八幡「モンハンで未婚を救う」 (235)
寒さも深まってきた冬の日。
暖房をガンガンに利かせた自室で一人、俺は戦っていた。時刻は深夜の二時。明日、というより今日はもちろん登校日だ。
これからの俺の安否が気遣われるが、そこはなんとか無視する。気にしたくない。現実逃避と言っても良い。
「よし……!」
持っているのは二つ折りの黒い小型ゲーム機。挿入されているソフトの名前はモンスターハンターX。
画面の中では今まさに、俺の操っているキャラクターがディノバルドと呼ばれるモンスターを討伐したところだった。
軽快なファンファーレが鳴り響き、目的達成のメッセージが降りてくる。
受験生の妹に配慮した小声でひとしきり自分を褒め称えた後、ようやくゲーム機から手を離すことができた。手汗やべえ。
いつの間にか凝り固まっていた肩を回しつつ、脇に置いていたマッ缶に手を伸ばす。すっかり温くなっていたが、この温さが逆にマッ缶特有のまとわりつくような甘さを強くしていた。
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「ガンキンの肉質クソ過ぎるでしょ……」
一人ごちる。俺がやっていたのは大型モンスターと戦い続ける大連続狩猟という種類のものだった。
普通のクエストなら狩るモンスターは一体、多くても二体ほどで済む。しかしこの大連続クエストは一味も二味も違った。
クエスト名"鎧袖一触のパワフルアームズ"は四体ものボスを倒すまでクリア出来ないため、ゲーム中でも指折りの高難易度を誇っている。
モンハンは多人数プレイを推奨しており、大連続クエストは一人でやるにはなかなかにキツい仕様だった。
本来ならオンラインに繋ぎ、協力者を集めるべきなのだが、孤高のぼっちである俺はソロでクリアすることに決めている。けっして俺の立てた部屋に誰も入ってこないとかそういうわけではない。
このぼっち殺しとも言えるクエストをぼっちのままクリアしてしまった俺はぼっちを超えるスーパーぼっちというわけだ。
「俺が、俺が真のぼっちなんだ」
もう誰も俺を止められない。俺こそが最強であり、無敵。
ゲーム機の画面にはニヤついた自分の顔が映っている。それを見て、俺は我に返った。我に返る理由が悲しすぎる。最強の敵はいつだって自分だ。
その時、部屋の扉が前ぶれなく開いた。
ギョッとして目を向けると、隙間から可愛らしい顔が覗いている。妹の小町が様子を見に来たらしい。ふぅ……びっくりさせやがって。
「あ、勉強の邪魔しちま」
「まだ起きてたの」
俺がナッパさながらの笑みを向けながら口を開くと、小町は虚ろな目で食い気味に言ってきた。え? なに、怒ってるの?
「お、おう。もう寝ようかと」
「早く寝て」
「は、はい……」
扉が閉められた。先ほどまで最強を自負していた体からは力が抜け、少し震えていた。やばい怖い。
受験生の小町から見たら、平日夜遅くまでゲームやってる兄の姿は果てしなくウザく見えるのだろう。怒られるのも仕方はない。
時刻はもう三時になろうとしている。俺も速く寝よう。そう思ってベッドに潜り込んだ。
朝になり、スマホのアラームを掛け忘れていた俺は当然の如く遅刻した。夜更かしに加え、マッ缶に含まれていたカフェインと、有り余る糖分が俺に睡眠を許さなかったことが事態をより深刻にしている。
焦っても仕方ないので小町が作っておいてくれた朝食をじっくり楽しみ、ついでにコーヒーもゆっくり飲んでから家を出た。寒過ぎて引き返したくなる。
だが、そういうわけにもいかない。ぼっちである俺は他人からノートを借りたり出来ないのだ。
仕方なく愛車に跨がり、学校へ向かった。
× × ×
「ぐふっ……」
千葉市立総武高等学校二年F組に到着した俺を待っていたのは美人女教師と鋭いボディブローだった。
女性の細腕からは想像できないほどの衝撃と、重さ。
たまらず床に膝を落とし、負傷箇所である鳩尾を抑える。朝食とコーヒーが逆流しそうになるが、それは何とかこらえる事が出来た。
「弁明を聞こうか」
美人女教師──平塚静は冷徹な声で哀れな俺に言う。
「聞いてから殴れよ……」
呟きはリノリウムの床に吸われていった。笑うどころか爆笑している膝を叱咤して立ち上がり、平塚先生を正面から見据え……怖いから目を逸らす。
「勉強をですね、ちょっと」
「嘘をつくな」
一瞬で看破されてしまった。
「う、嘘じゃないですし……。ちょっと息抜きに一狩り行ってたらとんでもない時間になってただけです」
「ふむ……」
俺の言葉は独身アラサー女の心に届いたらしい。平塚先生はちらりと休み時間中の教室内を見やってから頷いた。
そこで教壇の真ん前でこんな屈辱的な仕打ちを受けていることに改めて気づいてしまう。
やだ何これ超恥ずかしいんだけど。ていうかクラスメイトが暴力を振るわれているんだから誰か助けろよ。悔しい。悔しすぎる。悔しすぎてビクンビクンしちゃう。
「今日はこの辺にしといてやろう。放課後、職員室まで来るように」
平塚先生はそう言うと教室から出て行ってしまった。返事はいらないんですね分かります。
俺がため息を吐くと同時に、授業開始を知らせるチャイムが鳴った。
午後の授業が終わり、放課後。俺は帰り支度をしていた。机の中にはもみくちゃにされたプリント類が敷き詰められている。
欠席した授業で配られた物だろう。机の上に放置では可哀想だからと、親切にも中に押し込んでくれた人がいたようだ。ありがたい話である。絶対に許さん。
「ありがてぇ……ありがてぇ」
感謝の言葉を呟きながら復讐の炎をたぎらせていると、俺の机に誰かが勢いよくバン! と両手をついた。
やめたげてよぉ! どいつもこいつも俺の机に何の恨みがあるのかと思い、下げていた目線を上げる。
短めのスカートからほっそりとした腰。これだけで女子生徒だとわかった。
そして目につくのは揺れ動く二つの何か。健全な青少年である俺は思わずそれに見入ってしまう。ありがとうございます!
「……なんだよ」
なんとか理性を取り戻し、釘付けになった視線を上へと押し上げる。
「ヒッキー、今日も部活行くでしょ?」
平均より少し低い身長と童顔。桃色がかった茶髪は後頭部で団子のように纏められている。その大きい瞳に見つめられると、妙な気恥ずかしさがあった。
彼女は由比ヶ浜結衣。俺こと比企谷八幡と同じ部活に所属している女子生徒だ。
「職員室に呼ばれてるから、その後でな」
「うん。わかった」
そう返すと、由比ヶ浜はとてて、と軽い足取りで教室を出て行った。部活が楽しみなのだろう。少し微笑ましく思いながら、俺は職員室に向かう。
はあ、行きたくねぇな。
「待っていたぞ」
平塚先生が長い足を組み直す。大人の女性として理想的なスタイルを持ちながら未だに結婚相手が見つからない女教師は辺りをきょろきょろと見渡し、
「君に来てもらったのは他でもない。今日の朝に受けた言葉の中に、引っかかったものがあってな。それが理由だ」
他の教員がいないことを確認すると、少しぎらついた視線を向けてきた。なに、ロックオンされたの? ここから女教師ルートなの?
「……引っかかった言葉っすか」
なんだろう。朝に言った言葉の中に婚約や交際を仄めかすものがあったのだろうか。だとしたら凄く気まずい。
「一狩り……と言っただろう。あれだよ比企谷」
「はあ……」
「あれはモンスターハンターを夜遅くまでプレイしていた事を意味する隠語だ」
隠語じゃねえよ。CMとかでも普通に言ってるだろ。
そう返しそうになったがやめておいた。あの黄金の右が怖い。
「モンハンをしていた事は事実っすけど」
「ふむ。実は私も先日、そのもんはんを始めてな」
モンハンの発音が何故か平仮名だった。むしろこちらの方が隠語である。えっちな風に聞こえる俺は生粋の狩人と言っていいだろう。新作待ってます!
「まだまだビギナーといって差し支えない腕前だ。だから……この分野において先達である君から話を聞きたいと思った」
「…………」
平塚先生はためらいがちに目的を明かした。職員室で教師が生徒にゲームの話を訊くなど本来は良くない事である。
だが俺はアウトローなのでその事には特に触れず、黙って先を促した。
いつも冷静なこの人が焦燥感を露わにしているのだ。世話になっているのも事実であるし、感謝もまあ、している。
理由くらいは聞いても問題ないと思った。もしかしたら力になれるかもしれないし、上手くいけば弱みを握れるかもしれない。
「あのドドブランゴ……だったか。あいつが倒せなくてな」
雪獅子ドドブランゴ。ハンターランク2に上がるために倒さなくてはならないモンスターだ。素早い動きと強烈な一撃。さらに名前の通り、氷を武器としてくる強敵である。
周囲には小型モンスターであるブランゴを従えており、こいつらがまた非常に鬱陶しい。雪玉投げんのやめろ。
「武器種はなに使ってるんすか」
「大剣とハンマーだ。無骨な武器が好きでな」
この人の事だ。男らしい武器で男らしいプレイをしているのだろう。
「相性は悪くないと思いますけど」
大剣もハンマーも一撃必殺を旨とする武器だ。素早い相手に対して優位に戦闘を進めることが出来る。
ならば根本的に武器の扱いを間違えているか、防具の方に問題があるか、だ。
「まさか、私のベルダー一式が砕かれるとは……」
初期防具じゃねぇか!
ベルダー装備はゲーム開始時から既に用意されている防具で、もちろん防御力も一番低い。裸よりマシ、といったところだ。
「他のに替えた方が良いと思いますよ」
「それは分かっているんだが、なかなかどうして難しい。何を作ったら良いか分からんしな」
「下位だったらカブラ一式が良いかと。序盤なら単純な防御力よりも体力上昇スキルの方が強いですし、見た目もゴツくて格好良い」
因みに俺もベルダーからカブラに替えた口だ。上位中盤までそれで行けたあたり、このアドバイスには説得力があると思う。
「そうなのか。いや、良い事を聞いた」
納得いったとばかりに平塚先生は膝をパンと叩いた。リアクションが親父っぽい。
「それでな、比企谷……ん」
職員室の扉が開き、保険医の女性が入ってきた。いつぞや仮病を使った時にお世話になった人だ。
今は部活動の時間という事もあり、他の教員はいなかったが、ここは職員室だ。人の出入りは学校内でも指折りである。
「ここでする話ではないな。場所を変えよう」
ようやく気づいたのか、平塚先生は立ち上がった。
「私だ。入るぞ」
男前な声かけの後、平塚先生がその部屋の扉を開けた。中には二名の女子生徒が揃って顔をこちらに向けたところだった。
一人は先ほどの由比ヶ浜。もう一人、黒髪の女生徒が持っていたティーカップを置いて、嘆息する。
「平塚先生、ノックをして欲しいと……」
「ああ。次からな」
いちいち男前過ぎる。今度から俺も見習おう。
そんな事を考えながら男前の独身女の後に続く。その過程で黒髪の女生徒──雪ノ下雪乃と目が合った。
相手が驚いたような顔をしたので、俺もつい見入ってしまう。
これ以上ないくらいに整った目鼻立ちに、艶のある長い髪。雪のように白い肌。すらりと伸びた足は黒いニーソックスに包まれていて、どこか扇情的だった。
うどんやさんはやくしてくださいむすこがしにそうです
雪ノ下はこの部活……奉仕部の部長を務めている。奉仕部というのは人助けを目的としている怪しげなクラブだが、俺は短くない時間をこの部屋で過ごしていた。
「すまん。遅れた」
雪ノ下から目を離して言った。バレてないよね? 見つめてた事とかバレてないよね?
「良いのよ」
来なくても、と続けられると思ったがそれは無かった。校内一の美少女である雪ノ下さんは毒舌でも有名だった。ソースは俺。被害者も俺。
それが最近ではすっかり丸くなって、今ではこんな優しい言葉もかけてくれるようになった。雪ノ下だけに雪玉である。俺の長年の努力が実った証と言っていいだろう。
「比企谷を借りていたぞ」
「いえ。顧問の平塚先生ならば問題は無いでしょう。比企谷君は奉仕部の備品ですから」
備品扱いだった。誰だよ丸くなったとか雪玉とか言ったやつ。中に石入ってんぞ。
「で、案件というのは?」
「うん。少し君達に聞いてもらいたい事があってな」
「それは奉仕部に対する依頼、という事でしょうか?」
マジか。驚きながら俺は平塚先生を見た。この人はこれから、とんでもないことを言おうとしているのではないだろうか。
「そう思ってもらって構わない。で、聞いてもらいたい話というのは……」
そこで俺の視線に気づいた先生はぐっと息を詰まらせる。勢い任せにここまで来てしまったが、ここに来てようやく冷静になったらしい。
そうだよな。普通は頼まない。というか頼めない。教え子、しかも自分が顧問をやっている部活に依頼など、今後の教師生活に多大な影響を及ぼしかねない話だ。
「も、モン……」
え、言うの? 思い留まれよ今ならまだ引き返せる。
「モンスター……」
「モンスター?」
由比ヶ浜が近寄ってきて平塚先生の顔を下から覗き見た。
やめてあげて! 至近距離から見つめるのはやめてあげて! 可哀想だから! 化粧では隠せないものが露わになってしまうから!
「予想はつきました」
長い髪を払い、雪ノ下が冷静に言った。エスパーかよ。
「モンスターペアレントに困らされていると、その解決を私達に依頼したいという事ですね」
良かったエスパーじゃなかった。流石の雪ノ下でも独身アラサーの悲哀までは理解出来ないようだ。
「いや、違う。騒がしい親は確かにいるが、それは我々教師が相手するべきものだ。生徒である君達には頼めんさ。そこまで落ちぶれていない」
平塚先生が言った言葉は俺を驚愕させるのには充分すぎた。
いや、落ちぶれてんだろ。落ちぶれに落ちぶれてこの部活に来ちゃったんだろ。
八幡知ってるよ。結婚出来ない女性の大半は変にプライドが高いって。付き合うなら相手の年収は最低でも一〇〇〇万以上、みたいな事を思ってるって。
「では、どういった用件でしょうか」
「うっ……」
再度の質問。雪ノ下と由比ヶ浜に見つめられ、平塚先生は後じさった。
奉仕部の女子二人は異性から高い人気を誇っている。ちょっと望めば交際相手などすぐに出来るだろう。モンハンなどの娯楽とは無縁の生活を送っているのだ。
そんな相手に脈絡なくゲームの話をするのは気が引けるに決まっている。
てか何でこの人、モンスターハンターの話を奉仕部に持ってきたんだ。友達でも欲しいのかな?
仕方ない。
俺は可愛らしく先生が着ている白衣の袖をくいくいと引っ張った。萌え動作というやつである。可愛すぎて申し訳ない。むしろ俺が可愛すぎて死にたくなった。
「あ?」
平塚先生は鬱陶しそうに身をかがめる。良い匂いがしたが、それは重要ではない。反応と顔が怖すぎたからだ。
「やめておいた方が良いですって」
「む、だがな……」
「代わりに俺が言っときますよ。二人にモンハンを勧めれば良いんですよね」
「……よくわかったな。出来るのか?」
いや、わかるだろ。
「確約は出来ないっすけど。まあ悪いようにはしませんよ」
顧問の教師が言うよりは俺が言った方が抵抗も少ない。
「なんとかやってみますよ」
自信を持って告げる。きっと俺の目はいつもより濁っていたに違いない。
× × × × ×
平塚先生が去り、ようやく奉仕部の三人だけとなる。さて、どう切り出したものか。
勢いと同情で引き受けてしまったが、他人に、しかも女子にゲーム勧めるとかちょっと難易度高すぎると気づいた。
鞄からいつものように勉強道具を取り出し、長机の上に乗せる。
「で、先ほどの話はなんだったのかしら」
「あー、あれはな」
なんて言えばいいんだよ。スーパーぼっちの俺が誰かを誘えるわけないだろ。誘えたらぼっちになっていない。
「……お前らモンスターハンターって知ってる?」
あれ、言っちゃった。他に言いようがなかったのもあるし、雪ノ下から睨まれたのもあったが、驚くほど簡単にその言葉は出てきた。
「モンスターハンター?」
雪ノ下は小首を傾げる。知らないのか。かなり有名なゲームだぞ。さすが金持ちのお嬢様だ。
「知ってる知ってる! この前発売されたやつでしょ? パ……お父さんが並んでたもん」
庶民派の由比ヶ浜はもちろん知っていたらしい。
「それを平塚先生が始めたらしくてな。まだ初心者だから……」
初心者だから……奉仕部に協力してほしい? おそらく違う。発売から一か月以上過ぎたゲームを今になって始めたのにはわけがあるはずだ。
「初心者だから?」
由比ヶ浜が訊いてきた。
「色んな奴にやってもらいたいんじゃね。あれだろ、友達の輪を広げたいんだろ」
「あの歳で?」
雪ノ下が訊いてきた。
「おいやめろ」
なんでそんな酷いこと言えるんだよ。人の気持ち考えろよ。そしてなんで注意を受けたらキョトンとしているの?
「いくらアラサーで後が無いからって、言って良いことと悪いことがあるだろ。気をつけろよ。特に本人の目の前ではな」
「誰でも抱く疑問だと思うけれど……」
確かに。
「そう言わず、とりあえずPVだけでも見てみれば? ちょうどパソコンもあるし」
「えー? モンハンって男の子向けのゲームでしょ」
由比ヶ浜からのブーイングを適当にあしらいつつ、目で雪ノ下にパソコン起動を促す。
彼女はため息を吐いてから端末を開き、どこからか眼鏡を取り出して装着した。これで知的度五割アップ!
「モンスター……ハンターと」
「Xも入れてくれ。これでクロスと読む」
「はいはい」
投げやり過ぎる。はいは一度で良いだろ。
雪ノ下さんがネット最大手の検索サイトにキーワードを入力すると、少しの時間を置いて結果が表示された。
一番上は公式サイト。二番目は最大手の動画投稿サイト、三番目はこれまた最大手のネット通販。
……ん? その下に気になるものを見つけたが、さっさと用件を終わらせたい雪ノ下が動画投稿サイトをクリックしてしまう。
「これかしら? いくつかあるけれど……」
「一弾から順に見てくか」
「えー? 飽きたー」
由比ヶ浜からのクレームも華麗に回避する。飽きるの早すぎだろ。まだ始まってすらいない。
いまいちモチベーションの低い空気を引きずったまま、プロモーション・ビデオが開始される。モンスターやスタイル、狩り技といった新要素の御披露目を重視した短いものだ。
男の子というのは単純なもので、こういった映像を見せられるとときめいてしまう。財布の紐が緩み、ついでに顔も緩む。くそ、モンハンしてぇな。
狩猟本能を刺激され、帰宅願望が膨れ上がる俺とは対照的に、女子二人は冷め切っていた。由比ヶ浜に至っては材木座のラノベを読んだ時並みの反応である。カプコンと宣伝部と俺に謝れよ。
「なんか、いかにも男の子向けってカンジ……」
「そうね。いくら新要素を押し出しても、過去作に触れていないわたし達からすれば、それは魅力的には映らないわね」
おっしゃる通りである。彼女達からすればモンスターハンターは遠い異国の文化だ。
その遠い異国の中で流行っている文化を見せられても、アッハイみたいな反応しか出来まい。たぶん俺だったら無視する。無視して帰るまである。
「俺のプレゼンに問題があるのも事実だからな……」
ぼっちは他人に物を勧めない。自分の好きな物は内輪に囲って一人で楽しむ。だからぼっちなのだ。
これでは社会に出た時に困る。プレゼンテーションすら出来ないのであれば出世もままならないだろう。これはもう社会人は諦めて専業主夫になるしかない。
なんとも言えない空気になり、手持ち無沙汰になったらしい雪ノ下が関連動画の項目からPV第二弾を選択し、再生する。
そこで革命は起きた。
「比企谷君」
雪ノ下はパソコンの画面を食い入るように見つめている。視線の先にはぴょこぴょこと駆け回ってブーメランを投げつける猫のキャラクターがいた。
いや瞬きくらいしろよ。怖ぇよ。お前はウシジマくんかよ。
「このニャンターというのは何かしら?」
「ああ……」
そういえばこいつ、猫好きだったな。これは良い糸口かもしれない。
「モンハンにはアイルーっていう種族がいてな。マスコットにもなってる。そのアイルーは今までお供として連れて歩けるだけだったんだが、今作からは自分で操作できるようになった」
こくこくっと雪ノ下は頷いた。ニャンターの出番が終わり、ハンターの活躍に場面が移るとシークバーをクリックし、ニャンターの所に戻す。なんで秒単位まで正確なんですかねぇ……。あと瞬きしろ。
「お供? どこでも一緒にいられるの? その……アイルーというのは」
「ああ。だいたいどこにでもいる。人間社会に適応している奴もいれば、集落みたいなのを作ってる奴らもいるな」
俺が説明している間にもウシジマくんによるセルフリピートは続く。だから瞬きしろよ。ドライアイになるぞ。
そんな心配をしていると、横にいた由比ヶ浜がくいくいと袖を引っ張ってきた。耳元に顔が近づいてきて、小さな声で囁かれる。
「……犬はいないの?」
「いない。敵モンスターならそれらしいのはいるが」
ジンオウガは犬ではなく狼がモチーフだったか。まあ、あまり変わらんだろう。似たようなものだ。お手とかしてくるし。
「むー」
由比ヶ浜から睨まれる。文句ならカプコンに言えよ。俺は悪くない。それより早く離れてくれ。そろそろ心臓がヤバい。このままだと超帯電状態になる。
「ゆきのんもなんか夢中だし……」
「家で猫の動画漁ってる時もこんな感じなんだろうな」
二人でそんなことを言っているとようやく満足したのか、雪ノ下がむふぅと息をつきながら瞑目する。
そして眼鏡の位置を直してから、
「わたしは良いと思うけれど」
「ゆきのん!?」
雪ノ下さんチョロ過ぎィ!!
どんだけ猫好きなんだよ。もう恐怖しかないわ。由比ヶ浜も俺と同様に驚愕の表情を浮かべている。
「あ、あれだけで決めちゃうの?」
「別にそういうわけではないけれど。ただ見た限り、ニャンターの動きは相当に作りこまれている事があの短い動画の中で確認出来たわ。これは作り手の並々ならぬ熱意の現れに他ならないでしょう? ならば消費者であるわたし達も先入観に囚われず、そのクオリティをもって評価すべきと思ったのよ。映画や小説、漫画やアニメと並んでゲームも日本を代表する産業の一つなのだし、そろそろそういった分野にも手を伸ばしてみようかと。ただの知的好奇心なの。他意は無いわ」
はいはい。
他意しか無いじゃねえか。そんな追求から逃れるように雪ノ下は立ち上がり、紅茶を淹れにいった。
「相変わらず変な奴だな……」
「ヒッキーにだけは言われたくないと思うけど……」
「だが雪ノ下が釣れたのは意外だったな」
これも俺のプレゼンが効果的だったためだろう。溢れ出るモンハン愛があの猫マニアにも届いたのだ。そうとしか思えない。
「ヒッキーもモンハンやってるんでしょ?」
「ああ。ガキの頃からな」
因みにモンハンは一五歳以上推奨だ。推奨なだけで禁止というわけではない。
「そっか……。じゃあ、あたしもやってみようかな」
「合わせたいだけなら止めといた方が良いと思うぞ」
モンハンは簡単な部類のゲームではない。覚える事は山ほどあるし、要素も多すぎて初心者は手を出しづらい。
しかも学生の身で買うゲームというのはでかい出費だ。雪ノ下のような金持ちなら問題ないだろうが、由比ヶ浜の懐事情は一般の連中とそれほど変わらないだろう。
女子なら服やバッグ、化粧品にも気を遣わなければならないし、その他にも付き合いなどがある。トップカーストに所属しているなら、そっちの方にリソースを回すべきだ。
「……なによ。誘ったくせに」
俺の懸念などつゆ知らず、由比ヶ浜はぷくーっと膨れた。
「いや、冷静になって考えてみたらちょっとまずいかなって。部活でゲームとか、遊戯部だろそれ」
「良いのっ! ゆきのんが良いって言ってるんだから」
「……わたしはそんなこと一言も言ってないのだけれど」
戻ってきた雪ノ下が二つのティーカップと一つの湯のみに紅茶を注ぐ。時間を置いたおかげで頭が冷えたらしい。
まあ、そうですよね。ゲームの一要素だけであの雪ノ下雪乃が揺れるわけがない。
彼女は髪を背中に流すと席に座り、また動画を再生し始めた。揺れてる揺れてる! グラグラだよ! それどころかもう墜ちてる!
「でも、平塚先生の依頼って、あたし達にゲームをしてほしいだけなのかな?」
「そういえばそうね。それだけで教師という立場をかなぐり捨てるのは妙だわ……」
「別にかなぐり捨ててはいないと思うけどな。でも大方の予想はつくぞ。ちょっとマウス貸してくれ」
雪ノ下が持っているマウスをこちらにずらす。それを受け取ろうと手を伸ばし、そこで彼女の手と少し触れてしまった。
熱いものに触った時のような反射速度で透き通るような白い手が引っ込む。俺は手を伸ばしたままの姿勢で硬直してしまった。
え、何この反応? 汚物でも触ったの? そんなに不潔だと思われていることに軽いショックを受けた。
贅を凝らした罵詈雑言より本能から来る素直な反応の方が遥かにダメージは大きい。
「……つ、続けて」
「あ、ああ。悪い」
思わず謝ってしまった。俺悪くなくね? ちょっと掠っただけじゃん。でも裁判沙汰になったら恐らく負けるので、ここは謝っておいた方が良い。よし、冷静冷静。
マウスを取り、やだちょっと温もりが残ってて意識しちゃう。山菜ジジイの姿でも思い浮かべてクールダウンを図る。
数度のプラウザバックの後、最初の検索結果を映す画面に戻ってきた。下にスクロールすると、目当ての項目が登ってきた。
それを指差し、俺は言った。
「これだろ」
「……うっそ」
「……はあ」
一目で分かったらしい二人は揃って呆れと諦めの混じった表情になる。
狩りコン。
それが、俺の高校二年三学期を忙しくさせるイベントの名前だった。
今日はここまで!
乙
おもしろい
乙です
乙!
乙
モンハンまったく知らんけど面白いな
もんはんのえろほんを健全な青少年が読むわけないだろ!いい加減にしろ!
もうすぐ受験生に何をやらせてんだ静ちゃん
そんなに切羽詰まってんのか
モンハンって友達と狩りに行く以外使い道ねーよな、ソロ素材集めだるいし
村クエ制覇したらGEO行きだわ
最後らへんにやったのが初代MHFとMHP3? 3G? だったけど
友達に「一緒にやりたいから3DSごと一緒に買おう」って提案して一緒に買ったのに村クエ二個やったら埃をかぶってしまった
なんでSSスレで自分語りしてるやついんの?気持ちわる
友達いないアピールの自分語りは草
早いな
乙!
これは期待
モンハン知らんけど読んでて面白いw
おつ!
モンハンはエロ同人誌とCMでしか見たことないけど話がしっかりしてるからゲーム知識必要な描写も普通に読めるし面白いよ
ゆきのんはアイルーが着せ替えと毛並み設定まで出来るって知ったら狂喜乱舞しそうだな
間違いなく全防具コンプリートして最大レベルにする
むしろアイルーにケガさせない為に神がかりな立ち回りを身に付けるかも
ただ初期アイルーはカリスマでスキルも微妙なんだよな……
まあ愛でなんとかしそうではあるが
>>49
そんな些細な事でゆきのんが愛でないわけが無いむしろ愛でる
アニメ1期で戸部がパクって三浦に渡したのってモンハンじゃなかった?
火力不足になりがちとは言えニャンター自体は弱くないからな。ヒット&アウェイがやりやすいし遠近両用なのも大きい
……問題は薬草笛吹いてばかりの薬草ネコとか蝉や土竜になってて戦わない寄生ネコの存在だけど
>>52
どうでもいい モンハン板でどうぞ
更新じゃないだと!?
日付が変わり、金曜日。今日が終われば明日は休み。学生は皆、連休前の金曜日を愛するものである。始まる前の休みが最も楽しいからだ。無論、それは俺も例外ではない。
自転車を駐輪場に置き、昇降口の所まで来ると男子の一団が下駄箱付近を占領していた。
口々に『寒ぃ』など『今年の冬やばくね?』などと言っている。おかげで他の生徒は屋内に入れず、寒風の中に取り残されたままだ。
うぜぇな。なんで固まってんだよ。テントウムシかこいつら。寒いのもやばいのもお前らです。
しかし、そう思っても口には出せない。ぼっちである俺は彼らには強く出られなかった。戦いは数だよ兄貴!
メガ粒子砲でバカ共を薙ぎ払いたくなる自分をこらえていると、一人の女生徒が連中の近くに歩み寄っていく。
「邪魔なのだけれど」
騒いでいる男子の声を容易く切り裂く冷たい声。雪ノ下雪乃が不機嫌そうな顔つきで彼らを見据えている。
一瞬だけ、は? みたいな空気が流れるも、相手を認めた瞬間、男子達はそそくさと去っていった。
ダッサ。いやほんとダサいわー。ちょっと男子ー? なに女子一人にやり込められてんのー?
障害物を排除した雪ノ下はいつものように長い髪を払うと、何食わぬ顔で自身の下駄箱まで歩いて行った。
あれ? 国際教養科のスペースはここから離れているため、バカ共の被害を受けないはずなのだが。あの冷血漢にも人情というものがあったらしい。朝から珍しいものが見れた。ありがてぇ、ありがてぇ。
「…………」
「……?」
ほんの一瞬、雪ノ下がこちらを見た。もちろん目が合う。距離があったので俺が会釈だけすると、彼女は無言で歩いて行った。
挨拶くらいしようよ……。
ぼっちである俺でさえ出来ることが雪ノ下には出来なかった。そしてその雪ノ下に先ほどの男子連中は蜘蛛の子の如く散らされた。
つまり真の勝者は俺ということになる。やはりスーパーぼっちの名は伊達ではなかった。敗北を知りたい……。
教室に到着し、自分の席に座る。空調機から来る暖かい風が頬を撫でると、まだ朝だというのに眠気がやってきた。
ここで机に体を預けたりすれば本当に眠ってしまいかねない。俺が目を開けて睡魔に対抗できているのは偏(ひとえ)に教室の中心で馬鹿騒ぎしている連中のおかげだろう。
本当にうるさい。時たまチャイムをかき消しそうなくらいうるさい。騒がないと死ぬの? 大げさに笑わないと呼吸が出来なくなるの?
しかし彼らが騒がないと教室には気まずい沈黙がやってくるのだ。
その沈黙を遠ざけるためにああして使命感に駆られながら騒いでいるのだとしたら、少しは暖かい目で見られる気もしてくる。嘘ですしてきません。
仕方ない。まだ授業まで時間はあるし、MAXコーヒーでも買いにいこう。あのほとばしるような甘さが俺に一日の活力を与えてくれる。
一日の始まりはMAXコーヒーから! 許容値を超えた甘さで今日も元気!
そんなセリフを物量重視のアイドルグループに言わせればきっと売れるだろう。
くだらない思考をしながら席を立ち、自販機に向かった。
寒い廊下を歩いていると、またもや眠気が襲ってくる。嘘だろ。どんだけ寝たいんだよ俺の体。冬眠とかしたいのだろうか。
これだけ眠いと普段より目が濁っているに違いない。今さっきすれ違った川崎沙希も挨拶したらびっくりしてたし。
挨拶は大事だ。モンハンでオンラインをする際、挨拶が出来ない奴は高確率で性格が悪い。ソースは俺。因みに挨拶が出来ても性格が悪い奴はいる。ソースは俺。
幽鬼のようにさまよい歩き、ようやくゴゥンゴゥン鳴ってる自動販売機の所までやってくる。本当に長い長い道のりだった。
歓喜のあまり硬貨を握る手が汗ばんでいる。この状態は若い女性店員がいるレジで良くある。なんであんなに緊張するんだろう? 男性店員が相手だと汗だろうが鼻水だろうが付いていても気にしないのに。
硬貨を投入し、迷わずマッ缶のボタンを押す。
炭酸やお茶、果ては水まで売り切れる状況であろうとMAXコーヒーだけは売り切れない。この信頼性の高さは他の飲み物に無い利点だ。
ガコンと取り出し口に落ちてきた不人気飲料を拾い上げ、ぼんやりと立ち上がる。
その時、肩に誰かが手を置いた。
「ぁ……?」
眠気から反応が遅れる。振り向いた俺の顔はさぞやまぬけだったことだろう。頬に妙な感触。これが指だと理解するまでに若干のタイムラグがあった。
「また引っかかったね。おはよ、八幡」
天使がいた。うす暗かった廊下が、俺の周囲が光り輝いて見えた。これが天国か……。
ジャージ姿の天使はひたすら無邪気な笑顔であは、と笑うと指を離す。
「戸塚か。おはよう」
心臓の鼓動がうるさい。体中の血管に凄まじい勢いで血が送り込まれ、皮膚の汗腺という汗腺が全解放された。
それでも冷静に挨拶をすることに成功する。
普通ならば盛大にどもる所だっただろうが、戸塚と出会ってから今に至るまでの時間で俺も成長した。今ならこうして即座にキメ顔を作ることも出来る。間違っても薬物をキメたわけではない。
「朝練終わりか?」
眠気など吹き飛んだので頭も回り始める。この時間帯から考えて、恐らく間違いでは無いはずだ。
「うん。ちょっと喉が渇いて来たんだけど、八幡を見つけたから……」
指でつついてくれたんですね。ありがとう。おかげで目が覚めました。
戸塚にバレないように深呼吸しながらプルトップを開ける。一口煽ると、慣れ親しんだ甘さが体に染み渡った。マッ缶はオールシーズン美味いが、戸塚が隣にいるとさらに美味い。もうずっと俺の隣にいてくれないだろうか。
いや、プロポーズの言葉なら他にもっと良いのがあるはずだ。人生に一回だけなのだから、最高のものを贈りたい。でも男なんだよなぁ、戸塚……。
俺が日本の婚約制度をどうやって変えるか悩んでいると、隣の戸塚も同じようにウンウン悩んでいた。もしかしたら同じこと考えてるんじゃないか? ワンチャンあるの?
「どうした?」
「え、うん……」
戸塚は辺りをキョロキョロと見渡す。平塚先生もやってたな。流行ってんのか?
「あの、八幡はさ……えっと。モンスターハンター、やってるんだよね?」
「おう。男の嗜みだからな」
「そ、そうだよねっ。良かったぁ」
何が良かったのかは分からないが、戸塚は安心したように笑った。こんな表情を見られるなんて、俺もモンハンやってて良かったぁ。
「戸塚もやってんのか」
「うん。まだ始めたばかりで下手っぴなんだけど、やっとランク3まで上がったんだ」
ランク3ともなれば下位も終盤である。武器の扱いに慣れ、知識も付いてきて一番楽しい頃合いかもしれない。ドラグライト鉱石とかライトクリスタルが出るとめちゃくちゃ嬉しい辺りだ。
自分にもそんな頃があったなぁと、懐かしさと親近感から口が軽くなる。気づけば大変な事をポロリと喋ってしまっていた。
「良かったら一緒にやるか? なんか手伝える事とかあるかも知れんし」
いやあぁぁぁああ!?
ヤバいヤバいヤバい! なに誘っちゃってんだよ!? 今までのぼっち人生で何を学んだんだよ!? 時間を巻き戻せるなら三秒前の自分を殺したい。八つ裂きにしたい。一幡になりたい。
これで戸塚が気まずそうに笑ったりしたら世をはかなんで死ぬまである。
「良いの!?」
ぃやったぁああああ!! キタコレぇえええ!! 良くやった五秒前の俺!
テンションの上下に体がついていかない。呼吸が荒くなり、目が血走り、手が震える。完全に変質者じゃねぇか。
でも仕方ないじゃん? こうして知り合いとゲームの話なんかして、しかもポジティブな反応を貰ったことなんていつ以来か。もしかしたら人生初めてかもしれない。
「ぼく、オンラインとかやったこと無いから迷惑かけちゃうかもだけど……」
「ん? なんで入んないんだ?」
「マナーとかよく分からないし、怖い人とかも沢山いるんでしょ? だからちょっと」
「そっか。確かに初心者がそういう所で躓く事はあるな」
とはいえ、部屋に入ったら挨拶。他人を待たせない。しっかり戦う。そして乙らない。これくらいをちゃんとやっとけば問題ない。
戸塚はテニス部の部長を勤めてるだけあって、礼儀作法に詳しいし気も配れる。どっかの部長にも見習ってほしいくらいだ。
「最初は顔見知りとやった方が良いのは事実だな。地雷の大半はゲーム初めていきなりオンに入ってくるから」
「そうなんだ。八幡はオンラインやるの?」
「たまには。二つ名とかの面倒くさいクエストはオンでやる事も多い」
「も、もう二つ名までやってるんだ……」
二つ名というのは通常種と比べ、遥かに強力になったモンスターの事だ。モンハンXのエンドコンテンツとも言うべきものであり、初心者の目には人外の魔境に映る領域だ。
戸塚は気後れしたのか、寂しげな笑みを浮かべる。この瞬間、俺の罪悪感ゲージがオーバーリミットし、エネルギーブレイドの如く放出された。意味わからん。
「でも知ってる奴とゲームするのは初めてだから、そういった意味では俺も戸塚と変わらんぞ」
野良で会う奴らなんて強いオトモくらいにしか思っていない俺からすれば、リアルの知り合いとやる狩りは完全に未知数だ。
「そっか。良かったぁ……」
今度は安心したようにほにゃっと笑う。この笑顔を待っていた。写真にしたい。写真にしたあと額縁に飾りたい。むしろ俺が戸塚の額縁になりたい。
MAXコーヒーを飲みながら廊下を歩く。来る時はあんな冷たかった空間が、隣に戸塚がいるだけでとても暖かく感じられる。幸せとはこういう事を言うのだろうか。
「……?」
のほほんと人生の絶頂期を味わっていると、戸塚がなにやらもじもじしていることに気づいた。
やだ凄い可愛い。思わず息が止まり、血液が逆流する。俺の体さっきから異常起きすぎだろ。このままだと命の危険もある。
しかし、まあ大丈夫だろうとタカをくくった。これで死んでるんならもう死んでる。俺の半年間は無駄じゃない。
男気たっぷりに言うてみ? と視線で尋ねる。真っ赤になった戸塚は両手をむん、と握り、上目使いで言ってきた。
「あ、明日の土曜日、八幡の家にお邪魔してもいいかな?」
「…………」
俺は死んだ。
スイーツ(笑)
× × ×
「というわけで、モンハンの布教は成功と言えるでしょう」
職員室、俺は平塚先生にミッションの経過報告をしていた。
あの後、戸塚による懸命な呼びかけのおかげで俺はなんとか現世に帰還することが出来た。脳裏ではあの時の言葉が何度もリピートされ、気づけば放課後になっていた。
昼休みあたりに由比ヶ浜が何か話し掛けてきた気もするが、俺は放心状態だったために応答することが出来なかった。どうせ奉仕部でまた会うし、その時にまた聞けばいいだろう。
「そ、そうか。いや、ご苦労だった」
目を逸らし、気まずそうに返してくる。昨日はよっぽど追い詰められていたのか。まあ、確かに正気ではなかったっぽいしな。可哀想に。
「雪ノ下と由比ヶ浜は不審がっていなかったか?」
「めちゃくちゃ不審がってましたよ。でも狩りコンの話したら一瞬で納得……いだだっ!」
平塚先生が俺の両肩にひたりと手を置いた。その直後、途中だった言葉が悲鳴に変わる。肩が、肩が痛い! 握力がヤバすぎる。ゴリラかよこの人。
「なぜバラした。というかなぜ知っている」
マジで狩りコン目当てかよ……。でも昨日の口振りでは本当にゲームを楽しんでいるように見えた。
きっと不純な動機でモンハンを始めて、そのままガチハマりしてしまったのだろう。なんともこの人らしい。
「ネットでモンハンを検索したらすぐ下に出てきましたけど……」
「そ、そうだったか」
どこか諦めたように笑い、先生は椅子に座り直す。
命が助かった安堵からため息が漏れる。握りしめられた肩がズキズキと痛んだ。肩って握りしめられる部位じゃないだろ。どんだけ人体の破壊に精通してんだよ。
「で、狩りコンっつっても何すりゃ良いんすか? 先生のランク上げ?」
「いや、同行だ」
「は?」
「だから、狩りコンまで同行してほしい」
「いや……」
なんで? 合コンなんてさんざん出てるでしょ。そしてその全てで敗北してるでしょ。正直、行っても良い結果になるとは思えない。新しい傷が増えるだけだ。
しかし、そんな事を言っていては命がいくらあっても足りないので俺は沈黙を貫いた。
狩りコンに賭けたい気持ちは理解できる。
モンスターハンターのプレイ人口、その大半は男性なのだし、イベントに参加すればそれだけ出会いの確率も高くなるだろう。良いコミュニケーションツールでもある。
だが考えてみてほしい。モンハンのプレイヤーにまともな奴なんてどれくらいいるのか。
ガノタとかと同じで、一日中どの武器種が一番だとか、このスキルを付けてる奴は地雷だとかで罵り合ってる連中だぞ。
いくら母数が多かろうとも、デュフフとか言っちゃうキモオタばかりでは意味がない。
平塚先生はそういうの好きそうじゃないし、『女教師キタコレ』だの『婚期のタイムアップが近いですな』だの『もうサブタゲクリアで妥協しましょうぞ』だの言われたらモンスターではなく人間を狩り始めてしまう。そして多分、俺も狩られる。
「やめといた方が良いと思いますけど」
親切心からそう言った。九割くらいの保身もある。
「だが、もう他に手はないんだ」
平塚先生の横顔からは癒しがたい孤独の影が窺えた。この人がこんな表情をするのは珍しく、不覚にもドキッとした。
「そうっすか。とりあえず、奉仕部に持ち帰ってみますよ。二人とも良い反応ではあったんで」
見つめているとうっかり貰ってしまいそうになったので目を逸らす。危うく平塚先生ルートに入る所だった。危ない危ない。本当に危ない。紙一重である。
「すまないな比企谷。いや、駄目だったら一人でなんとかする」
「なんとかなってないから……いや、やっぱ何でもないです」
凄い睨まれた。怖ぇよ。まだ全部言ってないじゃん。この人が結婚出来ない理由はこういう所にある。
「そうだ。君の助言通りにカブラ一式を作ったらドドブランゴを血祭りにあげることが出来た。礼を言う」
よ、良かったですね……。血祭りとか怖過ぎる。日常生活ではまず使わない単語だろ。
「時に比企谷、今の君はどこまで進んでいるんだ?」
「そうっすね。ほとんどやる事は終わってますけど……」
最近はほとんど火山に籠もっている。モンスターハンターはある程度まで進めると、武器よりピッケルを握っている時間の方が長くなってくる不思議なゲームなのだ。
だが、それを初心者に言うのはマズい。引くに決まっているし、俺もちょっと言いにくい。
「ハンターランクは?」
「108ですね」
平塚先生の五四倍である。波動球と同じ数字でもある。
「ひゃっ……!?」
そんなに驚くことじゃないだろ……。ハンターランクなんて999まであるのだ。俺なんてまだまだヒヨッコ。ひよこクラブだ。
だが、たまごクラブの平塚先生からしてみたら天上人に見えるのかもしれない。優越感がヤバかった。
「じゃ、これから部活あるんで」
驚きから回復出来ていない先生を置いて、颯爽と職員室を後にする。
改めて思ったが、これ職員室でする会話じゃねえよな。
× × ×
「チョリーっす」
上機嫌だった俺は奉仕部の扉を開けながら今までにない挨拶をしてみた。
暖房が利き始めた部屋の中では女子生徒が二人、身を寄せ合って談笑していた。
「こんにちは」
「あ、ヒッキー。やっはろー」
それだけでまた二人の世界に戻ってしまう。仲良すぎるだろ。そしてどんだけ適当なんだよ。放任主義にも程がある。
しかしなにより、奇をてらった挨拶が空振りに終わったことが残念だった。ヤバい凄い恥ずかしい。インパクトが足りなかったのかもしれない。あと古い。
もう挨拶でウケ狙いとかやめよう。黒歴史をこれ以上増やしたくない。本当に教科書一冊分くらい出来てしまう。
ルンルン気分はどこかへ去り、ようやくいつもの調子が戻ってきた。トラウマはいつだって俺を冷静にしてくれるのだ。
自分を慰めつつ鞄から勉強道具を取り出し、長机の端っこに広げていく。はやいとこ勉強しなきゃ。時間は待ってくれない。
しかしいつもの癖で、耳は勝手に周囲の情報を拾ってしまう。
「ゆきのんは何て名前つけたの?」
「デフォルトネームよ」
「で、でふぉ……?」
「そのままの名前を付けたということ。変更はしてないわ」
「武器は……やっぱニャンターだ?」
「片手剣のままにしているわ。オトモの様子は随時観察しているけれど。やはり、凄く作り込まれているわね。双眼鏡が手放せなくて……」
え? なにこの会話? 女子力低くない? ていうかモンハンの話してない?
俺が手を止め、恐る恐る視線を上げると、それに気づいた由比ヶ浜がふふんと得意気に笑った。凄くムカつきます……。
「あ、やっと気づいた」
「あ、え、なに。どゆこと?」
超どもった。この短時間で二度目の羞恥心がやってくる。
「ふふーん。じゃじゃーん!」
由比ヶ浜はどや顔で言ってからバッグに手を突っ込み、中の物を取り出そうと試みる。しかし何かに引っかかったのか、彼女の思い通りにはならない。
「あ、あれ? ちょっ、出ない……」
格好わりぃ……。あんなに気合い入れたのに。見てて可哀想になってくる。由比ヶ浜の隣にいる雪ノ下もまた、生暖かい視線を向けていた。
「あ、出た。ばばーんっ!」
取り出したのは小さなピンク色のポーチ。そのファスナーを開け、赤い携帯ゲーム機を見せつけてきた。マジかよそれ新型じゃん。newの方じゃん。
「モンハン始めましたー!」
二つ折りのゲーム機を開くと、確かにモンハンXが挿入されている事がわかる。遠くて見えづらいが、あれはベルナ村のマイハウス内だ。
「お、おう……」
呆気に取られた俺の口からは生返事しか出てこない。というか、ちょっと引いていた。
今日持って来ているということは、昨日の内に買ったという事だ。プロモーション映像ちょっと見せられただけで買っちゃうとか大丈夫なんですかね……。
「てか、え、もう買ったの?」
「ううん。ゲーム機は持ってたんだ。去年の誕生日にパパから貰ってね。いらないからしまってたんだけど、こんな所でまさか役に立つとは」
由比ヶ浜の誕生日は6月18日だったはず。つまりあの赤いゲーム機は半年以上もの間、放置されていたのだ。
酷いよ。 あまりにもパパが可哀想過ぎる。俺の誕生日なんか一万円よこされて終わりだぞ。しかもケーキ代込みで。ありえん。俺も可哀想過ぎる。
「ソフトの方はどうしたんだよ」
「パ……お父さんのゲーム機に刺さってたから持ってきちゃった」
いや言い直さなくていいよ、前からパパって言ってたし。あれでしょ? ファブリーズだかエイトフォーとか噴射されてたパパでしょ?
「お父さんも災難ね……」
「えー。でも、ありえなくない? 一七の娘にゲーム機って。センスない」
マジかよ……。いま俺の手元にある湯飲みは誰が選んだんですかねぇ……。
紅茶を入れる容器に湯飲みを選ぶセンスを見る限り、由比ヶ浜DNAはしっかり受け継がれているらしい。
まあ、口でああ言ってても、本心は少し違うのだろう。
本当にどうでもいいとか思ってたら、さっさと売るなりなんなりしている。まったく素直じゃないんだから。
「そのお父さんからモンハン抜いたんだろ。ちゃんと謝っといた方がいいぞ。あとお礼も言った方がいい」
「そうかな……。え、でもでも、今日は部室でやると思ったし」
雪ノ下が呆れたように息を吐いた。
「やるわけないでしょう」
「やるわけないんだ!?」
由比ヶ浜が驚愕の表情を浮かべる。当たり前だろ……。ただでさえ訳の分からない部活なのに、ゲームとかやり始めたらいよいよ終わりの匂いがしてくる。
「その、なんだ。雪ノ下も買ったのか、モンハン」
由比ヶ浜との会話を聞く限りでは、そういう風に捉えられた。俺が気まずく尋ねると、雪ノ下は紅茶を口に運んでからふいっと顔を逸らす。
「ええ。ゲーム機と一緒にね。ちょっと暇つぶしに」
「そ、そうか」
図らずも、奉仕部メンバーが一斉にモンハンを始める異常事態になってしまった。
「むー。ゆきのんと一緒に出来ると思ったのに」
「ゲームの持ち込みは校則で禁止されているわ」
「……教室で堂々とやってる奴らもいるけどな」
その手の規則は形骸化していると言っていい。
総武高校は県内有数の進学校だけあって授業中にやり出すような馬鹿はいないし、今のところ妙なトラブルも起きていなかった。教師連中も何かなければ静観しているだろう。
雪ノ下はチラッと俺の方を睨んだが、すぐに外す。
「……生徒指導があの人だものね」
「世も末だな」
他でもない、生徒指導の平塚先生が発端となって奉仕部にモンハンの嵐がやって来ているのだ。本当に大丈夫なのだろうかうちの学校。
諦観に到達してしまった俺と雪ノ下を尻目に、由比ヶ浜だけは不機嫌そうに唸っていた。しかし言葉にはせず、ゆきのんの袖をちょいちょいと引っ張っている。
「むー」
「ちょっと、由比ヶ浜さん?」
「……むー」
「わ、わかったわ。帰ったら……ね?」
「待ってました! ゆきのん大好き!」
由比ヶ浜ががばっと抱きつく。雪ノ下は暑苦しそうに身じろぎをしながらため息を吐いていた。
来ました奉仕部名物の百合空間。これはあれですかね。お泊まりの流れですかね。今日はちょうど週末ですし。
そして今日も当然のようにハブられる俺。
これも奉仕部名物である。百合とぼっちが生み出す歯車的小宇宙こそ奉仕部の醍醐味と言ってもいいだろう。
「でも、やっぱモンハン難しいよねー。コゲ肉しか焼けないし、もえないゴミでポーチが溢れかえるし」
「そうね。双眼鏡を覗いていたらタイムアップ……なんてことも珍しくないもの」
「ピッケルとかもったいよね。凄い壊れるし」
「ニャンターだと道具を使わずに済むわ。麻酔玉も使い放題だから、やってみたらどうかしら」
「そ、そうなんだ……。ていうか麻酔玉ってなに?」
「……捕獲、していないの?」
「えっ」
「えっ」
「…………」
こいつらこんな会話ばっかしてんのかよ。まあいいか。楽しそうだし。別に話に混ざれなくて寂しくなんかないんだからねっ!
コゲ肉を量産している由比ヶ浜と、口振りからして既に大型モンスターを捕獲までしている雪ノ下では進むスピードに違いがあるのは間違いない。
誰もが同じように進めるわけではないのだから、これで良いのだろう。むしろ攻略サイトなど見ずに手探りで進めていく方が冒険感もあって面白い。
「ヒッキーはずっと一人でやってたんだよね」
「あ? まあな。家でぼちぼちやってたよ」
ぼっちだけに。いややめておこう。今日のトラウマゲージは既に限界だ。オーバーヒートはさせたくない。
「発売日に買ったの?」
「おう。アマゾンでな」
千葉県の市川市塩浜にはアマゾンの配送センターがあるため、Konozamaは基本的に食らわない。安心して発注出来る。
そのせいで我が家にはダンボールが増え、処分が面倒だと小町が嘆き、そしてカマクラが喜ぶという事態に発展していた。猫ってなんであんなにダンボールが好きなんだろう。
「あなたが11月の下旬から、突然ここで勉強を始めた理由が分かったわ」
雪ノ下の言う通り、モンハンの発売に前後して、俺は部室で勉強するようになっていた。学校でゲームが出来ない以上、家でやる分の勉強をここで済ましてしまおうという考えだ。
効率化を図ったおかげでハンターランクは三桁に達し、今では立派な炭坑夫となることが出来た。
しかし引っかかる事もある。
「……なんでそんな正確に把握してんだよ」
「……え」
雪ノ下は目を丸くし、少し置いて顔を赤らめた。怖い。観察されていると見てまず間違いなかった。むしろ日記を付けられているまである。どんだけ俺のこと好きなんだよ。ほんと怖い。
きっと日頃からそうして他人の弱みや短所を記録しているのだろう。
だがそんな事を口に出せるはずもなく、俺が怯えながら雪ノ下を見ていると、由比ヶ浜が慌てた様子で言った。
「だ、大丈夫だよ! あたしも把握してたし!」
「嘘だな」
「嘘ね」
「なんで息ぴったり!?」
由比ヶ浜がそんな昔の事を覚えているはずがない。今日の日付を把握してるかも怪しいくらいだ。
それに……ちょうど、あの辺りは忙しかったのもある。
修学旅行から生徒会選挙、クリスマスイベントと続き、奉仕部も大変だった。もう本当に大変な時期だった。ギクシャクしてたし。
そんな時でも自分を見失わず、精進に励んでいた俺は真のハンターと言っても過言ではない。最低である。
雪ノ下がこほんと咳払いした。
「それで、平塚先生の依頼は狩りコンに関係するもので正しかったのかしら」
「ああ。なんか、同行を頼みたいんだってよ。俺個人じゃなくて、奉仕部への依頼だ」
「そう……」
「マジなんだね……」
「あんまりそんな顔をしないでやってくれ。本人曰わく無理強いはしないし、参加する場合、費用諸々は全てあっちで負担するそうだから」
「そういう問題ではないのだけれど……」
ですよねー。俺もそう思う。だってこれ、色々とキツいし。
雪ノ下と由比ヶ浜がモンハンを始めたとはいえ、この手のイベントに参加するかというと、それはまた別の話だ。
「こうなる事は分かってたから返答は保留にしてもらった。後の判断はお前らに任せる」
「…………」
「そっか。あたしはゆきのんとヒッキーが良いなら、オッケーかな」
由比ヶ浜が熱のこもった視線でじーっと雪ノ下を見つめる。彼女は瞑目して紅茶を飲んでいたが、しばらくすると居心地悪げに身をよじり、降参した。
「……まあ、良いでしょう。平塚先生の交際相手を見つけるのは不可能だけれど、イベントまでの同行というなら構わないわ」
「ふ、不可能じゃないだろ……。ちょっと天文学的な確率ってだけだ。不可能じゃない」
「そうね。地球外生命体とコンタクトが取れるくらいの可能性ね。無くはないわね」
「よくわかんないけど、なんか酷いこと言ってる……」
この部活が、メンバー全員が平塚先生に世話になっているのは事実だ。ここいらで始末をつけるというのも悪くない。
俺はいつになくやる気に満ちた体にさらなる気合いを入れると、紅茶をぐいっと煽る。
さあ、不可能に挑もうか。
今回はここまで!
予想外の大反響に草。思い付きで書いてるものだから期待せんといてや
乙
乙!
乙
いいな
乙
葉山グループやいろはすはやってそうにないし奉仕部+戸塚だけなのかな?
いや三馬鹿はやってそう特に戸部とか
いろはすはやってるとしたら…なんか想像つくな
乙!
先生の呼称が無慈悲すぎるタイトルに期待した
面白い
乙です
いろはすがモンハンやってたらサノバのめぐるみたいだな
スレタイがキャッチーで泣ける。
果たして救えるのだろうか……?
モンハンで救えるの?教えてエロい人
ガハマパパから感じるベテランハンターの気配……
それに今回は3DSのメモリーカードがそのままならガハマパパがソフト買い直せばガハマパパのデータはそのまま使えるからな
PSP時代の仕様に戻っただけとも言えるけど
乙
未婚を救う(結婚させるとは言っていない)
ところで婚活クエストのサブタゲは何をすればクリア扱いになるんですかね……
猫を飼う
「未婚を救う」というフレーズが既に面白い
部活が終わった後、俺はチャリを漕いで自宅近くのスーパーに寄った。
両親は遅くまで仕事、ラブリーマイシスターの小町が受験生ともなれば、夕食などは俺がやるしかない。
どうやら小学校六年生レベルでは世界……日本有数、いや千葉有数と言われたこの料理スキルを解き放つ時が来てしまったようだ。
「今日は何にしようかしらっと」
気持ち悪い事を呟きながら食料品コーナーを動き回る。俺、縦横無尽。来たるべき専業主夫の時代、その先駆けとなるべくまずは肉のコーナーへ向かった。
タイムセールで売っている豚のバラ肉を掠め取り、カゴに入れる。そして奥様方を追い抜き、切れていた醤油もゲット。醤油はやっぱりキッコーマン!
さらにごま油と旨味調味料も追加し、今度は野菜のコーナーに。溢れ出る疾走感を纏いながら、これまたタイムセール中の玉ねぎと人参、安かったキャベツも手に入れた。
伊達に小町の買い物に付き合わされてはいない。ここまでの手際は完全に妹のトレースだ。模倣だ。それでも上手くいくあたり、本物の凄さが嫌でも分かる。
「おっと、俺とした事が」
明日は土曜日。と、とつ、とちゅきゅ、戸塚が遊びに来る日だ。心中でさえ噛みまくるあたり、俺の動揺が嫌でも分かる。気持ち悪いね。仕方ないね。
とりあえず、もてなすための菓子とジュースを用意しよう。モンハンをやることを念頭に置くならば、手を汚さない個包装のものが良い。チョコレートやクッキー、煎餅、じゃがりこを選択。
飲み物も果物系、炭酸系、お茶系と……あとMAXコーヒー。最後の以外は二リットル容器の物を選んだ。気合い入れ過ぎだろ。あとクソ重い。
「よし、こんなもんか……」
大丈夫。戸塚が苦手な物は入っていない。事前にリサーチしているので、これで安心なはず。
会計を済ませると、買い物袋をチャリのカゴに……入りませんね。歩くしかないです。ため息を吐き、俺は自宅へと向かった。
あ、お風呂掃除もしなきゃ。
× × ×
自宅に着くと、真っ暗で寒い家が出迎えてくれた。持っている買い物袋が一段と重さを増したような気がする。
これが一人暮らしの寂しさか……。平塚先生……。
俺は死者を悼むように顔を振ると、家の照明と暖房をつけ、まずは米を研ぐことにした。水が冷てぇ。手がかじかむ。
小町はいつもこんな冷たい中で飯を作っていてくれたのか。我が妹ながら凄いなあいつ。そりゃ料理の腕も上達するわけだ。感謝の念が湧き上がってきた。
米を研ぎ終わり、ヒーターの前で両手を復活させる。それから風呂場に行って掃除を開始。お湯を抜き、洗剤をぶちまけ、それを浴槽の隅々まで塗りたくっていった。
一五分ほどして掃除も終わる。炊飯器のスイッチを入れたところで玄関の扉が開いた。届くのは可愛らしい明るい声。
「たでーまー」
「おう、おかえり」
タオルで手を拭きながら出迎えると、帰ってきたばかりの小町はきょとんとした表情になった。脱ごうとしていた靴がつま先に引っかかってぶらぶらと揺れている。
「どしたの、お兄ちゃん」
「風呂の掃除してたんだよ。米も炊いた。夕飯は俺に任せろ」
かっこよく言ってやった。うは、俺イケメン過ぎる。
「ありがたいけど……大丈夫? 最近おかしいよ?」
え、おかしい? なにが? 頭?頭がおかしいってこと?
俺の愛情がまったく伝わってねぇ……。
「おかしくねぇだろ。ただの気まぐれだよ。お前はゆっくりしてろ」
「……うん、ありがと。なんかちょっと気持ち悪いなぁ」
小町はうんうんと首を捻りながら自分の部屋に向かう。いや、酷くないっすか。こんなんじゃ俺、家事をやる気なくなっちまうよ……。
米が炊き上がる頃になって、小町がリビングに戻ってきた。
今まで受験勉強をしていたのだろう。学校が終われば塾に行き、そして帰ればまた勉強。大変ではあるが、難関である総武高校への入学はそれほどまでに遠く、厳しい。
そんな妹をサポートすべく、年明けから俺は家事をやるようになっていた。炊事洗濯掃除etc.なんでもだ。
キッチンで料理の準備をしていると、小町がとてとてやってくる。
「どした」
「小町も手伝うよ。お兄ちゃんだけに任せてらんないし」
「いや……」
断ろうとして、やめる。あまり気を遣い過ぎても小町にとってはプレッシャーになるだけだ。
善意の押し付けなど誰にでも出来る。ならば、お互いの良い位置というのを計っていくべきだ。そっちの方が、きっと良い結果に繋がるだろう。
「んじゃ、具材を切ってくれ。言っとくが料理長は俺だからな。口答えは許さんぞ、新人」
「りょーかい!」
ビシッと敬礼して包丁を取り出す小町。しかしにこやかな表情から一転、笑顔を納めて指で刃の腹をなぞり、その研ぎ具合をチェックする。
え……超怖いんだけど……。どこの料理人だよ。普通やんねぇだろ。新人設定は守れよ。お兄ちゃんの料理長設定が揺らぐだろうが。
「新人、玉ねぎ切ってくれ。目に染みてかなわん」
「ほいさ」
玉ねぎ程度は料理長である俺なら当然切れるが、涙腺を刺激されて後の作業に多大な影響が出てしまうので、ここは新人に譲ってやる。
なぜか新人が切ると涙が出ない。技術と経験の差だろう。小町は慣れた手つきで包丁をトントンし、野菜を食べやすい大きさに切っていく。
「なんでお前が玉ねぎ切ると汁飛ばねえの」
「そんなの繊維避けてるからに決まってんじゃん」
「えっ」
やだなにこの子さっきから怖い。なんで繊維が見えんだよ。物の破砕点を見切れるとかいうフォース使いのハゲなの?
俺がごみぃちゃんとして過ごしていた年数は小町をジェダイマスターまで成長させるのに充分だったらしい。本当に申し訳なかった。
どうやらパダワンが俺でマスターが小町のようだ。上下関係は一瞬にして逆転し、我が家のキッチンだというのに居たたまれなさがハンパなかった。
しかし今さらリビングに戻れるはずもなく、俺は火にかけていた鍋の様子を気にかける。いつの間にか、まな板の前は小町に占領されていたのでこれはもう仕方ない。
「そいやさー」
俺が自身の存在意義について自問していると、キャベツをざっくざっく切っていた小町が口を開いた。
「明日は戸塚さん来るんでしょ」
「……なんで知ってんの?」
戸塚の名前が出た瞬間、心臓がズキュウウウウン!と縮みあがった。
「さっきメール来たもん。忙しい時にごめんねーって」
「そ、そうか」
戸塚と小町には面識がある。メールアドレスくらい交換していても不思議ではない。
「だって明日は塾じゃん。朝から晩までお勉強じゃん!」
俺は駄々っ子のように自己弁護を開始した。いいじゃんいいじゃん! 戸塚を呼んだっていいじゃん!
「ま、別に良いけど。でも、最近お兄ちゃんがやけに家事をしてくれるようになったなーって思ってたからさ」
あ、これはヤバいやつですね。小町は勘違いをしている。俺が媚びを売り、裏で遊び呆けていると考えているのだ。
その誤解は解かなくてはならない。
「それは違うな小町、間違っている」
だからはっきりと、侮られた事に対する怒気すら滲ませながら言った。小町の耳がぴこっと動き、こちらに向き直る。
「な、なにが」
「俺はどんな理由があろうが、決して自分の時間だけは犠牲にしないし、させない。むしろ他人の時間を犠牲にする。だからお前のは杞憂だよ。安心しろ」
俺は媚びるし、退くし、省みるが、小町に嘘ついてまで家事をやったりはしない。ただ良い格好しようと思っただけだ。可能な限りの自信を込めた言葉だったが、言われた小町はどん引きしている。
「ぜんぜん安心できないけど……流石お兄ちゃんだね! よ、世界級のクズ!」
「あんまり褒めるなって」
むず痒い気持ちになったので頬を掻く。誤解だと分かってくれてなによりだ。視界が霞むのはきっと気のせいだろう。
「でも、珍しいね。うちに友達が遊びに来るなんて」
「ば、馬鹿。友達じゃねえよ! ちょっと気になってるだけだし。気になって仕方ないだけだし。だからぜんぜん、友達ってわけじゃ……」
「はいはい。もー、気持ち悪いなー。そんなだから小町がいつまで経っても兄離れ出来ないんでしょ」
いや、小町さんが兄離れ出来ないのは俺が余りに良いお兄ちゃん過ぎるからではないでしょうか。
そう言いたかったが、やめておいた。妹の手には未だに包丁が握られている。ここで突然の鬱展開はマズい。俺くらいのフラグマスターになればこの程度の先読みは普通に可能だ。
その割に彼女や友達が出来ないのはきっと何か深遠な理由があるに違いない。
「ごめんなさいねぇ。で、明日は塾行くのか? 戸塚には小町の予定聞いてからって言ってあるんだが」
「あんなに沢山お菓子買ってきといて何いってんの。心配しなくてもお兄ちゃんと戸塚さんの邪魔はしないって」
「…………」
「な、なんで顔真っ赤なの……?」
× × ×
小町からの了承も得ることが出来たので、ようやく料理を開始する。
切った玉ねぎと人参、キャベツを炒め、そこに豚のバラ肉を投入。塩と胡椒をふりかけて、さらにごま油で香り付けした。これぞ男の料理『肉野菜炒め』である。
もう一つ、ワカメ(磯野ではない)と豆腐の味噌汁を鍋で作っている。明日の朝食でも頂く事が出来るというところまで考えている辺り、俺の主夫スキルの高さが窺えた。
後は簡単なサラダと惣菜、そして白米。これが比企谷家の夕食となる。
「いただきまーす」
小町が味噌汁に手を伸ばす。
「いただきマンモス」
それを見届けて俺も食事を開始した。肉とキャベツを口に放り込み、米をかきこむ。素晴らしい。シンプルな味付けこそ至高。無駄にこねくり回すなんて料理への冒涜だ。
「やっぱり男の料理だねー。味付けとかチョー雑」
「だろ? 調味料は塩と胡椒。これだけで良い。コンセプト通りの出来映えだ」
「褒めてないんだけどなー。小町と離れたらどうするの?」
「餓死する」
「そうじゃなくて。一人暮らし始めたりしたら、自炊とかしなきゃいけなくなるでしょ」
「しないから平気だ。俺はずっと小町の傍にいる。……今の八幡的に超ポイント高い」
「うわー棒読みだー」
うへぇ、と小町が疲れた表情になる。俺はパクパクと飯を食い、味噌汁をずずーっと啜った。うん。小町のよりまずい。
「俺ってモンハンやってんじゃん」
「ああ、夜遅くまでしてたね、そういえば」
「雪ノ下と由比ヶ浜も始めたんだよね」
「……嘘ぉ!?」
二秒置いて驚く小町。良いリアクションだ。
「意外だね。二人とも、あんまりゲームやってるイメージないけど」
「だよなー」
空になった茶碗を持って立ち上がる。小町も同様で、空の茶碗を突き出してきた。あ、なんかあれですね。
自分の作った食事をおかわりとかしてもらえると嬉しいですね。
「並盛? 大盛?」
「おまかせ!」
「ホントか。超盛るぞ」
炊飯器の所まで行き、米をよそう。
そこでふと考えた。来年の今頃は俺も受験生だ。小町以上に勉強に追われ、今よりもやさぐれているに違いない。
大学受験に成功するまではゲームなどもってのほか。そこで欲求に負ければ人生を棒にふる。
俺くらいのぼっちになれば人生など常時ブンブン振り回しているようなものだが、自制心と危機感が遊びを許さないだろう。高校受験の時もそうだった。
来年はゲーム禁止。そんな中で、この時期に奉仕部の二人がモンハンを始めたのは少し出来過ぎのような気もする。
「……あ、やべぇ」
思考に没頭していたせいで、小町の茶碗が大変な事になっていた。米がうずたかく盛られ、少し揺らせば半ばから折れてしまいそうだった。
っべー。マジっべー。炊飯器に戻すのは行儀が悪いし、何よりちょっと面白い。
仕方が無いので、悪びれた感じでリビングに戻る。小町は爪楊枝をくわえ、上下に揺らしながら待っていた。とても中学女子のやる事とは思えない。
「悪い、盛るのちょいミスった」
「あ、ありが……なにそれ!? 罰ゲーム!?」
「たんとお食べ」
「どこから食べればいいの!? 崩れるよ、戦略性が要求されてる!」
確かに信じられない量だ。本当に申し訳ない。
「俺も食べるから」
一つの茶碗を二人で共有する斬新な食べ方だ。しかも下手な事をすると崩落間違いなしなので息の合ったチームプレーが求められる。
新しいカップル向けのアトラクションとしてこれは流行る。この千葉から発信していこう。
小町からの罵倒を聞き流しながら、俺はひっそりと決意した。
× × ×
「さて……」
土曜日となり、朝の八時。小町を見送った俺は、リビングで正座していた。傍らには充電を済ませた漆黒の携帯ゲーム機と、もしもの時のための充電器。
このゲーム機は二台目だ。一台目の白い機体は二年前、小町に貸したっきり消息を絶っている。
それから一年後、モンスターハンター4Gの発売に伴い返却を要求したが、交渉は決裂。救出のため、仕方なく特殊部隊(ぼっち)を送り込む事となった。
小町とお袋が出かけたタイミングを狙い、スネークじみた動きで妹の部屋に侵入。目的のブツを捜索したのだが、そんな時に運悪く親父が通りかかってしまった。
ダンボールを被り、カサカサと妹の部屋に押し入る息子の姿が彼の目にどう映ったかは分からない。ただ一つ明らかなのは、その三秒後に比企谷家の一室で血みどろの争いが繰り広げられたという事だけだ。
不運は連なり、忘れ物を取りに来た小町が現場を目撃。お袋を呼びつけたのち、男二人は取り押さえられた。一瞬の出来事だった。
悲しかった。悔しかった。もどかしかった。
しかし小町の部屋に無断で侵入し、あまつさえ戦いによって荒廃させた事は揺るがしようのない事実だ。
俺と親父は女性陣と猫のカマクラの前で土下座し、弁明した。この時に親父が俺に対して嫉妬と憎悪を抱いている事が判明する。
額を床にこすりつけながら懇々と心中を語る様はどこまでも惨めだった。その横で土下座している俺も惨めだった。異常な状況だった。
この一件で比企谷家のパワーバランスは決定的なものとなり、俺と親父は女性陣とカマクラに逆らえなくなってしまった。いや、カマクラは関係ねぇだろ。なんでだよ。同調圧力とか自粛ムード的なあれかよ。
結果としてパールホワイトの一台目は小町に奪われ、俺は泣く泣くバイトをしてメタリックブラックの二台目を購入した。
この色の変転は俺がライトサイドからダークサイドに転落した事を意味している。
「ん……」
俺は身じろぎした。どうして過去のトラウマが今になって起き出してきたのかというと、もう少ししたら戸塚が来るからだ。極度の緊張と高揚が体の奥底で渦巻いている。
無意識に気を紛らわせようとしているのだろう。気を紛らわせるものがトラウマしかないというのが俺の背負っている業の深さを表していた。
やばいよやばいよ。もうホントやばい。なにがやばいって明確にこれがやばいと断言出来ないあたりがやばい。
だって家に一人だよ? 間違いとか起こるかもしれないし、もしかしたら戸塚との関係に決定的な変化が起きてしまうかもしれない。もう今までのようなお付き合いは出来ないかもしれない。
不安と期待。どうしたら良いか分からない。分かる事があるとしたら、今の俺は過去最大級に気持ち悪いという事だ。
クールだ。クールになろう。クールなら問題は起きない。
よしんば起きたとしても、俺の対応力なら解決出来る。冷静さを保っていれば全て上手くいく。
そう思い、ようやく自分を納得させた。立ち上がり、とりあえずトイレを済ませておこうと思い至った。
「冷静冷静……」
ピンポーン。
その時、我が家のインターホンが鳴った。その瞬間、俺の足は動いていた。
戸塚っ!! 戸塚戸塚戸塚!!うおぉぉぉぉぉん!!!
一瞬でパニックに陥った俺は全力疾走で玄関に向かう。
早く早く! 待たせちゃいけない。もっと早く動け俺の足!
「はちまーん! モンハンしようぜー!」
「会いたかったぜ材木座ぁぁぁあっ!」
俺は走る勢いを保ったまま玄関近くにたてかけてあった金属バットを掴み、扉を開け放った。今ならあの時、親父が俺を殺そうとしてきた気持ちが分かるような気がする。
ぶっ殺してやるぜぇぇぇえっ!
「ど、どうしたの八幡……」
眼下には驚いた様子で身を縮こまらせている戸塚がいた。
大きな目をぱちくりさせ、きょとんとしている。口元まで隠す白いふわふわマフラーと相まってうさぎのような印象を受けた。
「どうしたのだ八幡」
その背後に立つ巨漢が喋った。着古した厚手のコートと指ぬきの革手袋。その体型から熊のような印象を受ける。
眼鏡の奥の淀んだ瞳を見ると明確な殺意が湧き上がってきたのは、この男が材木座義輝だからだろう。他に理由などいらない。
「なんでいんのお前」
俺はひとまずバットを降ろし、材木座に訪ねた。今日の事は知らせてないはず。どこから情報が漏れたのか。
まあ、もう漏洩元は分かってるんですけどねー。
「貴様と戸塚氏が裏で繋がっているという情報を小耳に挟んでな。狩猟をするというなら我がいなくては話にならんだろう」
「どこで知ったんだよ」
バサッとコートを翻し、ふしゅるるーと息を吐く材木座は本当に暑苦しい。なんで真冬なのにそんな汗かいてんの。
「戸塚氏と下校を共にした時、たまたまな」
殺そう。
滑らかにそう決意した。
戸塚と一緒に帰るとか許せない。俺だってまだ数えるくらいしか経験ないのに……っ!
嫉妬の炎で燃え尽きてしまいそうだった。許せない。バットを握る手にかつてない力がこもる。
「くしゅん!」
可愛らしいくしゃみの音。見れば、戸塚が寒そうにしていた。由々しき事態だ。風邪をひかせるなんてもってのほか。むしろその風邪の菌をもらいたいまである。
材木座を抹殺するのは後だ。俺は開きっぱなしの玄関に二人を案内した。
「入ってくれ。リビングは暖房効いてるから」
「ありがと。お、おじゃましまーす」
「うむ。お、おジャ魔女どれみー」
え、材木座なにその挨拶。
おジャ魔女どれみ、めっちゃ好きだったんですけど。
× × ×
「荷物は適当に置いてくれ。飲み物取ってくる。戸塚はココアでいいか?」
「うん。あの、お気遣いなく……」
愛用のスポーツバッグをおろしながら、戸塚がはにかんだ笑顔を浮かべた。し、幸せなりぃ……。
「材木座はカレーだな」
「我をナチュラルにデブキャラ扱いするのやめてくんない? 心配せずとも、これがある」
材木座は背負っていた荷物を降ろし、大仰に言った。荷物でかすぎるだろ。エベレストにでも行くの?
登山用にしか見えないバッグから取り出したのは二リットルの炭酸飲料が二本と、タブレットPC、ノートパソコン。その他周辺機器。クソ底辺キモオタワナビの材木座らしい重装備だ。
そしてさらに、耐衝撃性に優れた専用ポーチからメタリックブラックのゲーム機が出てくる。マジかよ新しいやつじゃん。newの方じゃん。色がお揃いじゃん。
「材木座くんは黒なんだ」
そう言った戸塚の機体はパールホワイトの最新型。色からしてライトサイド。
「ぺこぽんぺこぽん。八幡は我とお揃いだな」
俺の旧型は材木座と同じメタリックブラックだった。仲間意識を持たれてしまったらしく、赤面したワナビ野郎が言ってくる。
「べ、別にあんたと同じだからって黒を選んだわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!」
うぜぇ……。
俺もライトサイドのままが良かった。パールホワイトだったら戸塚から『お揃いだね、八幡』とか言われてたのに!
逆に黒のままでも対照的な色同士、運命的な何かを無理やり定義づけることも可能だったのに!
そこに材木座という不協和音を放り込むことによってご覧の有り様だよ!
「八幡。部屋を建てたぞ。早く入ってくるがよい」
いち早く起動させた材木座が仕切り始める。やけに手慣れてんな。ゲーセンに良く行っているらしいし、格ゲーが得意というのも聞いている。もしかしたらかなり上手いのかもしれない。
今日の目的は戸塚のランク上げ及び装備の新調を手伝う事だ。手練れが二人いれば捗るだろう。良かった。材木座の存在を許せそうな自分がいる。
仕方なく俺もゲーム機を起動し、ローカル通信に接続した。
部屋を見つける。
「剣豪将軍……」
材木座のキャラクター名だ。どこかで見た覚えがある気がする。
「あ、ブロックリストに入ってるわ」
「えぇ……」
昨今のモンスターハンターはオンラインに力を入れている。そのおかげで誰でも気軽に多人数プレイが可能になったが、もちろん問題もあった。
寄生行為や妨害、改造データの使用など、迷惑行為を行うプレイヤーの存在だ。
ブロックリストというのはそういったクズを登録し、マッチングしなくなるための機能だ。運営側の手が回らない以上、当然のものだと言える。
ここで問題なのは、そのクズが知り合いにいて、そして広いネットの海で出会っていたということだ。
「お前なにしたんだよ」
「かむらんかむらん。我はなにもしとらん。いいから入れ。待ちくたびれた」
「ちっ……」
ここまで来た以上、追い出すわけにもいかない。きっとあれだろう。剣豪将軍という名前に生理的な嫌悪感を覚えてブロックリストに入れてしまったのだ。
自分を納得させて入室する。戸塚も既に入っていた。
剣豪将軍 HR5
サイサイ HR3
エイトマン HR112
部屋の中はこんな感じだった。材木座ひっく! モンハン得意じゃねぇのかよ!
「八幡凄いね! 三桁だ」
んほぉぉおおおぉ! 戸塚から尊敬されるの気持ち良いのぉぉぉおお!
「そうでもないぞ。サイサイって戸塚だよな?」
「うん。良い名前が思い浮かばなくて……」
「いや、良いと思うぞ。戸塚らしくて」
「しかしランク112とは。さすが我が宿敵。そこまで目を腐らせた甲斐があったな」
「お前なんなの? ゲーム得意じゃねぇのかよ。てか目は関係ないだろ」
「ぷるるんぷるるん。いやなに、発売後一週間で晒されてな。怖くなってやめた」
「マジかよ。絶対弱いだろ……」
腕前もそうだが主にメンタルが弱い。
俺はゲーム機の下画面にあるタッチパネルを親指で叩いた。剣豪将軍の項目が開かれ、そのステータスが表示される。
モンスターハンターのオンラインで一番に評価されるのは纏っている装備だ。キャラクターのステータスは武具と防具によって決定される。
ハンターのランクがどれだけ高かろうが数字的な強さは一切関係ない。
極端な話、いくらHR112だろうが裸でいた場合、防具を着たHR1の素人にステータス上では負けることになる。
だから装備は大事だ。最も気を遣う部分だ。
にも関わらず、
「材木座ェ……」
キメラがいた。頭、胴、腕、腰、脚の全てに寄せ集めの防具を纏い、上位ハンターなのにスキルの一つも発動させていない地雷野郎が、こちらに向かって手を振っている。
こいつマジでなんなの。恥を知れよ。もうホント信じらんない。ちょっとでも期待した俺が馬鹿でした。
どうやらこいつをブロックリストに入れていた俺の判断は正しかったようだ。
「戸塚はっと……」
ステータスを見た瞬間、おお、と感嘆してしまった。防具はラギア一式。海の王者ラギアクルスの素材から作られた青い鎧だ。
発動しているスキルはスタミナ急速回復にガード性能+1、砲術師の三つ。
武器はガンランスのアスファアルダナブ。千刃竜セルレギオスの素材から作られる一振りで、下位では突出した攻撃力を有している。
ラギアクルスもセルレギオスも、下位では最強クラスのモンスターだ。それを一人で、しかも装備を作れるくらい倒すというのは凄まじい。これは逸材ですわ。
「戸塚はガンランスなんだな」
「うん。ガシャガシャやるの格好いいから。邪魔にならなければ良いんだけど……」
「ならんならん。むしろびっくりした。すげぇよ戸塚は」
「はちまーん。我は? 我は?」
「お前は静かにしてろ」
材木座の防具は上位クエストを進める道中で拾った素材を用いて作ったのが一目で分かった。防御力こそ戸塚を大幅に上回っているが、逆に言えばそれしかない。そのツギハギじみた見た目とまっさらなスキル欄が残念さを物語っている。
武器はツインネイル。古龍と呼ばれる規格外生物を二種類倒して手に入れられる双剣だ。
二本の剣にはそれぞれ氷と爆破の力が宿っており、古龍武器の名に恥じない性能を持っている。
ただしこのツインネイル、下位の素材のみで作られていた。防具は上位にも関わらず、だ。このちぐはぐさがまた言い知れぬ地雷臭を醸し出していた。
「大丈夫かよ、本当に」
「任せろ」
材木座は自信たっぷりにサムズアップする。無駄に良い声なのがまたムカついた。
「戸塚、なんでも貼ってくれ。そんだけ装備が揃ってんなら、キークエ消化だけでもいいかもな」
キークエとはキークエストの略だ。次のランクに上がるためのクエストは決められており、それだけクリアすれば先に進める。
「んー、どれがキークエ?」
「残りは四天王のやつだな。まずは面倒くさいガムートからやってくか」
「り、了解。よろしくお願いします!」
バーンという音と共に、クエストボードに依頼書が貼られた。これに参加すれば狩りに出発できる。
さっさと手続きを済ませ、出発準備完了のチリリーンというサインを送った。
材木座がアイテムボックスの前で準備を整えているので、始めるまでは少し時間がある。俺が受注者だったらためらいなく置いていくのだが、これはもう仕方ない。
「あ……下位装備で来ちゃったんだが、良かったか?」
俺の操るエイトマンが着ているのはレウス一式。モンスターハンターの代名詞である飛竜、リオレウスの素材で作られた赤い鎧だった。
攻撃力アップと弱点特攻のスキルが付いていて使いやすく、御守りで火属性強化+2を追加発動させている。火が弱点のガムート相手に、優位に立ち回れる装備だ。
武器はライトボウガンの火竜砲。これもリオレウスの素材から作られた一丁である。
火炎弾の速射機能を有しており、このレウス一式と見た目的にもベストマッチしている。なにより銃口のバレル部分がガトリングみたいになっているのが八幡的にポイント高かった。
しかし、これらは全て下位装備。戸塚がさっさと上位に上がりたいのであれば、強力な上位装備を着てきた方が良い。
そう思って確認したのだが。
「ううん。八幡と一緒に楽しみたいから、こっちの方が良いな。八幡と材木座くんだけに任せっきりはちょっと……って思ってたから」
戸塚は頬を染めながら笑ってくれた。俺の判断は間違っていなかったらしい。
上位装備を持ってくれば下位のモンスターなど五分かからずに倒せてしまう。だがそれでは俺の自己満足に過ぎないし、戸塚の経験値にもなりえない。
だから同じレベルの装備で、同じ目線で戦う。これが一番良い。戸塚と協力とか、マジ胸が高鳴る。
「八幡はボウガンなんだね」
「おう。背中は俺に任せろ」
戸塚は俺が守る。絶対に守る。生命の粉塵は調合分まで持ってきた。罠もだ。サポート役もやれるようにしてきている。
ヤバいテンション上がってきた!
「おい材木座はやくしろや」
「うむ。準備は万端よ。……そうだ」
チリリーンと鳴り、画面に何かのメッセージが入った。材木座からフレンド申請が来ている。し、仕方ねぇな。登録しといてやるよ。
え、ギルドカードも? わかったわかった。俺も送っとくから早く行こうぜ。
そこでさらにチリリーンと鳴った。今度はなんだよ。どんだけ焦らすんだよ。俺は早く広大なフィールドを駆け回る戸塚の姿を見たいんだよ。
メッセージに目をやる。
『サイサイからフレンド申請が届きました』
はいはいはいはいはい!
ありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとう!!
脳が認識するより早く、脊髄の反射のみでギルカ共々登録し、こちらからもギルドカードを送り返す。
嬉しいぃぃっ! 戸塚のギルカ! 戸塚とフレンド!
モンハンやってて良かった。本当に良かった。
「八幡、どうして泣いてるの?」
「いや……嬉しくてな。だって俺の初めての……初めての?」
おいおい嘘だろ? モンハン始めて最初のフレンドは誰だ? ギルカ交換したのは誰だ?
「八幡、はやくしろ。待ちくたびれたぞ」
材木座です。
初めての相手は材木座くんです。
「八幡? なぜ泣いておるのだ」
「放っておいてくれ……」
クエスト出発の音楽が鳴った。最悪の出発だった。
もう……俺の人生、こんなんばっかり……。
今回はここまで!狩り行くまでに100レス以上かかるとか笑えない
気長に見てもらえたら幸いです
乙、
おつ
乙!
乙
乙です
乙
さすがにここまでの地雷は矯正してあげろよかわいそうに
ラギア装備♀装備した戸塚とかもうね
面白いけどバンドのやつと同じ匂いがする風呂敷あんまりひろげすぎなければ良いと思う
またモンハンやりたくなってきた
>>138
まあ、ツインネイルだけじゃなくて今回のテオとクシャの武器はHR解放するまではかなり微妙だからな
4や4Gじゃ割とお手軽だったんだけど
てか名前が剣豪なのに太刀じゃないんかい
クエスト名"憤激の巨獣"では雪山というエリアが戦いの舞台となる。
この雪山、俺にとっては印象の深い場所だ。初めて買ったモンハン……モンスターハンターポータブル2ndではこの雪山から物語がスタートする。
連なる山々の光景は今でも鮮明に思い出せるほどだ。
しかしそれから長い間、雪山が収録されたシリーズは無かったのだが、このモンスターハンタークロスで遂に復活。俺にゲームの購入を決意させるきっかけとなった。
「八幡、ホットドリンクを忘れてしまったのだが」
しかしそんな情緒をぶち壊すかの如く、地雷底辺糞ワナビの材木座が忘れ物の報告をしてきた。さっき準備万端って言ってたじゃん……。
「やるよ。三つでいいか?」
「うむ。仕方ない」
うぜぇな。謎の上から目線。なんで自信満々なんだよ。そのメンタルの強さを執筆に活かせよ。
「あ、アイテムボックスのやつ持ってっていいよ。僕は持ってきたから」
「と、戸塚氏……すまぬ」
さしもの材木座でも戸塚スマイルの前では無力のようだ。下位ハンターからアイテムを恵んでもらう上位ハンターの姿を見ながら、俺は火竜砲に弾薬を装填する。まずは通常弾だ。
「よし、じゃあ行こう!」
戸塚が張り切った様子で先陣を切る。大自然の中で力強く地を踏みしめるその姿を見れただけで、もう感無量だった。
三人のハンターが連なって移動する。ちょくちょく材木座が視界に入っているのがとてもウザいが、そのたびに戸塚が癒やしとなってくれた。
地上から雪山の中腹まで続く洞窟に入ったところでホットドリンクを使用する。極寒の地で人間は体温を保っていられない。だからこのドリンクを飲む事で限られた時間、体温維持をするのだ。
こういったドリンク類を忘れ、人にたかるような奴はなってない。クエスト出発前は忘れ物に気をつけよう。ね! 材木座くん!
洞窟を抜けると銀世界が広がっていた。一面の雪。ポポという大型の草食モンスターが親子で草を食べている。ここからさらに山の頂へ。
そこでようやく出会うことが出来た。
「一番槍は我がもらおう」
言って、材木座が駆けていく。俺達の向かう先には一体の巨大なモンスターが吹雪の中で佇んでいた。
巨獣ガムート。モンスターハンタークロスで追加された四体のメインモンスターの一体だ。
牙獣とよばれる種族で最大の体躯を誇り、その見上げんばかりの巨体は遭遇者を圧倒している。
その力と外見から別名"山の神"とも呼ばれていた。別に駅伝は得意ではない。
ガムートは材木座を捉えると巨体こちらへ向けた。見た目は完全にでかいマンモスである。初見ではどのように攻めて良いかわからなかった事を思い出した。
「八幡。我に──」
「……?」
前を走っていた材木座が急に足を止める。剣豪将軍さんは一対の獲物を抜くと、背中越しに言った。
「──ついてこれるか?」
そして両手に持った二本の剣を頭上で交錯させる。赤い闘気がほとばしり、体の隅々まで行き渡った。
鬼人化と呼ばれる状態だ。双剣使いはスタミナと引き換えに破格の攻撃力を得る事が出来、これを熟練者が使えば他の追随を許さない連撃が行えた。
しかし逆に、この鬼人化を扱えなければ火力が出せないのが双剣だ。スタミナを酷使する仕様上、初心者には扱えない。
まさか、材木座は──
剣豪将軍が肉迫し、今まさに初撃を打ち込もうとした瞬間だった。
ガムートが後ろ足で巨体を持ち上げ、空に向かって咆哮した。耳をつんざく爆音は人の耳で耐えられるものではない。両手で耳を塞ぎ、思わず身をかがめる。
変なのに気を取られていたせいでまともに食らってしまった。僅かな間、エイトマンが動けなくなってしまった。
そして前方にもう一人。
材木座の操る剣豪将軍も思いっきり咆哮を食らい、行動不能になっている。
あれだけ格好つけてやった鬼人化は何も出来ないまま解除され、スタミナを使い切って動けなくなった地雷野郎が取り残されていた。
「だ、ダサすぎる……」
「八幡、はちまーん! どうしたらいいのだ!」
「とりあえず武器しまえ」
ホントなんなのこの人。
混乱する戦場。そんな中でも戸塚はしっかり動いていた。咆哮を盾で防ぎ、距離を詰める。
ランスに砲撃機能を付加したのがガンランスだ。槍に沿うようにして砲口が付いており、刺突と砲撃によって戦う。
ランス由来の巨大な盾も持ち合わせており、全武器中でもその重量はトップクラス。高い攻守を誇るが、機動性は皆無に近い。
戸塚のサイサイは自身より遥かに大きいガムートと真正面から向き合い、対峙していた。重い一撃を盾でガードし、動きの隙間に突きを入れる。勇敢で、堅実な戦い方だった。
俺ことエイトマンも武器も取り出し、ガムートの鼻を狙って通常弾を放つ。あの象の弱点は鼻だ。
戸塚と材木座の動きを見ながら、装填していた通常弾を撃ち切る。火炎弾を選択し、リロード。
「戸塚、大丈夫か」
「動きがちょっと、見えづらくて……んっ」
そうなんですよ。ガムートはとにかく大きい。近接武器で挑むと画面を覆い尽くされることも珍しくなかった。そのため攻撃の予備動作を見切れずに被弾してしまうのだ。
ガンナーだから良く見える。
戸塚はかなり強い。腕前だけなら上位でも問題なく通用する。横にいる材木座が攻撃を貰いまくって応急薬をがぶ飲みしているのもあって、それだけはハッキリと見てとれた。
だがいかんせん経験不足だ。未だに目立った被弾は無いが、ガムートの攻撃によって体力を徐々に削られている。
戸塚が陣取っているのは敵の正面。言うまでもなく最も苛烈な攻撃を受ける場所だ。
ガンランスは武器をしまうのにも時間がかかる。回復するのも一苦労な武器だ。慣れないパーティでの戦いで無理をすべきではない。
「俺が足の雪を壊すから、そっちを攻撃してくれ。確かそれなりにダメージは通るはずだ」
「わ、わかったっ」
「材木座はとりあえずケツの方だな。体力気をつけとけ」
「かしこまりっ!」
俺はとっとこ移動し、ガムートの足に狙いを定めた。
木の幹のように太い四本の足には、雪が張り付いている。この状態だと物理ダメージが大幅に削がれてしまう。鎧のようなものだ。
だが逆に、この状態だとアホみたいに火が通る。
火竜砲から炎の弾が発射される。単発ではない。続けて三発。
これがライトボウガンの専売特許である速射だ。弾薬一発分の消費で数回の攻撃が出来る、火力と継戦能力を向上させる機能だった。
火属性強化のスキルが乗っているため、火炎弾の威力も大幅に上がっている。一瞬で後ろ足の鎧が破壊された。
そこへ回復を終えた戸塚が飛び込み、突きと砲撃を織り交ぜた連撃を仕掛ける。材木座の姿が見えないので探してみると、少し離れたところで跪いていた。
新手の土下座かな? と思ったが違う。あれは罠を仕掛けているのだ。蜘蛛の巣状のネットが広がり、落とし穴が完成する。
そんなところへ後退したガムートが罠を踏み、その下半身が地中に埋没した。体を拘束されたモンスターは僅かな時間、大きな隙をさらす。
強大な敵と戦うにあたり、無理やりチャンスを作りだせる罠の存在は大きいものだ。
「材木座くん、凄い!」
「む、むほほ……」
戸塚に褒められ、湿った笑みを浮かべる材木座。人に褒められる事に馴れていないのだろう。親近感しかなかった。
材木座はまたも鬼人化し、ガムート最大の弱点である鼻に近づいていく。鬼人化中の双剣には乱舞という技が解禁される。足を止め、両の剣で一心不乱に敵を切り裂く最大の攻撃だ。
機動性とスタミナを放棄する代わりに莫大な力を得られるハイリスクハイリターンの技であるが、こうしたチャンス時には破格のダメージ原となりうる。
「ブラッディ、ナイトメア……スラッシャー!!」
どっかで聞いた技名を叫びながら材木座が乱舞する。しかし悲しいかな、あいつの振るっているツインネイルは思うようにダメージを与えられていない。
ツインネイルは氷と爆破の双属性を有している武器だ。だが、ガムートは雪を纏っているだけあって氷属性をほとんど無効化する。
そして体力の多い相手にカタログスペックの数値から半減した爆破属性では、やはり効果は薄い。つまるところ、あのツインネイルは無属性に近いのだ。野良なら蹴られているかもしれない。
「材木座、体力にも気をつけとけよ。いやほんとマジで」
「フゥハハハァァー! 無駄無駄無駄無駄無駄ァー!」
駄目だ。自分の作り出したチャンスに酔ってやがる……。
材木座の体力は残り六割ほど。防御力の高さに胡座をかき、回復を怠っているため、俺の不安感がさっきからヤバい。
これが上位なら手も打つのだが、ここがなんとでもなる下位だという事、戸塚がかなり強い事、なにより相手が材木座だという事が俺から対応する気力を奪っていた。
ま、いっかー。そんなふうに思いながら、ガムートの頭部に向かって火炎弾と通常弾を回し撃ちする。頭殻欲しいよね。
頭の部位破壊に成功し、ガムートが罠から抜け出す。武器を納めて離脱する戸塚とは裏腹に、調子に乗り続けて一七年の材木座は未だに攻撃を続けていた。
あいつヤバいんじゃね?
好き勝手に攻撃されたガムートは怒りに任せ咆哮する。ここでまたもやスタミナ切れで取り残される双剣使いが誕生してしまった。
怒れる巨獣が辺りの雪を掘り起こし、宙に投げる。時間差で落下してきた雪塊が材木座に直撃し、剣豪将軍は雪だるま状態にさせられた。これで歩く、走る、転がる以外の行動は取れない。
位置が悪い。材木座はガムートを挟んで向かい側にいる。貫通弾で雪玉を割ってやりたいが、敵が邪魔なのと材木座が逃げ回っているせいで狙いが安定しない。
「戸塚……」
「うん。やってみる」
言うより早くサイサイが救援に向かう。
今のやり取り、なんか相棒っぽくなかった? 超キュンとしたんだけど。
しかし上手くいかない。ガムートが長い鼻を振り回したせいで材木座が吹き飛ばされる。戸塚はテニスで鍛えた反射神経を活かし、なんとかガード。
「八幡ー! 早く来てくれー!」
続けざまに攻撃を受けた剣豪将軍が気絶してしまった。頭の上ではピヨピヨとヒヨコが回っている。
剣豪将軍<粉塵はよ>
特定の状況下で出てくるオートメッセージだ。果てしなくウザい上に寄生根性が丸出しすぎてヤバい。
助けたくねぇなぁ……。
攻撃するか助けるか、俺が迷っているふりをしている隙に、ガムートがまたも雪の塊を放り投げた。これが寸分違わぬ狙いでもって剣豪将軍にヒット。またも雪だるま状態になった。
あ、これはヤバい。
材木座の体力は既に二割くらいしかない。いくら防御力が高くても連続で被弾すれば危険も大きくなってくる。当たり前の話だ。
生命の粉塵、生命の粉塵と。どこかなー。早く使わなきゃー。
剣豪将軍<粉塵はよ>
駄目だこれ。助ける気がなくなる魔法の言葉すぎる。
「はちまーん。タスケテクレー」
雪だるまの材木座が懸命にこちらへ走ってくる。その後ろではガムートが不審な動きをしていた。
消散剤あっただろ。雪だるまくらい自分で何とかしろよまったく……。
やれやれだぜ、とばかりに俺は材木座に銃を向けた。味方の攻撃でも雪は割れる。通常弾1はドコカナー。
「うぬおっ!? なんだ!?」
こちらへ向かっているはずの材木座が急に後ろへ滑っていく。背後ではガムートが長い鼻をのばし、思いっきり吸引していた。
雪だるま状態のまま吸い込まれる剣豪将軍。必死で助けを求める材木座。獲物を足元に引き寄せ、おもむろに上半身を持ち上げるガムート。
全てがスローに見えた。
「八幡! 八まぁぁああん!」
ガムートの巨体が地面を揺らす。悲痛な断末魔が我が家に響き渡った。濃密な雪埃が材木座を包み込み、
<剣豪将軍が力尽きました>
「……あちゃー」
「あー」
戸塚が苦笑し、俺は首を振る。材木座はうずくまり、びくんびくんと痙攣していた。きっとシンクロ率が高かったんだろう。
サイサイ<ドンマイです!>
こんな時でもフォローする戸塚は神。上位ハンターにも関わらず、下位のクエストで乙るのはちょっと恥ずかしいものだ。俺だったら夜中に布団かぶって吠えるレベル。
エイトマン<ドンマイ!>
まあ、俺のフォローが遅れたのも死因の一つではある。なのでチャットの定型分を打ってみた。初めて身内に送るチャットがドンマイとか地雷すぎる。
「ごめんね、材木座くん。ぼくが助けられなかったから……」
「いや、悪いのは我と八幡だ。戸塚氏は自身の狩りに注力してくれたまへ」
「おい……」
なんで俺まで悪いことになってんだよ。あと断末魔が俺の名前とかなんなの? マジでどんだけ俺のこと好きなんだよ。
「もうそれなりに弱っているみたいだし、材木座が来るまで二人でやっちまうか」
「うん!」
ガムートは体力お化けだが、今はまだ下位のモンスターだ。三人(実質二人)で殴っていれば10分かからずに倒せる。
俺が足の鎧を壊し、戸塚がそこに突きを入れた。やはり弱っているらしいガムートは体勢を崩し、倒れ込む。
「鼻壊すね」
「おう、頼んだ」
このコンビネーション。阿吽の呼吸。長年連れ添った夫婦のようではないか。ヤバいにやける、どうしよう。運命を信じたくなった。
既に頭の甲殻は破壊している。俺はエリアの出入り口付近まで行くと、アイテムポーチから落とし穴を取り出した。先ほど材木座が使ったのと同じアイテムだ。
立ち上がったガムートは足を引きずりながら、逃げ出すべくこちらに向かってくる。そして出来上がったばかりの落とし穴にはまりこんだ。
残念だったなぁー! お見通しだよぉ!※まぐれです。
俺は落ち着いた動きで武器を出し、ガムートに向ける。装填されているのは対モンスター用の麻酔弾だ。極めて強力な弾薬で、竜や獣、勇次郎まで眠らせることが出来る。
これをガムートへ二発撃ち込み、捕獲完了。初のクエストは成功に終わった。
「八幡はやっぱり凄いね。タイミングばっちりだったもん」
「だ、だろ? 慣れればあんなもんだ」
戸塚から純真無垢な尊敬の眼差しを向けられ、俺は有頂天になる。こうやって無駄にハードルを上げ、未来の自分の首を絞めていくスタイルだ。
20秒の待機時間も終わり、報酬を受け取ると再び集会所に戻ってくる。鼻棘ってなんでこんな出ないんだろ……。
「初めてのパーティーはどうだった?」
「楽しかったよ! 他の人の動きを見てると勉強になるし、モンハンが流行る理由も良くわかった」
「そうか。そりゃなによりだ」
初めての狩りは死人が一人出た他はまずまずの成果だった。戸塚も俺も様子見で動きが固かったところもあったが、それは時間が解決してくれる。
問題は一乙をかました奴だ。
「八幡、巨獣の頭殻がドロップしたのだが」
マジかよレア素材じゃねぇか。ホントなんなんだよ。俺なんて鼻棘一個で喜んでたんだぞ。
ま、まあ別にいいし? ガムート装備なんて別に欲しくないし? クシャルの方が好きだし?
「しかし、狩りというのは良いものだな。強大な敵を倒してこそ男子の本懐というもの。我も久々に血がたぎったわ」
「そっか。どうでもいいけど、お前のツインネイルほとんど効いてなかったぞ」
「あ、やっぱり?」
一瞬でキャラを忘れるあたりが材木座らしい。だが不思議とツッコむ気にはならなかった。
こうして知人と一緒にやるモンハンは確かに楽しい。たとえ一乙されようが、アイテムをたかられようが、それもまた良いと思えてしまう。
「そうだ、八幡」
材木座が言ってくる。今はこいつの顔を見ても苛立ちがやってこない。これが賢者モードか……。
「なんだよ」
穏やかに尋ねる。今の俺なら誰にでも優しく出来る気がした。
「秘薬をくれ。出来ればダース単位で頼む」
「…………」
俺はおもむろに立ち上がり、玄関にバットを取りに向かった。
× × ×
午後六時半。戸塚と材木座が帰宅し、俺はリビングのソファにどさりと座りこんだ。
あれからモンハンに熱中した二人のハンターと一匹の地雷は時間を忘れて遊び呆け、昼飯も食わずに狩りを続けていた。
超疲れたんだけど……。
遊び疲れたにも程がある。由比ヶ浜の誕生日会やクリスマスパーティーの時も終わった後はかなりの疲労があったが、今回はそれらを遥かに上回っていた。
リア充っていつもこんな事やってんでしょ? スタミナが凄まじ過ぎる。ゲリョスなの? リア充から狂走エキスとか取れるの? ついにリア充にも需要が発生するの?
「ああ……」
家事をしなくては。
もう少ししたら小町や両親が帰ってきてしまう。後片付けは二人と一緒に終わらせたが、これから夕飯を作り、洗い物をして小町の勉強を手伝い、それから自分の勉強をやらなくてはならないのだ。
絶望感がヤバい。家事ってこんなに辛いんだ……。専業主夫になったら毎日これを続けると考えると、今まで微動だにしなかった固い決意も揺らいでくる。
「いや、こんなところで諦められるか……!」
四肢にぐっと力を入れ、立ち上がる。頭の中では絶望的な状況下で覚醒する主人公的な妄想を巡らせ、自身を鼓舞した。これの効き目は凄い。というか妄想は凄い。
授業中、学校からの帰り道、風呂に入っている時、寝る前の布団の中。ぼっちは様々な場所で妄想をしている。時間が潰れるし、なにより楽しい。妄想はいつしても良いものだ。
男たるもの比類なき妄想力こそが最大の武器なのである。
俺くらいの妄想力を持つ者なら大抵の肉体的、精神的疲労は妄想で癒やすことが出来る。ひょいと立ち上がり、まずは米を研ぐべくキッチンに向かった。
「たでーまー」
そこで玄関の方から声がした。同時に俺はスプリンターじみた瞬発力で走り始めていた。
小町!! 小町小町小町!!
うおぉぉぉおおん!!!
「うわ……どうしたのお兄ちゃん」
玄関で靴を脱いでいた小町がぎょっとしている。奥から猛ダッシュしてきた兄の姿があまりにも異様だったのだろう。
「いや、なんでもない気にしないでくれ。おかえり小町」
ここでさっきの材木座のように、小町の後ろから川崎大志とかが現れたりしていたら危なかった。まず殺人事件が起こるだろうし、俺はリアルハンターとして時の人となってしまうところだ。
玄関から頭だけ出し、辺りをキョロキョロと見渡す。
よし、いないな。いたらコロコロするところだった。
扉を閉め、小町に続いてリビングに戻る。
「…………」
我が愛しの妹はソファに座り、ぽけーっと放心していた。目は虚ろで、口も開きっぱなし。とても進学校への受験を希望している人間の表情ではない。
「どした?」
俺は小町のカップに緑茶を淹れると、それをテーブルの上に置く。
テレビの電源を入れ、少し置いてニュース番組が映った。
「もう疲れたよ。勉強」
小町が言った。老婆のような声だった。
「だから言ったろ。学校の勉強は必要に応じてやるもんじゃない。日頃の積み重ねが一番大事なんだって」
「分かってるよ。高校に合格したら毎日勉強するように決意したから、今」
ああ、これは治らないパターンのやつだ。受験に合格したら今までの自分に正当性を見いだし、むしろエスカレートするだろう。我が妹ながら自分に甘すぎる。
こういう時に強く言えれば良いのだが、悲しいかな、俺の妹は出来るやつなのだ。だから今回もきっと、上手くいくに決まってる。
「お兄ちゃんさ、雪乃さんと結衣さんになんかした?」
小町がお茶を啜りながら訊いてきた。
「え、なに急に」
「昨日の夜メールしたんだけど返ってこなくて。普通ならすぐ返信くれるのに」
許せん。小町がメールしたのに無視だと? そういうのは駄目だ。Lineの既読スルーとか、電池が切れてただとか寝てただとか地下室に幽閉されてただとか、そんな嘘をつくのは看過できない。
どれだけ傷つくのか考えてみてほしい。ヤバい凄く胸が痛い。古傷が次々と開いているようだ。
「昨日なら由比ヶ浜は雪ノ下の家に泊まりに行ったはずだけど」
「……嫌われちゃったのかな」
小町が陰鬱そうな面持ちになる。受験生ということもありナイーブになりやすいのだ。
俺は愛と真心からフォローの言葉を紡いだ。
「心配すんな。あいつらがそんな事するはずないだろ。嫌われてなんかいねぇよ」
そう言うと、小町は『は?こいつなに言ってんの?』みたいな表情になった。
「小町が嫌われるわけないじゃん。お兄ちゃんがなんかしたんでしょ、どうせ」
このガキ……。
許せない。俺の心配と愛を返せよ。でもおかしいな。どうしてか言い返せない。
俺は嫌わるのが当たり前で小町は好かれるのが当たり前。これ否定しないと駄目でしょ。今後の日常生活に支障でるでしょ。
「してねぇよ。昨日だって普通だった」
「その普通が駄目なんじゃない?」
「おいやめろ。もう何を信じて生きていけばいいか分からなくなるだろ」
否定してはいけない部分もある。俺の人生が否定され過ぎでヤバい。
「とにかく! お兄ちゃんが何もしてないなら余計に心配だよ。二人は将来のお義姉ちゃん候補なんだから! あ、今の小町的にポイント高い」
きゃぴっとした笑顔になる小町。最後の一言を付け足されていなかったら危なかった。たぶん凄く動揺してキモいことになっていた。
「高くねえよ。……でもまあ、ちょっと電話してみるか」
俺は自室に戻り、置きっぱだった携帯を手に取った。着信がある。メールも来ていた。全てアマゾンとマックと由比ヶ浜からだ。
不在着信は四回。いずれも今日の昼前だ。そして四回目の後にメールが届いている。
なんだろう。由比ヶ浜がメールはともかくとして、ここまで電話をかけてくることは珍しい。
今日は戸塚が家に来ることは伝え……というか何故か知られていたので、この時間帯に電話しても俺が出ない可能性くらい、あの由比ヶ浜なら理解しているはず。
つまり、この電話とメールには緊急性があったということだ。なんだ? 事故や事件に巻き込まれたとかだったらヤバい。
俺はあらゆる可能性を想像しながら、由比ヶ浜から送られてきていたメールを恐る恐る開いた。
☆★ゆい★☆
助けれ><
……え? これだけ?
なにから助ければいいんだよ。
助けてを打ち間違えたのか、いつもの顔文字を使っていないあたりに切迫感が窺えるものの、由比ヶ浜の才能なのかまったく危機的状況のようには感じられなかった。こいつの登録名が全て台無しにしているのもある。
とりあえずリビングに戻り、メールを小町に見せた。小町はじゃがりこ(俺の)をかじりながら内容を見て、怪訝な表情になる。
「なにこれ?」
「わからん。さっぱりわからん」
「小町もわからんなぁ。電話してみたら? 出なかったらメール」
「そうだな」
六時間近く放置してしまったが、電話をかけてみる。留守電になっていた。
「出ないな。留守電だわ」
「良かった。着信拒否じゃないんだね」
「心配するとこそこじゃねぇだろ」
六時間くらい置いただけで絶縁とかあるの? 女社会怖すぎだろ。
留守電にメッセージを入れ、それから一応メールも送る。複数の連絡手段を介するのは社蓄の基本だ。
もともと雪ノ下の連絡先は登録していないので、これで俺が切れる手札は全て使ってしまったことになる。俺の手札少なすぎる。このままだとハンドレスコンボが始まってしまいそうだ。
「よし、じゃあ飯の準備するか」
「うん。今日は麺の気分だなー」
「承知した。じゃあ美味いの作ってくれ」
「あ、小町が作るんだ……」
「ネギくらいは刻む。任せろ」
そんな会話をしながら土曜日が終わっていく。この時の俺はメールの事も、由比ヶ浜の事も問題視していなかった。
小町の勉強を見て、今週分の課題を終わらせ、塔の秘境でキリンを狩りまくって寝たのは夜の二時過ぎだった。
ノヴァクリスタルといにしえの龍骨を必要量入手したことを確認し、俺はゲーム機と共に意識を畳んだ。
そして日曜日の朝、携帯が鳴る音で俺は目を覚ます。時計の針は五時半を指していた。冬ということもあり、辺りはまだまだ暗かった。
もぞもぞと布団から右手を出し、携帯を探り当てる。なんとか手に取り、液晶画面を見た。
☆★ゆい★☆
着信は由比ヶ浜からだ。いまだに夢の中にいる頭で通話ボタンを押す。
「……はい」
「ひ、ヒッキー……助けて」
通話口から届いたのは、今まで聞いたこともない由比ヶ浜の声だった。
今回はここまで。溜め5スロ3の御守りが出たら投下します
乙です
ゆ、由比ヶ浜にいったい何があったんだ!?
乙!
間違えて父のデータ消したんじゃね?
半端な気持ちでチャーアク担いで頭おかしくなったんじゃね
平塚先生の存在が薄すぎる件
乙
材木座は本物のゆう族だな……
乙
将軍この腕でよく上位まで来れたな……
溜め5スロ3とか次の投下はもうこないな
ハマりすぎた人と組んでゲームしてると、飲まず食わずで数時間ぶっ通しな状態になって、助けて欲しい気分になったりするよね
俺は三週間山にこもって出したから次の投下は3週間後かな
あと八幡ライトボウガンなら全弾装填だろうし散弾Lv1持っておけば雪玉とかは簡単に破壊できるぞ
斜線上に攻撃中の味方がいたら使えないけどな
あーあ!ガンキンの眠りガス喰らってフラフラのゆうたを散弾で叩き起すだけのアルバイトどっかにねーかなー!
>>178
運良く寄生ゆうたやれればそれだけで解放まで行ける場合も無い訳じゃないからな……
それに今回は薬草ネコや土竜ネコ、蝉ネコっていう戦うふりする寄生手段が増えたのもあるし
途方もない疲労と絶望で濡れた由比ヶ浜の声。
いつの間にか眠気は吹き飛び、俺は跳ねるようにして身を起こしていた。冬の強い寒さなど感じなかった。
「……なにかあったのか?」
トラブルか? こんな朝方で、今の由比ヶ浜の様子から予想する。あまり良い事は思い浮かばなかった。
『うん。ゆきのんが、ゆきのんが……』
途切れ途切れのか細い声。
「雪ノ下もそこにいるのか」
『ゆきのん酷いんだよ。あたしがもうやめようって言ったのに、一晩中……』
一晩中? え、なになにどういうこと? ゆきのんと一晩中なにしてたん? 言うてみ? おいちゃんに可能な限り詳細に言うてみ?
『無理やり、乱暴にね。うぅ……もうお嫁に行けないよぉ』
なにが起きているんだっ!?
この電話のっ! 向こう側でっ! どんな世界が広がっているんだっ!?
「今どこだ? 雪ノ下の家か?」
『……ん、そう。あ、ゆきのん』
『誰と話しているのかしら? へぇ……比企谷くん、ね』
携帯を奪われたらしい。由比ヶ浜の声が遠くなり、雪ノ下の声が近くなる。
『か、返してよ、ゆきのん』
『帰せないわ。まだ一日あるのだもの。ゆっくり……楽しみましょう』
『そんな……一昨日の夜からずっとじゃん。朝だしお風呂入りたいし』
『なら、また私が洗ってあげる。隅々までね……』
『ひ、ヒッキー助けてっ!』
気づけば俺の鼻息が荒くなっていた。こいつら何してんの。音声だけだと妄想力が高ぶって仕方がない。凄く良いですね。朝というのがまた捗りますね。
机の引き出しを漁る。くそっ。ICレコーダーはどこだ! 早く、早く録音しなきゃ。しかし録音機は見つからなかった。持っていないのだから当たり前だ。こんなに悔しいことはない。
『比企谷くん、聞いているのでしょう。由比ヶ浜さんを助けたい?』
「まあ、助けを求められてるみたいだしな。てか何してんの?」
『なら今すぐ来てみなさい。ゲーム機も持ってくる事をおすすめするわ。……じゃあね』
そこで通話が打ち切られる。最後の最後まで由比ヶ浜の嬌声が聞こえていたせいで、俺のやる気はマックスだった。やる気スイッチってこんな所にあったのか。
充電してあったゲーム機一式と財布を鞄に詰め、手早く着替えて家を出る。チャリに跨がり、ペダルを思いっきり踏み込んだ。思いっきりすっ転ぶ。やべぇ、鍵かかったまんまだ。焦り過ぎたか。
痛みなど気にならない。寒さも無視できた。いざゆかん。百合の地へ。
日曜日の朝五時四〇分の出来事だった。
× × ×
「はあ……っ、はあ……っ」
俺は肩で息をしていた。真冬だというのに汗だくだった。雪ノ下の住む高層マンション、別名キマシタワーの下で息を整え、スマホを取り出す。
由比ヶ浜の携帯にかけた。
『……もしもし』
出たのはやはりというか、由比ヶ浜ではなく雪ノ下だった。
「着いたぞ」
『随分と早かったのね。そんなにゆいニャン……由比ヶ浜さんが心配だったのかしら』
どこか拗ねたような声。だが、それさえ官能的に聞こえた。
「ああ。今朝の俺は世界レベルだった。三人くらいひき殺しかけたし、四回ほど転倒したが問題ない。……で、どうすればいい」
本当にたくさんの人に迷惑をかけた。ゴミ虫ペダルと言われても反論できない。
『……いま開けるわ』
このマンションは値段に見合ったセキュリティを備えている。住人である雪ノ下から手配してもらわない限り、中に入り込むことは出来ない。は、入っても良いんですかね。このキマシタワーに。
行くしかあるまい。行けばわかるさ秘密の花園。
自動ドアを抜け、エントランスに出る。多分この時の俺はとってもカサカサ動いていたと思う。
=┌(┌^o^)┐ユリィ...
ソワソワカサカサしながら待っていると、少しして雪ノ下が現れた。凄くツヤツヤしている。このキマシタワーでいったい何があったのだろうか。
「おはよう、比企谷くん」
なんだか目が怖い。雪ノ下の目はいつも怖いが、今日は種類の違う怖さだ。
猫と戯れている時と似ている。
「おぴょっ、おはやう雪ノ下」
超噛んだ。超恥ずかしかった。しかし気持ち悪い俺の事は眼中にないのか、雪ノ下は長い髪を手で払い……あ、いまふわっと良い匂いがしました。手で払い、こちらに背を向ける。
「来なさい。由比ヶ浜さ……ゆいニャンが待っているわ」
あ、そっちに言い直すんですね。良いと思いますよ。しかし何故ゆいニャンなのだろう。その理由もここから先に進めば分かるのか。
雪ノ下に連れられ、エレベーターに乗る。
隣にいる美少女はいかにも部屋着という格好で、制服ほど堅苦しくもないし、外出時の私服ほど気合いも入っていない、肩の力が抜けている服装だった。もしかしたら寝間着なのかもしれない。
そう断定できないのは、雪ノ下がやたら堂々としているからだ。なんでそんな自信満々なんですか。
「なんだかな……」
修学旅行の夜、平塚先生と三人でラーメンを食べに行った時の事を、ふと思い出した。
エレベーターが上階への移動を開始する。中には姿見があり、そこには俺と雪ノ下が並んで立つ姿がしっかり映っていた。
「…………」
「…………」
鏡に映った雪ノ下と目が合う。目が合ったということは相手もこちらを見ていたということ。雪ノ下の視線が上下左右、自分の体を確認するように動いた。
「どした?」
今日のゆきのんはおかしい。我を失っているような、なにか妄執にとり憑かれているような感じがする。
そう思い、鏡に映る雪ノ下をガン見していると、相手がじりじりと間合いを離してきた。赤面している。耳まで真っ赤だ。今になって自分の格好が恥ずかしくなってきたらしい。
電話で聞いた限りでは、一昨日の夜から二人で何かしていたようだ。
おそらく学校が終わってそのまま雪ノ下宅まで向かったはずだから……夜七時に帰宅したとして今まで約三六時間。かなり長い。土曜日は丸々使ったことになる。
何をしていたのか。それを確認しようと思ったが、今の雪ノ下に聞くのは得策ではないだろう。部屋に着けばどうせ分かることだ。
ちらっと隣にいる雪ノ下を盗み見る。俯いてしまっていて、その表情を窺うことは出来ない。
「あの……」
マッ缶でも飲みたいなーとか考えていると、雪ノ下が口を開いた。狭いエレベーターの中で俺から可能な限り距離を取ろうと、壁に体を押し付けている。
「なんだ?」
帰れと言われるのか。そう来られてもいいように身構えた。それなら仕方ない。雪ノ下も冷静さを取り戻したのだ。
そしてそれは俺も同じ。先ほどまではクソ虫ペダル状態だったが、さすがに頭も冷えてきている。
女子二人が生活している空間にずかずか入っていけるほど図々しくはないし、肝も据わっていない。
ヘタレなんです。はい。
「そのバッグ……ゲーム機はちゃんと持ってきたのね」
「あ、ああ……」
「そう」
こくりと頷き、左肩を壁に預ける雪ノ下。頭を傾けたために柔らかそうな長い髪が肩から流れた。その白い首筋から背中、引き締まった腰に目が行って、スウェットのパンツに現れた形の良いヒップで視線が止まる。
慌てて目を逸らした。
えっちなのはいけないと思います! えっちなのはいけないと思います!
頭の中で騒ぎまくり、気分を落ち着かせる。目を閉じよう。視覚からの情報が絶たれれば煩悩も静まるはず。
……駄目ですね。嗅覚はなんだか良い匂いを拾ってしまうし、聴覚は雪ノ下の息づかいに集中してしまいそうになる。もう解脱するしか道が残されていないようだ。
その時、ポーンという音が響いて扉が開いた。やっとか……。一分ほどしか乗っていなかったはずなのに、凄まじい疲労感があった。
それは雪ノ下も同じなのか、エレベーターから出ると猫のように体を伸ばした。窮屈な思いさせてすいませんね。あと、そうするとくびれた腰のラインとかが目立つので注意してください。本当にお願いします。
俺も続いて通路に出る。やはり開放感があった。うん、と体を伸ばし、薄目を開けて雪ノ下の方をちら見する。ほれほれ、わしの鍛え抜かれた体に見とれてもええんやで?
……もう凄い先まで歩いて行ってますね。
待って! 置いてかないで!
ここで取り残された場合、俺は不審者として処理されることになるだろう。涙目で雪ノ下の後を追うことになった。
× × ×
「きゅ~」
雪ノ下の部屋に入る。リビングのソファでは、疲れ果てた様子の由比ヶ浜が目を回していた。
テーブルの上はスナック菓子の袋が放置され、半分ほど中身の残っているペットボトルの容器、飲みかけのコップなどが散乱している。
控えめに言っても荒廃という言葉が似つかわしかった。女子二人でこんなに散らかすものなの? ホントになにしてたの? なんで由比ヶ浜は気絶してるの?
そんな疑問が浮かぶものの、投げかける相手はいない。
由比ヶ浜はご覧の有り様だし、雪ノ下は他の所を片付けている。ここを後回しにするほど他は酷いのだと思うと、もう何も言えなかった。
「おい由比ヶ浜、起きろって。風邪ひくぞ」
肩を揺する。
「んー、やー」
「ガキか……」
由比ヶ浜は抵抗のつもりなのか、うつ伏せの状態から転がって仰向けの姿勢になった。
これはまずい。本当にまずい。仰向けになったことで、巨大な二つの何かが顔を出してしまっている。マジでかい。なにこれ信じらんない。雪ノ下の気持ちも考えろよ。
「どうしよう……」
肩を揺らしたりしたら、余計なものも一緒に揺れてしまう。それでいいのか?
一向に構わんッッッッ!!
いや駄目だ冷静になれ。普通に声かけで良いだろ。
「由比ヶ浜。おーい由比ヶ浜」
お茶かな?
「んー。うっさい」
「呼んどいてそれかよ。起きろって」
「眠いー」
由比ヶ浜は音から逃れようと寝返りをうつ。ここでまた事件が起きた。横向きになった体。その胸元が俺から丸見えなのだ。谷間が丸見えなのだ。
「はわわ……」
「なにをやってるのかしらね、比企谷くん」
「はわわわ……」
後ろから言ってきたのは雪ノ下雪乃さん。前は天国後ろは地獄。ヘルアンドヘブンである。誰か材木座呼んできて。
「わたしがいない隙に由比ヶ浜さんに粗相を働こうとしたようにしか見えないのだけれど……なにか弁明はある?」
「ゲム・ギル・ガン・ゴー・グフォ……」
「なにを言っているの? とりあえず由比ヶ浜さんから離れなさい」
「わ、わかった。わかったから携帯を置け。通報しようとするな。ていうかお前が呼びつけたんだろ」
俺が由比ヶ浜から離れても、雪ノ下はしらっとした目をやめない。なんとか弁解したかったが、良い言葉は浮かんでこなかった。
「そうね。こんな朝早くに呼びつけたのは悪いと思っているわ。そしてその結果、性犯罪者を生んでしまったのね。ごめんなさい」
「呼びつけた事を謝ってんのか俺を性犯罪者に仕立て上げようとしてる事を謝ってんのか分かんないんだけど」
なんなの? 雪ノ下さんは谷間とかどう頑張っても生み出せない。勇気でも補えない。でも、それで俺を性犯罪者にしようとするとは……。
「俺は由比ヶ浜を起こそうとしただけだ」
「それで自分が目覚めていては意味がないでしょう」
「だ、だから目覚めてねぇよ……」
あ、でも今日の朝は性欲によって覚醒した気がする。
そして今の状況もヤバい。女子生徒が一人暮らしをしている部屋にいるという、ただそれだけの事実が俺を不利にする。この手の問題はいつでも女性が有利なのだ。
電車で体が当たっただけで痴漢呼ばわりしたり、夜道で後ろを歩いていただけなのにやたら早足になったり。理不尽過ぎる。
そんな理不尽の波が今まさに俺を飲み込もうとしている。
「……ん?」
ソファに置いていた右手が由比ヶ浜に握られている。え? なに現行犯? 違うんです! 出来心だったんです! この子も喜んでました!
「んぅ……ヒッキー」
由比ヶ浜は俺の腕に額をぐりぐり当ててきた後、さらにガバッと抱きしめてきた。支えにしていた右手を取られ、思い切り体勢を崩す。近い近い柔らかい近い良い匂い近い!
二の腕部分までがっしりとホールドされ、俺の性犯罪者としての立場は揺るぎないものになってしまった。
「……へへぇ」
「…………」
「……これは違うんです。この人が勝手にですね」
幸せそうにむにゃる由比ヶ浜と、射殺しそうな冷たい視線を向けてくる雪ノ下。俺は吹雪同然の冷気を一身に受けながら、しかしだらだらと汗をかいていた。右腕が暖かいからですかね……。
「どうしましょうか」
雪ノ下からの殺意が和らぐ。
こいつ由比ヶ浜のこと大好き過ぎるだろ。俺が触れていることが気に入らないんだ? なに? 嫉妬? レズ特有の嫉妬ですか?
危険が去った途端、強気になる俺。しかも口には出さないあたり、このクズっぷりはワールドクラスだ。
「俺が聞きたいぐらいなんだが」
「一応、包丁ならキッチンにあるのだけれど」
「えっ」
「あなたを由比ヶ浜から離さないといけない。でも、由比ヶ浜さんは離れたくない。この二つの条件を満たすのであれば、あなたと右腕を分離させるしかないでしょう?」
「いやいやいやいや」
惚れ惚れするほど良い笑顔で言われた。解決法が猟奇的過ぎる。ちょっとくらいのラッキーヒッキーは許せよ。
ヤンデレゆきのん怖い。俺がここまで冷静でいられるのは右腕の触覚が常に幸せを運んできてくれているからだろう。
「平和的な解決をしようぜ。由比ヶ浜だって、目が覚めた時に血まみれの右腕抱きしめてたらびっくりするだろうし」
「洗えばいいでしょう」
「そういう問題じゃねぇよ」
「まったく……冗談よ」
雪ノ下は笑ってから、散らかったテーブルの上を片付け始めた。
「冗談が下手にも程があるだろ……」
疑り深さに定評のある比企谷八幡があっさり信じるあたり、先ほどのくだりは結構マジだったような気がする。
しかし下手に触れるのはよくない。これ以上刺激したら今度こそ右腕を奪われてオートメイルに変えなくてはならなくなり、孤独の錬金術師としてガンガンを復活させてしまう。
「しっかし……ずっと一緒にいたのか?」
「ええ。金曜日の部活が終わってからね」
綺麗になったテーブルの上に、雪ノ下が紅茶を出してくれた。礼を言って口に運ぶ。熱い無理だ。
仕方なくダージリンの香りを楽しんでいると、今日は起きてから飲まず食わずでここまで来たことを思い出した。後で小町にメールしとこう。
「じゃあ一晩どころか二晩も共に過ごしたわけだな」
「……そうね」
改めて言われると恥ずかしいのか、赤くなった雪ノ下はもぞもぞと身じろぎした。
「着替えとか洗面用具とかどうしたんだよ」
雪ノ下の服を由比ヶ浜は着られないだろう。胸囲の格差とは残酷なものだ。
「この数か月の間に由比ヶ浜さんがどれだけ泊まりに来たと思っているの? 毎回毎回なにかを置いていくおかげで、何日か宿泊できるくらいの設備は整っているわ」
「そ、そっすか……」
積み重ねっていうのは大事ですね。あとなんで雪ノ下さんは誇らしげなんでしょうか。本当に百合じゃないですか。もう一緒に暮らせよ。
「んんっ」
右腕にくっついていた生き物が動いた。紅茶の匂いに釣られたとみてまず間違いない。毎日部室で嗅いでますもんね。そりゃ習性の一つにもなりますよね。
俺が胡乱げな目を向けると、起きたばかりの由比ヶ浜とばっちり目が合った。しばし見つめ合う。
「……はっ!? なんでヒッキーがここにいんの!? どどどうして……こんな」
「いや、お前が呼んだんだろ……」
「え、そうだっけ……」
覚えてないのかよ。夢遊病なの? ジャイアンなの?
「だいたいお前、さっきから寝言で俺のこと呼んでただろ。ヒッキーヒッキーって」
「よ、呼んでないっ」
由比ヶ浜は真っ赤な顔で喚いた後、近くにあったティーカップをぐいっと飲み干した。あの、それさっき俺が口つけたやつなんですけど。
しかし、そんな事を言えばさらなる混乱を招くだろう。ここは一度クールダウンを図り、態勢を整えるのが得策。
いつの間にかバクバク言っている心臓を深呼吸で宥めながら、俺は先ほどから寒気を放っている存在に向き直った。
雪ノ下がとってもニコニコしている。
「…………」
だから、こいつ由比ヶ浜のこと好き過ぎるだろ。
× × ×
「で、今朝の電話はなんだったんだ?」
なんとか場を仕切り直し、午前七時。俺は居住まいを正して尋ねた。
「…………」
「…………」
二人とも黙りこくっている。顔が赤いところを見るに、もしかしたら本当にR18的な事がここで行われていたのだろうか。
ゆき×ゆいとか想像が捗るわ。キマシタワーをここに建て……いやもうここはキマシタワーだったか。
「モンハンしてたんじゃねぇの?」
テーブルの上には充電中の青いゲーム機が置いてあるし、由比ヶ浜の近くには赤いゲーム機が置いてある。
「そ、それはそうなのだけれど……」
雪ノ下がふいっと視線を逸らした。
それを見て、由比ヶ浜がむぅっと唸った。
「ゆきのん酷いんだよ。あたしがちょっとニャンターやったら、いきなりゆいニャンとか言い始めて」
「ゆ、由比ヶ浜さん。それはちょっと」
「いーや、だめ」
由比ヶ浜は立ち上がり、困った様子の雪ノ下ににじり寄る。珍しい構図だ。いつも叱られるのは由比ヶ浜で、叱るのは雪ノ下なのだが。
プライベートだと力関係が逆転するのだろうか。だとしたらそれはそれで捗る。俺さっきから捗り過ぎだろ。
「金曜からずっとやってたのか?」
「やー、まあね。でもゆきのんがヒートアップしたせいで全然進まなかったんだけど」
「…………」
由比ヶ浜から睨まれ、雪ノ下は自宅だというのに居心地が悪そうにそわそわしている。
「驚いたな……」
「でしょ? おかげで寝る時もお風呂……はいいや。ずっとくっつかれちゃって」
「いや、由比ヶ浜がヒートアップなんて難しい言葉知ってるなんて」
「そっち!? いま驚くところそっち!?」
「……!」
「ゆきのんもなんで静かにびっくりしてんの!?」
由比ヶ浜が怒った様子で雪ノ下の胸をぽかぽか叩く。おいやめろ! それ以上小さくなったらどうするんだ! 小さい人の気持ちも考えろ!
いやすいませんでした雪ノ下さん。こっちを見ないでください。なんで俺の考えが読めるんですか。
「まあ、雪ノ下が正気に戻ったんなら解決だな。腹減ったし、帰るわ」
「え、ヒッキーもう帰んの」
「こんな時間に長居すんのもあれだろ」
そう言って、鞄を背負い直す。後ろでは由比ヶ浜が雪ノ下の袖をくいくい引っ張っていた。
「ちょっと、比企谷くん?」
「ん?」
今日の朝飯はどうしようか。コンビニに寄って何か買っていこうかしら。そんな事を考えながら振り返る。
雪ノ下がとても言いにくそうに俯き、もごもごと何か言っていた。
「その……こんな時間に私的な理由で呼びつけてしまったのは事実なのだし、良ければ……あの」
雪ノ下の横では由比ヶ浜がくいくい袖を引っ張り続けていた。なに? そこ引っ張ると喋る仕組みになってんの?
「外は寒いでしょう? 明日は学校なのだし、風邪を引く危険は冒すべきではないわ。だ、だから……」
雪ノ下が深く深く俯く。少しの間が開いて、彼女は決心したように顔を上げた。
「だから……」
消え入りそうな声を邪魔するようにぐぅ~、という変な音が響いた。
俺も雪ノ下も音の原因を見る。由比ヶ浜が驚いた表情で自分のお腹を凝視していた。気まずい沈黙が訪れる。
おい、オチ持ってくのやめろ。
× × ×
雪ノ下の部屋で美味しい朝食をいただき、今に至る。部屋の主がシャワー中なので、俺は由比ヶ浜と二人で待機中だった。
「ふーん。昨日はさいちゃんと中二と一緒だったんだ」
なるほどなるほど、と難しい顔で頷かれる。
「じゃ、じゃあさ、あたしともやろうよ」
「は? モンハン?」
「うん……。ゆきのんも多分、そのつもりだろうし」
あー、そういえば雪ノ下がモンハン持って来いって言ってたんだよな。あの時はお互いに変なテンションだったから気にも留めていなかった。
「いや、いいけど。大丈夫なのか? 雪ノ下のせいであんま寝てないんだろ」
「平気平気! 優美子達と夜通しカラオケしたりするし、このくらいなんともないねっ!」
「そっか。じゃ、やってみるか」
持って来た鞄から黒いゲーム機を取り出す。由比ヶ浜も同様に赤い機体を持ってきた。金曜日に見た時より装飾が増えている。携帯と同じでラメラメのデコデコだ。
すぐさま部屋を立て、そのまま準備エリアで装備を替える。ベルダー装備一式にして飯を食っていると、プレイヤーの入室音が響いた。
ベルダー装備一式に片手剣のベルダーソードを装備した、いかにもな初心者。
★☆ゆい☆★
HR1
うわあ……。実名系のプレイヤーネームを付けている奴は高確率で地雷だ。オンラインには入れない方がいいだろう。
「まだランク1かよ」
一日以上なにをやってたんだよ。あと星マークなんてあったっけ?
「だって進めるどころじゃなかったし。てか、ヒッキーだって初期そ……ランク115!? どんだけやり込んでんの!? マニアじゃん!」
「これくらい普通だ。まあ君も頑張りたまえ」
「む、むかつく……」
「なに行く? 好きなの貼ってくれ」
たぶん雪ノ下もランクは1のままだ。だとしたらキークエとかをやるべきではない。
「んー。もうドドブランゴは出てるんだけどね」
「お、そうなのか」
「でもあれ強すぎじゃない? ちっちゃいのもいるし。ゆきのんと一緒に挑んだんだけど、あたしダメダメでさー」
そこから素材集めに走り、採取に便利なニャンターを使ったら雪ノ下が暴走したらしい。
「じゃあ、イャンクックいくか」
「んー。これ?」
クエストボードに依頼が貼られる。"大怪鳥イャンクックを倒せ"。
「そうそう。クックは練習相手にもってこいだからな」
「へー」
興味無さそうだなこいつ……。雪ノ下に釣られて始めたようなものだから仕方ないか。さすがに女子向けのゲームでもないし。
手早く準備を済ませ、出発準備完了のサインを送る。由比ヶ浜がやってきて、そのままクエストが開始された。
「お前、飯食った?」
「ご飯? さっき食べたじゃん」
「リアルの方じゃねぇよ。集会場の真ん中で飯食えるところあったろ。……え、まさか知らない?」
由比ヶ浜がさっと目を逸らした。マジかよ。いや、初心者だから仕方ないのか。
ロード画面が終わり、ベースキャンプからスタートする。
「クエスト終わったら試してみ。支給品は全部もってけ」
「はーい」
青いアイテムボックスに向かった由比ヶ浜を置いて、俺は移動を開始した。先にモンスターを見つけ、目印だけでも付けておきたい。
エリア9に怪鳥イャンクックはいた。淡いピンク色の甲殻に大きなくちばし。エリマキトカゲのものに似たトサカを持つ大型のモンスターだ。
ペイントボールをぶつけ、位置が地図上に表示されるようになる。
今回の俺はヴァイパーバイトという片手剣を持ってきている。麻痺属性を持つ、サポート向けの武器だ。
剣を抜き、イャンクックに斬りかかる。エイトマンはモンスターを踏み台に高く跳躍。これはエリアルスタイルの特殊アクションだ。
二回ほどジャンプ攻撃をするとイャンクックが倒れ、キャラクターがその背に飛び乗った。ジャンプ攻撃を一定回数当てると乗り攻撃というものが行え、相手から大ダウンを奪うことが出来る。
俺がイャンクックでロデオをしていると、ようやく由比ヶ浜が到着した。
「おわっ。の、乗ってる……」
「いま転ばせるから」
乗り攻撃が終わってイャンクックがダウンする。由比ヶ浜は片手剣で足の方をちまちま斬り始めた。
「頭狙っとけ。一番攻撃が効くから」
「わかった!」
由比ヶ浜がざっくざっく頭を斬り、今度は俺が足元に移動する。ポーチからアイテムを取り出し、地面に埋め込んだ。おなじみの落とし穴だ。
設置が完了し、ネットが開くまでの間で再びアイテムポーチから減気の刃薬を選択し、これをヴァイパーバイトに塗りつける。
遅れて俺も頭に向かって攻撃を始めた。同時に罠にかかったイャンクックが下半身を地面に呑まれ、さらに拘束時間を延長させる。楽しい。
由比ヶ浜は初心者らしく、躊躇いのない盾コンを入れてくるのでタイミングを合わせて離脱し、また攻撃。
これを繰り返していると麻痺毒が全身に回ったらしいイャンクックが落とし穴の中で動きを止めた。
さらにさらに攻撃。もう止められませんやめられません。
二人で仲良く頭を攻撃しているとトサカがぶっ壊れる。そして麻痺が切れると共に今度はスタンでダウンした。
片手剣だけが使用できる刃薬というアイテムには色々と種類があり、その中の一つ"減気の刃薬"には相手からスタミナを奪う効果を持つ他、頭に当て続けていれば鈍器で殴った時のように気絶させることも出来る。
こうしてイャンクックを気絶させ、俺は背中にジャンプ攻撃を当てまくった。既に敵は瀕死で、壊れたトサカは折り畳まれている。
イャンクックが長いこと滞在していた落とし穴からやっと飛び立つ。タイミングは把握していたので、さっさと閃光玉を投げつけた。
画面全体を支配する強烈な光が、飛んだばかりのイャンクックを叩き落とす。さらに続けて乗り攻撃。もう完全にハメていた。
再び大ダウンを取り、罠師の俺がもう一つの罠をしかけ、モンスターを拘束する。シビレ罠だ。
仕上げとばかりにポーチから捕獲用の麻酔玉を取り出し、投げつける。モワモワした白い煙がモンスターにぶつかり、イャンクックは深い眠りに落ちた。
「うい、一丁あがり」
「……え、もう終わったの?」
由比ヶ浜がぽかーんとしている。
「アイテムをフルに使うとこんな感じだ」
「なんか……あたし何にもしてないし」
モンスターハンターというゲームは覚える事が無数にある。アクションゲームへの適性云々より知識の数とその正確性がなにより大切なのだ。
だから初心者が入って来るのは難しい。半端な知識だったら古参から地雷だのゆうただの言われて馬鹿にされる。ちょうど昨日の材木座と同じだ。
由比ヶ浜はそれほどモンハンに興味が無さそうだし、長くは続けないと思った。雪ノ下もアイルーに満足すればやめるだろう。
だから、適当に面白い部分、気持ち良い部分だけ抜き出して伝えようとした。
思考停止して殴るのが楽しいんじゃないの? 俺ツエーとか好きなんでしょ?
「いや、最初は楽させた方がいいかなって」
「それじゃ上手くなんないじゃん」
「めんどくね」
「そーいうのはあたしが決めんの!」
「はあ……?」
なんで怒ってんの。由比ヶ浜がぷんすぷんすしながら俺の隣に座った。
「ゆきのん、結構マジだったし、ヒッキーだって……。だからあたしも真面目にやんの」
「そ、そっすか……」
「もっかいやるからね。ちゃんと見てて」
「はい……」
いつの間にか由比ヶ浜から指示されている。先輩ハンターとしての威厳など露ほどもなく、近づかれた俺は頷くことしか出来なかった。
今回はここまで。
溜め5スロ3は諦めました。息抜きにやってた白疾風が先に完成する始末
次は痛撃5のスロ3が出たら投下します
乙!
乙です
乙ー未婚の出番は遠い…
いやいや登場人物みんな未婚だから間違ってはいない
そういえば確かに
なぜか「未婚=平塚先生」という方程式が思い浮かんでしまう
ソロ専なのにデスパラ作ってるヒッキー可愛い
乙
もしかして:★☆ゆい☆★>剣豪将軍?
先生や奉仕部二人の為にわざわざデスパラ作ってたりしてたら萌える
>>212
クックは耳とくちばし…
すげー流して読んでたけど確かに先生はくちばしと耳だなww
>>223
麻痺片手なんてソロじゃ使い道がほとんど無いしな
由比ヶ浜みたいな娘とモンハンしたいだけの人生だった
まだか
救ってくれ...
おまもりがでないんでしょ(適当)
溜め4スロ3と散弾4スロ3なら出たわ
保守
匠5スロ2が限界かな?
俺も出ないな というか、録なのがない。
ほ
このSSまとめへのコメント
またクロスもんかと思ってたら普通に面白い
続き期待
面白い。楽しみだ。