5000万円 or 触れたものが鯖になる能力 (113)

まとめサイトで見た、もしもシリーズの能力たちでバトルロワイヤルをしたら、面白いんじゃないかと思ってこのSSを書こうと思いました。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1478252098

 それはいつものようにネットサーフィンを楽しんでいる時の出来事だった。

「何だこれ……? 新手の広告か?」

5000万円と振れたものが鯖になる能力。貴方はどちらを選びますか? 

画面にはそう表示されていた。大抵、この手のものはクリックしたらワンクリック詐欺のページに飛んでいくというのが定石で、

碌なことにならないと知っていたがほんのきまぐれと好奇心から、俺はそのアンケートに乗ってやることにした。

「そんなの、鯖にする能力に決まってるだろ!」

俺は迷わずにそのボタンを押した。鯖を売れば5000万なんてすぐに稼げると思ったからだ。

画面に、本当によろしいですかと表示される。もう、迷いなんてない。そもそもこれはただの暇つぶしだ。

俺は、右手に力を乗せてエンターキーを押した。

・・・・・・。

ほら、やっぱり何も起きない。まあ、知っていたけれどいい暇つぶしにはなった。

おめでとうござます! 貴方は、選ばれました! と表示されている画面を俺は閉じようとマウスに触れた。

「うわっ、冷たっ! しかも、なんかぬめぬめする……」

さっき、致した時に出したローションでもついたのかとマウスを見るとそこには、魚の頭が横たわっていた。

「うわっ! 何だこれ!」

とりあえず、匂いを嗅いでみる。うん、生臭い。どうやら本物の魚らしい。しかし、何故こんなところに魚が……?

俺は一旦あたりを見回して、手がかりを探す。

天井に穴は開いていない。窓も開いていない。つまり外部から持ち込まれた可能性はゼロだ。

これが意味することはつまり……。

「本当になっちまったのか……。鯖にする能力者に……!」

こうなってしまった以上、迂闊にものに触ることが出来ない。能力の性質も分からぬまま、触れてしまえば、最悪地球そのものを鯖にしかねない。

「pdf…?」

ブラウザの下方部に、pdfファイルがダウンロードされたようで、しかもご丁寧に触れたものを鯖にする能力説明書と書かれている。

しかし、ここで一つ問題が発生した。

俺はどうやってパソコンを操作すればいいのだろうか……?

マウスがなくても、ある程度操作は可能だ。しかし、触れたものが鯖になってしまう言う事はこのパソコン自体が鯖になる可能性がある。

そうなってしまえば、この能力についての説明が読めなくなってしまう。

待てよ……。だったら、すでに鯖になっているもので叩けば大丈夫なんじゃ……。

マウスだった鯖を持って、キーボードに恐る恐る触れてみる。どうやら大丈夫みたいだ。PCが生臭くなるだろうが、そこは背に腹代えられない。

「これだな」

説明書と書かれているファイルを開いた。

ミダスめいた悲劇になりそうだな

触ったものを鯖にできる能力(タッチアンドチェンジトゥーサーバ)

名前のネーミングセンスについては、ちょっと置いておいて読み進めることにしよう。

サバ以上の大きさのものは数匹のサバになり、
大きすぎるものは一度にサバ化できない
人間サイズが限界

意識して直接触れたものが全て鯖になってしまう。
一度鯖となったものを元に戻すことはできない。

一ページ目に書かれていたことは、以上だ。この能力はオンオフの制御が可能だと分かったので良かった。

後のページは、この能力の制約や詳しい説明について書かれているみたいだ。

要約すると大体こんな感じだ。

鯖の産地、旬の状態は能力者がある程度制御可能。

作った鯖は、釣りたての状態であり、寄生虫も存在しないし、食べることが可能。

気体等、密度の小さいものは鯖にすることが出来ない。
物体以前の性質は引き継がれず、ただの鯖になる。ただし、エネルギーは保存される。

鯖より小さいかったり、軽かったりするものは、不完全な鯖になってしまう。

マウスが、鯖の頭だけになってしまったのはこれが原因だろう。

物体の一部分を鯖にすることや、意図的に不完全な鯖を作ることが出来る。

と大体、こんな感じだ。

オンオフの制御が可能であるという事が分かったのは、かなりの収穫だったと思う。今日はもう夜も遅いし、寝ることにしよう。

寄生虫がいれば相手を食中毒にさせられたのに

……………

「おい! 起きろ、馬鹿者め」

耳元で誰かの声が聞こえて、俺は布団から顔を出すと、鼻にすごい匂いが襲ってきた。

「生臭っ!」

それは、さながら漁港だ。俺の家がプチ漁港と化している。それにしても臭い。
もしかして、何か鯖に変えてしまったのか……!?

恐る恐る卓上ライトをつけると、枕元に服を着た大きな鯖が俺を覗き込んでいた。

「う、うわぁぁぁぁっ!」

まさか、人間を鯖にしてしまったのか……!?

ギョロッとした魚の目が俺を睨みつける。

「とりあえず、冷蔵庫に仕舞おう……」

こうなってしまった以上、仕方ない。どこの誰かは、鯖になってしまった以上分からない。

だから、せめてもの償いとして責任もって食べてあげよう。

「貴様、我をどこへ持って行くつもりだ?」

「しゃ、喋った……! ごめんなさい! 悪気はなかったんです!」

「何か勘違いしているようだが、我は神だ」

鯖は自信を神様だとそう言った。

確かに、言われてみれば神社とかで見た事がある衣装を着ているし、どことなく人間とはかけ離れた雰囲気を感じる。

「それで、神様が俺に何の用ですか?」

「大体、察しはついているだろう? 貴様の能力、それの対価を貰いに来た」

対価だって? 冗談じゃない、そもそもそんなことどこにも書いて書いてなかったじゃないか。こんなの契約を勝手に結んでおいて、対価を得ようだなんて勝手すぎる。

もしも、これが普通の神様ならば鯖にする事で対抗できるだろう。しかし、相手は鯖。俺の能力が全く通じないことになる。

そもそも、神様を鯖にできるのか疑問だ。

「対価は5000万円でいい」

「そんなお金あるわけないだろう!」

でも、普通に考えれば鯖を売れば手に入るお金だ。と、考えれば悪くない契約なのだろうか?

「少しだけ待ってくれないか? この能力があれば、鯖を売ることで無限にお金が手に入るだろう? 倍の金額を支払う。これでダメか?」

鯖の男は、少しの間唸ってから駄目だと答えた。

「そうだな。一匹千円で売ったとしよう。そうなると一億の売り上げをあげるために何匹売る必要があるともう?」

「10万匹……」

さらに鯖は続けて言った。この能力で作る鯖は最高級品のもので、それが大量に市場に出れば鯖の価値は下がり売上が下がるだけじゃなく、

漁師の人間に大きな影響が出てしまうからダメだと言われた。

「だったら、こんな能力いらないよ……」

「おっと、今更引き返そうなんてできると思うなよ」

「クーリングオフもねーのかよ……!」

何でも、鯖が言うにはこれは神の力を譲渡したことになり、一度譲ったものはその当人が死ぬまで取り返すことが出来ないらしい。

「じゃあ、どうすれば……?」

5000万円なんて大金を貸してくれるのは、闇金業者ぐらいしか思いつかない……。

こんな能力のために命を懸けるまでの価値はあるのだろうか……?

「そんな貴様に良い話がある」

「いい話?」

鯖はポケットのようなところから、小さな端末を取り出して俺に手渡した。触ってみるとなんだかぬるぬるしていて、しかも生臭い。

「これは、20メートル付近に貴様と同じような能力者がいれば教えてくれる端末だ」

「これを使ってどうしろと?」

「貴様には、その能力者と殺し合いをしてもらう。何、簡単な事だろう? 貴様は、相手に触れさえすれば勝ちなんだから」

まとめでも言われてたが
触れたら相手が即エンドってのはやっぱり強いよなぁ

期待

魚が提示したルールはこうだ。

能力者同士で、殺し合いを行い。勝った人間は、負けた能力者の支払う金額の十分の一が手に入るというものだ。

戦いに特にルールはなく、とにかくどんな手を使ってでも、相手を殺す。これがゲームのルールだ。

「負けた人間はどうなるんだ?」

そう聞くと、鯖は負けなければいい事だと言って答えなかったが、敗北の先にある末路はきっと、人間の想像をはるかに超える絶望が待っているんだと理解した。

「最期まで生き残ったら、対価を帳消しにして、なおかつどんな願いも叶えてあげよう」

「そう言って、また対価を得ようとするんじゃないのか?」

この一連のやり取りで、俺は神様という存在を信じることが出来なくなっていた。

俺の中の神様は、優しくて暖かい存在だったのに、実在した神はこんなにも冷酷で、しかも生臭い。

しかも、顔面が鯖。俺の神様像にかすりもしない存在だ。

「対価は頂かないさ」

「本当だな?」

「我は神様だ。嘘はつかないさ」

信用は全くできないが、鯖にも神様としての矜持は多少なりともある筈だ。だから、悪いようにはならないと思う。というか、そう思いたい。

「という訳でゲームスタートだ。まあ、せいぜい頑張ることだな」

鯖はそう言い残して姿を消した。

とりあえず、今度こそ寝ることにしよう。仮に能力者が近くに来てもこの端末が教えてくれるのだ。眠っている間に殺されるなんてことはないだろう。

相手が街ごと消滅させるような能力者でもない限りは……。

しwwかwwもww生ww臭wwいwwwwww

―――。


冷たい床と、生温かい鉄の味。物心ついた時からずっとこの感覚を味わっていた。

与えられるのは、暴力と暴言くらいで、いつもはずっと放置されていた。いわゆる、ネグレクトというやつだ。

お風呂なんて、めったに入れさせてもらえなかったから、当然体は臭くなっていった。それで、両親から暴力を受けたし、学校のクラスメイトからいじめを受けた。

そんな時だった。一人の男の子が俺の前に現れてくれたのは。

そいつは、俺を助けてくれた。手を握ってくれた。その時、俺は初めて人の暖かさというやつを知った。

でも、俺のいじめを止めたせいで代わりにそいつがいじめられるようになってしまった。

でも、俺にはそいつみたいにいじめを止めることが出来なかった。怖くて足がすくんで動けなくて、俺は逃げ出してしまった。

それなのに、そいつは何も言わなかった。ただ、笑っていた。そいつは、誰よりもきっと強かった。

「僕は、ちっとも強くなんかないよ。最初は、見てるだけしかできなかったから。それに、本当に強かったらいじめられることなんてないんだからさ」

そいつは、なおも笑っていた。どれだけ殴られても、どんなに酷いことを言われても、そいつはけして笑顔を絶やさなかった。

そんなそいつを見て、俺は強くなりたいと覆うようになった。そいつが無理して笑わなくても済むようにしてやりたいと思うようになった。

かみさまじゃなくてかみさばか

そのために、どうすれば強くなれるか色々考えた。強くなりたくて、沢山努力した。

そして、俺は強くなった。誰よりも、何よりも。

「ったく、未成年なのに煙草かい?」

「いいんだよ。何たって俺は筋金の悪だからな」

煙草の煙が夜空に昇っていくのを眺めながら、煙草を吸う。

「今日も学校を休んだだろ? 全く、あんまり休み過ぎると進級できなくなるぞ……」

そいつは少しだけ悲しそうな表情で、俺を見た。そいつと俺は。小学校時代からの親友で、そいつは超がつくほどの優等生で、今や誰もが慕う高校の生徒会長だ。

方や俺は、留年ギリギリの不良。

一緒にいれば、そいつの評判は悪くなってしまう。だから、歳があがるにつれて俺は、できるだけそいつと接触を避けるようになっていた。

それでも、そいつはしつこく付きまとってくるから関係はずっと続いているのだが……。

「明日は行くよ」

「本当か!? お前がこんなことを言うなんて明日は槍でも降るんじゃないか……」

嬉しそうな顔をしているそいつに、俺は少しだけ安心感を覚えた。いつまでも変わらないそいつに。

「ただの気まぐれだよ。気まぐれ」

本当は違う。もしかしたら、俺は明日にでもいなくなってしまうかもしれない。だからこそ、後悔の無いようにしたいと決めたのだ。

「そっか、でも嬉しいよ。僕が毎日しつこく誘いに来たおかげかな?」

「自覚はあったのかよ……」

「そうでもしないと、絶対来ないだろう? それに、ひとりぼっちは寂しいだろう?」

そうだなと、答えるとそいつは意外そうな顔を浮かべて驚いた。

「なあ、一本貰っていいか?」

そいつは俺の持っている煙草の箱を指差した。

「おいおい、優等生さんがそんなこと言っていいのかね?」

「いいんだよ。僕は筋金の悪だからね」

何だそりゃ……。俺はそいつに煙草を手渡して火をつけてあげた。

「ゲホッ、ゲホッ」

「あーあ、初心者が無茶するからそうなるんだよ」

「やはり、無理だったか……」

それでも、諦めきれないのかそいつは何度も挑戦しては、むせていた。

「今まで、色々ありがとな」

「どうしたんだ、急に?」

何度も挑戦したおかげで、まだまだ不恰好ではあるがだいぶ吸えるようになったみたいで煙草を咥えながら、月を眺めていた。

「言っただろ、今日の俺は気まぐれなんだって」

「そういえばそうだったな」

月夜の下、二人で吸った煙草の味を俺はきっと忘れないだろう。

―――。


翌朝、概ねいつも通りの時間に目を覚ますと、やっぱり、机の上には例の端末が置かれていた。

「夢じゃなかったんだな……」

試しに、冷蔵庫に入っていた大根を触ってみると鯖に変化した。とりあえず、今日の朝食は鯖の塩焼きにしよう。

旬でなおかつ、新鮮という事もあって鯖はかなりの美味しさだった。当面の食糧問題はこれで何とかなりそうだ。おかげで他の所にお金をかけられる。

さて、そろそろアイツが来る時間だ。学校に行く準備をしよう。

とりあえず、うっかり鯖化させないように手には某先生みたく手袋をはめておいた。

これで、直接触れてうっかり鯖化させるなんて自体にはならない筈だ。

「っ!」

ポケットに入れておいた端末から音が鳴った。能力者が近くにいる……。
よりにもよって、アイツが来るときに限ってだ。

とりあえず、今日は先に行ってもらうようにしよう。アイツをこのくだらない戦いに巻き込みたくない。

そう思って、携帯を取り出しメッセージを送ろうとすると向こうから、今日、日直だから先に行くとメッセージが送られてきていた。

俺は、アイツと同じクラスだ。今日の日直はアイツじゃなかったはずだ。だとしたら、誰かに頼まれた……?

その可能性は、十分にあり得る。でも、このタイミングに送ってきたということは、アイツが能力者という可能性もあるのだ。

「お前もなのか?」

一見、何の変哲もない変なメッセージ。でも、分かる人間には別の意味が込められている。

既読がつくとすぐに、向こうから電話が掛かってきた。

「ねえ、一つ聞いてもいい? 私もっていうことは、千利も持ってるってこと?」

信じたくなかった。でも、どうやらそう言う事らしい。

「そうだよ。未来、俺もゲームの参加者なんだ」

電話口から、明らかに消沈した声が聞こえてきた。

それはゲームのルール上、俺達は最終的にどちらかを殺めないといけないからだ。

「とりあえず、俺の家まできて、それから色々話し合おう」

一旦、今日はここまでにしておきます。
明日の、同じ時間帯にまた投稿します。
それでは、また明日

乙←曲げた鯖

はやくしろ

>>11
触られた部分をどうにか出来たり無効化だったり、最悪カウンターじみた能力者がいたら主人公の方がヤバそう

未来は了承してから、大体5分後くらいに家へとやってきたので、招き入れた。

やっぱり、未来は能力者らしい。大きな音を放っている端末をポケットから取り出す。

未来の端末は俺の持っている端末と少し違った形状をしており、まるで小学生が持っている防犯ブザーのような可愛らしいピンク色のものだ。

「俺の能力は、触れたものを鯖に変える能力だ」

自身の能力の説明と、ゲームに参加するにあたっての経緯を、未来に話した。

鯖にする能力がどんなものか見たいと、未来にせがまれたので、昔使っていた教科書を鯖に変えてみせると、未来は驚きの声をあげた。

「じゃあ、次は私。私の能力はね未来予知」

未来は自身の能力について、こう語った。

地球上全ての場所における、三分後の知りたい出来事を視ることが出来る能力でインターバルは5分。一日に3回までしか使えないらしい。

「じゃあ、あまり戦闘向きじゃないんだな……」

「私、どうしたらいいんだろう……」

未来の、払わなければいけない金額は3億。つまり、3000万円が手に入ることになる。
おまけに戦闘向きでない能力故に、狙われる危険性もあるのだ。怖いと感じるのも当然だろう。

「大丈夫、俺が絶対に何とかして見せるから……」

敵に触れば勝ちなんだ。簡単なことじゃないか。

「さて、そろそろ学校に……。って、いつの間にこんな時間に!? 未来、急ぐぞ!」

「もう! 待ってよ!」

急いで戸締りをして、俺達は学校に向かった。


「ま、間に合った……。ギリギリセーフ!」

始業のベルが鳴り終わる前に、俺達は教室に何とかたどり着くことが出来た。本当に危なかった。

「珍しいな。お前らが遅刻ギリギリなんてよ」

「ああ、今日はうっかり寝坊しちゃってな」

未来と行動している以上、端末は全く意味を持たない。だから、端末は家に置いてきた。

もしも、この学校に能力者がいるのかもしれないと思うと、お腹が痛くなりそうだ。

「おい! 何だその髪型は!」

校門の方から生活指導教諭の大きな怒声が、聞こえてきたので外を見ると、外に久坂六道がそこにいた。

久坂六道。この辺一帯を束ねていると噂される不良の一人だ。

ほとんど学校に来ることがない男が、どうして今日は来たのだろう……?

不思議なこともあるものだ。もしかすると、今日は槍でも降って来るんじゃないだろうか?

何て、今となっては洒落にならない冗談はやめておこう。

「うるせーな! 学校に来てやったんだから、そのくらい良いだろうが!」

久坂は、生活指導教諭を押しのけて下足置き場の方へと向かって行く。その時だった。

今朝聞いたばかりのあの音が、下足置き場から響いてきた。

「何だ? 防犯ブザーか何かか?」

他の生徒にはそう聞こえるかもしれない。だけど、俺達の中では違う意味を持つ。

このどうにも不快な音。これは、能力者が近くにいるという事になる。

幸い、端末を持ってきていなかったから、まだ向こうに気づかれていない。

と、なると奇襲を仕掛けて、相手を手っ取り早く鯖にしてしまうのが一番早いだろうが、相手には端末がある以上、奇襲を仕掛けるのは難しい。

俺の能力は触れれば勝ちだが、触れなければ、鯖を生み出すだけのゴミ能力でしかない。

相手が遠距離系の能力なら、勝ち目は薄い。

勝つためにどうすればいいか、戦略を練りたいところではあるが相手の能力が分からない以上、どうすることもできない。

外をチラリと覗くと、何故か久坂と目があった気がして俺は慌てて目を逸らした。

もう一度、外を覗くと久坂は校内へと入ったのか姿はなかった。


放課後になって、未来とともに屋上へと向かった。未来は廊下側の席だったので能力者が誰かまだ分かっていないからだ。

能力者が久坂であるという事を説明すると、未来は悲しそうな表情を浮かべた。

「そんな……。久坂さんを倒さないといけないなんて……」

「何言ってるんだ? アイツは不良だろう? だったら悪い奴じゃないのか?」

久坂の黒い噂について、述べると未来は首を横に振って、それはただの噂で久坂がそんなことをするはずがないと言った。

「どうして分かるんだ?」

「視たの。三分後の久坂さんの全てを。だからだよ」

未来の能力は三分後の知りたいことを知る能力だ。つまり、その時の久坂の全てを視たということになる。

最初は、ただ未来が見れるぐらいの能力だと思っていたが、想像以上に未来の能力には価値があるみたいだ。

能力の制限が多い割に、代償が大きいと思ったらそういう力だったなんて……。

「私は戦いたくない……」

「そんなの無理だろ……。いずれは全員倒さないといけないんだぞ?」

俺達だってそうだ。最終的に殺し合いをしないといけない。仲間を作れば作るほど心が苦しくなってしまう。だったら、いっそ仲間なんて作らないほうが気が楽になるだろう。

「お前に手は汚させない。それにさ、最後まで生き残ったら、全員生き返らせてもらえばいいだろう?」

そうすれば、最終的に誰も犠牲にならない。鯖はどんな願いでも叶えると言っていたんだから。

「そっか、その手があるんだ……。私、馬鹿だから全然思いつかなかったよ!」

しかし、それは俺が最後まで生き残ればという話になる。

「だったら、皆でチームを組んで最後にそう願うようにすればいいんじゃない?」

「駄目だ、何故ならそいつがそれを願う保証なんてないんだから」

その時には全員死んでいて、それを確かめる手段すらないのだ。だから、どうしようもない。未来だって、最後に裏切る可能性があるかもしれないのだ。

いや、これ以上は止めておこう。一度疑い始めれば、もう止まらないだろうから。

未来だけは俺を絶対に裏切らない。彼女だけはそばにいてくれると、約束してくれたんだ。

「行ってくるよ」

「うん……。必ず勝ってね」

屋上から、階段を降りて校門へと向かい、久坂を探しに街を走る。

20メートル圏内に近づけばどこにいるか分かる仕様だから、そんなに時間は掛からない筈だ。

これもしお金の方を取ってたらどうなるのか

大体、10分ぐらい走ったところだろうか例の音が、辺り一帯に鳴り響いた。

どうやら、この付近にいるらしい。と言ってもまだ久坂の姿を見ていない以上、誰かまでは分からないが。

「おい、その音なんなんだ? 度々鳴ってたみたいだが」

後ろから、聞き覚えのある男子生徒の声が聞こえたので俺は咄嗟に近くの角に身を隠した。

「ああ、これだよ。何でも近くにUFOがきたら教えてくれるらしい」

通り過ぎたのを見計らって、角から様子を伺うとそこには久坂と、生徒会長の姿があった。

嘘だろ……。あの二人が友人同士だったなんて……。

「へー、そういえばそんなものあったな。ずいぶん前だけどな」

「そうだな」

「UFO何て全然見えないな」

会長は、空を見上げてUFOがないか探しているみたいだった。まあ、当然ある筈もない。
久坂は、嘘をついているんだから。

それから、音が鳴らないように十分に距離をとりつつ俺は尾行を続け、日も傾き始めた頃に二人は別れ、それぞれの家へと向かって行った。

後は、久坂が家に入ったのを見計らって奇襲を仕掛けるだけだ。扉なんて鯖にしてしまえば簡単に入ることが可能だ。

仮に遠距離系の能力者なら、比較的狭い家の中ならまだ戦えると、考えたからだ。

>>30

よくある詐欺サイトみたいに、お金を選ぶと何も起きないってことになってます。

「ここって、確か工場跡だったよな……?」

バブル時代に沢山増設され、崩壊とともに経営が出来なくなり倒産した工場だ。

確か今はここで自殺した工場長の幽霊が出るとか何とかで、地元ではそこそこ有名なホラースポットになっている場所だ。

「まさか……!」

俺の声が、がらんどうなこの場所に響き渡る。

「そうだよ。俺がつけてないことに気づいたと思ったか?」

工場跡奥地から、久坂の大声が響く。普段から日もほとんど入らないこの場所はかなり肌寒く感じる。

「さあ、始めようぜ。命がけの殺し合いをな」

久坂は鉄パイプを取り出して、地面を殴りつけると、そこから延長線上に炎が走り抜けた。

発火能力。

文字通り、炎を操る能力の事だ。俺の能力とかなり相性が悪い。

何せこちらは接近しなければ意味がない。しかし、相手はこの距離から俺を焼殺することが可能だ。

「おいおい、能力は使わないのか?」

「くっ……」

何とかして、近づく方法を考えないと……。

「そっちが来ないっていうんだったら。こっちからどんどん行くぜ!」

火柱が、どんどん俺の方へと向かってくるのを何とか回避する。そして気が付けば壁際まで追い詰められていた。

いや、誘導されたと言ったほうが正しいだろう。

「チェックメイトってやつだな」

こうなったら、もう出し惜しみしている場合じゃない。壁を叩いて部分的に鯖にし穴をあけてそこから炎を回避した。

「それが、お前の能力ってわけか。触れられたら俺の負けになるわけだな」

能力がばれてしまった以上、相手は俺を決して近づけるようなことはしないだろう。

となると、鯖で身を隠しつつ特攻を仕掛ける他ない。

「行くぞ!」

地面に触れ、鯖を生成。それを久坂の方へと投げつける。それと同時に、俺は真っ直ぐ駆けだした。

触れられればアウトとという能力を持つ俺の攻撃は避けざるを得ない。それゆえに、俺の投げた鯖を避ける必要があるのだ。

当然、俺の投げた鯖にそんな効力は存在しない。だが、相手はそれを知らない。その隙に一気に接近する。

その距離は、およそ10メートル。2,3秒もあれば辿りつける距離だ。

「くそっ!」

久坂は、鉄パイプではなくポケットからライターを取り出して着火した。空中に炎が走り、鯖は久坂に辿りつく前に炭化して消えてしまった。

「やばっ……」

久坂は俺を見て、ニヤリと微笑むと鉄パイプを地面に振り下ろすと、俺の周囲は炎によって囲まれてしまった。

「かはっ……」

炎によって、酸素が失われていく。呼吸が出来なくなっていく。

「苦しいだろ? でも、すぐに楽にしてやる」

鉄パイプが振り下ろされ、俺の身体は炎に包まれる。そんな光景が頭に浮かんだ。

しかし、鉄パイプが振り下ろされることはなかった。その瞬間、大きな音と衝撃によって炎はかき消され、俺は九死に一生を得た。

突如崩落した、天井によって。老朽化が進みいずれ崩落すると言われていたが、まさかこんなタイミングで崩落するとは、神様もまだ俺を捨てたわけではないのかもしれないと、そう思った。

それに、久坂の能力のタネも分かった。久坂は厳密には発火能力ではない。

「お前、可燃物を作る能力だな」

そう言うと、久坂はよく分かったなと答えた。

燃焼に必要な条件は、三つある。

酸素があること。

可燃物がある事。

発火点以上の温度があること。

久坂の能力は、その可燃物を作り出すことだ。純粋に発火能力を持っているのなら、わざわざ鉄パイプやライターを使う必要はない。

久坂は、目に見えない着火温度が低い物体を作りだしそれに着火することで炎を作り出す能力者という事だ。

「確かにそうだ。だが、能力のタネが分かったところで近づけなければお前に勝ち目はない」

久坂の言うとおりだ。相手に近づけない以上いずれ体力を消耗して体を焼かれるのは明白。相手は、わずかな動作で炎の道を作ることが出来るのだ。

「悪いが、俺には負けられない理由がある。だから、お前を殺す」

俺にだって、負けられない理由がある。恐らく、次の動きで久坂は俺に止めを刺しに来るだろう。

さっきみたいに、偶然天井が崩落して炎が消えるなんてことはもう起こらないだろう。

しかし、もう手がないわけではない。タネが分かれば、ある程度封じることが出来る!

久坂が、鉄パイプを振り下ろすタイミングで俺は地面に手を置いた。

「馬鹿な……! 何故、火が着かない……?」

久坂が、鉄パイプのあった個所を見るとそこには一匹の鯖が横たわっている。

「俺の能力は、触れたものを鯖にする能力。それは、部分的にすることも可能だ。だから、お前がそれを振り下ろすその場所に鯖を作った。これでお前はもう、鉄パイプでは着火できない!」

鉄パイプの先には、鯖の内臓がべっとりとついている。火花を発生させ、火をつけることは難しいはずだ。

そして、相手の火をつける道具はライターしかない。この距離なら、相手がライターに着火するよりも早く久坂に触れることが可能だ。

「くそがぁぁぁぁっ!」

「遅い!」

俺は久坂の元へ、全力で駆けていく。そして、俺は久坂に直接触れた。

しかし、久坂は鯖にならなかった。その隙に、久坂によって俺は吹っ飛ばされたが、地面を鯖にすることによってクッションを作りダメージを軽減した。

それでも、久坂の蹴りのダメージは強烈で、視界は大きく揺れている。

「どういう事だ……」

「お前の能力は、直接触れなければ効果はないって事だろう?」

そうか……、久坂は自らを能力でコーティングしたのか……。それなら、俺に触れられても鯖になることを防ぐことが出来る。

「今度こそ、お終いだ。今お前の周りには、俺の能力で完全に囲んでいるからな」

どうしたら、逃げられる?

全然、考えが浮かんでこない。俺は、ここで終わってしまうのだろうか?

相手の、能力によって作られたものが見えない以上、俺の能力で鯖に変えても意味がない。

「じゃあな」

次の瞬間、久坂がライターの火をつけると自ら炎上した。久坂の絶叫が周囲に響く。

どうなっている? 自らのコーティングに引火したのか……?

いや、それは俺の能力によって解除したはずだ。

もしかすると、近くに別の能力者がいるのだろうか?

「誰かいるのか!?」

大きな声で尋ねるが、反応はない。それどころか人の気配すら感じない。

ただ、目の前の人間が絶叫しながら焼けていくさまを見ていることしかできなかった。

―――。

最早、痛みも炎の熱さなんて感じなくなっていた。

あの男が、どういう手を使ったのか全く分からなかったが、自身が敗北したという事だけは充分に理解できる。

どうやら、俺はまだまだ弱かったらしい。

もっと、強くなりたかった。救ってもらった分、救ってあげたかった。

俺の願い。それは、俺という存在をこの世界からなかったことにするという願いだ。

そうすれば、アイツが俺に固執することはなくなるだろう。もっと、いろんな人間と関われるようになるだろう。

アイツは俺が、この世界からいなくなったと知ったらどう思うだろうか?

怒るだろうか? 笑うだろうか? もしかすると、泣いてくれるだろうか?

それが、見れないのが少しだけ残念だ。

でも、最後はこんなにも暖かく死んでいけるなんてどんなに幸せなことなんだろうか?

身体が灰となって昇っていく。

未練なんて、何一つない。満ち足りた人生だったと思いたい。

ただ、一つだけ、一つだけ心残りがあるとするならば、

また、煙草が吸いたい。それだけだ。

―――。

久坂は、すでに息絶えているようで黒こげになった遺体がそこに転がっていた。

俺は黒こげになった久坂を鯖に変えた。警察に見つかれば、面倒なことになると思ったからだ。

鯖になってしまえば、警察がこれを久坂だと特定することは不可能だろう。

「千利! 大丈夫!?」

丁度、その瞬間に未来が廃工場を訪れた。未来の顔は、真っ青になっていてどれだけ心配してくれていたかが、痛いほどに伝わってくる。

「もう終わったよ……」

正直、納得のいく結末ではなかった。久坂は苦しみながら死んでいった。

鯖にすれば、きっと苦しむことなく殺せたはずだった。

燃えている最中に、触ることだってできた。でも目の前で死んでいく人間に対し、俺は何もできなかったのだ。

覚悟はしたつもりだった。でも、俺はまだ人を殺める覚悟はきっとできていない。

そんなので戦えるのだろうか……。

「あ、そうだ。端末について調べたら同盟機能があることが分かったの。だから、これでお互いが常に音が鳴る状態にはならない筈だよ」

未来は、ポケットから俺の端末を取り出して、手の平の上に置いた。

「そういえば、近くで反応はなかったか?」

最後の光景が、頭に浮かぶ。あれは俺がやったんじゃない。

誰かが、何かをしたはずだ。

「んー、反応はなかったよ」

「そうか……。実はな……」

俺は、久坂の最期について話すと、未来はうーんと唸って口を開いた。

「もしかしたら、直前で能力を使わなかったんじゃない?」

「そんなことは……」

ないとは言えなかった。事実、俺は久坂が死ぬまで久坂に触れなかったのだから。

つまり、俺の能力によってコーティングが解除されたと勘違いして自爆した。

どちらにせよ、納得がいく結末ではない。今日勝てたのは、本当に偶然だった。どれか一つでも欠けていれば、燃えていたのは俺の方だったんだから。

「とりあえずさ、一旦家に帰ろ! ここにいたら、あんまりよくないと思うし」

「そうだな」

半壊した廃工場を後にした。

「そういえば、どうして俺の居場所が分かったんだ?」

さっき未来は言っていた。同盟状態にすれば音は鳴らないと。未来が到着したのは、久坂が死んでから2,3分は経過している。つまり、未来の端末は音が鳴らない筈だ。

「それも、未来予知かなー」

未来曰く、俺の三分後の居場所を視たらしい。なるほど、そう言えばそうだったな。

「さーて、今日はどっかに寄っていかない?」

「そうだな。どこがいい?」

「んーとね、マクドナ○ド!」

気が付けば、こいつのペースに巻き込まれている。こいつだけが俺の救いだ。

だから、何としても最後まで守り抜かなければならない。

例え、誰かを殺すことになったとしてもだ。

俺は月夜の元、決意を固めた。今度はもう迷わないために。

書き溜めがなくなったので、今日はここまでにしておきます。


右手から無限唐翌揚げみたいな能力を出すかと思ったら割りと能力してた
まあそれだとバトルにならんか

>>となると、鯖で身を隠しつつ特攻を仕掛ける他ない。

この一文に草


>鯖にすれば、きっと苦しむことなく殺せたはずだった。

俺はこっちを推したい

乙鯖

この場所鯖と炎でめっちゃ良い匂いしてそう

―――。

人気のない道を歩く、二人の少女。傍から見れば、二人は姉妹に見えるのだろうか?

そう見えたら嬉しいと、私は思う。

「やあやあ、お二人さん。ちょっと俺と付き合わない?」

そんな私たちを、邪魔するように一人の男が私たちの通路を塞ぐ。

「おいおい、無視すんなよな」

男は小さいほうの少女の、襟元を掴んで壁に押し当て首元にナイフを優しく添える。

「さて、もう一人のお嬢さん? この子を傷つけたくなかったら分かるよね?」

「………」

「おい、聞いてんのか! 早くしないとこの子を殺すって言ってんだよ!」

「やってみればいいじゃない」

あまりにも素っ頓狂な返答に、男は一瞬固まって何も言えなかった。

「貴方、人を殺したことないでしょう?」

手元が震えている。刃に殺意を感じない。そして、わざわざ猶予を与えた。明らかに殺すつもりがないことは明白。

「そして、私がここまで近づいても貴方は全く、動かない」

視界が男でいっぱいになるくらい、顔を近づけた。男は自らのプライドを傷つけられたことに憤慨したのか、

少女を、壁に投げ飛ばして私の方へと、額に青筋を浮かべ私の方へと詰め寄ってきた。

殺意をその刃に乗せて。

「女のくせに、舐めやがって!」

「あーあ、君やちゃったね」

次の瞬間、男の首から上がなくなっていた。首生えていた部分から血を噴き出して男は、自ら作った血の海へと倒れこんだ。

「うえー、不っ味……」

少女は、血がついた口元をぺろりと舐めて、顔をしかめた。

「まあ、いいじゃない。これで私は、復讐を遂げられたんだから」

男によってかけられた血を、女は舐めとった。絡みつくような血の味が口全体に広がっていく。

「うーん、ハナがいいならそれでいいんだけどさぁ……。でも、変な無茶するのは止めてよねー。毎回、ハラハラドキドキさせられる身にもなってよ……」

少女は、私の横に座り込んで私の顔を舐める。やっぱり、好みの味ではないのか、舐めるたびに顔をしかめている。

「大丈夫よ。私には貴方がいるもの」

「へへん。まあ、私は最強だもん! アメリカくらいなら2日で滅ぼせちゃうし!」

少女の笑顔が、月を反射してより一層輝く笑顔となる。そんな少女が愛おしくてたまらない。

私の、最強の妹。スカーレット

私の家族。私の望んだもの。

「わわっ、急に何するのさ!」

「何って、ほら今日は寒いから……」

そういうと、スカーレットはぶつくさと文句を言いながらも、私を抱き返してくれた。

例え、偽りの暖かさでも私にとって、それは本物だ。

本物なんだ。それを邪魔するなら、誰であっても容赦はしない。

今なら、世界を滅ぼす魔王にだってなれる気がする。

―――。



もしかしたら、久坂の事がニュースにでもなっているかと思ったが世界は案外平和なもので、まさしくいつも通りの日常を人々は過ごしている。

発見! 空を飛ぶ巨大生物!

少なくとも、こんなバカげたニュースが出ている間は平和なんだろうと俺は思った。

「次のニュースです。新宿方面で――」

テレビの電源を消して、俺はある所に向かうことにした。

都立図書館、古今東西ありとあらゆる本が集まる場所だ。そこに何をしに行くかというと、鯖についてもっと理解を深めに行くのだ。

今の俺は、鯖についてあまりにも無知。何も知らないと言っても過言じゃない。

あとは、図書館に行けば、鯖の美味しい食べ方なんかも分かるだろう。

料理に疎い俺では、鯖の塩焼きぐらいしか作れない。いくら、旬な状態で新鮮でもさすがに三食それだと流石に飽きる。

そろそろ、別の鯖料理が食べたい。


相変わらず、この都立図書館は大きくて迷いそうになる。魚類に関する本だけでも、とんでもない量の数があり、どれから手を付けるべきか迷う。

「何か、探し物かな?」

少し、現代の人間とは違う不思議で、異質な雰囲気の女性が声を掛けてきた。

「ええ、まあ。ちょっと本を探してまして」

「ふむ、それはどんな本なんだい?」

鯖について書いている本だと、答えるとその女は本棚から一冊の本を手に取って手渡してくれた。

「ありがとうございます」

「何、構わないさ。私は本の案内人だからね」

女はフッと微笑んで、どこかへ去って行った。

鯖、スズキ目・サバ科のサバ属 やグルクマ属、ニジョウサバ属などに分類される魚の総称であり、

一説には、小さい歯が多いことから「小(さ)歯(ば)」と名付けられたらしい。

鯖には、アニサキスという寄生虫がおり食中毒を起こすと腹痛と嘔吐の症状を引き起こすらしい。

ただ、俺の産みだす鯖には寄生虫が一切いないので、食中毒による毒攻撃には使えないみたいだ。

また、俺が作り出す鯖はマサバと呼ばれる、まさしくサバ・オブ・サバで、地域によってはブランドサバなるものもいると書かれている。

鯖は意外と奥深いものなのかもしれない。俺は、改めて鯖の凄さを知った。鯖について調べているといつの間にか夕方になっていた。

携帯の通知を見ると、何件かこちらを心配する未来のメッセージが届いていたので、図書館に行っていただけだと返信すると、

私も行きたかったと言ってきたので、また今度一緒に行こうと返して、携帯をポケットに仕舞った。

「あ、さっきはどうも」

図書館の入り口から少し離れたところに、さっき本を探してくれた女はベンチに座って、夕日を眺めていた。

「ここは、私の特等席なんだ。いつもこうやって夕日を眺めながら、風を感じている」

「確かに、ここから見る夕日は綺麗ですね」

ここは、街よりも少し高いところにあるという事もあって街の様子がよく見える。

家へと帰る子供達。手を繋ぐ親子。どれもこれも幸せな光景だ。

「君は、黄昏の語源を知っているかい?」

知らないと答えると、女はフッと微笑んで俺の方をまっすぐ見た。

日も暮れてきて、その女の顔が少しずつ不鮮明になって闇の中に、女の顔がどんどん消えていくみたいに見えた。

「黄昏の語源は、丁度今くらいの時間に、顔が判別しづらくなるだろう? だから、お前は誰だという意味を持つ、誰そ彼から、黄昏は夕時を意味する言葉になったと言われているんだ」

女は立ち上がって、怪しく微笑んだ。夕日に照らされた瞳が紅く光って、その人の異様さをより一層際立だせる。

「七海千利君だったかな? 君の名前は」

「どうして、僕の名前を……?」

「名前だけじゃないさ、他にも色々知っている。君の幼馴染の名前も、前のテストの点も、君の家庭事情も、そして……」

君が能力者で、どんな能力を持っているかってことも。

女は、ポケットから端末を取り出した。

「まあ、私もこういう人間でね」

能力がばれている以上、相手と戦うのは圧倒的に不利だ。逃げなければ……。

いや、相手は俺の家を知っているのなら逃げても意味がない。

「そんなに、気張らなくてもいいよ。別に戦うつもりはないからね。そもそも、私の能力では君には勝てないんだから」

女は、偶然俺に触れて能力者であることを知り同盟関係を結びたいらしい。

しかも、断われば俺の個人情報から隠しているエロ本のありか、ジャンルまで全部ばらすと脅された。

「あ、そうそう。名乗るのを忘れていたね。私の名前は、坂下文乃だ。よろしく」

「よろしくお願いします……」

そんなこんなで、脅される形で同盟条約を結ばれた。

「というわけで、今日から私も同盟として加えてもらった。よろしく頼む」

「松野未来です! よろしくね」

文乃の能力は、1日に一度だけ、触れた本の内容を全て完全に記憶する能力らしく、

原理は不明だがそれが人間の場合でもできるらしく、自己なりに分析した結果、記録媒体であれば何でもいいという結論に達したと文乃は語った。

「じゃあ、これもできるの?」

未来が鞄から、これまた懐かしいMDを取り出した。タイトル欄には、日付が書かれている。

「それ一体何なんだ?」

「15歳の自分に送ったメッセージかな」

そういえば、昔流行った歌にそういう歌詞があって学校の先生が録音しようって言って録音したことがあった気がする。

「できないこともないが、これを聞いて私はどうすればいいんだ……?」

他人の、15歳になった自分へのメッセージを聞いてどうすればいいのか文乃は困惑しているみたいだ。

「私が何て言ってたか知りたいだけだよ?」

相変わらず自由奔放な奴で、気が付けば未来はいつも輪の中心にいる。そんな奴だ。

「分かった。私の能力では1日一回しか使えないから明日になるが、構わないか?」

「全然、大丈夫です!」

未来はビシッと、ポーズを決めた。文乃は未来が少し苦手なのか、少したじろいでいて、少しだけ気分がスッとなった。

「それにしても、本当に鯖になるんだな。驚いたよ」

今日、文乃が家に来たのは、自己紹介という名目もあったが真の目的は、鯖料理を味わうためだ。

文乃の豊富な知識を活かして、美味しい鯖料理を作ること。これが、俺が出した同盟の条件だ。

「見ただけで分かるよ。これはとてもいい鯖だ……」

「だろ?」

文乃によると、関サバと呼ばれる鯖に匹敵するレベルらしい。関サバとは大分県大分市の佐賀関で水揚げされる高級ブランド鯖だ。

「任せてくれ、最高の逸品を作ろう」

文乃はしばらく鯖と見つめ合ったあと、調理を始めた。ダイニングを挟んでからもその気迫を感じ取ることが出来る。

俺は、その間にエロ本の隠し場所を変えることにした。楽園を保つために。

「どこ行ってたの?」

「ちょっと、トイレにな」

「一階にもあるのに?」

未来は昔から、変に鋭いことがある。というか、未来も前に俺の全てを知ったという事は、俺のエロ本の隠し場所も知っているということになるじゃないか……。

あえて、何も言わないというところが、逆に残酷だ……。こんなことに気づくんじゃなかった……。

未来の顔を見ると、全てを理解しているかのように見える。くそ……。

そうこうしている間に、文乃の渾身の鯖料理が完成した。

「定番の鯖味噌に、鯖寿司、鯖汁、そして寄生虫の心配もないから、刺身も作っておいたぞ!」

見事な鯖のフルコースが食卓に並べられた。

「いただきまーす!」

鯖に感謝して、鯖を食す。文乃の料理の腕前は見事なものでどれも、大変おいしかった。

未来もこれくらいできれば、いいんだが……。

未来は料理ができないわけじゃない。だが、色々と適当なので、味が薄かったり濃かったりするのだ。けして、不味くはないというのが唯一の救いかもしれない。

俺はこっそり、今度料理を未来に教えさせることを文乃に約束して、万が一を想定してそれぞれを家まで送ってから解散した。

「それじゃ、また会おう」

文乃は、学生寮で寝泊まりしているらしい。その雰囲気からもう大学生か、社会人なのかと思ったが、本人いわく、まだまだJKだと言っていた。

二人が送って家に帰った後、俺はあるものを探していた。そういえば、自分のMDはどこにあるんだろうと。

「確か、そういうのはこの辺に仕舞ってたはず……」

一階の今は物置に使っている場所にそれは眠っていた。

長年使っていなかったせいか、そこはすっかりほこりまみれになっていた。

「あった、あった。懐かしいなぁ……」

そこには小学生時代に書いた書道や絵。文集や、卒業アルバムなんかも入っていた。しかし、肝心のMDが見つからなかった。

まあ、見つけたところで再生できる環境がないから意味がないんだが……。

別に、そこまで聞きたかったわけじゃなかったので思い出の品たちを元の場所に戻そうとすると、箱が何かに引っかかって、奥に入らなかったので中を覗いてみるとMDがそこに落ちていた。

「あった……」

取り出してみると、そこには小学一年生の頃の日付が記載されていた。俺は、一体どんなことを言ったんだろう。

少し気になったが、これを再生するために何万もかけたくないし、文乃に渡すわけにもいかない。

俺は、MDを箱の中に入れて俺は物置から外に出た。

時刻はいつの間に、次の日になっているようで時計の針は一時を指していた。

携帯には、いつのまにか文乃からメッセージが届いていた。

「明日、二人きりで会えないか?」

「どうして?」

とメッセージを送っても、返事は来なかったので、メッセージ自体届いたのが12時ぴったりだったのでもう寝てしまったのだろうと思って、その時は気にも留めなかった。

翌朝になっても、返事はおろか既読すらついていなかったのでまだ眠っているのだろうと、返信を待っていたが、一向に返ってくる様子がない。

時刻が、13時を過ぎたあたりで、流石におかしいと感じた俺は文乃の家へと向かうことにした。


ちょっと、来客が来たので今日はここまでにしておきます。
明日も、多分この時間帯に投稿すると思いますので、よろしくお願いします。


一日に一度とはまた使いにくい能力でそれっぽい

「文乃ー、いるのか? いたら返事してくれ!」

返事はない。試しに、ドアノブを回してみると、蝶番が嫌な音を立てて開いた。

「文乃―? 勝手に入るからな?」

部屋は薄暗く、床には沢山の本が玄関まで散乱していた。几帳面な性格そうだから、もっと固唾いているのかと思ったが、案外そうでもないのだろうか?

それにしても、この部屋はどうも埃っぽい。

「何じゃこれ……」

部屋の奥まで進むと、本棚が倒れていた。本があちこちに散らばっているのはこれが原因らしい。

その倒れた本棚と大量の本に、文乃は生き埋め状態にされていた。

「文乃!」

声を掛けると、少し声が聞こえた。どうやら、まだ生きているらしい。俺は大きな本棚を鯖に変えた。これで少しは助けやすくなったはずだ。

「今助けるからな!」

文乃に声を掛けたが、返事をする余裕すらないらしい。一刻も早く助けないと命が危ないかもしれい。

鯖と本をどかしていくと、急に文乃が立ち上がった。

「よかった。無事だったみた……」

そこに立っているのは、最早人と呼んでいいのか分からない存在だった。

背骨はねじ曲がり、顔は土気色に染まり、体が本棚に押しつぶされた時に押し出されたのか、口から胃袋が飛び出していた。

それでも、文乃は動いている。映画やゲームでしか見た事のない存在が、俺の目の前にいた。

ゾンビ。死してなおも、動き続ける存在。その存在は、あらゆる主人公たちを苦しめた。

ゾンビになった文乃を見て、これが敵の罠であることに俺は気が付いた。

あのメッセージは文乃ではなく第三者で、メッセージが喘ってこないことを不審に思い、ここに来た俺を倒すために仕掛けた罠だったということだ。

しかし、幸いだったのは本棚が倒れた影響で文乃はまともに前に歩くことすらままならないという事だろう。

もしも、扉を開けた瞬間に襲われていれば、俺は今頃ゾンビになっていた。

「文乃……、ごめん……」

俺は文乃に近づいて、鯖へと変えた。

「きゃああああああっ!」

寮付近の至る所から、叫び声が聞こえてくる。ベランダから外を覗くとそこには沢山のゾンビが人々を襲いかかっている。

ゾンビに襲われることを回避するために一度ドアの鍵を閉めた。

未来の方では、何か起きていないか心配になった俺は、携帯電話を取り出して電話を掛けようとしたが、電話は繋がらなかった。

ディスプレイには「圏外」と表示されていた。

Wi-Fiならどうだろうか?

この部屋には、ルーターがある。俺はささっと設定を済ませて、Wi-Fi回線に切り替えた。

幸いにも、まだインターネット回線の方は生きているみたいで、Wi-Fiに繋ぐことが出来た。

未来に電話をかける。

・・・・・・。

駄目だ、出ない。

次に、インターネットに接続して、圏外の状況と、原因についてSNSで検索すると、この日本、全域で圏外状態になっていることが明らかになった。

使えるのは、電話回線や、光回線など、いわゆる有線LANと呼ばれているものだけらしい。

また、ゾンビについては、すでに全国的に発生しているようで、もう多くの犠牲者がでているらしい。

情報を得たことで、さらに未来のことが心配になった。俺ならば、ゾンビから触れられた瞬間に鯖にできるので感染する可能性はほ、奇襲でもされない限りはないだろう。

しかし、戦闘能力のない未来ではあっという間に蹂躙されてしまうのは明白だ。

もしかしたら、この瞬間にも襲われているかもしれない。

そう考えると、いても立ってもいられなくなって、身体はすでに動き出していた。

外へ出ると、街中逃げ回る人とそれを追いかけるゾンビとでパニック状態になっていて、あちこちから、悲鳴が聞こえてくる。

「イオナズン!」

聞き覚えのある言葉が聞こえた後、辺りが突然大きな爆発を起こし、周辺にいたゾンビと人々は吹っ飛ばされた。

「お前、なんてことを……!」

その呪文を唱えた男の首根っこを掴むと、男は指を振ってさらに呪文を唱えた。

「ベホマズン!」

すると、周囲の人たちの傷は一瞬にして回復し、どこか遠くへと逃げて行った。

「もー、いきなり掴まないでくださいよ……。僕の一張羅に皺がついたらどう責任とってくれるつもりなんですか? イオナズンしちゃいますよ?」

男は、眼前に右手を差し出してきたので、俺は爆発によって吹き飛んだアスファルトの破片を持って鯖に変えた。

「鯖にすんぞ。この野郎……」

「ま、まさか同業者がいたとは……。ど、どうです? ここは一つ同盟を結びません?」

この男自体は気に入らないが、辺りを爆発させる呪文と、周囲の人間を完全回復させる呪文を持っているというのは、仲間としてはとても心強い存在である事には変わりはない。

それに、こいつが何かこの件について知っていることがあるかもしれないので、この同盟は結ばざるを得ない。

「分かった」

「そう来なくては! 僕の名前は、牧原聡氏です! よろしく」

牧原は二カッと笑って右手を差し出してきたので、俺は自分の名前を言ってから握手し、お互いの能力についてある程度説明した。

牧原の能力は、ゲームドラゴンクエストの呪文を二つまで習得できるというもので、使用限度もインターバルもないという、かなりのチート性能らしい。

本当に、こういう時に出会えて幸運だったと思う。敵として出会っていれば、勝つことはかなり難しかっただろう。

「千利さんは、敵についてどれくらい知ってますか?」

何も知らないと答えると、聡氏は携帯を操作してこちらにディスプレイを見せた。

「あー、全日本人に次ぐ。お前たちを全員殺します」

それはゾンビによる。日本に向けての宣戦布告のようなものだった。そこから、敵はゾンビを綿密な操作が可能な能力であるという事が分かる。

さらに、牧原によるとインターネット回線のみが生きているという事は敵がゾンビを操るためにはインターネット回線が必要不可欠であることも分かっているらしい。

「じゃあ、インターネット回線を絶てばゾンビは動きを止めるって事か?」

「いいえ、恐らくそれをしても無駄だと思うね。ただ、ゾンビが自動で動くようになるだけだと思う」

この騒動を止めるには、ゾンビ全てを倒すか、能力者本人を倒す以外に方法はないみたいだ。

前者は、全国各地を巡る必要があり、現実的ではない。そうなると、能力者を探し出した方が圧倒的に早い。

「未来なら、分かるかも……」

「誰ですか? それ」

三分後の知りたいことを知ることが出来る未来の能力を用いて、敵の能力者の位置を割り出そうという作戦だ。しかし、連絡がついておらず安否の程は確認できていない。

「なるほど。それは確かに便利な能力だ。一刻も早く行きましょうか。未来さんの家はどの辺で?」

未来の家の大まかな住所を伝えると、牧原は怪訝な表情を浮かべた。

「実はですね……」

走って向かっているうちに、未来の住所付近まで来ると、そこには大量のゾンビが集まって来ていた。

「どういうことだ……?」

「そんなの僕が聞きたいですよ」

ここにいるゾンビの数は、ほかの地区と比べて明らかに数が違った。10、20なんてレベルではない。まるで、大きなイベントでもやっているみたいに、そこにはそれほど沢山のゾンビが集合していた。

ここで、迂闊に動くと一気に襲われてしまう。どうにかして、未来の家まで近づかないと……。

「仕方ないですね。僕が囮になりましょう」

牧原は立ち上がって、ゾンビの居る方を向いた。

「あの数をどうにかできるのか?」

「無理ですね。まあ、減らせても半分くらいだと思います」

口を挟もうとすると、牧原は呪文を唱えて上空を爆発させた。ゾンビの意識が一斉に牧原へと注目する。

「僕と、千利さんの能力だったら、僕の方が強いですからね。それに、未来さんと知り合いでもない私が行くのも不自然ですし、こうなるのも仕方ない事ですよ」

牧原は、最後にそう笑ってはるか後方へと走って逃げて行った。それを合図にゾンビたちは一斉に牧原を追いかけはじめ、ここに集まっていたゾンビはほとんどいなくなった。

一刻も、早くこの事態を終わらせないと……。

俺はそんな思いを胸に、未来の家へと全力で走っていく。

―――。

何となく、そんな気はしていた。

だから、最初にこの能力は無限で使えるなんて嘘をついてしまった。

僕の能力は、何度も使えるわけではない。一回使用ごとに、寿命を一年削る。

能力の使用回数はすでに50を超えているから、100歳まで生きると仮定した場合、残りの使用回数は30回といったところだろうか。実際はもっと少ないだろうけれど。

圧倒的な数の暴力を前に、僕は微笑んだ。

それは何故か?

そう言われたとするならば、僕はこう答えよう。

ヒーローだからだ。だからこそ、絶対に絶望なんてしない。ここを切り抜けて、僕は完璧なヒーローに絶対なるんだ。

誰からも慕われて、好かれる。そんなヒーローに。

「かかってこい! 僕が相手だ!」

―――。


「無事でよかった……」

「未来こそ、無事でよかったよ……」

互いの温度を確かめ合うように、俺達は抱き合い再会の喜びを分かち合った。

「未来、敵の居場所を探して欲しいんだ」

いつまで牧原が持つか分からない以上、ここで時間を潰している場合ではない。一刻も早く能力者を倒さなければ……。

「任せて……」

未来は目を瞑って、意識を集中させる。そう言えば、未来が能力を使っている瞬間を見るのは、これが初めてだ。

「うん、分かったよ。どうやら、ここのすぐ近くみたい」

未来によると、ここから歩いて3分以内の場所にあるらしい。未来は、家の外に出てその場所へと走り始めた。

「ここだよ」

未来が、とある一軒家を指差した。

「ここは……」

ここに住んでいる長男が、いわゆるニートというやつで、近所の主婦たちがよく噂しているのを聞いたことがある。

周囲にゾンビはいないが、ここは相手の本拠地だ。そう簡単に敵の居る場所まで行かせてはくれないだろう。

「未来は、ここで待っててくれ」

「ううん、私も行く。足手まといには絶対ならないから……」

未来の目には、確かな石が宿っていた。こうなっては、どうせ何を言っても聞かないので、絶対に勝手な行動はしないことと、戦闘になったらそこからすぐに逃げることを条件に、仕方なく連れて行くことにした。

「それじゃあ、開けるよ」

未来が頷いたのを確認して、俺はその扉を鯖に変えて、家内に侵入した。

家内は外よりも、ずっと静かで部屋にある時計の音がやけに大きく聞こえてくる。

「敵は二階の一番奥の部屋だよ」

階段を足音ができるだけ、鳴らないように昇っていく。それにしても、ここが本拠地だというのに守るゾンビが一人もいない。

あまりにもスムーズに事が運び過ぎていて、なんだかまるで誘導されているような気がする。

けれども、俺達は足を止めるわけにはいかない。

大きく息を吸い込んで、敵がいるという扉を開いた。

遅くなってしまって、すいません。
平日の更新は少し難しいです……。
次は、土曜日に更新する予定です

それでは、また。

おつおつ
…何てところで終わらせるんだ!


すぐキャラクターが死んでいくのが面白い

いいね


「ようこそ。我が領域へ」

小太りな男が、回転いすを回転させてこちらを向いて一礼した。

「今すぐ、この騒動を止めろ! でないと、容赦しなっ――」

言い切る前に、体が縄のようなもので引っ張り上げられる。

「僕が何の対策をしていないとでも? 君の能力はこうして服の上から縛ってしまえば、何もできない」

縄は、直接触れられないような位置でガッチリと縛られており、身動き一つとれない。

「君はそこで見ているといいよ。この国が終わる様子をさ」

男はそう言って、自身のパソコンに向きなおって何かを打ち込み始めた。

「どうして、こんなことをするんだ?」

「じゃあ、聞くがお前には今のこの国の人間がどう見える?」

思いやりのある人々。他国からそう言われているので、俺はそう回答した。男はそれを聞くと一旦作業する手を止めて、俺の前にパソコンを置いた。

「これを見ても、同じことが言えるのか?」

そこには逃げる人々が映し出されていた。チラチラと映っているのが土気色の腕だという事は、撮影者はゾンビだということが分かる。

「嫌……。来ないで! 誰か助けて!」

その内、女性が捕まってゾンビに襲われている。女性は必死に叫び、助けを乞うが誰も助けに入る様子はない。

しかし、近くに人がいないわけではなかった。近くにいる人は、女性を助けずその様子を携帯のカメラに必死に収めていた。

やがて、女性の叫び声はうめき声に変わり、ゾンビになったことが分かるとその人たちは我先にと逃げて行った。

次に画面は切り替わって、今度は一人青年が複数の若者に襲われているシーンに変わった。

やがて、青年は動かなくなると、若者たちは青年が持っている財布や時計などを強奪して、どこかに走って行った。

それから数分後、衣服が乱れた女性が現れて、死んでいる青年の元に駆け寄るシーンで映像は終わった。

「これが、今の日本人本来の姿だ。もうこの国の人間は人間じゃない。最早獣だ」

「でも、これはお前が引き起こしたことじゃないか!」

「確かに、そうだ。でも、これと似たようなことは毎日、この世界のどこかで起きている。ただ、表沙汰にならないだけで」

否定しようにも、男の言っていることは全部正しいと思った。返す言葉もなかった。

「今、この国の現状は世界配信されている。それを見た世界中の人々に、人とは何かを考えてもらうために」

お前を生き残させているのは、世界がどうなるかを見届けるためだと、男は言った。

「じゃあ、もしも世界が変わらなかったらどうするんだ?」

「その時は、完全に世界をリセットする。それが僕の願うことだ」

男は悲しそうな口調でそう言った。恐らく結果は見えているのだろう。それでも、男はこの世界も、人間も信じているのだ。

もしかしたら、人間同士で理解しあえる世界が来るかもしれないと、そんな夢を見て。

「ふざけないで」

隠れていろと、言ったはずなのに未来は部屋の中に入ってきた。

「結局、あなたは逃げたいだけ、自分が上手くいかないのを、私たちのせいにしたいだけじゃない」

「僕だって、散々抗ったさ! 沢山、努力だってしたさ! でも、自分一人じゃどうにもならなかった。僕が救いを求めても誰も助けてくれなかった。

僕が嘆いても誰も見向きもしなかった――」

男は自身の過去について語り始めた。

男は小学時代から、いじめにあっていたこと。

学年を上がるにつれてそれは酷くなる一方で、何度も教師に助けを求めても、「いじめられる方にも原因がある」と取り合ってもらえず、しまいには「しつこい」と怒られた。

やがて、学校に行くことが嫌になり、男は不登校になり、極度の対人恐怖症を患った。

その影響で、外に出ることすらままならず時間は流れ、男は気がついたら大人になっていた。

やがて、両親も死んで一人になった。男は、震える体を抑えて、就活を始めたが、雇ってくれるところなんてどこにもなかった。挙句の果てに、暴言を吐いてくる連中もいた。

そんな世界に、生きている意味も目的も失って、自殺をしようかと考えている時に、そのすぐそばで人だかりができていた。

人々は、一斉に携帯を取り出して何かを熱心に撮っていたので、何を撮っているのかと思えば、ビルから飛び降りようとする人間だった。

人々は、撮ることに夢中で誰も、自殺を止めようとはしていなかった。それどころか、早く自殺してしまえ何て言っている声すら聞こえた気がした。

そんな光景を見て、男は自殺することをやめた。死んでも晒され物になるのは嫌だと思った。

「この世界は、弱肉強食。弱者は捕食される運命にあるんだよ。例えどんなに抗おうとも。君も分かっただろう? 人が獣である限り、それは変わらない」

男が、右手を天へと突きあげた。

「もうお話はここまでだ。僕の最強のカードで君たちを殺す」

天井裏から、ゾンビのライオンが姿を現した。ライオンは唸り声をあげて、未来の方へ徐々に近づいていく。

「私は、あなたと違って最後まであきらめない」

ライオンが未来へと飛びかかる。俺は、全力を振り絞って縄を外そうとするが、取れる気配は全くない。

「ああああああああああああ」

腕に激痛が走る。袖の部分から、尋常じゃないほどの血液が流れ出ていく。俺は左腕を鯖に変えた。

左腕一本分がなくなったことで、縄が緩んだ。その隙に、縄を抜ける。ライオンの方は恐らくもう間に合わないだろう。

だから、俺は男に触れた。男の身体が鯖になっていく。

「嫌だ……! 死にたくない! 僕はっ――」

男は最後にそう言い残して、鯖になった。

どうやらギリギリ間に合ったようで、未来には怪我一つなかった。

「良かった……」

「良くないよ! 私は大丈夫だったのに……」

「大丈夫なわけないだろ。闘う力なんて持ってない癖によく言うぜ」

腕からは、なおも血が流れ続けている。強がってはいるものの、意識がどこかに飛んでいきそうだ。

「とりあえず、病院に行こ!」

傷口を服で圧迫して、左腕を縄で圧迫するなどして軽く応急処置を施してから、未来に肩を貸してもらって男の家を後にした。

「何これ……。一体ここで何があったの……?」

そこには小さなクレーターが沢山あった。これは恐らく、牧原が戦った際にできたものだろう。そう言えば、牧原はどうなったんだろうか。

「駄目だよ。早く、病院に行かないと!」

ここには、仲間がいるかもしれないんだ。おいて行けない。

クレーターの群生地をしばらく進んでいくと、一際大きなクレーターがそこに在って、その中心に牧原は倒れていた。

「おーい、牧原。大丈夫か?」

「何とか大丈夫です……。 それよりも、その怪我どうしたんですか?」

戦いの事を話すと、牧原は嬉しそうに笑って、やっぱりあなたはヒーローだと言った。

「俺は、ヒーローなんかじゃないよ……」

「それでも、僕にとってはヒーローだったんです」

牧原は、ゆっくりと起き上って俺の肩を掴んで、呪文を唱える。

「ベホマズン」

腕の傷口からの出血が止まって、傷口も見事に縫合されている。

その瞬間、牧原の身体がボロボロと崩れていった。

「すいません。僕の魔法では傷口は塞げても失ったものは戻せないんです」

「無限に使えるんじゃなかったのか…… 」

そう聞くと、牧原がそれは嘘だと言った。本当は、代償に寿命を一年使うものだったらしい。そして今、その限界がきたのだと。

「どうして、教えてくれなかったんだ……」

「あはは……。すいません。でも、そう言っちゃったらあそこで僕を行かせてくれなかったでしょう?」

牧原の身体は、もう半分以上消えてしまっていた。

「自分を責めないで下さい。これは僕が望んで選んだ結果なんですから」

牧原はフッと笑って、「それに、これからの方がもっとキツイでしょうから」と最後に呟いて、消滅した。

最期の言葉の意味は、どういう意味だったのか俺には知る由もない。だけど、このまま進んでいけばきっと分かるのだろうか?

黒く重たい空から、雨が降ってくる。

雨は昔から嫌いだった。じめじめしてるし、低気圧のせいで頭が痛くなる。

それにもう一つ理由があったような気がする……。

しかし、それはこの空のように覆い隠されて思い出すことはできない。

「ぐっ……」

頭の中で、高音が反響する。頭が痛い。強い光が見えた気がした。

「千利!」

誰かが、呼んでいる。呼んでいるのは誰だ……?

ぼんやりとした意識の中で、必死な顔をした女性が走ってくるのが見えた。

世界が徐々に曖昧になって消えていく。

どこまでも深い深い闇の底へと俺は沈んでいった。

雨は好きだ。雨は色々なものを流してくれる。汚れも涙も、何もかも平等に流してくれる。

それに、雨は大切な人と結ばれるきっかけになった。

私はあの雨の日をずっと覚えている。千利は忘れてしまったけれど。ううん、忘れさせられたけれど。

血が沢山出てしまったせいか、千利は気を失っていた。

「今日は沢山頑張ったね」

千利が苦しそうな表情になっていたので、膝の上に載せて頭を撫でてあげると少し楽になったのか表情が和らいだように見える。

千利は、小学校時代に両親を亡くしている。その時の千利はとてもじゃないが見ていられなかった。

日に日に衰弱していって、今にも消えてしまいそうに見えた。

「私はずっと、千利と一緒にいてあげる。だから、寂しくないよ」

だから、私は約束した。千利を天国に渡したくなかったから。私は、千利の味方だ。

何があっても……。どんなことをしても、千利のそばにいると決めた。

そのためだったら、私は悪魔にでもなれると思う。

「はあ……、全然落ちないなぁ」

手についてしまった血は、乾いてしまったのか中々落ちない。

雨といえども、こびりついてしまったものは落とせないらしい。

能力者は、私と千利を含めて残り6人。私たちは惹かれあう運命にある。だから、ここに必ず集まってくるだろう。

「私が守るからね。だから、安心してね」

私は嘘つきだ。今まで沢山嘘をついた。でも、雨がきっと流してくれる。雨が許してくれる。

誰もいないこの街で、私たちは今二人きりだ。誰にも邪魔されずに過ごすことが出来る。今だけは、誰も見ていない。太陽ですら、雲に隠されているから。


―――。


「ねえ、アヤ! 綺麗な月だね」

「そうね」

四角く切り取られた空から、月を眺めていた。月の周りにかさが出来ているから、明日は雨が降りそうだ。

それを伝えると、スカーレットは怪訝な表情を浮かべ、水溜りの上でバシャバシャ跳ねた。

「えー、つまんなーい。私雨嫌い……。外で遊べないし」

「今日たくさん遊んだんだからいいでしょ……。それに、雨とか関係なくたくさん遊んでるじゃない……」

私よりもずっと年上なのに、いつまでも子供なんだから……。

「外の方が、思い切り遊べるんだもん……」

スカーレットはほっぺたを、餅のように膨らませたので、それをつまんで引っ張った。

「ひゃにふんのー?」

腕をじたばたさせて、必死に振りほどこうとする。まあ、スカーレッドが本気になれば簡単に振りほどけるが……。

そうすれば、私が無事では済まなくなる。だからスカーレットは、私になすがままにされるしかないのだ。

「何か面白そうなことやってるやん? ウチも混ぜてーや」

表通りから、狐目の女子高生が姿を現した。

「女子高生がこんな時間に出歩いていいの? 親御さんが心配するわよ」

時刻は大体23時といったところだろうか。こんな時間に出歩いているとは、最近の子供は随分と悪くなったものだと言うと、女子高生は鼻で笑った。

「そっちこそ、こんな遅い時間に、小さい女の子連れまわしてええんかな? しかこ、こんな路地裏に」

女子高生は、ニヤッと薄気味悪い笑みを浮かべて路地裏へと入ってきた。

「やっぱり、あんたが最近ここらで起きてる事件の犯人なんやろ?」

女子高生は後ろにある、血の水溜りを指差した。

「いいえ。私たちはただの目撃者よ。ただの、ね」

「隠す必要はないで。何たってウチも同じやからな」

女子高生は、ポケットから端末を取り出して私の眼前で、ぶらぶらさせた。

「ふーん。貴方も同じってわけね」

「じゃあ、あんたが能力者ってわけか? それともそこの小さい女の子もかな?」

「残念、どっちも外れ。私たちは二人で1人の能力者よ」

私が口笛を吹くと、辺りに強い風が起きた。

「行きなさい! スカーレット」

風がスカーレットを取り囲んで、スカーレッドの真の姿が露わになる。その姿はトカゲに似ている。
鋭い牙と爪を携え、巨大な翼で暴風を起こした。

「ドラゴン……」

私の能力は、さしずめドラゴンテイマ―といったところだろう。

「どうしたの? 脚震えているわよ」

伝説上の存在を前にしたのだ。当然の反応だろう。私のスカーレットは最強だ。だから、スカーレットに勝てるわけがない。

「ただの武者震いや!」

「あっそ。じゃあ始めましょうか。遊びをね」

とりあえず、今日の投下分は終了です。
明日も多分投下できると思います。
物語はまだまだ続きますので、お付き合いいただければ大変うれしく思います


触れたものを鯖に変えるだから腕一本逝ったのは痛いな

乙鯖

終焉に向かってると感じたが、まだ続くのか
どうなるか楽しみ

スカーレットの羽ばたきで、女子高生は吹き飛ばされる。

「くっ!」

女子高生は、巾着袋を上空へと放り投げ、巾着袋はどんどん膨らんでいく。やがて、巾着袋は最大まで膨張し、地面に振ってきたが、それをスカーレットが弾いた。

「隙あり!」

上空に気を取られている間に、女子高生は鞄からナイフを取り出し、こちらへと接近した。

「確かに、ドラゴンはウチじゃどうあがいても倒せん。でも、生身のアンタならどうにかなる」

ナイフをすんでのところで、回避する。

「残念でした。貴方じゃ私には勝てないわ」

路地裏に爆発音が鳴り響く、私の手に握られているのは、この国で普通に生きていればまずお目にかかる事なんてない代物である。

「け、拳銃……!」

女子高生は咄嗟に、私と距離をとった。普通の人間ならそう反応するだろう。

「ゲームオーバーよ」

女子高生の腹部をめがけて発砲した。相手が殺せれば一撃で殺す必要はない。まずは、動きを鈍らせて、二発目で確実に殺す。

弾丸は、女子高生の腹部を貫通し白いシャツはあっという間に紅い血の色に染まっていく。

「ウチはこんな所で死ぬわけには……いかんのや!」

女子高生は、痛みをこらえながら近くのビルに逃げ込んだ。

どうせ、放っておいても死ぬが誰かに見つかると面倒なので、女子高生を追いかけることにした。

「一人で大丈夫なの?」

スカーレットが心配そうな表情で私を見つめた。

「大丈夫よ。私には貴方がついてるんだもの」

大切な妹のために負けるわけにはいかない。スカーレットは私にとって、勝利の女神なのだから。だから、絶対に負けない。

血の跡を追っていくと、7階の階段踊り場で女子高生は佇んでいた。

「来ると思っとたで」

女子高生は不気味に笑っていた。相当体力を消耗しているのか、目の焦点はあっておらず、まともに見えていないのだろう。

「馬鹿ね。逃げなければそんなに苦しむことなんてなかったのに」

最早、女子高生には動く気力もなさそうだ。銃口を女子高生の額に当てた。

「馬鹿はそっちや。ウチが何の考えもなしにこのビルに入ってきたとでも?」

その瞬間、ビルが大きく揺れ始めた。

「何が起こっているの!?」

「確かに、もうウチは死ぬ。でも、あんたと一緒や。ウチと一緒に心中しいや」

女子高生の背後から、大量の100円硬貨が溢れだした。100円を無限に創成する能力。それが女子高生の能力らしい。

このままでは、あの100円の奔流に押し潰されてしまうだろう。

恐らく上階はすでに100円でいっぱいになっているだろう。

となると、ビルを破壊させても意味がない。ここは、素直に逃げる方がいいだろうが、果たして逃げ切れるだろうか?

100円硬貨は、階下へと流れ込んでいく。6階が100円で埋まるにはまだまだ十分な時間があるだろう。

ここはオフィスらしく、沢山のパソコンが並んでいた。私は、椅子一つを持ち上げて、窓ガラスめがけ投げつける。

しかし、強化ガラスを使っているのか、傷はついたが割れはしなかった。

私は軽く舌打ちして、窓ガラスに向けて何度か発砲し、穴を開けてから、もう一度、椅子を投げた。

椅子はビルの外に投げ出され、下へと落ちて行く。

私は、窓枠に足をつけて、ビルの外に飛び降りた。

「タイミングばっちりよ。スカーレット」

私が飛び込んだ先にはスカーレットの背中があって、私が地面に落ちることはなかった。

「もう、無茶しすぎだよ……。私がどれだけ心配したと思ってるの?」

「ごめんなさい……。その代り、貴方が行きたがってた場所に連れて行ってあげるから」

あの女子高生のおかげで、お金はしばらく困らない位手に入ったのだ。全部、100円玉なので、荷物は随分重くなってしまったけれど。

「ホントに!? やったー! 楽しみだなぁ……」

夜空の中を、二人で飛んでいく。嫌いだったはずの夜も、街の光も今だけは好きになれそうだった。

「さあ、行くわよ。東京に」

―――。


夢を見ていた。

それは暖かくて、優しい夢だった気がする。

どこか、懐かしくていい匂いがする。

何度も見たはずの光景なのに、どうしてか思い出せなくて。

悲しい気持ちになる。

「買い物に行ってくるわね」

雨だ。雨が降っている。そうだ、傘を持って行ってあげないと。

雨の中を走って行く。傘がなくて困っているだろうから。

あ、いた!

こっちに来ちゃダメ!

鉄のお化けが、強い光を放ってこっちに来ている。

「っ!」

目が覚めると、そこは自分の部屋で、体を起こすと傍らに未来が眠っていた。

重かったのに、わざわざここまで運んできてくれたのか……。

未来を起こしてしまわないように、ベッドから抜け出して、下の階に降りた。

「アルバム……どこにあるんだっけ……?」

夢の人間の正体が分かるかもしれないと思ったからだ。小さいころの自分と会っているのなら、必ずどこかに写っているはずだから。

しかし、どれだけ探しても小学校以前の写真は一枚たりとも見つからず、普通ある筈の小学校の卒業アルバムすら見つからなかった。

それは、まるで俺がそこから後を思い出さないようにするために見えた。そういえば、MDがあったが、もしかしたらそれを聞けば何かが分かるかもしれない。

「何してるの……?」


未来がいつの間にか起きたみたいで、すぐ後ろに立っていた。

「ちょっと、片付けようかなって思って」

「それなら、私がやるよ? 腕一本じゃ大変でしょ?」

未来は笑顔で、こちらへと近づいてきた。

「なあ、小学校の卒業アルバム失くしちゃったみたいでさ。今度見せてくれないかな?」

「いいよ。でも、この戦いが終わってからね」

それもそうだな。今は戦いに集中しよう。昔の事を思い出すのは、別に今じゃなくてもいい気がする。

「さて、お腹減らない? 何か作るよ!」

「えっ……」

「今日は、分量見て作るってば!」

それなら、少しは安心だ。妙なアレンジさえ加えなければ……。

「何か食べたいものとかある?」

「うーん、カレーかな……」

カレーなら、多少変なアレンジが加わっても問題なく食べられるはずだ。余程のことがない限り。

「分かった! 材料ないから買ってくるね」

そもそも、あんな事が起きたのにスーパーは営業しているのだろうか?

騒動自体は解決したものの、街はまだ異様な静けさの中にある。まるで、誰もいないみたいだ。

小鳥のさえずりすら聞こえてこない。聞こえてくるのは、風が草木を揺らす音くらいだ。

テレビを点けると、昨日の騒動について報道していた。

犠牲者は分かっているだけでも50万人以上に及んだらしく、いくつかの街は、建物の倒壊の恐れがあるらしく立ち入り禁止状態にあるらしい。

その街の一つに俺の住んでいる街も含まれていた。

だったら、この街で営業している店舗なんて一つもないということになる。

いくら、看病していたとはいえ、そのことを知らなかったはずがない。それに、未来が機能停止状態にある店舗から商品を盗み出すとも思えない。

何をしているのか、確かめたくなったが出て行ってから、結構時間が経っている。となると、帰ってから聞いた方がいいかもしれない。

「ただいまー」

それから、大体30分後くらいに未来は帰宅した。

その手に、エコバッグとカレーの材料を持って。

「それ、どこで買って来たんだ?」

「あー、もしかして私が商品盗んできてんじゃないかって疑ってるでしょ?」

未来は、財布の中からレシートを取り出して俺に見せた。そこには、ちゃんと今日の日付と、どこで買ったのかが記載されていた。

確かに、考えてみれば買うんだったらそれしかないよな……。どうして、全く思い浮かばなかったんだろう……。

「わざわざ隣町まで行って買ってきたんだから、感謝してよね!」

「疑ってごめん……」

素直に謝ったら、未来は屈託のない笑顔で笑って許してくれた。今までこの笑顔に何度救われてきただろうか。両親に捨てられ、孤児院に預けられ自暴自棄に陥った時に、助けてくれたのは未来だったらしい。

らしいというのは、俺が小学校以前の記憶を失っているらしく、孤児院の先生や、他の孤児たちから聞いたというのが大きい。

因みに、俺がなぜ記憶を失ったかについては、誰も分からないらしい。ある日、倒れていて、目が覚めたら記憶が無くなっていたとかなんとか言っていたのを覚えている。

「はい! 完成」

カレーが完成したらしい。見た目は普通のカレーに見える。

「今日はちゃんとレシピ見て作ったから大丈夫!」

「いただきます」

スプーンですくって、それを口に運んだ。

「美味しい……」

「良かったー。食べてもらうまで心配だったから……」

これくらいのものがつくれるんだったら、普段からそうして欲しい。そう言うと、未来は料理とは冒険なんだよとわけのわからない返答をした。

何だそれは……。こらえきれなくなって、思わず笑ってしまう。そんな俺を見て、未来も笑った。

こんな日々がいつまでも続けばいいなと、俺は思った。

―――。

「あれー、この辺も真っ暗だー」

この辺は確か、ゾンビ騒動で閉鎖された街の一つだったはずだ。倒壊の危険があるという割には、意外と綺麗で、倒壊しそうには見えない。

他のいくつかの閉鎖された街も、空から目撃したが、どこもそんな感じだったのを覚えている。

だが、この街にはほかの街と徹底的な違いがあった。

まず、明らかな交戦の跡があること。何個もクレーターがあることから相当激しい戦いがあったことが予測される。

もう一つは、閉鎖されているにも関わらず、ここには電気が通っていることだ。

何軒か、明かりがついている家がある。

つまり、ここには能力者がいると思って間違いないだろう。しかし、そんなの私には関係ない。

私たちは一緒にいられればそれでいい。

だから、わざわざリスクを侵す必要もないので通り過ぎようとしたが、スカーレットが腹減ったと駄々をこねたので、仕方なく街に降りることにした。

「さ、何でも好きな物取って来て」

閉鎖されているというのは都合がいい。おかげで商品が盗り放題なのだから。これだけの食糧があれば、スカーレットも満足するだろう。

「ホントに!?」

「ええ、ここは何でも取り放題のお店なのよ」

そう言うと、スカーレットは子供みたいに瞳を輝かせて商品を取りに行った。さて、私は何を食べようか……。

「いけないなー。勝手に商品を盗っちゃ」

警察官の男が、薄気味の悪い笑みを浮かべて近寄ってきた。この男は明らかに強い。そんなオーラがひしひしと伝わってくる。

「窃盗罪の罰って何だっけ……」

男は、拳銃を向けられているにも関わらず全く動じなかった。それどころか、銃刀法違反も追加だねと、余裕の表情を浮かべていた。

「死ねっ!」

殺意のこもった銃弾が、男の頭にヒットする。しかし、銃弾は貫通どころか男に傷一つつけなかった。

「これで、侮辱罪と、殺人未遂の追加だね。もう、分かんないから死刑でいいよね?」

男の髪の毛が逆立って、金色に輝いた。

「ハナ! よけて!」

スカーレットの尻尾が男にヒットし、男は十数メートル先に吹っ飛ばされた。通常の人間ならこの一撃で死んでいるだろう。しかし、男は何とも思っていないような表情で土煙の中から姿を現した。

「あは! そうか……、君たちもそうなんだね?」

男は嬉しそうな表情を浮かべている。この男と闘えば、スカーレットも無傷では済まないだろう。

「逃げるわよ」

大切な妹を傷つけるわけにはいかない。

スカーレットは、文句を言いたげな表情をしていたが、了承してくれたのかスカーレットは目くらましに口から炎を吐いて、私を乗せて大空へと飛び立った。

流石に、空は飛べないだろうそう思っていたから。しかし、男は普通に空を飛んで追いかけてきた。

「嘘でしょ……」

「逃がすわけないでしょ!」

スカーレットの一撃を受けても平気な耐久力と、空を飛べる能力。

おまけに、かなりの力もあるらしく、スカーレットの巨体がどんどん地面の方へと引っ張られていく。

どうやら、闘うしかないらしい。

「スカーレット。私が命じるわ必ず勝って……」

「当たり前じゃん! 何たって、私は最強のドラゴンだもん! 勝つよ。絶対……」

スカーレットは、月に向かって轟いて男の方へと一気に向かって行った。

すいません。風邪をひいてしまったので、今日はこれくらいにしておきます。
次の更新は、遅くても土曜日までには頑張って書きます。
それではまた。


また良いところで止めるね

サイヤ人か…


 私の最初の記憶は、薄暗いところで空を見上げている夢だった。どこで生まれたのかも、自分の名前も知らないそんな人間だった。

所謂、捨て子というやつだ。私が住んでいた街には、私と同じような人間が沢山いた。

彼らは、私に「ハナ」という名前を付けてくれて、私を家族だと言ってくれた。そんな彼らが私には眩しく見えたのを覚えている。

そんな私たちが、生きていくには方法が限られている。店の商品を盗んだり、財布を盗ったり、虫や雑草なんかを食べたりしたこともあった。

そんなギリギリの生活を送っていたが、それでも幸せだった。

けれど、ある日誰かが言った。もっと、別な暮らしがしたかったと、何故産まれた場所が違うだけなのに、こんな思いをしなくてはいけないのかと。

外への憧れは妬みや憎しみへと変わって、私たちは、とうとう人を殺めるようになるまでに堕ちてしまった。

どれだけ殺しても、奪っても、私たちの生活は何一つ変わらなかった。

あの時感じていた暖かさも、眩しさも、もう感じなくなっていた。

その時の私は、まだ引き返せるなんて思っていた。家族だと笑い合える日々に戻れると信じていた。

けれど、そんな日々が戻ってくることはなかった。私が、終わらせたのだ。

それは、誰かの一言だった。

「俺はお前を家族と思ったことなんて一度もない」

その言葉を聞いてからの事は、何も覚えていなかった。気が付けば、私は家族だったものが変わり果てた姿になったものの周りに立っていた。

家族が死んだはずなのに、涙は一滴たりとも出てこなかった。それを何故か何日も考えて、一つの結論に辿りついた。

私たちが、本当の家族じゃなかったから。

何せ、私たちは血が繋がっていないのだから。

だから、私の血を媒介にして、この世に生を受けたスカーレットは私にとって、初めて家族と呼べる存在になったと思う。

スカーレットが死んだらという想像をすると、私は怖くて怖くてたまらないし、死んでしまえば私は泣いてしまうだろう。

目の前で、繰り広げられている戦いではスカーレットの方が優勢だった。

男の方が、普段の力とあまりにも違いがありすぎるためだろう。それでも、少しずつだが、男がスカーレットを圧倒し始めた。

それどころか、男にはまだ余力を残しているようにも見える。

「段々、あなたの攻撃が見るようになってきましたよ」

やがて、スカーレットの攻撃は全く当たらなくなっていった。

不安がどんどん大きくなっていく。自分に、スカーレットは必ず勝つと言い聞かせる。

「ぐうっ……」

スカーレットの巨体が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

「楽しかったよ。ありがとう」

―――。

「な、何だ!」

地響きのような音で、静かだった街が騒ぎ始めた。木々は嵐の起こす風のように激しく揺れ、窓ガラスはガタガタとその音に共鳴し揺れている。

窓を開けて、外を覗くとそこには伝説上の生物ドラゴンが飛んでいこうとする姿と、それに必死にしがみついている人間の姿があった。

「何だよあれ……」

外の現状を目撃した今でさえ、何が起きているのか全く理解できなかった。とりあえず、頬を抓って見るが、やはり痛い。

つまり、紛れもない現実ということになる。

ドラゴンは体躯が大きい分、俺の攻撃があてやすい。一発では仕留めることはできないが大きなダメージを与えることが可能だ。

しかし、ブレスを吐かれれば俺の身体は、たちまち炎に焦がれてしまうだろう。

だが、今闘っている隙をつけば何とかできるかもしれない。

「駄目、行かないで……!」

部屋から出ると、未来が抱き着いた。

「行けば、必ず死んじゃう……」

「俺は死なないよ」

自分に言い聞かせるように、未来に囁いた。あんなものを人間一人でどうにかしようというのは恐らく不可能だ。

それでも、何となく行かなければならない気がした。まるで誰かが自分を呼んでいるみたいに、そう感じたのだ。

「無理だよ……。勝てっこないよ」

「それでもいかなくちゃ……」

未来を引きはがして、ふらふらと玄関へと向かう。自分が自分じゃないようで、何となくふわふわしたような気持ちだ。

でも、それが心地よくてなんだか気分がいい。

「待って!」

未来の制止を振り切って、家の外へと出た。大きな音に地響きに、強い風が吹きつけてくる。

玄関の方を一度見つめて、俺はこの戦いの渦中へと足を踏み入れようとしていた。


走る。

ただ、乱暴に起こされた街の中を駆け抜けていく。

この大通りを行けば、ドラゴンがいる場所だ。走って、走ってたどり着いた先で見た光景は、血に濡れた惨劇だった。

「ハナ……! どうして……?」

女の心臓を男が貫いている。女はもうすでに死んでいるのか、何も喋らない。しかし、女はどこか幸せそうな顔をしている。

まるで、人生を謳歌し満ち足りた人生を送った老人の最期のような表情をしていた。

「あ……。あぁぁ」

ドラゴンはみるみる小さくなって、小さな女の子の姿に変わって、死体に縋りついた。

「どうして、私を庇ったの……? 私は、本当はここにいるべき存在じゃないのに……」

けれど、女は何も答えない。ドラゴンにはそれを知る術はないのだ。

「本当ですよ。貴方なんて、所詮はただの道具にすぎないのに」

血に濡れた男が、ドラゴンに語りかける。ドラゴンは男を睨むが男はそんな事気にも留めず言葉を続けた。

「まあ、この女は犯罪者ですから当然の報いでしょう。罪を犯した人間には罰を与えなければならない」

「驕るなよ。人間風情が……」

周囲の空気が一気に冷え込むのを肌に感じる。それに何となく空気が重い。

その発信源はドラゴンだ。彼女の表情は、怒りでめちゃくちゃになっていた。身を焦がすほどの怒りと恨みが彼女を包み込んでいく。

「何だこれは……!?」

怖くて全く足が動かせない。立って、その場面を見ることしかできなかった。

男は焦って、ドラゴンを倒そうと手を出そうとしたが、男の攻撃は全く通用していない。

ドラゴンの形状が大きく変化していく。

頭は七つに別れ、その頭には冠を被り、角を10本持つ大きな赤い龍がそこに姿を現した。

ただ、自分の中に恐怖と絶望で満たされていくのを感じ、世界の終焉が頭をよぎった。

「分が悪い勝負はしない主義なんでね。逃げさせてもらいますよ」

男はそう言ったが、そこから一歩たりとも動かなかった。赤い龍の大あごが男に少しずつ迫っていく。それでも、男は一歩も動かない。

いや、動けないのだ。

「何故、俺は逃げられない……!?」

「それはね。私が君の“逃げる”という選択を奪ったからだよ」

赤い龍は男を顎で咥えこんで、徐々に力を強めていく。

最初は男も何とか抜け出そうとしていたが、やがて動かなくなって、最終的に下半身だけが地面へと落下した。

赤い龍は目的を達成したからなのか、みるみる縮んで人の姿へと戻った。その姿は先ほどの女の子の姿ではなく、誰が見ても美しく、魅力的だと思う乙女の姿をしていた。

「ハナ……」

ハナと呼ばれた女を抱きかかえて、涙を流していた。

やるなら今だぞ。

心の中の悪魔がそう囁いた。

だが、目の前にいるのは悲しみに暮れる乙女だ。

いつか倒さないといけないんだったら今倒すべきなのかもしれない。

「ごめん……」

裏路地を回り込んで、後ろから走ってその乙女に触れた。

しかし、乙女は鯖に変わらなかった。

能力をイメージして触れてもダメだった。試しにほかの物体を触ってみたが、ちゃんと鯖に変わった。

けれど、この乙女だけは変えられなかった。

「無駄だよ。私に対して“能力を使う”っていう選択はできないから」

乙女はゆっくりとこちらを向いた。その顔には、何の感情も感じられなかった。

「あ、そういえば。最後まで生き残れば、何でも願いが叶うんだったよね。君は生き残らせてあげるからさ、私の願い叶えてよ」

乙女の願いは、パートナーであるハナを蘇らせることだと言った。

そして、乙女の能力の一つである選択を強制させる能力がある以上、逆らうという選択はなく、ただそれを受け入れることしかできないのだろうか……?

いや、乙女は言った。「私に能力を使う事は出来ない」と。

だったら……。

「無駄だって言ったのが分からないの? 私に“能力を使う”選択はできないんだよ?」

「知ってるよ。だから、こうするんだ」

右手を自らの顔面に当てた。その瞬間に痛みはなく。気が付けば、どこまでも真っ白な空間にいた。

「ここが死後の世界なのか……?」

三途の川や、お花畑を想像していたが、どうも死後の世界には何もないらしい。どこまでも無が続いている。

「いや、ここは死後の世界じゃない。正確に言うならば、生と死の境界といったところだね」

真っ白な世界に見覚えのある人物が立っていた。俺が鯖に変えたはずの人物。

「文乃……なのか?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える」

文乃の話は相変わらず分かり辛い。だが、その分かり辛さは文乃そのものだと思う。文乃は何もない空間に椅子を作り出して座り込んだ。

「私は有事に備えて作っておいた坂下文乃のバックアップってやつさ。いわゆるコピーってやつだね」

文乃の右手には、古ぼけた本に変な絵と見た事ない文字の羅列が並んだ本が現れた。

ヴォイオニッチ手稿。文乃はその本の名前をそう呼んだ。この本には、魂のバックアップ方法について書かれているらしく、生まれ変わりに使う肉体に使うことが出来ると文乃は語っていた。

「そういえば、あの日の二人で話せないかって言っていたのは何だったんだ?」

「すまない。私が最後にバックアップを取ったのは、そのメッセージを送る前なんだ」

結局、あの日文乃が俺に何を伝えたかったのか。それは結局謎のままという事らしい。しかし、文乃なりに考えはあるらしく、いくつかの仮説を提唱した。

あの日のメッセージは敵が仕掛けた罠だった。

これは俺自身が感じたことだ。しかし、ここでいくつか謎が残る。

ゾンビを操れる能力を持つはずの敵が何故、本棚を放置しておいたのか。何故、文乃一人だけを残しておいたのか。という点だ。

罠にはめるのが目的なら、一人で待ち伏せするよりも複数で待ち伏せしたほうが効果的なはずだ。

そして何より、本棚が倒れて行動不能になるなんて事態は回避できたはずだ。

以上の事から考えると、文乃は何か重要な秘密を知ってしまい始末された。そう考えるのが自然だと文乃は言った。

「そしてその重要な秘密とは、これしかない」

文乃の手にはMDが現れた。あの日、文乃が見たはずだった。未来のMD。

「じゃあ、文乃は未来が犯人だって言いたいのか?」

文乃は首を横にも縦にも振らなかった。

「それは分からない。だから、君がそれを確かめるんだ」

「でも俺はもう……」

自らの能力で体を鯖に変えたのだ。仮に生き返ったとしても鯖。闘う事なんてできっこないじゃないか……。

「君は自分の姿が鯖になったのを見たのかい?」

そんなの見れるわけがない。鯖になった時点で意識はもうないんだから。

「もしかしたら、君が自分を鯖に変える前に、敵に攻撃を受けたのかもしれない。そう言う可能性もある」

君がどうなったか観測したものは、まだいない。だから君が思うように世界を作りかえればいい。

都合がいいように。だって、それが君に与えられた特権だろう?

文乃がぼやけて消えていく。結局、文乃の行っていることのほとんどは理解できなかった。

真っ白だった世界は、真っ暗に変わり強い力に引っ張られてどこかに落ちていく。

落ちていくその先に強い光が見えた。強い光は俺を飲み込んで、大きくなって広がっていく。

その光に、やがて色がついて、音が聞こえ始めて、匂いもするようになってきた。

「やっと目が覚めたんだね」

誰かが、顔を覗き込んでいる。そうだ。俺はこの子と闘おうとしたんだった。そして、あっけなく敗北したんだ。

何とかして、あの子を倒さないと……。

全ての真実を知る。そのために……。

更新が非常に遅れてしまい申し訳ないです。
少しポケモンに熱中しすぎてしまいました……。
ですが、もうクリアしてしまったので更新再開させます。
次こそ予告どうりに更新したいです。
因みに、次回の更新は土曜日になります。

それでは、また土曜日に


身体は何かに拘束されているわけでもない筈なのに、全く動かすことが出来ない。

地面に足がついている感覚はある。しかし、体を動かすという命令だけ送ることが出来ない。

ぼんやりとした意識の中で、誰かが俺の前に誰かが歩いている足音が聞こえたが、目が閉じられているせいで、誰がそこにいるのか分からない。

「私にそんなものが効くと思っているの?」

乙女には選択を確定させる能力がある。仮にそれをどうにかしたとしてもどうにかなるような相手ではない筈だ。

「……」

数秒の間をおいて、大きな破裂音が鳴り響いた。この音は恐らく銃声だろうか?

でも、そんなものであれを倒せるなら最初から苦労なんて……

「そんな……、どうして……?」

銃弾は乙女の身体のどこかを貫いたのだろうか?

視界は暗闇に覆われていることで、それを確認することすらできない。

「……――」

何かしゃべった声が聞こえたが少し音が遠くて聞き取れない。

乙女を倒したと思われる人物はどこかへ俺には目もくれず走り去ってしまった。まるで興味がないかのように。

それから、いくらか時間が経って体を動かせるようになった。

いつの間にか朝が来ていたようで空はあいにくの鈍く重い曇り模様だった。

その時、ここから少し離れたところから大きな音が聞こえた。方角的に考えるとそこは俺達の学校がある場所だろうか?

行かなくてはいけない。なんとなくそんな気がして立ち上がって学校へと歩き始めた。

体の痛みは不思議と感じなかった。

―――。

開戦を告げるブザーがなった。体育館の扉を開けて中に入ると、そこには二人の男女がそこにいた。

奥にいる男が、時間を巻き戻す能力者で、その手前にいる女がテレポートを使う能力者。

「あんた、銃を持ってるってことは戦闘向きの能力じゃないな?」

「そうだけど、何か?」

男はやっぱりそうだと、嬉しそうな表情を浮かべてゆっくりと立ち上がった。

「じゃあ、俺達に勝ち目はないね」

相手は二人でコンビを組んでいる。つまり、テレポート女に攻撃を与えても時間を巻き戻して無効化できるし、巻き戻し男に近づけばテレポートで逃がす。

バランスがいいコンビだと思う。恐らく一人で立ち向かえばほぼほぼ勝ち目のない相手だ。

でも、私が相手なら話は別だ。

「行け。朱音、さっさと片付けてしまおう」

私の頭上に土嚢が現れ、降ってきた。私はそれを見ることなく全て回避した。

「なるほど! 未来予知か! 便利な能力だな。でもいくら未来が視えてても避けられなければ意味がないんだぜ?」

よく喋る男だ。よほど自分に自信があって、勝利を確信しているのだろうか?

全く未来は何が起こるか分からないというのに……。

あまりにも自信満々にいうものだから笑いそうになってしまった。

「朱音。とびきりでかいのをお見舞いしてやれ」

頭上から大きな音が聞こえ、体育館の天井を突き破って数台のトラックが降ってきて、その周囲は砂煙に包まれる。

男はさすがに死んだと思っただろう。でも、こうやって文章が続いている。つまり、私は生きているという事になる。

「案外あっけなかったな」

砂煙が晴れて、視界が鮮明になる。男は私の姿を見て驚いていた。数台のトラックが降ったにも関わらず傷一つついていないからだ。

「な、何で……? いくら未来が視えても避けられるはずが……」

男は、女の方を睨みつけたが女は必死に首を振って否定した。

それから数秒後、今度は大量の鉄骨が降ってきたが、私には一本たりとも当たらなかった。私はゆっくりと男のほうへと近づいていく。

「何でだよ! どうして当たらないんだ!」

男の余裕そうな表情が消えて、恐怖へと変わった。男は後ずさりして後ろに下がって逃げて行く。

何をしても死なない人間が目の前に見えれば誰でもそうなるだろう。自分たちの攻撃が全て通じないのだから。

攻撃はなおも続く。しかし、攻撃は一切当たらない。私はまるで何も起きていないかのように平然と笑顔で歩みを進めていく。

やがて、男の目の前まで私はたどり着いて、男の顔の前に銃口を向けた。

さて、ここで問題です。私の能力は何でしょう?


「超感覚……? テレパシー……?」

残念。全てはずれ。

私は銃を撃った。銃弾は男の延髄を貫いて即死した。痛みもなくあの世に行けただろうから感謝して欲しい。まあ、死に顔は醜く歪んでいるけれど。

「そんな……」

男が殺されたのを見て、女は絶望に塗れた表情をしている。絶対に死なない筈の男が死んだのだから当然だ。

今までは時間を巻き戻せば、何事もなかったことにできるのだから。まあ、即死なら話は別だ。意識の伝達速度よりも早く銃弾が体を貫通したのだから、巻き戻す隙もなかっただろう。

女に銃を突きつけるが、女に動く気配は全くない。女が全く動こうとしないのは私が女の思考を誘導しているからだ。

さて、正解発表と行こう。正解は二つ。一つは思考誘導。そしてもう一つは……。

体育館の扉が開かれる。

「未来、お前がやったのか……?」

―――。

「そうだよ。そもそも他に誰がやったって言うの?」

未来の表情はいつもと全く変わらない笑顔でそう言いながら、近くにいた少女に向けて発砲した。

少女は頭から血を流して地面に倒れこむ。

「これで分かったでしょ?」

人を殺したはずなのに、未来の表情は一ミリも変わらなかった。まるで全く別人を見ているようで、前にいる人物が本当に未来なのか分からなくなった。

未来はゆっくりと俺の方へと近づいてきた。

しかし、いつもと同じような太陽のような温かみは感じなかった。だから別人だと思った。

でも、目の前に立っているのはいつもと同じ顔をした彼女で、雰囲気も匂いも彼女そのものだ。

「何で……」

「願いを叶えるためだよ。私にはどうしても叶えたい願いがあるから」

「その願いって何なんだよ……」

そう聞いても未来は、今の俺には関係ない事だと言って答えなかった。答えてもどうせ忘れてしまうだろうからと。

「じゃあ、文乃を殺したのは未来なのか……?」

「そうだよ。因みに、最初の久坂の時も私」

未来はポケットから財布を取り出して、硬貨を宙へとばら撒いた。十数枚の硬貨は音を立てて地面へと落下した。

落下した硬貨は全て、横面で綺麗に同じ向きに直立している。

「これが私の能力。私の能力は未来予知じゃない。自分の望んだ未来を確定させる能力だよ」

不可能でなければ、必ず可能にする能力。彼女はそう言った。久坂が最後火に包まれたのは私がそうなるように仕向けたからだと言った。

初めて人を殺して苦悩していたあの時に、未来は俺を慰めつつ内心では嘲笑っていたのだ。

彼女はずっと嘘をついていたのだ。俺が苦しむと知っていても。

そう思うと、俺の中の腸が煮えくり返りそうだった。

「後ね、千利のお母さんを殺したのも私」

その言葉を聞いた瞬間。怒りが爆発して、気が付けば俺は未来の首を抑えつけていた。

「ぐっ……!」

そんな状況でも未来は笑顔を絶やさない。
「何で!? どうして、俺の母親を殺したんだ!? 言えっ! 言えよ!」

「何でって……? 邪魔……だった……から」

それだけの理由で母親を殺したのか?

そう訊ねると未来は頷いた。もう限界だった。

「うああああああああっ」

首を絞める力を強める。

やがて、未来の身体に入っている力が抜けて、地面に糸の切れた操り人形みたいに倒れこんだ。

それと同時に、先ほどまで湧いていた怒りはまるでどこかに行ってしまったみたいに消えてなくなっていて、残ったのは何もなかった。

苦しんで死んだはずの未来の表情はやっぱり笑顔で、俺は少しだけ怖かった。

本当はまだ生きてるんじゃないかって思ったからだ。だから、その可能性を消したくて俺は未来に触れた。

未来の身体は、いとも簡単に鯖になった。

その瞬間、頭が針で刺された様な痛みに襲われて、頭の中に大量の映像が流れ込んできた。その映像には、俺が最近見た光景と俺の姿がそこに在った。

「何だこれは……?」

身体は急に映画館のような場所に投げ出されて、3秒のカウントダウンの後上映が始まった。

「やっぱり来たね。お目当てはこれだろう?」

文乃は未来が中身を見て欲しいと依頼したMDを手に持っていた。後ろの日付から見るに、文乃が死ぬ前の記憶だろう。

「中身は?」

聞き覚えのある声が聞こえるが姿は見えない。カーテンの開けられた深夜の窓には未来の姿が映し出されている。

そうか、これは未来の記憶なのか……。

「最初から何も入っていなかった。いや、これには本当は何かが入る筈だった。そうだろう?」

文乃はMDから小さな紙を取り出した。そこには、名前が書かれていた。未来の名前ではなく、俺の名前が。

「やっぱり、何も入ってなかったんだ。まあ録音する前だったもんね。それで、他にも見えたんでしょ?」

「そうだね」

「何が見えたの?」

文乃はMDを机の上に置いて立ち上がって、目の前まで歩いてきた。

「まさか、君が2ゲーム目だったとは思わなかった。道理で、色々おかしいと思った。千利君の記憶が12歳以前の記憶が存在しないんだからさ」

12歳以前の記憶が存在しないというのはどういう事なんだろうか?

そんなはずはない。存在しないんだったら、俺は……。今ここにいる俺は一体誰なんだ?

「そこまで分かるんだ。便利な能力だね。本当に厄介……」

都合の悪いところまで知らなければ、死ぬことなんてなかったのに。

文乃の家のドアが強い力で開かれて、部屋の中に4,5体のゾンビが入ってた。

「厄介なのは君の能力の方だと思うけどね」

文乃は余裕そうな表情でこちらを見て、何かを口ずさんだ。すると、強い光が出てきて未来の胸に吸い込まれるように消えてなくなった。

「何をしたの?」

「さあ?知りたければ能力を使えばいいじゃないか」

未来は能力を使わなかった。未来の後ろからゾンビが襲い掛かって文乃に襲いかかる。

そこまで再生されてから映像は暗転して、別の映像に切り替わった。

これは久坂と戦った時のものだ。

「やばっ……」

微かだが声が聞こえてくる。

「かはっ……」

俺の周囲が炎で包まれている。

「苦しいだろ? でも、すぐに楽にしてやるよ」

「ダメっ!」

周囲が青白く光ると、大きな音がして強い風が吹いた。この時、天井が落ちてきたのは未来のおかげだったという事なのだろうか?

確かに、考えてみれば天井が降ってきて助かるなんてあまりにも出来過ぎている。

そして、場面は切り替わって俺が久坂に触る瞬間になった。

今度は、赤く光る。

未来の視点では、俺は久坂に触れていなかった。本当にギリギリのところで触れていなかった。あの時は確かに触れた感触があったはずなのに。

つまりあの時本当は触れていなかった、触れたと互いに思考を誘導されていた。

「誰かいるのか?」

俺が未来の目の前を通るが、俺は全く気付いていない様子で元の廃工場へと戻っていく。

考えてみればおかしいことだらけだ。

未来を確定させる能力があれば、この時俺を助ける必要性何てなかったはずだ。

未来の能力があればほとんど敵なしなんだから。願いを叶えるのが目的なら、俺を生かす必要なんてなかったはずだ。

映像は一度終了して、劇場内が明るくなった。

「それでは、これより上映を開始します。タイトルは“すべての真実”。それではごゆるりと」

機械的なアナウンスの後に、場内は暗転しフィルムの回る音がして映像が流れ始めた。

それは今日みたいに、暗い昼の日のこと。

スクリーンに映し出されているのは逃げている一人の少女だ。その顔には少しだけ見覚えがある。

小学生時代の未来だ。未来は白い服に身を包んでどこかに身を隠している様子だった。

何かにおびえているのか体はガクガク震えている。

そんな未来の前に巨大な影が通り過ぎる。その正体は巨大なカマキリだ。ギラリと光るその鎌には大量の血が付着している。

「くそ! あの女、どこに行きやがった……。探せ! まだこの辺にいるはずだ!」

隙間から見えた男は明らかに未来の方を見てそう言った。この男は未来がそこにいることに気づいているのだ。

そして、待っているのだ。未来に限界が来るその時を。

沢山の虫がこの場所に集まっていく。未来が恐怖で声をあげるとその方向に一斉に振り向いた。

「ん? 今声が聞こえたなぁ」

それでも、男は未来の元へは近づかない。完全に遊んでいる。



ここでエタるなんて……

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom