千川ちひろ「カクテル」 (15)

アイドルマスターシンデレラガールズ、天使で女神の千川ちひろさんのお話です。

字の文あります。独自設定です。人によっては暗めに感じると思います。

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面白かった

「ふぅ……」

 三年目ともなるとこの仕事にも大分慣れたと思う。でも、疲れは慣れたからと言ってなくなるようなものではないのだろう。

「たまには飲んで帰りますかね……」

 いつもならまっすぐに家に向かうのだが、たまには寄り道も良いだろう。記憶だけを頼りに、昔に一度だけ連れてきてもらったバーを目指す。記憶と言う物は案外いい加減なものでバーに辿り着くまでにやけに時間がかかってしまった。もしかしたら、寄り道せずにまっすぐ家へ帰った方が良いとの神様のお告げだったのかもしれない。

 やっと見つけたお目当ての店のドアをくぐると、そこには記憶の通りのままが広がっていた。マスターが低く落ち着いた声でいらっしゃいませと迎え入れてくれる。

「何か甘いのをください」

 そうマスターに告げながらカウンター席に腰掛ける。ぐるりと店内を見回すと、以前連れてきてらった時と何一つ変わっていないようにも見えた。

 ふいにグラスが置かれる音がして我に帰る。ぼーっとしていたからだろう。お酒の名前を聞きそびれてしまった。一体これはなんというお酒なのだろうか。

「まぁ、名前なんていいですよね……」

 一口飲むと甘い香りが広がる。渇いた喉に甘いカクテルが心地よく染み渡る。注文した通りの甘いカクテルは飲みやすく優しかった。気を付けないとあっという間に飲み干してしまいそうだ。

 飲むペースを抑えるためにグラスから手を放し、昔の事を思い出す。あの頃は幸せだった。決して今が不幸というわけではないのだが、あの頃が私の一生で一番充実していただろう。狭い事務所ではあったが、私が居て。アイドルの皆が居て、何より彼が居た。

「どうしてこうなっちゃったんだろうなぁ……」

甘いカクテルが入ったグラスをぎゅっと握る。いっそ砕けて無くなってしまえば清々するのかもしれない。

「ちひろさん?」

 私が詮無き事を考えていると、とても懐かしい声が耳に届いた。二年ぶりくらいに私の名前を呼ぶ彼の声は昔と何も変わらないままだった。

「プロデューサーさん……?」

 声の方を向くと私の記憶からほんの少しだけ年老いた彼の姿があった。

「ああ、やっぱりちひろさんだ。お久しぶりです」

 彼は懐かしい笑顔を浮かべながら隣に座ってもよいかと尋ねてきた。私が許可を出すと彼はひどく嬉しそうな顔をして隣に腰掛けた。

「久しぶりですね。二年ぶり……ですかねか?」

「そうですね。今の職場が三年目になりますので」

 久しぶりに会うからだろう。お互いに探り探りな会話になってしまう。色々と言い合っていたあの頃がひどく遠い日のようだ。そう考えればぎこちなくなってしまうのも仕方がないのかもしれない。

「結婚されたんですね」

 彼が私の左手の薬指に目をやりながら言う。以前はタブーのように避けていた恋愛の話題に躊躇なく踏み込んできた。私も彼もそれだけ歳を重ねたという事だろう。

「……はい。転職してからあんまり経たない頃に。そういうプロデューサーさんは相変わらず幸せそうですね」

 私が事務所を辞める少し前、彼は当時担当していたアイドルと結婚を発表した。彼の結婚報告が事務所のアイドルに与えた衝撃は並々ならぬものだった。もちろん、私にも。

「わかりますか? 先月、長女が産まれたんですよ。もう可愛くて可愛くて」

 幸せそうな表情を浮かべながら、彼は先月産まれたという子供の写真を見せてくれた。写真には目元だけが彼に似た子供が写っていた。

「ふふっ。可愛いですね。目元はプロデューサーさんに似てますね」

 彼の子供を見ても何も思わなかったのだが、社交辞令を並べておく。波風を立てないように生きるのが大人だ。手に入らないものを欲しがって駄々をこねるような年齢ではない。

「そうですよね! 目元以外はあんまり俺に似てなくて。まぁ、女の子ですし俺に似たら可哀想だからいいんですけどね」

 そうとう子供が可愛いのだろう。でれでれとした表情になる。仕事中の澄ました顔は一体どこに行ったのだろうか。このまま放っておいたらいつまでもいつまでも子供の話をしていそうだ。

「じゃあ、お子さんのためにも早く帰ってあげないといけませんね」

 これ以上、彼の子供の話は聞きたくない。五年前心の底から欲しかった彼の子供だが、そこに私の面影はないのだ。彼が私以外の人の物になってしまったと痛感させられてしまう。

「いやぁ、そういうわけにもいかなくて……これから接待なんですよ」

 こんな時間から接待とは。やはりプロデュース業は不規則なのだろう。理解のある人でなければ彼と一緒になってもすぐに別れていたかもしれない。

「相変わらず忙しいんですね……」

「ははっ。でも家族のためですからね。大したことないですよ」

 彼の口から家族の話題が出るたびに胸の奥に棘が刺さったかのような痛みを覚える。このままでは私が壊れてしまいそうだ。

 すっかり口をつけるのを忘れていた名前も分からない甘いカクテルを一気に飲み干す。

「すみません、私はこれで失礼しますね。旦那が待っていますし、明日も早いので」

 彼と過ごす夜から逃げるために、私が立ち上がりながら財布を取り出そうとする。しかし、そんな私の手を彼が久しぶりに会えたんですから、と言って止めた。

「……ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」

 社交辞令として次は私が出す、と言ってはみたものの、もう彼と会うのはこれっきりかもしれない。だけど、彼にとっても私にとってもその方が良いはずだ。彼は別れ際、旦那さんによろしくと、彼にだけは言われたくなかった言葉を私に告げた。背を向けていた私には彼がどんな表情をしていたのかは分からない。


 バーを出て、旦那の待つ家に向かう。確かに今の私は幸せだ。でも、私が本当に手に入れたかった幸せではない。彼に恋をしていた五年前。想いを告げる事もないまま散っていった私の恋は今も心のどこかでくすぶったままだ。

彼が結婚すると知り、逃げるように事務所から去った私は、何かを失ってしまったのだろう。転職して今の旦那と知り合い、形だけの幸せは手に入れた。みんな幸せだといいなと願えば願うほど旦那と二人で撮った写真が増えていく。そんな仮初の幸せ。でも仮初の幸せでは失ってしまった何かを埋める事は出来なかったようだ。

 もし、もしもだがあのまま一緒に飲んでいれば何かが変わったのかもしれない。何もしないまま失ってしまった何かを、あと一押しで手に入れられたのかもしれない。仮定ばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡る。あの頃と何も変わっていない私にはどうせ何も出来ないのに。言い訳ばかり並べて何も出来やしない。

辛いこと悲しいことから逃げたくても、甘いカクテルに溺れて過ごした夜もあった。カクテルに溺れても何の意味はないと分かっていても、私は自分のためにそうするしかなかった。辛いこと悲しいことに向き合って立ち向かっても、長い格闘を前にして私はまた逃げてしまったのだから。

 彼と居た頃は一日がとても短く感じた。でも、彼の居ない今は一日がとても長く感じてしまう。

「一日がこんなに長く感じるのに」

 でも、どれほど一日を長く感じていても時の流れは変わる事は無い。時の流れは平等だ。

「一年がこんなに早く過ぎてしまう」

 私が彼の元から逃げ出して、すでに三年目になってしまう。あっという間に過ぎてしまった。

「一年をこんなに早く感じるのに」

 こんな有様の私は

「一生をどんなにうまく生きれるのでしょう」

End

以上です。

Hysteric Blueの「カクテル」よりタイトル、文章を大分拝借しました。スパイラル~推理の絆~のEDでした。
「Home Town」という13thシングルに入っています。
「Home Town」も良い曲です。是非聞きましょう。

デレステに天使で女神のちひろさんが来たので、急遽仕上げました。
その割に暗めな話になってしまったので、もしかしたらちひろ様のお気に召さないかもしれませんが、天使で女神のちひろ様なら慈悲の心でお許し頂けると思います。

次はしゅがはさんが実装されるのを待つだけです。
今回のフェスは私には無かったのです。ええ。

では、依頼だしてきます。


…また爆死したのかな…

奈緒はどうした

>>14
勿論出てないですよ

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