モバP「理想のアイドルが欲しい」 (26)

モバマスSSです。

不快な表現・展開が含まれますので苦手な方は気を付けてください。

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事実、シンデレラプロジェクトは軌道に乗ったとは言いづらいのが現状だった。知名度はあがりつつあるが、ニッチな人気を得ているに過ぎないと言われても何も返すことが出来ない。シンデレラプロジェクトを一人で担当している、プロデューサーである俺の心労は計り知れないものになっていた。

どれくらいの人に頭を下げただろうか、数えることは出来ない。事あるごとに飲んでいるスタドリも、体が慣れ切ってしまい効果は感じられず、焼け石に水だ。体を覆う倦怠感。日に日に減っていく睡眠時間。そのくせ、アイドル達はレッスンには励んでいるが楽しそうに、いや、楽に人生を過ごしている。疲れ切った頭は俺に、「なぜ、こんな奴らのために俺が身を粉にせねばならんのだ」と、プロデューサーにあるまじき考えを吹き込むようになっていた。

ここが自分の限界なのだろうと薄々悟りながらの日々は、俺を先の見えない闇へと静かに誘導していった。

「お前らはいいよな、顔可愛いから頑張ればそれが報われてファンがついて応援されてなぁ、俺はどんなに頑張っても報われないんだよ」

気を抜けば、口からそんな愚痴が溢れ出そうだった。それは、Pとしての自分の地位の全てを壊すに十分な代物であったし、言ってはいけない、抱いてはいけない感情であることは理解していた。
分かっている、わかっているのだ。今の自分は完全にプロデューサー失格だ。いや、人間としても失格だろう。しかし、些細なきっかけで、この感情を吐き出してしまいそうだった。

じっと耐えていても現状は変わらない。女上司の威圧が胃をきりきりと締め付ける。。アイドル達の無邪気な笑顔全てが刃物のように刺さる。売り上げの伸びない新譜。心無いネットの罵声。居場所がなくなる。心が壊れる。

「ああ、俺のことだけを認めて、褒めてくれるような奴はいないか」


そんなアイドルがいたなら、仕事だって張り切って出来るかもしれない。


ないものねだりは百も承知。それでも、現実逃避には充分だ。


俺は新品のノートにひたすら理想のアイドルを描き始めた。絵の心得はなかったから、ひたすら言葉を紡いだ。仕事終わりの憂鬱をぶつけるように、ノートに妄想を刻む日々は続き、気づいた時には、姿のないアイドルのことが書かれたノートが数冊、自分の机に積みあがっていた。


容姿から性格、年齢、出身地、こんな仕事をしたら、あんな格好をさせたら…自分の妄想が事細かに乱暴な筆致で綴られていた。少し読み返すと、自分の生み出したノートの異常性に息が詰まるが、次第にそれもなくなり、空想のアイドルに想いを馳せる。


「ああ……」


彼女のことを呟こうとして、思い当たる。

彼女には、名前が無かった。

これはいけないと思い再びペンを手に取るが、どんな名前も、頭の中の彼女にはふさわしくない気がした。まるで自分の子どもに名前をつけるような、悩むことが楽しくてしょうがない時間だった。

帰宅してから悩みぬいた四時間。針は午前三時を指している。俺は何冊目かのノートに、彼女の名前を、ゆっくりと、線を上からなぞるように書く。愛しい五文字。

俺は、彼女の名前を呼んだ。


「呼びましたかぁ?」


後ろから声が聞こえた気がした。聞こえるわけはないのだが、とても鮮明に美しく響いた気がした。いや、最早気のせいではない。俺はそのことを他人事のように確信していた。


恐怖と期待が織り交ざったまま俺は振り向いた。そこには、俺が書いた通りの、理想から寸分の狂いもない、可憐な少女が――。

私のプロデューサーは変わった。





異動になったわけではない。私たちのプロデューサーは相変わらず気の抜けたエリマキトカゲのような顔をしている。


ただ、前より目が輝いて見える。それは、彼の仕事ぶりががらっと変わったことに起因しているのかは、私には正確には分からない。


そう、まず彼の変化を感じ取ったのは仕事している姿を見てからだ。以前の彼は目の前の仕事に忙殺され、私たちアイドルの元へ来てくれることが少なかった。


来た時も、交わされるのは事務的な会話がほとんどで、私や他のアイドルとのスキンシップを極力取らないようにしていた。


話しかけても、彼は逃げるように帰宅してしまうのが普通になっていた。


それどころか、他のみんなは気づいているかは不明だが、じっとりと彼から睨まれていたこともあり、その視線は、まるで私たちを恨んでいるようだった。


そんな、一言でいえば暗かった彼が、


「美波、おはよう!」


と、笑いながらこちらに手を振ったのだ。挨拶はしていたものの、彼の目を真正面から見たのは久しぶりだった。


……それから私はプロデューサーと関わるたびに、以前からは考えられないアグレッシブな彼に驚かされた。


レッスンの進行具合を聞かれた。新しい衣装のアイデアを一緒に考えた。アーニャちゃんから簡単なロシア語を教わっていた。


いや、違う。最初出会った時のプロデューサーに戻ったのだ、と私は思い当たった。


暗くなってしまった彼に慣れてしまっていただけだった。


それも少し違う。


忙しいことを理由に、私がプロデューサーの変化から目を背けてしまっていただけだ。


原因は分かっている。私たちの人気が伸び悩んでいることだ。


プロデューサーは、どんな気持ちで立ち直ったのだろうか。彼が一人で立ち直った中で、私になにか出来ないか。


またプロデューサーが苦しんでしまわないように、私も変わらないといけない。


そんな気持ちで臨んだストアイベントは、いきなり人気が急上昇するわけではないが、前よりも見てくれる人は増えた。


「お疲れさま。控室でゆっくり休んでて」


何より、こうして自然に声をかけてくれるプロデューサーのお陰で、リラックスして話すことが出来た。そのことが一番嬉しかった。


控室には、応援しに来てくれた智絵里ちゃんと李衣菜ちゃんが先にいた。



「美波さん、すっごく落ち着いていて、ファンの皆さんも盛り上がってて、凄かったです」


「わざわざ来てくれてありがとうね」


そう返し、一旦衣装から私服に着替えて、また控室に戻ると、ちょうどプロデューサーが控室から出てくるところに遭遇した。


プロデューサーは大きめのメモ帳を睨みながら、ぶつぶつと何かを一人言っている。


これからの他のアイドルのスケジュールを確認しているんだろう。忙しそうだけど、暇よりはいい。それはきっと、プロデューサーも同じ気持ちのはずだ。彼はそのまま廊下の奥に消えていったから、声はかけないことにした。


控室には、まだ先ほどの二人が残っていた。


まだ少しはいてもいいらしいので、五つあるパイプ椅子の内の一つに腰かけ、置いてあった緑茶を啜る。


プロデューサーさんが用意してくれたんだろうか、まだ湯気がほのかに残っていて温かかった。


机の上のお菓子を一つ貰おうとしたとき、私は微かな違和感を覚えた。


それが何を意味するのか、私たちに関係があるのか。そんな希薄なものだったからこそ、私は深く考えず二人に聞いた。


「ねぇ、なんで紙コップが五つ出てるのかな」


紙コップは、机の真ん中のポットの横に重ねて置いてあるほか、李衣菜ちゃん、智絵里ちゃんの前にそれぞれ一つ、私が一つ、あと二つの空席の前に二つ。


その全てに、薄緑色の液体が注がれていた。少し気を付けて見れば、画一的なパイプ椅子も、余分な一つがぽつんと不自然に居座っていた。


「もしかして、スタッフさんとか偉い人が来た?」


これは、私の中で最もあり得る可能性だった。


女性アイドルの控室に足を踏み入れることは感心できないが、そういうことが好きな人というのは存在するし、笑顔でパイプ椅子を用意するプロデューサーも頭に浮かぶ。


しかし、二人は首を横に振った。


「そのお茶は、プロデューサーさんが用意してました……」


それを聞いて、私の疑問はさらに深まる。


「椅子もガタガタ用意してたから、まだ誰か来るのかなって思ってたんだけど、結局来なかったんだー。プロデューサーさん疲れてるのかな?」


李衣菜の楽観的な意見も、否定することは出来ない。むしろ一番現実的な意見でもある。


スケジュールをぶつぶつと確認していた姿を思い出す。少し、私も考えすぎだったかもしれない。


「でも、シンデレラプロジェクトのみんな、ちょっとずつだけど、お仕事増えてきたもんね。私も、明日キャンディアイランドのみんなで収録があるんだ」



「私だって、今度みくと一緒に番組出るよ!……バラエティは、あんまりロックじゃない気はするんだけどなー」



仕事の話をする二人は、前は見られなかったような笑顔を浮かべていて、そんな二人を見ていると心配は杞憂のように思えた。


私は緑茶を飲み干すと、


「変なこと聞いてごめんね。ここに長居してもいけないし、出ましょうか。帰りながら、疲れてるプロデューサーさんに何かできないか考えましょ」


と、レザー生地のカバンを肩に提げた。


そうだね、と二人も帰る準備を始める。二人の荷物は多くなかったから、すぐに店を出た。


外はすっかり色を失い、闇が街を包んでいた。あられのように細かい星の光も見えない。明日は雨かな、となんとなく思った。


プロデューサーさんが疲れているなら、私たちが支えないと。また以前の彼に戻るようなことはあってはならない。そう決意した。





しかし。私は違和感をまた抱くこととなった。


「えっ、6人ですか!?」


受話器を持っていたちひろさんがそう突然素っ頓狂な声で叫んだ。


いつも落ち着いて私たちのサポートをしてくれているちひろさんがここまで驚くのだから、何か大変なことが起こったに違いない。本能的にそう悟った。


「何かあったんですか」


一通り話し終えて受話器を下ろしたちひろさんに、私は声をかける。


「今度のライブイベント、ここの事務所からは五人ユニットで出演する予定だったのに、主催者側では6人になっていたそうだわ。少し多めに枠取ったのに、五人分しかデータがないから苦情の電話が来たの……」


私は驚いた顔をしながらも、どこか冷静に、今自分が感じた既視感を炙り出そうとしていた。この前の私のイベント終わりも、一つ多かったのだ。


「私は知りません、って言ったら向こうはあなたのところのプロデューサーがそう言った……って」


追い打ちをかけるように、ちひろさんは言う。



本当にプロデューサーさんは、疲れているだけなのか?


「……プロデューサーさんからは、何かご連絡は。こちらからも電話しますか?」


ちひろさんは、それを聞いて難しい顔をする。


「それが、実はね。向こうも、プロデューサーさんにまず連絡を取ったの。でも、電話に出なかったらしいんです」


確実に、何かがおかしい。



「私、プロデューサーを探してきます」


落ち着いて、というちひろさんの声を背に受けながら、私は部屋を飛び出す。


もう、手遅れなのだろうか。そうだとしても、自分から声をかけなくては。


慰めに行くだけなら、それは自然なことだろう。せっかく復帰してくれたプロデューサーさんに、また何もしてやれないのでは、あまりにも無力すぎる。



プロデューサーさんを建物の中で見た記憶から、いそうな場所を探す。


そして走り回った果てに、彼はいた。立ち入り禁止の鉄扉の前、廊下の突き当り。いつも通りのスーツ姿、でもこちらに背を向けている。


私は決心して、彼に近づく。


そのうち、小さな話し声が聞こえてくる。壁越しに誰かが喋っているのかと思ったそれは、全て廊下の隅のプロデューサーさんから漏れているものだった。


「プロデューサーさ……」






「可愛い可愛いとっても可愛いよ、今日の衣装も最高だ、本当にかわいいよ、ごめんね、僕がダメなばっかりにきみの初ライブを台無しにしてしまって、みんなにも見せたかったよ、こんなに可愛いのに、ああ、ああ、本当に可愛いよ」






伸ばした手が硬く止まる。




「本当に可愛い、ああ、愛してるよ、そうか、君もか…嬉しい、それだけでこんなに頑張れるんだ。素晴らしい、君は最高のアイドルだ」


一体、何が起こっている?


そうして彼の執拗な愛撫のような囁きを聞くうちに、彼の向こうに、ぼんやりと人影が見える。


やっぱり誰かいたのかと、プロデューサーさんの背越しに見ると、


「可愛いよ、まゆ」






「……うふ」



その瞬間、私は、




私は、




この世で最も美しく、可愛らしい人に出会った。


それから彼女は、ずっと私の傍らにいた。


理由は単純明快で、私のことを愛しているからだった。そのことについては、特に疑う余地はないし、むしろ幸せだった。


彼女と出会い、彼女に愛されてから私はとても清々しい気分になった。まるで手足の見えない枷が取れたようだ。


なるほど、プロデューサーさんもこんな気分だったのか、と今更合点がいった。


確かに、彼女が彼の精神的な支えになっていたのだろう。そう思うと、目の前の小さい彼女にとても感謝をしたい。


同時に、自分だけの彼女を愛したい衝動も強くなる。


「最近のミナミ、すごく元気ですね?」


銀髪を揺らしながら、アーニャちゃんが話しかけてくる。今日は、二人で…



いや、「三人」でのライブだった。



「うん、すごく元気。今日の三人のライブ、絶対成功させようね」


「ダー♪」


にこやかに返事をする彼女の傍らにも、美しい女の子が笑っていた。



「……うふ」



それを見守るプロデューサーさんの横にも美しい女の子、私の横にも、ああ、ああ、まゆまゆまゆまゆまゆまゆまゆまゆまゆまゆまゆまゆ………。


私はさながら糸に包まれる繭のようだった。でも、それで幸せなのだから、何が悪いのだろう。

一週間ほど経った頃には、シンデレラプロジェクトの面子全員の横に、可憐な少女は笑っていた。


素晴らしい。みんなは彼女を愛し彼女に愛され、それを原動力にアイドル活動を成功させていく。


私たちは完璧だった。夜布団に入っても、同じ温もりを彼女と共有出来ることに、至上の喜びを感じていた。



幸せだ。幸せだ。













朝起きると、彼女は初めから何もなかったように、消えていた。








「え……?」自然と声が漏れる。


彼女はどこへ行った。


まゆは。何処。頭が混乱し、身体が彼女の熱を求める。呼吸がうまく整わない。


とりあえず、おぼつかない足取りで事務所へ向かう。


挨拶もせずドアを開けると、私の目に飛びこんできたのは宙ぶらりんのプロデューサーさんの体。


釣り針を咥えた魚のように、無気力に揺れていた。


そんな彼を見て、彼にも私と同じことがあったのだと悟る。


ふと、肌に風を感じる。前を向くと、窓ガラスが割れている。


その眼下から聞こえる誰の物ともわからない悲鳴。


私は窓から見下ろすと、大の字で倒れる誰かと、それを囲むように広がる赤。


見覚えのある緑のスーツが、それが誰だったのかを示していた。彼女も、仕事が捗るようになったと喜んでいたのに。



残念だ。


いる意味を無くした事務所を出て、自宅に戻る。


彼女は戻ってはいなかった。ため息が漏れる。


何の気なしにテレビをつけると、ニュースキャスターが、緊迫した表情で速報を知らせていた。


よくよく聞いていれば、シンデレラプロジェクトのアイドル及びそれに深く携わっていた人が次々と自殺をしているのが発見された、とのことだ。


別段驚きはしなかった。


それは一番まともな選択肢だと思っていたし、これから自分もその死亡者の一人に並ぶのだ。


彼女がいない世界を生きるということは、何よりも生きていることへの冒涜な気がした。


使用痕のないカッターナイフを手に取る。


早く死ぬには、この程度がお似合いだと思った。


白すぎる花瓶に花を生ける。花瓶が跳ね返す光が目に刺さり、眉をしかめる。


こうされる側が多かった加蓮には、新鮮な体験だった。


あの凄惨な悲劇から4日が経った。


唯一の生存者である凛は、重度の精神障害を抱えていたことから、入院が決定した。


暴れるようなことはないため、ささやかではあるが見舞いの時間が許された。



加蓮と奈緒は見舞いが許可されてからほぼ毎日通っている。凛はほとんど目を覚まさない。


だから、凛が目を開けた時、加蓮と奈緒は顔を綻ばせてベッドに駆け寄った。



「凛、加蓮だよ」




「おい、凛っ、奈緒だ。大丈夫か」




凛は薄目の奥の瞳をコロコロと動かしてから、呟いた。


「……まゆは?」



「まゆはいつでもあなたのそばにいますよぉ……」



その声を聞いた加蓮と奈緒は、いつの間にか自分たちの後ろにいた少女に目を奪われた。その少女は見たことがないくらい美しく、そして彼女は熱っぽい視線をこちらへと向け―――。


読んでいただいてありがとうございます。

これはまゆです、まゆはいます、まゆでした
よろしくおねがいします

貞子かよ

SCP-040-JPかな?

乙です。
非常によかったです。

まゆですね

読み終わってふと振り返ったらまゆがいたわ

ゾッとした
ティンときた
ありがとう

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