セイバー「士郎、愛しています」 (65)

セイバールートの改変です
比較的短編ですがちょこちょこ投稿していくので良かったら読んでください

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1448039156

俺のセイバースレキターーー!!

なんで建てるだけで終わらせんの?

炙り出しかな?
ミカンの汁で書いてあるとか


とても踏ん切りをつけることができなかった。
幾度と決意したはずであるが次の瞬間にはその決意が虚しく崩壊することの繰り返しだ。
そして今、運命の時がそこまできているというにも関わらず青年は地に足の着かないままであった。

「エクスカリバー!」

金色を纏った王、ギルガメシュは士郎にとって敵であるはずが、その者が敗れた瞬間なんともいえない感情に包まれた。
終焉……この表現がもっとも妥当であることを士郎の本能は気づいているのかもしれない。
聖杯戦争の終焉、そしてセイバーと士郎の終焉でもあった。
この戦争に勝とうが負けようが、どうしても避けたい運命を逃れる事はできないのである。
それはどんな悲哀をも凌駕する恐ろしさを持って士郎を今日という日に招いた。

「終わりました……」

先ほどまであんなにも力強く敵を圧倒したセイバーの握る剣先は地にうなだれていた。
この愛くるしい声は朝を迎えてしまうと金輪際耳にすることはできないのだな。
そう思うと叫びだしたくなるがそれを抑制する男の勲章、いわばプライドは健在であったのだから客観的には余裕の片鱗を感じさせる。
客観的には平静を装う士郎、しかし口にしてしまった。この期に及んで……。
約束した運命を受け入れることができなかったのだ。

「セイバー……聖杯を壊さないでくれ……」

「えっ……?」


時が止まったと錯覚してしまうほどの静寂、風の音すら周囲の環境音すら聞こえてこない、ただあるのは暗闇の音。
士郎の心理状態は当然まともではなく、動揺及び安堵が高速に入り混じるある種の狂気に達していた。
あの日、目を見つめ合ってしっかりと決断したセイバーとの約束をその成立条件がそろった時点でひっくり返す暴挙。
言えたという安堵は消えうせ、今のセイバーの心理状態を考えた瞬間とてつもなく怖く、ただグッと俯くことしかできなかった。

「士郎、なぜです?」

あいつらしい反応が返ってきたと士郎は肩の力を抜かされた。
重要な時期に約束を破るなどを行うと常人であれば瞬間的に怒り狂うことは少なくないのであるが。
ふとしたときに見せる感情の起伏が嘘のように、肝心なところではしっかり冷静で沈着なセイバーの反応だ。
共に生活を営んでいるとセイバーの人間味を垣間見るので親近感を感じるであるが、やはり根本的な人間性において見ると王を務めるだけはある。
今回のようにセイバーはどんな時でも人の意見に耳を傾けることに努めた。
しかし士郎が重い口を開こうとした瞬間、

「約束と違います……士郎、私を裏切るのですか?」


「な、なっ……」


裏切る――――。
こんなワードを使われてしまった士郎の精神は積み木のごとく不安定となり、動揺を隠すことが困難となった。
一見冷静なセイバーであると認識した瞬間に奇襲をかけられたかの如く、厳しい言葉を投げかけられたのだ。
この刃のように鋭利な問いかけはセイバー自身の心に幾らかの揺らぎがあったことの証明でもあった。
ここで初めてセイバーの顔を見た士郎は、その怪訝な顔つきに怯えすぐさま目をそらすことで精一杯となった。
再び沈黙が訪れ、待ちかねたセイバーからの質疑を受ける。

「士郎、とにかく裏切ろうとする理由を聞かせてください」

セイバーの中では聖杯を破壊する決意が固まっており、その揺ぎない決意故に士郎の一言は”裏切り”である。
裏切る行為の愚劣さ、その卑怯さは士郎もよく理解しており、その言葉選びがセイバーの心理状態を明かしているも同然であった。
最悪なことを言った……それでも士郎は恥を忍んでセイバーへ気持ちをぶつけることを選ぶ。

「セイバー……俺は、お前が聖杯を壊すことで救われるとは思えない」


ぶつけ終えた時、士郎はとても自らを情けなく思い唇を噛み締めたがそれでも構わないと思いまっすぐな瞳を見つめ返した。
セイバーのまっすぐな瞳がみるみると曇ってゆく、その曇り方はまるで見たくないものを見るような、失望の意にあふれているようであった。

「貴方は私の事を理解していなかったのですね……」

悲嘆に俯き、セイバーは続ける。

「ではあの時の約束は嘘だったのですね……私の目をみて放った言葉は嘘だったのですね……」

「ち、違う!嘘じゃない!」

声だけを張った小型犬のようにセイバーには映ったであろう。
中身の含まない言霊の抜けた発言にはなんの説得力も存在しない。
それを判断することはこの”裏切り”で十分であり、それ以降の説得は無効同然であった。
事実、あの日の士郎の決断とこの矛盾した現在は嘘以外のなにでもない。

「貴方は偽善だ、私の身を案じていると装って士郎、本当はあなたが救われたい一心なのではないですか?」

「ッ……」


ぐうの音もでなかった。
その通り、士郎は自らが救われないが為にセイバーの保身を口実に約束を違えたのだった。
セイバーを失いたくない。セイバーともっと一緒にいたい。自らが傷つくことを避けているだけだ。
すべてをセイバーに見透かされてしまった士郎はなにも言い起こす事ができなくなってしまった。
その様子から察したセイバーは必要以上に責めることをしない。

「士郎……貴方の気持ちは嬉しい。私に伝わりました。けれど……」

「そのような自由は私には許されない……貴方が本当に私を愛してくれるのであれば……」

「私の夢を叶えてください」

夢を叶える?セイバーが死に次の王が選定され民が潤う、それが夢?
そんなふざけた話があってたまるか。そもそもセイバー、お前が死ぬことで罪が清算されるという考え方がイカれてる。
ふつふつと込みあげる怒気、申し訳ないという自責の懺悔が端に追いやられ怒りが爆発し士郎を発起させた。

「セイバー!お前は生きるんだ!死んで逃げるのか!?俺は許さない!」

「なっ…!逃げるって……あ、貴方はなにを言って……!」


「そうだ!悲劇は起こったがお前に悪意はなかったんだ!ならば生き続けてその者を想うことがお前の責務じゃないのか!?」

「確かに王の選定は必要かもしれないが、お前の死と引き換えにやることではない!セイバー、お前は死んではだめなんだ!」

「もう一度受けた生を無碍にするのは絶対に間違っている!」

士郎の発言のすべては士郎個人の救済に帰結すること、つまり我が身の可愛さに繋がることはいうまでもないが、士郎の言い分が一概に間違っているとはいえなかった。
このセイバーの価値観と士郎の価値観はどちらが正しいという明確な答えのない問題であり、和解以外に解決の方法がないのである。
セイバーは死んでまで王の選定を行うことを責務と考える一方、士郎は苦しみながらも生き抜くことが責務であると主張する。
しかしセイバーにはどうしても士郎の自己中心さを助長する材料としか捉えることしかできなかった。

「……」

無言のセイバーの瞳は凛として士郎の事を真っ直ぐ見つめる。
腹をくくった人間の顔はこんなにも逞しく、恐ろしく、美しい。

「貴方には感謝をしています……」

「なっ…!お、おい!」

セイバーはこの言い争いを中断する形をとり、ゆっくりとした動作でもって剣を構えた。
その剣の先には聖杯――――。セイバーの意思はなによりも固く、悲劇をもたらしたとはいえ王の資質と呼ぶべきであった。
彼女もまた、心の奥底では士郎と共にあり続けたいと欲しているのだから……。

「セイバー!だめだ!」

セイバーの視線は聖杯へ、この時には士郎のことなど眼中になく声が届いていたかも疑わしい。
士郎はセイバーを力ずくで阻止しようと試みて全速力で近づくがセイバーはその何倍の速さで聖杯へと向かった。
間に合わない――。セイバーは聖杯へ構えた剣を今にも振り下ろそうとしている。

「セイバー!!!」

死を予感した時に訪れるといわれている現象が存在する。
それはすべての時が何倍も遅く感じるというものであるが、まさにそれが士郎に訪れた。
この展開は士郎にとって生死の分け目ではないが、精神的な面で言えば生死を分けるものといっても過言ではない。
自らの命を捨ててでもセイバーを生き永らえる事ができるのであればそうしたいところであった故、天は選択の一時を与えたのかもしれない。
その選択とは……。

「……ッ!?」

「はあっ……はあっ……」

「な、なに……?体が動かない……」

「……」

「ま、まさか……」


無意識であった。
セイバーはパントマイムのようにぴたりと体を硬直させており、その瞳は大きく見開かれていた。
一方で士郎はマラソンを完走したかのように大きく息を切らし、またその瞳も大きく見開かれている。
二人を支配する感情の渦は”衝撃”。にわかに信じがたい現状にただただ思考の整理を繰り返すばかり。
その選択を下した士郎自身も選択したことすら理解に及ばず、ましてや自らが起こした撹乱がどれほどの影響力を持つかもわかってはいなかった。

「士郎……あ、貴方は……」

「……」

士郎はようやく認識したのであった。
彼を取り囲む禍々しい欲望、あまりにも卑怯な行為であった。
セイバーに対する令呪の発動。
自らが”聖杯を壊せない”という命令を下したと気づいた時、士郎は手は小刻みに震えていた。

基本的に不定期です
大体1回の投稿につき10レス以内でおさめます

今日は終わりかな?
乙です


士郎の思いつきによる行動はあまりにも慎重さの欠如したものであった。
握り締める拳が音をたててギュッと悲鳴をあげ、皮膚を切り裂き血がにじみ出るような錯覚を覚えた。
正義の味方のとる行動がこれか。正義なる心の士郎がもはや悪と化した士郎に問いかける。
この行動には信念となる要因が存在するが、束縛などあまりに卑劣だ。

「ッ……士郎!!!!!」

「ぅ……」

近くで猛獣が吠え猛ったのかと思えばそれはセイバーの怒号であり、ますます畏怖の感情が芽生えた。
セイバーの声色は戦闘中のドスの効いたものであり、完全な敵意を向けられていることに脂汗を滲ませる。
如何なる釈明の余地も与えられぬまま剣で貫かれても致し方ないなと思ってしまった。
同時にセイバーに殺されるのであれば本望だとも思ってしまった。

「くっ!士郎!貴方の令呪で私に命令をしなさい!聖杯を破壊せよと!」

「……」

「士郎!!」


けれど、聖杯を破壊するつもりなど毛頭なかった。
こんなにも申し訳ないと思っているのであるが、相手に慰謝の意を込めて聖杯を破壊させるつもりはないのだから理に反するも甚だしい。
やっとのことで士郎はせめてもの罪滅ぼしの代わりに令呪発動の意図を説明する勇気を得た。

「セイバー……悪かった……許してくれ……」

「……」

セイバーは黙り込んだまま、地を這う視線のままの士郎をキッと睨み付けた。
その表情には複雑な感情が込められているようであり、怒り、悲しみ、その他様々な感情を見て取ることができる。
セイバーの第一を支配する感情は怒りであるが、ふと優先順位が変わったかのように別の表情になったりと不安定だ。


「俺は……セイバーが死にに行くことを黙って見届けれらるほど、強い人間じゃないんだ……」

「セイバーは強いな……尊敬するよ……今から死ぬというのに平常を保てるんだ……」

この時セイバーはお互い様だろうと思ったが口に出すことはせず、士郎の弁明を黙って聞くこととした。
大人しく聞き入れる態度を示すセイバーを確かめると続けて意中を明かす。

「俺はこの令呪を解くつもりはない」

「……」

誰かが意図したかのように二人の間を突風がわざとらしく駆け抜け、まるでドラマのワンシーンであった。
しかしそのドラマは平穏なものとはとても言えず、禍々しくあり、そうなると例の突風は一騎打ちの直前を演出しているかのようにも見えた。
そして悲惨にもその一騎打ちは現実のものとなる。

「士郎……」

「……なんだ」


目標を聖杯から外したセイバーの身動きに自由が与えられ、士郎へと真っ直ぐ体勢を整えた。
そして演舞のごとき動作で剣を振るい矛先を対象へ向け言い放つ。

「ならば私は、貴方を斬る」

士郎は直感であるがセイバーの殺意から見取り相当な蓋然性を感じた。
本当に斬られるかもしれない。しかしセイバーがあえて「斬る」という言葉を選んだことに士郎の士気が少し解れた。
それは間違いなく殺害を示しているのであるが、セイバーらしい慈愛のこもった表現である。

「ああ、構わない。お前が死ぬよりかはマシだ」

「……」

偽りのない真心でもってセイバーからの殺意を受け入れ、士郎は斬られる覚悟を決めたのであった。
セイバーにその真心が届いていなくとも斬られることで少しでも理解してもらえたら幸いであった。
土を蹴り上げマスターへ斬りかかるサーヴァント――――。その光景は聖杯戦争を振り返っても類まれなものであった。

「私は貴方を斬ります!覚悟!」

「はあああああああっ!!」


覇気を放ち剣を振りかざす姿を見て死を予感したが不思議なことに今回はスローモーションの現象は訪れることはなかった。
口元にうっすら笑みを浮かべ静かに目蓋を閉じてまるで抱き合うカップル寸前の雰囲気を醸し出す士郎はセイバーの事をもっとも想っているに違いない。
セイバーのためなら死も厭わないあまりにも誠実な姿勢は正義の味方の器に相応しかった。

ズンッ――――。

重々しい金属音が響き渡ると一騎打ちの終わりを示す合図となった。
聖剣は愛するものの血に染まり、セイバー自身も染まり、昨日と比較するとにわかに信じがたい光景がそこにはあった。
膝から崩れ落ちて尻餅をついたのは立っていることすら困難であったからだ。

「あ、あ、ああ……」

「ッ……ぐはっ……」

士郎は斬られもなお強い意思でもって地を踏みしめセイバーの姿を愛おしそうに見つめた。
崩れ落ちたのは彼女――――。斬りつけた張本人が先に崩れ落ちたのだから異常な状況だ。
セイバーは足を地面に這いつけ怯えるようにして士郎の悲惨な姿を凝視した。
その姿は傷の深さ及び愛にあふれる表情が相俟って自らが死ぬことよりも恐ろしいものに見えた。
セイバーにとっての威嚇があってはならない惨劇として功を奏する。
下唇を震わせて消えてしまいそうな声を発し、

「な、なぜ……避けなかったのです……」


出血により朦朧とする意識の中であるが、あまりにも可笑しかったので笑ってしまった。

「へ……じゃ……なんで止めなかったんだよ」

「わ、私は斬るつもりはなかった!なぜ私の剣を受け入れたのですか!!」

状況が状況だが客観的見地から言わせてもらうと茶番劇に他ならない。
それでも二人にとっては真剣だ。
士郎は斬られてむしろ喜ばしくあり、セイバーに対して威風堂々と立ち続けることが快感であった。
裏切りと軽蔑されたセイバーに対する愛の証明。裏切りは裏切りでも方便という形にできた。

「言ったろ……お前が死ぬくらいなら……俺が……」

あまりに傷が深すぎたようだった。
セイバーの不器用な力加減による剣は斬るつもりはないと言っても平然と肺にまで達していた。


呼吸に障害がきたし、言葉を最後まで言い伝えることができないまま士郎は気を失いかけてしまう。

「士郎!し、士郎!」

腰を抜かしていたセイバーは瞬時に士郎を抱きかかえ、今にも泣き出しそうな顔で士郎の名を呼ぶのであった。
もっとも深い夜で起きた悶着。悲劇を起こした時にはあたりは煌びやかな光に包まれる最中であった。
士郎は薄れゆく意識の中、朝日に照らされセイバーの体温を感じ、今もなお彼女が現世に存在することを確かめた。
そして安心したのか心地よさそうに目蓋を閉じたのであった。

「嫌だっ!士郎!士郎!」

悲痛な叫びは誰の耳にも届かず、ただただ空虚となってあちこちに消えうせるのであった。





ここまで
ではまた

期待

乙です


悠然と過ぎる午後の一時は今朝の騒動が嘘のように思えた。
介抱を済ませた彼女は縁側で呆然と空を仰ぎ、途方にくれた表情でため息をつく。
こんなにも晴天が眩しいのに気分はまるで雨の日のごとく沈んでいた。

「大変なことをした……」

嫌になるくらい静かな昼下がり、なにをしようにも憂鬱な時に身を任せるしかなかったのだ。
士郎が目を覚ましたらなんて声をかけようか。合わせる顔がないのでこのまま家を出てしまいたい気持ちに駆られたが彼女のプライドがそれを許さなかった。
後方で動く気配を感じて思わず身構えてしまった時には先手を打たれており……。

「セ、セイバー……」

「士郎!」

思わず自然と笑みがこぼれたが途端に帰責事由を思い出し、目を見つめることなく顔を俯けた。
士郎は片手を柱に頼りにセイバーに近づいていく中で今朝の騒動をいかに解決しようか考えているとセイバーのほうから、

「士郎……なんとも弁解のしようがない。ただ謝るだけです。本当に申し訳ありませんでした。」


セイバーの謝礼はどんな一流ホテルマンにも劣らない真摯のこもったものであり、初めて見せる改まり方は逆にあまりにも不自然であった。
スカートの裾をギュッと握り締めて、相手には見えないが懸命に目を閉じてみせた。

「ああ、別にいいよ」

士郎はすぐさま笑顔で返事をして急ぐようにセイバーの肩に手を添えると回転しない頭の中から言葉を選定し手当たり次第慰めた。
彼とて慰めてばかりはいられないのだ。セイバーに対する令呪の発動は信義則に反し当然に許されるべきものではない。
慰めの末尾にそっと陳謝した士郎はアヴァロンの恩恵その他諸々の事情を察知すると、その件には一切触れずに昼食の話題を持ちかけた。

「とりあえずご飯食べないか?その件は後にゆっくり話し合っていけばいいんだからさ」

「……」

拍子抜けな士郎の態度。まるで子供喧嘩の翌日には自然に仲直りをするかの如き軽々しさ。
セイバーはこの時、妙な違和感を覚えたが顔色には出さずに士郎の手に導かれ案内された。
アヴァロンにより完全な回復を得た士郎の平然として通路を歩く姿、ひいてはアヴァロンについて一切口に出さない態度。
そもそも今朝の一件でセイバーの士郎へ対する好感度は下がり信頼を失っているわけだ。
すべてが計算のもとで遂行されているのではないかという疑いの存在は否定できなかった。

「セイバーはそこに座ってな。俺が作るから」

「いえ、士郎私が」

「いいんだセイバー。俺はお前にここにいてほしいんだ。じっと待っててくれ」

「……」


疑いの余地が生まれてから士郎の言葉の端々を深読みしてしまうセイバーはそのあまりの余裕綽々な姿を異変だと感じ始めた。
仮に私があれだけの重症を負わされた事後に平然といわば加害者に対して接することができるだろうか?
愛し合う中にも礼儀あり。あろうことか本当に斬りつけた罪深き私をあれだけ寛容に受け入れるのか?
アヴァロンによる蘇生を計画した行動であれば、もとより加害者という認識は起き得ないしこれだけの平常を保つことも考えられる。
そもそも士郎は私を裏切った。この雰囲気からすると士郎は私に聖杯を破壊させるつもりなどないだろう。
憶測が外れていたとしても私の夢を頭ごなしに全否定する事実は変わらない。
正座で昼食を待つセイバーは今朝の事も踏まえて怒りの感情を込みあげていくのだった。
互いに存在する責任の度合いを競争し、どちらが最終的に被害者に相応しいかを勘考した結果だった。

「できたぞ!カレーだ」

「……」

「あー腹ペコだよ。あれ?セイバー?」

セイバーは介抱のため朝食を口にしておらず、ただでさえ大食漢なのだから直ちに食いかかるはずなのだが。
微動だにしない彼女に気づいた士郎はその鈍感な天性の才能を大いに発揮し結果、逆撫でをしてしまう。

「セイバー気にすんなって!別に斬られたことくらいなんとも思ってないさ。お前だけが悪いわけじゃないんだからさ」


この言葉を聞いたセイバーはその被害者意識と聞き取れる発言に憤懣をぶつけたくなったが抑えた。
気に入らない事が増えると関係のないその他の要素さえ怒りを構成する一因となる。
こんなにも重大な事件が起きている最中へらへらと話しかける性根にも苛立たしさを感じはじめた。

「ええ」

スプーンを手に取りルーと米の境界をすくっては放り込むようにして口に運んだ。
食べ物の味なんてわかりもしなかった。2、3回噛んでは飲み込んで……その繰り返しであった。

「お、おい……」

無視。セイバーは士郎のアクションにピクリともリアクションを示すことなく究極に機械的な食事を済ませる。
そしておかわりを要求することなくただ虚しいだけの「ごちそうさま」を言うと即座に立ち去ろうとしたのだから士郎が止めにかかった。

「セイバー!どこへ行こうとしているんだ!?これから話し合うんだろ!」

「なにを話し合うのですか?」


流石に感情的となった士郎はセイバーの腕を強く掴み離さなかった。
それに対してセイバーは白けきった横目で士郎に質問を行う。
士郎の魂胆が透けて見えたセイバーは議論に応じる必要性を感じないと率直な気持ちを語った。

「なんでだ!?」

「貴方は私に”聖杯を壊せない”という令呪を発しましたがそれを撤回する気持ちはないのでしょう。ならば私は貴方に用はありません」

「なっ……!」

「令呪で聖杯を破壊する命令を行うならば話し合いに応じます。そうでなければ今までお世話になりました」

「せ、セイb」

さっきまで申し訳なさそうにしていたセイバーの人格が変貌した事に士郎は慌てふためく。
あれだけ強く握り締めた力が一瞬緩み、その隙にセイバーは仇に扱う如くその手を撥ね退け部屋を後にしたのだった。
出て行くというのだから後を追わずにはいられない。
蝶番を壊す勢いで扉を開けた士郎は、

「どこにいくんだ!?聖杯に触れることが出来ない今のお前に何が出来る!」


「聖杯に触れることができない今のお前が出て行ってもなにも進展はしない!」

「なんだと……?」

この発言がセイバーの堪忍袋の緒を切って沸点をゆうに超える怒りを爆発させたのであった。
主導権を握っている事を良いことに相手の弱みをついて困惑を誘う手口。
解釈によっては脅迫と受け取ってもよい発言にセイバーは士郎の胸倉を両手で掴むと、

「では私に聖杯を壊すよう命じろ!!なぜお前などに束縛されなくてはならない!すべて私の勝手だ!」

すさまじい覇気でなにも言い返すことができなかった。
セイバーは体重を乗せて突っ張り掴んだ胸倉を揺さぶっては続ける。

「そうだ!私はお前のせいで道を断たれている!ここを出て行っても野垂れ死にが関の山だ!」

徐々に力が増幅され押し相撲のように士郎は壁に背中を叩きつけられると今朝の一件で消耗した体に負担がかかり苦痛の悲鳴をあげたが、
今のセイバーの耳に届くことはなかった。
セイバーはますますヒートアップいき士郎への過度な暴言を呼吸のたびに吐き出していく。

「だからといってそんなお前と同居はできない!死んだほうがマシだ!」


ふと気づけば士郎は俯いたまま歯を食いしばって僧侶さながらの沈黙に徹していた。
チラと見えるその瞳は悲嘆の輝きを放っているように見えた。
ここで自我を取り戻したセイバーはすでに引き裂けたシャツから手を離すと何歩も後退り、そして……。

「私は……出て行く。今までお世話になりました」

「行き先はありません。探さないでください」

遠ざかる足音を聞きながらセイバーの”誇り”を軽んじた自らの甘さが悔しくてたまらなかった。
共にデートしたり毎日食事をした経験から彼女を良く知った気でいたがなにも知らなかったのだなと。
少し本気の態度をみせて少し死ぬ気で告白をすれば彼女は現世に残り一緒に生活してくれるだろう――――心のどこかでこう見積もっていたのかもしれない。
甘かった。

「どこに行くんだよ」

問われるとピタリと足を止めて淡々と言い返した。

「貴方に教える義理はありません」


そうか。俺はお前を軽んじていたのか。だけどな、セイバー。
士郎にとってセイバーが出て行くという選択はもっともあってはならないことであった。
それはセイバーの救済になんの結びつきも得られないからである事は無論。
その運命を避けるためならば……。士郎は卑怯を躊躇わなかった。

「わかった。お前が出て行くならば俺も命を落とす」

「……ッ!?」

これを受けてなおセイバーが出て行くようならば実際に自殺をするつもりがあって放った言葉であった。
もちろんこれには従たる要素として”セイバーの家出を阻止するための作戦”も含まれている。むしろそれに期待をしている。
セイバーという人間を良く知った士郎の切り札といえる、しかし卑怯な作戦であった。

「貴方は……どこまで……」

こんなに離れているにも関わらず握りこぶしが音として耳に伝わった。
士郎への愛が消滅してしまったのではないかと思えるほど、その振る舞いは恨みの念を感じさせた。


「聖杯を壊すことは許さない。それでセイバーが死を選ぶならば、俺も死を選ぶ」

「本当に見損ないましたよ……士郎」

「それで構わない」

一見すると同害報復にも見えるがこれは果たしてそうだろうか。
自分の命と秤にかけては相手の命を選択する似たもの同士。
抗い様のない対抗手段によってセイバーの企みは相殺されてしまった。
まさか士郎が「自害」を仕掛けてくるとは思わず、セイバーにとって身近なものの死は何よりも避けるべきことだ。
士郎の事だ。本当に死ぬことも十分に考えられた。
この心の動揺からセイバーも士郎の事を軽んじていたといえよう。
死を選択してでも聖杯を破壊する信念を貫けばいずれ士郎から折れるだろう――――セイバーはこんな企みを無意識で行っていたが甘かった。

「貴方には……プライドというものはないのですか……!」

「ある事はあるが、お前の命が大切だ」

この時点で勝負あったも同然、セイバーは不本意の同居生活を強いられることとなるのであった。

ここまで
ではまた

乙です

これ士郎じゃなくてゴローの姿してそう
無理心中ルート着実に歩んでんなぁ

セイバールートのIFエンドとか懐かしすぎる設定のSSだな

1ですがいきなり忙しくなったもので申し訳ありません
思いついたストーリーはそんなに長くはないので途中まで見てくれている方に見ていただきたいです
今年の年末、年始に続きが書ければと思います

あく

神妙不可思議に感覚で二人の違和感に気づいたのは桜であった。
朝食の支度に伴う食器の音色は1日の始まりを示唆する活気あふれたエネルギーとして桜には感じるのであるが今日は違った。
杞憂であると疑いながら二人を観察するのであるがどうも杞憂では済まないようだ。
さらに詳しく二人の動向を見ると士郎はセイバーを気に掛けているように見え、セイバーはそもそもこれといってなんら変わっていなかった。
馬鹿真面目のポーカーフェイスが邪魔をして不穏な空気の正体を明かすことはおいそれといかない。

「あ、おはよう、桜」

「おはようございます」

お世辞にも上手とは言えない士郎の平静の演技に愛想で気づいていないフリをして邪魔にならないよう無理やり用事を見つけては取り込み中を装った。
しばらくして煙を纏い出てきた朝食は平凡なものでチラと二人を確認しては険悪さを改めて認識するに至った。
セイバーがあまりにも無愛想だ。これは士郎がセイバーをなにかしら怒らせたに違いない。
確信を持ってある意味一息つくと今朝は二人に関与しないでおこうというマイルールを定め朝食をとるのであった。

「……」

「……」

「……」

沈黙だ。
むしろ無理やり関与したほうが気が休まるほどの沈黙である。
こんなに音がない世界が存在したのかというほどの沈黙である。
気兼ねして桜のお行儀が何割か増し、食器の音すらたてていなかった事もこの静寂を構成する一因であるが……。
あまりに気まずいので桜は第一声を放った。

「き、今日はとてもアレですね~」

「……」

「……」

「あ、えーと……えー……」

「……」

「……」

やってしまった。
士郎とセイバーの箸がピタリと止まってしまっている。
おそらく二人は桜の言った「とてもアレ」が気になって仕方ないのであろう。
聞き手の箸が止まっているということは桜は話し続ける義務があるようなもんだが詰まってしまった。
こんなに注目を浴びるとは計算外だとしても気まずさのあまり考え無しに言葉を放った自らを呪う。
とにかく期待に応えなくてはならないという妙な責任を感じた桜は焦り、

「あ、ああ、そうそう!今日はとてもアレですね!」

「雲行きが怪しいですね!」

「……」

「……」

「あっ」

はっと気づいた桜はまたやってしまっていた。
天気が悪いいう意味で放った言葉であるがこの状況では別の意味に捉えてしまいそうだ。
士郎とセイバーの雲行きが怪しいと解釈してもらっては困る。
頭の良い桜はすかさず訂正を入れる。

「す、すみません!お二人の険悪な雰囲気のことではありませんから!」

「……」

「……」

「あっ」

もう拳で自らをぶっ飛ばしたいと心から思った桜であった。

「桜、ご心配をおかけして申し訳ありません」

「えっ、え?」

一人で勝手に慌てふためく涙目の女の子へフォローか、賺すようにセイバーからの謝罪が聞こえた。
セイバーはきちんと箸を箸置きに添えて凛とした眼で桜を見つめたのだ。
それだけで桜が起こした恥辱もすっと消えてしまいそうなほどに真摯な態度で桜と対した。

「桜にはもう少しお世話になることになりました」

「あ、えっと……」

状況がつかめない桜は焦燥に駆られながら箸を置くとセイバーに対して体ごと向きなおした。
もう少しお世話になる?どういうことだろうか。
とりあえず神妙なセイバーに応えようとする。

「しかしそれは私の責任ではありませんので文句ならば士郎へ」

ズバリとお構いなしに彼へと指を向けセイバーの視線は変わらず桜のままであるのだから、
対象者を見向きもしない様子から相当ギクシャクしていることが垣間見えた。


「あ、あ、あ……」

掘り下げていいものか。いいや、やめておいたほうがいいな。この桜の選択は事が事なだけに賢明であった。
しかし困ったことにこれからどう態勢を整えて朝食を乗り越えればよいのだろうか。
士郎は渋々と朝食を啜っていて何のフォローもいれてはくれない。これは已む無しであるが。
セイバーが話し終わり30秒の沈黙が訪れ、それもそのはずで桜にはとても会話のキャッチボールを続けられる余裕はなかった。
とにかく居た堪れなくなり朝食を済むことなく桜は「食欲がない」というこれもまた下手糞な理由で席を立ったのであった。

「ご、ごめんなさい、ちょ、ちょっと私先に……」

「桜……大丈夫か……?」

「ええ、大丈夫です、じゃあ……」

風呂敷を纏ったコソ泥のようにヒョコヒョコと部屋から逃げる背中を見送ったセイバーは箸を手に取り朝食を再開した。


その場はセイバーと士郎だけの空間となり客観的にこれだけ居心地の悪い場所はない。
喧嘩した後の二人きりを想像していただくとよりわかっていただけるだろう。
そう思いきや士郎からすると桜が抜けて好都合である様子であった。
あの件から士郎はとにかくセイバーと話がしたかった。
彼女はとにかく怒りに震えてまともに会話も受け付けてくれないわけで、僅かに集うこの時間は大切なのだ。

「セイバー」

「……」

カチャカチャ――。
食器の音だけが返ってくる。
今度は士郎が箸を置くと金輪際触れないかのようにテーブルの隅においやった。
セイバーと対比して士郎からすると朝食はどうでもよく最優先事項はスキンシップだ。

「俺がどれだけ愚劣なことをしているか……よく理解しているつもりだ」

「しかしな、考え直してくれないか!どう考えてもセイバーの考え方は間違っている」

セイバーは箸をとめることなく聞こえるか聞こえないかの声量で沈着冷静に、

「朝から止してください」

「っ……」

早朝から重い話を持ちかけることは確かに非常識であった。
しかしこのままだとセイバーはいつ居なくなってもおかしくはないのだ。
彼女のためを想う体でますます自分が救われたい一心に偏っていく士郎であった。
利己主義ではないという理屈を固めたつもりなだけで士郎の正義の味方ならぬエゴイズムは膨れ上がるばかりである。
すべてはセイバーと一緒にいたい――これに帰結している。

「と言っても私は貴方の話を聞くつもりはありません」

「貴方がそのつもりであれば私なりに考えるだけです。いいアイディアが浮かぶまではお世話になります」

ごちそうさまでしたもなしに一人分の食器を片付けると部屋へと帰っていく。
その言葉は暗に”いずれ出て行くつもりだ”と言っているようなものである。
それに煽られて我慢ならない士郎はセイバーの名を叫ぶが想いはただのチリとなってパラパラと崩れ堕ちるのであった。
ゆっくりと座りなおした士郎は急に癇癪を起こしテーブルを殴りつける。

「くそっ!!!」

セイバーが未だ現世に存在する幸福と罪悪感からの後悔がぐちゃぐちゃに混ざり合いなにがなんだかわからない。

「くそっ……!俺は……俺は……」

無意識であるが彼の心はひどく荒んでいき着々とエゴイストと化していた。
薬物中毒が良い例であるが人は無意識のうちに茹で蛙となる。
誰もフォローをする者がいない人間はその摂理に抗うことはできない。
セイバーが反発をするだけ士郎も反発をしてその蓄積された負のエネルギーがどう至るか、それは無論。
今のままではどう転んでもバッドエンドであることは幼稚園児でも憶測できるであろうが本人は決して気づけないのであるから不思議なものだ。

「なんでだ……なんでセイバーはわかってくれない……俺はこんなに……こんなに」

あれだけの啖呵を切った彼女が憎らしいとほんの1ミリ程思えた。
しかしその憎しみが憎悪と成り果てる日は遠くはなかったのだ。
一度愛を語り合った彼と彼女は最悪なシナリオの歯車を自らすすんで円滑させるのである。

遅くなりすみません
また近日に投下します

人間は後悔することを最も嫌がる生き物だ。
後悔という時点に立ってしまえばそれから如何に齷齪と活動してもうまくリカバリーできないケースが多いのである。
そして強引なリカバリー方法を思いつき実行に移す者も少なくはなくそれがトラブルの元となるのだ。
今の士郎はまさにその化身――。あれからどれ程の夕暮れを見たことか、彼の優れない人相は赤褐色のスポットを浴びてさらにおぞましくなるのであった。
セイバーとの心の距離は想定していた範囲をゆうに逸脱し深刻の一途をたどり続けるのである。
そんな士郎にも一考の余地はあるにはあった。まるで一睡もしていないほどの注意散漫な状態であるが我を忘れてしまう事はなかった。
これだけ精一杯の拒絶反応を体現するセイバーであるのだから彼女の幸せを思うのであれば思うままにさせてやれば良いじゃないか。
しかしそれはセイバーの考え方が魂の救済を求める有神論的なものが影響するせいであり、現世ではそんな古い考えを通用させるわけにはいかない。
見ての通り考えるうちに必ず否定へと繋がるのである、当初はセイバーの保身を第一に考えていたものが日が経つにつれ理屈っぽくなりもはや利己による言い訳でしかなかった。
有神論もなにも士郎は聖杯戦争という非現実的なイベントに巻き込まれているのであるから現実的な見地から物を言える立場ではない。
ただただセイバーを現世に留めるための見苦しい足掻きであることは誰しも思うのであるが、それを指摘する者がいないので本人がそれに気づくことは到底不可能。
心のそこからセイバーを想うのであれば彼女の責務を全うさせることが一番であるのだ。

「……いや違う。それは絶対に違う」

自己管理が行き届かないある種の覚醒状態で必然的に次の指令を脳が繰り出すのであった。
セイバーを無理やりにでも理解させろ――。自らの思想を無理やりにセイバーへと植えつけることを選んだのである。
その方法は様々で一般的に洗脳は段階をおってエスカレートしていくわけであるが話し合いが事実上困難であるため……。

「……」

人間に限らず生き物は黙りこくってしまった時が、どんな怒りの表現を出し尽くして比較してみても一番恐ろしい。
士郎は魂の宿らない人形の如くなんの感情も見取れない表情でただただ夜露でグジャグジャとなった地面を見つめるのであった。
その頭はトライアンドエラーで埋め尽くされてようやく導かれた――ここでは強行手段を選ばざるを得ない。
士郎はそれに加えて何段階もエスカレートした思惑を脳裏に展開し計画していくのであった。
あの調子だとセイバーは突拍子もなく身寄りを離れ自害を選ぶことも考えられるのだ。
そのほかにも数珠繋ぎに懸念されるケースが想定できてしまい仕方がないので「思い立ったが吉日」であった。
現在は正子の刻――0時過ぎに躊躇いもなく即日決行と判断した夜は深く、虫の音すら響かない言いようのない不気味にあふれていた。

一方、寝床の支度を済ませたセイバー義務のようにトイレを済ませ義務のように歯を磨くとそこ15分で部屋へと戻っていった。
そもそも彼女の行動はある程度ルーティン化されているわけだがあの一件からはさらに磨きがかかり精密機械のような日々を送っている。
虫の動きはプログラミングで再現可能らしいが今のセイバーにも同じことが言えそうなほどである。
そう考えると感情のないとされる虫に同視できるセイバーがどんなに虚しいことか。
虫のように生きろと言われても感情が嫌でも備わる人間にこなせる所業ではないのだから、それを実行している彼女の忍耐力には感服である。
セイバーは見慣れた天井を見つめてひたすら故郷の事を考えるのであった。決して士郎のことは考えたくないと心で叫んでは故郷を考えるのであった。

ギッ――ギッ――。

体の感覚がしびれ心地よく眠りにつこうとした矢先の事であった。
扉1枚を隔てた向こうから床の軋む音、それもまるで忍び足のようにゆっくりとしたペースで聞こえてくる。
セイバーほどの戦略に秀でた手練が奇襲の想定を日々怠るはずもなく、このようなケースは悠々と脳内において可視化できるのであった。
何者かが私の部屋を目的に近づいている――。視線の先の襖は勢いよく開かれる筈と読んだセイバーは如何なる攻撃にも対応できるよう中腰に構える。

ギッ――。

最も近くで鳴り止んだ軋みに続くのはもはや違和感を覚えるほどの無音。
一連の流れがあまりにもわざとらしいので敵は逆をついておとりを用意させたのか?
セイバーは全方位に警戒を振りまき武器兼防具として扱えそうな布団を片手にグッと握り締めた。

スッ――。

拍子抜けな穏やかさで開かれる襖に凝視すると長すぎる時間をかけてその全てが明らかとなる。
セイバーの戦闘態勢はみるみるうちに緩み、疑いに満ちていた双眸は揺らぎを隠せない。

「士郎……?」

セイバーの中で最も考えられない人物が月明かりに照らされて悠然と立っていたのだ。
同居を経て士郎の人間性をよく知るセイバーにはとても考えられない登場であった。
信頼関係は失っていてもベースにある人間性、あの真っ直ぐで嘘偽りのない士郎がコソコソと忍び寄るなんて……。
動揺のあまり握り締めた布団をさらに握り締め、とてもじゃないが警戒を弱ることはできなかった。
夢か現か、士郎は沈黙を貫いたまま入室すると襖に背を向けたままピシャと閉め切り、個室には完全に二人の空間を作るとやっと切り出した。

「セイバー、俺はお前が好きなんだ」

「……」

「そうだな。はっきり言えば良かったんだよな。俺はセイバーのことが好きでこれから一緒にいたいと思っているんだ」

「セイバーがそれを拒むなら……俺はセイバーのことを忘れよう」

彼女からすると話よりも士郎の不気味に釈然とした態度が気になって仕方がなかった。
まるでなにかに憑依されたかのように饒舌で潔く感情的でない士郎がいまだに信じられずにいた。
言葉は一通り耳には入っているのだがとにかく会話を成り立たせることに精一杯だ。

「私も士郎を愛していた事に変わりはないが聖杯の話とはまた別です……」

対して不気味な速度で返答する。

「今はどうなんだ?愛していたということは今は愛していないということか?」

「ッ……」

士郎の様子が異なることだけははっきりと認識できるだけでその他に確信できる要素は皆無に等しくその禍々しさから畏怖が込みあげる。
とにかく態勢を整えようとしたセイバーはまず、ずけずけと踏み込んで平然と核心に触れようとする事に苛立たしさを憶えさせた。
如何に開き直ったのか人間社会において生きるうえでは欠かせないコミュニケーションをあまりにも乱雑に投げやる姿勢。
加えて横着な態度をみせることで反抗期さながらの優越感にでも浸っているのだろうと考えるとセイバーの計画通り癇に障る。
今はそのすまし顔すら見るに耐えないというのに……。初めは困惑したセイバーも無事に従来の怒りを呼び起こせたようである。
取り戻したその怒りは先ほどの士郎への困惑とちょうどぴったしに相[ピーーー]る形でセイバーへ平常心を与えたのであった。
士郎の全てが偽りのベールに包まれた姿を見ることができたことで戦闘態勢も解れ手懐ける様に猫撫で声で返答をするのであった。

「士郎の気持ちもわかるが私は絶対に引くことはできないのです。それを分かってもらう他、和解はあり得ません」

士郎は自分の事が好きだと言うのだ。
それでもなお依然として厳しさを貫くのは大人になっていない子供のする事である。ましてや貫こうにも貫けなかった。
駆け引きにおいてのアメと鞭は常套手段であるが、この優しさに関してはそのような計画性があっての言葉ではなくセイバーの本能がそういわせたのだ。
思考のフィルターすら経ていない慈愛の表現である。

「だけど、俺を愛してるんだろ……今でも……」

腹に短剣を突き刺し抉り回しても聞く事ができないであろう苦渋の声が聞こえてきたのだからセイバーは驚かされた。
一体どこから捻り出せばそんなにも苦しみが表現できるのかと思うほどに地響きすら感じさせる声。
そして驚きは畳み掛ける。

「セイバー!」

「ッ!?」

火事場の馬鹿力とはよく言ったもので士郎の握り締める強さはまるでサーヴァントにも引けを取らない。
はっと気づくと士郎はセイバーの両肩をまるで丸太でも持ち上げるのかというほどに強く掴み、彼女の足元がおぼつかなくなった事により蛇行するで形押し拉ぐ。
あまりの驚きに頭の中から心臓の鼓動が直接感じ取れそれが徐々に速まるにつれて同調するようにノイズが視界を遮る。
焦燥を表現する暇も与えずに次は後頭部へ衝撃――。とうとう血液の流れる量が超過し大事な脳内血管が破裂したとさえ思えたが現実には壁に頭がコツンと当たった程度であった。

「はぁはぁはぁ」

壁に背を押し付けられ自力で立ってもいることも困難なのか膝がガクガクと笑い続けている。
どんなお化け屋敷よりも驚かされたセイバーは瞳をまん丸と見開き虹彩を調節すること数秒を経てようやくうっすらと士郎の険しい表情を見ることができた。
口を半開きにして生々しい生の律動を響かせるのはセイバーただ一人。

「セイバーがそのつもりなら……無理やりにでも認めてもらうぞ……!」

「はぁ……はぁ……」

認めなければ一体なにをされるというのだろうか。
乱れた心音から成る想像力の枯渇はひどく彼女を慄かすのであった。

続きは一週間後になるかと思います
あと「ピー」入っちゃってますが「相殺」です



メール欄にsagaってやってみ
文章規制されなくなる

おいどうした

マダー?

多忙という言い訳を書きに来ました…
ほんの少しですが書き溜めた分投下します
物語としては転あたりはきてるのでよろしければ最後までお付き合いください

万力で締め上げられるかのように圧迫される体は警告を発し、直ちに危機から回避するようありとあらゆる循環を努めるわけだが彼女は一向に行動へと移さなかった。
睡眠に似たフロー状態が続く中、間髪容れずに弁解のようなものが聞こえるが頭には一切入ってはこなかった。
顔全体が麻痺して読んで字の如く貧血に陥ったのはそれから間もなくしてからの事。
天涯孤独も厭わない一国の主は今夜、あまりにも情けない恥辱を受けたのであった。

「はぁ……はぁ……」

「だ、大丈夫か?」

これには流石の士郎も箍が緩み、壁にもたれ呼吸に精一杯の彼女を介抱する。
絶対にあり得ない情景を疑いながらこうに至った原因を考えあぐねていた。
彼女もまた然り。なぜここまで体調が悪化したのかと自分自身をとても奇妙な生き物に思った。
ただ一つお互いがはっきりと理解できた事は、これは「二人の関係から生じた事件」というごく当たり前なことである。
しかしそれは認識を改めるに値する最も大事なことであった。

「ぐっ、は、離してください」

羞恥心から顔を伏せたまま体を捩じらせて士郎の手から離れようとするセイバー。
それをグッと引き寄せて離そうとしない士郎をキッと睨みつけたその距離は20㎝と近く心臓がドクンと不整脈を生じさせた。
裏切り者に肩を抱かれていては彼女の筋が通らないわけであるから、こんなに不快な状態は一刻も早く抜け出したいはずである。


「離せ!」

徐々に力が込みあがり衣服の事などお構いなしで引っ掻き破り捨てる。
籠に閉じ込められた猫が未知の自然を目の当たりにして暴れだすかのように。
女性ならぬ怪力によって胸元がはだけてもなお凛とした表情を保っていたのはある確信を得たからであった。
この時の士郎は一切引き寄せることをやめていたのである。彼女は罵声を吐き続けながら嫌悪のアクションをするだけで、一向に離れようとしていなかった。
故に士郎はその様子をじっと見つめることにしたのである。

「は、はな……離せ……」

「……」

「ッ……」

電池を消耗したおもちゃは暴れるフリの抵抗をじわじわと弱まらせてゆき、衣服を掴んだ拳は重力に逆らうことなく衣服によって支えられた。
完全に沈静化した彼女は士郎の傍らで萎縮すると動かなくなったのであった。
片方の膝を立てて愛おしく抱きかかえる士郎を享受するように、彼女の吐息は段々と穏やかなものへと変化した。






ほう、更新か

待ってた

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