花陽「死を視ることができる眼」 (77)

前スレ
花陽「死を視ることができる眼」 - SSまとめ速報
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途中から荒らされて読み辛くなっていますので、その補完です
187までは普通に読めます

ロア「ふざけてなんかいない。至って真面目で冷静に努めてる。私にあれだけのことをして、殺されなかっただけマシだと思えよ」

花陽「凛ちゃんがあなたになにをしたっていうんですかっ!!」

ロア「はあ……あのねえ、その娘がなにもしなくたって、あんた達がμ'sであるってだけで私には受け入れられないの。抹殺対象なの。殺しても殺し足りないぐらい憎らしいの。何故だかわかる?それはあんた達がμ'sだからよ」

花陽「どうしてそんなにμ'sを憎むんです!私達はあなたに危害なんて加えてないのに……!」

ロア「その考えがまず致命的に間違ってんのよ。私達はなにもしてない?危害なんて加えてないのに?なにも知らない癖に、よくもまあそうペラペラと弁解の言葉を並べられるわね」


ロアを睨み付けながら対峙していると、傍らで凛ちゃんの苦しそうな呻き声が聞こえた。

必死に誰かに助けを乞うようなか細い声に、私はいたたまれなくなりそうだった。


凛「うぅ……だ、れか……たす……け……」

花陽「凛ちゃん……待ってて、今助けてあげるから!」


凛ちゃんを抱き抱えてその場を離れようとすると、ロアが目の前に立ち塞がる。


ロア「おっと、そうはいかない……せっかく会えたんだから、もうちょっと遊んでいきなさいよ」

花陽「そこをどいて……さもないと────命の保証はしない」

ロア「アハハハハハッ!そうこなくっちゃ面白くないわよねえ!」

上着を脱いで布団代わりにすると、抱き抱えていた凛ちゃんをそっと寝かして立ち上がる。

取り出したナイフを構えると、やつの死を睨む。

ああ、今日は線を見逃すことはない。

だって、今夜はこんなにも月が綺麗だから────


花陽「どんな事情があるのか知りません。もしかしたら、私達の行動があなたの眼についたのかもしれない、だけど──もうそんなことはどうでもいい」


構えたナイフを逆手にして、敵の攻撃に備える。


花陽「凛ちゃんを傷つけた罪……その身で償ってもらいますっ──!!」

ロア「来なよ、偽善者。その軽々しい口を塞いであげる」


花陽「あなたをここで──」ロア「あんたをここで──」


花陽・ロア「「────殺してやる!!」」


次の瞬間には、自然と身体が動いていた。

刹那の攻防は、人の領域を超えた見切り合いの中にある。

渾身の力で地面を踏み込んで、一歩前に飛び出す。

やつの右手が放つ雷撃を躱しながら前進し、そのまま一気に懐に潜り込む。

ロア「そう易々と──」


右手の線を狙う斬撃は、奇しくもやつのナイフに阻まれた。

しかし、このままでは終わらせない。

交えた刃を拮抗させ、空いた左手で点目掛けて突きを繰り出す。


ロア「やらせるかぁ!!」


こちらの胴を狙った蹴りを回避して、一旦距離を取る。

ナイフを口に咥えて両手を空けると、再びやつに向かって駆け出す。

────狙いはロアの死が視覚として表れている場所。

即ち点──!

こちらの線を狙ってくるナイフの一閃を見切り、肘で跳ね飛ばす。

がら空きになった胴体に最後の一撃を与えるべく、口に咥えていたナイフを離し、宙で掴み取る。

左手に握り締めたナイフに全神経を集中させると、相手の攻撃を躱すという考えを捨て、点に最速の刺突を繰り出す──!


ロア「──ちっ」


あと一歩のところで、やつの足元から発生した力場の波動をもろに食らい、十メートルほどの距離まで吹き飛ばされる。

花陽「かはっ……!」


ぎりぎり受け身は取れたものの、正面から波動を受けた影響で中がやられたらしい。

肋骨がいかれたかもしれない。

込み上げてきたものを地面に吐き出すと、真っ赤な血が大量に零れた。


ロア「アイドルっていうのは業の深い仕事だと思わない?自分達は笑顔という名の仮面を張り付けてステージに立っているのに、観客にはそれが自然なんだって錯覚させる……そりゃ見てる側は誤解するわよねえ」

花陽「ち、違う……」

ロア「違わないわよ。誰だって輝けるなんて、ただの幻想でしかない。だというのに、あんた達スクールアイドルはその幻想を他人に押し付けて、なおかつそれが素晴らしいことだって平気で嘘をつく」

花陽「嘘なんかじゃないっ!」

駆けてきた相手が繰り出すナイフを、こちらのナイフで受け流す。

十を超える斬撃の応酬を終え、ナイフを交えたまま拮抗を続ける。

しかし、力負けしているのか、段々と後ろに仰け反っていく。

ロア「いいや、嘘だ!その証拠に私は唯一の親友を失い、スクールアイドルも続けられなくなり、しまいには人をやめなければ引っ込みがつかないところまで来てしまった……!!その苦痛が、怨嗟が、あんたに理解できるのかっ!!」

花陽「ぐっ……!!」

ロア「そうよ、誰かを笑顔にしたいという願いが綺麗だったから憧れたっ!!ステージで輝く姿が眩しかったから心惹かれたっ!!自分もあんな風に誰かの為になれるならと、持てる全てを捧げて走り続けたっ!!」


圧倒的な力に負け、身体ごと後方に弾き飛ばされる。

追撃を続けるロアのナイフを防ぐのに精一杯で、反論する余裕がない。


ロア「見ろっ!!あんた達μ'sの言う輝きとやらの末路がこれだ!!元から才を持たないものは偽者にすら成り切れず、凄惨な醜態を晒すしかなくなる!!これがあんた達μ'sが作り上げた嘘の正体だ!!」


花陽「違うっ!!」


攻撃を防ぐことはできても、体力は確実に消耗している。

おかげで、ナイフを握る手には痺れが回っていた。


先ほどと同じやり取りをあと二回も繰り返せば、握力も底を突き、ナイフを握ることは叶わなくなるだろう。

それでも────

この女には絶対負けたくない。

花陽「あなたは間違ってる……スクールアイドルは、そんなものじゃない……」

ロア「認めろよ。所詮アイドルなんて、偽りの笑顔を晒すだけのくだらない仕事だってね」


ナイフの一撃を耐え忍ぶ度に、身体が軋む。

私達もどこかで道を違えていたら、眼の前の怪物のようになっていたかと思うと、心が折れそうになる。

でも心の奥で、この女の言うことは間違いだって、誰かが叫んでる。

────手も足もまだ動く。

まだなにも終わっちゃいない。


花陽「それは無理です……だって、私の尊敬する先輩が言ってたから……」


眼前の敵から眼を逸らさず、私は言った。


花陽「アイドルは笑顔を見せる仕事じゃない……笑顔にさせる仕事なんだって」


説き伏せることができずに焦り出したのか、ロアの表情が歪んでいく。


ロア「ああ、そう……そうなんだ。この後に及んでまだそんなこと言うなんて……筋金の入った偽善者ね」


連続して放たれる斬撃を受け流しながら後退するも、躱し損ねたナイフが右腕を掠めていく。


ロア「じゃあもう用ないよ。とっとと、死んじゃえ」


僅かに出来た隙を突かれて、ナイフを握っていた右腕を横に弾かれる。


ロア「無様────」


無防備になった左腕を断ち切られ、身体から血が噴き出す。

私、斬られちゃったんだ───

ロア「クックックックッ……アハハハハハッ!!凄い、あの時以来だわ!転生者の血をこの身に受け入れたときの快感とそっくり!あの時は身体どころか魂まで生まれ変わるんじゃないかって思うぐらいだったけど、あれに勝るとも劣らない快感ね!」


なにも感じない。

力が入らない。


ロア「おいおい、まさか腕が一本飛ばされたぐらいでそのまま死ぬつもり?まだこの眼の試運転も済んでないってのにさあ」


だんだんと周りが暗くなっていく。

ただただ凍えるようにさむい。

ああ、そうか────私死ぬんだ。


ロア「─────────」


何か言ってる。

なんだろう。

もうなにも聞こえない。

大事なことは、なにも────


『これまでが楽しかったんだから、これからだってきっと凄く楽しいよ』


意識が飛びそうなところを、舌を噛んでなんとか堪えた。

立ち上がり、相手の死を見据える。

ロア「そうそう、立ち上がってもっと私を楽しませ────」

花陽「凛ちゃんは、まだ生きてるの」

ロア「……?さあて、どうでしょうね。人間としては終わってるだろうけど、吸血鬼としてなら生きていけるんじゃない?まあ、どちらにしたってあんたはここで────」

花陽「そうですか」


最後の力を振り絞って、やつの点を突く。

もうカウンターなんて望まない。

命に代えても、この化物だけは殺し切る──!


ロア「やるじゃない!さっきよりも速いわよ!」


ジグザグに前進して、相手の点に刺突を浴びせる。

防がれてもなお、ナイフをジャリングの要領で宙に滞空させながら、あらゆる角度で線に刃を這わせようと斬撃を繰り出す。


ロア「なっ──」


やつには視えなくても、私には視える。

ナイフは私の手にないのだから、そう易々と刃の軌道を読まれることはない。


ロア「ちぃぃ──!」


相手の死角を取るよう立ち回れば、まだ戦える。


ロア「いちいち視界の外にっ!」


次の一撃で、首を刈り取る。

ステップを駆使して、やつの背後を取れれば──

ロア「いいかげんに、しろっ!!」


足元から発せられた波動に勢いを殺され、そのまま地に叩き伏せられた。

ナイフもどこかに落としてしまった。

早く立ち上がって、探さないと。


ロア「………………」


凛ちゃん……を……助け……なきゃ。


ロア「死ね」


立ち上がった瞬間、胸にナイフを突き立てられた。

全てが足元から崩れていくような感覚。

これが……死……なんだ。


ロア「……クック……ッハハ……ハハ……ハハ…アハハハハッ!少し点からずれたか!?どうよ、死の点を突かれた感覚は!全てが足元から崩れていく感覚……あんたもたっぷりと味わいなさい!」


な……に。


ロア「ふう、素晴らしい気分だわ。あんたの命一つでこれなら、μ's全員ならどれだけの快感を得られるか、想像も付かないわね」


やつが……来る──

ロア「さて、記念にそのナイフは貰っておきましょうか。じきに消えるあなたには必要のないものよ」


あいつを倒さな……いと……

凛ちゃんが……


シエル「小泉さん、ここは引きますよ!」


すぐ近くで聞き覚えのある声がした。

誰かが私の身体を抱き抱えてくれているのか、ほのかな温もりを感じる。


ロア「へえ……あれだけズタズタにしてやったのに、随分とお早い御着きね。私のことを化物と罵るけど、あんたも十分人外の領域に足を踏み入れてるじゃない」


身体が……寒い……


ロア「治療したところで無意味よ!死線を裂かれたものは、如何なる手段を用いても死から逃れられない!ハハ、アハハハハハッ!!」


あれ……先輩…どうして……


シエル「詳しい話はあとです!小泉さんは助かります!気をしっかり持って!」


私のことは……いいから……早く……凛ちゃんを……


シエル「大丈夫、星空さんも一緒です!」


良かった……凛……ちゃんも……一緒なんだ……


シエル「西木野さんの病院に向かいます!そこでなら治療も────」


身体……の感覚が……なくなっていく。

凛……ちゃん……

/35
眼が覚めたあと最初に視ることになったのは、真っ白な天井でした。

白一色の壁紙に蔓延る線と点。

ああ、私──まだ生きてるんだ。


真姫「──花陽っ!」

花陽「真…姫……ちゃん」

真姫「良かった……」

花陽「ぐうっ……はあっ……!」

真姫「花陽、しっかりして!」


頭が割れそうなぐらい、線が眼に染みる。

このまま死を視ていたら、脳が焼け切れてしまう。


綺礼「眼鏡を渡してやれ。それで多少はマシになるだろう」


真姫ちゃんから眼鏡を受け取り、かけ直す。

すると、あれだけ濃く刻まれていた線がほとんど消え去りました。


花陽「あ、ありがとう」

真姫「いいのよ、これくらい……他にどこか痛いところは?」

花陽「ううん……動かなければ、多分大丈夫だから……それより凛ちゃんは──!」

真姫「凛も他の病室にいるから、心配しないで」

良かった、凛ちゃんも無事だったんだ。

安心したついでに、少しだけ身体を動かしてみる。

すると、意識を失う前とは違うところに気がつきました。

赤い布を巻かれてはいましたが、無くなっていた左腕が元通りになっていたんです。

花陽「左腕が……ある……」

綺礼「接合に成功したとはいえ、聖骸布の効果で切断された事実を身体に忘れてもらった上での、仮初の治療でしかない。無理すれば、また腕が落ちるぞ」

修道服を着た大柄な男性は、私達から少し離れた位置にある椅子に座ったまま、淡々と告げてきました。


花陽「あの……あなたは……」

真姫「言峰綺礼……教会の代行者の一人よ。あなたと凛を助けてくれたの」

花陽「言……峰、さん?」

綺礼「如何にも。私が言峰だ。君と君の友人を救出する際、多少援助させてもらった」


言峰と呼ばれた男性を、ベッドの上から観察してみる。

服の上からでもわかるぐらい鍛え上げられた、屈強な身体。

シエル先輩と同業だということが一目でわかる修道服。

三十代前半ぐらいの容姿をしているのに、まるで全てを悟り切った僧侶のような雰囲気。

特徴的な点は他にもありましたが、その中でも特に嫌な感じがしたのは、彼の目でした。

人間らしい温かみを感じない、死んだ目をしてる──

どうしてこの人がシエル先輩と同じ組織に属していられるのか、私は不思議でなりませんでした。

もしかすると件の組織では言峰さんみたいな人が大多数であり、シエル先輩が少数派なのかもしれませんが。

花陽「どうして……私を助けてくれたんですか……?」

綺礼「私は代行者としての責務を果たしただけだ。そこに特別な意味などない」

花陽「そう、ですか……でも、力を貸してくださったことには……変わりありません。ありがとうございます」

綺礼「礼なら目の前の彼女に言うべきだろう。左腕の接合はともかく、削り落とされた生命力を彼女が補填してくれていなければ、君は今頃冥途を彷徨っていたのだからな」


削り落とされた生命力……?

それはどういうことだろう。

死の点を突かれたモノは、どんな手段を用いても死からは逃れられない。

私はロアの手によって、確かに点を突かれたはず。

治療なんて不可能なはずなのに、何故無事に生還することができたのでしょうか。

…………もしかして、私とあの吸血鬼が視ているモノは違うのかな。

考えも程々にして中断すると、私は真姫ちゃんの方に向き直り、改めてお礼の言葉を述べた。


花陽「真姫ちゃん、ありがとね。おかげで助かったよ」

真姫「気にしないで。困ったときはお互いさまだから」

綺礼「ふむ。助かった、か……その台詞は少し早いかもしれんがね」

花陽「えっ?」


どういう意味かと訊き返そうとしたとき、病室にシエル先輩が入って来ました。

先輩は曇った表情のまま、真姫ちゃんを呼びます。

シエル「西木野さん、ちょっと……」


そのまま二人は病室から出て行き、残されたのは私と言峰さんだけ。

命の恩人とはいえ、この人とはあまり二人きりになりたくない。


花陽「………………」

綺礼「………………」


気まずい沈黙が病室内を支配する中、先に口を開いたのは言峰さんの方でした。


綺礼「君の友人の経過を看に行ったのだろう。じきに戻る」

花陽「そう、ですか」

綺礼「確か君の名は──」

花陽「小泉花陽です」

綺礼「そうか。では小泉花陽……彼女達が戻るまで、少し時間がある。退屈凌ぎといっては何だが、少し昔話をしよう」


会話を続けたいとは思わなかったので、向こうが一方的に話を続けてくれるなら、それはある意味好都合でした。


綺礼「昔、正義の味方になることを志した男がいた。その男は一片の迷いや後悔もなく、心の底から正義の味方になることを望んだ。だが、男が目指した『正義の味方』という理想は、絶対に叶うことのない破綻したものだった。何故だかわかるか」

花陽「……全ての人を助けることができないから、ですか」

綺礼「そうだ。男は正義の味方として、誰も血を流すことのない世界……つまり恒久的な世界平和を望んだ。
しかし、それは人の領分を越えた、決して叶わぬ願い──己が理想の内にある矛盾に苦悩しながらも、男は走ることを止めなかった」

花陽「………………」

綺礼「いつしか男の理想は、最初に抱いたものとは別物になっていた。
全ての人を救うことができないと悟ったときから、救えぬ少数を早々に切り捨て、助かる見込みのある多数を取るようになっていたからだ。それでも誰かを救うことができるならと、男は自分に言い聞かせ続けた」


私には言峰さんの話す人物が誰かはわかりません。

本当に実在する人物かどうかも、微妙なところです。

でも、彼を語る言峰さんの弁には並々ならぬ熱意が籠っていました。


綺礼「いつしか男は、自分の理想を叶えるために、奇跡に縋るしかなくなっていた。
どんな願いでも成就させることができる万能の杯に、男は願った──誰も傷つかない世界を」


自然と喉が鳴る。

言峰さんは途中で黙り込んだまま、先を話さない。


花陽「それで、その人はどうなったんですか」


綺礼「杯は願いを汲んだ。その結果、誰も傷つかない世界を実現させるため、全ての人類を殺し尽そうとした。誰も存在しなければ、誰も傷つかない──奇跡の杯は、人間の悪性を以って男の願いを成就させた」

花陽「そんなことって…………」

綺礼「男は何かを成し遂げることもなく、何かを勝ち取ることもなく、その短い生涯を終えた……これが正義の味方になろうとした男の末路だ」

花陽「……なにか救いはなかったんですか」

綺礼「どうだろうな。私はその男でもなければ、正義の味方になろうなどとは露とも思ったことがない……結末だけ見てしまえば男に救いはないが──如何せんこれは作り話だ。残念ながら、その先にある物語の用意がないものでね」


確かにここまでの話だと、その男の人には救いがない。

でも────


花陽「きっと、その人に救いはあったんだと思います」


そう、自然と口にしていた。


綺礼「……何故そう思う」

花陽「その男の人が一生懸命、脇目も振らずに夢を追いかけた姿を、誰かが見てると思うんです。だから、その中の一人でもいいから……誰かがその夢に惹かれたのなら、まだ物語は終わってません」

綺礼「誰かが憧憬を抱くということか……しかし、果たせぬ理想を抱かせるのは、罪だと思わないのかね」

花陽「私には、わかりません……ただ夢を手に入れた人は──自分が輝けるなにかを見つけた人は、後悔なんてしないと思います」

私の発言を心の中で反芻しているのか、言峰さんは目を閉じて黙り込みました。

十秒ほど経過したあと、言峰さんはゆっくりと目を見開く。


綺礼「なるほど……現役の夢追い人らしい考え方だ。君達がスクールアイドルとして成功するのも頷ける」

花陽「言峰さんも、私達のことを知ってるんですか?」

綺礼「ああ、もちろんだとも。君達の評判は私の住む街まで届いている。これでも神父をしているのでね……巷の噂には事欠かない」


この人が、神父さん……?

あまり信じたくない話ではありますが、そう考えると色々な辻褄が合ってしまうので、おそらく事実なのでしょう。


綺礼「先ほど君達二人を助けたことに特別な意味合いなどないと言ったが……あれは訂正しよう。これで一つ、先々の愉しみができた」

花陽「言峰さんも、応援してくれると……?」

綺礼「その必要はない。私がエールを送らずとも、君達はライバルであるA-RISEを下し、いずれスクールアイドルの頂点に君臨することになる」

花陽「ま、まだわかりませんよ。だって、まだラブライブへの出場だって決まってませんし、それに────」

綺礼「いいや、必ずそうなる。そして全てをやり遂げ、スクールアイドルとして活動できる限界を迎えたとき──君達は大きな問題に直面することになるだろう」

そのときが愉しみだと──続けて言うつもりだったのでしょう。

だけど、言葉にせずとも理解できた。

おかげで私は、背筋が凍るのではないかと思うくらいぞっとさせられた。

人の気持ちを慮ることのない発言には、邪悪さが滲み出ていました。

この人は本気で、私達がスクールアイドルの頂点に立てると信じてる。

その上で、問題に直面する私達が苦悩する様を想像して愉しんでるんだ。

なんて、悪趣味────


綺礼「イカロスは太陽に焦がれ、近づき過ぎたが故に飛ぶための羽を失い、墜落した……輝きを求めるのは構わんが、自身が生み出した光に目を潰されぬよう、精々気をつけることだ」


言峰さんは椅子から立ち上がると、病室の出口に向かって歩いて行く。

捨て台詞とは正にこのことだ。

言いたいことだけ言って去って行くなんて、流石の私でも許せない。

だから、その大きな背中に向かって言った。


花陽「私達は──負けませんっ!」


彼はこちらを振り返ることなく、立ち止まる。


綺礼「ならばその身を以って証明してみろ。一人では困難でも、九人なら……私の予想を覆すやもしれん」

再び歩み始めた言峰さんは病室の引き戸を開き、こちらに振り返って一言────


綺礼「救いを得たければ迷うな。友の命をどうするのかは、お前次第だ」


そう告げて彼は出て行った。

私には、その言葉の意味が理解できませんでした。

友の命……?

それって、凛ちゃんのこと?

でも、凛ちゃんは私と一緒に助かったって真姫ちゃんが────


『助かった、か。その台詞は少し早いかもしれんがね』


言峰さんの言葉を思い出す。

そして先ほどの意味深な台詞。

……なんだか嫌な予感がする。

胸がざわついて、落ち着きがなくなってきた。

そういえば、まだ凛ちゃんの容態を確認してないじゃないですか。

この眼で確かめないと、休もうにも休めません。

私は死に体の身体に鞭打って、ベッドから上体を起こしました。

真姫「花陽っ!?」

シエル「なにをしているんですか、小泉さん!」


ベッドから降りるために身体を動かしていると、シエル先輩と真姫ちゃんが病室に入って来ました。


花陽「っ──!?」

シエル「今は絶対に安静が必要なんですよ!」

花陽「ごめんなさい……また先輩に助けられましたね」

シエル「ええ、これで三度目です。いい加減次は見捨てますから、覚悟しておいてくださいね」

花陽「はい……それより、凛ちゃんがどこにいるか教えてもらえませんか。一度くらいこの眼で安否を確認しておかないと、落ち着かなくて」

シエル「小泉さんには悪いと思いますが、星空さんの病室を教えることはできません」

花陽「えっ……?でも、私と一緒に助けてくれたんだって、真姫ちゃんが────」


真姫ちゃんは私から露骨に目を逸らし、俯きました。

シエル先輩の表情も暗く、どこか後ろめたい感情が見え隠れしています。


シエル「助けたことは事実です。ですが、無事ではありません」


部屋の空気が凍り付いてしまったような錯覚に襲われる。

花陽「それってどういう────」

シエル「彼女は杉崎亜矢に血を絞り尽され、死徒化している最中なんです」

花陽「死徒化……?もしかして、凛ちゃんも吸血鬼になっちゃうってことですか!?」

シエル「……申し訳ありません。私がもう少し早く駆け付けていれば、こんなことにはならかったのに」

花陽「謝らないでください!あと質問に答えて!凛ちゃんは……凛ちゃんはこれから一体どうなるんですか!」

シエル「私がここに来たのは、小泉さんに相談するためです」

花陽「相談って、なんの────」


言い切るより先に、シエル先輩が答えました。



シエル「星空さんを処分する方法についてです」



一瞬、先輩がなにを言っているのか理解できなかった。


花陽「は、はは、先輩、冗談はやめてください。凛ちゃんを処分だなんて……冗談でも言っていいことと悪いことがあります」

シエル「これは冗談ではありません」

花陽「だったらっ──!!どうしてそんな酷いこと言うの!!凛ちゃんは生きていて、まだ誰も襲ってないんでしょ!!」


病室だということも忘れて、声を荒げていた。

無理に身体を起こそうとして、全身に激痛が走る。

花陽「いっ……たっ……」

真姫「無理して動いちゃダメよ!」


真姫ちゃんが駆け寄り、身体を支えてくれました。

崩れ落ちそうな身体で、先輩と見つめ合う。


シエル「確かに、今の星空さんは吸血鬼と呼べる段階ではありません。しいて言うなら、吸血鬼もどきの人間といったところでしょう。ですがこれから時間が経つにつれて、彼女は段々と人間性を失っていく」

花陽「で、でも…………!」

シエル「次第に血を求めずにはいられなくなり、一度その箍が外れてしまえば、人を襲い血を求めることになんの躊躇いも抱かない、醜悪な鬼と化す。小泉さんだって、そんな星空さんを見たくないはずです。だから────」

花陽「だから殺すっていうんですかっ!!本人の意思とは無関係に、命を奪うっていうんですかっ!!
いつかあなたは人殺しになるから、邪魔になる前に処分させてくれって、どんな顔して言えばいいんです!?」

真姫「花陽、お願いだから落ち着いて!」

花陽「いくら真姫ちゃんのお願いでも、それはできないよ!だってここで食い下がらなければ、先輩はきっと凛ちゃんを殺す……そんなの許せるわけないじゃないですか!」

シエル「…………あなたならそう言うと思っていました。だからこそ、私達はここに戻って来たんです」


ベッドの方に歩み寄って来ると、シエル先輩は私にナイフを手渡してきました。

トウコさんから貰った、銀製のペーパーナイフ。

大した重さじゃないはずなのに、今は一段と重く感じる。

シエル「本来なら、これは失策した私の責務……代われというなら、私が請け負います。恨んでもらっても結構です。ですが、星空さんはあなたの親友……最後の選択は、小泉さん自身の手でするべきです」


発言の意図を理解して、手が震えた。

手の震えが、徐々に全身に行き渡っていく。


真姫「花陽…………」

花陽「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!!そんなの絶対嫌!!だって、凛ちゃんはまだ生きてるんだよ!!こうしてる間にも、必死で生きようとしてるはずでしょ!!なのに、それを止めるなんて……そんなこと、私にはできない!!」

シエル「では私が代わりに処分してもいいのですね」

花陽「そういう意味じゃない!ねえ、他になにか方法はないの……?凛ちゃんが人間に戻れて、誰も傷つかずに済む方法を、先輩なら知ってるんじゃないんですか!」


無意識の内に、先輩の胸に縋りついていた。

私の中にはなかったから、先輩の中にならあると思った。

凛ちゃんを助ける方法が、あると思った。


シエル「死徒化が始まった者を完全に元に戻す手段は……ありません。良くて進行を遅らせる程度で、根本的な問題解決にはならない……いずれ来る悲劇を先延ばしにすることが、星空さんにとっての救いにはならないでしょう」

花陽「そんなぁ……じゃあ、凛ちゃんは────」

シエル「人を食い荒らしても平然としていられるような姿になる前に、手を下してあげるのがせめてもの情けです」

花陽「私は、私は………………」


答えを出さなければいけないことが、これほどまでに苦痛だとは思わなかった。

どんな状況に陥っても、必ずなんらかの解決方法があって、救いはもたらされるものだと信じてた。

でも、それは幻想だった。

眼の前の現実に打ちひしがれながら、私は最後の選択をした。

/36
病室は、不気味なくらい静かだった。

大きな音を立てないようにリノリウムの床を歩いて行くと、凛ちゃんが寝ているベッドがあった。

すぐ隣まで近づくと、上から凛ちゃんを見下ろす。

顔は真っ白だったけれど、寝顔は安らかで、視ているこっちまで微笑ましくなってくる。


花陽「凛ちゃん……」

凛「………………」

花陽「前に指切りしたこと、あったよね。困ったら真っ先に相談するってやつ、まだ覚えてるかな」

凛「………………」

花陽「私、嘘ついちゃったの。だから針千本飲まなきゃだね」

凛「………………」

花陽「もっと早く打ち明けてればこんなことにもならなくて、私と凛ちゃんと真姫ちゃんとμ'sのみんなで、ずっと楽しいこと……できたのかな」

凛「………………」

花陽「もしもの話って好きじゃなかったけど、今ならちょっとは好きになれそうだよ」

凛「………………」

花陽「だって、その場だけは救いがあるような気がするでしょ」


眼鏡を外して、一番視たくない死を視る。

多分私はこの瞬間を、一生忘れられない。

────この死を。

気が狂ってしまったかのような静かな気持ちを────私は一生忘れられない。

ナイフを取り出し、凛ちゃんの胸部にある点に翳す。

この細く頼りない板切れを胸に突き刺すだけで、全てが終わる。

歯を食いしばって、腕に力を込める。

だけど、身体はいうことを聞いてくれない。

心の準備はしてきたはずなのに、目の前で安らぐ親友の顔を視ていると、なにもできなくなった。


花陽「うっ……うう……」


凛ちゃんの胸に一粒の雫が落ちて、服を濡らした。

それは他の誰でもない、私自身の涙だった。


花陽「ううぅぅ……凛ぢゃん……」


一度溢れ出したら、もう止まらなかった。

堪えていた想いが込み上げてきて、ナイフを握るどころじゃなかった。

ダメだ……やっぱり私にはできない……


凛「かよ……ちん……」

花陽「凛ちゃんっ!?」


驚いた拍子に、ナイフが手から零れ落ちた。

少し様子を窺ってみても全く動かないあたり、どうやら意識を取り戻したわけではなかったらしい。

ただの寝言でした。


凛「かよ……ちん……」

花陽「……私は、ここにいるよ」


凛ちゃんの手を包み込むように握り締める。

眼から溢れ出してくるものを拭うこともせず、眠り続ける彼女の顔を眺めた。

涙で線が滲んで視える。


凛「ずっと……友達だよ……」


呟いた言葉は、誰に宛てたものだったのか。

深い眠りの中で見ている夢は、どんな夢なのか。

それを知る術はない。

だけど、願わくば幸せなものでありますようにと祈りを込めて────

私は凛ちゃんの寝言に返事をした。


花陽「友達じゃない、親友だよ」


頬を撫でると、柔らかくて冷たかった。

か細く弱々しい呼吸でも、胸は僅かに上下している。

凛ちゃんは、まだ生きている。

こうして精一杯、生きようとしてるんだ。


『救いを得たければ迷うな。友の命をどうするのかは、お前次第だ』


言峰さんが言っていたことを思い出す。

あのときは、彼がどうしてあんな言葉を残していったのか、理解できなかった。

でも、今ならわかる。

いずれ訪れる選択の時を見据えて、彼は私に告げたんだ。

そう────万事を丸く収める道なんて、最初からなかった。


ならば、どちらかを選ぶしかない。

なにを取り、なにを捨てるのか。

誰を生かし、誰を殺すのか。

今眼の前にいる親友の命が、私の手にかかっているのだとしたら、選ぶ道は一つだ。


花陽「────凛ちゃんは、私が守る。どんなことになっても、凛ちゃん自身が凛ちゃんを殺そうとしても────私が、凛ちゃんを守るよ」

凛「………………」

花陽「約束する。私はいつまでも、凛ちゃんの味方でいるから────」

誓いはここに。

固く結ばれた手が、いずれ離れてしまったとしても。

この約束だけは永遠に守り続ける。


花陽「────だから、生きて」


─────それで、一つの選択が終わった。

おそらく、決定的なものが終わったんだ。

これから多くの人が、私の選択を責めるだろう。

でもこの胸に去来する想いだけは、私を肯定してくれる。

ただそれだけのことで、どこまでも歩いて行ける気がした。

/37
自分の病室に戻ると、シエル先輩と真姫ちゃんが待っていました。

二人して同時に顔を向けてくると、事の結末を語るよう、目配せしてきます。


花陽「先輩。私、やっぱり凛ちゃんを殺すことはできません」

真姫「────っ!?」

シエル「覚悟はできた……ということですね」

花陽「…………はい」

シエル「後悔しませんか」

花陽「はい」

シエル「小泉さんのような人に前例がない訳ではありません。なので、結末がどのようなものになるかも、よく知っています。そのどれもが、悲惨で救いようのない終わりを迎えていると知ってなお、あなたは同じ選択をするのですね」

花陽「はい」


躊躇うことなく、即答する。

シエル先輩の視線は、矢のように私の心に突き刺さってきたけれど、辛くはありませんでした。


シエル「残念です、小泉さん。あなたとは戦いたくなかった…………」

花陽「……同感です」


凛ちゃんの病室に向かおうとするシエル先輩の前に立ち塞がり、行く手を遮る。

ナイフを握り、眼前の死を見据えます。

先輩は私の前で臨戦態勢を取ったまま、動こうとしません。

互いに一歩も譲らず、膠着状態が続く

一触即発の空気が病室に流れる中、真姫ちゃんが静寂を打ち破りました。


真姫「二人とも待って!こんなの絶対に間違ってるわ!」

シエル「だとしても、もう後には引けません。私には代行者としての責務があり、小泉さんには星空さんの親友という立場がある……互いに相容れない関係となった以上、これより先は自分の使命を果たすために行動するだけです」

花陽「真姫ちゃん、危ないから下がってて……先輩は本気だよ」


先輩と私の間に割って入ると、真姫ちゃんは瞳を潤ませ、声を荒げる。

普段感情的になることが少ない彼女としては、珍しい行動です。


真姫「ダメ!暴力で解決するなんて、私は絶対許さない……力で相手を捻じ伏せるなんて、考えることを放棄した臆病者のすることよ!」

シエル「西木野さん……危ないですからどいてください」

真姫「やるならやりなさい!私を傷つけてでも争いたいというならね!」

花陽「……真姫ちゃん」

真姫「花陽、あなたも同じよ!さっさと武器を仕舞って頭を冷やして!ここは傷をつける場所じゃなくて、傷を癒す場所だってことを忘れないで!」


言われて、室内を見渡す。

凛ちゃんを守ることばかりに意識を向けていたから、自分の居る場所がどこなのか完全に失念していました。

流石にここで戦うのは良くない。

それはシエル先輩だって承知のはずです。

私はナイフを仕舞い、一旦眼鏡をかけ直しました。

真姫「ねえ、先輩。本当に死徒化を食い止める方法はないの?」

シエル「進行を遅延させる方法ならあります。ですが完全に止める方法はありません」

真姫「ならその遅延させる方法でもいいから教えて」

シエル「聞いてどうすると?」

真姫「考えるのよ。私達の未来にとって一番良い選択肢が他にないか、もう一度真剣に考えるの」


真姫ちゃんと対峙したシエル先輩は軽い溜息を吐いたあと、元いた椅子に腰を下しました。


シエル「……全く。一筋縄ではいきませんね、あなた達は」

真姫「さあ。教えてもらうわよ、先輩」

シエル「黙っていてもいずれ知ることになるでしょうから。
まあ、いいでしょう……遅延させる主な方法は、親である吸血鬼を討つことです。これが達成できれば、親からの支配や束縛から逃れられますし、現在進行している死徒化もストップします」


真姫「なら杉崎亜矢を倒すことができれば────」

花陽「凛ちゃんは吸血鬼にならなくても済む────」


私と真姫ちゃんは顔を見合わせ、同時に声を上げました。

こんな方法があるのなら、もっと早く教えてくれたら良かったのに。

そう思わずにはいられない内容です。

シエル「ちゃんと最後まで聞いてください。死徒化がストップすると言っても、親である死徒の影響を受けることがなくなったというだけで、吸血種としての血を取り除いたことにはなりません。ですからなんらかの外的、または内的要因で吸血種としての血を活性化させた場合、再び症状は進行します」

真姫「つまり、死徒化は一種の病みたいなものなのね」

シエル「かなり大雑把な言い方にはなりますが、概ねその通りです。親を討ち滅ぼしたところで吸血衝動がなくなる訳ではありませんから、人として在り続けようとするなら、その欲求に耐え続けなければいけない」

花陽「……いつまで耐えれば、完全な人間に戻れるんですか」

シエル「血を取り除く手段を見つけるか、もしくは死を迎えるかのどちらかです」

真姫「現段階で治療する方法がないっていうのはそういうことか……」


必死で現状を打破する方法を考えているのでしょう。

物憂げな表情で呟く真姫ちゃんは、口元に片手を添えて思案していました。


花陽「血を入れ替えることはできないのかな?ほら、輸血の要領で身体の血を総とっかえしてしまえば、吸血鬼の血は凛ちゃんの身体からなくなるんじゃない?」

真姫「ダメよ。大量輸血は合併症のリスクもあるし、全身の血を全て入れ替えるなんて真似をして急性腎不全や溶血を招いたら、元も子もないわ。それに、血を輸血するぐらいで死徒化を治療できるなら、医療関連の職に就いている人がもう試しているはず……なのに治療法が確立されていないということは、つまり──普通の医療では治療が困難だということ……」

シエル「はい。過去、多くの魔術師や医師が死徒化の治療に挑み、悉く失敗しているのは、死徒化のメカニズムが明確にされていないのが大きな原因の一つなんです。医学的、また魔術的側面のアプローチが幾度となく繰り返されてきましたが、結果は芳しくありませんでした。血を取り除くというのは、魔術師たちが死徒化治療のために使っている用語であって、実際に血を取り除くだけでは死徒化は完治しません」

真姫「でしょうね。血液だけに注視してるから進展がないのよ。噛みついて血を吸うという行為自体にも、呪詛のような効果があるのかもしれない……血と肉体を平行して治療する必要があるんだわ、きっと」

真姫ちゃんは一人でぶつぶつと呟きながら考え事を続けていましたが、途中でなにか閃いたのか、突然大きな声を上げました。


真姫「そうよ、いいこと思いついた!」

花陽「ま、真姫ちゃん……?」

真姫「治せる人がいないなら、私が治せるようになればいいんじゃない!こんな簡単なこと、どうして今まで思いつかなかったのかしら!」

花陽「ま、真姫ちゃんが治すのぉ!?」

真姫「ええ、どうせ高校を卒業したら医療の道に進むことは決まってたんだし、丁度いいでしょ。凛の死徒化とあなたの眼は、私が治療するわ」

シエル「それまでに星空さんが堕ちたら……?」

真姫「堕ちないし、堕とさせない。責任は全て私と花陽が持つわ」

花陽「ま、真姫ちゃん!?」

真姫「どうしたの?まさか、ここまで来て降りたいなんて言うんじゃないわよね?」

花陽「そうじゃなくて、真姫ちゃんはホントにいいのぉ!?」

真姫「いいって、なにが?」

花陽「もし凛ちゃんが吸血鬼になっちゃったら、私達は凛ちゃんを手にかけないといけなくなるんだよ!私は覚悟ができてるけど……真姫ちゃんまでそんな重いものを背負う必要なんて────」

真姫「花陽……ちょっとこっち」

花陽「ん……?」


手招きをされたので促されるまま近づくと、軽くデコピンをされました。

花陽「ぴゃっ!?」


唸るほどの痛みではありませんでしたが、打たれた箇所がちょっとだけひりひりします。


真姫「なに一人で全部背負い込もうとしてるのよ」

花陽「だ、だって…………」

真姫「重いんでしょ?なら一人より二人で背負った方が楽に決まってるじゃない」

花陽「でも、真姫ちゃんが…………」

真姫「でももだっても禁止!凛は私と花陽の二人で助けるの!わかった?」

花陽「は、はい!」


堂々とした態度で先輩に近づいて行くと、真姫ちゃんは言いました。


真姫「凛の変化は逐一、聖堂教会に連絡すると約束するわ。その上で私は死徒化治療の研究を医学と魔術の両方面から進める。研究結果は協会の方には渡さず、あなた達だけのものにすればいい。もし凛が暴走したときは、私達の手で確実に処分する……この条件と引き換えに、先輩は凛を見逃してくれるだけでいい。どう?悪い取引じゃないと思うけど」

シエル「私は主に仕える身ですよ……取引に応じるとでも?」

真姫「応じるわ。だってあなた、お人好しだもの」


無言のまま、視線を交わす二人。

暫くそうしてじっとしていると、先にシエル先輩が折れました。

シエル「参りました。まさかお二人がここまで頑固者だとは思っていませんでしたよ。完全に計算違いでしたね、これは」

真姫「交渉成立ね」

シエル「ええ、星空さんの処分は保留ということにしておきましょう」

花陽「よ、良かったぁ……」

シエル「ただし────」


同じ人類とは思えないぐらいの威圧感に、思わず戦慄させられる。

どれだけの修羅場を潜り抜ければ、一言で人を畏怖させるほどの迫力を持つことができるようになるのでしょう。

正直想像したくありませんでした。


シエル「最後まできちんと責任を持ってあげてくださいね。星空さんを救ってあげられるのは、あなた達二人だけなんですから」

真姫「……言われなくてもそうするつもりよ」

花陽「はい。凛ちゃんは、必ず私達が助けます」


これからどんな試練が待ち受けているのか予想すらできないけれど、真姫ちゃんとなら、きっと乗り越えていけるだろう。

新たな決意を胸に今後の方針を決めようと提案したところで、病室に言峰さんが帰って来た。

綺礼「いやはや、遅くなってすまない。少し野暮用があったものでね」

シエル「どこに行っていたのですか」

綺礼「今後の戦闘の為に準備を整えていた。今宵の狩りに黒鍵だけでは少々心許無い。万全の体勢で事に臨むのは当然のことだろう」

シエル「……ならいいのですが」

綺礼「ではそちらの準備が出来次第、私は魔術師の討伐と残党狩りに向かう。異存はないか」

シエル「ありません」

真姫「ちょっと待って!」


シエル先輩と言峰さんの会話に、真姫ちゃんが横から割って入る。


綺礼「どうした、西木野真姫」

真姫「魔術師って、ロアの残滓を生み出した元凶でしょ。なら、やつの工房には死徒化の研究資料が大量に保管されてるはず……どうせ行くなら私も連れてって」

シエル「西木野さん……気持ちはわかりますがそれはあまりにも危険です。同行は許可できな────」

言峰「いいだろう。安全は保障できんが、それでも構わぬというならついて来い」

シエル「言峰────!」

綺礼「己が望みを果たしたければ、それを他人に委ねるべきではない。自らの力を以って大願を成就させてこその、愉悦というものもある」

シエル「愉悦……ですって?そんなことのために一般人を危険に晒すなんて真似、許すわけにはいきません」

綺礼「ふむ。このままでは話が平行線だな……では問おう、西木野真姫。お前は己が望みのために、どちらを選択する」

真姫「決まってるでしょ。私も行くわ」

シエル「西木野さん──!」

花陽「真姫ちゃんっ!?」


おそらく言峰さんは、真姫ちゃんがついて来ることを見越してこのような発言したのでしょう。

充分な用意もないまま、危険が付き纏う仕事に同行するのは無理があります。

安全が保障されない以上、自分の身は自分で守らなければいけなくなるのですから。


言峰「……決まりだな。十分後、この病院を出る。それまでに支度をしておけ」

真姫「ええ、わかったわ」

言峰「ああ、それとついて来るのは構わんが、一つだけ忠告しておく」

真姫「……なによ、子どもの御守りはできないって言いたいの?」

言峰「いや。事の優先順位を明確にしておくよう告げておきたかっただけだ。迷いは判断を鈍らせ、行動を阻害する。そのようなものは戦闘には無用だ。まだ持ち合わせがあるなら、今の内に捨てておけ」

真姫「……上等じゃない。やってやるわ」


言峰さんは病室を後にし、真姫ちゃんもそれに続いて退出しようとする。

去って行く背中に向けて、シエル先輩が声をかけました。

シエル「西木野さん」

真姫「止めても無駄よ」

シエル「いいえ。止めても無駄だということはわかっていますので、止めません。ただ、あまりあの男の口車に乗せられないようにしてください」

真姫「……どういう意味?」

シエル「やつは信用できません。くれぐれも警戒を怠らないように────」

真姫「私を誰だと思ってるの?この程度の仕事でへまなんてしないわ」

花陽「真姫ちゃん……気をつけてね」

真姫「心配しないで。きっちり資料を回収したら、すぐに帰ってくるから」


それまで大人しくしてるのよ──と続けて、真姫ちゃんは病室から出て行きました。


シエル「では、私もロアの残滓の元に向かいますので、小泉さんはここで大人しくしていてくださいね」

花陽「あの……先輩!」

シエル「……?」

花陽「私もロアの残滓のところに連れて行ってください」

シエル「……何故そこまでやつに拘るんです、小泉さん。今だって立っているのがやっとでしょう。必要以上の無理をして、死に体でやつを討つ理由がどこにあるんです」


確かに先輩の言う通りです。

ロアのことなんか忘れて、ベッドで寝転がっていた方が何倍も楽なのは一目瞭然。

でも、杉崎亜矢は────

ロアは私から、大事なモノを奪おうとした。

それだけは絶対に許せない。

花陽「最初はμ'sを守るためだったんです」

シエル「………………」

花陽「でも追っていく内に段々と知りたくないことまで見えてきて……スクールアイドルの良くない部分をこれでもかってぐらい晒されたとき──ちょっとだけ同情しちゃったんです。μ'sのみんながいなかったら、私もこうなってたのかなぁって」

シエル「杉崎亜矢が元スクールアイドルだということは聞いています。ロアの血に手を出してしまったのも、そこに原因があるのかもしれません。しかし、やつの行動はただの逆恨みとしか思えません。情を挟む余地など皆無です」

花陽「わかってます。どれだけの事情があっても、凛ちゃんを傷つけたことだけは許さない……それに、親を倒さないと凛ちゃんが吸血鬼になるというなら、私は無関係じゃありません」

シエル「……仇討ちですか。しかし、それなら小泉さんが戦わなくても決着はつきます」

花陽「っ────!?」

シエル「法王庁────私の本拠地に要請が通ります。何が起きようともあと数日で法王猊下直属の埋葬機関が送り込まれてきますから、ロアの残滓はそれでお終いです。小泉さん自身が戦う理由なんて、どこにもないんですよ」

花陽「先輩……やっぱりそれじゃダメだよ」

シエル「何故ですか。あなたが手を下さずとも、ロアは処断されるというのに」

花陽「早く凛ちゃんを楽にしてあげなきゃ、可哀想じゃないですか。数日間なんて待ってられない……今できることがあるなら、今しておかないと」

シエル「あなたの星空さんへの想いは、常軌を逸しています。自分の命を蔑ろにしてまで他人の命を救おうなんて、偏った考えです」

花陽「他人じゃありません。自分の命よりも大切な、この世に一人しかいない────親友です」

自分の命よりも他人の命の方が大事だなんて、偽善だってわかってる。

それでも、綺麗だって思えたんだ。

凛ちゃんが喜んでる顔。

凛ちゃんが怒ってる顔。

凛ちゃんが哀しんでる顔。

凛ちゃんが楽しんでる顔。

その全てがどうしようもないくらい愛おしいって思えたんだ。

だから、決めた。

私は凛ちゃんを守る。

例えこの命が擦り切れてしまっても、凛ちゃんを責める全てから守り通す。

だって私はこんなにも────


花陽「凛ちゃんのことが大好きだから、行きたいんです。他に理由はありません」

シエル「はあ……似たような人が世の中には三人ほどいるとは言いますが、まさかこんなところでお目にかかるとは」

花陽「……先輩?」

シエル「私はμ'sのマネージャーですからね。メンバーが決死の覚悟で挑むというなら、お供するのが筋でしょう」

花陽「じゃあ、私も!?」

シエル「……乗り掛かった舟です。最後までお付き合いしますとも。ですがその前に────」


ごくりと喉を鳴らす。

妙な緊張感が全身を支配する。

まだなにか条件を付けられるのでしょうか。


シエル「服、着替えちゃってください。寝間着じゃ恰好つきませんからね」

花陽「あっ、はい」


一気に肩の荷が下りました。

なにを言われるかとびくびくしていたので、ちょっと拍子抜けしたところもありますが、無茶な内容でなかっただけ良しとしましょう。

着替えをしながら、窓から差し込む月明かりに誘われ、外を眺める。

惚れ惚れするぐらい美しい満月が、宙にぼんやりと浮かんでいました。

/38
音ノ木坂の校舎に到着すると、シエル先輩は修道服を脱ぎ捨て、身の丈ほどもあるパイルバンカーを装備しました。

移動中、やたらと大きなものを運んでいるなと気にはなっていたのですが、まさかこんなものを用意していたなんて、素直に驚くばかりです。


シエル「やはり少し出遅れてしまったようですね。学校に結界を張られてしまったようです」

花陽「結界……?」

シエル「かいつまむと、私や小泉さんに対する罠です。土地や生物から魔力を吸い上げて、式で括っています。どういうものかはわかりませんが、それだけの魔力量です。危険であることには間違いありません」

花陽「もしかして、街にある式と関係があるんですか?」

シエル「ええ。やつはこの学校を城として街全体を堕とすつもりなのでしょう。しかし、これだけ大掛かりな仕掛けを打てば、あらゆる組織から目の敵にされるのは確定的です。どうやら、やつは長生きをするつもりはないようですね」

花陽「自滅覚悟で、街の人を襲うつもりなんだ……」

シエル「長引かせると厄介なことになります。小泉さん。私は先に行っていますので、あとで合流しましょう」

花陽「せ、先輩っ!?」

シエル「では、後ほど────」


先輩は人間離れした跳躍力で三階まで一飛びすると、窓を割りながら廊下に侵入して行きました。

取り残された私は、茫然としたまま立ち尽くすのみ。

花陽「先輩、まさか────!?」


置いてけぼりにしたのは、一人で全部終わらせるつもりだからかもしれません。

後を追うよう、一階から校舎に入って行きます。


花陽「ぐっ──」


月の明るい夜、か。

やっぱりダメだな。

月の弱い光だと、余計に線がはっきりと視えてしまう。

線を掻き消すぐらいの強い日射しか、本当の暗闇の方がいい。

眼に映る世界が何もかも死にやすそうで、気が狂いそうになる。

でも、これなら────

ロアの死を見逃すなんてことはないでしょう。

身体が限界を迎える前に、終わらせないと。


花陽「………………」


校舎内を進んで行くと、廊下でふと立ち止まる。

眼前には、数え切れないほどの死者の群れ。

花陽「……あなた達が悪いことなんて一つもない……私を恨んでくれてもいい……謝って許されることじゃないけど……でも、私は凛ちゃんを助けたいんです。だから、ごめんなさい」


気づいたら、そう言ってた。

群れを成して襲いかかってくる死者を解体しながら、考える。


花陽「ああああああああああ!!!!」


この願いが星を掴むくらい無茶だったら、諦めるかもしれない。

でも、今なら届く。


花陽「かはっ……このぉ……」


私さえ諦めなければ、叶えられる。

ロアがどんなに手強くたって、次の瞬間この胸を突かれたって、やつの死を貫いてみせる──!


花陽「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ………………」


『そう?けど凛はそういうもしもって好きだよ。どんな結果になるかわからないけど、とりあえずその時は救いがあるような気がするから』


花陽「はあ、はあ、はあ、はあ………………」


『でしょ。明日がどんな日になるかなぁって考えるだけで、胸がドキドキしてくるなんてこと、今までなかったもん』


花陽「はあ、はあ、はあ………………」


『うん。だからね、これまでが楽しかったんだから、これからもきっと凄く楽しいよ』


花陽「これで、全部────」

廊下に転がる数十の死体を乗り越えて、次の階に進んで行く。

すると、上の階から轟音が響いてきた。


先輩────そこに、ロアが。


無我夢中で走った。

階段を二段飛ばしで登り切り、音のした方角まで駆ける。


花陽「うわっ──!?」


戦闘の影響からか、煙が充満して前が視えない。

これじゃ先輩がどこにいるかもわからないじゃないですか。


花陽「先輩っ!大丈夫ですか!」


返事がしない。

徐々に眼の前の煙が薄れていく。

そこに広がっていた光景は、あまりにも無残なものだった。


花陽「先輩っ──!!」


片腹に拳ほどの穴が開き、地に伏したまま倒れ伏す先輩の姿が視える。

一目散に駆け寄り、先輩の身体を抱き起す。

花陽「しっかりしてください!」

シエル「すい……ません、小泉さん。ちょっと……どじっちゃいました」

花陽「大丈夫、先輩は助かります!早く傷の手当てを────!」

ロア「とんだ概念武装を持ってきたものね。でも……転生批判の聖典は私には通用しない。この身は一代限りの儚き命──例え転生者の血を受け入れようとも、元より私は次の生などに興味などない」

花陽「ロア──!!」


廊下の奥で佇んでいたのは、ロアの残滓。

杉崎亜矢、その人でした。


ロア「限りなく続くものなんてない、終わりのないものなんてない。永遠なんてクソ喰らえよ。死を迎えてこそ、万物は真の安らぎを得ることができる……それをこの街の連中に与えてやる」

花陽「あなたは……狂ってる──!!」

ロア「誰のせいだと思ってるの?自覚させてくれたのはあんた達でしょう?」

花陽「うるさいっ!!」


精々余裕ぶってるといい。

すぐにその死を貫いてやる──!

ロアに向かって一直線に駆けて行くと、やつの手から放たれ、三又となった雷光が迫ってくる。

グラウンドなら避けられたかもしれない。

けれど、廊下は躱す範囲に余裕がなかったので、もろに攻撃を喰らってしまった。


花陽「っ────」


肩を掠めた衝撃で、バランスを崩して前のめりに倒れる。


ロア「あぶないあぶない。城による復元が可能とはいえ、その眼で斬られれば無事かどうかは怪しいものね。けど私にも視えているわよ……呼吸の度にあんたに死が迫っていることが!」


床から湧き上げる衝撃破を全身で受け、後方に吹き飛ばされた。

背中から叩き付けられた衝撃で、肺の空気が一気に無くなる。


花陽「かはっ──!」

ロア「ああわかってる。この力は素晴らしいものね。生きとし生けるもの平等に死を与えることのできる──直死の魔眼。喜びなさい、この力を持っているのは世界でも私とあんたぐらいのものよ」


よろこ……べ?

こんなモノが視えてしまう世界を喜べ?

こんな壊れかけの世界を視ることを喜べって、言ったんですか?


ロア「その希少能力をなくしてしまうのは惜しいし、なにより私達は同じスクールアイドルだった身よ。誰よりも互いを理解できるでしょう」

花陽「なにを……今更……」

ロア「パートナーとしてこれほど心強い存在もいないと思わない?」

花陽「……仲間になれって言いたいんですか」

口角を上げて笑みを浮かべると、ロアは言った。


ロア「いや。仲間にしてやるのよ、この私がね」

花陽「………………」

ロア「あんたの意思なんて知るかよ。むしろそんなものは邪魔でしょ。安心しなさい……その血を吸い上げ魂まで略奪したあと、あんたがなんの躊躇いなくその力を行使できる存在に昇げてやるわ。あの娘と同じようにねえ、アハハハハハッ!!」

凛ちゃんと同じように……だって?

余裕に満ちた耳障りな声。

聞いてるだけで頭が痛む。

立ち上がり、再びナイフを構える。


ロア「よせよせ、いくら線を視たところで私に触ることができなければ意味がない。私はね、こう見えてもあんたの能力を高く買っているのよ。そんな調子で動けばその貴重な身体が死んでしまうでしょう」

花陽「……どうして凛ちゃんを吸血鬼にしようとしたんです」


質問の意図が理解できないといった素振りで、ロアは首を傾げた。


ロア「何故って、あれがμ'sのメンバーだからに決まってるじゃない。誰だって輝けると豪語するなら、吸血鬼に堕ちた身でも同じことをしてもらわなくちゃ信憑性がないじゃない。あんた達が本物なら、化物になったぐらいで客が減ったりしないでしょ?」

花陽「そんなことのために……?」

ロア「そんなことってあんた……客が来るのは大事でしょ。ほら、どれだけ練習したところで、ステージを見る客がいなくちゃ意味が────」


満身創痍の身体を押して、やつに飛び掛かっていた。

すぐ様後退されたことで、ナイフは宙を掠める。

引き際に放たれた衝撃破が胴に打ち込まれ、躱すこともできずただ痛みに耐えるしかできない自分がいた。

ロア「卑怯だなんて言わないでね。爪で斬り結べば爪ごと切り裂かれそうだもの」


自分の考えを証明する──ただそれだけのために凛ちゃんを吸血鬼にしたの?

私達の考えを否定するために、凛ちゃんの人生を無茶苦茶にしたの?

もう……いい。

やつの死さえ視れれば、他にはなにも────

ふらつきながらも立ち上がり、そのままやつの元に駆けて行く。

狙いはやつの死。

その点を穿ち、息の根を止める。


ロア「ハハハハッ。あんた、そんなに死にたいわけ?」


攻撃を躱しながら前進するも、閃光が脇腹を掠め、駆けていた足が止まった。


ロア「あんた、その身体────もう死んでるわよ」


今度倒れたら、もう立ち上がれない。

歯を食いしばって耐え、なんとか姿勢の維持に努める。


ロア「驚いた……それでもまだやれるのね。仕方ないから首から上だけで我慢するとしましょうか。あんたを下僕にしてどこぞの代行者にでもけしかけてやろうと思ってたんだけど、これじゃあ無理ね」


も、う……なんの、感覚も……わから、な、い。

死に、包まれ、ていく。

世界に死が、満ちている。


ロア「あんたとの戯れ合いもここまでよ。さ、とっとと死んじゃいなさい」


眼の前に最大出力の雷撃が迫って来る。

迫って来るけれど、もうどうだっていい。

どこもかしも線と点だらけで、触れただけで壊れてしまいそうなのに、こんな攻撃されたところで、意味なんてない。

眩い閃光にナイフを通すと、一瞬で術が打ち消される。

ええ、当然でしょう。

だって、この術はナイフを通した時点で死んだんですから。


ロア「な……そこに転がってる代行者の仕業か!」


先ほどと同じ閃光が、倍の数になって襲ってくる。

だけど、なんの意味もない。

数だけ倍にしたところで、ナイフを這わせれば終わるんです。


ロア「何を……した?」

花陽「殺しました。私と……同じなら……理解できるでしょ。死は万物の結果……あらゆる存在は、発現したと共に死を潜在します。そこに、ナイフを通しただけです」

ロア「ハハ、ハハハ、ハハハハッ!全く、無知蒙昧にもほどがあるわね!いい、生きていなければ命はないの!命の源である”箇所”は生き物にしか在り得ない!そんな戯れ言ハッタリにもならないわよ!さあ、どんな概念武装を渡された!」


ああ、そうか。

そうなんですか。


花陽「ようやく合点がいきましたよ、吸血鬼。私とあなたは、視ているものが違うんです。あなたはただ命を──モノを生かしているところを視ているだけで、死を理解なんてしていない。だから私も殺せず、抵抗する術もない娘しか襲えない」

ロア「ハ、ハハ……死にぞこないが減らず口を────」

廊下を埋め尽くすほどの雷光が、やつの式により発動する。

もはや避けることは不可能な規模の術式。

ですが、そんなことはなんの意味もない。

式の大元となっている点にナイフを突き刺す。

すると、学校全体に蔓延っていた邪悪な気配が消失した。


ロア「莫……迦な……起動すれば解除なんて不可能なはずよ!!」


式が死んだ影響でボロボロになった廊下を、ゆっくりと歩いて行く。

数秒後には足元から崩れそうな世界を、一歩、また一歩、しっかりと踏みしめながら。


花陽「──死が視えているなら、正気でなんかいられない」

ロア「ッ────!?」

花陽「死が視えているなら──とても立ってなんかいられない。物事の『死』が視えるということは、この世界が────あやふやで脆いという事実に投げ込まれるということ。地面なんてないに等しいし、空なんて今にも落ちてきそう」

ロア「なんだ……なんなんだよ、あんたっ──!?」

花陽「一秒先には世界全てが死んでしまいそうな錯覚を、あなたは知らない。それが死を視るということなんです」


────そう、両眼を潰してでも逃れたいと思っていたあの頃。

私だって多くの人の支えがなければ、とうの昔にどうかしてた。

花陽「それがあなたの勘違いです、吸血鬼。命と死は背中合わせでいるだけで、永遠に顔を合わせることはないものでしょう」

ロア「ふ……ふざけるなっ!それが真実であるなら、人のカタチを保っていられるはずがない!あんたはなにを視て────」


眼の前の敵と対峙して、睨み合う。

ようやく理解できました。

ずっと問い続けていたことに、やっと答えを得ることができた。

この眼は──────


死を視ることができる眼は、このときのためにあったんだ。


ロア「あっがあっ……ぐっ─────」


すぐ眼の前にいるというのに、背中を晒して逃げ出すロアの死が視える。

絶対に逃がさない。

あなたは私が殺します。


花陽「教えてあげます。これが、モノを殺すっていうことです」


ナイフを廊下の点に突き刺す。

すると、死を迎えた廊下は早々に崩壊していく。

崩れていく足元の中でも、私は冷静さを保つことができた。

何故なら、眼の前にいる吸血鬼の死がもうすぐそこにあったから。

花陽「──────!!」


落下していく瓦礫に飛び移り、ロアの元に向かう。

普通なら、やつが全力で逃げに徹すれば追い付けない。

だけど今は違う。

重力がこちらの味方となっている以上、この距離では逃げ足の速さなんて関係ない。


ロア「オオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!」


やつの手から放たれる雷撃も、もう見飽きた。

落下しながら閃光にナイフを這わせ、距離を縮めていく。


ロア「ば……化け物っ!」


術を行使していた右腕を切り捨て、やつの懐に入り込む。

点を視据えて、ナイフを握っている方の手を振り被る。

きっと恐ろしくはないでしょう。

あなたにとったら、一度が永遠なんですから。

でも違うところがあるとすれば、それは────


花陽「二度と帰って来られない」


ロアの点を穿ち、ナイフを突き刺したまま落下していく。

瓦礫から地上に飛び移ると、勢いを殺し切れずに転がり続けた。

全身が激痛に苛まれたけれど、一応は生きているらしい。

もはや力尽き、仰向けのまま寝転がる。

途絶えそうな意識の中で、真姫ちゃんの忠告を思い出す。

そういえば、なんて言ってたっけ────


『花陽、視えないものを無理に視ようとしないで。それは本来在り得ない運動よ。使い過ぎれば脳が過負荷を起こして使い物にならなくなるわ』


……もう、どうでもいいや。

こんなことで良かったのなら、もっと早くロアを仕留めとくべきでした。

そうすれば、凛ちゃんだってあんなことにはならなかったかもしれません。

心残りといえば、それぐらいかな────

そう思って眠りにつこうとした瞬間、左足を強烈な力で掴まれた。

この化物、まだ生きてたんですかっ──!?


ロア「キ、キ、キ、キサマ──!!消絵消江るワタシガキェ留──ナにヲナニヲシタ!!ナゼ……ドウヤッテワタ死ヲ──!!」

花陽「くっ──!?」

ロア「あグォォケケキ……キ……消エナイ!!マダ、キレキキキ……キレナイ!シ死し死死ナ────」


絶対絶命のピンチの中、碌に身体を動かすこともできずにいると、やつの背中に大きな槍のようなものが突き刺さりました。

シエル先輩のパイルバンカーがロアを串刺しにしたまま、その身体を宙に運んでいきます。


ロア「ギャォガアェェオオギァ──!!ゲヒッ──!!」


空を貫くまで伸びる光の線が放たれ、ロアのカタチが消えていく。

やつを消し去ったあと、シエル先輩は私の身体を抱き起してくれました。

先輩の身体に開いていたはずの孔は、既に跡形もなく塞がっています。

シエル「はい。これでやつを殺したのは私です」

花陽「えっ、先輩……?」

シエル「ですから、ロアを殺したのは私です。相手がどんなものであれ、人殺しはいけません。小泉さんはこっち側に来てはいけない人です。だから殺したのは私なんです」

花陽「先輩……それ、詭弁ですよ」

シエル「でも、優しい嘘ならそれでいいと思います。例え詭弁でも、なんとなく救いがありそうじゃないですか」


──────その言葉は似ている。

夕暮れ時、彼女が笑って答えていたあの台詞に─────


花陽「そうですね。なんとなく────どこかに救いが残っているのなら」


──────それはどんなに幸せなことだろう。


シエル「──って、身体の方は大丈夫ですか、小泉さん!?まさか──どこか咬まれたりしません──た!?小泉さん!?気を──しっか──目を─開─て────」


私は静かに眠りに就く。

再び意識が戻ったあと、笑って彼女と向き合えるようにしなくちゃいけないから、休息が必要だ。

次に会ったときは、どんな話をしよう。

取り留めのない考えばかりが浮かんでは消えていく。

でも、きっとどんな話をしたって楽しいに決まってる。

だってこれまでが楽しかったんだから、これからだって楽しいんだ。


…………そうだよね、凛ちゃん。

/39
時間が過ぎるのは早く、目まぐるしい。

ちょっとでも気を抜いていると、見逃してしまいそうなくらいです。

ロアを退治したあと、私は数日の入院を余儀なくされました。

予定した日数よりも大幅に早く退院できたのは、真姫ちゃんの懸命な看護の賜物です。

真姫ちゃん自身も魔術師を倒したあとで満身創痍だったというのに、少しも嫌な顔をせずに看護してくれたのは、今でも忘れられません。

私が無事に退院するのを見届けたあと、シエル先輩はこの街を去って行きました。


花陽『本当に行っちゃうんですか』

シエル『ええ。仕事も終わりましたし、長居は無用です。ずっとこの街にいると、離れるのが余計辛くなっちゃいますから』

花陽『で、でも……先輩なら、μ'sのマネージャーにだってなれます。だからもう少しこの街で、一緒の学校に通うことはできませんか?』

シエル『その提案は凄く魅力的ですね……でも今回のような事件で困っている人が、他にもいるかもしれません。そういう人のためにも、私は行かなくちゃいけないんです』

花陽『う、うぅ……』

シエル『そんな泣きそうな顔をしないでください、小泉さん。これが今生の別れではありませんよ』

花陽『……また会えますよね?』

シエル『もちろんです。まだμ'sのステージ用衣装を一回も着ていないんですよ、私は』

花陽『ふふふ、そうですね』

シエル『そう、それです。やっぱり小泉さんには笑顔が一番似合います。これからもその笑顔で誰かを癒してあげてください』

花陽『はいっ!』

シエル『それではまた』

花陽『先輩っ!』

シエル『…………?』

花陽『今度……またいつか会ったときは、一緒にカレーを食べましょう!』

シエル『────そのときはカレー大盛でお願いしますね』

花陽『……はいっ!』


先輩の荷物の中に、内緒でボンカレーを数パック入れておいたのは、誰にも話していない秘密です。

またどこかで誰かを助けるときの腹ごしらえにでも使ってくれたら、もうなにも言うことはありません。

ただ、食べるときに少しでいいから────

私達μ'sのことを思い出してほしいなあ。

収まるところは綺麗に収まり、一件落着──という風になれば最高なのですが、現実はそうもいきません。

私達にはまだやることが沢山残っていました。

私の眼と、凛ちゃんの死徒化の治療。

ラブライブ本戦に向けての練習。

今年で卒業する三年生のみんなを送り出すためのスペシャルサプライズの準備。

等々、しなくちゃいけないことは尽きません。

それでも、充実した日々であることに違いはないのですが。


凛「さあ、今日も張り切って練習、行っくにゃー!!」


部室でのミーティングが終わったあと、凛ちゃんが元気良くかけ声を上げました。


海未「最近の凛はいつにも増して元気がいいですね」

凛「当ったり前だのクラッカーにゃー!A-RISEに勝ってラブライブ出場も決まったことだし、この波に乗っていかないと!」

希「そうやね。波に乗るのはええことやん……でも、山に登るのも同じぐらいええことやと思わない?」

凛「えっ──!?い、いやー。凛、山登りはちょっと遠慮しとこうかなぁーって────」

希「海未ちゃん!今度の休日、凛ちゃんが海未ちゃんと一緒に山登りしたいってぇ!」

海未「なっ──それは本当ですか、凛!?」

凛「ち、違うよぉ!希ちゃんが勝手に──」

海未「山は良いですよぉー。澄んだ空気、のどかな自然、頂上に着いたときの達成感。
そのどれもが日常生活では味わえない貴重な経験となり、日々の暮らしをより充実したものに昇華してくれるのです。さあ、凛。共に大自然に抱かれて癒されましょう!」

凛「絶対嫌にゃ!もう山はこりごりなの!」

海未「嫌よ嫌よも好きのうち……希、出番です!」

希「ほいさ、任しといて!」


二人に拘束された凛ちゃんは、耳元で山の素晴らしさをひたすらレクチャーされているようです。


凛「にゃあああああああああああ!!!!」

海未「凛、無駄な抵抗は為になりませんよ」

希「凛ちゃんはカワイイなぁ……ういうい」

凛「にゃああああ!!耳たぶ触るなぁぁぁ!!」


真姫「なにアレ、意味わかんない」

絵里「リリホワの三人は本当に仲が良いわね。羨ましいわ」

にこ「……絵里、前々から思ってたけど、あんた結構天然よね」

絵里「えっ、なにが?」

にこ「いや、気づいてないならいいわ」

絵里「もう。勿体振ってないで教えてくれてもいいじゃない!」

にこ「……知らなくてもいいことはあるのよ」

穂乃果「うん、今日もパンがうまいっ!」

ことり「ほ、穂乃果ちゃん」

穂乃果「ん、どうしたの?」

ことり「その……凛ちゃんが大変なことになってるの。助けないでいいかなぁ」

穂乃果「大丈夫大丈夫!凛ちゃん強いから!」

ことり「そういう問題じゃあないと思うんだけどぉ……」

花陽「はは、あはははは……」


元気があるのは良いことです。

あり過ぎるのも考えものですが、落ち込んだりするよりはずっとマシでしょう。

例え全てが元通りにならなかったとしても、そういう在り方が大事なのだと私は思います。


凛「にゃあああああ!!離すにゃああああ!!!!」


花陽「………………」


結局、凛ちゃんの首筋にはあのときの傷が二つ残ってる

髪を伸ばしているとはいえ、注視すればはっきりとわかる、二本の牙の痕。

本物の吸血鬼とまではいかなくとも────

凛ちゃんは吸血鬼もどきの人間としての生活を余儀なくされています。

傷の治りが異様に早かったり、身体能力が以前より上がっていたり、視えてはいけないものが視えるようになったりと、数え出したら枚挙に暇がありません。

真姫ちゃんのサポートがあるとはいえ、なにかが引き金となって暴走してしまう可能性は十分にあります。

でも、凛ちゃんならきっと大丈夫────

根拠なんて一つもないけれど、これだけは確信を持って言えます。

────凛ちゃんはこれから先もずっと、人として生きていける。


ことり「そう言えばかよちゃん、最近ずっと眼鏡かけてるね」

穂乃果「ホントだ。コンタクトやめたの?」

花陽「あっ、これ?えっと……これはその、私もにこちゃんに倣ってキャラ作りしていこうかなぁ……と思って」

穂乃果「眼鏡でキャラ作り?うーん……そっかわかった!眼鏡っ娘だぁ!」

ことり「コンタクトもいいけど、眼鏡もすっごく似合ってるよ、かよちゃん」

花陽「えへへ、ありがとう」


眼鏡をかけていれば線は視えない。

だけど、外せばまた以前と同じように死が視えるでしょう。

治療する方法が見つかるまでは、うまいこと付き合っていくしかありません。

線を視なければ味覚もいくらか元に戻るみたいだし、日常生活はなんとか誤魔化せると思うのですが。

まあ、あとは私の努力次第だと思います。


凛「だ、誰か助けてぇぇぇぇ!!」


失ったものと、手に入れたもの。

天秤に乗せたらどちらが重くて、どちらが軽いかなんてのは野暮な話。

求めた結果が出せなくても物語は続いていく。

繰り返す日々の中で、最高の今を迎えるための旅路はまだまだ終わらない。


真姫「花陽」

花陽「ん……?どうしたの?」

真姫「そろそろフォロー入れてあげなさい。凛、伸びてるわよ」

花陽「うん、そうだね」


変わってしまったことはいっぱいあるけれど、私はこれからも小泉花陽として変わらず生きていける。

あの日と違うのは────


花陽「ちょっと待っててぇー!」



誰かに頼られることが増えたぐらいかな。




FIN

完結です
色々と問題はありましたが、ちゃんと終わらせることができて良かったと思っています
元スレでの保守や支援、ありがとうございました

板違い


良いものだった

全部読んだよ
おもしろかった

ラブライブアンチは死.ねよ>>1

おっつ

乙乙
花陽視点だからこそ映える良さがあったよ

ロアって誰!?

乙!

おつ

自分の口に合わない即ちアンチ
さすがラブライバー御立派な脳味噌

乙でした。面白かった。
前スレのめっちゃキモい荒らしにめげずに完結してくれてよかった。

こっちで再開してたのか
乙です


面白くて一気に読んでしまったよ

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