ダイヤ「大変ですわ! 花丸さんが……!」 (10)

――理事長室

鞠莉「どうしたのダイヤ? 血相変えて」キョトン

ダイヤ「説明は後ですわ! とにかくついて来てください!」

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 湿気に満ちた生温い潮風が薄黄色のカーテンを揺らしている。その影は古びた床にぼんやりとしたコントラストを作る。教室には掛け時計の秒針の音だけが響いていた。
 長い髪を頭の後ろに束ねた少女が私の顔を心配そうに見つめている。眉間に皺を寄せた表情からは大きな不安が見て取れる。
 静寂を破ったのは、つい先ほど教室を飛び出した彼女が引き戸を開ける音だった。
「どうです、花丸さんの様子は……」
 ぜえぜえと息を切らす様から、此処までどれ程の速さで走って来たのかが窺い知れる。校内を走る女生徒に対し生徒会長である彼女が口煩く注意する光景は今まで何度も目にしたはずなのだが。
 正面の席に座る果南さんは無言のまま首を横に振る。
「そうですか……」
 がっくりとうなだれるダイヤさんも私を案じているのだろう。
「ねえダイヤ、一体花丸がどうしたって言うのよ」
 まるで状況が捉えきれないといった顔で鞠莉さんが訊ねる。彼女に関しては不安や心配よりかは困惑しているといった表現がよく似合う。

 ダイヤさんと鞠莉さんは息を整えて席に着く。椅子の脚に被さった滑り止めがカタンと音を立てた。
「三人で打ち合わせしてたんだけど、花丸ちゃんが突然喋らなくなっちゃって……」
 二年生が校外学習ということもあって今日の放課後は軽く基礎練習を行って解散したのだが、AZALEAのメンバーだけは校内に残り空き教室で新しいユニット曲の打ち合わせをしていた。
「私、また貴方を怒らせるようなことをしてしまったのですか」
「それとも何か悩みでもあるのかな」
 二人の瞳には無表情の私が映っている。やはり最近少し太っただろうか。そんなことを考えていたせいですぐには気づかなかったが、鞠莉さんが机の横に掛けられた私の鞄に手を突っ込んでいる。
「ほら花丸、大好きなのっぽパンよ」
 目の前でがさがさと音を立てて揺れる菓子パンに食欲を掻き立てられる。問題ない、まだ焦ってダイエットをするような段階ではないはずだ。
「駄目ね。どうしたものかしら」

 窓の外の曇り空とよく似た鬱々とした空気が教室を包んでいた。誰一人と言葉を発することなく刻々と時が流れる。
「何か、病気とかなのかな……」
 久々に口を開いた果南さんの声は、まるで雪山で遭難して半日が過ぎたかのような弱々しいものだった。
「もう、そんな顔しないで。Relaxだよ果南」
 そんな彼女を元気づけるためだろう、鞠莉さんがおちゃらけた態度で果南さんの胸を触る。
「こんな時にふざけないでよ!」
 机に叩きつけられた握り拳が鈍い音を立てる。鞠莉さんは驚いた表情でその姿勢のまま固まってしまう。

花丸「果南さん、落ち着いて?」

ダイヤ「え……」

果南「今……喋った?」

鞠莉「花丸……?」パッ

 鞠莉さんが私の手を握る。先程までとは打って変わり眩いくらいの笑顔だ。
「やっと話してくれたのね!」
「心配したのですから……」
 各々が安堵した表情を見せる。
「花丸ちゃん……。本当よかった」
 果南ちゃんの目にはじんわりと涙が浮かんでいる。何せ彼女は私がこうなってしまってからずっと傍で見てくれていたのだ。申し訳ないことをしてしまった。
「問題が解決して何よりですわ。さぁ、今日はもう帰ると致しましょう」
「そうだね、なんだか疲れちゃったよ」
 鞄を抱え席を立つ彼女らの顔は、たった数十秒の間に普段の明るく可憐なスクールアイドルのものへと戻っていた。
「どうしたのです? 花丸さんも帰りますわよ」
 ダイヤさんが私に微笑みかける。昔はどことなく怖い印象を持っていたが、妹想いの優しい先輩だと知ることができたのはAqoursに加入して得た喜びのひとつである。
「ねぇ、これって……」
 それも束の間――。

「何かきっかけがあったのでしょうか」
 顎を触りながら考え込んでいるダイヤさんを見て、つい中学校の花壇脇に置かれた石像を思い出し可笑しくなる。
「たしかあのとき果南が机を叩いて……」
「そのようなことが関係するとは考え難いですが、とにかく一度再現してみましょう」
 それぞれ記憶を辿りながら席に戻る。善子ちゃんの妙な儀式を連想してしまうのはきっと仕方のないことなのだろう。
「Relaxだよ果南」
「え、そこからやるの」
 果南さんが不満気に聞いた。それもそのはず、この場面から同じ言動を再現するということはそのたわわな胸に触れるのを許可するのと何等変わりないのだから。
「当たり前じゃない。花丸がこのままじゃ困るでしょ」
「う、それはそうだけど」
 そう言って脇を広げる彼女の姿はなんとも滑稽なものに見えた。
「Relaxだよ果南」
 嬉しそうに顔を綻ばせながら、その柔らかそうな胸を鷲掴みにする。

花丸「二人は本当に仲良しさんずらね」ニコ

ダイヤ「まさか、こんなことって……」

鞠莉「Unbelievable……!」モミモミ

果南「信じられない……」

花丸「皆どうしたずら? ハトが豆鉄砲を食らったような顔して」

ダイヤ「でも良かったですわ! 花丸さんが元に戻られて」

果南「本当だよ! 一時はどうなることかと思ったんだから!」

鞠莉「それにしても不思議な現象が起きるものねぇ」モミモミモミ

果南「あん、ちょっと鞠莉、いつまで触ってるの!」///

鞠莉「あまりに立派に育ってるからつい、ね?」モミモミ

果南「もう! 離して!」バッ

 果南さんは豊満な胸をがっしりと掴むその手を無理やり振りほどき顔を背ける。こちら側からではその表情は窺い知ることはできないが、彼女の耳は童謡のトナカイの鼻の如く真っ赤に染まっている。
「戯れてないで今度こそ帰りますわよ」
 やれやれといった素振りでダイヤさんは立ち上がり時計に目をやる。陽が傾き辺りはもう随分と暗くなっていた。結局新曲の話はほとんどできず終いだ。
「そうだね、また明日から練習頑張ろう」
 恥ずかしいのだろうか、果南さんは足早に教室を出ようと歩を進める。
「ちょっと待って……」
 鞠莉さんの不安気な声色に反応して二人がこちらに視線を向けた。
「嘘でしょ……」
 刹那、鞠莉さんが果南さんに駆け寄る。

花丸「あ、もう帰るずら? 今日はあんまり新曲の話進まなかったねー」

ダイヤ「一体どうされるおつもりですの……?」

果南「んっ……。だってしょうがないじゃん!」///

鞠莉「このまま放っておく訳にもいかないし」モミモミ

ダイヤ「まぁ、お二人がいいのであれば私は何も言いませんが……」

果南「よくはないけどさぁ……」

鞠莉「あら? 私はべつに構わないけど」モミモミ

花丸「ねぇ何の話? マルだけ置いてけぼり……?」

鞠莉「何でもないの、気にしないで。さぁ行きましょ!」モミモミ

花丸「え~。変な鞠莉さん」

果南「ごめん、私ちょっとお手洗い……。先行ってて」

鞠莉「この状況で? もうしょうがないわねぇ~」モミモミ

果南「ついて来なくていいから!」バッ

 鞠莉さんは果南さんが頬を赤らめたままトイレへ入っていくのを確認した後、こちらへ振り向き私に向かって小さくウインクした。
 私は沈み行く夕日を眺めながら報酬の高級フレンチに思いを馳せるのだった。

おしまいこー

ただ文学少女っぽい花丸ちゃんを書いてみたかっただけ

過去作も読んでいただけると幸いです
・浜田「絶対に可愛いAqours選手権!」
・愛香「改札を抜けるとそこは……」
・ダイヤ「探偵!ナイトスクールアイドルの時間がやって参りました」
・千歌「路上ライブしようよ!」

意味がわからない

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