神谷奈緒「待ち合わせ」 (19)
アイドルマスターシンデレラガールズ、神谷奈緒のお話です。
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「いらっしゃいませ、1名様でよろしかったですか?」
扉を開けるとチリンチリンという鈴の音が店内に響いた。その音を聞いて客が入って来たのがわかるのだろう。あたしが入るとすぐに店員さんが来てくれた。
「あ、いや、待ち合わせで……」
とは言ってもまだ一時間も前なのだ。待ち人が来るには時間があるだろうから、コーヒーでも飲んでのんびりしていよう。
「あちらのお客様のお連れ様でしょうか?」
しかし、あたしの思惑は店員さんの思わぬ一言で崩れ去った。
店員さんが示す方向に目を向けると、そこにはあたしの待ち人がすでにコーヒーを飲みながら本を読んでいたのだ。
「あ、はい。そうです」
あたしがそう言うと店員さんはごゆっくりどうぞという一言を残して奥に消えて行った。きっとおしぼりとかお冷を取りに行ったのだろう。
「よう、相変わらず早いな」
「ん? そうでもないぞ、今来たところだしな」
声をかけるとPさんは読んでいた本にしおりを挟んで、そんな事を言ってくれた。
「今って……まだ一時間前だぞ? 普段からこんなに早いのか?」
「たまたまだよ、たまたま」
すっかり汗をかいたアイスコーヒーを飲みながらいつもの台詞を言うPさん。この人は待ち合わせをするといつだって先に居る。一体いつから待っていたのだろうか。
「それよりどうする? もう行くか?」
「いや、外暑かったしちょっと涼んでから行きたい」
丁度良く先ほどの店員さんがおしぼりとお冷を持ってきてくれたので、アイスコーヒーを注文する。
「Pさんは?」
大分量の減ったコップを見てPさんにも確認をとると、同じのをという言葉が返ってきた。
「外暑いのか?」
「暑いよ、もう溶けそうだ」
近年の日本の夏は異常な暑さらしいが、物心ついた時から猛暑だ酷暑だと言われて育ってきたあたしにとって涼しい夏というのは見当もつかない。
「……というか、今来たところなら外が暑いの知ってるだろ?」
どうせ、今来たところって言いながらもっと前に来ていたに違いない。外をちょっと歩いただけで汗をかくのに、Pさんは汗ひとつかいてない。にも関わらず飲んでいたアイスコーヒーのコップは汗をかいている。
「……案外鋭いな」
「あたしをなんだと思ってんだ?」
かなり失礼な事を言われたと思うのだが、とりあえず気にしないでおこう。
「てかさ、Pさんって待ち合わせすると、あたしより遅く来たことないだろ?」
こういうところで待ち合わせするのが苦手なあたしにとっては先に居てもらうのはありがたいのだが、あたしばかり遅刻しているような気がして少し複雑な気分だ。
「まぁ、社会人だしな。人を待たせるわけにはいかんよ」
「へいへい、ご立派な事で……」
社会人としてという話ならあたしにも当てはまるんじゃないだろうか。まだ17歳とは言え一応アイドルとして働いてるわけだし……。
「お待たせしました。アイスコーヒーおふたつです。ご注文は以上でよろしかったですか?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
持ってきてくれた店員さんにお礼を言ってアイスコーヒーを受け取る。
ミルクとガムシロップを垂らしてかき混ぜると、先までほど堅い感じのブラックコーヒーからあっという間に柔らかい感じのミルクコーヒーに早変わりだ。
外の暑さで火照った体に冷たいコーヒーが染み渡る。うん。美味しい。
「で?」
本当のところをPさんに短く端的に問いだすと、Pさんは前のコーヒーを飲み干してから、新しいコーヒーにミルクだけを入れた。
「今日は予想より早く着いただけで、普段は一時間前くらい」
誤魔化せないと分かったのだろう。渋る事もなく大人しく白状してくれた。
「一時間前……なら、早いだけ……か」
あたしだって凛と加蓮と出かけるときは30分以上前には待ち合わせ場所に居るようにしてるから、一時間ならまぁ普通と言えば普通だろう。
「でもさ、たまには遅く来ても良いんだぞ?」
くるくるとアイスコーヒーをかき混ぜる様は何か考えているようにも見えるし、回答を拒否する姿勢にも見える。
「俺な、待つの嫌いなんだよ」
「はい?」
しばらく待ってから帰って来た回答はそれはもうわけのわからないものだった。
「え? 待つの嫌いなのか?」
「ああ、嫌いだな」
Pさんはそれだけ言うと、かき混ぜるのをやめてまだ汗のかいていないアイスコーヒーにようやく口をつけた。
「でも、こうして早く来てるんだろ? それも大体一時間前に」
「まぁ、そうだな」
そりゃ仕事なら待ち合わせに時間より早く来るのは当然かもしれない。だが、Pさんはこうしてプライベートで会う時ですら早く来て待っているのだ。
「時間通り来れば良いんじゃないか?」
そりゃ遅刻するよりは良いのかもしれないが、それでも一時間前じゃなくても良いだろう。
「なんていうかな……俺、待つの嫌いなんだよ」
先ほども聞いた台詞を繰り返すPさん。いや、聞いたから知ってるよ。
一口しか口をつけていないアイスコーヒーをくるくるとかき混ぜながら、言葉を選んでいるのか少し考え込むようなそぶりを見せた。
「昔はずっと待たされてたからさ、待つの嫌いになったんだ」
言葉を選び終えたのだろう。普段よりもゆっくりと、落ち着いた口調でPさんがしゃべり始める。
「待ってる間って、もどかしくてさ。本当に嫌な感じがするんだよ。いつ来るんだろうか、本当に来るのか、来たとしてもすれ違いになるんじゃないかって」
言っている事はわかる。あたしもカフェで待ち合わせとかすると相手を見逃してしまいそうになるので苦手だし。
「だから、こんな気持ちを相手にさせるくらいなら、俺が待ってる方が気が楽なんだよ。相変わらず待つのは嫌いだけどな」
「なるほどなー……。Pさんらしいと言えばらしい理由だな」
理由を聞けばなんとなくは納得できる気がする。ようするにこの人は底抜けに良い人なのだろう。常に自分よりも他人を優先して合わせてくれる人だ。
あたしが自分のコーヒーを飲み干すのを見ると、Pさんも一口しか口をつけていなかったコーヒーを一気に飲み干した。
「じゃあ早く来たことだし、行くか?」
「うん!」
今日は久しぶりにPさんと二人きりなのだ。待ち合わせよりも早く来たのであればその分長く一緒に居れる。Pさんの厚意に甘えておくとしよう。
「そういや、相手より先に来るのって結構大変そうだよな」
ふと、そんな事が気になってしまった。一時間早く来るなんて奴はそれなりに居そうだし。
「誰が相手でも必ず先にってわけじゃないからな。時間通りの時だってあるさ」
Pさんが伝票を掴んでレジに向かって歩き出すと、あたしは鞄を掴んで一緒になって着いていく。
「ふーん、誰にでもってわけじゃないんだな。なんか基準はあるのか?」
鞄の中から財布を探しながらPさんに尋ねてみる。そりゃ、誰が相手でも先に来ていたらそれこそ早朝から待っていなきゃいけなくなるのだろう。
「基準って言うか、好きな人にだけだよ」
「へ?」
財布を取り出して顔を上げたときにそんな事を言われてしまい、あたしはお金を出すのも忘れて固まってしまった。
「さて、せっかく早く来たんだし行くか」
さくっと支払いを終わらせたPさんは真っ赤な顔になってしまったあたしを置いて、すたすたと店内から出て行ってしまった。
「ま、待って! 今の詳しく! 詳しく!」
慌ててPさんを追うあたしの背中からは、店員さんのありがとうございましたという言葉が聞こえてきた。
End
こういう雰囲気いいわぁ
おつおつ
以上です。
デレステに恥じらい乙女が来ました。もう一人の担当のしゅがはさんと同時でした。覚悟を決めるしかなかったですよね。
奈緒SSRの悲劇があったので、もしかしたらまた引けないんじゃないかと戦々恐々としていたのですが、無事に30連で二人とも来てくれました。
こうなるとあとは奈緒の二週目としゅがはさんのSSRに怯えるだけでとりあえずは済みます。
一体いつになったら穏やかな日々を過ごせるのでしょうか……教えてください。ちひろさん。
コミケに参加された方はお疲れ様でした。私もいつかは参加したいと思っているのですがなかなか機会に恵まれません。
冬は副業の関係でまず無理ですし、来年こそは参加したいですね。
では、お読み頂ければ幸いです。依頼出してきます。
>>11
そう言ってもらえると非常に嬉しいです。
最近しゅがはさんばかり書いていたので、たまには奈緒をって思い付きで書いたので色々と雑なつくりは否めないのですが……
非常に良いからもうちょっと読みたかった
乙
乙。
自分も奈緒きたから40連したけど駄目やった……
いや、代わりに美鈴のSSRきたから
いいっちゃいいんだけどさぁ……
乙です
あんたか
乙
奈緒としゅがはさんってことは総選挙の時に選挙活動(SS)しまくってた人かな
おつ
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