神谷奈緒「繰り返し」 (20)
アイドルマスターシンデレラガールズ、神谷奈緒のお話です。
ちょっと頭おかしくて暗いお話ですので、その点、ご了承ください。
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何度でも繰り返す。納得のできない運命を受け入れられるほど寛容ではないから。
何度でも繰り返す。例え、この身がどうなってしまおうとも。
何度でも繰り返す。自分が狂ってしまったとしても。
――奈緒! 奈緒!
どこかであたしの名前が呼ばれている。どこかはわからない。
――起きてよ! ねぇ! 奈緒!
誰かがあたしの名前を呼んでいる。誰かはわからない。
でも、その場所も、声もなんだかひどく懐かしい気がするんだ。まるで何度も見て、聞いた事があるかのように。
泣いている二人の女の子の隣では、一人の男性がまるで狂ったかのように涙を流しながら笑っていた。
「ん……朝……、か……」
カーテンの隙間から射し込む朝日は、目覚まし時計よりも早くにあたしを夢の世界から連れ出してくれたみたいだ。
「……」
気持ちのよさそうな朝日とは打って変わってあたしの気分は悪い。何故って、そりゃひどく悪い夢を見た気がするからだ。
でも、夢ってのは目覚めると大抵きれいさっぱりと忘れてしまう。無論、あたしもその通りだ。悪い夢だったのは覚えているけど、どんな夢だったかはまったく思い出せない。
ただ、ひどく悪い夢だった気がするだけだ。
「……まぁいいか。どうせ夢だしな。うん」
自分に言い聞かせるように声に出す。夢の事にとらわれて遅刻してしまっては仕方がない。どうしても気になるならそれこそ授業中にでも考えればいい。今は何よりも学校に行く事を優先しなければ。
しかし、実際に一日が始まってしまえば朝に見た夢の事なんて思い出すようなタイミングはなかった。
朝は一分一秒が惜しいし、登校すれば登校したで友達と話したり、真剣に授業を聞くフリをしたりと何かと忙しいのだ。
夢の事なんて思い出す暇なんてのはあたしにはなかった。なかったはずなんだ。
「アイドルになりませんか!」
「あぁー! もう! しつこい! 興味ないって言ってるだろ!?」
帰宅途中にスーツ姿の男性に声をかけられた。なんでもアイドルのプロデューサーをしているらしく、今はスカウトの真っ最中だとか。
「な……君なら! トップアイドルになれる! 俺が保証する!」
一体どこを探せば初対面の怪しい男に保証されたくらいでアイドルになろうと思う人間が居るのだろうか。
「くどい! あたしはアイドルなんてやる気はないから!」
しかし、このプロデューサーを名乗る男性はあたしが何度断っても頑として諦めようとはしない。あたしより可愛い子なんてそこら中に居るはずなのに、なんであたしなんだ。
「俺と一緒に夢を与える存在になろう! 絶対に大丈夫だから!」
「夢……」
男性の口から、夢という単語が出てきたときに、何故だが今朝見た夢を思い出してしまった。相変わらず詳細には思い出せないものの、この男性の姿と他には二人の女の子の泣き顔がぼんやりと。
「なん……だ……? なんであんたが……?」
何故、あたしは初対面のはずの男性を夢に見ているのだろうか。もしかして以前に会ったことがあるのか?
「なぁ……あたしとあんたってどっかで会ったことあったか……?」
あたしがそう尋ねると、男性は一瞬引きつったような笑顔を見せたがそんなことはないはずだ、と否定の言葉を並べて来た。
「多分、運命なんだよ。俺と君が出会う事が! だからどっかで会ったことがあるような気がするんだ!」
先ほどの引きつった笑顔はまるでなかったかのように男性は笑顔でぺらぺらと歯の浮きそうなセリフを並べ立てる。聞いてるこっちが恥ずかしくなってしまいそうな言葉ばかりで、みるみるうちに顔が赤くなっていくのが鏡が無くとも分かってしまう。
「わ、わかった……! 話だけは聞くから……」
これ以上道端で口説き文句を並べられても困るので、ひとまず話だけは聞くことにした。もちろんアイドルになる気なんてさらさらないのだが、話を聞かない限り解放はしてくれそうにないし。
「まったく……どうしてあたしなんかに……」
話が出来るところ、という事で近くの喫茶店に移動をして詳しい話を聞く事にした。もちろん、未だに納得は出来ていないから愚痴を言いながらの移動になる。
「君じゃなきゃ駄目なんだ」
あたしの愚痴が聞こえたのだろう。男性は急に振り返ると力強くそれだけ言うと先ほどと変わらぬ足取りで目当ての喫茶店に向け歩を進めていた。
「……?」
あたしはというと、男性の言葉にひっかかりを覚えてしまい思わず立ち止まって考え込んでしまった。どっかで同じセリフを言われた事がある気がするのだが、一体どこで聞いたのだろうか。
「どうした?」
「あぁ……いやなんでもない……」
多分……ただのデジャヴだろう。そう……、よくある正夢なんだろう。きっとそうに違いない……。
あのスカウトの日から数日が経ち、あたしはどうしたかと言うと……。
「なんでこんなことに……」
「ん? 何か言った、奈緒?」
何故かアイドル事務所に所属し、何故か同じアイドルの仲間から着せ替え人形のように遊ばれている。
「ねぇ、プロデューサー! 奈緒の衣装ってこっちの方が似合うよね?」
「そう言われてもこっちからじゃ見えんしな……見ても良いなら見るが」
「なっ!? だ、ダメに決まってんだろ!? 馬鹿か!?」
あの日、あたしをスカウトした男性は、なんと最近人気が出てきていたアイドル『渋谷凛』のプロデューサーだった。
あれから喫茶店に移動したあたしは、プロデューサーさんから一通りの説明を受けるのだろうと思っていたのだが、実際は名刺を渡されただけで説明らしい説明は何も無かった。
プロデューサーさんはコーヒーを飲みながら、もくもくとパフェを食べるあたしを見ているだけだったし、会話らしい会話何てほとんどなかった。……最初のうちは。
きっかけはプロデューサーさんのスマホの着信音だった。
普段、他人の着信音なんて気にしないのだが、たまたまその着信音があたしが好きなアニメの主題歌だったのだ。
プロデューサーさんはさすがにスカウトに慣れているだけあって、あたしの些細な変化に目ざとく気付いたのだ。
「……アニメとか」
「ふぇっ!?」
あの時のあたしはずいぶん間抜けな声を出していたと思う……。
「アニメとか好きなのか? 俺の携帯の着信音に反応してたけど」
「い、いや!? あ、あれだよ! たまたま! うん!」
この歳になってアニメ好きなんて言えるわけがない。必死になって誤魔化したのだが、それが裏目に出たのだろう。
「……最終話付近のぶっ飛び具合は正直笑うよな。でも、最終話ではちゃんと感動できるとか。名作だよ」
「だよな!? いやー、あのアニメ知ってる人なかなか居なくてさ……。友達に薦めてもアニメなんて、とか言うし……あ……」
あの時のニヤニヤした顔は正直一生忘れないと思う。
「なぁ、加蓮……もう良いだろ……?」
いい加減着せ替え人形も疲れてきたんだが……。
「ダメに決まってるでしょ? 奈緒のデビューの衣装なんだよ? ちゃんと選ばなきゃ」
さっきからあたしを着せ替え人形にして楽しんでいるのは、ほぼ同期の北条加蓮。あたしよりも一個下だけど、アイドルとしては一か月ほど先輩だ。
「どれ着ても一緒だよ……加蓮みたいに可愛くないし……」
「もう、すぐそういう事言うんだから」
どうやらすぐには解放してもらえないらしい。今では恥ずかしさよりも疲れの方が大きくなってしまった。アイドルの衣装ってなんでこんなに着替えるのが面倒くさいんだろうか。
「んー……やっぱ最初に着た衣装が一番良かったかな?」
「マジかよ……。散々着たのに最初の奴って……」
かれこれ十数着は着たのに一番最初の奴って……。加蓮の口からその言葉を聞くと疲れ切ってたあたしはその場に座り込んでしまった。
「ほら、奈緒。立って着替えて。決まったならプロデューサーに見せないといけないから」
「へーい……」
もうこれで最後なんだ。こんなに疲れるのはこれで終わりなんだから最後にもうひと踏ん張りだけしよう……。
「決まったのか? 入っても良い?」
「決まったけど、まだ奈緒が着替えてないからダメ」
プロデューサーさんをずいぶん待たせた気がするが、加蓮も納得の一着らしいしきっと素晴らしい衣装なのだろう。正直、あたしは疲れすぎててどれを着ても一緒な気もするけど。
「着替えたぞー」
着替え終えたあたしはカーテンの向こうに居るプロデューサーさんに声をかける。
プロデューサーさんは、どれどれなんて言いながらカーテンを開けるとあたしを見て固まってしまった。え……? 似合ってない……?
「だ、ダメ……?」
「いや……良く似合ってる。うん。すごっく可愛い」
あたしが不安げに問いかけると、プロデューサーさんは何度も頷きながら褒めてくれた。へへっ……褒められるとやっぱりうれしいもんだな。
「あー、奈緒の時だけずるーい。アタシの時は可愛いなんて言ってくれなかったよ?」
加蓮の時もこうしてプロデューサーさんに見せたのだろう。
「いやいや。加蓮も似合ってたし可愛かったよ」
若干目をキョロキョロさせながら慌てて取り繕うプロデューサーさんがちょっとだけおかしかった。
「いや、うん。でも、加蓮が選んだだけあって、本当に奈緒に良く似合ってる。奈緒の持つ魅力が最大限発揮されてる感じだ」
「ふふっ♪ ありがと」
加蓮は先ほどの拗ねたような態度から一転して、自分のコーディネートを褒められたからか上機嫌だ。
「よし、じゃあ奈緒はこの衣装で決定だな。デビューの準備を進めるからまたしばらくはレッスン頼むな」
「おう!」
デビュー……か。まさかアイドルになるなんて思いもしなかったな。そりゃ、子供の頃に将来の夢はアイドル、なんて言ってた時期もあった気がするけどさ……。
「ん?」
「どしたの、奈緒?」
「あ、いや……なんでも、ない……?」
なんだろう。今、何か思い出したような気がする。
「そう?」
自分の中に生まれた不信感の原因を探るように先ほどまでの自分を思い出す。事務所に来て、加蓮の着せ替え人形になって、衣装を披露して、ちょっと昔の夢を思い出して……。
「あ」
そうだ。夢だ。将来の夢とかじゃなくて、前に見た悪い夢の事を思い出したんだ。
あたしの声に不審げな視線を向けている加蓮の顔をよく見る。
「な、なに?」
加蓮はあたしにじっと見られてる事に戸惑っているのだろう。でも、あたしはそれどころじゃない。
加蓮の顔をよく見て、はっきりと思い出した。
「なぁ、あたし達って昔どっかで会ったことあるか?」
あたしの質問に不信感を持ったのだろう。表現するなら顔中に疑問符を浮かべながら加蓮は否定の言葉を述べた。
「そう、だよな……。加蓮と会ったのはアイドルになってからだもんな」
……現実で会ったことはない。でも、あたしは確かに加蓮と会っている。夢の中でだが。
あの悪い夢に出てきた、二人の女の子のうちの一人が加蓮だ。髪型は違うけど間違いない。
プロデューサーさん、加蓮とあの夢に出てきた三人のうち、二人とこうして現実で会った。
という事は三人目にも会うのではないだろうか。いや……きっとそう遠くないうちに会うのだろう。そんな気がしてならない。
あの時感じたあたしの予感は思ってたよりは後になってから当たった。
「加蓮、奈緒。準備は良い?」
「任せてよ」
「おう!」
三人で円陣を組むといつものように凛があたし達に発破をかけてくる。
「トライアドプリムスはここで終わらない。まだずっと先まで走り抜けるよ」
ここ以上の規模のライブをやろうと思うと、終着点はドームしかなくなる。
「もちろん! 奈緒と凛と一緒ならもっともーっと大きなライブも出来るよ」
体力が無かった加蓮も今では何時間もぶっ通しでライブをやれるようになった。
「大丈夫だ! 凛と加蓮と一緒ならどんなライブも怖くないっ!」
デビュー当初はステージ袖で震えてたのを思い出す。今となっては懐かしい思い出だ。
「凛、加蓮、奈緒。準備は良いか?」
「「「はい!」」」
プロデューサーさんの呼びかけに声を揃えて返事をする。ライブ前はいつもこうしてプロデューサーさんが声をかけてくれる。声をかけてもらうと不思議と緊張も無くなってのびのびと楽しくライブが出来る。
「楽しむのがライブのコツだ。精一杯楽しんで来い!」
いつもと同じ、もう何度も何度も聞いた言葉をプロデューサーさんは今日も言う。
「じゃあ、行くよ……!」
プロデューサーさんの言葉を受け、凛が先頭に立ってステージに飛び出す。あたしと加蓮が同じようにステージ袖から飛び出そうとした時だった。
「今度こそは……今度こそは上手くいってくれ……」
プロデューサーさんの絞り出すような小さな声をあたしは聞き逃さなかった。今度こそ?
疑問に思ってもライブは待ってくれない。凛は先に行ってるし加蓮も聞こえなかったのかすでに走り出している。あたしだけが遅れてしまうわけにはいかない。
よほど慌てていたのだろう。ステージに飛び出す時に衣装が舞台セットの一部に引っかかっていたのに気付かなかった。
ステージに転びそうになりながら出てきた時に見えたのは青ざめた凛と加蓮の顔と、ステージの天井に跨るように固定されていたはずの照明が落ちてくる瞬間だった。
――奈緒! 奈緒!
凛があたしを呼ぶ声が聞こえる。ここ、どこだっけ……。
薄れゆく意識の中で周りを見渡す。あぁ、そういやライブ中だったっけ……。
――起きてよ! ねぇ! 奈緒!
加蓮があたしを呼ぶ声が聞こえる。あれ……加蓮の声、だよな……?
先ほどよりも朦朧とした意識で声の主を記憶から探し出す。うん、やっぱり加蓮であってる……。
怒声と泣き声と悲鳴に混じって笑い声が聞こえる。まるで狂ったかのように笑いながら、また繰り返してしまったと叫びながら。
そこであたしの意識は終わりを迎えた。
何故だ! 何故なんだ! 何故こうなる!?
もう何度見たか分からない目の前の光景に苛立ちを覚える。
一番最初に見たのがいつだったのかなんてもうまるで思い出せない。だが、そんな事はどうでもいい。
俺は契約したはずだ! 決して直接手は出さない事を条件に、この納得出来ない運命を回避するために俺は彼女と契約したんだ! なのに、何故こうなる!?
何度も何度も確かめた! 照明の固定器具だってすべて新品にしたのに! 今回は奈緒の衣装がひっかかって落ちて来た!? ありえない!
何故、奈緒が死ななければならない!? 何故、奈緒の死は回避できない!? 何故だ!
くそっ! 今度こそは! 今度こそはうまくやる……! うまくいくまで何度でも繰り返す! 俺の手で奈緒を救うんだ!
「いい加減気付かないんでしょうか」
暗い部屋にポツンと置かれた椅子の上に座って一人の人間を憐れむ。
「あなたが奈緒ちゃんをアイドルにスカウトするからこうなってしまうと言うのに」
どうやら彼はまた繰り返すようだ。そもそもの分岐点が間違っているのにその間違ったところに気付かない。
「このままでは奈緒ちゃんも狂ってしまいますよ」
彼が繰り返す度、奈緒ちゃんは死んでしまう。もちろん繰り返した後の奈緒ちゃんは覚えていないのだが、彼はあまりにも繰り返し過ぎた。奈緒ちゃんの中に自分の死という経験が蓄積され過ぎてしまった。
「まぁ……すでに狂ってしまっているあなたでは、奈緒ちゃんが狂ってでもしまわない限り何度でも繰り返すんでしょうね」
彼と結んだ契約の通り直接手を出さなければ、奈緒ちゃんは死なずに済むと言うのに。
「まったく……憐れなプロデューサーさんですね」
椅子から立ち上がりながら、狂ってしまったプロデューサーさんを憐れむ。
「さて、では私も準備するとしましょう。……多分気付かないでしょうし、私が事務所に居ないと変ですから」
次の繰り返しに向かうとしよう。今度こそ彼らが救われることを期待して、暗い部屋を後にした。
End
以上です。
ここ数日、異常に忙しくて疲れてたんです。リフレッシュしたかったんです。奈緒ごめんよ。
こんなのですがお読み頂ければ幸いです。
さて、こんなわけのわからないものを読んでも後味が悪いでしょうし、少々宣伝を。主催者様から宣伝の許可は頂いています。
現在こんな企画をやっておられる方が居ます。
http://ch.nicovideo.jp/2_3/blomaga/ar1046198
作品での参加は締め切りを過ぎていますが、感想はまだまだ大丈夫なので是非。
素晴らしい作品で溢れていますので興味を持った方は是非感想をお願いします。
では、依頼出してきます。
乙
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