・モバマス 三船美優さんのSS
・一人語り、読点、独自設定あり
・モブキャラあり
・かきためてるのですぐおわります
それでよければ続行、むーりぃなら回れ右で
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私は今、北に向かっています。
新幹線の座席。
並んで座っている人は、私のPさん。
目的地は、岩手。
けれど、この旅は
里帰りでは、ありません。
話は、10年以上前まで遡ります。
中学の頃、今も おとなしい と言われる私--三船美優--は
輪をかけておとなしい、いえ、おとなしいを通り越して
孤独な女の子でした。
周囲の話や流行のペースには何かと合わず
さりとて無理に輪の中に入るのも臆してしまい
なにをするにも、ぽつねんとしていて。
それを特に寂しいとも、思っていませんでした。
けれど、そういう私を放っておけないという
今考えればありがたい友達が、いたのです。
遠足や、班分け、登下校。
気付けば私に声をかけ、ごくさりげなく
人の輪に融け込ませてくれました。
当時から、表情が冷たいとか、違う世界にいるとか
遠巻きに扱われていた私との距離を
邪魔にならないように、詰めてくれました。
いつの頃からか、私からも
彼女を誘って一緒に遊びに出かけたり…
あ、アクセのお店とか、ファストフードのお店とか、そんな程度ですよ。
それですら、私には 冒険、といって大げさなら
新たな世界への一歩、でした。
「交換日記、しない?」
ある日、彼女にそんな提案を貰いました。
口下手な私も、文章の世界ならのびのびはばたけるかもしれない。
メールでもやりとりはしていましたが、手書きの文字や絵で
お互いを知り合えば、もっと距離が縮まるかもしれない。
そう思ってくれたのかもしれません。
別段そういう申し出を、殊更嬉しいとも面倒とも思わず
なにげなく受け容れた、ように憶えています。
当時から面倒くさい女の子だったんですね、私…。
「なんでもいいんだよ、今日あったこと、普段考えてること、夢、思いつき…」
却って なんでもいい と言われると困ってしまうものですが
それこそ思いつくままに、日々の出来事から、ぼそぼそと連ねてゆきました。
私の表情のように、無機質な文章が多かった、はずですが。
彼女の日記の返事は、軽くいなすでもなく、無理に盛り立てるでもなく
ちゃんと私のことを、私の大きさのまま、受けとめてくれました。
文章は、読んでくれる人がいて、はじめて完成する。
そんなことを言う人がいたと聞きます。
私は、彼女という「読み手」を得て、はじめて自分の落ち着く場所が
できた気がしました。
日記が進むにつれて、話題も多彩になりました。
ほんとうにどうでもいいことも、ページの隅っこのイラストも
真剣な悩みも、自分の弱さも。
そのひとつひとつに、真正面から向き合って、同じ楽しさや嬉しさ、
強さと弱さを 感じようとしてくれた彼女。
どれだけ、私の かさついていた心が潤ったことか。
そもそも、心が かさついていることにすら、彼女がいなかったら気付けていたかどうか。
感謝は尽きません。
「ありきたりな感想しか書けなくて、ごめんなさい」
そうしたためたときも、
「美優ちゃんが思って、それを素直に書いてくれたことが、私にはうれしいんだ。
たまたま文字の並びが ありきたりだったりしても、美優ちゃんが感じた思いは
誰にも替えられないから、気にせず書いてね」
何度、胸に日記を抱いたまま、しみじみと幸せをかみしめたことでしょう。
そんな間柄も、卒業という名の区切りで
否応なく終焉がおとずれようとしていました。
別々の高校に進む。
とわかったとき、真っ先に不安になったのが
「日記、どうなるのかしら…」
つい、彼女の前でつぶやきました。
彼女以外の前でこんなことを言ったら
どうなるも何も、あなたが決めなさい。
とか、にべもなく突き放されそうなものですが、
私の不安を きちんと彼女はわかっていました。
まだ、自信がない。
日記の中のように、誰にも臆せずひるまず、思った通りのことを伝える
そんな三船美優には、彼女以外を前にすると、まだ、なれない。
一歩を踏み出すのが、怖かったんです。
でも。
日記の代わりに何をすれば自信が得られるのか
だいいち彼女のような、すべてをうけとめられる慈母のような人に
そうそう巡り会えるものなのか。
ぐるぐると同じことばかり考えて、結論が出ませんでした。
そしていよいよ卒業の日。
「美優ちゃんに、いままでの日記…預けるね」
数冊のノートを、私の手に託してくれた彼女。
不安になったら、いつでもそのノートを見返して
どんなふうに自分が自信を持てるようになったか、確かめられるように
しておこう。
そういう、まるで親心のような気配りで、もう行き交わない交換日記が
やってくることになりました。
ここまで手取り足取りさせていたのかと、いま思い返しても恥ずかしくなりますね…。
あ、ごめんなさいもうひとつ>>1に追加で
・「だ、である調」と「ですます調」が混ざることあり
ある人(作家に非ず)の文章が好きで、それっぽくしてます
現に言ってたんですよ。
「美優ちゃんもそうかもしれないけど…昔書いたことを読まれるのって
ちょっと…恥ずかしいな」
それでも、私が私であろうとすることには替えられないと
私にとって贅沢すぎるほどの財産-彼女のいつわりない気持ち-を
くれたのです。
この私に…
振り返ると、私の人生には
モノトーンの時期と、鮮やかに色のついた時期があって
彼女と交換日記をしていた時期は。
間違いなく。
彩り豊かな時期でした。
卒業してからも、メールのやりとりなどは続いていて。
日記も、ちょっと怏々とすることがあったりしたら
読み返してみたり、していました。
彼女の日記は、物理的なノートという存在以上に
私の中に、持ち重りのするものを残してくれていたようです。
それでも高校という、新しい環境ができると
不器用な人間でも、その環境なりの居場所ができるもので
中学の頃よりは少しだけ、私の周りにも人の輪が増えて
あんなに心配していた、私が私であるという自信も、自然に少しずつついてきて。
…。
せっかく託してくれた日記も
開く機会が だんだん少なくなっていました。
このままでは、棚の肥やしになって、いつか私自身も忘れ去ってしまう。
でも。
この日記は間違いなく、ここまで成長できた私の糧になってきた。
万一捨て去ってしまったりすれば、いままでの自分を否定するばかりでなく
また昔の、孤独な自分にもどってしまうかもしれない。
今更そんなことはできない。
「日記、どうしよう…」
ちょうど1年が過ぎようとしている頃でした。
去年と全く逆の悩みを、日記に対して抱えていました。
高2にあがった、4月。
交換日記の彼女と、久しぶりに会いました。
私の方から、会って伝えたいことがある。そう連絡したのです。
彼女も彼女で、進学先で新たにできた人間関係に揉まれながら
頑張っているようでした。
でもありがたきかな、肝心の包み込むようなやさしさは
まったく変わっていませんでした。
なつかしい話にも花が咲いて、日も傾きかけてきた頃。
よく一緒に散歩をした、家の近くを流れる川の堤を歩いているとき。
意を決して、彼女に言いました。
「あの日記…タイムカプセルにしない?」
タイムカプセル。
それだけで彼女には、意図が伝わった様でした。
交換日記は、当たり前ですが、中学卒業から一ページも増えていません。
私を育む「役目」は、実はもう終わっていた。
いま読み返しても、新しい関係が生まれた高校生の三船美優には
そのまま参考になりにくい。
だから。
ずっと時が経って、あの頃の二人が「歴史」であるといえる日が来たとき
また読み返してみれば、客観的な目で、いとおしく、読めるのではないか。
そのときまで、日記に頼らず、頑張ってみる。
決意表明の代わりに、「タイムカプセル」というアイデアを出した。
そんなところです。
「…うん、いいんじゃないかな」
あの頃と変わらぬ、花咲くような笑顔で、首肯してくれました。
堤の桜のつぼみは、まだ固く閉じたままでしたが
胸の内には、ぽっと一輪、薄紅の花が咲いた気が、しました。
家から持ってきた おせんべいの缶の中に
密閉袋に入れたノートを大事におさめ
堤を下り
これも家にあったシャベルで、少し深めの穴を掘り
…怪しまれないようにびくびくしながら…
缶を穴の中におさめて、また埋め戻しました。
その間、二人とも、なんと言えばいいのか、ちょっと晴れやかな、
引っかかりが取れたような、表情になっていました。
「5年…だと早すぎるかな…10年後、10年後の今日。4月の2日。
二人でここに来て、日記を取り出して、読み返しましょう」
町の境にかかる橋から数えて、5本目の桜。
その堤を下りたところ。
ここに、10年後。
私達の「歴史」を読みに来る。
そして。
10年後の日記の続きを、お互いに綴る。
そう、約束したんです。
Pさんと出会ってからしばらくして
いま述べたような話をして
「この日、4月2日は、一日オフにして下さい」
まだ、アイドルとして軌道に乗るかどうかも
不確かな頃です。
ずいぶん出過ぎたことを言いましたね。
けれど、Pさんは私の中にある「日記の大事さ」を
尊んでくれました。
スケジュール帳の、うんと先の、真っ白なページに
← 三船 オフ 岩手 →
Pさんらしく、かっちり書き入れて。
「ありがとう、ございます…」
と。
そっとのぞき込むように手帳のページを眺めていた私の上から
ふいにPさんの声が降ってきました。
「…私も、同行します」
「え…」
「なにかあると、困りますので」
道理です。
いまや私は、自分でも信じられませんが、アイドルです。
アイドル三船美優という名の、役割があります。
孤独かつ好き勝手なことは、やりにくくなっています。
「勿論…お会いになるお友達の邪魔にならぬよう、最大限努力します」
「あ…はい…」
ほんのすこし、胸の疼きを覚えました。
なぜなのかは、気づかぬまま。
新幹線から、在来線へ。
駅の通路には、まだ冬が残っていて、ひんやりしています。
数駅、東京方へ戻り、着いた小駅。
もう一段、ひんやりした空気が、線路に沿って渡ってきます。
コートをかたく閉じ、そのままポケットからきっぷも取り出し
改札の小箱に入れようとして。
水色の券片の文字を、じっくり眺めます。
私を、10年前に連れてきてくれたきっぷ。
10年前は、ここを離れることすら想像しえなかった
ちいさな、ちいさな少女。
逆向きのきっぷで、キャリアウーマンを目指して旅立ったのは
名実ともに大人になった頃。
変わりに変わった私が、変わらないあの日に会いに「三船さん」
はっと顔をあげると
ちょっと首をかしげたPさんが、いつの間にやら改札の外から
私を眺めていました。
「ごめんなさい、ちょっと…考え事をしていて…」
「そう、ですか…」
と、こう書くと淡々と事実だけになってしまうのですが、
Pさんの視線は、どこか射るようで、そのくせどこか
あたたかいものがありました。
「お待たせしました…こちらです」
通学時間を過ぎているので、田舎道に人の影は滅多に
見られません。
空はぼんやりと碧く、おだやかな陽気になりそうです。
遠くの空が広いことで、川が近いことを無言のうちに
語っています。
あの日も、交換日記を胸に、ここを歩いていて…。
タイムカプセルにする。
そう言ってから先、あまり会話は…なかった、かな。
一字一句、憶えてはいないけれど、
「あ、きれいな花!」
「あそこ何つくってるのかなあ?」
「こんにちは、かわいいワンちゃん、ですね…」
なんとなく、面と向かっての深い話は、避けていた気がします。
いろんな、自分でも思いもしない気持ちが、溢れてきそうで
ありきたりなことばかり、話していた、そんな記憶があります。
10年経っても、道路脇には名も知れぬきれいな花。
家の建て替えかしらん、工事の音が聞こえてきます。
犬の散歩をする人は…いませんね。
そういえば我が家で飼っていたレトリーバも、旅立ってしまい「三船さん」
Pさんの声。
あ…私、また思い出に浸って…
いつしか地元の人しか通らないような細路地をひとり…
「ごめんなさい、ちょっと…考え事をしていて」
さっきと全く同じ言い訳。
こんどもPさんは、おだやかに私を見つめてくれます。
「こっち、なのですか」
「いいえ…さっきの通りを、まっすぐ…です」
…。
間が、もちません。
いつもは、これくらいの沈黙、なんともないのだけれど
今日はどうしたのかしら。
そんな空気は、Pさんも感じていたみたいで
「あの」
びくっ、と刹那。
「ひとつ、伺っておきたいことがあって」
「はい」
「お友達のことです」
…なんとなく、次にくる言葉の、予想がついていました。
「いまも、そのお友達とは、その…連絡が取れたり、しているのでしょうか」
痛いところでした。
つい、Pさんには、話していなかったのです。
無意識のうちに、避けていたのかも…。
「…」
黙って、歩いてみました。
空が、見られなくなりました。
Pさんは返事を、待ち続けています…。
先を歩くので見えませんが、きっとおだやかな表情のまま。
たまりかね、ついにくるり振り返り、深々と。
「…ごめんなさい」
…観念した、瞬間でした。
「高校を卒業したあと、まったく音信が…途絶えて…」
高校、大学、就職。
それぞれに、新しい環境が、次々に飛び込んできます。
二人の関係は、なつかしくはあっても、それだけ。
ついつい、疎遠になってしまい、いつしかメールも不達になり。
思い切って、実家の住所へ年賀状を出してみたのは、今年のこと。
来てくれるよね。
確認の意味も込めて。
松が明けた頃、我が家に届いた葉書には、見慣れた筆跡と赤いスタンプで
あて所に尋ね
あたりません
「だから、今日ここに来たのは…彼女が約束を守ってくれる『はず』という
…それだけの、希望しか、なくて…」
言外に、そんな薄弱な理由で丸々一日をオフにし、Pさんを連れてきてしまった
しかもそのことを、今の今まで黙っていた
懺悔の気持ちを、込めたつもりです。
「もっと早くに…はっきり言えばよかったのですが」
「やはりそうですか」
「え」
「三船さんがお友達の消息に全く触れないので、おそらく、とは思っていました」
Pさん…。
わかって、切り出さなかったんですか。
だったら、私が今まで黙っていたのって…。
あれほどもやもやしていた気持ちが、だんだん晴れてゆく気がしていました。
「話して下さいますね、黙っていた理由」
「はい」
きちんと目を上げると、そこにはPさんの温和な表情と、かすんだ青空。
「もし、友達の行方が知れない、と言ってしまったら、その…Pさんが…」
「オフを取り消してしまう、と?」
「ええ…それが怖くて、黙っていました。ずるい女です…」
ほんとうに、ずるい。
結局、自分ばかりが大事で、そのために周りを振り回してばかり。
振り回されているように見えて、振り回しているのは、私だったのね…。
「ずるくは、ないです」
「…でも」
「たとい音信が不通でも…約束を、なさったのですよね」
「はい…」
10年後の4月2日、県道の橋から5本目の桜を下りた、堤のたもと。
ここで、二人で交換日記を…。
そこだけ、彩色されてありありと残る、私の歴史。
「その約束があるなら…今日、ここに来る意味は、じゅうぶんにあります」
ああ。
嬉しかった…。
面識の全くない彼女との間柄を、そこまで感じ取ってくれるなんて。
「ありがとう、ございます…」
いつものように、伏目がちに応えたものの
心の底からの、ありがとう、でした。
隣町につながる、県道の橋。
もうすこしすると、桜の名所となって、人々がやってきます。
川風が身体全体を冷やすように、いそいそと吹き抜ける今は
人影もほとんどありません。
つぼみの桜を見上げながら、数えはじめました。
1本
2本
Pさんも、たしかめるようについてきます。
3本
4本
「…?」
5本目の桜。
明らかに、遠い…
「どうしましたか」
「5本目の桜…このあたりだった、はず…なんです」
不自然に間隔が広がっている桜並木。
5本目の桜は、間違いありません、当時の「6本目の桜」です。
「おかしいわ、確かこのあたり…に…」
Pさんは、川の方を見やります。
目線を追うと
そこには、真新しい人道橋がかかっていました。
欄干には、橋の名前と「平成27年竣工」という銘板が。
その橋につながるコンクリートの真新しい階段が、堤の下から続いていて、
桜の木も、あの交換日記の入ったおせんべいの缶も
コンクリートの下に、眠ってしまいました。
階段を降り、交換日記を埋めた辺りを、うろうろしてみましたが
もう、どうしようもありません。
「遅かったんですね」
「三船さん…」
「10年も待ったりせず、いまを大事に生きなければいけないのに…後ろばかり向いて…」
あまりに我儘な故に、あまりに滑稽な現実。
「ばかですね、私」
「…」
「こんな現実を確かめるためだけに、わざわざ…」
「いえ、まだ…やることがあります」
…そうだった。
彼女が、ここに現れるかもしれない。
約束をしたのは、私。
その約束を大事なことだと言ってくれたのは、他ならぬPさんです。
コンクリートの階段を上がり、ベンチに二人、座りました。
吐息をつくと、少しあたたかくなりました。
近くにできたコンビニで、お弁当まで買ってくださって
「ほんとうに…すみません」
「いえ」
なんだか、私以上に大事に、大事に、日記のことを扱ってくれて
戸惑うくらいでした。
だんだんと、景色が碧から赤みを増してきました。
何時間、待ったことでしょう。
刻々と、帰りの新幹線の時間が、近づいてきます。
「…三船さんは」
川面をぼんやり眺める私に、つぶやくように話しかけるPさん。
「今日お友達が、ここにやって来ることを、本気で信じていたのですか」
「…」
難しい、それだけにPさんも訊きづらい質問だったと思います。
友達がここに来る可能性は、音信不通になったことで、いっきに下がったかも
しれません。
でも、約束一つだけでここに現れてくれたら、それは素敵な
夢のような出来事といえるでしょう。
それだけのつながりを、16歳の美優は確かに感じていました。
だから、ここに来てほしい。
会いたい。
その思いは、確かにあります。
けれど。
来てくれないということは、彼女にも彼女自身が大事に抱える日常があって
その中を一生懸命生きていることに他ならない。
昔の私なんかにこだわっていない。
それはそれで、喜ばしいことでしょう。
「信じてはいましたが、来なくても道理かも、と思っていました」
我ながら、ぬえのようなものの言い方だなあと思ったりしましたが
本音でした。
「来れない理由は…いくらでもありますから」
「…」
「それに、いまの私には…別の『日記』が、ありますし…Pさんとの…」
思うことを、ぶつけられる。
やれること、やれないこと、全部見てもらえる。
かっこよくても、悪くても、ありのまま。
10年経って、今の私は
ここに来ない彼女のように、自分なりの交換日記を
手にすることができました。
少し、Pさんの顔が赤くなった気がしました。
傾きかけた太陽のせいかもしれません。
彼女が現れないまま、タイムリミットが、来てしまいました。
「行きましょうか」
「…………はい」
名残惜しさに、日記があった場所を、なんども、なんども振り返り。
その都度、Pさんは立ち止まって、私を待ってくれました。
ついに、川の堤が見えなくなったところで
突然Pさんのことを抱きしめ…
その胸で、ひっそりと泣きました。
悔し涙だったのか
嬉し涙だったのか
あるいはそのない交ぜなのか
自分でもわからない。
Pさんという、交換日記の1ページに、しまわれた思い出でした。
10年前の私には、居場所などどこにもありませんでした。
交換日記は、私が私に帰れる、ただひとつの場所でした。
あれから10年。
家を出たときと同じ方向に走る新幹線に乗る私には
確かに帰る場所が、あります。
fin.
以上です
お目汚し失礼しました
html依頼出してきます
素晴らしかった
乙
乙
良かった
悲しいなあ
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