【モバマス】柚、December (12)
ぴぴぴぴ……
朝を告げる電子音が部屋に鳴り響く。ぼんやりとした意識の中で手を動かし、音のなる方へ向かって振り下ろす。
ばしん。
「んん……」
そのまま、ゆっくりと体を起こす。朝の空気は思ったより冷たくて、思わず布団を体に巻き付けた。
寝起きの頭でぼんやりと思考する。今日は何か予定あったかな……というか、今日って何日だっけ? そこまで考えて、壁のカレンダーを見やる。カレンダーに描かれていたのは、見慣れない絵と、12の文字。そうだ、今日から12月だ。昨日の夜に剥がしておいたんだっけ。
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12月。じゅうにがつ。しわす。ディッセンバー……だったっけ。うん、合ってる。
一年の終わりの月。世間的にはクリスマス。明日にはアタシの誕生日もある。一年で、一番楽しいイベントにあふれた月だ。
だから……もっと喜んでいいはずなのに。でも、アタシの心は、思ったより静かで。
嫌ってわけじゃない、むしろ嬉しい。だけど、12月がやってきたという事実にそこまで喜んでない自分がいて、そのことが私を何だか悲しい気持ちにさせた。
一体いつからなんだろう。
12月を、楽しめなくなってしまったのは。
『柚、December』
※モバマス、喜多見柚のSSです
※アイドルとしてスカウトされる前の時期を想定しています
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
本格的にやってきつつある冬の風を受けながら、昼下がりの街並みを歩く。
誰かと遊びに行こうと思ったのに、みんな「期末試験があるから」とか「受験勉強しなきゃ」とか言って、結局誰もつかまらなかった。つまんないの。
アタシ? アタシはどうせ今から勉強したって仕方ないし、高校も家から一番近いところにするつもり。そこだったら大して勉強しなくても合格できるらしいから、受験勉強なんて年が変わってからでも十分。
バトミントンも、もうアタシたちの出る公式戦はないから、練習もほとんど行ってない。行っても同級生は少ないから、やってて楽しくないし。
勉強やバトミントンよりも、残り少ない中学生活の貴重な休日を楽しむことの方が、今のアタシには大事だ。
でも、一人で何をしよう。勢いで家から出てきたはいいけど、何も考えてなかった。吹き付ける風が冷たくて、アタシから思考を奪う。
パーカーのポケットに突っ込んだ手を、ぎゅっと握りしめる。とりあえず、どこかの喫茶店にでも入って、あったかいものでも飲もう。体があったまったら、何かいいアイデアが思いつくかもしれない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
小さい頃は、12月が楽しみで仕方がなかった。もうすぐ新しい年が始まるというワクワク感もあるし、何より自分の誕生日とクリスマスがとても楽しみだった。
誕生日にはプレゼントをもらえるし、ケーキを食べられる。両親も友達もいっぱい祝ってくれる。
クリスマスにもプレゼントがもらえるし、家でツリーを飾ってパーティをするのが楽しい。行く先々でもクリスマスの飾りつけがしてあって、見てるだけで気持ちがワクワクしてくる。
1年の最後を締めくくるこの月が、私は大好きだった。
でも、年が経つにつれ、少しずつその気持ちは薄れていった。
歳が増えるにつれ誕生日のお祝いは小さくなっていったし、中学に入った頃からは、夕食がちょっと豪華になるくらい。ケーキは食べられるけど、小さいときは家族で作ったりもしていたのに、今は近くのケーキ屋さんで買ってきた小さなケーキだけ。
クリスマスも、家族でのパーティーはいつの間にかなくなってしまった。クリスマスツリーの飾りつけも数年前からしなくなって、今は押入れの奥深くで眠ったまま。街の飾りつけももう見慣れてしまって、小さいときに感じていたあのワクワクする気持ちは、もう感じられない。
今のアタシにとって12月というのは、1年に12個あるうちの一つでしかなかった。
あんなにも楽しくてワクワクしていた1か月間が、ただぼんやりと通り過ぎるだけの日に成り下がってしまっている。その事実が、アタシにとってはどうしようもなく悲しかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
喫茶店でお茶と軽食をとり、ぼんやりとケータイをいじくっているうちに、気付けば結構時間が経ってしまっていた。冬は日が沈むのが本当に早い。まだ夜というには早いけれど、店に入る前よりもだいぶ暗くなってるのがわかる。
店を出て、昼より気温の下がった道を歩き始める。
結局やることは思いつかなかった。どうせ今から遊びに行っても、帰りに補導されるのがオチだ。大人しくウインドーショッピングでもして、早めに帰ろう。
顔を上げてみると、街灯がイルミネーションで飾りつけられて、いつもと違う光を放っていた。
たしかに12月だけど、ちょっと早すぎやしないかな。でも周りを見渡すと、クリスマスっぽい飾りつけをしている所はすでに何か所もあった。
せっかちに彩られた街をぼんやりと眺めながら、家の方向を向いてゆっくり歩く。
本当はわかってる。12月がつまらなくなったなんていうのは、アタシの傲慢なんだ。
皆がアタシのことを祝ってくれなくなったから、パーティーが開かれなくなったから、飾りつけに飽きたから。そんなの、自分勝手もいいところだ。
自分じゃない誰かが作ってくれたものを楽しむだけ楽しんで、楽しめなくなったからって文句を言うだなんて。
今だってそう。一緒に遊んでくれる友達がいなかったからって、一人で何もせずぼんやり待ってるだけ。
誰かが何かしてくれるんじゃないかって期待してるだけで、そのくせ自分からは何もしない。ただ待ってるだけで、誰かが何か面白いものをくれないかって、ありもしないことを望んでる。
開けた場所に出て、ふと足を止める。広場の中央には、クリスマスっぽい飾りがほどこされた大きな木。周りを見ると、いろんな人が足を止めて、見上げて眺めたり写真を撮ったりしている。
アタシも顔を上げて、点滅する光の粒を眺めた。
今のアタシは、サンタクロースを待つ子供そのものだ。自分に贈られるプレゼントを、家で座って待ってるだけ。子供じゃないアタシが、何ももらえるワケないのに。
こんなアタシに何かくれるんだったら、それこそ奇蹟かなにかだ。
でも、奇蹟でもいい。こんなアタシが、変わるためのキッカケをくれたら。
木のてっぺんに飾られた星飾りに願うように。
アタシはその星をずっと、ずっと見つめていた。
to be continued...?
短いですがおしまいです。
お読みいただきありがとうございました。
乙
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