暁「加賀さん加賀さん」 加賀「?」 (133)


加賀「誰?」

暁「暁よ!」

声で解ってはいたけれど
振り向き、あえて聞くと
暁型一番艦の自称レディは元気良く名乗りを上げた

加賀「貴女、レディじゃなかったかしら?」

暁「違うわ、あかつ…」

加賀「ふふっ」

暁「もうっ!」

暁「暁でレディよ!」

ちょっぴりむくれた駆逐艦、暁に笑い返す
あまりこういうことは得意ではなかったのだけれど
いつの間にか
そう、あの五航戦がきてから
少し上手くなった、ような気がする

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加賀「それで、何か用かしら?」

暁「加賀さんはレディだと、赤城さんから聞いたわ」

暁「暁にレデ…」

加賀「他を当たって頂戴」

一蹴する。
意地悪ではなく、教えられることがないからだ
弓を教えてと言うのなら
少し考えてあげないこともないのだけれど
残念ながら、レディとやらは教えられない

加賀「貴女がレディなら教える側だと思うのだけど」

暁「それはそうだけど」

暁「暁のレディと加賀さんのレディは違うかもしれないわ!」

暁「だから、えっと」

言い訳すら最後まで言えずに
自称レディはうつ向いてしまった
泣くか、逃げるか
心の投票箱には白紙を一枚
きっと、その両方だから


加賀「……………」

常日頃戦いに明け暮れる私達にとっての日常とは戦場であり
目の前で駆逐艦が悔し涙を浮かべているのは
私達にとっての非日常である

加賀「まずは、泣かないことね」

ポンッっと頭に手を置く

暁「!」

これは非日常だ
けれど
いや、だからこそ私達は非日常に安寧を求め
享受し、安らぎを得る
それを与えてくれる一因である幼き駆逐艦には
言葉にはしないけれど、感謝している


だから、少しだけ
そう思ったのがいけなかったのかもしれない

暁「………」

潤んだ瞳が私を見上げる
ちょっぴりむくれた、顔が見えた

暁「…泣かないわ」

暁「レディだから、泣かないわ」

加賀「……………」

もう泣いているようなものだけれど
それはあえて、言わずにおく
五航戦の子相手だったら…とも考えるのは止めた

加賀「それが正しいわ」

加賀「レディ、なら」

暁「うんっ」

泣かせた私に同意して頷く自称レディ
端から見ればきっと笑い話
けれど、私はもう一度頭をポフポフする
その感触、その非日常が好きだったから

レディだ

レディ・アンかも


暁「加賀さん」

暁「暁は、レディになれる?」

加賀「………」

自称レディはそう言った
子供っぽさを残しながら
戦いに赴くような、真面目な瞳で

加賀「そうね…」

幼い駆逐艦の言葉は
普段から口にしているレディではなく
年齢…あるいは経過年数が届くかどうかだと
すぐにわかった

>>6
おやめなさい


この子が不安になっているであろうことは
すぐに気づくことかできた
私の触れる頭が、小刻みに震えていたから

加賀「……」

この幼い駆逐艦は戦場を生き抜けるのかどうか
不安になっていて、恐れている
私でさえ慣れたわけではないことなのだから
自称レディが平気なわけがなかった

加賀「なれ…」

暁「?」

加賀「……なれるわ」

無責任に言っていいのか不安はあった
けれど私はこの場を取り繕うために
目の前で駆逐艦が泣かないために
哀愁の漂う背中を見送らないために
そう言った

暁「そ、そうよね!」

加賀「っ」

一番艦暁のその笑みは
いつぞやの《無事に帰ってくるよね》という言葉への返しと
その言葉を向けた結果を思い出させた

こういうの好き


暁「加賀さん、ありがとう!」

加賀「気にしなくていいわ」

加賀「何も、していないから」

私がそういうと、自称レディはそんなことないわ。と
嬉しそうに笑う
幼い駆逐艦のこの笑みは
普段の私たちをいやしてくれる貴重な存在
けれど
今だけは、胸に痛かった

暁「やっぱり、加賀さんはレディだったわ」

暁「また、お願いしてもいい?」

加賀「……気が向いたら」

暁「ありがとう!」

そういって走り去っていく
元気な暁型駆逐艦の一番艦を見送る
姿が見えなくなると
すぐに、ため息がこぼれた

加賀「……また」

加賀「その約束、貴女は守れるのかしら」

自称レディに問いかけるように
自分自身に問いかけるように
私はそう言って、自室へと戻った


翔鶴「先輩、お疲れ様です」

加賀「貴女……」

自室といっても
艦隊の中でさらに二人一組とかで部屋割りされているため
相方がいる
私の相方は、翔鶴さん
正規空母、翔鶴型の……確か、3番艦

加賀「どこかに出かけなかったの?」

翔鶴「いえ、瑞鶴と少し」

加賀「そう……向こうの部屋にいても構わないわ」

翔鶴「その……」

翔鶴さんは暗い表情で口ごもると
誤魔化すように笑って、お茶はいかがですか? と、言う
断るのも失礼かと考えて
一杯だけ、もらう

翔鶴「…………」

加賀「…………」

空気が重い
あの五航戦と同じように、私も苦手なのか
それとも、ただ
私の最初の会話がまずかったのか
とにかく、空気がよどんでいるように思えた


翔鶴「瑞鶴は」

翔鶴「瑞鶴は…私が嫌いみたいです」

加賀「………」

あの五航戦は脳味噌まで七面鳥なのかしら
ついこの前、話したばかりだというのに
内心、怒りを覚えつつ翔鶴さんを見る

加賀「そう言われたの?」

翔鶴「…いえ」

寂しそうな様子で翔鶴さんは首を振る
言葉にされてはいないけれど、態度で示されたのかもしれない
いずれにしても…

加賀「戸惑っているのよ」

翔鶴「え?」

加賀「どう接したら良いのか」

加賀「…色々と、複雑だから」


五航戦を庇うわけではないけれど
そんなつもりは毛頭無いけれど
けれど、五航戦の気持ちは分からなくもない
それに目の前の翔鶴さんを慰めるには不可欠だと思った

加賀「だから、瑞鶴を嫌いにはならないであげて」

翔鶴「それは、もちろんそのつもりです…」

悲しげな姿は良く似ている
落ち込んだ姿も浮かべた笑みも彼女に良く似ている
それはそうだ。彼女とこの翔鶴さんは
全く同じで全く違う存在なのだから

加賀「…もう少し、出てきます」

加賀「好きに、していていいわ」

私がそう言うと、翔鶴さんは頷く
やはり、彼女は彼女であって彼女ではなかった


加賀「加賀です」

執務室の扉を叩いて名乗る

電「入っても平気なのです」

いつもの声が聞こえてから、失礼します。と、一言
扉を開けてなかに入ると
真っ正面に空席一つと書類を抱えた秘書艦の電さんが見えた

加賀「提督は外出?」

電「はい」

電「先ほど、如月型四番艦を迎えに」

加賀「また、なのね」

電「駆逐艦は盾なのです」

電「低コストで量産ができ、欠けても戦力的に影響はないのです」

冷めた口調の初期艦であり秘書艦である電さんの表情は
裏腹に、悲しさが滲み出ていた
私もまだ一番艦だけれど
ここに来てからの年月は当然ながら彼女よりも短い
つまり、この駆逐艦は精神的には私よりもずっと、大人だ

電「なので、加賀さんはあまり駆逐艦に関わらないことをおすすめするのです」

加賀「暁さんのこと?」

電「なのです」

電「明日には、二番艦になっているかもしれません」

電「同じ言葉を繰り返す」

電「その辛さは、瑞鶴さんを見ているのなら」

電「よく知っているはずなのです」


瑞鶴、五航戦、瑞鶴型航空…いや
今は瑞鶴型装甲空母一番艦だったか

電「瑞鶴さんはもう一人前なのです」

電「だから…」

加賀「一人前では足りないわ」

電さんの言葉に割り込み、頭を振る
彼女は少し躊躇し、
もう一度言い直そうとしていたけれど、息を呑むだけで止まった

加賀「それに、私は託されました」

加賀「だから、譲れません」

電「翔鶴さんとの相部屋も、ですか?」

加賀「…私なら、平気よ」

加賀「あの人の優しさは、人の心に残りやすい」

加賀「なのに、あの人の魂は消えやすい」

だから、私が適任だ
私は別に辛くはないから


電「…電よりも、加賀さんは強いのです」

加賀「いいえ、貴女の方がずっと強いわ」

加賀「貴女は数多くの入れ替わりを見て、繰り返してきた」

加賀「それも親しい駆逐艦から、慕っていた戦艦や空母まで」

加賀「それでも、ここにいられるのだから」

空母である私が駆逐艦であるこの子を。というのは
周りから見ればおかしな話かもしれないけれど

加賀「私は、貴女に憧れているわ」

電「そんなことを言われても困るのです」

照れ臭そうに頬を染めて笑う
その姿だけは、駆逐艦らしい愛らしさを感じた


電「解ったのです」

電「暁お姉ちゃんとのことに口出しはしないのです」

電「ただ、これだけはとどめておいて欲しいのです」

電「あまり強く想わないように。と」

電さんはそう言うと
駆逐艦らしからぬ表情で私を見る

電「駆逐艦が壊れただけで」

電「空母の加賀さんまで壊れるのは問題なので」

冷たい言葉、冷酷な瞳
けれど、それがこの子の本心ではないと分かっている
でも、だからこそ私は羨望の目を向ける
偽りとはいえ
そう言うことが出来る強さを、この子は持っているからだ


翌日も、自称レディは私の前に現れた
初めまして。ではない一言と共に
けれど、彼女の顔はとても悲しそうだった

暁「沈んじゃった」

暁「子日が…沈んじゃった」

子日型駆逐艦、五番艦だったか六番艦だったかが轟沈したらしい
彼女―自称レディ―はここに来て日が浅く
元気な子日型駆逐艦には助けられていたからか
その一報はとても、辛いのだと思う

けれど無関係な私としては、冷たいと思われるかもしれないけれど
また沈んだのね。としか思えなかった

暁「またねって言ったの」

暁「帰ってきたらお出掛けしようって」

暁「そうい…!」

加賀「………」

だけれど、この子の悲しさを放っておけなくて
おもわず、抱き締める
私には彼女―子日さん―が沈んだ辛さが解らないけれど
親しい人を失った気持ちは、分かるから

加賀「泣いて、良いのよ」

暁「!」

加賀「泣くべき時に我慢をするのは意地」

加賀「それは、レディとは言え無いわ」


腕の中で幼い駆逐艦が嗚咽を溢す
私の衣服を握りしめて、押し付けるように体を預けてくる

加賀「…………」

私が初めてそれを経験したのはいつだったか
一航戦赤城が、赤城型二番艦となったのは…
五航戦翔鶴が、一航戦翔鶴となったのは…

思い出したくもない
けれども、その心に記憶は従わない
ニヤリと笑って悪意を充満させていく

あの時一航戦に上がるのは本来瑞鶴だった
私が、こんな人と組みたくないと言わなければ
翔鶴型航空母艦は今も一番艦だったかもしれない
あるいは、翔鶴型装甲空母の一番艦になれていたかもしれない

けれど
けれども
しかし貴女――

暁「加賀さん?」

加賀「!」

幼子の声にはっとする
少し痛い。そう言う駆逐艦の体を手放すと
体が震えているのが解った

加賀「心配は要らないわ」

加賀「ただの、発作よ」


暁「発作で体が震えているの?」

加賀「ええ」

暁「大丈夫?」

加賀「ええ、大丈夫よ」

自称レディの不安げな顔は変わらない

暁「なら今日、暁と一緒にいてくれない?」

加賀「私は翔鶴さんと相部屋なのだけど」

暁「…暁は、一人よ」

彼女は悲痛な面持ちで言う
彼女のルームメイトは轟沈していなくなった
だから、彼女は独り

しかし、彼女が申し出たのはもっと別の理由がある気がしてならなかった
けれど、私はその理由には気づくことができなかった
正確に言えば
思い出すことができなかった
だから、私は翔鶴さんを独りには出来ない
別の人にお願いして。と、断ってしまった


明日もまた会えると思ったから
それが私とこの子の日常であってほしいと思ったから
周りがどれだけ入れ替わろうとも
自称レディはそのままでいてくれると思ったから

けれど、翌日

電「暁お姉ちゃんなら、作戦に参加しているのです」

加賀「どうして? あの子はまだ練度だってろくに積んでいないのに」

提督「積ませる立場の子日が沈んだからな」

提督「練度が足りていないなら教導艦としては使えない」

提督「だが、一回くらいは弾除けになる」

加賀「!」

これはクソ提督ですわ

乙です


加賀「提――」

電「加賀さん」

加賀「!」

電「電はちゃんと忠告したはずなのです」

怒鳴りかけた私の熱を一気に冷やす駆逐艦の駆逐艦らしくない瞳
私の方が力は上なのに
とてもではないが、抗いたくはなかった

電「暁お姉ちゃんは駆逐艦なのです」

電「駆逐艦は戦力ではなく、艤装と同じ装備品」

電「加賀さんは少し、冷静になるべきなのです」

加賀「………」

冷静とは、なんなのだろう
冷酷になるべきの間違いじゃないだろうか
視界の片隅にいる提督は黙って私を見る
彼に対する畏怖はない
彼は私よりも立場が上だ
けれど、彼の力は言葉だけだったからだ

加賀「貴女の姉なのに」

電「駆逐艦である以上、そんな甘さは捨てたのです」


それは異常なほどに当たり前だった
誰もが知る…いや、誰もが教え込まれたことだ
駆逐艦は同じ艦娘ではない
駆逐艦は戦力ではない
駆逐艦は道具、駆逐艦は盾、駆逐艦は装備品
大破したら爆薬を持たせ、敵にぶつける武装

曰く、駆逐艦は使い捨ての…

提督「加賀、お前は大事な戦力だ」

提督「駆逐艦ごときに惑わされては困る」

加賀「ッ」

握り締めた拳を、振るいたい衝動に駆られ
けれども唇を噛みきり、堪え忍ぶ

提督「お前のような年代の艦娘が子供に愛情を抱くのは解らなくもない」

提督「欲しければ孤児院から貰ってきてやる」

提督「だから、艦娘の模造品に構うな」

提督「良いな? 加賀」

提督「鳳翔の二の舞はごめんだ」


提督はそれだけ言うと、下がれと言った
私が言い返そうとしても
提督は私を睨んで下がれと言った
電さんは私を見る
憐情を感じるその瞳に、私は何も言えなかった

加賀「…失礼しました」

ただ、祈る
彼女が無事であることを
彼女が使い捨てられることのない中破止まりであることを

加賀「ッ」

きっと、彼女はこれが分かっていた
子日さんの代わりに出されることに
自分が明日には居なくなっているかもしれない可能性に
だから、昨日求めてきたのだろう

加賀「暁さん…」

窓の外は、これからの未来のような曇天だった

この電は今まで何人の姉と出会ったんだろう


部屋でじっとしていることも出来ずに鎮守府を歩き回っていると

「ついに二番艦ですカー?」

聞き馴染んだ声が背中にぶつかった

「案内、してあげるネー」

加賀「結構よ」

加賀「金剛型戦艦一番艦、金剛さん」

金剛「oh…いつもの冷たい加賀さんですか」

陽気と言うべきか気さくと言うべきか
どちらにしてもあまり意味は変わらないのだけれど
今の私にとっては耳障りでしかなかった

金剛「これか――」

加賀「結構よ」

金剛「てぃ――」

加賀「気分じゃないわ」

金剛「………」

加賀「煩いわ」

金剛「why!?」

金剛「何も言わなかったのにー」


しょんぼりと俯く金剛さんは
どこか駆逐艦に似た子供っぽさがある
私はそれが、嫌いだった

戦艦である彼女は、何人もの駆逐艦に守られてきた
彼女の纏っている装甲は艤装ではなく
駆逐艦であると言えるほどに

だから、駆逐艦のような言動が気にくわなかった

金剛「加賀さんは私が嫌いネー?」

加賀「大嫌いよ」

金剛「そうですカー」

金剛「可愛さ余って――」

加賀「余ってないわ」

彼女のへらへらした笑顔が固まる
いや、もともと固まっていたのかもしれない
彼女は困ったように、首を振る
嫌われている理由が解らない訳ではないはずなのに

金剛「つっきーが心配?」

加賀「貴女の護衛艦ではないことが嬉しくてたまらないわ」

加賀「駆逐装甲戦艦、金剛さん」

金剛「んー…装甲戦艦の方が良いネー」


金剛「今回は雷巡北上が旗艦だから」

金剛「つっきーは最後尾に置かれるネー」

金剛「大丈夫ヨー、無事に帰ってこれマース」

加賀「…貴女だったら?」

金剛「駆逐ミサイルで敵ごとバーニングデース」

平然と、彼女は言った
暁さんの同室だった子日さんも、この金剛が沈めたのだ
今さっき言ったように、身ぐるみ剥いで爆弾にして…

金剛「oh……」

金剛「荒事は好きじゃないネー」

気づけば、私は金剛さんの胸ぐらを掴み
睨み付けていた
提督への怒りが残っていたせいかもしれない
けれど、純粋に
私はこの戦艦が大嫌いだった

加賀「…ふざけないで」

加賀「ふざけないで!」


金剛「私はふざけてなんかいないですヨー?」

金剛「駆逐ミサイルで完全勝利出来るのなら」

金剛「それほどに良いことは無――」

私の右手の拳が、彼女の頬を打つ
ひどく鈍い音だった
嫌なほどに生々しく、清々しいほどに綺麗な音だった
私の左手が掴んでいた襟ぐりは容易く抜けて
金剛さんは尻餅をつく

金剛「………」

加賀「翔鶴さんを沈めたこと、忘れたの?」

加賀「それを、私が、許して、いないと…ッ」

金剛「…今日の加賀さんはheatupしてますネー」

金剛「翔鶴さんについては残念ですが」

金剛「航行不能になったお荷物で」

金剛「敵戦艦棲姫を撃退した」

金剛「何か、間違えてますカー?」

彼女は明るい声とは真逆に、冷めた瞳でそう言った

最後は加賀も金剛も電も沈んで終わり
でも戦争は続くよ


加賀「駆逐艦が沈んだのなら」

加賀「完全勝利では…ありません」

金剛「私にとっては、パーフェクトネー」

私を挑発するように彼女は笑う
駆逐艦や翔鶴さんが沈んだことに対して
彼女は全くと言って良いほどに罪悪感がなかった

艦娘としてはそれが正しいのだと分かっている
けれど、生きている者として
沈んでしまった人達の友人としては
正しいわけがないのに…

金剛「それよりも残念なのは、瑞鶴さんが装甲空母になったことデース」

加賀「!」

金剛「姉に会わせて、あげられませんからネー」

加賀「貴女は…貴女という人はッ!」

声を荒げ、睨む私に
彼女は待っていたと言わんばかりの笑みを浮かべ、問う

金剛「やりますカー?」

金剛「ただの正規空母の加賀は」

金剛「改二であり、ケッコンカッコカリを経てなお」

金剛「新たな限界に近いこの私と」


加賀「ッ」

そうだ
彼女も私も練度限界に達している
けれど、彼女はあの提督とケッコンカッコカリを済ませ
私よりも遥かに高い限度に到達している
その一方で、私はケッコンカッコカリを拒み
未だに二桁の壁を突破できていない

金剛「ケッコンカッコカリ、準備は出来ているそうデース」

金剛「いい加減、諦めたらどうですカー?」

金剛「いくら貴女が先輩でも」

金剛「加賀さんの力はもう、私の足元ネー」

悔しいけれど、事実だった
今の私では…勝ち目がない

金剛「つっきーが戻ってきてくれると良いデスネ」

彼女は私が立ち尽くしているのを尻目に立ち上がると
通りすがりに、笑った

金剛「私の貴重な爆薬、ですからネー」

加賀「!」

彼女を殺したいと思った
破壊したいと思った
けれど、そうすることの出来ない弱さですもどかしさ、惨めさに
私は…崩れ落ちてしまった

>>36の一部修正




加賀「ッ」

そうだ
彼女も私も練度限界に達している
けれど、彼女はあの提督とケッコンカッコカリを済ませ
私よりも遥かに高い限度に到達している
その一方で、私はケッコンカッコカリを拒み
未だに二桁の壁を突破できていない

金剛「ケッコンカッコカリ、準備は出来ているそうデース」

金剛「いい加減、諦めたらどうですカー?」

金剛「いくら貴女が先輩でも」

金剛「加賀さんの力はもう、私の足元ネー」

悔しいけれど、事実だった
今の私では…勝ち目がない

金剛「つっきーが戻ってきてくれると良いデスネ」

彼女は私が立ち尽くしているのを尻目に立ち上がると
通りすがりに、笑った

金剛「私の貴重な爆薬、ですから」

加賀「!」

彼女を殺したいと思った
破壊したいと思った
けれど、そうすることの出来ない弱さやもどかしさ、惨めさに
私は…崩れ落ちてしまった

急に真顔になる金剛怖い


瑞鶴「閉店中よ」

加賀「…解ってるわ」

鎮守府内の離れにある、大分前から閉まったままの食事処『鳳翔』
営業していたときは毎日賑わっていた艦娘達の拠り所だった場所
もうに度と開くことのない、お店

それはまるで私たちが永遠に安らぐことが出来ないと暗示しているようだと言ったのは誰だったか…

瑞鶴「楯突いたって聞いたわ」

瑞鶴「電が心配してたわよ」

加賀「貴女には関係ないわ」

瑞鶴「私がなくても電は関係あるでしょ」

瑞鶴「翔鶴姉が駆逐艦を好きだったから?」

瑞鶴「鳳翔さんが駆逐艦を愛していたから?」

瑞鶴「…だから、駆逐艦に構おうとしてんの?」

こういうシリアスなスレ狂おしいほどにすこ


翔鶴さんは赤城さんが沈んだ後の私のパートナーで
光のない私の瞳に映る光だった
特別な感情を無かったと、思う
今いる翔鶴さんでは確認することはできないために
憶測でしかないのだけれど…

しかし、大切ではあった
駆逐艦を鉄屑のように扱う鎮守府の中で
駆逐艦を同等な存在として扱い、代替部品と呼ばれた私の事を一航戦加賀として
先輩として慕ってくれた彼女は
私にとっての支えだった

彼女の存在があったからこそ、今目の前にいる五航戦との距離も縮まった
私が私として歩み始めることもできた

その在り方に憧れてしまうのは正しいことではなかったけれど、
私は憧れを抱いていた

けれど、彼女は駆逐装甲戦艦、金剛との作戦に参加し
今では二度と笑うことも出来ない彼女の不幸ゆえに
金剛さんの代わりに被弾
航行不能に陥って、金剛さんの命令によって
戦艦棲姫と共に自爆した

初めは金剛さんの報告を信じず、捜索し、帰りを待った
けれど、数ヶ月経って戻ってきた翔鶴型航空母艦は、二番艦だった


鳳翔さんは、翔鶴さんが居なくなる前から
店裏で駆逐艦を守ってくれていた優しい艦娘だった
翔鶴さんが二番艦となって
他の艦娘と同様に道具として扱うようになって
その落差に苦しめられていた駆逐艦の心の拠り所だった

けれどある日
雷型駆逐艦の七番艦や、秋月型駆逐艦の一番艦
舞風型駆逐艦の四番艦、初雪型駆逐艦の九番艦など数人の駆逐艦が精神を病んだ

だから、彼女はその駆逐艦を庇って出撃した
それが違反であると知りながら
け彼女はそれでもと、駆逐艦がやるべき事をしっかりと遂行して、
軽巡を守り、雷巡を守り、重巡を守り、戦艦を守った
初めは小破に満たないダメージだった
次は小破、次は中破未満、次は中破して帰ってきた


帰ってくる度に深い傷になっていく彼女を見て
作戦の難易度をあげて嫌がらせされているんだろうと思った
けれど、真実はそんな生易しいものではない
彼女は、入渠していなかったのだ
いや、入渠することを許されなかった

私がそれに気づいたのは、彼女が隠しきれないダメージ
中破した翌日の作戦参加を見送った時で
提督に進言したが、聞き入れてはもらえず…
彼女はその作戦でついに大破し、
それでも入渠を許されず、簡単な遠征を終えたら入渠して良いということになった

その遠征の日は酷い濃霧が発生していたけれど
当然、遠征を延期にしてはもらえなくて
鳳翔さんは簡単な遠征だから大丈夫
帰ってきたら入渠して、またお店開く予定だと
気丈に振る舞い、笑顔を見せた

しかし
鎮守府近海に深海棲艦が現れ、対応のために出撃―捨てゴマ―した数人の駆逐艦の誤認によって、集中砲火を浴び
彼女は海の底に沈み…帰って来ることはなかった

その後
その数人の駆逐艦が自殺した
庇ってくれた人を自らの手で沈めてしまったことで
完全に、壊れてしまったからだ


翔鶴さんの時には言ったけれど
艦娘としては誤りであっても、
人として、生きているものとして…
正しくあろうとした二人は、私の憧れに他ならない

だから、既に亡き二人の遺志を継いでいるのは事実かもしれない

加賀「瑞鶴は、それが気に入らないのかしら?」

加賀「貴女の大好きだった彼女の真似事をする私が」

加賀「彼女であって彼女ではない翔鶴さんのように」

そう言って目を向ける
しかし彼女は不服な顔つきではなく、どこか悲しげだった
装甲空母の彼女の表情に、装甲はつけられていない

瑞鶴「あんたが駆逐艦に優しくするのは」

瑞鶴「翔鶴姉も喜ぶだろうし、良いとは思う」

けど、だけど、彼女は言う
やや俯きがちに
怒りに震えているように体を震わせて
彼女は言う

瑞鶴「あんたまで殺されそうだから嫌なのよ」

瑞鶴「改二ですらないあんたは」

瑞鶴「もう…」

瑞鶴「私の代替品なのよ。居なくても良い空母なのよ!」

彼女の侮辱に、私は笑う
もはや事実だ。一航戦の誇りがどうのと意地は張れない
なにせ、瑞鶴型装甲空母、一番艦の彼女は
私の代わりに一航戦と呼ばれているのだから


瑞鶴「止めてよ」

瑞鶴「あんたまで一からになるなんて…」

瑞鶴「私は…」

瑞鶴「そんなの…嫌だ」

翔鶴型航空母艦が二番艦になって
翔鶴型航空母艦が三番艦になった
それだけでなく、翔鶴さんや鳳翔さんの優しさを知る駆逐艦が
電さんくらいしか居ないことなど
どれだけ頑張っても初めからになってしまうことが

彼女の心を弱らせてしまったのだろう

瑞鶴「あんただけは」

瑞鶴「加賀さんだけは」

瑞鶴「戻んないでよ…」

彼女の悲痛な願いは、容易に頷けるものではない
約束も出来ない
破る可能性は大いにある
だから、私は何も言わなかった
ただ、笑って見せて
ない余裕をかき集めて、目に見えるくらいの大きさで作り出す


加賀「?」

その時、何気なく見た鳳翔―店名―の扉が
僅かに開いてるのが見えた
それが気になって初めて
手入れされることが禁じられた店回りに生い茂った雑草の一部が踏み潰されていることに気付いた

誰かが出入りした
少なくともそう離れていない日に

加賀「瑞鶴」

瑞鶴「な、なによ」

懸命な願いにうやむやな答えを出したからか
瑞鶴の声には少しトゲかあったが、気にせず問う

加賀「瑞鶴、貴女。ここに来てる?」

瑞鶴「加賀さんの代わりに遠征、演習やってる私にそんな時間があるとでも?」

やはり、ちょっと怒っているが
つまるところ
時間はないが私が心配で貴重な時間を使ってくれているということ
気づいてしまうと罪悪感が沸いてきた
ついでに嬉しかった
…少しだけ。だけれど


加賀「誰かがここに来てるのよ」

瑞鶴「電じゃないの?」

瑞鶴「電も鳳翔さん好きだったし」

確かに、その可能性はあった
むしろ、私や瑞鶴ではないのなら
彼女以外にはあり得ないとさえ言える
と言うのも、
彼女の事を覚えているのは一握りしかいない上に
覚えている重巡や空母、戦艦達はみんな提督側で
違反を犯した鳳翔さんの味方ではないからだ

しかし

加賀「電さんにしては足跡が大きい気がするわ」

瑞鶴「んー」

ひょこっと、隣から覗いた瑞鶴は考え込むように唸る

瑞鶴「確かに」

加賀「だから…」

瑞鶴「でも私じゃない。加賀さんでもない」

もちろん、鳳翔さんでも翔鶴さんでもない
なら誰なのかと考えながら、扉に触れる
ガタッと音はしたけれど、放置されていた開けにくさはない
それどころか、施錠されていない

瑞鶴「入るつもり?」

加賀「彼女のお店を荒らしていないか見るだけよ」

そう言って入ると

瑞鶴「ああもう!」

悪態をつきながら、瑞鶴もついてきた


加賀「………」

店は開店する店員を待っているかように綺麗に掃除され、
机のひとつにも埃はない
あると言えば、カウンターに置かれた花瓶の花が
滴を滴らせているくらいだった

瑞鶴「…誰か来てるって言うのは外でわかったけど」

瑞鶴「こんな…片付いてるなんてね」

相方の驚きに同意して、辺りをみる
ついさっきまで誰かがいたわけではなさそうだけれど
数時間前は、誰かがいた形跡があった

瑞鶴「加賀さん、この花分かる?」

加賀「知らないわ」

葉っぱは緑で花の中心は黄色
けれど全体的に綿毛のようなもので包まれているそれは
こうして花瓶に納めるには、やや不似合いにも思える

瑞鶴「鳳翔さんにたいしてなんだろうけど…」

瑞鶴「もっと違うの無かったのかな」

加賀「……」

見た目以外に意味があるのかもしれない
花には、花言葉があるから

乙です

別離かな?


加賀「とにかく、私たち以外に鳳翔さんを慕っていた人がいる」

加賀「あの駆逐艦保護の件以降も」

加賀「鳳翔さんが亡くなったあとも」

加賀「店内をここまで保つほどに強く」

瑞鶴は店内を見て回って、匂いを嗅いで
花の匂いを嗅いで、流し台の前で止まった

瑞鶴「普通に使ってるのかも、流した水が乾いてない」

加賀「…そう」

一応は鎮守府内の為に水道とかが通ったままらしい
けれど、それではなんの参考にもならない

瑞鶴「花はそこまで良い匂いじゃないけど」

瑞鶴「つんって来ると言うか…酸っぱい感じ? があるかな」

瑞鶴「ただ、それ以外にちょっと甘い匂いがする」

加賀「お酒?」

瑞鶴「いや、もっと爽やかと言うか…んー」

瑞鶴「難しいや」

金剛の紅茶?


曖昧な彼女に代わって嗅いでみたものの
言う通り不明瞭な感じだった
けれど
私はこの匂いを知っている気がする
あくまで、気がするだけ

そこに居るのに見えない潜水艦を相手にしているような不快感を感じて瑞鶴を見ると
彼女も同じようで
顔をしかめて見返してきた

記憶にある
身に覚えがある
なのに、思い出せない
今ここに漂う薄れた匂いは頭の中の記憶なのかもしれない

加賀「!」

考え込む私たちの空気を穿つ炸裂音

瑞鶴「っ」

動くまもなく二度目の発砲音

加賀「何が…」

鎮守府の警報は沈黙を保つ
まるでその発砲が正当であるというかのように
鎮守府中が静観しているだけのような気がした

瑞鶴「何してるのよ!」

彼女が叫ぶ

瑞鶴「執務室のほうから聞こえたわ」

加賀「提督が心配?」

瑞鶴「バカ言わないで」

彼女は睨む

瑞鶴「電が。に決まってるでしょ」

聞かれたら不敬罪とやらで処刑されるだろうが
実際、私たちは提督を敬う気など無いのだから仕方がない
そして私は彼女と共に執務室へと向かった


普段艦娘の一人や二人に出会うはずの通路は敢然としている
今は異常事態なのだから当然かもしれないが
しかし、それならそれで慌ただしくあるべきだ
けれどもそれさえなく、鎮守府は沈黙する

加賀「遅いわ!」

瑞鶴「加賀さんが早すぎるの!」

私よりも速いはずの装甲空母を置き去りにして階段をかけ上がる

加賀「はっ…は…っ」

踏みつけた床が打撲したように黒ずんで
靴底がすり減っていく

肺が痛い足が痛い
それでもなお全力で階段を踏み飛ばし、
執務室のある階へとたどり着き…

金剛「エクセレント。流石ですネー」

駆逐装甲戦艦、金剛に阻まれた


瑞鶴「通して貰える?」

金剛「んー、ソーリー」

金剛「今、疲れてるネー。旋回を推奨しマース」

疲れている? だからどうしたというのか
その疑問に答えるためか
彼女は肩を竦めて、ため息一つ

金剛「オーケー?」

彼女は嗤う

金剛「ゴミ掃除はしたくないんですヨー」

彼女―瑞鶴―が絶対に退かなくなる挑発を添えて

瑞鶴「どきなさいよ!」

食人植物こと戦艦は、
瑞鶴の歯軋り、怒り、殴り付けるための踏み込みを見て、嗤う

次の瞬間
廊下には戦艦と空母の二人だけが残り
彼女が居たことを示すように、割れた窓ガラスが散らばっていた


金剛「加賀さんも、墜ちたいですカー?」

彼女は瑞鶴を殴り飛ばした左手を振ると
私を見て、ため息をつく
面倒臭そうな彼女の目が悲しげに揺れる

金剛「瑞鶴を助けに、降りる事を推奨しマース」

金剛「その方が、痛くない」

金剛さんの声は、穏やかだった
私はそうすべきだと
ここから先には進まず
引き返すべきだと…彼女は見つめる
そして

金剛「ッ」

また、なにかが撃たれた
悲鳴は上がらない
しかし、目と鼻の先ほどの事件現場からは
声が聞こえる

《北上「提督もう止めなって!」》

《北上「執務室が汚なくなるじゃん!」》

雷巡北上のいつもより緊迫感のある声
怒りではなく、恐れのような怒号
執務室を案じる言葉
しかし、本当に案じているのは執務室なのだろうか
疑いたくなるなにかがあった

金剛「さっさと、引き返しなさい」

目の前の彼女は
自分を透かして執務室を見ることが気にくわなかったのか
先ほどまでの浮わついた口調を捨てて言う

金剛「怪我、したい?」


彼女の冷気、殺気の奥で
さらに二度の発砲音
撃たれたものか、惨状を見たものか
なにかが倒れる音がした

《提督「おい、北上」》

《提督「お前が駆逐艦が嫌いなのは理解している」》

《提督「だかな。好き嫌いで迷惑かけられても困るんだ」》

《提督「お前が中破して、そこの盾が無傷なのは困るって言ってるんだよ!」》

《提督「解ってるのか!?」》

提督の怒号
そこにあるのは怒りと恐れ
北上さんが中破したことへの怒り
では、彼は何を恐れているのか

金剛「提督が大暴れネー」

彼女はそう言って笑う
けれど
歪んでいるのは口元だけで、瞳は淀んでいる


《北上「ごめん」》

《北上「ちょっとミスった」》

北上さんの謝罪に続く言葉はない
彼女が中破して、
無傷な盾、無傷な駆逐艦
それは誰だったか
彼女の盾として作戦参加したのは…

加賀「暁…」

そうだ
久方ぶりの駆逐艦の新艦
暁型一番艦、暁

加賀「暁さんが戻っ――」

金剛「ッ」

駆け出しかけた瞬間
ぐるりと世界が回って
受け身の取り損ねた体は肩甲骨から衝突して、体の中の空気を押し出す

金剛「少し、そうしてて欲しいネー」

押し付けられる床の冷たさに体が冷やされ
高鳴る鼓動は体を熱くし、床を熱する

加賀「放して」

金剛「ソーリー。先輩は危険デース」

加賀「私を先輩と呼ばないで」

呼んで良いのは、彼女だけ
それ以外の誰にも呼ばれたくはない

その怒りも相まって力が入る
押さえ付けてくる戦艦ごと、体は持ち上がっていく


金剛「分からない人ですネー!」

加賀「!」

殴るような乱暴さ
額が床に打ち付けられて、じんわりとした痛みが広がる

それでも冷めない

加賀「中であの子が撃たれたから?」

加賀「その光景を目の当たりにしたら、私が提督を殺すから?」

怒り任せになりきれない声
青い炎のようなそれに、彼女は目を見開く
そして、笑う
彼女は笑うのだ
口元を歪めただけの、お面のような笑顔を見せるのだ

金剛「yes」

笑う

金剛「守るのは、私の役目ですからネー」

笑う

金剛「例え味方であろうと、私は私の力を持って」

押し潰そうとしているように

金剛「制圧させてもらいマース」

押さえ込む力をさらに強くして

金剛「どれだけ恨まれようが、憎まれようが」

金剛「提督のハートを掴むためなら、手段は選ばない」

彼女は宣言する。宣誓する。布告する
冷ややかな声で
冷酷に、冷徹に、非情に、残虐に

金剛「邪魔をするなら」

彼女は私の右足を掴み

金剛「壊す」

加賀「―――――!!」

曲がらない方向に、へし折った


その痛みは筆舌にしがたく、叫ぶのもままならず
体か、心か、魂か
なにかが私を守ろうと、意識を強制終了させた


気がつくと、医務室だった
入渠すれば治るかもしれない右足は、ギブスで固定され、痛み止のお陰か
動かさなければ少し痛い程度になっていた

「まだ弾残ってますか?」

「全部で八発…二発は貫通してたのです」

「ひーふーみーよーいつ、む…」

カーテンのしきりの奥で
電さんらしき影と、誰かの影が動く
声に混じって、痛みに呻く声と
恐らくは摘出した弾丸のトレイを転がる音が聞こえる

「本当は入渠すべきなんですよ?」

電「仕方ないのです…作戦では無傷だった上に」

電「…駆逐艦。なのです」

「それはわかってます」

「だからこそ、提督さんには考えて欲しいです」

「駆逐艦の入渠を禁じるなら、作戦以外の傷はつけないように」

電「電から話しておくのです」


電「とにかく、加賀さん、瑞鶴さん、暁お姉ちゃんの件」

電「ありがとうございますなのです」

電「そして、お願いしますなのです。速吸ちゃん」

速吸「はい。速吸が承ります」

電さんの一礼に、速吸型補給艦の一番艦、速吸は頷く
速吸さんは補給艦ではあるけれど、救護と言うべきか
治療も行ってくれている

先ほど言われたように、
小破だろうと、中破だろうと、大破だろうと
駆逐艦に関しては
高速修復剤はもちろんのこと、入渠も許されていない
艦娘ではない―周りの認識―のだから当たり前のように
使い捨てされるだけの存在
だから、速吸さんが申し訳程度に治療してくれる

もちろん、彼女の本来の仕事は駆逐艦以外の艦娘の
入渠するには至らない怪我の治療だけれど

これは暁は一人目だったのか?


速吸「痛みはありますか?」

彼女はカーテンをずらして入って来ると
折られた足を見て、私を見る

加賀「少し、痛むわ」

速吸「少しなら良い方です」

速吸「折り畳み式艦娘のプロトタイプみたいになってたんですから」

速吸さんはそう言って、笑みを浮かべる
彼女とは違う
優しげで、体調に関しての心配を持ちながら
気が滅入ることがないようにと気を使ってくれている表情

治療を行っているからこそのものなのかもしれないが
それでも、笑顔とは言えない笑顔を見せられたままに気絶したせいか
今も脳裏に浮かぶ私としては、とてもありがたかった

加賀「電さんが運んできてくれたの?」

電「電が来た時にはもう、二人とも居たのです」

速吸「親切な人が連れて来てくれたんですよ」

彼女は困ったように言う
それが誰なのか、言わないようにと口止めをされているに違いない
でなければ、隠す必要がないし、困る理由もない


親切な艦娘…
あの場に居たのは…いいえ、それはないはずだわ
そう思いたい。けれど、
窓から転落した瑞鶴のことも知っている人物は
私と瑞鶴を除いて一人しか居なかった

加賀「……お礼を言いたかったのだけれど」

加賀「名前は教えられないのね?」

いたって穏便に、問う

速吸「……すみません」

彼女は正直に頭を下げる
白を切ろうとして申しわけないと感じたわけではなく
名前を出すことが出来ないと言う、謝罪

彼女は素直で、律儀で、正しさを持っている
しかしながら、そんな彼女でさえ、駆逐艦に関しては
教育、調教、洗脳されてしまっているのが口惜しい

……言っても、しかたがないこと

電「加賀さん、電はまだ執務が残っているので戻るのです」

電「その足なら、下手なことは出来ないかと思いますが」

電「念のため、言っておくのです」


秘書艦の視線は
最古参電の瞳は、氷のように澄んでいた

電「司令官さんには手を出さないでほしいのです」

睨むでもなく見つめるその鋭さは思考を串刺しにして
考えることを許さない
反論を許さない

電「司令官さんもいつかは死ぬのです。加賀さんが、翔鶴さんたちに顔を合わせづらくなる意味はないのです」

そうしろと、そうあれと
電さんの目は――命令する。その一方で

電「金剛さんや司令官さんを憎んで生きるよりも」

電「居なくなってしまったみんなに会った時、誇れるように。楽しい話が出来るように生きてほしいのです」

こういうのは失礼かもしれないけれど
電さんは見た目にはそぐわない大人びたことを言い残して
速吸さんに似た穏やかな笑みを浮かべる

加賀「……やっぱり」

やっぱり、彼女はずっと
私が想像するよりもずっと、強かった


入院?
入室?
どちらでも良いけれど、
それが始まって一日目の朝
瑞鶴が目を覚ました

速吸「流石、瑞鶴さんです」

速吸さんの言葉に同意しつつ考える
本当にそうなのか
瑞鶴の運が良かったのか
彼女が幸運であったがゆえに
運良く
あるいは奇跡的に
あるいは偶然にも、合間合間に作られた茂みに落ちて
さほど怪我することがなかったのか

瑞鶴「違うわよ」

瑞鶴は言う

瑞鶴「あいつが、狙って落としたのよ」

あいつ―金剛さん―が、瑞鶴のことを助けたのだと


瑞鶴「私たちを助けたのだってどうせ金剛なんでしょ?」 

速吸「それは…」

瑞鶴「これで貸しを作ったつもりなんでしょうね」

瑞鶴は彼女を嫌っている
私よりもずっと強く、ずっと重く憎んでいる
翔鶴さんを殺したから

瑞鶴「ふざけんじゃないわよ…」

瑞鶴「次は私が叩き落としてやるッ!」

速吸「駄目ですよ」

速吸「金剛さんは提督さんのお気に入りです」

速吸「手を出した瞬間、極刑に処されてしまいますよ」

速吸さんの警告に瑞鶴はニヤリと笑う
上等だと、喜んで罰せられてやろうと
極刑に対する恐れなどないと

瑞鶴「クソ提督にも影響あるなら、やらない手がないわ」

彼女は、笑った


速吸「そ、そんな言葉…」

速吸「いけません、訂正してください」

瑞鶴「お断りよ」

速吸さんに、瑞鶴は首を振る
煮えたぎった怒り
積み上がった憎しみ
瑞鶴にはやるだけの…殺るだけの理由がある
例え、それが滅ぶ道であろうと

しかし

加賀「瑞鶴」

しかし、私は

加賀「駄目よ。瑞鶴…止めなさい」

瑞鶴「は?」

認められない
瑞鶴が彼女に勝てる要素はあってもなくても関係なく
瑞鶴の望みも分かっているけれど
しかしそれでも、私は

加賀「貴女まで、いなくなってしまうの?」


瑞鶴「私が、負けるって言いたいの?」

首を振る

瑞鶴「なら、なんでッ」

その怒り、その心
分からないとは言わないけれど
分かとも言えない瑞鶴の思い

対し、真っ直ぐ目を向ける
背けてはいけない
合わせられない理由があるのなら、止めるな
瑞鶴の思いを、願いを、目的を
阻むことはするな
自分自身に、怒号をぶつける

けれど私は阻み、拒む
あのときのように、瑞鶴の事を妨げる
しかし、これは違う
同じわがままだけれども、
これは、あの時の私が抱いていた
力をつけつつある五航戦への嫉妬でも焦りでも恐れでもない

加賀「勝っても負けても、貴女はいなくなってしまう」

加賀「…瑞鶴。私は二番艦を見たくはないわ」

瑞鶴「!」

瑞鶴「…っ」


瑞鶴は目を見開いて、ばつが悪そうに俯く
そして、囁くほどに小さく肯定して
私や速吸さんが何も言えずにいると
瑞鶴は赤みがかった顔で睨み付けてきた

瑞鶴「分かったって言ったのよ!」

瑞鶴「もう少しだけ…我慢してあげるわよ」

翔鶴さんのこともある。けれど
生きている私の事を気遣ってくれる瑞鶴の優しさは
気恥ずかしくて、嬉しくて

加賀「ありがとう」

笑って見せる

瑞鶴「ったく…あと。少しだけなんだから」

瑞鶴は悪態をつきながらも、満更でもなさそうな表情だった


瑞鶴「で、今どうなってるわけ?」

速吸「さきほど聞いた話ですが、金剛さん達がまた出撃するそうです」

瑞鶴「出撃? 遠征や演習ではなく?」

速吸「はい。現在、不確定な情報ではありますが」

速吸「駆逐ハ級、雷巡チ級、重巡リ級、戦艦ル級、空母ヲ級」

速吸「かなり多くの深海棲艦が集結しつつあるそうです」

加賀「…前も聞いたわね」

速吸「はい…以前は集結地点の情報に誤りがあり」

速吸「かなりの犠牲が出てしまいましたが」

速吸「だからと言って無視は出来ませんので」

速吸「今回は駆逐艦を先行させて偵察」

速吸「確認でき次第、他鎮守府からはもちろん」

速吸「当鎮守府からも金剛さんを旗艦に艦隊を出す予定になります」


瑞鶴「先行ね」

速吸「はい」

先行させて。とは上手い言い方で
実際には先行させて―囮にして―だ
瑞鶴はもちろん、速吸さんもそれは分かっているけれど
決して、そう言わない

これに似た大規模の作戦の頃は駆逐艦は駆逐艦だったのに
それから十年近く経過した今は、こんなことになってしまっている
あの時亡くなった駆逐艦は幸せだと今は思えるほどに
今の世界は酷く歪だ

この歪み、この崩壊
その原因が
この大規模作戦であることを知っている艦娘は殆んどいない
この鎮守府においても、電さん、金剛さん、私と提督くらいで
瑞鶴は一番艦ながら、歪んでからの誕生ゆえに、知らない

加賀「……………」

あの悲劇は繰り返されるのだろうか…

非常にコメントしづらいけど読んでるぞ


戦艦75隻、空母―軽空母、装甲空母含―68隻、
重巡―雷巡含―102隻、軽巡71隻、潜水10隻、駆逐75隻

(複合艦隊の為、同一艦多数)

不正確―減ることはない―ではあれど
前回の大規模作戦において、鎮守府はこれだけの甚大な被害を被った

作戦に不備があった
情報収集が甘かった
大本営が無能だった
結果的に勝利したとは言え
貶し言葉は数あれど、称える言葉など一つとしてない

そんな大失態の結果、結集していた鎮守府の大艦隊は奇襲され、
奇襲するはずたった作戦が撤退戦に転げ落ち
指示系統は当然のごとく崩壊した

多大な被害は鎮守府全体を大幅に弱体化させ
修理等で資材は底をつきかけ、出撃させなかった練度の低い艦娘では遠征もままならない

そこで提案されたのが、低コストな駆逐艦の量産による物量作戦
生き残った練度の高い艦娘一人に三人ほどつけて守らせる
練度の高い艦娘は大量の資材を持ち帰る
駆逐艦はほぼ裸な状態で駆り出され、必ず一人は沈んだ
けれども、忌々しいことに作戦は成功だった
少しずつではあれど資材は順調に集まり始めた

しかし、戦艦などの大型艦は量産できないため
また、修理にもかなりのコストがかかるために
駆逐艦の盾化が義務付けられ、駆逐艦は駆逐艦ならざる存在へと落とされていった

こういう罪悪感のあることって一度手を染めると止められなくなるんだよな
止めたら自分を正当化できなくなるから


そして今では
駆逐艦が守ってくれているのに
それが当たり前、それが役目
そうなってしまっては感謝はなく
守れなかったことに関しての厳しい罰則だけが生まれ
他の艦娘からもいつしか、道具のように扱われるようになった

その大きな変化の根源
それと同様の戦い

加賀「…………」

今度はどんな変化を及ぼすのか
良い変化か、悪い変化か、私は不安だった
恐怖しかなかった
戦いの勝ち負け
自身の生存率なんかではない
この歪な世界がさらに歪んでしまうことへの畏怖

駆逐艦は駆逐艦ではなくなった
艦娘として底辺に落ちた今
そこからさらに落ちるのだとしたら…それは――……

速吸「――加賀さん、聞いてますか?」

加賀「え?」

瑞鶴「やっぱ聞いてなかったわね」

瑞鶴「大丈夫?」


揺られた体
震わされた鼓膜
目の前にいたのに居なかった二人

加賀「少し考え事をしていただけよ」

嘘つく意味もなく答える
悪態つきながらも心配してきた装甲空母は
ならいいけどとため息をつく
本当、意外と素直な子ね

速吸「では、改めて」

速吸「今回、駆逐艦隊には暁ちゃんも召集されていましたが」

速吸「金剛さんの要望で最前線の金剛艦隊所属になっています」

速吸「また、骨折した加賀さんの代理として瑞鶴さんが編成に組み込まれる予定となります」

この長期泥沼化してどっちも引くに引けないジリ貧の絶滅戦争的雰囲気好き


加賀「え?」

暁さんが最前線?

速吸「加賀さんに関しては、鎮守府防衛用最低限の戦力として」

瑞鶴が私の代理として最前線?

速吸「当鎮守府にて待機せよ。とのことです」

なのに、私は…

私は

加賀「瑞鶴の編成も、あの人が?」

速吸「はい。金剛さんの第一艦隊は金剛さんが基本的に集めていますので」

私は、役立たずだ
改二にすらなれない、弱者
駆逐艦を殺し続けたあの人はそう言いたいのだろうか
瑞鶴も暁も殺してやると
そう、嗤っているのだろうか


瑞鶴「大丈夫?」

彼女の心配、優しさ
それは、私を傷つける
彼女がそう思っていないと分かっていても
私は勝手に傷を負う

加賀「っ」

弱いから
怖いから
脆いから
私はどうしようもないほどに、弱者だった
瑞鶴を失いたくないと、心が泣く
暁さんを奪われたくないと、心が怯える

いつしか紅茶を嗜む姿を見ることのなくなった彼女が昨日見せた最後の笑みが脳裏に浮かぶ
曲がった口角
食いしばった唇
笑わない瞳
光があるようで、光のない瞳

彼女は言う
お前は弱い、お前は脆いと
あの時、そんなことは言っていなかったのだと分かっているのに
頭の中の彼女は私を叱責する

それはやはり、私の弱さゆえに見える幻覚
聞こえる幻聴
理解できても免れえぬ恐怖が、私を身勝手に追い込んでいく


瑞鶴「心配、しなくていいわ」

そんな私を気遣って

瑞鶴「翔鶴姉のようには、絶対にならない」

瑞鶴は言う

瑞鶴「だからそんな顔、しないでよ」

不安そうな顔で

加賀「………」

それは姉妹ゆえか
それは友ゆえか
それは弱い私の願望か

《そんな顔、しないでください》

亡き彼女の姉と姿が重なった

加賀「あぁ…」

なぜ
どうして
私はこうも弱くなってしまったのか
赤城さんを失って
鳳翔さんを失って
翔鶴さんを失って
打たれ強くなるべきはずなのに
どうして…

加賀「私は」

瑞鶴「加賀さん?」

加賀「私は今…どんな顔をしているの?」


自分が分からない
考えも、心情も、表情も
私と言う存在が分からない

加賀「瑞鶴…」

彼女は困惑していた
無理もない
突然そんなことを聞かれても理解できるはずもない
なぜ、どうして
そんな問をするのかと
惑うのは致し方ない

瑞鶴「疲れてるのよ」

瑞鶴「骨折してるんだし、休みなさい」

熟孝の末に彼女は言った
彼女から、他人から
一航戦の加賀型航空母艦はどう見えているのか
彼女は避けたのだ


だけれども、しかしながら
避けたという回答は私に一つの解を与える
答えられないような表情である。と

加賀「そう、ね」

精神的に弱っているという点の否定はできない
いや、戦力的な意味でも否定は出来ない

私は私が役立たずであると気づいた
何もかもに恐れを抱き、怯え
不安を抱き、生存―逃走―を意識してしまう
軍人としても軍艦としても無能になっていると私は知った

そんな私が
《そんなお前が》
なんの役に立つというのか
《なんの為になるというのか》
軍人として終わっているのなら
《軍艦として終わっているのなら》
死んでしまえ
《壊れてしまえ》

加賀「嗚呼…」

加賀「これが、死を恐れない弱さ」

瑞鶴「?」

どうせ死ぬのなら…金剛も提督も巻き込んで…壊れてしまおう
直せないよう念入りに、すべてを飲み込む破壊の力で

誰かが言った、誇れるように生きてほしいという言葉が
どこかで聞こえた気がした


比較的軽い怪我で済んだ瑞鶴
大怪我であろうと徴兵された暁
二人のいなくなった医務室のベッドで一人、天井を見上げる
何もかもを吹き飛ばす。というのはいいのだけれど
その方法もあるにはあるのだけれども
この状態ではどうしようもなかった

怒りに我を忘れてというのも、
今の冷静すぎる頭には無効なようで
少しでも動かそうとすれば、鎮痛剤を乗り越えて激痛が走る
ゆえに、もどかしくて仕方がなかった

加賀「………」

不確定情報が確定情報であろうと
鎮守府待機の自分にはどうしようもない
ほとんど何の関係もない
瑞鶴や暁さんの心配はあれど、それ以上はなにもない


改二であり、提督とのケッコンカッコカリを終えた駆逐装甲戦艦
彼女は、どうせ死なない
どれだけの艦娘達が犠牲になろうと、彼女だけは絶対に生きて帰ってくる
そうでなくとも、彼女の心配なんて……

金剛「oh…加賀さん。痛々しいですネー」

加賀「!」

いつの間にか来ていたその人
自分がしたことなのにも関わらず
飄々とした顔で、心配している振りをする

加賀「…何をしに来たの?」

裏側に帰れと言葉をくっつけたのだけれど
彼女は来客用の椅子に腰掛けてにやりと笑う
あくまで居座るつもりらしい
本当に、憎たらしい
体を下手に動かせないのが苛立たしい
嗚呼……壊したい

金剛「編成は聞きましたカー?」

加賀「…ええ」

金剛「本当は加賀さんを連れて行くつもりだったから、残念デース」

加賀「どの口がそれを言うんですか」


金剛「んーどうですかネー」

彼女は私の冷たい声にも適当に答える
一瞬、笑ったようにも見えたけれど
瞬きした時にはもう、いつもの型どられた表情に戻っていた

金剛「しかし、前回同様の大規模作戦とは。上の人達は懲りませんネー」

馬鹿だとでも言いたげな明るい声

金剛「あれで全部消えたんですヨー? 榛名も、霧島も、比叡も。ブッキーもみんな。消えた」

加賀「…………」

金剛「今度は何が消えるんですかネー……ツッキー? 瑞鶴? それとも、私?」

彼女は、やはり笑っていたらしい
その結果を望んでいるかのように
すべてが消えてしまうことを望んでいるかのように
戦争の敗北を望んでいるかのように

金剛「ふふっ……加賀さんが消えて欲しいのは私ですかネー? でも、私は二人共殺しマース」

金剛「ふたりを殺して私も死ぬ。私は死んで、加賀さんの憎しみも恨みも悲しみも、何も果たせたくしてあげますヨー」

彼女は物騒なことを言いつつ、その手ではりんごの皮をむく
……りんご?

加賀「何を、しているの?」

金剛「一応、名目上はお見舞いですからネー」

ああなるほど。速吸さん対策ですか

金剛「速吸はああ見えて、怒ると怖いですヨー? 知ってますカー?」

彼女の言葉に、どこからともなくそんなことはないです。という声が飛ぶ
金剛さんの言葉が冗談だと分かっているからなのか
それともそういう人柄なのか
速吸さんの声は全くと言っていいほどに怒りはない

金剛「まぁ、とにもかくにも。私は加賀に殺される気はないですネー」

切り終えたりんごは、以外に上手い形でうさぎになっていた
この人は、料理……するんだったか

金剛「私は生きなきゃいけない。そのためならいくらでも犠牲にする」

加賀「だから、暁さんと瑞鶴を連れて行くのね」

金剛「貴女には大人しくしていて欲しいですネー。私が暗殺でもされたら。色々と困りマース」

数匹のうさぎが乗った白い紙皿
彼女はそれを机に置くと、もう来ないデース。と笑う

そうしてくださいと言い返す
彼女は背中を向け、何も言わなかった


翌日、暁さんが行くはずだった駆逐の囮艦隊が出撃することになった
電さんの姉妹艦である、雷型駆逐艦、響型駆逐艦も含め、ほとんどの駆逐艦が出払った
秘書艦ゆえに残る電さん。別艦隊ゆえに残らざるを得ない暁さん
見送りに来た二人を、死ににいく駆逐隊は羨ましそうに、恨めしそうに見ていたらしい
さらにその先導艦隊として
空母である翔鶴さん含む、数人編成の代替艦隊―通称捨て駒艦隊―が一緒に出撃したらしく
人の多かった鎮守府は閑散としてしまっているらしい

電「電も、居残り組なので最後まで加賀さんと一緒にいるのです」

それらの報告をしてくれた電さんは笑みを浮かべる
その不安の蓋は、少しばかり歪んでいるようにもみえた

電「明日、改めて金剛さん率いる金剛艦隊が出撃予定となるのです」


加賀「…そう」

明日になれば、居残り組である
扶桑型戦艦二番艦、扶桑
加賀型航空母艦一番艦、加賀
鈴谷型重巡洋艦二番艦、鈴谷
川内型軽巡洋艦二番艦、川内
電型駆逐艦一番艦、電
くらいしか艦娘は残らない

工作艦の明石さんまでも応急修理要員として駆り出されてしまう
みんなの帰る場所、鎮守府
それを守るための精鋭部隊というわけでもない

みんなにはみんなの代理がいる
その代理を犠牲にすることで、ここにいる
したくてしたわけではない
けれども、するしか無かった

電「暁さん達を呼んできますか?」

加賀「………」

加賀「無理に連れてくる必要はないわ」

加賀「あの子達にも来ない理由があるはずだから」


電「」


電「解りましたのです」

電「加賀さんがそれで良いのなら」

電さんは悲しそうに言う
それはきっと、これが別れだと思っているから
もう二度と会えなくなると…

加賀「彼女の艦隊じゃなければ…助かる可能性はあがるのに」

電「それは…」

電さんは何か言いたげにしながら
唇を噛み締めて首を振る

電「とにかく、明日でお別れなのです」

電「もう、車椅子や松葉杖なら出歩けるとは思うので」

電「出てみるのも悪くないと思うのです」

そして、電さんは部屋から出ていく
何か、言いかけた
金剛さんに関してのことで…
電さんは、彼女を支持するのかしらね


加賀「静かね…」

まだ艦娘はいるはずなのに
もう誰もいないかのように静まり返っていた

居なくなったのは駆逐艦ばかり
けれどもこの鎮守府はもちろん
どこの鎮守府でも人数的には駆逐艦が8割9割を占めているために
どこも似たような状況だろうけれど

明日には更に人がいなくなる

まるで、勝利でも敗北でもない終戦
崩壊、荒廃へと向かっているようにも思える


加賀「?」

ふと、外を見下ろすと
嫌いな戦艦が外を歩いているのが見えた
いつもの煩わしく腹立たしい飄々としたものを感じさせない姿が気になって、目で追う

加賀「あの先は…鳳翔?」

そこにいくとは限らないけれど
彼女が向かっている方向には鳳翔くらいしかない
今からいっても追い付けない…けど

いくべきね…彼女が明日からいなくなるのなら
なおさら、知っておく必要がある

転んだりしないように注意しながら
けれども急いで、鳳翔へと向かった
知るべきこと
知りたいことを知るために


鳳翔に行くと、中から色々な音がした
ガタガタと荷物を運ぶ音
水を流す音、なにかを洗う音
何かを掃く音
それは紛れもなく、掃除をしている音で

ばれないように窓から中を覗く

金剛「……………」

やっぱり、彼女だった
私が嫌いな人は、私が好きな人の大切なものを清潔に保とうとしている
見返りのないその行為に勤しむ表情は悲しげだった
けれども、笑っていた

悲しげに、切なげに
慈愛に満ちた、柔らかい笑顔

金剛「……………」

彼女はたった一人で、店を掃除した


金剛「ここに来ることができるのも」

金剛「…いえ」

金剛「ここに来るのはこれが最後デース」

彼女は掃除を終えると、カウンターの椅子に腰かけて紅茶を注ぐ
一人分ではなく、二人分

一つは、誰もいない店員側に
一つは、自分の方に

金剛「とても、長かった」

金剛「私はこの戦いで死ぬ」

金剛「この戦いで生きたからこそ、この戦いで」

金剛「帰るべき場所に…沈むべき深海に」

帰るべき?
沈むべき…?

金剛「この鎮守府ですべきことは終わったから」

鎮守府一の嫌われ者
駆逐艦の殺戮者
駆逐装甲戦艦
そんな冷血な艦娘と同じはずなのに
彼女は…

金剛「…心残りがあるとすれば」

金剛「加賀先輩か、瑞鶴か。どちらかしか選べなかったこと」

…?
私か、瑞鶴
その言葉が理解できなくて
驚きを呑み込んで、耳を澄ます

金剛「提督も酷い男なんですヨー」

金剛「役立たずの上に反抗的な奴は、捨て駒艦隊に入れておけと」

金剛「あれには、流石に困りましたネー」

彼女は笑う
私の驚きも知らず
彼女は悲しむ
私の心を知らず
彼女は…嘆く
ずっと敵視してきた私達を想って

やっぱり加賀瑞鶴に見えていた金剛と電に見えていた金剛は違ったのか


金剛「流石に、足の折れた艦娘は出撃さえさせられないみたいで」

金剛「なんとかなりましたが…」

金剛「きっと、凄く痛かった。辛かった。苦しかった」

金剛「先輩は死にたいと思ったかもしれない」

金剛「それでも、私のわがままで生き長らえさせてしまった」

紅茶の注がれたカップを両手で持つ
けれども、彼女は一口も飲もうとはしていない

金剛「…きっと、凄く恨まれてますネー」

金剛「殺したいほどに、憎まれてるかもしれませン」

金剛「先輩だけでなく、この鎮守府に」

金剛「当然、明日出撃する私の艦隊にも」


そんなことを言いながら
そうであると解っていながら
彼女は笑う
とても嬉しそうに、悲しそうに

金剛「お陰で、守られずに済む」

金剛「あの時のように、五人で一人の命にはならずに済む」

金剛「私はようやく、守られるのではなく」

金剛「守るための艦娘になれる」

五人で一人…
あの時の編成は確か
榛名さん、霧島さん、比叡さん、吹雪さん、大鳳さん
そして金剛さん

そして…生き残ったのも金剛さん。ただ一人

金剛「大本営の穴だらけの作戦」

金剛「電の、危険だと言う言葉に耳を貸さなかった提督の慢心」

金剛「何より、あの時になにも出来なかった自分の弱さが憎かった」

面白い


金剛「だから」

金剛「深海棲艦を一心不乱に討った」

金剛「駆逐艦を逃がしながら、鎮守府にも敵を作り」

金剛「自らの安堵…安寧を捨てた」

金剛「あの人とだってケッコンカッコカリをした」

金剛「強くなるために、私はこの体を売った」

金剛「……………」

金剛「foolな命令、指示しか出来ない無能さを」

金剛「全て艦娘に…駆逐艦に押し付けたあのマザーファッカーに」

金剛「気に入って貰うために。守るべきものを守るために」

金剛「艦隊指名権を、手に入れるために」

金剛「なんだってしてきた…全ては。この日のために」


金剛「貴女を殺させたあのクズの最期の顔は」

金剛「本当に愉快でした」

金剛「…鳳翔。私はきっと」

金剛「私のソウルはきっと、貴女と同じ場所には行けない」

金剛「…だから、これでお別れデース」

彼女は寂しげに
けれども、やりきった達成感を感じるような
満足げな笑顔で
カップを触れ合わせる

彼女は彼女らしからず、紅茶を一気に飲み干す

金剛「後は電が引き継いでくれマース」

…電さん?
電さんも関わっている?

金剛「あの場に。貴女の夢見た世界に」

金剛「あの子達と私達はいませんが…」

金剛「貴女の後輩が、やりきってくれる」

鳳翔さんの後輩って私達…?

金剛「願わくは、幸多き未来であらんことを」

彼女は幸せそうにそう言うと
カップを片付けて、一息つく
それは、優しさを捨てるための下準備

金剛「あと一日…ふふっ、大丈夫ネー」

金剛「最期まで、私は駆逐装甲戦艦、金剛デース!」

その笑顔は…
私がいつも見てきた、なりきれていない無機質な笑顔だった


加賀「…あの時と同じ、甘い匂い」

彼女の去って行った鳳翔はしっかりと施錠されてしまっていた
けれど、金剛の優しさが尾を引くように
甘い匂いが鼻腔を擽る

あの匂いを感じた日
私は鳳翔に来る前に彼女にあった

あの日も、ここに来ていたのだろうか
あんな風に掃除して
たった一人で、笑って悲しんで
不安を揉み消し、心配を噛み砕き
優しさなど感じさせないように心を叩きのめして…

加賀「私は…私達はとんでもない勘違いをしていたと言うの?」

金剛型戦艦の一番艦、金剛は
あの惨劇以前の
優しいお姉さんのままだった?
だとしたら、あの人は…

加賀「っ!」

怪我を忘れて無理しかけた足の痛みに
私はその場にへたりこむ

加賀「く…」

この足だって、治りやすい比較的綺麗な骨折だと聞いた
強引にへし折ったなら、粉砕骨折していてもおかしくはないのに

彼女の言葉が本当なら、捨て駒にされないために
治りやすく。けれども出撃出来ない骨折をさせた

加賀「…どうして、言わないの?」

加賀「どうして、なにも言って…くれなかったの?」


彼女は電さんと組んでいた
けれどもずっと、
電さんとは必要以上に関わらず
孤高の駆逐装甲戦艦として、戦い抜いてきた

電さんもなにも言わせてはもらえなかっただろう
ただ、争わないでと止めるくらいしか出来なかっただろう
私と彼女が傷付き合うのを見て、辛かっただろう

加賀「私は…なんてこと」

加賀「っ」

殺さなくてよかった
手を出さなくてよかった
最後の一日を残して知ることができてよかった

加賀「話し合いよ…金剛さん」

痛みに耐え、立ち上がり松葉杖で歩く
彼女は松葉杖無しで歩き続けたのだろうか
なんの癒しもなしに…生きてきたのだろうか

その苦しみ、痛み、辛さ
想像も出来ないものを抱える彼女の自室に向かう


加賀「…………」

金剛と書かれた部屋の前で立ち止まり、深呼吸
彼女がこの部屋にいることは確認済みだ
後は、叩くだけ

加賀「行きなさい。加賀」

加賀「知ることができなくなる前に」

叩くと木製の乾いた音が聞こえ
金剛さんの「少し待つネー」という声が聞こえた

そして

金剛「oh…闇討ちですカー?」

開口一番
解錠一番
彼女の困ったように笑って見せる

それはやっぱり…作り笑顔だった


加賀「お話があります」

金剛「?」

金剛「あー……編成を変える気はないネー」

金剛「第一、加賀さんは出撃できない役立たず。デース」

彼女の癇に障るこの言葉も、声も
あれを見てしまっては
とても、辛そうに思えてしまう

加賀「……いえ」

どれだけ無理しているのだろう
どれほど我慢しているのだろう
その偽りの笑顔の裏で
金剛さん。貴女は一体、どれほどの苦しみを味わっているの?

加賀「貴女の編成に、異論はありません」

金剛「? なら……」

加賀「鳳翔。と、言えば、分かりますか?」

彼女は驚きを瞳だけに留めて、私を見る
思った通り、そのキーワード一つで察してくれたらしい


さっきの今だ
あの光景を見られ、あの言葉を聞かれたと判断するのは易く
金剛さんは深く息をすると、冷たくない目で入室を促す
素直にしたがって入ると、甘い匂いがした

とても落ち着く、優しい匂い

金剛「見られてたんですネー」

金剛「人も減ったしそこまで警戒する必要はない」

金剛「なんて」

金剛「なるほど、慢心してましたネ」

彼女は笑う
貴女も笑ってくださいと
けれども、私は笑うことが出来なかった
出来るわけがなかった

彼女がとても、悲しそうに見えたから

加賀「………」

けれども、それは私の表情に出てしまっていたのか
金剛さんは逡巡して、首を振る

金剛「余計なことは考えないでくださいネ」

金剛「あんなのは、ただの……弱音デス」

金剛「大戦が控えていたから憂鬱だった。ただ、それだけ」

苦しい嘘だと、きっと駆逐艦でも分かるだろう
その言葉は努力にまみれていて
その表情は悲哀に満ちているから


加賀「……駆逐艦。貴女は、駆逐艦をどうしたんですか?」

金剛「爆破したヨー……なんて。いうだけ無駄ですネ」

金剛「そんな顔しなくても、正直に話しマース。どうせ、いずれ電から伝わることですから」

金剛さんは呆れたように言う
自分に対してか、私に対してか
一概に決めることが出来ないのはきっと、彼女が困っているからだ

金剛「私が轟沈した―事にした―駆逐艦は翔鶴と一緒にいるネー。もちろん、一番艦の翔鶴デス」

加賀「それはどういう……」

金剛「駆逐艦だけでは生き難い世界ですからネ」

金剛「ゆえに、私達は駆逐艦に好かれている翔鶴か鳳翔どちらかを先に轟沈させることにしたんですヨ」

金剛さんはまだみんながいた頃を思い浮かべ
嬉しそうに苦笑する
言っている言葉は物騒だけれど
きっと
彼女にとっては明るい話なのだ

彼女の言葉を鵜呑みにするなら
それはまさしく救うための選択で
幸せな未来への第一歩だったのだから


金剛「唯一の誤算は、後から送るはずだった鳳翔の子たちが、鳳翔とともに壊されてしまった事」

金剛「あのク…提督があそこまですると見抜けなかった私の甘さが招いた悲劇」

金剛「だから私は急遽、駆逐艦の轟沈を最優先にしたネ」

金剛「貴女や瑞鶴が駆逐艦を庇って同じことにならないように」

そう言うと、彼女は冗談っぽく眉を潜めると
嘲笑して、ため息をつく
それは間違いなく私に対してだった

金剛「あわや、捨て駒艦隊配属のピンチになりましたが」

加賀「貴女がなにも言わないから」

金剛「そうですネ」

彼女は笑う
浮かべているのはいつもとは違う、笑み
それは、彼女が独り言でしか言えなかった事が
誰かに言うことができる解放から来ているのかもしれない


加賀「けれど。つまり、貴女が殺した駆逐艦達は、みんな生きている。ということ?」

金剛「イエース」

金剛「私が、沈めることができた子達だけは。ネー」

金剛さんは悲しそうに言う
駆逐艦が盾となって死んでいったのは金剛さんと一緒の時だけではない
他の誰かを守って死んでいった子はたくさんいる
その中にはきっと、金剛さんが助けようとしていた子達もいるのだろう

私を見ていない彼女の目は
何処か遠くを見ている
思えば、私が見てきたこの人の目は
ずっと、私が知らなかったものを見ていたのかもしれない

加賀「…………」

ふと、彼女の机を見ると
鳳翔さんが守ろうとしていた子達と映る金剛さんの写真があった
他にも、たくさんの駆逐艦
沈んだ子も、金剛さんが沈めたという子も
そして、榛名さん達の写真
そして、金剛さんがもっとも仲の良かった吹雪さんとの写真

そうだ、どうして。忘れていたのだろう
この人は、駆逐艦にとって優しい姉だった
同様に、駆逐艦は金剛さんにとっての妹だった

そんな人が、二番艦にもなっていないのに
盾にして、使い捨てて、罪悪感もなく平然とできるわけがないのだと
どうして、もっと早く気づいてあげられなかったのだろう


金剛「さて。貴女の大事なツッキーも瑞鶴も。ちゃんと送りマース」

金剛「貴女は明後日、電と共に所定の場所に向かってくださいネ」

加賀「……川内さん達は?」

私が聞くと、彼女は悲しげに首を振る
そこには、願わくばという気持ちがあって
けれども叶えるわけにはいかないという悲しさがあった

金剛「染まった艦娘は救いようがない」

金剛「だから、私は多くを見捨てる」

金剛「それは私が諦めた命。見捨てた命」

金剛「私はこの手以上の救済や」

金剛「考えなしに手を差し伸べることかできるほど」

金剛「ヒーローではないですネー」

彼女は笑う
それは悲しさゆえの、誤魔化し


けれど、私は思う
貴女はヒーローだった
理解されることなく
ただ一人で狂者を演じ続けた正者だった。と
辛さも、苦しさも、悲しさも
何もかもを押さえ込み、嫌われものであり続けた貴女は…

加賀「生きて、帰るつもりは」

金剛「ノーサンキュー」

金剛「私はこの死に場所がふさわしい」

金剛「冷酷非道で残虐無比の駆逐装甲戦艦金剛は」

金剛「もう、疲れました」

貴女は、もう…休みたいのね
この大戦の中で広く暗い海の底で

加賀「…そう、ですか」

死ぬと言っているのに
そんな、老衰をするかのような穏やかな顔をされては
死なないでとは、言えない
生きてとは言えない
私はずっと、貴女の敵だったから
貴女のことを苦しめてきた存在だったから


金剛「そんな顔を、しちゃダメヨー」

加賀「っ」

金剛さんの手が私の頬をなでて
視線は自然と彼女へと向く
冷たい手は温かい心を示す
けれども彼女の温かい手もまた優しさを感じさせる

金剛「その気持ちは嬉しいですが」

金剛「私は要りません」

どうして…

金剛「サンキューネー、加賀さん」

加賀「………」

こうなるしかなくなってしまったのだろう

金剛「貴女のこれからに、祝福を」

彼女はそう言って私の頬にキスをする

金剛「貴女のその優しさ。好きですヨ」

そして、もう行ってください。と、部屋を出されてしまった
貴女に、貴女の好意に
私はなにも言って居ないのに
金剛さんはそれ以上、なにもさせてはくれなかった

その翌日、瑞鶴や暁さんを含む金剛艦隊他数名が出撃
その夕方には、開戦したことが伝わってきた


電「そうですか…聞いたのですね」

私は電さんに彼女から聞いたことを伝えた
やっぱり電さんも関係者だったようで
私が知っていたことを除いて、驚くそぶりはなく
ただ、悲しげに肯定した

あの人の言葉は、嘘ではないと

電「金剛さんは吹雪さんに対してそうだったように」

電「駆逐艦に対して、とても優しい人なのです」

電「吹雪さん達が居たときも、居なくなった後も」

電「金剛さんの夢は、戦い抜いた世界でのティパァティ」

加賀「ティーパーティー?」

電「な、なのです」

電「吹雪さん達が居なくなってから」

電「駆逐艦のみんながあんな扱いをされるようになってから」

電「金剛さんのその思いは強く。意志は固くなって」

電「とても、頑張っていたのです」

そう
あの人は頑張っていた
自分がどれだけ嫌われようと
憎まれようと、恨まれようと
彼女にとって不名誉な称号を与えられるほどに

電「電も仲間を増やすべきだと言ったのです」

電「けれど鳳翔さんの件もあって、金剛さんは頑なに孤独を望んだのです」

電「最期まで」


きっと、鳳翔さんの事がなければ…
でも、それは全部後の祭り
何もかもが、取り返せない過去

加賀「っ」

電「…明朝、ここを出るのです」

加賀「提督はどうするの?」

加賀「金剛さんが居ない今、電さんが彼と同衾を…」

電「その点は、金剛さんが何とかしてくれたのです」

電「あの日からずっと練ってきた計画は」

電「一片の抜かりもないのです」

電さんは少し、悲しげだった

そして予定通り、私達は明朝に鎮守府を抜け出した
憲兵の目は電さんの後をついていくだけで簡単に通り抜けることができた

電「…みんなが待っているのです」

加賀「……死んだはずのみんなが」

加賀「…………」

電「なのです。時間はかかっちゃいましたが」

電「ようやく、電達は金剛さんの夢を叶えてあげられるのです」

電さんの声はとても嬉しそうで、幸せそうで
けれどもとても悲しげで、切なさを感じる
本当なら、金剛さんも居るべきだから
あの人が、居るべき場所だから

加賀「そうね」

同意する
聞いたばかりで何を言っているのかと貴女は言うかもしれない
けれど、これは私の罪滅ぼし
一番尽くすべき相手の居ない世界で
貴女の夢を叶え続けていく


それから数日、休みながらも移動を続けてたどり着いたのは
海に面した鎮守府とは打って変わった山中の家
それは意外と大きくて、屋内外から子供の元気な声が聞こえる
そして

「先輩…?」

加賀「!」

彼女が居た
鎮守府でも最近まで聞いていた声
けれども久しく聞いていなかった彼女の声

加賀「貴女…」

翔鶴「先輩…お久し振りです。無事で…良かった」

夢のような現実は、そう簡単に受け止められなくて
彼女が駆け寄って、抱き付いてきてからようやく
私の体は動かせるようになった

気持ちのように強すぎないように
そう気をつけながら、抱き返すと
しっかりとした、命の温かさを感じて……現実だと、信じられた


翔鶴「すみません。連絡も出来なくて」

翔鶴「最後まで、バレる可能性は無くしたいといわれてたんです」

翔鶴さんは私たちとの合流を喜びながら、
それが金剛さんとの別れであることを知っているのか
悲しげに笑う
それは、彼女のためにも泣くまいとしている笑顔

加賀「瑞鶴たちは?」

翔鶴「明日には合流するかと思います」

加賀「……そう」

きっと、彼女に強く言いくるめられたのだろう

翔鶴さんはこの戦いから抜け出すことに関しては
何も言おうとしなかった
そもそも、居たところで彼女はみんなを守ろうとしてしまう
つまりは、悔しいけれども足手まといだ

私たちの鎮守府最強の戦艦が全力で戦うために
少しでも勝率を上げるために
彼女が、少しでも生き残れる可能性の為に
むしろ、居ないほうが良い
彼女のためにも、世界のためにも


翔鶴「たくさん……話したいことがあります」

加賀「ええ。私もよ」

轟沈―離別―してからこれまでのこと
何をしていたのか、何があったのか
こちらでの彼女のこと
向こうでの彼女のこと
話したいことは、たくさんあった

ここまでの旅路の疲れも忘れて
私と翔鶴さん、駆逐艦のみんなも一緒に
ずっと話し続けた
駆逐艦が眠ってからも、起こさないようにと気を使って
こっそりと、ふたりで外出して
彼女のことを話し続けた

加賀「脚色してる?」

翔鶴「いえ、してませんよ」

私の合間の言葉に、翔鶴さんは苦笑する
こちら―隠れ家―にいたときの彼女はとても優しくて
駆逐艦にスコーンを振舞ったり、紅茶の入れ方を教えたりと
昔と変わらない姉のままだったらしい

向こう―鎮守府―での彼女との大きな違いに思わず言った言葉は
もちろん、わかっていてのこと
惜しむらくは、それがつい最近まで知ることが出来なかったことだ


翔鶴「海のにおいが、しますね」

山中と言っても
風が吹けばどこからともなく海のにおいがする
遠くも近い私たちが居るべき場所は
肉眼では、はるか遠く

加賀「……そうね」

けれど、どこかで砲撃の音がする
戦禍の赤色が、見える
今もどこかの海の上では、戦争が続いているのだと
幻聴と幻覚が押し寄せてくる

翔鶴「これで、良かったんでしょうか」

翔鶴「戦うべき私たちが」

翔鶴「戦わずに。ここに居て」

そっと、体が触れる

加賀「それが、あの人の望みよ」

嫌われ者で、意地悪で、冷酷無比
悪逆非道の駆逐装甲戦艦
金剛型一番艦、金剛

彼女の――願い

翔鶴「瑞鶴と暁ちゃんがあと数時間後には合流できるそうです」

加賀「誰から?」

翔鶴「金剛さんから最期の連絡がありました。無事、生かせました。と」

行かせた……ではなく、生かせた
あの人らしいといえば、らしいのだろうか
翔鶴さんは笑う様子もなく、息をつく

翔鶴「グッバイ、翔鶴。あの人はそう言いました」

翔鶴「いつものシーユアゲイン。ではなく、そう、言ったんです」

そう言う翔鶴さんの手には艦載機が一つ

翔鶴「…少し、肩を借りてもいいですか?」

胸ではないのは配慮なのか
それとも、見られたくはないのか
聞くのは可愛そうだ

加賀「好きにしなさい」

翔鶴「ありがとうございます」


触れているだけだった体が重さを委ねてきて
無様に倒れないようにと、足に力を込める

翔鶴「多くの駆逐艦が、金剛さんを冷酷戦艦と恐れ」

声が震える

翔鶴「多くの軍人が、金剛さんを最高の兵器だと褒め称える」

体に力が籠っていく

翔鶴「しかし、私達は」

翔鶴「私達…だけは…」

翔鶴さんの額が腕に押し付けられて

翔鶴「金剛さんを人として、しっかりと想ってあげたい」

袖に、翔鶴さんの感情がしみこんでいく

加賀「そうね。そうしましょう」

抱き寄せることもなく、ただ黙って体を貸して
清々しいほどに見える星空を仰ぎ見る
人は死んだら星屑に。艦娘は死んだら藻屑になる
そういったのは、どこの誰だったか

……だれがそれを言ったのかなんて、関係ない
死んだら何になるのかなんて、関係ない
死んだあと、幸せなのかどうかが重要なのよ

そう考えて、目を閉じる
見えるのはやっぱり、あの人の駆逐艦みたいな子供っぽさ
煩わしいと、苛立たしいと
そう思い続けたそれは、なければないで、物足りない

もっとも、あの人が死んだと証拠が出るまでは
生きていると、思ってしまう。信じてしまうかもしれないけれど

加賀「戻りましょう。翔鶴さん」

翔鶴「……はい」

私たちを押すように吹く風は
時期にも場所にもそぐわない温かさがあった






――翌朝、合流したのは瑞鶴と暁さんの二人だけだった





        ―エピローグ―


あの大戦、あの逃走から半年ほど経過した
大戦に勝利したからか、それとも
あれが深海棲艦にとっての最期の悪あがきだったのか
深海棲艦が出てくる頻度は激減し、
残党狩りという名の遠征だけが艦娘の仕事となっている
鎮守府の数もひとつ、またひとつと減らしていくらしい

艦娘の処遇に関しては、伝え聞いた話なので不確かだけれども
軍縮に伴って一部を残して大幅に解体しているとのこと
ただ、その解体というのが殺処分ではないか。という噂が流れている

というのも、解体された艦娘がどうなったか
姿を見た人が居ないからだ

さて。私たちに関してだけれど
あの日の山小屋で変わらず、過ごしている
年長組―正規空母―はそれぞれ仕事を何とか探し出して働き
駆逐艦に関しては、家で出来る副業を翔鶴さん名義でやっている

戸籍のない私達だけれど、戦時中というのも幸いして
上手い具合に新しい戸籍を発行中
そこらへんの上手なわたり方を披露してくれたのは電さん
さすが、長年秘書艦だっただけはあると、素直に思った
それでも
戦争孤児は意外に多くて、順番が回ってくるのはもう少し後になりそうだけれど
それが終わり次第、電さんたちには学校に通ってもらう予定

大変な毎日だけれど
命を懸けていた日々とは比べ物にならないほど楽で、生きやすくて
何より楽しくて、幸せで
だからこそ……あの人が居ないことが残念でならなかった

「おーい。加賀君」

加賀「ぁ、はい」

少しぼうっとしてしまっていたらしい
仕事をしないと……

「ちょっと、これを隣町の支部に持って行ってくれないか?」

加賀「分かりました。これだけで問題ありませんか?」

「ああ、それだけ――じゃない。っと。これもだ」

能力的には秀でていても
ちょっとばかり抜けのある上司は無い髪を掻く
残念ながら、そっちはちょっとではない

「すまないが。頼む。急ぎでね」

加賀「いえ」


事務所を出て、自転車に跨ると
先ほどの上司がもう一度頼む。と、頭を下げてきた
暑い日、私を外に出すことに罪悪感がある上司
彼―提督―とは大違いだ

彼については、金剛さんが言ったとおり
もうすでにこの世には居ない
私も後で聞かされた話だけれど……金剛さんと彼だけの部屋で
遺体が見つかったらしい
彼はユウガオの花を抱いていたらしく
翔鶴さん曰くそれは<罪>らしい
要するに、彼は罪を抱いて死んだ
あるいは、その花も枯れていたことから
罪とともに死んだと言うこと

加賀「……ふぅ」

自転車を飛ばして、隣町を目指す半ば
上り坂の苦しみを吐き出すと
すぐ横の歩道を歩いていた人が、笑った

「この坂は、ベーリーハード。ですが」

「だからこそ、この先は気持ちがいいですヨー」

加賀「!」


彼女は――
駆逐装甲戦艦、金剛は大戦にて行方不明となった
轟沈した艦娘も、本当の行方不明も
すべてひっくるめて行方不明けれど
とにかく、彼女は行方不明になった

加賀「貴女は……」

「坂道でも、勢いは出しすぎちゃノーなんだからネー」

だから、あの人はきっとどこかで生きている
私達はそう思うことにした
いつかみんなの前にひょっこりと顔を出して
悪びれた様子もなしに、お茶会を開くのだと

加賀「貴女という人は」

だから、ずっと……

「……ソーリー。死に損なっちゃった」

加賀「頭に…きました」

彼女の飄々とした物言いに
私はそういって、自転車から降りて近づく
殴られると思ったのか、彼女はきゅっと目をつぶって
けれども、逃げずに立ち尽くす
だから私は

「!」

加賀「さすがに、気分が高揚しました」

――あの日、部屋を追い出される寸前の仕返しをした


         ~艦!~

これにて
甘えん坊な暁ちゃんと、
不器用ながら優しく付き合ってあげる加賀さんの話は終わりです

ありがとうございました依頼出してきます

提督まるで良いとこなし

よかった乙
金剛が手向けてた花はなんだったの?

エーデルワイス
花言葉は「大切な思い出」、「勇気」
http://i.imgur.com/cKslAUu.jpg

乙でした!



けれど、魂や記憶は鎮守府に帰ってきて2番艦、3番艦に宿るのだとしたら……いや、よそう

なるほど
金剛、電、そして加賀がそれぞれ未来のために戦ってたんだなあ


いい話だった

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年07月14日 (木) 04:23:43   ID: fnqt5inL

素晴らしいわ

2 :  SS好きの774さん   2016年07月15日 (金) 00:36:48   ID: -iQE7bGR

これは、これはバードスキンだわ

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