晶葉「どうにも私は、恋をしているらしい」 (44)

デレマス、池袋晶葉をメインとした話です。
長いです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1448549820

私の名前は池袋晶葉。
天才発明家にして、絶賛売出し中のアイドルでもある。
発明家を専業としていた頃、孤高を貫いていた私が今は同じアイドルの仲間達と共に居る。
そんな日々を過ごす事に強い充実感を得ると共に、今の私にとって発明がどれほど大事だったかを知った。

発明家にしてアイドル。それが私だ。

この二つは私の中で掛け替えのない物として確かに存在する。
そんな私が今、三つ目の掛け替えのない物に気が付いたのが、昨日の事だ。

どうにも私は、恋をしているらしい。

        ※        ※        ※

「はぁー……晶葉しゃん、恋ばしよっとね?」

事務所のソファに背もたれうだうだと体を揺らしていた私の話を聞いて、上田鈴帆が大げさ目に息を吐いた。
彼女は私がアイドル活動を開始して少ししてから知り合い、それ以来苦労を共にする仲間の一人だ。
遠く九州からアイドルになって人を笑顔にするために来たという、気骨溢れる私の友達だ。

「相手はやっぱり、ウチらのPしゃんよね? 晶葉しゃん、よく近くにおったもんねぇ」

「そ、そんなに近い所に居ただろうか?」

「うんっ、頼子しゃんも言うとったよ。Pしゃんの隣は晶葉しゃんの特等席ばいって」

「頼子まで……」

頼子というのも私のアイドル仲間で友達の、古澤頼子の事だ。博識で、特に美術に関して造詣が深い才女だ。

「けど、そっかぁ」

鈴帆が伸びをした。何か重い着物を脱いだような、大きな手振りを添えて。

「よかったね、晶葉しゃん!」

太陽のような笑顔だった。

「ウチ、晶葉しゃんの恋を全力で応援するばいっ! Pしゃんにも、晶葉しゃんにも幸せになって欲しかけんね!」

「こ、声が大きい!」

今、事務所には私と鈴帆の二人だけだったが、それでも必死になってしまったのは気恥ずかしさからだろうか。
少しだけ、二の腕に寒気が奔ったような気がした。


「さて、それじゃどげんしてPしゃんにその思いば伝えようかね」

「思いを…伝える……」

そうだ、この胸に形作られた物はもう一つの答えを得ていて、それを後は伝えるだけで全ては終わる。
成功するにしても、失敗するにしても。この思いに応える何かは得られるのだ。

「やっぱりオーソドックスなんはラブレターやね」

「ラブレター、か」

恋を自覚した時から一晩の間にシミュレーションしたうちの一つだ。
彼のデスクの机の中にそっと忍ばせておけばそれで終わり。気持ちは伝わる。
シンプルで、無駄のない方法だ。
だが……

「それじゃ、ダメな気がするんだ」

そう呟くように言った私に、鈴帆は口をOの字にして驚いてみせた。

「直接、晶葉しゃんの口から伝えるとね?」
「………」

頷く。
これは、きっとそういう気持ちなのだと私の心が言っていた。

「そっかぁ。晶葉しゃんはばり強かねぇ」

そう言った鈴帆は、目を細めていた。


「おはようございます」

「あ、頼子しゃん!」

鈴帆と話している内に時間がいくらか経ったのだろう、扉を開けて頼子がやってきた。
そう遠くない時刻にレッスンの入っている彼女は、私服ではなくジャージ姿でそこに居た。

「……どうかしたんですか?」

付き合いの長い頼子も、私の様子を見て一目で何かを察したらしい。傍に寄っては覗き込むように見てきた。
眼鏡越しに見える蒼い目が私の全てを見通すように思えて、私は重ねた視線を外す。

「……余程の事ですね」

それだけで、彼女は事の次第をある程度察してしまったらしい。
頷く鈴帆の様子も確かめてから口を開いた。

「Pさんの、事ですね?」

当たりだった。


「……なるほど、そういう事でしたか」

私の話を聞いた頼子は、少しの間自分の髪を撫でつけるように触れてから頷いた。

「これは由々しき事態ですね」

そう口にして、頼子は私とテーブルを挟んで対面のソファに腰かけた。
蒼の目がまた私をまっすぐに見つめてくる。

「晶葉さん。貴女のやろうとしている事は、貴女の今後のアイドル活動に強い影響を与えかねない出来事です」

「っ!」

「ちょ、頼子しゃん!!」

驚き、息の詰まった私に代わって抗議しようとした鈴帆を、頼子は片手を前に出す事で静止させる。
それで場は再び頼子の物になる。
彼女が話そうとしている事は、決して無視していい問題ではないと、皆が分かっていた。

「恋が成就した場合。貴女はアイドルを止めるか、続けるかを選ぶ事になります。止めるのは言わずもがな、続ける場合、その事実を伏して…つまりは隠し事を抱えたまま、貴女のファンに向き合う事になるでしょう」

淡々と、頼子の言葉は続く。

「恋が叶わなかった場合。貴女はPさんと共に今後、肩を並べてアイドルを続けられますか? 彼の望む未来へ、絶対の信頼と共に応えていけますか? あるいは彼と別れて尚、アイドルとして立ち続けられますか?」

「それは……」

突きつけられた言葉は、どれもこれも私の胸の深い所に突き立った。
痛さよりも、重さを感じる。

「晶葉さんが進もうという道の先には、そんな未来が待っているかもしれません」

それでも。と、彼女が問う。

「自分の思いを、真っ直ぐに相手に伝える事を選びますか?」

考える。
頼子の言葉に間違いはない。真っ直ぐにぶつけるというのは、結果が出るというのはそういう事だ。
恋が成就した。私はPと寄り添い、同じ道を行く。だが、私という偶像の価値が変わる。
恋が叶わなかった。私とPの距離は……どうなるのだろうか。

「……離れたく、ないな」

離れてしまったら、と考える。
私はアイドルを続けているかもしれない。変わらず発明家にしてアイドルという二足の草鞋を履いて。
だが、私の隣に彼はもう居ない。
彼の男手を頼る事も出来ないし、彼の感想を聞く事も出来ない。彼と共に笑い合う事も、出来ない。

「………嫌だ」

それは嫌だ。困る。私には彼が必要だ。
何しろ私は彼を頼り、彼を求め、彼と共にある事を喜んでいたのだから。

「晶葉しゃん……」

ふと、そんな声を聞いて。私は自分が俯いていた事にようやく気が付いた。

顔をあげると頼子が私を見ていた。心配そうな目だった。
首を回すと鈴帆が私を見ていた。口を噤んで、何か言いたいのを我慢している顔だった。
私はまた、視線を落として深く思考する。
彼でなくても、それは出来るのではないかと。
足りない男出は、仲間達で乗り越えればいい。聞けない感想は、別の者に聞けばいい。笑い合う相手もまた――

「……っ」


白が奔る。
一面の光のイメージ。顔の見えない誰かの笑顔が吹き抜け、そして……


「………」

そこまで考え、やはり彼の顔が浮かんだ。浮かんでしまった。
掛け替えのないという事を、再確認した。


「晶葉さん?」

頼子の声が聞こえる。心配そうな声音なのが分かれば、私の心は定まった。

「大丈夫だ、頼子、鈴帆」

立ち上がり顔をあげる。口元には、いつも彼女達に、ファンに、そして彼に見せていた笑みを湛えて。

「答えは決まった。やはり私は、告白する!」

「……未来が、決して明るくないものだとしても、ですか?」

重なる頼子の問いかけ。私を心配しPを心配する、とても優しい問いかけだ。
だから、そんな優しい友達に私はハッキリと言ってやるんだ。

「私とPの歩む先にある未来が、明るくないわけがない!」

「晶葉しゃん……!」

鈴帆の声が、私を後押ししてくれる。

「頼子、私は私の想いを伝える事を迷わない! だって、私は恋をしているのだからな!」

「でも、それでは……」

「私は失敗なんて恐れてないぞ。でなければ、何も生み出す事は出来ないんだ!」

私はアイドルで、発明家だ。
一つの新しい物を作り上げるために、何度だって失敗し、何度だって挑戦する。
何が良くて何が駄目なのか、それを何度も何度も精査して成功へと辿り着く。
それはアイドルでも同じだ。
求められるアイドルという姿を、何度もレッスンし、何度も舞台に立ち、作り上げていく。
躓く度に学んで、何度も何度も練習して皆を喜ばせるステージを目指すのだ!

「例えフラれても、私は諦めない! 万難が私の前に立ち塞がるなら、その全てを蹴散らし、乗り越えてみせる!」

それが、私の好きという気持ちのぶつけ方だ。それに、

「私の恋を応援してくれている、得難い友が私には居るからな!」

鈴帆を見る。彼女の太陽のような笑顔がそこにあった。
頼子を見る。彼女は、立ち上がった私を見上げて目を細めていた。

「……強いですね。晶葉さんは」

そう口にした頼子が、フッと小さく笑みを浮かべた。
私にとって、今日最初の頼子の笑みだった。


「強い、か」

鈴帆だけでなく頼子にまでそう言われて、再びソファに腰かけた私はその言葉について考えを巡らせる。
心が強い。そう評してくれているのだという事は分かった。
ひた向きさ、実直、目的意識。そうした物について、私には自信がある。
でなければ発明なんて出来ないし、アイドルだってやれていない。
そう。アイドルだってこの思いが無ければやれないんだ。

「私からしたら、鈴帆や頼子の方がよっぽど強い」

鈴帆は言わずもがな、頼子だって常々自分の仕事に関わる事の下調べに余念がないのを知っている。

「私を応援してくれると言ってくれた事も、私にどんな危険があるのかを教えてくれた事も。私は知っている」

その二人が私からすればとても強い。
私は私について来れる人でなければ、そう思わぬ間にも置いていってしまうような人間だった。
気が付けば、人が私から離れてしまっていた事なんて、どれだけあっただろうか。
皆の為に笑顔を届ける、舞台を成功に導く為に最善を尽くす。そこには必ず自分ではない誰かがいる。
それをやりきる二人の方が、よっぽど私なんかよりも強く、輝いて見える。

「そんな二人が、私みたいな奴に付き合ってくれるだけでも、感謝してもしきれないんだ」

「そんなん、ウチと晶葉しゃんの、そして頼子しゃんと晶葉しゃんとの仲ばい。気にする事じゃなか!」

「それに、私達はそれぞれ自分の意志で、こうして出会った晶葉さんという方に寄り添っているんですよ」

それに、ともう一度頼子が続ける。

「私の言った強さは、そこだけじゃないですから…」

その言葉の後に続いた彼女の笑みは、先程と違って悪戯な、偶に見せる妖しげな、面白がる笑みだった。
どうしてだか、隣の鈴帆も笑っていた。


「さぁ、そうと決まったらPしゃんを待って、突撃あるのみばい!」

鈴帆が両の拳を握って気合を入れた。腹を括って見届けてくれるという事だろう。
時計を見れば、そろそろ頼子はレッスンの時間で、彼が帰ってくる時間が間近に迫っていた。

「う、うん……!」

自然、緊張が体を駆け巡り私の体を固くしていく。口が真一文字から崩れない。
もうすぐだと思った瞬間から、胸のの鼓動する音が聞こえてきた。
今、自分はとてつもなく大それた事をしようとしているのではないかと、そんな考えに染まっていく。
答えは出した。考えた。それなのに、

「……緊張、してますね」

頼子が隣に来て、私の右手を両手で包み、祈るように額を当てた。

「だいじょーぶ! 晶葉しゃんならちゃんと出来る!」

左手は鈴帆が取った。自然と胸を張らされた。もう俯く事も出来ない。
ドアノブが鳴った。


「………!」

床を踏み鳴らす。足をアースにして緊張という名の電気を逃がす。
二人が手を離した。私は迷わずに一歩前に出る。
左足を前に、右手を振る。次に右足、振り子のように左手を前に。
気付けば駆け出していた。
伝える。それだけの為に。扉を開けた相手の前に躍り出る。

「P! 大事な話があるんだ! 聞いてくれ!!」

そう言って見上げた相手は、

「にゃはは~、たっだいま~……およ?」

「はぁい、貴女のハートにずっきゅんどっきゅん一発必中アイドルシュガーハァトこと、佐藤心さんだぞ☆」

「………」

目的の相手ではなかった。

「おい、なんだよこの空気☆」

いいぞ

        ※        ※        ※

今、私は不貞寝している。
ソファの背もたれに顔の正面を預け、向かいに腰かける鈴帆、志希、心に背中を向けているのだ。

「もー、ごめんって謝ってんダロ☆ こっち向けよ♪」

「にゃっはっはー、ご期待に応えられなくて申し訳ありません~って感じかな~?」

袖が擦れる音と、何か容赦なくクッションを叩く音がする。
それを二人がいつも通りのノリを崩していない証だと思えば、私は着崩れた白衣を直して頭を再びソファに沈めた。

「晶葉ちゃんってばご機嫌ななめだね~」

「ぶっちゃけはぁと悪くなくない?」

「まぁまぁ、晶葉しゃんにとっては一世一代の挑戦だったっちゃけん」

鈴帆がこの場を纏めてくれている。この手の場面で頼りになる頼子は、もうレッスンへと行ってしまっていた。
本当ならば彼も来ていておかしくない時間なのだが、何やら遅れている様子だった。

「っかし告白ねー。青い事やってるジャン! 私にもその若さを分けて! っていうかワ・ケ・ロ☆」

無視する。

「無視が一番傷つくんダゾ☆」

「まぁーまぁー、晶葉ちゃんがプロデューサー大好きだったのは周知の事実だったわけだし、いーんじゃない?」

「!?」

無視、出来ない!

「プロデューサーのスーツの匂い嗅ぐとねー、定期的に晶葉ちゃんの香りがマーキングみたいに――」

「わー! わー! 違う! 断じて違う! あれは最近肌寒くて助手にたびたびスーツを借りて……借りて…」

いざ身を起こしてみれば、三対の猫の目が私に向いていた。

「寒いって分かってるならー? 自分で温かい格好最初からしてたらいいんジャネ? 腹冷やすナヨ☆」

「体ぽかぽか、ホットな香りもいかが~?」

「晶葉しゃん……そこまでやって自覚したのが昨日とか、ウチもようフォローしきれん」

私は二度目の不貞寝を決めた。


「ねーねー鈴帆ちゃーん。アタシさ~、入って来たの後続じゃない? だからプロデューサーと晶葉ちゃんの馴れ初めとか知らないんだよね~」

再び不貞寝した私から興味を失ったのか、それとも何かの実験か。唐突に志希が口火を切った。

「あれでしょ? 晶葉ちゃんはちゃんとスカウトされて来たんだよね~?」

「ああ、志希しゃんは押しかけ女房……ごほん、押しかけアイドルじゃけんね。晶葉しゃんとウチは大体同じ頃にアイドルになったとよ」

「あ、それ知ってる。アイドルおもちつき大会でしょ?」

「そうそう……って、心しゃん!? いきなり素に戻っとるとビックリするばい。しかもそんなだらしなか格好ばして……」

ワザとらしく寝返りを打とうとして、止めた。

「えー、いーじゃーん。どうせプロデューサー遅いんでしょ? だったらそれまでスイッチオフ~」

「白無垢の似合う大和美人はどこ行ったと……」

「あ、そういうのいいんデ。ほら、続き話せよ☆」

「こんお人は、しょんなかねー」

何が起こっているのかを皆の言葉だけで判断しなきゃいけない私は、ただ耳をそばだてる。
少しだけ、この状況が楽しくなってきた事は内緒だ。


「と言っても、ウチが話せるのはおもちつき大会の時の二人ばい。馴れ初めとはちと違うけんね」

「あー…」

話が本格的になる予感を感じさせたところで、鈴帆がそう言って唐突に話を切ってしまう。
無言の間が下りるが、私の背中に視線が集まっているのは容易に理解した。

「晶葉ちゃんがどうしてプロデューサーに恋してるって気付いたのか、知りたいにゃー?」

いつの間に傍に来ていたのか、志希が耳元に囁くと同時にこちらの肩を揺する。

「知りたいにゃー? ……知りたいにゃー?」

「あー、もう。分かった! 話す! 話すから全く同じ音声を耳元でリピートさせないでくれ!」

折れたのは私の方だった。
ついでに心の方を見たが、アイドルがしてはいけない格好をしていた事は言うまでもない。
いや、世の男性はむしろああいう格好の女性を見る事に喜びを感じる場合があるかもしれな……

「いやん☆ ハァトに惚れたら怪我するゾ☆」

強い。

「にゃはっ、それじゃ晶葉ちゃんとプロデューサーの馴れ初めの本番、行ってみよう~♪」

「……はぁ」

すっかり進行役を鈴帆から奪った志希に促されるまま、私は語り始めた。


当時の私といえば、発明品を思うままに作り続けるだけの、可愛げのない女の子だった。
父が発明家で、私もそれに倣って同じ道に入り、そして敵うだけの才覚を発揮していっただけだ。
父という存在は常に私の手本で、私の道の先に立つ人で、私の壁だった。
だから私はその壁を越える事を、父に認められようと躍起になっていたんだ。
その結果、当然の事ながら人との繋がりに対して割く時間はなかったし、必要も感じなかった。
特に同世代の人達などは、私のしている事を理解する事すらできないのだから尚の事だ。
そうして気付くと私はいつも一人で、発明品を作る事だけを繰り返していたのだ。
それで十分だった。とは思っていない。
人並みに世界に対する好奇心もあったし、液晶の向こうに映る輝きを美しいとも思っていた。
だが、それについて考える時間もなかったし、何より――

「住む世界が違う……と、そう考えていたんだ」

「そーよねー。あれだけ色々作ったり出来るのなら、わざわざアイドルになる必要ってないわけだし」

「い、いちいち言葉が鋭かよ、心しゃん!」

「いや、その通りだ。彼と出会わなければ私は、きっと一介の発明家としての道を歩んでいたと思う」

心の言っている事はその通りで、私は私の力だけではきっと変わらなかっただろうという確信がある。
父を追い、いつか世界に轟く大発明をするために、それだけの為に生涯を捧げるような人間を貫いただろう。

「それが変わったのが、あの日の彼との出会いだったんだ」


その日は完成したロボットの試運転の為に、近所の公園へと来ていた。
ラジコン式で、従来の物よりもより複雑な動きを可能とするための機構を備えた私謹製の逸品だ。
そこには休日という事もあって大勢の人が来ていたが、私はその中で特に目立った存在とはならなかった。
同世代の他人はその時の流行りの遊びに興じていたし、家族連れも自分達の遊びに夢中で、私の発明になど興味を持つ様子がない。
何しろ見た目はそこら辺にあるラジコンの玩具と同じだ。それで注目を浴びるというのも変な話だろう?
だが私はそんな世界に少しだけ悔しさと、寂しさを覚えながら機械の調整を繰り返していたんだ。

そんな時だった。
どう調整を間違ったのか、ロボットが想定外の動きをしてしまってな。あらぬ方向へと走り出したんだ。
自分の発明が人様の迷惑になってはいけない。そう思えば慌てたよ。
そんな私を見かねたんだろうな、私より早くその人はロボットを回収してくれたんだ。
勢い余ってこけそうになっていたがな。
ジタバタと暴れるロボットに四苦八苦しながらも、その人は私の所にロボットを届けてくれた。


スーツがよれよれだったんだ。
髪もセットした先からボサボサにしてしまっているのだろうという体たらくだった。
体格は違うんだが、それがどことなく、父に似ているなと思ったんだ。

そんな彼が私にロボットを渡しながら笑うんだ。
すごく元気のいいロボットだと。やんちゃな奴だな、と。
まるで私の作った物が、そのまま生きた何かのようだと、そう言いたげに。

だから、その時の私は……


「この天才少女の手にかかれば物言わぬ機械も生を得る……そう、口にしていたんだ」

「天才ロボ少女、池袋晶葉の爆誕ばい!」

真剣に話を聞いていた鈴帆が、待ってましたとばかりに腕を振る。

「思ってたよりいい話ねー」

「PEA溢れちゃったかー」

「貴重なお話でございますですねー」

他のアイドル達も、私の話を思い思いに聞き受けながら首を縦に振っていた。

「それで晶葉ちゃんは、お父さんみたいーから、恋人になりたいーって心境変わったわけでしょ?」

「う、うん」

「それを自覚したのが昨日なんだとして、そこに至るまでにどんなお話があったのかね?」

いつもは興味の移り気な志希が、珍しく身を乗り出す勢いで聞いてくる。

「こうなったら根掘り葉掘り教えて貰うゾ! 覚悟しろよ☆」

面白がる事にしたんだろう、手ぐすねを引くポージングまでする心に煽られ、そして私自身……

「これは宣誓だ。だから、皆にはいっそ聞いて貰おう。私と彼の、物語を!」

この時にはもうノリノリで、言われるままに彼との話を語り出していた。


話し相手が出来た事が嬉しくて、私は殊更饒舌にロボットについて語った。
彼は専門的な知識を持ち合わせていないから、そんな彼にも分かり易くどう話そうかと工夫を凝らした。
その時の私は兎に角嬉しくて、彼に話を聞いて欲しくて、慣れない事を一生懸命にしたんだ。

でも、それが不思議と苦痛ではなかった。
彼は話しの節々で反応を返してくれたし、自分の分からない事を聞き返してくれた。
その度に私が説明を加えれば、それを嬉しそうに笑いながら聞いてくれた。
初めて一からロボットを作って、それを父に見せた時と同じ位、私は必死だった。
彼は父のように私の頭を撫ではしなかったが、隣に腰かけて真剣に話を聞いてくれた。

私は私の話をする内に彼についても聞いてみたくなって、何者なのかと問いかけたんだ。
そこで私は逆に問い返されたんだ。

アイドルになってみる気はないか、と。


自分はアイドル事務所のプロデューサーで、私をアイドルにしたい。と、そう彼は言った。
正直驚いた。突然すぎて何が何だか分からなかった。
自分と縁遠いなんてものじゃない世界の住人が、目の前にいたんだ。
だけど私はその驚きを口にするよりも先に、顎に手を当て笑みを浮かべていた。

「ん? アイドル? 面白いな、私の才能を世に知らしめるチャンスというわけか!」

強がり、だとは今でも思っていない。あれはきっと、私の本心だった。
自分の発明品が注目されない事も、父の背をいつまでたっても越えられない事にも、私はネガティブになっていた。
だから私には、彼の誘いが天啓のように聞こえていたんだろう。
反射的な迷いよりも、自分のもっと深い部分にあった意志が前に出たんだ。

「よし、ではプロデューサー、優秀なら助手にしてあげよう!」

アイドルなんていう未知の世界に、何も知らない私にとって唯一の供である彼の手を取って。
私はアイドルになったんだ。


それから私と彼は、アイドルおもちつき大会から始まり沢山の仕事をこなした。
レッスンの内容も、仕事の内容も、私は全部の事を彼に任せた。
私は私。それは絶対に曲げたくないと、彼には何度も言って聞かせた。

我が強すぎるとトレーナーに叱られた事もあるが、それでも私は私を貫いた。
そして彼は、私を私のまま、アイドルへと変えていったんだ。
発明家で、アイドル。私は私のまま、新しい自分へと変わっていった。

そしてその傍らにはいつだって、彼が居たんだ。


「……と、いうわけなんだ」

そこまで話して、私は誰かが用意してくれたコップを手に取り中に入っているジュースを飲む。
あれだけ喋って喉が痛くないのも、アイドルとしての成長の証だろうか。

「………」

インターバルだろう、今は静かな時間が流れている。
彼女達が私の話を聞いて何を思い、何を感じているのか。それを整理している時間なのだろうと思った。
だから私は彼女達を見もせず、静かに目を伏せて待つ。

「それで、昨日決定的な事があった、と」

誰かがそう口にした所で、私は大きく頷き再び話し出す。
私が恋に気づいた瞬間の事を。


自宅でロボットを弄っていたんだ。
コレクションの主役として抜擢され、それを勤め上げてからのようやくの連休だった。
今度は発明家としての本分を、更なる躍進に繋げるべく鋭意活動する日だと決めていた。

彼と別れてから三日経ったんだ。
明日には会えると分かっていたんだ。
父と並んで作業もしていたんだ。

でも気が付くと私は、今すぐにでもPに会いたい。と、そう思っていたんだ。
会えないながらに電話で声でも聴ければいいと思って、彼に電話を掛けたんだ。

出なかったんだ。
作業を終えて、自室に戻って、日々の務めも後は寝るだけとなった時。

私は怒っていた。


私はもう孤独ではなくなったのに。
今の私の心はこんなにも衝動的で、彼を求めていて。
この場に彼が居ない事が腹立たしくて、認められなくて。
彼が居ない事が寂しくて、こんなにも、こんなにも……

恋しい、と。思ったんだ。

そこでハッとなったよ。
私は初めて私の気持ちに恋という言葉を与えたんだ。
そうしたら全てのモヤモヤが晴れたような、もっと深い霧の中に入ったような気持ちになった。
恋という言葉を繰り返したら、彼の顔が浮かんだんだ。
もう他には、何も考えられなくなった。
そこでようやく悟ったよ。

どうにも私は、恋をしているらしい と。


全てを話し終えてみれば、何だかとても清々しい気分になった。
自分の気持ちを自然体で受け止められているような、そんな穏やかな心持ちだろうか。

「……あ、晶葉しゃん」

鈴帆の顔が真っ赤になっている。聞いていて赤らむほどに恥ずかしい話だったろうか。
そうかもしれない、なんて笑みを返してやる。

「なんっつーか、洗いざらい吐いたわね」

いつの間にか居住まいを正している心が、満面の笑みを浮かべている。
志希は、そんな心に膝枕をされながら幸せそうにくねくねと身を捩らせていた。

「今更だけど、これ、私達が聞いていい話だったのかしら……」

第四の声は私の座るソファの向こうから聞こえてきた。


「人の往来のある事務所の談話室で堂々と話していたんだ。むしろ聞かせたかったんだと思うがね?」

第五の声はその隣で。

「わたくしが混じっていても問題なかったのでー、問題はないでございますです」

「池袋博士の秘められた物語、アイドルとしての歩み、格好良かったよ!」

「せんせぇのこと、だいすきー! ってきもち、かおるもすっごくわかったー!」

おい。

「晶葉ちゃん初ステージだったのに堂々としてて、私も元気いっぴゃい貰ったよ!」

「映画の時、晶葉ちゃんのおかげで……本当に動く人体模型、見れた、よ…」

「お嬢様チャレンジの時のひた向きなお姿、今も心に残っていますわ!」

ちょっと待て。

「晶葉ちゃん、ファイトですよー! ハートウェーブ、ビンッビンに感じましたよー!」

「雄弁に語る晶葉ちゃん、カメラに収めたいくらいでした」

「ま、待て!!」

慌てて立ち上がり辺りを見てれば、そこにはもう、アイドル達が大勢集まっていた。
レッスン上がりの頼子の姿もそこにある。つまりかれこれ一時間近く話していたのだ。

「あそこまで熱い告白もなかなか無いわよね」

「ふふっ、晶葉ちゃんにも恋愛成就のご利益、あったみたいですね」

「来てるじゃん、晶葉の時代がさ。今主役よ、その辺、分かる?」

「~~~~~~!!!」

体全体に熱が満ちて行くのを感じた。
話に夢中になっていたにしたってこの状況は何だ!?

「………」

頼子と目が合った。頼子は、またあの悪戯な笑みを向けて自分の隣を指さした。



Pが居た。
私は倒れた。

支援

        ※        ※        ※

目を覚ますと、私は仮眠室の天井を見た。
どうやらベッドに寝かされているらしい。胸の上まで薄手のシーツが掛けられていた。

「………」

上体を起こす。そして隣を見たら、彼が居た。
私の助手で、プロデューサーで、パートナーで、掛け替えのない人で、私の好きな人が居た。

「あー、助手。その、なんだ」

聞かれていた。それは間違いない。
どうして止めてくれなかったのか、それを問いたい気持ちも無きにしも非ずだったが、私は違う言葉を口にする。

「助手……いや、P。私はその、そういう奴だ」

発明家で、アイドルで、わがままで、我が強くて、寂しがりで、とても天才なんて呼んでいい存在じゃない。

「でも、私のこの気持ちを、私はPにぶつけたいんだ! だから!」

ズルい言い方をする。

「私を孤独にしないで、ずっと…ずっと一緒にいて…?」


そこで気付いた。
この言葉を言うのは二度目だったと。それも、とても昔に言った言葉だったと。

「………違う。これは違う」

私は、私のまま変わったんだ。だから、これではいけない。

「P」

相手の目を見て、伝える。

「好き……」

だ、と断じる事も。です、と可愛らしく締める事も出来なかった。

「好きなんだ。どうしようもなく…!」

叫ぶように、告げる。

「ずっと、私と一緒にいて欲しい! この、私の全てと! ずっと!」

全てをひっくるめた池袋晶葉をぶつける。
そして――


        ※        ※        ※

「晶葉しゃん、頑張ったばい」

「はい……」

「頼子しゃん……」

「………」

「頼子しゃんは、ばりよか女よ」

「……私、気付いてますよ?」

「……ほんなこつねー」

「Pさんと、晶葉さん。上手くいくと良いですね」

「それこそ、ウチらがしゃしゃえてやらんと!」

「……はい」

「おらー! 感傷に浸ってないでこっちで遊ぶゾ☆」

「だから菜々は飲めませんってー!!」

「……よっしゃ! 行くばい!」

「ふふっ、ええ」

        ※        ※        ※

結論から言うと、私の恋は成就した。
今、私の所持品の一つに指輪がある。無論、人前で付ける事は許されない。まだ。
結婚したわけではない。何しろ私の年齢がまだ満ちていないからだ。
婚約、という奴だ。

良い響きだと思う。
何よりも、彼が対となる指輪を付けてくれている。
思いは届いた、そしてそれだけに終わらなかった。その結果が確かにそこにはある。

私は今、世界に名を轟かす発明をするべく邁進する発明家だ。
私は今、ファンの皆を魅了し、笑顔にするために輝くアイドルだ。
そして、彼と将来を誓い合った一人の女の子だ。


「P! ステージに立つ私から目を逸らすんじゃないぞ? あ、ロボットは見て欲しい。許す!」

「天才、池袋晶葉をファンに見せつけてくる! ステージの上の私は、皆のものだ!」

「でも帰ったら……少しだけ甘えるからな?」

私の名前は池袋晶葉。
今、発明家と、アイドルと、恋人をしている。

以上です。
晶葉可愛いが少しでも伝われば幸いです。
ありがとうございました。

乙です!

頼子は策士

もとから晶葉ちゃんは可愛いからな


最高だった



最高だった

最高かよ!
乙でした!

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