緒方智絵里「一番ではなくても」 (13)

「……ごめんなさい」

「ごめんなさい。……本当に、本当に、ごめんなさい」

「……プロデューサーさん」

「でも、私は……」

「ごめんなさい……プロデューサーさん、誰よりも、大好きです……」


 謝罪の言葉を口に出して……表情を沈めて陰らせて、声の調子ををどんよりと曇らせて、胸の中へ言葉の通り偽りない謝罪の思いをぐるぐると渦巻かせて……だけど身体の位置はそのまま、続けて愛を口にする。

 プロデューサーさんへ。

 ほのかな薄明かりにぼんやりと照らされた身体。熱い紅色がまだ少しだけ引ききらずに差し込む、もう長い時間日を浴びていない真っ白な肌。それを晒して、何も纏わせることなくただ裸のままでそれを晒しながら、同じようにただ裸のありのままを晒してくれている身体へ。間に何もない本当のすぐ傍へいてくれる、私の横のプロデューサーさんへ。

 抱きつく。寄り添う。擦りつく。

 ほんの少し前まで私を愛して求めてくれていた、その身体。

 ほんの少し前まで私を愛して求めさせられていた、その身体。

 泥のような眠りへ落ちたプロデューサーさん。

 泥のような眠りへ堕とされたプロデューサーさん。

 そのプロデューサーさんの身体へと、自分を重ねる。

 ぴったりと、わずかな隙間も空けてしまわないよう近く。

 ぎゅうっと、このまま溶け合って一つになれてしまいそうなくらい強く。

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 重ねて、繋げて、結ぶ。

 すると伝わる。

 潰れるほど押し付けた胸から、鼓動が。

 触れ合ってしまいそうなくらい近付けた唇から、吐息が。

 それ以外は見ない。それ以外は見えない。それだけしか見ることのできない瞳から、かすかに歪んだ表情が。

 プロデューサーさんが伝わってくる。

 それを感じて、確かめて、受け止めて……プロデューサーさんを、迎え入れて。

 でも深める。

 それを止めず、やめないで、深める。

 止まらない想いを抱いて、止められない想いを宿しながら……もっと濃くずっと強く、自分をプロデューサーさんの身体へと深め沈めていく。

 密着する。私も、プロデューサーさんも、触れ合った場所の全部がむにゅりとひしゃげて。産毛も雫も空気だって、外からのものは何一つ入り込む余地がないくらい深く重なって。私の意思でも、プロデューサーさんの意思でも、たとえ緩めようと望んでも、もう簡単には解けないくらい幾重にも複雑に絡まって。……そうして、二つの身体を一つへ結んでいく。

 後悔や罪悪感。重なりすぎて、積み上げすぎて、もういっそ朽ちて掠れてしまったそんな思いを引き摺りながら、でも止まらない。

 もっともっともっと。溢れて止まらないプロデューサーさんへの想いに流されて、ただずっとまっすぐ、求めてしまう。

 自分をプロデューサーさんへ。溶かして、染み込ませて、その中へと入り込ませるように押し付く。どうしようもなく望んで……どうにもならないくらい、プロデューサーさんを願ってしまう。


「……プロデューサーさん。私には、プロデューサーさんだけなんです」

「好きです。プロデューサーさんが」

「大好きです。プロデューサーさんだけが」

「愛しています……。他の誰でもない、何でもない、プロデューサーさんのことだけを」

「プロデューサーさんだけを」

「私は認めています。感じています。想っています」

「プロデューサーさん……貴方、だけ」

「私にはプロデューサーさん……ただ一人だけ、なんです」

 愛でる。

 言葉を紡ぎながら……

 もう顔も思い出せない、声も忘れて容姿もおぼろげな、たくさんの人。

 綺麗な人。可愛い人。優しい人。温かい人。朗らかな人。穏やかな人。淑やかな人。艶やかな人。強い人。気高い人。勇ましい人。愛らしい人。

 それぞれ違って、いろんな方向へと向いていて、だけど誰一人欠けることなく本当に魅力的な……私がこれまで、自分では絶対に届かない魅力に溢れた尊い人々、だと羨んでいたみんな。

 私の周りにいた。私と同じ時間を過ごした。私と同じ恋や愛を共有した。あの事務所の同僚で、大事で大切な仲間で、恋のライバルで……私にとってかけがえのないものだったはずの、みんな。

 私が捨ててきた、たくさんの誰か。

 それを一瞬だけ。曖昧に歪ませながら靄のかかった姿のそれを一瞬だけ頭の中へ浮かべて、言葉を紡ぎながら思い浮かべて、だけどすぐに消す。

 もう自分の中には生きていない。思い出せるはずもない。自分の手で確かに全部捨ててしまった。そんなたくさんの姿をすぐに頭から消して除けて、そうして代わりに愛を尽くす。

 目の前のプロデューサーさんへ愛を注ぐ。無防備なプロデューサーさんへ愛を伝えて、愛おしいプロデューサーさんを私のこの身体で、心で、何もかも全部を懸けて愛する。

 プロデューサーさんを愛でる。

 絡めた腕や足をゆっくり、ねっとり、舐めるように擦らせながら味わうように這わせて、

 贈られてくる吐息や鼓動を、そのほんの少しの欠片でさえ逃してしまわないよう、余さず迎え入れて、

 私の持つ全部を……プロデューサーさんへの好意を、プロデューサーさんへの愛を、プロデューサーさんへの想いを、抱き締めた大好きな人の身体と心に染み込ませ溶かし注いで、プロデューサーさんを愛でる。


「私には何もありません」

「プロデューサーさん以外の誰も、私にはありません……」

「プロデューサーさん以外の何も、私にはありません……」

「私は、駄目なんです」

「プロデューサーさんが居ないと、私は生きていられない」

「プロデューサーさんが居てくれないと、私は死ぬしかない」

「私には、プロデューサーさんだけなんです」

「私にあるのはプロデューサーさんへの想いだけ」

「私が触れられるのは、感じられるのは、想えるのは、プロデューサーさんだけ」

「プロデューサーさんは、私の、全部なんです……」

 言う。

 プロデューサーさんへ向けて紡ぎ、告げて、送る。

 身体も、心も、私の全部はプロデューサーさんのものなんだ、と。

 迷いも、取り繕いも、ほんの少しの嘘もない。

 本当に本物の心からの真実の、ひたすらまっすぐな淀みないこの想い。

 本音を、プロデューサーさんへ。


「プロデューサーさん……」


 これは、本当の本当。

 身体も心も、私の全部はプロデューサーさんのもの。それは、私にとって何の偽りもない本当のこと。

 私は生きられない。

 プロデューサーさん以外の人間と触れただけで……どころか相対しただけで、駄目。眩暈を起こして吐いてしまって、気を狂わせてしまう。

 昔の仲間も友達も家族でさえ、それがプロデューサーさんでないのなら分からない。区別できない。理解できない。価値あるものだと、思えない。

 一人では、この家の外へ出ることもできない。

 死ぬしかない。

 渇きを癒すことも、栄養を摂ることも、空腹を満たすことも、何もできない。プロデューサーさんの手からでないと、飲むことも食べることもできない。

 穢れを清めること。排泄を済ませること。意識を保つこと。プロデューサーさんの助けがないと、自分を確かに持って失わずいることだってできない。

 一人では、この家の中へ居ることも叶わない。

 私という存在一人では何もできない。プロデューサーさんという存在が居なければ、存在できない。

 願った通り。

 祈った通り。

 望んだ通り。

 プロデューサーさんという存在、それ以外のすべてを捨てた……。

 仲間も、この今以外のどんな未来も、生死だって捨てた。

 ただ一つを手に入れるために捨てた。

 大好きなプロデューサーさんを私だけのものにしたくて捨てた。

 その時に理解していた通り。

 理解していてそれでも願い、祈って、望んだ通り。

 生きられない。

 死ぬしかない。

 私は――緒方智絵里は、プロデューサーさんという存在が居てくれないと存在していられない。


「私は……悪い子です」

「悪い子。悪い女。悪い存在」

「プロデューサーさんにとって……私は、悪いだけの存在です」

「迷惑ばかり。邪魔ばかり。重荷ばかり。……プロデューサーさんにただ、悪いものを送ってばかり」

「好きなのに。……好きだから」

「大好きなのに。……大好きだから」

「愛しているのに。……愛しているから」

「プロデューサーさんが欲しくて。プロデューサーさんが恋しくて。プロデューサーさんが愛おしくて……」

「プロデューサーさんと居たくて。プロデューサーさんに抱かれたくて。プロデューサーさんを、私だけの人にしたくて……」

「プロデューサーさんを縛り付けてしまいました。プロデューサーへ無理を強いて、プロデューサーさんの幸せを奪ってしまいました」

「私がプロデューサーさんを望んだばかりに、プロデューサーさんの望む未来を台無しにしてしまいました」

「自分の幸せの為に、プロデューサーの幸せを無いものにしてしまいました」

「プロデューサーさんを不幸にして……そして、今も不幸にし続けている」

「……悪い子」

「プロデューサーさんにとって、私はこれ以上ない悪い子です」

 昔、私は目指していた。

 レッスンを積んでライブを繰り返して、アイドルとしての輝きを高めていた。

 摂生に努めて研鑚を重ねて、女としての魅力を磨いていた。

 トップアイドルを目指した。そしてその先……恋人、パートナー……プロデューサーさんと結ばれる、誰よりも近い関係……夫婦。プロデューサーさんのお嫁さん、という夢を目指ていた。

 高めて、磨いて、清めて……そうして目指していた。

 大好きな人との……プロデューサーさんと二人で歩く幸せな未来を、目指していた。

 でも、駄目だった。その先のいつか、私は折れてしまった。
 自分では越えられない……どうやっても届かない、どうあっても及ばない、そんな強さを感じさせられて、諦めた。

 自分よりもずっと綺麗な、比べられないくらい愛らしい、どこまでも穏やかで温かくて、果てを感じさせないくらい深く優しい……そんな魅力を見せ付けられて、折れてしまった。

 どうしても、何をしても、自分は一番にはなれない。大切にはなれてもそれ以上には届かない。たくさんの人の中から、その中から他のみんなを超えて自分がプロデューサーさんに選んでもらうことなんて叶わない。と、屈した。

 実を結ばない理想に、冷たく揺るがない現実に、希望なく潰えるだけの想いに――屈してしまった。

 そして、私は手に入れた。

 友達を捨てた。仲間を捨てた。家族を捨てた。

 能力を捨てた。世界を捨てた。自分を捨てた。

 それまでに持っていたもの全部、培ってきたものも全部、得るはずだったどんなものも何もかも全部を捨てて、だけど代わりに手に入れた。

 それだけを求めて、ただひたすらまっすぐにそれだけを願って、他の誰も他の何もそれ以外のあらゆる何もかもを諦めてでも望んで、そうしてこうして手に入れた。

 最愛には至れなくても、それが大切に想っている相手なら……その上それが自分へと向けて愛を抱いて、何もかも全部を懸けるくらいの想いを贈ってくる相手なら……そしてそれが、もしも自分がその差し伸ばされた手を振り払ってしまえば為す術なく息絶えてしまうような相手なら……それを見殺しにはできない。放っておけない。救わずにはいられない。そんな人なのだと分かっていて……分かっていたからこそ、こうして手に入れた。

 プロデューサーさんという人の在り方に付け込んで、ありとあらゆる全部を捨てて、プロデューサーさんがそれ以外の選択肢を選べないように追い詰めて、そうして手に入れた。

 他の何もかも全部を捨てて失う代わりに、プロデューサーさんという存在を手に入れた。

 手に入れて、自分のものにして。今この瞬間、こうしてこの腕の中へ抱き締めて愛おしんでいる。

「だから、ごめんなさい」

「こんな駄目な私でごめんなさい」

「こんな私がプロデューサーさんを愛してしまって、ごめんなさい……」


 言いながらキス。

 わざと高く水に濡れた音を響かせるようにしながら、何度も何度もちゅ、ちゅっ、と。

 私の跡を刻み付けるように吸い上げて、甘噛んで。塗り重ねるように何度も、何度も。

 額に、眉に、瞼に、鼻に、頬に、顎に、耳に、首筋に、唇に――浅く何度も、深く何度も、濡れた唇を触れさせる。


「後悔は、ありません。……それは、ほんの少しも、ありません……」

「一番にはなれなくても、プロデューサーさんの一番近い場所でプロデューサーさんと一緒に居られる」

「プロデューサーさん以外を捨てた。無くした。失った。……だけど、そのおかげでプロデューサーさんに愛してもらえる」

「私にはプロデューサーさんだけ」

「だからそのことで、私が後悔するようなことはありません」

「……だけど」

「だけど、ごめんなさい」

「幸せを奪ってしまって……プロデューサーさんを幸せにすることのできない私で、ごめんなさい」


 じっと、見つめる。

 これまで一度も止まることなく動かし続け、這わせて、プロデューサーさんの身体を感じ続けていた身体の動きを止めて。

 キスを降らせていた唇を引いて、吐息がかかるくらいの距離を離した辺りに顔を持ってきて、今ここに至るまで唯の一度だってプロデューサーさん以外を映してこなかった瞳へ、また改めてプロデューサーさんの顔を映して。

 まっすぐまっすぐまっすぐ。じっと、プロデューサーさんの姿を見つめる。

 そして何分か。

 ゆったり。じっくり。たっぷり。そうして時間を溶かしてから。

 間を置いて、空白を重ねて。静かに……でも熱くて、濃い、そんな時間を過ごして。

 じいっとずっと見つめ続けて。

 それから……それを続けてそうしてから、そっと近付く。

 引きかけていた紅色にまた塗られながら。沸き上がってくる熱さに全身を焼きながら、私の中へ満ちる想いを溢れさせて。

 涎に塗れた舌をぐるりと這わせて舐めて、もう濡れていた唇をもっと……ぐちゅぐちゅ、と粘っこい音を帯びるまで濡らして。そうしながらじゅるじゅる水音を立てて口の中も溢れさせる。いっぱいに溜めたその熱い液を、中で何度か泡立て弾ませて。

 そうしてから、もう近い距離を詰め、そっと少しずつ近づいて……。


「……ごめんなさい」

「でも、だけど、だからこそ」

「私は好きです」

「プロデューサーさんが大好きです」

「私はプロデューサーさんを愛しています」

「こんな形、ですけど……」

「こんなどうしようもない形、どうにもならない私ですけど」

「一生」

「生きている限り。死んでしまう、その時まで……」

「想っています」

「プロデューサーさんを……プロデューサーさんだけを、プロデューサーさんのことだけを……」


 犯す。

 閉じられていた唇を強引に舌で割り開いて、舌へ絡ませるようにしながら口の中に溜め込んだ液も一緒に流し込んで、呼吸ができなくなるくらい、深く深く重なり合う。

 犯して求めて、愛する。

 頬に熱い吐息を感じながら、耳に少し荒い鼻息を聞きながら、目に息苦しそうな様子で眉を歪ませる姿を見ながら、それでもやめることはせずに……むしろ増長させて、続ける。

 口付け。口吸い。キス。

 愛する。

 プロデューサーさんを。

 愛する。

 私の全部。私の、何もかも全部を尽くして。

 愛して、愛でて、愛する。


「好きです。大好きです。愛しています。……私の、私だけの、愛おしいプロデューサーさん……」

以上になります。
お目汚し失礼しました。

そそられる出来だなあ、毎度。

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