妹「私と兄貴」 (5)


「瑞葉は将来なにになりたいんだ?」

 確か前に見せてもらったときは8mmと書いてあった
あまり見かけないメンソールの煙草を咥えながら兄の鋼樹は
まるで父親のような事を口にし出した。

 お風呂上がり、バスタオルで髪の水気を雑に取りながら
冷蔵庫を開けてアイスを取り出そうとしていた私は余りにも唐突な
その台詞に少々止まってしまった。
だって、まさかフリーターの兄にそんな事を聞かれるとは思っても見なかったから。

 バタンと冷凍室を閉める。
ふわりと冷気が白く舞って足元を一瞬冷やす。
物欲し気にこちらを見る兄はみない事にして
「兄貴こそ、さっさとなにかになんなよ」と眉を顰めて見せると
兄はクククと喉を鳴らして猫の様に笑ってみせた。

「バイトだけじゃ、いつかやっていけないっしょ?」

 ふぁふぅ。と言った音を立てながら煙を天井に向けて吐く兄。
ソファの真ん中に堂々と座るその兄の横腹を蹴って空いたスペースに腰を降ろす。
なにか言ってくるかなと思ったけど、兄は蹴られた勢いで肘掛に上半身を
寄りかかるように身体を傾けたまま動かない。

「なんとか言えよー。新聞配達員」
「アイス一口ちょーだい」

 だらしない格好で煙を吐きながら喋る姿は
正直23にはとてもじゃないけど見えない。

「仕方ないなぁ」

 言いながら口に含んで顔を近づけてみた。
煙を吐きかけられたのでアイスを吐きかけてやった。
その後二人とも風呂に入りなおしになった。馬鹿みたい。

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――――

 夜、机に足をかけながら椅子に座って漫画を呼んでいると
極力静かに、と気を遣っているのがわかる
扉の開閉音が微かに聞こえた。そして廊下を歩く足音。
時計を見ると午前一時半。

「もうそんな時間かぁ」

 どうやら出勤時間のようで。
はてさて声の一つでもかけようかなぁと思っていると、
おもむろにノックの音が耳朶を叩く。

「はよ寝ろー」

 おぉうと思う間もなく扉越しに声をかけられる。
扉の下から洩れる光で起きてるのがバレたらしい。

「うぃーっす、いってらっしぇー」

 扉越しに返事をすると「おう」と返ってきて、
とんとんと階段を降りていく音が聞こえ
やがて新聞屋と郵便屋の定番。ホンダのカブのエンジン音が窓からパラパラ聞こえた。
それをなんとなしに窓から見下ろして思う。

 兄は一応大学もでて、そこそこ成績もよかった様に思う。
その兄が今、日銭を稼ぐために朝もはよから、というか
夜も遅くにバイクに乗って雨の日も雪の日も出勤しているのは
なんというか現高校生である私としては色々と不安になる話だった。


『それは考えすぎじゃない? 年齢も性別も得意分野とかも違うんだし』

 とは友人の智花から賜った言葉。
正確にはLineだけど。

『瑞葉はあれだよね。お兄さんの事、結構好きだよね』

 なんと返信したものかとスマホの画面と睨めっこをしていたら
そんな追撃が飛んできて面喰った。ひょぉう。とかよくわからない音が口からでた。
こいつは一体全体なにを言ってるんだ。私がアレの事を好きだと?
笑わせるな、半帽被ってカブに跨ってる奴だぞ。

『wwwwwwwwww』

 そんな事を言ったら草が返ってきた。
なんだよ、言いたいことがあるなら言え。
ダブリュだけを送ってくるのはヤメろ。

「……スルーかよ!」

 既読スルーされた。
明日出会い頭に話し合いだ。

見てるぞ


―――

「おはようございまーす」

 夜の夜中。街灯の光が僅かに点々と灯る街並みの中
数少ない煌々と電気をつけた店にヘルメットを外しながら入る。
入口に積まれた新聞を片手にタイムカードを押して叩き場につくと早々
対面で諸紙を配ってる久保爺が声をかけてくる。

「おっ、兄ちゃん元気いいな」
「いつも通りだっつの、そっちこそ機嫌良いけど昨日勝ったんすか?」

 新聞屋における雑談の内容は大体がパチンコとか女とか酒の話だ。
まぁ男所帯且つ年齢層が高い職場はそうなりがちなのかも知れないが、
毎月何万負けて金がねぇとばかり言っているのを見るとちょっと呆れる。

「3万勝っちゃったー」
「ジャグラー?」
「そうそう、バケバケで出ては飲まれてして。300位回したら滑り込みで当たってレンチャン」
「ジュース奢ってよ」

 チラシを棚から運ぶ。古紙回収チラシがアタマにのってる。

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