高峯のあ「高峯のあの事件簿・ユメの芸術」 (155)
あらすじ
探偵高峯のあは助手木場真奈美と共に、美しく飾られた死体の調査に乗り出しました。
そんなサスペンスドラマにアイドル達が出演するようです。
注
あくまでサスペンスドラマです。
のあさんハキハキと喋りますが、セリフです。
それでは、投下して行きます。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1472563544
元ネタ
高峯のあ「のあの事件簿・東郷邸の秘密」
高峯のあ「のあの事件簿・東郷邸の秘密」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1396432268/)
前シリーズから設定等は変更しました。
メインキャスト
探偵・高峯のあ
助手・木場真奈美
刑事一課和久井班
警部補・和久井留美
巡査部長・大和亜季
巡査・新田美波
のあが大好きなアイドル・前川みく
佐久間まゆ
プロローグ
早朝
阿沙橋・下
和久井留美「3℃、寒いわけね」
和久井留美
刑事一課和久井班班長。様々な意味で、キレ味鋭いと評判の女性刑事。
大和亜季「あいにくの雨であります。警部補殿、レインコートをどうぞ」
大和亜季
刑事一課和久井班所属の巡査部長。最近は剣道の段位取得に挑戦中。
留美「ありがとう。でも、被害者の方が寒いわ。早く行きましょう」
亜季「了解であります」
留美「新田巡査」
新田美波「はいっ、準備オッケーです」
新田美波
刑事一課和久井班所属の巡査。和久井班では運転などを担当している。
留美「コーヒーは持って来たかしら?」
美波「え、はい。保温ビンで一つですけど」
留美「仕事終わりにはコーヒーが飲めそうね」
亜季「刑事一課にあった安売りのインスタントコーヒーであります」
留美「あら、嫌いかしら」
亜季「実にチープで酸味があって、非常に好みであります」
留美「なら、仕事終わりの楽しみにしましょう。行くわよ」
亜季「はい」
留美「刑事一課よ。ご苦労様、入らせてもらうわ」
亜季「ガイシャは、ブルーシートの中でありますか」
美波「そうと思われます」
留美「誰が、私達のお相手をしてくれるのかしら?」
美波「伊集院惠巡査です。近くの交番勤務の」
亜季「伊集院惠?」
留美「彼女かしら」
美波「えっと……」
留美「他に女性がいなんだから、そうなんでしょう。伊集院巡査?」
伊集院惠「はっ……お疲れ様であります」
伊集院惠
交番勤務の女性警察官。制服姿が様になっていると評判。
亜季「惠、久しぶりでありますな」
惠「大和巡査じゃなかった、巡査部長、お久しぶり」
留美「挨拶は後で。状況は」
惠「現場には誰にも近づけていません。発見当時のままです」
亜季「入って良いでありますか」
惠「どうぞ。あの……ですね」
美波「何か気になるところでも?」
惠「いえ……見ればわかるかと」
留美「……」
亜季「入らせていただくであります。新田巡査、覚悟はいいでありますか」
美波「もちろんですっ。みなみ、いきます」
留美「ねぇ、伊集院巡査」
惠「なんでしょうか」
留美「あなた、いつからここにいるの?」
惠「一報を受けてから、ずっとです」
留美「だから、唇は青いし、震えてるわけね。休憩を取りなさい」
惠「それは、やまやまですが」
留美「頑なにそれを固辞。動揺してる別の理由があるわね?」
惠「評判に高い和久井警部補ですね」
留美「お褒めの言葉は不要。理由だけ教えて」
惠「……被害者は知人です」
留美「なら、ますます休みなさい。体を温める、不味いコーヒーなら車にあるわ」
亜季「警部補殿!」
留美「なに、そんなに慌てるものかしら」
美波「はいっ!とりあえず、見てくださいっ!」
留美「腐乱してても驚かないわよ」
亜季「腐乱してた方が、刑事の仕事としては楽であります」
留美「ガイシャの状態は……フムン、なるほど」
美波「どう思いますか?」
留美「面倒が増えそうね」
亜季「同感であります」
留美「こういう状況が好きな変人でも呼んでみましょうか」
美波「前に話していた探偵さん、ですか?」
留美「ええ。使えるものは使う主義なの」
1
高峯探偵事務所
高峯探偵事務所
高峯ビル3階にある探偵事務所。ビルの所有者もある高峯のあが所長を務める。事務所は高峯家のリビング、キッチンと兼用。
高峯のあ「おはよう」
木場真奈美「おはよう。珍しく早起きだな」
高峯のあ
高峯探偵事務所の所長。優秀な頭脳、美しい容姿、豊富な財力、それと個性的なパーソナリティを併せ持つ。
木場真奈美
高峯のあの助手。上の階にある高峯家の居候でもあり、家事を務めている。副職はボイストレーナー。
のあ「珍しく、って失礼ね」
真奈美「事実だろう。普段は昼近くにならないと起きてこない」
のあ「否定はしないわ。テレビのリモコンは?」
真奈美「テーブルの上だ。見たい番組でもあるのか?」
のあ「静かに。みくにゃんが出るの。ニュース番組の一角よ」
前川みく
みくにゃん。高峯のあが愛するネコちゃんアイドル。ちなみに、高峯のあが現在着ているパジャマは彼女のグッズの一つ。
真奈美「そんなことだろうと思ったよ。朝食は、おかゆかパンかどちらがいい?」
のあ「おかゆの気分よ」
真奈美「了解。昨日の残りは、っと。卵はいれるか?」
のあ「ええ……猫カフェに取材なんて、まさにみくにゃんのためにある仕事、む?」
真奈美「どうした?」
のあ「ば、番組内容変更ですって……?」
真奈美「おや、緊急ニュースでも入ったか?」
のあ「私から睡眠を奪っておいてこの仕打ち……許せないわ」
真奈美「気持ちはわかるが、そんなに気に病むことじゃないだろう」
のあ「真奈美はわかってないわ。私はみく質を摂取して生きてるのよ」
真奈美「謎の栄養素を生み出すな。それと、ちゃんと現実の食事もしてくれ」
のあ「みくにゃんを見れないなんて、もう今日はおしまいよ」
真奈美「まだ朝の7時だ。一日は長いぞ」
いたずら目して、やだもん
真奈美「事務所の電話、じゃないな」
のあ「私のケータイね。留美からだわ」
真奈美「警部補から?出ないのか?」
のあ「出るわよ。もしもし、みくにゃんの件は残念ね……なに?」
真奈美「どうした?」
のあ「へぇ……いいわ。行ってあげる。場所は、了解、すぐに行くわ」
真奈美「なにかあったのか?」
のあ「真奈美、おかゆを作ってる時間はないわよ」
真奈美「事件か。卵を割る前で良かった」
のあ「ええ。車を出してちょうだい」
真奈美「了解。パンでも軽く食べて行くとしよう」
のあ「朝みくにゃんを奪われた怨み、事件で発散するとしましょう」
真奈美「そんな動機でいいのか……」
2
阿紗橋・下
のあ「雨が上がって良かったわ」
真奈美「和久井警部補は、どこだ」
のあ「橋の下のブルーシート近くにいるらしいわ。遺体もそこ」
真奈美「殺人か」
のあ「さぁ。遺体があるとは言っていたけど」
真奈美「フムン」
のあ「いたわ。留美!」
留美「あら、早いわね」
真奈美「おはよう」
留美「真奈美さん、おはようございます」
のあ「そのブルーシートの中に、入ってもいいのかしら」
留美「許すわ。新田さん、こっちに来て」
美波「はいっ!えっと、こちらの方はもしかして」
のあ「高峯のあよ。こっちは助手の真奈美」
美波「新田美波巡査であります。初めまして」
留美「あの探偵よ。案内と質問に答えてあげて」
美波「探偵さん、警部補からお話は聞いてますっ。よろしくお願いしますね」
のあ「よろしく、新田巡査」
美波「こちらへどうぞ」
3
阿紗橋・下
美波「ブルーシートの中は、発見した状態のままにしてあります」
のあ「久美子……科捜研は?」
美波「まだです。どうぞ」
のあ「ありがとう」
真奈美「このベージュ色の布の下か?」
美波「はい」
のあ「真奈美、手袋」
真奈美「ほらよ。新調しておいた」
のあ「ありがとう。新田巡査、開けるわ。いいわね?」
美波「どうぞ」
真奈美「さて、出るのは鬼か蛇か」
のあ「鬼でも蛇でもないようね。真奈美、シートを持ってて」
真奈美「西川保奈美……だ」
西川保奈美
今回の被害者。美しい死化粧を施されて、河川敷のベットで永遠の眠りについている。
のあ「知り合い?」
真奈美「知り合いと言うほどでもないが、期待していた一人だ」
のあ「真奈美が期待しているということは、歌手かしら」
真奈美「舞台俳優だ。まだ若いのに、実力者だ。ルックスもいい」
のあ「もう、歌うことは出来ないわね。警察は身元を確認できてるの?」
美波「警察官に知人がいましたので。西川保奈美さんのようです」
のあ「新田巡査、感想は?」
美波「え?」
のあ「感想を聞かせてちょうだい」
美波「その……」
真奈美「手は腹で組まれてるが、こっちも布で隠されてるか」
のあ「率直な感想を。発見は留美に報告なさい」
美波「綺麗、です」
のあ「同感ね」
美波「本当に死んでるのが……信じられないくらいに」
のあ「まずは髪の毛」
真奈美「均等にベットに流されている。寝かせたあとに、整えたんだろう」
美波「やっぱり、犯人が?」
真奈美「少なくとも、人の仕業だ。のあ、他には」
のあ「手は組まれている、足は真っ直ぐ」
真奈美「靴は……歩きにくそうだな」
美波「泥はついていません。寝てる時に履かせたのでしょうか」
のあ「ガラスの、違うわね、透過率の高いアクリル」
真奈美「安物か」
のあ「ガラスよりも美しいと判断かもしれないわ。ドレスは」
真奈美「青いドレス。広がり方は、明らかに誰かの手が加えられてる」
のあ「ドレスから、ヒントが得られるかしら」
真奈美「そんなに特別なものには見えない。アテにしない方が良い」
のあ「新田巡査、上の布は?」
美波「これもそのままです。厚い布みたいですね、上側はペンキか何かが付着しているみたいです」
のあ「何かしら」
真奈美「雨避け、か?」
のあ「これだけの死体への執着、あるかもしれないわ」
真奈美「自分で独占する気はなかったのか」
美波「なるほど……見せたかった、とか?」
のあ「そして、死体に見えない理由がもう一つ。わかるかしら?」
美波「えっと、なんでしょうか」
真奈美「化粧だ」
美波「お化粧ですか?」
のあ「その通り」
美波「特別なものには見えませんけど……」
のあ「見えないようにしている。エンバーミングとまでは言わないけど、その類」
真奈美「手が込んでるな」
のあ「詳細は久美子待ちね。さて」
真奈美「この手を隠している理由は、なんだ?」
美波「見ますか」
のあ「見るわよ。どんなことがあっても」
美波「取ります」
真奈美「……なるほどな」
美波「左手の中指が、切り取られて持ち去られています」
のあ「……ちゃんと独占欲もあるじゃない」
4
阿紗橋・下
留美「おかえり。犯人はわかった?」
のあ「わかるわけないでしょう」
留美「どんなタイプだと思う?」
のあ「プロファイラーでも呼べばいいわ。答えをひねり出してくれるわ」
真奈美「言い方が悪いぞ。まだ何とも言えないだろう」
留美「あら、役にたたないわね」
のあ「私は探偵よ。証拠を集めるのはあなた、よ」
留美「ええ。だから、犯人は誰かを教えてちょうだい。逮捕の証拠は揃えるわ」
亜季「警部補殿!」
留美「待ってたわ」
亜季「これは高峯殿、木場殿、お疲れ様であります!」
のあ「お疲れ様」
亜季「警部補殿、東郷あい殿をお連れしました!」
留美「朝早く申し訳ありません。警部補の和久井です」
東郷あい「挨拶はいい。保奈美君は、どこだ」
東郷あい
西川保奈美が下宿していた東郷邸の主。資産家、実業家でもある麗人。
留美「ご案内します。ご確認を」
あい「ああ」
留美「それじゃ探偵さん、ご健闘を」
のあ「勝手にやらせてもらうわ」
真奈美「大和巡査部長、彼女は」
亜季「東郷あい殿であります」
のあ「被害者との関係は」
亜季「西川保奈美殿は東郷あい殿が所有する屋敷に下宿していたであります」
のあ「下宿?」
亜季「東郷あい殿は、少女達の生活支援を行っているであります」
真奈美「保護者ということか。なら、目的は身元確認か」
亜季「そうであります。東郷邸には警察関係者が聞き込みに言っているであります」
のあ「西川保奈美以外にも、住居者がいるのね?」
亜季「その通りであります。芸能関係というわけではないようでありますが」
のあ「ふむ。東郷邸も気になるところだけど、警察がいるんでしょう」
亜季「そうであります」
のあ「邪魔をする気はないわ」
真奈美「これから、どうする?」
のあ「現場にいた人物に話を聞きましょう。そろそろお役御免になってる頃よ」
真奈美「誰だ?」
のあ「一番最初に来たお巡りさんよ。大和巡査部長、案内してちょうだい」
5
阿紗橋付近河川敷・臨時調査テント
のあ「おはよう。あなたが伊集院巡査かしら?」
真奈美「休憩中のところ、すまないな」
惠「はい。伊集院巡査であります。あなたは」
亜季「惠、こちら探偵の高峯殿と」
真奈美「助手の木場だ。よろしく頼む」
惠「探偵……」
亜季「警部補殿のご友人であります。力になってくれるでありますよ」
惠「亜季ちゃ……ごほん、大和巡査部長、信頼できる人なの?」
のあ「別に警察関係者じゃないから、かしこまらなくていいわ」
亜季「そうであります。あと、信頼はしてよいかと」
惠「根拠は」
真奈美「賢いが交友関係は狭い。正義感はあるが規律を大切にする。情報を売るほど金に困ってない。つまり、のあに話しても問題はない」
惠「ふふっ……大丈夫そうね」
亜季「ええ。おっと、呼び出しがかかっているであります」
のあ「ありがとう、大和巡査部長」
亜季「惠、探偵殿にご協力お願いするであります」
惠「わかったわ」
のあ「さて、話を聞かせてもらってもいいかしら」
惠「その前に、コーヒーはいかがですか。貰い物ですけど」
のあ「いただくわ」
惠「どうぞ。紙コップでいいでしょうか」
のあ「ありがとう」
真奈美「私もいただこう」
のあ「ねぇ……真奈美?」
真奈美「どうした」
のあ「まずいわ。このコーヒーの出所は?」
惠「和久井警部補から頂きました」
のあ「……後で聞いておきましょう。二度と飲まないように」
6
阿紗橋付近河川敷・臨時調査テント
のあ「最初に通報したのは?」
惠「通報したのは私です」
真奈美「つまり、どういうことだ」
惠「第一発見者の中学生は、交番に直接来ました」
のあ「ふむ。何か言ってたかしら」
惠「橋の下に、何か置いてあるから、来てほしい、と」
真奈美「通報するかどうか、迷ったのか?」
惠「そのようです」
のあ「発見者は遺体を見たのかしら」
惠「はい。遺体だとは思いこまなかったようですが」
真奈美「むしろ、信じられるか」
のあ「死体が寝ているなんて、信じられないでしょう」
惠「私が遺体を確認して、通報しました」
のあ「発見時に気になったことは?」
惠「遺体の状況は、奇妙でした」
のあ「見てきたわ」
惠「その申し訳ないのですが……」
のあ「そうね、さっき言ってたわ」
真奈美「そうか、君が西川保奈美の知人なのか」
惠「……はい。頭が、回らなくて」
のあ「仕方がないわ。あなたは迅速に行動し、現場を保存した」
真奈美「それで、充分だ。気に病むな」
惠「……はい」
のあ「なら、その前までならわかるわね。何個か質問を」
惠「わかりました」
のあ「雨が降りだしたのは、いつかしら」
惠「深夜2時頃でしょうか」
のあ「発見時は」
惠「本降りでした。弱まったのは、刑事さんが到着した頃でしょうか」
のあ「この付近、深夜はどうなの?」
惠「明るくはありません。特に遺体のあった橋の下は」
真奈美「そのようだな。河川敷にもほとんど街灯はない」
のあ「付近に住宅は」
惠「ここから見える通りです。近くにはありますが」
真奈美「河川敷より一段下、橋は見えない」
惠「その通りです」
のあ「目撃情報は」
惠「これから、です」
のあ「伊集院巡査、東郷あいには連絡したのかしら」
惠「……いいえ」
のあ「連絡しなかった、理由は」
惠「警察官の職務を全うしたまで、です」
のあ「嘘ね」
惠「……」
のあ「伝えないべき理由をあなたは見つけた」
惠「……その通りです。遺体を見ましたか」
のあ「ええ」
惠「遺体のどこにも争った形跡はありませんでした」
真奈美「……」
惠「それどころか、遺体は丁寧に扱われ、装飾されていました」
のあ「その通りね」
惠「ショックでした。私も、東郷邸に住んでいた一人だったから」
真奈美「身内を殺されたようなものか、それは辛いな」
惠「それよりも、私自身に」
のあ「……」
惠「保奈美ちゃんの身内が、親しい人間が犯人だと、思い込めた私がショックでした」
のあ「……」
惠「ごめんなさい、関係ない話です」
のあ「留美にちゃんと伝えなさい。あの鬼刑事でも、あなたの気持ちを汲んでくれるわ」
真奈美「のあは警部補を何だと思ってるんだ」
のあ「仕事一筋で、空き時間はトレーニングと稽古に費やしてるけど、人間の心は持ってるわ」
真奈美「褒めてはいないな」
のあ「逃げてもいいわ。任せなさい」
惠「忠告ありがとうございます。でも、自分で決めます」
のあ「ご自由に。最後に質問を一つ」
惠「なんでしょうか」
のあ「第一発見者の中学生、雨の中、何をしてたの?」
7
歌奈中学校・応接室
歌奈中学校
阿紗橋の近くにある中学校。陸上部は河川敷にある市営グラウンドを借りているとのこと。
のあ「ランニング?」
乙倉悠貴「はいっ」
乙倉悠貴
歌奈中学校の学生。今回の事件の第一発見者。陸上部、得意種目はハードル。
のあ「あいにくの雨だったわね」
悠貴「雨だと陸上部の練習お休みになっちゃうんですっ」
真奈美「なるほど、雨の日ほどランニングは欠かさないのか」
悠貴「はいっ。朝なら一度家に帰って、シャワーも浴びれますからっ」
真奈美「良い心がけだ」
のあ「交番のお巡りさん、知ってるかしら。女の人なのだけど」
悠貴「伊集院さんですね、知ってますっ。美人で、男子が良く話題にしてますよっ」
真奈美「だそうだ」
のあ「伊集院巡査が言ってた事に間違いはないわね」
悠貴「?」
のあ「あなたは、毎朝の日課をこなしていた」
真奈美「あいにくの雨だったが、ランニングをしていた」
のあ「伊集院巡査とは知り合いだったから」
真奈美「110番の前に、交番に走って行ったのか?」
悠貴「はいっ、その1人じゃ不安で」
のあ「問題ないわ。他の人を見かけたかしら?」
悠貴「降りた所には誰もいなかったと思います」
のあ「ホームレスとかはいないのかしら」
悠貴「うーん……」
のあ「いなそうね。見つけた時の状況を教えてくれる?」
悠貴「えっと、いつも通り河川敷をランニングしてたんですっ」
真奈美「ふむ」
悠貴「そうしたらっ、昨日河川敷にないものがあって」
のあ「布がかけられたベッド」
悠貴「はいっ。気になっちゃって、見に行きました」
真奈美「君も遺体を見たのか」
悠貴「死体に見えませんでした。布全部剥いだんですけど、それでも見えなくって」
のあ「何に見えたのかしら」
悠貴「寝てるお姫様に、見えました」
のあ「お城と間違えるには、考えられない場所ね」
悠貴「だから、何度も何度も話しかけたんですっ」
真奈美「でも、答えなかった」
悠貴「もう何が何だかわからなかったですっ。だから、交番に走って行きましたっ」
真奈美「警察に同じことを話したか?」
悠貴「はいっ」
のあ「相違はなし。オロオロしているあなたの目撃情報もありそうね」
悠貴「その、殺人事件なんですか……?」
真奈美「わからない。だが、警察が調べてくれている」
悠貴「……」
のあ「どうしたのかしら、何か気になることでも」
悠貴「あのっ」
のあ「なに?」
悠貴「あそこで殺されたんですか?」
のあ「わからないわ」
悠貴「それだったら、怖いな……」
のあ「大丈夫よ。次は起こさせないわ」
真奈美「ああ」
悠貴「ありがとうございますっ」
のあ「こちらこそ。あなたのおかげで、時が消し去るはずのヒントが残ったはずよ」
8
阿紗橋・下
のあ「決め手となる情報はないわね」
真奈美「ああ。警察の裏を取ってるだけだな」
のあ「好奇心は満たされるけど、これじゃ意味がない」
真奈美「同感だ。あれは……」
のあ「東郷あい、ね。聞き取りは終わったのかしら」
留美「ご協力ありがとうございました」
美波「お送りしますっ」
あい「いや、いい。歩いて帰れる距離だ」
留美「標的となる可能性があります」
あい「衝動的な犯行なら、こんな凝った殺し方はしないだろう。進展があったら、教えてくれ」
留美「では、自宅まで歩いてお供します。新田巡査、頼むわ」
美波「了解しましたっ」
あい「着いてくるなら、好きにすればいい」
のあ「悲しいというよりは」
真奈美「苛立ってるな。無理もない」
のあ「好都合ね、話でも聞いてみましょう」
真奈美「正気か?」
のあ「私は何時だって正気よ。東郷あい、さん?」
あい「なんだ。刑事じゃないな?」
のあ「お話をお聞きしても?」
あい「お断りだ。話せることは刑事に話した」
のあ「一つだけ質問を」
あい「……」
のあ「東郷邸の誰かの犯行ではありませんか?」
あい「……なんだって」
のあ「親しい人が犯人だと」
あい「失礼な奴だな!新田巡査、追い払ってくれ」
美波「ま、待ってくださいっ!高峯さん、すみませんでした!」
真奈美「謝るのは、のあだな」
のあ「ええ。申し訳ありませんでした」
真奈美「聞いてないな。収穫はあったか?」
のあ「あったわ」
真奈美「それは何だ?」
のあ「不機嫌になったが、驚いてはいなかった」
真奈美「つまり」
のあ「知ってるか、気づいているかはわからないけど」
真奈美「親しい人間の犯行だと、頭の中にある」
のあ「それでも、あの態度」
真奈美「身内は庇うタイプだ。見かけよりも情があるじゃないか」
のあ「そうみたいね」
真奈美「だが、私達の得にはならないな」
のあ「真奈美、西川保奈美の交友関係、特に芸能関係者に話を聞ける?」
真奈美「もちろん。私もそれなりに知ってる」
のあ「お願いするわ。必要なら車を使って」
真奈美「了解。のあはどうする?」
のあ「周辺を見て回るわ。進展があったら、報告して」
9
阿紗橋・下
のあ「……」
留美「あら、何か見つかったかしら」
のあ「周辺を歩いてみたわ」
留美「それで?」
のあ「ここを犯行現場に選ぶ理由を考えていたの」
留美「待って、ここが犯行現場なの?」
のあ「そこは仮定よ。放置しただけなら、警察の仕事が増えるだけよ」
留美「それで、その理由はわかったの?」
のあ「暗く深夜なら人通りも少ないわ。早朝でも人通りは多くなかった」
留美「ええ。近くに別の橋もあって、住宅しか周辺にないもの」
のあ「犯行現場として選んでも不思議じゃないわ」
留美「他にわかったことは?」
のあ「わからないことが多いことがわかったわ」
留美「哲学も修めてるのね」
のあ「暇人の遊戯だもの」
留美「私達は東郷邸に移動するわ。着いてくる?」
のあ「ほとぼりが冷めてから行くわ」
留美「そう」
のあ「久美子が調査中みたいだけど、報告は聞かないの?」
留美「時間を無駄には出来ないでしょう。結果は上がってくるわ」
のあ「刑事は忙しいわね」
留美「暇にしてくれると助かるけど?」
のあ「努力はするわ」
留美「期待してるわ、探偵さん。それじゃ、また」
10
阿紗橋・下
のあ「真奈美、おかえり」
真奈美「ああ、ただいま」
のあ「首尾は」
真奈美「劇団員、事務所社長、友人の何人かに話は聞いた」
のあ「早いじゃない。何を聞いたの?」
真奈美「評判、交友関係、トラブルがあったかどうか」
のあ「結果は」
真奈美「非常にクリーンだ。私が彼女に抱いていた良いイメージそのままだな」
のあ「死んだこと、知らせたの?」
真奈美「知らない人間には伝えてない」
のあ「それで、その結果と」
真奈美「性格はストイック、年下の面倒見が良い」
のあ「評判は?」
真奈美「抜群の歌唱力、年齢離れした落ち着きとスタイル、と言ったところか」
のあ「悪い交友関係、トラブルの類は」
真奈美「ないない。ストーカー被害もない」
のあ「ストーカーもなし、と」
真奈美「ああ。ちなみにだが」
のあ「なに?」
真奈美「東郷邸に下宿していると知っている人も少なかったぞ」
のあ「用心していた、と」
真奈美「そこじゃない。問題なのは場所だ」
のあ「現場は東郷邸に歩いて行ける距離」
真奈美「そういうことだ。芸能関係者の線は、薄い」
のあ「真奈美、ありがとう。今は少しでもヒントが欲しい」
真奈美「同感だ」
のあ「さて、次のヒントは」
真奈美「彼女かな」
松山久美子「のあさん、待った?」
松山久美子
科学捜査研究所所属。常に白衣をまとった美女。
のあ「調査は終わり?」
久美子「一通りは。遺体は移送、到着しだい検視を開始、ってとこ」
真奈美「そうか」
梅木音葉「久美子さん……道具の積み込みは終わりました……」
梅木音葉
科学捜査研究所所属。もちろん、常時白衣着用。前任者は鼻が強いタイプだったが、彼女は耳が強いとのこと。前任者は失踪中。
久美子「ありがと」
のあ「彼女は?」
久美子「あれ、はじめましてだった?」
のあ「ええ」
久美子「紹介するね。音葉ちゃんよ」
音葉「梅木です……よろしくお願いします……」
のあ「探偵の高峯よ」
真奈美「助手の木場だ」
久美子「さて、柊課長から許可は貰っているし、説明はいる?」
のあ「ええ」
久美子「お腹空いちゃった。もうお昼だものね」
真奈美「そうだな。昼食にするとしよう」
久美子「音葉ちゃんもどう?」
音葉「ご相席します……」
久美子「何がいいかなー。ユッケとか馬刺しとか」
のあ「私は構わないわ」
久美子「アンコウ吊るしてるお店は夜だけだっけ?」
のあ「ええ」
真奈美「死体を見た後とは思えない発言だな。君はどう思う?」
音葉「私……ですか」
真奈美「ああ」
音葉「良いと思います……私もお肉の気分で」
真奈美「うむ、まごうことなき久美子君の後輩だな」
音葉「はい……大学時代からの付き合いですから……」
真奈美「そういう意味じゃないんだが……」
のあ「そもそも、外で話す内容でもないわね」
久美子「確かに」
のあ「事務所に戻りましょう。真奈美、車を出して」
真奈美「はいはい。久美子君達も来たまえ、今日は4人乗りだ」
11
高峯探偵事務所
槙原志保「お待たせしました!」
槙原志保
高峯ビル2階にある喫茶St.Vのウェイトレス。キッチンとホール、両方担当。
のあ「ありがとう」
志保「いつもご贔屓にありがとうございます。ご注文のサンドウィッチランチ4つですね」
真奈美「今日は、なにかな」
志保「ローストビーフですよ、菜々ちゃん特製です♪」
久美子「うん、いい赤色ね」
志保「ティーポットもどうぞ♪」
のあ「ご苦労様」
志保「お食事終わったら呼んでくださいね。失礼します」
久美子「いただきまーす」
音葉「……いただきます」
久美子「うん、美味しい」
真奈美「のあが店を勧誘した甲斐があった。紅茶も注ぐとしよう」
のあ「久美子、わかったことは」
真奈美「食事後でもいいんじゃないか」
久美子「ごめん、あまりゆっくりしていられないから」
音葉「検死……始まっているようです」
のあ「そういうことだから。食事が喉を通らなくなるの?」
真奈美「そんなことはない」
のあ「なら問題ないでしょう」
久美子「何が聞きたいの?」
のあ「結局、殺人だったのかしら」
久美子「そっか。見ただけじゃわからないものね」
のあ「答えは」
久美子「ほぼ疑いの余地なく、殺人よ」
音葉「残念ながら……」
のあ「死因は」
久美子「失血死」
真奈美「失血死?」
久美子「ええ。あの状況からわからないでしょうけど、背中から刺されてたの」
音葉「傷は……少なくとも6ヶ所、全て背中でした……」
久美子「一つは心臓に到達してたわ」
のあ「争った形跡は」
久美子「なかったわ」
音葉「おそらく……最初の傷で、息絶えていたかと」
真奈美「……心苦しいな」
のあ「殺害現場は、発見場所と同じ?」
久美子「被害者の血液は地面に付着してたわ。血だまりも見つけた」
音葉「被害者の血液をふき取ったタオルが、下流で見つかっています……」
真奈美「ふむ」
のあ「犯行時刻は」
久美子「午前1時から2時くらい」
真奈美「丑三つ時か」
音葉「魔が降りる時間と……言います」
のあ「犯人は、被害者をその場で殺害した」
久美子「その後に、遺体を放置した」
真奈美「飾り付けてか」
久美子「ねぇ、のあさんは気にならなかった?」
のあ「何をかしら」
久美子「死因は失血死なのが初見でわからないくらい、綺麗だった」
真奈美「念入りにふき取ったのか」
音葉「おそらく……」
久美子「長い髪の毛にも、下着にも、もちろんドレスにも血がついてなかったわ」
のあ「殺害後に着替えさせたのね」
真奈美「単独犯か?」
久美子「うーん、それはわからない」
のあ「指紋とかは見つかりそう?」
音葉「期待は薄いかと……」
真奈美「なんでだ?」
音葉「美術品を素手で扱いますか……?」
久美子「所長に言ったら怒られるから、ここだけの感想ね」
のあ「……なるほど」
音葉「作業的には……単独犯でも十分に可能です」
久美子「ドレス、後が開いてて、縛るタイプだったの」
のあ「それは簡単そうね」
久美子「複数犯の可能性がある証拠もあるけど」
のあ「何かしら」
久美子「背中の傷、刃物は同じだけど、利き手が違う」
音葉「致命傷となった傷は……刺した後に時計方向にねじっています」
久美子「つまり、左利き」
音葉「別の傷……例えば、右肩から背中にかかる切り傷は」
久美子「右利きでしょうね。丸字の傷もあったけど、右利きだと思うわ」
のあ「二人はいた、と」
真奈美「本当にそうか?」
のあ「どういうことかしら」
真奈美「ナイフは同じなんだろう」
久美子「ええ」
真奈美「同じ人間が持ち替えた可能性は?」
久美子「両利き、ってこと?」
音葉「サンプルの少ない調査結果ですが……両利きは203人中10人、5%ほどです」
のあ「5%ね……」
久美子「95%は違う」
真奈美「5%のうちの一人であればいい。心当たりもいる」
のあ「誰かしら」
真奈美「西川保奈美だ。被害者の」
12
高峯探偵事務所
のあ「それ、どこから知ったの?」
真奈美「事務所のプロフィールだよ。珍しいから覚えていた」
久美子「へー。何かメリットがあるの?」
真奈美「利き手が重要な役の話が入ってくれるのかもしれない」
音葉「日常生活でも便利かもしれませんね……」
のあ「でも、被害者が両利きでも意味はないでしょう」
真奈美「まぁ、それもそうなんだが」
のあ「可能性は考慮しておきましょう」
久美子「ええ。単独犯かどうかは決めるのは、早いわ」
音葉「紅茶……もう一杯頂いてもいいでしょうか……」
真奈美「ああ」
音葉「とても美味しいです……」
真奈美「今度はお店に来るといい。オーナーの相原君も喜ぶ」
のあ「思い出したわ。指はどうなったの?」
久美子「被害者のね。中指が持ち去られていたでしょ」
のあ「どうやって」
久美子「何か刃物のようなもので、皮膚と肉を切って」
音葉「ローストビーフも美味しいです……」
久美子「ペンチみたいなもので引き抜いた」
音葉「あら……こぼれてしまいました」
真奈美「……」
のあ「殺害後かしら」
久美子「たぶん。ベットに寝かせた後だと思うけど」
真奈美「犯人はわざわざ血で汚すようなことをしたのか?」
のあ「それも変ね……」
久美子「理由はわからない」
音葉「ええ……見当もつきません」
のあ「他には、何かあるかしら」
久美子「見つかったのはこんなところ。逆は色々と」
のあ「逆?」
久美子「ありそうなのに、ないものが幾つか」
真奈美「ないもの、か」
久美子「まずは、足跡」
音葉「ほとんどありませんでした……」
久美子「たぶん、第一発見者のものと警察のものくらい」
のあ「本当なの?」
久美子「ええ。雨も降っていてぬかるんでいたのに、ね」
音葉「何かを敷いて作業していたか……」
のあ「消した?」
久美子「そうだと思うわ。そんなわけで、何人いたかもわからない」
のあ「他には」
久美子「被害者の衣服」
のあ「殺害前の?」
久美子「そう。どこにもないのよね」
音葉「血をふき取った布は見つかっているのに……」
久美子「被害者の靴も見つかってないわ」
のあ「隠蔽を図ってる」
久美子「そういうこと」
のあ「フム……見つけるべきものは」
真奈美「あるはずなのにないもの、か」
のあ「目撃情報、被害者の衣服、凶器、犯行の痕跡、それと」
真奈美「指だ」
久美子「そんなところでしょうね」
音葉「おそらくですが……検視にはあまり期待できないかと」
久美子「音葉ちゃんと同意見よ」
のあ「そう」
久美子「だから、のあさんに協力してもらいたいの」
のあ「物的証拠だけでは厳しいわね。勘で動けるのは、探偵の良い所よ」
真奈美「ああ」
久美子「ありがとう」
音葉「久美子さん……ケータイが」
久美子「あらっ、所長から。検視が終わったみたい」
音葉「戻りましょうか……」
久美子「記者会見もあるみたい。真奈美さん、署まで送ってもらっていい?」
真奈美「もちろんだ」
久美子「ごちそうさま」
のあ「紅茶を飲むくらいの余裕はあるでしょう。必要以上に焦っても仕方がないわ」
13
清路警察署・職員出入り口前
久美子「真奈美さん、ありがと!」
音葉「ありがとうございました……」
真奈美「礼にはおよばない。ご健闘を」
久美子「ええ。音葉ちゃん、行くわよ!」
真奈美「正面は人が集まってるな」
のあ「会見がはじまるもの」
真奈美「おや……」
柊志乃「こんにちは……何をご用かしら?」
柊志乃
刑事一課長。留美達の上司であり、指導役だった。歴戦の猛者が揃う一課の刑事達が逆らえない謎の貫禄がある、らしい。
のあ「志乃」
真奈美「久美子君達を送りに来た」
志乃「そう」
のあ「志乃、会見は」
志乃「そろそろよ」
のあ「いえ、責任者じゃないのかしら」
志乃「そうよ……メイクは大丈夫かしら」
のあ「それが気になるなら、大丈夫ね」
真奈美「いいのか、こんな所で油を売ってて」
志乃「刑事一課長でも……リラックスタイムは必要よ」
のあ「被害者の情報は流すの?」
志乃「ええ。テレビとかで確認して……ローカル局なら生放送してくれるわ」
真奈美「情報提供を募るのか?」
志乃「そういうこと。でも、状況は説明しないわ。あくまで、刺殺体ということだけ」
のあ「賢明ね」
志乃「メディアにネタを提供してあげるほど……お人好しじゃないの」
真奈美「ふむ」
志乃「そう……留美ちゃんから聞いてないの……?」
のあ「新情報でも?」
志乃「なら……自分の目で確かめることね……」
のあ「秘密情報と」
志乃「いたずらに混乱させたくないだけよ……会見では話さないわ」
真奈美「そんな情報なのか」
志乃「色々と、疑り深くなるわ……」
のあ「その確かめるべきものは、どこにあるの?」
志乃「東郷邸よ……」
のあ「……ふむ」
志乃「子供達が帰ってくる頃に……行ってみなさい」
14
車内
真奈美「流石だ、隙が無い」
のあ「この状態の志乃から失言を引き出せたら、大したものね」
真奈美「会見は無事に終了か」
のあ「久美子から検視の報告が来たわ」
真奈美「なんだって?」
のあ「特別な情報はないわ。凶器の推定が出来たくらいかしら」
真奈美「難儀だな。警部補に連絡は?」
のあ「会議だそうよ……案内を頼みたいのだけれど」
真奈美「仕方があるまい。柊警部も言ってたじゃないか」
のあ「帰宅後に行け、と言ってたわね」
真奈美「警部のことだ、意味はある」
のあ「証言でも何でも引き出してみろ、ってことね」
真奈美「そういうことだろう」
のあ「……少し仮眠するわ。時間になったら、起こしてちょうだい」
真奈美「ああ。起きたら、全力で稼働してくれ」
のあ「早起きしたから眠いわ……」
真奈美「自分で起きておいて……」
15
夕方
東郷邸・玄関
のあ「大和巡査部長」
亜季「お疲れ様であります」
のあ「案内してもらえるかしら」
亜季「もちろんであります」
真奈美「住人は帰ってきているのか?」
亜季「出かけていない方も含めて、全員おります」
のあ「東郷あいも?」
亜季「おりますが、メディアの応対中であります」
真奈美「矢面に立ってるのか」
のあ「それぐらいの義務はこなしてもらいましょう」
真奈美「他の人には会えるのか?」
亜季「こちらへどうぞ」
16
東郷邸・リビング
及川雫「保奈美さんについて、ですかー」
棟方愛海「保奈美お姉ちゃんは……」
及川雫
東郷邸の住人。社会経験と勉学のため、実家の及川牧場から離れて東郷邸に下宿している。
棟方愛海
東郷邸の住人。中学進学を機に、東郷邸で下宿し始めた。寂しがり屋らしい。
のあ「ええ。残念なことになったけれど、聞かせてちょうだい」
雫「あのー」
のあ「素直な気持ちを聞かせて」
雫「由愛ちゃんには話さないで欲しいですー」
のあ「え?」
愛海「保奈美お姉ちゃんが、一番気にかけてたんだ」
亜季「お話するのを忘れていました。成宮由愛殿という学生がいますが、事件の件はご内密に」
のあ「どうして?」
亜季「……時期にわかるであります」
のあ「……わかったわ。あなた達の気持ちを教えて」
愛海「信じられないよ」
雫「私もですー」
愛海「だって」
雫「とーっても優しくて包容力もありますー」
愛海「凄い真面目で真面目過ぎるくらいなのに」
のあ「昨日の夜は何を」
愛海「警察の人にも話したよ」
雫「真っ直ぐお家に帰ってきて、まゆちゃんが作ってくれたお夕飯をみんなで食べましたー」
のあ「みんな?」
愛海「あいさんはお仕事だったけど、皆で」
のあ「西川保奈美も?」
愛海「うん」
真奈美「ということは、夜に出て行ったのか」
愛海「……たぶん」
真奈美「真面目な保奈美君の行動とは思えないな」
愛海「でしょ!何かがおかしいよ!」
雫「愛海ちゃん、リラックスですー」
愛海「むー、保奈美お姉ちゃんにもっと抱き付きたかった……」
のあ「二人は、夜は出かけてないの?」
愛海「うん。雫お姉ちゃんと一緒だったから」
雫「一緒の部屋で寝たんですよー」
のあ「そう。ありがとう」
真奈美「ショックだと思うが、気に病まないでくれ」
亜季「犯人は必ず見つけるであります」
のあ「ところで、変な質問をするけど」
雫「なんでしょうー?」
のあ「利き手、どっちかしら?」
愛海「利き腕?」
雫「右利きか左利きか、ですかー?」
のあ「ええ」
愛海「あたしは、いざという時のために訓練してるんだ」
のあ「はい?」
雫「箸は左でー、ハサミは右手ですー」
真奈美「……ん?」
愛海「あのね、緊急時は右とか左とかじゃないんだよ」
雫「トラクターとかは右利き用に作られてますねー」
愛海「頂点は両手で掴み取るんだよ……」
亜季「棟方殿は何と戦ってるでありますか……?」
雫「自然と使い分けられるんですよー」
真奈美「つまり」
のあ「二人とも両利きなのね……」
17
東郷邸・廊下
亜季「おや、良い所に」
のあ「こんにちは」
赤西瑛梨華「はーいどーも☆瑛梨華ちゃんにごよう?」
赤西瑛梨華
東郷邸の住人。芸能活動のため岡山から上京してきた。活動方針はラブリー☆バラドル。
のあ「ええ。昨日のお話を聞かせて欲しいの」
瑛梨華「もち……げっ」
のあ「げっ?」
真奈美「げっ、とは随分だな。瑛梨華君?」
瑛梨華「鬼トレーナーの、MA・NA・MI!」
のあ「真奈美、知り合いなの?」
真奈美「ああ。仕事で出入りしている事務所の子だ」
のあ「真奈美は鬼なのね」
瑛梨華「ちょー、スパルタだよっ!瑛梨華ちんはバラドルなのに☆」
のあ「鬼なのは知ってるわ」
真奈美「その話は後にしてくれ。本題に入ろう」
瑛梨華「保奈美ちゃんのこと?」
のあ「ええ。話を聞かせて」
瑛梨華「夜は一緒にご飯を食べて、テレビを見て、それだけ。何も知らない」
のあ「知らなくはないわ」
真奈美「君は保奈美君を知ってる」
瑛梨華「……」
のあ「何でもいいわ」
瑛梨華「……やっぱり、瑛梨華ちんは知らないよ」
真奈美「……」
瑛梨華「殺されちゃう理由なんて、知らない」
のあ「ごめんなさい。悪いことを聞いたわ」
真奈美「すまない。せめて、いつもの君でいてくれ」
瑛梨華「だよねっ☆瑛梨華ちゃん命はE・GA・O!」
のあ「それでいいわ」
瑛梨華「相方さんもそう言ってるよ、リアクションとお色気はO・M・KA・SE☆」
真奈美「歌のレッスンは受けてくれ。君は芸人そのものではなく、アイドルだ」
瑛梨華「ごまかせないっ!」
のあ「真奈美は頑固だから」
瑛梨華「でも、皆の前で笑顔は出来ないかも。瑛梨華ちゃん、自信ない」
のあ「誰かを、疑ってるから」
瑛梨華「……」
亜季「高峯殿、言葉が過ぎるであります」
真奈美「のあ」
のあ「距離を置いていいのよ。それで離れる関係では、ないでしょう」
真奈美「事務所の寮があるだろう」
瑛梨華「うん、お泊りの気持ちで行ってくる☆」
のあ「狙われずに、済むわ」
真奈美「……」
のあ「最後に一つだけ質問を」
瑛梨華「なになに?」
のあ「利き手はどっちかしら?」
瑛梨華「ふっふーん、瑛梨華ちんはなんと!」
真奈美「彼女も両利きだ。器用なものだな」
瑛梨華「真奈美ちゃんの、BO・KE・GO・RO・SHI!」
18
東郷邸・中庭
亜季「いいのでありますか」
のあ「私は疑えとは言ってないわ。赤西瑛梨華に護衛をつけてくれ、と言っただけ」
亜季「それなら、了解であります。警部補殿を通じて、人を派遣するであります」
のあ「ありがとう。真奈美の知り合いは他には」
真奈美「いない。芸能関係者は、ここには二人だけだ」
のあ「例えば、そこの彼女とか」
亜季「藤原肇殿でありますな」
真奈美「中庭に窯があるのか?」
のあ「陶芸家なのかしら」
亜季「ええ。既にデビューしているそうであります」
真奈美「聞いてみるとしよう」
のあ「失礼、お話を聞いていいかしら」
藤原肇「……」
藤原肇
東郷邸の住人。とある窯元の跡取り娘で、陶芸家。別の世界を知るべき、ということで家から出された。
のあ「藤原肇さん?」
肇「うるさいです。黙っていてください」
のあ「事件の調査をしているの。少しだけ、でも」
肇「大切な火を入れているところなんです!後にしてください!」
真奈美「のあ、撤退しよう。陶芸家の集中時だ」
のあ「ええ……ごめんなさい、お邪魔したわ」
肇「……」
亜季「朝は証言してくれたそうでありますが」
のあ「タイミングが悪かったわ。出直しましょう」
亜季「そうでありますな。アリバイは他の住人と同じであります」
のあ「お邪魔のようだから、次に行きましょう」
亜季「了解であります。キッチンで食事の準備をしているであります」
19
東郷邸・キッチン
佐久間まゆ「アーニャちゃん、ニンジンを切ってもらえますかぁ」
アナスタシア「ダー。今日はカレー、ですね」
佐久間まゆ
東郷邸の住人。親族の家を転々としていたが、4月から東郷邸に移り住んだ。お料理と編み物が趣味の優しい女の子。
アナスタシア
東郷邸の住人。日ロハーフ。両親はロシアに再び戻ったが、本人の希望により日本で暮らしている。
のあ「こんばんは」
まゆ「こんばんは……どちら様でしょうか」
亜季「探偵殿であります。捜査にご協力いただいているであります」
まゆ「探偵さん……」
アナスタシア「マユ、ニンジン、持ってきました。いつも通り、でいいですか?」
まゆ「うん。ジャガイモ、入れた方がいいかなぁ……」
アナスタシア「ジャガイモ、好きですよ」
まゆ「なら、入れようかな……ジャガイモは、っと」
真奈美「カレーか。我が家も夕飯はどうしようか」
のあ「終わってから考えましょう……えっと」
亜季「佐久間殿とアナスタシア殿であります」
アナスタシア「こんばんは……カーク ヴァス ザヴート」
のあ「名前は高峯のあよ。よろしく」
真奈美「木場だ。のあ、ロシア語も出来たのか?」
のあ「簡単なものしか出来ないわ。こういう場面では使えない」
まゆ「こういう場面……」
のあ「手は動かしたままでいいわ。話を聞かせて」
アナスタシア「ダー。マユ、ニンジン、切り過ぎてしまいました」
まゆ「少し多いくらいなら、大丈夫。探偵さん、昨日の話ですかぁ?」
のあ「ええ。他の人にも聞いているけど、念のためよ」
アナスタシア「昨日、皆で夕ご飯を食べました。ホナミも、一緒でした」
のあ「誰が担当だったの?」
まゆ「私です。お魚とサラダと大根のお味噌汁で……」
アナスタシア「いつもと同じ、ウジン、夕食でした」
のあ「何か変わったところは?」
まゆ「何も……」
のあ「夕食は何時ごろかしら」
まゆ「19時半くらいでした」
のあ「全員が食堂にいたのは何時頃までかしら」
まゆ「うーん……アーニャちゃんはわかる……?」
アナスタシア「21時くらい、ですか。ユメ達は部屋に戻って、エリカと私はテレビを見ていました」
まゆ「22時ぐらいに、リビングに行ったら、あいさんが帰ってきてました」
アナスタシア「はい。マユ、タマネギ、いためますか?」
まゆ「お願い。透明になるまで炒めてくださいねぇ」
のあ「東郷あいに変わった様子は?」
まゆ「いいえ。疲れていても、キリッとしてて優しいですよぉ」
アナスタシア「私とエリカも、23時には部屋に戻りました」
まゆ「私も23時にはお休みしました……」
のあ「西川保奈美の様子は?」
まゆ「いつも通りでした、お仕事がひと段落して、リラックスしてました」
アナスタシア「夕食後は、ユメの部屋に行ったみたい、ですよ?」
亜季「ふむ……」
真奈美「どうした、大和君?」
亜季「いいえ。何でもないであります」
のあ「深夜に出て行った人はいるかしら?」
まゆ「わかりません……」
アナスタシア「ホナミ、いつ出て行ったのでしょう……ドーシチ、雨でした」
まゆ「犯人、見つかりますか?」
のあ「もちろんよ、佐久間さん」
真奈美「ああ、約束しよう」
アナスタシア「それと……まだ、ホナミの顔を見れません」
亜季「申し訳ないであります……明日には必ず」
まゆ「……なんで、殺されちゃったんでしょう」
のあ「殺す理由はあっても、殺していい道理はないわ」
まゆ「……そうですね」
アナスタシア「ノア、優しいですね」
のあ「優しくはないわ。ただ、知りたいだけよ」
まゆ「真相、ですか」
のあ「その通り。ありがとう、気を落とさないで」
アナスタシア「スパシーバ、ノア」
のあ「それと」
まゆ「それと……?」
のあ「器用ね、あなた達」
アナスタシア「なんのこと、ですか?」
のあ「こっちの話よ」
20
東郷邸・離れに続く廊下
真奈美「見たか?」
亜季「見たであります。意識してるのでありましょうか?」
のあ「わからないわ」
真奈美「包丁から菜箸まで、右手左手を気にしないんだから、才能だ」
のあ「次が最後の住人?」
亜季「そうであります。先ほど話に出ていましたが、成宮由愛殿であります」
真奈美「部屋は離れか。といっても、ほぼ同じ建物のようなものだな」
亜季「中庭の脇を通る廊下でつながっているであります」
のあ「藤原肇は、まだ火を眺めてるわね」
真奈美「まずは、成宮由愛だな」
のあ「離れは成宮由愛の部屋だけかしら」
亜季「成宮殿の自室兼アトリエ、それと藤原肇殿の自室もあるであります」
のあ「他の住人は母屋側なのね」
亜季「そうであります。東側にアナスタシア殿、棟方殿、及川殿の自室があるであります」
真奈美「ふむ。西側は」
のあ「赤西瑛梨華、西川保奈美、佐久間まゆ」
亜季「それと、東郷殿の書斎と寝室であります」
真奈美「離れは北側だな」
亜季「はい。その入る前に確認でありますが」
のあ「成宮由愛には伝えてないのね。わかってるわ」
亜季「いえ、そうではなく」
真奈美「そうではなく?」
亜季「驚かないように。警部補殿でも表情を保つのが難しかったであります」
のあ「留美が表情を崩すなら、相当ね。覚悟しておくわ」
亜季「お願いするであります」
真奈美「柊課長が言ってた、新情報か」
のあ「そのようね。楽しみだわ」
亜季「成宮殿、入っても良いでありますか?」
21
東郷邸・成宮由愛の自室兼アトリエ
のあ「なっ……」
真奈美「彼女が振り返る前に口を閉じろ」
成宮由愛「あ、刑事さん……こんばんは……えっと」
成宮由愛
東郷邸の住人。注目を集めつつある若手芸術家。水彩画を得意とする。
亜季「絵の途中でありましたか。お時間は大丈夫でありますか?」
由愛「休憩中です……ご飯の時間だから」
亜季「進捗はどうでありますか」
由愛「順調です……個展に間にあいそう……」
のあ「……」
亜季「紹介するであります」
由愛「どなた……ですか?」
のあ「ゴホン。高峯のあ、探偵よ」
真奈美「助手の木場だ。よろしく」
由愛「探偵さん……?」
亜季「付近に不審者が出たとのことでありますが、ご協力をお願いしているであります」
のあ「ええ。お話を聞いてもいい?」
由愛「ごめんなさい……今日は外に出てなくて……」
真奈美「外に出てない?」
由愛「個展が近いから……ママがお休みしなさい、って……」
真奈美「いいのか?」
のあ「方便でしょう……個展にはその絵を飾るの?」
由愛「はい……保奈美さんがモデルになってくれて……」
のあ「そう。上手いわね」
由愛「上手い……ふふっ」
のあ「どうしたの」
由愛「ううん、なんでもありません……完成したら見に来てください……」
真奈美「……」
のあ「写真も多いのね」
由愛「保奈美さんにお願いして……撮らせてもらいました」
のあ「真奈美、どうかしら」
真奈美「綺麗に撮れている。写真の素質もあるんじゃないか?」
由愛「違います……保奈美さんが撮られ方を知ってるから……」
のあ「ふむ……」
由愛「あの……保奈美さんは、今日は戻ってこないんですか?」
亜季「今日は仕事で泊まりであります」
のあ「……」
由愛「途中ですけど……今日も見てもらいたいな」
真奈美「昨日見たのなら、完成からでも遅くはないんじゃないか?」
由愛「出来れば……途中じゃないと」
真奈美「……ん?」
のあ「成宮由愛、ケータイは持ってるの?」
由愛「いいえ……ママがまだ早いって」
のあ「そう。昨日は西川保奈美に絵は見てもらったの?」
由愛「はい……」
のあ「何か、言ってたかしら?」
由愛「ちょっと恥ずかしい、って……美人に描きすぎよ、とか……」
のあ「もう少し驕ってもいいのに」
由愛「本物はもっと、綺麗だから……絵じゃ描けないところが一杯あります」
真奈美「……」
由愛「舞台の上の保奈美さんは……絵で表現できません」
のあ「個展、上手く行くといいわね。少し作品について聞いてもいいかしら?」
由愛「探偵さん、絵がわかるんですか……?」
のあ「多少は」
真奈美「謙遜だ。高峯のあは市立美術館の有力な支援者の一人だぞ?」
由愛「本当?私の個展はそこで開くんです……」
のあ「嘘ではないけど、投資をしているだけよ。私は私の感じるままでしか評価できない」
由愛「それって……とても大切です」
のあ「それで、向こうに置いてある、ほぼ同じ二枚の絵を合わせたタイトルは何かしら?」
亜季「タイトル?」
真奈美「二枚の絵を合わせる?」
由愛「左と右の隔たり、です……個展にも出そうかな……」
のあ「ありがとう。個展、成功するといいわね」
22
東郷邸・中庭
のあ「大和巡査部長」
亜季「ご苦労をおかけするであります。成宮由愛殿はこの通りであります」
のあ「警察は、どう見てるの。あからさまにモチーフになった絵を成宮由愛が描いている」
真奈美「写真も、だ。作品のためか、西川保奈美に執着しているのか、判別できない」
亜季「まだ何とも言えませんが」
のあ「関係がないと言い切れるわけないわね」
真奈美「そうだろう」
のあ「隠しているのは、誰の意思?」
亜季「成宮由愛の母上殿から、警察関係者まで色々であります」
のあ「とりあえず、現状維持と」
亜季「警察の立場から言えば、そうであります」
真奈美「家族からすればそうじゃない」
のあ「わかってるわ。そこまで人の気持ちがわからないわけじゃない」
真奈美「だが、困ったな」
のあ「ええ」
肇「……」
亜季「藤原殿、終わったでありますか」
肇「はい。先ほどは、失礼しました」
のあ「こちらこそ」
肇「それで、由愛ちゃんには」
のあ「何も知らせてないわ。こっちが驚いただけ」
肇「驚いた……?」
のあ「左と右の隔たり、見たかしら」
肇「あれは、習作ですよ。誰にでも描けるものでは、ありませんが」
のあ「わかってるわ。でも、隔たりは現れた」
肇「ええ。一人の人間でも、違うのですから」
のあ「他人はもっと違うわ」
肇「そうかもしれませんね」
亜季「結局、わからないでありますが」
のあ「質問をしていいかしら?」
肇「お詫びと言っては仕方ありませんが、どうぞ」
のあ「西川保奈美の絵を、いつから描いてるの?」
肇「いつからでしょうか。個展に出したいとは、言っていましたが」
のあ「ふむ。描いてることは、知ってたの?」
肇「少なくとも私は。知ってる人は少なくはありません」
のあ「ふむ……」
肇「どうして、そんなことを聞くんですか?」
のあ「残念でしょう。協力した作品を見られないのは」
肇「……そうですね」
のあ「昨日の夜、気になったことは」
肇「ありません。保奈美ちゃんは、いつ出て行ったのでしょうか」
亜季「わかっていないであります」
のあ「藤原肇、質問を」
肇「どうぞ」
のあ「犯人は両利きよ。あなたはどうかしら」
肇「へぇ……」
真奈美「……」
肇「私は両利きですよ。どちらの手でも人を殺すことができます」
のあ「そう」
肇「犯人、見つけられますか」
のあ「見つけるわ」
肇「期待してます。お腹がすきました。キッチンは行きましたか?」
のあ「ええ。カレーだったわよ」
肇「ふふ。まゆちゃんの作るカレー、美味しいんですよ」
真奈美「そうなのか?」
肇「ヘルシーで、とっても優しい味がします。由愛ちゃんを呼んでから行きます。失礼します」
のあ「ええ……」
亜季「言い切ったでありますな」
真奈美「自分が容疑者の一人だと、言い切った」
のあ「自分がじゃないわ。自分達が」
真奈美「ふむ。ところで、左と右の隔たり、は結局なんだ?」
のあ「左手と右手で全く同じものを描いてるわ。私も可能性がなければ気づかないレベル」
亜季「ふむ。まだまだ修行が足らないでありますな」
真奈美「となると」
のあ「ええ。考えたくはないけれど」
亜季「……ええ」
のあ「東郷あいに会ってから、帰りましょう」
亜季「了解であります。こちらへ」
23
東郷邸・東郷あいの書斎
亜季「東郷殿、失礼するであります」
あい「ああ。入りたまえ」
まゆ「あ、探偵さん……」
亜季「佐久間殿、お邪魔したでありますか」
まゆ「大丈夫ですよぉ、お夕飯に呼びに来ただけですから」
のあ「そう。少しだけお時間を頂けるかしら」
あい「構わない。まゆ君、明日はいいが、それ以降は考えよう」
まゆ「はい……失礼しますね」
あい「……」
のあ「お邪魔だったかしら」
あい「構わない。メディアに比べればマシだ」
のあ「先ほどは失礼な質問を」
あい「最初だから面食らっただけだ。それ以降の心構えになった」
のあ「そう。それは良かった」
あい「それで、聞きたいことは」
のあ「佐久間まゆとは何の話を」
あい「それは、彼女のプライベートな問題だ。言わせないでくれ」
のあ「なら、西川保奈美のことを」
あい「芸能界を目指して下宿先を探していた。支援出来たのはたまたまだ」
のあ「殺されるようなことは」
あい「あると思うか」
真奈美「私は今の所、見つけられていない」
あい「そうだろう。家の子供達から話は聞いただろう」
のあ「ええ」
あい「なら、その通りだ。信じてくれ」
のあ「でも、犯人はいるわ」
あい「通り魔の可能性は」
のあ「ないでしょう。西川保奈美が深夜に徘徊してるならともかく」
あい「そんなことをする子じゃない」
のあ「昨晩のことは」
あい「10時頃に帰宅した。1時には休んだよ」
のあ「東郷あい、あなたは遺体の状況を見たわね?」
あい「……ああ」
のあ「成宮由愛の絵と一致していたわ」
あい「……」
のあ「偶然の一致とは思えない」
あい「……」
のあ「誰かがあの場所に配置した、まだ完成すらしてない絵の通りに」
あい「何が言いたい?由愛君が犯人だとでも?」
のあ「そうは言っていない。疑うべき人間は絞られてしまう、と」
あい「その通りだ。だが」
のあ「だが?」
あい「私は、彼女たちを疑うわけにはいかない」
のあ「それが正しい態度かしら」
あい「そういう問題ではない。立場の話だ」
のあ「調査には非協力的、と」
あい「悪く言えば、そうだ」
のあ「仕方がないわ。こちらでやるわ。それを怨まないで」
あい「わかってるさ。私はただ彼女達に疑いの目がかかるのが、嫌なだけだ」
のあ「だけど、決定的な情報はないわ」
亜季「目撃情報も特にはありません」
のあ「小さな糸を辿っていくしかない」
あい「探偵の心がけを聞かされても、何も進まない」
のあ「なら、質問を」
あい「なんだ」
のあ「あなた、利き腕はどちらかしら」
あい「ふっ……どちらだと思う?」
のあ「ペンだこは右にあるわ。ペンは右利き」
あい「その通り、正解だ」
のあ「だけれど、左腕に筋肉が付いている。例えば、そこの写真」
あい「正解だ。日常生活は右、スポーツは左だ。幼少の頃は、左利きだった」
のあ「つまり、両利き。犯人と同じよ」
あい「つまり、私が犯人という可能性もある」
のあ「そうなら、あなたは大嘘つきね」
あい「言った気持ちは本当だ」
のあ「……そう」
あい「夕ご飯の時間だ。カレーが冷めてしまう」
のあ「最後に一つだけ」
あい「なんだ?」
のあ「成宮由愛に、あなたが真実を告げるの?」
あい「……その責任は果たすさ」
24
東郷邸・玄関前
のあ「留美」
留美「今日の調査は終了かしら」
のあ「ええ。そっちは」
留美「部屋が空いているようだから、警察を駐在させるわ」
のあ「得られる情報が減ってきたわけね」
留美「そういうことよ」
亜季「警部補殿が駐在されるのでありますか」
留美「私じゃないわ。新田巡査にお願いしてるの」
真奈美「その新田巡査はどこかな」
留美「食事中よ。1時間もしたら来るわ」
のあ「新田巡査なら年も近いし、問題ないでしょう」
留美「ええ。大和さん、部屋の準備をしましょう」
亜季「了解であります」
のあ「ねぇ、留美」
留美「なにかしら、探偵さん?」
のあ「刑事の勘は、犯人は誰だと告げている?」
留美「勘は意味がないわ。それは警察の仕事じゃないもの」
のあ「いつも通りね」
留美「だから、駐在員を置くのよ」
真奈美「それは、質問の答えか?」
留美「さぁ?」
のあ「そう。またね、留美」
留美「ええ。おやすみなさい」
25
高峯探偵事務所
のあ「ごちそうさま」
真奈美「どうだった」
のあ「真奈美が作るご飯はいつでも美味しいわ」
真奈美「何も話さないからな。口に合わないかと」
のあ「誰かが作ってくれた料理は、美味しいものよ」
真奈美「確かにな」
のあ「真奈美、今日のおさらいを」
真奈美「ああ。事件は深夜」
のあ「西川保奈美が殺害され、飾り付けられた」
真奈美「そして、それにはモチーフがあった」
のあ「成宮由愛の絵。髪の流れ方、姿勢、服装」
真奈美「寝ている本人もだ」
のあ「殺害方法は」
真奈美「刃物だ」
のあ「使っていた腕は」
真奈美「両方だ。犯人は両利き」
のあ「おそらく、犯人は顔見知り」
真奈美「顔見知りで利き腕が一致する人間は」
のあ「東郷あい含めて多数」
真奈美「昨夜の同行はわからない」
のあ「アリバイはあるわ。だから、いつ屋敷から出たか」
真奈美「東郷邸の住人は口を開くか?」
のあ「それは、これからの努力次第」
真奈美「そのうえ、証拠は隠蔽されてる」
のあ「被害者の衣服、足跡、凶器、それと中指は見つからない」
真奈美「目撃情報も」
のあ「最初の発見者、乙倉悠貴まで目撃情報はない」
真奈美「死体の状況からして、それなりの時間が必要なはずだ」
のあ「目撃情報を消し去る、手段があったのかもしれない」
真奈美「共犯者か」
のあ「それもわからない」
真奈美「のあ、犯人は誰だと思う」
のあ「誰と言うのは難しいわ」
真奈美「なら、動機はなんだと思う?」
のあ「動機……」
真奈美「成宮由愛の絵の通りに行った理由は何だろうな」
のあ「成宮由愛の絵は、遅かれ早かれ完成する」
真奈美「待てなかったのか」
のあ「敵対視、模倣かもしれない。あるいは、協力」
真奈美「成宮由愛のために、モデルを作ったのか?信じられん」
のあ「成宮由愛が作った、かもしれないわ」
真奈美「本気か?絵のために、少女がそんなことをするのか」
のあ「ただの可能性。確率が低くても、今は外せない」
真奈美「絞り込む要素がないから、か」
のあ「ええ。動機も不明瞭」
真奈美「手詰まりか」
のあ「いいえ、まだ天から情報が降ってくるのを祈るには早い」
真奈美「アテがあるのか?」
のあ「ある。全ての関係者が出そろっていない」
真奈美「それは誰だ」
のあ「わからないから、見つけにいくとしましょう」
真奈美「勘か」
のあ「そういうこと」
真奈美「探偵の勘を信じるとしよう」
のあ「そのために、必要なことは」
真奈美「なんだ?」
のあ「十分な睡眠とみく質」
真奈美「その言葉、気に入ったのか?」
のあ「先に休むわ。真奈美もお疲れ様」
真奈美「気になる点も今は不問にしよう。存分にリラックスしてくれ」
のあ「明日も東郷邸に行くわよ。おやすみ、真奈美」
真奈美「おやすみ、のあ」
26
翌朝
高峯探偵事務所
のあ「おはよう」
真奈美「寝坊助さんだな。いつも通り」
のあ「今、何時かしら」
真奈美「10時だ。ゆっくり眠れたか?」
のあ「存分に」
真奈美「大丈夫そうだな。着替えも済んでる」
のあ「行けるかしら、真奈美?」
真奈美「もちろんだ」
のあ「目覚めの一杯を」
真奈美「それじゃあ、これだ」
のあ「投げないでちょうだい……これは」
真奈美「エナジードリンクだ。効くぞ?」
のあ「効き目は聞いてない。紅茶とかコーヒーじゃないの?」
真奈美「偶にはいいだろう?」
のあ「時間もないわ。いいでしょう」
真奈美「飲み終わる前に、車を持ってくる」
のあ「急ぎなさい……ごほっ」
真奈美「言い忘れてたが、炭酸も味も強烈だ」
27
東郷邸・玄関
美波「おはようございますっ」
のあ「新田巡査、おはよう」
真奈美「昨日の様子は」
美波「何もありませんでした」
のあ「そう。印象は?」
美波「印象、ってなんでしょうか?」
のあ「犯人、犯行の予兆、何かあった?」
美波「いいえ。東郷さんは良い人ですし、皆良い子達です」
真奈美「話をしたのか?」
美波「少しだけですけど」
のあ「目撃情報とか見つかってないかしら」
美波「重要なものは、まだ」
のあ「そう。今、成宮由愛はいるの?」
美波「はいっ」
のあ「東郷あいは?」
美波「お仕事だそうです。それと、佐久間さんがいらっしゃいますよ」
のあ「佐久間まゆ、がいるの?」
美波「はい。今日は学校をお休みしたみたいです」
真奈美「ふむ。成宮君が心配かもしれないな」
のあ「……」
真奈美「どうした、のあ」
のあ「なんでもないわ。新田巡査、あがらせてもらうわ」
美波「はいっ。お帰りの時は言ってくださいね」
28
東郷邸・リビング
まゆ「……」
のあ「こんにちは、佐久間まゆ」
まゆ「探偵さん……こんにちは」
真奈美「学校は休みか?」
まゆ「学校はお休みしました……」
のあ「何のために?」
まゆ「えっとぉ、由愛ちゃんを独りに出来ないから」
のあ「そう。そういうことにしておくわ」
まゆ「ごめんなさい……」
のあ「謝らなくていいわ。理由をつけて行きたくないところなら、行かなくていいわ」
まゆ「そんなわけじゃありません……」
真奈美「のあ、口が過ぎるぞ」
のあ「ここが居心地のいい場所なら、それでもいいわ」
まゆ「ええ……とても」
のあ「他の住人は?」
まゆ「あいさんはお仕事に、肇ちゃんとアーニャちゃんは学校に」
のあ「及川雫と棟方愛海は?」
まゆ「ひとまず学校に行きました……早退するみたいですけど」
真奈美「早退?」
まゆ「……ご家族がここに来るらしいです」
のあ「そう。赤西瑛梨華は」
まゆ「しばらく、お仕事の関係で事務所の寮で暮らすそうです……大きな荷物を持って、今朝出て行きました」
のあ「ちゃんと帰ってくるわ。心配しないで」
真奈美「成宮由愛は」
まゆ「お部屋にいますよぉ。今も絵を描いています」
のあ「あなた、今、描いてる絵を知ってるかしら」
まゆ「……はい。保奈美ちゃんの絵、ですから」
のあ「……」
まゆ「犯人、見つけてくれますか……」
のあ「ええ」
まゆ「そうしたら……元に戻りますか」
のあ「……努力するわ」
まゆ「……」
のあ「テレビでもつけたらどうかしら。昼間は静かすぎるでしょう」
まゆ「故障してるから……そういうことにしてます」
のあ「成宮由愛に知らせないため」
まゆ「……はい」
のあ「私には、あまり良い選択には思えないけど」
まゆ「私には……わかりません」
のあ「……真奈美」
真奈美「なんだ」
のあ「成宮由愛の所に行きましょう」
真奈美「ああ」
29
東郷邸・成宮由愛の自室兼アトリエ
のあ「こんにちは。お邪魔してもいいかしら」
由愛「探偵さん……こんにちは」
のあ「少しお話を聞いていいかしら」
由愛「ちょっと待ってください……うん、上手く引けた……」
のあ「ここでいい、それともリビングに?」
由愛「ここで大丈夫です……」
真奈美「差し入れだ。ジュースは、リンゴとオレンジなら、どっちがいい?」
のあ「あら、用意がいいじゃない」
由愛「オレンジを貰っていいですか……?」
真奈美「どうぞ。のあにはリンゴをあげよう」
のあ「ありがとう。今はオレンジの気分だったのだけど」
由愛「交換しますか……?」
のあ「冗談よ。あなたが飲んで」
由愛「取り替えっことか、分け合うの楽しい……ここに来てわかりました」
真奈美「姉が増えたようなものだからな」
由愛「はい……」
のあ「仲良くてなにより。写真を見せてもらってもいいかしら」
由愛「写真……」
のあ「絵のモデルにしてる写真」
由愛「そこに飾ってあるのと、下の箱に入ってます……」
のあ「ありがとう。西川保奈美とは仲がいいの?」
由愛「一緒に劇を見に行きました……保奈美さん、好きだから」
真奈美「勉強熱心だな」
のあ「どうして、西川保奈美をモデルにしたの?」
由愛「うーん……誰でも良かったんです」
のあ「誰でも良かった?」
由愛「みんな大好きだから。でも……保奈美さんは力を持ってた」
真奈美「力?」
由愛「えっと……力じゃなくて」
のあ「魅力、雰囲気、あるいは意味かしら」
由愛「意味を人に想起させる空気を持ってました……」
真奈美「なんとなく言いたいことはわかるが」
由愛「ごめんなさい……言葉にするのは苦手で……」
のあ「あなたには絵があるわ」
由愛「でも……伝わらないこともあります」
のあ「そこで言葉に逃げるのを覚えるのはまだ早いわ」
真奈美「のあは言葉で説明する手間をもう少し割いて欲しい」
のあ「人には得手不得手があるわ。適材適所よ」
真奈美「逃げちゃいけない時もあるわ」
由愛「仲良しなんですね……」
のあ「ええ。良い相棒よ」
真奈美「嘘くさいな。もっと感情をこめて言ってくれ」
のあ「真奈美、愛してる」
真奈美「言葉まで嘘になったぞ」
由愛「ふふっ……」
のあ「本職は油絵なの?」
由愛「違います……得意なのは水彩画です」
のあ「水彩画?」
真奈美「確かに、ほとんどが水彩画だな。あと、人物のスケッチ」
由愛「写生と水彩画が得意です……コンクールで賞を取ったのはその二つです」
のあ「でも、今回は油絵なのね」
真奈美「新しい技法にチャレンジしたかったのか?」
由愛「それはちょっとだけ……」
のあ「別の理由がある」
由愛「水彩画だと表現出来ないから……」
真奈美「ふむ」
由愛「どうですか……?」
のあ「何が?」
真奈美「絵のことか?」
由愛「どう見えますか?」
のあ「綺麗よ。妖艶さすら感じるわ、女性的な魅力が表現されてる」
由愛「あの」
のあ「なに?」
由愛「写真を見てもそう思いますか?」
のあ「撮り方にもよるけど、これとかはそうね。一方で、このあなたと映っている写真は少女に見えるわ」
由愛「やっぱり……明日には完成させるつもりです……」
のあ「やっぱり?」
真奈美「待て、ノックだ」
由愛「どうぞ……」
留美「成宮さん、お邪魔するわ」
のあ「留美?」
由愛「なにか、ごようですか……?」
留美「ごめんなさい。その二人を呼びに来たの」
のあ「私?」
留美「ええ。ちょっと、来てちょうだい」
30
東郷邸・警察の詰め部屋
のあ「いつの間に、機材なんて搬送したの?」
美波「昨日の夜ですっ」
のあ「いつでも殺人事件が起こっても良さそうね」
真奈美「縁起でもないことを言うな」
留美「新田巡査、映像をこの二人に見せてもらえる?」
美波「はいっ。ちょっと待ってくださいね」
のあ「映像?」
留美「監視カメラを見つけたのよ」
真奈美「警部補が?」
留美「違うわ。新田巡査よ」
のあ「お手柄ね」
美波「そうとも言い切れなくて。準備出来ました」
留美「監視カメラはSDカードで記録するものよ。コマ数が少ない代わりに長い日数を保存できるわ」
のあ「そう。でも必要なのは、事件の夜だけよ」
美波「それが……」
留美「ないわ」
のあ「ない?」
美波「事件前に電源を消したようです。電源を消した前後のデータもありません」
留美「データは4日前からないわ」
のあ「直接的な証拠にはならないと。でも、人の出入りが見れるわ」
留美「ええ。先ほど確認したわ」
美波「出入りは多くありませんが、宅配業者であったり、来客はそれなりにいました」
留美「その中で、何度か出入りがある人物が一人。出してちょうだい」
美波「はい。年齢は20代前半、茶髪でパーマのかかった髪、何度か小型犬を連れています」
留美「犬種はビション・フリーゼ。そんなことはともかく、彼女から何か話しが聞けるかもしれないわ」
美波「まずは、この人物に話を聞こうかと」
のあ「彼女は知ってるわ」
留美「本当?」
真奈美「知ってるもなにも……」
のあ「美容師よ。勤務先はZ-artという美容室」
真奈美「今朝も挨拶したぞ?」
のあ「所在地は高峯ビル1F。フルタイム勤務ね」
美波「高峯ビル?」
留美「探偵事務所の下、というかあなたのビルの店子じゃない」
のあ「その通り。名前は太田優。連絡先も知ってるわ」
31
東郷邸・リビング
太田優「まゆちゃん、こんにちはー」
太田優
美容師。勤務先は高峯ビル1FにあるZ-artという美容室。アッキーという愛犬がいる。
まゆ「こんにちはぁ。今、お茶をお出ししますねぇ」
優「ありがとー」
まゆ「好きなところに座ってくださいねぇ」
真奈美「勤務中に呼び出してすまないな」
優「早いお昼休憩にしてもらったからぁ、大丈夫」
のあ「ありがとう。紹介するわ」
留美「刑事一課の和久井です」
優「刑事さん、なんだぁ」
のあ「事件については知ってるかしら」
優「ニュースを見たから、知ってるよ。あいさんに、メールもしたし」
留美「返信は」
優「あったよぉ。心配をかけてすまない、って」
留美「ふむ。付き合いは長いの?」
優「うーん、あいさんが出張カットできる人を探してて、一回切りかと思ったら」
留美「贔屓にしてくれたのね」
優「うん。あいさん優しいから、あたしもここに来るの好きなんだよぉ」
まゆ「紅茶をどうぞ」
優「ありがとう、まゆちゃん。大変なことになっちゃったねぇ」
まゆ「……はい」
優「気を落とさないで、ね?」
まゆ「わかってます」
のあ「……」
留美「他の住人とは?」
まゆ「私は優さんにカットしてもらってるんですよぉ。とっても上手なんです」
優「えへへ。えっと、1人以外は皆切ったことがあるかなぁ。一番覚えてるのは肇ちゃんが凄いボサボサだった時かなぁ。没頭してて、髪も何日も洗ってなくてぇ」
まゆ「うふふ、そんな時もありましたねぇ」
優「ねー」
留美「話を遮るわ。1人、って誰かしら」
優「……殺されちゃった西川保奈美ちゃん」
留美「どうして?」
優「事務所のスタイリストさんがいたから。一度くらいあの綺麗な長髪を切ってみたかったなぁ……」
留美「昨日の夜は何を?」
優「お仕事が7時くらいに終わったからぁ、お夕飯を食べてから、帰ったの」
留美「食事はどこで?」
優「上のカフェだよぉ。その日は雪乃さんが遅番だったかなぁ」
のあ「良く知ってるわ」
留美「深夜2時ごろのアリバイは?」
優「ない。アッキーが喋れれば、証言してくれるのにぃ」
留美「アッキー?」
まゆ「ワンちゃんの名前ですよ」
留美「カメラに写ってたわ」
まゆ「それに……優さんが保奈美ちゃんを殺す理由なんて」
のあ「あるとは思えないけど、それは誰でも同じ」
留美「ええ。佐久間さん」
まゆ「なんですかぁ?」
留美「少しだけ、席をはずしてくれる?」
まゆ「……わかりました。由愛ちゃんの様子を見てきますね」
のあ「……」
留美「正直、中の様子がわからないの。あなたなら、知ってるかしら」
優「ううん、皆仲良しだよぉ。雰囲気は、そう、えっとぉ、合宿所?」
のあ「合宿所?」
真奈美「部活の寮みたいな感じか」
優「真奈美さんの言うとおりかなぁ。皆が色々な目標に向かって、がんばってる」
留美「内側の人間関係で気になるところは」
優「全然。変な関係はなかったと思う」
留美「そっちは難しそうね。あなた、利き手は?」
優「利き手?」
のあ「彼女は両利きよ。留美も一度カットしてもらうといいわ」
優「便利なんだよぉ。器用なところ、見せてあげる☆」
留美「ヒントにならないわね」
のあ「そういえば」
留美「なに?」
のあ「西川保奈美のケータイ、見つかったの?」
留美「見つからないわ。通信記録も見たけど、特に呼び出されたりしていない」
のあ「そう」
留美「太田さん、ご協力ありがとうございました」
優「どういたしましてぇ」
留美「何か情報がありましたらお伝えください」
優「うん。由愛ちゃんに挨拶してから戻るねぇ」
のあ「ありがとう。お疲れ様」
32
東郷邸・リビング
のあ「太田優は事件に関係あるかしら」
真奈美「なさそうだな」
のあ「同感よ。私達の知らないこの家のことは知ってそうだけど」
真奈美「それは、ワイドショー向けな情報だ」
のあ「私達が欲しいものではないわ。それに」
真奈美「それに?」
のあ「殊更に人の素性を暴くものではないでしょう」
真奈美「ああ」
のあ「探偵だからこそ、正義をゆがめてはいけないわ」
真奈美「もちろんだ。のあが間違えそうになったら、止めるよ」
のあ「間違えないわ。私にはそれ以外の価値観はないから」
真奈美「……」
まゆ「あっ、探偵さん」
真奈美「お帰り」
まゆ「お昼をご一緒しませんか。私、皆でご飯を食べるの好きなんです」
のあ「ええ、喜んで」
まゆ「良かったぁ。それじゃあ、待っててくださいねぇ」
のあ「タダでとは言わないわ。真奈美」
真奈美「ああ。手伝おう、それでいいか?」
まゆ「もちろんですぅ、ふふ、えっと」
真奈美「木場でも真奈美でも、ご自由に」
まゆ「それじゃあ、真奈美さんの得意料理はなんですかぁ?」
のあ「何でもそつなくこなすわ」
真奈美「献立は佐久間君にお任せしよう。それでいいか?」
まゆ「はい♪何にしようかなぁ……」
ピンポーン……
のあ「お客さんかしら」
まゆ「あっ、さっき電話があったんです。はーい、ただいまー」
のあ「誰かしら」
真奈美「電話があった、と言ってたな」
のあ「なら、この家の人に用事があるのね」
真奈美「佐久間君と成宮君しかいないぞ?」
のあ「そのどちらかということよ」
真奈美「ふむ」
のあ「新田巡査もまだいるし、大丈夫でしょう」
真奈美「そういえば、新田巡査も昼食はいるな。誘ってみるとしよう」
のあ「ええ。ついでに来客に約束を取り付けてきて」
真奈美「何の約束だ?」
のあ「用事が終わった後に、話を聞きに行く約束よ」
33
東郷邸・中庭
真奈美「中庭で待っていてください、とのことだ」
のあ「ふーん……」
真奈美「何を見てるんだ?」
のあ「藤原肇の窯と道具一式」
真奈美「何か、見つかったか?」
のあ「石臼なんて、何に使うのかしら」
真奈美「貝や石を混ぜるそうだ」
のあ「その情報はどこから?」
真奈美「ネットの記事からだよ。藤原肇の写真が作品よりも大きく乗ってるような記事だ」
のあ「そう」
真奈美「ちなみにだが、その窯には不満があるそうだ。土も良い物が手に入れにくいと」
のあ「それなのに、ここにいるのね」
真奈美「一種の修行らしいな。昔の私の作品は雑味がなさ過ぎた、らしい」
のあ「ねぇ、真奈美」
真奈美「なんだ?」
のあ「中庭、どこから搬入口がある?木材や炭を入れるための」
真奈美「あるな。そこだ」
のあ「ふむ。監視カメラは」
真奈美「見当たらない」
のあ「施錠は南京錠だけ、かしら」
真奈美「そのようだな。カギはそこのハサミの隣だ」
のあ「誰でも内側からは出られるわけね。真奈美、このハサミは何に使うの?」
真奈美「木の手入れだな。庭の木の手入れに使っているようだな」
のあ「誰が管理してるのかしら」
真奈美「藤原肇じゃないか?陶芸道具と同じ棚だ」
のあ「真奈美、久美子に連絡してくれる?」
真奈美「了解。指紋が出るかもな」
のあ「ええ。来客が出てきたわ」
真奈美「久美子君には連絡しておく」
のあ「お願い。こんにちは」
古澤頼子「探偵さん、こんにちは」
古澤頼子
市立美術館で学芸員を務めている。泣きボクロと赤いメガネが印象的な女性。
のあ「探偵の高峯よ。はじめまして」
頼子「もしかして、高峯のあさんですか?」
のあ「ええ。そうだけど」
頼子「お会いできて光栄です。私、学芸員の古澤と申します」
のあ「ご丁寧にどうも。勤務先は、市立美術館?」
頼子「はい。はじめましてではないのですけど、覚えていませんか?」
のあ「会議に出たくらいだもの」
頼子「そうですよね。今後は覚えていて頂けたら、光栄です」
のあ「覚えておくわ。それで、古澤さん」
頼子「はい。あっ、ちょっと待ってください」
のあ「どうしたの?」
頼子「藤原さんの窯を見て行こうかと、何か焼いてました?」
のあ「昨日、火は入れてたわ」
頼子「開けた様子はありませんね。また、来てみます」
のあ「火元を見て、どうしたの?」
頼子「藤原さん、窯の火に試行錯誤してまして」
のあ「真奈美がそんな話をしていたわ」
頼子「炭、木材の他に燃焼物を混ぜるんですよ。油脂とか」
のあ「そう」
頼子「もし飾らせてくれるなら、そういうことを書きたくて」
のあ「仕事熱心ね」
頼子「違います。私は美しいものが好きなだけです」
のあ「何か見つかったかしら」
頼子「いいえ。触ったら怒られてしまいますから、このくらいでやめます」
のあ「お話を聞かせてもらってもいいかしら」
頼子「はい」
のあ「リビングに行きましょう」
34
東郷邸・リビング
頼子「佐久間さんは、どちらに」
のあ「食事の準備中よ。あなた、事件のことは知ってるかしら」
頼子「はい。先ほど刑事さんから聞きました」
のあ「成宮由愛に話してはいないかしら」
頼子「お願いされましたから」
のあ「そう。それは良かった」
頼子「危うい状況だと思いませんか」
のあ「どういうことかしら」
頼子「例えば、犯人が成宮さんの場合」
のあ「例え話、よね」
頼子「もちろんです。犯行が露見していないから、次へと移るかもしれません」
のあ「次の被害者を予想できるかしら」
頼子「犯行を起こすなら、屋敷内だと思います。狙いは同居人か駐在してる警察官」
のあ「警戒は促しておくわ」
頼子「成宮さんが犯人だと私が困るので、そうでないと証明して欲しいです」
のあ「それは個人的な希望ね」
頼子「はい。他の人もそうならないように、隠蔽してるかも」
のあ「可能性としては否定できないわ」
頼子「別に成宮さんが犯人ではなくても、同じです」
のあ「あなた、この屋敷に出入りは」
頼子「ほとんどありません。東郷さん、成宮さん、藤原さんと会うのは美術館がほとんどです」
のあ「今日はたまたま、と」
頼子「個展に影響がないか、気になったので」
のあ「そう。あなたは成宮由愛があの絵を描くことを知っていたの?」
頼子「はい。成宮さんから提案を受けました、個展で飾る契約をしたのも私です」
のあ「そう」
頼子「写真撮影の場所も提供しました」
のあ「あの絵の意味はわかるかしら」
頼子「知ってますよ。だから、個展に来てくださいね」
のあ「犯人の手掛かりになるかもしれない」
頼子「どうして、ですか?」
のあ「ごめん、忘れて」
頼子「なるほど。報道されてない情報があるのですか」
のあ「答えないわ」
頼子「なら、私も答えません。個展は絶対に来てくださいね」
のあ「ええ。完成するかしら」
頼子「完成度は30%といったところですね。明日、遅くても明後日には出来上がります」
のあ「あれで、30%なの?」
頼子「あっ、ごめんなさい。作品としては30%ですが、作業自体は70%終わっています。早ければ今夜に出来上がるかもしれません」
のあ「逆転してるじゃない」
頼子「ふふっ、探偵さん。まさかと思いますけど」
のあ「何が?」
頼子「本質を見違えていませんか?」
のあ「本質?」
頼子「やはり、成宮さんの絵には大きな価値が産まれるでしょう」
のあ「意味がわからないわ」
頼子「だから、完成品を見てください」
のあ「……そう」
頼子「お昼休みを抜け出してきたんです。戻らないと」
のあ「引き留めて、悪かったわ」
頼子「探偵さん、またお会いしましょう」
35
東郷邸・リビング
まゆ「いただきます♪」
由愛「いただきます……まゆちゃん、これなんですか」
まゆ「豚肉とお豆の煮物ですよぉ。真奈美さんが教えてくれました」
真奈美「なんちゃってスペイン風だ。気に入ると良いが」
由愛「美味しそう……うん、美味しいです」
真奈美「それは何よりだ。お腹一杯食べてくれ」
由愛「うん」
まゆ「真奈美さんは海外にいたんですかぁ?」
のあ「アメリカだったかしら。その割に料理は無国籍よね」
真奈美「アメリカは世界から人が集まる場所だ。無国籍料理を習得するには、もってこいだ」
まゆ「へぇ……」
由愛「スペインは、行ったことありますか?」
真奈美「観光でな」
のあ「さすがね」
真奈美「のあは?」
のあ「旅行はキライなの。星を見に行く程度よ」
まゆ「そうなんですか?アーニャちゃんと同じですね」
のあ「あら、そうなの?」
まゆ「アーニャちゃん、いつも夜の天気を気にしてるんですよぉ」
のあ「ふふ、そういう時期もあるわね……」
真奈美「今はいかないのか?」
のあ「そうね」
真奈美「もったいない。旅行に行こう」
のあ「別にいいわよ。企画をしてちょうだい」
真奈美「ああ、任せておけ」
由愛「旅行……行きたいな」
まゆ「由愛ちゃんはどこに行きたいの?」
由愛「バルセロナもいいですよね……芸術の街」
真奈美「いいかもしれないな。治安も悪くない」
由愛「行けたらいいな……」
真奈美「いつか行けるさ」
のあ「ええ。佐久間さんは、行きたいところがあるかしら?」
まゆ「私は……」
のあ「……」
まゆ「皆と行けるなら、どこでも♪」
真奈美「そうだな。楽しいだろう」
由愛「いつか……皆と行けたらいいな」
のあ「ええ。きっと、叶うわ」
36
東郷邸・中庭
のあ「久美子」
久美子「のあさん、お疲れ様」
のあ「調査は終わったかしら」
久美子「家宅捜査の令状ないし、秘密よ」
真奈美「何か出たか」
久美子「何にも」
真奈美「それじゃあ、情報はなしか」
久美子「違うわ。本当に何にも出なかったの」
のあ「どういうこと?」
久美子「採取出来た指紋はゼロなの」
真奈美「つまり、隠蔽工作か?」
久美子「そういうこと。アルコールみたいなもので綺麗に洗浄されてる」
のあ「付け替えられた可能性は」
久美子「ないと思う。何ヶ月か何年かしようして、傷はついてる」
のあ「カギの方は」
久美子「こっちも同じ」
のあ「久美子、これでわかったわ」
久美子「事件の夜の足取りね」
のあ「そういうこと。ここから出て行った」
真奈美「なるほどな」
久美子「足跡はやっぱりなかったわ。これだけ」
のあ「雪駄?」
久美子「そう雪駄。目で見て判断しただけど、たぶんあれ」
真奈美「縁側に置いてある、あれか」
のあ「昨日、藤原肇が履いてたわ」
久美子「女性サイズだから、誰でも履けると思うわ。一番長身の及川さんでも大丈夫だと思う」
真奈美「誰でも出来ると」
のあ「誰かが隠蔽したのは事実。ただの掃除だとは思いにくい」
久美子「あとね、ルミノール反応みてみたの」
真奈美「怪しい物があったのか」
久美子「ハサミと刃物はいくらでもあるから」
のあ「反応は」
久美子「もちろんなし。見えるところに置いてる訳ないわね」
のあ「そう。なら、今からやることは簡単」
真奈美「なんだ?」
のあ「ここから出て、事件現場まで行ってみましょう。久美子」
久美子「施錠はしておくから。ご健闘を」
のあ「それもだけど、これを」
久美子「なにこれ?砂?」
のあ「調べてみて。行ってくるわ」
37
阿紗橋
のあ「徒歩で10分といったところかしら」
真奈美「それくらいだな」
のあ「閑静な住宅街の裏路地」
真奈美「深夜に歩いていれば、目撃情報があるかもしれないな」
のあ「それは警察に期待ね」
真奈美「事件現場はこの下か」
のあ「橋は渡っていない」
真奈美「馴染みのある場所なのかもしれないな」
のあ「下に降りるには」
真奈美「河川敷の坂道からだ」
のあ「こっちも整理されてるわね」
真奈美「まだ、警察がいるな」
のあ「報道と野次馬は少ない。志乃のおかげね」
真奈美「センセーショナルな事件になりそうな状況を防いだ」
のあ「あの子達のためには、大切なことよ」
真奈美「しかし、犯人の手掛かりは見えないな」
のあ「そうね……ふむ……」
真奈美「何か、考え事でも」
のあ「橋の向こうまで歩いて行きましょう。何か閃くかもしれない」
真奈美「付き合おう」
のあ「阿紗橋は片側一車線の小さな橋」
真奈美「歩道も大きくはないな。両側ともに住宅街」
のあ「人も車も通りはゼロではない」
真奈美「車で橋を渡ったら、事件現場は見えないな」
のあ「車内からの目撃情報は期待できない」
真奈美「となると」
のあ「河川敷からね」
真奈美「自転車か歩行者しかない」
のあ「第一発見者の乙倉悠貴もランニング中だった」
真奈美「おや、伊集院巡査じゃないか」
のあ「行ってみましょう」
38
阿紗橋・河川敷
のあ「伊集院巡査」
惠「お疲れ様です」
のあ「どうしたの、首なんかかしげちゃって」
惠「実は、変な情報が入りました」
のあ「変?」
惠「立ち入り禁止だったそうです」
のあ「立ち入り禁止?」
惠「ええ。阿紗橋周辺の河川敷に立ち入り禁止の看板が」
真奈美「本当か?」
惠「何件かありました。警察は通行規制を許可していません」
のあ「目撃情報がないわけね。何時ごろかしら」
惠「深夜1時から3時頃です」
のあ「犯行の前後」
惠「はい」
真奈美「犯人は用意周到だな」
のあ「……」
真奈美「のあ?」
のあ「用意周到なのは本当かしら」
真奈美「これまでの情報を見てきて、そう思わないか?」
のあ「犯人が、とは限らないでしょう」
惠「犯人とは別人ですか」
のあ「そういうこと」
真奈美「……ふむ」
のあ「伊集院巡査、東郷邸はどうだったのかしら」
惠「どう、とは」
のあ「居心地が良い場所だった?」
惠「はい。でも、それだけです」
のあ「それだけ?」
惠「連帯感はありましたが、あくまで住居なだけでした」
のあ「犯罪を隠すようなことをする集団ではないと」
惠「もちろんです。同じ場所を見てないからこそ、良い所でした」
真奈美「なるほどな」
惠「……そんなことは、ありません」
のあ「ありがとう。他に目撃情報は?」
惠「これは真偽不明なのですが」
のあ「なんでもいいわ」
惠「深夜2時半頃ですが」
真奈美「何かあったのか?」
惠「武者袴の幽霊が橋の真ん中に立っていたと」
のあ「……はい?」
真奈美「幽霊に話を聞きに行くか?」
惠「いつの間にかいなくなっていたらしいから、居場所はわからない」
のあ「それは見間違だと信じたいわ。続報があるようなら教えてちょうだい」
39
東郷邸・警察の詰め部屋
のあ「ただいま」
亜季「お疲れ様であります」
美波「お疲れ様ですっ」
のあ「何か、進展はあった?」
美波「先ほど中庭から外に出たという話を聞きまして、目撃情報を収集してました」
真奈美「何かあったか?」
美波「誰かが話しながら歩いていたそうです。たぶん、女の子」
亜季「午前3時頃であります。どなたかはわかりません」
のあ「犯行後かしら」
真奈美「外堀は埋まっているような気がするんだがな」
亜季「決定的なものはないであります」
のあ「誰か、来客がいたようだけど」
美波「及川さんと棟方さんのご両親が来ています」
のあ「目的は?」
亜季「一時的に実家に帰省しろ、と」
真奈美「賢明な選択だな」
美波「でも、棟方さんが反対してて」
のあ「棟方愛海はどこに」
美波「リビングにいると思います」
のあ「ありがとう。真奈美、来なさい」
40
東郷邸・リビング
愛海「イヤだよっ!」
雫「愛海ちゃん、落ち着いてくださいー」
まゆ「愛海ちゃん……」
愛海「言ってることはわかるよ!」
のあ「……」
まゆ「それなら……」
愛海「でも、今は、ここがあたしのおうちなんだよっ!」
真奈美「……」
愛海「保奈美お姉ちゃんにも会えてないのに、帰れるわけないよ!」
雫「わかってますー。でも、皆が心配してます」
まゆ「愛海ちゃん」
愛海「今、離れるのはイヤだもん」
まゆ「愛海ちゃん、聞いて」
愛海「まゆお姉ちゃんは平気なの?」
まゆ「……」
愛海「いきなり、ここから追い出されたら、平気なの?」
まゆ「……」
のあ「棟方愛海」
まゆ「高峯さん、大丈夫です」
のあ「……」
まゆ「平気なわけありません。でも、思ってくれる人がいるのなら」
雫「その人達のことも考えて欲しいですー」
まゆ「犯人はまだ捕まっていません。ここにいない方が、安全です」
愛海「でも……」
まゆ「なにかあったら、命は戻って来ません」
愛海「……」
雫「まゆちゃん、そんな心配はいりませんよー」
のあ「……」
雫「ちゃんとお話ししましょうー。愛海ちゃんの気持ちもご家族はわかってくれますー」
愛海「……」
雫「愛海ちゃん」
愛海「わかった。話はする」
まゆ「待ってるから……戻ってくるまで」
愛海「うん。絶対だよ」
のあ「……」
41
東郷邸・リビング
のあ「佐久間まゆ」
まゆ「高峯さん……お一人ですか」
のあ「真奈美は棟方愛海達の所よ。真奈美なら何とか出来るわ」
まゆ「……」
のあ「聞いていいかしら」
まゆ「事件のこと、ですか」
のあ「違うわ。あなた個人のことよ」
まゆ「……」
のあ「どうして、ここにいるのかしら」
まゆ「……聞かないでください」
のあ「わかったわ。なら、行くところはあるの?」
まゆ「迎えに来てくれる人は……いません」
のあ「……そう」
まゆ「私は、ここが好きだから、皆を待っていられます……」
のあ「……」
まゆ「それで、いいですか」
のあ「もちろんよ。佐久間まゆ、この質問には答えて」
まゆ「……」
のあ「あなたは犯人じゃない、と信じていいかしら」
まゆ「どうして、そんなこと聞くんですかぁ」
のあ「私が信じたいから。それだけよ」
まゆ「……」
のあ「あなたが西川保奈美を殺せるとは思えない」
まゆ「私はしてません……」
のあ「信じるわ。犯行に協力もしてないわね」
まゆ「協力……そんな、共犯がいるんですか……?」
のあ「あなたも、その1人かもしれない」
まゆ「そんなはず……」
のあ「信じさせて、お願い」
まゆ「探偵さん、ここの誰かを疑ってるなら……」
のあ「……残念だけど」
まゆ「私は、はい、と言えません……ごめんなさい」
のあ「あなたの思いは本物よ、だから信じるに値するわ」
まゆ「……」
のあ「あなたの居場所を取り戻すわ。今まで通りとはいかないかもしれないけれど、必ず」
42
東郷邸・警察の詰め部屋
美波「棟方さんと及川さんは一時的に実家にお帰りになるそうです」
のあ「そう。寂しくなるわね」
真奈美「瑛梨華君とはさっき連絡が取れた。寮の部屋にいるそうだ」
亜季「寮の警備員と連絡を取ったであります。安全はバッチリであります」
のあ「今日、目撃情報はあったかしら」
美波「伊集院巡査が何個か見つけてくれました」
亜季「一つは、謎の看板」
のあ「さっき聞いたわ。橋の上の幽霊の話も」
亜季「そうでありますか」
美波「深夜に歩いていた人物の目撃情報もあります」
のあ「見つかったの?」
美波「はい。髪の長い女性だったそうです」
真奈美「西川保奈美だな。誰か一緒にいたのか?」
美波「いいえ。1人だったそうですよ。幽霊かと思ったとも」
のあ「時刻は」
美波「午前1時前でしょうか。窓から見ただけみたいです」
のあ「なら、まだ幽霊じゃないわ」
真奈美「まだ、って……」
のあ「気になっていることがあるのだけど」
亜季「なんでありましょう?」
のあ「警察は情報を制限してるわよね」
美波「はいっ。騒動になっていません」
のあ「だから、おかしいのよ」
真奈美「のあ、わかるように説明してくれ」
のあ「誰かに見せるように飾られていたわ。でも、一部の人にしかその姿を見ていない」
亜季「その通りであります」
美波「見せるのが目的なら、おかしいですね」
のあ「そうよ。写真でも何でも世間にさらせばいい。ネットだってあるのよ」
美波「見つかってないだけでは?」
亜季「被害者の名前と顔は調べればわかるであります。話題になりやすいかと」
のあ「つまり、犯人の目的はそこじゃないのよ」
真奈美「なら、なんだろうな」
のあ「ないのかもしれないわ」
亜季「ない、でありますか」
のあ「殺しは衝動、後の対処がそれを隠しているだけとか」
美波「そうなんでしょうか。そうとは思えないです」
のあ「あくまで可能性よ。人の心なんて、他人にはわからないわ」
43
東郷邸・中庭
のあ「藤原肇が帰宅してるわね」
真奈美「ろくろを回してる」
のあ「話を聞けそうかしら」
真奈美「大丈夫そうだな」
のあ「藤原肇」
肇「こんばんは。探偵さん、何か」
のあ「それは」
肇「茶碗です。昨日の壺は出来が悪かったので。いつか、壊します」
のあ「そう。ポイントは」
肇「保奈美ちゃんをイメージしました……濁りない曲線を」
のあ「今日には焼くのかしら」
肇「はい。夜には」
真奈美「学校はいいのか」
肇「そちらは出来る限りです」
のあ「学べる内に学んだ方がいいわ」
肇「祖父もそう言いますけど、学ぶことから逃げられる年齢なんてありません」
のあ「言い方が悪いわね。今しか出来ないこともあるはずよ」
肇「探偵さんは、してきましたか」
のあ「……」
肇「してないみたいですね。火を起こしますから、気をつけてください」
のあ「藤原肇、中庭の扉は使ってるの?」
肇「そこにある扉、ですか。土を搬入したりするのに使っています」
のあ「最近、掃除はしたかしら」
肇「毎朝していますよ。中庭の掃除のついでに」
のあ「そう。あなたはどこかへ避難する気はあるかしら」
肇「ありません。祖父が帰って来いと電話してきましたが」
のあ「危険かもしれないわ」
肇「平気です。自分の大切なことは自分で守ります」
のあ「どうして、帰らないの?」
肇「別に約束は守って欲しいだけです。ここに来ることは反対しましたけど、今は3年間なら居ていいと思ってます」
真奈美「祖父に意地を張ってるのか?」
肇「そうかもしれません」
のあ「おそらくだけど、西川保奈美は中庭の扉から出てるわ」
肇「そうですか。玄関じゃないなら、そこくらいしかありませんから」
のあ「誰がカギの開け方を知ってるかしら」
肇「知らない人は屋敷の外の人ですよ」
のあ「昨日の夜、本当にあなたは何も知らないの?」
肇「知りません。作業しますから、失礼します」
44
東郷邸・玄関
アナスタシア「ドーブライノーチ、パパ」
のあ「こんばんは。帰ってたのね」
アナスタシア「プリヴェート、ノア」
真奈美「お父さんと電話か?」
アナスタシア「ダー。パパ、ロシアに戻りました」
のあ「前までは日本で暮らしていたの?」
アナスタシア「10歳から北海道に暮らしてました。日本語、まだ難しいですね」
のあ「上手よ」
アナスタシア「難しい意味が取れないこと、あります」
真奈美「それは仕方がないさ。私だって一緒だ」
のあ「あなたはここにいるの?」
アナスタシア「ダー。ロシアは遠い、です」
真奈美「確かにな」
アナスタシア「ここはロージナ、戻ってくる場所だから守りたいです」
のあ「ええ。同じことを佐久間さんが言っていたわ」
アナスタシア「マユのためにも、がんばらないとですね」
のあ「ええ」
アナスタシア「ノア」
のあ「なにかしら」
アナスタシア「ズヴェズダ、星を見るの、好きと聞きました」
のあ「ええ。天体望遠鏡も自宅の倉庫にあるわ」
真奈美「見たことあるな。意外かもしれないが、のあは物が捨てられないタイプなんだ」
アナスタシア「星、見ていますか」
のあ「あまり見ていないわ」
アナスタシア「グラシーヴィ、ですよ。アーニャにもわかる輝きです」
のあ「知らないだけで、輝いているものは幾らでもあるわ。真奈美が偶に教えてくれるわ」
真奈美「なんだ、せっかく紹介してるのに」
のあ「感謝をしてるわ。私の世界は、望遠鏡から覗いた空間だけだったこともあるわ」
アナスタシア「アー、ノアの言うことわかりません」
のあ「周りを見ていなかったの。全然近くにある煌きを無視してたのよ。遠い光だけを求めていた」
真奈美「例えば、美味しい物だったり、楽しい話だったりな」
アナスタシア「ダー。皆とお話しするの、楽しいです」
のあ「そんな所よ」
アナスタシア「それはアーニャにもわかります。でも、ハジメやユメの作品はわかりません」
のあ「例えば」
アナスタシア「ハジメはユウゲン?と言ってました」
のあ「真奈美、説明できる?」
真奈美「難しいな。自信がない」
のあ「日本人にも難しい概念よ。藤原肇でも言葉にするのは難しいと思うわ」
アナスタシア「どうすれば、わかるでしょう?」
のあ「簡単にはわからないわ。色んなものに触れて、なんとなく作り上げるのよ」
アナスタシア「難しい、ですね」
のあ「成宮由愛はなんて?」
アナスタシア「そのまま感じれば良いと言っていました。でも、絵だけで理解するのは難しいです」
真奈美「私も芸術には自信がないな。感じ取るのは難しい」
のあ「絵画に関していえば、展示方法も重要よ。成宮由愛もそこは理解していると思うわ」
アナスタシア「アー、飾られてない、とわからないですか?」
のあ「ええ」
アナスタシア「ノア、ちょっとだけわかりました」
のあ「そう?」
アナスタシア「わかるために、勉強したり、色々見ないといけませんね?」
のあ「まずはそうよ。簡単にわからなくても、わかった気にもならなくていいわ」
アナスタシア「ダー。マユのお手伝いしてきますね」
のあ「ええ。今日は帰るわ。おやすみなさい」
アナスタシア「スパシーバ、ノア、マナミ」
45
高峯探偵事務所
のあ「明かりがついてると思ったら」
留美「おかえりなさい。お邪魔してるわ」
優「おじゃましてまーす」
のあ「合鍵は渡してあるけど、普通にくつろがれても困るわ」
真奈美「あくまで、非常時のためだぞ?」
留美「わかってるわ。話を聞きに来ただけよ」
のあ「優に?」
優「そうだよー。のあさん、ピザ食べる?」
のあ「いただくわ」
真奈美「何の話をしてたんだ?」
留美「東郷邸の人間関係よ。何かわかるかと思って」
優「雫ちゃんは愛海ちゃんのお姉ちゃんみたい。優しいけど、逆らえない感じかなぁ」
留美「藤原肇は成宮由愛を同業者として認めてるみたいね。子供扱いをしない」
優「まゆちゃんは皆のお世話をしてるお姉さん」
留美「アナスタシアは猫みたい。自由で」
優「あいさんはお母さんというよりはカッコいいお姉さんかなー」
留美「赤西さんはイメージ通りね。楽しそう」
のあ「なら、西川保奈美は」
優「美人な長女」
留美「そんな感じらしいわ」
真奈美「ふーん」
のあ「真奈美、タバスコは?」
真奈美「かけ過ぎるなよ」
のあ「適量よ」
留美「私にはかけ過ぎの分量ね」
真奈美「妙に辛さに強くてな。舌が痺れるような麻婆豆腐を研究してるところだ」
優「おいしそー♪作る時は誘って?」
真奈美「覚えておくよ」
のあ「留美、犯行に至るような関係性は見つかった?」
留美「もちろん、ないわ」
優「でしょー」
留美「なら、それを破壊する何かが必要なのよ」
優「それって、なんだろ?」
のあ「愛情とか」
留美「可愛さ余って憎さ百倍」
優「うーん、そんなことないと思うけどぉ」
のあ「トリガーはなんだったのかしら」
留美「わからない」
のあ「優、メイクは得意?」
優「うーん、のあさんよりは出来ると思うよぉ」
のあ「そう。東郷邸の誰かに教えたことはある?厚めの化粧とか」
優「ないない。若い子にそんなの要らないよ。もちろん、あいさんも」
留美「その通りね。太田さん、お話ありがとう」
優「今度は美容室に来てくださいねぇ」
留美「ええ。お邪魔したわ」
のあ「留美、帰るの?」
留美「まさか。署に行くのよ」
のあ「ご苦労様」
留美「事件が起こった時にがんばれないと、刑事のやりがいがないわよ。またね」
のあ「良い情報を期待してるわ」
46
深夜
高峯探偵事務所
真奈美「のあ、湯加減はどうだった?」
のあ「いつも通り」
真奈美「そうか」
のあ「真奈美もお湯が冷めないうちに入りなさい」
真奈美「そうするよ」
のあ「真奈美、仕事は」
真奈美「気ままなフリーランスだ。心配しないでくれ」
のあ「ねぇ、真奈美」
真奈美「なんだ、小腹でも空いたか」
のあ「佐久間さんのことなのだけれど」
真奈美「どうした、何か気になることでもあるのか?」
のあ「……なんでもないわ。おやすみ、真奈美」
真奈美「ああ、おやすみ」
真奈美「……」
真奈美「気になるものは調べないと気がすまないタチだ、なんでもないわけないだろう」
47
翌日
高峯探偵事務所
のあ「ただいま」
真奈美「お帰り。どこに行ってたんだ?」
のあ「野暮用よ」
真奈美「……そうか」
のあ「留美達から連絡は」
真奈美「特にはない」
のあ「真奈美、車を準備して。私は、荷物を置いてくるわ」
真奈美「どこに行くんだ?」
のあ「東郷邸よ。誰かいるでしょう」
48
東郷邸・リビング
まゆ「あっ……こんにちは」
のあ「こんにちは。今は佐久間さんだけ、かしら」
まゆ「由愛ちゃんはお部屋です。絵の仕上げをしているとか」
のあ「そうなの?」
まゆ「早起きして、ほとんど完成させたんですって。お昼に楽しそうに話してました」
真奈美「そうか。佐久間君は見たか?」
まゆ「いいえ。完成するまでは見ない約束です」
のあ「刑事は誰かいるの?」
まゆ「大和さんがいらっしゃいます」
のあ「東郷あいは」
まゆ「忙しそうです、昨日も遅くて……」
のあ「仕方がないわ。彼女の変わりはいないもの」
まゆ「わかっています」
のあ「成宮由愛に会いにいきましょう。行くわよ、真奈美」
真奈美「ああ」
49
東郷邸・成宮由愛の自室兼アトリエ
のあ「成宮由愛、調子はどうかし……ら」
由愛「こんにちは、ちょうど終わったところで……」
真奈美「これが、完成形か?」
由愛「はい……もう少しです。サインを入れるまで……あとちょっと」
のあ「成宮由愛、完成形を知っているのは誰かしら」
由愛「えっと……」
のあ「いえ、やっぱりいいわ」
由愛「そうですか……?」
のあ「お邪魔したわね。がんばってちょうだい」
50
東郷邸・警察の詰め部屋
のあ「大和巡査部長!」
亜季「びっくりしたであります。何事でありますか?」
のあ「成宮由愛の絵、見たかしら?」
亜季「いいえ。食事の時にお会いしたであります、部屋には」
のあ「すぐに見てきなさい。プリンターはある?」
亜季「もちろんであります」
のあ「PCも貸してちょうだい」
亜季「はい。成宮殿の部屋に行ってくるであります」
のあ「真奈美。さっきの色だけでいいわ、印刷して」
真奈美「ああ。しかし、あれは予想できない」
のあ「下絵どころか土台に過ぎなかった」
真奈美「塗りつぶせるから、油絵じゃないとダメだったんだ」
のあ「滲んではいけない、重ねられないといけない」
真奈美「色、どんな感じだったかわかるか」
のあ「ええ。まずは60、120、250の縦長長方形」
真奈美「何の数字だ?」
のあ「RGBに決まってるでしょう。数字はおおまかよ、再現できるものじゃないわ」
真奈美「ふむ。次は」
のあ「240、50、200を左上に重ねて」
真奈美「最後は赤だな。真っ赤」
のあ「左右を6対4で分断する赤い直線」
真奈美「これでいいか」
のあ「ええ。何かだとわかればいい」
亜季「ただいま戻ったであります!」
のあ「大和巡査部長、捜査の写真あるかしら」
亜季「もちろんであります」
真奈美「PCは返そう」
亜季「ご協力感謝するであります」
のあ「これに見覚えは」
亜季「本官にはあるであります。意味などないと思っておりました」
真奈美「あるのか?」
のあ「それは」
亜季「これであります」
真奈美「成宮由愛のように筆の痕すら残っていない塗り方ではないが」
のあ「モチーフは同じものよ。この布は」
亜季「被害者が寝ていた頭上にあったものであります」
真奈美「つまり」
のあ「犯人は、ここまでの完成形を知っていたのよ」
真奈美「そこまで含めて、模倣だったのか」
亜季「それなら、犯人が絞られるであります」
のあ「右下、拡大して」
亜季「了解であります」
のあ「真奈美、これ何に見える?」
真奈美「文字か?」
亜季「傷ではないようでありますな。なんでありましょう、Sと」
のあ「ドットとY。S.Y」
亜季「Sは佐久間、雫くらいしかいないでありますな。Yは」
のあ「ユメ」
真奈美「でも、Y.Nじゃない」
のあ「塗料は何かわかってる?」
亜季「ペンキであります」
真奈美「この家にペンキなんてないぞ」
のあ「成宮由愛が塗ったとは考えにくいわね」
亜季「そうでありますな」
真奈美「誰かが依頼されて、塗ったんだろうか」
のあ「成宮由愛じゃないなら、幾らでもやりようがあるわ」
真奈美「フム……」
のあ「大和巡査部長、この情報は流さないで」
亜季「了解であります」
のあ「嘘をついてるかどうか、見分けるのは得意よ」
亜季「その印刷した紙でやれるでありますか」
のあ「ええ。やるわ」
亜季「警部補殿に連絡するであります」
のあ「住人が帰ってきても、成宮由愛の部屋には入らせないで。いいわね?」
亜季「もちろんであります」
のあ「まずは、彼女かしら」
51
東郷邸・リビング
のあ「佐久間さん」
まゆ「高峯さん、慌ててどうしたんですかぁ?」
のあ「これを見て」
まゆ「えっと、ピンクと青と赤い線です」
のあ「ありがとう。知らないみたいね」
まゆ「あの、これは何ですか?」
のあ「忘れて。成宮由愛のために」
まゆ「はぁ……?」
のあ「佐久間さん、お願いをしていいかしら」
真奈美「……」
まゆ「なんでしょう」
のあ「成宮由愛の完成した絵は個展で見て欲しいわ。他の子にも言って」
まゆ「え、ええ、そうします」
のあ「ダメね……正直に言うわ」
まゆ「……」
のあ「犯人を見つけるために、嘘をついて」
まゆ「え……」
真奈美「……」
のあ「お願い。今は、信じてちょうだい」
まゆ「高峯さんは……なんで、そんなに犯人を知りたがってるんですか」
のあ「あなたの場所を取り戻すため」
まゆ「……」
のあ「お願い」
まゆ「……わかりました」
のあ「ありがとう。真奈美」
真奈美「なんだ」
のあ「市立美術館まで。急いで」
52
市立美術館・応接間
のあ「ありがとう、そう新幹線は便利ね、今度遊びに行くわ。お元気で」
真奈美「どうだった?」
のあ「棟方愛海も及川雫も知らなかったわ。実家の牧場に誘われたわ」
真奈美「出かけてみるのもいいかもしれないな」
のあ「赤西瑛梨華は」
真奈美「こっちも無事だ。流石の瑛梨華君でもボケをすぐに出せる題材じゃない」
のあ「西川保奈美は知ってたのかしら」
真奈美「どうなんだろうな」
のあ「まぁ、いいわ。そこの人が答えてくれるでしょう」
頼子「お待たせしました。ご用件はなんでしょう?」
のあ「いきなりだけど、これを見て」
真奈美「……」
頼子「残念ですけど、その色調は意味を持ちません」
のあ「知ってるのね」
頼子「当然ですよ。眠れる美女の絵が、突然近代芸術になったら色々ひっくり返ります。展示の方法を180度変えないと、ですから」
のあ「この意味を知ってるのかしら」
頼子「そのプリントには意味がありませんけど」
のあ「あくまで、成宮由愛の絵の話よ」
頼子「探偵さんは、美術品は誰のものだと思いますか?」
のあ「誰のもの、質問の意図がわからない」
頼子「大衆のものか、一部の識者に独占されるものか」
のあ「後者は個人的にはキライだわ」
頼子「私もです。成宮さんは、一部の美術家に特殊な目があるなんて、勘違いであることを問いかける」
真奈美「だから、塗りつぶしになるのか」
のあ「化学分析でもしないと下の絵は見えない。それこそ、特殊能力ね」
頼子「先ほどのは私の一意見です。真実はもっと単純かもしれませんね」
のあ「どういうこと?」
頼子「人は人を見てなどいないのですよ。見ているのは曖昧なイメージ」
のあ「イメージ、ね」
頼子「西川保奈美さんから受けるイメージを単純な事象まで落とし込んだのですよ。深い青は何かしら、濃い桜色は何でしょう、そして力強い赤のジップは何を示すのかな?」
のあ「視覚よりも先行するものを描いた、と?」
頼子「かもしれないですね」
のあ「理解はしがたいわ」
頼子「理解するものじゃありませんよ。大切なのは個人の想起です」
真奈美「しかし、塗りつぶすにはもったいないと思うが」
頼子「あら、成宮さんから聞いていませんか?」
のあ「何をかしら」
頼子「西川保奈美さんは舞台に立ってる時が一番美しさを放つ、と」
のあ「なるほど」
頼子「生きていれば、自分の絵など到底敵わないものなんですよ。成宮さんなりの尊敬の証ですから」
のあ「古澤頼子」
頼子「改まって、どうしましたか」
のあ「あなた、利き腕は」
頼子「右利きです」
のあ「事件の夜は何を」
頼子「自宅で寝ていました。8時頃に帰宅しました。夕食は自分で作ったオムライス。1人なのにケチャップで名前を書いて。そうそう、雨が降りそうでした。夢は見ていません。3時頃に一度起きたかしら。ううん、それも夢だったかも」
のあ「そこまで、話さなくていいわ」
頼子「ごめんなさい。話始めると止まらなくて」
真奈美「……」
頼子「ねぇ、探偵さん。質問してもいいですか?」
のあ「構わないわ」
頼子「西川保奈美さんは、絵になぞらえて殺されてたんですか?」
のあ「違うわ」
頼子「探偵さんはさすがです。助手さんは、もう一歩ですね」
真奈美「のあ、すまん。不意打ちだった」
のあ「何故そうと思うのかしら」
頼子「なんで絵のことを聞いてくるのかな、って。私、ミステリーも読みますから。興味本位です」
のあ「興味本位で立ち入らない方がいいわ」
頼子「探偵さんも、最初は興味本位で事件に関わるようになったのでしょう?」
のあ「否定はしないわ」
頼子「なら、お相子ですね」
真奈美「……」
頼子「でも、残念ですね」
のあ「何が、かしら」
頼子「それを教えてくれたら、事件はもっと早く解決したかもしれませんよ?色んな人が不安になる時間も少なかったかもしれません」
真奈美「そんなことは予想できないだろう。警察の対応は正しかった」
のあ「そうじゃないわ。古澤頼子、そうなってもあなたは名乗り出たりしない」
頼子「ふふっ……」
真奈美「図星なのか……」
頼子「そうなっていたら、成宮さんの絵は完成しなかった。粗悪な模造品でも、世に先にでるなんて許せません」
のあ「完成がなければ、解決はなかったわ」
頼子「わかりました。前言は撤回します」
のあ「古澤頼子、答えて」
頼子「何なりと」
のあ「写真撮影場所を提供したわね」
頼子「はい」
のあ「ほとんどの写真は成宮由愛が撮影していたわ。でも、成宮由愛と西川保奈美が映っている写真が何枚かあったわ」
頼子「撮影したのは私ではありません」
のあ「わかってる。撮影者は他人じゃない」
頼子「質問はなんですか」
のあ「この撮影者は誰かしら」
頼子「東郷さんのお家に住んでいる子ですよ」
のあ「名前は」
頼子「わかりません。そういえば、思い出しました」
のあ「何を」
頼子「もう一人いましたよ。車を運転してきたそうです」
真奈美「そっちは東郷あいだろう」
のあ「気になるのは撮影者」
頼子「名前は知りませんけど、覚えてますよ。美人でした」
のあ「黒髪だったかしら」
頼子「ふふっ、どうだったでしょう……」
真奈美「のあ」
のあ「ありがとう。真奈美、行くわよ」
頼子「探偵さん」
のあ「ご協力感謝するわ」
頼子「成宮さんの絵は示唆をくれます」
真奈美「車を持ってくる」
頼子「重なったら、表面しか見えません。でも、キャンバスに重ねられた色は横からなら見えます。眠れる美女の下絵、灰色で重ねた新たなキャンバス、そして鮮烈な色の表面も」
のあ「あなた、何が目的なの?」
頼子「私の目的は、今は一つです」
のあ「それは」
頼子「成宮由愛さんの個展が成功すること、ですよ」
のあ「……お邪魔したわ」
頼子「また会いましょう、探偵さん」
52
東郷邸・リビング
真奈美「佐久間君」
まゆ「わっ……びっくりしました。真奈美さんだけ、ですか?」
真奈美「誰か、帰って来たか」
まゆ「はい。肇ちゃんがさっき」
真奈美「そうか。中庭か」
まゆ「たぶん……」
真奈美「なら、のあは無駄足じゃなかったな」
まゆ「どうしましたか」
真奈美「佐久間君、大和巡査部長がいる部屋はわかるか」
まゆ「あの」
真奈美「お茶でも出してくれ。由愛君もいる」
まゆ「……」
真奈美「頼むよ」
まゆ「……わかりました」
53
東郷邸・中庭
のあ「藤原肇」
肇「探偵さん、何か」
のあ「成宮由愛の部屋には行ったかしら」
肇「不在でした」
のあ「そうでしょうね。藤原肇、これを見て」
肇「それがなにか」
のあ「知ってるわね」
肇「ええ。相談されましたから」
のあ「そう」
肇「完成したのですか」
のあ「ええ。無事に」
肇「それは、良かったです」
のあ「その絵の意味はわかるかしら」
肇「意味はあっても、正解はないと思いますよ。探偵さん、茶碗を焼いてみました。いかがですか」
のあ「自信があるのかしら」
肇「ええ。命の形がしますよ」
のあ「出来はいいと思うわ」
肇「ありがとうございます。やっぱり、本物でなければ産まれない……」
のあ「藤原肇、窯の灰を頂いたわ」
肇「何を、勝手に」
のあ「久美子に調べてもらったわ。あなた、火に何かを混ぜるようだから」
肇「……」
のあ「化学繊維、小さな金属、革、不燃布、作品には悪そうね」
肇「探偵さんは、もったいぶりなのですね」
のあ「西川保奈美の衣服がなかったわ。血をふき取った布も見つかっていない」
肇「それがどうかしましたか」
のあ「裏庭のカギ、足跡、それに証言もかしら」
肇「……」
のあ「誰かを守っている。犯人だとわからないように」
肇「ふふっ。だから、何だって言うんですか」
のあ「西川保奈美は、成宮由愛の絵の通りに飾られていたわ」
肇「その通りですね」
のあ「本当にかしら?」
肇「何が言いたいのですか」
のあ「あなたは犯人の犯行を隠蔽してるわ。でも、それ以上に」
肇「それ以上に?」
のあ「自信への疑いに目を向けさせている」
肇「……」
のあ「例えば、ここで燃やす必要はないわ。私達に声を荒げる理由も」
肇「火は大切ですよ。それがわからないのですか」
のあ「それともう一つ。灰の中から見つかったわ」
肇「何がですか」
のあ「人の骨に似た成分よ。西川保奈美のDNAも見つかった」
肇「……」
のあ「あなたが河川敷に行ったのは午前3時頃だった」
肇「根拠は」
のあ「そうでないと、あなたを意図通りに行動させることが出来ない」
肇「私はいつでも自分の意思で動いてますよ」
のあ「あなたはそう言うわ」
肇「私が犯人だと?」
のあ「あなたがしたのは、西川保奈美の指を切断したことだけよ。その骨、どこにあるのかしら」
肇「うふふ。奪われるには惜しい命でした」
のあ「左手の中指は創造性の象徴だもの」
肇「だから、焼き付けるのです。永遠に」
のあ「それだけが目的じゃない。別の理由もある」
肇「それ以外の目的はありませんよ」
のあ「違うということを示さないといけないの。成宮由愛の絵だと、指は全て描かれているわ」
肇「……」
のあ「藤原肇、言っておくわ」
肇「今さら、なんですか」
のあ「成宮由愛は犯人じゃないわよ」
肇「……なんです、って」
のあ「あなたも動揺するのね。最初から言えば良かったかしら」
肇「……」
のあ「成宮由愛はモデルを必要としていたけど、再現する必要はない。あなたが陶芸で表現したいものを他のやり方に託すことはないでしょう」
肇「……ええ」
のあ「真犯人を告げるよりも、絵の完成まで引きのばす方があなたを引き込みやすかった」
肇「……」
のあ「犯行は午前2時よりも前よ。あなたは、ずっと遅れてきたの」
肇「それが、何の理由になるのですか」
のあ「誰が犯人か、疑わなかったのね」
肇「……」
のあ「成宮由愛は守るべき、認めていた同業者だった。そして、吹き込んだ人物はあなたが信頼している人物だった」
肇「騙されていた、のですか」
のあ「そういうことよ」
肇「……そうですか」
のあ「あなたがしたことは、西川保奈美を傷つけただけよ」
肇「……」
のあ「作品の完成という願いと自身の欲望を優先させた」
肇「だから、何だって言うんですか」
のあ「未熟ね、藤原肇」
肇「あなたに、何がわかるんですか!」
のあ「わからない。順風満帆に見えた窯元の跡取り娘をここに住ませている理由なんて、知らないわ」
肇「なら、口出しをしないでください。私は」
のあ「私が確認したいことは終わりよ。あなたは犯人ではなく、犯人が誰かもわかっていない」
肇「出て行ってください」
のあ「話は警察が聞くわ。大和巡査部長」
亜季「藤原肇殿、こちらへ」
肇「そんなに警戒しないでください。抵抗したりしませんよ。誰かに何を話されたかも教えます」
亜季「ご協力感謝するであります」
肇「探偵さん」
のあ「何かしら」
肇「理由が、わかりません」
のあ「私もわからないわ。なら、聞くしかないでしょう」
肇「……」
真奈美「のあ、連れて来た」
のあ「お帰りなさい、アナスタシア」
54
東郷邸・中庭
アナスタシア「ノア、なにごと、ですか?」
亜季「警部補殿を呼んでくるであります。令状は時期に」
のあ「お願い」
肇「アーニャちゃん……」
アナスタシア「ハジメ、どこに行きますか」
肇「なぜ」
アナスタシア「なぜ?」
肇「……」
アナスタシア「ハジメ?」
肇「……行きましょう、刑事さん」
亜季「了解であります」
真奈美「……」
のあ「アナスタシア、これに見覚えはあるかしら」
アナスタシア「ダー。由愛の絵、ですね」
のあ「やっぱり、知ってたのね」
アナスタシア「美術館で写真、撮りました。完成、しましたか?」
真奈美「君がもう一人、か」
のあ「完成したわ」
アナスタシア「嬉しい、ですね」
のあ「作品がどうなるか知っていたのね」
アナスタシア「ダー。でも、ユメの芸術は難しいです」
のあ「……」
アナスタシア「言葉も難しいです。私は、半分だけ日本人、だから?」
のあ「あなたは、理解したかったのかしら」
アナスタシア「わかりたい、と思ってはいけませんか」
のあ「感情そのものは悪いものではないわ」
アナスタシア「見れば、ユメの気持ち、わかります」
のあ「アナスタシア」
アナスタシア「言葉にできないもの、わかります」
のあ「あなたが、西川保奈美を殺したのね」
55
東郷邸・中庭
アナスタシア「ノア、見ましたか」
のあ「何を」
アナスタシア「ホナミ、グラシーヴィでした。とても」
真奈美「死体の状況を何故知っている」
アナスタシア「アーニャが寝かせたからです」
のあ「認めるのね」
アナスタシア「ノア、言いました」
のあ「私?」
アナスタシア「色々なものを見ないとわからない、と。私、正解でした」
のあ「殺人が正しいわけないでしょう」
アナスタシア「私、再現をしただけ、でした」
のあ「成宮由愛の構想を実際に形にしただけ、とでも言うつもりかしら」
アナスタシア「それに、動かないホナミが必要でした」
真奈美「本気で言ってるのか」
アナスタシア「芸術は難しいです。ユメとホナミにわかる世界が、アーニャにはわかりません」
のあ「わからなくていい。彼女達にもわからない世界がある」
アナスタシア「イヤです」
真奈美「イヤ?」
アナスタシア「私はホナミのこともユメのことももっとわかりたい、です」
のあ「……」
アナスタシア「ホナミなら、芸術になれます。なれました」
のあ「だから、殺したとでも」
アナスタシア「違います。止めた、ですね」
真奈美「人間の時は止まらない。生きていても死んでいてもだ」
アナスタシア「大切なのはセイ、止めること、とユメは言ってました」
のあ「それは絵画の話よ。彼女が得意としている、写生の話」
アナスタシア「ホナミのセイを、私は置きました」
のあ「……」
アナスタシア「スリーピング・ビューティー、眠り姫ですね」
のあ「殺害の時間は午前1時」
アナスタシア「河川敷に行きました。後からホナミが来ました。雨が降ってきて、ズヴェスタは見えませんでした」
のあ「殺害は背中への刺し傷」
アナスタシア「背中以外は傷つけないように、気をつけました」
真奈美「……」
のあ「その後、血をふき取り、衣装を着せた」
アナスタシア「ホナミに血をつけるなんて、ダメです」
のあ「ベッドに寝かせて、下絵を整えた」
アナスタシア「ダー。キレイでした」
真奈美「その感覚はわからない」
のあ「でも、それで終わらない。本当に理解したいものは、この先だった」
アナスタシア「二枚の布、ホナミを隠しました」
のあ「意味をわかったかしら」
アナスタシア「わかりました」
のあ「聞かせて」
アナスタシア「ホナミを初めて独占できました。私しか見えないもの、ですね」
のあ「……」
アナスタシア「他の人に見えない、私だけのホナミが芸術だったのですね」
のあ「アナスタシア」
アナスタシア「ユメは絵を塗りつぶしました。ユメだけのホナミを作りました」
のあ「それは違うわ」
アナスタシア「誰が、そう言いますか?」
のあ「成宮由愛は西川保奈美が一番輝く場所を舞台と定義していたわ」
アナスタシア「舞台、ですか」
のあ「それは独占とは程遠い憧憬よ」
アナスタシア「……アーニャ、間違えましたか」
のあ「ええ。言ったでしょう、簡単にわかるものではないと」
アナスタシア「……」
のあ「長い年月をかけて、人は他者を理解していくのよ。あなたは、その機会を自ら奪った」
アナスタシア「だって」
のあ「だって、ね。西川保奈美が舞台に立ち、歌うことはないわ」
アナスタシア「ノアに、私の気持ち、わかりません。大切な人の言葉、わからない気持ち、知りません」
のあ「私はお世辞にも人の気持ちに通じてるとは思わないわ。だけど、これだけは言わせて」
真奈美「……」
のあ「あなたが求めていたのは何かしら。西川保奈美を独占したかったの?成宮由愛を理解したかったの?」
アナスタシア「両方、ですね」
のあ「いいえ、違うわ」
アナスタシア「違う……?」
のあ「自らのハンディを楯にして、誰にも理解されない、誰も理解しないことを押し通した。そして、凶行に走った。自らの歪みを正すこともせずに」
アナスタシア「……」
のあ「あなたは、ただの殺人犯にすぎないわ」
留美「そこまでにしておきなさい」
真奈美「警部補」
留美「アナスタシア。話は署で聞くわ」
アナスタシア「アー、ホナミに会えますか?」
留美「そのために、行くんじゃないわ。事件のことを話しなさい」
アナスタシア「スパシーバ。ヒミツにするの、大変でした」
留美「わかってないわね……探偵さん、言っておくことは」
のあ「ないわ。後は法に基づいて」
留美「警察の使命にかけて」
のあ「信頼してるわ、留美」
アナスタシア「ノア」
のあ「何かしら」
アナスタシア「ノア、特別ですね。きっと、セイならキレイです」
のあ「今死ぬなんて冗談じゃないわ」
留美「行くわよ」
のあ「……」
真奈美「あの言葉、どういう意味だ」
のあ「良かったわ。間に合って」
真奈美「どういうことだ」
のあ「良く考えれば、芸術家の仲間になるのが一番早いじゃない」
真奈美「仲間になる、絵、陶器、舞台でもなく」
のあ「死体を飾り付ける芸術家」
真奈美「アナスタシアはそれになりたかった、のか」
のあ「いいえ。自覚したのよ」
真奈美「犯行後に、自分が何をしたいかを理解したのか」
のあ「ええ。事件前の動機なんて聞いてもわからないはずだわ」
真奈美「のあの言った通り、ただの殺人犯だ」
のあ「……ええ」
真奈美「間に合った。次の被害者は出なかった」
のあ「だけど、失うものは多いわ」
真奈美「……ああ」
のあ「階層はまだ2つ。下絵と表層は剥がれた」
真奈美「さて、灰色を剥がして、終わらせるとしよう」
のあ「ええ……」
56
東郷邸・警察の詰め部屋
美波「高峯さん」
のあ「様子は」
美波「あの通りです。佐久間さんの似顔絵を描いてます」
由愛「……」
まゆ「……」
由愛「あの……まゆちゃん」
まゆ「何ですか、由愛ちゃん?」
由愛「何か……嫌なことでもありましたか?」
まゆ「ううん、なんにもないですよぉ」
由愛「うん……わかった」
まゆ「今度、まゆにも絵を教えてくださいねぇ」
由愛「書いてみる……?」
真奈美「……」
のあ「新田巡査」
美波「わかってます。アーニャちゃんのことについては、秘密です」
のあ「頼むわ。到着したかしら」
美波「はい。書斎へどうぞ」
真奈美「ああ、行くとしよう」
57
東郷邸・東郷あいの書斎
のあ「何があったかは聞いてるわね」
あい「信じられないことになった……まさか」
のあ「藤原肇が犯人なんて、ね」
あい「聞いた話と違う。冗談はよせ」
真奈美「事実だ。共犯の一人だ」
のあ「死体を傷つけて、証拠を隠蔽した」
あい「……」
のあ「殺人を犯したのは、アナスタシアよ。あなたが聞いた通りよ」
真奈美「殺人の理由は非常に曖昧だ」
のあ「独占欲、羨望、それともただの殺人嗜好だったのか」
真奈美「私達にわかる術はない」
あい「……いかなる理由があれ、殺人が許されるわけじゃない」
のあ「ええ。だから、あなたの行動は間違っているわ」
あい「なんだと」
のあ「真実を灰色に塗りつぶしたのは、あなたよ」
あい「何を根拠に」
のあ「藤原肇が話してくれたわ」
真奈美「そういうことだ。諦めるといい」
のあ「そもそもの誤解は何か」
真奈美「犯行時刻だな」
のあ「西川保奈美が殺害された時間が簡単に特定されたがゆえに、間違えた」
真奈美「事件は連続して起こっていないんだ」
のあ「アナスタシアの殺人と藤原肇の証拠隠蔽だけでは、この事件は見えてこない」
真奈美「それを繋ぐ人物がいる」
のあ「それがあなたよ、東郷あい」
58
東郷邸・東郷あいの書斎
あい「……」
真奈美「経緯は知らないが」
のあ「あなたはアナスタシアの犯行に気が付いている」
真奈美「そして、すぐさま行動を開始した」
のあ「消すべき情報を迷いなく消している」
真奈美「そのために、共犯を作り上げた」
あい「……」
のあ「それが藤原肇」
真奈美「動かすためには嘘が必要だった」
のあ「成宮由愛の犯行だと」
真奈美「目論見は成功した」
のあ「彼女を知っているだけあるわね」
真奈美「他人では出来まい」
あい「……」
のあ「藤原肇は動いてくれたわ」
真奈美「自分で全てを闇に葬ったと、勘違い出来るくらいには」
のあ「東郷あい、藤原肇が指を持ち去った理由はわかるかしら」
あい「……」
のあ「質問を変えるわ。見ていたの?」
あい「……同じ場所にいたさ」
真奈美「止めなかったのか」
あい「止めたよ。アナスタシア君も肇君も、もちろん、保奈美君も私の同居人だ」
のあ「認めるのね」
あい「ああ。私は、彼女の犯行を隠蔽しようとした」
のあ「あの夜、何があったの」
あい「アナスタシア君の部屋を訪ねている」
真奈美「いなかったのか」
あい「寝る時間が遅くてな。心配していただけだ」
のあ「……」
あい「肇君もだ。今だけ出来ることは、後悔しても得られない」
のあ「待って。私は間違えたのかしら」
あい「間違いだ」
真奈美「巻き込まれたのか」
あい「そうだ。深夜まで起きていたんだよ」
のあ「共犯者にするしかなかった」
あい「……ああ」
のあ「それは違うでしょう」
真奈美「犯罪に加担させる理由はない」
あい「なら、アナスタシア君をそのままにしろと?」
のあ「そのままにしろ、だなんて言ってないわ」
あい「だったら、何が正解なんだ!?」
のあ「そうやって、冷静さを失えば、行動が正当化されると思わないで」
真奈美「のあ」
あい「君にわかるものか」
のあ「わかるはずなんてないわ。犯罪者の気持ちなんて」
あい「そう、単純なものではないんだ」
のあ「そう。だけど、私には事件の夜のあなたが冷静さを失っていたとは思えない」
あい「……」
のあ「東郷あい」
あい「なんだ」
のあ「メイクは得意かしら?」
あい「は?」
のあ「西川保奈美に死化粧を施した人がいるわ」
あい「アナスタシア君じゃない……な」
のあ「目撃情報も少ないわ。何を使ったのかしら、あなた」
59
東郷邸・東郷あいの書斎
あい「……」
真奈美「どこかに連絡を取っているなら」
のあ「通話記録でわかるわ」
あい「やはり、冷静ではなかったな」
のあ「警察が許可していない通行止め」
真奈美「極端に消された足跡」
のあ「西川保奈美に施されていた死化粧」
真奈美「ペンキで塗られた布とその設置」
のあ「それに、袴姿の幽霊も」
真奈美「それもなのか?」
のあ「それはともかく、あなた一人では不可能よ。時間的にも」
あい「……私は不可能だと思っていた」
真奈美「何が、だ」
あい「この状況を作ることが、だ」
のあ「実際の状況はどうだったのかしら」
あい「聞きたいか?保奈美君の寝ていたベッドの周りは血の海だ」
真奈美「……」
あい「アナスタシア君も少なからず血を浴びていた」
のあ「それで」
あい「目撃情報がなかったのは奇跡的だ。踏み荒された地面は、何者かの凶行を予感させた」
のあ「だから、何をしたの」
あい「オフィスで見慣れない女性に会った。年齢はもしかしたら10代かもしれない」
のあ「……」
あい「何でもするから、困ったら連絡しろ、とさ」
真奈美「何でも、か」
あい「名刺はこれだ」
真奈美「会社名と住所、名前も書いてあるが」
あい「おそらく、本当なのは電話番号だけだ」
のあ「電話番号も携帯電話のもの。信じるに値しないわね」
あい「だから、信じてはいなかった」
真奈美「しかし、縋らずにはいられなかった」
あい「ああ。機械的な声が、私のあがきに答えた」
真奈美「ボイスチェンジャーか」
あい「1時間後に、また現場に来れば全てが終わっていると」
のあ「信じたの?」
あい「信じたよ。信じる以外に彼女の犯行を隠す術がなかった」
のあ「……」
あい「私は、アナスタシア君を屋敷に連れ帰った」
のあ「それで、事件現場に戻ったのは」
あい「2時半ぐらいだ。雨が降っていた」
のあ「事件現場は」
あい「あの通りだ。ご丁寧に物的証拠だけは現場にまとめて置いてあった」
真奈美「警察に電話番号を確認してもらおう」
あい「無駄だ。もう誰も出ない」
真奈美「それでも、警部補に調べてもらうとしよう。あまり期待は出来ないが」
のあ「東郷あい、あなたは謎の人物に縋ったわけね」
あい「結果はこの通りだ」
のあ「……」
真奈美「どうした、のあ」
のあ「私には認められないわ」
あい「犯罪の隠蔽が、か。正義だけを貫ける立場は楽だな」
のあ「……」
あい「私は彼女を守らないといけないんだ」
のあ「……」
あい「制度も社会も期待は出来ない。私は私の手で守り、更生させるしかない」
のあ「東郷あい」
あい「そうだろう。誰が彼女の悩みを知っているんだ?向き合う気はあるのか?思春期特有の、一種の病気のように扱わない保証はどこにある?ただの話のタネとして消化する人間がいないわけないだろう?だから、私は」
のあ「黙りなさい」
あい「……」
真奈美「のあ、落ち着け」
のあ「私が聞きたいのはそんなことじゃないわ。どうして、正しい道を選べなかったの?」
あい「……」
のあ「あなたが言った全てと戦うしかないのよ。あなたにその覚悟がなかっただけよ」
あい「覚悟がない、だと」
のあ「ええ。自分の立場を投げ打ってまで、戦う覚悟なんてないでしょう」
あい「言わせておけば……」
のあ「言わせてもらうわ。あなたがしたのは保身よ」
あい「人は罪を犯すものだ。子供なら、尚更だ」
のあ「人は間違うから、ルールが必要に決まってるでしょう」
あい「君が言うルールは、身勝手な私刑から彼女を守ってくれるのか」
のあ「だから、あなたの裁きが必要だった。あなたが唾棄するその人間になりたくないがゆえに、あなたは間違えた」
あい「私の行動に意味がないというのか」
のあ「意味はあるわ。感情もわかる。結果も出したわ。でも、今の状況を予想出来たのかしら」
あい「……」
のあ「ここは、あなたの場所よ。あなたがいなければ、ここにはいられない」
あい「……そうだな」
のあ「少女たちはこの場所から離れたわ。巣立って行った人は、この場所へ戻ってくることも出来ない」
あい「……」
のあ「アナスタシアはロージナ、故郷と言っていたわ。あなたが正直に名乗り出れば、故郷は奪われずに済んだ」
真奈美「……」
のあ「例え罪人であっても、故郷を奪う権利なんて誰にもないわ」
あい「……その通り、だな」
のあ「あなたの行動が全てを破滅させたわ。彼女には行く場所もないのに」
あい「……待て」
のあ「何かしら。私は、許さないわ」
あい「佐久間君のことを調べたのか」
のあ「……」
あい「無言は肯定だ。私を謗ろうが、構わない。だがな」
真奈美「……」
あい「探偵だからといって、人の過去に土足で踏み込むのが許されるわけないだろう!」
のあ「知っていたのなら……どうして、こんなことになってるのよ!」
あい「……」
真奈美「のあ」
のあ「生きている場所を奪われることが、大切な人と引き離されることが、どういうことか、あなたは知ってるのかしら、ええ、知らないでしょうね!」
あい「……」
のあ「あなたの身勝手な保護欲と保身よ、全ての原因は」
あい「……」
のあ「そんな身勝手で、彼女からこの場所を奪ったの?彼女が好きだったこの場所を奪っていいの?尊敬する屋敷の主もいなくなったわ。そんなこと、許されるわけないでしょう!」
真奈美「のあ、落ち着け」
のあ「私はいつだって、落ち着いてるわ!」
真奈美「その声の荒げ方で、納得できるか」
のあ「……」
真奈美「詳細は警察に話すがいい、東郷あい」
あい「……わかってる」
のあ「東郷あい、あなた」
真奈美「のあ」
のあ「成宮由愛に話す責任は取ると言ったわね」
あい「……私にその権利は、ない」
のあ「……嘘つき」
あい「……」
真奈美「もういいか。行くぞ、のあ」
60
東郷邸・中庭
まゆ「ふぅ……」
のあ「……」
真奈美「……」
まゆ「由愛ちゃん、入っていいですかぁ。お邪魔します」
真奈美「これで、いいのか」
のあ「佐久間さん以外の誰の言葉を受け入れるの」
真奈美「それでも、佐久間君に負担をかけ過ぎだ」
のあ「……わかってるわ」
真奈美「成宮由愛はわかってくれるか」
のあ「彼女ならわかるまで、きっと話すわ」
真奈美「そうだな……」
久美子「のあさん」
音葉「お話中でしたか……?」
のあ「大丈夫よ。何かあったのかしら」
久美子「見つかったものが二つあるわ。電話と凶器、どっちが先に聞きたい?」
のあ「凶器から」
久美子「凶器のナイフが見つかったわ」
音葉「藤原肇さんが……証言してくれました」
のあ「どこに隠していたのかしら」
久美子「あそこ」
真奈美「壺だな」
のあ「壺の中にあったわけじゃないわね」
久美子「うん。埋め込んで焼き固めてたの」
音葉「刃先と傷が一致しました。凶器の可能性は極めて高いと……」
真奈美「ほとぼりが冷めるころに捨てようとしたのか?」
音葉「どうやら……違うようです」
久美子「藤原肇は、警察に提出するつもりだったみたい」
のあ「……」
久美子「作品の完成と彼女がこの場所が不要になった頃に」
真奈美「本当か」
音葉「声音は……本当のことを言っているようでした」
のあ「そう……」
真奈美「どうした、のあ」
のあ「彼女が名乗り出るまでなら、ここに居られたのね」
真奈美「自分で行ったことを思い出せ。次の殺人が起こるだけだ」
のあ「……ええ」
久美子「もう一つ。何でも屋の電話が見つかったわ」
のあ「早いわね」
音葉「鳴っていましたから……」
真奈美「鳴ってた?」
音葉「前庭で見つかりました……」
のあ「なにそれ」
久美子「本体は中古、格安SIMで動いてるケータイが見つかったわ。どこだと思う?」
真奈美「どこと言われてもな」
久美子「警察の詰め部屋の窓を開けてすぐ。信じられる?」
のあ「遊ばれてるわ」
久美子「私からはこれだけ。追加で情報があったら、連絡するわ」
のあ「いらないわ。話す機会があったら、教えてちょうだい」
久美子「そう?」
のあ「久美子、留美達によろしく。真奈美、帰るわよ」
真奈美「いいのか?」
のあ「私には、もう何も出来ないもの」
真奈美「のあ」
のあ「気になることでもあるのかしら」
真奈美「お前は、そんな無力じゃない」
のあ「……褒めてるの?」
真奈美「事件も解決した。次の殺人は起こらない。優秀な奴だよ」
のあ「ええ。知ってるわ」
音葉「自信家ですね……」
真奈美「のあにしか出来ないこともあるさ」
のあ「わかってる」
真奈美「わかってるなら、それでいい。戻るとしよう」
のあ「ええ。お疲れ様、久美子、音葉さん」
久美子「お疲れ様でした」
音葉「お疲れ様でした……」
61
翌日
東郷邸・リビング
のあ「佐久間さん」
まゆ「あ……探偵さん」
のあ「留美に言ってあがらせてもらったわ」
まゆ「あの……」
のあ「ここでの実況見分は終わったわ」
まゆ「本当に、アーニャちゃんが犯人なんですか……?」
のあ「……本当よ。東郷あいと藤原肇が証拠を隠したのも本当」
まゆ「嘘だったらいいのに……」
のあ「……」
まゆ「瑛梨華ちゃん、正式に寮に入るみたいです。愛海ちゃんも雫ちゃんもここには帰ってこないです」
のあ「成宮由愛は」
まゆ「お母さんと協会の人が来て……連れて行っちゃいました」
のあ「……そう」
まゆ「由愛ちゃん、保奈美ちゃんが亡くなったことも、事件のことも、信じたくないみたいでした……」
のあ「でも、理解したのね」
まゆ「……はい」
のあ「ごめんなさい、あなたに辛い役目を背負わせた」
まゆ「いいえ……私しか、いませんから。今は、本当に」
のあ「……」
まゆ「高峯さん、あの……」
のあ「なにかしら」
まゆ「私、ここにいられますか……?」
のあ「……難しいでしょうね」
まゆ「そっか……やっぱり、そうですよねぇ」
のあ「……」
まゆ「やっと……居ていい場所を見つけたのに……」
のあ「……」
まゆ「叔母さんに頼もうかな……施設とか……」
のあ「あの、佐久間さん」
まゆ「大丈夫ですよぉ、アルバイトとかでお金も稼げますし……」
のあ「……」
まゆ「……だから、大丈夫です」
のあ「佐久間さん、聞いてちょうだい」
まゆ「……」
のあ「私も大切な場所を奪われそうになったわ」
まゆ「……」
のあ「大切なものを奪われたのに、更に奪い去って行くような敵に、皆が見えたわ」
まゆ「何の話ですかぁ……」
のあ「ああ、もう……私も踏ん切りがつかないの。いつも通りよ、のあ。いいわね、良い子よ」
まゆ「うふふっ……一人で話して、面白い人」
のあ「私の家少し広いのよ、真奈美も居候なのよ。両親の資産を相続して……そうじゃない、そうじゃなくて……」
まゆ「……」
のあ「……私は欲しかったの。あの時の私が求めていた、その誰かになってもいいかしら」
まゆ「どういうこと……ですか」
のあ「もし、どこにも行くところがなくて……あなたからこの場所を奪った私を、許してくれるなら」
まゆ「……」
のあ「私の家に来てくれないかしら、まゆ」
エンディングテーマ
The brightNess
歌 高峯のあ&木場真奈美
62
エピローグ
市立美術館・資料室
悠貴『こんにちはっ!今、電話しても大丈夫ですかっ?』
頼子「乙倉さん、こんにちは。大丈夫ですよ」
悠貴『古澤さん、周りに誰かいませんか?』
頼子「独りですよ。倉庫に勝手に設置してる自分の机にいます」
悠貴『よしっ、それじゃあ、秘密のお話ですっ』
頼子「はい……どうぞ」
悠貴『スクラップブック、届きましたかっ?』
頼子「目を通しました……良く出来ていますよ。事件を多角的に見えます」
悠貴『えへへ。そうそう、写真を一枚だけ送りましたっ』
頼子「いただいています。綺麗に撮れていますね」
悠貴『良かった。気に入りましたかっ?』
頼子「ええ。データはどうしていますか」
悠貴『ポラロイドカメラなんですっ。最近のって、凄いですねっ』
頼子「あら……独占してるのですね」
悠貴『警察さん達が報道しないので、独り占めになっちゃいましたっ。どうして、しないんだろう?』
頼子「私にはわかりません。これは、あなただけが見えた作品です。大切にしてください」
悠貴『わかりましたっ!警察には秘密ですよっ!』
頼子「わかっています。私も怒られたくありませんから」
悠貴『約束ですっ!また、美術館に遊びに行きますねっ!』
頼子「はい。また、スクラップブックを見せてくださいね」
悠貴『頼子さん、さようならっ』
頼子「今度も良い情報を期待しています……乙倉さん」
悠貴『わかってますっ!』
頼子「ふふ、良い写真ですね……複雑な情愛のカタチは見えましたか、探偵さん?」
終
製作 tv○sahi
乙!このシリーズ楽しみにしてた
まさか頼子さんがもう出てくるとは
予告
そんなことわかっても、琴歌ちゃんはもう戻ってこないんだよっ!
第2話
相葉夕美「高峯のあの事件簿・毒花」
オマケ
NGシーン
3
>>10
死んでてくれないか?
カットカットカット!
のあ「どうしたのかしら……?」
美波「ごめんなさいっ!私がセリフを間違えたから、ですか!?」
真奈美「違うな。間違ってはいないはずだ」
のあ「プロデューサー……教えてちょうだい」
CoP「3人じゃないですよ。西川さん、起きてください」
保奈美「えっ、私なんですか?」
CoP「ああ。胸が上下してた。生きてたぞ」
保奈美「あらら……」
真奈美「少し油断してたな。居眠りか?」
保奈美「ち、違うわ!」
CoP「西川さん」
保奈美「はい」
CoP「カメラが回ってる間だけ、死んでてくれないか。動かずに呼吸もせずに」
撮影終了後
カーット!バッチリ!
のあ「……」
美波「保奈美ちゃん……?」
保奈美「ふー、どうかしら?」
真奈美「どうかしらもなにも」
美波「一切呼吸してませんでした」
のあ「素晴らしい死体だったわ……」
保奈美「ふふっ、肺活量には自信あるの!」
乙倉ァ!
キュートなハイテンションがサイコパスっぽくて怖えよww
俺の想像力がウ○コレベルだからよくわからんかったんだが、
由愛の画は保奈美がベッドで寝てる姿をまず描いて、その上から
灰色の絵の具で塗りつぶしていたってことだったのか?
P達の視聴後
CuP「まゆ……なんて可憐な。悲劇も良く似合う……」
PaP「のあちゃん、声荒げられたのか?」
CoP「意外でもないですよ。彼女はイグナイトを持ってる人、ですから」
PaP「その単語、そんな使い方するか?」
CoP「良い表現が思い浮かばないので」
CuP「ああ、まゆ……愛しいまゆ……」
PaP「まぁ、いいけどさ。ところで」
CoP「なんでしょう」
PaP「あのエナジードリンク、のあちゃんむせてたけど、そんなにか?」
CoP「どうも、僕達がおかしいらしいですよ……」
おしまい
あとがき
ということで、のあの事件簿は「高峯のあの事件簿」として再出発です。
リメイク前のことを知っても知らなくても、お楽しみいただけると幸いです。
文字数をなかなかな量にする予定なので、今回は存分に前作で書ききれなかったことを書こうかと。
みくにゃんのライブに行くのあさんとか。
次回は、
相葉夕美「高峯のあの事件簿・毒花」
です。
それでは。
シリーズリスト・公開前のものは全て予定
高峯のあの事件簿
第1話・ユメの芸術
第2話・毒花
第3話・この町のテロリスト
第4話・コイン、ロッカー
第5話・夏と孤島と洋館と殺人事件と探偵と探偵
第6話・トリックスター
第7話・都心迷宮
第8話・佐久間まゆの殺人
第9話・化粧師
第10話・星とアネモネ
最終話・フォールダウン(完)
更新情報は、ツイッター@AtarukaPで。
長い!毎回楽しみにしてるのよ
ゆっくり読むわ
おつですー 乙倉ちゃん前ってどんな立ち位置でしたっけ……ちょっと読み返してこよう
>>150
のあの事件簿にはいないよ
たしか7人シリーズで軍曹回に学生の一人でちょっと出たくらいのはず
展開が違っているね
読むの楽しみ
なぜ乙倉ちゃんはヴィランが似合うのか
来てた乙
いつも楽しみにしてます
展開がリメイク前と違うから新鮮
おつであります!
休みに一気に読んだよ、
このあちこちにモバマスなんかの公式ネタがちらほら使われてるのがホント好き
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