【ミリマスSS】北上麗花の見る世界 (38)
これはミリマスssです
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麗花が倒れた。
その知らせを受けたのは、メモ帳を片手に受話器越しで軽い打ち合わせをしている最中だった。
若干風邪気味で痛む喉を酷使し、なんとかいつも通りの声をだす。
あー、帰りに風邪薬買って帰らないとな。
いや、昼の休憩に薬局まで走るか。
そんな事を考えながら、マスクを外している為皆に少し離れて貰って通話している時だった。
デスクの向かいでその旨の連絡を受けたらしい小鳥さんが、そう呟いたのだ。
おかげで、一瞬思考がフリーズしてしまった。
受話器から聞こえる相手の声で、直ぐ我に返ったが。
最初は事務所の誰もが冗談だと思った筈だろう。
だって、あの北上麗花なのだ。
些か自由すぎるところはあるが、体力やメンタル面に関しては人一倍の強度がある。
エイプリルフールならとっくに過ぎてるぞ麗花、なんて思いながら打ち合わせを終えて受話器を下す。
メモ書きを改めてパソコンで打ち直し、一息ついて。
まったくあの麗花は…なんて思いながら。
改めて、小鳥さんに事情を伺った。
「で、どう言う事なんですか?」
「プロデューサーさん…律子さんが言うには、レッスン中に麗花ちゃんが倒れちゃった、って…」
「…え?律子からか?!」
ここへ来て一気に話の信憑性が上がった。
小鳥さんは色々とユニークな人だけど、仕事に関しては常に真摯な方だ。
そんな人が嘘をついついるとは思えない。
律子に関しては疑う必要がない。
と、いう事は、だ。
あの麗花が、本当に倒れたという事になる。
「…!大変じゃないですか!早く詳しい話をお願いします!」
「は、はい。体調不良かどうかはまだ分かりませんが、レッスンの休憩中にユニットのメンバーと会話している最中ーー」
事務所にざわめきが走った。
皆各々が手に持った端末で、一緒にレッスンしていたであろうクレシェンドブルーの面々に連絡を入れる。
体調を崩していたんだろうか?足を挫いたりはしていないだろうか?
そんな心配をしながら、小鳥さんから詳しい事情を伺った。
麗花が倒れたと言うのは大変な出来事だがあり得なくはない事だ、と。
病院へ行くなり休息を取るなりすれば治る、と。
焦ってはいたが、まだ冷静に考えることが出来ていて。
事態は、そんな俺の予想を軽々と飛び越えていた。
この時、俺はまだ理解仕切れていなかった。
いや、できる筈がないんだ。
麗花が倒れた、本当の理由なんて。
それを俺は、身をもって知る羽目となる。
病院へ行くと、既に数人のアイドルと律子が麗花の眠るベッドの周りを囲んでいた。
その全員の表情が、不安で曇っている。
みんな、麗花がどれほど体力があるかを知っていて。
それが尚更、みんなの不安を掻き立てているんだろう。
律子に声をかけ、病室の外で詳しい事情を伺った。
現時点で判明しているのは、体調に関しては健康そのものだという事。
熱も無いし朝食も食べて来ていたという事。
倒れた時に足を挫く事も頭を打つ事も無く、本当にコロンと眠る様に意識を失ったという事。
だと言うのに。
身体を揺すっても、足や頭のツボを押しても。
未だに意識が戻らない事。
医者が言うには、過度のストレスがあって精神的に参ってしまっていたのではないか、との事。
体調面でなければ、内面的な問題。
そう考えるのは当然の事で。
逆に俺たちは、それを理解する事が出来ずにいた。
あの麗花が…ストレス?
いつも楽しそうに、気ままに振舞っていた彼女が?
仮に何か悩みがあったとして、それは事務所のアイドル達に関することだろうか?
自分の将来の事、あるいは家庭の事だろうか?
思い当たる節が一つもない。
彼女はそういった素振りを一切見せていなかったのだから。
一番彼女と一緒に活動していた茜でも、心当たりは無いという。
だとしたら、一体何があったんだ…
病室に戻り、麗花のそばに寄る。
本当に、ただ眠っているだけの様にしか見えない。
むしろ微笑んでいる様にすら見えて。
この眠りを邪魔しちゃいけないな、なんて普段だったら思っていたくらいに。
…麗花、何があったんだ…
レッスンが多すぎた、厳しすぎたなんて事が原因だとしたら…
最近休みが少なくて、自由な時間が取れていなかった事が原因だとしたら…
麗花なら絶対大丈夫だろう、なんて楽観視していなかっただろうか?
俺の中で、自分に対する怒りがこみ上げてくる。
「…プロデューサー殿、今日はそろそろ…」
「そうだな…やらなきゃいけない事もある。麗花の事だ、明日には起きてハイキングに行きたいなんて言い出すかもしれないな」
なんて軽い調子で言おうとしても、心は重いままだ。
むしろ自分で発した言葉に、余計辛くなる。
何が麗花の事だ、だ。
お前はそれを過信し過ぎていたんじゃないか、頼り過ぎていたんじゃないか。
…倒れたのが、俺だったら良かったのに。
そんな意味もない後悔が湧き上がる。
いや、俺含め誰も倒れない様に。
その為に色々と調整するのが俺たちの仕事なんだ。
暗い事を考えるのはやめよう、明るくいないと起きた時麗花に笑わるだろ。
と、その時。
後ろから、麗花の声が聞こえた気がした。
ーープロデューサーさんは、代わってくれますか?ーー
「…え?おい律子、今麗花が喋って…」
振り返っても、麗花の瞳は閉じたまま。
唇が動いた形跡も、意識が戻った様子もない。
…疲れてるのかもしれないな。
事務所に戻ったら何か食べるなり飲むなりしないと。
病室を後にした俺たちは、タクシーで事務所に戻って仕事に就いた。
けれど集中出来るわけも無く、画面上の誤字が俺を嘲笑う。
心を埋めるのは、麗花の事。
頼む、はやく目を覚ましてくれ…
仕事を終えて家に帰っても、心は晴れない。
窓から空を見上げても、雲に隠れて月は見えない。
軽く何か腹に入れて、風邪薬飲んでさっさと寝ないと。
明日も昼頃時間作って、麗花のとこに行くか。
翌日、目覚ましの音で目を覚ます。
風邪は大方治った様で、頭と身体は軽い。
けれどそれに反比例して、心は重く沈み込む。
誰からも麗花の件で連絡を寄こしていないという事は、まだ意識を取り戻していないという事なのだから。
取り敢えず昨日のニュースや今日の天気予報を確認する為テレビを付けて朝食を準備する。
ここで俺まで倒れたら大変な事になる。
きちんとエネルギーを補給して、一応マスクも付けて。
あ、週末は雨か…
と、そこで違和感を覚えた。
天気予報の画面の端に、変なマスコットキャラクターが写っている。
朝のニュースは割と可愛らしい生き物のキグルミが出てくるのは知っている。
けれど、昨日まであんなユニークな形状をしていただろうか?
更に良く見ると、そのキグルミが気象予報士の如く今週の天気予報を伝えている。
キグルミを着ている筈なのに、いつもと変わらないハキハキとした口調と声で。
よく分からない企画でもあったのだろうか?
と、その直後、画面が街中の映像に移り変わった時。
「…は?なんだこれ?」
俺はおもわず、素っ頓狂な声を出してしまった。
いや、は?なんだ?
俺が知らないだけで今日は仮装大会でもやってるのか?
CGって事は…ないよな。
画面に映ったのは、駅前の交差点。
ありふれた、毎朝見ていた、社会人や学生でごった返している交差点。
俺だって何度か通った事はあるし、なんなら家から電車で15分もあれば着くよく知る交差点。
その、筈なのに。
街を歩く通行人、皆が皆。
先程と同じ、ユニークな形状のキグルミを着ていた。
普段のぷっぷかさんの視点をプロデューサーが体験する感じかな?
本当にこんなかんじだったりするかも.....
北上麗花(20) Da
http://i.imgur.com/VtmQJ34.jpg
http://i.imgur.com/c1I5XqW.jpg
>>2
音無小鳥(2X) Ex
http://i.imgur.com/hFRWAa5.jpg
http://i.imgur.com/04h1Z0h.jpg
秋月律子(19) Vi
http://i.imgur.com/kofYeNC.jpg
http://i.imgur.com/FBzrZak.jpg
ぷっぷかさんの眼には一体何が映っているんだ…
落ち着け、あれだ、番組が変な企画やってるんだ。
そう自分に言い聞かせ、消え失せた食欲をなんとか取り戻しトーストを咥える。
当然味なんて分からない。
そもそも今の状況が分からない。
っと、そろそろ事務所に向かわないと。
変な事が気になるのはいいが、そんな理由で遅刻なんてしてられない。
時間を確認しようとスマートフォンをつけて。
壁紙にしていたアイドル達の写真が目に入って。
「…うそ、だろ?」
もう、パニックになりそうだった。
だって、写真に写っていたのは。
アイドルの姿ではなく、キグルミだったのだから。
急いで家から飛び出し外に出る。
街はいつも通り、通行人で溢れていて。
街頭ではティッシュやチラシを配っている人がいて。
その全員が、変なキグルミを着ていた。
…なんだ、これ。
あれか?熱にやられて変な夢でも見てるのか?
そうだ、これは夢だ。
だってそうとしか思えない。
お約束の様に頬をつねるも、痛みがこれは現実だと教えてくれて。
けれど脳はこれを現実だと受け入れてくれなくて。
クラクラする頭を押さえつけ、発狂しそうになる口を押さえつけ。
俺はなんとか駅へと向かった。
駅は街以上に人が多い。
我先にと改札に飛び込む人。
降りてくる人を押しのけて電車に乗り込む人。
黄色い線の内側に退がれと叫ぶ駅員。
その全員が、キグルミを着ている。
そう言えば、このキグルミを何処かで見た事がある様な気がするが…
そんな事よりも、本当になんでこんな事になっているんだ。
満員の車内の所為で周りのキグルミがより近くになり、恐怖感が更に増す。
…なんなんだ、これは。
まるで異世界に紛れ込んでしまった様で、吐き気がこみ上げてくる。
けれどここは通勤ラッシュの電車内。
なんとか堪える為に目を閉じて、視覚を放り捨て耳に挿したイヤホンで世界を遮断する。
はやく、事務所に辿り着きたい。
はやく!はやく!はやく!
事務所の最寄駅に到着すると同時、俺は一番乗りで電車を飛び出した。
そのまま勢いを落とさずに改札を飛び出し、事務所へ向かって全力疾走。
出来る限り周りの風景を見ない様にして、ひたすら走る。
そうだ、事務所のみんなも俺と同じで怖がっているかもしれない。
「おはようございます!」
急いで階段を駆け上がり、事務所のドアを勢いよく開けた。
みんなは大丈夫だろうか?
こんなへんてこな状況で、気が滅入っていないだろうか?
この状況を打破出来そうな朋花やまつりは状況を理解出来ているんだろうか?
「おはようございます、プロデューサーさん」
「あ、小鳥さん!おはようございます、これって一体何が…」
けれど、ようやく知っている人の声を聞けたというのに。
俺の絶望は更に増す事となった。
聞こえる声は間違いなく小鳥さんの筈なのに。
座っている場所は、間違いなく小鳥さんのデスクの筈なのに。
俺の目に写っているのは、外にいたキグルミと同じ姿だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
思わず叫び声を上げてしまう。
なんで?なんでだ?何が起こってるんだ?!
だって、聞こえる声はいつも聞いてる小鳥さんの声なのに!
なんで、小鳥さんはそんなキグルミを着ているんだ?!
「お兄ちゃんどうしたの?朝からそんな叫び声あげるなんて、大人とは思えないよ」
「子供でも叫ばないと思うけど…プロデューサーさん、どうしたんですか?」
心配そうな志保と桃子の声が聞こえる。
けれど、その姿は見えない。
代わりに、その二人の声が聞こえた場所には二体のキグルミがいて。
もう、何が何だか分からなかった。
「おい、なんだよそのキグルミ!ってかなんなんだよ!みんなキグルミ着て!小鳥さんも!」
「キグルミ…?ほんとに大丈夫?お兄ちゃん…疲れ溜まってるんじゃない?」
「確かに麗花さんの事が不安なのは分かりますけど、きちんと休まないと倒れたら元も子もありませんよ」
だめだ、話が通じない。
小鳥さんらしきキグルミも、首をかしげている、様に見える。
なんだ?俺がおかしいのか?
これはやっぱり、夢なんじゃないか?
「…そうか、夢か…なんだ、焦って損したよ…」
直後、俺の意識はぷつりと途切れた。
こんな怖すぎるわ、周りからしたらいつもの日常でプロデューサーが挙動不審な感じかもね
ミリSS増えて嬉しいなって開いた後に鳥と出だしを見て絶望してしまうのはお馴染みだな…
続きまってます
こんな光景ばっかなら確かに病むわ
一旦乙です
>>14
周防桃子(11) Vi
http://i.imgur.com/hnO0MRO.jpg
http://i.imgur.com/SYBoVEv.jpg
北沢志保(14) Vi
http://i.imgur.com/J5lCOkr.jpg
http://i.imgur.com/HVDGRXD.jpg
ぷっぷかワールドこわひ…
…ん?俺、なんで事務所で寝てるんだ?
目を開けると、事務所の天井が見えた。
どうやら俺は事務所のソファで寝ていたようだ。
誰かが掛けてくれた毛布をどかし起き上がる。
時計を確認すると、今はまだお昼前。
なんで俺は…あ、そうだ。変な夢を見たんだった。
「すみません小鳥さん。俺いつの間にか寝てたみたいで…」
「体調はもう大丈夫ですか?心配しましたよ、いきなり変な事を言い出して…」
…あぁ、夢じゃなかったのか。
目の前に現れたキグルミが、もう夢とは思わせてくれなかった。
つまり、俺が倒れたのはおそらく精神的に参っていたからで。
なんど瞬きしたところで小鳥さんの姿は元にはもどらない。
それでも先程よりは、多少なりとも落ち着くことが出来ていた。
取り敢えず、これを小鳥さんにどう伝えるべきか考えるところから始めてみよう。
なんでキグルミを着ているんですか?
…多分、それを自身で認識出来ていないんだろうな。
小鳥さん、俺の目にはみんながキグルミに見えるんです。
…何を言っているんだこいつ、最悪精神科送りだぞ。
「一応、私と律子さんで出来る限りの仕事は終わらせておきましたから」
「…ありがとうございます。少し、疲れていたのかもしれません」
幸い、今事務所には小鳥さん以外いないみたいだ。
おそらく、他のアイドルもみんな…
それを見るくらいなら、これ以上誰にも会いたくなかった。
「でしたら、今日は休みがてら買い出しをお願い出来ますか?それと、麗花ちゃんのところへお見舞いに行ってあげて下さい」
「了解です」
正直、外になんか出たくなかった。
外は当然事務所以上に人が多い。
それが全部、奇妙な形状のキグルミに見えているんだから溜まったもんじゃない。
とは言えそんな事理解してもらえる訳もない、か。
タクシーを呼んで病院へ向かう。
その間も、当然ながら沢山の人が視界に入る。
その全てが、へんてこなキグルミ。
再び俺の精神がゴリゴリと削られてゆく。
タクシーの運転手は、一体どうやってハンドルを握っているんだろう。
キグルミなんて着た状態でちゃんとブレーキを踏めるのか?
ふとした疑問は、割と下手したら生死にかかわる問題だ。
なんとか無事病院へ着けることを祈って、俺は目を閉じた。
病院へ到着し、運転者に料金を支払おうとした時。
俺はとある事に一つ気付いた。
俺が渡した小銭をきちんと受け取り、領収書を渡して貰う。
その時、まるで綿菓子に圧力をかけたかの様にキグルミが凹んでいたのだ。
つまり、どうやらキグルミに見えているだけで。
本当は、本当にきちんとした人間がそこにいる、という事だ。
それもそうだ、でないとハンドルを握れない。
狂っていたのは、世界ではなくて俺の目という事、か。
とは言えそれが分かったところで根本的な解決には至らない。
誰かに打ち明ければ病院送り、という点も変わらない。
今俺が出来る事は、さっさと全部を諦めて、慣れて、隠し続ける事だけだ。
そんな事を簡単に出来るなら苦労しないが。
それともう一つ。
何処かで見た事のある奇妙な形状のキグルミだな、と思っていたが…
あれだ、麗花の落書きで見た事があったんだ。
確か…でんでんむす君、だったか。
麗花の書いた落書きが現実に、なんて予言の書みたいなストーリーは御免だ。
んな事が本当になったのならうちのアイドル達は当然の様に宇宙空間で生活出来ることになる。
とは言え、麗花が何かを知っていた事は間違いないだろう。
当の本人はと言えば…
病室の扉をゆっくりと開けた。
その先には、眠ったままの麗花。
そしてお見舞いに来ているらしきキグルミ。
ジャイアント茜ちゃん人形のキグルミだから…茜だろうな。
「あ、おはよープロちゃん。プロちゃんまで倒れたって聞いたけど大丈夫?」
「あぁ、俺も疲れが溜まってたみたいだ。気を付けないとな…で。茜、レッスンは?」
「こ、これから行こーとしてたとこだよ!お願いだから律子様には何卒…」
「急げ急げ、まだギリギリ間に合うぞ」
急いで支度を終えて病室を飛び出しローラーシューズで消え去る茜。
全く、心配なのはいいがレッスンはサボるな。
あの様子じゃその旨の連絡を律子に入れてないんだろうな。
それに病院内でローラーシューズなんて…
…ん?
なにか、おかしい。
ジャイアント茜ちゃん人形だったから、あいつを茜だとは気付けたが…
なぜ俺は、麗花を麗花だと一発で見抜けた?
ベッドの上で安らかに眠っている麗花に再び視線を向ける。
呼吸で上下している胸元。
解かれた、長い長い髪。
今にも開きそうな、瞼と表情。
「…変わって、ない…?」
麗花は、何も変わっていなかった。
他の人達みたいにキグルミになっていない。
見ているだけで心が不安定になりそうな形状をしていない。
何時もの見慣れた、北上麗花のままだった。
「…よかった…やっと…」
やっと…やっと、人間に会えた。
ようやく、俺でも人と認識出来る人に出会えた。
それが、嬉しくて…
俺は堪らず、涙を流してしまった。
けれど、麗花はまだ目を覚ましていない。
もしも、もしもだ。
このまま麗花が目を覚まさなかった場合。
俺が見る事の出来る唯一の人間の姿が、居なくなってしまう。
…いやだ!目を覚ましてくれ麗花!
お前がいなくなったら、この世界はあのへんなのしか居なくなってしまうじゃないか!
頼む…頼む!
絶対にいなくならないでくれ!
祈っても、懇願しても、涙を流しても。
都合良く麗花の目が醒めるなんて事はなく。
巡回していた病室の人からそろそろと言われ、病室から出ようとして。
その直後、麗花の枕元に置かれたスマートフォンが震えた。
おそらく誰かしらがお見舞いの連絡でも寄越したのだろう。
画面が明るくなり、壁紙が映し出される。
設定されていた画像は、恐らくクレシェンドブルーの五人。
撮ったのが俺だったから分かったが、麗花以外の四人はキグルミとして写っている。
…なんで、こんな事に…
怒りと悔しさは行き場をなくし、拳の中で力に変わる。
爪が肉に食い込んでも、痛みなんて感じる余裕もない。
兎に角今は、頼まれてた買い出しをしないと。
それから落ち着いて、もう一度考えてみよう。
頼まれていた日用雑貨を買い終えて事務所に戻る。
たくさんのキグルミにも、もう既に慣れ始めていた。
と言うよりも、恐らく心が磨り減っていた。
これ以上辛い思いをしたくなくて、何も考えないようにしていたんだろう。
事務所には、おそらく小鳥さんと律子と思わしきキグルミが会話している。
出来る限りそれを見ないようにして、買って来たものと領収書を渡す。
それから缶コーヒーを飲みきりパソコンと向かい合ったところで、俺のデスクの上に何かが置いてある事に気付いた。
これは…ノート?日記帳?落書き帳?
「あ、それ麗花さんのです。昨日あの時、ロッカーからカバンは持って行ったんですけど、その時置いていってしまったみたいで」
「あ、ありがとう志保…次行く時持ってくよ」
それをカバンに仕舞い込み、仕事に戻る。
パソコンは良い、キグルミを見なくて済むから。
仕事は良い、他の事を考えなくて済むから。
もういっそ、ずっとキーボード打ち続けてればいいんじゃないかなんてアホな事を思い浮かべてしまうくらいには、心は弱っていた。
それから一週間。
俺はもう、考える事を放棄して仕事に打ち込んでいた。
キグルミなんて、知ったこっちゃない。
そんな事を考える余裕があるなら一つでも多くの書類を完成させろ。
奇妙なキグルミも、もう当たり前の事だと思い始めてた。
人間恐ろしいものだ。
慣れるのが早く、慣れてしまえばなんて事はない。
最初からこうだったんだ、と思えてしまえば後は一瞬だった。
もちろん最初のうちは自殺すら視野にいれて暮らしていた。
けれどもうそんな事もない、慣れてしまったから。
今では見ただけどのキグルミが事務所の誰か分かる。
おかげで、もう怪訝な目を向けられる事もない。
それはきっと、心がもう死にかけていたんだろう。
言って仕舞えば、異世界に一人だけ投げ込まれた様なもの。
誰一人として俺の知る人はいない世界で、俺の事を知っている人達と仕事をする。
狂った歯車で、無理やり動かされていたんだ。
それでもなんとか、やってこられたのは。
日々の仕事が終わった帰りに、病院に行っていたから。
そこには、人間の姿の麗花が眠っている。
それを確認する事で、俺はまだ壊れていないんだと少しだけ実感することが出来た。
それでも、更に少しずつ心は消えていく。
何も考えず、ただただ日々働き続ける人形になる。
それこそ、まるでキグルミを着ているかの様に。
自分を消し去り、周りをシャットアウトして仕事に向き合う。
そんなある時、カバンの中から一冊のノートが顔を出した。
そう言えば、麗花に渡すの忘れてたな。
夕飯を食べる気力もなく、家のソファで突っ伏していた時。
ふと、魔が差した。
…今なら、読んでいいんじゃないか?
誰も見てないし、俺さえ黙っていればバレる事もない。
…ダメ、かな?
いいよな、うん。
ぱらり、と表紙をめくる。
1ページ目には、事務所への簡略化された地図が書いてあった。
おい麗花、この地点Jは事務所のJか。
なんか無駄にかっこいいな。
それと一緒に、麗花の壁紙にもなっていたクレシェンドブルーの五人で撮った写真が挟まれていた。
もちろん、麗花以外の四人はキグルミ。
それに違和感を覚えなかったあたり、俺はもうヤバかったんだろう。
むしろ、なんで一人だけ人間が写ってるんだ、と思ってしまうくらいには。
次のページを開くと、日記が書いてあった。
今日から私はアイドル!
アイドルって何するのかな?作詞?
それじゃー1曲目!プップカプップカプップカプー!
これじゃ作曲でしたね!
…楽しそうだな、訳わからないけど。
まぁ兎に角、麗花の楽しみという感情は伝わってくる。
それから数ページは、メモ書きだったり日記だったりが綴られていた。
時たま書いてあるナゾナゾに頭を悩ませては、全く関係のない答えで笑っていた。
時には、事務所の誰かの似顔絵。
少しばかり画伯なところはあるけど、特徴はつかんでいる。
茜だったり、志保だったり、静香だったり、星梨花だったり。
そのみんなが笑っているという事だけは、一目でわかる。
けれど、ノートの半分が過ぎる手前あたりで。
少しばかり、毛色が変わってきた。
書いてあるのは、その日あった事。
その内容が、麗花らしからぬ不安を漂わせている。
この五人で、ちゃんとやっていけるかな、とか。
ステージの上で、緊張せず歌えるかな、とか。
ファンの人達の期待に応えられるかな、とか。
麗花に人並みのそういった感情があったんだなと再認識すると同時、俺はまだ苦しくなった。
俺は、そんな麗花の気持ちに気付けていなかったのか。
そんな事も知らず、気にせずやればいいなんて言っていたのか。
ファンの視線が怖いなら、観客席にぬいぐるみでも置いてあると思って練習するといい、なんて言っていたのか。
大丈夫だ、相手が常に笑顔でいると思い込めば、それはきっと本当になる、なんて…
俺は、麗花の事を…
けれど、次のページで、俺の心は救われた。
練習が、とっても上手くいきました!
プロデューサーさんから、アドバイスを貰えたからかな。
ユニットのメンバーとも、とても上手くいってきる気がします。
みんなが笑顔でい続けて欲しいと、願ったからかな。
そんな、文書。
それはプロデューサーである俺にとって、とても嬉しいもので。
そのままの勢いで、ページをめくり。
俺は更に、後悔することになる。
祈ってしまった
それだけ短く書かれたページ。
一体、何をだ?
…いや、少しは予測がついている、ついてしまっている。
麗花は素直だ、俺が言ったその言葉を、そのまま飲み込んでしまったんだ。
震える指で、勢いよくページを向かう。
それを見た俺は…
「?っ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
込み上げる吐き気を、両手でなんとか抑え込む。
テーブルの上に置いてある水を一気に飲み切り、上を向いて深呼吸。
怖い、ノートを見るのが怖い。
それでも…これは…俺のせい、なのか?
描いてあったのは、俺がこの1週間で嫌という程見てきたあのキグルミが、おそらく笑顔で。
麗花曰く、でんでんむす君。
あの異形が、おそらくアイドルのイメージカラーの色鉛筆で描かれていて。
その下には、ごめんなさい、の文字。
そして、その文字がまるで一度濡らされたかの様に滲んでいて。
俺は耐えられず、トイレに駆け込んだ。
ちくしょう…ちくしょう!
俺のせい…なのか?俺が麗花に…
再び覚悟を決め、ノートに向かい合う。
続くページは、不安とイラスト。
でんでんむす君や、ジャイアント茜ちゃん人形。
そして、どうして?の文字。
けれど少しずつ、またテイストが明るくなってきていた。
おそらく、麗花も慣れてしまったのだろう。
楽しそうにでんでんむす君と手を繋いで買い物に行く麗花が描いてある。
それを見るだけで、少しだけ心は落ち着いた。
それも、そうか。
俺ですら1週間で慣れたんだ。
俺よりも心がしっかりしてる麗花なら、大丈夫だったのかもな。
よかった…
そんな時、とあることに気づいた。
麗花が描いた事務所の人達の似顔絵。
その中で唯一、俺だけが人間の顔をしている事に。
つまり…
麗花は、俺だけは人間の姿として見れていた、のか?
今の俺にとっての、麗花の様に。
急いでその次のページをめくると、今度は日記だった。
内容は…
プロデューサーさんだけは、普通の人です。
普通って、なんなのかもう分からなくなってきちゃいましたけど。
それでも、プロデューサーさんは普通なんです。
私にとって、唯一の普通の人なんです。
知らない人が見れば、何を言っているんだ?となっているだろう。
けれど、俺にはわかる。
俺には、どれだけの思いが込められていたかが分かる。
普通の人と言うのが、麗花にとってどれ程心の支えになっていたかが分かる。
…ごめん、麗花…ごめん…
プロデューサーさん、今日もナイス普通ですね!
何度か言われた、あのセリフ。
それに、一体どれ程の重さがあったのか。
あの時、俺は気付けていなかった。
涙を流しながら、ページを捲る。
再び内容は、ガラリと変わった。
前までのページにあった、楽しそうな雰囲気なんてない。
そこにあるのは、悲しみだけだ。
ーーみんなの笑顔を、もう一度見たい。
みんなの、笑顔…
ふと、思い出した。
彼女のスマートフォンの壁紙と、このノートの最初に挟んであった写真を。
それは、麗花にとって、とてもとても大切なもので。
それを麗花は、もう見る事が出来なくて。
みんなの顔を忘れない為に、毎日見返す事にしよう。
もう違う姿にしか見えないけど、毎日見る事で思い出し続けよう。
いつか、また元の姿を見る事が出来た日に。
誰が誰の顔だかを、必ず忘れない為に。
そんな文書を読んだ時。
とたんに、俺もみんなの顔が見たくなってきた。
ずっと一緒に成長してきた765プロのみんなの顔を。
今ではもう、少しずつ塗り替えられ始めてるみんなの顔を。
けれど、必死に写真のフォルダを漁っても。
俺と麗花以外は、みんなキグルミになっている。
画像で見る事すら、出来ない。
そんなみんなの元の笑顔を、麗花はどれだけ願ったんだろう。
そして、日記は次のページで最後になっていた。
それ以降は、イラストも何も書かれていない。
という事は、麗花が倒れたあの日の前日に書かれたものとなる。
意を決して、俺は開いた。
プロデューサーさんの調子が悪いんです。
お願いだから、倒れないで下さい。
私の前から、いなくならないで下さい。
もし、いなくなっちゃったら、私は…
それで、全部だった。
そして、それが全てだった。
もう、全て分かった。
なんで麗花が、普通に固執したのかも。
なんで麗花が、あの日倒れたのかも。
もう、全てがギリギリだったんだろう。
…俺も、もう限界かもしれない。
なぁ、麗花。
お前はその時、どれくらい祈ったんだ?
俺の今の願いは、ちゃんと叶うのかな。
みんなの笑顔が、見たいな。
俺はもう、どうなってもいいから。
麗花に、もう一度。
みんなの笑顔を、見せてやりたいな。
俺は祈った。
また、俺がみんなの笑顔を見れる様に、と。
また、麗花がみんなの笑顔を見れる様に、と。
祈り続けて、気が付けば俺は意識を失っていた。
朝、眩しい日差しで目を覚ます。
どうやら俺は、あのまま寝てしまっていた様だ。
パパッとシャワーを浴びて、朝食を食べる。
さて、また今日も何時もと同じ日々だ。
ぶーん、ぶーん
その時、連絡が入った。
送り主は律子、内容は簡潔的で。
『麗花が目を覚ましたみたいです』
確認したと同時、俺は家を飛び出した。
良かった!目を覚ましたのか!
俺にとっての普通が、いなくならないでくれる!
そしてタクシーを捕まえようと道で待っている時。
何故だか、違和感を覚えた。
街に、人がいる。
それは当たり前の事で、けれど昨日までの俺にとってはありえない事で。
つまり…
「…戻ってる…人が、居る!」
人が居る、キグルミが居ない。
当たり前の、普通の事なのに。
俺は堪らなく嬉しくて。
泣き過ぎてタクシーの運転手に慰められたくらいだ。
病院へ着くと、全速力で麗花の部屋を目指した。
よかった…!やったぞ、麗花!
またみんなの笑顔を見れる!
またみんなで…
ガラッと、扉を開けた。
既に沢山のアイドル達が居て。
それが全員、きちんと人の姿をしていて。
みんなが、笑顔で。
それが、嬉しくて。
「麗花…!」
俺は叫んだ。
それに応える様に、ベッドの上の麗花は此方を向いて。
けれど、麗花は。
…なぁ。
「…なぁ、おい、麗花…」
なぁ、麗花、だよな?
なんでなんだ?
なんで…
「…おはようございます、プロデューサーさん。今日は、少し特別ですね」
終わり
麗花さんとでんでんむす君のお話が書いてみたくなったので
お付き合い、ありがとうございました
過去作です、よろしければ是非
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すくわれねーな
乙でした
>>21
野々原茜(16)Da
http://i.imgur.com/BumTDoT.jpg
http://i.imgur.com/WsQ1toZ.jpg
乙ー
確かにエイプリルフール終わってから思ったんだよなぁ
アレが現実ならあの時踏んだデビルは、でんでんむす君は誰だったんだろうって
重いわ!
乙。
あいかわらずラストが救われないけど次回も期待してます
プロデューサーさんだけは、普通の人ですのとこでゲーム内ボイスの今日もナイス普通ですね!のセリフを思い出した
相変わらず結末辛いな…
一つの言葉でこうなってしまうのは辛いね
治せるのだろうか
乙です
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