・昨日あたりからTwitterがはぁと様に大侵略されたようなので(はぁとを出すとは言ってない)
・土曜日までに完結させたい(希望的観測)
・需要があるかは神のみぞ知る(アニメ未出キャラなので…)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1446650725
-2015年8月16日。
夏のうだるような暑さを冷房で無視し、マンションの一室で少女は作業に耽っていた。
雑然とした作業スペースにこもり、パーツを組み立てる。
齢14の少女がかけるには無骨すぎる保護眼鏡も、この空間には似合いだ。
机の上には、完成目前の黄色いロボット。
「二足歩行し、水まきも行えるマスコットロボ」という地味に難題を含んだ製作物も、
ようやく稼働テストの段階まで来ていた。
カバーを被せ、ひとまず軽く安堵のため息を漏らす。
モーターの回転音をBGMに、作業スペースから目を離す。
視界の先には小奇麗な衣装棚が一つ。
白衣の下の私服はそれなりに気を使っているが、目下の悩みはそれとは別にあった。
(明日までに提案なくば向こうの案で決まり、か…一体どうしたものか)
ふと、パキッと乾いた音が響く。何が起こったかを察し、少女は思わず顔をしかめた。
肩パーツの中を確認すると、案の定サーボモーターのギアが割れていた。
パーツの換えは効くものの、割れたということは負荷の掛かり過ぎである。構造を見直さなければならない。
(気の散り過ぎか。私らしくもない)
考え事の度が過ぎていた。
気分を入れ替えようと冷蔵庫へ向かった時、ありふれたインターフォンの音が鳴る。
作業中なら迷わず居留守を使う気だったが、幸か不幸か手は空いていた。
「すいません、警備室ですが…池袋晶葉さん、いらっしゃいますか?」
つながった先は玄関前ではなかった。
受話器から聞こえる声は心なしか慌てているように聞こえる。
「何かあったのか?」
「今、ちょっと変な格好の女の子がロビーに来てまして…
関係者以外立ち入り禁止と言っても、『晶葉を出せ、見ればわかる』の一点張りで。
念のためなんですけど、今日どなたかご来客の予定はございますか?」
スケジュールを確認するが、今日の来客の予定はない。
である以上はただの不審者と判断し、「そのまま叩き出せ」と即答することもできた。
だが-
(まさか、アイツか?)
「すまないが、どんな格好をしているか口頭で伝えてくれないか?」
「それが…」
インターフォンを通じて、ロビーにいる人物の外観が伝わる。
それが心当たり通りのものであると知ると、思わず苦笑した。
「わかった、私が迎えに行く。悪いがそのまま抑えててくれ」
困惑する警備員の返答を待たずに受話器を下げる。
愛用のピンク色の眼鏡を片手に、部屋の主-池袋晶葉は急いで部屋を出た。
「まったく、ここの警備員は目が腐ってるのか!?このきら様を不審者扱いとは…!」
ロビーから連れてきた少女-大道寺きらは、荒れに荒れていた。
それは晶葉の部屋に入っても変わらなかったが、防音性の強い部屋の上、
元々気性の激しい娘なのは理解しているので止める気はさらさらない。
もっとも、実際のところ警備員が静止をかけたのも当然だと晶葉は理解している。
-スクール水着と白衣のみ。
この11歳の奇特な少女は、たったそれだけの服装でやってきたのだ。
正直なところ、即座に叩き出さず晶葉に確認を取っただけ、あの警備員はよくやったと言うべきだろう。
「事前に連絡を寄越せば、私から迎えに行ったのだが」
「江原町の家には入れたぞ?そしたらお前のお母様からココを教えてもらってな。
で、とりあえず来てみたらこのザマだ」
軽くフォローする晶葉に、きらは憮然としたまま応えた。
江古田と江原町、その端同士。
住所こそ連なっていないが、互いの家はほぼ隣同士であったことから家同士のつながりがあった。
晶葉ときらの交流も自然なものだったが、個々人の事情からしばらく対面はしていない。
「連絡はもらってたが、こうして直接会うのは久しぶりか。いつアメリカから帰って来たんだ?」
「去年だ。やむなく日本に戻ってみれば、いまさら小学校送りだ。正直拷問だな。
祖父母の体裁を考えるに退けもせん…ま、最近バタバタしててマトモに通ってはいないが」
「特例対応はできず、か。『エーテル伝導体の母』もかたなしだな」
「あー、その呼び方はやめろ。大方、私の送ったレポートを律儀に読んだんだろうが…正直嫌いなんだよ。
院関係者がガン首揃えて『母』呼ばわりとか変態か?私はまだ11だ。
晶葉だから注意で済ませたが、知らんヤツならその場でブッ飛ばしてるぞ」
話す内に幾分は態度を軟化させたきらだが、晶葉の言葉にまた眉をひそめる。
もっとも、呼び名を嫌っても否定はしていない。
自律型エーテル伝導体の理論提唱、そして実装成功。
その多大な功績は紛れもなく事実であり、きらを精霊物理学の権威とするのに充分なものだった。
晶葉もロボットの天才を自認してはいるが、さすがにここまでの格はない。
「それで、なんの用だ?きらのことだ、『旧交を温めにきた』なんて理由じゃ来ないだろう」
「当たり前だ。そんなゴミクズ以下の理由で足を運ぶようになったら人間お終いだ。
そんなんじゃない、私はお前に聞きたいことがあって来たんだ」
白衣を揺らして冷蔵庫から戻って来た晶葉から、同じく白衣を揺らして瓶入り牛乳を受け取るきら。
ヤケ酒をあおるような勢いで飲み干し、一言。
「お前、アイドルになったんだって?」
ただでさえキツ目のきらの瞳が、晶葉をキッと見据えていた。
アイノさんにサキちゃんにクラリスにあかねに頼子に永遠の17歳までいるゲームか
期待しとく
きら様足のスライムはお留守番?
「そうだが?」
帰って来た言葉は実にストレートだ。
だからこそ、きらの語気もより強くなる。
「なんでなった。研究の道を捨てたのか?」
「そうじゃない、ロボット製作は現在進行形で進んでるさ」
「そんなことは見ればわかる」
刹那、きらは室内の作業スペースを一瞥する。
そこには例の黄色いマスコットロボだけでなく、いくつものロボットが並んでいる。
しかし深く見ることはせず、すぐに視線を晶葉へと戻す。
「だが、ここにいる時点で私には研究を二の次にしたようにしか思えん。違うか?」
晶葉の住んでいるこのマンションは、所属プロダクションの女子寮である。
普通の住宅に過ぎない以上、研究に適しているとは言い難い。
アイドルとしての活動が、研究家としてのそれを上回ると見られるのも自然な成り行きではあった。
「…気に入らないか?アイドルは」
睨むような視線も問われた言葉も意に介さず、晶葉は聞き返す。
直情的なきらの姿を目前にしても、晶葉は平然としていた。対するきらの口調は憮然としたままだ。
「ああ、気に入らないね。私が嫌いと公言してたものを忘れたワケじゃないだろう」
「犬とメイド、だろ?」
「わかってるじゃないか」
ツーカーの仲ゆえに晶葉が即答したのを聞いて、少しだけきらの態度は軟化した。
そのままの勢いで喋り続けるのを、晶葉は止めなかった。
「そりゃあ私と同じ畑というワケにはいかんだろうが、お前だって一角の技術者だろ。
贔屓目は否定しないが、私からすれば聖霊工科大に転がってるドクターよりかは晶葉の方が上だ」
エキサイトするきらは、そのまま2本目の牛乳-本当は晶葉の分だ-に口を付け、また半分以上一気に飲んだ。
口の回りとテンションの高低で勢いが付き過ぎている。
「それがなんだ、アイドルだぁ?メイドよりかマシだが、アレだって他人に媚びて生きてる連中だろ。
コトと次第じゃ、力づくでこのままアメリカまで連れてくぞ」
(なるほど、そういう事か)
荒ぶるきらの言葉に、ようやく晶葉は合点がいった。
この大道寺きらという少女は、出会った頃から決まって犬とメイドを毛嫌いしていた。
曰く「アイツらは他人に媚びなければ生きていけない連中だろ。独立独歩でいられんヤツに価値があるか?」と。
誰の影響かは別として、自ら人生を切り開くことを最上とするきらからすれば、他者依存の存在に価値などないのである。
そして、晶葉がそんな存在に堕することを認めたくない。
つまるところ、盛大なお節介である。
なのだが、きらは他者を省みることなどほとんどない。
わざわざこの女子寮に乗り込んで来た時点で、お節介に含まれる心配とか配慮といったものは本物なのだろう。
同時に、恫喝もまた半分以上本気であることを、晶葉はよくわかっていた。
-きらの発明である、自律型エーテル伝導体。
場所を取るので部屋には入れなかったが、外に待機している薄水色の物体がそれであろうことは容易に想像が付く。
名を聞いても「スライム」としか呼ばない程度の存在だが、一たび展開されればきらと一体となり無敵の肉体と化すという。
そうなれば作業スペースに残存している晶葉の発明品全て-武器など雛祭りロボ内蔵の「ひなあられマシンガン」程度だ-を、
総動員したところでさしたる抵抗は叶うまい。
一度言い出したら聞かない性分も併せると、力尽くで空港まで拉致される危険は十分あった。
だが-
直後、部屋に響いたのは晶葉の笑い声であった。
そこに自虐や自嘲は感じられない。これまたストレートな笑いである。
きらの怒気を知らないわけではないだろうに、晶葉は明るく笑うのだ。
全く予想しなかった反応だけに、思わずきらは呆気に取られる。
だが、直後に掴みかからんばかりの勢いで迫っていた。
「…な、なにがおかしい!?私は怒ってるんだぞ!!」
「いやぁ、ようやくきらと本当に対等になれたと思ってな」
「対等だぁ?」
思わずきらが眉根を寄せる。
直情的で感情表現のわかりやすいきらは、困惑もまたすぐに顔に出るタチだった。
「私を研究の道に引き込んだお前が、ハナから私より下なワケないだろう。
それともなんだ、私の成果報告を見て卑屈にでもなったか?その結果がアイドルじゃあ笑えんが」
「そういうことじゃないさ」
きらの推論を、晶葉は軽くかぶりを振ってすぐに否定した。
そしてきらの目を見つめて、静かに語るのだった。
「きらに見えていないものが、今の自分には見えているってことだよ。
あの日に追い越された分がようやく釣り合った。これで対等だ」
「うおお、さっぱり理解できん!お前、変な詩人か何かの影響受けてないか?
浪速節に走るバカよりかマシだが、意味不明なのは困るぞ」
きらが思わず頭を抱えていた。
対する晶葉の態度は明るいままだが、あの笑い声は止んでいる。
きらの態度を見るにさすがにやりすぎだと感じたらしい。
「はは、回りくどかったか。今の同僚にそういう連中がいることは否定しないが…まぁいい。
謎掛けをしてるわけじゃないから、わかりやすく言おう」
きらが勝手に自分の分の牛乳をほとんど飲んでしまったので、冷蔵庫から自分用のドリンクを取り出す。
一息ついてから、改めて晶葉は語り出した。
「まずは…私達が初めて会った日のこと、覚えてるか?」
-数年前。
きらはある潜入計画を立てていた。
場所は江原町にある池袋家の実家、目的はロボットの強奪。
世界征服の野望という、実に子供じみた願いを持った彼女からすれば、
そこで製造中の工業用ロボットは多大な力の象徴に見えたのである。
だが、いざ忍びこむ直前にきらを見つけたのが、帰宅直後の当時の晶葉だった。
普通なら追い返すところだったが、きらが晶葉より年少だったこと、
そしてその格好-今と変わらぬスクール水着だったことが興味を惹き、
そのまま自分の小さな作業スペースに招いた。
意図せずして敷地内には入れたが、眼鏡に白衣のこの少女は本命ではない。
ぐずぐずしていては時間ばかりが経ってしまう。
焦ったきらは、思わず-
「もちろん覚えているぞ。なにせ私が聖霊物理学の道を志した日だ」
きらの答えは即答に近い。それだけ記憶に残っている日、ということだった。
「なら話は早いな。正直なことを言うと、きらにアルカナ…だったか。
ソレが見えてると知った時、大分悔しかったんだよ」
「ほう?そうは見えなかったがな」
「見せなかったからな。ただ年上だからっていう、つまらない強がりだ」
意外そうな顔を見せたきらに、晶葉は平然と答えた。
合間にエナジードリンクをちびちびと飲む。長話する時に見せる晶葉の癖だった。
「それに悔しかったのは凄い能力があったことでも、飛び級するような才能でもないんだ。
単純に、きらには世界が違って見えてたってこと…なんだよ」
-再び、数年前。
焦ったきらは、中空を指差すとなんと水の玉を生み出した。
そして玉を破裂させ、水流を地へと落とす。
場を混乱させ、晶葉に隙を作りこの場を抜け出すための策だった。
だが直後の反応はきらの予想とは逆だった。
未だ伸ばしたままの右指を掴まれ、左手も強く握られる。
そして恐ろしいほどに顔を近づけて言うのだ。
「今、何をした?」と。
きらの為したことは、通常の科学や物理学からすれば異常この他ない事態だったのである。
きらは、水の玉を生んだのは自らのアルカナ-目に見えない守護霊のようなものだ-の力だと説明した。
嘘偽りなど全くないのだが、大抵の大人には信じられない妄言のような話である。
そしてやはり、その話で動揺を誘えると思ったきらの予想を晶葉は覆した。
「私には見えない…だが、信じるぞ!その話」
「え?」
「今たしかに水の玉が出現したことは、そういう理屈でもなければ説明がつかん。
ならば信じる。それが論理ってものだ」
家族以外の人間に、アルカナが見えて行使もできるという才能を認められたのは、
きらにとって初めての経験だった。
「にしても、すごい才能じゃないか。水はわかりやすい力にはなりにくいかもしれんが、
使い方次第では私の、いやウチの製作所のロボットよりずっと強力だぞ」
標的であるはずのロボットより強い、と聞いてきらはテンションが上がっていた。
だから、本来の目的を晒してしまうことにも、もう気にしていなかった。
「じゃあ、この力でできるのか、世界征服!?」
「世界征服と来たか!こいつは大事だ!!
だが、可能性はあるかもしれん。なにしろ常識を超える力だからな」
きらの目指す目標にさすがに驚くも、晶葉はそれを冗談とは思わない。
既に人知を超えた現象の実在を論理的に認めている。このくらいスケールが大きい目標が妥当な気がした。
それに晶葉もまた、世間的には十分変わり者である。
多少なりとも感性にマッドな部分があることは、この当時から当人の認めるところだった。
「そうだな…私から助言ができるとすれば、まずは目に見える形にその力を変換してみることだ」
「目に見える?」
「ああ。世界征服となれば、見た目のインパクトも重要だ。
風が吹いても、それが圧倒的な力でない限り人間は大して気にしないものだが、
そいつが真っ黒い排ガスとなればさしたる見るだけで脅威に感じるものだ」
市販の栄養ドリンクをちびちび飲みながら、晶葉はつらつらと言葉を連ねた。
「今のままだと、結果として出てくる現象でしか理解されない。
君の説明のおかげで私はそこから存在を見出せたが、これを脅威にするには過程を見えるようにしないといけないのさ。
…難題だぞ?下手すれば、一生かかる課題になるかもしれんな」
-晶葉の言葉を受けて帰宅したその日から、きらは世界征服という目的の一里塚である新たな目標に邁進した。
アルカナが見えるという才能を否定せず、晶葉から学んだ論理のカケラを上乗せして。
そして「エーテル伝導体」という、聖霊力を一般人にも知覚できる成果を叩き出す。
まだ10歳の春。きらから見た晶葉がそうであったように、きらもまた晶葉の予想を覆す変人だった。
「…今にして思えば悔しいというか、嫉妬なんだろうな。見えてない世界が見えていることに対する嫉妬。
だからあんな無茶で遠回りな方法を出した。意地が悪いよな、ただ私もきらと一緒に見てみたかっただけだというのに」
あの日から少し背が伸びた晶葉は、苦笑しながら当時を思い返す。
若かった、というにはまだ若過ぎる-二人ともまだ十代の前半だ-身ではあるが、
それでも生きていく中で成果が出ていけば、考え方や捉え方は変わっても不思議ではない。
「たかが少しばかりニプトラの力を借りただけのガキに、嫉妬か」
目を閉じて回想に付き合ってきらは、残った牛乳に口をつける。
そして牛乳瓶を机に置く。
「あまり卑下するな。お前の真意がどうだろうと私はかまわんし、そのおかげで私は今こうしているには違いない。
…だが、その告白とお前がアイドルになった理由にどうつながるんだ?」
「大アリさ。この経験がなかったら、今もアイドルを続けてたかは正直怪しい」
薄目気味の表情にいらつきの見えるきらを余所に、あくまでも晶葉は飄々とした態度を崩さない。
そしてまた、エナジードリンクを口から離す。
「きらがアメリカに行って着々と歩を進めてる間、私もロボット開発は進めていた。
もちろん私も天才を自負する身だ、成果がなかったワケじゃあない。少なくとも技術的には大分進んだ。
ただ、気付けばひどく狭い場所に籠るようになっていた。
…そんな状態で獅子舞ロボを造ってた頃だな、アイドルにスカウトされたのは」
いよいよ核心部に迫る、ということで興味があるのだろう。
心なしか、きらは軽く机から身を乗り出しているように見えた。
「最初からお前はノリ気だったのか?」
「まぁ、最初は悪ノリみたいなものだった。工学者ならともかくアイドルだからな。
全く畑違いの話だから面白そうだ、という程度で乗ったんだ。それに世間の風潮として追い風ではあった。
そんな具合だから、アイドルになった当初は、アイドルへの認識もきらとさして違うワケではなかった」
言いながら、空いていた牛乳瓶2本を片付け、晶葉は作業スペースに向かう。
どうやら何かを探しているらしい。リビングとは地続きなので、このままでも話はできる。
「だが、あるきっかけで考え方を変えた。
安部菜々というアイドルは知っているか?」
「…アイドル嫌いの私が、そんな名前を知ってると思うか?」
「そうだな。まぁ軽く説明すれば十分だろう。
『ウサミン星からやって来た永遠の17歳、歌って踊れる声優アイドル!』
そのワンフレーズさえ頭に入ってれば良い」
失笑でもされるか、と思った晶葉だったが、きらの反応はすぐには来ない。
そして、やや遅れて聞こえるきらの声は、思いの外険しさを伴った真面目なものだった。
「…ウサミン星とやらは知らんが、そいつは私の側の管轄じゃないのか?
東京タワーをふらふらしてる人間と魔族のハーフ女とか、永遠に13歳のままのバカメイドなら知らんでもないぞ」
こんな突飛な設定に対し、すらすらと心当たりが出ることにさすがに晶葉は軽く驚いた。
どうも今日再会までのそれなりに長い間に、きらは本当に人外の連中とも接してきたらしい。
それが故に、安部菜々という未知の存在が障害になる可能性を測っているのだろう。
なにせ、世界征服という野望は未だきらの心中に残っているのだから。
「安心しろ、私の知ってる範囲では安部菜々は間違いなく人間だし、アルカナが見えたりもしない。
いわゆるキャラ付けの類というヤツだ」
「なんだ、脅かすな。で、そいつがどうしたんだ?」
心中を察した答えに、きらの言葉からトゲが抜けたことに安堵しつつ、
晶葉はせかされた通りに話を続けた。
「十五夜の時だったか。その菜々ってヤツが大口叩いちゃったんだよ。
『お月見のステージにはウサミン星の仲間が来る』ってな。
困ったのは言った当人だ。なにしろ言葉のアヤで出ただけのノープラン、
でもステージと言った以上は何がしかの形で出さなきゃ、ウサミン星についての話ごと大嘘ついたことになる」
「…アホか、そいつは」
心底見下したきらの言葉が、晶葉に突き刺さった。感情表現のストレートなきらの言葉は効く。
なにせよく知る身とはいえ、菜々当人でないにもかかわらずこの破壊力である。
仮に菜々ときらが対面したら、色々な意味で粉砕骨折させられる-主に夢とか腰骨とか-だろうことは、想像に難くない。
「そのアホを救ったのが、私というワケだな…ああ、コイツだ」
年上相手のアホ呼ばわりに心中で謝りつつ、晶葉は何かを抱えて作業スペースから戻って来た。
抱えているのは晶葉の腰程度の高さを持つ、一台のロボットだった。
「コイツが『ウサミン星人』だ。正式にはお月見ウサちゃんロボというんだが」
ロボットを地に降ろし、きらの方へ向ける。
一見した印象は二頭身の愛らしいロボットではあったが、
よく見れば顔はテレビデオの改造品、脚はキャタピラだった。
胴や腕にしても何がしかのリサイクル品であろうことは推察できた。
「お前にしては簡素なものだな。私と会った当時でも、こんなもんならすぐ造れたんじゃないのか?」
「なにせ数が必要だったからな。菜々…ウサミンは『星総出の一大イベント』とまでブチ上げていた。
1台や2台じゃその言葉に合わんから、勢い生産性を考える必要があったんだ。
頭部に既製品そのまま使ったのは、私のメカ製作経験の中でもさすがに初だったよ」
きらの率直な感想を肯定する形で、晶葉はその理由を述べた。
そしてさらに一言加える。
「そして、そんな簡素なコイツこそが私の転換点になった」
きらは黙っている。
しかし、その視線から先を続けろ、という意思を晶葉は見てとった。
「ウサミン本人とアイドルとしての担当プロデューサーに請われてコイツを作った時、気付いたんだよ。
…よく考えれば、何がしかの目的のためにロボを作ったのは初めてだ、ってことにな。
今まで自分は散々ロボを作って来たが、それはロボットやメカ研究そのもののためで、
何のためのロボットかは技術検証のために設定したものでしかなかった。
ストイックになり過ぎたあまり、二次利用そのものを無意識に否定してたんだろう」
また、エナジードリンクをちびちびと飲む。
自分の転換期を話すのは気恥しいものもあったが、今更やめられるわけもない。
「そういう風に気付いた瞬間、もう1つわかったことがあった。
あの日、きらに嫉妬していたのはアルカナが見えるとか、力を行使できるとかそういう聖霊力の才能に対してじゃない。
『世界征服という野望』という目的を確固として持っていた、きらの姿そのものに対してだったんだろう、ってね。
わかりやすい異能力があるから誤解していたが、もしあの日私の元にやってきたきらがただの少女だったとしても、
何がしかの嫉妬を抱え続けてきただろう」
「全く…そこら辺にしとけ。いくらきら様とて、そう持ち上げられると恥ずかしくないワケじゃない」
思わず静止が入る。きらの顔は僅かながら顔が赤くなっていた。
そして照れ隠し混ざりに話の流れを自分から切り替える。
「つまりは、アイドルが目的というワケか。だがアイドルへの見方も私とさして違わないはずじゃなかったのか?」
「それもウサミン星人という実に良いきっかけのおかげだな。
ウサミンというヤツは実に極端だが、それだけにアイドルの別の側面を切り出してもいたんだよ。
つまりは夢を見せる仕事なんだ。アイドルってのは。媚びるってのは表層的なものでしかない。
この『ウサミン星人』がいなかったら何が起きるか、っていうことを考えたらそういう結論に行き着いた。
私の造ったロボットの目指す意味として、夢というのはこれ以上ないものだ。
心からそう思ったからこそ、今でも私はアイドルを続けている」
ふと、眼鏡越しの晶葉の澄んだ目が、鏡越しに見た自分の目と少しだけ似ているときらは感じた。
初めて出会った日には全く感じなかったものだ。
たとえそれが気のせいだとしても、きらには晶葉が自分に近い形で変わったのだと悟っていた。
「それに、スカウトされて初めて知ったんだ。自分の知らない部分の才能ってものを。
やってみるまで知らなかったが、案外ダンスも歌もできるものだ。
きらも身に覚えがある話だろう?」
「…否定はできんか。他でもない、お前の前じゃな」
続く晶葉の言葉に、嘆息しながらもきらは肯定の意を返していた。
きらにアイドルの経験など当然ながらないが、晶葉をきっかけに研究者としての才を発揮した経験が重なる。
その原点を知るものに嘘は付けなかった。
「ま、うっかり夢をブチ壊しそうになったウサミンとかいうクソバカは別として、お前の話はよくわかったよ。
…このきら様に『釣り合った』ってのは、認めてやる」
「ほほぅ、光栄だな。『エーテル伝導体の母』と釣り合うとなると、私は父か?」
「だあああ、その呼び方はやめろというのに!まったく…」
茶化すような晶葉の言い草に、さすがにきらも非難の態度を隠さなかったが、それも軽いものだった。
聖霊物理学関係の知人が根こそぎ常識のない連中ばかりのきらにとって、
比較的常識のある旧知の知人である晶葉は、それだけ付き合いやすい相手という証明であった。
「正直、お前じゃなかったら泣かすまで殴ってから話を聞くところだったが、一応は安心だな。
…勘違いするなよ?あくまで研究者としての姿勢にプラスだとわかったから認めてやったんだ。
アイドル業にうつつ抜かしてロボット放りだしたら、今度は容赦なくアルマゲドンバスターで背骨折るからな」
「心配せずとも大丈夫だ。私は諦めるのが大嫌いだからな。
アイドルもそうだが、ロボット研究で第一人者になる夢も当然捨ててなんかいない。
現場で場数を踏んで成長してる私の将来を楽しみにしてくれたまえ」
忠告するきらも、それに負けずと返す晶葉も、表情は明るい。
ぐっと拳を突き合わせると、2人の白衣が揺れた。
その瞬間、晶葉にはきらの背中越しにあるものが目に入る。
-衣装棚。きらの来訪で、隅に置いていた考え事。
「ふむ…そうだ、今日このタイミングで来たのも何かの縁だ。ちょっと買い物に付き合ってくれないか?
きらなら、一番良いのを選んでくれそうだ」
今日一番の笑顔とともに、晶葉はきらを外へ連れ出した。
-2015年8月17日。
(何の衣装持ってきたんだろうな…よほど自信があるようだったが)
池袋晶葉の担当プロデューサーは、一人事務所の一室で晶葉を待っていた。
明日に迫ったスタジオ撮影の、アイドル側からの衣装案。
その実物を持って、晶葉は事務所に出社するなり更衣室へ入っていった。
その衣装が何かを聞かされていない以上、実際に着た姿を見るしかない。
テーマは「夏のプライベート風景」。
当初はいつも通り私服に白衣という出で立ちだったが、
あまりに季節感がない上に「ファッションショーに挑む前」という触れ込みもあり、
却下されていたのである。
最悪、提案がなければ夏らしい軽装-無難だがあまり面白みのない-案は確保されているが、
それでは晶葉らしさが出ないとプロデューサーは悩んでいた。
といっても、スカウトした時から基本的にプライベートの晶葉は、ほぼ白衣姿しか印象になかった。
せいぜい中身が私服かセーラー服か程度である。
あまりにそのイメージが定着しているが故に、プロデューサーを以てして代案が出せなかったのだが、
事務所に来た晶葉の表情は自信満々だった。
「どうだ、プロデューサー!これなら問題ないだろう?」
ついに着替えを終えた晶葉本人が現れる。
見た瞬間にプロデューサーは驚愕し、口を開けたまま動かない。
ようやく出た言葉はこの一言だけだった。
「水着…だと…」
そう。
晶葉は、白衣の下に水着だけという姿で現れていた。
短めのフリルが付いた紺色の水着は、白衣と相まって鮮烈なイメージを与えていた。
「これならどうあっても夏らしいだろう。
例の水まきロボやミズッシーと並んでも違和感はあるまい?」
「まぁ、うん…」
衝撃が抜けきっていない、生返事に近いプロデューサーの答えを余所に、晶葉の自信は揺るがなかった。
なにせ、季節感とインパクトという部分ではずっと前から実証済なのだから。
前日の内に、晶葉はきら直々の選定のもと、白衣に合う水着を購入していた。
店内にスクール水着がないことにきらは憤慨したが、代わりに可能な限り機能性は高めた。
屋外では撥水性が高く、水中では機動力を損なわない。
その気になれば戦闘用途にも対応できる、とのきらのお墨付きである。
デザインについてはきらは無頓着だったが、代わりに晶葉自身が調整している。
「なんというかエロ…じゃない、今までにないイメージだなーコレは。
とりあえず写真撮って相手さんに送るが、明日はコレで行くと考えていいとオレは思うぞ」
「最初になんて言いかけたかは、追及しないでおこう」
「そうしてくれるとホント助かるわ…早苗さんに聞かれたら逮捕されちゃうぞオレ」
ショックから抜け、失言を自らネタにしたプロデューサーは、白衣に水着姿の晶葉の撮影をその場でこなした。
そして話しながらも速やかにデータ送信を行う。業界人だけに仕事は早い。
「にしても大胆な格好に出たなー。勇気あるというか、なんというか」
「古い友人の影響かな?偶然、昨日会ってね」
「それで白衣に水着って…失礼かもしれないけどどんな変人よ、その友人」
うっかりそう言ってから、失言をしたかと思い口に手を当てる。
だが、代わりに晶葉が差し出したのは一枚の写真だった。
映っているのは、猫のようなクセ毛に、白衣とスクール水着を着た1人の少女。
それが晶葉の言う「古い友人」であることは言わずとも知れた。
「筋金入りの変人。そして私の、最高の友達だ」
アイドルもロボットも諦めない変人の笑顔は、何よりも明るかった。
[END]
これにて終了です。お目汚し失礼いたしました。
そして3時間近くの土曜日オーバー…orz
今回も少しだけ本編内小ネタに触れておこうかと。もちろんネタバレなので注意。
・水着の晶葉
[ブレイン☆スター]池袋晶葉の特訓前が今回の大前提になっています。
ラストの表現通り「水着に白衣」という代物。これがなかったらきら様と接点持たせてません。
冒頭出てくる水まきロボも同カードに映っているもの。
日付も上位報酬となった第3回ぷちデレラコレクションの実施日(8/18~)からの逆算です。
・ウサミン大失言
シンデレラガールズ劇場 第32話「ウサミン星人襲来?」のこと。
きら様にボロクソ言わせましたが、実際晶葉がいなかったらどう誤魔化したことやら…。
・人魔ハーフと永遠の13歳
ウサミンの話を聞いた時にきら様が想起したのは、もちろんリリカとフィオナのこと。
初代アルカナハートでは中ボスのフィオナは当然固定ですが、リリカも実はきら様選択時の3戦目固定ライバル。
なので、研究関係と中・ラスボス以外で明確な接点がある数少ない相手なのです。
2以降はキャサリンが絡みまくるのでこの事実は忘れられがち。
・エロ…
膨らみかけの胸とかあかんでしょうこれ(白目)
ということで、今回はこれまでになります。
お付き合いいただき本当にありがとうございました。
馬鹿め!牛乳を飲め、牛乳を!
乙 良かったよー
乙乙
アルカナ詳しくないけど楽しめた
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません