男「エロ本、ゲットだぜ!」 (35)
高校生がわざわざ隣街の本屋まで行く理由といったら1つしかない。
よほどの本好きだとか、街に本屋がない、なんてこともあるかもしれないけれど。
それも私服で、髪型を変えて、夜に、こっそり、といったらやっぱり1つしかない。
月に一度の楽しみ、エロ本を買いに行くのだ。
健全な男子高校生には発散が必要なのだ。
さもなければこの世は性犯罪に満ちているにちがいない。
目覚めよリビドー、ビバエロ本。
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電車から降りると吐く息が白い。すっかり冬だ。
住んでいる街よりは少し賑やかなこの街も、駅から離れればさほど変りはない。
電灯が減ってちょっと薄暗くなったその角にお目当てのお店がある。
自動ドアをくぐれば暖かい空気。ほっとする。
この店の店番は無機質なおじいさん、それでいてその手の本の品揃えは豊富なのだから堪えられない。
一見して外からの見た目は普通の本屋だし、まさに知る人ぞ知る、といった趣。
ここでなら、じっくりと品定めをすることが出来る。
毎回30分は見て回るので鞄をおろし、手袋を外して、戦闘準備。
18禁コーナは奥まっていてそれ目的の人でなければまず近づかない。
男子の聖域だ。
さあて、この前はSM本を手に入れたけど今回は……
お、新刊が……
ふむふむ
おお……おお……
む……むむ……これは…
心のなかでもっともらしく唸りながらじっくりと鑑賞する。
この中から2冊。そう、予算的に2冊だ。
もしもの自体に備えてかなり多めに準備はしているが、使いすぎれば昼飯がピンチを迎える。
じっくりと厳選しなければ……
と言っても、もう大体の目星はつけてあった。
まずはいつも買っている総合誌。
そして、クラスメイトに似た娘の写真集。
この二冊。
気になっている子に似ている、という罪悪感で前回は手を出せなかったが、帰ってからひどく後悔した。一ヶ月の間後悔した。
好きな子は汚したくない? 詭弁だ。
今ここにいる己は倫理の破壊者だ、性欲の権化だ、オナニーマシンだ童貞だ。
そんなことを躊躇っていては真の男になれないぞ。頑張れ自分。
今日、楽しくすこし長話をしてムラムラした、とかそういうのは関係ない。ないったらない。
勇気を出して手にとって、中身をちらちらとめくると想像通りのお宝。
思わず鼻の下が伸びる。にやける。
そのまま立ち読みしていると、コーナーの入口に人の気配。
別の客だろう。
こういう場所ではお互い干渉しない、無関心がマナーだ。
お互いが空気のように無視するのが礼儀であり、紳士。
そうここは紳士の社交場。アン・ドゥ・トロワ。
とはいえ、一緒に長居するのもなんだから、ということで先ほどの二冊をもって、レジ
へ向う。
向かおうと、した。
ピロリン
軽薄な電子音。
それも先ほどの人影の方から。
思わずビクッ、と反応してしまうも俺には関係ない。
目を伏せたまま隣を抜けようとするけれど、入り口を塞いだままなかなか退いてくれない。
何だこいつ、失礼なやつだな、と視線をあげると目に入ったのは華奢なスニーカー。
ん? 女の子?
黒タイツに、見覚えのある柄のスカート、そしてブレザー。
あれ? これうちの制服じゃない?
ゾッとしながらそいつの顔を見る。
いつになくニヤけた顔が、知っている顔が携帯を構えて、居た。
ああ、さらば青春。築き上げた名声よ。
身体中から血液が抜けたかに思えた。
ちょっと充填されてた海綿体からも抜けた。
ピロリン
もう一度電子音をさせた後、そいつは軽く手を振って、固まる俺を置き去りにして店からでていった。
やばい、やばいヤツに見つかってしまった……
暖かい店内で足が震えだす。
先ほどマナー違反も良いことに携帯で写真を撮っていったヤツこそは、我がクラスの委員長である。
そこそこ整った容姿に、あふれる人望、頭脳明晰運動はちょっと苦手。
なんでもそつ無くこなして、笑顔が素敵。敵に回すと女子総スカン。
そんなそんな完璧超人さんがなんでかような場末に? ホワイ? ホワイ?
いや、そんなことは関係ない。問題じゃない。大問題だ!
はやく、はやく追いついて、なんとかしないと……!
明日からの生活はめちゃくちゃだ……
急いで店を出ようとすると、店番の爺さんに呼び止められる。
「ちょっと、お勘定」
あ、やべ。本持ったままだった。
戻す余裕もないので、震える手でお勘定を済まして店の外へ。
ええい、委員長はどこへ……!
……居た。
居たというか、待っていた。
「やあ、早かったねー」
ニヤニヤと、手の中でこれみよがしに最新式のカメラ付きケータイを転がしている。
「あ、あのっ……」
「まっさか、”あの”優等生くんがこーんなお店にいるなんてねー?」
「……委員長こそ、なんでこんなところに?」
「んー? 秘密ー」
「……」
「ヒントはー、尾行してきた?」
「ストーカーめ」
「エロ本マンにいわれたくないなあ」
「っ……」
どう考えてもこちらの分が悪い。
「ほーら、よく撮れてるでしょー?」
証拠写真とかなんだそれ、卑怯だろう。
「わざわざ私服に着替えちゃってー」
楽しそうだ。
「ね、これ。明日クラスの皆にみせちゃっていい?」
もうだめだ。降参だ限界だ。
「……なんでもするから、それだけは勘弁してくれ…」
「してくれ?」
「やめてください、お願いします」
頭を下げる。
「ふふっ」
実に楽しそうだ。
全く楽しくない!
「そうだなー、そこまでいうなら、考えないこともないんだけど……」
さてはて、何を言い出すやら。
「はい」
にこやかに片手を突き出す委員長。
ええと、これは……
お手でもすればいいのだろうか?
右手をのせようとすると、さらに一言。
「財布」
現実は甘くなかった。
さすが委員長。やることに容赦がない。
ここまでー
おいおい、ここからってところで
駄目だよ阿良々木君、エロ本なんて買っちゃ
間違えてたらすまんが、こんなSS前に無かったっけ?
続かないのかなぁ、雰囲気好きなんだけど
かもーん
ええ
続きは?
頼む
><
待ってる
ニッコリ作られたその笑顔は強制力がある。
逆らうなんてできやしない。
胸の中で中身にさよならを告げて、財布を手渡す。
さらば夏目先生新渡戸先生。お慕い申し上げておりました。
不幸なことにいつもよりかなり多く入っている。
実のところ、ほぼ全財産だ。
戦場でいざ掘り出し物に出会ったときに手持ちがなかった、では済まないのである。
戦士としては当然の心構えだ。
しかし、今回に限ってはまったくツいてない。
何枚抜かれるのか。
ドキドキしながら財布の行方を見つめると、愛用の黒い財布は委員長の細い指から、スッと学生鞄へ消えた。
ああ、全部ですか……
はよ
せめて学生証と定期は返して欲しい。
そう訴える前に委員長の指が上がり、指差すは赤字に黄色のmマーク。
「行こ」
はい、と一言返事をして唯々諾々と付いていく。
嘘だ。
実際に出たのは「う」とか「あ」とか。
まあ、そんな間の抜けた声だった。
確実に奢りになるだろうが、マクドナルドは学生の主食。
どんなに多くても三日間昼飯を抜くだけ済むだろう。
それだけは救いだった。
「えーと、フィレオフィッシュ。単品とアイスティで……君は?」
「え?」
「なに、決めてなかったの?」
「…じゃあ、コーラのSで」
「なあんだ、食べないのか。じゃ、あたしは席取ってくるからお会計、よろしく」
よ、ろ、し、く、と一音ずつ切って委員長はひらひらと手を振り、二階へ消えていった。
奢って済むとは思わなかったが、まだ逃がしてくれるつもりはないらしい。
トレイを受け取り、階段をあがると、やっぱりニヤニヤ顔の委員長。隅の席だ。
「やあ優等生、ご苦労でした」
返事をせずに、コーラをとってトレイを押しやる。
「あれ? 反応悪いねえ。せっかく美人と一緒にご飯食べてるんだからもっと楽しそうにしなよ」
「…おまえ、キャラ違うな」
「君こそ」
そういって包装をあけ、フィレオフィッシュにかぶりつく委員長。
普段の清楚っぷりはどこへやら、ずいぶんと豪快に食べる。
そんな委員長を見ながらコーラをすすっていると、こちらもだんだん落ち着いてきた。
ともかく、言うことを聞いていればバラされることはなさそうだ。
財布取られてるのにお会計できるの?
できねえな…
お釣りとレシートをテーブルに置くと取っておけというように顎をしゃくる。
もともとは俺の金だ、ちぇっ。しかし、財布はまだ奴に握られている。
今となってはこの釣り銭すら惜しい。
大事にポケットにしまって、もう一度コーラをすする。
委員長は気持ちのいいほどの勢いでバーガーを腹におさめ、アイスティで口を潤し、ふぅと一息。
「さて」
さて?
「戦利品、見せて?」
「いやだ、っていったら?」
「写真」
「……他の、なにかで」
「なあに、そんなに見られたくないの?」
すこし呆れた口調で、委員長。
「そんなにすごい性癖なの?」
まずいのは性癖じゃなくて被写体なのだけれど、それを言う訳にはいかない。
かといって、見せたら一発でバレる。それほど似ているのだ。贔屓目でなくそう思う。
だからできることはただ頭を下げることだけだ。
「勘弁してください」
誠心誠意心をこめて額を机に擦り付ける。
なんなら靴を舐めてもいい。
靴下ならもっといい。
素足がいい。
誠意を下心にすり替えているうちに委員長は次の行動へいってしまったらしい。
交渉しがいのないやつだ。
顔をあげると、没収した財布を広げて物色していた。
小銭をばら撒き、紙幣を広げ、カードをごそりと引っ張りだす。
「あは、変な顔」
学生証を口先だけで笑って、ピロリンと写真をとる。
くそう、あの携帯、どうにかして奪えないものか。
レンタルビデオ屋や電気屋、書店が2枚とカラオケボックス。
なにがおもしろいのか一枚一枚検分しながら並べていく。
紙幣入れ、小銭入れ、カード入れが空になる。
もうその財布は空っぽです、返してください。
「お」
なおも財布をまさぐる委員長の楽しそうな顔。
発見してしまったらしい。
皮が薄かったのがマズイのか、そうなのか。
スティックのりで閉じた口が剥がされて、中から諭吉先生と近藤さんがご登場。
「おおおおお」
と、委員長。諭吉先生には目もくれず、ゴムをピロピロとふっている。
「オトコノコだねえ」
ニヤニヤと笑っている。
いっそ殺してくれ!
ここまでー
乙乙
乙
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