桜と鋏 (32)
オリジナルなので閲覧注意です
また、SSというより小説に似た形式であることをお断りしておきます
一部、梶井基次郎氏の『桜の樹の下には』(青空文庫より)を引用している個所がありますが、独自の解釈を含みますので、不快感を抱かれる方はご遠慮いただければと思います。
短め(7600字程度)です。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1454422641
春は、気分が高揚する。多くの人が納得できる言葉だろうが、彼――古賀はその例外だった。
古賀にとって春は、終わりの見えない渇きの季節だった。
何か新しいことを始めたくなる。それも、何か特定のことだ。それなのに、自分がやりたいことが何なのかそれがわからない。
「……嫌な季節が来るな」
そう言いながら、彼は自分のアパートの部屋のベッドにあおむけに寝転がった。今年も何か新しいことを始めなければならないような気がして、ある冬、古賀はひとつ決心をした。引っ越しをしたのだ。
とはいえ、彼にも大学があるので通える範囲内での引っ越しだ。半径数キロメートル内の、ほんのわずかな移動。それでも見える景色や人々は随分と違うだろう。古賀は一つ安堵のため息をついた。
来年の春は、きっと満足できるに違いない。満たされることのない飢餓に苦しむことは、もうあるまい――数カ月後、彼のその期待はことごとく打ち砕かれる。
安価で引っ越せたところは、大学からは私鉄で二駅ほど離れたこじんまりした町だった。都会とは程遠い町並みではあったが、とても住み心地の良い場所だ。
近くには中学や高校もあるようで、たまに中高生が桜の中を並んで歩いているのを見かける。
都会の喧騒とはまるで別世界の、のんびりとしたこの町をアパートの三階から見渡す。久しぶりの安らぎだった。
それでも、古賀の中の焦燥にも似た衝動が、掻き消えることはなかった。
それは、ふとした瞬間に牙をむくのだ。
買い物をしている瞬間。テレビを見ている瞬間。学校へ行く瞬間。電車に乗っている瞬間。
突発的な渇きが古賀を襲い、何かを駆り立てる。
ただそれを、どう行動に起こせばよいのか皆目見当もつかない。
何かをしなければならない。
何かをしなければ、自分の器が保てない。自分が自分であるために、自分の望むことをしなければならない――暴力的にも思えるその衝動を落ち着かせるのは、ひどく体力を使うことだった。
目を瞑り、頭をからっぽにする。緊張で汗ばんだ手が渇くのを待つ。そして、深呼吸しながら目をあける。その作業を繰り返して、古賀はいつも冷静を保ってきた。
――それを繰り返すうち、古賀の中の衝動は、少しずつ鳴りを潜めるようになっていた。
桜の花がすっかり散り、葉桜と姿を変える季節になった。
「散ったのか」
春の代名詞を失った町は夏に向かって転がり始め、古賀の中の衝動もそれに伴って減衰してゆく。清々しい、とはまた少し違うが、安らぎに似た穏やかさが古賀の胸のうちにはあった。
今日は休日で、大学はない。久々にのんびりしながら桜を見上げていた古賀は、ふと視界の端にあるものを捉えた。
「理髪店、だな」
いつもなら見過ごしてしまいそうな、こじんまりした理髪店だった。看板も何もないが、くるくると回るサインポールのおかげでかろうじてそれだとわかる。
普段髪形などはあまり気にしない古賀だが、春が終わりつつあることもあってか、そこに足を運ぶことに決めた。
扉を開けると、からんころん、と軽いベルが鳴った。レジの奥の部屋から長い黒髪の女性が姿を現す。
「いらっしゃいませ」
彼女の声を聴いた瞬間、再びあの強い衝動が彼を襲った。
「――、」
反射的に目を瞑った古賀を不審に思ってか、女性が声をかけてくる。
「どうかされましたか」
冷めた声だ。それだけに、衝動までもがその勢いを失い静まってゆく。
「い、いえ……髪を、整えてもらいたくて」
「かしこまりました。ではこちらへ」
荷物を持っていなかったため、ジャケットを脱いでからすぐに椅子へと案内される。そっと盗み見た店員の顔はひどく美しく、心を奪われるようだった。
そう、あまりに美しい。この世のものとは思えないくらいに。
「あの、お名前は……?」
つい口に出てしまった質問に、彼女は首をかしげてくすりと笑った。
「齋藤です」
下の名は教えてくれなかったが、古賀はそれで満足して椅子に深く腰掛ける。
「学生さんは、休日は少し割引をしているんです。今日立ち寄っていただいて正解でしたよ」
「あれ、俺、学生だって言いましたっけ」
「こういう職業ですと、結構人を見る目が養われるんです」
齋藤は古賀の髪に霧吹きを吹きかけながらそう呟いた。
「最近引っ越して来られた方でしょう?」
「そんなこともわかるんですか」
最近といっても数か月前なのだが、それでも決して長くここに住んでいるわけではない。
「この町には理髪店はここだけですからね」
微笑んだ齋藤は数回髪に櫛を通してから鏡の中の古賀と目を合わせた。
「さて、どんな髪型にされますか? 女の人にはさることながら、男性にとっても、髪は体の一部、命と言っても過言ではありませんから、慎重に決めてくださいね」
「そうだなあ……でも、随分と伸びたことだし、ばさっと切ってください」
わかりました、と齋藤は呟き、鋏に指を通す。銀色のそれが、何故か印象に残った。
「何度か、パーマをあてていらっしゃいますね」
「ええ、わかりますか。一時期流行に流されてかけたこともあったんですが、どうも面倒くさくって。寝癖が目立たないのは嬉しかったですが」
「面倒くさがりな方には見えないですが。どちらかというと、几帳面な方に見えますよ」
しゃらんと音がして、ほんの少し頭が軽くなったような気がした。床を見ると、さっきまで自分のものだった髪の毛が、空々しく茶色い床に転がっていた。
「そうかな……神経質というか、無性にいらいらすることはありますね」
「この町は良い町ですよ。思い悩むこともあまりありませんし」
ときどき、柔らかな手が首筋に触れる。そのたびに、何かいけないことをしているかのようなそんな心地のいい背徳感が襲う。
「春になると、不思議な衝動に駆られるんです。何かを猛烈にしたくなるんですが、何をすればよいのかわからないんです。自分のことなのにね」
「衝動、ですか。海に行ったら叫びたくなるとか、夜中に拉麺を食べたくなるとか、そんなものですか?」
「もっと強烈なんですよ。まるで、自分のアイデンティティがそれに凝縮されてしまったような」
「不思議なこともあるものですね」
齋藤は投げやりに呟く。
「そういえば……さっきこの町は思い悩むことなんてないといいましたが、最近この町で、失踪事件が起きてるんです」
窓の外をちらりと見遣ってから、齋藤は呟いた。
「失踪事件、ですか?」
鸚鵡返しにした古賀の髪を、再び齋藤が梳く。
「ええ、高校生の女の子が、二人いなくなったそうなんです。一人は一か月前、もう一人は昨日です。二人とも、同じ学校だったみたいですね。新聞はとってないんですか?」
「はい、引っ越してきたばかりですし、新聞をとるお金の余裕まではなくて」
「そうですよね」
齋藤はそう言って、古賀の首筋をさらりと撫でた。
心臓が大きく脈打つ。再びあの衝動が、彼を襲う。
「切った髪の毛が付いてしまっていたので」
それからしばらくは、どちらも何も喋らない時間が過ぎた。黙々と髪を切り続ける齋藤と、それを鏡の中から見つめる古賀。
ひととおり髪を切ったのち、齋藤はふと沈黙を破った。
「どうです、パーマ、あててみませんか?」
突然の提案に茫然としていた古賀が、不思議そうな顔をして鏡を介して齋藤を見つめる。
「当店の技術であれば、ご自宅での多少のケアは必要にはなりますが、それでも長くパーマを持続させることができますよ。お時間に予定があれば、今日はサービスということで特殊技術も無料で提供させていただきます」
「自宅でのケアってのは、どんなの?」
よしきた、とでも言わん限りに、齋藤は微笑む。
「ケアといっても、さほど手間はかかりません。髪を洗うとき、乾かすときに、あまり激しくしない、といったくらいですよ」
ほう、と古賀はうなり、もう一つ質問を重ねる。
「どのくらい持続するのかな」
「二か月くらいです。他店ですと、一か月くらいが関の山らしいですね」
「二か月。それはすごいな」
「ありがとうございます。どうされますか? お時間は少しかかりますが」
「そうですね、よろしく頼みます。無料というのは、引っ越ししたての下宿生にとってありがたい言葉ですしね」
パーマは、一度かければその後継続して店に来てくれるという保証ができるのだろう。引っ越しのせいで今は懐が心もとないが、二か月もすればパーマをかけられるくらいの金はできるはずだ。
髪をロッドに巻きながら、齋藤とはいくつか話をした。齋藤自身は自分の二つ上で、ちょうど大学を卒業して一年目だったらしい。とても初々しさだけではない、大人の魅力が言葉遣いや一挙一動からにじみ出ていた。
「――さて、今から遠赤外線をあてていくんですけど、少しじっとしていてくださいね」
そう言って齋藤は、遠赤の促進機を引っ張ってきた。椅子の背を少し倒し、促進機のスイッチを入れる。
「体勢は、ちょっと動きにくいくらいがちょうどいいんです」
そう言って、居心地の悪そうにしている古賀をなだめる。
「――桜はお好きですか?」
促進機のスイッチを入れてから数分後、古賀のちょうど後ろに座っている姿の見えない齋藤が声をかけた。
「いやあ、春があんまり好きじゃないので、そんなに桜も気に入ってはいないですね」
「では、頻繁に桜を見に来たりとかは?」
「ないなあ。桜のすぐ近くまで来たのは、今年は今日が初めてかな」
そうだったんですか、と齋藤が呟く。ふと窓の外から金属音がして、古賀は少し首を傾けて窓の外を見た。
ちょうど、葉桜の向こう側を私鉄が走っていくところだった。
「少し前までは桜が満開で、走る電車とつくる風景が、とてもきれいだったんです。でも、散っちゃうともう感動はできないですね。ところで、どうしてここの鉄道の沿線には桜が植わっているのか知っていますか?」
突然の問いに、古賀は焦る。
「え、いや……騒音対策、とかですかね?」
「違いますよ。……実は、地盤を固めるためのものなんです。ほら、河川敷なんかでも、よく堤防のところに桜や欅が植わっているでしょう、それと同じです。ここの鉄道は土を盛り上げて作っていますから、地盤の強化のために桜が植えられたんです」
顔を見ることはできないが、今齋藤は嬉しそうな顔で薀蓄を語っているのだろうか。それを想像すると、少し温かな気持ちになる。
「一般的に綺麗だ、美しいといわれる桜ですが、実は残酷な一面を持っていることでも知られています。古賀さんは、桜の樹の下には屍体が埋まっている、というフレーズをご存知ですか?」
古賀は首をかしげる。
「知らないな」
「この世界に存在する、ある意味完成された存在の内側には、推し量ることのできない、得体のしれない何かが眠っている……もしかすると古賀さんも、桜みたいな人間なんじゃないですか?」
齋藤の言っていることがよく理解できない。
「俺が、桜? どういうことです」
さっぱりわからない。なのに、何故か冷汗が浮かぶ。
「桜の残酷な一面は、もう一つあります。桜は、花びらがすっかり落ちてしまうと、ある成分を分泌します。クマリン、という可愛らしい名前の成分です。この成分は、桜の根元の草を殺す働きがあるんです。桜は、自分の周りの栄養を持っていく草花を殺しながら、養分を得ているんです。古賀さん、見えますか? 窓の外の、あの桜」
窓の外を見る。桜が生えている。その根元には――たくさんの草花が生えている。
「どうしてあの桜の根元にだけ、あんなにも草花が生えているんでしょうね」
心臓が、どくりと鼓動を刻んだ。まただ。また、あの衝動だ。
「そもそも、春先には鉄道会社が線路の沿線に除草剤を撒きますので、土が掘り返されたり、或いは新たな雑草の苗床ができたりしない限り、雑草があそこまで生えることなんてないはずなんです」
手足がしびれるような、激しい欲求。自分は、何がしたい。
「そういえば、この町から、二人の女子高生が消えました。高校に上がったばかりの、初々しく可愛らしい二人でした」
指先がぴくりと動く。
「あなたのジャケットには、桜の花びらと桜の葉をすりつぶしたような汁と欠片が付着しています」
動かそうとした腰の関節が、軋む。
「――桜の樹の下には、死体が埋まっているそうですね」
彼女の声が、脳を溶かすように甘く響く。
「馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして、――人間のような屍体」
齋藤が、すっと息を吸う。
耳元で吐息が感じられる。
「あと一人は、どこに埋めたんです?」
古賀は天井を見上げながら、小さく呟いた。
「俺が、女子高生を殺して埋めたっていうんですか? バカバカしい話ですよ」
自分の中に、誰かを殺した記憶などどこにも存在しない。これは、古賀が誰も殺していない決定的な証拠になるはずだった。
「古賀さんは、そういうのに興味があったりしないんですか?」
「俺だって男ですけど、女子高生を襲おうなんて思いま――」
「違いますよ」
古賀の笑いながらの否定を、齋藤は芯の通った声で遮った。促進機の微かな駆動音が、虫の羽音のように響く。
「女子高生だからじゃありません。人間だから、です」
「は――……?」
間抜けな声が喉の奥から込み上げた。それと同時に、酔ったように視界がぶれる。
「あなたが人間だから。あなたが桜のような人間だったから、あの二人を殺した」
桜のような人間。
それはきっと、さぞかし美しい人間なのだろう。たとえその根が、貪婪な蛸のように数多の死骸を絡めとっているのだとしても。
「俺の奥に、何があると?」
古賀自身も意識しない、主体の存在しない声が何かを問う。
「あの細い首を絞めれば、彼女はどんな美しい声で囀るのだろう」
齋藤は朗らかに詠う。
「あの白い脚を裂けば、どんな赤が自分を迎えるのだろう」
呼吸が浅くなる。
「その喉を刻めば、どんな風の音がするのだろう」
目が渇く。瞼が眼球に張り付く。
「彼女のぬくもりは、如何にして抱けるのだろう」
齋藤はそこで、言葉を切った。
「あなたの根元に埋められた欲求が衝動として牙を剥く。背徳的な願望が抑圧されれば、それはやがて無意識下の快楽とともに達成されてしまう」
「お、俺が……」
古賀が呻く。
「思い出せるはずです。あなたの人間離れした人格は、もう目を覚まし始めています」
目に見えない場所から語りかけてくる齋藤には、何もかも見えているのだろう。
自分の中に眠る獣も、その獣に身をゆだねたいと考えていた自分も。
「俺は……俺自身の猟奇に耐えられない」
目の前に歩く人間。ある意味完成された、初々しく美しい果実。
人間は、人間にとって美しい。
白い柔肌が隠す血を、肉を、骨を、知りたいと思った。美の壁の向こう側を覗きたい。美しいものが醜く乱れるその瞬間こそ、古賀の欲求は満たされる。
桜の根を、見たかった。
桜は、桜にとって美しいのだ。人間にとって美しいのではない。
人間の見る桜は、本当の美しさを持っていない。醜悪な美しさを知って初めて、人間は桜を愛でることを許される。
「人間には、それがわかっていない」
人間と桜が、紙一重であることを。
誰しもが、猟奇を根に孕んでいることを。
美しさと醜さを一つの身体で表現するものこそが、この上なく美しいのだということを。
「やはりあなたは、桜のような人――いえ、桜そのものだったのですね。ヒトの形をしながら、桜にもっとも近い者。あなたが望むのは、ヒトの形を桜に近づけることだった」
齋藤は語る。古賀の背後の、目に見えない場所で。
「……今もそうだ。俺はあなたを、」
殺したい、ではない。血を見たいわけでもない。
地球上のどの言葉も、古賀の欲求を表すには不充分だった。結果的に死に、結果的に血が流れるだけだ。その過程と一瞬を享楽とする言葉は、この世界には存在しない。
「私を桜の樹の下に埋めていただけるんですか? 言っておきますが、私はあなたの理想にはなれません」
齋藤は少し笑ってそう呟いた。
「そうですか。あなたは俺の好みですよ。あなたなら、理解してくれそうだ」
少し軽くなった空気に乗じて、古賀の口も柔らかくなる。
促進機の稼働音が止み、水を打ったような静寂が広がった。今まで無音だと思っていた空間からさらに音が消え、心を流されそうになる。
「では、ロッドを外しますね。背を起こします」
背凭れがゆっくりと起き上り、鏡が古賀と齋藤の姿を反射した。久しぶりの齋藤の顔だった。
「通報しないんですか、俺のことを」
古賀が問う。齋藤は古賀の髪を整えながら、表情を変えずに答えを返す。
「自首をする気があるのなら、そちらを勧めます。あなたの無意識が、どれほどの犯罪隠匿能力を持っているのか私にはわかりません。証拠を残さないことも、きっとあなたの欲求なのでしょう」
古賀は小さく頷いた。自分の無意識のことなどわからないが、それでも背徳を隠すことは、美しいと思った。ただ、それと同時に自分の無意識が――衝動と眠りが、怖くなる。
「ただ、あなたは自分自身の猟奇に耐えられないと言った。もしもあなたが、耐えたいと思うのなら。桜から人間へなりたいと思うのなら、自首をし、期間を空けてからもう一度この店へ来てください。すっかり加工のとれた髪に、もう一度サービスしてさしあげます」
古賀は鏡の中の齋藤から目をそらし、少し上の時計を見上げた。
きっと、再びここに来ることは、できないだろうが。そう思いながらも、古賀は呟く。
「……美しさに感嘆できる主体は、俺じゃないみたいだ」
古賀に意識があるときに与えられるのは、快楽ではなく衝動と焦りだけだ。
「なら、それは多分、俺じゃあないんだろう」
齋藤の手が止まる。全てが、終わった。仕事の全てが、終了したのだ。
古賀は無言のままに立ち上がり、ゆっくりとレジへと向かった。齋藤からジャケットを受け取り、そこに付着した桜の花と葉の残骸を見つめる。
「いくら桜でも、残りかすは純粋に汚い。……俺が殺した。俺が、桜を汚くしたんでしょうか」
「だけどあなたにとっては――この世界に存在しない桜にとっては、美しかった」
その過程はね、と古賀は笑う。
料金を支払い、古賀は齋藤に背を向けた。
「一つだけ、訊きたいことがあるんですが」
まだベルのならない扉に手をかけて、古賀は呟いた。
「なんでしょう?」
「桜の根元に、草が生えている。ジャケットに桜の花弁と葉の痕跡がある。春になると、何かをやりたくなる。たったそれだけで、本当に全てがわかったんですか?」
だとしたら、なんと滑稽な無意識劇だったのだろう。
しかし、齋藤は首を横に振った。ガラスに反射した彼女が、少し俯いて呟く。
「わかりませんよ、それだけでは。だけど、わかったんです。あなたは、私と同じだったから」
しゃらん、と彼女の手元の鋏が鳴る。
ふと、彼女の言葉を思い出す。
――髪は体の一部、命と言っても過言ではありませんから。
「あなたもまた猟奇に、」
古賀の声は、続かない。
「――また来ます。ずっと、あとに」
ベルが鳴る。
風が吹く。
彼女は、笑う。
「ええ、またのお越しをお待ちしております」
しゃらん、と命を刈り取る鋏の音が、追いかけてくる。
終わりです。
お目汚し失礼しました。
乙
雰囲気は嫌いじゃない
ミステリーなのかファンタジーなのか
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