【艦これ】加賀「……文化的生活?」 (139)

注意
・設定などの知識不足があると思います。
・オリジナル設定が少なからずあります。
・初投稿です。
よろしくお願いします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1468813851

鎮守府が見渡せる丘

加賀「……なぜ私がこんな場所に……」

加賀「ついこの間まで最前線の真っ只中でバッタバッタと深海棲艦をなぎ倒す活躍をしていたはず……」

加賀「それが、少し意見を述べただけでこんな辺鄙な鎮守府に飛ばされるなんて……」

加賀「不幸だわ……」

加賀「……いえ加賀、こんな所でも私の実力出せば評価されるはず、前線の鎮守府に舞い戻ることだってまだ夢ではない」

加賀「正当に評価をされさえすれば私はこんな所にいる艦娘ではないんだから」グッ

パシャッ

加賀「……なに?」

男性「いやー、珍しいね。こんな別嬪さんがこんなところに」

加賀「……あなた、民間の方かしら。軍部施設の周辺に近づくのは誉められることじゃないわよ」

男性「え? ああ、大丈夫大丈夫、俺、ちゃんと許可貰ってる人だから」

加賀「許可を貰ってるからって……いえ、もういいわ勝手にして」

男性「……じゃああんたはどうなんだよ」

加賀「私?」

男性「あんたみたいな別嬪さんが軍部施設になんのようなんだ?」

加賀「……私は艦娘よ。今日からここに所属するの」

男性「へぇ、艦娘か。じゃあ、今日からって時に、何でそんな辛気くさい顔してんのよ」

加賀「……来たくなかったのよ、こんな所には」

男性「……へぇ」

加賀「ここの鎮守府は、ロクな戦績も残せないくらい出撃も敵勢力もいないような土地なの。艦娘にとっては左遷よ」

男性「なるほど、俺はいいとこだと思うんだけどね。ここは」

男性「緑も豊かだし、海も穏やかだし、平和だし」

加賀「民間人にとってそうかもしれないけど、艦娘として生きる私にとっては戦わなければ生きる意味すら危うい土地よ」

男性「生きる意味ねぇ」

加賀「ここで意地でも功績を上げて、また前線に戻ってやるのよ。絶対に……」


男性「……ふぅん」

加賀「……こんなこと、あなたに話す事じゃなかったわね」

男性「いや、いいのいいの。つまり、早くこんな辺鄙な鎮守府から出て行きたいってこったろ?」

加賀「ええそうよ。……一航戦の誇りのために」

男性「……まっ、どんな気持ちにしたって今日が門出だろ。一枚撮ってもいいかい?」

加賀「……別にいいけど、悪用しないでしょうね」

男性「しないしない。じゃあ、海をバックにして撮ろうか、ポーズは何でも構わないから」

加賀「なんでもいいから撮るなら撮りなさい」

男性「……そんな仏頂面でいいの?」

加賀「いつもこんな顔よ」

男性「まぁいいか……」

パシャッ

加賀「満足かしら。じゃあ私は行くから、さようなら」スタスタ

男性「写真はどうする? 鎮守府に届けようか」

加賀「いらないわ」スタスタ…

男性「あっそ」

男性「……なるほどね、あれが加賀か。また厄介そうなのが来たもんだね」

…………

鎮守府内

大淀「……いつもは普通に執務室にお連れしまして提督にご挨拶と業務連絡を行うのですが」

加賀「……どういうこと?」

大淀「いえ、その、なんと言いますか……」

加賀「歯切れが悪いわね。あなた秘書艦でしょう、もっとしっかりして欲しいのだけれど」

大淀「すみません。……えっと、つまり、ここの鎮守府はたぶんこれまで加賀さんがいらっしゃった鎮守府とかなり……というか全く違うというか」

加賀「鎮守府によって業務形態が異なることなんて承知しているわ」

大淀「いえ、業務形態どころか、その……ここはとにかく特殊でして、全体的に緩い……と言いますか自由といいますか……」

大淀「提督も自由な方でして……たびたびどこかにふらっと消えてしまいまして……。いまもまだ戻られていないのですが」

加賀(前の鎮守府ではここのことを『艦娘の墓場』とか呼んでいたけど、本当に相当酷いみたいね)

大淀「もちろん! お仕事はキチンとする方なんですよ! それは安心してください!」

加賀(ふらっとどこかへ消える人が『お仕事はキチンとする方』なわけがないわ)

加賀「……はあ」

加賀「ねえ、ここは本当に鎮守府として機能しているの?」

大淀「えっ! も、もちろんですよ! すこーし特殊ですが、艦娘の仲もいいですし、提督はお優しい方ですし……」

加賀「私が前にいた鎮守府は艦娘の仲はそれほど良くなかったし、提督も優しくはなかった、けど戦果はここの比にならないくらいあげていたわ」

大淀「ああ、たしか加賀さんの前の所属は前線のエリート鎮守府でしたね……」

加賀「この国のために働いているのだから、仲良くおてて繋いでというのも結構だけれど、戦果をキチンとあげることこそ鎮守府としては重要なことだと思うけれどね」

大淀「……す、すみません」

加賀「いいのよ、私は。どんなに緩くても、ここの提督が私を正当に評価してくれればまた前線へと戻れるのだろうし」

大淀「そ、そうですか」

加賀「……」

大淀「えーと……、あっ、そしたら提督を待つ間に鎮守府の中を案内しますね」

加賀「ええ、このまま待っているのも時間の無駄だし、そうするわ」

スタスタ

加賀「……」

大淀「……」

加賀「ねえ」

大淀「は、はい!」

加賀「……歩いていて目にはいるのだけれど、美術品が多くないかしら、ここ」

大淀「あー……、そうかもしれませんね」

加賀「額に入った立派な絵画とか、陶磁器とか……提督の趣味かしら」

大淀「提督の趣味、かもしれませんが……」

加賀「『かも』?」

大淀「提督はここの艦娘全員のことを気遣ってくれていますから、飾っているのでしょう」

加賀「……そう」

加賀(芸術鑑賞でも推進してるのかしら。……平和ボケしてるわね、艦娘も提督も)

スタスタ

大淀「この先にあるのが食堂です。調理場も食堂のものを使ってもかまいませんよ」

……

大淀「あそこが訓練場と、弓道場です。その近くには運動場もあります」

……

大淀「こちらは修理ドッグになります。隣接する大浴場は六時から二十二時までになりますので気をつけてください」

……

大淀「工廠は少し離れたところにありますので、また改めて利用する際に案内しますね」

加賀「……私はとくに工廠へ行く用はないのだけれど」

大淀「あら、そうですか? 結構たくさんの娘が使ってますから、勝手によく使う施設だと思ってしまいました。すみません」

加賀「いいけど」

加賀(工廠をたくさんの娘が使う? 明石とか夕張がたくさんいるのかしら、ここ)

……

大淀「これくらいですね。もっと細かく案内するのはまた時間があるときの方がよさそうですね」

加賀「……」

加賀(まだなにがあるって言うのよ。というか、案内された場所もそこまで重要な場所と感じないのだけれど)

大淀「それでは、提督が戻られたという連絡がありましたので、早速執務室に行きましょう」

加賀「……」

スタスタ…

加賀(ここがどんな場所であろうと提督には好印象を与えないと。とにかく不満は漏らさないように……)

加賀(この鎮守府がどんなに糞でも、それを出してはダメ。提督に気に入られないと……私は一航戦として前線へ舞い戻るのよ)

コンコン
大淀「大淀です。加賀さんを連れてきました」

??「おっ、来たね」ガチャッ

大淀「わっ、提督! なんでそちらから開けるんですか!」

??「いやね、そろそろだと思って扉の前で待ってたんだ」

大淀「ビックリさせないでください! 加賀さんもいるんですから!」

加賀「」

大淀「……加賀さん?」

加賀「……えっ」

男性「ん? ああ、さっきぶりだね加賀さん」

加賀「な、なんで、あなたが……」

提督「私がここの鎮守府を治めています、提督です。どうぞ、今後よろしく」


………


執務室

提督「……連絡事項は以上だ。なにか質問はあるか?」

加賀「……なんで、先程は民間人の振りをしていたんでしょうか」

提督「いや、あれは加賀さんが勝手に勘違いしただけでしょ」

加賀「……」

提督「それに、俺はあそこで趣味の写真撮影をするって許可を大淀にとってたし、嘘は吐いてないぞ」

加賀「くっ」

提督「……『提督に悪印象を与えた、もうキャリアアップの道はない』って顔してるね」

加賀「……ええ、あの丘で正直な気持ちを話してしまいましたから」

提督「へっへっへっ、まあそうだよな」

大淀「て、提督、そんな意地悪やめてください」コソコソ

提督「おっと失礼」

提督「まあ加賀さん、実際は正直に話してくれて嬉しかったし、それで加賀さんに悪い印象を抱いたとかはないから安心してよ」

加賀「……」

提督「まったく信用してない顔だな」

加賀「……前の鎮守府でも、正直な意見をそこの提督に述べました。その結果、いまここにいます」

提督「なるほどね」

提督「なんだっけ、加賀さんは『戦いこそが艦娘の生きる意味』って考えてるんだよね」

加賀「はい。私たちは深海棲艦と戦うために生まれた兵器です。戦うことこそが生きる意味であり、義務であると考えています」

提督「……そうか」

大淀「……」

提督「まあ、その考えも否定はしないよ俺は。軍人としては正しいとも思う」

提督「でも、俺はここで、ここの鎮守府で一つの方針を持って運営させてもらってる」

提督「君たち艦娘に『文化的生活』を送ってもらいたい、ということだ」

加賀「文化的生活?」

提督「ああ。君は先程自分のことを『兵器』だと言ったけどね、俺は君たちを俺と同じ『人間』だと思ってる」

加賀「……」

提督「艦娘だって色々なことを感じて、考えて、発信する力を持っているんだ。なのに戦いだけに明け暮れてしまうというのは勿体ないと思う」

加賀「……ですが、私たちが戦わなければだれが戦うというんですか? それでは人間は深海棲艦に侵略されてしまいますよね。人間では深海棲艦に太刀打ちできない、だからこそ艦娘は戦わなければならない」

提督「もちろんそうだな」

提督「だが俺は艦娘にも、戦い以外にも生きがいを探して欲しいと考えている。そんな『戦うことこそが生きる意味』というのは、人間として悲しすぎる」

加賀「ですから、そんな甘い考えでは人間は滅びてしまうと言っているのです」

提督「それはそうだ。だから、戦うことは俺以外に任せるって言ってんだ」

加賀「……ふざけてるんですか?」

提督「いや」

提督「君が前にいた鎮守府を筆頭に、全国には深海棲艦を殲滅してやろうと躍起になっている鎮守府なんてごまんとある。だから無理して戦う仕事はそっちに任せちまう」

提督「ここの鎮守府の仕事は国を守ることじゃない。深海棲艦を滅ぼすことでもない。ただ、ここの鎮守府を守ることだけだ」

加賀「そんなの……軍としてあるまじき」

提督「だが、ここがあるおかげでここら一帯の地域は深海棲艦の脅威から守られていることになっている。だからこそ軍はここを手放さない」

提督「それに、もともとそこまで敵が多い地域でもない、だから俺は望んでここに来た。そしてここに来た艦娘の事だけを考えてる」

加賀「そんな姿勢、軍人として恥ずかしくないの?」

提督「恥ずかしくないさ。少し前までに別の場所でもう嫌と言うほど戦ったからな、いまは好きなことやらせてもらう」

提督「それに、この世の全ての艦娘を導こうなんざ考えてないさ。俺一人にそんな力はないよ」

提督「俺の手が届くだけ、この鎮守府だけ、俺は艦娘たちに戦い以外の生きがいを見つけてもらおうとしてる」

加賀「国費を犠牲にしたエゴだわそんなの、許されることじゃない」

提督「国費は国民に使うべきだろう? 俺にとっては艦娘だって国民だ」

加賀「……なるほど。だから、ここは『艦娘の墓場』なのね」

加賀「ここは戦いから逃げた、腑抜けた艦娘にお似合いの場所だわ」

大淀「加賀さんっ!!」バンッ!

提督「大淀」

大淀「っ!! ……失礼、いたしました」

提督「すまんね。加賀さん」

加賀「……いえ、私も口が過ぎました」


加賀「でも、私はここにいるべき艦娘ではない、それはわかったでしょう」

提督「ああ、そうかもしれない。だが君は現在、一年間はこの鎮守府に所属することになっている」

提督「だから一年、いや半年でもいい、実際にここにいてくれないか。それでも君の意志がいまと変わらない物だったら、その時は俺が大本営へと推薦状を書こう」

加賀「……そんなこといいのかしら」

提督「それなりに上へは顔が利く。君を再び前線へと戻れるようにしよう」

加賀「……わかったわ」

提督「よし」

加賀「でも、私がここにいる限り深海棲艦との戦いに手を抜くつもりはないから」

提督「……了解した」

提督「だが、加賀さん」

加賀「……何かしら」

提督「この鎮守府にいる限り、君もなにか戦い以外に『やりたいこと』を見つけるようにしてくれ。意識するだけでもいい」

提督「戦うためだけに生まれたなんてこと、言うな」

加賀「……善処するわ」


………

加賀「失礼します」

提督「ああ。そうだ、加賀さんの部屋まで案内しよう」

加賀「別にそんな――」

ガチャッ
パシャッ

加賀「きゃっ」

青葉「どうもー!」

提督「おお、青葉か」

青葉「新しい方が来たとのことでしたので、これは激写するしかないと思いましてね」パシャッパシャッ

加賀「な、なに。なんですか!?」

提督「青葉、加賀が困ってるぞ」

青葉「あっ、ごめんなさい。ちょっとふざけようと思っただけですので」ペコリ

提督「それにな青葉、もう俺がちゃーんと加賀さんの写真は撮ったから大丈夫だ」

青葉「えーっ、どこでですか!? ていうかどのタイミングで!?」

提督「加賀さんがここにくる前に、裏の丘のところで」

青葉「おー! いいロケーションじゃないですか! あとで見せてくださいね!」

提督「もちろんだ」

青葉「楽しみにしてますからねー。あっそうそう、はい提督、この前の写真現像したの持ってきましたよ」スッ

提督「ああ、いつもありがとうな」

青葉「いえいえ。それでは用もすみましたので、青葉失礼します」ビシッ

青葉「あっ、加賀さん、これからよろしくお願いしますね、あと先ほどは失礼いたしました」

加賀「え、ええ」

青葉「それでは!」タッタッタッタ…

……


加賀「……なんだか台風みたいね」

提督「ああ、青葉な。アイツは元気だからな。いつもあっちこっち走り回って写真撮ってるんだ」

加賀「……そう」

提督「もともと俺も趣味でカメラいじってたけど、少し青葉に勧めてみたら俺よりハマりやがった」

加賀「……」

提督「ここでの行事の写真撮ったりもしてくれるけど、風景写真とかも上手でな」

提督「ふと『撮りたいっ!』って思って撮ったらしい風景写真とか……あっほら、この写真だ」

加賀「……この写真」

加賀(廊下に飾ってある写真はあの娘が撮った物だったのね……)

提督「これ、新聞社の写真コンテストに初めて出して銀賞とってよ、新聞にも小さくだけど載ったんだぜ」

加賀「……そう。別に興味ないわ」スタスタ

提督「そっか、あっじゃあこれはどうだ」スタスタ

加賀「……これ?」

提督「ああ、この絵、まるで売り物みたいだろ」

加賀「そう、ね」

加賀(高価な絵画かと思ってたのだけれど)

提督「これは駆逐艦の時雨が描いたんだ。執務室から見た海らしい」

加賀「これは、たしかに見事ね」

提督「さっき青葉に貰った写真な。先月、この絵の授賞式に出席した時のなんだ」

提督「時雨と俺と記録係の青葉とで行って、久々に晴れ着着てさ。時雨と青葉も綺麗なドレス着てな」

提督「時雨もなんか偉い美術家の人と話したりしてて、俺なんか蚊帳の外よ」

加賀「へぇ……」

提督「時雨は結構絵画コンテストの常連だったりするから、色々注目されてるらしい」

加賀「……それで、その時雨の練度はいくつなのかしら?」

提督「……絵の練度は155だ」

加賀「戦力としては?」

提督「……この間やっと20になったくらい」

……

スタスタ

加賀「確かにすごいと思うわ。私には出来ないことをしていると思う」

加賀「でも、私の物差しは戦うことなの。戦力として使い物にならなければ、艦娘としては必要ないわ」

提督「……手厳しいね、加賀さんは」

加賀「先ほどから思ってはいたけど、ここは出撃はちゃんとしているの? 遠征は?」

提督「最低限はしてるね。加賀さんには耐えられないかもしれないけど」

加賀「そう、しているという事実があるならいいわ」

提督「加賀さん、絵とか興味ある?」

加賀「あると思うの?」

提督「さあ、それはやってみなくちゃ分からないだろ」

加賀「はあ……。ないわよ、全然」

加賀「見るのは楽だけど、描きたいとは毛ほどにも思いません」

提督「残念、まあそんな簡単に生きがいが見つかるとは俺も思ってはいないけどね」

加賀「何のために生きるか、なんてあなたに決められたくないわ」

提督「俺は決めないさ。決められるように選択肢を増やしてやるのが俺の仕事」

加賀「……そう」

提督「あれ、『あなたの仕事は戦う事でしょ』とか言わないのか」

加賀「……そういうことは思っても口に出さないものよ

提督「おっと、すまない」

提督「っと、加賀。ここがお前の部屋だ」

加賀「案内、ありがとうございました」

提督「ここら一角は正規空母の部屋がだから、もし分からないことでもあればお隣さんにでもきいてくれ。それがダメなら俺とか大淀にきけ」

加賀「はい」

提督「あと、仕事してるとき以外は基本的に自由時間だから、謀反以外なら鎮守府で何してもいいからな」

加賀「はい」

提督「それじゃあ」

加賀「……提督」

提督「ん?」

加賀「半年間、よろしくお願いします」

提督「……ああ、これからよろしく」

賀の自室


加賀「……はあ」

加賀「……一人一部屋なのね」

加賀(前の鎮守府じゃ他の艦娘と相部屋だったわよね、たぶん。誰と一緒だったかは覚えてないけれど)

ポスッ

加賀「ベッドにただただ寝転がるなんて、久々な気がする……」

加賀(部屋なんて出撃と入渠の合間に使った覚えしかないわ……)

加賀「部屋というより、ただ睡眠をとる場所でしかなかったわね」

加賀「……こんな広い部屋を貰っても、どう使えばいいかも分からないわ……」

加賀「……生きがい、ってやつに使えばいいのかしら」

加賀「……」

加賀「艦載機でも置けばいいのかしら」

加賀「……」

加賀「……馬鹿らしい」

コンコンッ

加賀「誰?」


??「あ、あの! 隣の部屋の翔鶴です! 挨拶をと思いまして」

加賀「……ふぅ」

ガチャッ

翔鶴「あっ、始めまして。同じ正規空母……ですよね? 翔鶴型一番艦の翔鶴と申します。こんな所なので色々慣れないことも多くなると思いますが、分からないことがあればなんでも聞いてください!」

加賀「……加賀型一番艦の加賀よ。よろしく」

翔鶴「……」

加賀「……」

翔鶴「……えっと」

加賀「別に無理して話題を探さなくてもいいのよ」

翔鶴「そ、そんな! その、私、加賀さんとお話ししてみたいと思っていたんです!」

加賀「……はあ。それで、何を話すの」

翔鶴「えっと……あの、あっ!」

翔鶴「か、加賀さんは、甘い物は好きですか?」

加賀「ええ、嫌いではないわ」

翔鶴「よかった!」ニコ-!

翔鶴「私、お菓子づくりが好きで……これ、パウンドケーキ作ったんです! お近づきの印にどうぞ!」ニコニコ

加賀「えっ、ええ、ありがとう……。これ一個丸々……頂いていいのかしら」

翔鶴「もちろんです! 加賀さんのために作ったんですから!」

加賀(一人で食べるには多いわね……)

翔鶴「あっ、もしよろしければ今度感想を教えてくれれば嬉しいです! まだまだ修行中ですので!」

加賀「……」

加賀「ねえ、私も一つ聞きたいのだけれど」

翔鶴「? はい」

加賀「……その、お菓子づくりは、あなたにとっての生きがいなのかしら」

翔鶴「えっ。んーっと、そうですね……生きがい、とまで言うのはオーバーかも知れないのですが……」

翔鶴「……でも、きっと、お菓子づくりが出来なくなったら、すごく悲しいかなと思いますね」

加賀「……そう」

翔鶴「えっと、今のでちゃんと答えになりましたか?」

加賀「ええ、十分よ」

翔鶴「ふぅ、よかった」

加賀「あと、もう一つ聞きたいのだけれど。その、赤城はこの鎮守府にいるかしら」

翔鶴「赤城さんですか? ええ、いらっしゃいますよ。お部屋はここの斜め向かいの所にありますけど」

翔鶴「いまでしたらたぶん、弓道場にいらっしゃるかと」

加賀「……そう。ありがとうね。翔鶴」

翔鶴「いえいえ」

加賀「今日からよろしく。あと、ケーキごちそうさま」

翔鶴「はい! それでは」

バタンッ

加賀「……」

加賀「何もないところからパウンドケーキが生まれたわ……」

加賀「……弓道場、行ってみましょう」

加賀(赤城さん。『ここの赤城さん』はどんな方なんでしょう)

…………

弓道場

キ-…ヒュッ  パンッ!

赤城「……」

スッ

赤城「……ふぅ」

赤城「あら?」

加賀「……赤城さん」

赤城「あなたが今日着任した加賀さんね。提督から話は聞いてるわ」

加賀「はい。前線の鎮守府から転任しました」

赤城「よろしくお願いしますね、加賀さん」ニコッ

加賀「こたらこそ、よろしくお願いします」ペコリ

赤城「どうですか? この鎮守府は、面白い所でしょう? ふふっ」

加賀「……ええ、これまでの経験も殆ど役に立たなそうです」

赤城「そうですか。……ところで」クンクン

赤城「翔鶴さんのケーキですかぁ……美味しいんですよねぇ」

加賀「……食べますか?」

赤城「あらあら、なんだか催促してしまったみたいですみません」

加賀(してると思うのですが)

赤城「……私の部屋で食べましょうか。金剛さんから頂いた美味しい紅茶もありますし」

赤城「そこでお話、しましょう」ニコッ

加賀「……はい」

赤城「少し待っててください。着替えてきます」テクテクテク

加賀「……どこでもあまり変わらないわね。赤城さんは」

加賀「食いしん坊な所は」

…………


赤城の自室

パクッ モキュモキュ ゴクン
赤城「ふわぁ……、やっぱり練習後の甘い物は格別ですねぇ!」ピカー!

加賀「赤城さんが輝いている……」

赤城「それも翔鶴さんお手製が味わえるなんて、幸運ですぅ」モキュモキュ

加賀「……確かに美味しいですね。気分が高揚するのも頷けます」

赤城「そうですねぇ」モムモム ピカーッ

加賀「バナナの風味とクルミの食感……と、この香りは僅かにシナモンでしょうか」

赤城「おいひいですねぇ」モムモム

加賀「紅茶も、美味しいです」

赤城「おいしいケーキにおいしい紅茶……犯罪的です」

加賀「……ふぅ」ピカーッ

赤城「うふふ、加賀さんも食べることが好きなんですねぇ」

加賀「そうですね……補給は大切ですから」

赤城「こんな補給だったら私、いつでも大歓迎ですよ。加賀さん!」

加賀「え、ええ、そうですね」

加賀(「また貰ったら一緒に食べましょう!」という目だわ。明らかな要求と欲望の目……)

赤城「ふぅ……。それで、加賀さんは何が聞きたいんですか?」

加賀「え?」

赤城「着任してすぐに、わざわざ弓道場にまで来て……それこそ翔鶴さんにでも聞いたんですよね。私ならあそこにいるって」

加賀「……はい」

赤城「あんまり弓道場なんて使う艦娘はいませんからね」

加賀「えっと、他の空母の方は使わないんですか?」

赤城「空母の発艦訓練は大体訓練場か、演習場を使いますよ」

加賀「へぇ、そうなんで……」チラッ

加賀「……」

加賀「ああ……なるほど」

赤城「あら、わかりましたか?」

赤城「こほん」

赤城「えー、あちらに見えますのは『全日本弓道大会』成人の部、三位入賞の賞状でございます」

加賀「……」

赤城「えー、窓際に見えますのは『元日、近所の神社で流鏑馬の騎手を勤めた際に提督と撮った写真』でございます」

赤城「そしてあちらが……」

加賀「弓道、ですか」

赤城「……何がです?」

加賀「赤城さんは」

赤城「私は弓道じゃないですよ。赤城さんですよ?」

加賀「……」

赤城「……冗談ですよ?」

加賀「それで、赤城さんは弓道が『生きがい』なのかしら」

赤城「うーん、そうですねぇ。生きがい、というのも少し仰々しいですねぇ」

加賀「……でも、それは戦うことよりも大切なんですよね。その、赤城さんにとって」

赤城「そう、ですねぇ……」

赤城「……加賀さんは、何が大切なの?」

加賀「私は、ただ戦うだけです」

赤城「そう」ニコッ

赤城「……」

加賀「……」

赤城「……」

加賀「……あの」

赤城「私もね、加賀さんとたぶん同じ。他の鎮守府からここへ来て、当時は戦うことこそ全てだと思っていました」

赤城「艦娘は、戦いにこそ己あり。ってところですかね」

加賀「私と同じ、です」

赤城「ええ」ニコッ

赤城「でも、ここに……この鎮守府に来た理由はきっと、加賀さんとは違います」

加賀「それは、どういういことですか」

赤城「ふふっ……」

赤城「……不良品なんですよ、私」

加賀「そんな……。赤城さんは、私なんかよりも」

赤城「……それは、前の鎮守府にいた赤城さんですよね?」

加賀「それ、は」

赤城「加賀さん、これだけは覚えておいてください」

赤城「艦娘も十人十色、いろいろな方がいるんです。それは艦種だけではなく個性という部分で、ね」

加賀「……」

赤城「私は、確かに戦うことに存在意義を見いだしていました。ですが、それは理想、戦いたくても戦えない艦娘なんです。私」

加賀「意味がわかりません。私達には戦う術が備わっています。それに軍が兵器である私たちを使わないはずがない。そうですよね?」

加賀「弓道で、これだけ力が発揮できるんです。そんな、赤城さん……いえ、あなたが、戦えないなんて」

赤城「……私は攻撃することができないんです。敵に」

加賀「そんな」

赤城「いえ、それでは語弊がありますね」

赤城「生き物に攻撃することが、恐ろしいんです」

加賀「深海棲艦は敵です。それに、アレを生き物と言えるかどうか」

赤城「信じられないと思います」

赤城「でも、生まれてからずっとです。生き物と認識してしまうと、もう……」

赤城「手も足も……震えてしまって、頭も真っ白になって……。全く動けなくなってしまうんです」

加賀「それでは、あなたは本当に」

赤城「役立たず、ですよ」

加賀「……」

赤城「……戦いこそ己の存在意義。なのに、戦うことができない。できることは一部の遠征のみです。こんな不良債権、置きたい鎮守府なんてありません」

加賀「……解体とか、考えなかったんですか?」

赤城「ふふっ、やっぱり加賀さんと私、考え方が似てるのかもしれませんね」

赤城「左遷されたとき、『なんでこんな自分を解体しないのか』『早く解体して欲しい』……そう思っていました」

赤城「戦いを求める心と、戦えない体……もうそのズレで、私の精神は参っていたんです」

加賀「では、今のあなたがあるのは……」

加賀「提督、ですか」

赤城「……はい」ニコッ

赤城「提督は、私のこの『ズレ』を個性だと仰ってくれました」

赤城「そして、どんなことがあろうと私を解体しないと」

赤城「……それに」チラッ

加賀「なるほど……それで弓道ですか」

赤城「はい」

赤城「あの方は、精神的にボロボロで、無気力だった私のために尽くしてくれました」

…………

提督『赤城、芸術系はどうだ!? なんだか惹かれるものなんか感じないか?』

赤城『……』



提督『そしたらゲームはどうだ! これだったら擬似的に戦うことだって』

赤城『……ごめんなさい』

提督『そっ、かぁ……まぁ、気長に探そう! お前の好きなこと』

赤城『……提督』



提督『赤城! スポーツだ! お前は運動神経はいいんだからスポーツだったらできるかもしれない!!』

赤城『スポーツ、ですか……?』

提督『おっ、良い反応だな。種類も沢山あるし、赤城がハマるのもあるかもしれない』

赤城『そう、でしょうか……』

提督『とりあえずやれるものからやっていこう。琴線に触れなくても、やってみることは無駄なことじゃない』

赤城『……はい』



赤城『てい、とく……』

提督『……凄いじゃないか、赤城』

赤城『これが、弓道ですか……』

提督『どうだ?』

赤城『わかり、ません』

赤城『でも……なんだかいい感じです』

提督『そうか……。よし! 鎮守府に弓道場を造るか』

赤城『えっ! そんな、私なんかのために。というか、まだ続けたいと思ったわけでは……』

提督『じゃあ、他のものにチャレンジすればいい。だが、弓道場は建てる』

赤城『えっ、ええっ!』

提督『これから来る娘の中にも弓道が好きな娘がいるかもしれないだろ。先行投資だよ先行投資!』

赤城『そ、それって……その弓道場って! 私も使っていいんですよね!?』

提督『ふぅん』ニヤニヤ

提督『ふっ、もちろんだよ』

赤城『……やった』

…………




赤城「弓道をやっている自分と、そんな私を楽しそうに見ている提督と……。なんだか不思議な、でも心地良い時間でした」

赤城「それにあれからずっと私は、弓道という拠り所を見つけてから生きるのが楽しいんです」

加賀「……そういう物なのでしょうか」

赤城「それは、分からない」

加賀「……」

赤城「でも私は、弓道をしている時間が好き、弓道をしているときの自分も好き、それに弓道に出会ってからの自分が好き……」

赤城「何もできないボンクラの人生を、かけがえのないものにしてくれたのは弓道と、提督なの」

加賀「……羨ましい、かもしれません」

赤城「そう?」

加賀「はい……。でも、今の私は『戦い』こそが生きがいです。その気持ちは今でも変わりません」

赤城「……ふふっ」

赤城「良いと思うわ。それでも」

赤城「だって、それは加賀さんだけの物だもの」

加賀「あの、あなたが当初持っていた『戦い』への気持ちは、どうなったのでしょうか」

赤城「んー……そうですねぇ」

加賀「……捨てる、のですか?」

赤城「……そんなことはないわ」

赤城「私だって、弓道の大会に出たいと思ったし、他の人と競いたいとも思った」

赤城「負けたくないとも思ったし、……三位で終わってしまった時は悔しいとも思ったわ」

赤城「私は『戦い』を諦めるつもりもない、その志を捨てるつもりも」

赤城「ただ『戦い』が生きる意味とは思わない」

赤城「私にとって弓道と生きる中で『戦い』があるの」

加賀「弓道と生きる中での『戦い』、ですか」

赤城「他者との戦い、自分との戦い……私は負けたくないわ」

赤城「私は、理想を抱きながらも海で戦えなかった自分に、負けない生き方をしたい」

赤城「私がどんなに艦娘として出来損ないでも、何もできない過去の自分よりも、人間として誇りを持った生き方をしていきたい」

赤城「そう、思っているわ」

加賀「……」

赤城「……ごめんなさいね。なんだか、熱くなってしまって……」

加賀「いえ……」

加賀「個人的には、あなたは良い生き方をしている、と思います」

赤城「な、なんだか恥ずかしいですけど……あ、ありがとうございます、加賀さん」

加賀「やはり、どんなに違っていても……赤城さんは、赤城さんです」

加賀「……前の鎮守府の赤城さんは、私より練度も高かったのですが」

赤城「あ、あはは……それは、許してくださいよ。加賀さん」

加賀「……そろそろ部屋に戻って休むわ。貴重なお話、ありがとうございます」

赤城「いえ、いいんですよ。またいつでも来てください。部屋か弓道場にいつもいますから……えっと遠征中以外」

加賀「……ふふっ、わかりました。赤城さん」

赤城「ああっ、老婆心ながら一言アドバイスを」

加賀「はい?」

赤城「……無理して見つけなくてもいいんですよ。『戦い』が生きがいでも、それは加賀さんが決めることです。私や提督が決めることではありません」

赤城「たとえあなたがこの鎮守府を去ってしまうことになったとしても、それが間違っているわけではありません」

赤城「加賀さんは私とは違うんですから。……ここでしか生きていけない訳ではないんです」

赤城「あなたは私の生き方を羨ましいと言ってくれましたが、過去の私にとっては加賀さんのほうが羨ましかったと思います」

赤城「私は、加賀さんが納得できる選択ができることを願ってます……」ペコッ

加賀「……ありがとうございます、赤城さん」

ガチャ…
バタン

赤城「私ことを羨ましいって……」

赤城「加賀さん、あなたは……」


…………

加賀の自室

加賀「赤城さん……。赤城さんに頼ってよかった。やはり、彼女はいつも的確なアドバイスをくれる」

加賀「……いえ、いくら同じ『赤城』でも、重ねてしまうのは良くないわ」

加賀「ここの赤城さんも優しくてよかった」

ポスッ

加賀「……ベッド、やけに柔らかい気がする」

加賀(なんでかしら。ベッドの感触なんて、これまで一度も考えたことなんてなかったのに……)

加賀「何か、変わっているのかしら。私も」

……
赤城『……無理して見つけなくてもいいんですよ。『戦い』が生きがいでも、それは加賀さんが決めることです。私や提督が決めることではありません』

赤城『私は、加賀さんが納得できる選択ができることを願ってます……』
……

加賀「……私は、艦娘です。艦娘は、戦うために生まれた。それは覆しがたい事実であり、義務なんです」ボソッ

加賀「……今日は色々なことがありすぎたわ……少し、休んで……ふわぁ」

加賀「……スー…スー…」

…………


次の日

大淀「昨日は案内できませんでしたが、ここが談話室になります」

加賀「談話室……一体、何のための場所なの?」

大淀「あれ? 他の鎮守府にはないんですか?」

加賀「たぶん。前の鎮守府には無かったか、ほとんど利用されなかったか、どちらかね」

大淀「へぇ、そうなんですか……。いい部屋だと思うんですけど」

加賀「それで、何をする場所なの?」

大淀「あっ、失礼しました」

大淀「そうですね、具体的な用途は説明し辛いのですが……あっ」

龍驤「おー、大淀さんに……えっと、だれや?」

大淀「昨日来た加賀さんです」

龍驤「ほー、加賀やんかー……。またけったいな体つきしてんなぁ」

加賀「けったい?」

龍驤「あーええのええの、気にせんといて」テクテク

龍驤「あっ、大淀さん、テレビみてもええ?」

大淀「大丈夫ですよ」

龍驤「ほな、遠慮なく」ピッ

大淀「龍驤さん、いま加賀さんに談話室の説明をしていたんですけど、その、なんて説明すれば良いか分からなくて……」

龍驤「えっ、あー、そなんや」

龍驤「えーっと、加賀やん。談話室っちゅーのは、謀反以外ならなんでもしてもええっちゅー部屋や」

龍驤「これで分かるやろ」

大淀「少し大雑把過ぎると思いますが」

加賀「……昨日、提督も同じことを言ってたわ。『謀反以外なら~』と」

龍驤「あら、ウチが提督のネタパクったのバレてしもた」

大淀「まあ、えーっと、複数人でお話ししたり、テレビを見たりする場所、という認識でいいですかね」

加賀「……いつも誰かがいる場所って事ね」

大淀「まあ、そうですね。特にする事のない方は大体ここにいるという感じです」

加賀(いつも誰かが暇している鎮守府というのもどうかと思うけどね)

龍驤「そんな難しい顔すなや」

加賀「……えっ?」

龍驤「この鎮守府はよくも悪くも特殊や。それに艦娘同士のつながりも強い、って趣味仲間みたいなものも多いけどな」

龍驤「そういうのの交流の場としてここがあるんよ」

大淀「……確かに、そうですね」

龍驤「ここで『ああ、あいつあんな趣味があるんやなー』とか『あいつら仲ええんやー』とか、発見もあってつながりも増えてくって感じやな」

加賀「……作戦会議とかにも使うのかしら」

龍驤「ぷっ、加賀やん真面目すぎ」

龍驤「そんなん会議室でも使ったらええて。ここでの会話なんて世間話みたいなもんばっかや」

龍驤「……ま、そういう話をする人がおってもええと思うで。なに話してもええんやからな」

加賀「……そう」

龍驤「……ここでみーんなが仲良くする姿を見るのが、うちの生きがいや」

加賀「……」

大淀「確かに、龍驤さんは大体ここにいらっしゃいますね。いっそのこと談話室の責任者になるのはどうでしょう」

龍驤「アホ。こういうのは責任が伴わないのがええんや」

大淀「はあ、そういうものですか」

龍驤「そういうもんや」

龍驤「うちはみんなと同じ目線で、みんなと一緒に楽しみたいんや」

加賀「……龍驤、あなたは艦娘として何をしているの?」

龍驤「おっ? なんやなんや、喧嘩腰やなぁ」

加賀「艦娘なのに平和ボケして、本分を忘れているわけではないわよね」

龍驤「平和ボケって……随分な言い草やな」

加賀「でもそうでしょう? あなたは何のために存在しているというの? 私から見ると、ろくな生きがいもなくフラフラと無責任な生活を送っているように見えるのだけれど」

龍驤「うっ……本当のことやから言い返せへん」

加賀「赤城さんは生きがいを見つけて、今も自分を高め続けているわ」

加賀「あのような方のためこの鎮守府があるのだと、思っていたのだけれど」

龍驤「まー、せやな」

加賀「……ねえ、あなたは何をしているの?」

龍驤「……」

大淀「オロオロ」

大淀「あ、あの」オロオロ

大淀「か、加賀さん」ヒソヒソ

加賀「何かしら、私はいま龍驤と」

大淀「その、龍驤さんはなんですけど……」ヒソヒソ

加賀「ただの惰性で鎮守府にいるとしか思えないわ」

大淀「あの、何もしていないわけではなくてですね」ヒソヒソ

加賀「……はっきり言ったらどうなの?」

大淀「す、すみません……。それで加賀さん、龍驤さんはですね」ヒソヒソ

加賀「ええ」

大淀「提督と一緒に、一からこの鎮守府を支えてくれている方なんです」ヒソヒソ

大淀「それに他の鎮守府から艦娘をスカウトしているのも、主に龍驤さんです」

加賀「なるほど、つまり」

加賀「えっ」ピタッ

大淀「この鎮守府の艦娘事情が成り立っているのは龍驤さんのお力も大きいんです」ヒソヒソ

龍驤「……あー、なんか水戸黄門が正体を明かした時みたいやな、たははは……」

加賀「……えっと」

龍驤「はは……はぁ」

龍驤「まあ、そういうこっちゃ、加賀やん」

龍驤「加賀やんの言うとこの、ウチの『生きがい』っちゅーのは、まあ赤城みたいなどーしよもなくなってしもた艦娘をここに連れてきてやることかな」

加賀「そ、そう……」

龍驤「どや、加賀やんの思う生きがいとして立派なもんやろ?」

加賀「……ええ。うん……十分」

加賀「ごめんなさい。何も聞かずに責めてしまって」

龍驤「あー、ええんやええんや。ウチかて加賀やんと同じ艦娘や。そんな畏まらんといてぇな」

加賀「……そうね」

龍驤「切り替えはやっ!」

龍驤「もうちょい遠慮とかあってもええと思うんやけどなぁ」ボソボソ

加賀「ねえ、龍驤」

龍驤「あん? なんや?」

加賀「私は、『戦い』こそが艦娘の存在意義だと思っているわ。それに対して、あなたはどう思うかしら」

龍驤「知るかっ!」

加賀「えっ」

龍驤「そんな存在意義とか、そんなん個人の勝手や。ウチが口出しすることやない」

龍驤「別に『戦い』こそが生きがいでも、それはええと思うわ」

加賀「そう、ですか」

龍驤「……でも、一つ言っとくけどな。ウチ自身はそんなこと全く思ってへんよ」

龍驤「艦娘だって、やりたいことをやってええと思う。まあウチらの場合は最初っからやらなあかん仕事は決まってるけどな」

龍驤「それでも人間と同じ。仕事とプライベートは分けたらええんや」

龍驤「仕事人間なんて性に合わへんから、ウチはプライベートの方を大切にしとる。それだけ」

加賀「なるほど、私の考えには否定的なのね」

龍驤「加賀やんを否定するわけやないで。ウチの信条が加賀やんの考えと逆ってだけや」

加賀「龍驤、あなたはハッキリしてるのね」

龍驤「……別に、アホやから深く考えられないだけや」

龍驤「うちの考え方って、艦娘として生まれた時から変わってたみたいで」

龍驤「いつの間にか他の艦娘からハブにされてたところを、提督に引っ張り出されただけや」

龍驤「一から支えたいうても、ウチはただ最初からここにいたってだけ……」

加賀「そうかもしれないわね」

龍驤「慰めるくらいしてや、加賀やん」

加賀「ただ、あなたみたいに考え方が良くも悪くもブレないのは、いいと思うわ」

龍驤「……そうかな」

加賀「ええ」

龍驤「……って、なに新入りに励まされてんねん!!」

大淀「龍驤さん!?」

龍驤「なんか知らんけど腹立ってきたわ。ほれ、シッシッシ、これからウチのプライベートタイムや、邪魔せんといて」

大淀「えっと、行きましょうか、加賀さん」

加賀「ええ」

龍驤「あっ、加賀やん!」

加賀「……なにかしら」

龍驤「あんたのその仏頂面、この鎮守府にいる間に治るとええなぁ!」

加賀「……余計なお世話」

龍驤「アホ! ここはそんな余計なお世話でできてる鎮守府や! 逃げられると思わんようにな」

加賀「……ふふ」

大淀「ふふっ」ニコッ

龍驤「せいぜい楽しむことやな、ここの生活を」

加賀「……そうね」


…………

…………

数ヶ月後


加賀「……提督、今度の出撃の事ですけど」

提督「ん? ああ」

加賀「ここの方針として、出撃の目的は迎撃が主になっています」

加賀「しかし、それではキリがありません。少し無理をしてでも先に進めた方が」

提督「……」

加賀「? 提督?」

提督「……いや、ここに来てからしばらく経つけど、加賀さんは変わんないねぇ」

加賀「……そうかしら、それなりにここの鎮守府にも慣れたと思うのだけど」

提督「数ヶ月間、毎度毎度出撃について話をしてくる艦娘なんて、ここじゃ加賀さんだけだしなぁ」

加賀「ここの鎮守府が異常なのよ」

加賀「それに、私にとって出撃し、敵を倒すことが生きがいだから」

提督「……そう言って、他の何にもチャレンジしないじゃない」

加賀「疑いない生きがいが『戦う』ということなの」

提督「……ふぅん」

加賀(私は、逃げたのかもしれない)

加賀(自分が変わってしまう可能性から)

加賀(新たな生きがいを見つけることから)

加賀(何も考えずに戦ってさえいれば、私は前にいた前線の鎮守府へ戻れる)

加賀(あそこへ戻れば再び自分は戦うことこそが必要になる)

加賀(私を私たらしめるのは『戦うこと』)

加賀(戦い、戦果を挙げることが私の生きがいなのだ)

加賀(私の中心は戦うことでなくてはならない)

加賀(そうしないと、私は変わらなくてはいけなくなる)

加賀(変わることは、怖い)


…………

期待

弓道場

赤城「加賀さん、肩の力を抜いて、矢と的だけに集中してください」

赤城「精神を落ち着かせて、自分の中で調和を保つんです」

加賀(赤城さんの指導はやや抽象的です)

赤城「心の中の海を凪の状態にするんです。そうすれば自ずと無駄な力が抜けます」

赤城「周囲を無視するんです。世界を自分と的以外消し去るつもりで」

赤城「息を軽く吸って……緊張しないように」

ヒュッ パンッ

赤城「わぁ、やっぱり上手です。加賀さん」

加賀「赤城さんの指導のおかげですよ」

加賀(嘘です。なんとなく発艦するときと同じ感覚でやりました)

赤城「……加賀さん嘘吐かなくていいんですよ」

加賀「えっ」

赤城「この前、第六駆逐艦隊の子達にも教えたのですけど……」

赤城「指導が抽象的すぎて分からない、と……」

加賀「……はぁ」

加賀「仕方がないですよ。赤城さんの弓道の腕は先天的なものですから」

赤城「ううっ、すみません。役立たずで」

加賀「……」

加賀(赤城さんの弓道のセンスは物凄い。一度訓練場で発艦訓練をしたときは他を抜いて圧倒的だった)

加賀(出撃にも演習にも生かせないのですが)

加賀「赤城さんはこれからどうしますか」

赤城「んーっと、そうですね……少し練習していこうと思っていたのですけど」

加賀「鳳翔さんの所に行きませんか?」

赤城「あっ、行きます!」

加賀「じゃあ、着替えてから行きましょう」

赤城「はい!」


…………


食堂

鳳翔「それで、どうですか、調子の方は」

加賀「……相変わらずです」

鳳翔「そうですか」

加賀(鳳翔さんの生きがいは料理らしい。彼女はここの鎮守府で建造され、そのままここで働いている)

加賀「食堂に来て、鳳翔さんの料理が出てくると安心します」

鳳翔「あら、ありがとうございます」

赤城「ここには優秀な調理師がいてくれてとっても嬉しいです!」モグモグ

鳳翔「そうだ、また新しい料理を作ってみたので、食べてみてくれませんか?」

加賀「……さすがです」

赤城「この前、レシピ本出版してましたよね?」

鳳翔「そうなんですが……こう、インスピレーションが止まらなくて……うふふ」

加賀「……」

赤城「凄いですねぇ。私は食べることしかできないですが、その分野に関してなら鳳翔さんのお力になりたいと常々思ってます」フンスッ

加賀「……やっぱり食いしん坊ですね」

鳳翔「クスクス、また作りすぎてしまったときは呼びますからね」

赤城「まかせてください!」

加賀(『また』?)

鳳翔「ふんふんふーん♪」トントントントン

加賀「……鳳翔さんの手際を見ていると、いつも感心してしまいます」

鳳翔「あら、ありがとうございます。でも、慣れれば加賀さんだってこれくらい出来るようになると思うわ」

加賀「……いえ、私も食べるの専門なので」

鳳翔「あらあら、それは残念」ニコニコ

加賀「……鳳翔さんは出撃するときとか、何を考えていますか?」

鳳翔「そうですね……今晩の食事はどうしようとか、ふと新しいレシピを思いついたりとか……ですかね」

加賀「ふふっ、どうなんでしょうねそれは」

鳳翔「そうですね、戦っているときは大体集中しますけど、それ以外ははもっぱらそんな感じです。不真面目ですよね」クスクス

赤城「……」モグモグ

加賀「あっ、ごめんなさい」

赤城「いえいえ、別にもう気にしてませんから」

赤城「前はそういうお話は苦手でしたけど、今は全く平気ですので」ニコッ

加賀「そう」ニコッ

鳳翔「ふふっ、仲良しですね。お二人とも」

赤城「勿論ですよ!」

加賀「あ、赤城さん……」

鳳翔「羨ましいです」

鳳翔「お二人はお酒はお飲みになりますか?」

加賀「いえ、私は」チラッ

赤城「じゃあ、私は一口だけ頂きます」

鳳翔「はい」

トポトポトポ…

赤城「ありがとうございます」

コクリ

赤城「……ふぅ」

赤城「……」

赤城「……鳳翔さん、私も聞いてみたいと思ってたことがあるんですが、いいですか?」

鳳翔「ええ、構いませんよ」

赤城「その、失礼なことを言ってしまうかもしれませんが、ただの酔っ払いの戯れ言程度に思ってください」

鳳翔「ふふっ、はい」

赤城「……ふぅ」

赤城「……鳳翔はここで建造されて、ずっとここの鎮守府ですよね」

鳳翔「はい」

赤城「正直言って、ここは特殊過ぎる場所です。海で戦うことよりも、違うことをする事を推奨しています」

加賀「……」

赤城「その中で、思ったことはありませんか? 戦うために作られたとも言える私達が、戦う機会が少ないこの鎮守府に居ることに、居心地の悪さみたいなのを」

加賀「……私たちは外から来ていますから。ここで生まれた方はどう考えているのか、興味あります」

鳳翔「う、うーん。そうですねぇ……」

鳳翔「居心地の悪さ、というのは感じたことはありませんね」

鳳翔「それに、そもそも『他の鎮守府の当たり前』が私には分かりません」

赤城「……なるほど」

鳳翔「赤城さんたちが私の考えが分からないのと同じく、私には赤城さんたちの感覚が分かりません」

鳳翔「私が血気盛んな方じゃないからかもしれないですが……」

鳳翔「私は戦うこと自体に意味を見出してはいません。ただ単にその仕事を持って生まれただけのこと」

鳳翔「赤城さんは『海で戦うこと』から『弓道』へ、生きがいと言えるものがシフトした……んですよね?」

赤城「えっと、まあ大まかに言いますと、そんな感じですね」

鳳翔「私にとっては、元々『海で戦うこと』が生きがいであった時期はないんです」

鳳翔「私の生きがいは、生まれてからずっと『美味しいものを作って、食べてくれる方に喜んで貰うこと』。それに私の喜びはあります」

加賀「……」

加賀(きっと、前の私なら鳳翔さんの考え方を批判していたかもしれないわね……)

赤城「なるほど、そうですか……」

鳳翔「あの、こんな答えでいかがでしょう? 上手く答えになったでしょうか……?」

赤城「はい! 大満足です! 不躾な質問、失礼しました」ペコッ

鳳翔「ああ、よかった」ホッ

赤城「……加賀さん」コソッ

赤城「これも、個性……なんですね」

加賀「……ええ、そうかもしれません」

加賀「赤城さん」

赤城「はい?」

加賀「ありがとうございます。私が聞きにくいことを聞いてくれて」

赤城「ふふっ、何のことです?」

鳳翔「……あと、あの、ここだけの話なのですが」

赤城「はい」

鳳翔「……提督は、私たち艦娘の本分である『戦い』をおざなりにする方針を、独りよがりなのではないかと、深く悩んだようです」

鳳翔「前に提督に、随分酔っていらっしゃった時なんですけど」

鳳翔「私たちに『戦い』という選択肢を与えなくてごめん。……と、空言で謝られたことがあります」

赤城「……そうですか」

鳳翔「あの人は、本当にお優しい方です」クスッ

赤城「……ええ、それは十分知っています」ニコッ

加賀「……」

加賀(『戦い』……。生きがい……。)

加賀(……私も、考えるときがきたのかもしれません)



…………

加賀の自室

加賀(生きがい……)

加賀(ここに来る前までは『戦う』ことが生きがい……)

加賀(いえ、艦娘はすべからく『戦う』ことを生きる意義として存在するべきだと、そう思っていた)

加賀「……そういう環境に、身を置いていたからかしら」

加賀(これまで上役も、周囲の艦娘もそう考えていたから、いつの間にか私もそれが当然だと思っていただけかもしれない)

加賀(……戦いたくとも戦えない赤城さん)

加賀(……戦うことに疑問を抱いた龍驤)

加賀(……戦いを義務としない環境に産まれた鳳翔さん)

加賀(色々な艦娘が居る、ということを、ここでは思い知らされた)

加賀「……でも、それでも、私が生きるためには……私が私として生きるためには……」

加賀(私が誇れるものは『戦う』ことだ)

加賀(『戦う』ことでしか私に誇れることはない)


…………

コンコン

加賀「どうぞ」

ガチャッ

翔鶴「し、失礼します」

加賀「何の用かしら」

翔鶴「あの、実は加賀さんに頼みたいことがあるのですけど……」

加賀「?」

……

瑞鶴「……」ムスッ

加賀「……」

翔鶴「その……瑞鶴がここで建造されてからイマイチ馴染めていないようでして」

翔鶴「そのことを赤城さんに相談したら、加賀さんならこの問題にぴったりだと」

加賀「……赤城さん」ゲンナリ

翔鶴「あ、あと、赤城さんから伝言で……」

翔鶴「『加賀さんのためにもなりますから』とのことなんですが」

加賀「はあ……分かりました」

翔鶴「そうですか! ありがとうございます!」

翔鶴「ほら、瑞鶴!」

瑞鶴「……あんがと」ムスー

加賀「イラッ」

翔鶴「では、よろしくお願いします。加賀さん」

加賀「えっ」

翔鶴「はい?」

加賀「あの、あなたはどこへ?」

翔鶴「私、これから遠征なんです。夜には帰りますので。それでは!」

タッタッタッ

加賀「あ……」

加賀「……」

瑞鶴「……」ムスッ

加賀「……よろしく」

…………


瑞鶴「だから、あたしは誰にも協力して貰わなくていいって言ってるの!」

加賀「そんなこと言っても、頼まれたのだから仕方ないでしょう」

瑞鶴「じゃあ放っておいてよ! 翔鶴姉には口裏合わせておくわ!」

瑞鶴「……私は、私一人で解決するんだから」

加賀「はあ……。そう、なら勝手にして」

瑞鶴「えーえー勝手にするわよ、一航戦の協力なんて誰が借りるもんですか!」ズンズン

ドンッ

??「おっと」

瑞鶴「きゃっ」

加賀「あら、提督」

提督「よう、加賀さんに……大丈夫か、瑞鶴」

瑞鶴「いったた……提督さん? もう、もっと気をつけなさいよ!」

提督「ああ、ごめんごめん」

加賀「今のは、あなたが私に悪態を吐いていて、前を見ていなかったからぶつかったのよ」

提督「なるほど、そうだったか。なら今度から気をつけろよ、瑞鶴」

瑞鶴「……わかったわよ……ごめんなさい」

提督「分かればいいんだ。……おっとそうだ、瑞鶴に聞きたいことがあったんだが」

瑞鶴「……何かしら」

提督「自分のやりたいことが見つからなくて焦ってる、って本当か?」

瑞鶴「なっ!?」

加賀(なるほど、そういう事)

瑞鶴「だ、誰よ! バラしたの!!」

提督「この前、翔鶴がそう話してたんだが」

提督「……反応を見る限り、本当らしいな」

瑞鶴「くっ!!」

加賀「……その相談だったわけね」

提督「ん? どういうこと?」

加賀「翔鶴が私に協力してほしい、と」

提督「……へぇ、加賀さんに、ねぇ……」

瑞鶴「そ、その事について、いま頑張って探してるわ! 提督さんは心配しないで!」

提督「……まあ、そう簡単に見つかるものじゃない、気長に探してればそのうち見つかるさ」

提督「加賀さんと一緒に、色々試してみたらどうだい」

提督「加賀さんも、結構良い経験になるんじゃないかな」

瑞鶴「ううっ」

加賀(良い経験……)

加賀「……わかりました」

提督「うん、それじゃ、よろしく頼むよ、加賀さん」

加賀「ほら、行くわよ、五航戦」

瑞鶴「ず、瑞鶴よ! ちゃんと名前で呼びなさいよ」

加賀「はいはい」


……

青葉「あれ? それで、なんで青葉の所へ真っ先に?」

加賀「あなたなら、誰が何をやっているのか把握していると思ったからよ」

青葉「うーん、そうですかねぇ」

加賀「記録係でしょ。ここに転任してから、あちこちにあなたが出現している所を見たわ」

青葉「まあ、そうですね……」

青葉「うん、せっかく加賀さんが青葉を訪ねてくれたんです。青葉、全力で協力しますね!」

加賀「ありがとうね」

瑞鶴「その……ありがとう」

青葉「いえいえ~、瑞鶴さんともあまりお話する機会がなかったので、青葉としても仲良くできてうれしいです!」

加賀「……あなた、本当に馴染めていないのね」

瑞鶴「い、忙しくて、話しかけるタイミングがなかっただけよ」

加賀「本当かしら」

青葉「まあまあ」

青葉「こほんっ、それでは! 皆さんのご趣味拝見ツアーに、レッツゴー!!」


……


鎮守府 外


加賀「……畑?」

青葉「まず、扶桑さんと山城さんです」

扶桑「あら、あらあら、青葉さんに加賀さん、瑞鶴さん、ようこそいらっしゃい」

扶桑「やましろー、加賀さんたちが来てくれたわよー」

「ハーイ ネエサマー」

タッタッタッ

山城「……ふう、いらっしゃいませ!」

扶桑「ごめんなさいね、雪風は遠征で今日いないのだけれど……」

青葉「いえいえ」

加賀「あなたたちの『生きがい』について話を聞かせてほしいの」

扶桑「『生きがい』? えーっと……、それは趣味みたいなことでいいんですか?」

加賀「ええ、構いません」

加賀「この子が建造されたばかりでやりたいことっていうのがハッキリしていないらしいの」

山城「なるほど」

扶桑「そうねぇ」

山城「見れば分かるとおり、私たちはちょっとした農業をやってるわ」

瑞鶴「……ここの畑、扶桑さんたちが使ってたんだ」

扶桑「まあ元々は家庭菜園程度だったのだけど」

山城「提督が『だったら畑を作ろう』っていいだしてね。全く、管理するこっちの身にもなって欲しいわ」

扶桑「山城、提督は私たちのためにと思って作ってくれたのよ。そんなこと言ってはだめ」

山城「うっ、ごめんなさい。姉様」

扶桑「あの、勘違いしないで欲しいのだけど、私たちはこの畑を渋々管理してるわけではないですからね」

加賀「ええ、分かっているわ」

青葉「それに、たまに提督と一緒に作業していることもありますよね」

扶桑「ああ、ふふっ」

山城「……別にいいって言ってるのに、手伝いに来るんだから」

扶桑「なんとなく、半ば無理やり畑を作ったことに負い目でも感じてるんだと思うわ」

山城「……畑仕事は好きって何度も何度も言ってるのにね」

瑞鶴「あら? このトマトって」

扶桑「ええ、食堂の方で出してる物よ」

加賀「私たちの食料も作っているのね」

青葉「いつも美味しくいただいてますよ!」

山城「そ、そりゃあ、私と雪風が品種改良させたんだから、美味しいに決まってるわ!」

扶桑「私たちが愛情いっぱい育てた野菜が美味しく食べてもらえるのは、本当にやっててよかったと思うわ」

扶桑「こういう改良は家庭菜園ではできないから、そういう努力もできるし楽しいわよ」

瑞鶴「……なるほど、やりがいもあるわけね」

扶桑「あそこには私と雪風が品種改良をしたトウモロコシがあってね」

山城「あっ、じゃあ、あそこには私と雪風が育てたキュウリもあって……」

扶桑「そっちには私と雪風がいま頑張って世話をしてるジャガイモが」

山城「向こうの方に作ってるビニールハウスでは今度雪風と私とでイチゴを作ってみようとしてて」

加賀「……あの」

扶桑山城「ギクッ」

瑞鶴「なんか、雪風の携わったの多くない?」

扶桑「そ、そんな事は」

山城「ない……こともないわ」

青葉「……そういえば、雪風さんが来てくれるまで、大変そうでしたね」

扶桑「そうだったわね」ドヨーン…

山城「忘れました」ハイライトオフ

扶桑「蒔く種蒔く種全て土に帰ってしまったわ」

山城「雪風は私たちにとっての豊穣の神様よ」

加賀「なるほど」

青葉「あ、あはは」

瑞鶴「美味しい野菜の裏にそんな悲しい過去があったのね……」

扶桑「……ですが、雪風が来てくれた今は、楽しく、元気に農業生活を送っているわ」

山城「それに雪風と一緒にいると不幸なことが起こらなくて助かってるのよ」

扶桑「本当に。不幸なことが起こらないなんて、幸運だわ……」

加賀(マイナスがゼロになっただけでプラスではないわ)

青葉「では、次に行ってみましょう」


……


工廠

青葉「次は島風さんにでも会いに行きましょうか」

加賀「島風って……ここ、工廠なのだけど」

瑞鶴「どういうこと?」

加賀「他の鎮守府にいる島風は、おおよそ工廠に居るような艦娘ではないわ」

瑞鶴「へぇ、そうなの」

青葉「あー、まあ行けば分かりますよ」

テクテクテク

明石「あら? 青葉じゃない。それに加賀さんに瑞鶴さん? どういう面子よ」

青葉「島風さんに会いに来たんですけど」

明石「島風なら第一工作室に居ると思うわ」

加賀「工作室なんてあるのね」

明石「あー、馴染みありませんか」

明石「まあここは特殊ですからね」

加賀「よくわかってるわ」

ガチャッ

島風「ふぅ、疲れた~」

青葉「おっ、あちらから現れましたね」

島風「んぅ、なに~」ボヤー

青葉「おやおや、なんだかお疲れなご様子ですね」

明石「あっ、もしかして、島風昨日からずっと使ってたの?」

島風「うん、カスタマイズしだしたら熱中しちゃって」

明石「ほどほどにしてくださいね。無理して体壊したらここの責任者である私が提督に怒られるんだから」

島風「ごめんなさ~い」ボヤボヤ


加賀「……!!」

島風「ふわあ……ん? 加賀さん?」

瑞鶴「なに驚いてんのよ」

加賀「なぜ島風が眼鏡を掛けているの……」

島風「あー、細かい作業してたから」

加賀「それに落ち着いてる……」

島風「疲れてるからねぇ」

加賀「私の知っている島風じゃない……」

青葉「おお、加賀さんがシマカゼギャップを感じている」

瑞鶴「島風は一体なにしてたの?」

島風「あれ、瑞鶴さん。お話しするの初めてね」

島風「私は、コレ、やってるんだ」

瑞鶴「これは?」

青葉「ミニ四駆、ですね」

島風「そう、速さを追究する中で出会ったの!」

瑞鶴「これは随分と趣味らしい趣味ね」

青葉「でも度々大会とかも開かれてますから、結構奥が深いみたいですよ」

島風「ミニ四駆はね、バランスを考えた造型や、重さの調整、モーターの回転速度を加味して初めて安定的に速度が出せるの」

島風「コースに適した最高のパフォーマンスが出来る機体を作ることが大事なのよ!」

島風「本当の速さを出すためはがむしゃらに速く走るだけではダメ。自分のことだけではなく、周囲の環境に目を向けて調整することで初めて最適化されたスピードが出る」

島風「ミニ四駆が私に教えてくれたの!」

加賀「私の知っている島風じゃないわ!!」

島風「昨日はそういう計算と実際にカスタマイズしてたから寝るの忘れちゃって」メガネクイッ

瑞鶴「……んー、私には向いてなさそうね」

明石「そうですか? 私もたまに弄ってますけど面白いですよ」

島風「明石さんは次の大会にでも出さないの?」

明石「島風の機体ほどガチじゃないからねぇ」

島風「んー、楽しいと思うんだけどなぁ」

青葉「今度の大会は記録係としてついて行きましょうか?」

島風「いいよ、そこまで大きな大会でもないし、軽い調整のつもりだから」

加賀「島風が技術者の顔をしているわ……。私の知っている島風より精神年齢がだいぶ高いし……」

島風「……これ馬鹿にされてるのかな?」

青葉「微妙ですね」

島風「むー、まあいいや。ふわあ……、大会のためにも明日の出撃頑張んなきゃ」

島風「私これから寝るね、おやすみ~」

テクテクテク

加賀「……なんだか凄いショッキングな出会いでした」

明石「まあ、あんな島風は他にいませんよね」

青葉「ま、気を取り直して、次行ってみましょう」



……

……

鎮守府 廊下

テクテクテク
青葉「んー……」

加賀「どうかしたの?」

青葉「……あの、青葉が言うのも嫌みとか、自慢っぽくなっちゃって嫌なんですけど」

瑞鶴「なになに」

青葉「……少し、聞いて欲しいんですが」

青葉「加賀さんの言うところの『生きがい』っていうのは、ここの鎮守府の艦娘ほとんどに有ると思います」

青葉「ですが、間違って欲しくはないんですが、『生きがい』でも『得意なこと』ではないんですよ」

加賀「……なるほど、『生きがい』が結果と必ずしも結びつくことではないと」

青葉「はい」

瑞鶴「えっ、でも赤城さんは弓道上手だし、翔鶴姉はお菓子作るの上手よ?」

青葉「赤城さんのような弓道の天才は特別です。あそこまで上手になれる人はそうそういません」

青葉「……『好き』と『得意』は、確かに結びつくものではあります」

加賀「好きこそものの上手なれ、ということね」

青葉「その通りです。好きなことであればそれこそある程度までは上達することができるでしょう」

青葉「ですが、やはり才能の壁というのは艦娘にも、人間にもあります」

青葉「先ほどの島風さんも、ミニ四駆の大きな大会で入賞したことはありません」

青葉「扶桑さんたちが作っている野菜だって、この鎮守府でおいしく食べられていますが、世間で評価されるようなものではありません」

青葉「興味のない人よりはとても上手ですが、高いレベルで見れば平凡と見なされることなんてざらです」

加賀「そう、ね」

瑞鶴「……なんか嫌ね」

加賀「嫌?」

瑞鶴「そうよ! もしやるんならトコトンやりたいし評価されたいでしょ!」

青葉「その瑞鶴さんの考え方も正しいと思います」

加賀「じゃあ、あなたは自分の得意分野を探しているのかしら?」

瑞鶴「そうよ! ……あれ? そうなのかな」

青葉「ふふっ、別に『得意だから好き』でもいいと思いますよ」

青葉「評価されないから違うことを始める艦娘だっています。周囲の評価や結果が『生きがい』のモチベーションとなることは決して悪いことじゃありません」

瑞鶴「そう……そうよね」

青葉「ですがその考えに固執して、そうではない人を否定してはいけません」

加賀「得意ではない、評価されない……でも自分がそれを好きだからやってる、という人?」

青葉「はい」

瑞鶴「そんなの当たり前じゃない! 人それぞれなんだし」

加賀(『当たり前』と、そう言えるのはここの鎮守府で生まれたからこそね)

瑞鶴「それに好きだからこそ評価されるために頑張る、っていうのもあるでしょ」

青葉「そうです」

青葉「『得意だから好き』でも『好きだから得意になりたい』でもいいし、『ただ自分がやりたい』というのでもいいんです」

青葉「周囲の評価や結果なんて、要素の一つでしかない……ということです」

青葉「……何となく、瑞鶴さんたちの『やりたいこと』を考える一つの指針になれば……と思い、言ってみた次第です」

瑞鶴「なるほどね」

瑞鶴「……うん、なんか色々考えることが出来そうだわ! ありがとう、青葉!」

青葉「ああっ、いえいえ! なんか偉そうにすみません」

加賀「……」

加賀(……私は周りに評価されたくて戦っていたの?)

加賀(いえ、違うわ。戦うことは義務であり、評価されるようなことではない)

加賀(義務……)

加賀(私は戦わなければいけなかった。だから戦っていた……)

加賀(やらなければいけないことは、『生きがい』? 生きるために戦うことは『生きがい』だったの?)

「――さん!」

「加賀さん!」

青葉「あの、加賀さん!」

加賀「……えっと、なに?」

青葉「どうしたんですか? ぼーっとして」

加賀「んっ……いいえ。なんでもないわ。少し考え事をしていただけだから」

青葉「そうですか?」

瑞鶴「そんなことより、次にいくわよ!」

加賀「……なんだか元気になったわね、あの子」

……


廊下

青葉「さて、次に訪ねるのは特に世間的に評価がされているわけではない方々です」

瑞鶴「いわゆる『好きだからやっている』人ね」

青葉「はい。ですが腕は確かで、趣味を生きがいとしてやっています」

加賀「趣味……」

瑞鶴「ここら辺は個人の部屋よね。インドアなのかしら」

青葉「まあ、会えば分かりますよ」

青葉「っと、ここの部屋だ」

コンコン

??「誰?」

青葉「青葉です」

ガチャッ

浜風「青葉さん? ……と、加賀さんに瑞鶴さん?」

浜風「大所帯で……あの、私、何かしでかしました?」

青葉「いえいえ、そういうわけでは」

加賀「あなたの趣味についてお話を聞いてみたいと思って」

浜風「私の趣味……ですか? 別にいいですよ、仲間が増えるのは嬉しいことです」

浜風「とりあえず入ってください。何もお構いできませんが」

青葉「おじゃましまーす」

瑞鶴「お、おじゃましま……す……」

加賀「……これは、また」

瑞鶴「なに、これ……竿にルアーと、大量の魚拓?」

浜風「はい。趣味で釣りをやってまして」

加賀(……これは、趣味のレベルなの?)

浜風「今度の休みには九州の方にまで行ってみようと思っています」

青葉「今は何をしていたんですか?」

浜風「道具の整備をしていました」

瑞鶴「うわぁ、凄い。これ全部釣り用具なの?」

浜風「はい。正式に提督からお給料を貰い、調達しました」

浜風「瑞鶴さんが手に持っているのはルアーですね。擬似獲という奴です」

瑞鶴「へえ、なんか聞いたことあるかも」

加賀「竿も、こうやって見ると色々種類があるのね」

浜風「川用、海用、大型や小型用などなど、場所や用途の数だけありますからね」

浜風「あっ、その竿はさわらないで!!」

加賀「えっ、あ」ビクッ

浜風「あっ……コホンッ、失礼いたしました」

浜風「その竿はこの前やっとの思いで手に入れた物で、下手に触れて欲しくないといいますか……いえ、別に加賀さんが壊すと思ったわけではなくてですね」

浜風「その、今度の九州でお披露目するまでは私もあまり触らないで眺めていようと思っていまして……」

瑞鶴「つまり最初に触るのは自分だっ! ……ってことね」

浜風「お恥ずかしながら……その通りです」

加賀「いえ、私も素人なのに不用意でした。すみません」

浜風「いえいえ」

コンコン

??「ハマちゃんいるー? 入るよー」

ガチャッ

鈴谷「ハマちゃん今度の海釣りの話だけど……って、なんだか賑やかね」

青葉「おじゃましてます」

瑞鶴「ていうか、もしかして鈴谷さんも浜風と同じ?」

鈴谷「ん? 同じって?」

加賀「あなたも釣りが生きがいなの?」

鈴谷「そだよー。ハマちゃん程ガチじゃないけどね」

浜風「スーさん、青葉さんたちは釣りについて聞きたいらしい」

鈴谷「おやおや、鈴谷さんをご指名かい? 仕方ないなぁ、それじゃあまず道具の選び方から」

加賀「いえ、私たちはそんな詳しく釣りについて聞きたい訳ではないの」

鈴谷「あれ? そうなの?」

瑞鶴「釣りのどういうところが鈴谷さんたちを魅力したのか聞きたいわ」

鈴谷「魅了したって、んー、だったらハマちゃんに聞いた方がいいかな」


浜風「やっぱり、時間ですね。釣りをしている時間」

鈴谷「あー、そうだ。鈴谷もハマちゃんにそう言われて始めてみたんだ」

瑞鶴「あれ? 鈴谷さんが釣りを始めたのは浜風の影響が強いの?」

鈴谷「うん、ハマちゃんに誘われてーどっぷりハマっちゃったんだ」

浜風「きっかけは私だったかもしれないけど、スーさんがここまで釣りを好きになってくれるとは思わなかったわ」

鈴谷「まーねー……」

鈴谷「鈴谷、ここに転任してからしばらく無気力女子だったからね」 

加賀「あなたも他の鎮守府から?」

鈴谷「そう。前にいた鎮守府が解体されてね、所属してた艦娘は散り散りに他の鎮守府に飛ばされちゃったんだ」 

加賀「……そう」

鈴谷「でも別にそこの鎮守府に愛着とか無かったし、ほとんど大切にされてた記憶もないしね」

鈴谷「ここに来た当初は『無理して出撃しなくていいの? ラッキー』って思って部屋でゴロゴロしてたんだ」

瑞鶴「……えっ、他の鎮守府の出撃ってそんなにハードなの」ボソッ

加賀(瑞鶴はここ以外の鎮守府ではやっていけなそうね)

鈴谷「まあでもね、それでも時間ばっかりが余ってね。ふと『あたし何やってんだろー』って思うようになって……」

鈴谷「色々手出してはやめてを繰り返しながら趣味探ししてたんだ」

鈴谷「それでも『これだ!』ってのが無くて、テンションだだ下がりで歩いてるとき、ハマちゃんに会ったんだ」

鈴谷「こうやって釣りをしている時間がいいんだ、って言われて。始めてみたらハマっちゃって。ほんと、ハマちゃんには感謝よ」

青葉「たしか、浜風さんはここを出身でしたよね」

浜風「はい。元々、気づいたら海にいて、さまよってるところをここに拾って貰ったの」

瑞鶴「浜風はなんで釣りをするようになったの?」

浜風「……特に理由はないのですけど、なんとなく、始めてみたのが釣りでしたね」

浜風「のんびり釣りをしながら考え事をしたり、水面を見たり、海では波の音を聴いてみたり……」

浜風「それでいて夢中になると色々面白くてですね。釣り上げたときの達成感とかも、やっぱり夢中になる要因でしたね」

瑞鶴「へぇ……」

浜風「釣りをしている時間、すべてが好きです」

浜風「その時間を過ごすことが、私の幸せです」

加賀「……そう」

浜風「あの……噂で聞いたのですが、加賀さんは私たちが戦うために生まれた存在だから、戦うことを第一に考えるべきだと思っているというのは本当ですか?」

加賀「……そうね」

加賀「いささか言葉は乱暴に伝わっているようだけど、概ねその通りよ」

浜風「なるほど」

鈴谷「へー、加賀さんて真面目なんだね。やっぱり」

浜風「……私、加賀さんに伝えておきたいのですが」

浜風「もしも、『戦わなくてもいい』と言われれば、私は好きなだけ趣味に時間を割きます」

浜風「ですが、『今後一切、釣りをしてはいけない』と言われたら」

浜風「私は解体されてもいいと思っています」

加賀「……」

浜風「馬鹿みたいかもしれませんが、私にとって趣味はそれだけ大きな存在なんです」

浜風「私たち艦娘が生まれた理由は『戦うこと』かもしれません。ですが、私が生きる意味は『戦うこと』にありません」

浜風「個人的な考えですが、生きる上で重要なのは『戦うこと』でも、それこそ『釣り』みたいな趣味に没頭することでもない」

浜風「ただ私が私らしく生きるということ、です」

加賀「……そういう考えも、あっていいと思うわ」

浜風「そうでしょうか?」

加賀「きっと、ここに来た当初の私ならあなたを叱咤していたかもしれないけど」

加賀「今は、そうは思わない。考えを強制するつもりはないわ」

浜風「……そうですか」

加賀「ありがとう。あなたの意見が聞けて良かったわ」

青葉「……あー……では、そろそろおいとましましょうか。鈴谷さんも浜風さんと話すこともあるでしょうし」

瑞鶴「そ、そうね」

青葉・瑞鶴(なんかシリアスな空気になっちゃったし)


………


談話室

青葉「どうですか、色々回ってみて」

瑞鶴「……うーん、なんか色々聞けたのは良かったけど、やっぱり『これだ!』っていうのはなかったかなぁ」

加賀「……」

青葉「加賀さんはどうでした?」

加賀「色々と興味深かったわ」

青葉「ほぉ、それはよかったです」

加賀「……改めて、思い知ったんだけれど」

瑞鶴「なに?」

加賀「……何も難しくはない、『人それぞれ』ということなのね」

瑞鶴「はあ? どういうことよ」

加賀「……私が生まれた……前に所属していた鎮守府ではそんなこと言ってられなかったわ」

加賀「ここではどんな事でも『人それぞれ』であることが容認される」

瑞鶴「当たり前じゃないの?」

加賀「……いいえ、そうではないの」

瑞鶴「それって……どーゆうこと?」

加賀「他と違ったことをすることは許されない。『加賀』ならば空母として決められた働きをしなければならない」


加賀「『瑞鶴』ならば『瑞鶴』の働きをしなければならない」

加賀「『私』ではない『加賀』として……『艦娘』として、ということよ」

瑞鶴「うーん、なんか難しいわね。『私』は『瑞鶴』よね?」

青葉「……青葉、なんとなくわかります。つまり、個性はあってはならない、そんな環境だったんですよね」

加賀「ええ」

瑞鶴「んー……?」

加賀「……単純に言ってしまうと」

加賀「趣味なんてものは必要ない。ただ『戦え』ということよ」

瑞鶴「えっ、厳しすぎじゃない、その鎮守府」

加賀「いえ、多くの鎮守府はこのような考え方で動いているわ」

瑞鶴「……ここの鎮守府が珍しいの?」

加賀「ええ」

瑞鶴「そう、なんだ……」

瑞鶴「そっか、私は幸せなのかな」

加賀「この環境を『幸せ』と感じるのは、あなたがここ以外知らないからかもしれないわ」

瑞鶴「……何よ。経験が足りないってことかしら」

加賀「そうではないわ。仕方のないことよ」

加賀「あなたがこの鎮守府で『幸せ』と感じるならば、ここでの生活が充実しているに他ならないのだから」

瑞鶴「ふーん、そう……」

青葉「……難しいですよね。そういう認識って、ちょっとやそっとじゃ捉えられない物ですから」

加賀「……青葉はここで生まれたの?」

青葉「はい。でも、少し前に色んな方にお話を聞く機会がありまして、聞いているうちに色々考えるところがあったといいますか」

加賀「……口振りからして他の鎮守府から来たのかと思っていたわ」

青葉「そうですね……。その、青葉も趣味探しに結構悩んだ口でしてね、てへへ」

加賀「なるほどね。今の私たちと同じ経験があったのね」

青葉「そういうことです」

瑞鶴「……ねえ、加賀さん」

加賀「何かしら」

瑞鶴「加賀さんはここの鎮守府にいて『幸せ』なの?」

加賀「え……」

瑞鶴「その『認識』ってやつ、加賀さんは他の鎮守府も知ってるんでしょ?」

瑞鶴「だったら、加賀さんにとってここでの生活は『幸せ』?」

加賀「……『幸せ』?」

加賀「どう、なのかしら」

瑞鶴「比べるのは難しい?」

加賀「そう、ね。ここも良いところもあるけど、その、前の鎮守府にもいいところがあったから……」

青葉「……」

加賀(……『幸せ』)

加賀(私は『幸せ』なのかしら)

加賀(私の『幸せ』って……)

加賀(私の『幸せ』は、何なのかしら)

加賀「……そうね」

加賀「私も、覚悟を決めないといけないわ」

……

その後・加賀と別れて

青葉「……瑞鶴さん」

瑞鶴「ん?」

青葉「趣味探しって難しいですよね。それものめり込むほどの趣味って」

青葉「突然向こうからやってきたり。自分を見つめていくうちに見つかったり。とにかくぶつかっていった末に見つかったり……」

青葉「瑞鶴さんは、なんでそんなに躍起になっているんですか?」

瑞鶴「……」

瑞鶴「それが、私がここにいる意味だから」

青葉「意味? どういうことです?」

瑞鶴「ここにいる為には何か趣味がないと、そう思ってたの」

青葉「……ふふっ、お馬鹿さんですね」

瑞鶴「な、なによ、お馬鹿さんて」

青葉「意味がなくても居ていいんですよ、ここには」

青葉「意味を探すために、ここは……この鎮守府はあるんですから」

瑞鶴「……そう、そっか」

青葉「私たちには、存在する意味があるんです。みんな、どこかに」

青葉「そんな大切なものを焦って探すなんて、勿体ないですって!」

瑞鶴「……そうよね。うん!」

青葉「いつか、見つかります。青葉たちはその意味を探すために生まれたんですよ。この鎮守府に」


……… 

後日
執務室

提督「……なるほどね」

加賀「よろしいでしょうか」

提督「大まかなところ、今回の作戦指揮権を加賀さんに委ねる、とそういうことだよね」

加賀「はい」

提督「……ふぅん」

加賀「……」

提督「それは加賀さんの中で必要なことなのかい」

加賀「はい」

提督「ここに残るか残らないか、というのに関係があるのかい」

加賀「……はい」

提督「なるほどね」

提督「……うん、許可しよう」

加賀「……ありがとう、ございます」ペコリ

提督「君はたぶんここで最も戦闘経験の豊富な艦娘だし、知識もあるだろうから」

提督「次の作戦、旗艦として頑張ってくれ」

加賀「ええ。私が指揮するのだから、失敗はあり得ないわ」

提督「ああ、期待してる」

加賀「では」ペコリ

スタスタ ガチャッ パタン

提督「……」

大淀「……提督、よろしかったのですか?」

提督「なにがだ?」

大淀「その、加賀さんに指揮権を与えたことです」

提督「……ああ」

提督「きっと、『必要なこと』なんだろう。彼女が『戦うため』に存在するためには」

提督「戦場で、確かめなければならないのさ」

……

加賀「私は、『戦いたい』のか……、いえ『戦わなければいけない』……そのはず」

加賀「それを確かめなければ」

加賀「私は『戦うため』の存在であることを、海で確かめないと」

加賀「そこに、私の『幸せ』は、あるはずだから」

………

出撃前
出撃港

加賀「……」

ザザー  ザザー……

龍驤「あー……随分な天気やな」

雷 「ひと雨来そうね……ちゃんと洗濯物取り込んでくれるかしら」

電 「響ちゃんがいるから大丈夫なのです」

龍驤「少しくらい暁のことも信用してやってやれや……」

榛名「雨……榛名の心も雨模様です……」

龍驤「えっと、どないしたん?」

北上「応募してたチケットが抽選で漏れたんだってさ」

龍驤「チケットォ? なんの」

北上「さあ、あたしは興味ないし」

榛名「楽しみにしていた、大好きな……大好きな女優さんの舞台だったんです……っ!」

北上「ヤフオクで買えばいいんじゃないの?」

榛名「そうなんです! そうなんですけど!」

榛名「定価の2倍3倍出さないといけないんです……また霧島に頼らないと」

龍驤「おいおい、なんや物騒な……」

ピンポンパンポーン

提督『あー、あー、聞こえるか』

提督『えーっと、本日の作戦も例のごとく近郊海域での深海棲艦の撃退です。皆さん怪我がないように頑張りましょう』

龍驤「やっぱ、緊張感のない放送やなあ」

提督『出撃する艦娘は加賀、龍驤、榛名、北上、雷、電。両隣を見て互いにきちんといるか確認してください。いない場合はすぐに知らせること』

雷「遠足みたいね」

提督『なお、今日の作戦の指揮権は旗艦である加賀さんに一任しておりますので、他の皆さんは加賀さんの指示にしたがってください』

提督『連絡は以上。改めて言うが、なるべく無理はしないように』

プツッ

龍驤「……ふぅ、さってと、ほな行こか、加賀やん」

加賀「……ええ」

加賀「出るわ」

……

加賀(ここに来てから何度目かの出撃。撃退作戦といっても、あちらからやってくるのを迎撃するだけの楽な作戦なのだけれど)

加賀(……温い。温すぎるわ)

加賀(こんなものは戦いじゃない。本当の戦いの激しさとは比べものにならない)

加賀(これは鎮守府を守るためだけの戦い。前まで私のしていた戦いは敵を殲滅する事)

加賀(だからこそ)

加賀「進撃します」

北上「ええっ」

龍驤「……はあ」

榛名「……了解です」

電「私、進撃するの初めてなのです」

雷「私も」

提督「……」

提督『……加賀、聞こえるか』

加賀「はい」

提督『進撃せずに帰還しろ、俺たちは進行してまで深海棲艦を倒す必要はない』

加賀「……進撃しなければ、深海棲艦は居なくなりません」

提督『そんな建前は別にいい』

提督『新劇の判断をしたのには、別の理由がある。そうだろ?』

加賀「……」

提督『なぜ必要にない進撃するんだ』

加賀「……戦わなければ、分からないんです」

加賀「戦うことで……私は満足できる。それを確かめたいんです」

提督『……はあ、加賀さんの考えは尊重したい』

提督『だが、自分のために他の艦娘までも危険に晒すのか?』

加賀「舐めないでください。こんな海域だったら私がいれば無傷で制圧できます」

加賀「それだけの力は、私にはありますので」

提督『……わかった。指揮権はお前にある。お前の指揮で行動しろ』

加賀「はい」

提督『ただし、一人でも沈む可能性がある場合はすぐに帰還すること。いいな』

加賀「了解です」

提督『……頼んだぞ』

加賀「……」

ポツッ ポツポツッ

龍驤「……降ってきてもうた」

加賀「陣形を崩さないよう、私が先頭を進むから付いて来て」

北上「……ちぇっ、運がなかったなぁ。今日出撃だったのは」

榛名「……」

電「こんなところまで来るのは初めてです……」

雷「雨が強くなりそうね……電、視界に気をつけて。私や加賀さんを見失わないようにしなさい」

電「うん……」

龍驤「……なあ、加賀やん」

加賀「無駄口は叩かないで」

龍驤「いや、せやけどな」

龍驤「……雨が降ってる日は、深海棲艦の動きが活発になるから、気をつけなきゃアカンで」

加賀「そんな迷信は聞いたこと無いわ」

龍驤「そりゃ、ここの鎮守府だけのことやからな」

龍驤「ここに提督と来たときにな、過去の記録を見たんやけど」

龍驤「度々居るはずのない深海棲艦との戦闘記録が残ってるんや。それも、雨の日に限って」

加賀「……そんな」

龍驤「別に加賀やんの指示に反対するっちゅうわけやない。ただ頭に入れといてな」

加賀「ええ……」


ザー! ゴロゴロ……

加賀「カミナリ……」

加賀「……さすがに帰還することも考えなくちゃダメね」

ドーンッ!!

加賀「何っ!?」

榛名「敵による雷撃を確認しました!」

雷「……潜水艦よ!!」

加賀「くっ! 隊列を組み直して、龍驤は偵察機を」

龍驤「もうやっとるわ!」

加賀「いいわ。北上と駆逐艦は潜水艦へ雷撃」

北上「おっけー」

雷「わかったわ!」
電「やるのです!」

龍驤「加賀やん! 敵艦隊を見つけたわ!」

龍驤「敵、潜水艦2艦、駆逐艦3艦確認……なんやて!?」

加賀「どうかしたの?」

龍驤「空母も1艦確認……やと」

加賀「……わかったわ」

加賀「北上、駆逐艦は潜水艦へ、龍驤と榛名は敵駆逐艦を」

龍驤「空母は」

加賀「私がやるわ」



………

ザァー……

龍驤「……一時はどうなるかと思ったけど、皆無事で万々歳や」

榛名「……榛名は大丈夫じゃないです」

北上「かすり傷でしょ。大丈夫大丈夫」

榛名「敵の駆逐艦に傷を負わされるとは、榛名の戦艦としてのプライドは中破同然です……」

電「だ、大丈夫? お姉ちゃん」

雷「電こそ!」

電「う、うん……でも、あんな戦闘は初めてだったのです」

雷「初めてで潜水艦撃破したんだから凄いわ! あとで暁や響に自慢できるわね!」

電「うん!」

龍驤「雷と電も平気そうやな……さて、あとは加賀やんやな」

電「加賀さん、やっぱり格好良かったのです!」

雷「空母を一撃で倒しちゃうんだもの!」

龍驤「ああ、せやったな。ところでその加賀やんは?」

雷「あっちにいるわ。何か考え事でもしてるのかしら……呼んでくるわ!」

ザァー……

加賀「……」

加賀(久々に、『戦った』と感じられた)

加賀(以前は毎日、出撃の度にこんな戦いばかりしていたはずなのに。それがもう懐かしく感じた)

加賀(前はそれで充実していた……そう思っていた)

加賀(何か……進行して、戦うことで何か感じることが出来る。だから今日は提督に指揮権を貰ったのに)

加賀「……何も、感じなかった」ボソッ

加賀「……戦うことが私の『幸せ』だと、思っていたはずなのに」ブツブツ

加賀「戦うことで、自分はより『戦いたい』と思うと思ったのに」ブツブツ

加賀「私には『戦うこと』しかないと思っていたのに」ブツブツ

加賀「なのに」

加賀「……戦ったところで、何も感じなかった」

加賀「……もっと戦いたいと思わなかった」

加賀「……深海棲艦を滅ぼさなければならないと思わなかった」

加賀「……居たから倒しただけ、あちらから攻撃してきたから」

加賀「……」

加賀「……私はこれまで、『幸せ』ではなかったの?」

加賀「私は、戦うことで『幸せ』にはなれない」

ザァー…… …ブゥーン ゴロゴロ… ピシャァーーーー!!

雷「加賀さーん……っ!! 加賀さん!!」

加賀「……えっ?」

ド――ン!!

………



『いいか? お前等は戦うために生まれたんだ』

『海へ出て、私の言われた通りに動き、深海棲艦どもを海から無くすために戦うんだ』

『そして、そのために君の役割は』

『『沈むこと』だ』

『君が敵の攻撃を引き受けることによって、他の艦への被害を最小限に保ち、より先の海域まで進めるのだ』

『君は『沈むため』に生まれたんだ。わかるね?』

「ふざけないでください」

『……なんだ、お前は』

「そんなものはあなたの力不足なだけです。沈まなければならないのは、あなたがそのような拙い作戦しか立てられないからです」

『貴様……艦娘の分際で私に意見するつもりか』

「真実を言ったまでです」

「私は……私たちは、『沈むため』に生まれたのではありません」

「私たちには、生きる理由があります。あるはずです」



………





加賀(全てが無音に感じた)

加賀(鎮守府に帰ったとき、私と榛名は小破、雷だけが大破して一人では動けない状態になっていた)

加賀(心配した提督が雷をすぐにドックへと運び入れた。電はずっと小さく泣いていた)

加賀(何もかもが遠くに見えた)

加賀(雲に紛れた敵艦載機は、最期に私に突っ込んできたようだった。直撃を免れたのはギリギリで盾になってくれた雷のおかけだった)

加賀(その場で意識を失って、私はすぐに目を覚ましましたが、雷はそのまま。鎮守府のドックに入るまで気を失ったままでした」

加賀「それから、私たちは雷を連れて帰還した次第です。今回の作戦での失態についての報告は以上になります」

提督「……なるほど」

加賀「……」

提督「加賀さんに指揮権を与えたのは俺だ。今回の『事故』の責任は俺にもある。すまなかった」

提督「それで、加賀さん。雷が大破してまで完遂させた作戦で、君はなにか見つけることができたか?」

加賀「……何も見つかりませんでした」

提督「……そうか」

加賀「……」

提督「……」

加賀「……『戦い』に、私は何かを見つけることが出来ませんでした」ポロッ

加賀「わたしが、これまでやってきたことは何だったんでしょうか」ポロポロ

加賀「ヒクッ わ、わたしの、唯一の取り柄だとおもっていた戦闘でも、ヒクッ 雷に助けて貰わなければ、私が大破していたような結果です」ポロポロ

加賀「もっと冷静に考えれば、進撃する必要なんてなかった……ヒックッ 龍驤の忠告を聞いていれば、深海空母に遭遇することなんてなかった……」ポロポロ

加賀「わたし、は、ヒクッ 自信を持っていた戦いで……ヒック、生きる意味だと思っていた戦いも、ロクにできないんです」ポロポロ

加賀「私、わたしは……何のために、これまで生きてきたのか、よくわからなくなってしまいました」ポロポロ

提督「……加賀さん」

提督「疲れているんだ。今日は休んで、落ち着いたら雷の所へ行ってあげなさい」

加賀「ヒック は、はい……」

提督「それに、どんなことがあっても、加賀さんの居場所はここにある」

提督「今後のことを考えるのは、ゆっくりでいいから」

加賀「……はい」

 
……

次の日
ドック

雷「もー、みんな気にしないでってば」

暁「はいはい、気にしてないから、いまは大人しくしていなさい雷」

響「珍しくお姉さんしてるね、暁」

暁「め、珍しくもなにもお姉さんなんだから!」

雷「うー……、私のことは気にしないで、行ってくれて良かったのに」

電「そんなことできないです! 行くならみんな揃って、なのです!」

暁「あったりまえじゃない!」

雷「むぅ……なんだか気を使われるのは慣れないわね……」

響「慣れなくても受け入れるんだ」

雷「……はーい」

……


ドック入り口の物陰

加賀「……何と言って中に入ればいいんでしょう」

鳳翔「あら? 加賀さん。どうしたんですか、こんな所で?」

加賀「鳳翔さん……ええっと、その……」

鳳翔「? ああ、雷ちゃんのお見舞いですか」

加賀「お見舞い……いえ、まあお見舞い……でもあると思うんですが……」

鳳翔「だったら、中に入ったらどうです。そんな入り口の物陰に隠れていないで」

加賀「そ、それはそうなんですが……その」

加賀「……どんな顔して、なんと声を掛けて入るべきかと思って、それで……」

鳳翔「……謝りたいんじゃないんですか?」

加賀「それは、はい……そうなのですけど……。えっ? なぜ鳳翔さんがそのことを?」

鳳翔「知ってますよ。加賀さんが無理に進撃したせいで雷ちゃんが大破してしまったんでしょう? 提督にお聞きしたんです」

加賀「うぐっ……え、ええ、その通りです」

鳳翔「加賀さん、私少し怒っているんですよ?」ニコニコ

加賀(怖い……)

鳳翔「自分の無茶のせいであなたに従った娘が大破したこと、キチンと考えてください」

鳳翔「……加賀さんにも色々あるのは分かります。ですが、まだ未熟な娘を巻き込まないであげてくださいね」

加賀「はい……。あの作戦は完全に私の不手際でした」

鳳翔「……いえ、私の方が練度も経験も少ないのに、偉そうなことを言ってすみませんでした」

加賀「いいえ、優しくされるよりはいいわ」

鳳翔「ありがとうございます」ニコッ

加賀「鳳翔さんもお見舞いですか?」

鳳翔「ええ」

加賀「それは?」

鳳翔「これですか? これはお弁当ですよ雷ちゃんたちの」

加賀「お弁当?」

鳳翔「はい。今日、第六駆逐艦隊は時雨さんと一緒に鎮守府の裏の丘でスケッチをする予定だったので、持って行くお弁当を頼まれていたんです」

加賀「……なるほど」

鳳翔「でも雷ちゃんの入渠が長引くようなので、スケッチは中止したそうですよ」ニコニコ

加賀「うっ……ごめんなさい」

鳳翔「ふふっ、意地悪なことを言ってすみません」ニコニコ

鳳翔「それで、持って行く予定だったお弁当はもう昨日から下拵えをしてしまっていたので、どうせなら雷ちゃんたちに食べて貰おうと思って」

加賀「……なんだか、ほとほと私は周囲をかえりみずに進撃したのだと、思い知らされるわ」

鳳翔「そうお思いになれるなら、いいんですよ」

加賀「ですが、雷は許してくれるでしょうか」

加賀「なんだかそう考えていると中に入りにくいんです」

鳳翔「まあ、ふふっ。そんなに気負いしなくても大丈夫ですよ」

鳳翔「第六駆逐艦隊の娘たちはみんな優しいいい子ですから」

加賀「……そう、でしょうか」

鳳翔「そうですよ! はい」トンッ

加賀「えっ? あっ……」

……

加賀「……」

加賀「あの、」

加賀「お、お見舞いと……その、謝罪と、助けて貰った感謝をといいますか」

雷「えっ? 謝罪?」

加賀「あの、ですから、あなたを大破させてしまったことで」

雷「そんなこと謝らなくってもいいのよ!」

雷「旗艦を守るなんて当然じゃない! むしろ私や電が無傷で加賀さんが大破していたら、それこそ問題よ」

加賀「そう、でしょうか」

雷「そうよ!」

電「そうなのです!」

加賀「……なら」

加賀「守ってくれて、ありがとう」ペコッ

雷「わわっ、頭も下げなくていいから」

鳳翔「まあまあ。受け取ってあげてください」

雷「えー……な、なんかくすぐったいわね」

暁「えーっと、つまりどういうことなの?」

響「一種のケジメ、ってことだね」

鳳翔「あっ、これ皆さんで食べてください。頼まれていたお弁当、持ってきました」

雷「そう! 鳳翔さん聞いて! 今日は私抜きでもスケッチ行ってきなさいって言ってるのに暁達が」

暁「雷を置いていくわけないわ」

雷「って言って聞かないの!」

鳳翔「まあ、仲良しですね」

電「気を使われたって、みんなで行かなきゃ楽しくないのです!」

響「今日は休もう。鳳翔さん、お弁当ありがとう」

暁「あとで雷と一緒に食べるわ」

電「せっかく作って貰ったのです。いただきます、なのです」

鳳翔「はい、入れ物はあとで返してくれればいいですから」

雷「洗って返すわ」

暁「……あの、鳳翔さん」

鳳翔「ん? どうかしました?」

暁「その、今度、改めてまたスケッチに行くときもお弁当作ってくれない、かしら」

鳳翔「ええ、もちろんいいですよ。……あっ」チラッ

加賀「?」

鳳翔「雷ちゃん、ちょっと……」

ゴニョゴニョ

雷「えっ、いいのかしらそんなこと」

鳳翔「大丈夫ですよ」

加賀(……何かしら)

雷「……えっと、こほん」

雷「あの、加賀さん」

加賀「はい?」

雷「えーっと、もし私達に申し訳ないと思っているなら」

雷「今度、私たちと一緒にスケッチに行くこと、いい?」

加賀「……」

雷「……」

加賀「……そんなことでいいのなら」

雷「やったぁ!」
電「加賀さんと一緒、楽しみです!」

加賀「ふふっ」

鳳翔「よかったですね」

加賀「ええ」

鳳翔「それで、ですね加賀さん」

加賀「? なにかしら」

鳳翔「私のお願いも聞いてくれませんか」

加賀「……ええ、もう何でも聞いてあげるわ。今だったら」

鳳翔「じゃあ――」

…………


食堂

赤城「お弁当を作るんですか?」

加賀「……」

赤城「加賀さんが?」

鳳翔「ええ」ニコニコ

赤城「それは、なんと」

加賀「……なにか言いたいことがありますか?」

赤城「いえいえ」

鳳翔「まあ、私もお手伝いしますので……。あっ、赤城さん、シメにお茶漬けでも作りますか?」

赤城「あ、お願いします」

鳳翔「よかったです。赤城さんに食べてもらえれば残ったご飯全部無くなります」

加賀(明らかにシメのお茶漬けで食べる量じゃない……)

赤城「それで、私も食べられるんですか? 加賀さんのお料理」

加賀「残念ですが、作るのは第六駆逐艦隊のためのお弁当だけですので」

赤城「あらあら、それは残念です」

鳳翔「でも、加賀さん、どういう風の吹き回しですか? 随分快く雷ちゃんたちのお願いも聞いて」

加賀「それは、あの……お詫びですから」

鳳翔「それだけですか……? なにか心境の変化とかあったんじゃないですか?」

加賀「心境の変化……?」

赤城「……」

加賀「……そう、ですね」

加賀「……」

鳳翔「……あー、すみません。私、提督にお夜食を持って行く約束があったので、少し外します」タッタッタ

赤城「……」

加賀「……」

赤城「何かあったんですね」

加賀「……すみません。まだ上手く切り替えが出来てませんでした」

加賀「鳳翔さんにも気を使って貰って、申し訳ないですね」

赤城「……話せますか? 何があったのか」

加賀「……いえ、そんな」

赤城「切り替えが、上手くできていないんですよね。何を、どう切り替えるつもりなんですか?」

加賀「……」

赤城「……別に言いたくないなら仕方がありません」

赤城「でも、言っていただければ……少し軽くなると思いますよ」

加賀「……そう、でしょうか」

赤城「はい」

加賀「……」

加賀「……昨日の出撃で、ですね。その、何と言いますか」

加賀「私はこれまで『戦うこと』が『生きがい』だと思っていたんです」

加賀「『生きがい』というものがどういうものなのか、なんとなくここの鎮守府の人たちを見て理解したつもりでした」

赤城「……どういうものだと加賀さんは思いますか?」

加賀「……出来なくても生きてはいける、でも出来なくなったら悲しいもの」

加賀「夢中になれるもの。自分自身の拠り所になれるもの。やっている自分が好きになれる、認められるもの……」

加賀「自分が『幸せ』だと感じるもの」

加賀「色々です。『生きがい』にも人それぞれの有り様がありました」

赤城「……そうですね。一概にできるような単純な物じゃないです」

加賀「……私はそれらの『生きがい』が羨ましかったのかもしれません」

加賀「だからこそ、これまでの自分がやってきた『戦うこと』こそが私の『生きがい』だと思った。そう思いたかったんです」

加賀「私にも『生きがい』があるんだと」

加賀「確固たる自分があるんだと」

加賀「思いたかったんです」

加賀「それを確認するために、昨日の出撃で進撃し、能動的に戦いの場へと自分を連れて行ったんです」

加賀「そこで、完璧に戦うことが出来たら……。戦いの中で充実した自分を見つけられたら。戦うことで自分は幸せであると感じられたら」

加賀「『戦うことこそが私の生きがいだ』と、断言できたかもしれません」

赤城「……なるほど」

赤城「逆に、加賀さんにとって『戦うことこそが生きがい』ではなかったということを、確認してしまったんですか」

加賀「……はい」

加賀「……私には『生きがい』なんて無かったんです」

加賀「私には確固たる『私』なんてなかったんです」

加賀「前の鎮守府では『加賀』としての存在でしかなかったから、ただがむしゃらに戦っていました」

加賀「だからでしょう。いつの間にか正規空母の『加賀』の持つ役割が、『私』の『生きがい』だと錯覚していたんです」

赤城「……」


加賀「でも『加賀』は『加賀』です。『私』ではない」

加賀「……私は『私』の生きる意味を見つけたい。そう思ったんです」

赤城「……なるほど」

加賀「ですから、ここで戦い以外の『生きがい』を探そうと、そう思って色々やろうと思ったんです」

赤城「……そう思ったはいいけど、上手くその意識に対応出来ないと。そういうことですか」

加賀「……はい」

加賀「で、でも大丈夫です。今はそれほど時間が無かっただけで、そのうち……この考え方に慣れるものと思いますから」

加賀「心配しないでください……」

赤城「……」

赤城「加賀さん」

加賀「……はい」

赤城「私は『赤城』です。でも、『赤城』の持っている役割を果たすことが出来ません」

加賀「……ですが、赤城さんには確固たる『自分』があります」

赤城「……そうですね。今の私に満足していない、そういうわけではありません。でも」

赤城「加賀さん、私はあなたが羨ましいんです」

加賀「……赤城さん?」

赤城「自分自身の『生きがい』を探すこと、それはいいことです。でもあなたは同時に、『加賀』としての役割をこなすこともできる」

赤城「私のようなものは、どうしても捨てなくちゃならなかった。存在できなかったんです」

赤城「私には『赤城』として生きることは、頑張ってもできなかった。だから、『私』しか存在できなかったんです」

赤城「確固たる『自分』がある、というのも現在だから言えることです」

赤城「『赤城』としての役割をこなせず、同時に『私』すらも手放そうとしていたところを助けて貰ったんです」

赤城「そこで『私』は『私』でしかないと思うしかなかった」

赤城「でも、加賀さん」

加賀「……はい」

赤城「あなたは『加賀』としての存在を捨てる必要なんて無いんですよ」

加賀「……ですが」

赤城「あなたは『加賀』であり、『加賀さん』であることも出来るんです」

赤城「あなたは『加賀』であることを否定しなくていいんです」

赤城「あなたは『加賀』を否定しなくてはいけないと思っているようですが、そんなことはありません」

赤城「無理してまで『加賀』であることを否定しなくてもいいんです」

赤城「『加賀』として生きてきたんです。それを否定してしまっては、加賀さんのこれまでの人生を否定してしまうことになります」

加賀「……いいんでしょうか」

加賀「『戦うこと』に生きてきた、空母としての役割を持つ『加賀』も、『私』であると」

加賀「戦いに生きる私も、これから新たな生きがいを探そうとする『私』も」

加賀「全て『私』だと」

加賀「そう思って……そう生きていいんでしょうか」

赤城「……それを決めるのは『あなた自身』です」

加賀「そう、ですね」

赤城「私に加賀さんの生き方を決める権利なんてありませんから」

加賀「……私は、私の生き方を決められるんですね」

赤城「はい……。ここは、そういう生き方が出来る場所です」

赤城「艦娘が、個人としてい生きていくことを推奨しています」

赤城「だからでしょうね。提督は『君たち艦娘に『文化的生活』を送ってもらいたい』と、いつも言うのは」

加賀「……文化的生活」

赤城「はい」

加賀「……艦娘としての『戦い』とは別に、『自分自身』のやりたいことを探す。それを通して『自分』を見つけよ、ということですかね」

赤城「なるほど。加賀さんはそう思いますか」

加賀「……赤城さんは違うんですか?」

赤城「来た当初は、『私が無能だから何かしら取り柄を見つけろ』と暗に言われているのだと思いました」


……

エピローグ

後日
食堂


加賀「ちょっ、ちょっと、提督。何をやっているんですか」

提督「いや、面白いものが見られると赤城から聞いてな」

提督「確かにコレは面白い」

加賀「赤城さん……」

提督「それで、どういう事だい? なんでこんな事に?」

鳳翔「うふふ、雷ちゃんに庇って貰ったお礼に、お弁当を作るんですよ」

提督「へぇ、だから割烹着なんか着てるわけか」

加賀「……あまり、ジロジロ見ないでください。気が散ります」

鳳翔「あらあら、ですって。提督」

提督「あー、もう少しだけ」

鳳翔「もう、仕方ないですね」

加賀「……鳳翔さんが決めないでください」

提督「いやー、でもなんだか感慨深いね」

加賀「……どういうことがかしら?」

提督「ウチに来た当初はもっと眉間に皺寄せて、気難しそうな顔してたのに」

加賀「眉間に皺なんて寄せてません」

提督「今じゃ割烹着着てお弁当作りか……」

加賀「……そうですね。ここに来なければこんな経験する事無かったでしょうね」

提督「……加賀さん」

加賀「何かしら、忙しいのだから手早くお願い」

提督「一枚、撮っていいかな」

加賀「えっ、それは」

鳳翔「どうぞどうぞ♪」

加賀「鳳翔さん!」

パシャッ

加賀「あっ」

提督「ははっ、やっぱりな」

加賀「……なに、なにか言いたいことでも?」

提督「いや」

提督「加賀さんもイイ表情をするようになったな、って」

提督「前に丘で撮った写真はキリッとしててカッコイいけど、俺はいまの写真の方が好きだな」

加賀「……別にどっちでもいいわ」

提督「ねえ、加賀さん」

提督「今の写真の加賀さんと、前の写真の加賀さん。本当の加賀さんはどっちなのかな」

加賀「……はあ」

加賀「何を言っているんですか」

加賀「どちらも、私ですよ」

おしまい

気が向いたらこの鎮守府のお話の番外編でも書きたいと思います。
お目汚し失礼しました。HTML化依頼してきます。

乙です
一気に投下してくれると気持ちいいですね

いいねー、クローニングが当たり前な艦娘の環境では自分が自分であるというアイデンティティの問題は付き纏うからねぇ。そういう掘り下げも面白いよねー

言い回しや文が丁寧だから読みやすいし内容に雰囲気が出てる
ちょっと昔の短編小説を読んだ気分になれました
乙です

浜風と鈴谷は言わせたかっただけだろwww
演歌に目覚める加賀さん編はまだですか

鈴谷がハマちゃん言った瞬間理解して爆笑したwww

番外編はこのスレを活用してもいいと思います
待ってます


またたた2chMate 0.8.9.6/Sony/SO-03F/5.0.2/LTサバばかdd*しはばばははばははばははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは3.0.ssgg7..p.a41はははははははははははははははははたかかかなかかたたあやたかかあたもままままま333333タアメトまたままわまたたまたま37

おつ!

乙 実に素晴らしかった

ハマちゃんスーには笑ったwwwwww


番外編も期待

いい話だった

乙乙です!

番外編やるなら雨の日の深海棲艦の話をして欲しいな

乙乙
割烹着姿の加賀さんと聞いて加賀嫁を連想したわ

おつん
演歌歌い出すと思ったら違ってた

>>112
そういうことかww
どうりでお互いしっくりくる呼び方なわけだ

乙!面白かった!

otu

島風、連装砲ちゃんカスタマイズしてるのかと思った

面白かった


番外編も是非!

すげーおもしろかった

ハマちゃんスーさんの件やりたかっただけだろwwwwwwと言う予定が普通に面白かった

ハマちゃんとスーさんで草
サーさんっているかな?とか考えたら五月雨がサーさんか
しかし面白い切り口だったわ
続き期待

次スレを期待したままパン一で過ごすのは文化的でない事に気付く

>>134
×文化的
○文明的


よかった

面白かった
乙乙

乙!
シリーズ化は難しそうだから、番外編に期待するだけに留めておく

この島風すきやわー

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