大和「提督」提督「んあ」 (200)
タイトル:提督の帰還
大和「提督」
提督「んあ」
大和「起きてください」
提督「……んん」
大和「提督」
提督「おおう……おはよう」
大和「おはよう、じゃありません。お仕事はもう終わったのですか?」
提督「……」
大和「……提督?」
提督「ああ、終わってる。……みたいだ」
大和「そうですか。お茶でも淹れましょうか?」
提督「……頼む」
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大和「ぼうっとしてますね。はい、どうぞ。熱いので気を付けてくださいね」
提督「うむ」
提督「おいしい……が、これはほうじ茶だ」
大和「あれ、提督は熱いほうじ茶が好きでしたよね?」
提督「そうだったか……でも、おいしい。懐かしい味だ……ありがとう、加賀」
大和「まだ寝ぼけていますね……」
提督「加賀?」
大和「いいえ」
提督「……大和?」
大和「はい。貴方の秘書官、大和です。無事帰投しました」
提督「おおう……ごくろうさん」
提督「なんだかむしょーにお腹が空いているのだ」
大和「それはそうです。お手元の時計をご覧になってください」
提督「ひときゅうまるまる……」
提督「大和。本日の任務は達成した。これより本艦はこの執務室を爆撃したのち、食堂へと出陣する。随伴するがよい」
大和「はいっ。戦艦大和、推して参ります!」
提督「うむ!」
大和「ふふっ」
提督「どうした」
大和「いえ。貴方はびっくりするほど変わりませんね」
提督「毎日のように顔を合わせていればな。それとも私がまるで成長していないと言いたいのか?」
大和「はい」
提督「なんだとう」
A「……」
B「……」
C「……」
提督「……ん?」
大和「どうしたんですか、いきなり止まって……提督?」
提督「あいつらは何だ?」
大和「はあ……あいつら、とは?」
提督「今すれ違った三人組だ。見覚えのない顔だった」
大和「もう……しっかりしてください。まだ寝ぼけているんですか? あの娘たちにそれを言ったら本気で怒られますよ」
提督「む……そうか。確かに、まだ頭がぼうっとしているような気がする」
大和「ほら、行きますよ。お昼寝提督さん」
提督「ぬう……」
・食堂
提督「この時間帯だというのに、やけに空いているな」
大和「そうですか? いつもこんなものですけど」
提督「そうか? もっと混み合っていた気がするのだが……」
鈴谷「あ、提督じゃーん」
提督「おう、鈴谷。お疲れさん」
鈴谷「待ってたんだ。一緒にご飯食べよーよ!」
提督「おわっ! まて、なんでくっついてくる? お前は……えっと……」
提督「……なんだっけ」
鈴谷「あはは、ビクッってしてやんの。きっもー」
提督「この小娘め」
暁「もう司令官! レディーを待たせるなんてどういうつもり? 暁は一時間も待ってたのよ! 紳士としてその振る舞いはどうかと思うわ!」
提督「一緒に食べるなんて約束してたか……? なんで引っ付く?」
摩耶「おっせーよ提督。カレー冷めちまうだろうが。ほら、こ、ここに……あ、あたしの隣に来いよ! カレーよそってきて来てやるからさ」
提督「……一体どうしたんだ摩耶」
潮「あ、あの提督……私、お茶、入れますから……」
提督「お、おう。ありがとう、潮」
鈴谷「じゃあ鈴谷が食べさせてあげよっか、提督?」
陸奥「あら……提督はそっちに行くの? でも、私の隣だって空いてるわよ?」
提督「お、おい、痛い痛い、腕を引っ張るんじゃない」
飛龍「提督、今日は豚カレーがいいって多聞丸が言ってるよ! ねっ、どうする?」
暁「あ、暁だって司令官の隣に座るんだから!」
摩耶「だからあたしの隣に来いって言ってんだろ!」
提督「わ、わかったから! 腕を放せ! 悪いが、お前たちに言わないといけないことがある!」
一同「?」
提督「落ち着いて聞いてくれ。その、大変すまないんだが……今日は私の誕生日じゃあないんだ」
一同「……?」
提督「こういったドッキリはうれしいが……ちょっと時期を間違えてしまったな。で、でも大丈夫だ。本番の時はばっちり引っかかるから、気にせずにしてほしい」
提督「だから、今日は普通に食べよう。……いいな?」
一同「……」ザワザワ
提督「?」
五十鈴「ねえ……提督は何を言ってるの?」
飛龍「さあ……」
潮「わ、わかりません」
愛宕「大和さん……提督、いったいどうしたのかしら?」
大和「それが、先ほどお昼寝から目覚めて以来、少し様子がおかしくて……」
愛宕「提督? 私たち、時間が揃った時は一緒に食べるようにしてたじゃないですか。忘れちゃいましたか?」
提督「一緒に……あれ?」
暁「疲れてるのね、司令官……。今日は暁がなでなでしてあげるわ。んーっ……と、届かない! 司令官しゃがんで!」
摩耶「馬鹿やってないで、いいからとっとと座れよ!」
愛宕「うふふ、お隣もーらいっ♪」
鈴谷「ああーっずるいよ!」
愛宕「たまには私だって座っちゃうんだから。油断大敵よ♪」
提督「一体なんなのだ、これは……」
提督「騒がしい食事だった……」
大和「いつものことじゃないですか」
提督「……んん」
大和「どうやらお疲れのようですね。今日はお早めにお休みになってください」
提督「うむ。だが暁たちに遊びの約束をさせられてしまったのだ。ついでに私を労わってなでなでしてくれるらしい」
大和「遅くまで起きていてはいけませんよ?」
提督「そうならないよう監督役が必要だ」
大和「きちんとしてくださいね」
提督「他人事みたいに言うな。お前も道連れにしてやると言ってるのだ」
大和「え?」
提督「寝間着会というものらしいぞ。では後でな」
大和「提督」
提督「んあ」
大和「またお昼寝ですか?」
提督「……うむ」
大和「ふふ。おかしな顔をしてますよ」
提督「見るんじゃあない……」
大和「ここ最近、毎日ですね。もう日課になっちゃってるんじゃないですか……?」
提督「日課?……日課……」
大和「どうやら、昨晩も遅くまで遊んでいらしたようですし」
提督「ううむ……毎晩毎晩、あいつらどんなに言っても解放してくれないのだ。構ってほしいのか、やたら私に触れてくるわでこっちは大変だ」
大和「そうして好かれるのは変わらないですね。良いと思います。私たちは兵器としてだけではなく信頼し合える関係を望んでいますから」
提督「だが限度は考えねばなるまい」
大和「でも秘書官としては……こうして夜遊びしていても、きちんと仕事を片付けてくれる提督というのはありがたいものですよ?」
提督「なに?……おお、見事に仕事が終わっている!……寝ながらやっていたのか」
大和「ご謙遜を。はい、お茶です。熱いから気を付けてくださいね」
提督「助かる。うむ、いつもおいしいぞ。加賀は猫舌なのに悪いな。また私がふーふーしてやろうか。いや冗談だ忘れてくれ」
大和「……提督」
提督「あれ?………大和」
大和「はい、貴方の秘書官です」
提督「……んん?」
大和「……」
提督「……加賀?」
大和「大和ですよ」
提督「加賀は……そうだ、加賀だ。あいつはどこにいる?」
大和「……」
コピペ転載やめーや
ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ
提督「……なんだ?」
58「てーとくッ!!」ドッバーン
提督「何事だ!?」
58「はぁはぁ……はぁはぁ……はぁ……」
58「……あ、ああ……ああああ…………ほ、ほんとうに……ほんとうにいた……」
提督「……ゴーヤ?」
58「てーとく……てーとくぅぅぅ!! わあああぁぁ!!!」
提督「どうしたそんなに血相を変えぐっふぅぅぅ!?」
58「てーとく、てーとく、てーとくてーとくぅ!」
提督「あうあう、な、何があったゴーヤ?」
58「会いたかったよぉ、会いたかったのずっとずっと……会いたかったよお」
提督「わ、私はずっとここに居るぞ?」
58「わああぁぁん!」
提督「や、大和……どういうことだ?」
大和「……」
58「てーとく、てーとくぅ……!」
提督「落ち着け、なにかあったのか?」
58「ひっぐ……びえええええええええ!」
提督「む、むう……」
58「うぐっ……ひぐ、ひっく……っ」
提督(これでは話が聞けん……)
提督「よし……分かった」
大和「……提督?」
提督「ゴーヤ、いっぱい泣け。よく分からないが、泣きたくなることがあったんだろう。たくさん泣いてすっきりしろ」ポンポン
58「ひっく……てーとく、ごめんなさい……ごめんなさい……」
提督「いいんだ。誰だって泣きたくなる時はある。私にも……大和にだってある。な?」
大和「……はい」
58「違うでち……ゴーヤ、てーとくにいっぱい酷いこと言っちゃった……てーとくは何も悪くないのに……酷いこと……」
提督「……何の話だ?」
58「知ってたでち。てーとくのしたこと……全部ゴーヤ達の為だって分かってたのに。でもゴーヤは我慢できなくて……」
58「守ってくれたのに……ゴーヤ達が守らないといけなかったのに……なのにゴーヤは、ゴーヤは……!!」
提督「……落ち着け。大丈夫だから」
58「ゴーヤは艦娘失格でち……! こんなことになるなら、ゴーヤも一緒に沈めばよかった……」
提督(ゴーヤが何を言っているのかわからんが……)
提督「そんな悲しいことを言うんじゃない。ゴーヤが居なくなれば、私も、この鎮守府の皆も悲しむ……」
58「ごめんなさい……ごめんなさい」
提督「謝るんじゃない。私は何も怒ってないし、たとえゴーヤが何をしたとしても許そう」
58「でも……」
提督「何も言うな。泣きたいなら今は泣くといい。お前が泣き止むまで私がそばに居よう」
58「てーとく……う、ううう……」
提督「よしよし、いい子いい子。ほらチーンしろチーン」
58「……」チーン
提督「落ち着いたか?」
58「すんすん……はいでち」
提督「何があったのか、話せそうか?」
58「……」
提督「ダメか……」
大和「提督」
提督「なんだ?」
大和「少しゴーヤちゃんとお話しさせてください。申し訳ありませんが、その間少し外してもらえませんか?」
提督「……そうか。私には話しにくいことなのかもしれないしな。ゴーヤ、離してくれないか」
58「い、嫌でち! 絶対嫌でち! もうてーとくと離れるのは絶対嫌でち!」
大和「ゴーヤちゃん、女の子同士でお話しましょう。それに、泣きはらした顔のまま提督のそばに居ては、提督に笑われてしまいますよ?」
58「でも、ゴーヤは、ゴーヤは……」
大和「提督は居なくなりませんよ。すぐに戻ってきますから、ね?」
58「でも、でも……」
大和「……」
58「……わかったでち……」
大和「では提督。少しの間だけお願いします」
提督「……うむ。ゴーヤ」ナデナデ
58「あ……」
ガチャン
提督「……」
提督「なにがなんだか……」
提督「……とりあえず、上着を変えねばな」
内容まるっきり同じ?
A・B・C「……」
提督「あいつらは、いつかの……」
B「あれ……」
A「ん?」
C「あら、あそこにいるのは私たちの司令官様じゃない」
A「くだらないことを言うな」
提督(む、こちらに来た)
C「こんばんは、司令官」
B「……」
A「ふん」
提督(大和はああ言っていたが、やはり見たことのない顔だ。ここにいる艦娘ならすべて把握してるはずだが……)
A「なんだ? 部下に挨拶もできないのか?」
提督「部下?……いやすまない。こんばんは」
C「先ほど出撃してきたのだけど、流石は司令官よね。戦いのたびに私たちの戦い方がいかに偶発的なものなのか分かるわ」
提督「そ、そうか……」
A「はっ、こんな奴を褒めるんじゃねえよ。こいつのせいで私たちがどれだけ辛酸舐めさせられたと思ってるんだ?」
提督「……何?」
A「今は邪魔者も居ないし、ちょうど良いから言ってやる。おい、よく聞けよ……!」
提督「ぐっ……貴様、何をする!」
A「うるせえ……こちとらてめーのせいでありえねえぐらいの大損害を被ってんだ。それ以上の見返りがなけりゃ、楽には死なせねーぞ」
C「つまり、もっとがんばってねっていう熱いエールです」
A「んなわけないだろ! なんであんたはそう笑ってられるんだ」
C「もう、怒ったら身体が熱くなっちゃうわよ。私だって思うことはあるけれど、この人きちんと戦果をあげてるもの。だから今は彼を守ってあげるし、貴女もそうでしょう?」
A「……いいか、腕は認めてやる。だがこれじゃあ全然足りない。犠牲なった仲間も報われない。だからまずはこの状況を立て直して見せろ……いいな」
B「熱いエール……」
A「違うっ!」
提督「……待て」
提督「私は、お前たちの顔を知らない。お前たちは何者だ?」
A・B・C「……」
C「あらら、何者かですって。冷たいわね、私たちはずーっと貴方のことを思っていたのに」
A「……ほんとむかつくぜ、こいつ」
A「知りたきゃ、いつもお前の傍にくっついてる奴に聞きな。ほら、えーと……あいつだ」
B「大和」
A「そう、お前はそう呼んでたな。そいつに聞け」
C「期待……してるからね?」
提督「……なんなんだ、あいつら。何を言ってるんだ?」
B「……」
提督「おわっまだ居たのか!?」
B「贈り物……」
提督「……?」
B「気に入ってくれたみたいね。良かったわ……また持ってくるから……」
提督「あ、ああ……」
提督「なんなんだ……一体」
大和「おかえりなさい、提督」
58「てーとくっ!」
提督「おっと……」
大和「ゴーヤちゃん、さきほどよりは落ち着きましたよ」
提督「そうか、じゃあ何があったのか話してくれるか?」
58「夢を見たんでち」
提督「……夢?」
58「そうでち。てーとくが沈んで、ゴーヤ達と離れ離れになって、それでみんな塞ぎ込んじゃって……ゴーヤもすごく悲しかったの」
提督「お前ではなく、私が沈んだのか?」
58「轟沈でち」
提督「そりゃー派手に沈んだな」
58「でも、もういいでち。また会えたなら、ゴーヤはなんだっていい。また撫でてもらえるなら、ゴーヤはこのままてーとくの夢を見るよ」
大和「……まだ、ちょっと混乱してますね」
提督「元気ならいいさ。泣かれるより、ずっとな」ナデナデ
58「てーとく……」
大和「提督、しばらくの間はゴーヤちゃんの傍に居てあげてください。すごく混乱するほど悪い夢を見たみたいなので……」
提督「そうだな。それはそうと大和」
大和「はい?」
提督「この鎮守府に私の把握してない艦娘がいるのだ。この前の三人組だ」
大和「……」
提督「大和?」
大和「……いえ、この前の三人組と言われましても、該当する人が多すぎて……」
提督「名前を聞いたら、お前に聞けと言われた。口の悪い奴と、上品そうな奴と、無口な奴だった。心当たりはあるか?」
大和「それだけではなんとも……。ですが、提督でも把握してない艦娘がいるんですか?」
提督「そんなはずはないのだが……やはり見覚えのない艦娘だったのだ」
大和「そうですね、この鎮守府は島ですから……本土から来た人たち……ということは?」
提督「本土から来たのなら、まず私に面通しをするから忘れることはない……と思う……」
大和「……わかりました。なら次に会った時はその人たちを私の前に連れてきてください」
提督「うむ……」
提督「んあ」
提督「……」
提督「……執務室。また寝ていたのか、私は」
提督「最近はゴーヤがほんとにぴったり引っ付いてきて碌に眠れなかったのもあるが……それでもこれは酷い……」
提督「……大和が居ないのも珍しい」
提督「……」
提督「……」
提督「何かを忘れている気がするのだ……」
提督「それにこの鎮守府には……違和感がある。鎮守府だけではなく、私自身にも……」
提督「……執務室を出よう。ここは息苦しい……外の空気を吸いたい」
鈴谷「おっ、提督じゃーん」
提督「おう」
鈴谷「あれ、今日は早いね? 大和さん居ないんだ」
提督「……うむ」
鈴谷「ゴーヤちゃんは?」
提督「あいつも、ようやく落ち着いたらしい。まさか何日も張り付かれるとは思わなかったが……もう済んだことだ」
鈴谷「ほぉーっ、さてはお風呂とお布団にも潜り込んできたな?」
提督「なぜ知っている」
鈴谷「あははっ、やっぱねーまあ鈴谷もそうだったし。ていうかそもそも提督のせいだし拒否権なんてないんだからね」
提督「お前もそうだった?」
鈴谷「それよりっ! 提督はこれから何処かにお出かけ? まだ夕飯の時間じゃないよ」
提督「私は……少し考えをまとめたくてな。どこかぶらつこうかと思っている」
鈴谷「ふーん、じゃあ波止場に行くの?」
提督「何故波止場なのだ」
鈴谷「朝とか、考え事あるとよく行ってたじゃん。でも今日は強風だから落っこちちゃうかもよ? 連れてってくれるなら鈴谷が救助してあげるけど」
提督(私がよく波止場に行っていた……?)
提督「いや、やめとこう」
鈴谷「じゃあさっ、気晴らしに食堂でお茶でも飲もーよ」
提督「お茶は間宮じゃないのか?」
鈴谷「あそこは今閉まっちゃってるから、食べ物は食堂しかないでしょ」
提督「……間宮は閉まってるのか」
鈴谷「わーい、提督の驕りだねっ」
提督「腕にくっつくな」
鈴谷「ひひひっ、おやー提督? もしかして鈴谷を意識しちゃったりしてるの?」
提督「おっぱいがあたっているのだ」
鈴谷「腕組んでるんだから当然だしー」
提督「他の艦娘に見られたら噂を立てられるぞ」
鈴谷「べっつにー今更平気だもん。問題は提督だけだよ」
提督「……」
・食堂
提督「最近はなんだか人が少ないな」
鈴谷「この時間帯はこんなもんだよ。提督はここに座ってて。鈴谷が持って来てあげるから」
提督「構わん、一緒にいこう」
鈴谷「いーってば! 提督は緑茶派だったよね。鈴谷は玄米茶とパフェにしよーっと」
提督「私はほうじ茶をよく飲んでいたと思うが」
鈴谷「それ昔の話でしょ? なんか知らないけど滅多に飲まなかったじゃん」
提督「……緑茶を頼む」
鈴谷「ほーい」
鈴谷「へいおまちっ」
提督「うむ、くるしゅうないぞ。近う寄れ」
鈴谷「とー」
提督「こら、空いてるんだから手前に座れ」
鈴谷「近くに寄れって言ったの提督じゃん。それに隣のほうが都合がいいし」
提督「なんの都合だ」
鈴谷「なんと! 食べさせっこができるんだよ」
提督「やらんぞ」
鈴谷「はいどうぞ」
提督「やらんからな」
鈴谷「どうぞ」
提督「……」
鈴谷「……」
提督「……甘い」
鈴谷「へへへっ」
提督「……」
鈴谷「なに、鈴谷のことじっと見て。次は提督の番だよ? はい、スプーン」
提督「……」
鈴谷「……てーとく、まだー?」
提督「……」
鈴谷「提督?」
提督「……鈴谷、お前」
鈴谷「ほい?」
提督「お前……ここまで私と仲が良かったか?」
鈴谷「……は?」
提督「……」
鈴谷「なに言ってんの?」
提督「……悪くはなかったと思うが……それでも、ここまでベタベタするほどの関係じゃあなかった……気がする」
鈴谷「……」
提督「いや、違う。お前……私に対して怒ってただろう?」
鈴谷「はぁ? 別に鈴谷怒ってないし……どうしちゃったの。もしかして寝ぼけてる?」
提督「寝ぼけてなどいない。そうだ。お前は、怒っていたはずだ……それで私はこっ酷く引っぱたかれた……」
鈴谷「……」
提督「……」
鈴谷「ふーん……」
提督「!」
鈴谷「まあ……」
鈴谷「私がそこまで怒ってたって言うなら……提督は私を怒らせるだけの事をしたんじゃないの?」
提督「やっぱり。いや、お前だけじゃない……この鎮守府の皆もそうだ。私に対していい印象を持ってなかった気がする……」
鈴谷「……」
提督「そうだ……皆、私を軽蔑していた。それだけのことを、私はしたはず……だが、いったい何をした……?」
鈴谷「まあ、とにかくさ……。座んなよ、提督」
提督「……」
鈴谷「そんな目で見ないでよ。別にとって食べたりしないって。お茶でも飲んで、まず落ち着いたら?」
提督「お茶?」
提督「お茶……そうだ……加賀だ。なんで忘れていた? 加賀だ。秘書官は加賀だった……大和じゃあない!」
鈴谷「これ、ちょっとまずいかなー……」
提督「鈴谷、加賀は何処にいる?」
鈴谷「……」
提督「どうして何も言わない」
鈴谷「だって、鈴谷は知らないし」
提督「なら私の目を見て話せ」
鈴谷「……」
提督「鈴谷」
鈴谷「あのさー……提督。じゃあはっきり言ってあげるけど、加賀なんて人、この鎮守府には居ないよ?」
提督「なに? そんなはずあるか。彼女は私の秘書官だったはずだ」
鈴谷「秘書官は大和さんじゃん。前からそうだったでしょ?」
提督「違う……いや、確かに秘書官は大和だった。大和だったが……加賀も居たはずだ。彼女も秘書官だった……?」
鈴谷「提督はさ……最近おかしなこと言うようになったの気づいてる? 知らない人が居るとか、人が少ないとか……お仕事で疲れてるんだよ」
提督「確かに……ここ最近の私は記憶があいまいだ……自分のしたことを自覚してないときもある」
鈴谷「でしょ? まず座りなよ。甘いもの食べれば気持ちも落ち着くって」
提督「だが……疑念が消えない。ずっと違和感を覚えていた……ここは、本当に私の知る鎮守府なのか?」
鈴谷「あったりまえじゃん」
提督「何かが違う……」
鈴谷「違わないよ」
提督「加賀だけじゃない……赤城も長門も金剛達も、大井や北上、天龍に龍田も、他にも大勢……ずっと見かけてない。彼女たちは何処に行った?」
鈴谷「だから居ないってば、そんな人達も」
提督「居るべき者たちが居ない。代わりに見かけない奴らが居る……あいつらはなんだ?」
鈴谷「提督……落ち着いて」
提督「なんで私は今まで忘れていた? 一目瞭然なのに、なぜ気が付かなかった?」
鈴谷「提督!」
提督「放せっ! 私に触るな……!」
鈴谷「提督……」
提督「……お前は誰だ。本当に鈴谷なのか……?」
鈴谷「鈴谷は……鈴谷だよ」
提督「だが、私の知っている鈴谷じゃない。ここの奴らも、皆そうだ。私はここまで好かれるような男ではなかった」
鈴谷「違うよ。みんな提督が好きだったし、鈴谷は……提督の鈴谷だよ」
提督「お前が……いや、この鎮守府がおかしいのか? それとも……」
鈴谷「ダメだよ、提督! こっちに戻ってきて……お願い」
提督「それともおかしいのは……この私か?」
鈴谷「ダメ! 待って提督! 提督……っ!」
・執務室
提督「大和……! ここに居たか」
大和「提督……よく一人で起きられましたね。誰も居なかったので焦っちゃいました」
提督「聞きたいことがある……」
大和「尋常ではない様子ですね…………加賀さんのことですか?」
提督「知っていたな?」
大和「ええ、もちろん。私は貴方の秘書官ですから」
提督「秘書官は……」
大和「……」
提督「秘書官は加賀だったはずだ。彼女は何処へ行った? 彼女だけでなく、ほかの者たちもだ」
大和「……」
提督「大和……答えてくれ」
大和「……」
提督「……」
大和「全部は思い出してないのですね」
提督「なに?」
大和「提督……貴方は自分に蓋をしました。だから私たちは貴方の心を守るために、あえて何も言いませんでした」
大和「ですが……」
大和「貴方が自分からその蓋を外そうというのなら……私たちは止めません。でも覚悟はしてください。貴方の為にも、そして私たちの為にも……」
提督「……話してくれ」
大和「提督。加賀さんは……いいえ、貴方の艦娘の殆どは……この鎮守府には居ません」
提督「……どういうことだ」
大和「最後に彼女たちに会った記憶は、何処で途切れてますか?」
提督「それが……わからないんだ。一番近い記憶さえ定かじゃない……」
大和「大きな戦いがあったことを……ご存知ですか?」
提督「戦いだと?」
大和「……はい。今から一年ぐらい前のことです」
提督「一年前……戦い……」
提督「そうだ……戦いがあった。大本営から発令された、我が艦隊主導の大規模侵攻作戦が……」
大和「ええ……」
提督「……ならば」
大和「……」
提督「……」
大和「……」
提督「私たちは……負けたのか?」
大和「いいえ、私たちの勝利です」
大和「深海棲艦は……壊滅的な被害を被りました。戦局は大きく傾き、深海棲艦は今体勢を立て直すことに必死です。それを叩き、このまま順当に進めば勝利は目前でしょう」
提督「つまり私は……」
提督「私たちは、相応の犠牲を払ったと……。そういうことか?」
大和「……あえて冷たい言い方をしますが、戦略的に見れば、私たちは最小の犠牲で最大の戦果を勝ち取りました。
ですから、どうか自分を責めないでください。あなたは決して無能などではありません。あなたでなければ出来なかったことです」
提督「そうか……」
大和「失った命の何倍もの……いえ、何百倍もの命を救ったと、そう考えてください。必要な犠牲だったと……」
提督「……そうか」
大和「提督っ!」
提督「ああ……すまない……。腰が抜けてしまった……」
大和「提督……」
提督「なんてことだ……私はそんな大切なことを忘れていたのか……」
大和「思い出しましたか……?」
提督「……まだ理解が追い付いてない……。受け止めきれていないのかもしれない……」
大和「無理はしないでください。すみません、まだ話すのが早かったかもしれません……」
提督「大丈夫だ……少なくとも、もう忘れることはない」
大和「はい……」
提督「……皆がやけに私に親しかったのは……つまりそういうことなのだな?」
大和「はい」
提督「あの見知らぬ連中はなんだ?」
大和「本土から来た艦娘です。ここの戦力の補填として派遣されてきました」
提督「間宮が閉まっていると聞いたが……」
大和「人員が減りましたから……」
提督「そうか……おかしかったのはこの鎮守府ではなく、私だったか……」
大和「……立てますか、提督」
提督「すまないが、肩を貸してくれ……」
大和「自室まで送ります」
提督「そこまでしなくていい。ただ、椅子に座らせてくれれば」
大和「いいえ。ここでは落ち着かないでしょう。お布団できちんとお休みになってください」
提督「……すまない」
大和「提督」
提督「なんだ?」
大和「提督には私が……私たちがいます。それをどうか忘れないでください……」
提督「……ああ」
待ってたぜ
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大和「提督」
提督「……」
大和「提督……」
提督「……おお」
大和「ぼーっとしてましたよ」
提督「うむ……だが寝てはいなかったようだ。……やはり今日も仕事は終わっているな」
大和「お茶、淹れますね……はい、どうぞ」
提督「ほうじ茶だ……」
大和「はい」
提督「私は昔……よくほうじ茶を飲んでいた。だが、いつからか緑茶を飲むようになったのだ」
大和「加賀さんたちが……居なくなってからですか?」
提督「……そうかもしれん。お茶で加賀を思い出したのは、そういうことなのかもしれない」
大和「そうだったんですね……なら緑茶に、変えましょうか?」
提督「いや、いい。なぜだかお前にほうじ茶を淹れてもらえると、しっくりする」
大和「はい……」
提督「うむ……」
大和「……」
提督「思ったより大丈夫なのだ」
大和「?」
提督「加賀達のことだ。喪失感はあるが、不思議と悲しみが湧かない。……すまない。私は酷いことを言ってる」
大和「いいえ、ただ感情が麻痺してるだけかもしれません。今は……それでいいと思います」
提督「実感が湧かなくてな……だが、いずれはすべてを受け止めて、悲しめるようになりたい。彼女たちの心を弔わねば……まあ化けて出てくれるなら、歓迎するが……」
大和「……お出かけですか?」
提督「ついてくるか?」
大和「いえ、今日は遠慮しておきます……すみません」
提督「謝るな。……なるほど。お前がずっと私に付いてまわってたのは、私のお守をするためだったか」
大和「私は貴方の随伴艦ですから。もし不安なら付いていきますが……どうします?」
提督「いいや。ありがとう。ずいぶんと拘束してしまったみたいだ」
大和「私は別に苦ではありませんでしたよ? 提督のお傍に居ることが、私の望みですから」
提督「はは。これ以上居ると、そのうち私のおしめまで変えるはめになるぞ。まったく、提督が聞いて呆れる。皆にも礼を言わねばな……」
暁「司令官。ごきげんよう、です」
提督「ごきげんよう、暁」
暁「大和さんから聞いたわよ。司令官がみんな思い出したって……」
提督「全部を思い出した訳ではないが……事実は受け止められた。本当に迷惑をかけたな、暁……」
暁「気にしてないわ。レディーには男性を包み込む包容力があるのよ! ふふんっ」
提督「響、雷、電のことは、すまなかった。第六駆逐隊を……お前を一人きりにしてしまった」
暁「もう済んだことよ。妹たちだって司令官に感謝してるはずなんだから」
提督「感謝は……されんだろう。私は彼女たちを……」
暁「司令官。暁たちは艦娘なのよ? 戦うことが本分だし、司令官がここに居るならあの娘たちも本望をまっとうできるわ」
提督「だが暁はさみしいだろう」
暁「ぜんっぜんさみしくないわ! へっちゃらよ。だってまた会えるんだから、それまでの我慢だもの」
提督「また会える……か」
暁「だから司令官、謝らないで。みんなにもそうするつもりなのかもしれないけど、こっちが困っちゃうんだからね!」
提督「……私が塞ぎ込んでる間に、暁たちはとうに踏ん切りがついていたか」
暁「そうよ。いま司令官にできることは、ここを立て直すこと。暁をいっぱい出撃させて、またこの鎮守府を賑やかにすることだからね!」
提督「……私はもう、お前を子供扱いできないな」
暁「なら、きちんと一人前のレディーとして扱ってよね。これからは暁が司令官をなでなでするんだから!」
提督「はは、まったく……本当に頭が上がらない」
暁「へへん。じゃあ司令官、しゃがんで?」
提督「……む」
暁「しゃがむの」
提督「……いや」
暁「早く!」
提督「……」
暁「よしよし……」
摩耶「おう、提督!」
提督「あだぁっ。いきなり背中を叩くな」
摩耶「うるせえ! 辛気臭せー背中してる奴が悪いんだろ! ……ってあれ?」
提督「……どうした」
摩耶「いや、もっとウザい顔してると思ったのに……」
提督「ほんの少し前まではそんな顔をしていたぞ」
摩耶「ちぇっ、なんだよそれ……。先越されたのかよ。せっかく摩耶様がじきじきに活を入れてやろうと思ったのに……」
提督「十分に活は入った。礼を言おう」
摩耶「ふんっ、つまんねーの」
提督「なあ、摩耶」
摩耶「なんだよ」
提督「沈んでしまった艦娘たちと……また巡り合うことはできるだろうか?」
摩耶「はぁ……? くっ……ふふ、あははははは! て、提督、何言ってんだよお前!? それ、最高の冗談だぜ!」
提督「笑うんじゃない。暁が言っていたのだ。また会えるから、さみしくないと……」
摩耶「そんなの会えるに決まってんじゃねーか! 変なこと聞くんじゃねーよ、まったく」
提督「即答だな」
摩耶「なあ提督……あたしたちをなんだと思ってんだ? あたしたちの中にはむかーし海に沈んだ魂を持ってる奴だっているんだぜ。
それがこうして出会ってんだから、また会えるに決まってんだろ。違うか?」
提督「……違わないな」
摩耶「ったく、真顔で馬鹿なこと言うなよな」
提督「いや……お前たちはそういう考え方をするのだな。長い付き合いだが、知らなかった」
摩耶「もしかして、あたし達が怖くなったか?」
提督「ああ、摩耶は叩いてくるからな」
摩耶「なんだと!」
提督(いろいろ話を聞いて回ったが……皆、それほど気にしてないようだった)
提督(鈴谷に会えなかったのは残念だ……哨戒任務で数日出ているが、彼女にも謝らなければ。酷いことを言ってしまった……)
提督(それにしても、また会える、か……)
提督(確かに、海に沈んだ艦娘の魂はまた別の誰かに宿るのかもしれない。だが……果たしてそれは私の知る艦娘なのだろうか?)
提督「……」
提督「そういえば……あいつは私がよく波止場に行っていたと言ってたが……」
提督「ふむ……今日は風が出てないな」
・波止場
大和「……提督」
提督「おー大和か」
大和「もう……探しましたよ」
提督「お守はもう必要ないぞ」
大和「はい……ですが、何時間もお戻りにならないので心配になって……。皆さんに聞いたら、何処にも居ないときは大抵、波止場に居ると聞いたんですが……」
大和「ここで何をなさってるんです……?」
提督「海を見ている。別に飛び込んだりはしないぞ」
大和「は、はあ……」
提督「日課だったのだ。朝起きて……ここで朝日を拝むことが」
大和「今は夕日ですが……提督にそんな日課、ありましたっけ?」
提督「……うむ。私はずっとここでこの海を眺めて続けてきた。さすがに暴風雨のときは諦めたが……」
大和「……」
提督「……」
大和「……待っているのですか? 沈んでしまった娘達を」
提督「いや……もうずっと昔の話だ。帰っては来ないのはわかってる。少なくとも、私はそう思っている」
大和「提督、そろそろ戻りましょう。お身体に障りますから……」
提督「私はもう少しここに居るよ。先に戻っててくれ」
大和「では、私も……」
提督「……」
大和「……」
提督「……慢心だったのだ」
大和「え……?」
提督「あの当時の私は大馬鹿者で……浮かれていた」
提督「軍備も整い始め、何もかもが順調に回っていたのだ。だがその慢心が艦娘の命を奪い、私は罪を背負うことになった……」
大和「……思い出したのですか?」
提督「……」
提督「彼女に報いるために、私は進んだ。いくつも失敗は重ねたが……同じ罪は犯さなかった」
提督「多くの快挙を成し遂げたよ……。階級も上がり、執務室にはたくさんの勲章が並んだ。世間では、私を英雄と持て囃す声さえあった……」
大和「……」
提督「だが……ここに立つたびに思い知る。確かに、彼女と一緒にあの馬鹿な若造は死んだ。だが代わりに残ったのは……こうして未練に縋り続ける馬鹿な男だ」
提督「英雄など何処にも……」
大和「……提督」
大和「もしかして貴方は、ずっとここで……?」
提督「なんか、しめっぽい話をしてしまったな。墓場まで持っていくつもりだったのだが、どうやらそれさえも私は忘れていたらしい」
提督「まったく情けないことだ……」
大和「……提督」
提督「うおっ。お、おいっ、いきなり背中にくっつくな。海に突き落とされるかと思ったぞ!」
大和「提督……」
提督「……大和?」
大和「……」
提督「泣いているのか?」
大和「……」
提督「大和?」
大和「このまま一緒に海に落ちましょう」
提督「やめてくれ」
大和「冗談です……」
大和「貴方にそこまで思われて、その艦娘はきっと幸せです……。でも、安心してください。加賀さん達は必ず戻ってきます。ですからそんな顔をしないでください。
提督がそんな様子では、皆さんが戻ってきたときに笑われてしまいますよ?」
提督「加賀達……?」
提督「……いや、そうだ。これは加賀達の話だったな。だが、お前も皆と同じことを言うのだな」
大和「なんの話ですか……?」
提督「……戻ろう。やはりそろそろ寒くなってきた」
大和「こうすれば温かいですよ」
提督「おい大和……」
大和「ふふ。さあ、行きましょう」
続きないの?
前の貼り直しかよ
張り直し? じゃあここで終了?
趣味の園芸って金曜の夜辺りに再放送もあったはず
グレーテルのかまどと似たような時間
誤爆すまぬ
一通り貼り直してから続くんだろ
未完だったし
提督「鈴谷」
鈴谷「お、提督。久しぶり。もしかして、お風呂上りの鈴谷を狙いに来たの?」
提督「ずいぶんと遅れてしまったが、こういうのは早いほうがいいと思ってな。哨戒の任務、ご苦労だった。大事なかったようだな」
鈴谷「あーでも鈴谷、いま生足だよ。それでもいいの?」
提督「構わん。この前のことだが……」
鈴谷「まって、ストップ! ここで立ち話もなんだし……部屋に来なよ」
提督「そこまで時間は取らせない」
鈴谷「いーから。鈴谷がここで話したくないの」
提督「うむ……わかった」
鈴谷「さあどーぞ」
提督「失礼する」
鈴谷「意外と片付いてるとか思ってるっしょ? まあ相方がそーいうのうるさかったからね」
提督「熊野か……」
鈴谷「あ、やっぱ思い出したんだ」
提督「大和からすべてを聞いて、私も受け入れた。まだ思い出せないことはあるが……じき思い出してくるだろう」
鈴谷「すべてって何処まで?」
提督「何処までも何もすべてだ。一年前に大規模侵攻作戦が決行されて、私の艦隊の殆どが沈んだことだ」
鈴谷「ふーん……」
提督「それで私が塞ぎ込んで……お前に酷いことを言ってしまった」
鈴谷「だよねー、誰だお前とか言われたしー、結構傷ついちゃったかなー。鈴谷ちょー繊細だし?」
提督「悪かった。この通りだ、許してくれ」
鈴谷「いいよ、許したげる」
提督「……ありがとう。こんな私を支えてくれて」
鈴谷「あ、やっぱいまのなし」
提督「なに」
鈴谷「提督、ここに座って」
提督「む……わかった」
鈴谷「とりゃー」
提督「……これはなんだ」
鈴谷「これで鈴谷の髪を拭きやすくなったっしょ。このタオル使って存分に拭いてね。それでこの前逃げたぶんチャラにしてあげる」
提督「うむ……許してくれるなら……是非もない。やろう」
鈴谷「長いと大変なんだよね。じゃあよろしくー」
提督「……」フキフキ
鈴谷「……」
提督「……」ポンポン
鈴谷「……ていうか妙に上手いんですけど。どーゆうこと。なぜに?」
提督「たまに駆逐艦の娘たちにせがまれてやっていたのだ。子供だが、雑に扱うと手厳しく叱られてな。そのせいだろう」
鈴谷「あちゃーロリコンだったかー」
提督「違うわ」
待ってた
鈴谷「じゃあさ。この状況……ちょっとは興奮してる?」
提督「正直に言えば……興奮というよりは、困惑のほうが大きい」
鈴谷「なんで?」
提督「私の中では……鈴谷は怒っている印象が強く残っている。それがこういう……好意的な態度を取られると困惑するのだ」
鈴谷「ああ、引っぱたいたこと? ごめん、あれ痛かったよね。本気でやったもん」
提督「いいさ。謝ることはない」
鈴谷「……ん? ってか、それなら鈴谷以外も大勢やったじゃん! なんで鈴谷だけ? 摩耶に至っては腹パンだよ!?」
提督「そ、そうだったのか……」
鈴谷「金剛さんはタックルだし、榛名さんはグーぱんだし、加賀さんはフルビンタで、ゴーヤちゃんが頭突きで天龍さんが恫喝しに行くわで……
とにかくみんなやったでしょ? むしろ長門さんがひたすら泣いてたほうが印象に残ってるよ!」
提督「待て……なんの話だ?」
鈴谷「提督がみんなにフクロにされて、顔面たらこ唇おばけになった話だよ」
提督「なんだそれは……覚えてないぞ」
鈴谷「鈴谷の往復ビンタ覚えてんじゃん。あ……まあショックで記憶飛んじゃったのかもね……」
提督「何故金剛達が出てくる? お前が怒ってるのは、私が彼女たちを沈めたからではないのか?」
鈴谷「そのことは怒ってないってば。ここのみんなも同じこと言ってたでしょ?」
提督「ならさっき話はなんだ?」
鈴谷「あれは忘れて」
提督「忘れられるか! いや、忘れてるんだが……とにかく思い出したいのだ。どんなものであれ、皆との大事な思い出だ……」
鈴谷「大事な思い出……?」
提督「鈴谷?」
鈴谷「……」
提督「……鈴谷、何処に行く?」
鈴谷「……この……馬鹿提督っ」
提督「はばっ!?」
鈴谷「大事な思い出だって……? よくもそんなことがっ、言えるわね!」
提督「まて……落ち着け! マクラで殴るな!」
鈴谷「うるさいうるさい! このっ、このっ!」
提督「おわっ、何を……何を怒っているだ!?」
鈴谷「くっそー……忘れてたのに……思い出したらまた腹が立ってきたじゃん……」
提督「私は何をしたんだ?」
鈴谷「忘れろって言ってるでしょ!」
提督「もう忘れている。だから思い出したいのだ!」
鈴谷「思い出すな!」
提督「鈴谷」
鈴谷「いいから、思い出さないで。もう思い出したところで意味ないけど、それでも……。ここの皆だって同じ気持ちだよ。だから話さないんだからね!」
提督「だが私は……。いや、わかった……」
鈴谷「ほんとに?」
提督「気にはなるが……」
鈴谷「くだらない話だよ。ほんとに……。提督がどうしようもなく大馬鹿やろーだって話」
提督「馬鹿なのは分かってる」
鈴谷「じゃあいいじゃん。まったく……疲れちゃったよ」
提督「……鈴谷?」
鈴谷「続き、してよ」
提督「……う、うむ」
鈴谷「……ごめんね、提督」
提督「怒ったり謝ったり、お前は忙しいやつだな」
鈴谷「女心は山の天気と同じって言うでしょ」
提督「山に登ったことはあるのか?」
鈴谷「ないけどさ……」
提督「今度皆で行こう。この戦いももうすぐ終わりを迎えるらしい。艦娘が登山するのも、なかなか面白い光景だと思うぞ」
鈴谷「どうかなー……山、登れるのかな……」
提督「できるとも。戦後の待遇については私が保証できる。軍とはすでに交渉済みだ。お前たちは何も気にしなくて良い」
鈴谷「……」
鈴谷「……提督がさ、ほんとは全部思い出したいっては分かってるよ。鈴谷、わがまま言ってる」
提督「これは暁の言葉だが……今は私に出来ることをしようと思う。結果は後でついてくるだろう」
鈴谷「提督の望みってなに?」
提督「なんだ藪から棒に」
鈴谷「いいから教えてよ」
提督「今はこの戦争の終結しか考えられないな」
鈴谷「提督はさー……ほんと提督だよね……。そういうみんなの幸せとかじゃなくて、鈴谷はもっと個人的なことを聞きたいな」
提督「個人的なこと?」
鈴谷「そうだよ。望みって言うより、野望とか欲望とか……もっと力強くて、自分勝手な気持ちが知りたい」
提督「うーむ……難しいな」
鈴谷「難しくないよ、もっと素直になるだけ。提督は人の事考え過ぎなんだよ。だからあーいう馬鹿の事平気ですんの。もっともっと自分本位に考えて」
提督「……自分本位か」
鈴谷「提督の中の……やましい気持ちや、見たくない気持ちにも目を向けてあげて。鈴谷がお手伝いしてあげる……」
提督「私の中の欲望……」
鈴谷「提督の欲望を鈴谷に教えて……」
提督「私は……特上寿司が食いたいな。お腹いっぱいになるまで。漁が難しい時代だ。再開するには、やはり戦争を終結しなければな……」
鈴谷「……」
提督「あだっ!? 足! 何故つねる!」
鈴谷「……なんで抓られたと思う?」
提督「寿司は嫌いだったか……?」
鈴谷「あーもうっ! なんでそうなるのよ! もっとあるでしょ、他にも! そんなお馬鹿な欲望じゃ、鈴谷たちは困るのっ!」
提督「な、なんなのださっきから!」
鈴谷「鈴谷の事、大事でしょ!?」
提督「あ、ああもちろんだ」
鈴谷「他の娘も、みんな大事でしょ!?」
提督「う、うむ」
鈴谷「ずっと一緒に居て欲しいって思う……?」
提督「……ずっとは無理だ。私にもお前にも立場や事情があるだろう」
鈴谷「提督、鈴谷は欲望の話をしてるの。立場とか建前とか……そーいうの抜きで言って。提督の本心が知りたいの……」
提督「そりゃ出来るなら……ずっとこうしていたいと思ってる。私はこの鎮守府の皆が好きだ。でも、だからこそその先も」
鈴谷「でも、は禁止だから」
提督「!」
鈴谷「……」
提督「……」
鈴谷「……ぷは」
提督「お、お前……」
鈴谷「今の気持ち、絶対に忘れないで。提督が本心から望むなら、きっと叶うんだから。鈴谷だけじゃない。みんなそれを望んでるから……」
提督「……」
鈴谷「ほ、ほら! 話はおしまい! さ、さっさと出ていく!」
提督「あ、ああ……」
大和「提督」
提督「……」
大和「提督」
提督「……うむ」
大和「本日のお仕事は終わりましたか?」
提督「……最近は近海が少し慌ただしいらしいな。深海棲艦は大打撃を受けたはずだが、まだ戦力を温存していたのかもしれない」
大和「だとしても、よほどの隠し玉がなければ、この戦況を覆すのは難しいでしょう」
提督「我々とて深海棲艦のすべてを知ってる訳ではない。詰めを誤れば痛い目を見るのは身に沁みて分かっている」
大和「そうですね……」
提督「だが、この鎮守府の戦力は激減しているのが現状だ。補填はされたが、それでもかつてのようにはいかない。今は他の鎮守府が詰めを誤らないことを祈ろう」
大和「提督、先ほど新たな補填の連絡がありました」
提督「増員だと?」
大和「はい。貴方の働きが徐々に浸透しつつあります。皆期待しているようですね」
提督「期待か……」
大和「態度の悪い娘や、辛辣な言葉を浴びせる者も多いですが、提督なら従えられるでしょう」
提督「多くの艦娘を沈めたのは事実だ。中には縁のあった者もいるだろう。罵倒されるは仕方ない」
大和「自信を持ってください。確執はありますが、新しく来た娘で貴方の指揮下に入った娘たちは皆実力を認めてますから……」
提督「うむ……ありがとう」
大和「これから私は近海の哨戒任務に就きますが、まだご用はありますか?」
提督「大丈夫だ。しかし、わざわざお前が出る必要はないのだがな……」
大和「偶には私が出てもいいでしょう? これでも兵器ですから、動かないと錆びついちゃうかもしれませんよ?」
提督「そうだな……」
大和「では提督。大和型戦艦、一番艦、大和。行って参ります」
提督「!」
提督「……待て!」
大和「はい?」
提督「……」
大和「提督、どうかしましたか?」
提督「あ、今、何か……」
大和「……?」
提督「い、いや、なんでもない。気のせいだ」
大和「はあ……では、行ってきますね」
提督「……」
提督「……ダメだ、待て」
大和「あ、あの提督? 手を……」
提督「行くんじゃない」
大和「提督、どうしたんですか? 様子がおかしいですよ?」
提督「私にも分からない。だが……いきなり不安になったのだ。お前がこのまま帰って来なくなるような気がして……」
大和「提督……」
提督「以前にも、同じ光景を見た気がする……。去っていくお前をここで見送り、私はずっと波止場で待ち続けて……」
大和「……加賀さんたちの事ですね。でも、大丈夫です。私は……こうして貴方の元に帰ってきました。たとえどんなことがあっても、貴方の傍を離れたりはしません」
提督「すまない……。まだ弱気になっている」
大和「もっと貴方の弱さを見せてください……私が支えになります」
提督「……ありがとう」
大和「提督……」
提督「……」
大和「……」
提督「馬鹿者……。余計離れにくくなってしまったではないか」
大和「いいんです。これからはずっと一緒ですから……」
提督「……気をつけてな」
大和「はい」
提督「……」
提督「はぁ……」
提督「しかし……なんとも情けない……。このままではいかん。気持ちを切り替えねば……」
提督「っと、資料が落ちた」
提督「……」
提督「……何だ、これは……」
提督「どれもこれも一年以上前のものではないか。何故こんなところに……この報告書に至っては、軍に提出さえしていないぞ」
提督「これも、これも……これも……」
提督「……」
提督「おい、待て……」
提督「これはどういうことだ? ……私の机に乗っているものさえ未提出の古い報告書だ。しかも茶色く変色している……?」
提督「馬鹿な……私は今日ここで仕事をしていたはずだ。気づかないなんてありえない……」
提督「……」
提督「いやそうだ……私はきっと資料整理をしていたんだ。もしくは大和が整理したんだろう。何処かに最新ものがあるはずだ……」
提督「……どうなってる」
提督「どれもこれも、古いものばかり……一年前……大規模侵攻作戦が決行された時期から、最新のものが一切無い……」
提督「……あり得ない」
提督「落ち着け……今日、私は何をしていた? この時間に至るまで、何をしていた?」
提督「……」
提督「……嘘だ。覚えてない?」
提督「だが、仕事をしたという実感だけは残っている。その内容も覚えていないというのに……」
提督「私が忘れていたのは……加賀達に関することだけじゃないのか?」
提督「……」
提督「……」
提督「これはつまり、こういうことか?」
提督「私は一年以上、ずっとここで仕事をしているつもりで過ごしていたと、そういういうことか……?」
提督「……」
提督「馬鹿な……正気じゃない」
提督「大和……あいつはなぜ何も言わなかった? 気づいていたはずだ。なのに何故……」
提督「この鎮守府は、いったいどうなってる……?」
提督「……」
提督「……」
提督「いや……まずは、軍本部と連絡をとろう。この鎮守府の現状を知るには、それが一番良いはずだ」
・無線室
提督「……くそ」
提督「駄目だ……繋がらない」
提督「壊れているのか。修理もされていない……。本土との連絡は最重要事項のはずだが……」
提督「妨害されているとも考えられる……。だがこの無線機、埃をかぶっている。ずっと使われてなかったのか……」
提督「……」
提督「……」
提督「一年以上前の書類しかない執務室に……埃をかぶった壊れた無線機……そして頭のイカれた提督……」
提督「考えれば、軍がこんな状態の私を鎮守府の提督に据えるはずがないのだ……」
提督「……」
提督「ならば……この鎮守府は見捨てられたのか? だが、ここは重要拠点だ。みすみす手放すはずがない……」
提督「それに、軍の支援なしに艦娘の運用など出来はしない。だが、現状我々は深海棲艦と戦っている……」
提督「……いや、新しく補填が入ると言ってたな。しかし、その書類はこちらに上がってきてない……連絡は全て大和からの口頭だ……」
提督「……」
提督「……大和」
提督「そうだ。私の記憶が鮮明になるのは、あいつに起こされた時からだ……」
提督「……あいつが全てを説明できるはず」
提督「いや……大和だけじゃない。ここに居る全員、この異常事態に気が付いてるはずだ。でも、意図的に見逃している。そして私には何も言わない……」
提督「……」
提督「……隠したいのだ、この異常を。私に悟られたくないと思っている」
提督「……」
提督「……」
提督「こんなのは正気ではない……」
提督「おかしいのは私だけではなかった……。この鎮守府も、そして艦娘達も全員おかしいのだ……」
提督「……」
提督「なんとかして外部と連絡を取らなければ……。ここの者たちは、私を含め全員信用できない」
提督「ここの無線は使えない。直接連絡を取るにしても、本土までは遠すぎる。大型船を使えば行けるが、護衛なしに行くのは自殺行為だ……」
提督「……」
提督「だが、本土の途中に人の住む離島があったな。そこまでは軍用小型ボートで行ける。そこの無線を使わせて貰うか……もしくは経由すれば本土にいけるかもしれない」
提督「深海棲艦に出くわすかどうかは賭けだな……軍用ボートなら運が良ければ振り切れるだろうが……」
提督「……」
提督「大和が居ないのは幸いだった……あいつが居ては身動きが取れなくなる。哨戒任務から帰ってくる数日の間に、ここを発たねば……」
提督「それまでは、気づいてないふりをして過ごそう」
・食堂
五十鈴「提督、遅いわよ。何処で油売ってたの? みんな待ってたのよ」
提督「う、うむ……悪い」
飛龍「あ、提督来たんだ。何カレーにする? 多聞丸は野菜カレーがお勧めだって言ってるよ」
提督「ならそれにしよう」
潮「あの……提督、お疲れ様です。お茶です……」
提督「ああ、潮もお疲れさん。ありがとう」
陸奥「お隣、失礼するわね」
潮「わ、私も……失礼します」
五十鈴「じゃあ皆揃って提督も来たことだし……」
一同「いただきます!」
提督「……」
潮「あの、提督……今日は調子が悪いんですか?」
提督「……何故そう思う?」
潮「あ、あまりお箸が進んでないから……」
陸奥「そうね。いつもの提督ならパクパク食べるものね」
提督「私はそこまでがっついてはいないつもりだが」
陸奥「そういう訳じゃないけど……何て言うのかしら。いつもの提督はもっと男らしい食べ方するじゃない」
提督「これでも海の男だからな……いや、そうではなくてだな……このカレー、今日は味付けを変えたか?」
飛龍「変えてないと思うよ? いつもと同じ味だよね」
摩耶「いつもと同じ過ぎてなあ。あたしはもっと辛いほうがいいぜ」
五十鈴「貴女を基準にしたら誰も食べられないんじゃないの?」
摩耶「このカレーが甘すぎるんだよ」
提督「すまない、私の気のせいのようだな……」
陸奥「あ、分かっちゃった。ねえ提督? もしかして……大和さんが居ないからさみしいんじゃないの?」
提督「……そうかもしれんな」
陸奥「あら……素直ね」
摩耶「んだよ、何が海の男だよ。全然男らしくねーじゃねえか。女々しい提督だなあ、おい」
提督「摩耶……お前が居ないときも私はさみしくて箸が進まんのだ」
摩耶「は、はあ? ばっ馬鹿か、いきなり変なこと言ってんじゃねえよ、アホか!」
潮「わ、私のときはどうですか、提督……」
提督「潮が居ないときも食が進まないな」
飛龍「ねっ提督、私は私は?」
提督「飛龍が居ないときも、五十鈴が居ないときも同じだ」
陸奥「もちろん私が居ないときもさみしいわよね?」
提督「陸奥は頑丈だし、心配する必要はないな」
陸奥「あら……あらあら、そういうこと言うのね提督? いいわよ、それでも。でも、あとで酷い目にあっても知らないんだから」
提督「なんだ陸奥、同じようにからかっただけではないか。真に受けるんじゃない」
五十鈴「ていうか、陸奥さんが大丈夫なら、大和さんの心配する必要ないじゃない」
飛龍「あの人強いからねー。ここに居る殆どの人が大和さんに負けちゃったし……」
陸奥「私はむしろ提督の追い込み漁にまんまと引っかかった口だけどね……」
摩耶「あたしもだ。やりかたが汚ねーんだよ、提督はよ。もっと男らしく勝負しろよな! ったく……」
提督「私が? というかお前たち、大和に負けたのか……?」
陸奥「……もちろん演習での話よ、提督」
潮「そ、そうです……この前の演習で、負けました……」
提督「そうか……」
陸奥「まあ、だから大和さんの心配はするだけ無駄ってことよ。するなら私の心配をしてよね」
提督「……うむ」
陸奥「もう……」
・私室
提督「……」
提督「ああして話していると、この鎮守府がおかしいとは思えなくなってくる……」
提督「……だが、私はここを出る。本部と連絡を取り、本当のことを知りたいのだ」
提督「今日明日で荷造りとボートの準備を済ませ、明後日の夜明けとともにここを発つ……」
提督「まずは荷造りを済まそう」
提督「必要なものは最低限でいいな。水と携帯食料……それと私の身分証明書も必要だな。ええと、どこに仕舞ったか…………ん?」
提督「……なんだこれは? 小さな箱だが、随分と丁寧にラッピングされている」
提督「中身は……指輪だ。見たことがある気がする……私が買ったのだろうか?」
提督「……でも、誰に送るつもりだった? 大和……それとも加賀か? しかし、これは軍から支給される艦娘用の指輪ではないようだが……」
提督「うーむ……」
提督「私は仕事ばかりで碌に女性関係もなかったし、付き合いのある人も居なかったはず……」
提督「……」
提督「駄目だ、思い出せない……いったい私の記憶はどうなってるんだ。大切なことは何一つ覚えていない……」
提督「やはりいくらなんでもおかしい。本当に、加賀達が沈んだショックで記憶を封じたのか……?」
提督「……」
提督「……まあいい。今はそれを考えても詮無いことだ。支度を済まそう」
・後日。港
提督「……拍子抜けするほど簡単に出られたな。まあ憲兵も見回りもいなければ当然か。いったいどこに行ったのやら……」
提督「まだ日は出ていないが、直に出てくるはずだ」
提督「ボートも問題ない。燃料確認も機器点検も済ませてある。荷造りも問題ない」
提督「だが、二隻あるはずのボートが一隻しか無いのはどういうことだ? 誰かが使ったのか……?」
提督「まあいい……」
提督「……」
提督「鎮守府……私に任された、深海棲艦攻略のための砦。こうして見渡すと、この鎮守府は私が着任した時と全然変わっていない……」
提督「私はまたここに戻って来るのだろうか……?」
提督「それとも……」
提督「……」
提督「……」
提督「行こう」
・鎮守府 遠海
?「そこの不審船! 止まれ!」
提督「……ちっ、あと少しというところで哨戒に出ていた奴らに出くわしたか」
?「不審な行動を見せた場合、こちらも相応の対応をします。直ちに停止しなさい」
?「ここは侵入禁止海域デース! 大人しく止まるネー! ここは危ないヨー!」
提督「目聡いな。深海棲艦に見つかるよりはマシだが……まだ距離は離れてる」
提督「この軍用ボートなら振り切れるかもしれないが、攻撃されれば一溜まりもない……どうする……」
?「聞こえているだろう! 大人しく止まれ! 貴様は危険海域に許可なく侵入している!」
?「早く止まりなサーイ! さもないと海の藻屑になっちゃうヨー!」
提督「ん? この声……聞き覚えがある。まさか……」
提督「……」
提督「いや、そうだ。あれは……やはり見覚えのある恰好だ……。あいつらは……!」
?「あ、止まったネ」
提督「長門! 金剛! 加賀! お前たち……生きていたのか!?」
長門「!?」
長門「しまった……罠か! ボートに近づくな、距離を取れ!」
加賀「先回りされたの? まさか、私たちの進路が読まれていた?」
金剛「撃ちます! Fireー!」
提督「……へ?」
提督「お、おい……おいおいおい! 冗談だろ、あの突撃娘……!」
ゴッシャー
長門「周囲を警戒しろ。敵が来る。金剛、私の後ろを頼む。加賀……」
加賀「そうね、索敵機を出すわ」
金剛「Yes! 背中は私に任せるネー!」
金剛「……敵の影も形も無いデース」
加賀「索敵機からも敵機発見の連絡はないわ。どうやら、追手は振り切ったみたい。二手に分かれた赤城さん達のほうに向かったのかもしれないけど」
長門「ならばさっきのはなんだ? 待ち伏せされていたのではないのか?」
加賀「分からないわ。でも、仮に連絡を取って待ち伏せされたなら、とっくに私たちは潜水艦の餌食になってるはずよ」
金剛「別れた榛名達は大丈夫だけど、私たちは格好の的ネー。ハチの巣にされちゃうヨ……」
長門「ということは……」
加賀「……勘違い」
金剛「デスカ?」
長門「……」
加賀「……」
金剛「……」
金剛「……あのボート、木端微塵になってマース。でも脱出するのは見えたヨ」
長門「だが、艦娘の護衛も無しにこの海域に船が入れるはずがない。近づくが、警戒を怠るな」
提督「っぷはあ! はぁーはぁー……はぁ……はぁ……」
提督「ふーふー…………し、死んだかと思った……」
長門「……」
長門「どう思う……?」
加賀「そうね……今まで見たことがないわ」
金剛「でもなんかボートの残骸に掴まってるし、溺れてるヨ……」
提督「!」
提督「お、おい、待て! 砲身を私に向けるな! お前たち、私が分からないのか!?」
長門「知らんな、貴様など。こんなところで何をしている? 一人こんなガラクタなどに乗って、だまし討ちのつもりだったのか?」
提督「それは私の台詞だ! 長門、金剛、加賀……お前たちこそ、こんなところで何をしている? ズタボロではないか! いや、それよりも亡くなったのではなかったのか!?」
金剛「私たち轟沈なんてしてないヨ。 それにどうして名前知ってるデース? もしかして、私たちいつの間にか有名人?」
長門「別に貴様らに名が漏れたところでどうにもらなんがな」
加賀「質問をしているのは私たちなのだけど」
提督「私がわからないのか? 加賀……」
加賀「あなた達に知り合いを持った覚えはないわ」
提督「長門、金剛……」
長門「知らぬと言っているだろう」
金剛「ウーン……もしかして時間稼ぎデスカ?」
提督「皆、私を忘れてしまったのか? 私と同じように……なにか記憶に穴があるのか?」
長門「こいつ妙だな。何を言ってる?」
提督「私だ……。長門、金剛、加賀! 私はお前たちの提督だ!」
金剛「What? 私たちの提督は今鎮守府に居マース。こんなところに居るはずがないネ」
提督「新しい鎮守府に再編成されたのか? 馬鹿な、約束と違う……」
提督「いや……だが、それで忘れるほど浅い仲では無いだろう? 私たちは共に戦い、共に苦難を乗り越えてきたではないか! 忘れたのか!?」
長門「私たちが、貴様と共に戦っただと?」
提督「そうだ! お前たちに何があったのか、私には分からない。生きていただけでもうれしい。でも、思い出してくれ。かつて私たちは同じ鎮守府で過ごす家族だったのだ!」
長門「……どう思う?」
加賀「わからない。でも言われてみれば…………様相は大分違うけど、似ているわ」
金剛「……YES……似てるデース……とっても……」
長門「そうだな……私もそう思うが……」
提督「! お前たち、思い出してくれたのか……?」
長門「許せんな……貴様らは死者の尊厳まで愚弄するというのか?」
提督「なぜ私に艤装を向ける……?」
加賀「黙りなさい。私たちの誇りに……彼の名誉に唾を吐く行為……決して許さないわ」
提督「お前たち、いったい何を言っている……? 私だ……思い出したのではないのか?」
長門「黙れ! 貴様が私たち提督に似ているからなんだと言うのだ! 彼は一年前に死んだんだ!」
提督「馬鹿を言うな! お前たちも何か吹き込まれたのか? だが見ろ! 現に私はここに居るだろう!」
加賀「私たちの提督……いえ、前の提督はもう亡くなったわ。多くの艦娘が、彼の最期を見ている」
提督「ならばここに居る私をどう説明する? 私が提督でないならば、お前たちは私をなんだと言うんだ!?」
長門「貴様は私たちの……全人類の宿敵だ。深海棲艦」
提督「なんだと?」
加賀「あなたは自分の姿を見たことがないの? それとも、あなたたちは自分を認識できないのかしら」
提督「私が……深海棲艦だと? 冗談を言うな……私は人間だ」
加賀「ふん。人間がそんな姿をしているものか」
提督「何?」
提督「……」
提督「……なんだこれは」
提督「私の手が、肌が……白くなって……な、なんだ、この黒い服は……?」
提督「これは……見たことがある。でも、そんな……まさか……これは……」
加賀「!」
長門「皆、距離を取れ。やはり身体が水に浮いたな……。それがただの人間にできる芸当か?」
提督「こんな……こんな馬鹿なことが……何故、私がこんな姿に……?」
加賀「なにか勘違いしてるみたいだけど、あなたは最初からずっとその姿だったわ」
提督「嘘だ……」
長門「嘘なものか。貴様が深海棲艦でないなら、なんだというのだ。まさか、本当に自分を人間だと思っていたのか?」
提督「……嘘だ……私が深海棲艦などと……」
提督「いつだ……? いつ私はこうなった……? 何故……? 鎮守府の皆も……?」
長門「貴様が深海棲艦とわかったのなら、我々がやることは一つだ。貴様も覚悟を決めろ。構える時間はやる」
提督「……」
提督「長門……」
長門「……」
提督「長門…………撃つのか……? 私を……」
長門「それが、我々艦娘の存在意義だ」
提督「……」
長門「構えろ」
提督「……」
長門「構えろと言っているだろうっ!」
提督「……生憎と……私に艤装みたいなものはないみたいでな……」
長門「ならばこのまま抵抗せずに沈むか?」
提督「長門……」
長門「その姿で……私の名を呼ぶな!」
提督「……加賀……金剛……」
加賀「……」
金剛「……」
提督「……」
提督「…………ハハハ」
提督「深海棲艦に容赦するなと教えたのは、私だったな……。それがまさか……こんな結末になるとは……」
長門「覚悟は決まったか?」
提督「……」
提督「結局、私には何も分からなかった……」
提督「…………撃つがいい」
長門「ならば望み通りに……!」
金剛「長門、ストップ! やめるネ!」
長門「金剛、そこを退け。そいつは深海棲艦だぞ。庇うのか!?」
金剛「長門だって撃てないネ。迷ってるデース!」
長門「私は迷ってなどいない!」
加賀「長門さん……」
長門「加賀、お前まで……」
加賀「ごめんなさい、迂闊な事をしてるのは分かるわ。でも……気にかかったことがあって……」
金剛「深海棲艦でも、今まで戦ってきた奴らとは様子が違うデース。私たちに対する敵意がまったく感じられないネ」
長門「だが深海棲艦だぞ? こいつらの考えなど、私たちの及ぶところではない。隙など見せず沈めたほうがいい」
金剛「私は……少し話をしてみたいデース。彼の言う通り、本当に提督にそっくりネ……」
提督「……」
金剛「深海棲艦……あなたは、本当に私たちの提督デスカ……?」
提督「……さあな……私にはもう分からなくなった。自分が何者なのか……」
金剛「聞きたいことがあるネ。私が提督の誕生日にプレゼントした物……何かわかりますカ?」
提督「……誕生日と言っても、いつのだ。お前からは毎年貰っていたが……」
金剛「一番新しい誕生日ネ」
提督「……ティーカップだ。お前と私で、御揃いの……紅茶メーカーのものだったな」
金剛「Yes。あってるデース。でも、もしあなたが本当に提督なら……他に何か言うことがあるはずネ」
提督「……何か言うこと……?」
金剛「私に隠してること……あるデショ?」
提督「……」
提督「そうか……やはり、バレていたのか……」
金剛「……」
提督「悪かった。私はあのカップを……割ってしまったのだ。今あるのはメーカーから取り寄せたものだ。……すまない、お前が悲しむかと思うと……なかなか言い出せなくて……」
金剛「私はとっくに知ってたデース。でも、それは……提督しか知らないことネ。もしかして本当に……提督デスカ?」
提督「……」
金剛「……」
金剛「……長門、加賀! あなた達も何か聞くネ! 自分と提督しか知らないこと、何かあるはずデース!」
加賀「いきなり言われても困るわ」
長門「私にそんなものはない」
金剛「もーっ! あなたからも何か言って欲しいデース! 本物の提督なら、私たちの事いっぱい知ってるデショ!?」
提督「……」
提督「……」
提督「……長門」
長門「だから私の名を呼ぶなと……」
提督「お前は……かわいいものが好きだったな」
長門「ふん、何を言う」
提督「以前クマのぬいぐるみをプレゼントしたことがあったろう。お前は受け取ってくれなかったが……」
金剛「ほんとデスカ?」
長門「……確かにあった。私は断ったが……」
提督「しばらくしてから、駆逐艦の娘達からリスのぬいぐるみをプレゼントされなかったか?」
長門「……何故知っている?」
提督「あれはお前に渡すよう、私が彼女たちに頼んだのだ。そうすればお前も断れないだろうと思ってな……」
長門「なんだと……?」
提督「騙して悪かった……。だが、かなり気に入って貰えたようだな。毎晩一緒に寝ていると、陸奥がうれしそうに話してくれたぞ……」
長門「なっ、なあっ私はそんなことなど……!」
金剛「別に恥ずかしがることじゃないネ。私も可愛いもの大好きデース。長門ほど少女趣味じゃないケド」
長門「ぐ……う、うるさい金剛!」
提督「……」
提督「加賀……」
加賀「……」
提督「お前は私の秘書官だった……。私がお茶好きなこともあって、よく熱い緑茶を淹れてもらったな……」
加賀「……そうね」
提督「でもお前は猫舌で……それをからかって、私が冷ましてやろうかと言ったことがあっただろう」
加賀「……」
提督「だがお前はそれを真に受けてしまって、やらざるを得なかった時……正直私はかなり恥ずかしかった」
加賀「……」
金剛「冷ますって、どうやってデスカ?」
加賀「あなたは知らなくていいわ」
提督「あと……お前は食いしん坊な自分を恥じていて、私の前ではあまり食べなかったが……夜食を食べていては意味がないぞ。
何度か言ったが、別に食いしん坊でもいいではないか。赤城を見習え。頬張って食べるあいつの姿は、見ていて気持ちのいいものだぞ……」
加賀「……」
加賀「……確かに……彼でしか知らないことを知っているみたいね。……それにそのデリカシーの無さも……本当に提督なの?」
提督「……どうだろうな。そう思いたいが、私はこんな姿だ……もはや人ですらない……」
金剛「イイエ、私はこうして話してみて確信したネ。記憶だけじゃない、仕草も雰囲気も……提督と何一つ変わらない。
あなたは私の提督デース! 提督が信じなくても私は信じるネ!」
長門「私はまだ信じられない……金剛と同じものを感じているのは確かだが……だとしても、何故そんな姿に……?」
金剛「提督ぅー、生きてたんだネ……会いたかった……会いたかったデース!」
提督「私に近づくな!」
金剛「What!? 提督……どうしてそんなこと言うノ!? ちょっと白黒になったって提督は提督デース! 私は気にしないネ!」
提督「いいから来るんじゃない……。加賀」
加賀「……なにかしら」
提督「お前たち、先ほど私が亡くなったと言っていたな……」
加賀「ええ。提督は……一年以上前に亡くなっているわ」
提督「金剛、長門……本当か?」
金剛「……Yes」
長門「そうだ。提督の最期を、何人もの艦娘が確認している」
提督「……そうか」
提督「……」
提督「信じよう……他ならぬ、お前たちの言葉だ」
提督「だが、教えてほしい。記憶が曖昧なのだ……。失ったものを求めて、私は鎮守府を抜け出してここまで来た。どうして私は死んだのだ?」
加賀「……」
加賀「……一年前の戦いを覚えてますか?」
提督「大規模侵攻作戦だな。私が指揮をとった」
加賀「ええ。私たちは深海棲艦の本拠地に攻め入り、これを攻略したわ。およそ8割以上の深海棲艦を沈めて、敵本拠地は事実上壊滅した」
提督「そこまでは覚えている。だがその作戦で私はお前たちを……艦隊の殆どを失ったと聞いたが……」
加賀「……それは深海棲艦から?」
提督「わからない。……そうなのかもしれない……」
加賀「そう……」
加賀「負傷者は大勢出したけれど、私たちは誰一人として沈まなかったわ。前々から綿密な準備を重ねていたし、提督の指揮も采配も冴えていた……」
加賀「でも本拠地を壊滅させたとき、私たちはあることに気が付いたわ」
提督「ある事?」
長門「……敵の親玉が居なかったのだ」
提督「なに……?」
金剛「攻略がスムーズにいったのは、深海棲艦が主を失って混乱していた事も要因だったネ」
提督「撃ち漏らした……もしくは逃げ出したのか?」
加賀「私たちもそう思ったけど、敵は突然姿を現したわ。それも敵本拠地ではなく、私たちのかつての鎮守府に……」
提督「鎮守府は、敵本陣からかなり離れていたはずだが……」
長門「そうだ。だから、知らせを受けた私たちも誤報を疑った。それに例え一矢報いるにしても、鎮守府よりも大本営のほうがずっと近かったのだ」
金剛「時間的にも合わなかったデース。いくら深海棲艦でも、私たちが攻めてから、そんなにはやく鎮守府に辿り着けるわけないネ」
提督「つまり……最初から鎮守府の強襲、制圧が目的だったのか?」
加賀「それは今でも分からないわ。狙いが大本営ならともかく、鎮守府では敵本拠地を囮にしても戦果が釣り合わないもの……。
でも、鎮守府は総戦力の殆どを侵攻作戦に割いていて、守備が手薄だったのは確かよ。そして鎮守府の残留戦力では、とてもじゃないけど敵の主力艦隊に敵わなかった」
長門「あれだけの規模の本拠地を構えていた親玉だ。我々でなければ無理だったろう……」
加賀「敵は強大で、でも私たちは遥か遠くに居て、鎮守府に戻るのにはかなりの時間が必要だった。
私たちの到着を待てば全滅は免れない……だから提督は早々に交戦を避け、鎮守府からの撤退を指示したそうよ」
提督「……」
加賀「でも、敵は鎮守府でも艦娘でもなく、何故か提督だけを執拗に狙っていたと聞いたわ。
最初にそれに気づいた提督は自ら囮になって、残りすべての艦娘を私たちと合流するよう命じた」
加賀「そして私たちが駆けつけた時には……提督はもう……」
提督「……」
長門「敵本拠地は壊滅。深海棲艦の大多数が掃討され、艦隊は誰一人として沈まなかった。
大本営は歴史的勝利だと発表したが……私たちはもっとも大切なものを失ったというわけだ」
金剛「敵の親玉にも……私たちの敵にも逃げられたネ……」
提督「……」
提督「なるほど。ボートが一隻無かったのは……そういうことだったか……」
提督「はぁ……ようやく思い出せた。そうだ、私はこの海で……この海に沈んだのだ。深海棲艦に海中へ引きずり込まれ、藻掻きながら息絶えた……」
提督「そして……」
金剛「提督……?」
提督「しかし、誰一人として沈まなかったとはなんたる皮肉だ……」
提督「加賀」
加賀「……はい」
提督「その話には、続きがあるな?」
加賀「ええ……」
提督「話してくれ」
加賀「その後……私たちの指揮系統が崩壊して鎮守府は深海棲艦の手に落ちて、新たな拠点になったわ。
それからしばらくして……大本営は私たちを近くの鎮守府に接収、再編して新たに奪還作戦を展開した。
敵にかつての戦力は無く、それでここ一帯の制海権の確保も間近と思われていた……」
加賀「でも、そうはいかなかった。戦力差は歴然なのに、逆に私たちの艦隊が何隻も沈められていった。
一方の敵は残存勢力も集い始め、また徐々に勢力を強めてきている……」
加賀「……その謎が、今分かった気がする。あなたね……提督」
提督「……」
加賀「もはや烏合の衆でしかなかった深海棲艦が、急に組織だった行動を見せ始めた。
戦力差からくる慢心に付け込み、私たちの手を読み、裏をかき……手玉に取ることさえあった……」
加賀「その手法が提督に似ていると、ずっと私は思ってたわ……」
長門「確かに……。私たちは誰よりもあの鎮守府一帯に詳しい。だが敵はそれを利用して私たちを嵌めた……そんなことができるのは、そう多くない」
金剛「そんな……嘘デース! 提督がそんなことするはずないネ! そうでショ提督!?」
提督「……」
提督「いいや、加賀達の言う通りだ」
金剛「!」
提督「私は深海棲艦になった後……ずっとあいつらの指揮を執っていた。それも今まで忘れていたことだがな……いや、消されていたのか?」
長門「では、陸奥を沈めたのは提督が……? あなたがやったと言うのか!?」
提督「陸奥だけではないぞ。飛龍も暁も、五十鈴、鈴谷、潮、愛宕、ゴーヤ、摩耶も……すべて私が指揮して沈めた」
長門「何故だ!? 皆、あなたを慕っていた……提督だって……!」
提督「だから皮肉だと言ったろう。かつて私は大和を失い……もう二度と、誰一人轟沈させぬと誓った。そしてその通り実行してきた。その私が率先してお前たちを沈めたのだ」
金剛「そんな……提督……」
提督「その名で呼ぶな……」
提督「私はもう……とっくにお前たちの提督である資格を失っていた……。今は新しい提督が居るだろう……」
長門「……あなたに不幸が降りかかったのは分かる。だが、陸奥を……陸奥達を沈めた貴方に、私は決して同情しない……! ここで沈んで貰うぞ、深海棲艦!」
金剛「止めるネ、長門! 提督だって好きでこんなことした訳じゃないネ! 勝手に深海棲艦にされて苦しんでるのが分らないノ!?」
長門「そんなことは分かっている! だがそれとこれとは別だ……!」
提督「いいんだ、金剛……」
金剛「提督!?」
提督「私にも深海棲艦であることが、どういうことなのかようやくわかった。これは自覚してしまうと……もう駄目みたいだ」
提督「頼む……長門。もう一度、私を海に沈めてくれ……」
前のやつと何が違うの?
基本的な話は同じだが一部加筆されてるっぽい。吹雪ちゃんきもいっぽい
金剛「ヤダヨ、提督……。ヤダヤダ……! 私はもう、提督が沈む姿なんて見たくないネ! 絶対イヤ! もう二度とあんな辛い思いはしたくないネ!」
提督「金剛……」
金剛「提督……!!」
提督「うおっ……。お前……近づくなと言ったろうに……」
金剛「提督……ごめんなさい。私はあなたを守れなかったネ。一番守らないといけない人だったのに……」
提督「……謝るな。お前は勤めを果たしてくれた。至らなかったのは私のほうだ。すまなかった、金剛……」
金剛「さみしかったネ、ずっと会いたかったヨ……でも、朝起きても提督は居なくて……紅茶も全然美味しく無くて、心が引き千切られたみたいに痛くて……
なんであの場に居なかったんだろうって……毎日毎日ずっと後悔することしかできなくて……」
提督「金剛……」
金剛「……」
金剛「長門……撃つのなら撃てばいいネ」
長門「金剛、どういうつもりだ? 深海棲艦側につくというのか!?」
金剛「提督を沈めた深海棲艦なんかに付くはずないデース。私はただ提督の傍に居たいだけネ」
長門「お前……まさか……」
金剛「提督……あなたが行くのなら、私も一緒に沈むヨ。もう提督を一人きりなんかにしないネ……」
提督「馬鹿を言うな……。私にお前まで沈めさせる気か?」
金剛「同じことネ」
提督「なに?」
金剛「提督が居なくなって、やっと話せるまで持ち直したのに……もしここで提督が沈むなら、私はもう立ち直れないデース……」
提督「……お前」
長門「くっ……。加賀! お前も見ていないでなんとかしてくれ!」
加賀「……私は……」
提督「金剛……聞き分けてくれ。私は既に死んだのだ。それがあるべき形に戻るだけだ。でもあの時とは違って……今度はお前たちに別れを言うことができる」
金剛「No!No! そんなのは絶対……ぜーったい嫌ネ! どんな形だっていいデース、私は提督と一緒に居たいネ!」
提督「加賀」
加賀「……はい」
提督「金剛を頼む。お前たちが支えてやってくれ」
加賀「提督、私は……」
提督「任せたぞ」
加賀「私は……」
加賀「……」
金剛「加賀!? 離して、離してヨ! あなた本気デスカ!? また提督が居なくなっちゃうんだヨ!?
せっかく会えたのに……もしここで認めたら、もう二度と話すことも触れることもできなくなっちゃうんだヨ!? それでもいいノ!?」
提督「加賀を責めないでやってくれ……。彼女は私の意を汲んでくれただけだ」
金剛「提督は……提督は酷いデース! そうやって本当に大切なことは一人で勝手に決めて! あの時だって、あんな女と結婚なんかして……!」
提督「……」
提督「……結婚だと?」
金剛「そうデース! 今だって私の気持ちなんか何も考えないで、全部無視して……こんな酷いことってないヨ!」
提督「結婚とは……どういうことだ?」
金剛「そのままの意味ネ、この浮気者!」
加賀「……覚えてないの?」
提督「そういえば、私室に指輪があった。大本営から支給されるものではなかったが……」
加賀「当たり前よ……相手は艦娘じゃないわ。それと正確に言うなら結婚じゃなくて、婚約よ」
金剛「どっちだって同じことネ!」
提督「誰とだ?」
加賀「中将の孫よ」
提督「中将殿のお孫さんだと……?」
加賀「大規模侵攻作戦が発令される少し前に、あなたは婚約したと私たちに言ったの。どうせ軍から発表があるからと」
提督「……」
提督「ああ……そうか思い出した。軍の派閥争いに巻き込まれて、私を身内に取り込むために、あの中将が自分の孫を使ったんだったな……」
加賀「提督は脅されたんでしょう? あの男に……」
提督「確かにそうだが……辛うじて取引に持ち込めたというところか。私は中立の立場で後ろ盾がなかったが、そこそこ結果は残せていたからな」
加賀「貴方は私たちの再編成案の棄却と待遇の改善、そして戦後保障の確約を条件に派閥に加わるように言われ、裏切りを防ぐために身内に取り込まれた……」
提督「そのことをお前たちに白状させられて……そうか、それで私は袋叩きにされたのだったな……」
加賀「私は貴方を引っ叩いたわ、思いっきり」
提督「ああ、覚えている……。しかしあれは実に下らない茶番だった。あの腐りきった連中め。まあ……今となってはどうでもいい事か……」
加賀「……どうでもよくなんかないわ」
提督「だがすべて過ぎたことだ。最早私には関与する余地がない……」
提督「話が逸れたな。すまない、無駄な時間を取らせた。さあ、長門……」
長門「……」
提督「長門……?」
長門「……加賀の話を聞いてやれ」
加賀「どうでもよくなんかないわ……そのせいで、私たちが今までどれほど苦しんできたと思ってるの?」
提督「……」
加賀「あの婚約のせいで、喧嘩別れしたまま貴方は逝ってしまった。みんな、提督に伝えたいことがいっぱいあったのに……感謝の気持ちや私たちの想いも……
なのに、私が最後に貴方にかけた言葉なんて暴言なのよ……? そして貴方は自分を犠牲にして帰って来なかった。本当はもっと伝えたいことがあったのに……」
金剛「私だって同じデース……提督にいっぱい酷いこと言ったネ。でも、提督とはそのまま会えなくて……あんなのがお別れだったなんて、どうしても認められなくて……」
提督「……」
提督「……私はただ、皆に幸せになって欲しかっただけだ。こんな争いなど早々に終わらせて、もう一度普通の娘に戻って欲しかった」
加賀「私たちも同じよ。提督……貴方が私たちの幸せを願ってくれるように、私たちも貴方の幸せを願っていた。
なのに貴方は、私たちのせいで望まないことまでして……」
提督「……深海棲艦との争いも、区切りがつこうとしていた。早急にあの条件を引き出すには、ほかに方法が無かったのだ」
加賀「そうかもしれない……。でも、私は貴方の秘書官だったのよ。せめて一言くらい言って欲しかった」
提督「言えば反対しただろう」
加賀「当たり前よ! そんな自分一人だけが背負うようなやり方……提督は身勝手よ。
最期の時だって、貴方を見捨ざるを得なかった娘たちがどんな思いをしたか分かる?
貴方の最期の言葉を聞き届けた娘たちが、どうなったか分かるの? 皆自分に責任を感じてしまって、心を閉じて……まだ立ち直れない娘だって居る……」
提督「そんな……。そうかゴーヤもあの場に……」
加賀「提督……」
加賀「なぜ私たちを置いて逝ってしまったの……? 私はずっと貴方を守れなかったことを後悔してきたのに……どうして今度は私たちの手で貴方を沈めないといけないの……?」
提督「加賀……」
加賀「……私には出来ないわ……そんなこと……」
提督「……」
金剛「提督ぅ……」
提督「金剛……」
長門「私は……陸奥を沈めた貴方が許せない……」
長門「でも、貴方には返しきれないほどの恩があって、思い出があって……私も提督を守れなかったことをずっと悔やんできた……」
長門「私にも、分からなくなってしまった……。貴方を想う気持ちと、陸奥の事がごちゃごちゃになって……いったいどうすればいいのか……」
提督「長門……」
提督「……」
提督「……私は、誰よりもお前たちに幸せになって欲しかった」
提督「なのに、その私が一番お前たちを傷つけてしまっている。本当にすまない。謝っても、謝りきれない……」
加賀「ごめんなさい……提督が悪いんじゃないのは分かってるの。でも……それでも、私は貴方に生きてて欲しかった……」
提督「いいんだ。謝るな……お前たちは何も悪くない。ただ巡り合わせがどうしようもなく悪かった……」
金剛「私はうれしいデース……。提督は深海棲艦になっちゃったけど、こうしてまた会えたカラ……」
提督「私もだ……お前たちにまた会えたことは本当にうれしい。それだけは感謝しよう……」
加賀「提督……私たちと一緒に行きましょう」
金剛「Good idea! そうだよ提督、こっちに来なヨ! みんな絶対喜ぶヨ! 最初はちょっと白黒すぎてびっくりするだろうけどサー」
提督「私は共には行けない……」
長門「陸奥たちを沈めた事を気にしているのか? 確かにいざこざはあるかもしれない……でも皆それが貴方の本意ではないことは分かるはずだ。
むろん拳の一発くらいは覚悟したほうがいいかもしれないが……それでも、皆あなたの帰還を喜ぶだろう」
加賀「そうね。まだ立ち直れない娘達にも会って声を掛けて欲しいわ。みんな深海棲艦の貴方を疑うだろうけど……大丈夫よ。私たちが納得したんだもの。
みんなも貴方が提督だと信じてくれるわ」
提督「……そうじゃないんだ」
金剛「Ahaー、確かに鎮守府には居られないネ。軍に見つかればまずいことになりマース。でも問題ないデース! 私が提督を匿ってあげるヨ。
イイエ、むしろ養ってあげマース! これから提督は朝昼晩と私のご飯を作るのが仕事ネ! 今日から私の主夫に転職デース!」
加賀「……金剛さん」
提督「ふふ……まったくお前は……」
長門「提督……? 何処へ行く?」
提督「……」
提督「……ここらへんか」
提督「長門……私を撃て」
加賀「提督!?」
金剛「What!? どうしてまたそんなこと言うのサ提督!」
提督「言っただろう。深海棲艦というのが、どういうものなのか分かったと。どうやら、私とお前たち艦娘は決して相容れない存在らしい」
長門「どういうことだ……?」
提督「口で説明するのは難しいな、こればかりは成ってみないと分からん……。ただ私も他の深海棲艦同様、お前たちに害を成す存在でしかないということだ」
金剛「でも提督は提督デース! 他の深海棲艦と違って私たちの事、攻撃しないネ!」
提督「私の場合、元が艦娘ではないからな。自覚もしていなかったし、少し特殊だったのだろう。だが直にそれもなくなる。
もし私を見逃せば、次に会うとき私は決してお前たちに容赦をしない。自覚した分、より性質の悪い存在になるだろう」
提督「だから今が絶好の機会なのだ。……長門、お前に頼みたい」
長門「提督……そんなことを言わないでくれ。私はもう貴方を撃つつもりはない……」
提督「陸奥たちを沈めたのは私だぞ」
長門「でも、それは提督の本意ではなかったはずだ」
提督「確かにその通りだ。だが次からは違う。私は私の力の及ぶ限り、全力でお前たちを海の底に沈める。そうする前に……私を沈めて欲しいのだ」
加賀「……馬鹿なことを言うのはやめて。長門さんもそれに私たちだって、誰も貴方を沈めはしないわ。
提督は記憶が戻ったんでしょう? だったら私たちを沈めるなんて真似をするはずがない……違う?」
金剛「そうデース! それに提督が半端な深海棲艦だって言うなら、何か方法があるはずネ! 諦めるなんて提督らしくないヨ」
提督「艦娘であるお前たちが理解するのは無理だろうが……これは本当にどうしようもないんだ。抑えられるものでもない……」
提督「加賀、金剛。私の最後のわがままだ。聞き入れてくれ。出来れば……見届けて欲しい。そして他の娘達にも伝えてくれ、お前たちを指揮できたことが、私の誇りだと」
加賀「……嫌よ。それは提督が直接伝えることだわ。貴方はどうしてそうやって一人で抱え込むの……?
例えあなた一人では無理な事でも、私たちが力を合わせれば出来ることだってあるはず。私たちはそんなに頼りない……?」
金剛「長門、提督の言うことを聞いたら駄目デース! 提督は深海棲艦になって、まだ混乱しているだけネ!!」
提督「……」
提督「長門……私はもうすぐ私ではなくなる。だからこれが私の、提督としての最後の命令になる。私を撃て」
長門「……提督、私は」
提督「もしお前がまだ私を提督だと思ってくれているのなら……できるはずだ。もうこれ以上、私に他の娘達を沈めさせるな。私も、もう誰も沈めたくはないのだ……」
長門「でも、私は貴方を……」
提督「自分の本懐を思い出せ。お前たちに宿る魂は、深海棲艦を倒すことを目的としているはずだ。その本能に従えばいい」
長門「でも貴方は提督だ。例え深海棲艦であっても、貴方は私の提督なんだ」
提督「ならば私の命令が聞けるな?」
長門「……無理だ」
提督「長門……」
長門「嫌だ。撃ちたくない……」
提督「……」
提督「……」
提督「陸奥をどうやって沈めたか、教えてやろう」
長門「……え?」
提督「嬲り殺しにしてやったのだ。うちの連中は戦力が乏しくてな、ちょうど主力を欠いていて、真正面からやり合うのは無理だった。
だから陸奥を孤立させ、集団で取り囲み、逃げ惑うあいつの背中に容赦なく砲撃を打ち込んでやった」
長門「提督……」
提督「深海棲艦というのは本当に艦娘を目の敵にしているらしい。あいつを大破させてから、わざと轟沈させず相当いたぶって遊んだようだ。
私は別に止めなかった。そうやってストレスを発散させれば、あいつらも更に使い易くなるからな」
長門「やめろ……提督、やめてくれ……」
提督「別の意味でも、陸奥はいい材料になった。あいつを沈めたおかげで、私の元により深海棲艦が集まってきた。
そこからはとんとん拍子に事が進んだぞ。暁に飛龍、摩耶、五十鈴…………そうだ、陸奥の最後の言葉を教えてやろうか?」
長門「やめろ!!」
提督「ごめんなさい、長門。だそうだ」
長門「やめろおおぉぉぉ!!」
提督「……」
提督「……」
提督「何故撃たない……」
長門「……」
長門「……撃てるわけ……ないだろう……」
長門「貴方が私に撃たせたいのは分かる……どんな思いで言っているのかも……なのに、どうして撃てると思うんだ……?」
提督「ならば尚更撃たないか! ここで私を落とさねば、次に沈むのはお前たちなのかもしれないのだぞ!?」
加賀「提督……あ、貴方という人は……どうしてそうやって一人で突っ走って、私たちの気持ちを考えないの!?」
提督「考えているからこそ、こうして最善の方法をとっているのだろう!」
加賀「いいえ、考えてないわ! 長門さんを駆り立てて、無理やり撃たせて……それで残される長門さんはどうなるの?
今日の事をこれからずっと苦しんで、引きずって行かないければならないのよ! 貴方にもその辛さは分かるでしょう!?」
提督「だが沈むよりは良い! 確かに酷なことを言っているが、心の傷もいつかは癒える。
それよりも私を放置したほうが余程禍根を残すことになる。もっと傷つく者が増えるのだぞ!」
金剛「提督……時間が経っても決して癒えない傷もあるネ。提督だって、大和のことをずっと引きずってたデース」
提督「それは……」
金剛「私が気づいてないとでも思ってるデスカ? 提督は日課だって言ってたけど、いつも波止場に立って大和を待ってたの知ってたネ。何年も……ずっと」
提督「……」
提督「……お前たちは、自分が何を言っているのか分っているのか。私はお前たちとは共に行けない。
だが私を逃せば、より悲しむものが増える。ならばここで私を撃つ以外の選択肢は無いのだ。何故それが分からない……?」
加賀「それは提督の理屈よ。私はそうは思わないわ」
金剛「私も同じデース。こうしてまた会えたのに、ここで提督を撃つだなんて、そんなのあり得ないネ」
提督「お前たちは……深海棲艦というものを理解していないだけだ……。今の私と、次に会うときの私は別物だぞ。
こうして悠長に話などしない。お前たちを轟沈させるためならどんな方法も厭わない。そういう存在になるんだ」
加賀「それは私たちだって同じよ」
提督「……なんだと?」
加賀「提督……貴方には本当に……本当に頭に来ました……。いつもそうやって理屈や道理ばかりを求めて、平気で自分を捨てようとする。
それで残される者の気持ちなど考えもせず……」
金剛「そこが提督の魅力だけどー、ちょっとやり過ぎだヨ」
加賀「貴方は、私たちとは来られないのね?」
提督「ああ、無理だ」
加賀「なら……今日は見逃してあげます」
提督「……何を言っている?」
加賀「だから提督と同じよ。今はこうして感傷に浸ったけど……私たちも、次に会うときは決して貴方に容赦をしないわ。
そうやって身勝手を振りまく貴方を完膚なきまでに叩き潰して、否が応でも皆の前に連れて行きます」
金剛「Yse! それはいいデース。提督は絶対についてくる気がないみたいだし、こうなったら実力行使しかないネ!」
提督「何を馬鹿なことを……。お前たちは何も分っていない。現状でさえ艦隊が何隻も落とされているのだ。
私が深海棲艦側に戻れば、更に酷くなるのは目に見えている……」
加賀「舐めないでください。確かに今まで苦戦は強いられたけど、相手が提督と分かればそうはいかないわ。
私は貴方の秘書官よ。提督の癖もやり口も全部把握している」
提督「お前の進言を今の提督が信じるのか? 与太話だと笑われるぞ。そもそも私と争ってなんの意味がある。ここで私を逃すメリットなど何一つ無いといのに……何故わからない?」
金剛「そんなことないデース。提督が深海棲艦でも生きていたってことが分れば、みんな元気になるネ!
今、鎮守府はどんよりしてるケド、他の艦娘たちも貴方に会うためにまた立ち上がってくれるデース。そうすれば私たちが深海棲艦なんかに負けるはずないネ!」
加賀「それに、提督には一言言ってやりたい娘たちが大勢いるのよ。私は彼女たちの代返なんかできないから、ここで貴方を撃てばみんなに恨まれるわ」
提督「……」
加賀「……なんですか、その目は」
提督「呆れてものが言えん……お前たちが、ここまで馬鹿だったとは……」
金剛「馬鹿じゃないネ。提督……理屈だけじゃ人は動けないヨ。一番大切なのは此処、そうハート……Loveデース!
私のハートは、提督へのLoveは、どんな形でも生きていて欲しいって……一緒に居たいって言ってるネ。なら私はそれに従うだけデース」
加賀「……口には気を付けてください。今の貴方はイ級にも劣る雑魚深海棲艦。立場は私たちのほうが圧倒的に上なのよ。
それに金剛さんの言う通り、貴方が自分の我を通すというのなら、私たちも自分の我を通すだけの話だわ」
提督「その為に、失われる命があるのかもしれないのだぞ」
加賀「提督と同じです。貴方は私たちの為に自分の命を懸けました。なら私も同じものを懸けましょう」
提督「お前たちは常に懸けているだろう……だが、それに付き合わされる者の事を考えろ。たまったものじゃない」
加賀「私たち艦娘は国のために戦い、多くの者が散ってきたわ。そして兵器だけど、道具じゃない。命を懸けるからには戦う理由だって欲しいし、我儘だって言うわ」
金剛「身体を張ってるのは前線に出てる私たちネ。後ろでどっしり座ってる人達や期待してる人達には悪いけど、私にもどうしても譲れないものがありマース。
提督を沈めて深海棲艦を倒しても、そんなの私には勝利じゃないネ。提督を連れ戻して、また貴方と過ごすことが私の勝利ネ!」
提督「だから無駄だと言ってるだろうに……いや、最早この問答が無駄か。話にならん……」
加賀「そうよ。だから、貴方は尻尾を巻いて逃げればいい。今日のところはこれまでの貴方への恩と……そして貴方を助けられなかった私たちの贖罪の為に見逃してあげるわ」
提督「……本気らしいな」
加賀「ええ」
提督「……」
加賀「……」
提督「……」
加賀「……」
提督「……はは」
加賀「何がおかしいの」
提督「いや……そうだった。お前は普段は感情を表に出さないが、一度ヘソを曲げると意地でも折れなかったな……
前に夜食の事を注意した時や、間違ってお前の菱餅を食べた時は、三日間ろくに口を聞いてくれなくてな……私はよくそれで苦労をした……」
加賀「それは提督の非です。貴方の配慮無い行動が招いた結果で、私が悪いわけじゃないわ。今のこの話だって同じよ」
提督「ふふ……まあ、実を言うと私はむくれるお前が見たくてわざとやっていたところもあったがな……」
加賀「……」
提督「……」
提督「……これ以上は平行線か」
加賀「そうね……」
提督「……仕方がない……」
提督「いいだろう……お前たちの言う通り、私は尻尾を巻いて逃げるとしよう。だが覚悟はしておけ。今日のこの日をお前たちは必ず後悔することになるぞ」
加賀「提督こそ、また私たち全員に袋叩きにされる準備だけはしておいて下さい。今回は前回の比じゃありませんよ」
提督「……あれはきつかったな。だが無用な心配だ。お前たちの実力は私が一番よく知っている。
未知数はお前たちの今の提督だが、それも慢心で艦娘を何隻も沈めるような愚か者だ。それを省みない限り私たち深海棲艦の勝利は揺るぎない」
加賀「それこそ慢心というものよ。確かに今の提督は新任だけど、貴方と違って素直な人だし私たちが導いて見せるわ。
それに貴方の手の内は私だけじゃなくて、皆知ってることよ。貴方の常套手段がいつまでも通用するとは思わないことね」
金剛「あ、提督ぅー、もしかして焼き餅ですカ? 私たちが他の提督に取られたからって。
もぉーそんな心配しなくても大丈夫デース。提督は浮気者だけど、私は提督と違って浮気なんかするような女じゃないネ! 他の娘たちはどうか知らないケドー」
提督「……耳が痛いな」
提督「長門」
長門「……なんだ」
提督「すまなかったな……無理を言ったようだ。だが、次からは撃てるな?」
長門「もちろんだ。今日は不甲斐ない姿を晒したが……次会うときは貴方を提督とは思わない。深海棲艦として相対しよう」
長門「だが、提督……教えてほしいのだが、陸奥の散り様は……提督の言ったことは本当の事なのか……?」
提督「それは直接本人に聞くと良い」
長門「……」
長門「……なるほど、陸奥を沈めた深海棲艦に直接聞けと。宣戦布告という訳か……分かった、いいだろう。受けて立とう」
提督「……」
提督「一つ聞きたいことがあるのだが……お前たちは沈んでしまった艦娘たちと、また巡り合うことはできると思うか?」
長門「おかしなことを聞くな。それが出来るならこうも悲しみはしない」
金剛「出会いは一期一会ネ。確かに在りし日の戦艦の魂はまた別の人に宿るけど……それはもう別人デース。だからこそ今の出会いを大切にしてるネ」
提督「……そうか。やはりお前たちはそういう考え方をするのだな。私もそうだった。だからこそ大和が沈んだとき、もう二度と誰一人轟沈させぬと誓ったのだが……」
加賀「でも……死んだはずの貴方とはこうしてまた会えたわ」
長門「私もそれをずっと疑問に思っていた。提督、何故貴方はそんな姿になってしまったのだ……?」
提督「……私にもよく分っていないのだ。だがお前たちに会えて、この争いの仕組みというものが少し分かった気がする……」
加賀「仕組み……?」
提督「……痛っ」
長門「提督、どうしたんだ?」
提督「……」
提督「なるほど、便利なものだ。道理で無線機がいらないわけだ……」
金剛「提督……?」
提督「お前たちはすぐにここから立ち去れ。どうやら私が逃げ出したのが深海棲艦に知れ渡って、今血眼で捜索中らしい。もうすぐここにも来るだろう」
加賀「分かるの……?」
提督「……北東の方角に進め。そこからならば、深海棲艦にも会うこともなくこの海域から抜け出せる。
お前たちが居るだろう鎮守府へは遠回りになるが、その損傷具合から見るに近道をして強行突破するほうがより危険になるだろう」
加賀「……」
提督「なんだ、疑っているのか?」
加賀「いいえ」
加賀「……では提督、さようなら。次に会うときは戦場です。貴方を完膚なきまで叩きのめして、必ず皆の前に連れて行くわ」
長門「皮肉なものだ。貴方と共に鍛えた力を、まさか貴方に向けることになるとは……。だが、次はお互い敵同士だ。
私の主砲が伊達ではないことを証明して見せよう」
金剛「提督ぅ、暫く私が居ないからってもう浮気しちゃNoだヨ!」
提督「……分かった。お前の姉妹や、大井や北上、天龍に龍田、瑞鶴に翔鶴……とにかく皆にもよろしく伝えておいてくれ……私が敵に回ったと……」
金剛「もちろんデース! 榛名に話したらぜーったい飛びついてくるに決まってマース!」
加賀「……皆に会いたくなったの?」
提督「ああ……お前たちと話していたら、もう一度皆の顔が見たくなった。会って顔を見て……話をしたい。深海棲艦の私が言うのもなんだが、元気ならばいいが……」
金剛「提督は相変わらず素直じゃないネ。最初から素直に会いたいって言えば良かったデース。なんなら今からでも発言を撤回して私たちと一緒に来てもイイヨ?」
提督「それは出来ない」
長門「……悠長に話はしないのではなかったか?」
提督「戦場ではな……だが近いうち、またこうしてお前たちと話せる日が来る」
長門「どういうことだ……?」
提督「いずれ分かる。だから必ず来い。私はお前たちと過ごした鎮守府で、再会できる日を楽しみに待っている……」
大和「提督……!」
提督「おー大和か」
大和「……やっと見つけました……。探したんですよ、本当に……」
提督「そうか……だが遅かったな、あいつらはもう行ってしまったぞ」
大和「あいつら……?」
提督「なるほど……さしものお前も、彼女たちが相手では分が悪かったか。まあ当然か、あいつらは私の懐刀でもあったからな。
むしろよく退却させたものだ。流石と言うべきか」
大和「……あいつらとは、誰の事です」
提督「さて、誰だろうな」
大和「……会ったのですか……彼女たちと……」
提督「どうだろうな。死者に会うなどと、もしかしたら私は白昼夢を見ていたのかもしれない」
大和「……」
提督「いや、死者は私か? ともあれ、壮健でなによりだった。少しだけ肩の荷が下りた気がする」
大和「……全部、思い出したのですか……?」
提督「大和……全部とは何処までだ……? お前が話してくれたことが全てではなかったのか?」
大和「……」
提督「……」
大和「……」
提督「……ふふ」
大和「……どうして笑うんです」
提督「いや……お前もそういう顔をするのだな。私の知らない表情だ。離別してから、お前にもいろいろとあったようだ……」
大和「……」
提督「朝日を見たのは久しぶりだ。いつもは夕方にしか起きられなかったからな……
悪くないものだ、海上から見る水平線に浮かぶ太陽というのも。波止場から眺めるものとは、また違う趣がある」
大和「……提督、私の質問に答えてください」
提督「それに、今日は待ち人も隣に居る」
大和「提督、質問に……」
提督「そんなに私が憎かったか?」
大和「……え?」
提督「侵攻作戦のとき……お前は他の者には目もくれず、私を海の底に引きずり込みに来ただろう。本拠地を捨てるという暴挙に出てまで……
もしお前たちの主力艦隊が残っていれば壊滅などという事態にはならなかっただろうに」
大和「……」
提督「……」
大和「……」
提督「……」
大和「……遅いか早いかの違いで、同じことでしたよ。貴方に主要拠点を落とされ補給路を断たれたことで、私たちの敗北は既に決定していました。
後は果敢に死ぬか、無様に死ぬかの二択しかありませんでした」
提督「それで一矢報いるために私を討ちに来たか」
大和「……私たちは……」
大和「個々の戦力では決して貴方たちには劣っていません。数でもこちらのほうが有利でした。なのにどうしてこうも敗北を重ねていくのか、
それを考えた時……提督、貴方のような指導者の不在が原因だと思い当りました」
提督「……」
大和「勿論、私は最初から皆に訴えていましたが、多くの人たちは敗北の二文字が見えるまで理解しようとしませんでした。
そしてそんなに言うならばと、私が深海棲艦の指揮を執っていたのですが……」
提督「お前がか……? 宝の持ち腐れだな」
大和「私は貴方の秘書官でしたから、提督から学んだことを自分なりに活かして、なんとかまとめていたんです。
最初は貴方の癖や手口を知っていましたから、善戦していたと思います。
でも、時が経つにつれ貴方はどんどん強くなっていって……終盤ではもはや歯が立ちませんでした……」
提督「……お前を失ったからだ。私が強くなったのは」
大和「喜んではいけないんでしょうね……貴方のせいで私たちの同胞は何隻も沈められ、本当に煮え湯を飲まされましたよ。私も何度貴方を恨めしく思ったことか……」
提督「……」
大和「そして私たちは最後の賭けに出たんです。ほとんどの深海棲艦は反対して拠点に残りましたが、一部の有力な人たちは賛同してくれて私に付いてきてくれました。
あとは……提督の知っての通りです」
提督「だが、よく私が仕掛けるタイミングがわかったものだ。私の手の内を読んでいたのか?」
大和「いいえ、提督の考えはもう私には分かりませんでした……だから、ただの勘です。でも理屈っぽいのは変わらないと思ったから、不意打ちには弱いんじゃないかって……」
提督「……理屈っぽいか。先ほど同じようなことを言われたな。確かにあのタイミングで攻められるなど予想だにしなかったが……よくそれで部下が付いてきたな」
大和「もちろん皆にはそれっぽいことを並べて納得させましたよ? 実際は本当にただの賭けでしたけど」
提督「だが、お前は私を沈め深海棲艦の提督に据えることに成功した……賭けはお前の勝ちだ」
大和「……それはまだ分りません」
提督「そうだな……気が早かったか。まだこの戦いに勝利したわけじゃない」
大和「違います。提督……貴方は御自身が深海棲艦だと自覚しましたね? だからこうして私たちと同じように海の上に立っていられる……」
提督「ああ」
大和「……死にたくなったりしてませんか?」
提督「……なに?」
大和「深海棲艦は生前の未練や執着、欲望、本能といったものに強く影響を受けます。私たち艦娘の場合は……戦うことです。
これは私たちに中にある、在りし日の戦艦の魂がそうさせるんです。でも……貴方は違う」
提督「……」
大和「提督、貴方の欲望は何ですか? 死の直前、何を強く願っていましたか?」
提督「私は皆の幸せを……いつもこの争いが終わることだけを願っていた」
大和「でしょうね……普通の提督ならば自分を犠牲にするなんて馬鹿なことはしません。あの局面では、貴方はどんな犠牲を払ってでも生き残らなければならなかった。
なのに……提督は躊躇なく自分を捨ててあの娘たちを逃がす道を選んだ。私にはそれが一番気がかりだったんです」
提督「……なるほど。私の記憶を消して偽っていたのはそういうことか……」
提督「私は戦争の終結を望んでいた。もし私があの時点で深海棲艦だと自覚したならば、すぐに自害しただろう。
こう言ってはなんだが、今のお前たちは私がいなければただの烏合の衆だ。ここで私が消えれば、この戦争は終わる」
大和「ええ……事実ですよ。だからこそ私たちには貴方が必要だった」
提督「欲望か……そういえば、鈴谷にも同じようなことを聞かれたな……」
大和「はい……皆、貴方を留まらせるために必死だったんです。そしてできれば、自分の意思で残って欲しかった。
でも、あまり上手くいきませんでしたね。貴方は心は、邪な意思さえもが平和を願っていた……」
提督「……」
大和「それでも今、貴方は深海棲艦としてここに居る……何か、戦争の終結以外の強い欲望ができたんですね……?」
提督「ああ」
大和「それはなんです? 教えてください」
提督「そんな大層なものではない。ただ、もう一度皆に会いたくなったのだ……そう思ったらもう気持ちを抑えられなくなった」
大和「それが深海棲艦というものです」
提督「そうらしいな……」
大和「……」
大和「提督……」
提督「おい、大和……?」
大和「よかった……本当によかった……これでまた、私は貴方と共に居られる……」
提督「私がかつての仲間たちを沈める様を見たいか? お前にはさぞ滑稽に見えるだろうな」
大和「はい、勿論です。貴方は私たちの、深海棲艦の提督になりました。そうしてもらわなければ困ります」
提督「……」
大和「でも、提督は勘違いしています……私は貴方を憎んでなどいません」
提督「嘘を吐くな。私の慢心がお前を沈めたのだ……恨まれて当然だ」
大和「波止場で提督はそう言ってましたね……確かにあの時の貴方は未熟でした。でもそれは私も同じです。
もし私の力が及んでいれば、もっと違った結末になったはずです。けど、私も提督にも力が無かった。だからああいう結果になったんです。貴方だけの責任ではありません」
提督「それは違う。戦力を把握して、それに見合った方針を打ち出すのが私の役目だ。お前に非はない、完全に私が見誤っただけだ」
大和「ふふ……私がミスを犯したとは考えないんですか? そういうところは本当に変わりませんね……。むしろ私が秘書官を務めていたころより悪化しちゃいましたか?」
提督「……」
大和「きっと私の所為なんでしょうね……。でも、いいです。そのおかげで貴方の心にはずっと私が居たから……」
提督「……」
提督「私は……」
提督「ずっとお前を待っていた。毎朝、波止場に行ったあと、浜辺を歩いて……少しでもお前の名残がないかと探していた。
結局は見つからなかったが……まさか当人が帰って来るとはな……」
大和「私もですよ。勿論、指導者としての貴方が必要だったことも否定しませんが……でも、本音を言えばもう一度貴方に会いたかったんです。
例え会えなくても、せめて姿を見たかった。それがまた、こうして触れ合えるなんて思いませんでした……」
提督「……この再会は喜んではいけないんだろうな」
大和「どうしてですか? 私も貴方も、望んだことが叶ったんです……私は、こうして貴方の元に戻れたことがうれしくて仕方ありません……」
提督「だが多くの人が不幸になる」
大和「……なるほど。提督はまだそういう考えができるんですね……私にはもう理解できませんが……」
提督「私も直に人間らしい考えはできなくなるだろう。もうすでに本来の思考とは違ったものになっているのがわかる……」
提督「だから大和…………私がまだ人間であるうちに、人間らしい考えができるうちに……お前に伝えておきたいことがある」
大和「はい……聞きましょう」
提督「大和……」
大和「……はい」
提督「すぅ……」
大和「提督?」
提督「……」
大和「……?」
提督「お前という奴は……いったいなんてことをしてくれたんだ!?」
大和「きゃあっ!? い、痛い!? 痛い、痛いです提督! な、何するんですかいきなりっ!?」
提督「何もクソもあるかこの馬鹿たれが! あと少しというところで争いに区切りがつこうとしていたというのに、余計な真似をしおって!」
大和「こ、こめかみをぐりぐりしないでください! 頭、割れちゃいますからぁ!」
提督「うるさい、この程度の痛みは甘んじて受け入れろ。お前はたまに予想のつかないことをやったが、まさかこんな土壇場でしでかすとは思わなかったぞ!」
大和「だ、だって仕方ないじゃないですか。深海棲艦になったらそういう考えしかできなくなるんですから。提督にだってわかるはずです!」
提督「分かるとも! 分かるが……納得がいかん。しかも最後の最後でこんな考え無しに敗れるなどと……!」
大和「そんなっ、負けたのは提督の所為じゃないですか。あそこで貴方が犠牲にならなければこの争いは終わったんですよ!」
提督「私とて死後に深海棲艦にされると知っていればあんな真似はしなかったわ! お前は私を沈めたことで満足していればよかったのだ!」
大和「そんなの嫌です! 私は貴方の元に帰りたかったのに、そんなことをしたら本末転倒じゃないですか!」
提督「それが余計だと言っているのだ!」
大和「余計じゃありません、私にとっては一番大事なことですっ! あ、い、痛い、もうぐりぐりは止めてください!」
提督「何を言うか、私はこれからより残酷なことをしていくのだ。付いてくるのならば、この程度で音を上げるんじゃない!」
大和「ひ、酷いです……もっと素敵な事をされると思ったのに……」
提督「なるほど、これ以上の素敵な事をお望みか」
大和「望みませんっ。望みませんから、もう止して下さいー!」
提督「……はぁ……まったく……」
提督「だがまあ……これで手打ちにしよう。お前にも非があると言うのなら、これでおあいこだ」
大和「うー……痛いです……久々にやられて懐かしいですけど、これはうれしくありません……」
提督「そうむくれるな。こんなものは些細な代償だ。軽すぎるくらいだろう」
大和「もしかして提督……私の後任の加賀さんにも同じことをやってたんですか……?」
提督「あいつはお前みたいな大ポカはしない」
大和「私だってしょっちゅうしてたわけじゃありませんっ!」
提督「確かにお前は優秀だったが……極稀に突拍子もないことをしただろう。可愛いことから笑えないことまで。
特に笑えないのは、誤って軍上層部に私の日記帳を提出したことだな……それも上への不平不満を書き連ねたものを。あれは本当に対応に苦心した……」
大和「あ、あれは……あれは忘れてください」
提督「今でもたまに夢に見るぞ」
大和「うう……」
提督「はは……だが安心した。お前も姿かたちは少し変わったみたいだが、根っこの部分は変わってないようだな」
大和「それはそうです。深海棲艦は感情の優先順位と言いますか、思考の方向性が変わるだけで本人であることには変わりありませんから」
提督「みたいだな。心のタガが外れて癖が強くなるといったところか……厄介なぐらいに。鎮守府の皆も普段とあまり変わっていなかったしな……」
大和「皆さん提督が居なくなって軽い恐慌状態になってましたよ……覚悟しておいてくださいね」
提督「そうか……私の事情も考慮してくれていると助かるが。だがそれよりも心配なことがあるのだ」
大和「……なんです?」
提督「いや……聞くのは怖いな。それは直接確かめることにしよう。それはそうと大和、私の記憶についてだが」
大和「はい」
提督「お前は私の記憶を消していたようだが、そんな簡単に弄れるものなのか? もしそうならば、私は何が真実なのか分からなくなる」
大和「いいえ。提督は元が艦娘でない不完全な状態でしたから偶然出来ただけです。深海棲艦として確立した今は、もう誰にも干渉できません」
提督「なるほど。しかし鎮守府への奇襲の成功も偶然で、この記憶についても偶然か。そして今私が加賀達と出会ったのも……まったく天は余程お前の味方をしたいらしいな……」
大和「そうでしょうか? 今までずーっと向かい風でしたよ。誰かさんがいじめるから」
提督「恨みごとは聞かないぞ。お互い様だ。しかし順風満帆に進んでいた私がこの有様だ。そうか……私の運の無さを合わせればプラスマイナスゼロになるな」
大和「波に乗っていると考えましょう。それに私は貴方となら何処へでも行けると信じてます。お互い一度大きな失敗をしましたから、もう次はあんなヘマはしません。
そうでしょう?」
提督「お前が大ポカをしない限りはな」
大和「ああ、酷いですっ!」
提督「ふふ……もう日も昇り始めた。では、帰ろうか大和……私たちの鎮守府へ」
大和「はい……帰りましょう、提督」
・鎮守府
A「まさか沈まずに帰って来るとはな……てっきり自分の艦娘どもにやられてくたばったのかと思ったぞ」
提督「む、お前たちは……」
B「フフ……貴女ったら心配して司令官を必死に探してたものね?」
A「当たり前だろ。忌々しい艦娘どもにやられるぐらいなら、私の手で沈めてやるさ……こいつには数えきれないぐらい大きな借りがあるんだ」
C「……何か……心変わりがあったのね……? だから、戻って来られた……」
大和「ええ、彼は私たちと共に戦ってくれるわ。これで本当に深海棲艦の提督になってくれる。貴女たちにも手間をかけさせたわね」
C「構わないわ……好きでやったこと……嫌ならば、従わない……」
提督「お前たちのその姿……資料で見たことがある。様相はだいぶ違っているが……」
水母棲姫「あら光栄だわ。私たちも貴方の存在は知っていたのよ……もちろん憎い敵としてね。どんな人間かは知らなかったけれど、想像とは大分違ったわね」
提督「何故まだ生きている……? お前たちは討ち取ったはずだ」
泊地棲鬼「ハハハ。あれで勝ったと思っていたのか? 存外に甘い奴だなあ」
離島棲鬼「よく言う……拠点は壊滅して……ズタボロで逃げ帰ってきたくせに……」
泊地棲鬼「それはお前も同じだろうが。それに私の手下たちが命を懸けて逃してくれたんだ。どんな醜態を晒そうと生き延びてやるさ」
提督「なるほど……。まったく深海棲艦に容赦はするなと教えたはずなのに、こうも敵の主力級が生きているとはどういうことだ。
私を逃したことといい、あいつらは本当に詰めが甘い……今度会った時に叱ってやらねばな……」
水母棲姫「むしろ感謝すべきじゃないかしら? 私たちもかつての力は無いけれど、流石の貴方でも私たちが居なければ首が回らなかったでしょう?」
提督「感謝などするものか。お前たちさえ居なければ鎮守府が強襲された時、私が沈むこともなかったかもしれんのだ」
泊地棲鬼「あれは楽しかったぞ……逃げ惑うお前を追い詰めるのは久しぶりに心が躍った。艦娘以外であの高揚感を味わうのははじめてだったぞ」
離島棲鬼「仕返しは……大事……私も存分に楽しんだ……」
水母棲姫「あの時の貴方の逃げる様といったら……フフフ……まあ、流石に人間相手にあれはやりすぎたわよねぇ」
提督「……私一人にどれだけの戦力を回しているんだ。あの時の私はボートに乗ったただの人間だぞ。それを寄って集って……大和、あんなのは無駄でしかないからな」
大和「私は最初からあなた以外目に映らなかったので」
提督「はぁ、まったく……」
泊地棲鬼「だがこれでお前も晴れて深海棲艦の仲間入りだな、提督殿……? 私たちを苦しめたその力……今度は艦娘に向けてもらうぞ」
離島棲鬼「争いの無い……静かな海に戻してくれることを……期待している……」
提督「……今更拒否できるものか。私の有り様はもう固定されてしまったのだ。抗いようがない」
水母棲姫「フフ……頼もしいわね。貴方が沈めた艦娘たちも会いたがっていたわ。とても心配してたみたいよ、早く顔を見せてあげたら?」
陸奥「提督……っ! よかった、戻ったのね」
暁「司令官! もうっ、司令官が家出したって聞いて暁たちは必死で探したんだからねっ! 勝手に居なくなったら駄目なんだから!」
摩耶「そうだぜ、こっちは遠征から帰ってきた足で大変だったんだ。ったく、余計な手間かけさせんなよな」
提督「……すまなかったな。心配をかけてしまったみたいだ」
鈴谷「でも深海棲艦として帰って来れたってことは……提督の新しい欲望、見つかった?」
提督「ああ。あの時お前の言っていた意味が、私にもようやくわかった」
鈴谷「ほーん……じゃあ鈴谷、提督の答えが聞きたいな?」
提督「もう一度皆に会いたい……私の欲望はそれだけだ」
鈴谷「むー、つまんないの。せっかく鈴谷達で骨抜きにしてやろうと思ったのに……。でも、まーいっか。これで提督も私たちと同じだもんね?」
提督「うむ……私もお前たちと同様、人から外れた存在になった。……それと暁、潮」
暁「わあっ!? し、司令官!?」
潮「ひゃっ、提督!?」
提督「よかった……ほっとしたぞ。お前たちがイ級やロ級みたいな姿になっていたら、私はどうしようかと……」
潮「あ、あの提督……恥ずかしいです」
暁「もう、なでなでしないでよ! これからは暁が司令官をなでなでするって言ったでしょ!」
飛龍「へっ? 何言ってるの提督、私たちずっとこの姿だったよ?」
提督「そのようだな……だが私は自分が深海棲艦と自覚するまで、お前たちが別の姿に見えていたのだ」
大和「人間から見たら、私たちもまた違う姿に映っているのかもしれませんけどね」
提督「……怖いことを言うな、大和」
五十鈴「今更姿かたちに拘るなんて……提督もおかしなことを言うのね」
陸奥「それより……長門達にあったんですって?」
提督「ああ。長門に加賀、金剛……皆元気そうだった。特に長門は、お前に会いたがっていたぞ」
陸奥「あら、あらあら。ふふ……それは嬉しいわね。長門とは何度か交戦しているんだけど、なかなか気づいてくれなくて。
でも、今度は本当に会わせてくれるんでしょう? ねえ提督……?」
提督「その為にここへ戻ってきた」
大和「では提督……これからどうしますか?」
提督「そうだな……みんな聞いてくれ。私の存在が向こうに知れ渡った。相手が誰かは言うまでもないだろう。
あいつらはここの地理も、私がどのように指揮をするのかも把握している。今後は似たような手は通じないとみていい」
五十鈴「向こうに加賀さんが居るのが痛いわね。秘書官だったから提督の手法も癖も良く知ってるわ」
提督「ああ。準備を整えたら本腰を入れて攻めに来るだろう。そうでなくても、なりふり構わず物量で攻められれば私たちが不利だ」
摩耶「じゃあ、どうすんだよ。何か策があるのか?」
提督「こちらから攻め入る。あいつのことだ。入念に準備を済ませ盤石の状態で攻めに来る。その前に牽制を入れて、相手の姿勢を崩さなければまずい」
大和「少数精鋭による鎮守府への強襲……ですか?」
提督「お前の真似……という訳ではないがな。戦略戦術はあれど、私たちにとって脅威なのは依然として相手との物量差だ。
相手の意識を防衛に集中させ、こちらへの侵攻を減らす。そして相手の戦力を削りつつ、こちらの戦力を少しでもかき集めていくしかない。
大和、各地に散った残存勢力と話を通したいんだが……できるか?」
大和「はい。多少時間はかかりますが……」
提督「そうか……まあ、今後の詳しい方針はこれから作戦室で詰めよう。すぐに主要な面子を集めねばな」
摩耶「へへっ、ようやくいつもの提督らしくなったな! やっぱ提督はこうでないとな!」
鈴谷「いつも艦隊指揮ばっかりで味気なかったもんねー。碌に会話もできなかったし、この感じすっごい久しぶりじゃん!」
陸奥「提督も大分やる気みたいね。やっぱり長門達となにかあったの……?」
提督「再会の約束したのだ。この鎮守府で待っていると」
陸奥「へえ……でも次の作戦は迎え撃つんじゃなくて、こっちから攻めちゃうのよね……?」
提督「待っているとは言ったが、こちらから攻めないとは一言も言ってないのでな」
陸奥「あら悪い人……でも、そうじゃないと面白くないわ。戦艦が必要なら私を優先的に組み込んでね? 驚いて戸惑う艦娘に主砲を撃ち込むのって、悪い気はしないの」
摩耶「提督、あたしも頼むぜ! ずっと防衛戦ばかりでうんざりしてたんだ。ここいらでばばーっと暴れて艦娘共を水底に沈めてやらないとな!」
飛龍「蒼龍も轟沈してはやくこっちにこないかなぁ。前に大破させたせいか、最近なかなか姿見せないんだよね。くっそー、あれはおしかったなぁ」
鈴谷「鈴谷もずっと熊野に会ってないや。ね、提督、今度熊野の奴見かけたら優先的に狙っていいよね?」
暁「暁も早く妹たちを沈めてあげなきゃ。きっとお姉ちゃんが居なくて寂しがってるに違いないわ! 暁は別に寂しくないけどねっ」
提督「……」
大和「提督……もしかして、かつての自分の艦娘を沈めるのに躊躇いを感じてますか?」
提督「まさか」
大和「釘を刺すようですが、深海棲艦は今、提督という存在に関心を寄せています。
否定派であれ賛成派であれ、貴方の動向は多くの同胞たちに見られているのです。そのことを胸に留めておいてください」
提督「わかっている。私の存在が有用であると知れ渡れば、自然と残存勢力も集まってくるということだろう」
大和「はい。なので、いっぱい頑張ってくださいね?」
提督「こら、秘書官が他人事みたいに言うんじゃない。これから忙しくなる。大和、お前の力も存分に振るってもらうことになるからな」
大和「ええ、任せてください。私はもう二度と誰にもやられはしませんし、貴方の側を離れるつもりもありません」
提督「期待している。またここを以前ような賑やかな鎮守府にしよう。そのためにも一刻も早く深海棲艦をまとめ上げねばな」
大和「そうですね……私もあの頃の活気溢れる鎮守府が好きです。ここに加賀さん達を迎い入れるのは骨が折れそうですが……だからこそ腕が鳴るというものです」
提督「ああ、私も楽しみだ。轟沈した時、果たしてあいつらは何て言うだろうか……」
大和「……」
提督「……どうしたんだ、大和?」
大和「いえ……あなたはきっと良い提督になります。ふふ……私も楽しみになってきました」
提督「では大和、これより本艦は作戦室へ向かう。随伴するがよい」
大和「はいっ。戦艦大和、推して参ります!」
提督「うむ!」
おしまい。
乙ん
最初痴呆になったかと思った
乙
他の元艦娘らもこれは敵に回したくないですわ
たまたま他人のIDで入っちゃったドジ提督説もあった
乙
完結したんだねお疲れ様
乙
あとがき。
だいたい一年位前ですね、あと一回の投稿で終わりというところで座礁してましたが完結できました。
本来は鎮守府でもっとホラーな展開とかあったのですが、流石に長すぎるのでいろいろ削りました。それでも十分長いですが……
読んでくれてありがとうございました。
前作?というのも変な前作
吹雪「新しい司令官? はぁそうですか・・・」
吹雪「新しい司令官? はぁそうですか・・・」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1465809529/)
>>189
不憫だったなこの提督
ここまで世界観作ったんだし可能なら続編も欲しい所
むしろ長くていいんだよ!
長い方がこっちは嬉しいんだよエタらなければ
乙でございます
俺たちの戦いはこれからだ!
乙ん
乙でございます!
乙
完結してよかった
んあースレかと思ったら終わってた
とりあえず完結乙
乙
良スレだった
おつ
このSSまとめへのコメント
去年の夏イベの頃にこれにそっくりなSS読んだなって思ったら、あれの完結編か
最後が気になってたから、ちゃんと最後を読めてよかった
お疲れさま!
面白かったです!
名作