表通りの喫茶店【高森藍子】 (36)
藍子と結婚してもう七年。
実家の喫茶店を継いで一人娘にも恵まれ、幸せ一杯な日々を送っている。
「おとうさん、おはよう」
「縁(ゆかり)ちゃん起こしてきましたよ」
藍子と縁がダイニングに入ってくる。
ちょうど、つくっていた朝食も出来上がったところだ。
「持ってくから席について。あ、藍子は手伝ってくれるか?」
「はい、今行きますね。縁ちゃんはこっちでちょっと待っててね」
まだ眠くてフラフラしている縁を抱っこで持ち上げて椅子に座らせる。
週末の朝の、いつもの風景だ。
「お皿とコップを運んでおけばいいですか?」
「あと、適当にジャムと飲み物も」
「はーい」
藍子が食器棚と冷蔵庫に向かう。
縁は大人しくしているが、暇なのか足をぶらぶらさせていた。
常々主張していることだが……ウチの妻と娘は、世界一かわいい。
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朝食は基本的にトーストと追加で何品かで済ませている。
今日は幼稚園もないから少しゆっくりした朝になった。
とはいえ、今日は親父達が旅行でいないから開店したら忙しくなりそうだ。
「縁ちゃんは今日どうするの? お父さんとお母さんはお店にずっといるけど……」
「んー? ヒミツだよ」
一言答えて、トーストをかじりに戻る。
いつもならこんなときは家で本でも読んでるか、飽きたら店の方に出てきているんだが。
今日に限ってはなにか隠し事をしているようだ。
「……♪」
あまり感情を表に出す子ではないが、藍子の反応とそっくりだから見ていればだいたいわかる。
今回考えていることはよほど楽しいらしい。
藍子と顔を見合わせて、首を傾げる。
「結局、縁は今日は家にいるのか?」
「そうだよ。きょうはおうちでないから」
鼻の頭にイチゴジャムをつけたまま、どこか得意そうにしている。
「わかったけど、ちょっと拭いておこうね」
「んっ……」
藍子がティッシュで鼻を拭いた。
「縁ちゃんなら大丈夫だと思うけど、危ないことはしないでね?」
「だいじょうぶ。まかせて」
ちょっと不安だが、大丈夫なはずだ。
今までにもこういうことはあったわけだし、だいたい微笑ましいものだったし。
「……ふふっ」
たぶん。
まぁ、なにが出てくるか楽しみにしておこう。
……………
………
…
朝食を食べた後は開店の準備に移る。
といっても、やることは少ない。
早々に準備は終わって、時間まで残り少ないが多少時間ができた。
「今日は卯月ちゃんが来るみたいですよ」
店のカーテンを開け終わって、藍子がスマホを片手にカウンターに近づいてきた。
「また朝早くから連絡が来たな。いつ来るって?」
「お昼を食べに来るって言ってました。後輩も連れてくるって」
それなりに事務所から近くて店側が身内ということもあって、この喫茶店にはアイドルがよく来る。
数十人の常連もおいしいが、アイドル目当てのお客さんもかなりの人数になる。
「それはそれで珍しいな。わかったけど、席があるといいんだが」
昼時となるともしかしたら埋まっているかもしれない。
「今日はちょっと忙しくなりそうですし――」
「だから、きょうはわたしがおてつだいします!」
ドアの開く音と共に背後から縁の声が聞こえた。
「えっ、なんでそれを!?」
藍子が珍しく慌てている。
ドアの方を向いていたから視界に入ったようだが……
「ああ、なるほど」
振り返ると、制服を着た縁がいた。
スカートは黒で、白のブラウスに水色のベストを着ている。
胸元には青いリボン。
「おとうさん、どう?」
「よく似合ってるぞ。かわいいなぁ」
「……ふふん♪」
その場で左右に軽く回ったり、スカートの裾をつまんだりしている。
親バカを除いてもめちゃくちゃかわいいと思う。
この制服は数年前、藍子が勢いでつくっていたものだ。
箪笥の中に封印している間に縁にちょうどいいサイズになっていた。
縁が自分で見つけて着てきたようだ。
「そういえば、この制服って緑色のやつもあったよな?」
「へっ!? なんでそっちも知ってるんですか?」
大人用の方は俺がつくってるとこ見てないはずだもんなぁ。
この前見つけるまで隠してあったし。
「衣替えの時に見たんだよ。しまってあること忘れてたろ?」
「……あっ」
やっぱり。
お揃いの服をお店で着るのもいいと思ってつくったが、完成して着てみたら恥ずかしくなったのだろう。
「おかあさんもおそろいなの?」
「うぅ……あるんだけど……」
縁に詰め寄られて藍子がたじろいでいる。
これは恥ずかしいのと縁とお揃いの服を着るのとで迷ってるな。
縁は純粋に同じ服を着たいみたいだけど。
「じゃあ、いっしょにきよ?」
「いんだけど……」
これはもう背中を蹴っ飛ばすくらいでいいか。
「着てやればいいだろ?」
「……そうなんですけど」
どうにも煮え切らない。
「ほら、縁も期待してることだし」
「おかあさん、おそろいはだめですか……?」
落ち込んだ様子で藍子の服の袖を摘む。
少しあざとい。どこで覚えてきたんだか。
「うぅ~……わかりました。着てきますから……」
「やったっ」
あ、堕ちた。
「もう時間もありませんし、すぐ戻ってきますから」
そう言い残して、藍子はドアから出て行った。
ドアが閉まってから、縁と無言でハイタッチをする。
「それで、縁は喫茶店の仕事は大丈夫か?」
「まかせてください」
縁は自信ありげに胸を張っている。
「まぁいつも見てるしな。その敬語はどうしたんだ?」
「おてつだいしたかったから、ありすさんにおしえてもらいました」
橘さんか。
それなら大丈夫だと思うけど。
「合格ですって言われたか?」
「もちろんですっ」
「じゃあ大丈夫だな。常連さんだけになるけど、ちょっとお店を手伝ってくれるか?」
「おとうさんありがとうっ!」
腰の辺りに抱きついてくる。
頭を撫でてやると、くすぐったそうに身をよじる。
「お母さんが着替えてくるの楽しみだな」
「ぜったいかわいいね」
さて、これはお客さんの反応がどうなるかな。
……………
………
…
「いらっしゃいませっ」
「あら? 今日は縁ちゃんも手伝ってるの?」
「はい」
開店してから何度このやりとりを聞いたことだろうか。
午前中だが休日ということもあって、縁のことをよく知っている人もそれなりに来ている。
「お母さんとお揃い? 似合ってるね」
「ありがとうございますっ」
縁を知っているということは藍子のことも知っている。
それに、俺達よりも年上の人がほとんどだ。
結果として、微笑ましいものを見るような目が藍子にも向けられる。
「まだ気になるか?」
「この歳になってこんな風に見られるのはけっこう恥ずかしいんですよ。しかもお店ですし」
「でも、ずいぶん落ち着いたよな?」
「これだけ時間が経てば少しは慣れますよ」
珈琲を運ぶ度にいろいろと言われていたからな。
全て好意的な声だったけど。
カウンターから離れたところで、縁がお客さんを席まで案内している。
店を背景にすると、この服は本当によく似合っている。
「評判もいいし、こっちの服も制服にするか?」
「えぇー……」
とてつもなく不満そうな声が返ってきた。
「縁は次手伝うときもあれ着るつもりだろ。気に入ったものにはこだわり強いし」
「……やっぱりそうですよね」
藍子が少し肩を落とす。
たぶん、縁が着るときには藍子にも着るようにお願いする。
「諦めろ。誰に似たと思ってるんだ」
「その変なこだわりの半分はあなたですよ?」
「……まぁ、否定はできないな」
こういうところは似た者夫婦というか。
「でも、このデザインの制服をつくるのもいいんじゃないか? ここには馴染むだろ」
「浮かれてつくってしまいましたけど、元々ここに合うようにって考えてましたからね」
藍子のつくった方は今使っているものよりは明るいデザインだ。
といっても、かなりシンプルで落ち着いている。
「色は考えないといけませんね。鮮やかな色はもっと若い子ならいいんですけど」
「藍子は似合ってるけどな。まぁ茶色とかそっちの方にするのが無難か」
「落ち着いた色がいいですね。縁ちゃんの色ならいいですけど、緑色はちょっと……」
今はいいけど十年後はどうかと考えたら、そのときにも派手な色というのは無理だろう。
「じゃあその方向で考えてみるか。藍子は縁がいいって言うまでその色な」
「もう。縁ちゃんと一緒だったらいいですよっ。あなただけずっと仲間外れにしますからね?」
「おとうさん。オリジナルブレンドとラスクのちゅうもんです」
「はいよ。ありがとな、縁」
藍子と話しているうちに、縁が注文を取って戻ってきた。
やったことはなくてもよく知っているからか、安心して見ていられる。
「なにをおはなしてたんですか?」
「縁の服をずっとみんなで着ようかって話」
「ほんと?」
かなり嬉しそうだ。
俺が縁と話している間にも、藍子ラスクの準備をしている。
「みてていい?」
「いいけど、気をつけろよ?」
カウンターにもたれながら、コーヒーメーカーを見ていた。
縁が案内している間に準備をしていたから、コーヒーはすぐに淹れられる。
コーヒー粉を入れたロートをフラスコに斜めに差し込み、ガスバーナーを点火してフラスコに入れた湯を加熱する。
「わたしもやってみたいな」
「もうちょっと大きくなったらな」
縁もあと二年くらいしたらやらせていいだろう。
最初の一杯を藍子と縁と飲むのが楽しみだ。
手順は飽きるほど見ているから、初めてでもそれなりの味になりそうだ。
「八歳になったらやってみるか。まだ今は危ないからな」
「うん、たのしみ」
フラスコの底から、気泡が出てきた。
そろそろだな。
「どうかしましたか?」
「いや、やっぱり藍子も来るんだなぁって」
「だって、見てておもしろいじゃないですか」
毎回この二人はコーヒーを淹れているところを見に来る。
サイフォン式は見た目が楽しいことが一番の特徴だ。
店内でも、こっちを見ている人は多い。
ロートをフラスコに差し込むと、すぐに湯がフラスコからロートに上がっていく。
時折竹ベラで混ぜながら、一分ほど待つ。
「やっぱりネルドリップが多くなりますからね」
「そうだけど、これを見に来てくれてるお客さんもいることだし」
時間になったら火を消して、軽くかき混ぜる。
あとは、ロートからフラスコに落ちてくるのを待つだけだ。
「喫茶店に来たときはバリスタの手元を見るのも楽しみの一つですからね」
「その分責任重大なんだよなぁ」
もう十年以上やってるから慣れたものだけど。
話している間にコーヒーの抽出が終わった。
ロートを外し、カップに注ぐ。
「それじゃ、藍子よろしく」
「行って来ますね。ちょっと遅くなるかもしれませんけど」
「ははっ、諦めろ」
コーヒーとラスクは藍子が運ぶ。
さすがにここはまだ縁には任せられない。
また制服のことで少し話してくるのだろう。
「縁、次もお願いしていいか?」
「もちろんっ。いってきます」
またお客さんが入ってくる。
この人も、縁のことは産まれたときから知っている。
「いらっしゃいませっ」
たぶん、常連の中で藍子と縁のことで連絡でも回っているんだろう。
この分だと、当分藍子は大変そうだ。
……………
………
…
午後に入って少し経って。
ランチタイムの混雑も落ち着いてきた。
そろそろ俺達も昼食の時間だ。
「縁ちゃん、そろそろお昼にしよっか。なにが食べたい?」
「……ミートスパゲッティ」
「……うん、大丈夫。ちょっと待っててね。私は少し離れますから、お願いしますね?」
「了解。縁も連れてってあげて」
「わかりました。縁ちゃん、行こ?」
藍子と縁がキッチンに出て行く。
この時間で少しの間なら一人で大丈夫だろう。
数分経ってから、藍子だけが戻ってきた。
「大丈夫ですか?」
「特に問題ないよ。どうかしたか?」
「お湯沸かしてる間にちょっと様子を見に来たんですよ」
「そっか。ありがとう」
藍子達が出て行ってから特にやることもなかった。
席はそれなりに埋まっているが、注文はたまに飲み物が来るくらいだ。
「あっ、いらっしゃいま……せ……」
ドアが開いて、案内に行った藍子の声が勢いを無くす。
「こんにちは♪ あれ? 藍子ちゃん、その制服かわいいですね!」
あれは……卯月か。
今日は完全に普段着ている服そのままだから一発でわかる。
ということは、後ろに居る子が後輩だろう。
「……とりあえず卯月ちゃん達は奥の方の席に座ってね」
席に案内する途中でも、藍子の説教が聞こえてくる。
「卯月ちゃんくらいの人気アイドルはもっと格好に気を使うべきです。街では気づかれないくらいでいいんだよ? 私だって昔は気をつけてたんだから」
「今日だけだから! 普通に事務所行ってから来たから忘れてただけで……」
「そうだとしても、その服は雑誌とかテレビとかに出たときのでしょ? 自分からバレるようなことはしないように」
「はい……藍子ちゃんがママみたいです……」
「お母さんですから」
卯月たちが席に座ったところでそれも終わった。
「最初からこんな感じだけど、ゆっくりしていってくださいね」
「それじゃあ、遠慮なく♪」
「……はぁい」
後輩の子は高校生くらいだろうか。
いきなり目の前で大先輩が叱られてたら困惑するのも仕方ない。
「ママと言えば、縁ちゃんは元気?」
「今日はお店を手伝ってくれてるよ。今はお昼ごはんの時間だけど」
「タイミングが悪かったなぁ……」
卯月は縁にとってもいいお姉さんだ。
毎回会えるのを楽しみにしている。
「待っててくれたらまたこっちに来るけど。これから縁ちゃんのお昼つくりに戻らないといけないから、注文が決まったらマスターに言ってね」
「あ、まだつくってなかったんだ。メニューはなに?」
「ミートスパゲッティだよ」
「じゃあ、私もそれがいい! 大丈夫かな?」
「うん、けっこう大きいお鍋で沸かしてるから。卯月ちゃんはいいとして……」
「わたしも同じのにしまぁす」
「わかりました。少々お待ちくださいね」
注文を取って、藍子が戻ってきた。
「手間はむしろ減ったくらいか?」
「そうですね。それじゃあ、つくってきます。終わったらこっち来ますね」
「おう、よろしく」
また夕方前までは仕事ではゆっくり過ごせそうだ。
縁が戻ってきたら賑やかになるだろうけど。
……………
………
…
あの後、卯月は縁を構い倒して帰っていた。
縁が帰ってくるまでは後輩と真面目な話をしていたが……これもいい息抜きになっているのだろう。
その代わり、縁は少し疲れたようだが。
「いらっしゃいませ」
手元を見ていてドアのベルが鳴るまで気づかなかった。
気づいたときには、もう縁がドアに向かっていた。
「立派にできていますね。制服も似合ってますよ」
「ありがとうございますっ」
入ってきた若い女性が縁の頭を撫でている。
藍子がなにも言わなかったということは、知っている人のはずだが……
「お久しぶりです、マスター。少し縁ちゃんを借りていいですか?」
「……ああ、橘さんか。時間は気にしないでくれ」
遠くからだと服も髪型もいつもと全然違うからわからなかった。
近くで見れば、知っていたらわかるけど。
縁も橘さん相手だから張り切っていたのか。
「こちらです」
橘さんはカウンターの目の前の席に座った。
「縁ちゃん。イチゴのショートケーキとチーズケーキを一つずつ。あとは、ダージリンとリンゴシュースで」
「はい。イチゴのショートケーキ、チーズケーキ、ダージリン、リンゴシュースですね」
二人分の注文ってことは……
「それは縁の分も?」
「せっかくなので縁ちゃんにもご褒美をと思いまして。マスターと藍子さんに内緒にしてたお詫びも兼ねて」
「いや、縁に付き合ってくれてありがとう。でも、そういうことなら今日は甘えさせてもらおうか」
そろそろおやつと休憩にしてもいいだろう。
ケーキとジュースもいつも縁が食べる組み合わせだし。
「縁ちゃんも、これでいいですか?」
「はいっ。だいすきです」
もう注文も聞いたから、縁は休憩でいいか。
「縁、そのまま橘さんと話してていいぞ」
そう言うや否や、橘さんの向かいの席に座る。
本当に、楽しみにしてたんだな。
「ありすちゃんは本当に頼れるお姉さんですからね。接客の練習も付き合ってもらってたみたいですし」
「しっかりしてるよな。美人だし」
「はい……卯月ちゃんはその四つ上なんですよね……」
「まあ、それはそういうものだから……」
縁もいろいろなタイプのお姉さんに構ってもらえるのはいいことだろう。
たぶん。
「ありすちゃんの分は私がやりますね」
会話しながらティーポットの用意をしている。
「藍子も上手になったよなぁ」
「それなりの時間やってますから」
「藍子が頑張ったおかげだな。たくさん練習したし」
「しましたね……けっこう大変でしたね」
「そうだったな。俺にはコーヒーの方がきつかったけど」
納得のいくものができるまで何度も練習に付き合った。
無理しない程度ではあったけど、一生分の紅茶を飲んだような気がしたくらいだ。
一緒にお菓子をつまみながらだったこともあって、藍子にとっては余計に忘れたい過去かもしれない。
「結局は温度と時間の管理なんですよね」
「なんだってそこが一番大切だよ」
技術でなんとかなるところは重要だが意外に少ない。
単純だが奥が深いのがこの仕事だ。
「それにしても、橘さんにはその服のことなにも言われなかったな?」
「縁ちゃんのお話で知ってたからじゃないですか? ありすちゃんもそんな意地悪な子じゃありませんし」
なるほど。
そういえば、橘さんも昔似たような服を着てたことがあったっけ。
よく似合っていたのを覚えている。
「まぁアイドルの衣装に比べたらたいしたことないしなぁ」
「十年も前ですよ? それ着てたの」
軽く引かないで欲しい。
もしまだアイドルをしていたとしても、歳相応の衣装にするに決まってるだろう。
「縁には似合いそうだな」
「そうですね、次はもっとフリフリの服を着せてみたいなぁ」
もう普段からそうなんだけど。
縁に買い物のときだけ着せ替え人形になってもらうことはまだまだ終わらないらしい。
「大丈夫じゃないか? 最近はそういうのに憧れがあるみたいだし」
「そんなの知らなかったですよ。でも、なんでいきなり?」
「そりゃあ相手は昔のお母さんだし」
「なっ――また見せてたんですかっ? 恥ずかしいからもうやめてって言ったのに……」
だからこそ藍子には内緒で、だ。
今までのイベントは全て資料として保存してあるから、縁がまだ見ていないものも多い。
「縁のお気に入りだろ?」
「どうりでたまに懐かしいポーズをしてると思ってたら……そういうことだったんですね」
溜め息まではつかなくていいだろうに。
「じゃあ、今度は藍子もいるときにしようか? もちろん販売済みのやつだけで」
「それなら、いいですけど」
嘆いても数万人が保存してるのは変わらないから諦めろ。
「あとは……またカラオケでも行くか?」
「それもいいですね。お店はお義父さんとお義母さんに任せてお出かけしましょうか」
今回旅行でいない間を引き受けたから土日でも休暇は取れるだろう。
「こんな話してたら行きたくなってきちゃいました。なるべく早くお願いしますね?」
「わかったわかった。帰って来たら話しとくよ」
たぶん、喜んで送り出すだろうなぁ、あの二人なら。
……………
………
…
カーテン越しにオレンジの日差しが店内に差し込んでいる。
この後は十九時まで喫茶店の営業。
いつもならその後に二十三時までバーの営業があるが、今日は休みだ。
「ふう、そろそろ落ち着いてきましたね」
「あとは少しはゆっくりできそうだな」
今は店内にお客さんはいない。
この後も、日が暮れてからお菓子と飲み物を求める人はそう多くはない。
すぐに夕食の時間だ。
「縁はもう眠いか」
カウンターの中の椅子に座ってうとうとしている。
朝から頑張っていたからさすがに疲れるよな。
「まだ……やれ、るぅ……」
ほとんど寝言に近い。
昼寝というには遅いが、少し寝かせてくるか。
「藍子、上まで運んでくる」
「はい。こっちは任せてください」
部屋は二階にあるから、運ぶなら俺が行った方がいいだろう。
「んぅ……」
縁を抱き上げて、家に向かう。
まだまだ小さいから、軽いものだ。
「縁ちゃんどうでした?」
戻ってきたところで、藍子が訊いてきた。
「布団に寝かせたらすぐに寝たよ。やっぱり疲れてたみたいだな」
「でも、すごく楽しそうでしたね」
「そりゃなぁ」
いつかはやりたいことだっただろうし。
「今は時間がありますし、休憩のついでに私にも一杯貰えますか?」
「いいぞ。ご注文は?」
「お任せでっ」
一日の終わりに出すなら……オリジナルブレンドをネルドリップで淹れようか。
フィルターに粉を入れて準備をする。
「ふふっ」
「どうしたんだ?」
蒸らしから入って淹れ終わるまで四分ほど。
二人分なら、それくらいの時間でできる。
「誰もいないお店で、私だけのために淹れてくれるのって、素敵だなって」
「こんなことでいいなら、いくらでもしてやるよ」
コーヒーがゆっくりと落ちていく。
何度か注ぐと、二人分の抽出ができた。
コーヒーカップに分けて注ぐ。
「どうぞ、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
カウンターに座る藍子の前にカップを置いた。
砂糖を少し入れて、口をつける。
「美味しいです」
「それはよかった」
カウンターを挟んで、無言の時間が続く。
聞こえるのは、時折コーヒーを啜る音だけだ。
気が付くとカップは空になっていた。
「そろそろ戻るか。藍子は夕飯つくり始めておいてくれるか? 縁が起きたらすぐ食べれるように」
「わかりました。今日はみんなの好きなものにしましょう♪」
声を弾ませてドアに手をかける。
「期待してる」
「任せてくださいっ」
たぶん、肉……かな。
さて、あと少し頑張るとするか。
……………
………
…
「ほい、うちの眠り姫の御成りだ」
縁を椅子に座らせる。
店を閉めた後、すでに夕飯は出来上がってテーブルに並んでいる。
「ん……やった」
縁は寝起きだったが、メニューを見て目が覚めたようだ。
俺も藍子と縁の反対側の席に座った。
「大丈夫ですね? それじゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
今日はごはん、味噌汁、豚肉と玉ねぎの卵とじ、マカロニサラダだ。
おかずのおかげでいつも以上にごはんが進みそうだ。
「すきなのばっかり」
「今日は縁ちゃんのデビュー記念だから。頑張ったね」
「うん。きょうもおいしい」
「よかった。だから、たくさん食べてね……って、あなたばっかり食べないでくださいよっ」
「あ、すまん、つい。おいしいから止まらないんだ」
縁も口いっぱいに詰めながら首を縦に振っている。
「というわけで、おかわり」
「もうっ」
なんだかんだ言って追加はしてくれる。
本当に美味いんだから、こればっかりは仕方ないだろう。
「「「ごちそうさまでした」」」
三人で合掌。
この後は……
「藍子、先に風呂入ってくれないか? 皿洗ったりとかしておくから」
「ありがとうございます。縁ちゃん、行こう?」
「うん」
藍子が縁と一緒にクローゼットへ向かう。
そこそこ時間はかかるだろうし、ゆっくりやるか。
「バスタオルどこでしたっけー?」
「あー、まだたたんでなかった。干してあるから取ってって!」
「はーい!」
「上がりましたよ。次どうぞ」
頭にタオルを巻いた藍子と縁がこっちに来た。
少し前にやることは終えて、リビングで寛いでいたところだ。
「了解。すぐに行ってくるよ。もう布団も敷いておいたから」
「じゃあ、ごろごろしてますね。早く髪を乾かさなきゃ」
「おう、風邪引かないうちにな」
さっさと入ってきてしまうか。
もうそれなりに遅い時間だし。
「今日は早かったですね」
「いつもだいたいあんなもんだろ?」
風呂から上がってさっさと髪を乾かして、もう三人で布団に潜り込んでいる。
縁は俺と藍子の間でもう眠っていた。
夕方に少し寝たとはいえ、さすがに疲れていたのだろう。
「お風呂はちゃんと入らないといけませんよ?」
「布団の中にはいつまででも居たいけどな」
「うーん、それならいいのかなぁ……」
くすくす笑いながら言われても、どう反応すればいいのやら。
内容だって子供相手じゃないのに。
「それはいいとして、いいかげんこの体勢もきついな」
すぐに寝てしまった縁だが、今日は俺の隣にぴったりくっついている。
動くと起こしてしまいそうで、仰向けのままあまり身動きもできない。
「人気ですね? お父さん?」
「羨ましいだろ? ん?」
それ以外は文句のつけようがない状況だ。
「むぅ……」
藍子は一緒の服を着て風呂にも入ったんだから、俺にだってこのくらい役得があってもいいだろう。
「じゃあ、こうしましょう」
そう言って、横を向くと片手を縁と俺の上に回してきた。
「きつくないか? それ」
「平気ですよ。これでいいんです」
「そうか」
藍子が幸せそうならいいんだけど。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
こんな平凡で幸せな日常がずっと続きますように。
以上です。お付き合いいただきありがとうございました。
今回は完全に趣味に走りましたごめんなさい。
普通の十年後は以前書いたので許してください。
乙
良い趣味だったよ、そのままこれからも走ってくれ
乙乙
穏やかで幸せな日常を歩んでいく家庭というのが藍子らしくて見てて心がほっこりした
モバP「藍子と新婚生活」
モバP「藍子と新婚生活」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1430213174/)
以前のやつはこれです。
それでは、依頼を出してきます。
素晴らしすぎるな
子供産んだらお山も成長したのかな
癒された、明日から頑張れそうだありがとう
乙です。
たまらんです
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