高垣楓「君ノ瞳ニ恋シテル」 (12)

恋とは突然に訪れるものである。
美優さんに借りた恋愛小説には、そう書いてあった。
実際、私もその通りだと思う。
私がモデル部門から新設されたアイドル部門へ異動しようとした時、快く承諾してくれたプロデューサー。
人見知りである私は、初対面である彼の目を見て話すことができなかった。
だが、ふと彼と目があってしまった時、その真っ直ぐな瞳に心を打たれたことは今でも覚えている。
今にして思えば、あの時にはもう、私は恋に落ちていたのだろう。

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プロデューサーと二人きりの事務所で、私は美優さんに借りた恋愛小説を読んでいた。
普段はわざわざ事務所に残ってまで本を読むことはないが、今日の私は、撮影の休憩時間に読みきれなかったこの小説をどうしても読みきってしまいたい気持ちだった。

「プロデューサー、恋ってしたことありますか?」

小説を読み終えた私は、そんな事を口走ってしまった。
ヒロインが付き合っていた男性が死んでしまう、そんなハッピーエンドではなかったこの恋愛小説に感化されてしまったのだろうか。
それとも、つい最近気付いてしまったプロデューサーへの恋心に焦ってしまっていたのだろうか。
企画書を作っていたプロデューサーのタイプ音が止まる。
少しの沈黙の後、彼が口を開いた。

「……楓さん、久しぶりに飲みに行きませんか?」

プロデューサーに連れられて来たのは、以前何度か訪れた小料理屋だった。
お酒全般が好きだが、中でも日本酒が好きだという事を話して以来、彼とはこういう店で飲むことが多かった。
最近忙しかった事もあり、個人的にも飲みに来ることができなかったし、何より彼と久々に飲みに行ける事自体が嬉しくもあった。
個室に通された私たちは、早速料理を注文した。

「刺盛りと新じゃがの煮付け、それと白鯨を。楓さんはどうします?」

「私は……久保田の千寿をお願いします」

「今日の撮影はどうでした?」

「バッチリです。アイドルになってからも、モデル時代の経験が生きる事が多くて助かってます」

「今日もそうでしたが、最近同行できなくてすみません」

「大丈夫ですよプロデューサー。私も子供じゃないんですから。何より、皆が忙しいのは良いことじゃないですか」

運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら、私たちは他愛もない話をする。
先ほどの私の問いに触れること無く。

少ししてから、私はプロデューサーの飲むペースが普段より明らかに早いことに気がついた。

「プロデューサー、あまりお酒に強いほうじゃありませんでしたよね? もう少しゆっくり飲んだ方が……」

「いえ、これでいいんです。酔わないとダメなんで。ほら楓さん、グラスが空じゃないですか。何か新しいもの注文しましょうよ」

「そうですね……じゃあ烏龍茶を頂きます」

いつもは潰れた私をプロデューサーが介抱してくれる事が多い……というか、常にそうだった。今日は私が少しセーブしたほうが良いかもしれない。

「楓さん、さっき恋をしたことがあるかって聞きましたよね?」

普段の倍ほど酒を飲んだプロデューサーが、酔って真っ赤になった顔で唐突に言った。

「え!? ……はい、聞きました」

「してますよ、恋。現在進行形です」

「現在進行形……ですか」

私はその先を聞くのが怖くなった。
彼には『恋をしたことがあるか』と聞いたが、実際には付き合っている人がいるかと聞きたかったからだ。

プロデューサーはグラスに残った酒を煽り、滔々と語り始めた。

「俺はね、ある人に恋をしてるんです。とても綺麗でスタイルも良くて俺なんかには到底釣り合わないような人です。新設されたアイドル部門を担当することになって、どうやっていこうかなんて考えていたら、俺の目の前にいきなり現れて、うちのモデル部門からアイドル部門に異動したいなんて言い出して、しかも歌を聞けだなんて。その歌声がまたとてもステキでした。後々話を聞いたら、自分は人見知りだなんて言うんですよ。たぶんその人は頑張って頑張って俺に歌を披露してくれたんだと思います。それからまたその人がとても愛おしくなったんです。そして何より、俺はその人の瞳に恋をしてしまった。緑と青の美しいオッドアイに一目惚れしたんです」

「それって」

「楓さん、初めて出会った時『私を選んでくれますか?』とあなたは言いましたよね。俺はあなたを選びました。どうか俺と付き合ってください」

私は、酔ったからではなく、彼の言葉を聞いて真っ赤に染まった頬のまま、「はい」と応えた。

「ああ……本当に良かった。もし断られていたら……」

「ぷっ、ふふ……」

「え!? 俺何か変なこと言いました?」

「いえ、違うんです。私もプロデューサーの瞳が好きだなと思っていたので。私たち、似た者同士なのかもしれませんね」

「そうだったんですか。それはなんというか……嬉しいです。よし! もう一度乾杯しましょう」

「何に乾杯しましょうか?」

「うーん……キミの瞳に?」

「プロデューサーさん、普段ダジャレを言う私が言うのもどうかと思いますが、いくらなんでもクサすぎでは……」

「良いんです! こんなクサいセリフも、さっきのクサい告白も、酔ってる今でないとできないことですから」

「それもそうですね。それでは」

「「乾杯」」


おわり

数年ぶりにSSを書きました
タイトルの元の曲は椎名林檎のカバー曲の君ノ瞳ニ恋シテルです
モバマスSSは初めてだったのでおかしい所も多かったと思います
短いものでしたがお付き合いありがとうございました

楓さんだからビリーバンバンの方かと思った乙

アイラーヴューベイーベ

頑なにベイビーと発音する織田裕二

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