白望「おいでませ妖怪の里」 (11)


『おいでませ妖怪の里』


「はー……暑っつい、というほどでもないか」

 九月某日。椅子に座り部室の机に身体を投げ出した塞が緊張感の欠片もなく呟くと、窓のそばに立っていた豊音が振り返った。

「東北だからねー、他のとこに比べれば涼しいよー」

 のどかな昼下がり。空が青く日も高いこの時間に部を騒がすようなものは何もなく、暇を持て余した塞が身体を投げ出したまま布巾でモノクルを拭いたり、隅のソファで死体のように白望が寝転がっていたりと、割かし普段通りの風景が広がっている。

「みんな、大変だよ!」

 そんな平穏を打ち破るように部室の扉が勢いよく開いた。

「胡桃?」

「あれエイちゃんは?」

 対面の扉から駆け込んできた胡桃の名前を呼ぶ塞。対する胡桃は、きょろきょろとしながら逆に疑問符を飛ばす。

「くるみと一緒に買い出しいったんじゃないのー?」

「あ、トヨネ。そうなんだけど……私だけ先についちゃったみたい」

「クルミ、マッテ~……」

 言っているそばからエイスリンが胡桃の背後から姿を現す。レジ袋を腕に提げスケッチブックを抱えた彼女は、明らかにへとへとだ。同じくレジ袋を手に持った胡桃は背後の声に振り向き、申し訳なさそうな顔をした。

「ご、ごめんエイちゃん、いきなり駆け出しちゃって」

「ダイジョブ、ナントカ オイツケタ」

 へばりながらも鷹揚に笑うエイスリンに、胡桃はますますばつが悪そうにする。他所から疑問の声が上がった。白望だ。

「それで大変って何が?」

「あー、うん、それなんだけどね」

 とりあえず、とばかりに買ってきたレジ袋を胡桃が机に置く。エイスリンも続いて置き、中身を取り出していく。

「わー、ジュースとお菓子だー」

「みんな! これ見て!」

 群がる皆を制して、胡桃はレジ袋から取り出した雑誌を両手で高く掲げ、注意を引く。

「何それ」

「いい質問したね、シロ」

 胡桃は一旦胸を張った。

「これはいわゆるオカルト雑誌!」

「ムー?」

「それとは違う」

 「けど方向は合ってる」とうなずいて、話を進める。

「これにね、私たちが載ってたの。しかもなんと特集!」

「えー私たちが!? 感激だよー」

「これの……えーっと、ここらへんに……あった! これ!」

 再び掲げられた雑誌の開いたページには『妖異幻怪!? 岩手の宮守女子麻雀部!』と銘打たれている。さらに続く文には、

『つい先日幕を閉じたインターハイ。数々の超常現象がまことしやかに語られる女子麻雀の全国大会では、今年も白熱した勝負が繰り広げられた。今回は、そのインターハイに綺羅星の如く現れた宮守女子麻雀部にスポットを当て、ーーーー』

「あ、大事なのはここらへん」

 雑誌がぺらぺらと捲られ、開かれたページに改めて部員の視線が集中する。

『宮守女子メンバーのルーツとも言うべきものを発見。出典は“遠野物語”“石神問答”?』

「遠野物語?」

「石神問答?」

 豊音、塞と続けざまに疑問を呈す。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1444380828


「うん、ミンゾクガクのすごい本なんだって」

「どれくらい?」

「百合に対する百合姫ってとこかな」

「それはすごい」

 何となく理解するような空気が広がり、ざわめきだすと、「うるさいそこ!」と胡桃の注意が飛ぶ。

「それで大事なのはここからっ」

 頭の上にあるページを胡桃がばっと指をさす。その先には『遠野物語』や『石神問答』がどう関係してくるのか、ページ一杯に考察されていて、どうやら数ページにも渡るほどのようだった。

「まあ考察は読まなくていい」

「シンドイ!」

 「だるい……」と呟く白望の傍ら、豊音が苦笑をこぼし、塞は「大事なのはそこじゃなかったの」と頭を振っている。

「これ、最後のページ! まとめあるからこれ読んで!」

「何々、妖怪と伝承のリスト……? 文字が小っさいな」

「じゃホワイトボードに書く!」

 目を細めて呟いた塞に胡桃が雑誌を開けたままひとまず机に裏返して置き、奥からキャスターのついたホワイトボードをひっぱり出してくる。

「なんであそこだけ文字小さかったんだろ?」

「やけに小さかったね」

「最初豆粒かと思ったよー」

 その間思い思いに雑談が交わされ、エイスリンが胡桃を手伝ってホワイトボードの反対側を持ったりして、無事部員たちの前にホワイトボードが設置される。

「じゃここにリスト写してくから」

 赤いマーカーを手にとり、ホワイトボードの前に立った胡桃が手の甲側の指でコンコンとボードを叩く。

「っていうかさ胡桃、何のリストなの?」

 あまりに小さくて見づらかったのでわからなかったのだろう。塞が訊くと、「私たちのルーツと思われる妖怪と伝承のリストみたい!」、マーカーを構えた胡桃がホワイトボードに向き合いながら返す。

 それに何の意味があるのだろう。部員たちは不思議そうにしながらも、胡桃がリストを写す傍ら雑談を繰り返す。

「エイスリンさんはどんなのかしってる?」

「ワカラナイ、クルミ アレミツケタラ、イキナリハシリダシタ!」

「そうなんだ、でも私たちを特集してくれるなんてちょーうれしいよー」

「だるい……」

「オカルト雑誌っていうのがちょっと複雑だけどね」

「みんな書けたよ!」

 待っていた皆の視線がホワイトボードに殺到する。

 これがーーーー私たちのルーツらしき妖怪と伝承リスト。各々緊張やそこそこの好奇心、興奮の眼差しで見つめる。



ーーーーーーーーーーーーーーー
・マヨヒガ
・山女
・ザシキワラシ
・塞の神
・ボンバーマン
ーーーーーーーーーーーーーーー



「は?」

 瞬間、空気が凍りつく。

 ドスのきいた声を出したのは塞だった。

「は? 何これ? は?」

 塞以外のメンバーが沈黙に包まれる中、塞の口は止まらない。しきりに「は?」を繰り返す。

 その間、他のメンバーの視線はあるところをいったり来たりしていた。そこはちょうど塞の頭頂部に当たった。

 塞の視線が皆に向く。

 皆の視線が頭頂部からさっと離れた。

「胡桃ィィィィィッ!!」

「あ、あ、あ……いや悪気はなくて……こんなのが全国で売られてるなら、教えないとって……」

「……っ!!」

 塞が凄まじい形相で歯を食い縛る。その姿は飢えた獣もかくやという獰猛さを放つ。

「さ、さえー……落ちついて」

「は? 何? 私は至って冷静だけど?」

「至って冷静な人はそんなぎらついた目で殺気を飛ばさないよー……」

 塞と豊音が薄氷のやりとりをする傍ら、おずおずと皆に向かって手が差し出される。

 雑誌を持つ胡桃の手だ。

「これ……一応、説明みたいなの載ってるけど」

 それは、今回のリストに関して注釈を付け加える文章。そこの文章は豆粒のように小さくなく、普通のフォントだった。

「何々……『エイスリン・ウィッシュアートさんは一説によると聖書の天使に近しい存在ともいわれるが、根拠に乏しいためリストアップは見送られました』……?」

 だるそうにしながらも白望が読み上げる。

「『でも宮守は五人(体?)揃っての宮守。何とかして五人(柱?)は揃えたい、という意見を尊重し、今回のリスト化と相なりました』……?」

 そこで説明は終わっている。

「……お、おわり?」

「…………うん」



『…………………………………………』

 重苦しい沈黙が訪れる。

「…………あー……」

「……う、うん……」

「……………………」

 誰もが次の言葉に詰まる。怒りをあらわにしていた塞でさえ、口を閉ざし、言葉を発しなかった。

「でも……」

 そんな中、塞が口を開く。皆の視線も自然と吸い寄せられた。

「エイスリンが入ってないなんて……やっぱりイヤだね」

 皆瞠目し、目を輝かせる。頭の後ろに片手をやりながら言いにくそうに呟かれた塞の言葉。ぶっきらぼうだけれども、確かなあたたかみのあるそれは、皆の胸に届いていた。

 ふっと明かりがともるようにして皆の顔に笑顔が浮かぶ。


「サエっ!」

「わわっ、エイスリンいきなり抱きついてきたら危ない……」

「塞っ、見直したよー!」

 飛びついてきたエイスリンを塞が抱き止めて対処する間に豊音も口を開く。

「塞……ごめんねっ、私がこんなの持ってきたから……!」

「いや……まあ皆で見たならよかったよ。隠されたら別の意味でダメージでかいし」

 瞳に涙を溜めた胡桃が頭を下げ、謝られた塞も苦笑混じりに受け止める。宮守のメンバーで作られていく団円。白望もこっそりと寄り添い、微笑を浮かべる。

 ついさっきまで静寂に包まれていたときとは正反対の和やかで浮かれた空気。

 またひとつ、宮守のメンバーたちは絆を深めたのだ。

「いやーほんとちょーよかったよー」

「まー胡桃もバカにしたくてやったんじゃないってのは何となくわかってたからね」

「うっ……ごめんなさい」

「いいよ。気にしてない」

「『胡桃ー』って叫びだしたときはどうなるかと思った……」

「うっ、それは……ついノリで……」

「ミンナ ナカヨシ!」

「………………」

 皆が、談笑する。

「帰りどこか寄ってく?」

「あっ、マックいきたいよー」

「モスにしとこうよ……」

「あー、たしかにちょっとだけこわいよー」

「モスに決定!」

「モス!」

「あ、皆でモス食べてる絵だ。ちょーうまいよー」

「………………」

 皆が、談笑する。

 その中で。


「あれ……なんかおかしくない?」

 ふと奇妙な違和感に駆られた胡桃が呟く。

「え?」

「ナニガ?」

「前フリ?」

「違くて! うーん、なんだろ」

 釈然としなさそうな顔をする胡桃。他のメンバーは不思議そうにーー

「………………」

『っ!?』

 していたが、唐突にそれの存在を感じてばっと振り向いた。

「うっ、うわぁぁああぁ!」

「な、何これ!?」

 そこには不思議なものがいた。

 丸みを帯びたフォルム。大きさは白望の背丈の三分の一ほどで、ヒトの形をしている。

 宮守の制服を模したような、人形に着せたならこんな感じというふうな出で立ちだ。

 そして宮守のメンバーにとって何より特徴的なのは。

「何ていうか……」

「……うん」

『塞…………?』

 その見た目は、宮守の一員である塞をアニメか何かのマスコット風にデフォルメしたようなもの、であった。

「………………」

 塞風の謎の物体は言葉を返さない。しゃべらないのか、しゃべれないのか。

 何より。これは一体、何ものなのか。対峙する宮守のメンバーの表情に緊張が走る。

「うわー何これ、さえにちょーそっくりだよー!」

 訂正、一人を除いて緊迫に包まれていた。

「と、豊音……そいつ危ないよ」

 警戒感の欠片もなく、今にも近づいていきそうな豊音を警告する塞。

「あ、うん。近づかないでおくねー」

 あまり危機感は抱いてなさそうな素振りで豊音が一歩距離をとる。

 そのとき。

「………………」

「あ、お辞儀した!」

「決闘の作法……?」

 胡桃と白望がそれぞれに言葉を発する。そう、塞風の謎の物体はお辞儀したのだ。

 これは何を意味するのか。再び皆の顔に緊張が走る。

「サエボン!」

 いや、エイスリンだけが緊張感を霧散させ、唐突に名前、のようなものを叫ぶ。

 そのとき、一部のメンバーに落雷に打たれたかのような衝撃が走る。

「……塞、ボン……?」

 白望が反芻するように繰り返す。その前後、緊迫したムードが流れる中で、時間が止まったかのような感覚を皆が覚えていた。

「そうだ、これは塞ボンだ!!」

「えっ、何それ」

 こうして、この日、宮守に新たな一員が加わったのだった……。

カン!

塞がボンバーマンと言いたいのかな

>>2
三点リーダー忘れてた

「…………じゃホワイトボードに書く!」

注意書きも忘れてた
※一部身体的特徴を揶揄した表現があります


どっかの個人サイトにあったエイスリン=ニワトコ説を採用すれば全員が伝承に当てはめられるかな
ニワトコは魔除け・亡霊避けに使われる木らしいから妖怪とはちょっと違うけど

乙です

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom