魔王「お前、実は弱いだろ?」勇者「……」 (333)

勇者「どうした? みんな。早く行こう!」

「魔物が勇者を避けていく……勇者の力がこれ程に強いとは!」

「ウキキ!」

「ふふふ」

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# 一番目の国、城

王「先代の勇者が魔王討伐の為この国を発って十余年。未だ魔王は倒されてはおらぬ。

    それどころかこの界隈でも魔物たちの力は強大になっていくばかりだ。

    勇者よ。魔王を倒し、再びこの世界に平和をもたらしておくれ」

勇者「はい。では、行って参ります」


# 勇者の自宅

勇者「じゃあ、行ってくるよ。母さん」

母「必ず生きて帰ってくるんだよ。お前まで――」

勇者「わかってる。それに、父さんはまだどこかで生きている、なんとなくだけどそんな気がするんだ。

    心配することはないよ。行ってきます」

# 町の教会

勇者(女神様、どうか無事に旅が終り世界に平和が訪れますように……)

僧侶「あ、勇者! まだこんなところで油売ってたの?」

勇者「うわ! びっくりしたー。なんだ、僧侶か」

僧侶「ふふ、旅の無事でも祈ってたのかしら」

勇者「どうだって良いだろ。僧侶には関係ないよ」

僧侶「関係あるわよ。私も一緒に行くことにしたの!」

勇者「あのなあ、僧侶は昔から頭が悪いとは思ってたけど……そんなこと王様が許すわけないだろ?」

僧侶「それがなんと! もう王様にも神父様にも許可は貰ってるんだなあ」

勇者「神父様! こんなことって……!」

神父「神託があったのだよ、勇者君。君には、なるほど魔王を打ち負かすだけの可能性が秘められているかもしれない。

    しかし、どんな花だって水や光がなければ枯れてしまうように、君一人では成し遂げられないことだってあるはずだよ」

勇者「……」

僧侶「何、ぼけっとしてんのよ! ほらほら行くよ!」

# 町の外

勇者「あーあ。折角気楽な一人旅ができると思ったのに、よりにもよって口うるさい僧侶と旅立つことになるなんてな」

僧侶「そんなこと言って、ホントは一人で寂しかったんじゃないの?」

勇者「万が一寂しかったとしても、必ずしも僧侶と旅をした方が良いってことにはならないだろ?」

僧侶「ふーん……。まあ、良いけど。それにしてもこの辺りは魔物が全然いないわね」

勇者「最近はずっとこの辺で修行してたからな。当然だよ」

僧侶「頼りにしてるよ」

# 森の入り口

僧侶「ねえ、もう疲れたよお。今日はどこまで行くの?」

勇者「そうだなあ。いくら魔物が出ないとは言え夜の森は危険だし、今日はこの河原で野営しようか」

僧侶「じゃあ、私寝るところ準備するね! 勇者は薪になりそうな木を拾ってきて」

勇者「お、おうよ」

僧侶(なんだかこういうのってすごく懐かしいなあ)

…………

勇者「おーい、これくらいあれば足りるかな?」

僧侶「ふむ、ご苦労であった。楽にしてよいぞ」

勇者「何様だよ」

僧侶「私は勇者様のお供の大僧侶であるぞ!」

勇者「……ぷ、ははははは。お前はホント子供の頃から変わらないな。さあ、飯を作るから火を点けてくれよ。もう腹ペコだよ」

僧侶「ふふ。了解!」

 僧侶は右手に魔力を溜めると勇者が集めてきた木の枝に向けて放った。

勇者「ちょっと水を汲んできてくれないか」

僧侶「はーい」

…………

勇者(ふう、そういえばあの時もこんな感じだったっけ……)

僧侶「持ってきたよお! 全く女の子に力仕事させるなんて、腕が太くなっちゃったら責任取りなさいよ」

勇者「ばーか。僧侶の腕なんて誰も気にしないって」

僧侶「はあ……。昔はあんなに優しかったのになあ」

勇者「はいはい。水が沸いたらもう食べられるからな」

僧侶「もう……あ、でもさあ、こうやって外でキャンプするのってあの時以来だよね」

勇者「うん? えーと……ああ、そんなこともあったっけ。よく覚えてないや」

僧侶「私ははっきりと覚えてるけどなあ。私が教会の子と喧嘩して町を飛び出したんだよ。

    そしたら迷子になっちゃって。一人で泣いていたところに、勇者が来てくれたんだよ。

    あの時、私に言ってくれたこと――」

勇者「おお、飯できたぞ! 明日は早いから食ったらすぐ寝るぞ」

僧侶(……どっちが子供なんだか)

# 翌朝

勇者「よし、準備は良いな。森を抜けた所に町があるから、夕方には着くはず。出発!」

僧侶「森は魔物が多いっていうから気を付けて行こうね」

…………

僧侶「あ、勇者! スライム!」

勇者「よし、任せろ。僧侶は危ないから少し下がってろ!」

僧侶「う、うん。わかったよ」

僧侶(………)

僧侶(………)

僧侶(スライムの前で屈みこんで、何やってるんだろう?)

僧侶(あ、スライムが森に帰ってく……)

勇者「大丈夫だったか? 先を急ごう」

僧侶「……ありがとう。大丈夫だよ」

# 二番目の町

勇者「やっと着いたな! まずは宿を取って、それから情報収集をしようと思う」

僧侶「うん、そうだね!」

僧侶(結局、魔物はあのスライムしか出てこなかったけど、どういうことなんだろう)


# 町長の家

町長「旅のお方か。来て早々申し訳ないのだが、どうか我々の頼みを聞いてくださらぬか」

勇者「一体どうしたんですか?」

町長「この町には毎夜、魔物が現れてな。畑を荒らしていくのだ。町の者はみな飢えに苦しんでおる」

勇者「魔物ですか!?」

町長「はい。川上の方から来るということはわかっているのだが、確認に行こうにもあの辺りは魔物が多くてな」

勇者「それなら僕たちが懲らしめてきますよ! 大船に乗ったつもりで待っていてください」

僧侶「さすが我らが勇者様ね!」

町長「なんと! 勇者様でありましたか。ありがたや、ありがたやー」

勇者「……」

# 宿屋

勇者「なあ、勇者であることは他の人には言わないでおいてくれないか?」

僧侶「なんでよ。町長さんだってすごく嬉しそうにしてたじゃない?」

勇者「畑さえ荒らされなくなれば、僕が勇者であろうがなかろうが関係ないよ」

僧侶「そんな事ないわよ! もっと、自分に自信を持たなくっちゃ。勇者は人類の希望なのよ!」

勇者(違うんだよ)


# 翌朝

僧侶「勇者ー! 起きて! 朝ですよー」

勇者「うーん、もう少しだけ……」

僧侶「ほらほら、今日は魔物を退治に行くんでしょ!」

勇者「そうだったね」

 勇者は伸びをしながら大きなあくびをした。

勇者「その事でちょっと言っておきたいことがあるんだけどさ。今回は僕一人で行くよ。僧侶は町で待っていてくれないか?」

僧侶「え? 何言ってるのよ! 私も一緒に行くわ。神父様だって私の力は認めてくれてるんだから」

勇者「そうは言ってもどんな危険があるかわからないし、そんなところに僧侶を連れて行けないからさ」

僧侶(なんで悲しそうな顔をするのよ……)

僧侶「もう、わかったわよ」

勇者「うん、ありがとう。朝食が済んだら行ってくる」


# 朝食後

勇者「じゃあ、行ってくるよ」

僧侶「うん、気を付けてね! どんな魔物かもわかってないんだから」

僧侶(……)

僧侶(……)

僧侶(怪しい! 怪しい! 絶対なんかある!)

僧侶(そう言えば、昨日スライムに会った時もなんかおかしかったし……)

僧侶(……よし! 跡をつけよう!)


# 町の外

僧侶(確か、魔物は川上の方から来るって言ってたわね)

…………

僧侶(それにしても、魔物が全然いないわね。町長さんは魔物が多いって言ってたけど……)

…………

僧侶(あんなところに祠が! 魔物はあの中かしら)

僧侶(勇者がいるなら、多分ここよね。しばらく様子を見ていよう)

…………

…………

僧侶(え? 祠からゴブリンが出てきた)

僧侶(森の方へ行っちゃったって、あれ? じゃあ勇者はどこ?)

僧侶(まさか……!)

 僧侶は加速度的に大きくなっていく不安のもとに、祠へと駆け寄り、震える手で扉を開けようとした。

 その時、内側から戸が開いた。

勇者「……あ」

僧侶「ゆ、勇者!」

 僧侶は努めて泣くまいと唇を噛みしめていた。一方で、勇者はばつが悪そうに気の抜けた笑みを浮かべていた。

僧侶「心配したじゃない! バカ!」

勇者「わ、悪かったよ。とりあえず、落ち着こう。な?」


# 町長の家

勇者「町長さん、川上の祠にいた魔物を追い払ってきました。金輪際、村を襲うことはないでしょう」

町長「勇者様、ありがとうございます。ありがとうございます! 町民を代表してお礼申し上げます。

    ささやかながら、町を挙げて祝宴を開きたく思います。是非ともご出席してくだされ」

勇者「いえ、お気持ちだけいただいておきます。魔物は来ないとはいえ、飢えた民がすぐに癒えるわけではありません。

    宴の分の食料を、どうか復興の為にお使いください」

町長「おお、なんと徳の高きお方! 我々は勇者様のことを末代までお称え申し上げますぞ」

僧侶「……」

就職に失敗した無職のヒッキー勇者か

勇者はもしやドラクエで言うモンスターマスター…?

勇者は未来視の魔眼をもっているのか

魔王はどっかの商会で総帥やってるのかな?

取り合えず俺と同じシーンを想像した人が二人いたようだな
この勇者は英雄になるだろうな

俺もだ

ググってみたんだけど、そういうラノベがあったんだね
この先の展開はたぶん変わってくると思う


# 町の宿

僧侶「……」

勇者「なあ、頼むから口を利いてくれないか。

    心配を掛けた点では悪かったよ。

    でも、僧侶だって、町で待っててって言ったのに――」

僧侶「そんなんで納得するわけないでしょ! 私、確かに頭は悪いかもしれないけど、気付いてたんだよ。

    ちゃんと話して」

勇者「……わかったよ。話すからさ」

僧侶「……」

勇者「……」

僧侶「……」

勇者「……僧侶は女神の加護って知ってるか?」

僧侶「え?」

勇者「昔から勇者は女神からぞれぞれ力を授かって、それを駆使しながら魔王を倒す」

僧侶「うん、そのことなら子供だって知ってるよね」

勇者「父さんも、じいちゃんも、歴代の勇者はみんな女神の加護を受けてきた。

    でも、それがどんな力かっていうことは知らないだろ?」

僧侶「……確かに、そうね」

勇者「そりゃあ当然さ。勇者が持っている特殊な力をもし魔王になんか知られてしまったら困るからね」

僧侶「うん」


勇者「それでね、女神の加護って、ある日突然自分に授けられたって認識してしまうようなものなんだよ」

僧侶「認識ねえ……」

勇者「想起って言った方が適当かもしれない。理屈はともかく、ある時、わかるんだよ。

    だけど、力を授かったことがわかっても、それがどんな力かということを正確に知っているとは限らないんだ。

    例えば、じいちゃんは初め空間を自在に移動する能力を得たと思っていた。

    でも、実際にはそれは空間だけでなく、時間をも移動できる能力だったんだよ。

    父さんもそうさ。女神の加護について初めは守備力が少し上がったくらいにしか思ってなかった。

    だけど、旅の途中でそれが不死の能力であることを知った。

    そして、つい最近さ、僕も……僕も自分の力について知ってしまったんだよ」

僧侶「……勇者はどんな加護を受けたの?」

勇者「体力さ」

僧侶「……え?」

勇者「女神の加護を受けて、僕の体力は…………なくなってしまった」

僧侶「どういうこと? 全然、わかんないよ!」

勇者「スライムに一撃をくらっただけで、今の僕は死んでしまう」

僧侶「嘘…………そんな」

勇者「いや、さっきも言った通り、僕にはわかる。

    女神様はきっと僕が死ぬべきだとお考えなんだ。だからこんな力を……」

僧侶「そんなわけない! そうんなわけないわよ。

    さっき勇者も見たでしょう? この町の人たちの嬉しそうな顔を!

    この町を救うことができたんだもの。世界だってきっと――」

勇者「良いんだ。僕は勇者どころか、そこらの子供よりも弱い存在なんだ。

    ただ、せめて、死ぬまでにできるだけ世界の平和に貢献したいとも思う。きっとそれが僕に課せられた宿命なんだ」

僧侶「じゃあ、どうやって? どうやってスライムやゴブリンを追い払ったの?」

勇者「僕は本当に醜く弱い存在だ。死ぬのがたまらなく怖いんだ。

   だから……魔物たちが帰らざるを得ないように仕向けたんだ」

僧侶「え?」

加護とはいったい

女神の加護(呪い)


# 回想、一日前、森の中

僧侶「あ、勇者! スライム!」

勇者「よし、任せろ。僧侶は危ないから少し下がってろ!」

僧侶「う、うん。わかったよ」

…………

スライム「おい! お前が大人しく俺に食われるって言うなら、向こうにいる女は見逃してやっても良いぜ」

勇者「お前はなぜ僕を襲う」

スライム「人間の肉は旨いからな!」

勇者「お前は自分の味覚を満足させる為だけに僕を襲うのか」

スライム「ごちゃごちゃうるせえ奴だな。死ね!」

勇者「待て」

スライム「…………」

勇者「それは命を賭するだけの価値があることなのか。この戦闘でお前が死ぬ可能性も低くはない。

    お前にも親や子供、その死を嘆く友がいるのだろう」

スライム「…………ち、今日のところは見逃しておいてやるよ。興が醒めちまった」




僧侶「そんなことが……」

勇者「そうさ。僕はスライム相手にさえなんとか帰ってもらえるように説得することしかできないんだ」

僧侶「じゃあ、ゴブリンはどうしたの? ゴブリンはスライムよりもずっと賢いし、ずっと強いでしょう?」

勇者「ああ……」


# 回想、川上の祠

 祠の中には町で獲れた農作物が僅かばかり保管されていた。

ゴブリン「人間が自ずからここへ来るとは、気でも狂ったか」

勇者「僕は勇者。この世界に平和をもたらす者だ。

    川下の町を荒らしているのはお前か」

ゴブリン「それがどうした。まさか俺に敵うとでも思っているのか。片腹痛い。愚かな人間よ! 死ぬが――」

勇者「お前はなぜ町を襲う」

ゴブリン「なぬ……」

勇者「お前はなぜ町を襲うのかと聞いているんだ」

ゴブリン「人間ごときを襲うことにさしたる理由などないわ!」

勇者「だが、お前は町民は襲わずに畑だけ荒らした。おかしくないか? 本当はお前は――」

ゴブリン「ええい、黙れ! 人間の言うことなど聞かぬわ!」

勇者「このままだと、町民はみな餓死し、畑もなくなってしまうだろう」

ゴブリン「……」

勇者「川を越えて一日も歩けば森がある。そこなら、お前一人が食うに困ることもないだろう」

ゴブリン「……わかったよ」

 ゴブリンは勇者を振り返らずに祠から出ていった。

ゴブリン「……礼を言うぜ。勇者さんよ」




勇者「ゴブリンが本当に悪い奴じゃなかったから今回は何とかなった。でも、いつまでもこう上手くはいかないだろう。

    悪の権化みたいなのを相手にしなくちゃいけなくなった時が、きっと僕の最期だよ」

僧侶「うーん、でも、これでわかったよ! 勇者の能力って、魔物を説得する力だったんじゃない?」

勇者「え……?」

僧侶「きっとそうよ! だって、普通の人はスライムに『待て』なんて言っても待ってもらえないわよ?」

勇者「じゃあどうして体力がなくなってしまったんだろう?」

僧侶「そうだなあ……もし勇者がすっごく強かったら、魔物と話そうなんてしなかったんじゃないかしら。

    だから女神様は、勇者には魔物に対しても優しくなって欲しいって思ってるんじゃないかなあ。

    それに、ほら! 昨日はスライム一匹しか出なかったってことは、きっとあそこにいる他の魔物にも力の影響があったんだ

よ!」

勇者「確かに、そうかもしれないな。……なんだか自信が出てきたよ!

    正直に話したらすごく楽になった。ありがとう、僧侶!」

僧侶「うん」

僧侶(ごめんね、勇者……)


面白い

これほどの代償を払って得た能力は何なんだろう




勇者「ちょっと距離があるんだけどこの川を下ると港町があるんだ。

    人の行き来も多いだろうから、そこで情報を集めようと思う」

僧侶「ふふふ、海なんて久しぶりだなあ。

    ねえねえ、もしまた魔物が出てきても、私も一緒にいるからね!」

勇者「そうだな、ありがとう。それじゃあ、行くとしようか」

…………

…………

僧侶「全然魔物が出てこないわね。つまんなーい」

勇者「おいおい、あのなあ……」

僧侶「ふふ、わかってるわよ。冗談よ。魔物なんて会わないに越したことはないんだから」

勇者「まあ、この辺の魔物にも力の影響が出てるのかもね。

    そろそろ日が暮れそうだな。地図によればもうすぐ村が見えてくるはずはんだけど……」

僧侶「ねえねえ、ほら! あそこ」

 初夏の夕暮れの澄んだ空気を通して丘の上から柔らかい光が漏れてきているのを二人は認めた。

勇者「よし、今日はあそこで休もう」


# 丘の上の村

勇者「一日歩きっぱなしで僧侶も疲れただろ? 今日はもう休もう」

村人「おや、お二人さん、てっきりもう出発したもんだと思っとったが」

勇者「え?」

僧侶「何ですか?」

村人「大したものはねえ村だがゆっくりしていってくれや」

僧侶「あのお……人違いか何かじゃあ――」

村人「ふははは、ホント愉快の好きな人たちだ。おら、まだ仕事があっから、またな」

勇者「あ……」

僧侶「行っちゃったね。勇者もこの村に来たのは初めてだよね?」

勇者「そりゃそうだ。まあ、いっか。宿屋へ行こうよ」

僧侶「うん」

>>28
ミスです

○村人「ふははは、ホント愉快な人たちだ。おら、まだ仕事があっから、またな」

×村人「ふははは、ホント愉快の好きな人たちだ。おら、まだ仕事があっから、またな」


# 村の宿屋

勇者「一部屋頼む」

宿屋「おや? 今夜も泊まってくんだね。安くしといてあげるよ! 龍の涙は今夜が見納めだろうな」

勇者「え? どういうことですかね?」

勇者(またか?)

宿屋「どうもこうも、成虫は三日と待たずに死んじまうからね。儚いもんだよ」

勇者「いや、そうじゃなくてですねー」

僧侶「ほら、行くよ!

    ご主人、今日もお世話になりますね!」

宿屋「あんたらも仲が良いねえ」


# 宿屋の部屋

勇者「何なんだ、この村は一体!」

僧侶「よくわかんないけど、悪い人たちじゃないみたいだし良いじゃない!

    それより聞いた? 龍の涙だって! 神父様から聞いたんだけど、私のお母さんは龍の涙の光が大好きだったんだって」

勇者「で、その龍の涙ってのは何?」

僧侶「ええ!? 勇者、そんなことも知らないの?」

勇者「だから何なんだよお」

僧侶「ふふふ。龍の涙っていうのは蛍の名前よ。

    五十年に一度、水の綺麗な川や湖の周りを、淡い桃色に輝きながら舞うんですって」

勇者「ふーん。五十年も幼虫のままなんて、虫の世界は気楽で良いね」

僧侶「もうー、勇者にはロマンの『ロ』の字もないのね!

    ねえ、今から私たちも見に行ってみようよ!」

勇者「今日はもう疲れたよ」

僧侶「良いから、ほらほら!」

そんな加護(呪い)を与えておいて特に何も無かったら女神には無言の腹パンだな


# 村外れの湖

僧侶「村の人の話だと、この辺らしいんだけど……」

勇者「太陽が完全に沈むまで待ってみようか」

僧侶「あれ? 今頃乗り気になってきたのかしら」

勇者「別に良いだろ? 五十年に一度だの、僧侶の母さんが好きだっただの聞いてたら、そりゃ気になってくるよ」

僧侶「ふふ。いつもそうやって素直だったら良いんだけどね。

    知ってる? 龍の涙には、悲しい言い伝えがあるんだよ」

勇者「ふむふむ、聞いてやろう」


    昔々、龍と人間が戦争をしていたと言うずっと昔のこと。

    若い龍が人間との戦いに傷ついて、湖の畔に倒れていました。

    そこへ、水を汲みに人間の娘がやってきました。

    娘は大層驚きましたが、話に聞いていた龍とは違い、その龍からはなんと優しさが溢れていたのです。

    そこで、娘は龍の鱗から汚れを落とし、湖の水を飲ませてあげました。

    それから、娘は毎日龍の看病を続けました。

    言葉こそ通じないものの、龍と娘は次第に惹かれ合っていきました。

    けれども、ある日、村の人に龍のことがばれてしまいました。

    村の中には龍との戦で家族を亡くした人もおり、村人は総出で龍を襲い、

    また、傷ついた龍をかくまっていた娘は、その場で殺されてしまいました。

    それを見た龍は、怒り狂って村人たちをなぎ払い、娘の亡骸を抱きしめました。

    龍は魔法の言葉を呟いてから、娘に口付けをしました。

    すると、なんと言うことでしょう。暖かな光が娘を包み込んだかと思うと、息を吹き返したのです。

    そして龍は、最期の力を振り絞って、娘を光ごと、平和の国へと送ってしまいました。

    一方、全ての力を使い果たした龍は、その場で古木に成り代わってしまいました。

    しかし、五十年に一度だけ、それもほんの一夜だけ、龍の姿に戻り、湖の畔で一人涙を流し続けているのだそうです。

    優しさ溢れる、淡い桃色の涙を。


僧侶「――めでたしめでたし」

勇者「ええ? めでたくないよ」

僧侶「勇者はどう思う? この女の人は幸せになれたのかなあ?」

勇者「龍はわがままだよ。娘だけ幸せになれば良いなんてさあ。

    この娘はたとえ楽園に行ってたとしても幸せになんかならなかったと思う」

僧侶「うん、そうだよね……」

勇者「な、なんで泣いてるんだよ」

僧侶「ううん。なんでもないよ…………。

   あ! あそこ見て! あの葦がいっぱい茂ってるとこ」

勇者「え? いや。ああ、光ってる……」

僧侶「わあ、綺麗……。

    本当に、優しい色。でも、どこか寂しそう」

僧侶(お母さんも、こうやって見てたのかなあ)

 遠く、淡い光がぽつりぽつりと灯っていた。

 やがてそれらは湖面を覆い、周囲の木々を妖しく照らした。

 まるで湖が龍の流した涙で溢れているかのようだった。

>>1いや別に設定は似てないんだけどね
実は弱い主人公が見た目と機転だけで勝ち上がるんだけど前作主人公と直接対決したときに弱いのがバレてスレタイのまんまの台詞を言われるラノベがあるだけなんだ
メジャーじゃないけど固定ファンがついてるので何人か反応したんだと思う

>>33
詳しくありがとう! 調べてみたら本当にスレタイと似ててびっくりした


# 村の宿屋

勇者「綺麗だったな。生きてるうちにもう一度見られるかな?」

僧侶「ふふ。その頃には勇者はもうおじいちゃんね!

    そうそう、おじいちゃんと言えば、勇者のお祖父さんって時間を移動できたんだよね?」

勇者「そうだよ?」

僧侶「これは、私の勘なんだけどね、この村の人たちって勇者をお祖父さんと間違えてるんじゃないかしら」

勇者「うん? どういう……あ! なるほど!」

僧侶「きっとお祖父さんは龍の涙を見る為に、昨日のこの村に来てたんだわ!」

勇者「確かにそうかもしれない!」

僧侶「勇者のお祖父さんってどんな人だったの?」

勇者「うーん、物心が付く前に死んじゃったから、親から聞いたことしか知らないんだけど……。

    うちのじいちゃんが魔王を封印したっていうのは知ってるよね?」

僧侶「ええ、それはもちろん。そして十年前にその封印が解かれたということもね」

勇者「そういえば、魔王を封印してからは、女神の加護が消えたって言ってたなあ。

    なんでも加護の力を代償に、魔王を封印したんだってさ。

    帰ってきてからは、王様に侯爵の娘――ばあちゃんのことね――との縁談を勧められてそのまま結婚したんだって。

    それからは、すっかり丸くなったんだとか」

僧侶「それにしても、勇者のお祖父さんは誰と龍の涙を見に行ったのかしらね」

勇者「ばあちゃんではないと思うんだよね。若い頃のばあちゃんはグラマーだったって聞いてるから」

僧侶「ちょっと! それってどういうことよ!」

勇者「はは。今日はもう遅いから寝るぞ」


# 翌朝

僧侶「勇者ー! 起きて! 朝ですよー」

勇者「うーん、もう少しだけ……」

僧侶「もうー、ホント朝に弱いんだから!」

 僧侶は枕で勇者の頭を小気味好い調子で何度か叩いた。

勇者「うわ、こら! よせって。死んじゃうかもしれないだろ」

僧侶「ふふ。枕で殴られて死んだ勇者なんて聞いたことないわ」

勇者「ふう……、半分本気だったんだぞー」

僧侶「このくらいしなくちゃ起きない勇者が悪いのよ! さあ、今日は港町まで一気に行くんでしょ!」

勇者「へいへい、悪うござんした」




僧侶「ここまで来ると、川幅もだいぶ広くなってきたわね。きっともうすぐ海よ」

勇者「そうだな……おい! 僧侶、魔物だ!」

僧侶「きゃ!」

トロール「おい、兄ちゃん。俺はお前みたいに女を連れてちゃらちゃらしてる奴が大嫌いなんだよ」

勇者「それは悪かったね。それで、他に言うことはないのかい」

トロール「何だと、こら! お前のはらわた食らい尽くしてくれるわ!」

勇者「なぜ?」

トロール「う…………むかつくからだよ!」

勇者「そうじゃない。なぜむかつくのかを聞いているんだよ」

トロール「う……うらやましいからだよお!」

 トロールはそう言うや否や走り去っていった。

僧侶「あのお……勇者さん? いつもこんな調子だったんですか?」

勇者「いやあ、トロールは賢さが低いからね。あるいはスライムより楽かもしれない」

僧侶「ふふ。私たちうらやましがられちゃったね!

    でも、本当に魔物は勇者の話を聞いてて襲ってはこないわね」

勇者「ああ、不思議な感じがするよ」

…………

…………

僧侶「うわあ。ねえ! 磯の香りがするよ! 私この匂い大好きだなあ」

勇者「そりゃそうさ。ほら、あそこに見えるのが港だよ。

    まずは、桟橋まで行ってみないか?」

僧侶「そうね! まだ日も高いし」


# 港町

 肩で息をする二人。

勇者「はあ、結構あそこから遠かったね」

僧侶「健脚を誇るこの私でも、この距離を走ってくるのは流石に疲れたわ……」

勇者「初めて聞いたな。僧侶が誇るべきなのは健脚じゃなくて健啖だと思うけど」

僧侶「ケンタンって?」

勇者「うーん、まあ、元気が良いってことだよ」

僧侶「ふふ、それなら確かに私はケンタンかもお!」

勇者(ははは。にくい奴だなあ)

勇者「そんなことより、見てみてよ! 水平線がずっと続いてる」

僧侶「本当ね」

勇者「海を前にしているとね、自分が世界の一部で、そして世界も自分の一部であるような気がしてくるんだよ。

    だから、大好きだ」

僧侶「あら、詩人にでも転職したのかしら。

    ……私も、大好き」




勇者「大きな港町だね。これは、僕たちの町より大きいよ」

僧侶「いろんな人種の人がいるわね」

勇者「そうさ、ここは交通の要の町だから、大陸の内外からいろんな人たちがやってくるんだ」

僧侶「ねえ、勇者。今夜酒場へ行ってみない?」

勇者「ええ? 僕はあんまりお酒飲めないからなあ」

僧侶「何言ってるのよ! 情報収集といえば酒場でしょ!」

勇者「まあ、確かに一理あるかも」

僧侶「よーし、じゃあ決定ね! やった!」

勇者(ここまで息抜きっぽいことはあんまりしてこなかったしな)


# 酒場

 夜の町は、龍も泣き止んでしまうくらい賑やかだ。

マスター「二名様ですか。こちらへどうぞ」

 二人をカウンターへ案内する。

勇者(ねえ、僧侶。メニューとかってないのかな?)

僧侶(緊張してるわね。背中に鉄板でも入ってるみたいよ)

僧侶(こういうところでは自然体でいるのが一番なのよ)

僧侶「マスター、あのウイスキーをお願いします」

マスター「飲み方はどうされますか?」

僧侶「トワイス・アップで」

勇者「あ、じゃあ、僕はなんか、さっぱりして飲みやすいやつをお願いします……」

マスター「では、ソルティ・ドッグなんていかがでしょう。このカクテルはグレープフルーツを――」

勇者「あ、それで! それでお願いします」

勇者(……)

勇者(なんで教会育ちの僧侶がそんなこなれた風なんだよ)

勇者(親の顔が見てみたいね…………あ、いや、ごめん)

僧侶(いいのよ。生まれてすぐにお母さんが死んで教会に引き取られたんだから。

    私だって自分の親の顔が見てみたいよ)

僧侶「さあ、折角の機会なんだから楽しみましょ! ね?」

勇者「うん……そうだね!」

 程なくして二人の前に酒が出された。

勇者「綺麗な丸い氷だなあ。ねえ、ふちに付いてるこの白いのって何?」

僧侶「勇者、『ソルティ』って言葉の意味がわからないの?」

勇者「う……ホントだ。しょっぱい」

僧侶「ふふふ。いつも私のことバカにしてるお返しですよーだ」

勇者「うう……今度来る時は絶対に僕がリードしてあげるからな!」

僧侶「ふふ。期待してるわね」

…………

…………

勇者(結局僕たちは情報収集をしなかった。

    僧侶は飲み過ぎたみたいで、僕が最初の一杯を飲み終わる前にはカウンターに伏してしまっていた。

    僕は彼女をおぶって帰ることになった。

    火照った体に浜の風は気持ち良い。)


# 翌朝

勇者「僧侶ー! 起きて! 朝ですよー」

僧侶「うー、頭が痛い……」

勇者「もうー、ホント朝に弱いんだから!」

僧侶「うう、悔しいー。何よ、たまに私がへばってるからって」

勇者「ふははは。節操もなく飲み過ぎるからいけないのだよ!

    枕で叩かないだけ感謝し欲しいくらいだ。

    ほら、水を持ってきてあげたから。

    今日こそは情報を集めて回るよ!」

僧侶「なんでそんなに元気なのよ」


# 町の広場

僧侶「なんだか、広場の方が騒がしいわね」

勇者「うん、どうしたんだろう?」

…………

船夫「また人さらいだってよ。この辺りも物騒になったもんだ」

勇者「すみません。どうしたんですか?」

船夫「あんた、旅の人かい? なら、あまり長居しないほうが良いぜ。

    最近ここらじゃ突然人がいなくなるってんで話題になってんだよ。

    兄ちゃんも気を付けねえと、後ろのかわいいお姉ちゃんをさらわれっかもしれないぜ」

 勇者は無意識に僧侶の手を握った。

 僧侶はじっと足元の石ころを見つめていた。

勇者「誘拐か……これはもしかしたら魔王と関係があるかもしれないよ!」

僧侶「そうね、もう少し調べてみましょう」

 僧侶は握った手に力を込めた。

 途端に勇者は赤くなった。


# その夜

勇者「結局、大した情報は得られなかったね」

勇者「……」

勇者「あのさ……僧侶さえ良ければなんだけど、この旅が終わったら、僕と一緒に――

    あれ? 僧侶? おーい、僧侶! かくれんぼならまた今度やろう、な……」

 勇者は日中の船夫の発言を思い出して蒼くなった。

勇者「僧侶! おい、僧侶! いるなら出てきてくれよ!」

 勇者の声は夜のしじまに吸い込まれていく。

 町の隅々まで見て回ったが僧侶はどこにもいなかった。

勇者(まさか、そんな……。僕だってかなり気を付けていたはずだったのに……)

 勇者は気付けば酒場の前に来ていた。

勇者(情報収集……か)


# 酒場

勇者「マスター、ソルティ・ドッグを……」

…………

初老の男「どうしたんですか、お兄さん。まるで世界の終わりみたいな顔をして」

勇者「実は、連れが人さらいに遭ってしまったかもしれないんです……」

初老の男「この界隈で頻発しているらしいですね」

勇者「あの……僕、どうしても助けなくちゃいけないんです! どうしたら良いんでしょう」

初老の男「私はトランジットで来ているだけだからこの町の事情には明るくないのですが、

    そう言えば飛行船の到着手付きの際に妙な話を耳にしましたね」

勇者「どんな話ですか!」

初老の男「なんでも、米や小麦粉などの穀物を運搬する船がこの数週間で急激に増えたということらしいです」

勇者「そうですか……」

初老の男「正義緩慢なりとも遂には之悪を制す」

勇者「え? 何ですか?」

初老の男「古い言葉ですよ」

勇者(待てよ、輸送船……穀物…………ひょっとしたら)

勇者「どうもありがとうございました!」

 勇者はくしゃくしゃになった紙幣をカウンターに叩きつけるように置くと、矢庭に走り出した。


# 桟橋

 勇者は倉庫の横にいくつか置かれていた樽の陰に隠れている。

勇者(今入港しているのは一隻だけか。

    恐らくだけど、さらわれた人たちを荷物に偽装して運んでるんじゃないか。

    樽か何かに入れてしまえば簡単なはず……。

    あ、船から誰か来た!)

船乗り「おい、今のうちにそこにある樽積んどけよ! 明るくなったら面倒が増えるからな。朝一で出発だ!」

 船乗りは勇者のいるあたりに目線を送りながらどこかにいるらしい仲間に向かって言うと、船に戻っていった。

 勇者は咄嗟に身を屈める。

勇者(人目を忍ぶ必要がある物なのか)

「人使いが荒いぜ、全く。ま、人さらいが言えたことじゃねえか」

「ちげえねえ! わはは!」

勇者(やっぱり、そうか!)

 勇者は手近の空き樽に潜り込んだ。

勇者(…………ばれませんようにばれませんように!)


…………

…………

勇者(それにしてもひどく生臭いな。魚でも入ってたのか?)

勇者(あ、足音だ。近付いてくる)

勇者(何人だ?)

「さっさと終わらせちまおうぜ」

「お前はそっちを持ってくれ。行くぞ、せえの!」

勇者(結構重たいのかな。歩幅が狭いみたいだ)

…………

勇者(戻ってきた。二人しかいないな。

    それなら最悪見付かったとしてもなんとかなるかも。

    ばれそうになったら、蓋をぶん投げて先制して、それから全力で……)

「じゃあ、行くぞ。せえの!」

勇者(この樽か! ばれるなよばれるなよばれるなよ!)

勇者(……)

勇者(くそ、手の震えが大きくなってく!)

勇者(……)

勇者(とりあえず大丈夫みたいだ……。何が入ってるつもりなんだろうか)

「お前、この中に何が入ってるか知ってるか?」

勇者(おい!)

「へ? これは普通の方の樽だろ? 小麦粉かなんかじゃねえのか?」

「バカ。小麦粉だったらわざわざ夜中に運ばねえよ。この中に入ってるのは人さらいなんかよりも更にやばい物だぜ」

勇者(頼む! 余計なことは言わないでくれ!)

「……薬か?」

「違えよ。ほら、樽から臭ってこないか? この樽の中身は海に捨ててくんだぜ」

「う、この臭い……マジかよ」

「へへへ、何ならちょっと見てみるか? ひでえことになってると思うぜ。ま、びびりのお前には無理か」

勇者(やばい! やめてやめてやめてやめてやめて)

「なんだと、お前! 俺だってそれくらい――」


船乗り「うるせえぞ、おめえら! ちんたらしてっと、海に沈めんぞ。こら」

「う、うっす!」

「失礼しやした!」

勇者(……)

勇者(冷や汗が……)

「そこに置くからな」

「お、おう」

勇者(よし、床に置いたみたいだ)

「急ごうぜ」

「おう」

勇者(……)

勇者(……行ったか)

勇者(ふう……ホントに死ぬかと思った。口がからからだ)

勇者(でも、僧侶はもっと怖い思いをしてるのかもしれないんだよな。僕がしっかりしないと!)

勇者(樽の数からすると、恐らく次が最後。もうしばらくの辛抱だ)

勇者(とりあえず落ち着け、落ち着くんだ……)

勇者(……)

勇者(足音だ。近付いてくる)

「これはそっちに置くぞ」

「おう」

勇者(……)

「ふう、やれやれ、お疲れさん」

「お疲れ」

勇者(……)

勇者(もう、行ったか? 念のためにもう少しだけ隠れていよう)

勇者(……)

勇者(……)

勇者(もう大丈夫かな。人がいる気配もないし。樽から出て状況確認だ!)


勇者(よいしょっと)

勇者(樽から出ても真っ暗か……少しは慣れてきたけど)

勇者(ここは貨物室だろうか)


# 船の貨物室

勇者(さっきの話だと、ここの樽は途中で中身を捨てられるんだったな)

勇者(他に隠れ場所を探す必要がある、と)

勇者(おや? 天井から隙間風が吹き込んできてる)

勇者(暗くてちょっと不安だけど、調べてみよう)

…………

勇者(天井裏につながってたのか。これは良いところをみつけた。しばらくはここで身を隠せる)

勇者(僧侶もこの船に乗ってるんだろうか……)

今夜の投稿はここまでです。遅筆ですみません。

期待


# 数時間後

勇者(遂に船が動き始めたぞ)

勇者(貨物室には人がほとんど来ないみたいだ。

    下手に探索するよりも、このまま隠れて目的地まで行った方が賢明だろうか。船上での衝突だけは避けたい。

    幸い、飲み水の入った樽もあったし、数日なら問題ない)

勇者(無事でいてくれよ、僧侶……)

…………

…………

勇者(どれくらい時間がたったんだろう。かなり経ったように感じるけど。ここからでは昼なのか夜なのかもわからない)

勇者(……上の方から人の声がするぞ)

「よーし、あとは貨物室の荷物だな」

勇者(接岸したのか)

勇者(どうしよう…………そうだ!)


…………

…………

「これが済んだら飯だとよ。早く終わらせちまおうぜ」

「グー」

「ふはは、腹も減るわな!」

「お? おう」

「じゃあ、行くぞ。せえの!」

「俺たちって樽運んでばっかりだよな」

「この仕事は割が良いから文句はねえけどな。奴隷は金になるらしい」

「田舎のお袋にも仕送りができるし助かってるわ」

「お前はただのびびりかと思ってたけど、マザコンまで拗らせてたか」

「なんだ、お前? やんのか」

「いやいや、悪かった。俺も似たようなもんなんだ。こっちは出稼ぎってことにしてある」

「こう、仕事がなくっちゃしかたねえよなあ」

「な」

…………

「これはそっちに置くぞ」

「おう」

「ふう、お疲れさん」

「お疲れさん」


…………

…………

勇者(……)

勇者(二回目ともなれば少しは慣れるかと思ったけど、心臓がばくばくだ。さっきお腹が鳴った時は死ぬかと思った)

勇者(人がいる気配は……ないな)

 勇者は姿勢を整えると、おもむろに樽の蓋を押し開けた。

勇者(うわ、眩しい! 何日ぶりの陽の光だろう。視界がぼやけて全然見えない!)

勇者(もう樽の中なんてこれっきりごめんだね)

勇者(ここが奴らのアジトなんだろうか。ここは物置かな?)

勇者(何か食べ物があれば良いんだけどなあ)

勇者(光に慣れてきたら、捕まった人たちを助けに行くぞ!)

勇者(僧侶、無事でいてくれ……)

…………

勇者(保管されていたパンと水のお蔭で、体力も戻ってきた)

勇者(目はまだあまり慣れてこないけど……行こう!)


# アジト

勇者(人に見付かるのだけは避けたいな。ここは敵の本拠地なわけだし)

勇者(樽の中からの感じだと、ここは建物の結構奥の方みたいだったけど)

勇者(捕らえられた人たちがいたとすればどこだろう)

「おい、お前そこで何してる」

勇者「う……」

勇者(こうなったら、正面突破だ!)

勇者「ぼ、僕は捕まった人たちを助けに来たんだ!」

 勇者は声の主の方へ振り返りながらそう言った。

「な、何だお前、その血は……。ま、まさか、門番のあいつを倒してここまで来たのか……?」

勇者「何?」

 勇者はようやく慣れてきた目で確認してみると、全身が血まみれであることに気が付いた。

勇者(そうか、樽の臭いの正体は……)

「ひえええ」

 勇者に声を掛けた男は奇声を発しながら逃げて行った。

勇者(なんとか、なった……のか? 相手がびびりな人で助かった)

勇者(急がなくちゃ!)


「何があった!?」

勇者(まずい! 今の叫び声に反応して人が……)

「侵入者だ! 捕らえろ!」

 勇者は遮二無二走り出した。

 しかし、広間に出たところでナイフを手にした男たちに囲まれてしまった。

「こいつも捕まえて売り飛ばしちまおうぜ」

「へへ、高く売れそうだな」

 そこに他の男より一回りも大きな男が入ってきた。さるぐつわを噛ませた女を左手に抱えて。

勇者「僧侶!」

僧侶「んん! んんん!」

「ボス、こいつをどう致しましょうか」

 ボスと呼ばれた大男はそれには応えずに言った。

ボス「なるほど、お前が勇者か」

勇者「なんで僕のことを!」

ボス「お前はこっち世界じゃちと有名でね。

    『勇者は自ら手を下すまでもなく魔物を打ち負かす』

    そんな噂まで立ってるくらいさ」

 ボスは右手に握ったナイフを僧侶の頬に当てた。

勇者「おい! やめろ! その子を放せ!」

 勇者は今にも襲い掛かりそうな様子だ。

ボス「なら、大人しくしていろ」

勇者「う……」

ボス「そのまま縄で縛られろ」

ボス「少しでも怪しい素振りを見せれば、この女の命はないものと思え」

 周りにいた男たちが勇者を縛り付ける。

勇者「僕のことは良いから、その子には手を出すな!」

 僧侶が悲しみに満ちた声を上げた。

ボス「俺はね、そういう薄っぺらい自己犠牲だとかが大嫌いなんだよ!」

 ボスは僧侶の髪を掴んで立たせ、その頭めがけてナイフを振り下ろした。

勇者「や、やめろお!」

 僧侶はその場に倒れた。


 ボスの左手には、僧侶の大量の髪の毛が握られていた。

ボス「次、気に障るようなことを言ったら、髪ではなく首がなくなると思っておけ」

勇者「く……一体何が望みなんだ」

ボス「望みねえ、俺たちは金さえあればそれで良いんだよ」

勇者「その金で何をするって言うんだ?」

ボス「別荘でも買って毎日ばか騒ぎして過ごすさ」

勇者「……そいつは無理だな」

ボス「何!」

勇者「こんなことを続けて仮に大金を手にしたところで、

    その頃にはお前は今にも増して多くの人から恨みを買うことになっているだろう。

    違うか?」

ボス「そんなの知ったことか。人に恨まれるのが怖くて生きてられっかよ!」

勇者「本当にそうか?」

ボス「何を……」

勇者「そうなれば、お前は裏切りや暗殺の恐怖から仲間にすら猜疑の目を向け、

    どれだけ多くの人といようが常に孤独のうちに過ごすことになるだろう。

    そんな状態で精神の安寧が得られるとでも思っているのか?

    そんな状態で生きていると言えるのか?」

ボス「くそ……じゃあ、こいつらはどうなるんだよ!

    こいつらの中にはな、他に働く当てもなく、ここで精一杯生きてる奴だっているんだ!

    奴隷の命は大事で、こいつらはどうでも良いのかよ!」

勇者「このままではここにいる人たちも、奴隷にされた人もみな不幸になる。

    それだけは避けなくてはならないのではないか?」

ボス「く……」

勇者「僕が魔王を倒す。僕が魔王を倒せば…………世界も変わる!

    だから、だから――」

ボス「何が変わるって言うんだよ! 口先だけなら誰だって言えるんだ!

    お前に飢えた民が救えるのか。お前に世界の絶望が癒せるのか!」

勇者「やるよ。僕はやってみせる。

    だから、信じて、待っていてくれないか。

    お願いだ」

ボス「…………」

勇者「…………」

ボス「『信じる』か。あまり良い思い出のない言葉だが、その目は嘘を吐いてる奴の目じゃねえな。

    約束だぞ」

勇者「ありがとう……」


ボス「やれやれ。お前たち! 聞いてただろ? 悪いが今日で俺らは解散だ! これからはみんな好きにしてくれて良い」

「ボス……俺たちゃみんなボスを慕ってここまで来たんだ! どこまでもついていきますよ!」

「そうですよ、ボス。身寄りのない俺を引き取ってここまで育ててくれたのはボスなんですよ。

    今更どこへも行きようがありません!」

「そうだそうだ! 俺たちには船の技術があるんだ! これからはお天道様のもとで堂々と生きてきましょうよ!」

ボス「お前たち……ありがとうな。でもその前にやらなくちゃいけないことがある」

 ボスは勇者と僧侶の拘束を解いた。

ボス「お前たちはもう自由だ」

僧侶「うう、勇者……怖かったよお。でも、絶対助けに来てくれるって信じてたよ」

 僧侶は勇者の胸に顔をうずめた。その瞳からは絶え間なく涙が溢れ出ていた。

勇者「怖い思いさせてごめんな……もう二度と離さないから」

今日はここまでです。ありがとうございました。

僧侶がショートヘアになってしまっただと・・・無念

乙乙


# アジトの一室

勇者(あれからボスは捕らえられた人たちを解放してくれると約束してくれた)

勇者(風呂に入って全身の血を落としたらようやく落ち着いてきた)

勇者(自分では気が付かなかったけど、血のせいで相当臭っていたようだ)

 扉をノックする音。

勇者「どうぞ」

僧侶「勇者……どうかな?」

 僧侶の艶のある栗色の髪は、肩に掛からない程の長さで綺麗に整えられていた。

僧侶「元は床屋だったっていう人がいたからお願いしたんだけど……」

勇者「うん。可愛いよ。僧侶って短い髪型も似合うんだな」

僧侶「ありがとう……。

    そ、そうよね! 弘法筆を選ばずって言うし!」

勇者「それはちょっと違うんじゃないか?」

僧侶「良いのよ。

    だけど、本当にありがとう。勇者の声が聞こえてきた時、すごく嬉しかった」

勇者「はは、僕も僧侶が無事でいてくれて嬉しいよ」

僧侶「あの時の勇者って、何と言うか……うまく言えないんだけど、普段と違う感じだったなあ」

勇者「そう? 僕はもう必死だったから何が何だか……」

僧侶「それで思ったんだけどね、勇者の力って、魔物だけじゃなくて人間も説得できる力なんじゃないのかなあ?」

勇者「おすわり」

僧侶「え?」

勇者「おて」

僧侶「え? え?」

勇者「いや、人間も説得できるって言うからさ、ひょっとしたらって思って」

僧侶「もう! 私は犬じゃないんだから!」

勇者「はは、悪かったよ」

僧侶「それで、これからどうするの?」

勇者「女神の加護のこともそうなんだけど、ちょっと調べたいことがあるから学園都市へ行ってみないか?

    あそこの図書館の蔵書数は世界一って話だよ。

    ボスが僕たちの為に船を出してくれるって言ってたからさ。連れて行ってもらおうと思うんだ」


# アジトの外

僧侶「うわあ、ここはこんな綺麗な離島だったのね」

ボス「準備は良いかい? 学園都市までなら三日もあれば着くだろう」

勇者「ありがとう。恩に着るよ」

ボス「良いんだよ。さ、出帆だ!」


# 三日後、港

ボス「ここから学園都市までは半日も歩けば着く。お達者でな」

勇者「世話になった。約束は必ず守ってみせる」

ボス「ああ。そうだ、もし俺たちの力が必要な時はいつでも言ってくれな」

 ボスは身を屈め勇者に耳打ちした。

ボス「それと、あの子を大切にな。ありゃ、お前にべた惚れだぜ」

勇者「そ、そんな――」

ボス「あばよ! お二人さん」

僧侶「ばいばいー!」

勇者「……」

…………

僧侶「行っちゃったね」

勇者「そうだね。僧侶は疲れてない?」

僧侶「平気だよ! 船のベッドはふかふかだったし!」

勇者(僕らは雑魚寝だったんだよなあ)

僧侶「それよりも勇者の方が顔色悪いわよ?」

勇者「夕べ僧侶が寝た後に起こされて、したたか飲まされてね。

    いや、それは良いんだ。じゃ、行こうか!」




僧侶「ねえねえ、お腹空いたよお。そろそろお昼にしない?」

勇者「そうだなあ。じゃあ、あそこの木陰で少し休もうか」

…………

「ウキ……」

僧侶「あれ? 何か聞こえなかった?」

勇者「え? 何も――」

「ウキキ……」

勇者「魔物か!」

僧侶「勇者! あそこ見て!」

勇者「あれは……魔猿の子供か?」

僧侶「足を怪我して動けないみたい。ねえ、手当をしてあげましょう?」

勇者「う、うん」

 勇者と僧侶は、魔猿の怪我をした箇所を消毒して止血の処置を施した。

勇者「さあ、ここに食べ物と水も置いといてやるから、これからは気を付けるんだぞ」

魔猿「ウキー」

僧侶「早く元気になると良いわね」

勇者「ああ。僕たちも昼食にしよう」


…………

僧侶「ふう、お腹いっぱあい! 眠くなってきちゃった」

勇者「おいおい、のんびりしてたら今日中に着けなくなるよ」

僧侶「そうね。行きましょっか」

魔猿「ウキー! ウキキ」

僧侶「この子も親がいないのかしら……」

勇者「人間にやられたのかもしれないね。大人の魔猿は凶暴だから……。

    僧侶、行こう」

僧侶「ええ……」

魔猿「ウキ、ウキッキー」

僧侶「……」

魔猿「ウキキ」

僧侶「ねえ、勇者……」

勇者「わかったよ。怪我が治るまでは面倒見てやるか」

僧侶「流石勇者!」

勇者「どうせ、僕が何を言っても連れていくつもりだったんだろ?」

僧侶「まあね! ほらほら、のんびりしてたら日が暮れちゃうわよ!」

勇者「やれやれ」


# 学園都市

僧侶「ここが学園都市……すごい。建物がびっしり」

勇者「ああ、世界中からいろんな人が集まってくるからね。

    明日はここの大学図書館へ行こうと思うんだ」

僧侶「わあ、楽しみ!」

魔猿「ウキッキ!」

勇者「すっかり僧侶に懐いちゃったね」


# 宿

僧侶「ふう、疲れたあ」

勇者「魔猿の子を抱きながら歩いてきた僕はもっとくたくただよ」

魔猿「ウキ!」

僧侶「細かいことを気にしないの! この子もだいぶ元気になってきたみたいね」

魔猿「ウキ! ウキ!」

僧侶「ふふふ。かわいい顔してる」

勇者「はあ、子守の負担が倍になったようなものだよ」

僧侶「ちょっと、どういうこと!」

勇者「ははは、僕はもう寝るよ。おやすみ」

僧侶「うん、おやすみ……」


# 深夜

勇者(なんだろう。物音で目が覚めちゃった)

勇者(……僧侶が起きてる!)

勇者(鏡台に向かって何してるんだろう)

 僧侶は鏡に映る自分の髪を見て、じっと忍び泣きを堪えている。

勇者(僧侶……)


# 翌朝

僧侶「勇者ー! 起きて! 朝ですよって、あら、珍しい。今日は先に起きてたのね」

勇者「はは……。僕だってたまにはきちんと起きるんだよ。

    今日は魔猿は部屋において行っても大丈夫かな」

僧侶「この子は大丈夫よ。大人しくて良い子だから」

僧侶「そうよね?」

魔猿「ウキャッキャ、ウキ!」


# 図書館

勇者「――について調べたいんですが」

司書「学外の方でいらっしゃいますか? そちらの資料でしたら地下室にあるかもしれませんね。

    入館許可証を発行致しますので、一時間後にまたお越しください。

    また、地下室へお出での際は、マスクとゴーグル、長靴をご用意された方が良いでしょう」

勇者「はい、どうもありがとうございます」


# 図書館前

僧侶「長靴とかって何に使うのかしら?」

勇者「うーん、何だろうね。あ、そうだ。それは僕が用意しておくから、僧侶はちょっと時間潰しててくれないかな」

僧侶「え? うん、良いわよ」

勇者「じゃあ、一時間後にここで落ち合おう!」

僧侶「う、うん」


# 商店街

勇者(マスクはこんなので良いっか)

勇者(ゴーグルは……水泳用のでも良いのかな)

勇者(長靴はこれにしよう。お、僧侶にはこっちの方が良いかな?)

勇者(よし、あとはあれを探してっと……)


# 図書館前

勇者「お待たせ!」

僧侶「五分遅刻」

勇者「まあまあ。僧侶は何してたの?」

僧侶「画廊で絵を観てたわ。見てこれ! 絵葉書も買っちゃった」

勇者「どれどれ。

    ……うわ、何だこれ? 四角くオレンジ色を塗りたくっただけじゃないか」

僧侶「この橙色が織りなす孤独と郷愁がわからないとは、勇者君もまだまだ三流ですねえ」

勇者「はは、僧侶だってわかってないだろ」

僧侶「ふふふ、ばれちゃった?」

勇者「さあ、入館許可証はもうできてるかな。行ってみよう」


# 図書館

司書「勇者様と僧侶様ですね。入館のご用意が整いましたので、こちらへどうぞ」

勇者「はい。あの、地下室へはどうやって行けば良いのでしょうか」

司書「これからご案内致します。地下室は普段施錠しておりますので」

…………

司書「こちらでございます。ドアをお開けになる前にマスクとゴーグル、それに長靴をお召しになった方が良いでしょう。

    それでは私はこれで失礼致します。

    受付におりますので、お帰りの際はお声をお掛けください」

勇者「ありがとうございました」

勇者「さ、履き替えるか。僧侶のはこれね」

僧侶「これ、ちょっと小さくない?」

勇者「僧侶は足が小さいからそれでちょうど良いだろ?」

僧侶「まあ、確かにその通りだけどさあ……」

「プー」

僧侶「え?」

「プープー」

僧侶「え? 何これ!」

勇者「子供用の長靴がそれしか売ってなくてさあ」

僧侶「だからって、音が鳴る靴を買わなくたって良いじゃない!」

「プー」

勇者「ははは! 似合ってると思うけどなあ」

僧侶「勇者のバカ!」

「プー」

勇者「マスクとゴーグルはちゃんと着けたかい?」

僧侶「うん……」

勇者「じゃあ開けるよ?」

「プー」


# 図書館の地下室

勇者「うわあ、何だこれ……」

僧侶「すごい埃ね……まるで雪みたい」

 地下室には靴底の厚さ程の埃が積もっていた。

勇者「これは確かに重装備で来る必要があるね」

僧侶「それで、何について調べるんだったかしら?」

勇者「まず魔王のことだな。実際、僕たちは魔王についてほとんど知らないからね。

    それから、女神の加護についても。

    今のところ、僕の力は人や魔物を説得できるらしいってことしかわかってないしさ。

    僕はこっちから調べるから、僧侶は向こう側から調べてくれない?」

「プー」

勇者「じゃあ頼んだよ」


# 数十分後

僧侶「あ!」

勇者「何かあったかあ? こっちは全然だよ」

僧侶「一冊それらしいのがあったわ」

勇者「どれどれ」

勇者「あれ? そう言えば、さっきから靴の音がしないねえ」

僧侶「ふふ。埃でも詰まったんじゃない? まあ、そんなことどうでも良いじゃない。

    見てこれ」

勇者「へえ……すごい物があるんだね。一旦閲覧室へ行こう」

本日の投稿はここまでです。どうもありがとうございました。


# 図書館の閲覧室

勇者「僕の曾祖父に当たる人が書いたのかな」

 それはおよそ百年前の勇者の冒険の書だった。

勇者「やっぱり勇者っていうのは昔から遍歴の旅を余儀なくされていたんだね」

僧侶「ねえ、見て見て、ここ!」


    異形の物が人を襲いて久し。

    異形の物をして悪たらしめんところのもの最果ての島にて現れたると聞こゆ。

    此のもの超越者にして実体を持たず。

    蓋し唯常ならざる力を以ってのみ討たれん。

    預言者の曰く、苟も其は元来世にあらざるべき力なれば此のものと共に消え失せん。

    嗚呼、平和の訪れんことを。


僧侶「この『異形の物』って魔物のことじゃないかしら?」


勇者「じゃあ、『異形の物をして悪たらしめんところのもの』っていうのは魔王のことかな。

    『最果ての島』はどこのことなんだろう?」

僧侶「うーん、わからないわね。書いてあることもぼんやりしてて何だか難しいし」

勇者「それに冒険の書という割には魔王に関係がありそうな記述ってここだけじゃない?

    他はなんか魔物による被害とか窮状が延々と書いてあるだけだし」

僧侶「ねえ。今、世界に魔王がいるってことはこの人は魔王を倒せなかったってことよね?」

勇者「うん、おそらくね」

僧侶「ひょっとしたらこの人は魔王のもとまでは行けなかったのかもしれないわ」

勇者「なるほど。

    その先の『常ならざる力』ってのはさ、女神の加護のことを意味しているんじゃないかな?

    そしてそれは魔王と共に消えてしまう、と」

僧侶「うんうん、それっぽいよ!」

勇者「うーむ……図書館でわかるのはこのくらいみたいだね」

僧侶「ねえ、勇者。私、もう一つすごく重要なことに気が付いちゃった」

勇者「え、何だい?」

僧侶「もうお昼ご飯の時間ってこと!」


# 大学の食堂

勇者「いくらビュッフェ形式だからってそんなに食べられるのかあ?」

僧侶「ふふふ。さっき頭使ったらいつもよりおなかが減っちゃったの!」

勇者「そうか。もう何も言うまい」

 その時、勇者の背後から声が掛かった。

「正義緩慢なりとも遂には之悪を制す」

勇者(あれ? この言葉、どこかで……)

「奇遇ですね。こんなところでまた会うなんて」

勇者「あ、港町の酒場でお会いした――」

初老の男「その様子を見ると、万事上手く行ったみたいですね」

勇者「ええ、お蔭様で人さらいをやめさせることまでできました」

初老の男「そうなんですか! 良かったらお話を伺ってみたいですね」

僧侶「そう言えば、私もまだ詳しいことを聞いてなかったわ。

    ねえ、ちょうど良い機会だし聞かせてよ!」

勇者「そ、そうかな? それじゃあ、僕が酒場に行ったところから話すね――」


…………

…………

勇者「――とまあ、こんなことがあったわけなんですよ。もう一生樽になんか入りたくないですね」

初老の男「ふはは、それでは君はまるで樽の賢人だ。

    君からはどこかしら不思議なものを感じますよ」

僧侶「不思議っていうか何考えてるかわかんないっていうか――」

勇者「僧侶は食べてばかりで全然聞いてなかったじゃないか」

僧侶「ふふ。心配しなくてもちゃんと聞いてたわよ」

勇者「ふーん……」

勇者「ところで、この大学へはどういった事情で来られたんですか?」

初老の男「ああ、これは失礼。私の話がまだでしたね。

    今日は教え子の――と言っても君たちの倍以上は年上ですが――主催するシンポジウムがあって

    お呼ばれしたわけですよ」

勇者「教え子って……大学の先生ですか!」

初老の男「そうですね。もう第一線を退いた身ではありますが」

僧侶「すごい! インテリさんだ! 何の研究をしてるんですか?」

勇者「こら、失礼だろ」


初老の男「ははは。良いんですよ。私は数学者です。

    数学の中でも、一口で言えば、幾何学に類する分野が私の専門ですね」

僧侶「キカガク?」

勇者「ほら、学校で正三角形の描き方とか習っただろ?」

僧侶「そう言えば、そんな記憶もあるような……ないような……」

数学者「おっしゃる通りですね。実際にはもう少し抽象的な分野なんですがね」

僧侶「何だかよくわかんないけど、すごいってことだけはわかったわ!」

数学者「いえいえ、そんな大仰なことではありませんよ。

    君たちは、どうして旅をしているんですか?」

勇者「世界に平和を取り戻す為です」

僧侶「それで魔王について調べようと思って学園都市へ来たんです!」

数学者「もしや……君は今噂になっている勇者ではありませんか?」

勇者「ええ……一応そういうことになってますね」

数学者「やはりそうでしたか! これは光栄です。

    二度もお目に掛かるなんて何かの縁かもしれませんね。何かお困りの際には力になりますよ」

 そう言うと数学者は勇者に自分の連絡先を書いた紙を渡した。

数学者「昼食にお付き合いくださりありがとうございました。そろそろ会議が始まりますので、私はこれで」

勇者「いえいえ、こちらこそありがとうございました!」

僧侶「さようなら!」

僧侶「さあ、私たちも魔猿ちゃんにお昼ご飯をあげなくちゃね」


# 宿屋

僧侶「数学者さんってすごく気さくな人だったわね」

勇者「うん。僕らの学校の先生もあれくらい優しい人だったら、僕は今頃勇者じゃなくて学者になってたかもしれないね」

魔猿「ウー、ウキャ!」

僧侶「ほら、自惚れるなって言ってるわよ」

勇者「ははは。そんな、まさか。

    あ、そうそう。今朝長靴とかを探してた時になかなか良さそうなレストランを見付けたんだよ。今夜行ってみないかい?」

僧侶「わあ、本当? 行く行くー!」

魔猿「ウーウー、ウキッキ」


# レストラン

僧侶「へえ、勇者が選んだにしてはお洒落なお店ね!」

勇者「はは、一言余計だぞ。まあ、ほら……たまには良いかなって」

僧侶「ふふふ」

…………

…………

僧侶「ああ、美味しかった! あとはデザートね」

勇者「パンがお代わりし放題だったからって食べ過ぎだよ」

僧侶「それは間違ってるわ。あんな美味しいソースをお皿にべっとり残した勇者こそもったいないのよ」

勇者「うーん、そうなのかなあ? でも、満足してくれたようで良かった」

僧侶「うん」

勇者「……」

僧侶「……」

勇者「あ、あのさ……ちょっと渡したい物があるんだけど良いかな」

僧侶「なあに?」

 勇者は小さな包みを取り出すとテーブルの上に置いた。

勇者「開けてみて」

僧侶「う、うん……」

 中には月桂樹を模した銀の髪飾りが入っていた。

僧侶「……」

勇者「どう……かな? 僧侶なら似合うかなって」

僧侶「ありがとう……とっても嬉しい」

 僧侶は目に涙をたたえながら独り言つように言った。

勇者「うん」

僧侶「私もね、勇者に言わなきゃいけないことがあるの……」

今夜の投稿はここまでとなります。ありがとうございました。


僧侶が実家に帰るとしか思えない切り方だ


なんてとこで切りやがる!


僧侶「出発の時、神父様が『神託があった』って言ってたわよね?」

勇者「うん、確かそんなことを言ってたと思う」

僧侶「その神託を聞いたのって私だったんだ。出発の前の日にね」

勇者「そうだったんだ。それがどうかしたの?」

僧侶「『螺旋の果て 正義の士は愛を以って悪を滅ぼす』

    これがその神託だったの」

勇者「それってどういう意味なんだろう?」

僧侶「…………」

勇者「え?」

僧侶「……私にもちょっとわからない、かな」

勇者「ははは、何だ。ひどく真面目な顔してるものだから、何かとんでもないことでも言うのかと思ったよ。

    神様は僧侶の味方ってことじゃないか。

    大丈夫、僕らが正義を貫く限り、悪は必ず滅びるさ」

僧侶「そうよね。勇者が急に柄にもないことするものだから、動揺しちゃったみたい。へへ」

勇者「そうそう。ここでちょっと着けてみてくれないかな」

僧侶「うん、わかった」

…………

僧侶「どう? お姫様になった気分! それとも、私の美しさの前では焼け石に水かしら」

勇者「はは、その言い方はちょっとおかしいと思うけど。

    とにかく、すごく綺麗だよ」

僧侶「ふふ。ありがとう。

    ショートヘアも悪くないかもね」

勇者「良かった。やっぱり僧侶は笑顔が一番似合ってるよ」


# 翌朝

勇者「今日は図書館に入館許可証を返して来ようと思うんだ。僧侶も一緒に行くかい?」

僧侶「もちろん!」

魔猿「ウキーオキャ!」

僧侶「怪我もだいぶ治ってきたみたいね。魔猿ちゃんは良い子にして待っててね」


# 図書館

勇者「こういう歴史のある図書館って好きなんだよね」

僧侶「どうして?」

勇者「例えば、自分が借りた本が前に借りられたのが五十年前とかだったりするとさ、何か不思議な感じがしない?」

僧侶「ええ? ただ昔の人も借りたってだけでしょう?」

勇者「その通りなんだけどさ。ほら、何て言うか、五十年前のその人と自分がまるで時を超えて出会ったみたいな――」

僧侶「あ、あのポスター見て! 図書館の最上階で魔法についての展示があるって!」

勇者「へえ、面白そうだね」

僧侶「行ってみましょ!」

短くてすみませんが、今日はここまでです。明日は少し長めに投稿したいと思います。


# 図書館の最上階

僧侶「展示って書いてあったのに、文字ばっかり。眠くなってきちゃう……」

勇者「んー、ここは魔法の歴史についてのブースだから仕方ないかもね。

    向こうに行ってみようよ! 写真とか模型があるみたいだよ」

僧侶「あ、ちょっと待って、勇者。私この賢者っていう人のこと神父様から聞いたことあるかも。

    現代魔法の発展はほとんどこの人の業績によるんだとかって」

勇者「どれどれ……。

    へえ、七十年前に結界の魔法を発明した人なのかあ。この大学の総長まで務めたことがあるって書いてあるよ」

「賢者についてお調べなんですか?」

勇者「あ、司書さん。こんにちは。ちょっと息抜きに展示を見ていたんです」

司書「確か魔王についての資料をお探しでしたよね」

勇者「はい」

司書「賢者がかつて勇者に魔法を伝授したということはご存知ですか?」

勇者「そんなことがあったんですか!」


司書「賢者でしたら、魔王について何か知っているかもしれませんよ。

    賢者は今年で齢百二十。現役の魔法研究者なんです」

勇者「まだご存命なんですね」

司書「ここ数年は独り静謐の森で研究をしていると聞きます」

勇者「僧侶、話を聞きに行ってみようよ!」

僧侶「そうね!」

司書「ただ、賢者は極度の人間嫌いとしても有名なんです。

    ですから、申し上げ難いのですが、実際にお会いできるかどうかまでは保証できませんね」

勇者「いえいえ。とにかく一旦会いに行ってみたいと思います」

司書「そうですか。静謐の森はここからそう遠くはありませんから、それも良いかもしれませんね。

    大学の前の道を山に向かって道なりに進んでいくと途中に分かれ道がありますので、

    そこを左手へ行けばそのまま静謐の森へと通じています。

    そこまで行けば賢者の住む庵はすぐに見付かるかと思いますよ」

勇者「どうもありがとうございました!」


# 山へ向かう道

僧侶「ねえ、勇者。人間嫌いって言ってたけど、会ってもらえるかしら?」

魔猿「ウーキャ! ウーキャ!」

勇者「それは行ってみなくちゃわからないよ。というかなんで魔猿を連れてきたんだよ」

僧侶「ふふふ。だって二日も続けてお留守番なんてかわいそうよ」

魔猿「ウキャ! オーキョ!」

勇者「うーん、まあ仕方がないか」


…………

…………

勇者「僧侶! 下がって! 魔物だ!」

僧侶「うん!」

 オークはいきなりこん棒を振り下ろした。

 勇者はそれをすんでのところでかわす。

勇者「オークよ。賢いオークがなぜ人を襲う!」

オーク「人間は我々の敵だ。それで十分であろう」

勇者「僕たちはオークの敵ではない!

    さあ、これで襲わないには十分だろう?」

オーク「何をこしゃくな。

    人間は我々の森を荒らし、仲間を殺す。

    恨むなら、同じ人間を恨め!」

 オークは棍棒を振りかざし腕に力を込めた。

僧侶「危ない! 勇者!」

 僧侶はとっさに魔法を放ちオークの動きを封じた。

オーク「か、体が……動かぬ。

    く、小賢しい人間どもめ。さあ、殺すなら殺すが良い!

    たとえここで果てようとも、我らが恨みまで果てることはない」

勇者「それでも、僕たちがオークを襲うことはしない」

オーク「ならばお前は何をなすというのだ」

勇者「平和だ。この世界を平和にする為に、僕たちは正義を――」

オーク「正義だと? ふははは! いかにも人間の言いそうなことを。

    正義とは何なのだ。所詮は強者が欲望を満たす為の道具であろう」

勇者「違う! 正義はそんな貧弱なものではない!」

オーク「ならば何だというのか。

    お前のしていることは偽善に過ぎぬ」


魔猿「ウーウー……ウキ!」

 突然、僧侶の腕の中で魔猿が吠えた。

オーク「これは……魔猿の子供。それも人間に懐いている……」

勇者「その子が怪我をしているところを手当てしてあげたんだ。

    わかるだろう? 人間が必ずしも魔物の敵ではないと」

オーク「ふははは、面白い。ならばお前の思うままにやってみろ。

    しかし忘れるな。我々から憎しみが消えることはない。

    さあ、もう行け。この腕さえ動けば、すぐにでもお前を殺すだろう」

勇者「僧侶、行こう」

 勇者は僧侶の手を取り、先を急いだ。


…………

勇者「僧侶、さっきはありがとう。僧侶がいなければ僕はあの時死んでいたよ」

僧侶「ううん。そんなことないよ。勇者がいなければオークは人と話すことだってしなかったと思う」

勇者「でも僕はわからなくなってきたよ。僕みたいな弱い人間が勇者だなんて。

    それに正義が何なのかもわからなくなってきた。

    さっきのオークだって僧侶の魔法がなければ僕を殺すって言ってたし……」

僧侶「それがおかしいのよ。

    確かに私の魔法でオークは一時的に動けなくなったんだけど、その魔法は途中で解けていたの」

勇者「え?」

僧侶「ええ、だからきっとあのオークは勇者のことをわかってくれたんだと思う。

    いや、わかろうと努力してたんじゃないかな。だからあれ以上攻撃してこなかったのよ。

    それが、他の誰も持っていない、勇者の力よ」

勇者「ありがとう。本当にそうだったら良いな。

    それからお前もありがとう」

魔猿「ウーキャ! オーキョ!」


# 静謐の森

僧侶「静かなところね」

勇者「うん。司書さんの話だと、森に入れば賢者の住む庵はわかるってことだけど……」

僧侶「あ、魔猿ちゃん。待って! 危ないよ」

 魔猿は僧侶の手を離れて駆けていった。

魔猿「ウユー。ウーキャ!」

僧侶「もう、勝手に行ったら危ないじゃない!」

 そう言いながら魔猿のもとへ駆け寄った二人の前には小さな庵があった。

勇者「あ……ここかな」

僧侶「どうしてこの子にわかったのかしら」

「どちら様でございましょう」

勇者「え? だ、誰?」

「すぐ目の前でございますよ」

 扉のドアノブが二人に向かって話し掛けていた。

勇者「うわ、ドアがしゃべった!」

ドア「賢者様の御手に掛かれば、ドアであろうと屋根であろうと自分の意思を持ち話すことができるのでございます」

僧侶「それでこの扉からは強い魔力を感じるのね……」

ドア「ご用件をどうぞ。賢者様はとてもお忙しくしていらっしゃるのです」

勇者「僕たちは賢者さんに魔王のことについて聞きに来たんです」

ドア「ご予約はございますか?」

勇者「いえ。僕たち初めてここに来たんです」

ドア「どなたかの推薦状はお持ちでしょうか?」

勇者「推薦状なんて持ってないですよ」

ドア「では、お引き取り願います。賢者様はとてもお忙しくしていらっしゃるのです」

勇者「そんな……。一言だけでも言伝できないでしょうか?」

ドア「お引き取り願います」

僧侶「もう、なんなのよ! ちょっとくらい良いじゃない!」

ドア「お引き取り願います」

僧侶「ドアのくせに頑固なのね!」

ドア「軟弱なドアなど何の役にも立ちません。

    お引き取り願います」

僧侶「頑固な上に生意気なドアね!」

勇者「僧侶、一旦学園都市へ帰ろう。これ以上はどうしようもないよ」


# 学園都市の宿屋

勇者「どうしたものだろうか……」

僧侶「予約はできないんだから、推薦状を用意するしかないんじゃないかしら?」

勇者「そうは言ってもなあ。誰が僕らなんかを推薦してくれる?

    推薦状っていうのは権威のある人が書かなきゃ意味がないんだよ」

僧侶「権威……要は偉い人よね。王様がいるじゃない!」

勇者「うーむ、そうするしかないかな。でも今から頼むとなると結構時間が掛かるかもしれないね」

 勇者はふと机の上に置かれた紙きれに目が留まった。

勇者「そうだ! 賢者は昔、大学の総長だったんだよね。適任の人が身近にいるじゃないか!」


# 学園都市のカフェ

勇者「――というわけでして、お力を貸していただけないでしょうか」

数学者「そういうことでしたらお任せください。

    ただ、私よりも今の総長に推薦状を書いてもらった方が効果があるでしょう。

    彼とはちょっとした顔見知りなんです。私の方から彼にお願いしておきますよ」

勇者「ああ、ありがとうございます! もう数学者さんか、僕たちの国の王に頼むしかないと思ってたんです」

数学者「賢者は王族や貴族を毛嫌いしているという話もありますから、頼っていただけて良かったですよ。

    私からも一つ、お二人に頼みごとをしても良いでしょうか?」

勇者「ええ、僕たちにできることであれば喜んで!」

数学者「私を旅の仲間に入れた頂きたいんです」

勇者「え? そんなことは……。数学者さんを危険に巻き込むことは――」

僧侶「良いじゃない、勇者! いざとなれば私の魔法だってあるんだから!」

数学者「私も、旅の危険は承知しているつもりです。

    ですがお二人を見ていると、年甲斐もなく胸の内から沸き立ってくるものを感じます。

    私も平和の為に『正義』なるものについて一緒に考えてみたいんです」

勇者「そこまでお考えだったんですね。

    わかりました、数学者さん。よろしくお願いします!」

僧侶「ふふ。私もよろしくお願いします! 数学はてんで駄目だけど」

数学者「ははは。どうもありがとうございます。

    推薦状は明日の昼までには用意できるしょうから、それから出発ということにしませんか」

勇者「はい!」


# 翌日、学園都市入口

数学者「予定通り、現学長の推薦状を取り付けることができました。

    さしもの賢者もこればかりは無下にできないでしょう!」

勇者「ありがとうございます。賢者には聞きたいことがたくさんあるんです!」

僧侶「みなさん、準備はよろしいですか? ではでは……」

 僧侶はもったい付けるように、しかしとてもほがらかに言い放った。

僧侶「勇者一行の出発!」


 僧侶の声を受け、勇者は喜び勇んで歩き出した。

 そして仲間を振り返って言う。

勇者「どうした? みんな。早く行こう!」

数学者「魔物が勇者を避けていく……勇者の力がこれ程に強いとは!」

魔猿「ウキキ!」

僧侶「ふふふ」

 かくして後に伝説となる三人と一匹の旅が、ここに始まった!

今夜の投稿はここまでです。ここまで読んでくださってどうもありがとうございます。

学者だから回復したりDoT撒いたりするんだろうな(適当

幾何学だから大砲の発射角度の計算してくれたりすんでないの?

専用装備でデカイ三角定規とかありそう

きっと二次元にいけるんだよ

>>102
それ妖精呼ぶやつ
でも初出だと本でぶん殴る近接職

遅くなってすみません。今日の20時から投稿を再開します。


# 山へ向かう道

数学者「しかし、魔物が全く現れませんね」

僧侶「勇者の手に掛かった魔物はもう人を襲ったりしなくなるみたいですよ」

勇者「はは。お蔭で戦闘はからっきしの駄目勇者なんですけどね」

数学者「それはどうでしょうか。

    古い言葉に『戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり』とあります。

    百戦百勝が必ずしも優れているというわけではありません。

    真に優れているのは戦わずして勝つ者の方でしょう。

    つまり、優れた勇者が戦闘に長けている必要はないと思うんです」

勇者「確かに数学者さんの言うことも尤もですね」

勇者(戦闘に長けている必要がないとはいえ、体力が皆無というのはさすがに……)

僧侶「ほら、勇者。難しいこと考えてないで行こうよ!」

勇者「うん、そうだね」

魔猿「ユーキャ! ユーキャ!」


# 静謐の森

勇者「ええっと、賢者の庵は確かこっちの方だったよね」

魔猿「キキキ!」

…………

数学者「ほう、これが賢者の庵ですか。話には聞いていましたが実際に見てみるとこれはまた……」

僧侶「あ、いたわね。小生意気なドア!」

ドア「ご用件をどうぞ。賢者様はとてもお忙しくしていらっしゃるのです」

勇者「賢者さんに会いに来ました。学園都市の学長の推薦状もあります」

ドア「承知致しました。こちら拝借致します」

 勇者の手にあった推薦状がはたと消えた。

僧侶「これは、転送魔法ね……」

ドア「御意にござります。賢者様のもとへお送りしました。今しばらくお待ちくださいませ」

僧侶「ふーん……それにしても、よくこんな人気のないところにずっといられるわね。

    私だったら暇すぎて死んじゃいそう」

ドア「私は来客に応対するよう創られているだけですので、不満などございません。

    尤も、魔法を使いこなせない聖職者には理解できないことかもしれませんが」

僧侶「ちょっと、何なのよ! 小生意気を通り越して思いっきり悪口言ってるじゃない!」

ドア「おや、賢者様から許可が下りたようです。突き当りの研究室にいらっしゃるのでこのままお進みください」

僧侶「うう……」

勇者「僧侶、行こうよ。

    僧侶が今までどれだけ努力してきたのかも、僧侶の魔法が立派だっていうことも僕は知ってるから」

僧侶「うん……ありがとう」

魔猿「オーキョ! オーキョ!」


# 研究室

勇者「失礼します」

賢者「お入りな。お前が勇者だね。

    あの人の若い頃と瓜二つじゃのう。こちらのお嬢さんもどこかで会ったかのう」

僧侶「え……? 私たちここへ来たのは初めてですよ」

賢者「いかんいかん、すっかり耄碌してしまったようじゃな」

勇者「あの……あの人というのはどなたのことでしょうか?」

賢者「お前の祖父じゃよ。あの人に結界の魔法を教えたのはわしじゃてな」

勇者「賢者さんが魔法を伝授したというのは祖父だったんですね!」

賢者「当時わしらは力を増大させていた魔王を倒すに能わず、

    お前の祖父がその持てる全ての魔力を以ってどうにか封印したのじゃ」

勇者「でも十年前に封印は解かれていますよね」

賢者「封印と言っても所詮は仮初めの手段に過ぎないのじゃ。

    五十年以上持っただけでもあるいは喜ばなければならないのかもしれぬ。

    畢竟、魔王を打つしか我々が生きる術はないのじゃよ」

勇者「魔王についてもっとを教えてもらえませんか」

賢者「ふむ。敵を知るにはまず己について知らねばならぬ」

僧侶(己について……)

数学者「勇者君、確かにその通りですよ。

    君の特殊な能力しかり、我々にはわからないことが多すぎると思うんです」

賢者「女神の加護じゃな。どれ」

 賢者は勇者の額にその皺ばんだ手を当てた。

賢者「むむ、なかなか複雑な力じゃな……」

僧侶「そ、それでわかるんですか?」

賢者「女神の加護も一種の魔力からなるのじゃよ。

    多少経験のある者ならばこうして探ることができるのじゃ」

勇者「それで、僕にはどんな加護が……?」


賢者「ふむ……実際に目にするのは初めてじゃが、これはエレンコスじゃな」

勇者「エレンコス?」

賢者「さよう。加護を受けてから不可解なことがあったはずじゃ」

勇者「ええ。どんな魔物や人間でも僕の話だけは聞いてくれるみたいなんです。

    それで今までは極力戦闘を避けてこられました」

賢者「知性ある者はいついかなる時であろうとお前の話を聞くというのがエレンコスじゃ。

    そして、説き伏せられた者はそれを正しいと信じることになる」

勇者「ただ説得するっていう力だと思ってました」

賢者「しかし賢い者を相手にする場合ほど苦戦することになるじゃろうて」

勇者「ところで……女神の加護には副作用のようなものもあるんでしょうか?」

賢者「ふむ……お前も気付いているようじゃな。

    だが、なぜお前の体力がこんなことになっているのか、わしにもわからんのじゃよ。他に例を見ないことじゃて」

勇者「なぜ女神様はこのようなことを……」

賢者「勇者よ、自惚れるでない。加護を受けた以上は、それがお前に必要だということじゃ」

勇者「本当にこれで世界を平和にできるんでしょうか……」

賢者「お前の祖父はそんな泣き言など並べなかったぞい。

    自分に魔王を打つほどの力がないと悟った後であっても、封印の為にここで厳しい修練を積んだ人じゃて」

勇者「はい、すみません……。

    でも、僕は必ずやってみせます! そう約束した人たちがいるんです」

賢者「ふむ。一度した約束は守らなくてはならぬ」

来てたー!


賢者「魔王は実体を持たぬ存在じゃ。その真の姿を捕らえるには太陽の雫が必要だと言われておる」

僧侶「なんなんですか、それは?」

賢者「まばゆい光を放つ水じゃよ。

    この森を抜けて山の方へ向かうと麓に太古の遺跡がある。

    遺跡のどこかに、太陽の雫がしたたり落ちる鍾乳石があるはずじゃ。

    この聖杯に一杯もあればなんとかなるじゃろう。

    聖杯はお前にやるから、雫を手にしたら再びここへ来ると良かろう」

勇者「わかりました! どうもありがとうございます。

    早速出発しよう!」

数学者「一旦学園都市へ戻りませんか? 馬車を用意しようと思います」

僧侶「ふふ。私も馬車の方が良いなあ」

勇者「そうですね。そうしましょう!」

魔猿「ユーキャ! ユーキャ!」

賢者「それから、一つ忠告じゃ」

勇者「はい、何でしょう」

賢者「その魔猿の子供じゃが、もしそやつが人間の言葉を覚え始めたらすぐに殺すのじゃぞ」

勇者「……え?」

僧侶「どういうことですか! こんなに人にも懐いてるって言うのに……」

魔猿「ユーキャ?」

賢者「なまじ人間に懐いてしまった魔物が知性を持つと、魔物にも人間にもなり切れず精神が不安定になりやすいのじゃ。

    故に自然に還ることも叶わず、魔力による精神干渉も受けやすくなる。

    このまま言語を解するようになれば間違いなくいつかお前たちに牙をむくことになるじゃろう。

    その時はお前たちの手でそやつを殺してやることこそが最善じゃろうて」

僧侶「そんな……」

 僧侶はすでに涙ぐんでいる。

勇者「はい。その時までにしっかり考えておきます……。

    では、失礼しました」

今夜はここまでです。どうもありがとうございました!

期待


# 山へ向かう道

僧侶「勇者……魔猿ちゃんは大丈夫よね?」

勇者「僕にはどうしたら良いかわからないよ……」

数学者「勇者君。もう自然にも還れないとなるとこの子は私たちが責任を持って育てなくてはならないと思います。

    この先、最悪の事態にならないよう善処しましょう」

僧侶「大丈夫。大丈夫よ」

 僧侶は魔猿を抱きかかえ頭を撫でている。

魔猿「オーキョ?」


# 学園都市

数学者「ここから遺跡までは結構あるようですね。私の方で馬車の手配はしておきます。

    明日の朝出発ということでいかがでしょう?」

勇者「ありがとうございます。僧侶は明日の朝で大丈夫?」

僧侶「朝が苦手な勇者が大丈夫なら、私に聞くまでもないと思いますけど?」

勇者「はは、こればっかりは否定できないや。

    それでは数学者さん、また明日」


# 宿屋

勇者「僧侶、まだ魔猿のことを考えてるのかい?」

僧侶「うん……賢者が言ってたことがどうしても気になっちゃって」

勇者「元気出して。まだ魔猿がどうかなっちゃうって決まったわけじゃないしさ」

僧侶「そうよね……。

    ねえ、答えたくなかったら別に無視してくれても良いんだけど……」

勇者「何?」

僧侶「もし明日で世界が終るとしたら、勇者はどうやって過ごす?」

勇者「はは、心理テストか何かかな?

    そうだなあ。

    なんだかんだ言っても僕はやっぱりこの世界が好きだから、いつもと同じように過ごすんじゃないかな。

    いつも通り起きて働いて寝て、それでお終い。

    それがどうかしたの?」

僧侶「ううん、良いのよ。私、今日はちょっと疲れちゃったみたいだから先に寝るね」

勇者「うん。おやすみ」

僧侶「おやすみ」


# 翌朝

数学者「遺跡までは馬車で四日ほど掛かりそうですね。大体の用意はこちらでできていますよ」

勇者「すっかり任せっきりですみません。では行きましょう!」

僧侶「ふふふ。馬車って初めて!」

魔猿「ウキ!」

数学者「私が馭者をしますから、君たちは後ろで休んでいて構いませんよ」

勇者「いえ、そうはいきません。僕にも馬の扱い方を教えてもらえませんか?」

数学者「わかりました。と言っても覚えることはそれほど多くありませんがね。

    では、出発です!」

…………

…………

 勇者が道々馬車の止め方や曲がり方を教わっている一方で、僧侶は魔猿を抱いて寝息を立てていた。

勇者「手綱を握るのにも結構力が要るんですね」

数学者「ええ、慣れてしまえばどうと言うことはありません。

    もう少し肩の力を抜いてみると良いですよ」


 丘を登ったところで視界が一気に開けた。

数学者「海が見えてきましたね」

勇者「海を見ていると何だか神秘的な気持ちになるんですよね」

数学者「それは、生命は海から生まれたと言われていますから、何か惹きつけられるものがあるのかもしれませんね。

    学問もまた海から生まれたとも言われているんですよ」

勇者「数学者さんはどうして数学を研究しているんですか?」

数学者「ただ好きだから、ですかね。

    数学というと無機質なものだと思う人も多くいるみたいですが、その実結構人間臭いところもあるんです。

    好きという気持ちがなければ、

    私のような凡夫がこのように生涯を一つ事に捧げるようなことなどできなかったでしょう。

    その点、生まれながらにして生を宿命付けられている君は、本当に強い人です」

勇者「いえ、僕は強いどころか女神の加護によって体力を失ってしまった弱い人間です。

    そんな僕が『勇者』を自称するなんて恥ずかしいですよね」

数学者「『勇者』とは勇気ある者のことを言うのではありませんか?」

勇者「はい、確かにそうなのでしょうけど……」

数学者「勇気とはどのようなものなのでしょうね」

勇者「そうですね……。

    危険を前にしても果敢に立ち向かい逃げようとしないこと、なんてどうですか?」

数学者「では、蟻がたった一匹で象に戦いを挑んだとして、この蟻は勇気があると言えますかね。

    私にはただ向こう見ずなだけに思えます。勇気と蛮勇とは別物なのではありませんか」

勇者「数学者さんは勇気についてどう考えてるんですか?」

数学者「そうですね。こういうのはどうでしょう。

    『勇気ある人とは、どのような快楽や苦痛、欲望や恐怖のうちにあっても

    本当に恐れるべきものとそうでないものとを見分けられる人のことである』」

勇者「恐れるべきもの……?」

数学者「私たちはこの先様々な窮地に立たされるかもしれません。

    時には苦渋に満ちた決断を迫られるかもしれず、

    また時には刹那の快楽に溺れそうになることもあるかもしれません。

    しかしその時々で常に本分を見失うことなく正義を貫くことのできる人物こそ、

    勇気ある者――『勇者』なのではありませんか。

    私の知る限り、君は正真正銘の『勇者』です。

    そして勇気ある者はまた強い人なのです」

勇者「……僕は何だか自分がわからなくなってしまいそうです」

数学者「ははは。さあ、堅い話はこのくらいにして、僧侶さんを起こして食事にしませんか?」


# 食後

僧侶「おなかいっぱいになったらまた眠くなってきちゃった。

    あれ? 数学者さんもお休みですか?」

数学者「はい。勇者君に、もう一人で大丈夫だからしばらく休むようにと言われましてね」

僧侶「そうだったんですね。では私はこれからもうひと眠り……」

…………

…………

 数学者は本を読んでいた。

僧侶「うーん、よく寝た!」

 僧侶は大きく伸びをした。

数学者「おはようございます。あまり寝すぎると夜中に寝られなくなりますよ」

僧侶「その点は問題ありません! 私の特技はいつでもどこでも眠れることですから!」

数学者「ははは、それは羨ましい。私は寝たくてもなかなか寝付けないことが多いもので」

僧侶「ふふふ。

    数学者さんは何の本を読んでたんですか?」

数学者「ああ、これですか。これはある民俗学者が世界各地から集めた民話や説話を編纂したものですよ。

    森で迷子になったところをエルフに助けられた子供の話や湖に現れたドラゴンの話などがあって、

    大へん面白く感じますね」

僧侶「私もそういう言い伝えとかって興味あるんですよ!

    ちょっと見せてもらっても良いですか?」

数学者「ええ、どうぞ」

僧侶「ありがとうございます!

    うーんと……不老の男?」

数学者「それはちょうど今私が読んでいたところですね」

僧侶「じゃあ一緒に読んでみましょ!」


 ――不老の男――

 丘の上にあるこの村は、家の数にして十軒ばかりの小さな村である。

 ここ数十年、村の者の間で度々不思議な男を目にしたの噂が立つ。

 この男、いつ見掛けようとその姿常に十七、八の青年に見えるという。

 そこで村の者は男を神の使いと思いなして訪問の度に歓待することとなった。

 ある夏、年の頃なら男と同じと見える若い娘を連れてやってきた。

 この二人、何かを探しに来たようであったが、結局見付からなかったと見えてそうそうに村を去っていったそうだ。

 そしてそれ以来男ははたと姿を見せなくなったという。


数学者「説話ですから、なかなか物語のような話の落ちはありませんがいかがでしたかな」

僧侶「数学者さん、この本っていつ出版されたんですか?」

数学者「初版は十年ほど前のようですね」

僧侶「そうですか……」

数学者「どうかされましたか?」

僧侶「いえ、とっても面白いなって思って!」

僧侶(まさか、こんなことって……)

今夜はここまでです。ありがとうございました!

俺「ウーキャ!オーキャ!」

おつ


# 数日後

僧侶「馬車の扱いもだいぶ板に付いてきたみたいね!」

勇者「はは。体力こそないけど小さい頃から剣術の稽古を受けてたからね。腕力だけはあるんだ」

数学者「しかし、それにしても大したものですよ。

    どうです。この旅が終わった折には私と牧場の経営でもしてみませんか?」

僧侶「勇者だけなんてずるいですよお! 私も私も!」

魔猿「ウーウ! ウキ!」

勇者「え? え? 経営だなんて、そんな、僕にはとても……」

数学者「ははははは。冗談ですよ。勇者君にもやりたいことがあるでしょうからね」

勇者「はは。数学者さんってば、すごく真面目な顔して言うものですから……」

勇者(やりたいことか……)

僧侶「あら! 何か見えてきたわよ!」

 僧侶の視線の先には、朽ちかけた石柱や草に埋もれた石畳の残る道があった。

すみません。トリップを付け忘れました。


# 太古の遺跡

数学者「これは大理石ですね。

    これがこの辺りから切り出されたのだとすれば、確かに鍾乳洞が近くにありそうですよ」

 数学者は石柱を軽く叩きながら言った。

僧侶「うーん、でも洞窟なんてどこにもなさそうだけど」

勇者「少し遺跡を調べてみよう!」

魔猿「ユーキャ!」

…………

…………

僧侶「ねえ、この石の道ってよくみると丸とか四角の模様になってない?」

数学者「そうですね。このモザイク模様……この遺跡はどれくらい昔に作られたんでしょうかね」

勇者「ここは街の中心だったんでしょうか」

数学者「もしそうだとすると、この意匠の凝らされた石畳はいささか不自然かと……」

勇者「あれ? あそこの柱だけ他のよりも太くありませんか?」

数学者「行ってみましょう!」


…………

 やや高くなったところにそれはあった。

僧侶「この柱にはうねうねした絵みたいのが描いてあるわね」

数学者「これは……線文字ですね」

勇者「何ですか、それは?」

数学者「四千年ほど前に使われていた文字ですよ」

僧侶「数学者さん、まさか読めたりするんですか!」

数学者「いえ、少し見たことがあるというだけですので、私にはとても……」

僧侶「そうですかあ。残念」

数学者「しかし妙ですね。ここだけ柱の大きさが違うのはもちろんですが、まるで周囲を見下ろすかのような立地。

    ここは、ひょっとしたら神殿などの宗教施設だったのかもしれません」

勇者「床にも何かたくさん書き込まれてますよ!」

僧侶「わ、ホントだあ。でも柱と違って丸と棒とばっかり」

数学者「むむ……」

 数学者は床に刻まれたものを注視している。

僧侶「どうしたんですか? 実はホントは読めるとかっていう……」

 数学者は懐からペンと紙を取り出すと何やら計算を始めた。

僧侶(ねえ、勇者。数学者さん何してるのかしら?)

勇者(僕にも全然わからないけど、こういう時は黙って見てた方が良いのかも)

僧侶(どうやらそのようね)

…………

数学者「わかりました!」


勇者「本当ですか!」

数学者「はい! この辺りに書かれているものはほとんどが円と線分からなっていますが、

    よく見てみるとその全てが一から九個ずつ書かれていることが分かると思います。

    そのことから私は、これが数字を表しているのではないのかと考えたんです」

僧侶「ちょ、ちょっと待って! 全然わかりません!」

数学者「では、ここを見てください」

 そう言って数学者は床のある個所を示した。

数学者「例えば、ここには、とげの付いた円が四つ、ただの円が三つ、横向きの線分が六つ、

    縦向きの線分が九つ書かれていますよね。

    そこで、これらを4369という数字を表していると考えてみるんです」

僧侶「そうは言っても、それが本当に数字を意味してるのかはわからないわよね?」

数学者「普通であればそうなんですが、この辺りに書かれているものを数字として読んでみると、

    1387、74665、2113665、9995671、88466521などになるんですよ」

勇者「何の規則性もなさそうですが……」

数学者「ところが、なんとこれらは全て、2を底とする擬素数なんです!」

僧侶「ニオテイトスルギソスウ?」

数学者「ええ、どうやらこの文明は高度な数学の技術を有していたようです。

    かつて、『万物は数である』という教義のもとに

    特定の数に神性を見出すという教団があったと聞いたことがあります。

    この地では擬素数を聖なる数字としていたのではないでしょうか」

僧侶「つまり、どういうことですか?」

数学者「私の仮定が正しければ、ここは2を底とする擬素数を祭る祭壇であったはずです。

    そうするとその中で最小の341という数には絶大な力が秘められているとされていたと思われます」

僧侶「つまり……?」

数学者「この中から、341を表す文字、

    円が三つ、横向きの線分が四つ、縦向きの線分が一つ書かれたものを探してみましょう!」

僧侶(ねえ、勇者。数学者さんいつもより生き生きしてない?)

勇者(僧侶がご飯の度に元気になるのと一緒だよ)

僧侶(……ん? 何か言った?)

勇者「そうですね! 探しましょう!」

僧侶(……後で覚えてなさいよ)

今夜はここまでです。ありがとうございました。


>>129に出てきた擬素数に関して補足です。
なお、擬素数がストーリーに直接かかわることはなく、今後深く掘り下げることもないので、
このレスのここより下の部分は読み飛ばしていただいても全く問題ありません。

2以上の整数aに対して、 a^b を b で割った余りが a となるような2以上の整数bについて考えます。
bが素数のとき、常に上の条件は満たされます。
一方、bが素数でない場合でも上の条件を満たすことがたまにあります。
そのような素数にまぎれている数のうち奇数であるものを「擬素数(pseudoprime)」と呼び、
特に上のような場合、「aを底とする擬素数(pseudoprime to base a)」と呼びます。

四はとげ丸かな?

>>131
わかりにくかったらすみません。
とげ丸の数は千の位、ただの丸は百の位、横線は十の位、縦線は一の位を表しています。

例えば下の画像は1357を表しているという具合に。
http://imgur.com/RTLpqQP




 件の数字は程なくして見付かった。というのも、この高台のちょうど中央にそれがあったからだ。

勇者「これが、神聖な数なんですね……」

僧侶「うーん、でもこれと言って変わった様子はなさそうね」

魔猿「フシューフシュー」

僧侶「どうしたの、魔猿ちゃん!」

 魔猿は突然息を荒げて、石畳をガリガリと手で擦り始めた。

僧侶「ちょっと! 駄目よ。落ち着かなくちゃ!」

勇者「あれ? でもなんか衝撃でこの石だけちょっとぐらついてるみたいだよ」

数学者「これは動かせそうですね」

僧侶「風が吹いてきてる……この下に何かあるのかしら!」

魔猿「フーフー」

勇者「よし、任せて!」

 勇者が力を込めると、石はもっさりと抜けた。

 雨の後のような土のにおいがほんのりと辺りに漂う。

勇者「暗くてよくわからないけど、下に続いているみたいだ」

僧侶「他の石も動かせない? これだけじゃいくらスリムな私でもさすがに通れないわね」

魔猿「フキ!」

 魔猿はそう吠えるや、穴に向かって飛び込んでいった。

僧侶「魔猿ちゃん! 危ないわ! 戻ってきて!」


勇者「僧侶、気持ちはわかるけど、ここは落ち着いて。

    ちょっと下がってくれないかな。この石も動かせそうなんだよ」

 勇者は穴の隣の三つの石を引き抜いた。

勇者「僕たちも急ごう!」

…………

勇者「真っ暗だ……みんな、階段になってるから気を付けて!」

 僧侶と数学者も後に続く。

僧侶「夏だっていうのにここは寒いくらいね。ちょっと待ってて……」

 僧侶が手に込めた魔力を放つと、拳大の光を放つ球体が勇者たちの頭上に現れた。

数学者「これはすごい……」

僧侶「えへへ、このくらいの簡単な魔法ならお手の物よ!

    さあ、先を急ぎましょう! 魔猿ちゃんが心配だわ」

勇者「うん!」

 人の手が加わっていたのは階段だけであり、

 三人は至るところにある石筍に足を取られないようにしながら、注意深く歩を進めた。

数学者「これは天然の洞窟ですね」

勇者「ということは、この洞窟の上に文明が栄えて神殿を造ったということでしょうか」

数学者「ええ、それは間違いないでしょう。

    何せ、この鍾乳洞ができたのは何百、あるいは何千万年も以前のことでしょうから」

僧侶「すごい。数学者さんってなんでも知ってるのね!」

数学者「はは、ただ単純に何かを知るということが好きなだけなんです」

僧侶「魔猿ちゃんはどこへ行ったのかしら……」

勇者「ここまで一本道だったんだから、きっとこの奥にいるはずだよ」

僧侶「ええ……」


勇者「しかし、こんなに水溜まりが多いなら、このあいだ買った長靴を持ってくるんだったなあ」

数学者「おや、ずっと先の方から明かりが漏れてきているみたいです」

僧侶「ホントだわ! 急ぎましょ!」

 三人が駆け付けた先は、行き止まりになっていた。

 そこでは、巨大な鍾乳石が淡く光っており、傍らで魔猿が低く唸り声を上げていた。

魔猿「フー……」

僧侶「魔猿ちゃん! 急に行っちゃうんだもの。心配したじゃない!」

 僧侶は魔猿を抱きかかえた。そうしているうちに、魔猿の全身の緊張が徐々に解けていった。

勇者「魔猿が無事で本当に良かったよ」

数学者「それにしてもどうして急に走り出したりしたんでしょうかねえ」

僧侶「ひょっとしたら……この前賢者の庵に行った時も思ったんだけど、

    魔猿ちゃんは魔力に引かれちゃうんじゃないかしら……。

    この光ってる石からは――いや、石を覆ってる水からは強い魔力を感じるの」

勇者「魔力に引かれる、か。

    ……なんだか嫌な予感がするなあ。これからは特に気を付けて行こう」

僧侶「そうね……」

勇者「そして、これが太陽の雫ってわけだね」

 勇者は、巨大な氷柱のように垂れ下がっている鍾乳石の下に、賢者から貰った聖杯を置いた。

数学者「賢者の話ではまばゆい光を放つ水ということでしたが、これはそこまで明るくはないみたいですね」

 三人の心配をよそに、聖杯に溜まる量に比例して、水はその輝きを増していった。

僧侶「これはすごいわね……」

勇者「うん。きっと昔の人はこの光に聖なるものを感じて、そして神殿を造ったんだね」

 太陽の雫が放つ光に見惚れている間に、聖杯はすっかり雫で満たされた。

勇者「よし、これだけあれば十分かな! 賢者の元へ帰ろう!」

 その時、突然大地が大きな唸り声を上げた。

僧侶「きゃ!」

勇者「な、なんだ!」

 次の刹那、足元が大きく揺れだし、周囲からは岩の落ちる音が何度かした。

数学者「地震です! みなさん落ち着いて! 壁際は避けて中央に集まるのです!

    鍾乳洞はそう簡単には崩れたりしませんから!」


勇者「はい」

 三人は息を呑んで揺れが収まるのを身を寄せ合って待った。

 魔猿は僧侶の腕の中で落ち着かな気にしている。

 勇者はきっと頭上を見つめていた。揺れが収まるまでの時間がとてつもなく長く感じられた。

魔猿「ウキキ!」

勇者「もう……大丈夫、かな?」

僧侶「ちょっと……勇者。いつまでそうしてるの?」

勇者「え?

    …………うわわわ、ご、ごめん。そういうつもりじゃ」

 勇者は僧侶を後ろから抱きかかえる形になっていた。

僧侶「うふふ、冗談よ。ありがとう。守ってくれて」

勇者「は、ははは。そ、そんな大したことじゃないよ」

数学者「みなさん、大丈夫でしたか?

    余震の恐れもあります。ここは急いで戻った方が良いでしょう。

    一列になって私に付いてきてください」

僧侶「聖杯は勇者が持ってね」

勇者「うん。

    ……あれ? あんなに揺れたのに全然こぼれてないや」

僧侶「その聖杯にも弱い魔法が掛けられてるみたいよ。ちょっと傾けてみて」

 勇者が僧侶に言われたままにしてみると、

 聖杯にはまるで透明の蓋でもされているかのように、雫がこぼれてくることはなかった。

勇者「へえ、すごいや!」

僧侶「そんなことは良いから、ほら、ちゃんと前見て歩く!」

勇者「う、うん!」




数学者「なんとか出られましたね。ただ、まだ安心はできません。柱などにはあまり近付かない方が良いでしょう」

 遺跡の石柱が数本、新たに倒れていた。

勇者「はい、わかりました」

僧侶「あんな大きな地震って私初めてよ」

勇者「ああ、僕もだよ。震源は一体どこなんだろう?」

数学者「私にもわかりません。ただ、縦波と横波の間隔からすると、震源地はここから五百キロ以上はあるでしょう」

勇者「そんなに遠くってことは……震源に近い他の町が心配ですね」

数学者「ええ。目下のところは賢者の庵へ急ぎましょう!」


# 静謐の森

僧侶「うーん! ずっと馬車の中で座ってたからおしりが痛くなっちゃった!」

勇者「そんなこと言って、ずっと横になっていびきかいてたじゃないか」

僧侶「え? 嘘! 私そんなにうるさかった?」

数学者「ははは、いびきは聞こえませんでしたが、気持ち良さそうな寝息ならずっと聞こえていましたよね」

僧侶「ああ、もうびっくりしたじゃない!

    勇者め……許さない」

勇者「でも僕たちが馬を御している間ずっと寝ていたのは事実じゃないか」

僧侶「むむ、なんかすっきりとしないけど……まあ、良いわ」

勇者「ははは」

魔猿「フルルルル……」

僧侶「なんか遺跡に行って以来魔猿ちゃんの様子がたまにちょっと変よね……大丈夫かしら」

勇者「きっと庵が近いからだよ。あそこからは強い魔力を感じるって僧侶が言ってただろ?」

僧侶「うん、何事もなければ良いんだけど……」

数学者「庵が見えてきましたね!」

…………

僧侶「私、このドア苦手だから勇者が相手してよね」

勇者「え? うん、わかったよ」

ドア「ご用件をどうぞ。賢者様はとてもお忙しくしていらっしゃるのです」

勇者「賢者さんに来るように言われてるんだ。ここを通してくれないかな」

ドア「承知いたしました。今しばらくお待ちくださいませ」

僧侶「人なんて滅多に来ないんだろうから、自分で出てくれば良いのにね」

ドア「賢者様から許可が下りたようです。突き当りの研究室にいらっしゃるのでこのままお進みください」

勇者「うん、どうもありがとう」

魔猿「フシューフルルル……」


# 研究室

勇者「失礼します」

賢者「勇者だね。不味いことになってしまったようじゃな」

勇者「え? 一体何ですか?」

賢者「三日前に大きな地震があったじゃろ。最果ての島で大きな噴火があったようじゃ」

僧侶「最果ての島ってどこかで聞いたような……」

勇者「僧侶! 大学の図書館で読んだ冒険の書だよ!」

僧侶「あ……。ということは、まさか……」

賢者「少しは知っておるようじゃの。最果ての島は魔王の住まう島。

    あの地震以来魔王の力は日増しに強大になっいく一方じゃ。

    勇者とその仲間たちよ。急いで最果ての島へ向かうのじゃ」

勇者「最果ての島へは、どうやって行けば良いのでしょうか?」

賢者「わしの転送魔法は人を送れぬ故、船で行くことになる。

    学園都市の先の港から行けば、遅くとも二十日もあれば着くじゃろう。

    後で最果ての島へと導くよう魔法を掛けた羅針盤をお前にやろうぞ。

    しかし、勇者よ。魔王は今までの魔物とは全く次元を異にする存在じゃぞ。

    してみれば勇者とて――」

僧侶「勇者には女神の加護があるんだから、大丈夫ですよ!」

 僧侶は賢者の手を取って言った。賢者は、ほんの一瞬だけ、驚愕の面持ちを浮かべた。

賢者「ふむ……。しかし油断はならぬぞ。お前の祖父のようにな」

勇者「え? 僕の祖父がどうしたって言うんですか!」


賢者「わしも詳らかには聞いておらぬが、

    お前の祖父が言うには、勇者同士で女神の加護の力を使うと、上手くいかぬことが稀にあるらしい。

    お前の祖父は一度成人した息子を――つまりお前の父親じゃな――自分の時代へ連れて行ったのじゃが、

    いざという時になって元の時代へ戻すことが能わなかったと聞く」

勇者「え? そんなこと、初めて聞きました……。

    でも父も祖父もいない以上勇者同士でのことを心配する必要はなさそうですね」

賢者「そうではない。いつ何時不測の事態に見舞われるとも限らぬ故、慢心してはならぬということじゃ」

勇者「はい、わかりました……」

賢者「魔王の元へ赴くには、結界の魔法が不可欠じゃろう。あそこは魔力の甚だ強い場所じゃて。

    そちらのお嬢さん」

僧侶「は、はい!」

賢者「この中で魔法を得意とするのはお前さんじゃな。

    結界の魔法を教えてやろうぞ。付いてまいれ」

僧侶「はい!」

 二人は研究室から出ていった。

勇者「祖父にも父にもなせなかったことが僕にできるのか、段々不安になってきました……」

数学者「大丈夫ですよ! もっと自分に自信を持ってください。勇者君は強い人なんですから」


# 庵の外

賢者「そなた、勇者たちに隠しておることがあるな? わしには大体わかっておる」

僧侶「え? いえ、そんなことは……」

賢者「先刻手を触れた際に見えたぞよ。そなたの中の苦しみや葛藤――」

僧侶「は、はい。わかりました。賢者さんにまでは隠せないですよね……。

    お話します……」

…………

…………

僧侶「――ということです。これ以上のことは私には……」

賢者「ふむ。そなたも辛かろうが、これも世界の為じゃて。せめて今くらいは無理をするでない」

 長い間、実に長い間張りつめていた僧侶の緊張の糸が、ここに切れた。

僧侶「ううう。おばあちゃん、私、怖いよお。悲しいよお。苦しいよお」

 僧侶は賢者の胸にすがるようにして顔を埋めた。その瞳からはとめどなく熱い雫がこぼれる。

僧侶「どうして? どうして、私がこんな……」

賢者「ほれほれ、良い子じゃのう。

    しかしまだそなたの言った通りになるとは決まっておらぬ」

僧侶「うう。でも、でも、神託が……」

賢者「大丈夫じゃよ。女神様はちゃんと見ていてくださる」

僧侶「ううう……」


# 研究室

勇者「僧侶、遅いですね……僕、ちょっと見てきます」

数学者「ええ、それが良いかもしれませんね」

…………

ドア「お引き取り願います。賢者様はとてもお忙しくしていらっしゃるのです」

勇者「うわ! 内側にも口があったのか」

ドア「お引き取り願います。賢者様はとてもお忙しくしていらっしゃるのです」

勇者「賢者さんじゃなくて僧侶に用があるんだよ」

ドア「お引き取り願います。僧侶様もとてもお忙しくしていらっしゃるのです」

勇者「あのなあ、僧侶は僕たちの仲間なんだから、君には関係ないだろ?

    それに何だよ、『僧侶様』って。このあいだまであんなに悪態吐いてたのに」

ドア「僧侶様はとてもお優しい方でいらっしゃいます。

    賢者様を通じてこの拙いドアにも伝わってくるのでございます」

勇者「はあ……。よくわかんないけど、もう少し待つことにするよ」

ドア「ご理解とご協力に感謝申し上げます」

勇者(やれやれ)


# 庵の外

僧侶「ありがとう、おばあちゃん!」

賢者「ほっほっほ。わしはそなたの祖母ではないぞよ」

僧侶「良いのよ。おばあちゃんに話したらすっきりしちゃった!」

賢者「そなたはほんに強い子じゃのう。

    して、このことは勇者には黙っておくのかえ?」

僧侶「うん! だって、まだわからないし……私も最後の最後まで頑張ってみる」

賢者「わしはいつでもそなたの味方じゃ。忘れるでない」

僧侶「ありがとう!

    あ、そうだ! 新しい魔法を教えてくれるんだったわよね?」

賢者「ほっほっほ。立派な子じゃて。あの人を思い出すのう。

    では、そなたに結界の魔法を教えてしんぜようぞ。

    時間があまりない故、基礎的なことだけじゃがの。

    まず、アペイロンという術を覚えるのじゃ」

僧侶「アペイロン?」

賢者「現代魔法の基礎になる術じゃ。結界を張るには無限なるものを司る必要がある。

    見ておれ」

 賢者が地面に手をかざすと、そこに人が五、六人は入れるであろうほどの雪の結晶のような模様が現れた。

賢者「この中には魔力のそれほど強くない魔物は近付けないのじゃ。

    わしがそなたに基礎となる魔力を送ってやるから、やってみると良い。

    世界の無限の広がりを心に抱くのじゃ」

 賢者は僧侶の左手を握った。

僧侶「うん、わかった。

    …………えい!」

 僧侶が地面に手をかざすと、今度は親指ほどの模様が現れた。

僧侶「ふう……。

    え、ええ? こ、こんなちっちゃいのかあ」

 僧侶は肩で息をしている。

賢者「ほっほっほ。初めてにしてはこれ以上ないくらいの出来栄えじゃよ」

僧侶「でもこれってすごく魔力を消費するみたいね。ちょっと休ませて……」

賢者「ここに光の魔力を同時に込めれば結界の完成じゃ。

    これでわしがいなくともそなたはいつでも結界の魔法を扱うことができるぞよ。

    慣れれば今ほどは魔力を消費しなくなるじゃろうて」

僧侶「うん、ありがとう。私、頑張る!」

賢者「ふむ。良い心掛けじゃ。では、そろそろ戻るとしようかの。そなたの仲間も心配しておるぞ」

僧侶「そうだった! すっかり忘れてた!」


# 研究室

僧侶「お待たせ! 私がいなくて寂しくなかった?」

勇者「あはは、お帰り。そうかもしれない。あまりに遅いから、ちょっと心配してたんだ」

数学者「新しい魔法はいかがでしたか?」

僧侶「うーん、ばっちり! と言いたいところだけど、とりあえず使えるようにはなったって感じかなあ。

    ね、おばあちゃん!」

勇者「お、おばあちゃん?」

賢者「ほっほっほ。なかなか筋が良い子じゃて」

僧侶「じゃあ、そろそろ行かなくっちゃね。最果ての島へ」

賢者「そうじゃの。勇者よ。これをお持ち」

 賢者は勇者に魔法の羅針盤を手渡した。

賢者「お前たちを正しき道へと導いてくれるじゃろう」

勇者「どうもありがとうございました!」

魔猿「フキ! フキ!」

僧侶「ありがとう、おばあちゃん! バイバーイ!」

賢者「ほっほっほ」


# 庵の外

ドア「僧侶様、お気を付けてお帰りくださいませ」

僧侶「ありがと! またね」

数学者「僧侶さん、気になることがあるんですが……」

勇者「そうだよ。いつのまにあんなに打ち解けたんだい? それも、おばあちゃんだなんて」

僧侶「良いのよ! おばあちゃんみたいに優しいからそう呼んでるだけ!」

勇者「うーん、ドアの変わりようと言い、釈然としないことだらけだ……」

僧侶「細かいことは良いから、急ぎましょ!」

勇者「う、うん」

魔猿「シュルルル!」

今夜はここまでです。どうもありがとうございました!

乙!

スレタイがマスラヲでアペイロンでおりがみか
後者は元ネタが同じなだけだろうが

>>149
スレを立てるまで林トモアキという人は知らなかったんですが、こうまでリンクすることがあると不思議な感じがしますね。
ちなみにこのスレでのアペイロンは、
紀元前六世紀のアナクシマンドロスという人が言ったとされる「ト・アペイロン(無限なるもの)」を想定していました。
今後の展開にも関わってくる予定です。
特殊な言葉なので、ご指摘のラノベもやはりこの言葉を念頭に置いているんだと思います。

ということで、そろそろ投稿していきます!


# 学園都市

僧侶「ふう! 久しぶりに人の活気というものを感じるわ!」

勇者「そうだね。地震は大丈夫だったのかなあ」

数学者「見たところ、これと言った被害はないようですね。

    勇者君、これからどうしますか? 流石に船の手配となると少し時間が掛かりますね……」

勇者「僕の方で、頼めそうなつてがあるんです! ちょっと連絡を取ってみることにします」

数学者「では、しばらくは自由行動ということにしましょう。私は大学の傍にある宿舎におりますので」

勇者「わかりました!」

魔猿「シューシュー」


# 宿屋

勇者「こんな感じで良いかな? 思えば、手紙なんて書くのこれが初めてだよ。

    僧侶はある?」

僧侶「え? て、手紙?

    私のことは良いから、ちょっと見せてみなさいよ!」

 僧侶は机の上にあった便箋を取り上げた。

 そこにはボスに宛てて、最果ての島へ船を出してくれるよう依頼する文章が書かれていた。

僧侶「ふふふ! 勇者って案外綺麗な字を書くのね」

勇者「はは、書は人なり、なんてね。

    そう言えば、僧侶の字って見たことないかも」

僧侶「じゃあ、機会があったら、ね……」

勇者「そんなにもったい付けるようなことかなあ」

僧侶「良いの! さ、書いたなら出しに行きましょ!」


# 商店街

僧侶「早く返事が来ると良いけどなあ」

勇者「三日は掛かるだろうね。それまでに僕たちもできるだけ準備しておかなくちゃ」

僧侶「準備?」

勇者「このあいだ洞窟で地震に遭った時に思ったんだけどね、最果ての島ではどんな危険な目に遭うかわからない。

    だから、数学者さんにも何か護身用の武器とかが必要なんじゃないかなあ?」

僧侶「勇者は?」

勇者「ぼ、僕は……正直な話、剣や拳を振るった反動ですら死んでしまうような気がするんだ……」

僧侶「もう! わかってるなら、そんな情けない顔しないの!

    勇者にはそれが必要だって女神様が考えたんだよ? もっと、胸張って!」

勇者「う、うん」

僧侶「あ、あれなんか数学者さんにどうかしら? 皮のケースも一緒にプレゼントしましょうよ!」

勇者「確かに、ちょうど良いかもしれないね」


# 数日後

僧侶「……えい!」

 僧侶が宿屋の床に向けて手をかざすと、そこには人が一人やっと入れるくらいの模様が浮かび上がった。

勇者「すごいじゃないか! どんどん安定してきてるよ!」

僧侶「うん。でも、やっぱりすごく魔力を使うみたい。最果ての島に着くまでにもっと練習しなくちゃ」

魔猿「ウキキ! ウキ!」

僧侶「魔猿ちゃんはこっちに来ちゃ駄目よ」

魔猿「フシューフシュー……」

僧侶「……」

僧侶「えい!」

 再び僧侶が床に手をかざすと、結界の模様はたちまち消え失せた。

僧侶「やっぱり、結界に反応しちゃうみたいね……どうしたら良いのかしら」

勇者「魔猿は魔物なんだから、結界で守られてなくても平気なんじゃないか?」

僧侶「そんな。独りぼっちなんてかわいそうじゃない!」

 僧侶があまりにも鬼気迫る調子で訴えたので、勇者は思わずたじろいだ。

勇者「う、うん。ごめん」

僧侶「……うん。私も、急にごめんね」

勇者「……」

僧侶「……」

宿屋「勇者さん宛てにお手紙が届いてますよ!」

勇者「は、はい! ありがとうございます」

僧侶「……見てましょ」

勇者「うん」

 手紙は酷く素っ気ないもので、勇者の依頼を了解した旨と船をよこす日付が書かれているだけであった。

勇者「なんというか……」

僧侶「きっと、急いで書いたのよ。感謝しなくちゃ」

勇者「うん、そうだよね」


# 更に数日後

僧侶「……えい!」

 僧侶が床に手をかざすと、人二人分ほどの模様が浮かび上がった。

勇者「見違えたなあ! 賢者に筋が良いって言われるだけあるよ!」

僧侶「えへへ! でも、やっぱり続けて何回もはできそうにないかな」

勇者「さあ、今日は港へ行くんだから、体力は温存しておいてね」

僧侶「え? 馬車で行くんじゃないの?」

勇者「最果ての島では馬の面倒まで見られないかもしれないし、歩いて行くよ!」

僧侶「ぶーぶー」

魔猿「ショロロロ!」


# 学園都市の前

数学者「船乗りの友人がいるなんて、勇者君も顔が広いですよね」

勇者「そんなことないですよ。この旅に出るまではほとんど故郷の町から出たことがありませんでしたから」

僧侶「私もそうだなあ」

魔猿「ショロロ?」

勇者「あ、そうだ! 数学者さん。

    最果ての島では何が起こるかわかりませんから、念の為、これを持っていてください」

数学者「これは……ナイフですか。

    学者としては『ペンと紙が武器なんです』なんて言いたいところですが、ありがたく受け取っておきます。

    私がこれを使うようなことがなければ良いのですがね」

勇者「銀でできていますから、それで魔物をひるませることもできるかもしれないと思いまして」

僧侶「皮のケースも買ったんですよ! これで腰に付けておけば、いつでもぱぱっと使えますね!」

数学者「ええ、どうもありがとうございます。

    私には腕力も魔力もありませんから、あるいはうってつけの武器かもしれませんね!」

僧侶「それじゃあ、港へ行きましょう!」


# 港

数学者「海が荒れていますね……」

 空を覆う灰色の雲は尋常ならざる速さで次々と流れていく。

僧侶「潮風に乗って、少しだけど、魔力を感じるわ」

勇者「魔王が力を増しているっていうのは本当なんだね……」

魔猿「フシュー、フシュー」

僧侶「とりあえず、ボスさんを探さなくちゃ」

勇者「そうだね」

…………

…………

僧侶「あ、桟橋にいるの、ボスさんじゃない?」

勇者「本当だ」

勇者「ボスさーん! 勇者です!」

 船乗りと話していたボスは勇者の声にはっと振り向いた。

ボス「お、おう……お前たちか」

勇者「お久しぶりです。船を出してくださって、どうもありがとうございます!」

ボス「良いんだよ……。

    急いでるんだろ? 早速出帆だ」

勇者「はい! お世話になります」

ボス「…………」

僧侶(ねえ、勇者。ボスさん、なんだか元気ないみたいだよ?)

勇者(疲れてるのかな? 僕たちが急に呼び出したから)

僧侶(それにしても……)

数学者「勇者君、僧侶さん、急ぎましょう」

勇者「はい……」

今日はここまでです。ありがとうございました!


なんとも中途半端なところで切りなさる


いけずだなww

乙乙


# 船

勇者「ボスさん、これが正しい航路へと導いてくれる魔法の羅針盤です。

    手紙にも書きましたが、遅くても精々二十日で着くだろうとのことです」

ボス「わかった。

    揺れると危ないから、お前たちはあまり部屋から出ない方が良い」

勇者「わかりました。

    もうすぐ……もうすぐ、約束を果たして見せますからね!」

ボス「へ、約束か……。

    世界の為に、まあ、頑張ってくれや」

勇者「……」

 勇者は、ボスの語り口から何か諦観のようなものを感じ取った。


# 船室

僧侶「ボスさんはどうだった?」

勇者「部屋からは危ないからあまり出るなってさ」

僧侶「それだけ?」

勇者「頑張ってくれとは言ってくれたけど、やっぱり何か様子がおかしいと思うんだ」

数学者「以前はどういう方だったんですか?」

勇者「もっと快活というか、豪放磊落な感じだったんですけど、今はなんだか素っ気ないような……」

僧侶「うーん。でも、こうして協力してくれているわけだし……よくわからないわね」

魔猿「ショロロ、ショーショロロ」


# 数時間後

ボスのところへ行ってきた勇者が部屋へ戻ってきた。

勇者「食事も用意するから部屋の中でするようにって言われました」

僧侶「ちょっと! これじゃまるっきり隔離されてるみたいじゃない!」

数学者「勇者君、ボスという人は信頼するに足る人物なんですよね?」

勇者「はい、それは間違いありません。今は少し様子がおかしいですが……。

    それに、賢者の話が本当なら、ボスさんも世界平和を正しいと信じていることになるでしょうし」

数学者「では、単純なことですよ。勇者君。

    私たちが彼を信じるのであれば、ここであれこれ邪推してはなりません。

    誰にでも、うちに秘めたままにしておきたいことの二三はあるものですから」

僧侶「そうよね……」

勇者「数学者さんの言う通りですね……。僕は少し傲慢になっていたのかもしれません」


# 翌日

僧侶「こうもずっと狭い部屋にいたんじゃ体がなまってきそうね!」

勇者「僧侶はもっと狭い馬車の中でもずっと気持ちよさそうに寝てたじゃないか」

僧侶「ふふ。それはまた別の問題よ!

    ねえ、勇者。魔猿ちゃんを抱っこしててくれない?」

勇者「うん、良いけど」

魔猿「ウキキ!」

 勇者はあぐらをかいたまま、腿の上に魔猿を乗せた。

僧侶「最果ての島に着くまでに少しでも腕を上げなくっちゃね!」

僧侶「……えい!」

 床には三人分ほどの模様が浮かび上がった。

僧侶「ふう……大きさはもう少しかな」

数学者「僧侶さん、これは……! 今どんな魔法を使ったんですか!」

僧侶「え? 結界の魔法ですよ。ええっと、確かアペイロンっていう、無限をどうこうするとかって術が基本になってまして。

    なんというか、木の枝が延々と伸びてくようなイメージをしながら唱えるんですよ!」

数学者「これは、コッホ雪片ですよ……」

 数学者は雪の結晶のような結界の模様を見て恍惚としている。

僧侶「コッホセッペン?」

数学者「まさか、完全なフラクタルがこの世界に……」

僧侶「あ、あのー、数学者さん?」

数学者「いや、しかしこんなことは……」

僧侶「もしもーし!」

数学者「むむ。そうすると、あるいはあの公理系は……」

僧侶「…………」

僧侶「勇者! 何とかしてよお!」

勇者「ははは、これはしばらく話ができそうにないね。この模様の何がそんなにすごいんだろう?」

僧侶「そんなの私が知りたいくらいだよお、勇者!」

魔猿「ウーシャ?」

途中、間が空いてしまいすみませんでした。今夜はここまでです。


>>166に出てきたコッホ雪片についての補足です。
コッホ雪片はこんな形をしています。無限にぎざぎざしています。
http://imgur.com/gPk5ykz

このレスのここより下の部分は、やや踏み込んだ内容になるので、読み飛ばしていただいても問題ありません。
コッホ雪片とはなんぞや? と興味を持った方がいましたら是非。

コッホ雪片とは、コッホ曲線( http://imgur.com/P2einfS )を三つつなげて環状にした図形のことを言います。
(コッホ曲線を△の各辺に1個ずつ載せてみると、ちょうどコッホ雪片になりますね!)
コッホ雪片は、面積は有限なのに周の長さ無限であるという不思議な性質を持つ図形です。
コッホ曲線は、自身の1/4の部分を3倍すると、それ自身と等しくなるというフラクタル図形の一つです。
(「_/\_」の「_」の部分を3倍すると、それが「_/\_」と完全に等しくなります。
画像がわかりにくいかもしれませんがこちらを参考に。
http://imgur.com/u5u51w4   http://imgur.com/Ywb5gk0 )

コッホ曲線とコッホ雪片の(ハウスドルフ)次元は共に log(4)/log(3) ≒ 1.262 となります。
このことは、次のように言い換えても良いかもしれません。
コッホ曲線とコッホ雪片は共に、1次元(線)よりは広がりがあるが、2次元(面)よりは薄いものである、と。

他のフラクタル図形の例としては、次元が log20/log3 ≒ 2.727 であるメンガーのスポンジというものがあります。
すると、こちらは、2次元(面)と3次元(立体)の間の図形とも言えそうです。


おつおつ

いいね

魔猿は非常食だな食べ物ないときは頭頂部をパッカーンして脳みそチュパチュパ食べよう。
目がグルグル動いて面白いんだよなぁ


# 数日後

勇者(あれ以来、数学者さんはずっと何かに憑かれたように計算をしているし、

    僧侶は結界の練習か寝るか食べるかしかしていない。

    ボスさんは相変わらず僕たちと距離を取りたがっているようだし……。

    魔王の力が強まってきているというのに、呑気なものだな。

    十年前に魔王の封印が解かれて、ただでさえ魔物が凶暴化してきているというのに、

    これ以上魔王の力が強くなったら、この世界は一体どうなってしまうんだろう。

    僕は……何としても、世界を再び平和にしなくちゃいけないんだ。

    父さんもじいちゃんも成し遂げられなかったことを……。

    …………ああ、どうして女神様は僕の体力を奪ってしまったんだろうか!

    敵と戦うことだってできないじゃないか。

    なんでなんだ? なぜ、わざわざ『勇者』を弱くするんだ!

    初めて僕が加護を認識した時、まるで自分の存在の全てが否定されてしまったような気がした。

    僕に誇れることと言ったら、剣術の腕くらいしかなかったのに、女神様は僕からそれを奪ったんだ!

    …………体力を失って、僕は何か変わったか?

    確かに口先で魔物を籠絡するくらいなら慣れたものだけど、

    魔王がそんな小手先の技術でどうにかなるわけないじゃないか。

    やっぱり、僕にはわからないよ。僕は本当に『勇者』――勇気ある者なんだろうか

    僕はこれから――)

魔猿「キャキャ! ウキキ!」

勇者「どうした? 魔猿」

 魔猿の一声により、勇者はどろどろとした思考の沼から抜け出すことができた。

 魔猿を抱きかかえて頭を撫でてやる。

魔猿「ウーシャ、ウーシャ! キキ!」

勇者「今日はいつもより元気が良いみたいだな。ははは」

 いつからか癖になっていた勇者の乾いた笑いが、一瞬で凍りついてしまった。

魔猿「ウ……ウユー! ウユ、ユー……ユーシャ、シュキ」

すみません。トリップを付け忘れました。


勇者「え……魔猿! おい、今――」

魔猿「ウキキ?」

 魔猿は歯茎をむき出しにして笑ってみせた。

勇者(いや、たまたま人間の言葉っぽく聞こえただけかもしれないし……二人には黙っていよう)


# 更に数日後

数学者「僧侶さん、先日結界も見てから考えていたのですが――」

…………

数学者「――ということが、僧侶さんならひょっとしたらできるかもしれません」

僧侶「え? どういうことですか?」

数学者「端的に言えば、――――ということです!」

僧侶「まさか! そんなことできるわけないですよ!」

数学者「ええ。ですがちょっと試してみる価値はあると思うんですよ」

僧侶「うーん、わかりました。それで、どうすれば良いんですか?」

数学者「では、ここにあるリンゴを私の指示通りに分割してみてください」

僧侶「はい……」

…………

数学者「駄目でしたか……。私の思い過ごしでしたかね」

僧侶「だって、そんなことが本当にできたら、どんなお金持ちにだってすぐになれちゃいますよ!」

数学者「はは! そうなんですね。

    しかし、魔法で無限を扱うことができるということは、

    対象が強い魔力を持つものならば、あるいはうまくいくかもしれません」

僧侶「魔力の強いものですかあ。機会があったら試してみます!」

数学者「ええ。是非とも結果を楽しみにしてますよ。これができたら歴史に残る大事件になりますね!」

僧侶「でも、失敗したのにこれってすごく魔力を使うみたいです」

数学者「そこまでしていただいて、どうもすみません」

僧侶「いえいえ。良いんですよ! それに、まだ火の魔法を使うくらいの魔力なら残ってるんです!」

僧侶「えい!」

 部屋の対角から悲鳴が上がった。

勇者「うわ! 髪が焦げてる!」

僧侶「ふふふ」


勇者「僧侶、あんまりじゃないか。もう少しで髪の毛が全部ちりちりになっちゃうところだったよ」

僧侶「ふふ、それはそれで似合うかもよ?」

勇者「あのなあ……」

数学者「僧侶さん。火の魔法はそんなに消費する魔力が少ないんですか?」

僧侶「火と魔法って元々相性が良いんですよ。たぶん、照明魔法の次に少ない魔力で扱えるんじゃないかしら」

勇者「おーい」

数学者「なるほど。照明や火の魔法が誰でも使えるようになれば、社会に変革が訪れるかもしれませんね!」

勇者「無視しないでってば!」

 僧侶と数学者は顔を見合わせて笑った。


# 最果ての島

数学者「ここが、魔王のいる島……」

魔猿「フーフー……」

僧侶「魔猿ちゃん、大丈夫? あのお城からすごく強い魔力を感じる……」

勇者「あれが魔王城か。

    いよいよだね」

 小さな島ではあるが、高台にそびえる城は圧倒的な存在感を放っている。

 空には分厚い雲が暗澹と渦を巻き、時折雷鳴が轟く。

勇者「ボスさん、本当にありがとうございました」

ボス「おう……。

    俺らはここで待ってるから、その、世界を……頼んだ」

勇者「約束は、果たしてみせます」

ボス「ああ。じゃあな……」

少ないですが今日はここまでです。ありがとうございました。




勇者「ボスさんは最後まであの調子だったなあ」

僧侶「勇者、信じるって決めたんでしょう?」

勇者「あ、うん。そうだったね……」

魔猿「フー、フー……」

僧侶(魔猿ちゃん、大丈夫かしら……)

勇者「とりあえず、あの高台を目指そう」




僧侶「どこも岩ばっかりね」

勇者「魔王の魔力のせいで植物は育たないんじゃないかな」

数学者「私のような人間ですら、肌にちりちりと感じるくらいですからね」

魔猿「シューシュー……」

 魔猿は凍えているかのように小刻みに震えている。

僧侶「魔猿ちゃん……」

勇者「そうだ! 何もわざわざ魔猿を連れていく理由なんてないじゃないか!

    僕らが戻ってくるまで船で待っていてもらおう!」

僧侶「確かに、そうね」

勇者「それに、数学者さんも……この先は今までと違っていつ命の危険に見舞われるともわかりませんし」

数学者「勇者君、こんな老い先の短い人間の心配をする必要などありませんよ。

    私にだってお役に立てることがあるかもしれません。

    それに、正義とは何か、もう少しで掴めそうな気がしているんです。

    もしもですよ。もしも、魔王というものが悪そのものというような形而上学的存在であった場合、

    私たちには真の正義が問われるということになるかもしれませんから。

    手前勝手であることは承知しています。

    しかし、私自身の為にも、私は魔王と対峙したいんです」

勇者「真の正義を問われたとしても、今の僕にはどうすれば良いかわかりません……」

僧侶「…………」

魔猿「シューシュー」

勇者「それでは、魔猿はおいていきましょう」

 全員で今来た道を振り返り、海岸線に目を走らせる。

僧侶「あれ? 船……どこかしら?」

勇者「ボスさんはさっきの場所で待っててくれてるって言ってたけど……」

数学者「もう少し登ってみましょう。これだけ小さければ、島全体が見渡せるはずです」

勇者「はい」




勇者「船が……ない」

 霧が立ち込めてはいたが、島のどこにも船がないということは一目瞭然だった。

僧侶「きっと……きっと、何か急な用事があって、それでまたすぐに戻ってきてくれるのよ」

勇者「急な用事って何さ? こんな通信手段もないところでそんなこと――」

 数学者がいつにない大声で遮った。

数学者「勇者君」

勇者「は、はい」

数学者「私たちは進むしかないんです。魔猿のことはありますが、今ここに船があるかどうかは些末な問題でしょう?

    今は魔王を打つことだけを考えましょう」

勇者「はい……」

僧侶「魔猿ちゃんをこんなところに置いてくわけにもいかないし、

    私が責任を持って抱っこしてるから大丈夫よ!」

勇者「うん……」

僧侶「賢者の言葉が気がかりなのね?」

勇者「うん。魔力によって精神が干渉されるかもしれないとも言ってたしさ」

僧侶「大丈夫よね! 魔猿ちゃん?」

魔猿「ショーロ?」


# 魔王城

勇者「くそ、てんで歯が立たない……」

僧侶「駄目ね。かなり強い魔力で守られてるわ」

 魔王城の門は固く閉ざされていた。

数学者「他に入れそうな場所がないか探すしかありませんね。

    城壁を伝って移動してみましょう。」

魔猿「スースー」




僧侶「ねえ、ここだけ土の色が違わない?」

数学者「本当ですね。まるで掘り返された跡のような……」

勇者「ちょっと掘ってみましょう」

 土を掘ってみると、ほどなくして鉄の板が現れた。

勇者「何だ、これは?」

 数学者は鉄板をコンコンと軽く叩いてみる。

数学者「中は空洞のようですね。もう少し周りも掘ってみましょう」

 次第に鉄の板が全容を現す。

数学者「蝶番が付いていますね。勇者君はそちら側の端を持ってください。一緒に開けてみましょう」

勇者「はい」

 鈍い音を立てて鉄の板は開いた。

僧侶「どこへ通じてるのかしら」

勇者「城の内部に通じていることは確かじゃないかな?」

数学者「私たちも、遂に魔王城へ足を踏み入れるわけですね……

    私から先に行ってみます」

 そう言って数学者は梯子を下りていった。

 僧侶はそこに照明魔法を放った。


勇者「なあ、僧侶」

僧侶「どうしたの?」

勇者「この旅が無事終わったらさ」

僧侶「…………」

勇者「僕と一緒に暮らさないか?」

 僧侶の肩がわずかに震えたかと思うと、見る見るうちに顔が怒りで赤くなった。

僧侶「どうして? どうして今そういうことを言うの!

    そんなこと良いから少しでも強くなってよ! ねえ!

    私は自信を無くしてうじうじしてる勇者なんて見たくなかったよ。

    魔王を倒せなかったらそれで終わりなんだよ?

    この世界から消えちゃうかもしれないんだよ?

    それがわかってるの?」

 僧侶の声はもはや悲鳴に近かった。

勇者「き、きっと大丈夫だよ。今までみたいに上手くいくさ。

    本当に危なくなったら、逃げることだってできないとも限らないわけだし……。

    だから、ほら、泣かないで。

    それに、神託だって――」

 勇者は僧侶の肩に手を置こうとした。

僧侶「いや! さわらないで!

    そんなんじゃ駄目だよ。駄目だよ……」

 僧侶は固く口を閉ざしてしまった。

勇者「……」


…………

…………

数学者「おーい! お二人共まだですか?

    ここはだいぶ広いみたいですよ!」

勇者「……は、はい。今から行くところです」

僧侶「……」


# 魔王城――地下

数学者「僧侶さん、顔色があまり良くないようですが大丈夫ですか?」

僧侶「はい。たぶんこのカビのせいだと思います……」

数学者「確かに地下とはいえ、ひどい空気ですなあ。

    ここはどうやら、牢屋のようですね。

    ……しかし、不思議ですね」

勇者「何がですか?」

数学者「魔王の居城といえば、もっと魔物がうろうろしているものだと思っていたんですが、

    ここは私たち以外の気配を全く感じません」

勇者「ええ、それもそうですね」

数学者「私たちを避けているというよりも、元から魔物などいないかのような…………おや?」

勇者「どうかしましたか?」

数学者「あそこの檻に何かありますね」

…………

僧侶「きゃ!」

 壁からぶら下がっている手錠には、ミイラ化した人間が繋がれていた。

 その足元には錆び付いた剣が落ちている。

数学者「かわいそうに……ひどい拷問を受けたのでしょう。

    勇者君、せめて遺体を床に下してあげましょう」

勇者「そうですね……」

 手錠はかなり腐食しており、それほど苦労せずに壊すことができた。

数学者「この剣の朽ち具合からすると、幽閉されて数十年は経っていそうですね。

    ……どうかこれからは安らかに眠りたまえ」

 数学者の祈りに反応するかのように、ミイラは突然目を見開き、上体を起こした。

僧侶「きゃあ!」


 ミイラは足元の剣を手に取り、立ち上がった。そのまま勇者に近付いていく。

勇者「お、おい、待て! 止まれ! 僕の話を聞け!」

 ミイラは勇者の言葉を全く意に介さずに、歩みを進める。

 傍らで僧侶は、いつでも魔法を放てる準備をして、その一挙一動をじっと見つめていた。

 しかし、ミイラは勇者の前を通り過ぎ、そのままどこぞかへと行ってしまった。

数学者「敵では……ないのでしょうか」

勇者「わかりません……」

 勇者は賢者の言葉を思い出した。

 『知性ある者はいついかなる時であろうとお前の話を聞くというのがエレンコスじゃ』

勇者「だけど、僕の話が通じなかったということは、あのミイラにはもう知性がないのかも……」

僧侶「かわいそう……」

魔猿「アーアー」

数学者「私たちも先を急ぎましょう」


# 魔王城――地下通路

数学者(二人の様子が先刻からおかしい……。

    やはり、若い二人には魔王を前にいろいろと思うところも多いのだろう。

    ここは私が率先して行かなければ)

数学者「僧侶さん、大まかにでも魔王のいる位置はわからないものでしょうか」

僧侶「魔力は上の方からずっと感じてるから、魔王もきっと城の上の方にいるんだと思います……」

数学者「そうですか。では、階段なり梯子なり見付けなくてはいけませんね」

僧侶「城壁は立派だったのに、ここは壁も床も石がぼろぼろですね」

数学者「ええ、長い間何者も立ち入ることがなかったのかもしれません。

    気を付けてください! この辺りにはいくつも穴が開いていますよ」

 先頭を歩いていた数学者は手近にあった石を穴に向かって放った。

数学者「……」

僧侶「何も、音がしないわ……」

数学者「まるで世界の底まで通じているみたいですね」

僧侶「怖いこと言わないでくださいよ」

数学者「ははは、失礼しました。実際には音が反響しにくいような形状をしているだけでしょう。

    ところで、勇者君。さっきのミイラは人間だと思いますか?」

勇者「わかりません……。

    でも、あんな状態になってまで生きていられるんだから、やっぱり魔物じゃないんでしょうか」

数学者「あそこからここまでほぼ一本道だったことを考慮すると、

    あのミイラとは再びどこかで会うことになるかもしれませんね」

勇者「僕たちを襲う様子がなかったのが、幸いではありましたけど、何とも不気味でしたね……」


…………

…………

僧侶「行き止まり……」

数学者「僧侶さん、天井の当たりをよく照らしてみてくれませんか?」

僧侶「はい」

 僧侶は天井へ向けて魔法を放った。

数学者「やはり! 天井から梯子が下りていますよ! この道は正解でしたね」

 数学者は梯子の元へと駆けていく。

数学者「では、私が先に――」

 突然、数学者の足元の石が崩れ落ち、大穴があいた。

勇者「危ない!」

 咄嗟に勇者は手を伸ばす。

 かろうじて数学者の袖を掴む。

勇者「今引き上げますから!」

 僧侶も勇者を後ろから支えた。

 勇者は腕に力を入れる。

 その刹那、反動でまたも足元の石が崩れた。

僧侶「うう……」

 いまや、数学者を掴んだ勇者のその反対の手を、僧侶が両の手で掴んでいる。

 しかし、男二人分の重みに耐えられず、じりじりと手と手が離れていく。

数学者「勇者君! 私のことは良いから、二人で魔王を打つのです!」

勇者「駄目だ! 僕は、絶対、この手を放さない!」

 僧侶の手はほとんど限界に達している。

数学者「勇者君。君は勇気ある者ですよね?」

勇者「そうだよ! だから、僕は何があっても――」

数学者「今、本当に恐れるべきことというのは、私が死ぬことではありません。

    ここで全員が死に魔王を打つ者がいなくなってしまうことです」

勇者「何を……!」

 最期に数学者は、満ち足りた笑顔で勇者を見やった。

数学者「君たちと旅ができて良かった」

 数学者は腰に下げた皮のケースから銀のナイフを取り出し、自分の袖を切り落とした。

勇者「数学者さん!」

 勇者の悲痛な叫びは、数学者と共に世界の底へと吸い込まれていった。

今夜はここまでです。ありがとうございました。

数学者さん…

乙乙

数学者「うわああああぁ」

ぽよヨーン

数学者「」シュタ

勇者、僧侶「」

数学者「地面に巨大なトランポリンがあって戻ってきました」

なんだってー!

訂正です。

○数学者「僧侶さん、天井の辺りをよく照らしてみてくれませんか?」

×数学者「僧侶さん、天井の当たりをよく照らしてみてくれませんか?」

では、>>189の続きから投稿していきます。




 なんとか勇者を引き上げた僧侶は、その場に顔を伏せて座り込んだ。

 肩が小さく震えている。

僧侶「数学者さんが……数学者さんが……」

勇者「くそ……くそ」

 勇者は立ち尽くしていた。拳は怒りとも後悔とも言えない感情に震えている。

 その足を魔猿が掴んだ。

魔猿「ウキキ?」

 勇者は魔猿を胸元へ引き寄せ堅く抱いた。

勇者「もう、誰も失ってなるものか。

    数学者さんの意志を無駄にはしないよ……。

    僧侶、急ごう。ここも足場が崩れるかもしれない。

    僕たちで絶対に成し遂げてみせるんだ!」

 赤く腫れた目を一度ぬぐうと、僧侶はそれに力強く応えた。

僧侶「う、うん!」

 梯子を上る時、勇者は数学者の落ちていった穴を再び振り返り、改めて決意を固くした。


# 魔王城――一階

勇者「やっぱり、魔力は頭上から感じるのかい?」

僧侶「ええ」

勇者「じゃあ、まずは階段を見付けないとね」

僧侶「ねえ、勇者。

    数学者さんはもう少しで正義とは何か掴めそうだって言ってたけど、それができたのかしら……」

勇者「どうだろう……。でも、あの時はああするのが正しいと信じて、数学者さんは自分の勇気を貫いたんだ」

僧侶「勇者には……掴めそう?」

勇者「今までは、ただ、困っている人を助けたりだとか、正義ってそういうことなのかなって思ってたんだ。

    けど、僕は数学者さんを救うことができなかった……。

    でもそれが数学者さんにとっての正義だったとするなら、僕は……」

 勇者の脳裏に、数学者の最期の様子が浮かぶ。

僧侶「そう……。

    でも、勇者にはまだ時間があるから、じっくり考えれば良いのよ」

勇者「え?」

僧侶「今はやれることを精一杯やりましょ。数学者さんの為にも」

勇者「う、うん。そうだね」


僧侶「勇者、太陽の雫はちゃんと持ってる?」

勇者「うん」

僧侶「賢者が言ってたことはどうやら本当のようね。

    きっと、魔王の魔力を前にした時、私たちは結界の内側にいなくちゃとても耐えられないと思うの」

勇者「魔猿はどうしたら良いだろう?」

僧侶「このまま魔物が出なければ、魔猿ちゃんにはどこかで待っててもらいましょうよ。

    ね、魔猿ちゃん?」

魔猿「ソーリョ!」

僧侶「え……?」

 僧侶の顔が一気に青ざめる。

僧侶「魔猿ちゃん。今、何て……」

魔猿「ウキ?」

僧侶「ねえ、勇者。今の……」

勇者「大丈夫だよ。きっと僕たちの会話を聞いて真似しただけさ。だから、大丈夫……」

 その口調は、もはや自分に言い聞かせるようだった。

勇者「もう、誰も失いたくないんだ」

魔猿「ウキ! ウキ!」


…………

…………

僧侶「下の階よりは綺麗だけど……この階にも魔物の気配はしないわね」

勇者「やっぱり、さっきのは普段使われていない場所だったのかな。

    あ、僧侶! あそこ」

 勇者の視線の先には、どこまでも続くかに見える螺旋階段があった。


# 魔王城――最上階

勇者「魔王がいるのはこの階で間違いないかい?」

僧侶「ええ。少なくとも魔力はこの階から来てるわ」

魔猿「フシュー……」

勇者「なあ、僧侶」

 勇者は魔猿を見やる。

僧侶「そうね……。

    魔猿ちゃん。ここで良い子にして待っててね。

    すぐ迎えに来るから……」

 僧侶はその頭を撫でてやる。

魔猿「ソーリョ、ユーシャ、スキ!」

僧侶「…………」

勇者「僧侶……」

僧侶「私、魔猿ちゃんを死なせるなんてできないよお……」

 僧侶は堰を切ったように泣き出した。

勇者「大丈夫……。すぐに迎えに来れば良いんだよ。ね?」

僧侶「ううう、魔猿ちゃん……」

勇者「ここにいる分には問題ないみたいだしさ、何も全てが賢者の言った通りになるとは限らないよ」

僧侶「うん……」

 魔猿を見つめる二人の背後から、声が掛かった。

今日はここまでです。どうもありがとうございました。



それにしてもこの僧侶、最後の最後にウザインになりそうで不安だ


ゾンビ?にはピンときたぜ!
もしかしたらブラフかもしれないけど

ちょっとキリの良いところまで書いてしまいたいので、四日ほど(長くても一週間)掛かりそうです。
よろしくお願いします。

舞ってる

遅くなりました。投稿を再開します。
結局キリの良いところまでは書ききれなかったので一気には投下できないのですがよろしくお願いします。




「魔王様は手を出さないよう仰っていましたが、

    この程度の者にわざわざその御手を煩わせるまでもありませんね」

勇者「だ、誰だ!」

 勇者と僧侶は振り向いた。

闇魔道師「ふははは。これから死んでいく者に何を言っても無駄でしょう」

勇者「お前は魔王の手先か!」

闇魔道師「何とでも言えば良いでしょう」

 僧侶は結界を張ったが、魔猿は耐えきれずにそこから飛び出してしまった。

闇魔道師「おや? 魔猿の子供を従えるとは、人間の分際で出過ぎた真似を。

    あまつさえ、何やら物騒なものまで持っているようですね」

 闇魔道師の手から黒い霧状のものが放たれ、瞬時に魔猿を包み込んだ。

僧侶「魔猿ちゃん!」

 魔猿の全身の毛は逆立ち、その目は怪しく光っている。

勇者「お前、何をした!」

闇魔道師「魔性をだいぶ失っていたようですからね。本来あるべき姿に戻してあげただけですよ」

魔猿「フシューフシュー」

 闇魔道師は魔猿に何かの合図を送った。

まさるちゃんが…


魔猿「フシュ」

 魔猿は軽い身のこなしで勇者から聖杯を奪い取り、奥の方へと駆けていった。

僧侶「魔猿ちゃん、行っちゃ駄目!」

勇者「魔猿!」

闇魔道師「魔猿の子供の心配なんぞしていて良いのですか。

    こんな結界を破るなんて、赤子の手をひねる様なものです」

勇者「ま、待て!」

闇魔道師「何を待つ必要がありましょう。ここであなたたちは死ぬのです!」

 闇魔道師は僧侶の方へ手を伸ばすと、その手に魔力を溜めた。

勇者「やめろお!」

闇魔道師「恨むなら、その無力な自分を――」

 その時、何者かが闇魔道師に後ろから斬りかかった。

闇魔道師「お前は、確か、死んだはずでは……」

 そんな言葉など一顧だにせずに追撃は続く。

 闇魔道師も負けじと魔法でこれに応戦する。

僧侶「あれは、地下にいたミイラ……」

 その剣さばきを見ていた勇者の口から自然とある単語がこぼれた。

勇者「…………父さん」

僧侶「え?」

勇者「僧侶、急ごう! 足止めしてくれてるうちに魔王の元まで行くんだ!」

僧侶「うん!」

闇魔道師「く……この男を殺し終わるまで、精々怯えながら待っているが良いでしょう!」

 勇者は最後に振り向いた時、ミイラの顔にあるぽっかりと空いた二つの穴と目が合ったような気がした。




 勇者と僧侶は通路の突き当り、巨大な赤い扉の前まで必死で走った。

僧侶「魔猿ちゃん……どこへ行ったの」

勇者「僧侶……」

僧侶「ごめんね、勇者。私……もう泣かないから」

勇者「良いんだ。無理しないで」

僧侶「ううん。私ばっかりくよくよしてられないよ。

    私、この先にどんなことがあったとしても全部受け入れるから……」

勇者「僧侶、辛い思いをさせてごめん」

 勇者は僧侶の肩を抱き寄せた。

僧侶「ありがとう……」

勇者「魔王はやっぱりこの中かな」

僧侶「ええ、この扉の奥にいるはずだわ」

勇者「遂に魔王と戦うんだな」

僧侶「太陽の雫、奪われちゃったね」

勇者「僧侶、結界はまだ使えるかい」

僧侶「うん。今までずっと練習してきたんだもの。

    消費する魔力の量もだいぶ抑えられるようになったわ」

勇者「それなら、きっと大丈夫さ」

勇者(父さん、僕はやるよ)

勇者「行こう!」


# 魔王城――魔王の間

 重い扉を押し開けると、薄暗い部屋の一点に、更に深い闇をまとった何かが鎮座していた。

勇者「お前が魔王か」

僧侶「息が、苦しい」

魔王「人間がここまで来るとは。その心意気だけは誉めてやろう。

    しかし、人間なぞ所詮は消えゆくもの。我の前では皆等しく無力なのだ」

 魔王は、他とは比にならないほどの魔力を横溢させている。

 僧侶はすかさず結界を張った。それはいまや戦うに十分なほどの広さを備えている。

魔王「小賢しい真似を。だが、この雫すらないお前たちに何ができよう」

 魔王が床に置かれた聖杯に手をかざすと、太陽の雫はみるみる蒸発していく。

 その傍らには魔猿がいた。

僧侶「魔猿ちゃん!」

 僧侶の声に反応して、魔猿の目が一瞬だけ元に戻った。

 魔猿は聖杯を勇者の元へ投げてよこしたが、その動きはすぐに魔王によって封じられた。

魔王「遅かったのう。これほどにわずかな量では用をなさぬわ」

 勇者は聖杯を片手に、賢者の言葉を思い出していた。
 
 『魔王は実体を持たぬ存在じゃ。その真の姿を捕らえるには太陽の雫が必要だと言われておる』

僧侶「勇者! 聖杯をこっちに!」

 勇者は素早く背後にいた僧侶に聖杯を手渡した。

 僧侶は聖杯の底にわずかに残った太陽の雫に向かって魔法を放った。

僧侶(お願い! 数学者さん!)



# 回想――最果ての島へ向かう船

数学者「僧侶さん、先日結界も見てから考えていたのですが、

    物体を分割して合同変換を施すだけでその体積を任意の値に変えるということが、

    僧侶さんならひょっとしたらできるかもしれません」

僧侶「え? どういうことですか?」

数学者「端的に言えば、これはバナッハ=タルスキーの定理というんですが、

    何かの量を好きなだけ増やしたり減らしたりできるということです!」

僧侶「まさか! そんなことできるわけないですよ!」

数学者「ええ。ですがちょっと試してみる価値はあると思うんですよ」

…………

…………

数学者「駄目でしたか……。私の思い過ごしでしたかね」

僧侶「だって、そんなことが本当にできたら、どんなお金持ちにだってすぐになれちゃいますよ!」

数学者「はは! そうなんですよね。

    しかし、魔法で無限を扱うことができるということは、

    対象が強い魔力を持つものならば、あるいはうまくいくかもしれません」


# 魔王城――魔王の間

魔王「お前、何をした」

 聖杯は太陽の雫で溢れていた。

僧侶「人間は確かに弱いかもしれないけど、

    人間の絆はとても強いのよ!」

 僧侶は太陽の雫を魔力で包み込むと、魔王に向けて放った。

 部屋が一挙に明るくなる。

魔王「ええい、こんなもの」

 魔王は腕で振り払おうとするが、その腕に太陽の雫は絡みつき、やがてその全身を覆った。

勇者「僧侶! 大丈夫か!」

僧侶「うん。でも、もう魔力をほとんど使いきっちゃったみたい」

勇者「気にすることないよ。後は僕に任せれば良い。

    あ、魔王が……」

 魔王は肉の焼けるような音を立てながら、徐々に小さくなっていく。

僧侶「倒したのかしら……」

勇者「いや、まだだ。油断しないで」

 それは豆粒ほどに小さくなると、途端に四散し、部屋を闇で覆った。

 更に魔王のいた場所は、真の闇に覆われている。

勇者「くそ。お前は一体……」

魔王≪我はあらゆる絶望を渇し世界の破滅を欲するもの。

    我は実体を持たぬ故に不滅なるもの≫

 真の闇――魔王の思念は直接頭に響く。

勇者「僕は……世界を救う者だ!」

魔王≪ならば倒してみよ≫


魔猿「フシュー」

 魔猿は目を強く光らせるや否や、結界を超えて勇者に飛び掛かった。

僧侶「危ない! 勇者!」

 僧侶は咄嗟に魔猿に向かって火の魔法を放つ。

 耳を裂くような咆哮と共に、魔猿はプスプスと音を立てて炭化し、動かなくなった。

勇者「魔猿! 魔猿!」

僧侶「魔猿ちゃん、ごめんね。ごめんね……」

 僧侶は唇をきつく噛みしめて目から溢れ出ようとするものを必死に堪えている。

魔王≪さあ、絶望に打ちひしがれるが良い≫

勇者「お前……! お前だけは許さない!」

魔王≪勇者よ。お前には無理だ≫

勇者「でたらめなことを言うな!」

 魔王の哄笑が勇者たちの頭に響く。


魔王≪お前、実は弱いだろ≫

勇者「……」

魔王≪知っているぞ。お前がここまで一切魔物を手に掛けなかったことを。お前は何者も倒せまい≫

勇者「……」

僧侶「そ、そんなことない! 勇者は、今までだっていろんな人を助けてきたのよ!」

魔王≪ならば、なぜ戦わぬ。死が恐いのだろ。

    お前の行動なぞ全て欺瞞に過ぎぬ。口先だけで何ができよう≫

勇者「……違う。違う! 僕は正義を貫いてきたんだ!」

魔王≪片腹痛いわ! ならば、お前の正義を述べてみよ≫

僧侶「……」

勇者「弱い者を助けて……悪を滅ぼすことだ!」

魔王≪ならば弱い魔猿を救えなかったお前は正義であろうはずがない≫

勇者「それは違う」

魔王≪地下で死んだお前の仲間もそうだろう。

    お前がこの二者を殺したも同然なのだ≫

勇者「そんな……」

僧侶「勇者、しっかりして! 惑わされちゃ駄目よ!」

魔王≪正義とは、力ある者の利となることに他ならぬ。

    時代が正義を選ぶのだ。

    そして我は選ばれた。

    その証左こそ、この力よ!≫

 部屋が大きく揺れる。石壁が崩れる。

勇者「正義はそんなものじゃ……」

魔王≪ならば、自分の目で見てくるが良い≫

 途端に勇者の意識は遠のいた。




勇者(あれ? ここは、どこだ? 僧侶も、魔王もいない)

 周囲には半壊した家や、荒れ放題の畑が見えた。

勇者(魔王の仕業か? くそ、気をしっかり持たなくちゃ!)

勇者(でも、この風景、どこかで見たような……)

「誰かいるの?」

勇者(魔王の手先か!)

 崩れた家の跡から子供が二人現れた。一人は、声を掛けた子供の背中に隠れるようにしている。

子供「あ! お兄ちゃん、魔物を追い払ってくれた人だ!」

勇者(そうか、この町は!)

勇者「そうだよ。これは一体どうしたんだ?」

子供「お兄ちゃんが来てくれてから魔物が町に来なくなったんだけど、

    その後、たまたま森でその魔物を見たって人がいて……」

 子供の声が上ずった調子になった。

勇者「落ち着いて、話してごらん」

子供「町の男の人みんなで、その魔物を倒しに行ったんだ」

勇者「な、何だって! あのゴブリンはもう人を襲わないはずだ!」

子供「わかんないけど、それからすぐにその魔物が町に来て……。

    僕らは古井戸に隠れるようにって言われたから……。でも他の人たちは……」

勇者(なんてことだ……)

 先刻から黙っていた小さな女の子は、勇者をじっと睨んでいる。

女の子「出てけ! お前のせいだ!」

勇者「……」

勇者(もう頭がどうかなってしまいそうだ!

    僕がいけないのか? 僕の何がいけなかったんだ? 何が!

    ええい! それよりも今は早く魔王城に戻らないと、僧侶が!)

 そこでまた、勇者の意識は揺らいでいった。




勇者(うーん……またか……)

勇者(ここは、確かボスのアジト。魔王は転送魔法でも使っているのか?)

勇者(早く戻らないと僧侶が心配だ。だけど、どうすれば良いんだ)

 部屋の机の上に、古びた手帳が開かれたままの状態で置かれていた。

勇者(何だろう)


# とある手記

    X月九日

 あいつとの約束だ。明日から奴隷を解放しに行く。
 ああ こんな晴れやかな気持ちになるなんて!
 もっと早くあいつと知り合ってれば良かったぜ。

    X月十四日

 一緒に解放に行った仲間が何人か逮捕された。
 だがこれも仕方ないのかもしれない。
 俺たちはそれだけ今まで好き勝手やってきたんだ。
 これからは頑張って 俺たちの誠意を示していきたい。

    X月十五日

 昨日捕まった仲間が全員処刑された。
 確かに悪いのは俺たちだが……だからってこれからだっていう人間を殺すことねえじゃねえか!
 俺たちは結局明るい世界には出られないんだろうか。
 それでも俺はあいつを信じている。

    X月二十一日

 また仲間が殺された。奴隷の家族にリンチにされたらしい。
 奴隷の解放をやめようとしない俺に反発する仲間も出始めた。
 夜中にこそこそ集まっているみたいだ。
 俺は奴隷の解放が正しいことだと信じている。
 だがこれ以上仲間が殺されることはあってはいけない。
 反発する気持ちもわかる。
 俺はどうしたら良いんだ? 何を信じれば良い?
 どうしたら良いんだ!

    X月二十四日

 あいつから手紙が届いた。
 遂に魔王のところまで行くと言う。立派になったもんだ。
 船が必要だというから 俺の船に乗せてやることにした。
 何かと反抗的だった連中もすんなり了解してくれたのは意外だった。
 やっぱりみんな良い奴らなんだ。

    X月二十七日

 近頃体調があまり良くない。船出までにはなんとかしないと。

    X月二十九日

 いよいよ明日出発だ。だが足元がふらついて良くねえ。
 体調は悪くなっていく一方だ。
 心当たりは……いや やめておこう。
 悪いことってのはいやな考えから起こるもんだ。
 俺はみんなのことを信じている。
 そして俺が正しいと信じていることをみんなにも正しいと信じてもらえると信じている。
 俺にできるのはそれだけだ。

 (手記はここで終わっている)




勇者(ボスさん……)

「ひえええ!」

勇者「あ、あなたは確かボスさんの――」

「ど、どうしてあんたがここに!」

勇者「え? どうしてって」

「お、俺たちはあんたらを置いてそのまま帰ってきちまったってのに……」

勇者「そんな! ボスさんは待ってるって言ってたじゃないか」

「ど、どういう事情でここにいるか知らねえが、あんたは何も知らなくて良い」

勇者「何でですか! きちんと説明してくださいよ!」

「俺は、ボスもあんたらも好きだった。でも世の中にはどうしても上手くいかないことってのもあるんだよ」

勇者「待ってください。何のことだか全然……」

「…………。あんたもそこにある手帳読んだだろ? ボスのやり方が気に入らねえって奴らがボスの飯に毒を入れてたんだ」

勇者「……え?」

「けどよ、ボスは最期まで奴隷を解放するって意志は曲げなかった」

勇者「……」

「だから、殺されたんだよ」

勇者「そんな……」

「あの島に着いた後、弱ってたところを一発さ。誰も悪くねえんだ……あんたも、ボスも、連中も」

勇者「ボスさんはそんなこと一言だって言わなかったのに……」

「ボスは最期まであんたを信じてたからな。でも、ここにはあんたらのことを良く思わない連中もたくさんいる。

    早く出て行った方が良い」

勇者「…………」

 そして、また勇者の意識は遠のいていく。




僧侶「……しゃ! ……うしゃ! 勇者!」

勇者「あれ、ここは……?」

僧侶「勇者! 何言ってるのよ!」

勇者「は! 僕は、今まで一体……」

魔王≪真実を知った気分はどうだ≫

勇者「やはりお前の仕業か! あんなの、全部嘘に決まってる!」

魔王≪それをお前は示せるのか≫

勇者「それは……でもあれが真実だという証明だってできないだろ!」

僧侶「ねえ、勇者! 何のことを言ってるの? 落ち着かないと駄目だって!」

魔王≪人間とはかくも愚かで弱きものかな。

    お前の見たものが真実かどうかなぞ枝葉末節に過ぎぬ。

    それを偽なるものと信ずる心がわずかでも揺らぐのであれば、それだけでお前の欺瞞は示されよう≫

勇者「僕は……僕は……」

魔王≪再び問おう。

    人の子よ、なぜ戦う≫

勇者「…………」

僧侶「勇者、魔王を倒して世界を平和にするって言ったじゃない!」

勇者(僕にはただ人を不幸にすることしかできないのか? そうなのか)

勇者「僕には、できないよ……」

僧侶「……」

魔王≪ふははははは。もう何も言えぬか! この時を待っておったぞ。そのまま絶望のうちに死ぬが良い≫

 魔王は崩れた壁の欠片に魔力を込め、勇者めがけて放った。

勇者「…………」

 勇者は目をつぶり、来たる運命に身を委ねた。

 耳をつんざくような爆音が鳴り響く。

 しかし勇者は無傷だった。

 そして目を開ける。

そこには「ドッキリ大成功」と書かれた看板をかがげる僧侶と魔王がいた


勇者「そ、僧侶! どうして、僕なんかの為に、こんな……」

 瀕死になった僧侶が勇者の目の前にいた。

僧侶「勇者には……まだ、時間が、あるわ」

勇者「僧侶までいなくなったらそんなの意味がないよ!」

僧侶「私のことは、ねえ、もう、忘れて……勇者が、世界を、救うの」

 息も絶え絶えの僧侶を抱えながらも、勇者の頭脳は必死に可能性を探っていた。

 そして、ある言葉に行きつく。

勇者(そうだ。これに賭けるしかない)

勇者「僧侶、賢者は『知性ある者はいついかなる時であろうと話を聞く』というのが僕の加護の力だと言っていた。

    だから、僕がこうやって話している間は僧侶は絶対に死なないはずだ!

    だから……だから、このまま、こうやって話し続けて、それで、僧侶の怪我が治るまで話し続ければ――」

魔王≪心配せずとも二人そろって葬り去ってやるわ!≫

 魔王の両手にこれまでにないほど強大な魔力が溜まっていく。

勇者「僧侶、今は逃げよう。ね? 僕がいる限り僧侶は死なないんだ。そうだ。だから心配しないで」

僧侶「もう泣かないって、言ったのに、ごめんね」

 涙が静かに僧侶の頬を伝った。

僧侶「もう、良いの」

勇者「そんなこと言わないで!

    怪我が治ったらまた来れば――」

僧侶「勇者、もう は な さ ないで」

 僧侶の唇が、勇者の唇を塞いだ。

 勇者の視界は白い光に包まれていき、やがて何も見えなくなった。

 次第に、魔王の嗤いも壁の崩れる音も聞こえなくなった。

 そして激しいめまいと共に、体が浮遊していくような感覚を覚えた。

 最後に、僧侶の声だけが、耳元で確かに聞こえた。







           ――私も『勇者』なんだ――





今夜はここまでです。どうもありがとうございました!
>>214での数学者の発言の補足は後日行いたいと思います。

乙乙

勇者の話術と数学者の知識によって道を切り開く物語かと思ったらこの有様


 #

「勇者や。いつまで寝てるんだい」

勇者「うーん……」

「明日出発なんだから、しゃんとおし」

勇者「この声は……母さん?」

 勇者はベッドから起き上がった。

母「あら、どうしたの? 悪い夢でも見てたのかい」

勇者(これも、魔王の仕業……?)

母「お昼ご飯は用意してあるから、ちゃんと食べるのよ。

    お母さんはこれから夕飯の買い物に行ってくるからね」

勇者「う、うん……」

 勇者がベッドから降りようとした時、何か堅いものが床に落ちる音がした。

勇者(これは……)

 そこには月桂樹を模した銀の髪飾りと、橙色の抽象画が描かれた絵葉書があった。

 絵葉書には何か書かれている。芯の通った綺麗な字だ。




    勇者へ

 あなたがこの手紙を読んでるということは、
 きっとうまくいかないことがあって、今の私とはさよならをした後のことなんだと思います。
 突然こんなことになって怒ってるかな。
 許してとは言えないけど、せめて最後にあやまらせてください。

 あなたは今、旅に出るちょうど前日の自分の家にいることと思います。
 それはすべて私のせいです。
 あなたはいつか、『女神の加護とは、ある日突然自分に授けられたと認識してしまうようなもの』だと言っていましたね。
 実は、神託のあった日、私もそれを経験しました。
 ぐるぐると螺旋を描くようなイメージと共に私が認識したその加護の力とは、
 [荒く塗りつぶして消した跡がある] 人を過去の世界へ送り届ける力でした。
 初めは、ただの思い過ごしなんだって思うようにしていました。
 でも旅の途中で、自分にも『勇者』の血が流れているのかもしれないと思わせることが何度かあって、
 そして賢者さんに二度目に会った時に、全てを知りました。

 ずっと黙っていてごめんなさい。
 私にはこうなることがわかっていたのに、ずっと言えなくてごめんなさい。
 あなたにだけ辛い思いをさせてごめんなさい。
 最後に、これは私のわがままなんですが、せめてそちらにいる私とは今まで通り仲良くしてくれませんか。
 そして、こちらで私と過ごしたことは忘れてください。
 本当に最後まで自分勝手でごめんなさい。

 [インクが滲んでいて判読できない]




 読み終えると勇者は走り出した。


# 町の教会

勇者「僧侶、僧侶はいるか!」

僧侶「きゃ! びっくりした! なんだ、勇者ね」

勇者「僧侶、何ともないのか? 怪我はしてないか?」

僧侶「ちょ、ちょっと。何よ、急に。そんなに大きい声で、恥ずかしいじゃない……!」

勇者「無事なんだね。でも、本当に、何も知らないのか……」

僧侶「え、何のことかしら?」

神父「勇者君、そんなに慌ててどうしたのです?」

勇者「え? あ……いや。

    あ、そうだ! 神託があったんですよね?」

僧侶「どうして知ってるの?」

勇者「ええっと…………夢で見たんだよ。それで、僧侶も一緒に旅に出るって言うんだろ?

    今すぐ、行こう!」

神父「勇者君、落ち着いて。君の見た夢はあるいは女神様がお見せになったものなのかもしれませんね。

    君の言う通り、今朝僧侶さんに神託がありまして、先ほど王様から旅の許可を頂いたところなのです」

勇者「それなら、行こう! 僧侶」

僧侶「ゆ、勇者! ちょっと変よ」

神父「何をそんなに急いでいるのです?」

勇者「ちょ、ちょっと、確かめたいことがあって……」

神父「私には君たちを止める理由がありません。

    しかし、いずれにせよ、きちんと王様にご報告してからになさい。

    そして、お世話になった人たちにも挨拶を忘れてはなりませんよ」

勇者「はい!

    じゃあ、僧侶。僕は用が済んだらここへ来るから、僧侶も急いで準備して!」

僧侶「え? う、うん」

短くてすみませんが、今日はここまでです。


>>214に出てきたバナッハ=タルスキーの定理の補足です。
バナッハ=タルスキーの定理とは、言ってみれば、
直径 1cm のビー玉1個を何個かに切り分けて、うまく組み合わせると
直径 1000km の同じ密度のビー玉にできる(1000kmではなくても0.1mmなど、好きな数字でもOK)、
という質量保存の法則もどこへやらの結構ぶっとんだ定理です。(飽くまで「定理」なので数学的には正しい)

この定理が成り立つには「選択公理」というものを認めなければなりません。
「公理」とは、数学におけるルールのようなもので、数学の全ての定理は数少ないいくつかの公理から導かれます。
数学をトランプの大富豪に例えてみると、選択公理は8キリ、
バナッハ=タルスキーの定理は8キリを採用した際の戦略とでも言えるでしょうか。
この選択公理がバナッハ=タルスキーの定理のキモであり、この定理が物理的には成り立たないことの所以でもあります。


以下、踏み込んだ内容になりますので、興味のある方は読んでみてください。

バナッハ=タルスキーの定理とは、より詳細に言うと、
任意の大きさの中身の詰まった球 A, B に対して、球 A を有限個に分割して、
それらをうまく回転・平行移動するだけで球 B になるというものです。
この定理はzfcという公理系の元で成り立つのですが、この公理系の公理のうちの一つが選択公理です。

選択公理とは直観的には以下のような感じです。
ボールが何個か入った複数の袋から1個ずつ選択して新しい袋に入れることができる。
(数学の言葉で言うと次のようになります。
空集合を要素に持たない集合族に対して、それぞれの集合から一つずつ元を選択して、新しい集合を構成できる)
一見当たり前のような公理ですが、上で言う「複数」とは「無限個」(可算無限とは限らない)も含み、
無限の袋からボールを選び出せるかというのは必ずしも直観に合うとは言えず、
選択公理を認めない学者も少なくありません。

バナッハ=タルスキーの定理では、実際には5個に分割すれば十分ということがわかっています。
また、そのような分割が存在することが選択公理から示されます。

このスレでは、数学者が結界の魔法(コッホ曲線)を見て、
魔法では無限集合族でも選択公理が成り立つのではないかと直観したという(裏)設定です。

振り返って数学の説明を読んできたけど、それを上手く魔法の設定に取り込めていて驚いた
そしてそれをわかってない僧侶がかわいい
乙でした

俺は僧侶だった…?

僧侶と作者にバグが発生したようだ


# 数時間後――町の外

僧侶「あーあ。折角今夜は神父様がはなむけをしてくれるって言ってたのになあ」

勇者「無理言ってごめんね」

僧侶「ううん、良いのよ。

    勇者って――いつからかしら――ずっと気が抜けたみたいにしてたから、

    さっきみたいな感じって小さい頃を思い出すわね」

勇者「え? 僕は昔のまま変わらないと思うけどなあ」

僧侶「ふふふ。どれだけ一緒にいると思ってるのよ! 勇者のお母さんが知らないことだっていっぱい知ってるわよ。

    例えば――」

勇者「あーあー! もうわかったから!

    とにかく、急に連れ出すようなことしてごめんな」

僧侶「だから、良いってば!

    それにね、ホント言うと、ちょっと嬉しかったんだ」

勇者「え?」

僧侶「さあ、行きましょう! よくわからないけど急ぐんでしょ?」

勇者「う、うん!」


…………

…………

僧侶「それにしても、この辺りは魔物が全然いないわね」

勇者「あの頃は……じゃなくて、最近はずっとこの辺で修行してたからね。当然さ」

僧侶「ふふ。頼りにしてるわね」

勇者「そう言えばさ、僧侶が聞いた神託ってどんな内容だったんだ?」

僧侶「『正義の士は愛を以って悪を滅ぼす』って私は聞いたんだけど、勇者は何のことかわかる?」

勇者「うーん……」

勇者(やっぱり、前と同じことを繰り返すのだろうか。

    でも、僕には前の記憶があるし、出発も一日早いのだから、全て同じってことには――)

僧侶「難しそうな顔して、どうしたの?」

勇者「え? ああ、神託について考えてたんだ」

乙乙


# 森の入り口

僧侶「ねえねえ、今日はどこまで行くの?」

勇者「もう日が暮れそうだね。今日はこの河原で野営しようか」

僧侶「じゃあ、私寝るところ準備するね! 勇者は薪になりそうな木を拾ってきて」

勇者「うん、頼むよ」

勇者(ああ、すごく昔のことのように感じるなあ)

…………

勇者「おーい、これくらいあれば足りるかな?」

僧侶「ふむ、ご苦労であった。楽にして良いぞ」

勇者「うん。水も汲んできておいたから食事にしようか」

僧侶「え……? うん、そうね」

勇者「どうしたの?」

僧侶「いや、何と言いますか、肩透かしと言うか……」

勇者「良いんだよ、僧侶はいつも頑張ってくれてるから。

    さあ、火を点けてくれないか?」

僧侶「うーん……。やっぱり、おかしい!」

勇者「え?」

僧侶「ふふ。おかしいけど、悪い気はしないわ!」

 僧侶は勇者が集めてきた木の枝に向けて火の魔法を放った。

勇者「うわ、僧侶! 火力強過ぎ!」

僧侶「あ! ごめんなさい! つい……!」


…………

…………

僧侶「こうやって、外でキャンプするのってあの時以来よね」

勇者「ああ、そんなこともあったっけ」

僧侶「私ははっきりと覚えてるわよ――」

仮に僧侶から何度もやり直しの機会を与えられても
どこぞの魔法少女のように過酷過ぎる運命を辿るだけだなこれ


# 回想――十年前――町の教会

男の子「何してんの?」

僧侶「え? なんでもないよ」

男の子「嘘だ。今、後ろになんか隠しただろ!」

僧侶「や、やめて!」

 男の子は僧侶の手から何かを強引に奪い取った。

男の子「なんだ、これ?」

僧侶「お母さんの写真、返してよお!」

男の子「こんなもの見てたのかよ」

僧侶「返してってば!」

 微弱ながらも、僧侶の手に自然と魔力が溜まっていく。

男の子「うわ! このバケモノ!」

僧侶「違うもん……バケモノじゃないもん……」

 その時、教会の入口の方から、勇者が神父を呼ぶ声が聞こえてきた。

男の子「あいつんちもバケモノ一家らしいな。お前とお似合いだ!」

僧侶「違う……違う!」

 意図せずして、僧侶の手から小さな魔力の塊が放たれた。

男の子「いて! 何すんだよ、お前!」

僧侶「勇者は違うもん!」

 僧侶は、突然走り出した。

男の子「覚えてろよ、このやろう!」

勇者「おーい、僧侶! どうかしたの?」

 入口にいた勇者を無視して僧侶は走り去っていった。


 その夜、無我夢中で走ってきた僧侶は道に迷ってしまい、途方に暮れうずくまって泣いていた。

勇者「そこにいるのは、僧侶? 僧侶か?」

僧侶「ゆ、勇者!」

勇者「僧侶! 大丈夫? 怪我はしてない?」

僧侶「うう、勇者……怖かったよお。でも、絶対助けに来てくれるって信じてたよ」

勇者「駄目じゃないか! 大人たちが最近じゃ魔物が出るって言ってたよ。

    一人でこんなとこにいたら危ないんだぞ」

僧侶「うん……」

勇者「夜は特に危ないんだからな! 火を焚いて、朝になるまでここで待ってなくっちゃ」

僧侶「うん……」

勇者「それから、ほら。これ、大事なものなんでしょ?」

 勇者は僧侶に写真を手渡した。

僧侶「あ、これ……。ありがとう」

勇者「えへへ、安心しろよ。

    これからは、僕が――」




勇者「僕が、僧侶を守るから」

僧侶「え……?」

勇者「だから、安心して」

僧侶「……」

勇者「明日は、二番目の町まで行くから、ご飯を食べたら早めに寝よう!」

僧侶「……」

勇者「おーい、どうした?」

僧侶「ううん、なんでもないの!

    ふふふ!」

 火力の強過ぎる焚火のせいか、僧侶の顔は赤く染まっていた。

今日はここまでです。ありがとうございました!

女神様のやり方陰湿すぎぃ!

真のラスボスは魔王ではなく女神だった…なんて事になってもおかしくないな


# 翌朝

僧侶「勇者ー! 起きて! 朝ですよー」

勇者「うーん、もう少し……」

僧侶「ほらほら! 昨日、あれだけ急いでたくせに!」

勇者「そ、そうだった」

僧侶「ねえ、どうしてそんなに急ぐ必要があるの?」

勇者「それはその時が来たらわかるからさ」

僧侶「それじゃあ、全然答えになってないわよ!」

勇者「そう言えば、僧侶の母さんってどんな人だったんだ?」

僧侶「話をはぐらかさないでよお」

勇者「まあまあ。教えてくれよ」

僧侶「仕方ないわねえ……て言っても、私も全然知らないんだけどね。

    顔も、若かった頃の写真しか見たことがないし……」

勇者「そうか……」

僧侶「でも、神父様がよく話して聞かせてくれたわ。

    花や動物が好きで――そうそう、特に蛍が好きだって言ってたわね。

    昔から体が弱かったみたいなんだけど、明るくて優しい人だったって」


勇者「じゃあ、僧侶とはあまり似てないんだね」

僧侶「どうして?」

勇者「だって、僧侶は花より団子って感じじゃないか」

僧侶「う……」

僧侶(悔しいけど、言い返せない……)

勇者「僧侶の父さんはどんな人だったの?」

僧侶「それが、何も知らないの」

勇者「顔も名前も?」

僧侶「うん……神父様も知らないって言ってた。

    お母さんは誰にもそのことを話さなかったみたいなの」

勇者「そっかあ。でもこれで、僧侶の父さんがどんな人だったのか、少しだけわかったよ」

僧侶「え? 何、何?」

勇者「きっと、僧侶の父さんは食いしん坊で、ちょっと怒りっぽい人だったんじゃないかな!」

僧侶「ちょっと! どういうことよ!」

勇者「ほら、これこれ!」

僧侶「う……」

勇者「はは。いやだなあ、冗談だって!」

僧侶「もう! わかってるわよ! さ、行きましょ」

 僧侶は形だけぷりぷりしながら、先を歩いて行った。




僧侶「あ、勇者! スライムよ!」

勇者「よし、任せて。僧侶は危ないから僕の後ろにいて」

僧侶「うん。わかったわ」

…………

スライム「おい! お前が大人しく俺に食われるって言うなら、後ろにいる女は見逃してやっても良いぜ」

勇者「そんなことより、さっき向こうに王国の騎士がいたぞ! お前の仲間は大丈夫か?」

スライム「な、なんだって!」

勇者「早く戻って――」

 勇者が終いまで言ってしまう前に、スライムは既にその場からいなくなっていた。

 僧侶はきょりきょろと周りを見ている。

勇者「魔王を倒せば、魔物も人を襲わなくなるのかなあ」

僧侶「ねえ、騎士なんてどこにもいないわよ?」


勇者「ははは、そりゃそうだ。さっきのは出まかせだもの」

僧侶「まあ! そんないい加減なことしてたら、怪我しちゃうわよ」

勇者「それはないよ。

    あのスライムは確かに人間を良く思ってはいないけど、仲間思いな奴なんだ」

僧侶「え? どうして?」

勇者「うーん、魔物同士でも家族や仲間との絆とかってやっぱり強いんじゃないのかな」

僧侶「そうじゃなくて、どうしてあのスライムが仲間思いだとかって知ってたの?」

勇者「それは……その……ほら、あれだよ。スライムってのは一般的に仲間思いな魔物なんだ。

    修行してた時によく戦ったからわかるんだよ」

僧侶「ふーん、まあ、良いけどね。それに、守ってくれてありがとう。

    でも、魔物って人間と似てるところもあるのね。

    意外だなあ」

勇者「はは。人間が勝手に『魔物』って呼んでるだけで、実はそこにそれほど違いはないのかもしれないよ」

僧侶「変わったこと言うのね。でも人間を襲うのも事実よ」

勇者「まあ、そうなんだけどさ」

勇者(おかしいな。ここを通るのは前回よりも一日早いはずなのに……。

    あのスライムは前回会ったスライムと同じとみて間違いないだろう。

    やっぱり、同じことを繰り返してしまうのか?

    いや、でも微妙に違うことも起きているし……。

    そうだ。手紙には、僧侶は神託のあった日に加護を受けたと書いてあったけど、

    今の僧侶はどこまで知っているのだろう。

    僕の経験を話して信じてもらえるだろうか。

    信じてもらえたとしても、それは僧侶を悲しませるだけなのではないか。

    …………まだ、時間はある。焦らずに行こう)

僧侶「また、考え事?」

勇者「あ、ごめんごめん。

    そうだ、僧侶に頼みたいことがあるんだけど」

僧侶「なあに?」

勇者「町に着いたらさ――」


# 二番目の町

町長「旅のお方か。来て早々に申し訳ないが、どうか我々の頼みを聞いてくださらぬか」

僧侶「どうしたんですか?」

町長「夜毎に魔物が現れて、この町の畑を荒らしていくのだ。町の者はみな飢えに苦しんでおる」

勇者「そうですか…………」

町長「川上の方から来るということはわかっているのだが、確認に行こうにもあの辺りは魔物が多くてな」

僧侶「それなら私たちが懲らしめてきますよ! ね?」

勇者「う、うん……」

町長「なんと! 引き受けてくださるか。ありがたや、ありがたや」


# 二番目の町――宿屋

僧侶「ねえ、勇者。どうして町の人には『勇者』であることを黙っててだなんて言ったの?」

勇者「この町の人には、僕たちはただの旅人だって思ってもらってた方が良いと思うんだ」

僧侶「どうして?」

勇者「例えば、この町に出るっていう魔物を退治したとして、

    そのことで却って町の人たちが不幸になるんだとしたら、僧侶はどうすれば良いと思う?」

僧侶「ええ? よくわかんないよ。どういうこと?」

勇者「うーん……嫌な夢を見たんだ」

僧侶「夢?」

勇者「そう。僕たちがこの町に出る魔物と話し合って、遠くの森に住むように説得したんだ。

    だけど、しばらくしてから町の人たちがその魔物を怒らせちゃって、結局町は滅んでしまったんだよ」

僧侶「おかしな夢ね」

勇者「うん……自分でも本当、そう思うよ」

僧侶「でも、簡単なことじゃない!

    私たちの話を聞いてくれたのなら、その魔物は本当に悪い魔物ではないと思うの。

    それなら、あらかじめ町の人たちにも悪い魔物じゃないんだよって言ってあげればいいのよ。

    それに、どうあったとしても町の人にとって勇者は正義のヒーローよ!」

勇者「なあ、僧侶。

    ある人の為を思って精一杯やれることをやったのに、

    逆にその人にすごく辛い思いをさせたり、その人から恨まれたりしたとしても、

    それって正義って言えるのかなあ」

僧侶「どうしたの、急に?

    そんなこと言ってたら、未来のことが完璧にわかる人しか正義じゃないってことになっちゃうんじゃない?」

勇者「確かに、それもそうだね。

    ごめんね。あまりにも鮮明な夢だったから、ちょっと動転してたのかもしれない」

僧侶「うふふ。きっと慣れない旅で疲れてるのよ! 今日はもう寝ましょう?」

勇者「はは。その通りかもしれないな。

    じゃあ、おやすみ」

僧侶「おやすみなさい」

今日はここまでです。おやすみなさい。

乙乙


# 翌朝

僧侶「勇者! 朝ですよー」

勇者「うーん……」

僧侶「ほら! しっかりして!」

勇者「僧侶はホント、朝からいつも元気だよなあ」

僧侶「勇者が朝に弱過ぎるだけじゃない?」

勇者「人類の祖先は元々夜行性だったんだよ」

僧侶「はいはい。今日は魔物のところへ行くんでしょ!」

勇者「そうだったね……」


# 町の外

僧侶「魔物は川上の方から来るって話だったわよね」

勇者「うん。気を付けて行こうね」

…………

…………

僧侶「勇者。あんなところに祠があるわよ」

勇者「ああ、ゴブリンはきっとあの中だよ」

僧侶「え? ゴブリン?」

勇者「あ……ええっと、ゴブリンってのは川沿いに住む習性があるから、もしかしたらそうかもなって」

僧侶「そうなの?」

勇者「う、うん。だから気を引き締めて行かないとね。

    僧侶は僕の後ろから付いてきて」

僧侶「うん」


# 川上の祠

ゴブリン「人間が自ずからここへ来るとは、気でも狂ったか!」

勇者「ゴブリンよ。単刀直入に言おう。

    僕たちと一緒に、町へ来てくれ!」

僧侶「え?」

ゴブリン「何の真似だ!」

勇者「僕は知っているんだ。

    お前は本当は人間なんか襲いたくない。だけど、食べ物には困っている。

    だから仕方なく町の畑を荒らしているんだって」

ゴブリン「……」

僧侶「勇者、どういうこと……?」

ゴブリン「もしそうだとして、お前はどうすると言うんだ」

勇者「町の人たちと話し合ってもらう。

    友好的にはなれなかったとしても、共に生きることはできるはずだ!」

ゴブリン「それは無理だ」

勇者「なぜ?」

ゴブリン「人間は魔物が来たと見れば黙ってはいまい。

    元々相容れない存在だ」

勇者「僕たちが一緒なら――」

ゴブリン「それに、お前たちを信じる義理もない」

勇者「このままだと、飢えで町は滅んでしまうぞ!

    ほら、僕に他意は無い!」

 勇者は両手を上げてそれを示そうとした。

ゴブリン「だが、そっちの女は違うようだな」

僧侶「う……」

 僧侶はゴブリンの動きを見ていつでも魔法が使えるように構えていた。

勇者「僧侶、昨日自分で言ったことを忘れたのかい」

僧侶「うん……」

 僧侶の方から徐々に力が抜けていく。

勇者「さあ、どうする?

    僕を信じてくれとまでは言わない。

    だが、僕たちについてきたところで失うものはないはずだ。

    ならばそうした方が合理的だろう?」

ゴブリン「……お前たちは町へ戻れ」

勇者「な、なぜだ」

ゴブリン「先に戻れ。後から付いて行く」

勇者「……ありがとう」

 勇者はほっと胸を撫でおろした。




勇者「ははは。やっぱり僧侶の言う通りだったね! 話してみるものだなあ。

    町の人は喜んでくれるかなあ?」

僧侶「ねえ、勇者……どうして、ゴブリンのこと知ってたの? それに、それだけじゃないわ。

    私に何か隠してるでしょ」

勇者(いつまでも、隠していることではないのかな)

勇者「わかった。この件が済んだら、きちんと話すよ」

僧侶「ふふ。何もそんな怖い顔することないじゃない!」

勇者「とりあえず、町に着いたら町長さんにゴブリンのことを話しておかなくちゃね」


# 二番目の町――町長の家

町長「これはこれは。もう魔物を退治してくださったのか」

勇者「いえ、そうではありません。ただその魔物と話をしてきました」

町長「どういうことことかのう」

勇者「魔物にとっても、この町の人を困らせることは本意ではなかったんです。

    ですから、これを機に互いに意思の疎通を図ることができればと思いまして」

町長「これはまずいことになった……」

勇者「え? どういうことですか?」

 その時、家の外から町の人の悲鳴や怒号が聞こえてきた。

 勇者と僧侶は急いで戸外に飛び出した。

元気と魔法を除くとポンコツな部分しか残らないのが僧侶の致命的な所




「きゃあ! 魔物よ!」

「くそ! 昼間から来るようになったか!」

「みんなで町を守るんだ!」

「殺せ、殺せ!」

勇者「みなさん! 落ち着いてください!」

「旅の人か! 危ないから隠れてろ!」

勇者「そうじゃないんです! あの魔物は町を襲いに来たわけじゃありません!」

「いんや、おらは見たことがある。畑を食い荒らしてたのはあいつだ!」

ゴブリン「…………」

僧侶「でも、今は違うんですよ! 私たちの話を聞いてください!」

「なんだ、お前たち。あの魔物の肩を持つってのか!」

「こいつらも魔物の仲間かもしんねえぞ!」

僧侶「きゃ! 違いますって。だから、話を聞いて!」

「出てけ! 出てけ!」

「もう二度と来んな!」

「次来たら命はねえぞ!」

僧侶「……」

勇者「僧侶。行こう」

 勇者は僧侶の手を取り、町を離れた。




勇者「すまなかった。安易だったよ……」

ゴブリン「だから言っただろ。

    人間と魔物は元々相容れない存在なのだと」

僧侶「勇者……」

勇者「どうすれば良かったんだ……」

ゴブリン「ただ、お前は悪くない。

    これで良かっただろ」

僧侶「え?」

ゴブリン「もう、あの町には近付かない。

    これで全て解決するだろ?」

勇者「それじゃあ、あまりにも……」

ゴブリン「気にするな。こちらにとっても有益なことがなかったわけでもない」

勇者「そうか、ありがとう」

ゴブリン「礼は不要。合理的に考えただけだ」

勇者「はは。救われるよ。

    川を越えて一日も歩けば森がある。そこならお前もゆっくり暮らせるはずだ」

ゴブリン「そうか」

勇者「ただ、人間と森で出くわせば怯えさせてしまうかもしれないから、気を付けてほしいんだ」

ゴブリン「約束はできない」

勇者「ああ、わかってる。

    それじゃあ、面倒を掛けて悪かったな。僕たちはもう行くよ」

 勇者と僧侶はその場から立ち去ろうとした。

ゴブリン「おい。お前、名は何と言う」

勇者「勇者だ」

ゴブリン「そうか。あばよ、勇者」




勇者「このまま川を下ると丘の上に小さな村があるんだ。

    今日はそこまで行こう」

僧侶「うん」

勇者(前回とは微妙に違うけど、これじゃ駄目だよ。

    これが正義だなんて言えないよ)

…………

…………

僧侶「全然魔物が出てこないわね。つまんなーい」

勇者「おいおい、あのなあ……」

僧侶「ふふ、わかってるわよ。冗談よ」

勇者「もう日が暮れそうだね。そろそろ村に着くはずなんだけど……」

僧侶「ねえねえ、ほら! あそこ」

 丘の上から柔らかい光が漏れてきているのを二人は認めた。

勇者「よし、急ごう」

僧侶「ちょっと、速いよお!」


# 丘の上の村

村人「おや、お二人さん、忘れ物かい?」

僧侶「え? なんですか?」

勇者「あはは、実はそうなんですよ」

村人「まあ、大したものはねえ村だが、ゆっくりしていってくれや」

僧侶「あの……人違いか何かじゃ――」

村人「ふははは、ホント愉快な人たちだ。おら、まだ仕事があっから、またな」

勇者「あ、ちょっと待ってください!」

村人「どうしたんだい?」

勇者「ええっと……僕たちがさっき村を出てからどれくらい経ちましたっけ?」

村人「ふははは、まだ一時間も経ってねえでねえか」

勇者(よし!)

勇者「ははは、そうでしたね!

    あ、あと、僕たちの他にも、同じようなことをしようっていう人はいますか?」

村人「龍の涙を捕まえようなんてお前さんがたぐらいのもんだな。

    あんまり捕まえ過ぎんでねえぞ?」

勇者(やっぱり湖に向かったのか)

僧侶「龍の涙……?」

勇者「はい! どうもありがとうございました!」

僧侶「え? 何なのよ、もう!」

勇者「ごめん。ちゃんと後で説明するから」

僧侶「約束よ!」

勇者「うん、だから急ごう! 僕たちも見に行くんだ!」


# 村の外

 日が暮れて、闇が一層深まる。

僧侶「はあ……はあ……。勇者、もう疲れたよ」

勇者「うん。でももう少しだよ!」

僧侶「あ……茂みの向こう」

 淡い桃色の光が目の前の茂みから漏れていた。

勇者「ああ、あれが龍の涙だね」

 茂みをかき分けると、遠く、前にいる男女の姿が目に入った。

勇者(あれが…………じいちゃん)

 時を超えた邂逅に勇者は固唾を呑んだ。

 そして、それは僧侶も同じであった。

僧侶「お母さん……?」

勇者「え?」

 二人は目を見合わせた。

 一陣の風が吹く。

 再び視線を戻した時、そこに男女の姿はなかった。


# 村外れの湖

勇者「おかしいなあ。この辺りにいたはずなのに、どこへ行ったんだ……」

僧侶「まるで風に吹かれて消えてしまったみたい……」

勇者(そうか。じいちゃんの加護の力は確か……)

僧侶「でも、こんなところで龍の涙が見られるなんて思わなかったわ。

    綺麗。本当に、優しい色」

勇者「ああ。僕も好きなんだ」

僧侶「えへへ。勇者も知ってたんだ。私も大好きなんだ! 見るのは初めてだけど。

    お母さんが大好きだったんだって」

勇者「そっかあ……」

僧侶「ねえ、知ってる? 龍の涙には、悲しい言い伝えがあるんだよ」

勇者「どんな話だったっけ」

僧侶「こほん。では教えてしんぜよう」

勇者「ふむ、聞いてしんぜよう」

悲しいなあ


    昔々、龍と人間が戦争をしていたと言うずっと昔のこと。

    若い龍が人間との戦いに傷付いて、湖の畔に倒れていました。

    そこへ水を汲みに人間の娘がやってきたのです。

    娘は大層驚きましたが、話に聞いていた龍とは違ってその龍からはなんと優しさが溢れていました。

    そこで、娘は龍の鱗から汚れを落とし、湖の水を飲ませてあげました。

    それから娘は毎日龍の看病を続けました。

    言葉こそ通じないものの、龍と娘は次第に惹かれ合っていきました。

    けれどもある日、村の人に龍のことがばれてしまいました。

    中には龍との戦で家族を亡くした人もいたので、村人は総出で龍を襲い、

    また、龍をかくまっていた娘は、その場で殺されてしまいました。

    それを見た龍は、怒り狂って村人たちをなぎ払い、娘の亡骸を抱きしめました。

    龍は魔法の言葉を呟いてから、娘に口付けをしました。

    すると、なんと言うことでしょう。娘は暖かな光に包み込まれたかと思うと、息を吹き返したのです。

    そして龍は最期の力を振り絞って、娘を光ごと、平和の国へと送ってしまいました。

    一方、全ての力を使い果たした龍は、その場で古木に成り代わってしまいました。

    しかし、五十年に一度だけ、それもほんの一夜だけ、龍の姿に戻り、湖の畔で一人涙を流し続けているのだそうです。

    優しさ溢れる、淡い桃色の涙を。


僧侶「うふふ。悲しいけど、素敵なお話よね」

勇者(あれ? なんか少し記憶と違うような)

僧侶「ねえ、勇者。この女の人は幸せになれたのかなあ?」

勇者「幸せになるに決まってるさ。

    その娘もきっと、龍がどれだけ辛い気持ちで送り届けたか知ってるはずだから」

 勇者はそういうと唇に手を当て、目を伏せた。

僧侶「勇者…………泣いてるの?」

勇者「ち、違うよ! あくびをしてただけだよ!」

僧侶「そう。私もなんだか眠くなってきちゃったな」

勇者「もう少しだけ、こうしていようよ」

僧侶「うん。

    あ、そうだ! 後でちゃんと説明してもらうからね」

勇者「ああ」

 二人は湖の畔に腰を下ろし、肩を並べて、淡い桃色に満ちた湖を見つめていた。

今夜はここまでです。ありがとうございました!

続き楽しみにしてるよ
おつ

乙!

いのちはだいじに


# 丘の上の村――宿屋

勇者「なあ、僧侶。さっき、湖に着いた時に『お母さん』って言ってたよな?」

僧侶「うん……。

    一瞬しか見てないからひょっとしたら見間違いかもしれないんだけど、

    あの女の人、私が写真で見た若い頃のお母さんにそっくりだったの」

勇者「じゃあ、村の人は僧侶のことを僧侶の母さんだと思っていたのかもね」

僧侶「そんなわけないわ。だってお母さんは私を生んですぐに……。

    それに勇者まで誰かと間違われてたんだから、きっと村の人にからかわれてたのよ。

    それよりも私に話さなくちゃいけないことがあるんじゃない?」

勇者「うん。そうだったね……。何から話せば良いかな」

僧侶「じゃあ、どうして今まであんなに急いでたのか教えて?」

勇者「そうだね。

    湖にいたあの二人に会う為さ。

    僕には彼らが今日湖に来ることがわかっていたんだ」

勇者(できれば僧侶の加護の力を使ったことは伏せておきたかったんだけどな……)

僧侶「え……? どうして?」

勇者「僕は時間を繰り返しているんだ。

    僧侶とこうやってこの村に来るのも、僕にとっては二回目……」


僧侶「ふふふ。真面目な顔して何を言うのかと思えば。そんなことあるわけないじゃない!」

勇者「ほ、本気で言ってるの?」

僧侶「当然よ?」

勇者「……僧侶は女神の加護って知ってる?」

僧侶「あ、うん」

勇者「その力で、僕は過去に戻ってきたんだよ」

僧侶「へえ。勇者の加護の力ってすごいんだね!」

勇者「なんだって!」

僧侶「え? どうしたの?」

勇者「いや……なんでもないよ。

    まあ、それで僕には先々のことが大体わかるんだ」

僧侶「ねえねえ、じゃあ戻ってくる前のこと教えてよ」

勇者「それは……。

    魔王の前まで行ったんだけど、駄目だったんだ」

僧侶「あ……ごめんね」

勇者「いや、良いんだ」

僧侶「でもこれでわかった気がするわ」

勇者「え、何が?」

僧侶「出発してからどうして勇者が変わったのか」

勇者「それ、この前も言ってたけどいまいちぴんとこないんだよなあ」

僧侶「そうかしら? 勇者以外はみんな気付いてたと思うわよ。

    だってこれまでは勇者、すごく悲しそうな目をすることがあったから」

勇者「そっか……。

    確かに僕は自分の加護を知ってから、すっかり自信をなくしていたのかもしれない」

僧侶「そうなのね……」

勇者「でも今は違う。

    今まで本当にいろんなものを見てきたよ。

    今回で僕は絶対に魔王を倒す。僧侶の為にも」

僧侶「ふふふ。私なんかの為よりも世界の為に魔王を倒すのよ!」

勇者「はは、そうかもね」


# 翌朝

勇者(珍しく僧侶より早く起きたぞ。今日こそは僕が叩き起こしてやろうかな!)

 勇者は小さく寝息を立てている僧侶の寝顔を覗き込んだ。

勇者(僧侶の髪ってこんなに長かったんだよなあ……)

僧侶「うーん……あれ、勇者、何してんの?」

勇者「うわ! いや、ちょっと、早く起きたから体操でもしようかと」

僧侶「私の顔を見ながら?」

勇者「それは、その……」

僧侶「ふふ。おはよう。今日はどこに行くの?」

勇者「お、おはよう。

    そうそう、今日は川を下った先の港町まで行こう。会いたい人がいるんだ」

僧侶「どんな人なの?」

勇者「僕たちの仲間さ」

短くてすみませんが、今日はここまでです。いつもありがとうございます。

乙!

僧侶が割と不安定なもんだから数学者が最後の良心




僧侶「ここまで来ると、川幅もだいぶ広くなってきたわね。きっともうすぐ海よ」

勇者「僧侶、僕の記憶だとこの辺で魔物に出くわすはずなんだ。気を付けて行こうね」

 勇者は僧侶の手を握った。

僧侶「こ、子供じゃないんだから、手なんか繋がなくたって……!」

 勇者は凛とした顔で言う。

勇者「そうじゃないよ。これから先は色々と物騒なんだ。町に入っても安心はできない」

僧侶「そ、そっか。わかったわ」

勇者「守るって約束したからね。もう誰も傷付けたくないんだよ」

…………

…………

僧侶「うわあ、磯の香りがする!」

勇者「ああ。港までもうすぐだ!」

僧侶「魔物なんて全然出てこなかったわね」

勇者「うん。記憶との違いも日を追う毎に大きくなってきているような気がするなあ。

    港町では今人さらいが横行しているから、僧侶は絶対に僕の手を放しちゃいけないよ」

僧侶「ふふ。わかったわ!」


# 港町

僧侶「いろんな人種の人がいるわね」

勇者「ここは交通の要だからね。大陸の内外から人がやってくるんだよ」

僧侶「ねえ、勇者。今夜酒場へ行ってみない?」

勇者「それは……」

勇者(あ、でも数学者さんと初めて出会ったのはこの町の酒場だったな)

勇者「じゃあ、約束してくれないかな」

僧侶「なあに?」

勇者「まず、飲み過ぎないこと」

僧侶「ふふ。いやねえ。私がそんな――」

 勇者はじっと睨みつけた。

僧侶「わ、わかったわよ! だから、そんな目で見ないで」

勇者「それから、僕から絶対に離れないこと。いいね?」

僧侶「トイレも一緒に入るの?」

勇者「あのなあ……」

僧侶「ふふふ。冗談よ!

    わかったわ。私もちゃんと気を付けるから」

こう言う所があるから要所で勇者が無理をしないといけなくなってしまう


# 港町――酒場

マスター「二名様ですか。こちらへどうぞ」

 二人はカウンターへ案内された。

勇者「じゃあ、僕はソルティ・ドッグをお願いします」

僧侶「あら、勇者。手慣れたものね」

勇者「や、やだなあ。紳士としての嗜みだよ。ははは。

    僧侶はどうする?」

僧侶「そうねえ……。じゃあ私はロングアイランド・アイスティーを」

マスター「承知致しました」

勇者「あ、チェイサーもお願いします!」


 その時、入口の扉が開いた。

勇者「あ、数学者さん……」

 思わず勇者の口から漏れた。

数学者「おや、失礼ですがどこかでお会いしましたかな」

勇者「いや……あの、こちらが一方的に知っているというだけなので」

数学者「ということは、数学科の学生さんでいらっしゃいますか?」

僧侶「いえ、私たちは魔王を倒す旅をしているのです!」

勇者「そ、僧侶……」

数学者「なんと! すると、あなたは勇者さんではありませんか?」

勇者「ええ、そうなんですけど……」

数学者「いやはや、これは光栄です。

    ところで、勇者さんがなぜ私などのことをご存知なのでしょう」

勇者「それが……なんと言うか、こんなこと、信じてはいただけないと思うのですが……」

数学者「どうぞ仰ってみてください」

 その時、勇者の脳裏にいつかの魔王の言葉がよぎった。

 『地下で死んだお前の仲間もそうだろう。お前がこの二者を殺したも同然なのだ』

勇者(違う! それは間違ってる!)

勇者「僕は……僕は、時間を繰り返しているんです」

数学者「繰り返す……ですか」

勇者「はい。ここで数学者さんとお会いするのも、僕にとっては二回目なんです。

    そして、僕たちは共に旅をすることになりました」

数学者「むむ……」

勇者「こんな話、とても信じられませんよね……」

僧侶「でも、勇者は本当のことを言ってるんですよ!」

数学者「私がお供することになった時、何か申し上げてはおりませんでしたか?」

勇者「ええっと……確か教え子さんに会いに行くと仰っていたような気が……」

数学者「他にはありませんか?」

勇者「そうですね……あ、正義について僕たちと一緒に考えてみたいとも仰っていました!」


数学者「やはりそうですか。確かにそれは私の本懐ですね。

    ……信じましょう、勇者さん!」

勇者「本当ですか!」

数学者「それに、物理学の世界では、世界線のループを許容するような宇宙解も存在するようですしね」

勇者「どういうことですか?」

僧侶「私は頭がループしそうです……」

数学者「ははは、失礼。時間を繰り返すような宇宙も物理学的には存在するかもしれないということです。

    よろしかったら、明日またお話し致しませんか」

勇者「はい、喜んで!」

僧侶「勇者、良かったね!」

遅くてすみません。今夜はここまでです。

乙!


# 港町――宿屋

僧侶「勇者が会いたがってた人って数学者さんのことだったのね!」

勇者「そうだよ」

僧侶「旅の仲間って言ってたから、私はもっと強そうな人をイメージしてたなあ」

勇者「ああ、強い人だったとも!」

僧侶「え? まさか、魔法が使えたりとか……」

勇者「そういうことじゃないよ。数学者さんは本当の意味で勇気のある人だったんだ」

僧侶「勇気?」

勇者「うん。

    数学者さんは、どんな時でも本当に恐れるべきものとそうでないものとを見分けられる人こそ

    勇気がある人なんだって言ってたよ」

僧侶「どんな時でも、か」

勇者「だけど僕は魔王と対峙した時にそれができなかった。

    自分が何をしようとしているのかわからなくなってしまったんだよ」

僧侶「はっきりしてるじゃない。魔王を倒して世界を平和にするのよ!」

勇者「平和の為なら、不幸になる人が出てきてしまっても良いのかなあ」

僧侶「じゃあ、勇者はこのままで良いの?

    みんながみんな幸せになる方法なんて確かにないのかもしれない。

    それでも、やらなくちゃいけないことってあるでしょ!」

勇者「わかるよ。わかるんだよ、僧侶。

    僕だって自分がしていることが間違いだなんて思っちゃいない。

    でも魔王はそういう心のわずかな隙間に入り込んできては、人が絶望するよう仕向けるんだ」

僧侶「そうなんだ……ごめんね、ちょっと熱くなっちゃったみたい」

勇者「いや、良いんだよ」

僧侶「でも、これで益々はっきりしたじゃない」

勇者「え、なんだい?」

僧侶「魔王なんかに惑わされない強い意志を持てば良いのよ!」

勇者「ははは! すごく簡単に言うなあ!

    でも、その通りだ。

    その為にも数学者さんと話がしたかったんだよね」


# 翌日

数学者「私は一旦明日の飛行船で学園都市まで行くつもりなんですが、

    お二人はこれからどうなさるんですか?」

勇者「この町で起きている人さらいの犯人の元へと行こうと思っています」

数学者「場所はわかっているんですね」

勇者「はい。時間を繰り返す前にも行きましたからね」

数学者「そうでしたか。

    話せる範囲で構いませんので、よろしかったらその以前の記憶についてお聞かせ願えませんか」

 そこで勇者は、学園都市で数学者に会ってから最果ての島へ着くまでのことをかいつまんで話した。

勇者「そしてなんとか魔王の元までは行けたんですが……そこで僕は不思議な経験をしたんです」

僧侶「不思議な経験?」

勇者「うん。

    幻だったのか現実だったのかわからないんだけど、

    僕たちが助けたと思っていた人たちがことごとく不幸になっていく様を見せられたんだ。

    この間のゴブリンのいた町や、これから行く犯人が……」

僧侶「そう……」

数学者「それを見てどう思いましたか?」

勇者「それは全て嘘なんだって思おうとしたんですが、

    でももし本当だったとしたら僕がしてきたことは一体なんだったんだろうって……。

    そしてその隙を魔王に突かれてしまったわけです」

乙!

乙乙

魔法や奇跡よりも勇気と知恵と行動力が大事と言う戒め


勇者「それから……これも言っておかなければいけませんね。

    数学者さんは女神の加護というものをご存知ですか?」

数学者「はい。確か『勇者』の血を引く者が代々得るものなんだとか」

勇者「その通りです。そして僕はその加護の影響で体力がなくなってしまいました」

僧侶「え、どういうこと?」

勇者「少しでも攻撃を受けたら、今の僕は死んでしまうということだよ」

数学者「それは実際に攻撃を受けてみないとこにはわからなくはありませんか」

勇者「それが、女神の加護というものはそれを受けた瞬間にそれがどのようなものなのか認識できることがあるんです」

数学者「なるほど、そういうことでしたか」

勇者「ですが、その代わりに僕は人を説得する力を得ました。

    僕に説き伏せられた人はそれを正しいと信じることになるようなんです」

僧侶「え……?」

数学者「説き伏せるということは、いかなる方法であれ相手を論駁できれば良いんですね」

勇者「そうだと思います」

数学者「むむ……」

僧侶「じゃあどうして魔王の前で戸惑うことになっちゃったの?」

勇者「出会う人全員を説き伏せるなんてできないし、

    仮にそれができたところで僕のせいで人が不幸になるということは十分に起こり得るからね……」

数学者「人が幸せなのか不幸なのか、案外第三者にはわからないものですよ」

勇者「そうでしょうか……」

数学者「もしそれがどうしても気になると言うのでしたら、何もしなければ良いのです」


勇者「そんな! 奴隷として捕らわれている人たちもいるんです! 放っておくわけには……」

数学者「信じましょう」

勇者「え?」

数学者「人を信じさせることができるなら、人を信じることもできるでしょう?

    固く信じて、なすがままに任せ全てを受け止めるのです。何が起きようとも」

勇者「そう言えば、魔王も似たようなことを言っていました。

    結果がどうであれ信じる心が揺らいでいるならそれは欺瞞だって」

数学者「尤も至極なことですね」

僧侶「ところで、その人さらいはどこにいるの?」

勇者「アジトが離島にあるんだ」

数学者「それならば私が船の手配を致しましょう! 知り合いが船を所有していますので」

勇者「本当ですか! どうもありがとうございます!」


# 翌日

数学者「船は早ければ明日にでも到着するようです」

勇者「わかりました!」

数学者「それでは、私はそろそろ飛行船の時間ですので」

勇者「ではまた学園都市で合流しましょう。

    できれば僧侶も飛行船で連れて行ってもらえませんか?」

僧侶「ちょ、ちょっと、どういうこと?」

勇者「だって、どんな危険があるかわからないんだよ」

僧侶「それはこっちの台詞よ? 勇者がピンチの時には私の魔法で守ってあげる!」

数学者「僧侶さんは魔法がお得意なんですね!」

僧侶「ええ、小さい頃から特訓してきましたから!

    ね、良いでしょ? 私、勇者の力になりたいの」

勇者「……わかったよ。

    でも、僧侶の力なしで済ませてみせるよ」

僧侶「ふふふ。もっと頼ってくれても良いのになあ」

数学者「相手はいやしくも無法者の集まりですから、十分に気を付けてくださいね」

僧侶「はい!」

勇者「数学者さんも道中お気を付けて!」

数学者「そうですね。

    では、健闘を祈ります」

今日はここまでです。三月はちょっと投稿のペースが落ちてしまうかもしれませんが、よろしくお願いします。

乙乙


# 翌日

僧侶「わあ、大きな船ね! 数学者さんって一体何者なのかしら!」

勇者「そりゃあ、学者なんじゃないか?」

僧侶「そういうことじゃなくって!」

勇者「ははは! わかってるよ。

    でも学園都市の大学の総長とも知り合いみたいだし、きっとその世界では権威のある人なんじゃないかな?」

僧侶「へえ。道理で数学者さんのことをすっかり信頼してるってわけなのね!」

勇者「え? 別にキャリアがすごいから信頼しているってわけではないんだよ。

    数学者さんは本当にすごい人だよ。

    それに魔王と張り合うには僕自身もっと色々なことを学ばないといけないんだって思い知らされたんだ。

    生半可な覚悟では魔王は倒せない」

 そこへ、甲板から声が掛かった。

船長「勇者さんと僧侶さんですか? 今お迎えに上がりますね!」

勇者「はい! よろしくお願いします!」


# 船

勇者「船長さんに行先を知らせてきたよ。三日もあれば着くだろうってさ!」

僧侶「ふふ。私、実は船に乗るのって初めてなんだ!」

勇者「ははは。でも、これからうんざりするくらい船に乗ることになると思うよ」

僧侶「私は大好きな物なら一ヶ月晩御飯が同じでも平気よ!」

勇者「うん? その喩えはなんかおかしいような……」

僧侶「良いの!

    そう言えば、勇者はどうしてアジトの場所を知ってるの?」

勇者「ああ、話してなかったかな。

    前回僕は彼らの船に乗り込んでアジトまで行ったんだ。

    それに手紙のやり取りもしたことがあるから住所も勿論知ってるよ」

僧侶「手紙ですって!」

勇者「うん。彼らは本当に悪い人たちというわけではなかったよ。

    魔王が力を取り戻すにしたがって、滅んでいった町や村があることは僧侶も知っているだろ?」

僧侶「ええ。

    十年前に魔王の封印が解けてから、魔物に襲われたって町はたくさんあるもの」

勇者「これは僕の推測なんだけどね、人さらいをするようになった人のほとんどは

    魔物に住んでいる町を襲われた人たちなんじゃないかって思うんだ。

    彼らも今していることには後ろめたさを感じているはずだよ。

    それだから僕は前回彼らと和解してさらわれた人たちを解放することができたと思う」

僧侶「アジトに着いたらどうするつもりなの?」

勇者「僕に考えがあるんだ。

    彼らが直ちに僕らに危害を加えるということはないと思う。

    だから僧侶も、できればぎりぎりまで攻撃するような素振りは見せないでほしい」

僧侶「わかったわ……。でも――」

勇者「わかってるよ。僕の体力のことだろう?

    これでも前は魔王の前まで行けたんだから、心配はいらないよ!」


# 三日後

船長「勇者さん、離島まではもうすぐですよ」

勇者「そうですか! では、早速上陸しましょう!」

船長「それがこの辺りは岩礁が多いので、夜の上陸はできないんですよ」

勇者「そうですか……では、いかだのようなものはありませんか?」

船長「救命用のものがありますが……どうなさるおつもりですか?」

勇者「ここからは僕たちだけで行こうと思います。

    いずれにせよ、この船で上陸したのでは最悪の場合船長さんたちにも危害が及びかねませんし」

船長「そうですか。承知しました。どうか、くれぐれもお気を付けて」

勇者「はい。どうもお世話になりました。

    僧侶、行こう!」

僧侶「うん。

    どうもありがとうございました!」




勇者「僧侶は漕がなくても良いから、島の方でおかしな動きはないか見ていてくれないか?」

僧侶「うん……でも、一人じゃ大変でしょ?」

勇者「ははは! 体力は無くなっても腕力はしっかりあるんだぞ。

    それに、もし腕が太くなっちゃったら着たい服も着られなくなるだろ?」

僧侶「え?」

勇者「ほらほら、こっちじゃなくてちゃんと前を見てね」

僧侶「う、うん」

…………

…………

 勇者はアジトからやや離れた位置にある磯に漕ぎ着けた。

勇者「ここからは本当に気を付けて行こう。いいね?」

 勇者は僧侶の手を握った。

僧侶「うん!」

…………

僧侶「真夜中だからかしら? 表には全然人がいないわね」

勇者「小さな島だから外に出てまで警備をする必要はないんだろうね。

    それに彼らも一応は船乗りだ。夜は早いんじゃないかな」

僧侶「それもそうね」

勇者「アジトの前にも誰もいないね。

    僕はここのリーダーと話がしたいんだ。

    よし、行こう!」

「ひえええ!」

僧侶「ゆ、勇者、見付かっちゃったみたいよ!」

勇者「これくらい想定済みさ。

    それにあの人はすごく気の小さい人なんだ。慌てることはないよ。

    策も練ってある」

今日はここまでです。ありがとうございました!


ところで>>289の世界線のループを許容するような宇宙解も存在するってのも実際の数学と関係してるの?

>>310
一般相対性理論におけるアインシュタイン方程式のゲーデル解というものをモデルにしました。
この解を発見したのは物理学者ではなく数学者だったりします。




「お、お前たち、ど、どこから来た!」

勇者「そんなことどうでも良いだろう? 僕たちはボスさんに用があるんだ」

「そ、そうはいかねえぜ」

 男は腰元からナイフを取り出した。

勇者「よしてくれないか。僕たちに敵意はない」

 勇者は両手を上げてそれを示す。僧侶もそれに倣った。

勇者「それに殺しても良いのかな?

    僕たちはアジトの場所を知っていたんだよ」

「う、うるせえ! 二度と口が利けねえようにしてやらあ!」

 男はナイフを握る手に力を込めた。

僧侶「勇者! どうするの!」

勇者「僕たちを殺せば、お前も死ぬ」

「な、何を言いやがる!」

勇者「だからさっきも言っただろう?

    僕たちはアジトの場所を知っていた。

    そんな人物を独断で始末すれば、当然罰せられる。

    これほど重大なミスならば死罪も必至だろう」

「そ、そうなのか……?」

勇者「だが気にすることはないよ。必要とあらば僕たちは縄にでも縛られよう」

「くそ…………付いてこい! ボスが起きるまで牢屋にいろ!」

勇者「ははは。話の分かる人で助かったよ」


# アジト――牢屋

僧侶「ちょっと、勇者! 捕まっちゃったじゃないの!」

勇者「こっちの方が却って都合が良いんだよ」

僧侶「どういうことよ!」

勇者「僕にとっては不意に攻撃を受ける可能性の低い今の状態というのは願ったりかなったりなのさ。

    それに大丈夫。ボスさんは必ずやってくる」

「何喋ってんだ。うるせえぞ!」

勇者「檻の前で見張ってないで寝てくれば良いじゃないか。

    それとも心配なのか?」

「ば……だ、黙れって!」

「なんの騒ぎだ」


「ぼ、ボス! お騒がせしてすんません!」

ボス「だからなんの騒ぎなんだ?」

「は、はい。アジトの前に怪しい奴らがいたんで捕まえておきました!」

ボス「ほう。よくやったな。お前には後で金貨をくれてやろう」

「き、金貨ですか! どうもありがとうございます!」

ボス「明日も早いからな。お前はもう寝てて良いぞ」

「はい! お先に失礼します!」

 男は欣喜雀躍して寝床へと走っていった。

ボス「それで、何しに来た。まさかわざわざ捕まりに来たわけじゃないんだろ?」

勇者「僕たちがなぜここの場所を知っていたのかは気にならないんですか?」

ボス「聞かれたことに答えろ」

勇者「ボスさんとお話をしに来たんです」

ボス「ふざけるな!」

勇者(まずはなんでも良いからこっちに関心を持ってもらわなくちゃ)

僧侶「私たちは大真面目ですよ!

    ねえ、勇者」


ボス「勇者だ? まさかお前、魔物とつるんで町を荒らし回ってるって噂の勇者か?」

僧侶「ひ、ひどい。誰がそんなことを……」

勇者「ああ、そうですとも。僕がその勇者ですよ」

ボス「すると隣にいる女は魔物か」

僧侶「そんなわけないでしょ! 私も人間よ」

ボス「で、なんで魔物なんかとつるんでるんだ」

勇者(よし)

勇者「平和の為です」

ボス「おい! 馬鹿も休み休み言えよ」

勇者「ですから、僕たちはいたって真面目ですよ。

    ここにいる人の多くはかつて魔物に町を襲われた人たちなのではありませんか?」

ボス「だったらなんだってんだよ」

勇者「ボスさんも、その一人だったのでは?」

ボス「な……俺のことは関係ねえ。さっさと質問に答えろ!

    魚の餌にされてえのか!」

勇者(やはりそうだったか)

勇者「だから平和の為ですよ。

    ここ数年で魔物はどんどん凶暴になってきています。

    これは十年前に魔王の封印が解けた為だと言われていますが、

    凶暴化しているのは果たして魔物だけなんでしょうか」

ボス「何が言いたい」

勇者「人間も凶暴になってきているとは思いませんか」


ボス「…………。

    俺たちが魔王の影響でこんなことをしてるとでも言いてえのかよ」

勇者「いえ、これはそんな一元的な問題ではありません。

    ですが悔しくありませんか?

    魔王によって故郷を奪われ、魔王によって悪事を働き、魔王によって身を滅ぼす」

ボス「そんなの全部お前の予想じゃねえかよ!」

勇者「ではボスさんの中に確かなものはあるんですか!」

ボス「…………」

勇者「もしも今この瞬間に感じるものがあるのだとすれば、それを――」

ボス「うるせえ! 魔物の肩を持つ奴の話なんか聞かねえよ!」

 僧侶はあまりの気迫に息を呑んだ。

勇者(このまま本心を聞き出せないかな)

勇者「魔物の中にも悪に染まりきっていない者がいて、

    人間の中にも甚だ悪しき者がいるのだとすれば、

    それでもなおこの二者を分かつものなどあるのでしょうか。

    実はそこにそれほど違いはないのかもしれません」

ボス「…………」

勇者「僕は探しているんです。確かなものを。確かな正義を」

ボス「なんだ。お前も結局は他の奴らと一緒じゃねえか。

    俺らに奴隷狩りをやめろって言うんだろ!」

勇者「そこまでは要求しません。

    ただ、夏が終わるまで待ってくれませんか?

    僕たちが魔王を倒します。

    ですから、それまでは人をさらってきたり売ったりするのは一旦待ってもらえませんか。

    それ以降のことは全てボスさんに任せますので」

ボス「……言いたいことは、それで全てか?」

勇者「え?」

ボス「お前にはわからねえよ。

    ここまで来ちまったらなあ、もう後には戻れねえんだよ!」

 ボスは懐からナイフを取り出し振り上げた。


僧侶「そんなことない!」

 薄暗かった牢屋が急に明るくなる。

ボス「う、眩し……」

勇者(何だこの光は……まるで太陽の雫のような……)

僧侶「戻れないんじゃない。戻ろうとすらしていないのよ、あなたは!

    いつまでも逃げているばっかりで、そんなんじゃ誰にもわかってもらえなくて当然よ!」

ボス「き、貴様、知ったような口を……!」

僧侶「あなたは自分の本当の心を知るのが恐いのよ。言い訳ができなくなるのが恐いの」

ボス「違う……俺はいつでも最善を尽くそうと努力してきた!

    自分のことは自分が一番わかってる!」

僧侶「じゃあ、答えて。あなたはどこから来たの」

ボス「何を言っている……?」

僧侶「あなたは何者なの」

ボス「何を…………」

僧侶「あなたはどこへ行くの」

ボス「…………」

 いつしか牢屋はまた闇に包まれた。

ボス「俺は…………家に帰りたい」

僧侶「家?」

ボス「山間の小さな村さ。お袋と兄貴と三人で暮らしてた。

    でも魔物に家も家族も全部奪われちまったけどな」

勇者「ボスさん……」

 ボスは牢を開けた。

ボス「島から出ていってくれねえか。

    お前たちがいたんじゃ眩しすぎて敵わねえや」




 勇者は来た時と同じように舵を取り、船長のいる船へと向かっていた。

勇者「僧侶、さっきのはなんだったんだ?」

僧侶「え、さっきのって?」

勇者「いや、あのさ、僧侶が話し出したら途端に明るくなっただろ?」

僧侶「ああ、やっぱり気のせいじゃなかったのね……」

勇者「気のせいで済むレベルの光じゃなかったよ?」

僧侶「それがよくわからないのよ。ボスさんの話を聞いてたら体が熱っぽくなってきちゃって……」

勇者「感情が昂って魔力が暴発したとか?」

僧侶「うーん、そうなのかなあ。

    それよりも、ボスさんをあのままにしてきて大丈夫だったのかしら。

    ほら、時間を繰り返す前は不幸になってたかもしれないって言ってたじゃない」

勇者「僕にはわからないや。でもボスさんは真剣に悩んでいたよ。

    だからさ、きっと、それぞれが自分自身を知った上でそれぞれ行動するっていうのが一番善いのかもしれないよ」

僧侶「そっかあ」

勇者「だから僕はボスさんがどんな選択をしても、選択という行為それ自体を否定したりはしないよ。

    ただ、奴隷狩りを続けるようならやめさせようとはするだろうけどね」

僧侶「ねえ、勇者。漕ぐのやめてこっちに来て」

勇者「なんだい?」

僧侶「星がすごく綺麗」

勇者「これはすごいや。この辺りは本当に真っ暗だから――あ、流れ星!」

僧侶「ホントだ!」

僧侶(この旅が終わったら……)

勇者「何をお願いしたの?」

僧侶「ふふふ。秘密よ」

勇者「ええ? じゃあヒントだけでも!」

僧侶「うふふ。だから秘密だってば!

    ほら、船長さんをこれ以上待たせるのも悪いわ。もう行きましょう!」

勇者「まあ、確かにその通りだけどさ」

僧侶「早く学園都市へ行って数学者さんとも合流したいわね!」

今夜はここまでです。ありがとうございました。

乙!

僧侶はご都合主義と言う奇跡のような邪道以外に方法はなかったのか

続きが気になる…

ご連絡が遅れてしまい申し訳ありません。

四月になればまた投稿する時間が得られるだろうと思っていたのですが、諸般の事情によりなかなかそれが難しい状況にあります。
ここまで読んでくださった方には大変申し訳ないのですが、このままフェイドアウトするということはまずありえませんので、
どうかその点だけご了承いただきたく存じます。

4月ですから皆さんバタバタしますよね
更新を楽しみにしてます

待ってるよ

0617

待ってるでー

長らくお待たせしてしまい本当にすみませんでした。
来週末を目処にまた再開できそうです。
取り急ぎ用件のみで失礼いたします。

期待

乙!

やったー

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