なずな「打ち上げ花火の君へ」 (28)
ひだまりスケッチSSです。地の分有りです。
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視界の端で、何かが光ったような気がした。そちらを向くと、携帯のライトがゆっくりと赤く点滅している。
画面を見ると、乃莉ちゃんからメールが来ていたみたい。着信時間は……4時ってことは、もう1時間くらい過ぎている。
急ぎの用だったらどうしよう。ちらっとそんなことを考えたけれど、本当に急いでるなら階段を上がってうちに来ればいいだけだから、
ちょっとメールに気付かなくても大丈夫かな、なんて思いながら、乃莉ちゃんのメールを開いた。
近くで花火大会あるみたいだけど、なずな、行ったことある?
花火大会かあ。
最後に行ったのは、確か中学の時に友達と。それからだいぶ前に家族で行ったこともある。
そういえば、そろそろ花火大会の季節だっけ。窓の外を見ると、水色の空をバックに真っ白な入道雲が伸びていた。
何回か行ったことあるよ
とりあえずメールを返してから、ちょっとそっけなかったかなあ、と少しだけ後悔してしまった。
返事、遅くなってごめんね、とか。
花火大会っていつなんだっけ?とか。
それから……もしよければ、一緒に行きたいな、なんて。
話したいことはもっともっとあるのに、どうしてうまく言えないんだろう。
1分もしないうちに、乃莉ちゃんからメールが返ってきた。
まるで私が返信するのを待っていたみたいで、なんだか申し訳ないような気分になってしまう。
今からそっち行っていい?
もちろんいいよ、と返事するスピードは、きっと乃莉ちゃんよりも速かった。
だって、話したいことはもっともっとあるんだから。
チャイムが鳴ると同時に、外から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
私はすぐに駆けて行って、玄関のドアを開ける。
なずな「乃莉ちゃん、いらっしゃい♪」
乃莉「ごめんね、突然来ちゃって」
なずな「ううん、全然」
乃莉「あ、これ」
なずな「チョコ?」
乃莉「うん、友達からもらったんだけど、一緒に食べようと思って」
なずな「バレンタイン?」
乃莉「いや、今夏だし、私女だし……」
乃莉「開けてみよっか」
乃莉ちゃんが早速箱を開けると、中には細長いチョコレートが入っていた。
2人でつまんで食べてみる。半分かじると、オレンジの香りがした。
乃莉「あ、オレンジピールが入ってるのかな?」
なずな「そうみたい」
乃莉「美味しいね」
なずな「うん」
なずな「あ、お茶入れよっか?」
乃莉「うん、おねがい」
なずな「紅茶でいいよね?」
乃莉「うん」
キッチンに立って、チョコの残り半分を口に入れ放り込んでから、やかんでお湯を沸かしながら2つのマグカップにティーバッグを入れる。
2つ並んだカップには、金色と銀色の色違いの四葉のクローバーの模様があしらわれていて、
私はそれを、お湯が沸き始めて泡がはじける小さな音を聞きながら眺めていた。
結構前になるのかな、その日、私は乃莉ちゃんと、隣駅のあたりまで来ていた。
お昼ご飯を食べて、お茶をして、その後はあてもなくぶらぶら歩いたけれど、辺りには何だかお洒落なお店がいっぱいで、ちょっと気おくれしてしまう。
そういえばクラスの子が、お洒落な服屋さんとかカフェとかが集まってる所があるって言ってたっけ。
たまたま覗き込んだショーウィンドウには、ひらひらした綺麗な服がいくつも並んでいた。
なずな「なんかどこもお洒落だよね、なんか私には縁遠い感じ……」
乃莉「そう?なずなは普段から服とかオシャレだと思うけど」
なずな「そんなことないって」
乃莉「それに、なずなには似合いそうだよ。私はこういう服、あんま着ないけど」
なずな「かわいいと思うけどなあ」
乃莉「そっかな?まあでも高そうだし、ちょっとね……」
なずな「うん、それはまあ……」
なずな「あっ……」
乃莉「?」
服屋さんのディスプレイにオブジェとして飾られていた、カラフルなマグカップに目が留まった。
乃莉「どうかした?」
なずな「えとね、マグカップ、いつも使ってるやつがこの間洗い物してたら欠けちゃったのを思い出して」
乃莉「ふーん」
なずな「どこかで売ってるかなあ?」
乃莉「まあ、ここ服屋だし、あるとしたらもっと雑貨屋さんとかかなあ」
乃莉「あ、そういえばさ、駅の近くの雑貨屋さん、分かる?」
なずな「うん、駅の逆側のとこだよね」
ひだまり荘の最寄り駅の、ひだまり荘とは反対側に雑貨屋さんがあるのは前から知っていた。
電車で通学してる友達は帰りに寄ったりしているようだけど、私は家が近すぎて寄り道したことがない。
乃莉「帰り道だし、あそこ寄ってみようよ」
なずな「うん」
電車に乗って1駅戻り、帰り道とは逆の出口から駅を出る。
目的の雑貨屋さんの窓辺には色とりどりのマグカップが並べられているのが見えて、
それを見て立ち止まりそうになった私の手を引いて、乃莉ちゃんがお店の扉を開けた。
店内はまるで別世界のようだった。空気までお洒落に感じるのは、何かいい香りのものがあるからなのかな。
私はきょろきょろと辺りを見回してばかり。そんな私を差し置いて、乃莉ちゃんは窓際の食器のコーナーに歩いていった。
私も乃莉ちゃんを追いかけていく。乃莉ちゃんは一番手前にあった白いカップを手に取って、それをじっと見つめていた。
銀色の縁取りとクローバーの模様がきらきらと光を反射していて、それがすごく綺麗だな、って思って……
乃莉「……可愛いね」
なずな「うん」
乃莉「カップ、種類いっぱいあるね」
なずな「うん……」
乃莉ちゃんは最初に手に取ったカップは戻して、ほかのデザインのカップや食器を見ていた。
あ、これもいいかも、とか、ちょっと高いかな、とか、乃莉ちゃんがひとりごとを言っているのを聞きながら、私は最初のカップから目が離せなかった。
乃莉「なずな、やっぱそれ気に入ったの?」
乃莉ちゃんが最初に取ったカップと、色違いで模様が金色のカップを両手に持った私に、乃莉ちゃんが話しかけてきた。
乃莉「どっちにするか迷ってる?」
なずな「え、えっと、うん」
顔が赤くなるのを感じながら、そう言ってごまかした。
だって、その時考えていたのはどっちを買うかなんてことじゃなくて、乃莉ちゃんのことだったから。
おそろいのカップでお茶を飲みながら乃莉ちゃんと過ごす。そんな何気ない時間を想像するだけで、胸の鼓動が少し速くなるような気がした。
乃莉「2つはいらないもんね」
なずな「うーん……」
乃莉「え、もしかして両方買うの?」
なずな「えっと……どうしようかな」
恥ずかしくって、そうすれば乃莉ちゃんとお揃い使えるでしょ?とは言えなかった。
乃莉「なずなが欲しいのなら、そうすれば?別にあって困るものじゃないし」
乃莉「それに、後でにするとか言ってたら無くなっちゃうかもよ?」
なずな「……そうだね、そうする」
ぽこぽことお湯が沸騰する音に気づいて、はっと現実に引き戻された。
カップを買ってからもうだいぶ経つし、乃莉ちゃんと2人で使ったことだって何度もある。
それなのに、どうして今日はこんなことを思い出したんだろう?
ティーバッグに沸かしたてのお湯を注ぐと、紅茶のいい香りが辺りに漂いはじめた。
なずな「乃莉ちゃーん、お砂糖とミルクはー?」
乃莉「んー、いいや。お菓子あるし」
なずな「うん、私もなしにしようかな」
ティーバッグを軽くゆすってから取り出す。紅茶の香りがまた強くなった。
2つのカップを持っていき、銀色のほうを乃莉ちゃんに差し出した。
乃莉ちゃんが紅茶を一口すする。
乃莉「さんきゅ。なんか口の中が甘くなっちゃって」
なずな「私もー」
乃莉「でさ、花火大会の話なんだけど」
なずな「そういえばそうだったね、花火大会ってもうすぐなんだっけ?」
乃莉「今日」
なずな「今日!?」
乃莉「……って聞いたんだけど」
なずな「そうだったんだ……」
乃莉「なずななら、いいスポットとか知らないかなって」
なずな「うーん……」
花火のスポットかあ。
乃莉ちゃん、友達と約束してたりするのかな。
そんなふうに考えながら、前に行ったときのことを思い出して答える。
なずな「あ、神社があるんだけどね、縁日とかやってる」
なずな「そこの裏手に、なんていうのかな、丘みたいになってるところがあって」
なずな「前に行ったときはよく見えたし、まあまあすいてたかなあ」
乃莉「ふーん」
なずな「誰かと行くの?」
乃莉「誰かっていうか……まあ、こっち先に聞くべきだったんだけど」
なずな「?」
乃莉「なずな、今日これからヒマ?」
どきん、と胸が鳴るのを感じた。
なずな「うん、何も用事はないけど……」
乃莉「じゃあさ、一緒に行かない?」
なずな「うんっ……えっと、二人で?」
乃莉「まあそのつもりだったけど……」
なずな「そっかあ」
乃莉「なずな、なんか嬉しそう」
なずな「そうかなあ?」
だって、乃莉ちゃんと花火見に行けるの、嬉しいんだもん。
そう口にするのは、やっぱり恥ずかしくて。
乃莉「でも、よかった」
なずな「?」
乃莉「なずなと花火見に行けるの、嬉しいから」
乃莉ちゃんが、にこっと笑った。
胸のドキドキが収まらないのは、その笑顔がとっても綺麗だったから。
……そっか。どうして今頃になって、カップを買ったときのことを思い出したのか分かった。
話したいことがいつだってうまく言えない私に、いつだって乃莉ちゃんは真っすぐな言葉をくれる。
今日も、あの日も。そんな乃莉ちゃんに私は手を引かれてばっかりだ。
なずな「うん、私も」
金色で縁取られたカップの口を指で撫でながら、私は小さくつぶやく。それを見て、乃莉ちゃんがまたにっこり笑った。
乃莉ちゃんに先に言われちゃったけど、お揃いの気持ちが嬉しかった。
日が暮れ始めた頃、私たちはひだまり荘を出た。
てくてく歩いて、花火の見える場所を目指す。花火大会の会場に近づくにつれて浴衣を着た人も目に付くようになった。
ともり始めた街灯が色とりどりの浴衣を照らして、だんだんと街が華やいでいく。
乃莉「なんか賑やかになってきたね」
なずな「神社のあたりでは縁日やってるから」
乃莉「ふーん、そっからでも花火見えるの?」
なずな「んーと、神社からはあんまり見えないと思う、結構遠いから……」
乃莉「そっか」
なずな「乃莉ちゃん、縁日行きたい?」
乃莉「いや、寄り道してたら花火始まっちゃうんじゃないかな、って」
なずな「そうかもね」
乃莉「……もしかして、なずな、縁日行きたかった?」
なずな「ううん、そんなことないよ」
乃莉「そう?ならいいんだけど」
なずな「浴衣来てる人、多いね」
乃莉「うん。ねえ、なずなって、浴衣持ってる?」
なずな「浴衣……は持ってないなあ。乃莉ちゃんは?」
乃莉「私もー。でもこういうときは浴衣で来れたら楽しいかもしれないなって」
なずな「浴衣かぁ。乃莉ちゃん、浴衣っていくらくらいするのか知ってる?」
乃莉「んー、どうなんだろ?今度調べてみるよ。安いのあるかな」
なずな「あ、確かここを上がってくんだけど」
乃莉「……結構登るね」
なずな「うん……」
乃莉「浴衣じゃなくて良かったかも」
なずな「あはは」
2人並んで、急な階段を上がっていく。
日はすっかり暮れて、両側に広がる竹林の葉擦れの音だけがざわざわと辺りを包んでいた。
乃莉「ここ?」
なずな「うん」
乃莉「確かにあんまり人いないね。花火、ほんとに見えるの?」
なずな「見えるよー、お祭りのほうからちょっと距離あるから」
乃莉「でも間に合ってよかったね。ていうかまだ始まんないのかな?」
なずな「えーと……何時から始まるんだっけ?」
乃莉「確か7時だったと思う」
なずな「もう7時過ぎてるけど……遅れてるのかなあ?」
乃莉「かもしれないね。開始時間、もう1回調べてみるよ」
空を見上げると、満月が静かに銀色の光を放っていた。
乃莉ちゃんが携帯を出して調べものを始めた。私もその画面を横からのぞき込む。
そのとき、空が光るのを感じた。はっとして上を見上げると、今度はドンという音が響いた。
なずな「わぁ……!」
乃莉「凄い……」
次々と、打ち上げ花火が上がっていく。その度に夜空はカラフルに彩られた。
言葉も時間も忘れて、私たちは咲いては消えていく花火の前に立ち尽くしていた。
大きな花火が何発か続けて上がった。だんだんとクライマックスに近づいているのかもしれない。
ひゅるひゅると花火が高く打ち上がる音がするなか、唐突に乃莉ちゃんが「あっ」と小さく声を漏らした。
私がそっちを向くと、花火の光が乃莉ちゃんの横顔を赤く照らした。
乃莉「これ」
なずな「デジカメ?」
乃莉「うん。写真、撮っておきたいなって」
乃莉ちゃんがデジカメを構えて、花火が光ると同時にシャッターを切った。
そして画面を見て首をひねる。それが何回か続いた。
なずな「上手に撮れないの?」
乃莉「うん、ほら」
乃莉ちゃんが見せてくれたのは、確かに消えかけだったり煙って見えたり、ちょっと失敗な写真ばかりだった。
乃莉「全然綺麗に見えないでしょ?」
なずな「やっぱり花火の写真って、難しいのかな」
乃莉「そうみたい、設定いじれば上手く撮れるのかもしれないけど……」
乃莉「なずなも撮ってみる?」
なずな「……ううん、いい」
乃莉「だよね」
そう言いながら、乃莉ちゃんはカメラを鞄にしまった。
2人でまた夜空を見上げる。
乃莉「こうやって見てた方がいいよね」
なずな「私もそう思う。こっちのが綺麗だもん」
乃莉「そうだね、それに……」
乃莉「なずなと一緒に見てるから、こんなに綺麗に見えるのかな」
ひときわ大きな花火が夜空いっぱいに広がった。少し遅れて、花火のはじける音が私の体を揺らす。
思わず息をのむほどの衝撃を全身に受けながら、それでも私の心を揺さぶるのは、乃莉ちゃんの言葉のほうだった。
乃莉ちゃんのほうをちらりと見た。花火の光はもう消えて、遠い街灯と月明りだけが乃莉ちゃんの横顔を照らしている。
なずなと一緒だから、綺麗に見えるのかな。乃莉ちゃんの言葉を頭の中で繰り返した。
打ち上げ花火みたいに……ううん、花火よりもずっと真っすぐに、ずっと強く、乃莉ちゃんの言葉は私に届く。
今のが最後の花火だったみたいで、花火の音に慣れた後では虫の声も人のざわめきもほとんど感じず、
静寂の中、ただただ心臓の音だけがドキドキと鳴っているのが聞こえていた。
乃莉「……あ、もう終わりかな?」
乃莉「なずな、来年はさ……」
来年は。
きっと今、乃莉ちゃんと私はお揃いの気持ちだから。
だから……今は、今だけかもしれないけど、その続きは私に言わせてほしいな。
乃莉ちゃんの左手をぎゅっと握った。びっくりした様子の乃莉ちゃんが一瞬、口をつむぐ。
なずな「来年は、お揃いの浴衣で来ようよ」
返事の替わりに、乃莉ちゃんがにこっと笑った。
その表情は、きっと今からお揃いかな。
おわり
よい
素晴らしいの一言に尽きる
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