女騎士「天ぷらの気持ち」(28)
女騎士「私は天ぷらになりたい」
オーク「いきなり家に来て何を言うかと思えば…」
女騎士「こんな事、仲のいいお前くらいにしか言えないんだよ」
オーク「ホント友達少ないのな」
女騎士「くっ、その通りだから言い返せない…」
オーク「で、俺は何をすればいい?」
女騎士「さすが親友、物わかりが良くて助かる。愛してるぜ!」
オーク「止めてくれよ」
女騎士「照れるな照れるな。で、だな」
オーク「うん」
オーク「私を揚げて欲しいんだ」
オーク「ホワッツ?」
女騎士「お前んちには大量の小麦粉と、どでかい鍋があるだろ?」
オーク「あぁ、料理するのが好きだからな。一通りの素材と器具は用意しているぞ」
女騎士「ほら、もう理解できただろ?」
オーク「理解できてしまうのが悲しい…まぁ他でもないお前の頼みだ、やってやるよ」
女騎士「イエス!イエス!イエス!」
オーク「すっごい喜びようだな…そんなに天ぷらになりたいのか、あんたは!」
女騎士「当たり前だ。小麦粉という名の衣を纏い、油という名の母なる子宮でカラッと変身する…これは手品か何かか?最高にファンキーでCOOLな魔法だろ?」
オーク「一理ある」
女騎士「私は小学生の卒業文集に、将来は天ぷらになりたいと書いた程の逸材だぞ」
オーク「書いたのかよ。てか先生、何も言わなかったのかよ」
女騎士「私はクラスでも腫れ物のような扱いだったからな。先生も触れるのは面倒だったんだろう」
オーク「えぇ…」
女騎士「ちなみに中学の卒業文集にも同じ事を書いたぞ。その頃はイジメられていたけど天ぷらになりたい気持ちだけが生きる支えだったなぁ…」
シミジミ
オーク「さらっとイジメられていたとか言っちゃうんだ」
女騎士「なにせ甲冑と剣を持って登校していたからな。常にカチャカチャうるさいのが皆には迷惑だったんだろう」
オーク「ツッコミどころはそこじゃないんだが」
女騎士「本当は制服に憧れていたんだが、父が許さなくてな…騎士の家に生まれた宿命さ」
オーク「騎士が現代社会に溶け込むのは無理が…てか世界観なんなの?ファンタジー世界じゃないの?」
女騎士「何を言っている。時は平成、場所は日本だぞ」
オーク「現代日本に女騎士とオークがいるのか…そんな設定で大丈夫か」
女騎士「問題ない(問題ないとは言っていない)」
女騎士「さぁ、それよりだ」
オーク「はぁ」
女騎士「早く私を天ぷらにしろ!今すぐ!ハリー!ハリー!ハリー!」
ヌギッ スポーン
オーク「脱ぎなれてるなぁ…」
女騎士「騎士たるもの、いつでも犯される準備はできないとな。と、今はセックスをしている場合ではない。早く揚げろ…私を、揚げろぉぉぉぉぉ!」
オーク「はいはい、じゃあまず衣を用意しないとな」
カチャカチャ
女騎士「早くしてくれ、ワクワクが抑えられないんだ」
オーク「あせんなって。料理人として、中途半端な事はできねぇ。最高の天ぷらにしなきゃあよ」
女騎士「確かに」
オーク「大きな器に小麦粉…そして氷水…卵黄…混ぜすぎないように優しく、優しく…」
カチャカチャ
オーク「女騎士、あそこの大きな中華鍋に油を入れておいてくれ」
女騎士「承知」
カチャカチャ
オーク「油は…そうだな、今回はごま油100%でいこうか」
女騎士「油によって違いがあるのか?」
オーク「そうだな、サラダ油とごま油を半々にしたり、オリーブ油オンリーだったり…ラードも悪くないな」
女騎士「私は料理が苦手だから油の種類がよく分からんな」
オンリー「ごま油は、やはりその香りが特徴だ。アクの強い女騎士にはごま油の力強さで対抗しようと考えたんだ」
女騎士「誰のアクが強いってぇ?」
オーク「お前だお前。ほら無駄話してないで油、油」
女騎士「くそぅ、今度種が尽きるまで搾り取ってやる…」
トプトプ
女騎士「おぉう、この匂い…」
オーク「いい匂いだ。熱が入り天ぷらになったら、さらにいいんだぞ」
女騎士「いっそうワクワクが高ぶってきたぞ!」
オーク「あせんなって!」
カチャカチャ
オーク「さて、衣は用意できた。では油を熱するか。」
女騎士「こんなでかい鍋だ、なかなか熱くならないんだろうなぁ」
オーク「ところがどっこい」
スッ
オーク「魔法石、なんて便利なものがあるのさ、これがな」
女騎士「ファンタズィーー」
オーク「この魔法石には火炎魔法が閉じこめられている。こんな大量の油も、これを使えばあっという間、ちょちょいのパッパだ」
ポイッ
オーク「ベギラゴン!」
ボワッ
ゴウゴウゴウ
女騎士「すごい炎だ、これならすぐに違いない!」
オーク「ヒャッハー!180℃まで熱してやるぜ!」
フツフツ
オーク「という訳で、180℃です」
女騎士「時は来た!それだけだ」
オーク「ブフッ」
女騎士「時は来た!それだけだ」
オーク「めっちゃ似てる、再現度はんぱねぇ」
女騎士「小芝居はここまでにして、だ」
オーク「おう、やるぜ」
女騎士「やるさ」
オーク「入りな、この衣という名の海に」
女騎士「あぁ」
トプッ
女騎士「んんっ…冷た…」
オーク「まんべんなく纏えよ。万が一にも、億が一にも剥がれる訳にゃあいかねぇんだからな」
女騎士「分かっている。天ぷらの事なら…この私が一番、な」
チャプチャプ
チャプ…
女騎士「…いいぞ」
オーク「よし、じゃあいよいよだ」
女騎士「あぁ」
オーク「最終確認だ、本当に…本当にいいんだな?お前は…それで、いいんだな?」
女騎士「もちろんだ。確かに天ぷらにならなければ世はこともなし、誰もが笑いながらフライドチキンでパーティーができるって寸法さ。でもな」
オーク「でも?」
女騎士「それじゃあ駄目だ、駄目なんだ。まともな世界じゃ、私はイケないんだよ」
オーク「上出来だ、それだけ吐けりゃ、上々出来だ」
オーク「行けよ、お前が望んだ事だ…行けよ、これで…これで『あばよ』だ」
女騎士「あぁ…迷惑ばかりかけたな」
オーク「へっ、よせよ…終わりは…俺達の終わりは、尻切れトンボでいい、それで十分なのさ」
女騎士「あぁ…じゃあな、あばよ…あばよ!」
ピョーン ドパーン!
ジュ…
ジュワワワワワ!
女騎士「アットゥゥゥイ!」
ジュワワワワワ!
女騎士「アットゥゥゥイ!」
ジュワワワワワ!
女騎士「アットゥゥゥイ!」
ジュワワワワワ!
女騎士「アッ…アットゥゥゥイ!」
オーク「…」
オーク(180℃の油だ…熱いさ…熱いどころの話じゃあない…まだ鉄の処女(アイアンメイデン)の方が可愛げがあるくらいだぜ…)
オーク(だがあいつの選んだ道だ…これが…)
オーク(あいつは、いつも誠実で、凛として、真っ直ぐだった…)
オーク(だからこそ、自分の気持ちを偽れなかった…他の奴なら、天ぷらになるなんて馬鹿馬鹿しい三流以下のアメリカン・コメディーみたいな望みは持たない…持ったとしても叶えようなんてしない)
オーク(だがあいつは…女騎士は…女騎士だから…曲げれなかったんだ…真っ直ぐだから)
オーク(まったく、どうしてこうも感傷的になっちまうかねぇ…)
ガサゴソ シュボッ
スパー
オーク(禁煙してたのが馬鹿らしくなっちまった…やれやれ、これだから…な)
ジュワワワワワ!
女騎士「アットゥゥゥイ…アッ…ダンダンナレテキタァァァアットゥゥゥイ!」
ジュワワワワワ!
女騎士「アットゥゥゥ」
ジュワワワワワ!
女騎士「ァァァ…」
ジュワワワワワ!
女騎士「…」
ジュワワワワワ!
女騎士「…」
オーク「…」
ササッ カラッ
オーク「へっ、こんがりしてらァ…」
女騎士「…」
オーク「どうだい相棒、気分は」
女騎士「…」
女騎士「…ひとつ、分かった事がある」
オーク「なんだ?」
女騎士「天ぷらは…たとえ憧れても、なるもんじゃない。なってみて初めて分かった。衣を纏ったままじゃあ、私は私じゃないんだ」
オーク「なんだ、随分当たり前な話だな。今頃気付いたのかよ」
女騎士「私は馬鹿だからな…こうやって、ようやく思い知るのさ」
オーク「オーケー上出来だ相棒。で、俺は何をすりゃいい?」
女騎士「そうだな…私は…私になりたい」
オーク「もう、なってるさ」
女騎士「かもな。だがそれには、この衣…殻を破らなきゃ」
オーク「だな」
女騎士「だからオーク…」
オーク「あぁ」
女騎士「くっ、衣剥がせ!」
【おしまい】
天ぷらなのにハードボイルドとはこれいかに
これは一体…(褒め言葉)
揚がってオチたなあ…
乙
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