「あ」 (23)

昨日俺は車に轢かれて死んだ。

間違いないはずだ。

それが気付けば、暖かい何かに包まれていた。

瞼も動かず、ここがどこかも分からない。体も自由に動かせない。

思えばくそみたいな人生だった。

好きだった幼馴染には振られ、入った会社はブラック企業。

先輩や上司との折り合いも上手く行かず、かわいがりと称した陰湿ないじめにあっていた。

なんど人生をやり直したいと思ったことか。死んでしまいたいと思ったことか。

ただ、本当に死んでしまうとは思わなかった。

何かが俺の体を暖かい場所から引きずり出そうとした。

やめてくれ、ここは落ち着くんだ。だが、声は出ない。

されるがままに引きずり出されると、そこはとても寒い世界だった。

今までいた場所とは対照的な。

寒い、眩しい。さっきの場所に戻してくれ。

驚き、悲しみ大きな声を出して泣いた。そして自分の声に驚き、また泣く。

こんなに涙もろかったか。

「元気な赤ちゃんですねー」

「お母さんよく頑張りましたね」

そうか、俺は赤ちゃんなのか。

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それから俺は"男"と名付けられ、すくすくと元気に育って行った。

奇しくもその名前は生前の俺と一緒であった。

思うように動かない体に最初は歯がゆい思いをしたものの、それは大した問題ではなかった。

分かるか? 実の母親のおっぱいを飲まなければいけない苦痛を。

確実に俺はループしていた。

そして、心に決めたことがある。

――今度こそは、最高の人生を送る。

ともあれ、まだ歩くことすらもできないのだ。

人生プランを考えながら気長に待つとしよう。

歩けるようになってからは時間が経つのが早く感じられた。

あれもやりたい、これもやりたい。

思いついたことは全て実行した。

親や近所からは、やんちゃな子として通ってしまったほどだ。

幼稚園に入る頃には、立派な悪ガキとして完成されていた。

だが、後悔はしていない。今までやったことは大人がやれば必ず怒られることだ。

そして、前回の俺はそれをやらずに"良い子"をしていたのだ。

これがどんな変化をもたらすのか、試すのも良いだろう。

しかし、思った以上に良い経験だったと思う。

どこまでやっていいのか、何をしたらいけないのか、そういう線引きが明確になったのは大きなプラスだ。

前回の俺はチキンレースで早々にブレーキを踏んでいたからな。

幼稚園に入ったら、友達を作って一人じゃできなかったことをいろいろやってみたいと思う。

やはり幼稚園の頃は活発な子、というのがカーストで最上位なのだろう。

あちこち動き回って正解だった。

かけっこも圧倒的な速さで、そもそもフォームを知らない子供と俺とでは差がありすぎるだろう。

手を抜くのも大変だというものだ。

カースト最上位を取るのは時間の問題だった。

しかし、そう人生は上手く行くものではない。それを知っていたという点においては前回の俺の方が優秀であっただろう。

お遊戯会だ。

子供の雄姿を見に来た親が大量のビデオカメラで子供を撮影し、子供たちは小さな舞台の上で子供らしい演技をするのだ。

俺には無理だった。

いくら見た目は子供だからと言って、精神は大人なのである。

大量の人間に子供らしさを見せる、というのは大人にとってはかなり難しい。

俺は、固まってしまい動けなかった。

お遊戯会の後の皆の反応はいつもとそんなに変わらなかった。

そんなに。

変わったことはもちろんある。カーストの最上位ではなくなっただけだ。

お遊戯会は一大イベントだ。そこで格好良く決めた男の子は一気にカーストを上り詰めるだろう。

俺はその真逆だった。

やり直したい。

こんな子供に負けるなんて、プライドが許さなかった。

そして、もう一度お遊戯会が始まった。

一瞬混乱した。何が。

だが、ループは一度経験している身。

何故起こったのかは分からないが、何が起こったのかくらいは分かる。

俺は恥を捨てて全力で演技をした。

そして俺はカーストトップを死守することができたのだった。

ごめん ちょっと飯

そうして俺は満足感を片手に小学校へと入学したのであった。

小学校には思い入れがある。

幼馴染と出会ったのがここ、小学校だったからだ。

素直になれない俺は友達の前で幼馴染に意地悪ばかりしていた。

今回は幼馴染に対して優しくしよう。

教室に入ると幼馴染はすぐに分かった。

子供のころからどこか大人びていて、あまり他の人とつるむことのなかった子だ。

だから彼女の事を知るのに時間がかかり、好きになったのは小学校高学年くらいだった。

気付けば彼女の事を考えるようになり、クラスメイトに

「お前幼馴染のこと好きなんだろー。ひゅーひゅー!」

なんて茶化されて心にもないことを何度も言ってしまった。

思えば酷いことをしてしまったと思う。

だが、今回はそんな失敗はしない。

だがやはり、幼馴染が大人びていたとはいえ俺からしてみればまだまだ子供。

わがままな所も多いし、同年代と比べれば、と前置きしなければ大人っぽいとは思えなくなっていた。

小学校高学年を迎えるころには、幼馴染を好きな気持ちは無くなっていた。

それどころか幼馴染ですら子供っぽいと思うのに、他の子どもと遊ぶにも疲れてきたのだ。

なんだかやる気がなくなり、そのまま惰性で中学に進学。

高校、大学とだらだら進んでしまっていた。

大学に入ったころには、まだこいつ精神的に幼いな、と思うこともあったがおおむね満足できる交友関係を築くことができた。

新たな就職先も決まり、暇な時間もできたので実家へと帰って来た。

「ん、あれ? 男君?」

振り返ると、幼馴染がいた。

「もしかして幼馴染? 久しぶりだな」

「久しぶりー。元気にしてた?」

幼馴染は前回の幼馴染とまったく同じ姿だった。

それはそうだ。同じ人間なんだから。

そう思うと、また、幼き日の恋心が再燃してきた。

「うん、元気にしてたよ。幼馴染は?」

そう聞くと、幼馴染は嬉しそうに手を見せてきた。

「大学卒業したら結婚しようって。私結婚するんだ」

何が起きたか分からなかった。

鳩が豆鉄砲を食ったようだというのはこういうときに使うのか。

「そうなんだ……おめでとう」

それしか言えなかった。

俺はなんであの時、幼馴染への恋心を冷ましてしまったのだろうか。

幼馴染はやはり俺の好きな人だった。だが、もう既に手遅れ。

やり直したい。

小学生から、やり直したい。

今度こそ、愛想を尽かさないから。

「男君?」

恐らく幼馴染の話を聞いていたところで俺がぼーっとしてしまったのだろう。

「ごめんごめん。なんだっけ?」

「遠足のお菓子、明日一緒に選びに行こ?」

そういえば、そんなことあったっけか。

前回は面倒になっていかなかったんだっけ。

「うん、一杯買おうね」

「300円までだよ?」

確かに面影はある。

いや、昔を見て面影があるというのは何か変だな。

しかし、今は全力で幼馴染との仲を深めねばなるまい。

遠足、運動会、宿泊学習、修学旅行、文化祭。様々な行事を俺は幼馴染と一緒にこなしていった。

中学に入った後も俺と幼馴染は常に一緒だった。

学校でも評判になり、夫婦だとか茶化されたりもしたが、逆に心地が良かった。

このまま行けば、幼馴染は確実に落とせる、と。

そのまま中学を卒業。高校へと入学し、しばらく経った時の事だった。

「ごめんね、男君。今日から一緒に帰れないの」

愕然とした。

スレタイからいつもの荒らしかと思ったら違った

いつまで経っても告白してくれないから。

そんな理由で新しい男とくっついたのだ。

なんて尻の軽い女だ。俺は憤慨した。

だが、俺は確信していた。俺には過去に戻る力があるのだと。

失敗したら過去に戻ってやり直せばいい。

過去に戻れる特別な人間の特権だ。

卒業式の日。俺は幼馴染に告白した。

「待ってたんだから、馬鹿」

俺にとっては消化イベントに過ぎなかった。

それから高校に入り、ひたすら幼馴染の好感度を上げ続けた。

だが、そればかりに注力しすぎて俺の学力は落ちて行った。

「私ね、○○大学に行きたいの」

到底、今の学力で行ける場所ではなかった。

ならばやり直せばいい。

幼馴染が何をやれば喜ぶのかは分かっている。

勉強をやりながら片手間で幼馴染の好感度を上げればいい。

そうして学力を上げ、滑り込みで同じ大学に入ることができた。

「良かった。ほんとに、良かった」

幼馴染もそう言って涙を流してくれたが、どうでも良かった。

早く大人になってくれ。

大学はこれまでにも増して忙しかった。

最初の俺はもっと遊んでた記憶があるのだが、毎日毎日レポート提出研究論文。

忙しさが増すにつれて俺の過去へ戻る回数も増えて行った。

昨日の講義がよく分からなかったから。

遊んでてレポートの提出が遅れたから。

幼馴染とのデートに遅刻したから。

呼吸をするかのように過去へと戻っていた。

騙し騙し大学生活を送り、その場しのぎのスキルだけはメキメキと上がっていた。

卒業したとき、俺と幼馴染の間には既に大きな差があったと思う。

だが、俺はもうあの忙しい大学生活をやり直す気は無かった。

そもそも、問題は起きていない。

面接も何度もやり直し、超一流企業の内定も貰った。

そして初任給を貰い、幼馴染への指輪も買ってある。

これは幼馴染の一番反応が良かった指輪だ。

値段と反応を見比べて一番コストパフォーマンスが良かったものを選んだら一番安い指輪になってしまったが、まあ良い。

明日は指輪を渡して婚約をする予定だ。

次の日、いざ家を出ようとしたときに爪を切るのを忘れていたことに気が付く。

しかし時間に余裕はないのでテレビを見てぼーっとしてた時に時間を戻す。

なんだかんだダラダラしてしまい時間に余裕が無い。まあまだ間に合うだろう。

鍵穴に鍵を差し込み鍵を回す。どうやら根元まで刺さっておらず、鍵が折れてしまった。

はあ、めんどくさい。時を戻す。

鍵をしっかり根元まで差し込み、捻る。

強い衝撃。

鍵をしっかり根元まで差し込み、捻る。

強い衝撃。

鍵をしっかり根元まで差し込み、捻る。

強い衝撃。

なんだ?

強い衝撃。

何が起きている?

強い衝撃。

何故勝手に時が戻る?

頭は混乱する一方だ。

自力で過去に戻ってみるか。

とりあえず1週間前に戻ろうとする。

強い衝撃。

戻れない。

戻れない。

何度試しても戻れなかった。

強いて上げるのであれば、鍵を閉めた後であれば戻れたが、この自動ループがその時からになってしまった。

考えたくないが、過去に戻る能力というのは、上書きだったのかも、しれない。

最後に戻った時より過去には戻れない。

そういう制約付きの能力。

なら、戻る原因を調べるしかない。

俺は戻った瞬間に扉から手を離し、全力で振り返った。

「あ」

目の前には大型のトラックが迫っていた。

終わりです。

HTML化の依頼出してきます。

おもろい

家ノ前にトラックきたんか

最初の方読み返してみたけど目が滑るな

精進します

>>21
やり直したくなったかい?

面白かった乙です

面白かった

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