「捨てられないもの、御譲りください」 (15)


「ホンモノですよ、ですが30円です」

若い女性の怒号と共に、古木の掘っ建て小屋みたいな店から、そんな声が聞こえてきた。
田舎と言ってもビルの数本はにょきにょきと生えている街並みだ。
こんな店あったか? と思いながらも、思わず足を止めた。

入口はすりガラスを張り付けた引き戸だったが、半分開いていて簡単に中を見ることが出来た。
少し覗くと、先ほどまで怒鳴っていた若い女性と、対照的に優しげな表情を浮かべた老婆が、勘定台の向こうにちんまりと座っているのが見えた。

「何ッでこの指輪が30円なの! この通り鑑定書もついてるホンモノよ!」

「ええホンモノですとも、でも30円です」

指輪を翳し、(後ろからなので顔は見えないが)凄まじい迫力で怒る女性に対し、老婆は同じ台詞を繰り返した。

「ウチはそういうお店じゃありませんからねェ」

「訳分かんない事言ってないで今すぐお金に換えて! 今すぐよ! どうせこんなチンケな店なんだからお客も来ないでしょ!」

「いえいえ、お客さんは来てくれますよ。 その指輪はお金に換えられますが、何度も言ってるように30円ですよ」

「~~~~ッ! もういい帰る! ボケてんなら店畳めよ!」

女性は怒りを投げつけるように勘定台を思い切り叩くと、踵を返して早足で出ていった。
すれ違いざまにキッと睨まれたのは、覗いていたことを悟られたせいだろうか。

「あら、今日はお客さんが多いねえ。お入んなさい」

そこで老婆は私に気づいたようだ。
声の言うままに店の中へ入る。

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期待


「ごめんなさいねェ、店の外まで五月蠅かったでしょう。 たまーにね、さっきみたいに知らないで来ちゃう人がいるんですよ」

老婆は申し訳なさそうな笑顔で頭を下げる。
穏やかな人だと思った。
老後のことなど全く考えるような年齢ではないが、こんな人間になれるなら老いも悪くない。

「知らないで、とは?」

「ウチのお店はね、さっきみたいなモノを譲ってもらう場所じゃないのよ。 ほら」

老婆は店の棚を指さした。
不思議な雰囲気に充てられて緊張していたのか、私はそこで初めて店の中を見回した。

所狭しと棚に置かれていたのは、古ぼけたゲーム機や、プラモや、よく分からない文字の書かれた紙の束、写真、ぬいぐるみ等々。
一目駄菓子屋のように賑やかだが、残念ながらお菓子は見当たらない。

「質屋とかだと、さっきみたいな宝石のついた指輪だったりねェ、世間で価値のあるモノを買い取るでしょう。 ウチが買い取るのはね、思い出の品だとか、大切な人からもらったプレゼントだとか。 その人にとって価値のあるモノを買い取る場所なのよ」

「なるほど」

「さっきの指輪は、何でもない男性にお金の為だけに貢がせたものだったのよ。 だから30円」

反射的に「なるほど」と納得したような言葉が口を突いて出てしまった。
そんな馬鹿げた話があるものか、とも思ったが、店の中身や老婆を見るにつけ、嘘をついているとは思えない。

試しに言ってみた。

「私の想い出も、買い取っていただけますか」

「ええ、ええ、お待ちしておりますとも」

期待


次の日、その店に赴いた私の手には数十枚のカードがあった。
今にも倒壊してしまいそうな佇まいは相変わらずだ。
しかし、どういう店かを聞いてからはオンボロの外装さえどこか温かく、郷愁を感じさせる。
すりガラスの引き戸をがたがたとくぐると、そこには昨日見たままの優しそうな笑顔があった。

「あらまあ昨日の方…… またお会いできて嬉しいですよ」

「こちらこそ、昨日はありがとうございました。 ほらこれ、家に帰って少し思い出を漁ってみたんです」

「拝見しましょう」

老婆にカードの束を手渡すと彼女は丁寧にそれを持って、近くにあった虫眼鏡を上に翳した。

「一時期に流行したカードゲームですねェ。 もちろん希少価値の高いものはお金に換えられるけど、これは違うわねぇ」

「ええ、昔はよくこれで遊んでいたんです。 そういう歳じゃなくなってからも、何となく捨てられなくて……」

「転校してしまったお友達の為に取っておいたのですか。 うふふ、お優しい事」

「え?」

老婆は変わらず笑って続けた。

「小学生の時仲良くしていたお友達がいたでしょう。 このカードはその子とよく遊んでいたものだけれど、ご両親の仕事の都合で転校しちゃってからは疎遠に。 カードゲームも、そのころから億劫になったんですねェ」


「どうして」

そう呟いた時、老婆はくすくすと笑った。

「いやですよお客さん、鳩が豆鉄砲を食ったようなお顔をなさって。 世の鑑定士が宝石の価値を知ることが出来るように、私はそのモノにまつわる思い出や込められた気持ちを感じることが出来るのです」

普通では有り得ない事だ。
人間が審美目をいかに極めていようが、到達できない領域というものはある。

「こんな店をしているくらいですから、これくらいはねェ」

「しかし、まるで過去を見てきたような……」

「私はあくまで感じ取れるだけ。 そして価値を決め、御譲り頂くだけ。 ここまでは他の質屋でもやっている事でしょう?」

老婆はまた微笑んだ。
その表情には、今までにない有無を言わさない強さがあった。
自分でもまったく異常だと思うが、私はここで初めて、少し怖いと思った。

「それでね、このカード数十枚の価値ですけれども」

「あ、はい」

「28000円でいかがでしょう?」

「……え?」

「大事になさっていたカードですもの。 それくらいはねェ」

面喰った私の手には、いつの間にか金が握らされていた。

「またのご来店、お待ちしておりますよ」


「おやおや、最近よくいらっしゃいますねェ」

「ええ、で、今日はこのCDを……」

「はいはい」

思い出は思った以上に簡単に、そして多額の金になった。
家に帰って思い出の品を見つけては、店に持っていき、金を手にして帰るサイクルを繰り返す。

自分が無価値だと決めつけていたがらくた達が金になるのが単純に嬉しかった。
押入れを漁っては足まめに店に通う。

「このおもちゃも懐かしい。 小さい頃よく遊んでいたんだ」

「そうですねェ、13000円でどうでしょう?」

何故か店はいつ行っても開いていた。
入るとそこには、優しく微笑む老婆がいる。
重たいすりガラスの引き戸は、いつしか実家のドアをくぐった時のような安心感を持つようになった。

一度「ただいま」と言いそうになって、慌てて口を押えたのを覚えている。

「今日も来たよ、ばあちゃん」

「はいはい」

呼び方がすっかりばあちゃんになる頃には、思い出のがらくた達はあらかた消え、懐はだいぶ暖かくなった。



或る日私は、何を売ったのか思い出せない事に気が付いた。

童貞

思い出の品と同時に思い出も売ったのか

週刊ストリーランドのアニメに出てきた婆さんかな?


どんなに一生懸命考えても何一つ思い出せない。
昔何かで遊んでいたこと。何かを大切にしていたこと。
捨てられなくて、そのまま大人になってしまったこと。

押入れを開けてみても、そこには何もない。

「ああ」

突如として、心臓をえぐり取るような激しい後悔が私の中を駆け巡った。
がらくたのなくなった押入れの前で、私はがくりと膝から崩れ落ちた。

どんなに金を積まれようと絶対に手放してはいけなかった。
私が忘れた何かには、金では価値を計れないものがどんなにか詰まっていただろう。
当たり前にあるものだと決めつけて、とうとうその価値に気が付かなかった。

私はようやく悟った。
悟って、大粒の涙をぼたぼたと零した。

「ああ、あう」

言葉にならない嗚咽が口から漏れていたが、気にならなかった。
震える手で、今までに貰ってきた金をかき集める。

着の身着のまま、金だけはしっかりと手に握って外へ飛び出した。


息せき切って辿り着いた店の灯りはやっぱり点いていて、今はその事にさえも激しい恐怖を覚えた。
すりガラスの引き戸を開けると、老婆がニコニコして座っている。

「そろそろお気づきになる頃かと思って、お待ちしていましたよ」

「ばあちゃん、今までの金全部持ってきたんだ! 頼むよ! 足りなかったら絶対また払う! 絶対払う! どんな高くしてくれたっていい! なぁばあちゃん頼むよ! ッ思い出を返してくれ!!」

「皆さんそう仰るわねェ。 売ってくれる時は嬉しそうにしているのに」

「ばあちゃん! ばあちゃんッ……頼むから……!」

「ウフフ」

喉はひゅうひゅうと鳴り、絶望で声も出ない。
老婆はただ微笑むだけ。

「私は申し上げたはずですよ、『その人にとって価値のあるモノを買い取る』って。 あったでしょう、どんなに金を積まれても譲れないほどの価値が」

確かに老婆は言っていた。
ただ、私がその価値に気づくのが遅すぎただけなのだ。

勘定台に突っ伏した私に、老婆は告げた。

「楽しい思い出を、ありがとう」


昔を懐かしんでいるような、優しい笑顔だった。

以上になります。見て下さった方ありがとうございました。
1年くらい前に石英がなんたらいうのを書いていたものです。
これからもノンジャンルで投下していくので、見かけたらよろしくお願いします。

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