【アイマス】合わせる掌 (98)
推敲しながら投下予定です
前作と同程度の分量になりそうですが、お付き合いいただければ幸いです
↓前作
【アイマス】雪の花が咲くように
【アイマス】雪の花が咲くように - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1436622938/)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1443019005
夏の暑さも和らいできたある日、社長より直々に呼び出された。
こういった形で呼ばれるのはあの件以来だ。
苦々しい思いが駆け上がってくる。
「社長、先だっては大変申し訳ありませんでした」
それなりの処分も覚悟して頭を下げる。
しかし、帰ってきたのは笑い声だった。
「はっはっはっ、もう済んだことだと言っただろう」
「しかし……」
「ああして、気持ちだけで動けるというのはいいことだよ」
確かに理屈でどうこう考えて行動したわけではない。
激発する感情に押されて動いてしまっただけだ。
本当の意味で気にかけなければならない物事を差し置いたまま。
「また同じようなことをするとなると、話は違ってくるがね」
瞬間、息苦しさを覚えるほどの圧迫感に襲われた。
社長が言外に発した圧が、いともたやすく自分の中の後悔を暴いてしまった。
「その後の顛末は律子君から聞いたよ。私が言いたいことはすべて萩原君が言ってくれたようだ」
社長の口調の変化とともに、先ほどの息苦しさが夢のように消え失せていく。
けれど、この後悔は絶対に忘れてはならないものだ。
「だからこの話は、もう済んだことなのだよ」
自ら骨を折ったことなど全く意に介さない社長。
俺が頭を下げる間もなく動いてくれた音無さんに律子。
馬鹿な俺を信じてくれていた雪歩。
この人たちに報いるには、俺はどれだけのことをすればいいのだろう。
「ありがとうございます」
今の俺には、感謝を述べることしかできない。
「さて、本題に入らせてもらおうかな」
「はい」
とはいうものの、あの件の話でないとすると。
心当たりが全くない
「君もこの仕事にだいぶ慣れてきたことと思う」
「社長をはじめ、事務所の仲間の支えあってこそです」
それは、偽らざる本心だった。
社長に、この事務所に拾われて本当に良かったと思っている。
「そう謙遜することはないよ。君も十分、みんなを支えているのだから」
その言葉に涙が出そうになる。
そうか、俺はやれているのか。
「最初は混乱を与えてしまいましたが」
正面から認められることに慣れていないせいか、自嘲的な物言いをしてしまう。
社長の目を見れば、そんな必要がないことなどわかりそうなものなのに。
「些細なことだよ。アイドル諸君もすぐにわかってくれただろう?」
「ええ、随分と救われました」
最初に置かれたハードルは、みんなあっという間に越えてきた。
過去の自分に教えてやりたいくらいだ。
殻に閉じこもるより、前に進んだほうが得るものが大きいと。
「そこで、だ。君にはもう一人プロデュースを担当してもらおうと思う」
「……もう一人、ですか」
確かに、当初の話ではそういう事になっていた。
仕事にも慣れ、余裕も出てきたところだからさほど難しいことではないだろう。
「今は、雪歩のソロライブのことで手一杯でして」
可能かどうか問われれば、可能ではあるが。
このライブをきっちりと見届けることで、一つのけじめをつけたいとも思う。
「なに、今すぐにというのではない。考えておいてくれたまえ」
「そういう事でしたら。……ちなみに誰を担当することになるんでしょうか?」
「ああ、それはだね―――」
***************************
雪歩のソロライブから数日。
担当アイドルが増える件については、雪歩も理解してくれた。
社長にも承諾の意を伝えた、のだが。
なんでその翌日からこんな騒ぎになっているのか
「ねーね―雪歩、プロデューサーの次の担当、誰だか知ってる?」
「ふぇ!? ていうか響ちゃん、どこでその話を……」
「そんなことはいいからさ。ね、ね、知ってたら教えてよ」
「わ、私も知らないよぉ」
「そっか、じゃあ本人に聞くしかないなぁ」
「……プロデューサーってこんなに人気だったんだ」
「ん? 何か言った、雪歩?」
「べべべ、別に何も」
事務所のソファーで話に興じる雪歩と響。
やや離れた位置で怪しく目を輝かせる双子。
碌なことにならない予感がする。
「なにやらゆきぴょんが複雑そうな顔をしてますな、亜美隊員」
「これは、何かあったに違いありませんぞ、真美隊員」
「「んっふっふー」」
程々にしておいてくれよ、というのは都合のいい願いなのだろうか。
獲物を前にした彼女たちに通じてくれていればいいな。
「ゆーきぴょん、どったの?」
「へっ、な、なにが?」
「兄ちゃん取られて寂しいって感じですな」
「ふぇ? えええええ!?」
「これは、兄ちゃんとゆきぴょんの間に何かあったのではないでしょうか」
「おお、亜美隊員なかなかの名推理!」
「…………」
ああ、雪歩が震えだした。
嫌な予感が的中するってのは、やりきれないもんだなぁ。
「……うぅ、こんな私なんて、私なんてぇ……」
「ちょ、ゆきぴょんストップ! そのスコップしまってー!!」
「うあうあー、最近穴掘ってなかったから油断してたよー」
雪歩の中でどんな葛藤があったのやら。
亜美真美もあれで色々と考えてるから、フォローは任せよう。
さわらぬ神に祟りなし、ってやつだ。
「なぁ、千早は誰だと思う?」
「私は別に誰でもいいわ」
次に響が話を振ったのは良くも悪くもマイペースな2人。
案の定、千早はそっけない。
「あらあら、そんなこと言って。千早ちゃん、ちょっと期待してるでしょ?」
「あ、あずささん」
「そうなのか、千早?」
のんびりしているようであずささんの突っ込みは鋭い。
「ま、まあ確かに、ここ最近の萩原さんの活動を見ていれば多少は……」
「千早もこの頃ちょっと変わってきたもんな」
「そうねぇ、雪歩ちゃんのソロライブにゲスト参加する前くらいから、かしら」
それにしてもあずささん、よく見てるなぁ。
「雪歩のプロデュースしながら自分たちのこともちょくちょく見てくれてるよね、プロデューサー」
「うふふ、なかなかできることじゃないわよね」
なんですか、褒め殺しですか?
一応本人もいるんで聞こえないようにしていただけるとありがたいのですが。
「萩原さんのライブではお世話になったし、そのまま担当になってくれれば、と思わないでもないわね」
「千早がそこまで言うのも珍しいね。あー、自分を担当してくれないかな」
「あら? 響ちゃんは完璧だからプロデューサーはいらないんじゃないかしら?」
「うがー、それとこれとは話が別だぞ」
「ふふ」
事務所内がざわざわと落ち着かない。
俺がいることはわかっているはずなのに、こっちを見ないようにして。
でも意識だけはこっちに向けられているのが伝わってくる。
「……なあ律子」
「なんでしょうか」
「なんでこんな騒ぎになってるんだ?」
「信頼の証ですよ、プロデューサー殿」
何を当たり前のことを、と言わんばかりの冷めた目で見られた。
雪歩とはそれなりに信頼関係を築けたとは思うが、他のみんなはどうして?
「俺、みんなに信頼されるようなことしたっけ?」
「あの雪歩と十分以上の信頼関係を築けているんです。その過程もみんな見てきてますし」
「頑張ったのは雪歩なんだがなぁ」
「並行してみんなのことを気にかけて、色々と手助けしてあげてたじゃないですか」
「そりゃまあ、765プロのプロデューサーだから当然だろう」
「……貴方はもっと胸を張っていいと思います」
「その通りです」
「うおっ」
背後からいきなり声がかかる。
「……貴音。何時からそこにいたんだ?」
「最初からおりましたが」
まったく気配に気づかなかったんですが。
「心臓に悪いから気配を殺すのはやめてくれ」
「これは失礼。プロデューサーの本音に少々興味があったもので」
「……で、貴音も律子と同意見なわけ?」
「ええ。近頃の雪歩の活躍を見れば、プロデューサーの手腕は確かであると」
「こう言ってはなんですが、雪歩は色々と問題も多かったですからね」
雪歩なら遅かれ早かれ結果を出してたと思うのは、贔屓目なのだろうか。
ともあれ、雪歩のプロデュースを通じて事務所のみんなからの信頼も得ていたらしい。
それはとても嬉しいことなのだが。
「信頼と期待。えらく重いものを背負わせてくれるな」
「荷物が重ければ暴走もできないでしょ、プロデューサー殿?」
「律子、抑えが利かないから暴走するのですよ?」
「……貴音、何気にひどくないか」
「ふふ、失礼いたしました」
そんなに太い釘を刺さなくても、裏切れないよ。
雪歩との約束もあるけど、それ以前の問題として。
これに応えられなきゃ男が廃るというか。
「おはよーございまーす」
「おはよう……ってなに、この空気?」
扉を開けて入ってきたのはやよいと伊織。
伊織はすぐさま浮足立った空気を感じ取ったらしい。
俺と目が合ったと思ったらつかつかと歩み寄ってきた。
「とりあえず、説明してくれる?」
何の前置きもなく一言。
みんなの様子と俺の表情とを合わせて、俺に原因があると悟ったのだろう。
呆れるほどに頭の回転が速い。
「確かに大元の原因は俺なんだが……なんでわかった」
「みんなしてアンタのこと気にしてるのに、わからない方がどうかしてるわよ」
頭がいいだけでなく周りもよく見えている。
これで、日頃から努力を怠らないんだから末恐ろしい。
「で、アンタまた何かやらかしたわけ?」
また、の部分に妙に力が込められていた気がするが、今回俺は悪くない。
「何もしてないよ。信用ないな」
「自業自得よ。……そりゃ、雪歩のために体を張ったことはちょっとは認めてやってもいいけど」
「なんか言ったか?」
後半どんどん小声になっていって、ほとんど聞き取れなかった。
人に聞かせられない罵詈雑言でないことを祈ろう。
「何でもないわよ、このバカ!! ……で?」
なんでちょっと顔が赤いのか。
怒髪天を衝く、でないといいなぁ。
「ああ、俺のプロデュース担当が増えるって話だ」
「なんだ、そんなこと」
「随分あっさりとした反応だな」
「だってアンタ結果出してるじゃない。驚くようなことじゃないわ」
さも当然、という顔で返される。
てっきり辛辣な言葉が降りかかってくると思ってたのに。
「だからって調子に乗るんじゃないわよ? アンタなんてまだまだなんだからね」
やっぱり降りかかってきた。
「大丈夫、そこまで自信過剰じゃないさ」
前を向いていける程度の自負なら、持つことができたけど。
ふと横を見ると律子が呆れ顔をしていた。
ああ、胸を張れとか何とか言われてたっけ。
「それで、なんでその話でこんな空気になっちゃってるワケ?」
「わからん。そもそもこの話、俺と社長と雪歩、あと音無さんくらいしか知らない筈な…んだ……が…」
そこから中途半端に話が漏れたのが原因か。
後ろを振り返ると、我が事務所の優秀な事務員は明後日の方向を向いて口笛を吹いていた。
無駄に上手いから余計に腹立たしい。
よし、今度酒でもおごらせよう。
「そういう事ね。で、誰を担当するのよ」
事務所のアイドルたちの意識が一斉に俺に向かうのを感じる。
そんな重大なことだとは思えないのだが。
「やよいだけど?」
「呼びましたか、プロデューサー?」
箒を片手に三角巾を頭に巻いたやよいが顔を出す。
周囲の喧騒どこ吹く風と、事務所の掃除でも始めるつもりだったらしい。
この性格は長所なのか短所なのか。
「ああ、今日からやよいのプロデュースも担当することになったんだ」
「そーなんですか。よろしくお願いしまーす」
両手を後ろに跳ね上げるように、勢いよくお辞儀をするやよい。
至極あっさりと受け入れられたが、喜んでいいことなのだろうか。
ふと、いくつかの視線が突き刺さっていることに気付いた。
亜美真美に響、伊織はすぐにでも食って掛かってきそうな勢いである。
……伊織さん、さっきは驚くようなことじゃないとか言ってませんでしたか?
その後ろには千早と貴音とあずささん、あと雪歩。
こちらは一歩下がって傍観の構えを取っている。
やよいと具体的な話ができるのは、もうしばらく経ってからのことらしい。
一先ずここまで
今月中には完結させたいと思っております
お読みいただける方がいらっしゃいましたら、のんびりお待ちください
乙っす
下げ進行?
>>24
メ欄に前のが残ってました
次回からは上げで行きます
期待
前作も良かったし
***************************
異性に囲まれた経験などなかったが、あまり何度も味わいたいものではなかった。
色気のある囲まれ方でなかったから尚更。
……ちょっとトラウマになりそう。
『なんで自分じゃないのか』と詰め寄られるなら躱しようもあったのだが、『上手くいかなかったら、わかってるよね?』という圧力にはどう対処すればよかったのか。
俺が思っている以上に、やよいが愛されているということなのだろう。
ともあれ、今後の活動方針を決めるにしても現状を知る必要がある。
午後になってようやくその場を設けることができた。
「やよいって、家族のためにアイドルやってるんだよな?」
「はい。ウチってけっこー貧乏だから、少しでも家計の支えになれたらなーって」
「何でアイドルだったの?」
「え?」
金銭的な問題を解決するためなら、別にアイドルである必要はない。
むしろ、安定性という目で見たらこれほど割に合わないものはないだろう。
才能と努力と、少なからぬ運がなければ芽が出ることはない。
そして多くの場合、何かが足りないがため、日の目を見ることなく消えて行ってしまう世界。
そんな博打のような世界に踏み込むに足る理由があるはずなのだ。
「それは、社長に声をかけてもらったからで……」
「何でやってみたいと思ったの?」
少々詰問のような口調になってしまった。
けれど、これは大切なことだと思う。
そこにこそ、やよいのアイドルとしての原動力があるはずだから。
「……小さいころ、お父さんにデパートに連れて行ってもらったことがあるんですけど」
そうやって話し出したやよいの思い出は、ごくありふれたものだった。
けれど、それがどれだけ大切なものか、やよいの表情が教えてくれる。
「私、お父さんとはぐれちゃって。気付いたら屋上に一人で、泣くの必死にを我慢してました」
大勢の中、一人取り残される不安は並大抵のものではないだろう。
なのに、それに負けまいと頑張れる。
その強さはいったいどこから来るのか。
「そしたら、たまたま屋上のステージでミニコンサートが始まったんです」
「それで?」
「綺麗な服を着て、キラキラのステージで歌う姿に夢中になっちゃって。お父さんが迎えに来るまで一生懸命応援してました」
それが、やよいの原点か。
「それで思ったんです。こんな風にみんなを笑顔にできるってすごいなって。私もそんな風になれたらなって」
落ち込んでいる人、悲しんでいる人、そんな人たちを笑顔にできる存在。
目の前の人たちと幸せを分かち合える存在。
「なれるよ」
「プロデューサー?」
「やよいがやよいのまま輝くことが出来たら、きっとそんなアイドルになれる」
特別なことをせずとも、あんなにも事務所の仲間に愛されているのだから。
誰からも愛されるようなアイドルにも、きっとなれる。
「本当ですか?」
「ああ、そのための俺だからな」
「うっうー、私、頑張っちゃいますー」
そうか、だからみんなあんな風にプレッシャーをかけてきたのか。
やよいがやよいのまま。
どうすればいいのか、正直まだよくわからないけど。
誰よりも俺がそれを見たくなった。
***************************
窓から差し込む光が赤みを帯びてきた頃。
俺の前にはレッスンを終えた真、春香、やよいの3人がいた。
真はすでに息が整っており、何なら追加メニューも難なくこなしそうだ。
一方で春香は、水分補給に余念がない。
そして、やよいは精根尽き果て倒れ込んでいる。
「流石に真。動きのキレが違うな」
「へへっ、ありがとうございます」
アイドルとして少々伸び悩んでいるのというは、外的要因が大きいということだろうか。。
本人の理想と現場の要求とのギャップに苦しんでいるらしいと、音無さんから聞いてはいる。
何か手助けできればいいのだが。
「やよいや春香にしてくれてたように、みんなを引っ張って行ってくれるとありがたい」
「お安いご用ですよ。まっかせてください」
「ただなぁ」
「どうかしましたか?」
「真って、走り出したら一直線で、周りが見えなくなることがあるだろ」
近視眼的というか、一度決めたら頑なというか。
「い、いや、そんなことは……ある、かなぁ?」
「それが真のいいところでもあるんだけどな。だから、走り出す前に周りをよく見るようにしてくれ」
「……周り、ですか」
前への推進力があるというのは、得難い才能だと思う。
前に進んだ結果、周りに誰もいなくなっていた、なんてことにならない限り。
「どうせならみんなで同じ方向に進んだほうが楽しいだろ?」
「それはもちろん!」
意見がぶつかることがあっても、相手の想いを汲み取れる余裕。
そういうものが身につけられたら、真は一層輝いていくと、そう思う。
「プロデューサーさん、私には何かないんですか?」
目を転じると、春香が期待の眼差しを注いでいた。
真との会話の間に、きっちりと回復したらしい。
「春香は……今日のレッスンを見た限りでは、平均点って感じ」
「平均点、ですか」
良い評価なのかそうでないのか判断に困る。
そんな表情でこちらをうかがう。
「大きな穴はないけど、際立った何かもあんまりないというか……」
「うぅ、そこまではっきり言われちゃうと、ちょっと落ち込んじゃいます」
まぁ、こんな評価されたんじゃそうなるか。
あくまで『今日のレッスン』での評価なんだけど。
「でも、春香ってステージの上だと誰よりもアイドル、って感じで輝いてるんだよな」
小首を傾げる春香。
頭の上にいくつも疑問符が浮かんでいるのが見えるようだ。
「レッスン中、春香の前に観客はいたか?」
「……どういう事ですか?」
いきなりの問いに、春香の疑問符がさらに増えたようだ。
「真の動きについていくのに必死になって、観客に見せるっていう意識が薄くなってなかったか?」
「うっ」
どうやら図星だったらしい。
「レッスンのためのレッスンじゃ、春香本来の輝きは見えてこないよ」
「…お客さんに見せる……私の、輝き………」
簡単なようで難しいことではあるけれど。
意識の持ち方次第で、身につく経験値には雲泥の差が出るものだ。
「プロデューサーさんの言うこと、何となくわかりました。やってみますね」
真剣な表情でこちらを見返す春香。
春香ならやってくれる、そう思わせるに十分な表情だった。
「お、やよい。もう大丈夫か?」
バテて横になっていたやよいも、どうにか回復したようだ。
こちらは、まず解決しないといけない課題が浮き彫りになってしまった。
「な、何とか大丈夫ですー」
「やよいは一度に色々やろうとし過ぎて、かえって混乱してたな」
「うー、なんか頭の中がわーってなっちゃいました」
「まずは一つずつ、体で覚えていこう」
「一つずつ、ですか?」
そんなに長い時間かからずに回復できたところを見ても、体力の問題ではないだろう。
ならば、余計なところに体力を使ってしまっているということだ。
動きのパターンを体が覚えてしまえば、あとはそれを応用するだけでいい。
「料理みたいなもんさ。ご飯を炊きながら味噌汁とおかずを作って、その器を用意して。最初からそんな一度にはできないだろ」
「ふゎ、確かにそうかもです」
「でも、今のやよいはそんなに難しく考えなくても食事の準備できるよな?」
「お母さんのお手伝いしながら、ちょこーっとずつ覚えました」
「アイドルも同じだよ。真先生がしっかりと教えてくれるみたいだしな」
目配せをすると、我が意を得たりと同意してくれた。
「そうだよやよい。その為にこうやってレッスンしてるんじゃないか」
「私もいるし、千早ちゃんや伊織、他のみんなだっているんだから、一緒にがんばろ?」
「うっうー、なんだかできそうな気がしてきましたー」
みんなで一緒に、か。
この事務所のみんなは強い絆で結ばれている。
「プロデューサーも、一緒に頑張ってくれますか?」
そしてその中には俺も含まれているらしい。
こんなに誇らしいことはない。
「勿論。俺はやよいのプロデューサーなんだから、どんどん頼ってくれていいぞ」
「あれ、じゃあボクは頼っちゃだめなんですか?」
「私もダメ出しだけされて、あとは知らん顔なんですね?」
こいつらは。
「わかってて言ってるだろ。俺にできることなら何でもする。どんと来いだ」
誰の担当、なんて大した問題ではないのだろう。
俺は、この765プロのプロデューサーなんだから。
***************************
レッスン後のアイドルたちは特に予定もない。
ちょっとお茶でも、と誘ったのは春香だったが、やよいは家事があるらしい。
真は真で体を動かし足りないらしく、家まで走るそうだ。
……真はどういう体力をしてるんだろう。
自然解散となった彼女らと違い、俺は事務所で仕事が残っている。
細かな書類仕事こそ、コツコツやらないと痛い目を見る。
それは雪歩のライブの時に骨身にしみた。
「ただ今戻りました、っと」
事務所にいたのは1人だけ、スーツ姿の背中をこちらに向けていた。
どうやら俺に気づいていないらしい。
それだけ集中しないといけない仕事……最近忙しくしていることと無関係ではなさそうだ。
「ほれ、これでも飲んで一息入れたらどうだ」
2つのマグカップに珈琲を淹れ、一方を律子に渡す。
ビクリと肩を震わせ、こちらを見る律子。
「プ、プロデューサー。戻られてたんですか?」
「やっぱり気づいてなかったか。根を詰めるのもいいが程々にな」
「ありがとうございます」
ちょっとばつの悪そうな顔をしながら、カップを受け取る律子。
若干疲労の色は見えるものの、その目には生気がみなぎっているように感じられた。
「で、悪巧みのほうは上手くいきそうなのか?」
「人聞きの悪いことを。私はいつも正々堂々とやってますよ」
「何か企んでるのは否定しないわけだ」
「……う」
ちょっと意地の悪い聞き方だったか。
「社長と色々打ち合わせしてる件だろ? まだ話せないんなら別にいいけど」
視線をうろうろと彷徨わせた後、実に恨めしそうに睨まれた。
手伝えることがあれば、と思ったんだがアプローチを間違ったようだ。
「はぁ。いいですよ、この際だからプロデューサーにも意見を頂戴しましょう」
律子はため息とともに肩の力を抜いた。
差し出された資料には3人のアイドルの写真が載っている。
「伊織に亜美にあずささん……『竜宮小町プロジェクト』?」
「ええ、この3人でユニットとして売り出していこうと思いまして」
伊織、あずささんの知名度は事務所内でも上の部類だろう。
知名度でいえば亜美は一歩譲る感があるが、ポテンシャルでは勝るとも劣らない。
これを律子がプロデュースするとなると、どんな化学反応が起きるのか楽しみになってくる。
「プロデューサーから見て、どう思いますか?」
理を持って動くタイプの律子の判断なら、そう大きな間違いは起きない気がする。
想定外の事態があっても、あずささんがうまく立ち回ってくれそうだ。
あるいは、亜美が壁を突き破ってしまうか。
「ちょっと気になるのは伊織かな」
「伊織……ですか?」
竜宮小町のユニットリーダーに指名されていたのは伊織だった。
勿論、実力的には申し分ない。
普段の姿勢を見ていても、リーダーの役割を十分に果たしてくれるだろう。
「完璧主義というか、弱いところを見せたがらないだろ? 何かあっても溜め込みそうでな」
「それは……まぁ」
律子にも心当たりはありそうだ。
仲間だから頼れることもあれば、仲間だからこそ頼れないこともある。
その辺りの折り合いがつけられなければ、最悪潰れてしまうことになりかねない。
「俺も出来る範囲で気にかけとくよ。基本的に外野だから、愚痴もぶつけやすいだろうし」
「そうして頂けると助かります」
あの伊織が素直に愚痴を吐くとも思えない、というのが問題ではあるが。
そこはみんなとの連携でカバーするしかないか。
「律子の愚痴も、いつでも受け付けるからな」
完璧主義で弱みを見せたがらないのは目の前の彼女も同じ。
頼れるものは頼ったほうがいい、そう伝えたつもりだった。
「本気にしますよ?」
「律子には特大の借りがあるからな」
ちょっとおどけて見せる。
力になりたいというのは本当でも、素直に口にするのは面映い。
続く律子の言葉を、携帯の着信音が遮った。
画面を見ると、懐かしい名前が表示されている。
目顔で律子に断りを入れ、久しぶりの会話に心を弾ませる。
――――――
――――
――
「誰からだったんですか?」
事務所に戻ると、律子は好奇の光を目に宿していた。
彼女にしては珍しい表情だ。
電話に出る前の自分が柔らかく笑っていたのが気になった、らしい。
「学生時代の恩師から」
「恩師、ですか」
「そ。手遅れになる前に、俺を日常に引っ張り戻してくれた人」
「へ?」
呆気にとられた顔をされた。
そういえば、その辺の詳しい話は社長と雪歩くらいしか知らなかったか。
「この人相のお陰で、過去色々あったんだよ」
事細かに話す気にもなれず、ざっくりと告げる。
にもかかわらず、律子は察してくれたようだ。
「どんな方なんですか?」
「一言でいうなら、底なしのお人好し、かな。あの人みたいになりたいと思う奴はいないと思うけど」
正確にはなりたくてもなれない、かもしれない。
「どういう事ですか?」
「他人のトラブルに自分から巻き込まれに行って海に沈みそうになったのに、次の日には別のトラブルに首突っ込むような人」
目の前に困っている人がいるなら、何を置いても手を差し伸べる。
しかもそれを損得勘定抜きにやってしまえる。
異次元の生き物なのだと、俺は理解している。
「味方の数も尋常じゃなく多いから、大抵のことは何とかなってしまうんだけどな」
律子は声を失っているようだ。
実際に目の当たりにしないと、あの人の凄さと異常さはわからないだろう。
「……で、そんな人がどんな用件だったんですか?」
「ウチのアイドルに、学園祭のステージに立ってほしいそうだ」
本日の投下はここまで
あと2回くらいで完結まで持って行けそうです
>>26
ありがとうございます、
期待に応えられれば良いのですが
***************************
数日後、事務所の応接コーナーには3人のアイドルが揃っていた。
彼女たちにことのあらましを説明する。
学生時代の恩師が、学園祭運営委員の顧問をしていること。
その口から、元教え子の俺が765プロで働いていることが漏れたこと。
運営委員の生徒たちが、縁故を使ってアイドルを呼べる可能性に気付いたこと。
「社長も案外乗り気だったし、今日は意思確認をしようと思ってな」
まだまだ仕事を選り好み出来る身分ではないが、今回はイレギュラーだ。
相手方にも、期待に添えない場合がある旨を承諾してもらっている。
「なんで私たちだったんですか?」
当然の疑問を口に乗せる雪歩。
「向こうから指名があったのはやよいで、あとはスケジュールの合う人がいれば……ってことだったな」
「はわっ、私ですか?」
「むー、ミキはおまけなの?」
やよいと美希から対照的な反応が返される。
少々言葉足らずだったようだ。
「違う違う。みんな呼びたいけどそれは出来ないから、こっちにお任せするってことなんだ」
「どういう事ですか?」
こういう時、理性的に動いてくれる雪歩がいると助かるな。
動揺するやよいと、むくれる美希の後ろから雪歩が話の先を求めてくる。
「運営委員の中で呼びたいアイドルが見事に噛み合わず、結論が出なかったらしい」
「じゃあ、やよいちゃんを指名っていうのは?」
「委員長のゴリ押しらしい。やよいを呼ばないなら、委員長権限でウチヘのオファーそのものを止めるとかなんとか」
「それ、こーしこんどーってやつだと思うな」
思わずこぼした美希の言う通りだった。
しかもその委員長、それを通すために周りのメンバーにやよいを売り込み、好感度を上げていたらしい。
事前にやよいを『2番目に呼びたいアイドル』に仕立てた上での強権発動。
普段の仕事ぶりで築いた信頼も手伝って、決定への異論は出なかったとのことだ。
「何というか……すごいですぅ」
感嘆とも、呆れとも取れる吐息を漏らす雪歩。
この話を聞いた時の俺と同じ反応だな。
有能な人間が欲望に忠実になると手に負えないという、いい見本だと思う。
「じゃあじゃあ、ミキは何でプロデューサーに選ばれたの?」
やよいが指名された背景に興味を持ったのか、幾分機嫌が直っているようだ。
「この機会に、美希の本気が見たいなと思って」
「ミキ、最近は真面目にお仕事してるよ?」
「要するに、ステージの上の美希を間近で見たくなったんだよ」
「よくわかんないけど、いいよ。雪歩とやよいとなら楽しそうだし、頑張ってみるの」
そう言って笑う美希は無邪気そのものだった。
美希は現場での受けがいい。
多少気分屋の面はあるものの、要求以上のパフォーマンスを見せてくれるとの評判だ。
……ヘソを曲げると大変だ、という話も聞いてはいるが。
スタートからやる気を見せてくれている美希が、一体どれほどのモノを見せてくれるのだろう。
個人としても、プロデューサーとしても、期待に胸が膨らむ。
「今回のステージは、基本的にこちらにお任せということになっている」
「あの、どういう事ですか?」
要領を得ない、という顔でやよいが聞いてくる。
今のところ、屋外の特設ステージで1時間のライブということしか決まっていない。
「君たちの手でステージを作って欲しい」
セットリストも演出方法も自分たちで考えていく。
こちらもアドバイスはするけれど、主体となるのはあくまでも3人。
こういう経験も、いつかきっと役に立つんじゃないかと思う。
「なんだか大変そうですけど、ちょっとおもしろそうですー」
「それで、雪歩」
「ふぁいっ」
考え事をしていたのか、返事がおかしなことになっていた。
「雪歩にはリーダーをやってもらおうと思う」
「へ? わ、私がリーダー、ですか?」
「最近1人で現場に行くことも多くなってきてるし、雪歩の成長を見せて欲しいかなと」
「成長って……そんなすぐには変わりませんよぉ」
「現場の評判良いみたいだけど?」
先日、以前からお世話になっている局のディレクターと話をしていた時のこと。
彼女は、雪歩についてこう評していた。
『最初は儚げですぐ消えちゃいそうな女の子だったのに、今じゃ一本芯の通った立派なアイドルになったわね』
もちろん俺にしても同様の思いは抱いている。
しかし、外部の人間からそういう評価をもらえるというのは嬉しいものだった。
元々雪歩は、自然と周りに気を配るタイプだ。
ならば、ここでリーダーを任せてみるのもいい経験になるだろう。
「ミキ的にも、雪歩なら大丈夫って思うな」
「私も、雪歩さんがリーダーなら安心できますー」
美希もやよいも賛成のようで、あっという間に逃げ道がなくなってしまった。
「どうしても無理って言うなら、考え直してもいいが」
俺の発言を受けて、大きな期待とわずかな憂いのこもった視線が雪歩に集まる。
性格的にも、こうなったら逆に逃げ出せないのが雪歩という少女だ。
「わ、わかりました。私にちゃんと務まるかわかりませんけど、とにかく頑張ってみます」
「よろしくな。俺もフォローはするからさ」
「ねープロデューサー、ステージの前にお祭り回れたりするの?」
一通りの説明を終えると、ミキが目を輝かせながら尋ねてきた。
やよいも興味津々といった体でこちらを見ている。
「多分無理だな」
言った途端にブーイングが俺を襲った。
「それなりに顔が売れてるんだ。バレたら騒ぎになりかねない」
「ちゃんと変装するから大丈夫って思うな」
「君たちの安全にかかわる問題だからな。これについては従ってもらうしかない」
気持はわからないではないが、決して譲ることはできない。
万が一のことが起こってからでは遅いのだ。
「うー、残念です」
しょんぼりと呟くやよい。
「アイドルとして呼ばれたんだから、しょうがないよ」
雪歩が諭すように話しかける。
その様子を見守っていると、一瞬目が合った。
「それに、別のご褒美ならプロデューサーが用意してくれると思うよ?」
いや、あの、雪歩さん?
俺に集まる視線が否定の言葉を許さなかった。
「……わかった、考えとく」
途端に美希もやよいも晴れやかな表情に変わる。
頑張るためには飴も必要……っていうのは分かるけど。
何か釈然としないなぁ。
***************************
今まで通りの仕事にレッスン、そこに学園祭に向けた3人での合同レッスンが加わって。
その空き時間に、3人で集まったり自主レッスンをしたりもしているらしい。
その辺りのスケジュール調整をしながら、先方との折衝も重ねていく。
自然、俺がレッスンに顔を出せる回数は減っていた。
その日は仕事の合間に少し時間が取れたので、雪歩と話をすることができた。
状況の把握はもちろん俺の役割ではあるのだが、情けない話である。
「ステージ構成については、前に貰った案でいけると思う」
「本当ですか?」
「細かい部分は向こうとの調整も必要になるから、俺に任せてくれ」
「よろしくお願いしますぅ」
思いのほか早く、雪歩たちはステージ構成案をまとめてきた。
まだまだ詰めなければならない部分はあるものの、大筋しっかり出来ていて、むしろこちらが驚かされた。
どう実現していくかは、俺の領分だろう。
「最近任せっぱなしになってるけど、レッスンのほうはどう?」
「うーん。それなりに順調、でしょうか」
雪歩の回答は若干の煮え切らなさを含んでいた。
そりゃ、万事問題なしとはいかないか。
「つまり気になるところがある、と」
「……今はまだ、ちょっとバランスが悪い気がしますぅ」
現状の実力にバラつきがある以上、ある程度は仕方のないことかもしれない。
みんなが同じレベルのパフォーマンスを発揮できるようになるのが理想ではあるが
「具体的には?」
「私も、美希ちゃんについていくのがやっとなんですけど、やよいちゃんが……」
「……いきなり美希のレベルは辛いか」
「はいぃ。それで、ちょっと元気がないというか」
やよいの性格なら、みんなの足を引っ張って申し訳ない、とか考えそうだ。
そういう部分を素直に出すっていうのも苦手みたいだしなぁ。
「俺も気にかけとくよ。雪歩は雪歩にできることをしてくれ」
「私ができること、ですか?」
「最初の内は、雪歩も随分と苦労してたもんな?」
「……うぅ、プロデューサーが意地悪です」
「信頼ゆえだよ。同じような経験をした雪歩だから言えること、伝えられることがあるんじゃないか?」
「私が経験したこと……」
「それを、雪歩自身の言葉で話せばいい。頼んだぞ、リーダー」
何か思うところがあったのか、雪歩の表情が心なしか引き締まる。
……ホント、良い顔をするようになった。
***************************
あれから何とか時間を作って、レッスンに顔を出すことができた。
雪歩が話していたバランスの悪さというのも少なからず感じられたものの、レッスンの積み重ねで解消できるだろう。
ここはリーダーを信頼するとしよう。
「美希、ちょっといいか?」
諸々の話が落ち着き、解散となったところで美希を呼び止める。
気のせいに越したことはないのだが、レッスン中の美希の表情が気にかかっていた。
「なに? プロデューサー」
「ちょっと気になったんだけどな、なんか焦ってないか?」
「……」
少しだけ見開かれる目。
驚きと、真正面から切り込まれたことに対する決まりの悪さが映りこんでいる。
……相変わらず俺は話の運び方がなってない。
「……ミキ、ね」
零れ落ちてきたのは、悔しさを含んだ音。
「このままじゃ、デコちゃんたちに敵わないかもって思っちゃったの」
伊織たち。
その言葉が示すのは、先日ついにデビューを果たした竜宮小町のこと。
「最初は、なんでミキじゃなかったのかなって思ったりしてたの」
事実、今の765プロで美希の実力はトップクラスと言っていい。
その自負ももちろんあっただろう。
「でもね、テレビに映る竜宮小町を見て、ミキだったらあんな風にキラキラできたかなって」
いつもマイペースで自信満々で。
そんな美希の表情に、今は影が差している。
「ミキも負けてないって思うんだけど、なんかモヤモヤしちゃって」
事務所のみんなも知名度は上がってきたけれど、それもまだローカルな話である。
そんな中で一気に全国区に乗り込んでいった竜宮小町。
少なからず賭けの要素もあったが、今のところ悪い目は出ていない。
「ミキもあんな風に、ううん、もっともーっとキラキラしたいって思ったの」
事務所のみんなは仲間でありライバルである。
おそらく大多数は、頭でわかっていても実感はしていなかったんだと思う。
そんな中で竜宮小町の3人が一歩抜け出してしまった。
自分のことのように喜びながらも、目標として、ライバルとして、明確に意識するようになったのだろう。
負けていられない、と。
「でも、どうしたらいいのかなって」
今まで通りではダメなのかもしれない。
でも、何を変えればいいのかもわからない。
そういう事なんだろう。
「美希から見て、竜宮小町の中で誰が一番キラキラしてた?」
「……誰が一番ってカンジじゃなかったの。3人がひとつになってたから」
「それが答えだよ。彼女たちはユニットの一員として、自分にできることを全力でやっただけだ」
「それだけ?」
「それぞれが自分の全力を出しながら、相手のいいところを目一杯引き出したんだ」
メンバーの良さを引き出しながら、自身のパフォーマンスを100%発揮する。
言うのは簡単でも、いざ実行するとなれば一筋縄では行かないだろう。
土台にはお互いへの理解と強固な信頼関係、その上に努力と経験を積んでいかなければならない。
けれど、765プロにはすでにその土台が存在している。
決して平坦な道ではないけれど、辿り着けるはずだ。
「美希はもう、やよいや雪歩のいいところは知ってるだろ? なら、これまでと同じようにレッスンしながら、みんなで前に進んでいけばいい」
「うん、わかったの」
「進む方向がわからなくなったら俺に言ってくれ。そのためのプロデューサーだからな」
「あはっ」
美希の表情に輝きが戻る。
その輝きと同じか、それ以上の責任がのしかかってくるのを感じた。
本日はここまで
あと1回で投下しきれる……はず
お付き合いいただければ幸いです
>>61修正
「ねープロデューサー、ステージの前にお祭り回れたりするの?」
一通りの説明を終えると、美希が目を輝かせながら尋ねてきた。
やよいも興味津々といった体でこちらを見ている。
「多分無理だな」
言った途端にブーイングが俺を襲った。
「それなりに顔が売れてるんだ。バレたら騒ぎになりかねない」
「ちゃんと変装するから大丈夫って思うな」
「君たちの安全にかかわる問題だからな。これについては従ってもらうしかない」
気持はわからないではないが、決して譲ることはできない。
万が一のことが起こってからでは遅いのだ。
以下続きます
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その日の仕事は郊外の商業施設でのイベント出演。
修行中の大道芸人から地元で有名なダンスサークル、果ては初の単独ライブを控えたお笑い芸人まで。
様々なパフォーマーがごった煮のイベントに、やよいも参加した。
出演者に共通しているのは、『これから』の人間であるという一点だけ。
「どうでしたか、プロデューサー?」
ステージを終え、弾む息のままやよいが駆け寄ってくる。
聞くまでもない。
やよいの表情がすべてを物語っている。
「良かったぞ。やよいらしい良いステージだった」
「本当ですか?」
この前までちょっと元気がなかったやよい。
今日のステージがその心配を拭い去ってくれた。
やよいの元気と笑顔は、確実に客席に届いていたのだから。
「お客さんも笑顔になってただろ?」
「うっうー、やりましたー」
この笑顔があればきっとうまくいく。
そう確信できた。
「よし、スタッフの皆さんに挨拶して帰るか」
――――――
――――
――
今日のやよいの仕事はもう終わり。
というわけでやよいの家まで車を走らせているのだが。
「あの、プロデューサー」
「ん?」
バックミラーに映るやよいは、どこか不安そうな眼をしていた。
「私、この後レッスンとかしなくて大丈夫なんでしょうか」
「……今日この後は休むのが仕事、かな」
「でもでも、私まだ雪歩さんや美希さんの足を引っ張っちゃってますし……」
成程。
真面目というか融通が利かないというか……ただ一生懸命なだけか。
休むということに罪悪感があるらしい。
「このところちゃんと休めてないからな。ここらでリフレッシュしとかないと本番まで持たないぞ? それに……」
「それに、なんですか?」
「今日のステージを見たら、もう大丈夫だってわかったし」
「どーいう事でしょうか?」
やよいが憧れたというアイドルの姿。
自分もみんなも笑顔にして、一緒に幸せになれるようなアイドル。
今日のステージ上のやよいは、その片鱗を見せてくれた。
「やよいが元気いっぱいのステージを見せれば、お客さんも応えてくれる。みんなを笑顔にする、そんなアイドルになりたいんだろ?」
「はわっ、私なんてまだまだです」
「やよい、今日のお客さんの顔覚えてるか?」
「はいっ。皆さん楽しんでくれたみたいでよかったですー」
「あの笑顔を生み出したのがやよいなんだ。もっと自信持っていいぞ」
「わ、私そんなにすごくないです」
「確かに、歌もダンスもまだまだではあるな」
「うぅー」
キレのあるダンスが踊れるとか、歌が上手いとか、そんな人間はいくらでもいる。
でも、アイドルに求められるものはそんなものじゃないと思う。
伝えたい想い、届けたい願い。
そういう芯が通っていなければ、すぐに見限られてしまうだろう。
本人は無意識なのかもしれないけど、やよいにはそれがある。
あとは技術が追い付くだけ。
「でも確実に上達してるよ。だから、焦らず一歩ずつ、な」
「えへへー、雪歩さんの言ってた通りですね」
「どういうこと?」
「この前、雪歩さんからプロデューサーのお話を聞いたんです」
見ているものが引き込まれそうな笑顔を浮かべるやよい。
……雪歩さん、一体貴女何を言ったんですか?
……とてつもなく美化した話とかしてないですよね?
「プロデューサーはいつも、少しずつでもいいから、自分のペースで前に進めばいいって励ましてくれたって」
アイドルに限った話ではないが、成功のための近道なんてものはない。
地道な努力を積み重ねた先にこそ、次のステージへの飛躍が待っている。
言うのは簡単でも、その道を歩むのは辛いものだ。
それでも雪歩は、どんな壁も乗り越える意志を見せてくれたから。
「前に進むって信じて見守ってくれてるから、その信頼に応えるために頑張れたんだって言ってました」
ああ、雪歩からはそう見えていたのか。
俺はただ、雪歩の決意を支えていただけなのに。
「私、雪歩さんの気持ちがわかったかなーって。さっきのプロデューサー、すっごく優しい目をしてましたもん」
何一つ自覚はない。
でも、やよいがそう感じるほどには柔らかい表情が出来ていたのだろう。
どうやら俺も変われているらしい。
みんなのお陰、だな。
「だから私、今やる気でいっぱいですっ。これから、もっともーっと頑張りますからね!!」
「それは頼もしいな。でも、今日はもう休むのが仕事、な?」
「うー、プロデューサーがそう言うなら……」
不服そうな物言いとは裏腹に、やよいの表情は明るい。
これなら大丈夫。
「そういえばやよい、学校のほうはどうなんだ?」
何の気なしに話を振ってみると、やよいの表情に影が差した。
ミラー越しに見える上目遣いの視線が揺れている
「ど、どうした!?」
「うー、来週小テストがあるんですけど……」
話を聞くと、最近少々忙しいせいで勉強のがおろそかになっているらしい。
さらに言えば、元々の成績も良い方ではなく……
「ならさ、誰かに教えてもらえばいいじゃないか」
「迷惑じゃないでしょうか?」
どうもやよいは誰かに頼ったりすることに抵抗があるらしい。
この事務所に、仲間から頼られて迷惑に思う人間などいないというのに。
「やよいは、事務所にみんな好きか?」
「はいっ」
間髪入れずに答えが返ってきた。
「じゃあ、事務所で誰かが困ってるのを見たら、やよいはどうする?」
「私に何かできないか、聞いてみます」
「それで手伝いを頼まれたとして、迷惑に思うか?」
「そんなこと! ……あっ」
気付いてくれたようだ。
もちろん限度はあるけれど、他人に助けを求めることは決して悪いことではない。
支えあって、助け合って成長していくのがウチの事務所なんだから。
「そういうこと。1人で抱え込むくらいなら、誰かに頼ったり甘えたりしてもいいんだよ」
「……じゃあ、プロデューサーに勉強教えて欲しいです」
「俺?」
学校の勉強というものから離れて久しい俺なんかより、うまく教えられる子が一杯いそうなんだが。
とはいえ、さっきの今で発言をひるがえすわけにもいかないよなぁ。
「俺は厳しいぞ?」
「えへへ、よろしくお願いしますー」
満面の笑みを浮かべるやよい。
この笑顔が信頼の証だというのはわかった。
この笑顔に恥じないプロデューサーであれますように。
それから、車を走らせながら他愛のない話をした。
――ともだちのこと
――家族のこと
――事務所のみんなのこと
信号待ちの車内がふと静寂に包まれる。
規則正しい呼吸の音が、眠りの訪れを告げていた。
束の間の安息を妨げないよう、ハンドルを掴み直した。
***************************
学園祭の当日、敷地内は活気に満ち溢れていた。
模擬店、イベントに全力を注ぐ学生たち。
純粋にお祭りを楽しむ来賓。
そんな光景を背に、3人の少女に向き合う。
「お客さんは、みんながみんな君たちのステージが目当てってわけじゃない」
本番までまだ間がある会場には、まばらに人影が見えるだけ。
ステージを目当てに来る人がそう多いわけではないという事実を知らされる。
「会場にどれだけの人が来てくれるか、どれだけ盛り上げることができるか、君たちのパフォーマンス次第ってわけだ」
早い段階でステージの前に陣取っている一団は、ファンの人たちだろうか。
こんなところでも追いかけてきてくれる人の存在は何よりも心強い。
「任せてなの」
「今日のために一杯レッスンしたんです。大丈夫ですよ」
「みんな笑顔にしちゃいますよー」
まっすぐにこちらを見る彼女たちの目に特別の気負いは感じられなかった。
何時の間にこんなに頼もしくなったのやら。
「心配無用って感じだな。じゃ、俺は最後の打ち合わせに行ってくるよ」
ひらひらと手を振りながら控室を後にする。
彼女たちのパフォーマンスを十二分に発揮してもらうためにも、最終チェックはしっかりやらないとな。
――――――
――――
――
舞台袖から見える景色は、少し前のものとは様変わりしていた。
立錐の余地もない、とはいかなくとも大勢の人が足を運んでくれている。
その光景を目にしても彼女たちが揺らぐ様子はなかった。
なら、俺から言えるのは一つだけ。
「目いっぱい楽しんで来い」
「「「はいっ!」」」
舞台へと駆け出していく3人の背中を見送る。
この先俺にできることと言えば、見守ることくらいか。
「本日は、お招きいただきありがとうございますぅ」
「私たち、頑張っちゃいますから、皆さんも楽しんでいってくださいねー」
「まずは一曲、挨拶代わりにいってみるの。『GO MY WAY!!』」
息の合ったパフォーマンスを見せるアイドルたち。
……相変わらずやよいは滑舌に難があるな。
「うぅー、ちゃんと歌えませんでした」
曲が終わっての開口一番、やよいが頭を抱えてしまった。
「でも、そんなやよいも可愛かったって思うな。みんなはどう思った?」
観客からは同意の声が波のように返ってくる。
……美希、これが狙いだったな。
「ほらやよいちゃん、皆さんもこう言ってくれてるし」
「はわ、みなさんありがとうございますー。でも、次はちゃんと歌いますからねー」
あたたかい笑い声と応援の声と。
早くも観客の心を掴んだ3人の、それからのパフォーマンスは目を見張るものがあった。
――美希は圧倒的な存在感で観客の視線を釘付けにし
――雪歩は繊細さと芯の強さを併せ持った歌声で観客を魅了し
――やよいは舞台狭しと元気に動き回って観客に笑顔を咲かせていた
「いい笑顔ですね」
「……先生」
舞台を見守る俺の傍らに、気付くと先生がいた。
「まだまだ荒削りですが、自慢のアイドルたちですから」
「彼女たちももちろんそうですが、君もね」
無意識の内に手が頬に触れる。
確かに俺は笑っているらしい。
「いい出会いがあったようですね」
「ええ、先生のお陰です」
「私は何もしてませんよ?」
「世の中には、損得抜きで自分を気にかけてくれる人がいる。それを教え貰いましたから」
目を開いてみれば、思い遣りというものは手が届くところにあったのだ。
それに気付くきっかけは、間違いなく先生だった。
「虚ろな目をした生徒が心配になって声をかけただけですよ」
「私には、それが何よりも有り難かったんです」
「大げさですね」
そうなのだ。
この人にとっては親切ですらない、当たり前のことなのだ。
それが俺にとっては稀有な事柄だったとしても。
「さて、舞台ももうお終いのようですね。私は私の仕事に戻るとしましょう」
「ありがとうございました。どうかご自愛ください」
「はは、ありがとう。君も、無理だけはしないようにしてください」
踵を返す恩師の背中に頭を垂れる。
――――――
――――
――
「お疲れ様」
大きな歓声を背に、アイドルたちが帰ってくる。
それぞれに水を手渡しながら声をかける。
「プロデューサー、どうでした?」
水分補給もそこそこに、やよいが勢い込んで聞いてくる。
「お客さんの反応、見えてただろ?」
「ミキたち、竜宮小町みたいにキラキラしてた?」
横合いから美希も身を乗り出してきた。
3人とも、よくお互いをフォローしながら素晴らしいパフォーマンスを発揮していたと思う。
「ああ、思わずプロデューサーの立場を忘れて見惚れちゃったよ」
「えへへ。やったね、美希ちゃん、やよいちゃん」
雪歩も満面の笑みを浮かべている。
色々と任せ切りにしてしまうことが多かったけど、雪歩もさらに成長した姿を見せてくれた。
「うっうー、やりましたー」
みんな、確かな手ごたえを感じているようだ。
やりきった充足感と大きな自信、さらに前に進もうとする意気込みに満ち満ちている。
「それじゃあ、いつものやついきましょー」
いつもの?
疑問符を浮かべる俺をよそに、雪歩と美希が手を掲げる。
わけもわからないまま、2人に倣う。
「ハイ、ターッチ!」
「「「いぇい!!」」」
喜びの声を上げる少女たち。
打ち合わされる手、高く響く音。
伝わってきた熱は胸に小さな火を灯した。
この火がある限り、俺はこれからも前に進める。
そう、確信できた。
<了>
一度自分の中で完結させたものを練り直すって難しいですね
依頼してきま
乙
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