ごんっ!!!
女「ぎゃん!!」どさっ
男「いてて…危ねぇな…!」
女「………」
男「お、おい…?大丈夫?」
女「………」むくっ
男「あっ起きた…」
女「………」たたたた…
男「行っちゃった。まぁ無事ならいいか…あー知らない女の子に怪我させちゃったかと思ってヒヤッとしたよ」
学校
先生「えー今日からこのクラスに転校生がやってきます」
男「ほーん」
先生「女の子です」
男「……」
男「このパターンはもしや…」
先生「さぁ入って」
がらっ!
女「………」すたすた
男「うわぁやっぱりさっきの子だ」
先生「それじゃあ自己紹介を」
女「………」
男(さっきのこと怒ってるかなぁ、俺の印象いきなり最悪かなぁ)
女「………」
男(つーかなんで同じ学校に向かってたのに正面衝突なんてするんだよおかしいだろ?)
女「………」
男(まぁでも怪我させたわけじゃないし最悪のパターンは回避できたと考えよう)
女「………」
先生「どうした?自己紹介せんのか?そんな緊張しなくていいんだぞ」
女「………」
女「ち」
女「遅刻遅刻ー」
先生「?」
生徒一同「?」
男「?」
女「遅刻遅刻ー遅刻ー」
女「遅っ刻ー」
先生「どうした??誰が遅刻したって???」
女「遅刻遅っ刻ー」
女「遅刻遅刻!」
先生「???」
生徒一同「ヒソヒソ…」
男「……遅刻遅刻…って…」
男(俺とぶつかる直前にそんなようなこと言ってたかも…?)
男(いやだとしてもそれがなんだ?)
男(朝ぶつかってきた俺へのあてつけか??『私のことを覚えてるか?』的な??)
男(それにしたってあんなに繰り返さなくても)
女「遅刻遅刻ー」
先生「ふざけてるのか??」
女「遅っ刻ー」ぶんぶん
先生「それはもういいから…そのチョークで黒板に名前書きなさい…」
女「………」スッ…
カッカッ カカッ
遅
刻
先生「……」
生徒一同「……」
男「……」
先生「えー…かっ、彼女は女さんだ今日からこのクラスで一緒に勉強することになる」
先生「今は少し…いやだいぶ緊張してるようでぎこちないが、まぁすぐに慣れてくるだろう」
先生「それじゃあそこ…一番後ろの席に座りなさい」
女「遅刻ー」
男(うわあああ俺の後ろじゃねえか!)
女「………」すたすた
男(やっべぇ絶対なんか言われる)
女「……遅刻!」にっこり
男(いやそんな…『よろしく』みたいに言われても…)
男「………ん!?」
男「……」ちらっ
女「……」ニコニコ
男「あのー…そのー…今朝はほんと悪かったよ…ごめん」
女「?」
女「遅刻遅刻遅刻?」
男「……」
男「あのさ…99%…からかってるだけだと思ってるんだけど」
男「それでも1%だけ…『もしかして』ってのがあるから言わせてもらうけど」
男「それしか言えないのか??」
女「遅刻?」
男「そう、遅刻(それ)」
女「遅刻!遅刻遅刻ー!!」ぷんぷん
男「えっ怒ってんの!?なんで!?」
女「遅刻遅刻!」
男「…また…『もしかして』なんだけど」
男「君は普通に喋ってるつもり?」
女「遅刻!」
男「俺には遅刻遅刻としか聞こえてないけど」
女「遅刻遅刻!?」
男「そうそう」
女「遅刻遅刻!遅刻!遅ー刻ーっ!!」
男「なにかムキになって否定してるのはわかった!」
男「先生!転校生の女さんが気分が悪いそうなので保健室に連れていってもいいでしょうか!」
先生「お?おう…そうだな…気分が悪くなきゃあんなおかしな自己紹介はできんよな…」
男「行こう女さん」がたっ
女「遅刻?」
男「ほらこっちこっち」ぐいっ
女「遅刻??遅刻遅刻???」ずるずる
男「気分が悪いってのは俺の嘘だけど保健室に連れていくのは本当だ」
女「遅刻??」
男「うちの保険医はマジな保険医だからきっとなんとかしてくれるはず…」
女「???」
保健室
「ふーん…」
保険医「じゃあなにその子 ほんとに遅刻遅刻としか言わないんだ??」
男「そうなんすよ…」
女「遅刻!」
保険医「あはははこれは面白い!変わってるねキミ」
女「遅刻!遅刻!!」ぷんぷん
保険医「あー…分かった『笑い事じゃない』とかそういうことが言いたいんだね、伝わってるよ」
保険医「そしてキミが望んでこうなったわけではなさそうだね」
男「俺のせいかもしれないんだよ」
保険医「ほう?」
男「今朝、走ってきたその子とついうっかり正面衝突しちゃって」
保険医「ふんふん、それで?」
男「いや、それだけ…」
保険医「それだけかい」
男「でもぶつかる直前に『遅刻遅刻ー』って言ってたように聞こえたんだ」
保険医「!」
保険医「君自身は覚えてるのかな?」
女「……遅刻遅刻ー…遅刻!」こくん
保険医「……ふむ」
保険医「ひとつの仮説を立てた。というか…君もこういうのを想像してるんだろう」
保険医「彼女は君とぶつかった衝撃で言語中枢がおかしくなってしまった」
保険医「つまり…彼女の繰る言葉すべてが『遅刻』に置き換わっている」
女「遅刻!?」ガーン
男「…そんなことあるのか?」
保険医「彼女が記念すべき第一号だろうね」
男「治る…というか…戻るのか??」
保険医「さぁ…どうだろう。戻りそうかい?」
女「遅刻!遅刻!」
男「『戻る!戻る!』か?」
保険医「『戻して!戻して!』かも」
男「……」
保険医「……」
男「俺のせい…だよな」
保険医「君がそう感じてるならそうなんじゃない?」
男「どうしたらいいんだろう」
保険医「うーむ…なにせ前例がないからね…」
保険医「一番いいのは…これが一時的な症状であること。しばらくしたら自然と元に戻るってパターンだ」
男「一時的って…どのくらい?」
保険医「1時間、2時間…」
男「ほっ」
保険医「あるいは…丸1日、2日…」
男「げっ」
保険医「さらにひと月、ふた月…」
男「ひいっ」
女「遅刻、遅刻!!?」
保険医「まぁつまり…ぜんぜん分からない…ってことさ」
男「どうすりゃいいんだぁあああ!?」
保険医「…では…ベタなやり方になるが…」
廊下
保険医「いいかい、君はここをまっすぐ歩いていればいい」
男「おう」
保険医「そしてキミは走って、そこの角を曲がりなさい。なるべく全力で。躊躇せずに」
女「遅刻遅刻ー」
保険医「そう、ソレを忘れちゃダメだよ。魔法の呪文だ」
男「なぁ…ほんとに『今朝と同じ状況を再現』すれば症状が治るのかよ?」
保険医「どうだろうね。とにかくやってみるしかないさ」
男「どうだろうね、って…」
女「遅刻遅刻ー?」
保険医「ああ、もう準備オーケーだよ。さぁ早く」
男「アンタあの子の言ってること理解できてんのか?」
保険医「なんとなくね」
男「……」すたすた
男(あそこから曲がってくる…)
女「遅刻遅刻ー!!」ぬっ
男(あーそうそうこんな感じだった…いけるんじゃね?)
女「遅刻遅刻ー!!!」だっ
男「おまっちょっ速くねえか!?」
女「遅刻ー!」ずがっ!
男「あぶねぇっ!」ぐらっ
どさっ!
男「うう…いってて…」ふにっ
男「…ん?この感触は…まさか…」ふにふに
女「ち、遅刻…////」
男「おっぱい!」
保険医「いやおっぱいどころじゃない、失敗だよこれは」
男「あ…そうか…やっぱダメだったか…」
女「遅刻////」
保険医「ね。これじゃ胸揉まれ損だよ」
男「やっぱ通じてるのか?」
保険医「同性同士なんとなく分かるのさ、まぁ私には揉まれるほど胸がないけどね」フッ
男「……」
保険医「どうした、笑うところだよ」
男「えっあっスイマセン」
男「どうすりゃいいんだろうなーほんと」
保険医「このままここで頭抱えてても何も解決しないだろうさ」
保険医「とりあえず君ら教室に戻りなさい 勉強は大事だからね」
男「だけどこのままじゃ…」
保険医「マスクをやろう」
男「?」
保険医「喉が痛くて声が出せないということにして、なるべく黙っていればいい」
女「ち、遅刻遅刻」
保険医「不安かい?いいんだよ転校生がだんまりしてたって誰も責めやしないさ」
保険医「もしかしたらそのまま気がつけば治っているかもしれないよ」
男「うーん…じゃあとりあえずそういうことにしよう。それでいいか?」
女「遅刻…」こくん
教室
先生「おお戻ったか、大丈夫なのか?」
男「えーっと…彼女、喉が痛いらしくて」
女「……」コホッコホッ
男(そうそう、そんな小芝居でもないよりマシなはずだ)
男「あー…そう、それで、さっきの自己紹介のときは…喉のせいで変な声出るのが嫌だったから」
男「いろいろ言葉を選んだ結果…「く」と「こ」と「ち」が一番自然に発生できると分かったらしくて…」
先生「そ、そうか」
女「遅刻…」ボソッ
男(たぶん『フォローに無茶がありすぎる』的なニュアンスの「遅刻」だな今の…)
先生「まぁ…そういうことなら今日は静かにしていたほうがいいな」
女「……」こくこく
先生「じゃ、授業を再開するぞー」
女「……」メモメモ
男「!…そういえば筆談ならできるんじゃねぇか!?」
女「!」カキカキ
遅刻遅刻遅刻遅刻。遅刻遅刻遅刻遅刻遅刻。
遅刻遅刻遅刻遅刻遅刻遅刻遅刻遅刻。
男「うわぁあああああ!!!」
女「…ち、遅刻?」
男「お前にはこれ普通の文章に見えてんのか!?」
女「遅刻!」こくん
男「俺には遅刻の文字しか見えねぇ」
女「遅刻…!」ガーン
軽くホラーww
遅刻!
遅刻ロボかわいい!
結局その日は何事もなくひと通りの授業が終わって
何事もなく、というのはつまり、彼女の症状に変化がなかったということだ
男「一時的…だったらそろそろ治っても…いや気が早いか!?まだまだかかるか!?」
女「ち、遅刻…」しょぼん
男「…そうだよな。分かんないよな…ごめん」
男(しかしどうしたらいいんだ?このまま家に帰ったらこの子…)
女母(仮)『まぁっ!遅刻としか言えないだなんてそんな…どういうことよ!!』
女父(仮)『うちの大事な一人娘になんということを…!貴様、ただで済むと思うなよ!!』
男「最悪、殺されるかもしれねぇ…!」ガクガク
女「遅刻…?」
男「だけどちゃんと説明しないと…!俺のせいでこんなことになってしまったって…謝らなければ!!」
男「というわけで、今日は君ん家まで着いてくよ…」
女「遅刻!ち、遅刻遅刻…////」
男「なんで照れてんの」
女「遅刻ー♪」スタスタ
男「歌ってても『遅刻』になっちゃうのか…」
男「…君の両親、すごく困らせちゃうと思うけど…そしたらごめん」
男「いや、謝って済む話じゃないんだけど、それでも…」
女「遅刻…遅刻!」ぐっ
男「…?」
女「ちーこーく!」b
男「大丈夫…って?そうかな…だといいけどな」
女「遅刻!遅刻!」
男「!ここが君の家か…!」
ぴん
男「……」
ぽーーーーん
男「……」ドキドキ
女母「あら?どなた?」ガチャッ
女「遅刻ー!」
女母「あ、帰ってきたのね。おかえりなさい」
女母「あなたはどちら様?」
男「クラスメイトです…彼女の」
女母「ああーそうなの!なによ女もうボーイフレンドできたの!?早くない!?」
女「ち、遅刻!」
女母「えー?違うの?」
女「遅刻ー!」
女母「そんなムキになって否定するところが怪しいわー」
男「大事な話が会って来たんです」
女母「ま、まさか婚約するとか!?」
女「ち、遅刻////」
女母「冗談よぉ!」
男「いや、もっと真剣な話で…」
男「……」ふと
男「…お母さん、さっきからおかしいと思わないんです?」
女母「えっ?なにが?」
男「なにがって…」チラッ
女「遅刻ー」
男「これ…」
女母「…?」
男「いや、彼女さっきからずっと遅刻遅刻としか言ってないのに…」
女母「えっ!あらやだそういえばそうだわ!ぜんぜん気づかなかった!」
男「はっ?」
女母「そうよ!あんたさっきからなに遅刻遅刻言ってるのよ!」
女「遅刻、遅刻…」
女母「なに?ワケがあるって?」
男「つ、通じてるんですか!?」
女母「通じてるって… 」
女母「そりゃあ分かるに決まってるでしょう、娘の言うことなんだから」
男「へぇ…?」
男「でも遅刻としか言ってませんよね?」
女母「そうねぇ。何があったのよ?」
男「なのに通じるんですか?」
女母「通じるっていうか…別に普通だけど…でも確かに遅刻遅刻よね言ってることは」
男(よく分からんけど…そういうもんなの?)
男「…とにかく彼女…女さんは今朝……」
女母「……ふんふん、なるほど…そんなことが!」
女母「ごめんなさいねぇ。この子昔からほんと危なっかしい子で!注意力がないのよねぇ。あなたは大丈夫?ぶつかって怪我しなかった?」
男「俺は平気ですけど…あの…それだけですか?」
女母「それだけって?」
男「俺のせいなのに何もないんですか…?」
女母「わざとじゃないんでしょ、それはしょうがないわよ」
女「遅刻遅刻!」
女母「ほら、この子自身も気にしてないみたいだし」
男「でもいつ元に戻るか…」
女母「そう。ま、とりあえず今は私たち困ってないから。そんなに気にしなくていいのよ?」
男「えぇ…」
女母「あ、よかったらご飯食べてく?女の初めてのお友達だもの、歓迎するわよー!」
男「あっ…じゃあ…はい、お言葉に甘えさせていただきます」
遅刻娘かわいいね
夜
男「結局ふつーにくつろいで帰ってきちゃったよ」
男「親父さんにも会うことができたけど…」
女父『ん?別に通じとるしなぁ。いいんじゃないかなこのままで』
男「親には普通に通じる…なんか釈然としないけどまぁそういうことでいいとして…」
男「しかしクラスであの状態のままだと友達とかもできないだろうし…それはまずいよなぁ」
男「やっぱり俺がなんとかしないと…」
男「……」ピタッ
男「ここだよな。今朝ぶつかったところ…」
男(もしかして…ここでまた同じようにぶつかれば…?)
男「…明日試してみるか」
翌朝
女「遅っ刻ー!」ブンブン
男「やぁ…おはよう…」ヨロヨロ
女「遅刻!?」
男「ん…ああ、大丈夫…ちょっと…寝不足で…」
女「遅刻遅刻?」
男「調べ物をしてたんだ…君と同様の症例がないかって…まぁ結局見つからなかったんだけど」
男「あと、これ」どんっ
女「…遅刻?」
男「そう、国語辞典!」
女「???」
男「今からひとつ試してみたいことがある」
男「うまくいけば、君のコミュニケーションの幅がぐんと広がる!」
女「遅刻!?」
男「ここに紙があるよな?」
女「遅刻」こくん
男「いいか?」カキカキ
『遅刻』
女「遅刻…遅刻?」
男「そう、『ちこく』だ」
女「遅刻遅刻!?」ムッ
男「いや、バカにしてるわけじゃないんだよ」
男「次、これ」カキカキ
『東風』
女「……?」
男「これは『こち』って読む」
女「こち…?」
男「そう!!」
女「!?」ビクッ
男「君は今この『こち』が発声できた!」
女「!」
男「思ったんだ…君が『遅刻』しか発せないというのは…どこまで発展させられるのかって」
男「つまりー…」
男「ち」
男「こ」
男「く」
男「この三文字だけ発声できる …のだとしたら」
男「君は『遅刻』以外にも言えるってことだ」
女「…遅刻!」
男「語彙が増えるはずなんだ!」
男「じゃあまず…『伝え知らせること』をなんと言う?」
女「…こくち?」
男「そう!告知!」
男「次!『追い払うこと』をなんと言う?」
女「!…くちく!」
男「正解!駆逐!」
男「今度は難しいかもしれないぞ」グリグリグリグリ
男「いま俺はこの紙を塗りつぶした。これの色は?」
女「…遅刻…?」
男「真っ黒だろ。言い方を変えると…?」
女「………!」ハッ
女「…ちっこく?」
男「すばらしい!!そう、漆黒!!」
女「……」
男「……いやぁ」
男「ぜんぜん語彙増えねーや!」
女「……!!」ガーン
男「まぁさすがに三文字じゃ限度があるよ」
女「……」がっかり
男「俺のことどう思った?」
女「こく(酷)…」
男「いやほんとごめん…辞書引いても『く』『こ』『ち』だけで構成された言葉なんてほとんどなくて」
女「……」
女「ち、治国…」
男「うん?今のはどういう意味の『遅刻』?」
女「ちっ…」
???「さっきからずいぶん盛り上がっていますね」
男「ん…?あっ」
男「学級委員長!」
委員長「別にあなたがたが仲良くするのは構いませんけど、女さん、もう少し他の方と話してみてもいいのではないですか?」
男「あーいや…やっぱ緊張してるみたいでさ、まだ俺としか話したくないって…」
委員長「そうですか?私には」
委員長「あなたとしか話さないのではなく、話せないように見えましたが」
女「…!」どきーん
委員長「意地悪な言い方をしてすいません。しかしさっきから見ていて腑に落ちないのです」
委員長「だって、まるで会話になっていないでしょう?」
男「……」
男「そうだよな…隠すのは無理だよな…」
男「分かった、事情を話すから…保健室に来てくれ」
委員長「な、なぜ保健室に?何かやましいことがあるのですか!?」ドキドキ
男「専門家がいたほうが話しやすいってだけだよ…」
保健室
保険医「やあ、今日も来たね」
男「…ども」
保険医「経過はどうだい」
女「遅刻!」
保険医「オーケー把握した」
委員長「な、なんですの?保険医先生まで…」
保険医「キミは確か彼のクラスの学級委員長だな。体調不良も怪我も仮病もしない、優秀すぎてつまらん生徒だね」
委員長「なっ…」
保険医「冗談冗談。健康が一番さ」
保険医「で?なに?クラスの皆には隠してる彼女の秘密が知りたいのかい?」
委員長「秘密…なのですか?」
男「…まぁ…引っ張る必要はないからずばっと言うけど」
男「彼女、『遅刻』としか言えないんだ。厳密には『く、こ、ち』のみで構成された言葉だけ、なんだけど」
保険医「ほー、それは新発見だ」
委員長「ち、遅刻…?」
女「遅刻!」
委員長「なぜそんなことに?ふざけているのですか?」
男「真面目だよ…」
保険医「どうやら、ここにいる彼とぶつかった拍子に言語中枢がイカレてしまったらしい」
委員長「…それで遅刻しか言えないと?」
女「……」こくこく
委員長「はぁ…なるほど…そういえば昨日の自己紹介でも遅刻遅刻と言っていましたね」
委員長「それで他のクラスメイトに話しかけないわけですね」
女「……」しょぼん
保険医「本当は話しかけたいんだね?」
女「遅刻…」
男「委員長、今の話を聞いたうえで、どうしたらいいか考えて欲しいんだ」
委員長「元に戻る見込みはあるのですか?」
男「今のところはない。一時的なものだと思ってたけど、もう丸一日このままだし」
委員長「…では『クラスでどう振る舞うか』を考えなければいけませんね」
男「ああ…」
委員長「筆談はできないのですか?」
男「できない。紙にも遅刻としか書けなかった」
保険医「彼女の中の言葉は、発生するにせよ記述するにせよ、出力の際にすべて『遅刻』に置き換わってしまう…というわけか」
男「俺も正直こいつの言いたいことは9割方わからん。幸いそんなに難しいことは考えてないようだけど」
女「遅刻!?」ガーン
男「だけど先生にはわりと伝わってる節がある」
保険医「まぁなんとなくね」
女「遅刻!遅刻!」
保険医「ん?今なんて?」
女「遅刻!?」ガーン
男「さらに驚くことに…昨日彼女の両親にこのことを説明したんだけど」
男「親だから…なんて理由になってるのか分からないけど、とにかく普通に通じてた」
男「だから、まったく誰ともコミュニケーションがとれないわけじゃないんだ」
保険医「最悪、身振り手振りで伝えればいい」
女「遅刻遅刻ー!」パパパパパ
保険医「え?ごめんぜんぜん分からない」
女「遅刻!!!?」ガーン
委員長「な、なるほど…」
委員長「では…どうするかという話ですが」
委員長「…クラスのみんなに正直に打ち明ける…」
委員長「のは、やめたほうがいいかもしれませんね」
男「それは、なぜ?」
委員長「最悪の場合、イジメに発展する恐れがありますから」
女「ち、遅刻遅刻ー…」
保険医「案外イジメられでもしたほうが回復に繋がるかもしれないよ」
女「遅刻ー!!」ブンブン
保険医「はははごめんごめん」
男「なら…このまま隠すのか?そっちのほうが厳しい気がするんだが」
委員長「少しずつ…『理解してくれる方』を増やしていきましょう」
委員長「私はこうやって受け入れられましたが…果たして皆が皆同じように受け入れてくれるかは分かりません」
委員長「しかしきっと一人、二人はいるはずですから」
男「そう…だな…」
保険医「やれやれ…転校生の君ではなく、クラスメイト側が慣れなきゃいけないなんて不便だね」
女「遅刻ー!!!」
保険医「あははははごめんってば」
男「…なぁ先生、ひとつ聞きたいんだけど」
保険医「ん?」
男「このことを…もっとちゃんとした専門家に伝えたりできたら、状況がよくならないかな」
保険医「私はアテにならないかい」
男「そういうわけじゃないけど…」
保険医「どうだろうね。なんせ昨日も言ったが前例がない。明確な打開策を出せる者はたぶんいないだろう」
保険医「だけどまぁ…もしかするともしかするかもね」
男「!」
保険医「かわいい生徒の頼みだ。断るわけにはいかない。いいよ、私の知り得るあらゆる専門家に話してみよう」
男「あ、ありがとう先生!」
女「遅刻ー!」ウルウル
委員長「なるほど確かに彼女は感情表現がシンプルで伝わることは意外と多いですね…」
それから1週間が過ぎた…
女「遅刻ー!」
先生「遅いぞ女!本当に遅刻寸前じゃないか!」
生徒一同「はははは!」
女「ち、遅刻…」ペコリ
先生「いいから早く座りなさい」
男「……」
クラスのみんなは、思ったよりあっさり受け入れてくれた
もっと…言い方は悪いけど…たとえば障害者を扱うような不器用な接し方になるかと思ったけど
意外とみんな普通に振舞ってる
女「遅刻ー」スッ
先生「ん?何だ?」
女「遅刻遅刻…」パラッ
先生「なに?お前それ現国じゃなくて古文の教科書じゃないか。間違えて持ってきたのか?」
女「ち、遅刻…」
先生「やれやれ…しょうがない、じゃあ机動かして、男に見せてもらえ。次はちゃんと持ってこいよ」
女「遅刻っ!」
…こんなふうに、本当に不思議なくらい、あっさり会話を成立させたりして、彼女には驚かされる
女「遅刻…遅刻…」ガタンッ
男「机引きずるなよ、うるさいだろ」
男「っていうかお前、遅刻未遂に忘れ物…さては寝坊したな?」
女「遅刻!?」ギクッ
男「図星かよ」
女「ち、遅刻ー////」
男「……」ふっ
喜び、怒り、哀しみ、苦しみ、恥じらいや恐れ…
彼女のわかりやすい感情表現を見ていると、なんだか妙に心が安らぐ
男「……」ジーッ
女「…ち、遅刻?」
男「えっ?…あ、悪いぼーっとしてた」
先生「おい男、お前いまどこ読むか分かってるか?」
男「えっ?」
男「ど、どこだ?女、聞いてたか?ここ?」
女「遅刻ー」ブンブン
男「そっちのページか?」
女「……こ」
女「こっち!」
男「……」
女「……」
男「あはははは!それも『く・こ・ち』のバリエーションかよ!」
女「くっ…!遅刻!遅刻ー!」
先生「なに笑ってんだ!ほら早く読め!」
男「あー…すいません、読みます」
ああ…俺はたぶん……
男「俺、あいつのことが好きなのかもしれない」
保険医「…ふーん。で?なんで私にそれを言うんだい?」
男「えっ?…いや、保険医って普通こういう相談受けてくれるもんじゃ…」
保険医「ああ、相談?相談なのか…いいよ、聞くよなんでも」
男「…別に、俺のせいでああなったから、とかそういうわけじゃないんだけど」
男「なんか、学校にいるときはほとんどあいつと一緒にいる気がして」
男「で…一緒にいるあいだは…すごく幸せっていうか…」
男「なんでだろうな??なに言いたいか分かんないときのほうが多いのに」
保険医「まぁ、確かに彼女には、人に愛される魅力がある。それは確かだ」
保険医「そして君が彼女を好くのは自由。私が口出しすることはないよ」
保険医「だが、いくら学校でうまくやれていても、彼女は不自由だ」
男「……」
保険医「君の感情の処理より、彼女の症状を一刻でも早く治してやることのほうが大切だ。ほうだろう?」
男「…ああ。分かってる」
保険医「そこで…実は昨夜、私のところにある人からのメールが来た」
男「ある人?」
保険医「脳科学の第一人者、能見・ソシワフェル氏だ」
男「能見って…あの能見!?」
保険医「そう、ここ20年くらいで教科書にも載ったあの大先生だ」
男「そんな人がなんで先生にメールを…」
男「…あっ」
保険医「君が頼んだんだよ。もっと専門家に相談したいって」
男「じゃあ…」
保険医「彼のメールはすごく長くて…まぁ8割方が無関係な研究自慢だったが」
保険医「重要な部分だけ抜き出すとこうだ…」
保険医『彼女を自分の研究機関に預けてほしい』
男「預ける!?研究機関って…」
保険医「ミスター能見の研究機関はイギリスだ」
男「!!」
保険医「…イギリスの研究機関で彼女の脳を徹底的に検査するらしい」
男「それで治るのか!?」
保険医「…分からない」
保険医「だけど、このままなあなあに学校生活を送らせるよりは、はるかに可能性が大きいと私は思う」
男「……」
男「そ、そうだよな」
保険医「…どうする?」
男「どうするって…」
男「…じゃあつまり、あいつとはお別れってことか?」
保険医「さぁ…もしかしたらミスター能見が優れた腕であっという間に回復させて、すんなり帰国できるかもしれないし」
保険医「もしかしたら、いつまで経っても症状が変わらず、意地になったミスター能見が何年もかけて治そうとするかもしれない」
保険医「そうなれば再開は難しいだろうね」
男「じょっ…」
保険医「冗談じゃない?そうだね。私も正直、どうしたものかと考えあぐねているよ」
保険医「ミスター能見を頼っても回復する保証なんてまったくない」
保険医「だけど、今打てる最善の手であることは確かだ」
保険医「彼女に一刻でも早く回復してもらいたい…と思うなら、イギリスに飛んでもらうべきだ」
男「……」
保険医「それとも…今ここで話したことをすべて忘れて、変わりなく楽しい学校生活を送らせるか…君も離れるのは嫌なんだろう?」
男「ま……まず…は…」
男「ちゃんと話すよ。あいつに…」
保険医「…そうだね。決めるのは彼女だ」
男「あいつを呼んでくるよ…」
保険医「ああ」
男「……」ガラッ
委員長「男くん!」
男「うおっ!?」
委員長「やっぱりここにいたんですね。女さんが呼んでますよ」
男「…あいつが?」
男「……」チラッ
保険医「まずは向こうの用事に付き合ってあげなさい」
男「……すぐ行くよ、委員長」
女「こっちこっち!」
委員長「さ、どうぞ王子様」
男「な、なんだよ王子様って!?」
委員長「ふふふ。お姫様がお呼びですから」
男「……」
女「遅刻!」
男「ち、遅刻って…ちょっと遅れただけじゃんか」
男「っていうかなんだよ?なんかあったのか?」
女「遅刻ー」スッ
男「ん?それ…弁当?」
女「遅刻っ」
男「え、なに、作ったのか!?」
女「ち、遅刻!遅刻」
男「徹夜して作って…それで寝坊したぁ!?お前バカだろ!?」
女「ち、遅刻…!」ガーン
男「…わ、悪い、バカは言い過ぎたな」
男「…ありがとう」
女「…ち、遅刻っ////」
男「なるほどね、みんなの前で渡すのが恥ずかしかったから、わざわざこんなところに呼び出したのか」
男「ほんと…お前って…」
男「単純で…素直で…」
男「………っ」
女「…?」
男「あー…うん…食べようぜ。早く食べないと…放課終わっちゃうからな」
女「遅刻っ!」
委員長「よかったですね…女さん」
委員長「お似合いですよ?ふたり…」
男「ごちそーさんでしたっ!」
女「ち、遅刻!?遅刻!?」
男「ふっ、俺が無言で早食いしてたから味の感想が気になるんだな?」
女「遅刻…!」ドキドキ
男「美味しかったよ」
女「遅刻!?」
男「あ、でも玉子焼きはもっと甘い方が俺は好きだなー…」
男「…なんて言ったらまた作らせちまうか!」
女「……」こくこく
男「え?」
女「遅刻!遅刻」
男「また作るって…?おいおい、そこまでしなくたって…」
男「…そういえばなんで急に弁当作ってきたんだよ?」
女「ち、遅刻…!」ギクッ
女「遅刻、遅刻遅刻…遅刻…」
女「遅…刻…」もじもじ
男「……?」
キーン…コーン…カーン…コーン…
男「!やばい!もう時間だぞ!」
女「遅刻遅刻!」
男「ああ、マジで遅れちまう」
女「遅刻ーっ!」 タタタッ
男「……」
男「……なぁ」
女「…!」ピタッ
男「……」
女「遅刻?」
男「……いや、なんでもないよ」
女「…?」
女「遅刻ーー!」ダッ
キーンコーンカーンコーン…
男「……」
男「……大事な話があったんだ……言わなきゃいけないことが…あったんだ…」
男「……でも…言えなくなっちまったじゃねぇかよ…バカヤロー」
翌日
保険医「そうか…結局昨日は言えなかったんだね」
男「……」
保険医「まぁ安心しなさい、ミスター能見からのメールは保留にしてある。私が独断で返信するようなことは絶対に…」
男「昨日は、じゃない…」
保険医「?」
男「ずっと、言えないかもしれない…」
保険医「…昨日の決心がだいぶグラついてるようだね」
男「……」
保険医「ふー…ま、そう…人と人とのあれこれってのは簡単に割り切れるものじゃない」
保険医「男と女なら尚更さ」
男「でも、このままじゃ…」
保険医「……」
ガラッ
男「!」
委員長「男くん、今日も保健室ですか?」
男「あ、ああ」
委員長「まぁあなたに限って体調不良ではないんでしょうけど…それでも私に一言くれないと少し心配ですよ」
男「そうだな…悪い」
委員長「…少し心配って言いましたけど、やっぱり訂正します。とても心配です」
男「え…」
委員長「どうしたんですか男くん…昨日とは別人みたいに暗い顔してます…」
保険医「……」チラッ
保険医「委員長、彼も思春期の男。いろいろ悩みがあるものさ」
男「いいよ先生、誤魔化さなくて」
保険医「…そうか。じゃあ…」
男「ああ…なぁ、委員長」
俺は委員長に…メールの件を説明した
そして…
委員長「では…女さんに『イギリスに行く』か『残る』か訊けばいいのですね」
男「ああ…」
委員長「………」
委員長「…あなたはどうしてほしいのですか?」
男「俺はあいつの気持ちを優先させる…」
委員長「あなたが!あなた自身の気持ちがどう思っているのか聞いてるんです!」
男「……」
男「行ってほしくない。…だけど…あいつには言わないでくれ」
委員長「……」
委員長「私もあなたと同じ思いです。だから本当はこんな頼み聞きたくないですけど…」
委員長「その…」
委員長「私はあなたの友達ですから」
男「…ありがとな。委員長」
委員長「じゃあ、いいんですね。私、結構躊躇わないタイプなので。やると決めたらすぐ行動に移しますよ」
男「…ああ、頼む。あと…」
委員長「?」
男「次の授業、サボる…」
委員長「私にサボりを容認しろと?」ガチャ
男「……」
委員長「……特別ですよ」バタン
男「ふー…」ドサッ
保険医「すごく自然にベッドに横たわってるけどね、サボりは良くないよ」
男「なぁ先生」
保険医「ん?」
男「俺さぁ、この1週間ちょっとで、あいつの言いたいことだいぶ分かるようになったと思うんだ」
保険医「……」
男「でも1個だけ分かんなかった…あいつ…なんで…俺に弁当…」うとうと
男「作ってくれたん…だろ……zzz」
委員長「……ということを、保険医先生から聞きました」
女「…ち、遅刻……」
委員長「女さん、あなたの素直な気持ちを聞かせてくれませんか」
委員長「…能見さんに可能性に賭けて、イギリスに行きますか?私も彼のことは勉強しましたが、それはそれは素晴らしい功績を残されているお方です」
委員長「それとも、今までどおりの生活を送りますか?あなたがこの学校に来て、まだほんの数日ですから…」
女「………」
女「こっち」スッ
1週間後、女を乗せた飛行機がイギリスへ飛び立った
男「……」
女母「せっかくお友達になってくれたのに…辛い思いさせちゃって…ごめんなさいね」
男「いえ。そもそもは俺のせいですから…謝るべきなのは俺です」
女父「君はあの日も謝ってばかりだったが…私たちは君が悪いとは思っちゃいないよ」
男「……すいません」
女父「だから謝るなってば…」
女母「大丈夫よ。お休みの日に会いに行く…には少し難しいけど。なんせ海外だし…」
女母「あ。なんだったら私たちが会いに行くとき一緒に行きましょうか?」
男「いえ、いいです…」
女母「そう?」
男「約束したんで…」
男『…明日にはイギリスだって?』
男『お前、最近ぜんぜん話してくれなくなったからよ…周りに聞いたんだぜ』
男『寂しくなるな』
男『話したいことはいっぱいあるんだ』
男『でもお前が言ってることってさっぱり分かんねぇからさ』
男『お前が治ったらさ…それから話すよ』
男『ちゃんとした、お前の返事が聞きたいから』
男『俺は、お前が治るまでは…機会があっても絶対に会わない』
男『だからさぁ、さっさと治せ。いや、治るって。ミスター能見ってすごいんだぜ』
女『……』こくん
保険医「イギリスは料理がまずいらしいね」
委員長「それってよく聞きますけど、本当なんですかね?」
保険医「マジだと思うよ。だってイギリス料理店とか日本にないでしょ。そりゃーまずい料理を専門にした店は出せないからね」
委員長「保険医先生ってかなり毒舌ですよね」
保険医「そうかな……」
委員長「……」チラッ
男「…ん?なに?」
委員長「手紙とか、来ましたか?」
男「来てないよ」
委員長「先生のところには?」
保険医「メールは来た。が、まだ彼女がイギリスに渡ってひと月しか経ってない。状況はあまり変わってないらしい」
委員長「そうですか…」
男「……」
学校では…転校して2週間と少しでイギリスに渡った女のことはちょっとした噂になった
だけどそれもしばらくすれば忘れられていった
高校生なんてそんなものだ。行事、試験、行事、試験…
そして受験…
気がつけば6年が経っていた
某居酒屋
保険医「君さぁもうすぐ23だろう?いい加減呑めるようになりなよ」
男「飲めないわけじゃなくて、『飲まない』ようにしてるだけだって」
保険医「だからそれが納得いかないんだよなぁーん!」
男「あーもう鬱陶しいなぁこの酔っ払いは…何がなぁーん!だよ」
保険医「鬱陶しいと言いつつもこうしてたまに飲みに付き合ってくれる君は優しいねぇ」
男「まぁ…世話になったし…」
保険医「…私ももう32だし…いい加減独り身も寂しいなぁって思いはじめてね」
男「なっなんだよ!?俺を口説く気かよ!?」
保険医「違うよ。ペットを飼うことにしたんだ」
男「ペット?」
保険医「猫だよ。ブリティッシュショートヘア」
男「ブリティッシュショートヘア…ってどんなのだっけ?」
保険医「お、写真見る??見るかい???」グイグイ
男「さては他に見せる人いないんだろ…」
保険医「これがそれさ」バーン
男「おー、可愛い」
保険医「だろう?でも写真じゃ実物の1%くらいしか可愛さが伝えられないなー今度見に来るかい」
男「いやいいっす…」
保険医「ところでブリティッシュと言えばもう一つ…イギリスのミスター能見からメールが来てね」
男「……!?」ガタッ
男「なんっでそんな大事な話をもっと早くしないんだよ…!?もう2軒目だぞ!?話すタイミングいくらでもあったろ!?」
保険医「やーすまない、うっかり忘れていてね…しかしほとんど飲まずに2軒目まで付き合う君ってほんと聖人だね」
男「…俺が飲まないようにしてるのはっ」
保険医「…?」
男「前に飲みすぎて…なんか…いろいろ歯止めが効かなくなって…」
男「…あいつのこと喋り出して止まらなくなった…らしくて…」
男「そんなのあんたに言えないだろ!?」
保険医「なるほどねー…」
男「…で!?メールの内容は? 」
保険医「帰ってくるそうだよ。彼女」
男「……!!」
男「ま、マジか…」
保険医「時間はね…えーと…」
保険医「……夜の8時だね」
男「8時か…」
男「…待てよ?時差は?」
保険医「……」
保険医「あー…これ『向こうの今日』の8時で…時差が8時間だから…」
保険医「日付変わって明日の4時…つまりこっちの午前4時…」
男「…午前4時?」チラッ
『AM 2:29』
男「はっ…!?」
男「あと1時間半しかないじゃねーか!!!」ダッ
保険医「あーそうか…もっと早く言わなきゃダメだったね…ごめん…ほんと悪気はないんだよ」
男「だから結婚できねーんだよ!今からバイクで飛ばして…間に合うか!?空港!」
保険医「んー今さらっとひどいこと言ったね。1時間半か…きわどいかも」
男「あーもう!!!」
保険医「私も乗せてくれるかな」ガシッ
男「はぁ!?」
保険医「嫌なのかい?でも君ほんのちょっぴり一口だけどお酒飲んでるからね。飲酒運転だよ。チクっちゃおうかな?」
男「…わかったよ!!」ドルルンッ
保険医「さぁ急ごうか」
空港
男「着いた!」
保険医「いま…3時半!」
男「なんだ…余裕じゃん」
保険医「さて…待ち合わせ場所もメールに書いてあっ…ん!?」
男「!?」
保険医「ごめん…これ8じゃなくて6だった」
男「は?」
保険医「画面に小さい傷がついててさーそれが線に見えたんだよ」
男「なに言ってんだ??」
保険医「つまり到着時刻は4時(現地時間午後8時)じゃなくて2時(現地時間午後6時)だ」
男「だから結婚できねぇんだよぉおおおおお」
男「一時間半も待ってるわけないよな…あーほんと最悪だよ!!」ダッ
保険医「あっ、コラ空港内で走るなんて非常識だぞ」
男「それどころじゃないって!」くるっ
保険医「あっ」
男「?」
保険医「前…」
ごんっ!
??「ぎゃんっ!!」どさっ
男「いてて…危ねぇ…」
男「な…」チラッ
女「……」
男「……」
女「……ち」
女「遅刻遅刻!!」
男「…なんだよ…間に合ってるだろ!」
女「ぷっ…」
男「くっ…」
女「あははははははは!!」
男「はははははははは!!」
男「どうした?『く』と『こ』と『ち』しか言えないんじゃなかったのか?」
女「あのねー…私はずーっと普通に喋ってたんだよ?」
男「そうだな…そうだった」
女「でも…これでやっと…言いたいことがちゃんと伝えられる」
男「ああ、俺も言いたいことがあるんだ」
女「……」
男「……」
女「先にどうぞ」
男「そっちこそ」
女「大好きです」
男「愛してる」
女「気づかないフリしてたでしょ」
男「言われなくてもわかってる」
女「今度は甘い玉子焼き作るからね」
男「いや…あれは忘れてくれないか?」
女「…?味の好みが変わったの?」
男「イギリス仕込みの料理はまずいんだろ」
女「酷(こく)!」
おわり
乙
最初はシュールギャグかと思ってたのに、爽やかなラブコメだったな
ほんと途中から何言ってるか解るような気になってたわw
乙
脳みそシワ増える
乙
遅刻しようかな?
この話を読んでいて、例え話せる言語がお互い違っても怖じ気ず助け合う事が大切だって事が再確認出来た気がする
どちらにしろハッピーエンドで収まってよかった…乙
くそっ、シュールギャグかと思ったら普通にいい話じゃねーか…乙
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