茹だる様な暑さが過ぎ、ほんの少しの心地良さを感じさせる涼しさがやって来たその時、事件は起こった......
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キリギリスは触れるけどカマドウマは難関嫌なんだよなあ
モバつけろカス
「はぁ......」
大量に積み上げられた舞台道具を前に三船美優は誰にも聞こえないような小ささのため息をついた。
時計の針は正午を周り、貰った休憩時間は10分を過ぎた所だった。
三船美優は先事舞台監督に言われた事を思い出して陰鬱な気分になっていた。
遡る事20分前......
「三船美優さん?ちょっといいかな?」
「はい?何か......」
初めての舞台の脇役を貰って練習に励んでいると、舞台監督が声をかけてきた。
何かミスをしていたか、と心配性な部分が顔を覗かせながら恐る恐る三船美優は監督の方を向いた。
「うーん、なんだろうね、こう言うのは失礼なんだが......君はお芝居に向いていないんだね。」
「えっ......」
監督の淡々とした発言に三船美優は思わず後の言葉を失った。
そんな、何が悪かったんだろうか、言われた通りの役の通りに演じれたと思ったのに......
「なんというかね、芝居慣れしていないのもあるとは思うんだけどイマイチ物語の中に入りきれていないんだよ。」
「は、はぃ......」
消え入りそうな声で返事をしながら監督の言う言葉を三船美優はただただ頭の中に入れる作業に没頭した......
「君はまだ社会人でいた時のクセが抜けてないんだね。お話の世界に憧れはあっても入ろうとはしない。言動の端々から暗さや現実感が滲み出ている。そんな姿勢から変わらなけれはこの先やって行けるかどうか怪しいよ。」
監督のその言葉を思い出して三船美優は半泣きになりながら手にしたパンを齧った。
「......変わりたい......」
監督に言われた言葉に何も噛み付けず、ただ会社でお茶汲みをしていた時の様にはい、はい、と繰り返すことしか出来なかった事が何よりも三船美優には応えていた。
何か自己啓発本でもいい、変われる何かが欲しい......こんな内気な私を変えられる何かが......
そう思って高く積み上げられた小道具の書籍を目にするのと同時に古びた本が落ちてきた。
「あらら...」
慌てて落ちた本を拾い上げて傷がないか確認した三船美優は不思議な事に気付いた。
その本は本来ならある筈の背表紙も表紙にも何も文字が書かれていなかった。
ただ全体にかかった見事な装飾と表紙の部分に変な紋章が書かれているだけで中身も白紙、と本としての体を保っていない代物だった。
(小道具かしら......でもこんな物は今回の舞台では使わなそうだし......)
埃をぱたぱたと叩き、ふっ、と息を吹きかけてみたが相変わらず文字らしきものは見えない。
「変な本......」
そう呟いて本を元あったであろう位置に戻そうとしたその時だった。
本の中から埃とも煙とも言えない何かが吹き出し視界を奪い尽くした。
「ひどい埃......けほっ、けほっ」
むせ込みながら本の方を見ると、1条の閃光が煌めき、毒々しい煙が辺りを覆いつくした。
そしてそこにはさっきまであった本の代わりに、実に奇っ怪な姿を持つ生き物らしきものが立っていた。
悪魔。
本の中でしか見た事がない、その特徴的な姿はこの世のものでは無い事を示すのに充分すぎるほどの存在感を放っていた。
その形容しがたい見た目を存分に見せ付けながら嗄れた凡そ発音することが不可能な音を立てた。
これは夢か、現実かその判断を下せる程三船美優の頭は冷静ではいられなかった。
その為、混乱した彼女が震える口調でこんな事を口走ったとしても仕方がないことだった。
「あなたは、だ、誰ですか?」
悪魔は穴から風が吹き通る様な音を鳴らして口を開いた。
「俺の名は呼ぶ事は出来ないよ。便宜上お前達の言葉で言う“ナスティ”とでも呼んでくれ」
「ナスティ......嫌な奴?」
あまりの常識を覆す現実に頭がついていかず三船美優は思わず聞き返した。
悪魔は奇妙な模様のついた羽を羽ばたかせた。
「そうだ。ところで俺を呼び出したのは何か願い事があるからだよな?」
悪魔はそう言うと何でも叶えてやろう、と言いたげに両手を大きく広げて口を開いた。
「 何 を 望 む ? 一 つ だ け 叶 え て や ろ う 。 」
何でも一つ.........
そう言われた途端三船美優の頭の中ではさっきの監督に言われた言葉が駆け巡っていた。
少しの沈黙を破り絞り出すような声で三船美優は呟くように言った。
「変われるのなら......変わりたい。今の内気で根暗な私じゃない私に......!変わりたい......!」
そう言い終わるや否や悪魔はぱちん、と指を鳴らして翼をはためかせた。
「よしきた。お前の願い、確かに聞き届けた。叶えてやろう、その望み。まずはゆっくり睡眠取って明日の朝をお楽しみに♪」
そう言うと悪魔は煙と閃光と共に姿を眩ませ掻き消すように姿を消した。
そして物凄い量の煙と埃が立ち込め、悪魔がいた場所には一冊の本だけが残された。
「白昼夢だったのかしら......」
三船美優はそうひとりごちた。
ミステリック・サイン
その日は特にその後特筆するべき事も起きず、ただ舞台監督と悪魔に言われた言葉が頭の中を駆け回るだけの日となった。
途中、担当のプロデューサーに心配されて初めて自分がそこまで憂いた表情をし続けていた事に気付かされて微妙な雰囲気になったが今の陰鬱な気分は晴れることが無いまま夜の帷が下り、三船美優は自宅のベッドに潜り込んだ。
ベッドに潜り込んでうとうと、と仕掛けた時不意に夢とも現実とも分かち難き不思議な感覚に襲われた。
自分では無い誰かが何かを呟いた気がし、窓の淵に寒さで震えているように見えるカマドウマの姿が見えた気がした......
泥に沈んでいくような奇妙な悪夢から覚めた時、美優の目に入ったのはいつもより異常に高く見える天井だった。
どうやらまだ寝惚けているようだ、今何時だったっけ......
寝返りを打って時計を見ると時計の針は既に9時を廻っていた。
「えっ」
慌てて体に被さっている布団を跳ね除けようとして、――――布団が自分側から奥側の方にかなり動いているのに気付いた。
「?」
自分の寝相がこんなに悪かったか!と訝しみながらよく回らない首で周囲を見回すと一層おかしな事に否が応でも気づかされる羽目になっていた。
窓枠は有り得ない高さにあり、ドアまでの距離はざっと見積もって300m位は離れているように見える。
そして何よりも今自分が横たわっている筈のベッドはまるでジャックと豆の木に出てくる巨人の住処と見間違うサイズに巨大化していた。
もしかして......
不意に頭を悪魔の言葉が過ぎった。
明日の朝をお楽しみにって......こう言うこと?
白無地のシーツの上をぐるぐる歩き回りながら混乱する頭を抱えて美優はうずくまった。
数刻後、少しは落ち着いた頭で取り敢えず現状を整理しようと考えた美優は自分が鏡の存在をすっかり忘れていたことに気付いた。
そうだ、鏡だ。まずは私がどのくらいちっちゃくなっちゃったのかだけでも確かめないと......
そう考えて美優はベッドから“跳び下りた。”
しかし鏡に映る真実はより美優の頭を混乱に沈め、更なる混沌な状況を創り出した。
「何これ......」
自分が映っているはずの目の前の鏡はただ1匹のカマドウマを映すだけだった。
斑色の模様、長く伸びた脚、バッタの仲間特有の筋肉の詰まった後肢、どこまで伸びているのか分からない触覚、海老のようにも見える背中の甲殻、長く伸びた産卵管。
そして黒真珠の様に光り輝く目。
どう見ても目の前にいるのは故郷にいた頃から見慣れたカマドウマそとものだった。
「変わりたかったのは中身なのに......」
そう呟いて美優は頭を抱えた。
これじゃあ誰かに助けてもらうのも絶望的過ぎる。
どうしよう。
その時途方に暮れる美優に追い討ちをかけるように電話がなった。
しなやかに伸びた脚。
どこまで伸びているのか分からない触角。
斑の斑紋が散りばめられた茶褐色の体。
筋肉の詰まった後肢。
黒真珠の様にきらきらと光り輝く目。
長く伸びた産卵管。
その全てが故郷にいた頃からよく見慣れたカマドウマである事は最早疑いようのない事実だった。
昨日の悪魔が言っていた言葉の意味を理解した美優は絶望に駆られて呟いた。
「変わりたいのは中身だったなのに......」
そして途方に暮れる美優に追い討ちをかけるように電話が鳴り響いた。
>>15はミスです
見逃してくれちょ
三船美優がカマドウマに変身している事に気付く前―――――
事務所ではいつもは打ち合わせの20分前には落ち着いてお茶を入れている三船美優の姿が見えない事に気を揉むプロデューサーの姿があった。
「来ないですね…...」
事務員の千川ちひろは心配そうに口を開いた。
確かに遅い。
今日はレッスン前に今後の指針等についての考えを聞く予定だったのだが、こうも遅いとこれが返事なのか、と勘違いしそうになる。
まぁ彼女に限ってそんな事は無いのだろうけど。
「もしかして昨日の事を気にしてるんじゃ......」
ちひろさんの言葉に強ち間違ってはいないだろうな、と思いながらプロデューサーは携帯電話に手を伸ばした。
「電話ですか?」
そうです、と頷きプロデューサーはやや神妙な面持ちで電話帳を開いた。
あ
......電話だ!
この現状に追い打ちをかけるように鳴り響く電話の音に美優は処刑台を待つ罪人を思い浮かべた。
誰に何をどう説明も出来ないこの圧倒的絶望的状況。
このか細い腕では電話をとることは出来ないし、何より取ったところで話が出来ない。
どうしよう、どうしようと焦るだけの美優を置き去りに電話は鳴り終わり、留守電で聞き慣れた声が流れてきた。
「もしもーし、三船さん?あの、今日の打ち合わせの件はいつでもいいのでまた気分が落ち着いたらまた連絡お願いしまーす。レッスンは休みを入れておいた方がいいですかー?お返事待ってます。」
ああ、違うの、プロデューサーさん昨日はあんなつんけんとした態度を取ってごめんなさい、待って下さい、切らないで下さい、お願いします、助けて 。
言いたい言葉が次から次へと浮かぶも電話を動かすことも出来ないまま、無常にも電話は切れ、後には静寂が残った。
「...どうでした?」
千川ちひろの問いに対してプロデューサーは苦笑しながら首を横に振った。
「ダメですね!嫌われたかな、これは。」
「もう、そんな事言ってると本当に嫌われちゃいますよ。恥ずかしい衣装ばっか着せてるし!ぷんぷん!」
頬を膨らませながら呆れ顔で言うちひろを見て、この人は本当に三船さんと歳が近いのかなぁ、と失礼な事を考えながらプロデューサーは自分の携帯電話をもう一度眺めた。
「もしかすると体調を崩しているかもしれないですね。電話も取れないくらい。」
そう呟くと途端にちひろの顔が曇った。
「確かに有り得そうで怖いですね。そろそろ涼しくなってきたし。三船さんがいくら機嫌が悪いとしても電話を無視するのはあまり似合わない気が......」
確かにそうなのだ。
三船美優は感情の起伏にやや乏しく、表現する事が苦手故に感情による突発的な行動はあまり取らないイメージがある。
「まあ、そろそろ仁奈達を車で拾って届ける時間ですからね、このまま連絡が無いようなら帰りに寄ってみますよ。」
「お願いします。」
任せろって、と言いながらプロデューサーはドアを開けてる外に出た。
木枯らしが突如吹き、やはり寒くなったな、と肩を震わせながらプロデューサーは口笛を吹きつつ車へと向かった。
改行しろよモバ
なんでもいいから続きはよ
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