【ごちうさ】指先の熱 (52)

喧嘩の原因は、ささいなことだった。
それでも、昨日の今日で素直に話せるような大人にもなりきれない。
なのに、どうして、この人は。

「ココアさん……」

私のベッドに寝そべっている自称姉を、寝ぼけ眼で見やった。
やけに熱いと思った。
人一人の体温がベッドを温めていたのだ。
いつの間に、この部屋に入ったのだろう。
時々、忍者のような身のこなしをする。
本当に、驚く。
起こすべきか。
否か。
起きたら、何かまた甘ったるい言葉を浴びせられそうだ。

「あの、困ります」

小声で呟いた。

「んー」

憎たらしいくらい微笑みを浮かべ、眠っている。
このままベッドから突き落として、そこの狭い溝にはめてしまおうか。
どうしようか。
肩を少し、押してみた。

「うん……ん」

唸る。
困った。
何より困ったのは、彼女が私の手をしっかり握っていたことだった。

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例え、彼女を落としても自分も一緒に道連れになる可能性が高い。

「ほんと、困ります」

ため息。
とりあえず、熱いので掛け布団を引き剥がす。
いつものパーカー姿。
と思ったら、

「コ、ココアさん!?」

下のホットパンツを履いてない。
太ももの付け根のラインにピンクの下着のラインが見えた。
咄嗟に、布団をかけ直す。
い、一体、下半身の本体はどこに?

「はッ」

ベッドの足元の方に何かずり落ちかけているものを発見。
まさか。
もしや。
熱くて、脱いでしまった。
そういうことなのか。

勘弁して欲しい。
音を立てないように、ホットパンツを拾いあげる。
ちょっと温かいのが、生々しい。

「どうしましょうか……」

「んう、チ、ノちゃ?」

「コ、ココアさん?」

何の前触れもなく、むくりと起き上がるココアさん。
ちょっと、怖い。

「あれー…」

目を瞬かせる。

「どうして、私のパンツ持ってるの?」

「こ、これは」

首が重だるいのか、傾けて、

「あ、ああ! も、もしや怒ってる? 怒ってるんだ!?」

急に覚醒したように目を見開いた。

眠いのでここまで
また明日

ココチノ〜

「落ちついてください。確かに怒ってますけど、それで人の衣服をはいだりしません。ココアさんじゃあるまいし」

「私だって、しないもん!」

「なんでもいいですから、早くはいてください……みっともないですよ」

「私じゃないのに……」

じゃあ、誰が脱がしたと言うのだろう。
ティッピー?
まさか。
犯罪だ。
ココアさんはぶつぶつと文句を言って、口を尖らせた。

「それと」

一番言わなくてはいけないこと。
とても言いずらい。

「手、手を離してください」

一体、いつからいつまで握っておくつもりなんだろう。

「あ、これね、仲直りの仕方が分からなくて……」

より一層強く握ってくる。

「知りません。これじゃあ、私、起きれないじゃないですか」

語気を強めて言うと、渋りつつもココアさんは手を離した。

「チノちゃんのベッドはぐっすり眠れるねー」

「それはどうも」

笑いかけながら、彼女は私の頭の上に手を伸ばした。
それをさっと避ける。

「なんで、避けたの!?」

「一応、これでも怒ってますから」

「嘘!」

「嘘じゃありません」

「た、確かに、昨日買い物帰りにめぐちゃん達と兎を追いかけたのは悪かったと思うけど、頭を撫でるのとそれとは関係ないでしょ!」

「あ、あります! 十分、ありますから」

この言い草だと、この人は私が本当は何に怒っているのか気が付いていない。
何だか腹立たしい。
自分だけが、焦っているみたい。
自分だけが、どうしてこんな気持ちにならなくてはいけないんだろう。

「先に降りますから」

背中にココアさんの泣き言を浴びながら、私は部屋を後にした。
ココアさんに構っていたら、朝の支度が遅くなってしまう。
全く。
朝だけで、私は何度全くと思っているのか。
まったく。
ティッピーが、ドアの脇からこちらの様子をうかがっている。

「大丈夫か?」

心配そうに言った。
足元に近づいてきたので、拾い上げて頭の上に乗せた。

「大丈夫です……」

「血圧と動悸には気をつけるんじゃぞ」

確か、そういうのって遺伝するだっけ。
半分聞き流しながら、キッチンに向かった。

それこそ、ココアさんのことだってささいなことなのに。
昨日はお客さんもいなかったので、買い物から帰ったら、二人で新作パンケーキを考える時間にしようと決めていた。
いつもだったら思わないけれど、お客さんが来ないようにと願っていた。
なのに、当の本人はいつまで経っても戻って来ない。
事故でもしたのかと、転んだんじゃないのかと、とても心配した。
この街で、何か事件が起こるとは思えないけど。
でも、結局その貴重な時間は、ウサギの追いかけっこに使われてしまったのだ。

貴重な時間?

「別に、貴重という程でも……ないです」

「何を言っておるのじゃ、チノ」

「え、あ」

独り言を喋ってしまった。
恥ずかしい。

「なんでもないです……」

ココアさんだって、約束を破ったし。
貴重なんて考えるだけ、損な話だと思う。

それに。二人きりになる必要なんてない。
みんなが揃った時に、アイデアを出し合ってもいいと思う。
ココアさんと考えるより、そっちの方がよっぽど素敵なパンケーキが作れそう。

「あ」

気が付いたら、卵焼きが少し焦げてしまった。
誰が食べる?
私かな。
ココアさんの分を作り直す。
フライパンを持つ左手が熱い。
それは当たり前ではあるけど。
収まりが悪い感じ。
握り心地がしっくりきてない。
フライパンの柄が悪いわけじゃない。
ごめんね。

もう少し握っておけば良かった。
意地なんて張らずに。
困り顔のココアさんを見るのは楽しい。
甘えてくるココアさんもちょっと好き。
意地悪なことしてる。
年上の人なのに。

「チ、チノちゃあん」

キッチンのドアから上目遣いでこちらを覗いていた。

「ご飯にしますよ」

ぶっきらぼうに言った。

「はーい!」

でも、笑顔が一番好き。

今日はここまで
おやすみ

乙やで

「チーノちゃんッ、ふふふッ」

後ろから抱き付いてくる。

「邪魔です危ないです。……邪魔です」

「付け加えた!?」

頬っぺたを私の頬っぺたに擦り付けて、

「うええーんッ」

「やめてください」

温かい。

「はい……」

もっとして欲しいけれど。
怒っている手前、言うに言えない。
だって、こちらが敗北したような気がするから。
ここで甘やかしたらダメ。

「何かついてる?」

「あ、いえ」

誤魔化すように、コーヒーを淹れる。
今、見惚れてたみたい。
気付かれてないだろうか。
恥ずかしい。

見惚れたと言っても、笑顔にということで、
決してココアさんに見惚れたとかそう言うことではない。

朝の時間は多少ココアさんのせいでバタつくことになった。
軽い言い合いをしながら、駆け足気味で二人別々の学校へ向かった。
ココアさんと別れ、いつもより遅れて教室に入るとマヤさんもメグもさんも席に着いてお喋りしていた。

「おはようございます」

二人も私に気付き挨拶を返す。

「なあなあ、知ってる?」

「何がですか?」

鞄から教科書を出しながら耳だけを傾けた。

「今日、職員室の前通ったら聞こえたんだけどさ、あの一番前の端っこの席の子いるじゃん? 急にこのクラスから転校するって」

動きを止めて、マヤさんを見た。

「急ですね」

「そうなんだよ」

ほとんど話した記憶がない。挨拶を何回かしたくらいの子だ。
友達、というよりも知り合いに近い。
それでも、急にいなくなると思ったら寂しい気持ちになった。

「お別れって、突然なんだよね~」

メグさんが周りに聞こえないくらいの小声で話す。

「なんか、両親の仲が上手くいってなかったみたいらしい……あ、いやこれ以上はやめとく」

マヤさんは口元を右手で押さえた。
偶然に知ったにしろ、人に話す内容じゃなかったと自分で気づいたみたいだった。
私も、それ以上は何も聞かなかった。

HRでは案の定その子の話題となった。
先生の話では、家庭の事情で引っ越しするらしかった。
本当の所は分からない。
その子に聞いてみでもしないと。
けれど、自分の親のことを根掘り葉掘り聞かれるのはきっと嫌だと思う。
少なくとも、私は答えることができない。
できないように、育ってきた。
想像にしか過ぎないけれど、なんとなく分かるような気がした。
その子の気持ちが。
分かった所で、私には何もできやしないけれど。

お昼の時間に、その子とトイレで一緒になった。
私が言うのも変だけど、大人しい子だった。
自分から話すタイプの子じゃない。
ココアさんに出会う前の私なら、きっと話しかけたりなんてしなかったのに。
なぜか、放っておけない気持ちになって声をかけてしまった。

「寂しいですね」

手を洗う彼女はゆっくりとこちらを向いた。

「うん」

口もとをまごつかせて、喉を動かそうとしているのが見てとれた。
喋ろうとしているみたい。

「あの? どうされましたか?」

助け舟を出そうと、もう一度声をかけた。

「同じだと思ったのに」

「え?」

その子が言った。

「香風さんも、お父さんと上手くいってないんだよね」

悪意のある笑みを浮かべられて、私は顔をしかめた。

「どういうことでしょうか」

「授業参観とか、そういうの見てたら分かるよ」

いつの話をしているのか、記憶を遡ろうとした。
けれど、すぐに彼女がもっとこちらの度肝を抜くような事を言った。

「あんた、変わった。最近楽しそう。いいね、羨ましい、羨ましくて、羨ましすぎて憎い。あんたも同じようになっちゃえばいいのに!」

水を思いっきりかけられた。

「きゃ?!」

「この街に来たら、幸せになれるんじゃないの……? ずるい!」

目に入った水を手で拭っている間に、彼女は走り去ってしまった。
ポタポタと前髪を濡らした水滴が、滴り落ちていく。
驚いて、声も出なかった。
おもむろにハンカチで顔を拭いた。

ずるい?

鏡に映った自分に問いかける。
私が一体どんなずるをしたというんだろう。

教室に戻ると、その子は早退していた。
マヤさんにもメグさんにも、制服がビショビショになっていることを言及された。
とっさに、顔を洗ったらかかり過ぎてしまったと話した。
二人とも心配しつつ、呆れながら笑っていた。

その日彼女に突き刺すように言われた言葉は、家に帰ってからも気になっていた。
落ち着かない。

「私……」

椅子の背もたれに寄りかかる。
重みを受けて、椅子が鳴った。
天井を仰ぐ。

彼女は、私の何を見て羨ましいと思ったのだろう。
彼女は、幸せになりたかったんだということは分かった。
じゃあ、私は幸せの抜け駆けをしたというのだろうか。

幸せ。
私が。
それは、そうなのかもしれない。
でも、手を伸ばしてそれを受け止めている気もしない。
受け止めてはいけないような。
それこそ、抜け駆けしているような気がする。
誰かに、遠慮している感じ。

椅子から立ち上がって、振り返る。
ココアさんが立っていた。

「何してるんですか」

内心、かなり驚きながら静かに尋ねた。

「夕飯の時から元気無かったからね、気になってたんだよ?」

駆け寄って抱き着こうとしてきたので、下方に避けた。

「うええ?」

困惑顔。

「今はちょっと」

考えがまとまらない。
ココアさんに抱きつかれたら、余計にこんがらがる。

「悩み事かな?」

「そう、だと思います」

つい昨日まで気に留めていなかった、留めないようにしていたこと。
そうしないと、いけないと思っていたこと。
意識し始めると、もうだめだ。
そればかり、考えてしまう。
寂しさが急に溢れ出してしまう。

「やっぱり、まだ怒ってる?」

おずおずとココアさんが言った。

「そうじゃないんです」

「私が聞いてもいいことかな?」

柔らかく笑う。
そっと、私の手を握りしめた。
けれど、私は首を横に振った。

「そっか」

きっと、この人は、私が隠しごとをしたと言って、また千夜さんあたりに泣きつきにいくのだろう。
優しくて繊細な人だから。
強がりな人だから。
本当は聞きたい癖に、それ以上は踏み込まない。
困らせたいわけじゃないのに。
上手くいかない。
いつもみたいに、ずかずかと踏み込んできて欲しい。

母との別れを悟ったあの日から、父にそう思ったように。
子どもの時に空いた穴を思い出して苦しい。
ココアさんがいたから、少し忘れることができていた。
けど、それは、母にも父にも抜け駆けしているようで。
指先の熱に怯えて、素直に甘えられない。

その夜、目を閉じてから暫く寝られなかった。
その日、月は空のずっと上の方にあった。
窓からは見えない。
ちょうど天上の真上あたり。
それを思い描きながら、目を瞑り続ける。
何か飲み物でもと思ったけれど、ちょうど廊下の軋む音が聞こえたので、すぐに寝たふりをした。
音もなく、けれど気配でココアさんが部屋に入ってきたのがわかった。
気を遣わせてしまった。
すごく、申し訳ない。

ベッドの上に静かに上がって、布団の中に入ってくる。
ずっと一人で寝るのが当たり前だと思っていた。
二人で寝るってどういうことなのだろうか考えたこともある。
ココアさんが来てから、それはすぐに分かった。
それは、とても簡単なこと。
自分を想って眠りに着く人が、すぐ隣にいるということだった。
くすぐったい。
私なんかを。
そう口に出せば、怒るんだろう。
でも、私なんかを、なのだ。

空の向こうの世界は、太陽よりも月よりももっとずっと遠くにあって。
朝が来ても夜が来ても、何度日が巡っても、決して私のいる場所と混じり合うことはない。
この木組みの街は、幸せに溢れている。
それに憧れて来る人もいれば、手にできずに去る人もいる。
母は、手にして去っていったのだろうか。
父にはあまり聞いたことがない。
夜は、どこまでも暗い。
暗く、深く、幸せから遠ざかっていく。
あの子は、私が幸せだと言ったけど、
幸せと言うのは目の前のことに一生懸命になれる人の事だと思う。
どんなに完璧にコーヒーを淹れれたって、
どんなに素敵に接客をしたって、
私はまだ太陽よりも月よりも遠い世界のことが気になっている。

「ココアさん……」

「は、はい!」

眠っていると思ったのだろう。
ココアさんはびくりとして私の頭を撫でる手を急いで引っ込めようとした。
それを急いで引っ掴む。

「続けてください」

「へ?」

予想しなかった言葉だったのか、動きが止まる。

「もっと、撫でてくださいって言ったんですが……ご迷惑でしたか?」

「そ、そんなことないよ!」

お姉ちゃんに任せなさい、と小声で言ってポーズを決める。

どうして普通に笑えるようになったのか。目の前のココアさんに笑顔になって欲しかったから。
どうしてもっと人に頼るようになったのか。目の前のココアさんにもっと甘えられるようになりたかったから。
まるで、初めからそうだったみたいに。喧嘩なんてする暇もないくらいに、本当は彼女のことをもっと知りたい。
お姉ちゃんが欲しいと思ったことはあった。でも、少し違う気がする。

私は、ココアさんが欲しい。
どんな誕生日のプレゼントよりも、
母の写真を見るよりも、
私に力をくれる彼女が欲しい。
お母さんごめんなさい。
お父さんごめんなさい。
おじいちゃんごめんなさい。
転校したあの子ごめんなさい。

ごめんなさい。
ささいな喧嘩で拗ねて。
私は私の幸せに自信なんてこれっぽちもないから。
ごめんなさい。
私の幸せを願ってしまって。

「私、わがままですよね」

「私はそれが嬉しいんだけどね」

「そう……なんですか」

「妹はわがままを言うのも仕事なんだよ」

「お給料は誰が支払うんですか?」

「えっとねえ、あ、あー、シャロちゃんかな」

「払えそうですか……?」

「たぶん!」

生活費が無くなりそうだ。

二人、小さく笑い合った。
おかしいくらいに楽しくて、この時間がたまらなく好き。
もっと味わいたい。

「私……」

喉元までで、一度躊躇して言った。

「ココアさんが欲しい」

沈黙。

「あ、その」

しまった。
自分の発した言葉の意味を自分でも理解できないまま、慌てた。

「もー、私はチノちゃんのお姉ちゃんなんだから言われなくてもチノちゃんのものだよ?」

頬を指でつんつんされた。

そういう軽いノリで言ったわけでもない。
私は何がしたいんだろう。
ココアさんに何をして欲しいんだろう。
彼女の指を掴んだ。
指と指を絡めて、起き上がった。

「ココアさんが欲しいと言うのとは……きっと、もっと違う意味です」

「違う意味?」

「上手く言えませんが……」

「……そうだよね。自分のことって難しいよね」

「自分のことが一番分からないです……」

「私も、そうだよ」

「でも、不思議と嫌いになれない」

「あ、それはなんでか分かるよ」

「?」

ココアさんは自分の胸元に私の頭を寄せた。
ふわりと甘い匂いと温もりが顔に広がった。

「チノちゃんのこと好きな人がたくさんいるからだよ。ここにも。そして、チノちゃんもそんなみんなが好き。だから、嫌いになれない」

ココアさんは。
ココアさんは凄い。
私の欲しい言葉をくれる。
でも、本当に欲しい言葉は、まだ――。

「ココアさんは……私のこと、欲しいですか?」

物心ついた時から、子どもらしさを母と共に失くしてしまったと思っていた。
周りは、自立した良い子なんて言ってくれるけど。
でも、本当は、泣かないように思い出さなかっただけで、ずっとしまい込んでいただけ。
子どもらしい喜びを追わなくなってしまっただけで。
目覚めた今は、少し大人の感情も紛れ込んでいた。

「それは、もう、私だって」

軽い口調で切り出した。
それで、分かってしまった。
ココアさんは、わざと的を外しているんだと。

「キス、したいですか?」

だから、聞いてやった。
言ってやった。

「私にキス……したいですか? 欲しいって、そういうことです」

彼女との顔の近さは、今にも正面衝突してしまいそうな距離だった。
逃げ出してしまいたい。

「チ、チノちゃん」

「私は……ココアさんに、そういう意味で言って欲しいんですッ」

力が入ってしまい、思わず後方に押し倒してしまう。
ココアさんがびっくりして、目を瞑っていた。

「す、すみませんッ」

「……」

闇夜にうっすらと彼女の白い首筋が見えた。
とても細い。

無意識に、うなじに指が伸びた。
ココアさんは瞼を閉じたまま、びくりとした。
それが、あまりにもいやらしく、気恥ずかしくて、たまらなく愛おしかった。

「年下に…‥触られるのは嫌ですか?」

返事を待たずに、耳たぶをそっと擦った。
今度は目を開けて、私を押し返すように腕を伸ばす。

「チ、チノちゃん悪ふざけは」

「そうですね……。今なら、悪ふざけで終わりにできちゃいますね。どうしますか?」

「だ、だって、そんな」

拒否されたらどうしようか。
もう、明日からどんな顔をすればいいのか。

「私だって、私がお姉ちゃんなのにッ……」

「?」

「私だって、チノちゃんを押し倒してキスしたいもん!!」

思ったより声が大きく、部屋に響いた。
私は慌てて彼女の口を手で覆った。

「そうですか……」

思いがけず、口元がにやついた。

「でも、今日はダメです」

なにせ、

「今日は私が先でしたから」

ここまで
また明日以降に

これはいいな
ココチノの魅力が何か良くわかるSSだわ


チノちゃん可愛い

いいぞ

こういう静かで熱い話はなんだか久しぶりに読んだ気がする

ええな

なんかまともなごちうさSS久しぶりに見た

まとも(女の子同士のキス)

いいよいいよ

「そっか……先に言ったもの勝ち。そういうことなんだね」

どうして、そんなギャンブラーみたいな発想に至ったのか、頭の回路を覗いてみたいものだ。

「勝ちも負けもありませんが」

彼女の肩に両手を乗せた。
心の準備はできただろうか。
誰のかって。
自分のに決まっている。
深呼吸。

「ところがどっこい!」

ココアさんがチャキチャキと言った。

「妹に先を越されるわけにはいきませんなあ!」

ココアさんも私の両肩に手を乗せた。
互いに体を寄せ合い始めるが、このままではまずいと思ってココアさんを押し返す。
そのため、距離は縮まることはない。

「チノちゃん、観念してもらうよ!」

「意味が分からないです」

眠過ぎるので寝ます
おやすみ

「言った後に、実行したものが勝ちだよ!」

何か言い始めた。
なぜ、私はココアさんと手押し相撲をしているのだろう。
謎。
ココアさん、謎。

「ぐッ……バカ力」

「さ、私の熱いベーゼを食らうがよいよ! さあ!」

「そうせっつかれると、いるものもいらなくなりますね」

ぼそりと言うと、押す力が弱まった。

「……」

やっぱり、して欲しいのかな。
まさかとは思うけど、これは、彼女なりの照れ隠し?
私は力を弱めた。

「おりょ」

「そんなに先にしたいなら、仕方ありません。どうぞしてください。譲ります」

「え、いいの」

「いいも悪いも、ココアさんの熱意に負けました」

「そ、そっか」

目を瞑る。
首筋から、沸騰する水のように熱が湧き上がっていく。
今、自分はどんな顔をしているのだろう。
変じゃないかな。
小さな心臓は今か今かと体を揺さぶっていた。

受け入れることで、私は一歩近づける気がした。
木組みの街の幸せに。

おでこに柔らかいものが触れる。
すぐに瞼を開いて、おでこを左手で擦った。
目の前のココアさんは両手を顔で覆っていた。
急に、どうしたのだろう。
泣いてる?

「コ、ココアさん?」

「ご、ごめんなさいッ」

指の隙間から、ココアさんはそう言った。

「なんで謝るんですか」

「チノちゃんが可愛くて……できない、です」

「……それは、困りましたね」

唐突に、恥ずかしい台詞。
耳まで熱くなっていくのが分かった。
思わず、顔を伏せてしまう。

「私、そんなに言うほど……可愛くないです。不愛想ですし」

「違うよ! チノちゃんは……笑顔の素敵な……」

ココアさんは弾けるように顔を上げたかと思うと、私と目が合った途端、びくんとして固まった。
泣いてはいなかった。
眉根を寄せて、今にも逃げ出しそうな子犬みたいな表情。
触れようとすれば、逃げてしまいそうだ。

「み、見ないでチノちゃん!」

枕を投げつけられた。

「あふッ」

私の顎にゼロ距離でヒットした。

「今、唐突に風邪引いたから、近づいちゃだめだよッ」

「それは、ちょっと無理が」

少しずつ後ろに下がっていくココアさん。
そして、

「あ、落ちますよ」

「ふんが!?」

ずどんッ、と痛そうな音を立ててベッドから落ちた。

ベッドの上に残された足裏の話しかける。

「生きてますか?」

「なんとか」

「ココアさんがこんなに動揺するの初めて見ました」

昨日の一件は、これでチャラにしてもいいくらい。

「私も、なんでこんなにドキドキしてるか分からない」

ドキドキって。

「血圧と動悸には気をつけろって、おじ……お父さんが言ってました」

「病気かなあ」

「そうかもしれません」

こっそりと、近づく。
ベッドの上から、涙目のココアさんを見下ろした。

病気なら薬で治る。
でも、薬が一生手放せなくなるかもしれない。

「……キスしたら、治ると思いますか」

「間違いなく、悪化すると思う」

「悪化したら……面倒くらい見ますよ」

ココアさんの反応は待たなかった。
ベッドから這うように降りて、
彼女の唇の上に、自分の唇を乗せた。
そして、すぐに離した。

「ココアさん、息してますか……」

「はッ……すうううー……ぅッごほ?!」

せき込みもだえる。
悪化したみたい。

「ごほッ……チノちゃん」

「はい」

「今日は、もう、これ以上は……勘弁してください」

「まるで、私がゆすってるみたいに聞えるんですが」

「違うけど、これ以上は、もたないッ、むりッ。私、こういうの初めてで分からないもんッ。最近の中学生はガッツがあるね。ビックリだよ」

「初めて……」

「あ」

ココアさんがしまっとと言う顔をした。

「私もです」

「その割には、ぐいぐいと来られましたが……」

「怖いからです。怖いから、待っていられなかったんです。自信があったら、きっと自分から行ったりはしません」

一呼吸置いて、続けた。

「本当は、私のことなんてなんとも思ってないんじゃないかって怖かったんです。昨日だって、私との約束……二人で、作るの楽しみにしてたのに」

後からマヤさんに聞いた。
マヤさんがうっかりウサギの入っていたゲージを倒してしまって、捕まえるのに協力して遅くなったと。
言ってくれれば良かったのに。

「昨日は、ホントにごめんね」

なのに、それを言わない。
まるで何もなかったみたいに。
楽しい事をしてきたみたいに。
説明不足と言えばそうなのだけど。
彼女の場合、もしかしたら、何もかも楽しんでいるのかも。


「でも、なんともないなんて思ってないよ。チノちゃん、今日はどんな楽しいことがあったのかなとか。いじめられたりしてないかなとか。お腹空かせてないかなとか、まだ帰って来ないのかなとか。それは、もう、チノちゃんが困っちゃうくらいチノちゃんのこと考えてるよ! いつも!」

息を荒くして熱弁する。
笑ってしまった。もちろん、嬉しくて。
ココアさんは、お姉ちゃん。
この街でいつからか私が羨むようになっていた何か。
喧嘩したって手を繋いで、私の隣を歩いてくれる人で。
何も言わなくても夕暮れになれば、私を探してくれる存在。

特別な、私のお姉ちゃん。

「ココアさん、ありがとうございます」

私を、好きになってください。
もっと、もっと、もっと好きになってください。
ずっと、一緒にいてください。
どうか。
お願いします。
お母さんを忘れたわけじゃありません。
おじいちゃんを大切にしなくなるわけじゃありません。
ただ、私は、ココアさんが欲しい。
どんな甘いお菓子よりも、 父の慰めの言葉よりも、彼女が欲しい。

かつて、私の幸せは、この街にあったのかもしれない。
でも、もし、ココアさんに呼ばれれば、きっとどこにだって行ける気がする。
幸せは、今、この指先に――灯っている。



おわり

短くてすみません
ありがとうございます

乙なのです
この距離感とてもいい


素晴らしい

こちらこそありがとう、まだまだこのココチノ物語を読んでいたい気分

しおらしいココア凄く好き

とても良かった
実は押されると弱いココアさん好き、二期最終話みたいな

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