理由」
勇者「それ、は……」
魔王娘「まあいいさ。何を言われたかくらい分かる」
勇者「……」
魔王娘「私を殺せと言われたのだろう?」
━━━━━━━━
━━━━
━━
勇者『はあっ、はあっ』
勇者『くそっ、何て広さだこの城は!』
勇者『終焉の広間はいったいどこにあるんだ!?』
カツ---ン カツ---ン
勇者『なんだ、ここは……』
勇者『牢屋なのか?』
魔王娘『うっ、ぐ……っ!』
勇者『お、おい!? 大丈夫か!?』
魔王娘『……なんだ、貴様は。なぜ人族の者がこんなところにいる』
勇者『僕は、魔王を倒しに来たんだ』
魔王娘『……なに?』
勇者『喋んないで。今傷を治すから』
魔王娘『治癒魔術を使えるのか』
勇者『中級だけどね。まあ、たいていの傷には効くよ。痛み引いて来たでしょ?』
魔王娘『ああ』
勇者『……君は、なんで魔族に捕まったの?』
魔王娘『なに?』
勇者『……いや、ごめん。答えづらい質問だったね』
魔王娘『……』
勇者『よし、傷は治ったかな。あとは手錠だけど……』
魔王娘『よい』
勇者『え?』
魔王娘『いらんと言ったのだ。手錠は壊すな、後で面倒なことになる。
それに……』
勇者『うん?』
魔王娘『貴様はどうせ、アイツを倒すことはできん』
勇者『アイツって魔王のこと?』
魔王娘『そうだ』
勇者『…ふーん』
魔王娘『どうした?』
勇者『でも、魔王は悪だよ。悪は罰されないといけない。
そして、そのために僕はここまで来たんだ』
魔王娘『……』
勇者『自分のことを正義だなんて言うつもりはないけどね。
ただ、魔王は絶対に倒す。
それに━━━━』
シュッ
勇者『君のことも助ける』
キ-------ン
魔王娘『手錠が……』
勇者『じゃあね。また会えるよう願ってるよ』
勇者は先へ進んでゆく。
魔王城には一切の人気がない。
勇者に出くわせば殺される━━、そんな噂が囁かれ、配下も客も残らず逃げてしまっていた。
やがて、勇者は魔王の間にたどり着く。
もちろん魔王はそこにいて、人気のない城の中心で、最後の戦いが始まる。
これが最後だと勇者は思った。
魔翌力はすでに限界だった。これで倒せなければ負ける。勇者は覚悟を決めた。
ここで全ての力を使い切る。
一つ目は囮で、二つ目も囮、三つ目の大魔法すらも囮に使い、魔王はとうとう四つ目を避けることが出来なかった。
氷刃の弾幕に隠れた勇者が魔王の懐に飛び込む。
勇者『ガァァァァアあああああッッッ!!』
突。
岩をも穿つ勇者の聖剣が、魔王の胸を一直線に貫いた。
勇者『はあっ、はあっ、はあっ』
しばらくの間、魔王の間には勇者の呼吸だけが続いていた。
魔王がドプリと血を吐き出す。
勇者『これで、終わったか……』
勇者『ついに、魔王を倒したのか……』
力が抜けた。
呟きを最後に、勇者もまた地面に倒れこんだ。もはや指の先すらも動かせそうになかった。
そして同時に、勇者の耳を、絶望の足音がくすぐる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
城の崩落が始まろうとしていた。
勇者『く、そ……っ!』
勇者『僕は、こんなところで[ピーーー]ないんだ……っ!』
上体だけをなんとか起こして、勇者は必死の脱出を試みる。
ジリジリと、少しずつ、動く。命を削るような思いで満身創痍のカラダに鞭を打つ。
━━━━死にたくない。
そんな並外れた生への渇望が勇者を突き動かす。
しかし亀にも劣るその歩みは、津波のような速度で襲いくる絶望の足音に為す術もなく飲まれてしまう。
ゴゴゴゴッ!! ゴォォォオオオオオオオオ
決して小さくない石片がガツガツと降り注ぎ、勇者の腕に、脚に、背中に、容赦のない打撲の跡を残していく。
魔翌力強化さえ出来ていればなんてことのない石片も、魔翌力を全て使い切った勇者にとってはその一つ一つが魂の抜けるような痛撃となる。
勇者『もう、助から、ないのか……』
勇者『くっ……、やだ、いやだ……っ!』
勇者『僕は、まだ……っ!』
勇者『まだ、絶対に……っ、━━ぐっ!?』
一際大きな石片が勇者の後頭部にガツリと直撃する。血がしぶく。
勇者『ああ……』
その一撃が勇者の希望を根こそぎにする。白に明滅する視界の中で、もはや自力での脱出が叶わないことを勇者は悟った。
勇者『もう、無理か……』
勇者『もう一度、母さんと父さんに会いたかったな……』
勇者『ごめんね。絶対に故郷に帰るって、約束したのに』
勇者『ごめんね。帰ったらパーティーだって、お母さん張り切ってたのに』
勇者『知ってたよ。笑顔で励ましてくれてた母さんが、夜は、泣いてたの』
勇者『お父さんも、お母さんをよろしくね……』
勇者『ごめんね。ごめんね……』
ああ━━、と、勇者はふと思い出す。
手錠に繋がれていた、傷だらけだったあの女の子は。
勇者『無事、逃げられたかな……』
夢に溺れるように手を伸ばす。
ああ、どうか、あの女の子だけは……。
勇者が目を閉じ、意識を手放そうとした、━━その時。
一条の光が、目の前にまで差し込んで来て。
━━━━声は、上から。
魔王娘『やあ、さっきぶりだな、勇者よ』
逆光に輪郭を潰されたそのシルエットは、しかし惚れ惚れするほど美しく、力強く、勇者の目に映っていた。
━━━━━━ああ。
魔王娘『助けに来たぞ』
天使みたいだ。
━━━━━━
━━━━
━━
小さくて優しい背中だった。
その時、勇者は意識を失っていたはずだ。しかし女の首に回された両腕には力がこもっていて、まるで子供みたいに全身を預けていた。
━━━━暖かい。
━━━━柔らかい。
━━━━お母さん。
背負われて、随分と長い距離を運ばれた気がする。
やがて重力の向きが変わって、背中から、また違う柔らかい何かに降ろされる。
毛布がかけられる。
魔王娘『まったく、大して身長もないくせにやたら重いなコイツは』
魔王娘『筋肉が重いのか? うむ……。ほそまっちょ、というやつかもしれん』
声が聞こえる。
ひどく疲れていた。
それでも泥の中の手を動かすみたいにゆっくりと、勇者は手を伸ばした。温もりから離れるのが嫌だったからだ。
━━━━行かないで。
魔王娘『む?』
魔王娘『なんだ手なんて握ってきおって。まるで子供みたいではないか』
魔王娘『…………ふふ』
空気が柔らかくなる。
魔王娘『……本当に奴を倒してしまうとはな』
魔王娘『本当に、本当に……』
手が、労わるようにさすられる。
安心してしまう手の柔らかさだった。
魔王娘『マメが、すごいな』
魔王娘『大して強くなさそうな外面のくせに、手はかなりゴツゴツしていて……』
魔王娘『ふむ、』
何が楽しいのか、魔王娘は勇者の手を取ってまじまじと凝視する。
人差し指でつついたり、親指をにぎにぎしたりするうちに、次第に彼女の?には笑みが浮かんでくる。
まるで子供みたいではないか。
魔王娘『ああ、いかんいかん。遊んでる場合じゃないな』
魔王娘『本当はここまでする必要はないかもしれんが……』
一度は離したその五指を、魔王娘はもう一度、まるで恋人を相手するみたいな繋ぎ方をした。
魔王娘『まあ、いい。出し惜しみするものでもないしな』
?の笑みをそのままに、
祈るみたいにその手を唇に近づけて、
祈るみたいに目を瞑って、
詠唱。
魔王娘『━━━━神よ』
魔王娘『━━━━その手を』
コウ、と光が灯った。
小径方陣四聖混合型魔術式。
詠唱が長く魔法陣の大きいものがより高度な術式である━━━━、そんな考えは20年前までの人間界においてのみ信じられてきた俗説にすぎない。初級中級までならいざ知らず、上級以上の魔術式をまともに構成しようとすれば莫大な面積の術式を要してしまうからだ。
故に現代魔術の、━━いや、太古より『天界において使われてきた』魔術式の基本理念は詰まる所こうなる。
━━━━より小さく、より短く、極めて複雑に。
魔王娘『君に幸あれ ━━ Pure ━━』
最上級治癒魔術。
緑の紋様が波紋のように勇者の全身を広がって行く。
勇者の使う中級治癒魔術の、更に二ランク上。
人族では数人しか扱えるものはいないといわれる超高等魔術だった。
魔王娘『おやすみ勇者』
魔王娘『いい夢を』
?を優しく撫でる。勇者はもう一度、更なる深い眠りに落ちて行く。
はよ
ほうほう
期待
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