※特に説明もなく鷺沢文香の叔父が登場します。
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鷺沢文香「こんにちは…」
叔父「やあ文香ちゃん。今日は仕事はお休みかい?」
文香「はい…最近は手伝いに来れなくてすみません」
叔父「いやいや構わないよ。文香ちゃんが楽しいと思うことを優先すればいい」
文香「ありがとうございます…ここでの手伝いも楽しいのですが、両立は難しいですね…」
叔父「いいことじゃないか。文香ちゃんのことだから、きっとすぐ売れっ子になると思ってたよ」
文香「売れっ子だなんてそんな…私はまだまだですよ」
叔父「はは…謙遜する癖は変わってなくて安心したよ。それにしても最近は文香ちゃんのラジオを聴くのが楽しみでねえ」
文香「ラジオ、聴いててくださったんですね…なんだか恥ずかしいです」
叔父「この書店の常連さんが集まって、文香ちゃんのラジオを聴くのが習慣になっててね…お陰で本もなかなか売れてるよ」
文香「店の前に貼ってある私のポスターも、見る度少し恥ずかしくて…」
叔父「すまないねえ…お陰で文香ちゃんのファンの人たちも寄ってくれるから、僕としては大助かりなんだが…」
文香「いえ、こんな私でもお役に立てるなら嬉しい限りです」
叔父「そう言えば、ファンの人たちも読書好きな人が多いみたいだね。穏やかな人が多くて僕も安心したよ」
文香「ええ…最近は握手会もさせていただいているのですが、他のアイドルの子と比べるとかなり会場が静かみたいで…」
叔父「そうかそうか…しかし普通の大学生だった文香ちゃんがいつの間にかお姫様に…まるでシンデレラのようだね」
文香「ふふ…お姫様は大袈裟ですよ。それに、私はシンデレラとは少し違うかもしれません」
叔父「と言うと?」
文香「シンデレラは…不幸な境遇を脱して幸せになりました。しかし私は、この書店にいた頃から幸せでしたから。幸せのカタチが変わっただけです」
叔父「なるほどね。そう言ってもらえると僕も嬉しいよ」
文香「強いてお姫様に例えるなら…『いばら姫』と言ったところでしょうか…」
叔父「それもグリム童話だね。何故自分をいばら姫だと思うんだい?」
文香「いばら姫を覆う大量の茨は、彼女を守るものでした。しかし、身を守るその茨によって彼女自身も囚われていたのではないでしょうか」
叔父「ふむ」
文香「もちろん茨に囲われていても、怪我を覚悟すれば外には出れたかもしれません。ですが、臆病な姫は傷を恐れ籠の内側に閉じこもってしまったのです」
叔父「いばら姫は深い眠りに就いていたはずだが…あれにも意味はあると思うかな?」
文香「ええ。いばら姫は恐ろしい魔女のいる現実から逃げ出し、夢想の世界へ閉じこもってしまったのです。永久に目を開けなければ、怖いものなんて何も見えませんから…」
叔父「つまり…いばら姫が目を覚まさないのは魔女の呪い以上に姫自身の意志に依るものが大きいと?」
文香「はい。一度魔女に傷つけられただけで姫は恐怖に耐えきれず、自らを茨の中に閉じ込めてしまったのです。まるで、かつての誰かさんのように…」
叔父「となると、姫の眠りを覚ましてくれた王子様は、プロデューサーさんということになるね。目覚めのキスはどう解釈するかな?」
文香「それについては…もちろんプロデューサーさんは私にキスなどしませんでしたが、代わりに彼の口からは魔法のような言葉が溢れ出しました。それが、私の呪いを解いたのでしょう」
叔父「なるほどね…確かに言葉には言い知れぬ力がある…口というものは、解呪を司る器官なのかもしれないね」
文香「はい…自分をお姫様に例えるのは、少し気恥ずかしいですが」
叔父「いやいや、文香ちゃんらしい面白い解釈だよ。しかし…良かれと思って文香ちゃんに読書の素晴らしさを教えてきたつもりだったが、それが文香ちゃんを縛り付ける茨になっていたとは…何だか申し訳ないね」
文香「いえ、叔父さんには本当に感謝しています。いばら姫だって、見守ってくれる人がいなければのん気に百年も眠り続けられなかったでしょうから…叔父さんの存在あってこその、今の私です」
叔父「そうかい…ありがとう。文香ちゃんは昔から本当に良い子だ…それをたくさんの人にわかってもらえるというのは、僕としてもすごく嬉しいよ」
文香「もしも私が読書をしていなければ、今のようにアイドルとして取り立てていただけることもなかったでしょうから…永きに渡る眠りも、必要なことだったのではないかと」
叔父「そうかもしれないね…ところで、他のアイドルの子たちとは仲良くやっているかい?」
文香「はい、お陰様で…特によく話すのが電子書籍を読む子で、ありすちゃんという名前なのですが…」
叔父「アリスか。これはまた示唆的だねえ」
文香「彼女はまさしく不思議の国のアリスといった風で…身体の伸び縮みに惑ったり、チェシャ猫に翻弄されたりしながら、それでも前向きに進んでいくような子なんです」
叔父「文香ちゃんが褒めるんだから、きっと利発な子なんだろうね」
文香「ええ、私がありすちゃんと同じくらいの歳の頃はもっと引っ込み思案でしたから…彼女のように積極的な子のことはすごく尊敬しています」
叔父「ほほう…それにしてもアリスちゃんの『チェシャ猫に翻弄される』の部分が気になるね」
文香「ああそれは…事務所に猫のように奔放な子がいるんです。私より歳下なのに、化学の博士課程を修めているとか」
叔父「そりゃまたすごい…」
文香「何でも常人には無い嗅覚を持っているらしくて、月並みな言葉ですが、天才という言葉が似合う子です」
叔父「香りの天才か…パトリック·ジュースキントの『香水』を思い出すね」
文香「ええ…とは言え、『香水』の主人公とは違って無害な子ですよ。悪戯好きではありますが、可愛いジョークで済ませられる範疇です」
叔父「他にも物語に例えられそうな子はいるのかい?」
文香「あとは、そうですね…『サロメ』」
叔父「『サロメ』!?えらく物騒なのが出てきたね…」
文香「サロメの持つ残忍さよりも、彼女の持つ妖艶な魅力に焦点をあてれば、の話ですけどね…それと、サロメのように燃える恋心…」
叔父「まあ、鑑賞する人によってはサロメを悲恋の話だと捉える人もいるからね。僕は男だからか、つい首を斬られたヨカナーンに同情してしまうが…」
文香「ええ、サロメは叶わない恋に溺れる純粋な少女と解釈できますからね。王宮において、彼女はある種のアイドルでしたし…」
叔父「しかし、アイドルなのに恋愛か…僕には業界のことはよくわからないが、世間がそれを許すのだろうか」
文香「許されざる恋、だと思います。サロメが最後に死刑を宣告されたように、思いを遂げれば追求は免れません…そこも含めて、あの子はサロメに似ているな、と思うのです」
叔父「すごく個性的な子が多いんだね」
文香「ええ…とても刺激的で充実した日々を送れているのですが…」
叔父「何か、気に掛かることでもあるのかい?」
文香「周りが輝いているからこそ、私なんて埋もれてしまうんじゃないかって…」
叔父「ふむ…」
文香「自分の無力さを痛感することも多くて…」
叔父「そうだねえ…文香ちゃん、自分の好きな本をいくつか思い浮かべてごらん」
文香「はい…思い浮かべましたが…」
叔父「その中で、一番好きなものを一つ選んでみてほしい」
文香「一番好きなもの、ですか…」
叔父「想像できたかな?」
文香「はい」
叔父「じゃあここで逆に、一番に選ばれなかった作品を、文香ちゃんはどう思う?」
文香「選ばれなかったもの、ですか…一番では無いにしても、私にとってはどれも素晴らしい作品で、かけがえの無いものです」
叔父「うんうん、そうだろうね…一つ輝く作品があったとしても、それで他の素晴らしい作品の良さが落ちるわけではない。僕はそんな風に考えているよ」
文香「あっ…」
叔父「数字というのは明快で…それでいて酷薄なものだ。文香ちゃんも、一番になれなくて何度も悔しい思いをするかもしれない。しかしだからといって、それで文香ちゃんの価値が下がるわけじゃないんだよ」
文香「確かに…私は周りと自分を比べてばかりいたように思います…それで、勝手に自分の価値を低く見て…」
叔父「気持ちはわかるよ。それに、他人と自分を比べるのも悪いことばかりじゃない。向上心というのは、誰かに勝ちたいという気持ちからも生まれる。ただ、そのことに囚われすぎないようにね」
文香「はい…」
叔父「何より、僕にとっての一番は文香ちゃんだ。それは断言できる。いや、僕に限らず文香ちゃんを真っ先に応援する人たちはたくさんいるだろう」
文香「そう、ですよね…とても光栄なことです…」
叔父「うん…前向きなのは結構なことだし、隣のライバルを見るのもいいことだ。ただ、時々は後ろを振り返ってご覧。必ず、僕たち応援してる人間の姿があるだろうから…」
文香「ありがとうございます…いつも励ましていただいて…」
叔父「いいんだよ。僕も頑張る文香ちゃんの姿を見て元気をもらっているから、お互い様だ」
文香「もしこの先また悩んだら…きっとここに来ますね」
叔父「ああ。いつでも遠慮なくおいで。何ならプロデューサーさんやアリスちゃんを連れてきてくれても構わないよ。歓迎するからね」
文香「ふふ…二人にも訊いておきますね。では、また…」
叔父「身体に気をつけてね」
文香「もしもし…プロデューサーさんですか?」
文香「いえ、用事ではなく…少し話をしたくなったので…」
文香「はい、叔父さんと会って…すごく気が楽になりました」
文香「はい…来週からは、きっと調子も戻ると思います…いえ、そうなるよう頑張ります」
文香「あと、それから」
文香「プロデューサーさんの、次のお休みを教えてもらえますか?」
文香「何故そんなことを訊くかって…?」
文香「それはまた…今度会った時にでもゆっくりと…」
おわり
乙
ふみふみがちょっと饒舌だなーと思ったけど、親しい叔父が相手ならこれが正しいように思えてきた
叔父さんの「好きな本をいくつか思い浮かべて~」あたりの表現がわかりやすく、そして深い意味があって好き
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