渋谷凛「賢い二択の提示法」 (13)
スマートフォンの電源を落とし、顔を上げる。
時計を見やると針は午後3時を指していた。
おやつの時間。
しかし、2時間後に撮影の仕事が控えているから、そうもいかない。
はぁ、と溜息をこぼして事務所のソファに全体重を預けた。
暇だ。
誰かと話して、暇を潰そうにもプロデューサーは仕事中だしなぁ。
なんて思案していると、事務所に奏がやってきた。
「あら、凛じゃない。どうしたの? ご主人様を待ってる子犬みたいよ? ふふっ!」
「んー、別に。奏はなんか元気だね」
「理由、聞かせてあげるわ」
奏はそう言って、私の隣にどかっと座る。
どうやら何か良いことでもあったらしい。
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*
奏は、私の了承を得る気なんてこれっぽっちもなくて、話したいから話すって感じだった。
もちろん、人の話を聞くのは嫌いではないし、ちょっとした収穫もあった。
まず、奏がうきうきしてた理由は、今日の仕事帰りに奏のプロデューサーとご飯に行くらしい。
道理で浮き足立ってると思ったんだよね。
こんなこと言うと、奏は必死で否定しそうだけど。
次に、収穫の方はというと、ちょっとした技術を伝授してもらったんだ。
曰く、「実質一択の二択を提示するのがコツよ」とかなんとか。
二人がご飯に行くことになった経緯は、奏のサインを奏のプロデューサーがばかにして、それで拗ねた奏がお詫びを要求したんだとか。
そのときの要求が、キスor高級ディナー。
なるほどなぁ、って感心しちゃった。
「お詫びはキスかちょっと高めのディナー、お好きな方をどうぞ? ふふっ!」とでも言ったんだろうなぁ。
そう思ったら少し、笑えてきた。
*
撮影を終え、スタジオを出ると辺りは真っ暗だった。
肌を刺すような寒さに思わず、マフラーに顔を埋める。
やっぱり夜になると一段と冷えるなぁ。
タクシーで帰ってもいいけど……ちょっとの距離だし、歩くとしよう。
そう意を決して、通りへ踏み出したところ、軽快なクラクションが私を呼び止めた。
プロデューサーだった。
*
「迎えに来てくれたんだ」
「丁度、ついさっき仕事終わってな」
「ふふっ、そっか」
助手席のドアを開けて、車に乗り込む。
私がシートベルトを締めたら、いざ発進、のはずだったんだけど、アクシデントが起きた。
ぐぅ、と私のお腹が鳴ったんだ。
あ。そういえばお昼から何も食べてなかった。
そういえば、今何時だろ。
カーナビを見やる。
午後7時。
そりゃお腹も減るわけか。
なんて、くだらない考えばかりがぐるぐると駆け巡り、その後に状況を理解した。
「ははは、お腹空いたよな」
プロデューサーのデリカシーのない、ひとことで恥ずかしくてたまらなくなり、俯いた。
「お腹空くのは、当たり前の事なんだし、恥ずかしがることないだろ?」
なら聞かなかったことにしてくれたっていいのに。
「それにしても、お手本みたいなお腹の音だったなぁ」
追い討ちをかけてくるプロデューサーに対して、次第に腹が立ってくるきた。
「プロデューサーなんかもう知らない」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
この怒りは、きっと正当なもので、空腹からの八つ当たりではないと思う。
決して。
*
しばらくプロデューサーを無視していると、遂に待ち望んだ言葉が出てきた。
「俺が悪かったって。ほら、お詫びならするから機嫌直してくれよ」
「ふふっ。その言葉、待ってたよ」
「え。……あ、もしかして」
「もう遅いから」
さて、何を要求してやろう。
あ、そうだ。
覚えたての技術を使ってみるのはどうだろう。
奏直伝の、あの技術を。
「じゃあ、えっと、さ。二択。二択で好きな方を選ばせてあげる」
「二択? まぁ、可能な範囲でな?」
「その、ちゅーか……駅前の新発売の高級チョコ、どっちがいい?」
*
プロデューサーは「了解した」とだけ言って、それきり何も言わなかった。
窓の外を流れる景色はいつものものとは大きく違う。
あれ。
なんか間違えたかな。
あれ?
もしかして、まずいことになった?
え。
待って。
私はどこに連れて行かれるんだろう。
ワクワク
*
人生で一番ってくらい、どきどきしたドライブを経て、私は、中華料理屋に来ていた。
何故か。
私が聞きたいくらいだよ。
席に通され、お水とおしぼりをもらう。
店員さんは「ご注文の方、お決まりになりましたら、お呼びくださいませ」なんて言って、無責任にも下がっていく。
いや、店員さんに責任を求めるのはおかしいか。
そこで呑気にメニューを捲ってるプロデューサーを問いただそう。
*
「ねぇ、なんで中華料理屋に来たの?」
「だって中華って言ったし」
ん……?
どういうこと?
プロデューサーが何を言ってるのか、よく分からない。
「え。私、そんなこと言ってなくない?」
「いや、言ってたよ。『中華……駅前の新発売の高級チョコ』って」
あー。
なるほど、そういうことか。
これは、ちょっと想定外だったな。
「それで、中華料理屋に?」
「チョコのがよかった?」
「そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ、どういうわけなんだ?」
「いや、あの"か"は中華の"か"じゃなくて。orの方って言うか……」
「青菜炒め、2人前にする? 1でいいかな」
「ねぇ、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。ほら、凛は何が食べたい?」
「あ。私、小龍包が……ってそうじゃなくて。……はぁ、もういいか」
うん。
もういい。
これはこれで悪くない、というか良いし。
高級チョコなんかより、ずっと甘くて美味しい時間が過ごせそう。
なんてね。
おわり
短いな…もうちょっと書いてくれてもいいのよ?
結局ちゅーするながれかと
俺もしぶりんとちゅーしたい
この中華料理屋にはわっほーいって言う看板娘いたりしないかな
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