【デレマス】白坂小梅と異界の三魔犬【グラブル・神バハ】 (41)

ドリチケでシンドリ小梅ちゃん呼び込んだのと、お空の方で小梅ちゃんがピエール相手に無双してるので。
(一応ガチャチケでR小梅ちゃんも出ました)

13日くらいまでには完結予定

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1444487308

なぜガチャチケを報告したのか

!CAUTION!

本作にはCygames作品内の下記イベントに抵触する内容が含まれます。
当該イベント復刻までネタバレしたくない方はご注意願います。
(神バハ側は知っていれば楽しめる程度ですが、グラブル側は本当に注意)

・グランブルーファンタジー
「シンデレラファンタジー~迷える魂よ、安らかに~」

・神撃のバハムート
「去りゆく君への鎮魂歌」
「汝、永遠の終わりを告げる者」
「いつか、重なり合う未来」

!CAUTION!

ファータ・グランデ空域。その辺境の島にある古ぼけた寺院。
少女達は巨大な金色の仏像と対峙していた。

「ぴんにゃあああ!」
仏像の咆哮と共に、寺院が眩い光と衝撃波に包まれる。
それは本来、寺院が丸ごと消し飛んでもおかしくない威力だったが、
魔力で展開されたバリアにより天井が吹き飛ぶのみに留まっていた。
天井の照明がなくなったことで、寺院は夜の闇に飲まれていく。

「…スプラッターショーの始まり…」

そんな声と共に、闇の中で一瞬だけ紫の光が輝く。
直後にもう1度。光源は杖だった。
今度はオレンジ色の明るい光が、長方形を描くよう仏像に向けられる。
そして光の中に浮かんだのは、映画で名を知られた2人の殺人鬼のシルエット。

殺人鬼は容赦などしない。そんな倫理観はない。
そしてシルエットで描かれた殺人鬼の攻撃は、いつしか物理的な破壊力を伴っていた。
刻む、刻む。ただひたすらに斬り刻む。

そこに何者かが加勢した。
2匹の、手袋のような形をした犬-そう形容する他ない何かが、強力な魔力のオーラを纏って突撃してきたのである。
「一気に仕留めるわん!」
「ボロ雑巾にしてやるわん!」
殺人鬼の斬撃を縫うように避けながら、徐々に四方からの攻撃範囲を縮めていく。
図体の大きい仏像にとって、それは磔に縛り上げられるに等しい。
衝撃の逃げ場を封じられたことで、殺人鬼の攻撃によるダメージは爆発的に蓄積されていった。

「小梅ちゃん、トドメのチェインいくわよ!」
「まかせて…」

小梅ともう1人。2人の声が、闇の中で重なる。

「トライアド・ダムネーション!!」
「ミゼラブル・マーダーケース…!」

瞬間、加速度を限界まで高めた2匹の魔犬とシルエットが、仏像に致命的なダメージを刻み込む。
さらにダメ押しとばかりに、仏像が漆黒の柱に飲まれた。
2人の術者によって発動する連携術・カオスデトネーションである。

直後、爆発音が耳を貫く。
小梅達の展開していたバリアがほぼ消えている今、
仏像を中心とした爆発は今度こそ寺院に壊滅的なダメージを与えていた。

一時の静寂の後、廃墟と化した寺院の瓦礫から声が聞こえた。
「はぁ…はぁ…生きてる、私…」
自らの杖に体重を預けながら、なんとか瓦礫を抜け出したのは白坂小梅その人であった。
さすがに建物ごと吹き飛ぶ衝撃を受けて無傷とはいかず、ネクロマンサーをモチーフとした凝った衣装や、
白く綺麗な肌には少なからず傷が残っていたが、それでも小梅はあの状況から生還していた。

不意に、小梅の背後から軽い声がかかる。小梅と共に戦った女性のものだった。
どうやら彼女も小梅と同じく、あの状況を生き延びたらしい。
「やったわね♪というか、アタシたち2人だけでもなんとかなっちゃうものね」
「うん…ケルベロスさんのおかげ…」
「やだぁ、ストレートに言われると照れるじゃない♪
ま、お空を見る限りアレもきちんと成仏できたみたいだし、これで一見落着ね」
言われて小梅も天を仰ぐ。巨大な緑の獣の霊魂が空へ帰っていく様が、確かに見えていた。

金色の仏像-秘丹弥虚羅多尊像。小型星晶獣の慰霊のために造られた像が意思を持ってしまったもの。
小梅とケルベロスは、揃って身を寄せている騎空団の仲間達と共にこの像を追い、
倒すことで成仏させていたのである。そして、これが最後の1体。
星晶獣「ぴにゃこら太」の異常発生からはじまった戦いは、ここに終結した。

ほどなくして小梅達の元へ、2つの小さなシルエットが飛来する。
仏像に攻撃を加えていたあの2匹の魔犬-ココとミミである。
2匹はケルベロスの元までやってくると、パペットのようにケルベロスの手に覆い被さった。
そしてそのまま会話に割り込む。
「人間にしてはよくやったわん」
「小梅ががんばったのは間違いないわん」
「こーら、上から目線で言わないの!」
まるでパペット芸の様相になりながら、ケルベロスはココとミミの態度をたしなめた。

…といっても、実のところ小梅とケルベロスの関係は、本来なら対等であるべきものではない。
小梅が後からこの世界にやってきたという理由もあるが、それ以上に戦いにおける実力が違った。
実際、小梅と違いケルベロスの身体にはあれだけの衝撃を受けたにも関わらず、ダメージらしいダメージはない。
身体を覆うスーツからは素肌が相当に見えていたが、これはただ元から露出度が高いだけである。
この力量差と経緯を超えて同格の友人に近い関係となっていたのは、ひとえにケルベロスが小梅を好いていたからだった。

「ありがとう…あの子も、よくがんばったねって…」
ココやミミの妙に偉そうなねぎらいを素直に受け止めた小梅は、自分の隣を見やりながらそう答えた。
しかし、そこには誰もいない。
幼少期からずっと小梅と共にいるあの子」がいる、と言うのが小梅の常だったが、それに共感する者は誰もいなかった。
ただ、小梅があまりに日常的にそのようなもの言いをするので、小梅を少なからず知る者ならば、
あえて「あの子」の存在を問い質すようなことをすることはなかった。
「うーん…ま、無事なら何よりね」
とりあえずの無事を祝うケルベロスもまた、出会ってから今日この日まで「あの子」に反応することはなかった。

-白坂小梅は、ファータ・グランデ空域のあるこの世界で生まれた存在ではない。
アイドルとしての仕事で墓場にやってきた際、何かの原因で他の世界から仲間と共にやってきたのである。
そして小梅は深く知らないものの、ケルベロスもまた異なる世界からやってきた身であり、
同じ異邦人である縁から何かと世話を焼くことが多かった。

「じゃあ、これが最後の相談ね。こんな場所ってのもアレだけど」
「うん…大丈夫…」

寺院の瓦礫をどかし、とりあえず座れる形を作っただけの場所で向かい合う。
最後の戦いが終わった今、小梅と一緒に来たアイドル仲間達と共に騎空団を離れ、元の世界に帰る術を探しにいく予定だった。
だがケルベロスは騎空団に、ひいてはこの世界にまだ残る。街に戻れば2人の進む道は分かれてしまう。
戦いの終わったらその場で話したいことがある、という小梅の相談をケルベロスは事前に了解していた。

「…最後かもしれないから…ずっと悩んでたこと、話したいの…」

傷の具合も落ち着き、意を決したように小梅が話し始める。

「どんとこいだわん」
「派手に行くだわん」
「アンタ達は茶々入れるだけでしょー?大丈夫、お姉さんにまかせなさい♪」

ケルベロス達の受け応えはいつもと変わらず軽い。
その軽さを頼もしさと感じ、小梅はさらに言葉を続ける。

「この世界に来る直前にあったこと…ずっと、ずっと悩んでた…」

探索用に持ち込んできたカンテラが、小梅の顔をぼんやりと照らす。

「…みんなで一緒に、大きなお仕事をすることになったの…アイドルのお仕事…」

俯きがちになる小梅の前で、ケルベロスの目がわずかながら真剣になった。
アイドルというものが、小梅にとってどういう意味を持つものかまでは既知であった。
だが、自身も異界から来た身とはいえ、「元の世界の彼女」についてどこまで力になれるかはわからない。

「…でも…その衣装がね、とっても光ってるの…真っ白で、明るくて、お姫様みたいで…
そんなキラキラした衣装…私が着ていいのかなって…」

なんとか平静を保っていた小梅の表情が、崩れる。

「…元の世界に戻りたくないわけじゃない…でも、ずっと不安が消えないの…私、どうしたらいいんだろう…?」

顔を上げて自分と向き合った小梅の目には、限界まで涙が溜まっている。
感情を派手に出さない子だけにそれは静かだったが、抱えていた悩みの大きさを訴えるには十分過ぎた。
そして、そんな小梅の涙にカンテラの光が反射する様を見ながら、ケルベロスは改めて小梅の姿を捉え直していた。

片目を髪で隠すことが多い上、ネクロマンサーの衣装がよく似合う白い肌の少女である。
その姿はともすれば不気味な感もあり、これまで聞いた話ではアイドルとしての活動も神秘性や怪奇性を押し出していたという。
そこに正統派な純白のドレスを重ねてみると、たしかに多少の違和感が出ることは有り得たが、
小梅の素質の良さなら覆せる程度の違和感だろう…というのがケルベロス個人の見立てである。
だが同時に、恐らく似合う似合わないの話をしても小梅は納得しないだろうと、ケルベロスは悟っていた。

(幸いにして前例のある話だけど、それでも難題ね。立ちすくむ子を押し出すってのは…!)

大口を叩いた手前、相談を放り出す気はない。泣いている少女をそのままにする気だってない。
しかしケルベロスの知る前例は、解決策に他人を利用したものだった。
この場には自分しかいない。他人には、頼れない。

「なーるほど。でも、そんなに似合わないかしら?小梅ちゃんなら、お姫様っぽい衣装も合うと思うけど?」
「白に白も映えるものだわん」
「馬子にも衣装だわ…あだだだ!」

ケルベロスはあえて、表面上の似合う・似合わないという話に乗った。
ダメだと内心感じている方法を試すのは気が引けたが、打開策がなくてもぶつかる他ない。
しれっと失礼な発言をしたミミを体の内側から締め上げて黙らせつつ、小梅の反応を待つ。

「…そう、かな…」

明らかに鈍い。いつもの元気が見られない声だけで、試みが失敗したことはほぼ理解できていた。
それでも、ケルベロス達は小梅の可愛さや衣装との合わせ方を説き、不安を取り除こうと必死に言葉を並べる。
だが、その度に返ってくるのは気落ちしたままの声なのだ。
気付けば喉が渇いている。喋り口が異様に饒舌だったことに気付かなかった。

会話が途切れても、小梅の表情はまだ晴れなかった。

(どうしたらいいのかしら…きっかけがあればイケるとは思うんだけど。
かといって、あの騎士様みたいに強引なやり方はアタシじゃ無理だし…)

俯く小梅を前に、ケルベロスは思案を続けていた。
表面上は似合う似合わないの話だが、実際は「前に進みたいけど進めない」という根源的な震えを解消したいのだろう。
いくら言葉を並べても効かないということは、他人によって強引に押されたのでは解決しないという証明だ。
そこまでは直感で判断した通りだったが、なら解決は容易かというとそうではない。

不意に、小梅の持っている杖が視界に入る。
ドクロを象ったおどろおどろしい造形。魔力により目の部分が光る構造だった。
戦闘術を小梅に教えたのがケルベロス当人である以上、杖の使い方も熟知しているが、
戦いで見せた小梅の技がどんなものか、ふと思い出す。

(……!きっかけ、掴めたかも)

思わず、口元が釣り上がるのをケルベロスは感じていた。

「じゃあ気分転換も兼ねて、一度小梅ちゃんが乗りやすい方向にちょっと話変えましょうか」

ケルベロスは軽快な喋り口を取り戻していた。
喉が渇きかけた状態で続けるのは苦しいが、それでも強行する。時間がない。

「小梅ちゃんの趣味って、たしか怖い映像見ることだったよね?」
「え?う、うん…ホラー映画とか、スプラッターなのとか、好き…」

突然、悩み事から自身の趣味の話に切り替えられ、小梅は面くらう。
だが重い話から一時解き放たれたせいか、その反応は少なからず普段の調子を取り戻していた。

「じゃあ、『世界の終わり』ってどんなものだと思う?そういう怖いもの見てるなら、想像もしやすいかなって」

「うんと…ゾンビがいっぱい、とか……」

ケルベロスの質問に対する反応も重さが抜けている。
そして、即答した答えは小梅にとってごく標準的なものだったが…待っていたのは3人分のジト目が並ぶ光景だった。

「案外スケールがちっちゃいわん」
「国どころか都市1つ程度で収まりそうだわん」
「まぁ、イメージはわかるけどねぇ。もっと派手に考えてみて?」

ダメ出し、である。
この魔犬と少女を相手に会話すると、楽しい時だけでなくダメ出しされる時も3人分になるのが難点である。
ストレートな物言い3連発に気落ちしないではないが、そこに悪気がないことを小梅はわかっている。
そして、気にせず答えを返す小梅の声には少しずつ元気が戻っていた。

「じゃあ、邪神が襲ってきたり…核戦争が起きたりとか…」

だが、趣味で見た映画を参考に続けた答えにも、ケルベロスたちはなおもダメ出しを続けた
どうやらケルベロスの納得する答えは、小梅の想像できる範疇のことではないらしい。

「小梅ちゃんの想像だと、まだ逃げ場があるのよ。
ま、ずっと問答するのが目的じゃないから、そろそろアタシの話に入るわね」

さすがに小梅がヘコみかけてきたのを見計らい、ケルベロスは自分の知る『世界の終わり』を語り始めた。
聞く側である小梅も、自分の想像するものと違う答えに興味があるのだろう。
少なくとも、他人の声を聞けない状態ではない。

「最近に限った話だけでも、アタシの世界が直面した終末は2回あったわ。
1回目が『最終魔法』っていう世界丸ごと吹き飛ばす魔法によるものね。
世界が生まれて300年目を迎えた時に発動して全て吹っ飛ぶ、って代物よ。
発動したが最後、あらゆる場所が消えてなくなったらしいわ」

少しは怖がるだろう、と思ってケルベロスが視線を下げた先には、全力で目を輝かせる小梅の顔があった。
あまりの反応に思わず反射的に注意する。

「こーら、物騒な話聞いて目を輝かせないの」
「ご、ごめん…」

元々、ゾンビや霊魂を見ては喜ぶ気質の少女であるだけに、小梅のオカルティックな現象への好奇心は人一倍強い。
だからといって、世界の破滅に至る現象に喜んでいてはただの危険人物である。
とはいえ興味は尽きないらしく、小梅はすぐにその後の話をせがんだ。

「…でも、そんな終末…どうやって乗り越えたの…?」
「なんでも時を司る女神サマの力を借りて、歴史を変えちゃったらしいわ。もちろん、できる限り矛盾のない形でね」
「そんなこと…できるの…?」
「できた、と言う他ないわね。できてなかったら、今ここにアタシはいないもの」

さらにケルベロスは話を続ける。

「で、歴史を修正して終末は回避されました、ってことなんだけど…その時に些細な矛盾の見落としがあったらしくて。
今度は歴史の歪みを正すべく別の時空がすっ飛んできて、世界どころかあわや時空ごと粉々になりそうだったらしいわ。
なんとか歪みを直すことで、別時空の方にお帰りいただいて事なきを得たって寸法ね」

最終魔法に歴史改変、時空衝突。
ここまで現代日本をかけ離れたスケールの災厄など、考えたこともなかったのだろう。
あるいは、かけ離れ過ぎて絵空事にしか感じられないのか。
小梅の反応は固まっていた。不安ではなく、ひどく驚いたことによるものだ。

だが、ケルベロスにとってはそれこそが予想していたリアクションであった。
間髪入れずに続きを切り出す。

「で、さ。小梅ちゃんがこんな途方もない終末に巻き込まれたとしたら、どうする?」
「え?…えっと、今日みたいに戦うとか…?」

小梅の答えに、ケルベロスは首を横に振る。

「そういうことじゃないわ。ここじゃなくて元の世界で巻き込まれたら、って考えて」

暗がりで小梅にはあまり見えていなかったが、ケルベロスの目は再び真剣なものになっていた。

「世界の終わりが見えたとして、元の世界でやってること…それを放り出してどこか逃げちゃう?」

答えはすぐに返ってこなかった。小梅が逡巡しているのは明らかだった。
そして、ケルベロスも黙っている。沈黙が続く。

何かを決意したかのように小梅が言葉を紡いだ。

「…多分…そうはしないと思う…」
「あら、なんでかしら?世界が終わったら、そんなちっぽけなお仕事も全部お終いなのよ?」
「そうだわん」
「何の意味もないわん」

意地の悪い口調で、ケルベロス達はすぐさまそう返した。
さらに3人がかりの否定の言葉が続く。
だが、それに負けず小梅はさらに答える。

「意味は、あるよ…終わりが来たとしても、最後までやりたい…手放したくない…!!」

言い切ってから、ハッとしたのは小梅自身だった。
その言葉がどういう意味を持つか気付いたのだろう。

小梅は、自らの不安を自らの心の力で撃ち砕いていた。

「かっこいいわん」
「サマになってるわん」
「ビンゴ♪よくできました♪」

小梅が顔を上げると、ケルベロスが微笑んでいた。
そこに、すぐ直前に見せた意地の悪さはない。

「世界の終わりの捉え方…カタく言えば「終末論」ってことになるのかしら?
ともかく、そういう類の話は十中八九、『二度とない今を大事にしましょう』ってところに落ち着くのよ。
そう考えて『アイドルをやりたい』と思ったのなら、もう迷わないで精一杯やればいいのよ」
「当たって砕けろだわん」
「やらないのも損だわん」

ケルベロス達に肩を押される。
ポジティブな時もまた、3人分の言葉が続くのは頼もしい。

「うん…やってみる。どこまでできるかは、わからないけど…」

再び口を開いた小梅の言葉に、もう弱さはなかった。

「なんかゴメン…最後なのに、こんな話で…」
「んー?全然気にしてないわよ。それにアタシじゃないとダメでしょ、この話」

小梅は首を小さく縦に振った。
小梅と共にやってきた2人の仲間の人柄は、ケルベロスから見ても悪くないものだったが、
なまじ同僚だからこそ話せないことはある。
まして年若い少女だ。たとえ親身に相談に乗ったとしても、ケルベロスのようにはいくまい。

一安心し、思わずケルベロスが息をついた時、ランタンの明滅が強くなった。
燃料が切れかけているのだろう。タイムリミットだ。

「…そろそろ、帰ろ…?」

寺院の照明が消し飛んだ今、ランタンの灯りは小梅にとって生命線である。
だが、ケルベロスの返した答えは歯切れが悪かった。

「そうね、って言いたいところなんだけど…」

さらにケルベロスは背後を指さして続ける。

「話してる間に気になる気配を感じたの。念のため、アタシはもうちょっと散歩してから帰るわ。
アレで最後のはずだけど、仮に残ってたら成仏させたげないといけないし。
悪いけど、ジータちゃんにはすぐ帰るって伝えといて?」

小梅はこくりと頷き、ケルベロスの頼みを受け入れた。
一緒に帰れないことは残念に思ってはいたが、事情が事情である。
これが最後でないならまだ戦いは続く。
そして、ケルベロスが小梅の後詰めを担当することはできても、逆はできない。
ランタンの灯りも、ケルベロスにとってはあれば便利程度のものでしかなく、なくても単独行動は可能だった。

「うん…じゃあ、先に戻ってるね…」

ケルベロスの元を離れ、小梅は帰路へ足を向ける。
だが、そのまま帰りはしなかった。途中で振り返り、丁寧にお辞儀をする。
それは最後の悩みを解決した、ケルベロスへの心からの感謝だった。

「…本当に、ありがとう…あの子も、ありがとうって…」

そんな声を残して去っていく小梅の小さな背中を、ケルベロスは一人見送った。

小梅が残していった給水ボトルを開け、喉を潤す。
普段から饒舌なケルベロスだが、さすがに無理をしていると気付かれたのだろう。
肝心なところで気が利く小梅の性分に救われたのは初めてではないが、それでも今回は非常に助かった。

まだ、最後の仕事がある。

「仮にというか…残ってるんだけどねぇ、実際」
背後の草むらをちらりと見やり、ケルベロスはそう呟く。
そこにいる何かにココとミミも気付いていた。

「三魔犬が死者を見逃すワケないわん」
「きちんと終わりにしてやるわん」
「ダーメ!アレには大事な役目があるんだから」

2匹の魔犬を制止しながら、ケルベロスはおもむろに魔力を練る。
おぼろげながらに浮かんだのは魔法陣の基本構成だった。

「それにしても、ずいぶんとあの子の世話を焼いたわん?」
「何か心配事でもあるわん?」

陣を描く中、ココとミミが口を出してくる。
構成はケルベロスだけの仕事で、ココとミミは何もしていないのでどうにも暇らしい。
ケルベロスは魔法陣を組む手は止めずに、口だけ動かして答える。

「理由、ね…ほら、ミスタルシアに残してきた後輩がいるじゃない?ミントちゃん。
あの子に似てるのよ。色々とね」

言われて、ココとミミも元の世界の後輩のことを思い出したらしい。反応は悪くなかった。

「確かに似てるわん」
「肌の露出度と目が隠れてるところ以外は近いものがあるわん」
「はいはい、納得したならちょっとだけ静かにね。騒いで万が一見つかったら色々面倒だし」

そこで話を切り、ケルベロスは魔力の集中に入った。
目を瞑り、一人小梅について思いを馳せる。

彼女に目を掛けた理由。たしかにココとミミに語った理由も嘘ではない。
しかし、実際にはそれだけではなかった。ある危惧があったのだ。

ケルベロスには、小梅の言う「あの子」の姿も声も実際は感じられていた。
むしろ霊感があるとはいえ普通の少女に過ぎない小梅より、ずっと鮮明に感じていたかもしれない。
なにせ、小梅が最後まで知ることのなかったケルベロスの素性は-死者の魂を管理する世界・冥界の住人。
それも「冥界の三魔犬」の異名を持つ強者である。一介の死者の魂を感じるなどは造作もないことであった。
その事実を小梅に教えなかったのはただの意地悪ではない。

(ジータちゃんとルリアの融合に興味をバリバリ示した時から、正直ヤな予感はしてたわ…危なっかしいのよ、あの子は)

死者を感じる感覚は、種族問わず一定数の者が持ちうるものであり、多少珍しい程度に過ぎない。
が、そのような感覚を持っている者が、死者とあまりに近しい場合、
稀に死人に引き込まれ過ぎて死者の側に近い異界へ渡ってしまうことがある。

すなわち-冥界に飛ぶ。

そして、死者に引き込まれる大きなきっかけは2つある。
精神の均衡が崩れることと、死者へ極度に深入りすること。
ケルベロスが人知れず小梅の相談役を買うと同時に、あえて「あの子」を知らぬふりをしたのはこのためだった。

(私達の領分に足突っ込むには早過ぎる…だったら、迷子は早めに帰すのが正解よね?)

冥界の番犬たるケルベロス本来の仕事は、逃げる死者を連行し、迷い込んだ生者を帰すことである。
だからこそ生者が冥界入りした場合、異常なまでに強靭で歪みない精神力がなければ、
まず現世に戻ることはあり得ない事実を誰よりも理解していた。
それは物理的な意味だけではなく、そしてそのような変化と運命を強いるには、あまりに小梅は若い。
「終末論」というテーマは、ケルベロスにとっては教訓話だけでなく、冥界とその他を選り分ける踏み絵でもあったのである。
小梅の趣味が少なからずその踏み絵につながるものだったことは、僥倖としか言いようがなかった。

「さ…てと、これで本当にお別れね」
もの思いに耽りながら作業した割には、綺麗な魔法陣が出来上がっていた。
その紋様は実に美しいが、足元に設置してある上に夜の闇に紛れており、まず視認はできない。
あとは波長を調整して、死者にだけは感知できるよう処理するだけだ。

「これでもう何度目だわん。いい加減にしてほしいわん」
「でもまだ色々と来そうな気がするわん。今度は男のアイドルとか格闘家とか来る予感がするわん」
ココとミミが揃って愚痴を言う。魔法陣を描くのは、何も今回が最初ではない。
そしてミミの予感はおそらく愚痴の勢いで言った適当なものだったろうが、ケルベロスはそれを否定しなかった。

「あはは♪そうね、でも千客万来もいいじゃない。案外、私が呼び出された役目ってこういう橋渡しのためだったりして」
言いながら、ケルベロスは魔法陣の最終調整に入った。
本来いるべき場所とは違う世界に呼び出され、冥界とさっぱり関係ない役目を成り行きで担うハメになった現状は、
見ようによっては災難とも言えたが、それでもケルベロスの顔は嬉しげだった。
(騎士といいジータといい、小梅ちゃんといい…これだから異界に来るのは面白いのよ)

そしてしばらくして、ケルベロスは草むらの中に顔を出した。
「おまたせ。仕上げも終わったし、6人1セットで最後のひと働きしてもらうわよ」

…小梅が何かを見つけた「あの子」に導かれ、共に来たアイドル達と元の世界に帰還するのはそれから2時間後のことであった。
時を同じくして、ぴにゃこら太の姿をした六地蔵が何処からか乱入し、その最後の1体を迎え撃っていたことで、
ジータら騎空団の仲間が小梅達の帰還に巻き込まれることはなかったという。

(さよなら、可愛い迷子さん。もしも次があるなら…今度は、人死にと無縁の場所で会いたいわね)

--------------
別れから2週間後。

ロケ地である墓場を経由して戻って来た世界では、冒険に出る前と後でほぼ時間が経過していなかった。
小梅も「あの子」を感じることはできるものの、ファータ・グランデ空域で習得した魔法のような技は使えなくなり、
戦いでボロボロだったはずの衣装や杖、傷ついた素肌すらも帰って来た時には全て元通りになっていた。
そのまま撮影は滞りなく行われた。アイドル・白坂小梅として、本来予定されていたスケジュール通りに。

異世界での出来事は何一つ表沙汰になることのないまま、元通りの日常に飲まれていく。
今では、あの日の冒険全てが墓場で見た夢であるように思われた。
少なくとも小梅と共にファータ・グランデに渡ったはずの2人の仲間は、既にそう認識している。

だが、小梅はあれが夢でないと信じていた。
たしかに物証は何もない。時間的な推移も皆無だ。それでも残るものは、ある。

-シンデレラドリーム。
ホラーや怪奇要素など一欠けらもない、純白のドレス。
元の世界に帰って来たその日、小梅はすぐに自らのプロデューサーの元に足を運び、この衣装での撮影を快諾した。

たとえ、明日にも世界が消し飛んだとしたら。
ホラー映画やスプラッタ映画に慣れ親しんだ小梅は、その時に起きる後悔の実例は飽きるほど見ていたが、
異世界から帰還して以来、そこに秘められた意味を大きく変じさせていた。
記録などなくとも、3匹の魔犬達の声は今でも小梅の心を押し続けている。

後悔を残して死にたくなどない。
ならば、生きているうちにやりたいことをやれるだけやろう。
どこまでできるかはわからないし、歩くような速さでしか進めないかもしれない。
それでも、もう立ち止まってなんていられなかった。

「プロデューサーさんがアイドルにしてくれて…私も夢が見られた…
 だから、みんなにも見てほしい…すてきな…悪夢じゃない夢…」

決意を新たに、小柄なシンデレラは撮影スタジオに足を踏み入れた。
白坂小梅のアイドル人生は、まだ始まったばかりである。

-END-

終了です。お目汚し失礼いたしました。

ちなみに自分はやたら火と風にSSRキャラ入手が偏ってるので、闇属性SSRは未だにケル子しか出てません。
ルシウスいるんで戦力不足というほどではなく、1人もいない水よりかマシですが…ヴァンピィ来ないかなぁ(遠い目)

乙乙

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