ゼロの使い魔完結、おめでとうごさいます!
本作は最終巻のネタバレを含みますので、未読の方はくれぐれもご注意下さい。
以下、本編です。
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ド・オニエール伯爵領は、辺鄙な田舎に位置する然程広くもない領地である。
名産品と言えばそこそこの品質の葡萄が少々。
かつては葡萄酒の名産地として栄えていたが、今となっては毎年ごく少量の通好みの逸品を市場に流す程度だ。
さて、そんな特筆すべき点もない、しけた伯爵領であるが、知名度だけはずば抜けて高い。
この地を内包するトリステイン王国はもとより、諸外国に住む者達にも、ド・オニエール伯爵領の名は轟いている。
その名声は、この世界、ハルケギニア中に知れ渡っていると言っても過言ではないだろう。
もっとも、この『土地』が、というわけではなく、有名なのはこの土地を収める領主夫妻……
その名も、『救世の英雄と巫女』。
全ては彼ら夫婦の偉業の賜物であった。
ルイズ「ねぇ、サイト?」
サイト「なんだい?子猫ちゃん」
大人3人……いや、4人ないし、5人はゆうに寝れそうな大きなベッドに寝転がる、若い男女。
甘ったるい声で囁きかける妻に、頭が少々湧いている夫は返事と共に口づけを交わす。
先ほどから計10回はこれを繰り返し、それでも彼らは飽きもせずに互いの唇を啄むのだった。
そんなことを繰り返していれば、当然、アレがそうなってしまうわけで……
辛抱堪らず、妻に手を伸ばす。
サイト「ルイズ……俺、もう……!」
ルイズ「駄目。我慢して」
サイト「うぅ……」
やんわりと払いのけられ、捨てられた子犬のような鳴き声を漏らす夫の頭を、ルイズは優しく撫でてやる。
ついでにもう片方の手を伸ばし……
ルイズ「よしよし」
目に見えて膨らんできた自分のお腹を、夫と同じく愛おしそうに撫でたのだった。
サイトとルイズが世界を救って2年が経つ。
エルフが崇める聖地を吹き飛ばすなどと、やり方としては荒っぽかったが、その甲斐があって、世界の平穏は保たれた。
満身創痍になりながらも帰国した彼らは、ごく短期間で用意を整え、めでたく結婚した。
ルイズの実家であるヴァリエール公爵家の説得など、大変骨の折れる結婚準備ではあったが、彼女の姉であるエレオノールの活躍もあり、なんとか事なきを得たのだった。
そんな彼らも今となっては結婚2年目。
そのことからもわかる通り、結局サイトは元の世界には戻らなかった。
教皇の気まぐれにより、せっかくルイズが膳立ててくれた元の世界への片道切符ではあったが、棒に振ってしまったのだ。
理由はもちろん、ルイズをこの世界に残すのは心苦しかったこと。
それに尽きると言ってしまえば格好もつくのだが、自分の救った世界の好待遇が思った以上だったことも、大きかった。
それはもう、無視出来ない程に、だ。
何せ、今の俺は伯爵である。
男爵、子爵の地位を飛び越して伯爵の地位を得るなど、前代未聞であり、異例中の異例だ。
いや、爵位とか地位なんてものは、現代日本に生きた俺にとっては正直どうでもいい。
大切なのはその職に就き、年間を通して貰えるその給金……つまり、年金だった。
アンリエッタが色をつけたと言っていたが……
目ん玉が飛び出るほどの額を提示された。
もちろん、それには世界を救った報奨金とやらが分割で加算されているようだが、それにしてもものすごい金額だったのだ。
金に目が眩んだ、と言っては身も蓋もないが、元より自分は俗物的な人間である。
そして下半身は言わずもがな。
ようやく手に入れた愛しい愛しい見目麗しい伴侶と、悠々自適を約束された生活……
この2つを手放すことは出来なかった。
だから、せめて……
どうか届いて欲しいと願いつつ、厚めの頑丈な瓶に詰めた両親宛の手紙を、記名の上、そっと世界の向こう側に転がしたのだ。
ルイズとの日課である朝のイチャつきを終えたサイトは、冷たい水で顔を洗いつつ、決別した両親へ思いを馳せ、独りごちる。
サイト「母ちゃん、父ちゃん。俺……父親になるよ」
その表情はもう、前を見据えていた。
シエスタ「大変大変大変大変大変です~!」
サイトが顔を洗い終え、そしてルイズが髪を溶かし終えた頃、ド・オニエール伯爵の居城は、にわかに騒がしくなった。
メイドのシエスタが騒いでる所為だ。
伯爵の居城……と言っても、それほど大きな城ではない。
屋敷よりはもちろん大きいが、敷地面積の大半を中庭で占めていることもあり、実質的な建屋面積は大したことはないのだ。
その為、使用人の数も少なく済み、シエスタの他にはヘレン婆さんという身寄りのない老婆がいるのみだった。
とはいえ、その程度の人員で管理出来ているのはひとえにシエスタの有能さゆえなのだが……
ルイズ「ちょっとあんた、落ち着きなさい。仮にも伯爵付きのメイドがはしたないわよ」
見かねたルイズが嗜めると、シエスタは何やら窓の外を指し示し、再びわーわー騒ぎ始めた。
シエスタ「奥様!落ち着いている場合ではありません!ほら、あれっ!」
そろそろ春が近づいてきたから、盛りがついたのかしら?と嘆息し、仕方なしにそちらに目を向けたルイズは……愕然とした。
ルイズ「あの紋章はまさか……!」
こちらに向かって近づいてくる豪奢な馬車にはためく、百合を象ったその紋章は、まさしくトリステイン王家のものであった。
ルイズ「よ、ようこそお越し下さいました!」
サイト「ました!」
メイドが騒いでいた理由を理解したルイズは急いで寝巻き姿のサイトをひん剥き、シエスタの手を借りながら正装に着替えさせると、玄関前の石畳の前に夫婦揃って跪き、豪奢な馬車から淑やかに降り立った主君を迎えた。
そんな彼らにトリステイン王国女王アンリエッタは御手を許し、顔を上げるように促す。
アンリエッタ「ルイズ、顔を上げてちょうだい。突然の来訪をお許し下さいまし。本日は用あって参りましたわ」
ルイズ「はい!何なりとお申し付けください!」
サイト「下さい!」
畏る彼らに苦笑しつつ、アンリエッタはエスコートする為に差し出されたサイトの手を取り、伯爵の居城へと歩を進める。
彼らの功績を思えば本当に不釣り合いなその城に、女王として良心の呵責を覚える。
本来ならば聖戦のおり、毛ほどの役にも立たなかった名ばかりの大貴族から土地と城を接収し、彼らに当てがっても良かったのだが、他ならぬ『救世の英雄夫妻』に固辞されてはそれも叶わなかった。
彼らは騒がしい大きな街の大きな城よりも、片田舎での静かな暮らしを求めたのである。
2人で暮らせればそれ以上はなにも要らない。
そんな風に本気で思えるルイズとサイトを、アンリエッタは心から羨ましく思った。
ルイズ「それで陛下、火急の要件とは?」
アンリエッタを応接室に通し、シエスタがお茶を淹れる傍ら、近況などを報告し終えたルイズは、満を持して本題について尋ねた。
何せ一国の女王が城へ呼び出すでもなく、わざわざこうして尋ねて来たのだ。
恐らく、何か重大なことに違いない。
隣に座るサイトも緊張の面持ちでアンリエッタの言葉を待つ。
アンリエッタ「火急……という程のものではないのですが……」
そんなこちらの心中とは裏腹に、女王は何やらもじもじとしてなかなか言い出さない。
それだけ言いづらいことなのだろうかとサイトは思い、側に控える女騎士……アニエスの方を伺うと、彼女は何も言わず、何故か申し訳なさそうに目を閉じた。
そのことに首を傾げていると、ようやく覚悟を決めた様子のアンリエッタが口を開いた。
アンリエッタ「今日この地に来たのは他でもありません」
ごくりと、ルイズやサイトだけでなくシエスタまでもが固唾を飲み陛下の声に耳を澄ませる。
そして、次に彼女が紡いだその言葉に、目を見開いた。
アンリエッタ「サイト卿をしばらくお貸し下さいまし」
ルイズ「はああああぁあ!?」
ルイズの素っ頓狂な断末魔が轟いた。
いや、驚いているのは彼女だけではない。
シエスタも、そして何より指名されたサイト自身が驚いていた。
アンリエッタ「ルイズ。伯爵婦人がそのように叫ぶなど、はしたないですわよ」
ルイズ「あっ……こ、これは失礼を……じゃなくて!」
奇しくも、今朝方メイドのシエスタを叱りつけたのと同じ台詞回しで嗜められ、我に返ったルイズだったが、我に返ってる場合ではないと気づき、再びわーわー騒ぎ始める。
ルイズ「陛下!冗談にも程がありますわ!!」
アンリエッタ「冗談などではありません。わたくしは本気です」
ぴしゃりとはねつけたアンリエッタの目は、確かに本気の色をしていて、冗談の類いではないことを思い知らされた。
だが、いくら陛下の頼みと言えどもそれは……
そんな狼狽えるルイズを庇うようにサイトは身を乗り出し、ひとまず当事者本人として聞くべきことを尋ねることにした。
サイト「陛下、理由を聞かせて下さい。それを聞かないことには、こちらとしても困ります」
アンリエッタ「そう、ですわね。申し訳ありません。わたくしとしたことが、言葉足らずでしたわ。それではまず、理由をお話しましょう」
サイトに促され、アンリエッタは幾ばくかの逡巡の後、ぽつぽつと訳を話し始めた。
アンリエッタ「実は、私は現在、大きな問題を抱えておりまして、それを解決するべくサイト卿にご協力願いたいのです」
サイト「大きな問題?」
アンリエッタ「はい。ええと、何からお話しすれば良いでしょうか……」
大きな問題と言うわりには、アンリエッタの歯切れが悪い。
これは相当な難題かも知れないと、サイトが不安に思っていると……えへんえへん!
何やらわざとらしい咳払いをして、ルイズが間に割って入ってきた。
ルイズ「それよりも陛下。先ほどから『サイト卿』などと、随分うちの主人を親しげに呼んで下さってますが……」
アンリエッタ「あらルイズ。いけない?」
ルイズ「たかだか伯爵如きのしがない領主を、わざわざ下の名で呼ぶ必要はないかと」
アンリエッタ「では、なんとお呼びすればよろしいの?」
ルイズ「『オニエール卿』。もしくは『ヒラガ卿』が妥当かと存じますわ」
アンリエッタ「いやよ。そんなよそよそしい。サイト卿はどう思われます?」
駄目だ。
このままでは埒があかないと思ったサイトは、何やらバチバチと視線を交わす2人を曖昧な笑みで誤魔化して、多大な労力を費やしつつもなんとか宥めすかし、話を進めたのだった。
サイト「おほん。それで陛下、問題とは?」
アンリエッタ「実はですね……」
脱線に脱線を重ねながら、ようやく戻ってきた本題に、耳を傾ける。
アンリエッタは言葉を選ぶように、ゆっくりと語って聞かせた。
アンリエッタ「聖戦を終えたわたくしは、戦後の様々な後始末に翻弄され、忙しい日々を送っておりました。しかし2年の歳月が流れ、そんな日々もようやく終わりを迎え、最近はいくらか落ち着いた生活へと戻りつつあります。これもお二人の尽力の賜物でしょう。本当に感謝に絶えません」
聖戦後の混乱の中、アンリエッタは寝る間も惜しんで事態の沈静化に力を注いだ。
微力ながらもそれを手伝ったサイトとルイズには、女王の苦労は痛いほどよくわかっていた。
一番の功労者は、アンリエッタに他ならない。
そんな彼女に感謝されては、ルイズもサイトもどうしたらいいかわからなくなってしまう。
サイト「感謝なんて、そんな……」
ルイズ「勿体なきお言葉ですわ」
オロオロと狼狽える2人の優しさに、温かな気持ちになったアンリエッタはくすりと笑みをこぼし、話しの続きを語る。
アンリエッタ「穏やかな日常に帰ってきたわたくしは、ふと、考えるのです。この安寧は一体いつまで続くのか。そして再び世界に翳りが差した時、今度は誰に縋れば良いのか、と」
アンリエッタの憂いは、サイトやルイズも思うところがあった。
今回は幸運にも世界の破滅は回避出来た。
しかし、再び同じような危機が訪れたら?
世界を救ったのと引き換えに、サイトとルイズは力を失った。
サイトはガンダールヴのルーンと、相棒たるデルフリンガーを。
そしてルイズは虚無を、それぞれ失ったのだ。
もっとも、サイトには常人が一生かけても得られぬ程の戦闘における経験値が蓄積されており、それに加え、聖戦後のたゆまぬ努力により、剣術においてはこの国でもかなり上位に食い込める程の剣士へと成長を遂げていた。
ルイズにしても、虚無を失った代わりに風の系統魔法に目覚め、絶対的な破壊力こそはないにせよ、相対的に見れば以前よりも戦いの幅が広がったと言えた。
最近ではルイズを指し、母の二つ名である『烈風』と呼ぶ者も増えてきているのも事実だ。
しかし、それでも……
彼らに再び世界を救えるかと問われれば、
答えは否である。
彼らはもう、『英雄』ではないのだから。
アンリエッタ「わたくしは先の聖戦で痛感しました。世界を揺るがす程の大事の際、いかに自分という人間がちっぽけな存在であるかを。トリステイン王国の女王などと呼ばれていても、わたくしには人々を救う力が備わっていないのです」
アンリエッタの悲痛な表情をこれ以上見たくなくて、サイトは堪らず声を張り上げた。
サイト「そんなことはない!姫様は……陛下は、この世界に住む人々の為にあんなに一生懸命頑張ったじゃないか!」
その言葉にルイズは大きく頷き、顔を伏せるアンリエッタの肩にそっと手を乗せ、慰めた。
アンリエッタ「サイトさん……ルイズ。ありがとう。あなた方にそう言って貰えるだけで、本当に救われますわ。そんな心優しいあなた達にだからこそ、どうしても頼みたいのです……」
ルイズ「ああ、陛下!何なりとお申しつけ下さい!!」
サイト「俺達に出来ることなら、何でも力になります!!」
目を潤ませる女王陛下の頼みを、どうして断ることができようか。
2人はそれぞれ差し出されたアンリエッタの手を握り、彼女の頼みとやらを今か今かと待ち望み……
アンリエッタ「力のないちっぽけなわたくしに……どうか、『英雄』の血を引く世継ぎを産ませて下さいまし!」
ルイズ「はああああぁあ!?」
本日2度目の絶叫が轟いた。
アンリエッタ「またそのような大声を出して……はしたないと何度言えばわかるのですか?」
ルイズ「はしたないのはどっちですか!!」
この女王様ってば、ちょっと甘い顔を見せたらどこまでも付け上がってくれちゃって!
ルイズは怒り心頭であった。
そもそも嫌な予感はしてたのだ。
サイトを貸してだのと言われたその時から。
思い返せば昔からこうだった。
アンリエッタは、人が大事にしているものをすぐ欲しがった。
女王陛下は生来『欲しがりさん』なのだ。
それでも数年前の大ゲンカ以来は、大人しく、諦めた素ぶりを見せていたのだが……
どうやらここにきて、また『サイト欲しい欲』が再燃したらしい。
でも、何度ねだろうとも駄目なものは駄目。
他の何を献上しようとも、サイトだけはアンリエッタに譲る気はないのだ。
固く決意したルイズは、澄まし顔で紅茶を口に運んでいる女王陛下をキッと睨みつけ、断固抗議した。
ルイズ「いくら陛下と言えども、身重の妻がいる主人に手を出そうなどと……そんなこと、許される筈がありませんわ!!」
対してアンリエッタはどこ吹く風。
アンリエッタ「あら、お許しは得ましたわ。元枢機卿……現教教皇であらせられる、マザリーニ聖下からのお墨付きを貰っております」
紅茶の香りを楽しみながら、まるで大したことでもないかのように強力な理論武装を施した女王陛下。
これにはルイズも思わず鼻白む。
聖戦により世界を混乱させた責任を取り、教皇の座から退いたヴィットーリオに代わり、長く枢機卿としてトリステインの内政を任されていたマザリーニが新たな教皇に選出されたことはルイズも聞き及んでいた。
その際、世界中から非難されていた前教皇に対し慈悲を示し、一司祭としてやり直す機会を与えたことは有名だ。
その寛大な御心が民衆の心を打ち、慈悲深い教皇として広く知れ渡ったマザリーニであるが、いかに寛大であるとしても、人の旦那に手を出すことを容認するとは思えなかった。
何か裏があると訝しむルイズに、アンリエッタは変わらぬ澄まし顔で……
アンリエッタ「教皇聖下はわたくしにこのように諭しましたわ」
曰く、『妻と、産まれ落ちる子に迷惑をかけてはいけません。神は略奪をお許しにならない。……ですが、それが『処女懐妊』とならば話は別です。陛下はこれより、意中の殿方とひと時を過ごした後、清らかな身体のまま英雄の子を授かる。それが、世界の平和と安定へと繋がることでしょう』
……。
暫しの沈黙の後、
ルイズ「はああああぁあ!?」
本日3度目のルイズの絶叫が響き渡った。
ルイズ「ば、ばばば、バッカじゃないの!?そ、そそそ、そんな言い訳、まかり通る筈が……」
アンリエッタ「教皇が『処女懐妊』と認めれば、それは『処女懐妊』なのです。奇跡を認定するのも聖下のお仕事だと、ルイズも知っているでしょう?」
ふふんと余裕の笑みを浮かべる陛下を張り倒したくなる衝動を必死に堪え、ルイズはぎりりと奥歯を鳴らす。
そんなルイズとアンリエッタのやり取りを横目に、サイトは未だ事態を飲み込めずにいた。
サイト「なあ、シエスタ。教皇ってのは、奇跡とやらを認定するのが仕事なのか?」
シエスタ「はあ。私も詳しくはありませんが、そのような役割もあるそうですよ」
高貴な方々の醜い言い争いを、半ば呆れたような目をして眺めていたシエスタに尋ねると、そのような返事が返ってきた。
ほー。
教皇ってのはすごいな~。
などと、渦中の真っ只中にも拘らず、まるで他人事のように納得する旦那様のご様子にシエスタは深い深いため息をつき……
シエスタ「……どうやらここは私が一肌脱ぐしかないようですね」
基本的に事なかれ主義の彼女は、ついに重い腰を上げることを決断したのだった。
シエスタ「恐れながら奥様。少々よろしいでしょうか」
ルイズ「あによ」
ぎゃーぎゃー喚く高貴な2人の間に割って入る、生まれも育ちも平民のメイド。
本来ならば口を挟むことなど許される筈もないが、ルイズはシエスタのことを一目置いているので発言を許可した。
そして女王もまた、このシエスタというメイドを勅命の下にサイトに仕えさせた過去があることから、異論を唱えることはなかった。
そんな雲の上のお偉方を前にしても臆することなく、シエスタは堂々と言い放つ。
シエスタ「では、僭越ながら奥様。ほんの少し旦那様を女王陛下にお貸しするくらい、よろしいではありませんか」
ルイズ「ちょ、ちょっとシエスタ!?あんた何言っちゃってんのよ!?」
とんでも発言をしたシエスタに、間髪入れずにルイズは食ってかかる。
ルイズは、このメイドは自分の味方だと思っていたのだ。
何も権力を持たぬただのメイドと言えども、数の利はこちらにあると信じて疑わなかった。
それゆえ、この離反は到底認められるものではない。
しかし、そんなルイズをまるで諭すかのようにシエスタはただ事実だけを口にする。
シエスタ「奥様、私は寛大な奥様から週2回、旦那様と同衾する許可を頂いております。それと今回の陛下の願い、一体何が違うとおっしゃるのですか?ほんの少しの間お貸しするくらい、よろしいではありませんか」
その事実に、ルイズはぐうの音も出なかった。
このメイドに週2回サイトを貸しているのは紛れも無い事実である。
それを引き合いに出されると、何も言えなくなってしまうのだ。
そんなルイズを尻目に、アンリエッタはシメたと言わんばかりに畳みかける。
アンリエッタ「あらあら。そうなのですか?さすが英雄と並び称される『救世の聖女様』ですわ。とても広く、寛大な心をお持ちなようで」
ルイズ「お、おほほほほ!『聖女』などと呼ばれずとも、は、伯爵夫人として、そのくらいの寛大さは、と、とと、当然ですわ!!」
もう、やけくそだった。
涙目になりつつも、ルイズは断腸の思いで女王の願いを認めざるを得なかった。
サイト「えっ?えっ?」
血の涙を流して悔しがる妻の傍らで、蚊帳の外に追い出された当事者たるサイトは目を白黒させて困惑していた。
そんな哀れなサイトに、これまで静観していたアニエスがそっと歩みより、労わるように肩に手を置き……
アニエス「……すまない」
自らの主君に代わり、深々と頭を下げたのだった。
アンリエッタ「では、また後日。楽しみにしていますわ」
ルイズ「ふんっ。おととい来なさいよ!」
その後、何度か痛烈な嫌味の応酬をしたのち、アンリエッタはあっさりと帰って行った。
なんでも準備があるとやらで、出直すらしい。
ちなみに次の会合の場は、因果なことにサイトとルイズにとって忌まわしい思い出がある、地下室となった。
まさか、アンリエッタとの逢瀬をルイズに目撃されて以来、開かずの間として厳重に封印されたあの部屋を使うことになるとは……
『処女懐妊』という体裁を作り出すべく、陛下が城から出ていないことのアリバイを作る必要があった為、魔法のゲートで城へと繋がるオニエールの地下室が最も都合が良かったのだ。
サイト「なあ、ルイズ。よくわからないけど、本当にこれで良かったのか?」
ルイズ「よかないわよ!ちっとも!これっぽっちもね!だけど……!」
形だけの臣下の礼を取り、アンリエッタの馬車を見送りながら、未だにプンスカ怒っている妻に改めて是非を問う。
すると彼女はヒステリックになりながらも、どこか諦めたように……
ルイズ「だけど、仕方ないじゃないの。あんたってば、そのくらい……良い男なんだから……」
嬉しいけれど、嬉しくない。
そんな複雑な心中を吐き出すかのように独りごちた、その小さな呟きは、けれど、サイトには届かない。
サイト「えっ?」
ルイズ「なんでもないっ!!」
またもやぷりぷり怒りだし、肩を怒らせて屋敷へ戻る妻。
その後ろ姿を見ながら鈍感な亭主はぽりぽりと頭をかき、漠然とした不安を抱きつつも、彼女の後を追って屋敷の中へと入るのだった。
その夜。
遠いガリアの地で、ようやく住み慣れ始めた真新しい王宮の執務室にこもり、この城の主であるシャルロット女王は政務に明け暮れていた。
その日中に片付けねばならない書類の山に目を通し終え、シャルロット……かつて『タバサ』と名乗っていた女王は、眉間を揉みつつ、書類を読む際は着用するメガネを外し、本日の自らの業務が終わったことに安堵のため息を漏らす。
タバサ「……はぁ」
聖戦の後始末に忙殺されていたアンリエッタと同様に、ガリアの女王に即位したタバサがこなさなければならない仕事もまた、膨大だった。
しかし、本人の才覚はもとより、合理的な思考の持ち主である彼女の采配によって、政務が滞りなく進んだこともあり、その忙しい日々も少しばかりの余裕が持てるくらいには変わりつつある。
いや、それは本来、『余裕』と呼ぶには値しない程の本当にささやかな休息。
今この時のように、1日の仕事を終え、寝る前のひと時こそが、多忙なタバサにとっての唯一の休み時間だった。
そんな貴重な休み時間でありながらも、女王の顔色は優れない。
仕事をしている時は気を紛らわすことも出来るが、こうして手が空いた時、ふと脳裏によぎるのだ。
タバサ「……『彼』は今、どうしているだろう
物憂げにそう呟く女王の意中の相手の正体は、この王宮において公然の秘密であった。
食事中や、視察で王宮の外へと出る際、麗しい女王はいつもそう呟き、空を仰ぎ見る。
まるで、かの『英雄』が『竜の羽衣』に乗って舞い降りるのを今か今かと待ち詫びるように。
ああ、おいたわしや女王陛下。
『彼』に迷惑をかけぬよう、遠く離れたこの地で想いを馳せるその健気な姿に、宮殿の女中だけでなく、下働きのメイドまでもが涙を流し、その一途なまでの片思いを陰ながら応援していたのだった。
と、その時。
コンコンコン!
女王の執務室に、何やら焦った様子のノックが響き渡る。
訝しみながらも、どうぞと促すと……
イザベラ「陛下!ご報告があります!!」
息急き切って駆け込んで来たのは従姉妹のイザベラだった。
慌てた様子の彼女を不審に思い、尋ねる。
タバサ「……どうしたの?」
イザベラ「トリステイン女王、ご乱心!」
それが果報であることを、まだタバサは知る由もなかった。
タバサ「……被害は?」
トリステイン女王の乱心。
その凶報にタバサは取り乱すことなく、聞くべきことを尋ねるに留めた。
もちろん彼女とて少なからず驚いていた。
トリステイン王国の女王、アンリエッタは堅実な女性だと思っていたし、これまでの関わりの中で乱心する素ぶりなどなかった。
一体あの穏やかな女王に何があったのか。
アンリエッタを凶行に走らせた原因が気になることは確かだ。
しかし、原因よりも乱心による被害を確認することを優先させた。
それがガリア女王としての役割だと、タバサは誰よりも理解していたからだ。
イザベラ「乱心した女王は、トリステイン領内の辺境に位置する伯爵領を制圧。屈服させられた伯爵夫妻は一方的にアンリエッタ陛下の要求を飲まされた模様。幸いなことに、人的被害はまだありませんが……時間の問題かと」
その報告に、ピクリと、タバサは眉を潜める。
聞き捨てならない単語が混ざっていた。
タバサ「……辺境の、伯爵領?」
イザベラ「お察しの通り……かの『英雄夫妻』が治める地であります」
やはり。
となると、気になるのはその『要求』だ。
……嫌な予感がする。
イザベラ「アンリエッタ女王は……『英雄の子』を、ご所望です」
タバサ「ッ!?」
予感は的中した。
タバサは即座に席を立ち、傍らに立てかけていた身の丈以上の長さの杖を掴むと、それでドンッ!と床を鳴らす。
それはもう、突き刺さらんばかりの……床を突き破らんばかりの衝撃であった。
ビリビリと高密度の魔翌力が空気を震わせる。
それに伴い、凍てつくような冷気が、突き立てた杖から放射状に広がり、あっと言う間に執務室を凍りつかせた。
タバサ「……カステルモールをここへ」
凍えるような温度のその声音が、タバサの怒りを如実に示しており、寒さと何よりその恐怖からガチガチと歯を震わせたイザベラは急ぎ、ガリア王国軍の元帥たるカステルモールの私室へと向かうのだった。
カステルモール「お呼びですかな、陛下……こ、これは……なんとっ!」
息も絶え絶えなイザベラに連れられ、おっとり刀で駆けつけたカステルモールは、執務室の変わり果てた様を見て、慌てて気を引き締め直した。
これ以上ないほど狼狽した様子のイザベラに、ただならぬ予感は感じていたが……
しかし、まさか……これ程とは。
普段滅多なことでは感情を表に出さない女王が垣間見せた激情。
その凄まじさは、叩き上げの将兵として数多の戦場を駆け抜けたカステルモールをして、恐怖と命の危機を抱かせるに十分なものだった。
氷漬けの執務を呆然と眺める彼の視界に、絶対零度の冷気を漂わせ、こちらを見据える女王が入る……その刹那。
即座に膝を折り、臣下の礼を取る。
視線を合わせたら最後。
身体の芯まで凍りつき、1柱の氷像へと成り果てる自分の姿を幻視していた。
生存本能が歴戦の将たる彼を跪かせたのだ。
彼の隣ではイザベラも同様に深く深く頭を垂れ、真っ白な荒い吐息を吐き出しながら、絶対君主の沙汰を待っていた。
2人の忠臣を見下ろしながら、タバサ……いや、女王たるシャルロットは問う。
タバサ「カステルモール……あなたに任せていた空中艦隊の復旧状況を教えて」
混乱の極みの中、どうか陛下の機嫌をこれ以上損ねることがないように祈りつつ、元帥は艦隊の復旧状況をありのままに伝えた。
カステルモールの説明によると、タバサが指示した20隻の艦艇のうち、10隻は復旧し終えたとのことだった。
そのうち直ちに出航可能なのは旗艦を含め5隻。
タバサはそれで十分であると判断した。
タバサ「……トリステイン王国首都、トリスタニアに向け、直ちに出撃する。旗艦には私が乗り込み、自ら陣頭指揮を取る。カステルモールは残りの艦艇の出航準備が出来次第、後詰めの兵を乗せ、後を追うように」
カステルモール「……は?」
イザベラ「お、お待ち下さい陛下!!」
全く事態が飲み込めないカステルモールの代わりに、イザベラが慌ててタバサを引き止める。
女王は従姉妹である彼女に対し、感情のこもっていない視線を向け、事務的に問うた。
タバサ「……なに?」
イザベラ「ど、どうか冷静になられて下さい!首都に艦隊を向かわせれば、開戦は避けられませぬ!!今一度、お考え直しを……」
タバサ「……市民への被害は最小限に抑える。私が陣頭指揮を取るのは、その為。攻撃は王宮の砦のみに集中し、宮殿を丸裸にしたのち、アンリエッタ女王を引きずり出す。……移動を含めても、3日でケリをつけるつもり」
事ここに至っても、タバサは怖いくらいに冷静であった。
彼女が立案した作戦は既に予言の域に達しており、それが成されることはもはや疑いようもない。
ガリアの女王が復旧させた『女王艦隊』は、それほどの力を持った最新鋭艦隊であり、それに自ら乗り込むと言う女王本人もまた、作戦という名の予言を実現するだけの力を有していた。
成せばなる、のではない。
ガリアの女王が成ると言ったら、成るのだ。
しかし、そんな強大な女王の、数少ない肉親たるイザベラは、そのような乱心をみすみす見過ごすわけにはいかなかった。
アンリエッタを引きずり出すのは構わない。
愚かにもタバサの逆鱗に触れたのだから、その報いは受けるべきだ。
しかし……それでどうなる?
それで、タバサは報われるのか?
全てはタバサの為。
その一心で、イザベラは奇策を練り上げた。
イザベラ「陛下……これはまたとない好機です。此度のアンリエッタ女王の乱心を口実に、陛下の宿願を成就させることとしましょう」
タバサ「……詳しく、聞かせて」
イザベラの奇策に興味を惹かれたタバサは、あっさりと荒れ狂う魔翌力を収めた。
物分かりの良さは筋金入りなのである。
カステルモール「小官には……何がなにやら」
そんな2人を交互に見つめ、すっかり蚊帳の外のカステルモールはますます混迷を極め、とうとう涙目になって、途方に暮れるのだった。
ジュリオ「やあ。なんだか面白い話をしてるね」
カステルモール「ッ!?何者だ!?」
途方に暮れている場合ではない!
カステルモールははっとして、突然執務室の窓を割って入ってきた侵入者に誰何する。
しかし、それは見知った青年であり、名を問う必要などなかった。
タバサ「……なんの用?」
過去に煮え湯を飲まされた経験のあるジュリオに、タバサは警戒心を露わに用向きを問う。
すると彼は苦笑しつつ……
ジュリオ「随分なご挨拶じゃないか。君の助けになろうってのにさ」
なんと助力を申し出てきた。
この状況下で、しかもこのタイミングで。
そんな見計らったかのような彼の振る舞いからして、信用出来る筈もなかろう。
ジュリオ「おいおい。これでも俺は、教皇の使いで来たんだぜ?おっと!もちろん、『現』教皇聖下の、ね」
教皇の使い……?
しかも現教皇、マザリーニの?
ますます胡散臭いことこの上ない。
タバサのみならず、イザベラとカステルモールも警戒心を強める。
そんな彼女らの態度を見て、ジュリオはやれやれと首を振り……
ジュリオ「これで信用してくれるかい?」
背に隠していた少女を前に出させる。
ジョゼット「お姉様!お久しぶりです!!」
タバサ「……ジョゼット?どうしてあなたが?」
それは、久方ぶりの双子の妹との対面であった。
ジョゼット「お姉様、私はお姉様の『アリバイ』を作る為に参りました」
困惑するタバサにジョゼットはこう説明した。
トリステインとガリア、両国の女王が『処女懐妊』という名目で、『英雄の子』を授かることが、この後の世界の平和と安定に繋がると、教皇はお考えであること。
そしてその『奇跡』を認定するにあたり、タバサの『アリバイ』が必要不可欠であり、その為にジョゼットが派遣されたこと。
つまり、ジョゼットがタバサの代わりにこの王宮で女王を演じることで、ガリア女王の『アリバイ』が成立し、その間に『英雄の子』を身籠もれば、それを『処女懐妊』として認定する、とのことだった。
そこまで説明されてもいまいち腑に落ちない。
教皇はどうしてそこまでして、『英雄の子』を生み出そうとしているのだろうか?
全てがマザリーニの手のひらの上で踊らされているようで……
それだけがどことなく、気がかりだった。
ジュリオ「難しく考える必要なんてないよ。全ては、君がどうしたいか、ただそれだけさ」
タバサ「……私が?」
ジョゼット「お姉様はどうしたいの?」
私がどうしたいか。
そんなことはわかりきっている。
私はいつだって『彼』のことを……
いや、駄目だ。
それは許されない。
だって、『彼』にはもう妻がいて、その妻とも友人関係である私に、『彼』の家庭を壊すなど出来る筈も……ないのだから。
『英雄』たる『彼』を……
私のたった1人の『勇者』たる、サイトを。
想えば想うほど、焦がれれば焦がれるほど。
切なくて、苦しくて、どうしようもなくなる。
ついにひとしずくの涙が頬を伝い、そんなタバサの肩をイザベラが優しく抱き寄せた。
イザベラ「もう、我慢する必要はないわ。素直におなりなさいな」
普段、仕事の際は決して見せない、優しく、慈しむような従姉妹の声音。
それが決め手だった。
タバサ「……シルフィ、いる?」
シルフィ「はいはいお姉様!ようやく卵を産む決心がついたのね!シルフィってばもう待ちたびれちゃったのね!!きゅいきゅい!」
ジュリオの風竜と共に、窓の外でずっと待機していたらしいシルフィに跨り……その間際、ガリアの王たる証である王冠をジョゼットへと手渡した。
タバサ「……行って、くる」
ジュリオ「気をつけて」
ジョゼット「こっちは任せて!」
イザベラ「陛下に幸があらんことを」
こちらに向け手を振る3人と、未だ困惑顔のカステルモールに暫しの別れを告げ、タバサはド・オニエール伯爵領を目指す。
ただ待っていても『勇者』は現れない。
ならば、こちらから乗り込むだけのこと。
そう思えるくらいに、この2年間でタバサは強く、そして気高く成長していたのだった。
その頃。
ここはトリステイン王国、首都トリスタニア。
その郊外にて。
自然と調和しつつも大勢の人々が暮らすトリスタニアには、郊外とはいえ、中心部ほどではないが、沢山の家屋が立ち並んでいる。
しかし、白を基調とする、さほど大きくもない簡素な作りのその建物の周辺には、まるで切り取られたかのように住居が見受けられない。
それは、この建物が近寄り難い雰囲気を纏っているから……ではなく、この建物の中に居る存在を人々が恐れているからに他ならない。
『在トリステイン王国ネフテス国大使館』
それが、この建物の名称であり、詰まる所ここは、長らく敵対関係にあったエルフの国の大使館なのであった。
聖戦が終結したのち、エルフとの和睦を推進する女王アンリエッタが自らネフテス国老評議会に出席し、評議会がその切実な懇願を受け入れたことで建設されたこの大使館には、ネフテス国の外交官達が派遣されていた。
彼らは始まったばかりのトリステイン王国との国交を、全く異なる文化や価値観を一つずつ乗り越えながら、軌道に乗せるべく日夜奮闘していたのだが、それでもまだ互いを理解するには時間が圧倒的に足りていないのが現状である。
大使館に訪れる貴族達の相手ばかりしていても、民衆に染み付いた固定概念は消えないのだ。
もっとも、エルフの彼らも人間に対し、敵意とまではいかずとも蛮族と忌み嫌う者は多い。
しかし、最初は嫌々でもこの大使館で2年も過ごせば、人間達に対する偏見は薄れていった。
言葉を選ばないのであれば、人間達は基本的に愚かであると言わざるを得ないだろう。
技術的にも、文化的にも、長い年月をかけて洗練されたエルフのそれには及ぶ筈もない。
しかし、彼らはその愚かさゆえ、時折眼を見張る工夫と趣向を凝らす。
それは長い年月の弊害により物事の考え方が凝り固まったエルフにとって、『発想の転換』と呼べるものだった。
その発想力、想像力によって、人間達はこれまで様々な商品を開発していた。
それに目をつけたネフテス国評議会はその商品と引き換えに、エルフの叡智と技術を提供し、両国の貿易は成り立とうとしている。
もちろん、中にはその商品を見て、鼻で笑うエルフも少なくないだろう。
だが、これまでのところ、年若いエルフほど、それらの品々に興味を惹く者が多かった。
そして遠からず、近い将来に、エルフから提供された技術と知恵が人間達の助けとなれば、彼らのエルフに対する偏見も薄れていくことだろう。
そうした希望的観測の下、長い目でこの交流を続けていけば、エルフと人間の次の時代の道を拓けると信じて、ネフテス大使館の外交官達は辛抱強く人間達に接していたのだった。
そして、今宵。
大使館に訪れた1人の来訪者により、そんな彼らの悲願は大きく前進することになる。
ティファニア「はぁ……今日も疲れたな」
ネフテス国大使館の一室に、そんなくたびれた声と共に、深いため息をつく麗人の姿があった。
ティファニアである。
何故、彼女が大使館などという大それた場所でこうして疲れ切っているのかと言うと、それには深い深い理由があった。
何を隠そう、彼女こそがこの大使館における『大使』だからである。
ティファニアはしみじみ思う。
どうしてこうなったのかと。
元より人付き合いの苦手な彼女に、『大使』の役職はあまりにも重すぎた。
この仕事に就いてしばらく経ち、事務的な仕事には慣れつつある。
けれど、毎日沢山の人と接するのだけには、当分慣れそうもない。
本当に、どうして私が……『大使』なんて。
1日の仕事の終わりに、決まってティファニアは自問する。
もちろん、その理由はわかっている。
彼女が、『ハーフエルフ』だからである。
人間の国にエルフの大使館を設置するのであれば、これ以上の適任はいないだろう。
しかし、『ハーフエルフ』の立場は同時に、エルフから迫害される身分でもあった。
その為、穢れた血の象徴のティファニアは外交における全権を任されたわけではなく、『特命全権大使』としてビダーシャルもこの大使館に派遣されていた。
彼のおかげで、ティファニアの負担は大きく軽減されているとはいえ、実質的に彼女が『お飾り』であることは言うまでもない。
『迫害』の対象でありながら、『友好』の象徴と呼ばれ、その相反する二面性に対する違和感に、何度嫌気が差したことだろう。
それでも彼女は投げ出すことなく、懸命に自らの職務をこなしてきた。
それはひとえに、自分のような存在をこれ以上作り出さないようにする為だ。
『ハーフエルフ』を作らないように、ではなく。
『ハーフエルフ』が誰からも迫害されることがないように、世界を変えたい。
それが彼女の心からの願いであり、1日の終わりの自問の末にたどり着く答えでもあった。
今日もそうして、自分自身の願いと、やるべきことを再確認したティファニアは、明日に備えて休むべく、ベッドに身体を横たえる。
それに伴い、ぷるんと、ありえないほどの質量を持った軟体物質が、ゆったりとしたローブの中でその形を変えた。
仰向けになると重みで窒息しそうになるので、彼女はいつも横向きで眠るのだ。
ティファニアの胸は現在進行形で成長を続けていた。
煩わしそうにその軟体物質を腕に抱く。
さながら大きめのクッションを抱くようにして、彼女は寝る体制に入った。
1日の疲れもあって、睡魔はあっと言う間に押し寄せてくる。
そして、微睡みの淵には決まって、『あの人』の顔が浮かぶのだ。
ティファニアの大切な友人で、そして彼女のたった1人の、かけがえのない『使い魔』だった少年。
ティファニア「サイトに……会いたいなぁ」
そう呟けば、夢の中でサイトに会える気がして……
毎晩そう祈りながら、今日も彼女は眠りにつく……
その間際。
コンコン、と。
突如響いたノックの音に、寝ぼけ眼をこすりながら扉を開けると、そこには……
ルクシャナ「ティファ、あなたにお客様よ」
ルクシャナが引き連れた意外な人物に、ティファニアは大きく目を見開いた。
マザリーニ「こんばんは、大使殿。夜分遅くに申し訳ない。折り入って、大使殿に話があって参りました」
どうしてここに、教皇聖下が?
この老人が彼女にとっての福音を運んできたなど、この時のティファニアは思ってもみなかった。
教皇の姿を見るや否や、即座にティファニアは自室に引っ込み、ガウンを羽織って寝巻きを隠した上で、聖下を部屋へとお通しした。
正装に着替えるべきかと迷ったが、こんな夜分にわざわざ訪れるくらいなのだから、急ぎの要件があるのだろうと推察し、結局寝巻きにガウンを纏うだけの中途半端な姿になってしまったのだ。
そんなティファニアにルクシャナは呆れた眼差しを送りつつ、お茶淹れてそれを2人の前に置き、壁際に下がった。
ルクシャナに呆れられてしまったことに赤面しつつ、お飾りとは言え自分は大使なのだから!と思い直し、まずは聖下のお話を伺うことにする。
ティファニア「それで聖下、本日はその……どのような用向きで……?」
おずおずと切り出したティファニアに、教皇マザリーニは苦笑しつつ……
マザリーニ「そう固くならずとも結構ですよ。近所の老人が世間話をしに来たと思って、気楽にしてください」
ティファニア「せ、世間話……ですか?」
困惑するティファニアに、まるで好々爺のようにマザリーニは頷きを返す。
マザリーニ「そう、本題に入る前に、世間話をすることにしましょう。これでも私は聖職者ですので、何か、日々悩んでいることがあるならば、どうぞお聞かせください」
そのあまりの邪気の無さに、ティファニアは思わず口元がほころんだ。
よりにもよって、教皇聖下が「これでも聖職者」なんて……これを笑うなと言う方が無理があるだろう。
なんにせよ、極度の人見知りの彼女は、ほんの少しだけマザリーニに心を許し、彼の言うところの『世間話』をすることにしたのだった。
ティファニア「だいたい!私に『大使』なんて大役、務まる筈ないじゃないですか!?聖下もそう思いませんか!?」
『世間話』を始めて小一時間。
すっかりヒートアップしたティファニアは、恐れ多くも教皇に対してくだを巻き、盛大に愚痴を喚き散らしていた。
普段物静かな彼女がこうなってしまう程、ティファニアの仕事は大変なのだ。
そんな彼女の愚痴を、マザリーニは嫌な顔一つせず、相槌を打ちながら親身に聞き入れ、そして励ました。
マザリーニ「いえ、あなたは立派に大役を務められている。貴族との交渉ごとでは、あなたは負け無しなのでしょう?」
ティファニア「それは!……そう、ですけど……私はただ、誠心誠意を込めて頭を下げて、こちらの要望を飲んで頂けるようにお願いしているだけで……だから!私が『大使』である必要なんてないんじゃないかと思うんです!!」
マザリーニ「誠心誠意、頭を下げることは、口で言うのは簡単ですが、それを実践出来る者は存外少ない。それは立派なあなたの才能だと、私は思いますよ」
自分の能力に自信が持てないティファニアに対し、教皇はしっかりと根拠を示しながら彼女の長所を褒め称える。
すると、ティファニアは満更でもない気持ちになってくる。
意外と自分はこの仕事に向いてるんじゃないかと思ったりなんかしてみちゃったりして。
しかし、悲しい哉、現実とは残酷なもので、ティファニアが頭を下げる際に大きく揺れる胸の後を追うようにして交渉相手の頭が下がることで、それを同意とみなし、交渉がスムーズに成立していたことを、この純真無垢な彼女は全く気づいていなかった。
とはいえ、世の中には知らなくても良いことが山の様に存在しており、その悲しい現実をわざわざこの子羊に知らしめるような残虐な真似は教皇の望むところではない。
教皇の『望み』は、別にあった。
マザリーニ「そう言えばティファニア嬢。失礼かとは存じますが、お聞きしたいことがありまして……よろしいですかな?」
たった今しがた思いついたかのように切り出した教皇に、すっかり気を許していたティファニアは、キョトンと首を傾げて無警戒に尋ね返した。
ティファニア「はい、なんでしょうか?」
マザリーニ「あなたにまつわる浮いた話しはあまり聞きませぬが……誰か、心に決めた相手がいらっしゃるのでしょうか?」
ティファニア「こ、心に決めたなんて!?そ、そそ、そんな人、わわわ、私には……」
唐突なその質問がまさか『本題』であるとはつゆ知らず、ボッと顔を真っ赤にして慌てふためくティファニアに脳裏には、もちろん『あの人』の姿がチラついて……
それを、教皇は見逃さなかった。
マザリーニ「ご安心下され。それがどのような方であっても……私はあなたの味方ですよ」
そう諭し、迷える子羊に微笑みかける。
その微笑みはまさしく、慈悲深く、寛大な教皇と呼ばれるだけの力を秘めていた。
ティファニア「ああ、聖下……私の懺悔を聞いて貰えますか?」
マザリーニ「ええ、もちろんですとも」
教皇の慈悲深さに心打たれたティファニアは、とうとう心の内をさらけ出す。
もちろん彼女はブリミル教徒ではなく、始祖ブリミルに対する信仰心はないのだが、目の前の見るからに人の良さそうな老人のことだけは、信じても良い気がしたのだ。
それほど、ティファニアとしても参ってしまっていたのである。
胸の奥深くに渦巻く、決して許されぬ恋心に。
ティファニア「私は……許されざる恋をしてしまいました。よりにもよって、私の大切な友人の夫を……す、好きになってしまって……」
マザリーニ「ほう。それはそれは難儀なことですな。ええ、あなたの苦しみは、想像を絶するものでしょう。ですが……」
その懺悔を咎めることなく受け止め、身を震わせて嗚咽を堪えるティファニアの肩にそっと手を置き、彼女が落ち着くのを待つように一拍間を開ける。
肩に置かれたマザリーニの温かな手のひらから、彼の優しさが染み入り、気を持ち直したティファニアが顔を上げるのを見て、マザリーニは言葉を続けた。
マザリーニ「何も気に病むことはありません。私は今日、あなたのその悩みを解決する為に参ったのですから」
暗く閉ざされたティファニアの心に、一筋の光が差す。
それは、救いの光であった。
ティファニア「聖下が、私を救ってくださるのですか?」
目の前に垂らされた救いの糸に、縋り付かない者などいないだろう。
ティファニアは知る由もないが、トリステイン王国の女王たるアンリエッタも、つい先日、全く同じように教皇に救いを求めていた。
それはもちろん、
彼が、マザリーニが……
そうするよう、仕向けたからだ。
マザリーニ「残念ながら、私にはあなたの全てを救うことは出来ませぬ。私は神に仕える身であって、神ではないのです」
藁にも縋る思いで救いを求めたティファニアにそう諭すと、彼女は失望したような表情を浮かべ、消沈した。
もちろん、わざとそうしたのだ。
次に自分が述べる言葉以外、他に救いがないと思わせる為に。
マザリーニ「しかし、私は神に仕えると同時に、迷える子羊を導く役割を与えられております。私にあなた救うことは出来ませぬが……それでも、『手助け』をすることは惜しみません」
ティファニア「て、『手助け』……ですか?」
マザリーニの思惑通り、ティファニアは身を乗り出して食いついた。
ルクシャナ「はぁ……ティファって、本当に単純ね」
これまで壁の花として静観していたルクシャナも、これには思わずため息が漏れる。
しかし、そんな彼女の嘆息すら、もはやティファニアの耳には聞こえていなかった。
そんなチョロいティファニアに対し、教皇は最後の仕上げと言わんばかりに、道を示した。
彼女が救われる、唯一の道を。
マザリーニ「ええ、ですから、お行きなさい。あなたが心から愛する……その方の下へ」
そんなことが許されるのであれば、それこそ『神の救い』だと、ティファニアは思ったのだった。
マザリーニ「私はしばらくこの大使館に滞在するつもりです。エルフの方々と交流を深め、良き隣人として共に歩みを進められるよう、尽力することが教皇の勤めだと考えております」
そしてマザリーニはその滞在の後、
『大使であらせられるティファニア嬢には、滞在期間中、大変良くして貰った』
と、世界中の信徒に吹聴する。
それで、『アリバイ』が成立するのだ。
その『アリバイ』の上で、ティファニアが『英雄の子』を授かれば、それを『奇跡』として認定することが出来ると、彼は語った。
それが、教皇の計画であった。
ティファニア「それは……聖下が、信徒達を謀る……と、いうことですか?」
ティファニアは愕然として、聖下に詰め寄る。
教皇が信徒を騙すなど、あってはならない。
そしてその片棒を担ぐことは、心優しい彼女には到底できる筈もなかった。
咎めるような彼女のその視線に、マザリーニは静かに首を振り、弁明する。
マザリーニ「そのようなつもりはありません。全ては私の預かり知らぬこと。私が知らぬ間にあなたが想い人と子を成したとして、それを信徒に伝える必要はないのです。おわかりですかな?」
それは、もはや弁明などではない。
単なる、開き直りだった。
それに、そうして世間を欺いたとしても、問題の解決には至らないのだ。
何故ならば……
サイトには妻がいる。
ティファニアの親友でもある、その妻たるルイズが、このような戯言など、到底受け入れる訳がないのだ。
そのこともあり、やはり教皇の計画に賛同することは出来ないと、ティファニアがマザリーニの助力を断わろうと決意した……その矢先。
マザリーニ「そう言えば……」
まるで今しがた思い出したかのように、教皇が詰めの一手を口にした。
マザリーニ「アンリエッタ女王陛下が先日、何やら慌ててお出かけになられました。行き先は確か、『ド・オニエール伯爵領』……とのことでしたが……いやはや、いったい陛下は何をしに行かれたのでしょうな」
その一言で、ティファニアの心の底で燻り続けていた女の部分に、火がついた。
メラメラと燃ゆるその灯火は、紛れもなく……
『嫉妬』の炎であった。
ティファニア「いろいろとありがとうございました!聖下のおかげで、自分の気持ちに素直になることが出来ました!それでは、行って来ます!!」
マザリーニからアンリエッタが『英雄の子』を求めていると知らされたティファニアは、すぐさま荷造りを済ませ、挨拶もそこそこに、吹っ切れた表現を浮かべて、ド・オニエール伯爵領へ向けて旅立った。
ガリアに派遣した教皇の使いであるジュリオが首尾良く目的を達成していれば、これでかの『英雄夫妻』が収める辺境の地に、ガリア、トリステイン、両国の女王と、エルフと人間の友好の象徴たる大使の3人が集うことになる。
今現在と、そしてこれからの世界を治める彼女達が、『英雄の子』を授かることで、世界の平和と安定は保たれることだろう。
もちろん、そう上手いこと3人が子を成せるかどうかはわからない。
だがとりあえず、今できることは全て終えた。
マザリーニ「……これで、私の役目は終わり」
重くのしかかる肩の荷が降りたことに、教皇は安堵のため息を漏らす。
しかし、彼は失念していた。
ルクシャナ「ティファニアを唆して、あなたはいったい何がしたいの?」
この部屋には、まだルクシャナがいたのだ。
彼女は探るような視線で、教皇に問う。
マザリーニは少しの逡巡の後、まるで懺悔するかのように語り始めた。
マザリーニ「ティファニア嬢を利用したことは誠に申し訳ない。しかし、どうしてもこうする必要があったのです」
教皇は語る。
先の聖戦における前教皇の失態により、教会の権威は失墜し、少なからず民衆の信仰心が薄れたこと。
そしてその教会から離れた人々が、『英雄』を信仰し始めたことを。
教会は異端を許さない。
もちろん、邪教徒などもっての他だ。
しかし、聖戦におけるかの『英雄』の多大な貢献と活躍を思えば、彼を信仰する者達を排斥することなど、出来る筈もない。
彼は世界を救ってくれたのだ。
いわば、『救世主』であり、そんな彼を信仰するな、などと、口が裂けても言えなかった。
言ったら最後、すぐさま暴動が起き、信徒同士の諍いに発展することは火を見るよりも明らかである。
今現在でさえ、教会に対する不信感を募らせた信徒が増えているのだ。
下手を打てば、間違いなく教会は崩壊する。
前教皇、ヴィットーリオが失脚したのち、外様であるマザリーニが後任に据えられたも、そんな不安定な情勢下の中で、誰も教皇の座に就こうとしなかったことが最大の要因だった。
マザリーニが久方ぶりに戻った時、教会の総本山、ロマリア皇国は、はっきりと見てわかるほどに荒廃していた。
いや、腐り切っていた、と言ってもいい。
人々は聖戦の結末に戸惑い、教会の上層部は互いに責任をなすりつけ合う始末。
このままではいけない。
なんとかしてロマリアだけでなく、世界中の信徒を導かなければ、遠からずこのハルケギニアは再び破滅に向かうだろう。
そうして、半ば押し付けられるような形で新たな教皇に就任したマザリーニは、その最悪な結末を回避すべく、考えに考えを重ね、そして今回の計画を練り上げたのだった。
マザリーニ「人々が慕う『英雄』を、なんとしても教会が認定する『奇跡』の一つとして取り込む必要があったのです。たとえ越権行為と詰られようとも、それを成すことが、聖戦の後に教皇の座に据えられた、この哀れな老骨に課せられた使命でありました」
膝をつき、ルクシャナに向かって深々と頭を下げ、教皇は己が罪を全て吐き出した。
そんな彼を見て、ルクシャナは困ったようにぽりぽりと頭をかき……
ルクシャナ「人間ってのは色々と面倒で、回りくど過ぎるわ。私としては、ティファニアの恋が成就するならそれに越したことはない。だから、今の話は聞かなかったことにしてあげる」
ぶっきら棒にそれだけ言って、不器用な大使がへまをやらかさないか心配しつつ、未だ頭を上げる気配のないマザリーニを部屋に残し、ルクシャナはその場から立ち去ったのだった。
数日後。
運命の日を迎えたド・オニエール伯爵領で、固い表情を浮かべたサイトが、アンリエッタとの待ち合わせ場所である地下室に向け、歩みを進めていた。
ルイズ「サイト、あんたわかってるでしょうね?私が言ったルール、破ったら承知しないんだからね!」
サイト「わかってるよ。肝に命じておく」
サイトの右腕にしがみつき、ジロッと上目遣いで念を押すルイズ。
もちろん、彼女が今夜の『儀式』に立ち会うことは言うまでもない。
そんな独占欲の塊のような妻が定めたルールは3つ。
一つ、本気のキスは禁止。
一つ、本気のお触りは禁止。
一つ、本気になったら許さない。
最後の一つはルールとしてどうかと思うが、ルイズとしては絶対に譲れないことなのだ。
それが妻としての矜持であった。
ちょっとでもサイトが本気になったらすぐさま折檻出来るよう、乗馬用鞭もちゃんと用意してあった。
鞭のしなり具合を確認しているルイズに、サイトは青ざめ、冷や汗を垂らす。
果たして、自分は生きてこの修羅場を潜り抜けることが出来るだろうか?
7万の軍勢を相手にするよりも、よっぽど危険なシチュエーションだと、サイトは思わずに居られないのだった。
シエスタ「奥様、本妻の余裕を見せつける良い機会だと思って、私と一緒に大人しくしてましょうね」
剣呑な雰囲気を隠そうともしないルイズに、こちらも当然立ち会う気満々のシエスタがそう諭し、宥めるように背をさする。
ルイズ「わぁってるわよ。伯爵夫人の余裕を見せつけてやるんだから!!」
とりあえず、シエスタがいてくれるなら死ぬことはないだろう。
ほんの少しだけ安心したサイトだったが、地下室の前に佇んでいたアニエスの顔色が優れないことに気づき、またもや不安になる。
こちらに気づいたアニエスはノロノロと視線を上げ、ぺこりと頭を下げた。
アニエス「……本当に、申し訳ない」
始まる前から謝られたことで、サイトの危機感知能力がレッドゾーンを振り切り、とてつもない程の嫌な予感を抱きつつ、地下室の扉を開けると……
そこは既に、どうしようもない程の修羅場が広がっていた。
地下室に入ってまず驚いたのは、部屋が氷漬けだったことだ。
その原因は、こちらに背を向ける形で座っているタバサに他ならないだろう。
しばらく見ないうちに随分髪が伸びた。
ショートカットがトレードマークの彼女の青い髪は、背中の中程まで隠す程となっている。
次に目を引いたのは、地下室の壁から突き出ている鋭い棘だ。
これは『虚無』を失った後、先住の魔法が使用可能となったティファニアによるものだろう。
彼女は現在、ベッドの端で膝を抱えるように……いや、その大きすぎる胸を抱える形で横向きに座っていた。
最後にこちらに向けて座っているアンリエッタ女王が何をしでかしたかと言うと、彼女が得意とする水魔法により、ベッドがぐちゃぐちゃにびしょ濡れとなっていた。
いや、びしょ濡れだったであろうベッドは、既にタバサの氷魔法でカチコチではあったが……
そこまで確認して、サイトはくるりと踵を返し、地下室から退室しようとして……
アンリエッタ「お、お待ち下さいまし!」
ティファニア「これは違うの!サイト、お願いだから話を聞いて!!」
タバサ「……待って」
慌てて三者三様に引き止めた。
しがみついてくる3人に、サイトとルイズ、そしてシエスタは半眼を向け、とりあえず、もっとも聞くべきことを訪ねた。
サイト「お前ら人の地下室で何やってんだ?」
訪ねてはみたものの、彼女らの乱れた髪や、ところどころ破れた衣服を見れば、喧嘩をしていたことなど一目瞭然だった。
幸いなことに、皆、大きな怪我をしている様子はないようだ。
サイト達が来る前にアンリエッタが水魔法で治したのだろう。
シエスタとアニエスが部屋の後片付けをする傍ら、サイトとルイズは突然の来訪者達に事情を聞く。
ルイズ「それで?陛下はともかく、どうしてあんた達までここに居るのよ?」
質問の対象は、もちろん事前の連絡もなしに現れたタバサとティファニアである。
もちろん、サイトも、そしてルイズとしても、連絡がなかったことを咎めるつもりはない。
彼女らは親しい友人であり、共に数々の窮地を生き抜いてきた、言わば戦友だ。
突然遊びに来るのは全然構わないが、しかし……
どうしてよりにもよって『今日』なのだ?
それが、ルイズにとって気がかりだった。
タバサ「……トリステインの女王が裏切ったから」
タバサは彼女にしては珍しく、怒気を含んだ声音で、そう吐き出した。
ティファニアもそんなタバサに同調するかのようにコクコク頷く。
しかし、『裏切る』とは少々物騒な言い回しだと、サイトは思う。
何がそこまで彼女達を憤らせたのだろう?
鈍いサイトは首を傾げていたが、この手のことには敏感なルイズはそれだけで全てを察した。
ルイズ「つまり、陛下が抜け駆けしようとしていることを知ったあなた達は、それを阻止しに来たってわけね」
彼女らがサイトを慕っていることを重々承知しているルイズは、これをチャンスだと思った。
この間はシエスタに丸め込まれてしまったが、この2人を上手く利用すれば、アンリエッタの企てを頓挫させることが出来るかも知れない。
しかし……
タバサ「……違う。目的は別にある」
そんなルイズの腹づもりは早々に打ち砕かれた。
何やら雲行きが怪しくなってきたことを察知したルイズが、じゃあ何しにきたのよ?と、問うと、2人は口を揃えて……
タバサ「……私も、彼の子供が欲しくてやってきた」
ティファニア「うん。私も……サイトの赤ちゃんが欲しいな~と思って……えへへ」
とんでもないことを口走る。
もちろんルイズは堪らず、
ルイズ「はああああぁあ!?」
今日も今日とて、絶叫する憂き目にあったのだった。
シエスタ「あらあら、まあまあ。これはこれは……仕方ありませんね」
互いに反目し合う来訪者3人と、その全員を排除したいルイズ。
このままでは終わりの見えない、三つ巴の泥沼的展開に陥ると判断したシエスタは、即座に間に割って入った。
見るも無残だった地下室は、優秀なメイドである彼女と力仕事は得意なアニエスの手によって、あらかた片付け終えている。
さすがに壁から生えた棘は後で術者本人に元どおりにして貰うとして、今はとりあえずこの場を収めることが先決であると、シエスタは判断したのだ。
そんなシエスタに、先ほどから怒り心頭のご様子の伯爵夫人……ルイズが食ってかかった。
ルイズ「なにが仕方ないのよっ!どうしてこの状況であんたってばそんな冷静なの!?」
唾を飛ばしながら喚き立てる奥様を、どうどうと宥めながら、シエスタは諭す。
シエスタ「奥様、落ちついて下さいな。こう考えてみてはどうですか?たとえ幾人が旦那様と子を成したとしても、『伯爵夫人』は奥様だけだと」
ルイズ「そ、そういう問題じゃないでしょうがぁ!?そもそも!そんな何人もの相手と子供を作ること自体がおかしいって言ってんのよ!!」
興奮冷めやらぬルイズに、シエスタはやれやれと嘆息し、そしてぽつりと呟いた。
シエスタ「……伯爵夫人の余裕」
ルイズ「ッ!?」
その魔法の言葉に、ルイズは我に返る。
そうだ。自分は『伯爵夫人』だ。
つまり、私こそが……
『私だけ』がサイトの妻なのだ。
ふむ。そう考えると、なるほど。
先ほどのシエスタの言葉には、一理ある気がしてきた。
シエスタ「落ち着かれましたか?」
ルイズ「え、ええ。私ったらどうかしてたわ。そう、『伯爵夫人』は私だけ、ですものね」
シエスタ「そうです奥様。今こそ奥様の寛容さを、お示し下さいませ」
ルイズ「そ、そうね。ふんっ!よ、良きに計らうがいいわ!!」
そんな茶番を、サイトを含め、その他の3人娘も白けた様子で眺めていた。
またしてもシエスタに丸め込まれた妻を見て、主人たるサイトは思う。
我が家がメイドに乗っ取られる日は、そう遠くないかも知れない、と。
そんなこんなで伯爵夫人のお許しが出たこともあり、ようやく本来の目的に向け、物語が動き始めた。
もっとも、その本来の目的を望んでいるのは、ルイズ以外の来訪者達であったが。
ルイズ「ふんっ」
不本意極まりない面持ちで、ぶすっと頬杖をついてルイズが見つめる先には、ベッドの上で膝を付き合わせてモジモジしているサイトとアンリエッタ。
タバサとティファニアはどうしているかと言えば、ルイズの両脇に座り、興味津々と言った様子でサイト達のやり取りを見守っていた。
何せ彼女らには経験値が圧倒的に足りない。
予習の為、今日のところはこうして大人しく見学することにしたのだ。
そしてそんな彼女達の後ろに控える、シエスタとアニエス。
そのような衆人環視の下、これから情事を執り行うと言うのだから、サイトにはこれが正気の沙汰とはとても思えなかった。
サイト「えっと……陛下、本当によろしいのですか?」
アンリエッタ「陛下などとお呼びにならないで……どうぞ、『アン』とお呼び下さいまし」
確認の意味を込めて尋ねると、既にスイッチが入ってしまった様子のアンリエッタが、そのようなことを言ってサイトにしなだれかかった。
密着すると女性特有の甘ったるい香りが漂ってきて、サイトは脳みそが痒くなる。
女性特有の、などと言ったが、アンリエッタのそれは特別に濃厚だ。
ルイズにして「色気だけは一人前」と言わしめる女王の、そのむせ返るようなフェロモンは、サイトの理性を一瞬で刈り取る力があった。
ああ、もうたまらん!
サイト、がぁーっといっちゃいます!
と、アンリエッタの両肩を掴んで押し倒そうとした、その時。
ルイズ「ごほんごほんっ!」
わざとらしいルイズの咳払いにより、サイトは一気に現実に引き戻された。
それと同時に臨戦態勢に入っていた下半身からも力が失われる。
冷静になってしまえば、これから自分がすることが、いかにルイズを傷つけるかが浮き彫りになってくる。
そうだ。
これは言うなれば『不倫』じゃないか。
己の妻たるルイズに対する、裏切りと言っても過言ではない。
俺は……
こんなことをする為に、この世界に留まることを選んだのか?
いや、違う。
救世の英雄の名声とか、伯爵の地位とか、悠々自適な生活とか、そんなものはただのオマケに過ぎず、自分はただ……
ルイズとの幸せさえあれば、それで良かった。
そうだった筈だ。
そうでなければおかしい。
ならばやはり、自分には他の女に手を出すことは出来ない。
しちゃいけないんだ!
まるで目覚めたような気持ちで我に返ったサイトが、そっとアンリエッタを引き離そうとした、その瞬間。
デルフ「よぉ、相棒。久しぶりだな」
サイト「デルフ!?」
気づけばサイトは真っ白い世界の中にいた。
そしてまるでテレパシーのように、脳に直接響く、懐かしい相棒の声を聞いたのだった。
デルフ「お前さんって奴は、いつも面白れぇことに巻き込まれてやがんな」
サイト「別に好きで巻き込まれてるわけじゃ……って、それより、ここはどこなんだ?デルフ、お前は本当にお前なのか?」
いつものようにカラカラと笑うデルフに、こちらもつい、いつもの調子で返してしまったが、慌ててこの白い世界と、突然帰ってきた相棒デルフリンガーについて尋ねた。
するとデルフはやや難しい口調で説明した。
デルフ「この世界はなんつーか……簡単に言えば、お前さんの精神世界だな。そんで、俺っちはお前さんの記憶の残滓に取り憑いた、いわば亡霊ってところだ」
サイト「へえ、なんだかよくわかんないけど、またお前の声が聞けて嬉しいよ」
基本的に能天気であり、ある日突然異世界に召喚されて数々の不思議体験を潜り抜けて来たサイトは、あっさりと納得した。
納得しただけで、理屈や原理はさっぱりであったが、それに対する疑問よりも、とにかくまたこうしてデルフと話しが出来ることに対する喜びの方が大きかったのだ。
聖戦の終結の間際、デルフはその身を犠牲にして、サイトとルイズを悲劇から救ってくれた。
この相棒がいなかったら、自分はどうなってしまっていたかわからない。
ルイズの命の恩人であるデルフは、サイトにとっても人生の恩人と呼べる存在であった。
サイト「なあ、デルフ……本当にありがとうな。あのあと俺は『救世の英雄』なんて呼ばれてるけど、本当の英雄はお前だって、そう思うよ」
デルフ「よせやい。照れるじゃねぇか」
心からの感謝を述べると、デルフは照れ臭そうにそう言って、またカラカラと笑った。
その軽薄な笑い声が心地良くて、サイトも一緒になって笑っていると、不意にデルフは笑うのをやめ、そして真面目くさった声音で、こんなことを言った。
デルフ「なあ、相棒。お前さん、何を迷ってんだ?この状況で何を迷うことがあんだ?え?」
咎めるようなその口調に、サイトは戸惑いながらも、自分の置かれた状況を説明する。
サイト「いや、俺は聖戦の後、ルイズと結婚したんだよ。だから、今のこの状況は、いわば不倫であってだな……」
デルフ「はっ!相棒……お前さん、いつからそんな腑抜けになっちまったんだ?結婚だとか理由つけて、結局びびってるだけなんだろ?」
自分のルイズに対するなけなしの誠意を、デルフは鼻で笑い、その全てを全否定した。
これにはサイトもむっとして、言い返す。
サイト「おいおいデルフ、俺がびびってるって?馬鹿言うな。俺はただルイズのことを思って……」
デルフ「いいや、違うね。相棒はびびってるだけだ。お姫さんに手を出して、そのあと嬢ちゃんに叱られるのが怖いだけだ」
サイト「お前に俺の何がわかんだよ!!」
嘲るような言い草に、ついにサイトがキレた。
デルフ「わかるよ。相棒のことは手に取るようにわかる。何せ俺っちは、お前さんの『相棒』なんだからよ」
しかし、怒られたデルフはどこ吹く風。
カラカラと笑い、優し気な声音でそう言われてしまっては、もう怒ることは出来なかった。
そして、デルフの言ってることが『正しい』と、認めざるを得なかった。
サイト「デルフ……お前の言う通りだ。でも、仕方ないんだよ。さっきルイズに咳払いされただけで、俺は使い物にならなくなった。勇気を出そうと思っても、これじゃあどうしようもない。お前を失った俺はもう……『英雄』じゃないんだ」
デルフ「お前さんは今でも『英雄』さ。大丈夫。安心しろ。いつもいつでも、俺っちがついてるからよ」
サイトの苦悩に、デルフが答えた、その時。
まるで役目を終えたように、ガラガラと白い世界が崩壊を始めた。
サイト「デルフ!?頼む、行かないでくれ!!」
デルフ「いつでもついてるって言ったろ?だから、心配すんな……なにせ俺っちは、」
『伝説』だからよ。
崩れゆく世界の中で、デルフの決め台詞が聞こえた気がした。
そしてサイトは……
また地下室へと戻ってきた。
アンリエッタ「あの……?」
サイト「え?ここは……?」
気がついたら目の前に心配そうにこちらを覗きこむアンリエッタの姿があった。
キョロキョロと辺りを見渡すと、どうやら地下室に戻って来たらしい。
デルフの声は……残念ながら聞こえない。
いつもついてるって言ったのに。
サイト「どうしろってんだよ……」
がっくりと項垂れるサイトの姿を見て、アンリエッタはオロオロして、どうしたら良いかわからない様子だ。
何か自分に不手際があって、彼を失望させてしまったのかと、本気で悩んでる女王には申し訳ないが、サイトとしてもこればっかりはどうしようもない。
今もこちらを睨むルイズ前で、行為をするなど、とても……
サイト「……ん?」
絶望の淵に沈むサイトは、ふと、身体の一部に熱を感じた。
それはまるで、『英雄』だった頃に、左手のルーンが輝く時と同じような発熱。
咄嗟にその熱源に視線を向ける。
するとそこには……
はち切れんばかりの力が満ち溢れていた。
サイト「へっ。ありがとよ、デルフ」
こうして『英雄』の力を取り戻したサイトは、その後つつがなく、アンリエッタとの行為をやり遂げたのだった。
アンリエッタとの初夜に始まり、それからひと月余りに渡って繰り広げられた情事の詳細については、その場に立ち会ったメイドのシエスタにより、日記という形で克明に書き記された。
『伯爵付きメイドが見た地下室の夜』
と、名付けられたその日記によると……
初日のアンリエッタとの行為については、至って普通の正常なものであり、特筆すべき点は余りない。
サイトはあくまで紳士的であり、アンリエッタもこの時点ではまだ処女であった為、余り過激なことに手を出す素ぶりはなかった。
そのこともあり、ルイズがぶち切れてサイトとアンリエッタに鞭を振るう回数も『5回』だけで済み、この日は見学に回ったタバサとティファニアにとっても多いに勉強になる、模範的な行為と言えた。
そしてその翌日。
日記は次のページに移り、この日はタバサとの行為について記載されている。
タバサは2年の間に見違える程成長していた。
髪が伸びたのはもちろんのこと、背も少し伸びたし、顔立ちも少々大人びたようだ。
サイト「ひ、久しぶりだな……タバサ」
タバサ「……うん」
サイトと向かいあって座るタバサは、もじもじとしていて、なかなか彼の顔を見れない。
昨夜のアンリエッタとのやりとりをまるで焼き増したかのようなその光景に、ルイズを始めとした女性陣は呆れた眼差しを送る。
しかし、ルイズはそんなタバサにどこか安心感を抱いていた。
予習と全く同じことをなぞるような彼女なら、サイトが本気になることはないだろう。
それにいくら成長したとはいえ、色気はまだまだこちらの方が上だと、ルイズは信じて疑っていなかった。
しかし、この直後。
ルイズのそんな自尊心はこっぱ微塵に打ち砕かれることとなるのだった。
タバサ「……触って」
サイト「あ、うん」
こちらの手を取り、こてんと小首を傾げ、そんな願いを口にするタバサに、サイトはもう、どうしようもなくなって、こくんと頷く。
サイト「では、遠慮なく……」
そして恐る恐る手を伸ばすと……
タバサ「……んっ」
サイト「ふぁっ!?」
びっくりした。
いや、別にタバサの小さな嬌声にではない。
こちらの予想以上に……
そう、思っていたよりも、それはあった。
きっと、ルイズよりも。
タバサの胸は育っていたのだった。
タバサ「……どう?」
どう、と聞かれたからには、このように答えざるを得まい。
サイト「け、結構なお手前で……って、痛っ!?お、おいルイズ!やめっ……やめろって!!」
わけもわからずそんな受け答えをしたら、ルイズに鞭を打たれた。
ルイズ「け、けけけ、結構なお手前って、どぉゆう意味よっ!?このっ!エロ犬うぅう!!」
そんなこんなで結局この日、『15回』ほど鞭を打たれたサイトはそれでもなんとか、シャルロット女王の初めてを美味しく頂いたのだった。
その次の夜はティファニアの番だった。
ティファニア「よ、よろしくお願い致します!!」
サイト「こ、これはこれはご丁寧にどうも。こちらこそ、よろしくお願いするでごさる」
開口一番深々と頭を下げてきたティファニアに動揺して、おかしな返答をするサイト。
しかし、彼がおかしくなってしまったのは、何もそれだけが理由ではない。
勢い良く頭を下げたティファニアの上半身に追従する、まるで残像のようなその二つの大きな塊に釣られて、無意識に頭を下げてしまったのだ。
さすが、ネフテス国の大使として数多の貴族の首を縦に振らせたことはある。
彼女の胸はもはや暴力であった。
かつてサイトが『革命的』と呼んだその『バスト・レボリューション』は、既に革命を成し遂げ、新たな領域に踏み入れている。
言うならばそう。
『バスト・ニュージェネレーション』である。
新時代の到来を確信させるそれに、既にサイトは無我夢中で、この間何度もこちらを打ち付けるルイズの鞭の痛みすら知覚することはなかった。
ティファニア「あのね、私の『コレ』ね……なんだかまた大きくなったみたいで……お、おかしいよね?私は半分エルフで、成長も遅い筈なのに、たった2年でこんな……」
サイトの熱い視線に気づいたティファニアが、その信じられない胸をこねくり回しながら、自らの身体の異常性を訴えかけてくる。
正直、たまりません。
はっ!
いけないいけない。
他ならぬ、ティファニアの悩みだ。
ここは親身になって相談に乗るべきだろう。
サイト「ふむ。左様ですか。ならば、調査する必要がありますな。こちらに任せて貰ってもよろしいでござるか?」
ティファニア「へ?調査?あ、うん。それは別に構わないけれど……なんかサイト、喋り方がおかし……ふぁあああ!?」
サイト「よいではないか!よいではないか!」
ルイズ「いいわけないでしょ!?このバカ犬うううぅう!!!!」
親身になって相談に乗った結果……
この日、サイトがルイズに鞭を打たれたのは、『56回』。
常人ならば気を失うところであったが、終始サイトは幸せな表情を浮かべ、ティファニアの初めてを手に入れたのだった。
さて、そのようにして一巡し、それでは3日目は最初に戻ってアンリエッタかと言うと、そうでもなかった。
アンリエッタの強い希望と、その他2人の同意もあり、それからは3人一緒に酒池肉林が繰り広げられたのだ。
ルイズ「一対一ならともかく、みんなで一緒になんてそんなのダメ!!」
シエスタ「まあまあ奥様。抑えて抑えて。みんなまとめて旦那様がお相手して下されば、そのぶん貸し付け期間が短縮するかも知れませんよ?」
烈火の如く反対したルイズは例のごとくシエスタに丸め込まれて、『鞭打ち係』としてたびたび参戦していた。
今更ながら胎教に悪いことこの上ないシチュエーションである。
サイトはお腹の子供に影響が出ないか本気で心配しつつも、取り戻した『英雄』の力を存分に振るい、股間に宿りし『デルフリンガー』と共に肉林を駆け回った。
そのうち、どさくさに紛れてメイドのシエスタも肉林の住人となり、これまでルイズによって『最後の一線』として『お預け』を食らっていた『種植え』を終えたことは、言うまでもあるまい。
なにせ彼女は、それを目的に、これまでルイズを操作していたのだ。
全てはメイドの手のひらの上だった。
ちなみに余談ではあるが、『鞭打ち係』のルイズに打ち据えられた傷は、水魔法を得意とするアンリエッタが毎晩終わった後に癒してくれたので無問題だ。
しかし、そんな優しい女王陛下だが、一週間が過ぎたころ、豹変した。
得意の水魔法でサイトの穴に……
いや、これ以上は記すことさえ憚れる。
アンリエッタ「フハッ!フハハハハハッ!!」
サイトを蹂躙し、高らかに、気でも触れたかのような凶笑を響かせるアンリエッタに、タバサとティファニア、そしてルイズとシエスタまでもが怯え、そして従者たるアニエスは両手で顔を覆い、自らの主君の変わり果てた姿に号泣した。
そして初めてを奪われたサイトはと言えば……
サイト「我が人生に一片の悔いなし……」
それだけ言い残し、事切れたかのように気を失ったのだった。
シエスタ「それではお洗濯をして来ますので、サイトさんのこと見てて下さいね」
アニエス「わかった。我が主君の粗相……誠に申し訳ない」
シエスタ「いえいえ!お互い様ですから!」
そう言って、自らの野望を成就させたシエスタは、朗らかに笑い、退出して行った。
ぽつりと、アニエスだけがサイトと共にこの地下室に取り残される。
ルイズは気分が悪くなったと言って、まだ目を覚まさないサイトを残して自室に戻り、タバサとティファニアも同様にド・オニエール滞在中にあてがわれた部屋へと戻っていた。
此度の惨事の元凶たるアンリエッタも、すっきりとした爽快な表情を浮かべて、既に地下室に備え付けられたゲートをくぐり、王宮にお帰りになられた。
汚れ物は全てシエスタが持ち去った為、何をするでもなく、手持ち無沙汰のアニエスは、重い足取りでベッドに歩み寄り、未だ意識の戻らないサイトに向かって謝罪した。
アニエス「……本当にすまない」
ぐったりとしたサイトの髪を労わるように撫で、彼女は申し訳なさそうに目を伏せる。
我が主君ながら、本当に恥ずべき行いだった。
王族は特殊な性癖をお持ちになられる方が多いとは聞いていたが、まさかあれほどとは……
サイトなら迷わず『ロイヤル・ビッチ』と形容するに違いない今夜のアンリエッタの粗相。
アニエスは、ただただ恥ずかしくて、申し訳なくて、もうこの仕事やめよっかな……とまで思う程のものであった。
しばらくそうしてサイトの髪を撫でていると、ピクリと彼が反応した。
アニエス「……へ?」
それは意識が戻る気配……
などではなく、反応したのは先ほどまで酷使されていた、彼の『ソレ』。
アニエス「えっ?えっ?」
あれほど絞り取られておきながら、まだ自己を主張する『ソレ』に呆気に取られていると……
デルフ「よお!久しぶり!剣士の嬢ちゃん!」
突如語りかける、聞き覚えのある声。
それは事もあろうに、股間から響いてきた。
ノボル成仏しろ
アニエス「そ、その声はまさか!?」
デルフ「ほう。さすがに剣士の嬢ちゃんは踏んできた場数が違うねぇ。お察しの通りだ」
即座にこちらの正体を看破したアニエスの察しの良さを、デルフはカラカラ笑って賞賛した。
その軽薄な笑い声にアニエスは確信する。
どんな理由かは知らないが、サイトの相棒だったインテリジェンスソードの意識が、彼の股間に宿っていると。
デルフ「さて。久しぶりにこうして話をするわけだが……剣士の嬢ちゃん、最近調子はどうでい?」
アニエス「ど、どうもこうもない。私は変わらず、陛下の剣として過ごしている」
股間に最近の調子を訪ねられるという、訳のわからない状況に逃げ出したくなったが、そこはトリステイン女王の懐刀としての矜持でなんとか堪え、口どもりながらも返答した。
しかし、そんな彼女の真面目くさった解答にデルフはつまらなそうに鼻を鳴らし……
デルフ「陛下の剣、ねぇ……」
彼女の責務を嘲笑った。
これにはさすがにカチンときて、問いただす。
アニエス「何が言いたい」
デルフ「いや、なに。せっかく平和になったんだ。ここらであんたも、『女としての幸せ』ってやつを掴んどくべきだろうと思ってよ」
デルフは飄々した口調でそんな意味不明なことをほざく。
何を馬鹿な。
騎士として生きると決めた時に、私は既に女など捨てている。
そんな自分が今更『女としての幸せ』などと……
デルフ「なんでい。その歳になって、まだ良い男の1人も見つけらんねぇのか?はっ!寂しいこったな!」
アニエス「よ、余計なお世話だっ!!」
堪らず激昂するアニエスをひとしきり笑い者にして、デルフは思いもよらぬ提案をした。
デルフ「なあ、剣士の嬢ちゃん。それなら今、無防備に寝っ転がってる相棒を食っちまえよ」
アニエス「は?」
言ってる意味がわからずに、間抜けな声を上げるアニエスに、デルフは畳みかける。
デルフ「あんただって、毎晩毎晩、人のあられもない姿を見せつけられて、さぞ溜まってんだろ?だから、ここらでスッキリしちまえよ」
アニエス「な、なな、何を馬鹿なっ!?切り捨てられたいのか貴様!?」
デルフ「おっと。今の俺っちを切り捨てるのは、さすがに相棒にとって酷だ。やめときな」
思わず腰に下げた剣に手を伸ばしたアニエスを、慌ててデルフが止める。
悔しいが、こいつの言うことはもっともだ。
下品なインテリジェンスソードの罪を、サイトに償わせるわけにはいかない。
そして先ほどアニエスを憤慨させた言葉も、あながち的はずれとは言えなかった。
認めたくないが……
彼女は確かに『欲求不満』であった。
しかし、だ。
だからと言って、寝込みを襲うのは……
デルフ「気にすんな。俺っちの見立てでは、相棒はあと1時間は起きねぇよ。ああ、寝たきりだからって心配するこたぁねぇ。俺っちが宿ってる限り、剣士の嬢ちゃんを満足できねぇってことは、ありえねぇからよ」
渋るアニエスに聞いてもないことを抜け抜けと補足するデルフ。
アニエスはまたしても憤慨しつつ、けれど、後ろ手に地下室の扉の鍵をカチャリとかけて……
アニエス「……本当に、私を満足させられるんだろうな?」
デルフ「あたぼうよ。なにせ俺っちは、」
『伝説』だぜ?
その言葉の真偽はわからない。
だが……
アニエス「……それを試すのもまた一興、か」
そうして、アニエスはまるで騎乗するかのように颯爽と……
サイトの上に跨ったのだった。
その様な一幕もありつつ、ひと月余り続いた蜜月は終わり、来訪者達は、皆それぞれつやつやした顔で去って行った。
アンリエッタ「それではまた」
タバサ「……またね」
ティファニア「また遊びにくるね!」
ルイズ「もう二度とこないでっ!!!!」
そんな騒がしい別れの挨拶の後、残されたサイトとシエスタは、ここ最近すっかりへそを曲げてしまったルイズの機嫌を必死で回復させるべく、奮闘することとなった。
それは、1日10個、彼女達よりルイズの方が魅力的である部分を挙げるという気の遠くなる作業であり、10日間、のべ100個褒め讃えて、ようやくルイズの機嫌は治った。
そして時が過ぎ……
ハルケギニアに新しい生命の産声が上がる。
最初はルイズ。
そして数ヶ月後にアンリエッタが。
それから程なくしてタバサ。
ほとんど同時期にティファニアが。
それぞれ元気な赤子を産んだ。
彼女達の子供には、それぞれ『英雄』たるサイトの特徴である『黒い髪』と『黒い瞳』のうちどちらか一方、または両方が受け継がれ、そしてそれを教会が、処女懐妊による『奇跡』の証として認定した。
そうして教会の権威は回復し、『英雄の子』らは世界中から祝福を受けたのだった。
しかしながらその祝福に紛れて、ド・オニエール伯爵付きのメイドと、そしてトリステイン女王の懐刀が、ひっそりと同じく『英雄の子』を産んでいたことは、関係者以外誰も知ることはなかった。
その真実を記した文献は複写も含めて世界中でたった6冊。
タイトルはもちろん……
『伯爵付きメイドが見た地下室の夜』
その黙示録は、蜜月の当事者のみに配られ、家宝として人目に付かぬよう、大切に保管されたのだった。
それからさらに時は流れ……
サイト「機関好調。天候良好。視界良好。絶好の飛行日和だなぁ……」
サイトは人々が『竜の羽衣』と呼び崇めるゼロ戦に乗り、大空を舞っていた。
聖戦の終わり、大破した機体を修復することを半ば諦めかけていたが、恩師たるコルベール先生の手により、ゼロ戦は見事に復活を遂げたのだった。
復活したとはいえ、こうして飛べるようになるにはそれなりの時間を要した。
なにせサイトはもはや『英雄』ではなく、ガンダールヴの力を失ったのだ。
だが、独学の飛行訓練の末、なんとかこうして普通に飛ぶことは出来るようになった。
今はまだルイズとの子が小さい為、乗せてやることは出来ないが、遠くない将来、妻と子を乗せることをサイトは楽しみにしていた。
サイト「えっと、先々週はタバサで、先週はティファニアだったから、今週は陛下のところか。よぉーし!フルスロットルだ!!」
目的地に向け、操縦桿を傾ける。
一気に子沢山となったサイトは、こうして週に一度、それぞれの子供達に会いにいくのだ。
昔は操縦桿を握れば左手のルーンが輝いたが、今となっては何も光る気配はない。
その上、デルフの声もあれ以来ぱったりと聞こえなくなった。
しかし、サイトは最近気づいたことがある。
子供達に触れると、左手が熱くなることに。
そして、その度……
『いつもいつでも、俺っちがついてる』
そんなデルフの声が聞こえる気がして。
我が子に宿りし『伝説』の気配に……
思わず頬を緩めるのだった。
エピローグ。
ルイズ「ちょっとサイト!朝ごはんの時にパソコン見るのはやめてって言ってるでしょ!?」
サイト「へっ?あ、ああ、ごめんごめん」
その怒鳴り声で、我に返った。
慌ててパソコンを閉じ、混乱しつつも、頭の中を整理する。
俺はたしか……そうだ。
思い出した。
俺は、ルイズの作ってくれた朝食を食べながら、掲示板に上げられた異世界ハーレムモノの小説を読んでいたのだ。
だけど、なんとなく、腑に落ちない。
それはまるで、自分自身の物語だったような、そんな気がしたのだ。
恐らく、読み進めてるうちに、ついつい自分自身をその作品に投影してしまったのだろう。
そう思い、ふと時計を見上げると、なんと朝食を食べ始めてからまだ10分も経っていない。
それにしては……随分と長い話だったな。
しかも、まるで夢を見た後のように内容がおぼろげで、上手く思い出せない。
まさか朝っぱらから白昼夢を見たのだろうか。
そんな風に首を傾げていると……
ルイズ「早く食べちゃって!片付けられないでしょ!?」
サイト「わ、わかったって!」
またもやルイズに怒られ、朝食を片付けることに専念する。
彼女が急かすのには理由があるのだ。
今日は週に一度のお出かけの日。
ちゃっちゃっと片付けて遊びに行きたいのだ。
聖戦終結後、教皇が送りつけてきた『始祖の円鏡』の力を用いて、元の世界に戻ることを決めたサイトと共に、ルイズはこの現実世界についてきた。
本来ならば1人しか通れないそのゲートをくぐることが出来たのは、デルフのおかげだった。
彼は最後の力を振り絞り、ルイズをこちらの世界に連れて来てくれたのだ。
そうして現実世界の日本に帰って来て数年が経ち、様々な苦労をしつつも、近頃はようやく生活が安定してきた。
そこで、サイト達は週末に旅行という名目で様々な場所に赴き、調査をすることにした。
それは所謂、『パワースポット』と呼ばれる地を巡る旅であり、そこでハルケギニアに行き来出来るゲートがないか調べているのだ。
もっともその調査は、あわよくば、あればいいな、と言ったものであり、本質的にはただの観光地巡りと大差ない。
けれどもサイトは思うのだ。
ルイズが自分を元の世界に返してくれたように、今度は自分がルイズを……と。
そんな決意を改めて抱き、朝食を食べ終えたサイトの食器をルイズがテキパキと片付ける。
その愛する妻の手と、そしてすっかり待ちくたびれた様子の『我が子』の手を取り……
サイト「それじゃあ、行ってみるか!」
玄関から一歩踏み出したサイトは気づく。
我が子に触れた自分の『左手』が……
熱くなっていることを。
FIN
ヤマグチノボル先生に心からの感謝を。
そして、ご冥福をお祈りします。
いいもん読ませてもらった
乙
ゼロ魔のアニメリメイクしねえかな
乙。
よかった
乙
エロ寄りのシリアス展開になるかと思ったが尻Assだった
素晴らしいものを読ませてもらった
まるでノボルが降りたかのようだ
乙
面白かった。掛け値なしに
皆の願いを叶える展開に優しさを感じた
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません