【R-18】由比ヶ浜結衣はレベルが上がりやすい (737)

このスレは『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』の二次創作スレッドです

・ヒッキーとガハマさんがイチャイチャエッチなことをするスレです

・初SSです

・独自解釈や妄想設定バリバリなので突っ込みは無用です

・R-18ですが何分初物なので夜食目的には向かないかもしれません

・初めてでイけると思ってんじゃねぇよこの童貞野郎ッ


以上了承出来る方のみ本編へお進み下さい。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1441033331

めちゃり。

ぴちゃり。

ぬちゃり。

くぐもった水音が静かに響き渡る。

「はむ、はふん、ふむぅ……」

水音に紛れて押しとどめた吐息のように漏れ出す声が内から外から耳朶を侵す。

生々しい吐息の香りと唾液の交換が音の正体。

距離を零まで近づけんと押し付けられた唇と唇、絡まる舌と舌。それは親愛情愛を示す作法だが、数多ある〝それ〟の中で最も情欲に濡れた行為であることを経験と本能が知っている。

「んむ、んぅ……あふ、あん……」

押し付けるだけでなく擦りつけるように、擦りつけるだけでなく吸い付くように。

俺と彼女の心の距離が限りなく近くとも別々の身体に別たれているように、どれだけ欲し、どれだけ近づこうともその距離は零にならない。

激しくねちっこく繰り返されるキスは、その根源が真っ直ぐな欲求ながら決して100%望んだ通りには叶わないもどかしさの証明であるようだった。

性愛は汚れたものだと大人は言う。

でもその欲望は、その心の本懐はひたすら純粋で真っ直ぐなものだ。けれどそこに孕むリスクやマイナスは純粋なものを綺麗なままにはしておかない。社会という集団がそれを許さない。

ああ、今胸を頭を満たす感情はこんなにも直裁なのに。

恥じる事など何も無いのだと、こんなにも雄々しく真っ直ぐそそり立っているのに。文字通り。

「んぅ……」

名残惜しむような吐息と共に唇は離され、糸引く唾液が未練たらしく先までの繋がりを示した。

かつてはキス一つ、抱擁一つでも胸中の感情を処理しきれず大粒の涙を零していた彼女は、幾多の体験を経て今や愛も欲も当然の物だと言わんばかりに受け入れ緩んだ表情で俺の目を真っ直ぐ見つめている。

そして、そんな彼女を見つめ返し湧き上がる俺の感情も至って当然のものだ。

可愛い。

美しい。

いやらしい。

汚したい。

汚したい。

未だ少女性を色濃く残す彼女の全てを、俺の欲望の色で余さず塗りつぶしたい。

材木座「はふん、ふむぅ」

これは期待

そんな俺の胸中を察したのか、彼女は

「ね……ヒッキー……」

掠れたように甘く囁いて、

「……いいよ」

一刻も早く昇り詰めんと張り詰める俺の逸物を手で淡く握り擦り上げた。

今宵既に一度彼女の中に侵入した俺自身は彼女の蜜に塗れており、手が上下する度にちゃにちゃと粘付いた音を立てる。

「あ……ぐ……」

音と同期して下半身に走る淡い電流が、足先を甘く痺れさせ、脊椎を伝って脳に伝わった快楽の情報は俺の意思と関係無く呻き声を上げさせる。

電流は熱を伴い、氷で出来た鎖の如き理性を確実に融かしている。

しかしこれは本気ではない。ただ掠めるように擦っただけで、絶頂させる気など毛頭無い牽制のような責め。

これは俺を煽るための一手だ。

俺の本能を縛る理性の鎖を俺自身に引き千切らせる為の合図だ。

未だ自身の獣性を好きに解き放てない弱い俺への、彼女なりの求めなのだ。

そして、

「気持ち良くなって、いいよ」

出会った時と変わらないあどけなさはそのままに、彼女は妖しく微笑んだ。

少女と毒婦を両立させるその矛盾は、俺が彼女を喰らって良い理由へとすり替わって理性と本能を反転させた。

「ゆ、結衣ッ」

切羽詰まってどもった自身を恥じるヒマも無いと、彼女を押し倒し正常位の形で彼女の入り口に自身をあてがった。

「あ……!」

そこまで俺の行動が一瞬で、彼女が強引さに驚いたのも一瞬。

唐突さに驚いた彼女は、しかし一瞬でその瞳を期待で暗く輝かせ――

〝ぐちゅり〟

「んあッ!!」

躊躇無く体内に押し込まれた衝撃で、容易く身体の自由を放棄した。

「あ、あぅ、んん、んあぅ、ああ あ、ふあッ」

ぐちゅぐちゅと湿った音を立てながら、俺の肉と彼女の穴が上下左右と接し擦られていく。

先の一回目は俺の方が快楽に耐えきれず彼女が達する前に絶頂を迎えてしまった故、今の行われている二戦目は彼女を絶頂させる為のリベンジだ。

既に一度……否、一度目の途中彼女の口内に吐き出したのを含めれば三度目のストロークであり、普段我慢弱く落ち着きのない俺の逸物もそれなりに保ってくれる筈だ。

……筈なのだが。

「はひっ、ひ、ひっきー! ひっき、あぅ、きもちいい、きもちいいよぉ!」

彼女が、俺の名前を呼んでいる。

俺の動きに合わせて、快楽で鳴いている。

俺に貫かれながら、俺の名前を啼いている。

既に一度目の挿入で大きく昂ぶっている彼女の心と身体は、既に異性と快楽を受け入れる為の雌の心身へと代わっていた。

掠れた甘い声は俺の脳を迅速に融解させ、彼女の嬌声に合わせてうねって絡みつく彼女自身と相俟って抵抗しようもないほど俺自身が昂ぶる。

「ぐふ、んぅ……!」

俺の口からも耐えきれず荒い吐息が喘ぎ漏れる。

ヤバイ、もう、そんなに、保たない。

頭の奥底、そして逸物は「我慢する必要は無い」「我慢は身体に悪い」「出せば良くなる」そんな甘言を絶え間なく垂れ流す。

「ひっきぃ、んぉッ、ひっきぃのお、おちんちんが、ああ、あぃ、あつく、て、きもちいい……!」

意識してか天然か、熱に浮かされたような彼女の淫蕩な睦言は更に深度と濁りを増していく。

くちゅくちゅぐちゅぐちゅと、接合部から漏れる水音のスパンも細かく激しくなっていく。

既に俺の下半身の半分は、理性のコントロールから外れ独自に快楽を貪らんと動きを激しくしている。

出して良い、出せば良い。

それが一番俺に良い。

五月蠅い。そんなことは分かってる。

それでも俺が、俺だけが気持ちいいだけなら、そんなものは手前で握って擦るだけの自慰と何が違う。

「あひ、はひ、ひ、ひぅ、ひっきぃ、あ、んむッ!」


押さえきれない衝動を無理矢理に縛り付け、彼女と唇を合わせ、閉じる前に無理矢理舌を口内へねじ込む。

驚いて固まったままの彼女の歯をなぞり、舌を強引に絡め取り、唾液を流し込んで混ぜ合って交じ合う。

せめて絶頂に向かってひた走ろうとする下半身の感覚を誤魔化し抑えんと言うせめてもの抵抗だが、効果は精々が意識を僅かに逸らす程度。

「んん、ん、んん、むは、むぅ……」

寧ろ、次第に自ら口中の交合を求めて行く彼女の動きが徐々に、確実に楔を解き放ちつつある。

じゅる、じゅるり、じゅるじゅる、唾液の混じり合う音。

ぐちゃ、ぐちゅり、ぐちゅぐちゅ、粘膜の擦れ合う音。

どちらも周囲に飛沫を飛ばして濡れに濡れ、肌同士の触れ合いにすら何かのフィルターを通してしまったような錯覚に陥り、胸中の焦燥ともどかしさが一層増す。

それを受けて悦楽に浸り刺激され尽くす逸物も、早く出せ早く出せ疾く出せと内側から本懐を溢れさせんとする。

もう本当に余裕が無い。

「んちゅ、んむ……ふはッ、ひ、ひっきぃ!」

深い口づけを強引に引きはがした彼女の声。

「ひっきぃ!ひっきぃ!んひ、ひぃ!ひっきぃ!あたし、あたし、もう……!」

俺の名前を何度も呼び、それに合わせて細かく痙攣するように震える膣内……彼女も、もう幾ばく耐えられない。

「おれ、も……ぐ、ヤバイ……もう、出そう、だ……!」

最早加減する必要も無い、加減の仕方が分からない。

途切れなく響く交合の音は既に止まれなくなったことの証左。

互いに限界が近い。

ようやく出せる。

気持ち良くなれる。

今よりもっとずっと気持ち良くなれる。

待ちに待った瞬間への期待を同じくした俺の頭と下半身、そして苦しげで切なげに高まっていく彼女の顔はそんな根源的な欲望を俺と共有していることを理解させた。

しかし、

「い、いいよ、ひっきぃ!だして!あたしできもちよくなって!」

先に俺を受け止めることを彼女は主張し、

「ダ、ダメだ!さっきは俺だけだったから、今度はお前が先に!」

俺は彼女を先に上り詰めさせることを主張した。

「やだ!やだぁ!ひっきぃだして!そしたら、あ、あたし、そのあとでいいからぁ!」

「おれも、イヤだ……結衣がさきに、イってくれよ……!」

すれ違い。

こんな時でも、目指す先が近くて明白で、もう動きなんて止められないのに、それでもズレる。

俺は彼女を気持ち良くしたい。

彼女は俺を気持ち良くしたい。

ただ相手を気遣ってというだけではなく、彼女は俺が果てるのを中で感じながら達するのが気を失いそうになるほど気持ちいいと言う。

俺も、彼女が達したのを肉の蠢動で感じながら果てると気が狂いそうになるほど気持ち良くなれる。

相手を気遣い悦んで欲しいのは同じで、でもその先には自分の喜悦があって、お互い目指す極致はそこにある。

偽善なのだろう。

醜い自己満足なのだろう。

だがそれで噛み合い絡み合って、ここまで俺達は続いてきた。

付き合う前から、それこそ出会った当初から変わらずすれ違い続けるのが俺達の在り方だった。

きっとこれからも、何より今この瞬間も。

「あ、あ、あッ、や、やぁ! だめ、もうだめ、だめ、だめだよぅ……あたし、ほんとにもう! ひっきぃ、だからぁ!」

身体を侵す快楽も、心から溢れる情動も、もう止めどなく抑えきれないのだと彼女はその声で、汗で、涙で訴えかけてくる。

そんな彼女の最後の一手、左右に開いて俺の身体を受け入れていた両足で俺の腰を挟み込むように巻き付け、物理的に俺の退路を塞ぎ且つ俺自身を己の奥深くへ押し込み導いた。

「あぐぅ! うぅぅうう!」

「ちょ、おま……ぅあ!」

より内圧の強い深部へと導かれた俺自身に爆発的な衝撃が走り、それはより敏感な場所へ逸物を導いた彼女自身も同じだった。

自爆覚悟……否、そこまでの考えが彼女にあったかすら定かではない。ただ俺の為、自身の為、どちらも総取りにしようという安易で彼女らしい衝動がそうさせたのかもしれない。

そして、

「あ、ちょ、も、出」

この自爆は、彼女に功を奏した。

「で、でる」

もう制止も注意も出来ない、そんな間は存在しない。

一瞬下半身の筋力が全て弛緩し、直後張り詰めた全てが〝ぶつり〟と切れ、ありったけの熱を彼女の中にぶちまけた。

「あ、ああ、ああああ」

我ながら間の抜けた震える声と共に、逸物から全身へ絶頂の快楽が伝わっていく。

だがそれも僅かな間だった。

「!!!!」

俺の射精をそのまま直に感じ取った彼女は、

「うっ!」

ありったけの力を両腕と両足に込めて俺にしがみつきブルブルと震え始め、

「うぅ! ううぅ、うぅぅぅぅうぅうぅぅぅうううっ!」

呻くような嬌声と共に達した。

同時に、射精している俺の逸物を溶かし潰さんとばかりに彼女の膣が絡みうねった。

「んぐぁぁぁぁ……!」

射精している最中だというのに、まだ足りぬと搾られ出される。

三度目の途中で、四度目が始まったような錯覚。或いは本当にそうなったのかもしれない。

自慰、手淫、どれだけ濃厚な口淫ですらこうはならぬとばかりに長く続く射精。

「ひぅっ! あうっ、あぅぅぅぅぅぅぅっ!」

応じて彼女の中の痙攣も密度と濃度を増していく。

強い力で震えながらしがみつく彼女と間の抜けた弛緩と放出を続ける俺は、そのまま俺の肉棒と彼女の蜜壺の構図だった。

電流。

快楽。

身体中で迸り混じり合う物理的な信号と溢れ出る感情がない交ぜになって時間の感覚を引き延ばしていく。

実際は十数秒がいいところ、しかし数分にも数時間にも感じるような濃密な絶頂。

もう自意識すら彼女と混じり合って無くしてしまったのではと思い至り、そんな思考で以て俺はその絶頂が終了したことを悟り、同時に抗えない虚脱感に身を任せ、彼女の上にのしかかった。

「は……はぁ……はぁぁぁ……」

長く抜くような俺の嘆息。

「ひっ……ひっ……ひん……」

しゃくり上げるように短く小さい彼女の吐息。

性感が高まるに合わせて存在を忘れていった汗が俺達の身体を濡らしている。

……あぁ、シャワー浴びなきゃ。

未だ行為の熱と甘く痺れの残る身体の感触を感じながら、それでも急速に正常な温度を取り戻しつつある思考が滑り濡れる身体の後始末の道筋を立て始める。

だが本懐を遂げ大人しくなりつつある本能もまた、行為の余韻と疲労からこのままの静止を訴える。

だから五月蠅いんだよお前ら、まだ終わりきってないんだから静かにしてろぃ。

「ひ……ひ……ひぅ……ぅぅ……」

彼女の息も落ち着きつつあるが、快感があまりに大きかったからか目の焦点が合わず、意識も朦朧混濁しているらしい。

未だ繋がったままの秘所は彼女の呼吸に合わせて緩やかに蠢き、それを感じ取る俺自身は性感よりも温もりを強く感じている。

彼女の体温はそのまま胸までせり上がって心を満たす。

快感を求める欲望も焦燥もなく、余韻が薄れると共に愛おしさが湧き上がる。

もう性衝動は無いが、それでもこの感情の証を立てたい。そう思えばこそ身体は自然と後戯に移った。

「あ……」

彼女の身体を緩く抱き締め背中や足や髪を撫でつつ、唇は胸から首、頬まで口づけていく。

「はぁ……はふ……」

じゃれ合うよりもささやかな刺激を受け、彼女の息は整いその色は夢見るような甘さを含みつつあった。

「ね、ひっきぃ……?」

まだ少し呂律の怪しい発音で彼女が俺を呼ぶ。胸元を唇でなぞっていた俺は応じて顔を上げ、

「ん……」

間髪入れず、彼女の唇が俺の唇と合わさった。

さっきまでのように舌は使わず、ただ触れ合うだけの小さなキス。

たっぷり十秒の触れ合いの後に彼女は唇を離し、

「すき……」

そう囁いた。

心臓がくすぐられたように沸き立ち、落ち着かない。

恥ずかしく、嬉しい。

その返礼にと俺も万感の想いを込めて、

「俺も、愛してる」

そう呟いた。





「『俺も、愛してる』」

「……」

「だって、えへ、えへへぇ……」

「…………」

行為から暫く、諸々の後始末を終え俺達は同じ布団の中でくっついている……全裸で。

季節的にはもう春だが三月の夜はまだ冬の面影が薄く残っている故、布団を被っても着衣はしようという俺のポイント高い気遣いの提案は却下された。

彼女……由比ヶ浜結衣は行為後の余韻をより長く感じていたいらしく、その為に直接肌の温もりを感じられるからと行為後の就寝に着衣は不要と幾度と断言している。

いやもう何度目か分からないくらいだから分かってるんだけどさ、でもやるだけやってその後風邪引くとかなんか馬鹿すぎて目も当てられないんですけど。

しかしこうと決めた女性の決意に男性の腐った部分の代表足る俺が対抗できるわけもなく、まぁ人肌が一番暖まるしな、という一応の言い訳で交渉は終了した。片方が一方的に譲歩しただけのやり取りを交渉と呼ぶかどうかは見て見ぬ振りをする。

今は行為と睡眠の僅かな間に存在する交流の時間、所謂ピロートークの最中である。

あるのだが。

「お前なんなの? 俺の台詞コピって何したいの? 俺のこと辱めたいの?」

「えー、だって嬉しかったんだもん……愛してる、なんてさ、えへ」

……さっきからずっとこの調子である。

普段から悪いとは思っているが、結衣と付き合い始めて二年と経つ今でさえ、俺の童貞心丸出しのグラスハートは常日頃から睦言を避けるように自己主張している。

だって恥ずかしいんだもん、照れるんだもん。

以前の本物発言の後も相当に苦しみスーサイドな気分に陥ったものだが、彼女との行為の後、最中の熱に浮かされ歯も浮く台詞をリピートされてはこうして悶え苦しんでいる。

彼女からすれば貴重希少なデレた俺!みたいな感じで愛で回したいところなんだろうが、やっぱ恥ずかしいんだよこれをネタに強請りが成立しそうなくらいに。

そもそも週に何回ヤってんだってくらい(結衣限定の)ヤリチン状態の癖してなんで俺の心はまだ童貞を患ってんだよ。

チンコの皮剥けても心の皮は剥けないのと同じように、チンコが大人になっても俺自身が大人になるってことじゃないのか。大人の階段昇る、俺はまだシンデレラさ。

「だからさ、もっと言ってよ……好きとか愛してるとか、いつでもどこでも、嬉しいから」

「あー、その、うん……大事なことは口にする度軽くなってくってスナフキンも言ってててだな」

「スナフキン? ムーミンの?」

「そうそうムーミンの。 彼の生き方は正にぼっちの理想、マスターオブボッチってなもんだから俺的には超リスペクトなの」

「スナフキンはぼっちとは違うんじゃ……」

「細けぇこたぁいいんだよ」

まぁ件の台詞は正直うろ覚えで、本当にスナフキンが言っていたかどうかも定かではないんだが。

とはいえ自由を標榜し、孤独を愛し、気ままな旅を続ける彼のライフスタイルは確かに俺にとって憧れであった。もう少しを欲を言えば旅でなくちゃんと家を持って引きこもっていたいが、スナフキンは持ち家否定派だったよな確か。

ともかく彼女も知っていそうなカリスマから言葉を引用すれば、普段の煙に巻く言い回しよりは誤魔化しの効果はあるだろうと踏んだ。

しかし彼女も食い下がる。

「……でも、あたしは大切なことは何度も口に出して、耳で聞いてたいな……そうしないと大事だってことを忘れちゃいそうだから」

「だよな、バカだもんなお前」

「うん、バカだから、あたし」

……場を砕こうと口に出した揶揄も、避けるどころか真っ向から受け入れる。

強くなった。なりすぎてちょっと怖い。

「……大切なことは何度も聞いて、何度もやって、ずっとずっと忘れずにいたいんだ。 あたし、ヒッキーのこと好きだから」

「お、おう」

「だからね、もっともっと好きだって言って欲しい……そう言って貰えて、身体中でそれを感じられるから、もっともっとエッチもしたいよ……?」

何時の間にか背中に回された彼女の手にぎゅうと力が籠もる。

千葉県産柔らかメロンが俺の胸に押し付けらて形を変えるのが感触で分かる。

あー、あー、あー、拙い拙い。

これは落ちる、落とされる。マズイですよ!

恐ろしいのは、これが狙ったものではなく彼女が本心をぽろりと口にしただけの天然である可能性が濃厚ということ。

かつては素直に想いを伝えられず踏み込んでは避けられて、その末に自分の気持ちを無かったことにしようとした由比ヶ浜結衣。

そんな彼女だから、勝ち得た愛を失わない為に本能がそれを求め保持する最善手を打ち出し続け、それを実行し続けるのだろう。

何時からか棘が刺さったままの心臓が、ずきりと痛み、軋む。

半ば慢性化した幻痛に、未だ俺は慣れることができない。

きっと慣れてはいけないのだ。

「……いやでも、今日は流石にもう無理っぽいんだが」

「あ! いや違くて! 今すぐしたいってわけじゃなくて! また今度で、あ、明日にでも!」

「分かった、分かったから落ち着け、な?」

「う、うん……」

顔を真っ赤に伏せる彼女の様子があまりに可愛いらしく愛で回したい衝動に駆られるが、動けないし直視も出来ない。

何故って、多分……というか確実に俺の顔も燃え上がらんばかりに真っ赤になってるから。

これさっきのが一発で終えてたくらいなら彼女の言葉と感触でそのまま次戦に突入していただろう。言葉も態度も可愛らしいのに、醸し出す空気は吸うだけで酔っ払いそうなくらいに蠱惑的だった。

まだ肌を合わせて一年程度だというに、何時も間にここまでレベルが上がっていたのやら……。

「……もう一年経つんだね」

あれ、心読まれた?

さとりなの?

お前そこで渇いてくの?

「ヒッキーがこの部屋で……一人暮らし始めて、もう一年だよ」

あ、そっちですか。

ちょっとほっとした。

「? どしたの、溜め息なんて吐いて」

「いやいや何でもないから気にすんな……思ったより早かったな、一年」

「そうだね……色々あった筈なのに、気付いたらみんな昔の出来事って感じになってるの」

「なんとなくだけど分かるな、お前が夏休みの自由研究に捕まえた蝶々の羽ばたきが発端になって総武高の治安崩壊が始まったのももう何年前かってくらい」

「大学の課題で自由研究とかそもそもなんで昆虫採集!? 総武も不良の学校になんてなってないよ!?」

「いやほらアレだよ、大学の懐の広さはお前の知的レベルにも合わせてちゃんとカリキュラムを組んでくれるって話」

「バカにすんなし! あたしだってヒッキーと同じ試験受けて合格したんだから! バカにしすぎだからぁ!」

「……裏口入学じゃなかったっけお前」

「大丈夫だって大小判押してくれたのヒッキーじゃん!」

「うるせぇな、もう深夜なんだから静かにしてろよ」

「煽ってるのヒッキーの方だからね!?」

……とまぁ、女性らしさとか色気を身に付けても変わらないところがあるのは安心出来るというか、溜め息の原因追求を煙に巻く為の誘導は見事なまでに嵌ってくれた。

このように、変わるものもあるし、変わらないものある。

どちらか一方に固執するでなく、どちらも受け入れ己の血肉にしていくこと。

それを教えてくれたのは、間違いなく目の前でぷくりと頬を膨らませる彼女だ。

思い出されるのは彼女と触れ合ったこの一年、俺達は一体どんな切っ掛けで今へ至ったのだったか――

プロローグこれにて了、そして今日の投下はここまでです。
次回から一年前の回想が始まります。
多分一週間以内には投下出来る筈なので、期待して下さる方はお楽しみに。

乙 やっぱ結衣ちゃんが一番ですわ 続き期待

乙です!
期待します

ええやん

こういうのを待ってた

期待

乙です!

神スレ

やはりガハマさんこそ王道。期待

どうも>>1です
「潜在的需要は高いだろうに数の少ないガハマSSでエロやれば天下取れるぜ!薄い本はガハマ本が一番多いしなガハハハ!」
などとバカの欲望丸出しで書き始めたわけですが、それでも想像以上に反応が良くて寧ろ罪悪感に押しつぶされそうだぜヘヘ……
かと思えば別作者さんのガハマSSが同じタイミングで始まりあちらはこっちと比べものにならないクオリティで吃驚
『結衣「おかえり、ヒッキー」八幡「……いつまでヒッキーって呼ぶんだ」』は超面白いから皆読もう!

とまぁそれはさておき、上述の通り好感触がどうにも嬉しくて「一週間なんて待たせない、とっとと書いちゃうわ!」と
出来る限りの力を以て執筆してみるも流石に一日じゃ無理だなって……一日一沙希の人って凄いね本当
とりあえず八幡が一人でキモい独白やら回想やらする導入部だけ完成したんですが、こういうのって出来た端から投下してった方がいいんでしょうか
プロローグは全部完成してから投下しようと心に決めてたわけですが、こういうのってレスポンスが大事だと見る側としては感じるんですよねぇ

何かご意見ご要望あれば書き込んで下さいな、もしかしたら参考にするかも?
ともあれ宜しくお願いします

うぜえ

とりあえず>>1のやりやすい方法でいいんじゃないか?
まとめて読むのがいい人もいれば短いスパンで少しずつ読むのがいい人もいるからさ

とりあえず自由にやっちゃってくれー
楽しみに待ってる!

自分語り長いわwwww
まあ楽しみに待ってる

黒歴史になるので、自分語りは控えた方がいいですよ

エタらなければ、1が書きやすいようにしてもらって大丈夫です

読者様は親切なんだよ

ピコーン

結衣「ヒッキー!またレベル上がったみたい!!」レベルタカーイ

こういう話かと

なんともレベルが高いエロだった

SS本文の投下以外はいらないから

自分語りとか寒いだけだからやめろ

どうも>>1です(笑)

コピペになりそう

どうも>>1です。
まだ一話完成はしてませんが、調子に乗ってあれこれ書き加えてたら際限なく文量が増えてしまい一度の投下量が多くなり過ぎるもアレなので現時点でキリのいいところまで投下します。

あ、前半部分ってことでエッチなシーンはありません。
エッチなシーンはありません。大事な事なので二度以下略。

①由比ヶ浜結衣はまず触れるところから始める



「これで、よしッ……と」

安価な組み立て式の簡易本棚を組み終え一通りの家具は配置が終わった。

小物類は未だダンボールの中に収まったままだが、手強そうな物は大体仕留めた。他は追々必要に応じて出して行けばいい……という分かり易い怠惰フラグを立てる俺参上。

だって仕方無い、もう日が暮れかけてるもの。カラスが鳴いたら帰りましょうとお約束の時報が鳴り響いてるんですもの。

大きめの物は買わなかったとはいえそれでも結構な重量の荷物を運び続けて腕はパンパン足もダルダル。こういう時手伝ってくれる友達がいないからぼっちはつれーわーマジつれーわー。

……言わずとも手伝おうとしてくれた奴はいたが、いずれも細腕でそもそも手伝わせるのも憚られるような面子だった為、選択肢など最初から無いも同然だった。

正直進学後も実家に寄生する気満々だった為こういう苦しみを味わうつもりはなかったのだが、それでも苦境は一度乗り越えれば良い経験で、人生を彩る大切な教訓を残してくれる。

今回の場合は、そうだな……「もう二度と引っ越ししたくない」かな。

そんな益体もない思考は程々に、この後入り用になるテーブルとクッション、食器、今宵の寝床を用意して作業は終了だ。

そしたら一先ずマッ缶キメて、時間が来るまで仮眠でも取ろうか――

三月下旬、東京と千葉の県境に近いアパートで俺は一人暮らしを始めるところだ。

受験戦争は見事都内有名私大の席をゲットする大勝利に終わった。

俺自身多少通学に時間がかかっても実家暮らしの安心感を捨てる気は無かったのだが、普段よりも喜色の滲み出る態度で両親へ戦果報告をした際俺に対しての反応としては珍しく勝利の喜悦を共有しながらも「良い機会だからお前家出てけ」と開幕で顎尖端を打ち抜かれ俺は比企谷家のリ(ビ)ングに大の字で倒れたのだった。

その後なんとか8カウントで立ち上がった俺は、

・未だ不況を抜け出せぬ折、都内の一人暮らしを許容出来る経済的余裕は比企谷家にはあるまい
・そも一人きりの寂しさに耐えかねて家出をしたという前科を持つ小町を置いてはいけない

という伝家の宝刀ワン・ツーで立て直しを図ったのだが、それぞれ

・こういう時の為に放任気味になってでも二人で無理して稼いできて、その貯蓄がある
・ここで不良物件がいなくなれば結果的に負担も減って今よりずっと早出遅帰は抑えられる
・そもそも小町は生徒会入りしたお陰で帰りも程々に遅く以前のようなことにはならなかろう

という最もなカウンターを決められ同ラウンド二度目のダウンという瀬戸際に追い詰められ、件の小町が外野から

「一人暮らしなんて出来るときにやっとくべきだよお兄ちゃん! それに都内にタダで泊まれる別宅が出来るって思えば小町的に超々ポイント高い!」

と我欲を隠す気も無く興奮気味にラビットパンチを決めてきた為、俺は為す術なくKO負けを喫することになった。成功した者は皆すべからく努力しているけど俺はサクセス出来なかったよ会長……。

諦めて一人暮らしを受諾した俺の目の前でこれで何を憚ることなく小町とスキンシップを取れると某○る夫ばりに本音を隠せず喜んでいた親父に向けられた比企谷女性陣の凍てついた視線は今思い出しても胃がキリキリするぜ、潰瘍に鬱病不可避だろこれ……親父が。

まぁそんなこんなでさらば千葉よ!新たなる旅路!(バァーン)で第三部完ッ!して東京でダイヤモンドが砕けない第四部を開始するところなわけである。グレートですよこいつぁ。

どうも>>1です。

「と、いうわけで! 改めて結衣さんとお兄ちゃんの合格、そしてお兄ちゃんの独り立ちを祝しまして! かーんぱーい☆」

「かんぱーい!」

「……乾杯」

「ンモーお兄ちゃんってば、今回比率的には主にお兄ちゃんの為の宴会なんだよ? もっともっとアゲてかないと! 結衣さんもいるんだから!」

「そうだよヒッキー! ひとり暮らしとかあたし超うらやましいもん! もっと嬉しそうにしようよ、テンション上げよ! ね!」

「んなこと言われてもなぁ」

比企谷八幡スレは基本sage進行でオナシャス。

設営完了から二時間後、僅かな仮眠で生気を蓄えた俺は部屋を訪れてきた小町と由比ヶ浜を迎え入れ、こうしてささやかな宴会に参加している。そのお題目は小町の言うとおりだ。

と言っても参加者は俺、小町、由比ヶ浜の三人という本当にささやかな内輪の飲み会(アルコール無し)の様相で、空回りだろうと何時ものノリを崩さない小町とそのテンションに付いていく由比ヶ浜、そして空気読む気全く無しの俺の組み合わせは開始時点から絶妙な空気を醸し出していた。良い空気とは言っていない。


「まぁお兄ちゃんは何時も通りのお兄ちゃんだから置いといて……ごめんなさい結衣さーん、本当は小町が料理作りたかったんですけど時間無いし、作るにしても不慣れなキッチンでの仕事になりそうだから今日は出来合いの惣菜ばっかりで」

「いいよいいよ、スーパーのお総菜も美味しいし、小町ちゃんにばかり作らせるのも悪いし……今日は小町ちゃんの進級祝いも兼ねてみんなでみんなのお祝いってことにしようよ!」

「うはー! 結衣さんやっぱり優しくて小町的に超ポイント高いですよー! これは何年後かには結衣『お義姉ちゃん』になってる可能性大かなー、なっててくれないかなー? ね、お兄ちゃん♪」

「お、おねえちゃん、て、えへ、えへへぇ……ヒ、ヒッキー、どうしよう?」

「……そこで俺に振るんじゃねぇよ」

女三人寄れば姦しい……とか温いこと言ってんじゃねぇぞ、この故事を作ったのは誰だぁ!二人で充分過ぎるくらい五月蠅いっつーの。

特に口やかましい面子とはいえ二人でこれなのだから本当に三人寄ったらどうなることやら。

去年見事に生徒会役員の座を射止めた小町曰く今日は一色も来たがったらしい。が、どうにも外せない用事があるらしく参加はお流れになったとか……正直助かった。それにあいつに住所とか知られるのは色んな意味でぞっとする。一年前の進級直後、もう奉仕部もないし俺も受験生だというのに生徒会活動の補助補佐雑用にと引っ張り回された日々を思い出し、あいつのことだから卒業生という実質部外者になった俺にも雑用を押し付けるために接触してくるのではないか……そんな悪い想像を巡らせる。


まぁ何事もなく受験を終えた身としてはこれらも良い思い出と言えなくもないし、色々と事情があったとはいえ結果的に生徒会長という重責を押し付けることになってしまった一色が、あの手この手で各行事をこなし生徒会長として成熟していく様を見るのは雛の巣立ちを見守る親鳥の気持ちというか、育て上げたモンスターが無双し始めるのを見つめる快感というか。

成長という概念に対して常に疑問符を貼り付けていた俺にとって、こうした一色の肯定的な変化は成長という現象を信用させるに値する力を、それこそ由比ヶ浜と同じくらいに持っていると今は思う。だから『良い思い出』なのだと。

そして思い出に裏付けされた感覚が、もっと深いところにあった感傷を呼び覚ます。

もしかしたら、一色ではなくこの場にいたかもしれない本当の三人目。

お互いに幻想を抱き合い、歪な共有でも同じ場所にすれ違いの希望を見出し合って、だからこそ離れた――離れざるを得なかった少女のことを、否応なしに思い出してしまう。

心臓が僅かに軋む。

刺さったままの棘が鼓動の震えで神経をかき乱す。

痛みじゃない、気持ちいいわけでもない。

それでも忘れ得ぬ、だからこそ忘れられない感覚。

俺の決断に涙を零しながら、それでも精一杯の笑顔で再会を誓い合った、誰より強いのに何より弱かったあの――


「……どしたのお兄ちゃん、難しい顔して」

「え、あ……わり、ちと考えごとをな」

「本当もうごみいちゃんなんだから……宴の席で嬉し泣き以外の渋面はNGだよ? ただでさえ顔面にハンデ背負ってるんだから、最低限愛想くらいよくしないとキャンパスライフって荒波は乗り越えられないよ?」

「お前が何で大学生活を語ってるんだよ女子高生……俺は大学でも悠々自適にボッチるんだからいいんだよ、つか顔面ハンデは流石に毒キツ過ぎて泣くぞ俺」

「思う存分泣けばいいと思うよ? そしたら結衣さんに慰めてもらえるし。 それに結衣さんと同じ大学に通えるのにあんまり変なこと言わないの。 ね、結衣さん?」

「…………」

「あれ、結衣さん?」

「え、あ! ごごごごごめん小町ちゃん! ちょ、ちょっと考えごとをしてて、あははー」

「んもーなんか微妙な空気……折角の宴会なんだから二人とももっとアゲよ! アゲましょう結衣さん! アゲアゲ!」

「か、唐翌揚げー!」

そうして二人は割り箸を握って惣菜の唐翌揚げに突き刺すと、立ち上がって疑似唐翌揚げ棒を掲げて邪神への祈りを捧げ始めた。ハーゴン倒したからシドーが来る!のか?


あまりに阿呆丸出しな二人の様相に半ば呆れつつも、鬱々と沈み込むしかなかった思い出へのダイブから引き上げてくれたことには感謝の念を抱く。口に出せば思い出の内実へ話が及びかねないから、決して口には出さず、なるべく顔にも出さないよう努める。

そして、今はカラ元気でカラ揚げを掲げる(旨味ギャグ)由比ヶ浜。

恐らく彼女の思考もまた俺と同じところへと沈みかけていたのだろう。きっと俺の顔から、感情の匂いから俺の裡側を察し、互いに共有した傷を撫でてしまったのだ。

俺と彼女の傷は場所も深さも、きっと痛みの質も違う。

それでも同じ時間に同じ原因で以て刻まれた傷を持つ者同士、思うところも察するところもある……感受性が高く他人の傷や感情に敏感な由比ヶ浜であれば尚更だろう。

……俺は一体何をしているのだろう。

俺の選択は、決断は、彼女――由比ヶ浜結衣の涙を見たくなかった、その為のものだった筈だ。

彼女の笑顔を守る為のものだった筈だ。

なのに彼女は気が付けば暗い部分へ沈み込むような顔をして、その原因は俺の迂闊さに他ならない。傷付くところを見たくない、傷付けたくないとこんなにも願っているのに。

否、以前から……それこそ彼女との関係が始まった一番最初から、彼女を傷付けていたのは俺だ。俺だけが由比ヶ浜結衣の心を無神経に踏みにじっていたのだ。


一年前、進級前の俺達に訪れた転機。

比企谷八幡と由比ヶ浜結衣は、大切な場所と引き替えに互いの想いを受け入れ合った。

しかしここ一年は受験もあって学生らしい交際は控え、ただ目的地に辿り着くために切磋琢磨し奮闘した。

それが受験勉強を言い訳に、変わってしまうかもしれない彼女との変わってしまった関係を直視することから逃げたということなのだと、俺は今もそれを否定出来ずにいる。彼女と寄り添うことを決めたこと自体が、ただ自分へのダメージを最小限に留めるための方便であった可能性も。

かつて居場所を共有していた二人の少女は、それぞれが持つべき物と目指すべき場所を抱えて前へ進んだ筈だ。

だのに俺だけは大事な約束と大切な感情の重さに足を取られ、ホームの廃墟、その出口から一歩も踏み出せずにいた。


「それでですね、いろは会長が声かけただけでコロッと態度変えちゃうわけですよ! 男の人って単純ですよねー」

「はー、相変わらずなんだねいろはちゃん……」

宴もたけなわ、というか料理を食べ終え後は残ったジュースとお菓子を消費するだけという段になって幾分二人のトーンは落とされた。

そんな二人の会話を傍で聞いている俺は洗い物の真っ最中である。

普段なら小町が率先してこういう些事は消化するしそれに触発される形で由比ヶ浜も手伝いを主張するだろうが、未だに自罰的で鬱々とした思考の抜けきらない俺はただ何もせずにいることの方が億劫で、二人を抑え込んで強引に仕事を受け持った。

何にせよ仕事を肩代わりしてもらったこと自体は嬉しかったらしく俺の行動はポイント激高だったようだが、お約束の様に各種洗い物道具を買い忘れていたことでポイントは大幅に下落し増加前より下回る結果となった。ちなみに小町は道具一式惣菜と一緒に買ってくれていたらしくそれに助けられる形で今こうして仕事に没頭出来ている。やだ……八幡的に超ポイント高い……。

二人が口を付けているコップを除いて全ての食器の洗浄は終了し、学生の身分ではそろそろ……という時間だ。終電の危険は無いし二人の実家とそう極端に遠い場所ではないが、それでも歳頃の娘を男の一人暮らしの部屋(一日目)に何時までも置いておくもんじゃない。何より、同じく気持ちが沈み込むにせよ関係した相手と同席した状態よりはまだ一人の方がマシだ。またしてもぼっち最強が証明されてしまった、敗北が知りたい……勝ったこともないが。


「……んじゃもう遅いしお開きにしようぜ、送ってくわ」

「えー、まだ結衣さんと……ってうわ、もうこんな時間? ちょっとはしゃぎすぎちゃったかなー」

「隣室から壁ドン(誤用)されなかったのが不思議なくらいのはしゃぎ振りだったぞお前ら、あんまり遅いと俺がどやされるんだからこの辺で切り上げとけ」

「そだね、じゃあ家捜しはまた今度にして帰りましょうか結衣さん」

「おい今何か不穏な単語が」

「気のせい気のせいベッド下とか本棚が二重になってるとかそんな分かり易い期待なんかしてないから……結衣さん?」

「え、あ……そだね、もう遅いもんね」

かくいう由比ヶ浜、チラリと俺を見て目が合うと真っ赤になって慌てて顔を逸らした。逸らした先には彼女が通学に使っていた見慣れたリュックがあり、チラチラそれと俺とを見比べている。

……これ、さっきの俺起因で態度がおかしくなってるの引き摺ってるってわけじゃないよね。何か期待されてるよね。かなりストレートなヤツを。


「そうそう未成年はとっととゴーホームだ、東京は怖いとこだからな知らんけど」

彼女の期待に、俺は応えられない。少なくとも今は応えるわけにはいかない。

だからここは由比ヶ浜が踏み込んでこない内に先手を打つに限る。ここは諸々有耶無耶にさせてもらうしかない。

普段の人懐こさから押しの強いイメージがある由比ヶ浜だが、その実他人のテリトリー意識には敏感で決定的に踏み込むことを躊躇してしまう節があり、犬は犬でもご主人様の許しがなければ甘えたりおねだりも出来ないナイーブな犬なのだ何それ可愛い。だから主導権さえ渡さなければ流れはこちらでコントロール出来る筈だ。

筈だった。

だがこの場にいるのは俺と由比ヶ浜だけではない。

小悪魔が一匹、もじもじと顔を赤くする由比ヶ浜とそれを見て見ぬ振りする俺を見比べ、

「……ふふーん?」

などと可愛らしくも悪戯っぽい微笑みを浮かべてみせた。


「あーそういえば結衣さん今日はお兄ちゃんとあんまりお話出来てないですよねー」

「あ、そ、そうだねー、ちょっと残念だけど」

あ、こいつの考えてること分かったわ。わざとらしく棒読みで話を振る俺の妹がこんなに小憎らしいわけがない……小憎らしくない?

「おい小町とっとと帰る支度を」

「お兄ちゃんはちょっと黙ってて」

アッハイ……じゃねぇ、今は拙いんだってマジで!

そんな俺の焦燥など知らぬとばかりに、寧ろ知ってて泥沼への野道を切り開いていくマイシスターである。煽りをやめてー小町をとめてー。

「紆余曲折を経て愛し合うようになった二人が碌に触れ合えないまま引き離されてしまうなんて小町耐えられない! 結衣さんもこのままお兄ちゃんと離ればなれなんて嫌ですよね? ね?」

「あ、愛し合うって……」

小町の言葉に首まで真っ赤にして口元を抑える由比ヶ浜さんマジ可愛い。マジ可愛い。大事な事は反復するのが流儀である。あと小町、流石に表現が大袈裟過ぎてわざとらしいんだよ減点だ減点。

「と、ゆーわけーで! お兄ちゃん、今晩は結衣さんを泊めてあげなよ!」


「は?」

ハァ!?と別に吃驚したわけでなし、この展開は予想済みでありだからこそ避けたかったのだけども……だが実際耳にすると幾分軽くはなっても驚きは素直に口から漏れ出た。

そして俺以上に露骨に反応したのは由比ヶ浜だった。知ってた。

「えぇぇえぇ!? ここここ小町! ちゃん! ななななな、何言ってんのっ!」

「いやいや結衣さん小町には分かってますよ? 単に引っ越し記念パーティってだけじゃそういうリュックは必要ないですよねー……お泊まりグッズ入ってますよね? 最初から期待してましたよね?」

ニヤニヤ意地悪く笑う小町。やめろ、今その気遣いは俺に効く。やめろ。

「な、なんで分かるの小町ちゃん!?」

お前もそんな分かり易い反応するんじゃないちったぁ誤魔化せ。あと気付いた理由は小町ちゃんと言ってるから人の話は聞いときなさい。

「大好きな彼氏のお引っ越し、離ればなれってわけじゃないけど開いてしまう距離、それが寂しくて側にいたくて衝動的にお泊まりの準備して、でも口に出せなくて……いや可愛らし過ぎて小町もドッキドキですよ!」

「あぅ、あぅぅ……」

もうこれ以上は赤くなれないってくらいに赤くなってあうあう口から漏らす由比ヶ浜さんがしつこいようだがマジ可愛い。略してマジカワ。あんまり略せてない。


しかし本当に可愛い。可愛すぎて理性とか決意とか土台からガタガタになってる、これ以上はダメだ耐えられない。ここは多少強引にでも、実力行使やむなしと押しきるしかない。

「おい小町、いい加減に」

「黙りなさい」

「はい……」

弱ッ、俺弱ッ!

いや普段の小町からは考えられないような凍てついた視線と声色なんですよ。小町……何時の間にそんな冷たい目が出来るようになったの……比企谷家は暗殺一家じゃないんで嬉しくもなんともないです。

そういやこれに近いの親父が喰らってたっけ。アレ、俺の扱い親父と同じになってる?俺ピンチ!

「とまぁそういうわけで愛し合う二人を邪魔するのも悪いから小町だけ先に帰るねー大丈夫小町はお兄ちゃんと生徒会のお陰で強く逞しく育ったから一人でも生きていけるよ心配しないでそれじゃー二人ともまた今度ー!」

「あ、オイ!」

と引き留める俺の言葉は擦りもせず、思わず赤光を幻視するくらいの早送りであっという間に支度を整えた小町は赤い残像を残して部屋から出て行った。界王拳かトランザムか、世代的には後者かな。あいつガンダム全く見てないけど。


そんな小町の正しく暴走した諸動作に二人して呆気に取られること二十秒、それでも内心どうしたものかどう対処するかと思考を巡らせていると、横合いから視線を感じた。教室にいると四方八方から何時でも蔑視を錯覚する敏感ぼっち肌!というのは今回関係無い。

熱っぽい視線。もどかしく、嬉しく、恥ずかしい、そんな感情を向けられているという確信。

横合いをチラリと見れば、案の定由比ヶ浜は座り込んだまま俺の顔を見上げていた。顔は赤いまま呆けたように、それでも僅かに不安か期待で先を思い、患う乙女の表情で。

「ヒッキー」

甘い、響き。

「ッッ!?」

〝ぞくり〟

〝どくり〟

背筋、寧ろ脊椎の中身を直接撫でられるような直接的な寒気と電流。

心臓、仕掛けられた爆弾を起爆されたかのように跳ね上がる熱と鼓動。

普段彼女に対して感じている日だまりのような暖かさであるとか、さっきまでの女の子らしい可愛さとか、気付けば擦り込まれていた印象が紙切れのように感じられるほど、今の由比ヶ浜の姿は容易く俺の脳と心臓に焼き付き、無理矢理に居場所を確保した。


心臓に突き刺さった棘が杭になってガタガタと震え出す。

上行大動脈か何かが傷付いたような錯覚、心臓から血液という血液が噴き出し流れ落ちていく幻覚。

拙い。マズい。まずい。

中学の時分、もう二度とそうあるまいと誓って封印した欲が、鍵付きの鎖を引き千切って自意識の水面へ浮かび上がろうとしている。

かつての俺ならば、こんな状況でも勘違いだ何だと屁理屈強弁捏ねくり回して誰の評価なぞ知ったことかと逃げ出すことも出来たろう。だが今はもう、何が大切な物で、誰が大事な人なのか、自分で自分を誤魔化すことが出来なくなってきている。

俺は弱くなった。二年前から続くあの日々は、弱くなければ乗り越えられなかった。

そんな弱くなった俺が、大事な人と一晩同じ部屋。

都合の良い未来の妄想と起こり得る悪い現実の想像、二つがかけられた秤がシーソーのように上がり下がりを繰り返している。本能の語る明るく幸福な未来の話は弱者にはあまりに魅力的で、本来ペシミストの俺が理性の語る悲観をまともに把握出来ずにいる。


でも……ダメだ、それだけはダメなんだ。

悲劇の可能性がゼロにならない限り、俺はきっと踏み出してはいけない。無責任という荷物を、今の俺は背負いきれない。

今の俺がどれだけ間違っていて、どれだけ情けない醜態を晒していたとしても、これ以上は間違えられないし醜い姿を見られたくない。

彼女にだけは、由比ヶ浜結衣にだけは。

だから堪えろ、押さえつけろ。これは彼女の為であると同時に俺自身の為なんだ。

由比ヶ浜の存在によって解放された欲求を、由比ヶ浜の存在によって強固になった理性で抑え込む。

落ち着け、俺は冷静だ。クールだKOOL。

他者から向けられる親愛情愛が勘違いでないとしても、それを受けて行う俺自身の行動が勘違いでない保障など無い。事故っても恋愛保険なんてないんだからな、十対零の一方的過失で破産待ったなしだクソったれ。

考えつく限りの最悪の展開をあれやこれと脳髄に叩き込み欲の色に染まりかけた自意識を沈静させる。胸に手を当て、暴れ回る早鐘を大人しくさせる。


落ち着け、何時も通りだ。簡単だ。

顔筋が硬直し、眉が寄って顰めた顔になっているのが自分でも分かる。

「……ヒッキー?」

彼女の声が、俺の表情に戸惑いを覚えて聞こえるのも。

心配するな。

あと少し、あと少し。

あと少しだから。

……………………。

…………。

……。

よし。


「由比ヶ浜」

不意に何時もの顔に戻った……筈の俺を見て、声を聞いて彼女はびくりと反応した。

気にしないで手を差し出す。

「早く立てよ、送ってくから……今ならまだ小町とも合流できるだろ」

OK、何時も通り。鏡を見れば俺の目は何時もの様に活力を感じさせない死体のそれと同じになっているだろう。

彼女の手を握って立ち上がらせたら早いとこ小町と合流してあいつの罵詈雑言とか冷たい目を上手いことやり過ごして二人を家まで送ってダッシュでここまで帰ってきて何も考えないように布団を頭まで被って今日のことは眠って忘れよう。

座ったままの彼女が腕を上げるのを見て、予定通りと安心する。


安心していたのに。

彼女は差し出された手をスルーして、指先で俺のシャツの袖を摘み、淡い力で引っ張った。

「え」

「ヒッキー」

彼女が俺の顔を見上げ、俺の目を見つめてきた。

さっきの表情から呆けた色が消えて瞳が潤み、濡れた表情になる。

心臓が、止まる。

そして、不意打ちで完全に無防備になった俺に打ち出されるトドメ。

濡れて、震える、掠れた声で、

「あたし、まだヒッキーと一緒にいたい……帰りたく、ない」

〝殺し文句〟

その字面の意味を、俺はこの時身を以て知った。

前半はここまでです。
後半(エロ有り)は早ければ日付変更何時間後か、それが無理でも明日の昼か夜には投下出来ると思います。

しかし我が文ながら読みづらい、もちっとテンポとか改行とかSS用に意識した方がいいみたいですねー。

あと単にコピペしただけの筈なのに変な文字が追加されてるところが。

唐翌翌翌揚げ×
唐翌揚げ○

です。
これもsagaで防げるヤツなんでしょか。

乙 今のままでも良いがね
>>67
防げる

乙 特に読みづらいとは思わないぞ 後半期待

乙です

ヒューwwwwwwww

乙です

どうも>>1です。
今宵投稿予定でしたが、まーたバカみたいに長くなってきたので前中後の三分割になる可能性が出て来ました。
三分割になった場合中編は勿論エッチなシーンありませぬ……イチャイチャエッチってなんだっけ……?
ともあれ早ければ22時、遅くとも日付変更直後くらいには投下出来ると思うので暫しお待ち下さい。

むん

>>1です。日付変更直後の投稿は無理でしたァ。

ですが現在急ピッチで執筆中、なんとか三分割にせず投下出来そうなので三十分刻みで投稿タイミング計ります。
なんとか一時までには……暫しお待ちを。

どうも>>1です。
遅れましたが完成しました、今から投下します。


「それは、その……拙いでしょ、色々」

止まった心臓の鼓動を把握できるまでたっぷり時間を使って、その後も混乱した脳味噌が返答に窮したっぷり一分考えてひねり出した返事がこれだった。死にたい。墓穴があったら入りたい。プレインズウォーカーなら黒1マナで好きなカードを墓地に送れるぜやったね!

「マズくなんてないよ、だってあたし……ヒッキーの彼女だから」

で、二秒と待たずに返ってきたのがこれですよ。くすぐったいこしょばいい可愛い嬉しいええいどうしろというのだ。

「それに、今日はもしかしたら泊まるかもしれないってママに言ってあるし」

What are you talking about?

「え、いやお前、言ってあるって……あ、女友達の――三浦とか海老名さんとか、その辺の新生活の手伝いに行くっつって出て来たんだろ? ダメだってこういう嘘は割とバレ易いんだからボロが出ない内にとっとと」

「ヒッキーのとこ行くって、言ってあるの」


「は?」

は?

スゲェ、思考と言葉が同じタイミングで全く同じ言葉を発したよ……いやんなこたぁどうでも良くてだな!

「バッカじゃねーのお前! 何言ってんだよ何言っちゃってるんだよ! 何言ったか分かってんのかお前!?」

「バカって言わないでよバカっ! ちゃ、ちゃんと意味分かってるし許可も貰ったんだからねっ!」

「うううう嘘仰い! 歳頃の娘を持つ母親が、こんな得体の知れない男の下に送り出すとか、お前……」

「嘘じゃないし! パパ誤魔化しといてくれるって言ってたし! ママからヒッキーに伝言も預かってるし!」

「……ちなみに、なんて?」

「『娘のこと、末永く宜しくお願いします』って」

「アッハイ」

じゃねーってだから! ガハママさん防犯意識緩すぎじゃね!?

「ふ、ふかしてんじゃねーってお前……」

「だから嘘なんかじゃないし……ママ、ヒッキーのこと気に入ってるし、パパいないときにヒッキーとどうなったとか、どこまで進んだとか、よく聞かれるもん」


あぁそういえばこいつの部屋で一緒に受験勉強してたとき、やたら差し入れがリッチだったり妙に豪勢な夕餉にご相伴与ったり結構露骨だったな……話振られるときもやたらニコニコしてたし、妙に距離感近くて良い匂いして慌てて由比ヶ浜が引き離しにかかったり。ちょっと危ない状況だったかもしれない色んな意味で。

「だからって、だから、歳頃の娘の親が、ありえねーだろそんな……」

「じゃ、じゃあ確認してみる?……電話で」

そう言うと由比ヶ浜は僅かな操作を経て自分のスマホを躊躇無く差し出した。画面には「ママ(記号省略)」と表示されている。

これマジなヤツじゃないですかやだー。いや本当どうすんの、どーすんの俺。続きはWebでってことでこの場はまからないですかね。

どうしたものかと脳細胞を加速させ、黙り込む俺。

そんな俺をどれくらい見つめていたか、由比ヶ浜は意を決したように言葉を発し始める。

「……ヒッキー、今からちょっとズルいこと言うね」


ズルい。

それは今より俺達の関係が離れていた時期に彼女が口にした言葉。

それに纏わる記憶がフラッシュバックし、さっきまでのように由比ヶ浜の〝女性〟を感じて震えていたのとは違う、鋭く真っ直ぐ貫くような痛みを胸に感じた。

「あたしと、その、つ、付き合ってから……キスした回数、覚えてる?」

そんなん覚えてるわけねーじゃん毎日何回してるか分かんねーくらいなんだからさHAHAHA!

……なんて言える状況じゃない。砕いて良い空気じゃないことくらい、分かる。

「その……二回だったよな、確か」

「うん、二回。 あたしの誕生日と、クリスマスの時」

それも、彼女がねだった二回。

これも痛みを伴う現実だ。三年に進級してから、受験勉強を言い訳に各種イベントはスルーにスルーを重ねていた。その例外が彼女の言うとおり、由比ヶ浜の誕生日とクリスマス。

「じゃあ、ちょっとした買い物とか寄り道じゃない、ちゃんとデートだって一緒に出かけたのは?」

「……ディスティニーの、シーのアレは付き合う前でいいんだよな、そしたら……い、一回」

「そう、一回だけだよ」


去年のホワイトデーに、それまで伸ばしに伸ばされ、一度は彼女の方から違う形で消化されかかったデートの約束、それを俺達は果たした。そこでお互い幼稚で無様な感情をぶつけ合って、その奥にあった想いを伝え合って、俺達は恋人になった。

でも恋人になってから勉強ばかり言い訳に使って、二人ともおめかしして揃って出かけたのはクリスマスの一回。それも夕食の前には解散してしまうような儚く短いデート。プレゼントの交換とその際のキスを除けば、風に吹かれて飛んでいってしまいそうな淡いお出かけ。

「……もういいじゃん、受験終わったよ? あたし、ちゃんと出来たよ? だから……あたし、欲しいよ」

彼女の瞳が再び潤み始める。

その色は赤や桃じゃない、青みがかった悲嘆の色。

ぞぶり、心臓に刺さる棘が増えて、鼓動の度に伝わる痛みはその量を増した。

「こんなこと言うのズルいって、あたしも分かってるけど……もっとヒッキーと近づきたいし、恋人らしいことしたい……一年我慢したんだもん、もっともっとヒッキーに、愛して欲しいよ……」

彼女の悲しみと渇望は目尻に溜まって、臨界を越えては頬を伝って流れ落ちていった。

ああ、違うんだ。違うんだよ由比ヶ浜。

ズルいのは俺だ、悪いのは俺だけなんだよ。

何時までもお前と向き合いきれず、自分の感情すら心の何処かで疑って、それでもお前を突き放せない俺だけが罪人なんだ。


「……ごめんな、情けない彼氏で。 本当に……」

「あ、あやまらなくて、いいよ……あたしも、泣いたりして、ごめん、ずるいこと言って、ごめんなさい」

俯いて、鼻声で、ぽろぽろ涙を零しながら彼女は言った。

……もう拒むことなんて出来やしない。

「……分かったよ」

「え……?」

「いいから、泊まりたかったら好きにしろよ」

「あ、ひ、ひっきー……」

ここに至ってもぶっきらぼうで真っ直ぐ言葉をぶつけるのを忌避した言い回しなのに、彼女の溢れ出す涙は量を増して、だがその顔は喜色に緩んだ。

同時に、俺の胸中も重さから解放されて晴れやかに開いていく。我ながらなんと現金な心臓だ。

それに合わせて欲求を認められたと早合点した本能が理性をねじ伏せて過剰なアピールを始める。

確かめたい、彼女の愛と柔らかさを確かめたい、確かめさせろ。そう叫んでいる。

悪いが、それはまだ早い。大人しくしていろ。

そしてそれを由比ヶ浜にも、

「ただし」

「?」

「同じ布団じゃ寝ないし、最悪俺は違う部屋に行く。 それを認めなきゃ、俺は今からネカフェに行って夜を明かす……そこが妥協のラインだ」


「あ……」

また曇る。

胸が痛む。

何度過つ、何回繰り返す。

でもこうするしかない、そうしなければ先に待っているのは抗いようのない破局……その可能性だ。

悲観的過ぎるし、消極的すぎる。分かっているが、僅かにでも見える破局の影は俺にとって死の宣告に等しい。

「悪いが、万が一ってのは避けたいんだよ……チキンだからな、俺は」

「う、うん……」

彼女がその〝万が一〟を多少ならず期待しているのは分かる。だがそれが愛を渇望するが故の意識なのか、それとも欲を突き動かす衝動なのかは分からない。俺自身が判別を付けられていないのに、他人のそれを理解出来るわけがない。

彼女と同じ部屋で勉強していた時から幾度と襲いかかってきた欲求。

それの何処からが感情で何処までが衝動なのか、その解を得ない限り彼女の肌には触れられない。恐ろしくて、触れることが出来ない。

失敗の傷を過剰に怖れる無力な子供、それが今の俺だった。


時刻は日付変更間近。

互いに風呂に入って一日の汚れを洗い流して身を清め、後はもう布団に入って眠るだけだ。眠るだけなんだよ性の時間なんてやってこねぇんだよ。それは九ヶ月後だ。

そして灯りの落ちた部屋には寝間着用のジャージに着替えた俺がフローリングの上に転がり、ピンクの可愛らしいパジャマを着込んだ由比ヶ浜は布団の中に身を収めている。ベッドはデカいし重いから追々と考えていたのが裏目に出てしまった。

いや仕方ないんだって、だってこんなに早く来客用の寝具が必要になるなんて思わないもの。俺用のワンセットしか持ってきて無かったんだよ。寧ろ以後泊まりの客は絶無と認識して増やさないまである。

まだ肌寒い三月の夜、流石に掛け物無しでは風邪引き待ったなしなので仕方無くコートをダンボールから引っ張り出して毛布代わりとする。ここ何年か春間近という時期に豪雪で阿鼻叫喚という経験を何度かしてきている為、念のためにと持ってきていたコートに計らずとも助けられた。

枕はさっきまで使っていたクッションを代わりにしている。勿論俺の使っていたヤツをだ。これが小町のだと色々拙いしもし知られた時何を言われるか分かった物じゃないし、由比ヶ浜の使っていたヤツなど論外だ論外。危険が危ない。


そう、ただでさえ気を使いに使って不測の事態に備えている俺だ。既に想定された危機は俺の身を浸食しつつあり、これ以上の危難やダメージはどうしても避けねばならない。

そう、燃え上がってるんです。

立ち上がってるんです、俺のガンダムが。

正しくは勃ち上がってるんです、俺のRX-78。

これは世界全人種の男性諸兄になら須く理解頂けるだろう生理反応、それこそ脊髄反射のレベルで無意識の内に血液を集めてバンプアップしがちな男の象徴。こいつの前にこれ見よがしに餌をちらつかせたらどうなるか……語るに及ばず。

結局俺達は泊まりを決めて何時間か、互いに座ったまま微動だに出来ず喋ることすら出来なかった。そのまま就寝の時間が近いと察するや既に掃除を済ませていた風呂にお湯を張り、一番風呂を由比ヶ浜に譲ったのだが……これが拙かった。多分逆でも拙い。俺詰んでた。

弾ける水温と部屋に漂う由比ヶ浜の残り香がどうしようもなく妄想と劣情を喚起し、風呂上がりのしっとりとした由比ヶ浜の柔肌と髪の毛は産毛が逆立つほど濃密な色気を振りまいていた。この時点でもう限界まで張り詰めてました。バレないようにするのが精一杯でしたとも。

由比ヶ浜のシャンプーの芳香が充満する風呂場は更に息子の情操教育に悪い環境で、いっそのことここで一発大人しくさせたろかとも本気が考えたが、由比ヶ浜にバレたらそのままリストカットして生命的な意味で果てるまであったので止めといた。俺だって……命は惜しい……。


……本当はバレる危険を冒してでも、最悪バレてでも下半身への血流を止めなければならなかったと、今コートの中で身を丸めながら後悔している。破局の可能性を何より恐れながら、その可能性の低減と最悪の展開の芽だけは摘んでおかなかったなど笑い話にもなりゃしない。

そしてその最悪の展開の芽が、今まさにその存在を自己主張しているのだ。狼が腹を空かして、はよしろはよしろと理性を煽り急かしている。背中の向かい側に、美味しそうな子羊が無防備に身を晒しているぞ、と。

由比ヶ浜の気持ちさえ考えなければ、今すぐにでもネカフェに行って時間を潰せばいい。その際個室を借りエロ動画でも使って徹底的に放出し切ってしまえば尚善し。問題は、その由比ヶ浜の気持ちを考えないという選択が取れないという点だ。つまり最初から選べない死んだ選択肢だ。

次善の選択肢は別室で眠ることだ。幸い学生の一人暮らしには過分な良い部屋を宛がって貰っていて、男一人の寝室に使うには問題の無い別室があり、俺だけそこで眠ることを提案したら、

「……傍にいてくれないの?」

と涙目になられた(可愛い)ので頓挫した。そりゃ彼女が期待していることを考えれば当然ですよねーですよねー。


モヤモヤとした熱……そうとも言い切れないような湿っぽさを胸中に抱え、寝返りも打てずに丸まって内側に向く力を強める。

這い上がる衝動を堪えて考える、愛とはなんだろう。

中二病を患った者の内にはアレコレ大袈裟に考える人間もいるだろう。それが世界の全てだと短絡的な衝動に繋げて恋愛至上主義へと暴走するリア充も、悲観して打ち捨てて諦観を標榜する高二病もいるだろう。以前の俺は後者に属しながらどちらに対しても陰で唾吐く捻くれた外れ者だった。

今は、少なくともそれを欲しがることを否定できない。寧ろ積極的に欲しいと願っているかもしれない。

だが欲しがっている者の本質はなんだ、それの意味するところはなんだ。ただ欲望が理性を納得させるためにでっち上げる方便なのか。それとも本能がせめて基準をと敷いた感性のレールかルールなのだろうか。

今俺の頭と胸を支配しようとするこれは愛なのだろうか。

大事に思えばこそ傷付けない、傷付かない選択肢は無いと恩師は言った。それがある時期俺の指針と原動力になってもくれた。だがちょっとの傷が感染症に発展しかねないように、ただの骨折が重い後遺症になりかねないように、傷を怖れ、無傷で生きていこうとすること自体間違ってはいない筈だ。実際には無傷で生き抜くことが出来ないとしても、傷を怖れ痛みから逃げること自体は生物の本懐と言ってもいいのではないか。

人間は消耗品かもしれないが、俺は由比ヶ浜という存在を消費したくない。歳経て見目が移り変わっても、由比ヶ浜結衣には由比ヶ浜結衣で在り続けて欲しい。それは過分な願いなのだろうか。愛ではないのだろうか。

ならば彼女を……彼女で気持ち良くなろうという俺の裡の衝動は? ただ可能性や選択肢の問題で手を伸ばしているに過ぎないのか?

何度間違えても問い続ける、それは俺の求める一つの形だった筈なのに、いざ手に入れば間違えることがこの上なく恐ろしい。

それが単なる自身への自己愛の発露だとするなら、俺はそもそも由比ヶ浜を……。


違う違う違う違う違う、それだけは断じて違う。そこだけは間違っていない。

大切で、抱き締めたくて、でも傷付けたくなくて、そんな身勝手でねちっこくて面倒な願いが偽物であるものか。それを心から信じたいと、そう思うことは決して間違いじゃ――

「……ヒッキー」

暴走し始めた思考を止めたのは由比ヶ浜の声だった。

「どうしたの? さっきから唸ってるけど……具合、悪い?」

深夜という時間帯故か、彼女の声に平時の突き抜けるような明るさはなく、小さく籠もるような声音。そこに心配の色が混じって、彼女らしい優しい響きを醸していた。

「いや、なんでもない……」

気が付けば身に被るコートを握りしめ、皺を作っていた。汗こそかいていないが脳細胞の過負荷が全身に熱を伝えている。

特に下半身が……ヤバい。思考への没頭は一時的に屹立の事実を自意識から隠蔽し遮断したものの、その麻酔が切れた今は過負荷の熱で更に昂ぶり逆に感覚が曖昧になりつつあった。

「大丈夫だからとっとと寝とけ、慣れない寝床でウダウダやってると眠れない内に夜が明けちまうぞ」

ぶっきらぼうに言ったのは諸々誤魔化す目的があったが、恐らく寝返りうってこちらを向いてる彼女の顔を直視すまいと顔を向けずに言ってしまった為、寧ろ突き放す感じで由比ヶ浜には過剰に効いてしまったかもしれない。


「でも、あたしヒッキーと話したいな……お風呂入る前、緊張しちゃって全然できなかったから」

寂しさが滲み出る、寧ろそれを隠す気のない彼女の声色。

また心臓の棘が揺れる。出勤通学前に寂しがって縋り付いてくる犬を見るのってこんな感覚なのかしら。

「……明日でいいだろ、もう遅いんだから」

「ううん、今じゃないとダメだと思う」

今。由比ヶ浜はそう言った。

「なんで」

「あたしもよくわかんない、わかんないけど……今だって思ったら、次同じことしても『違うんだ』って思っちゃいそうなの」

「……抽象的過ぎて分かんねぇ」

「だよねーあはは……」

誤魔化すような笑い。何時もの由比ヶ浜のバカっぽくて、でも安心する響き。

「でもね」

そこから、凜とした色。


「あたし、今ヒッキーと話して……ヒッキーに、近づきたい」

ぱさり、多分布団がめくれる音。由比ヶ浜が上体を起こした音。

「近づいて、もっと、もっと、ヒッキーと……」

衣擦れ。多分立ち上がった。

振り向けない。

「もっとヒッキーのこと、知りたい……感じたいよ」

気が付けば、彼女の声はずっと近い。多分もう俺の真後ろに立ってる。

振り向けない。

振り向けない。

マズいんだ。

「やめろ、由比ヶ浜……それ以上は」

「やだ」

声はもう耳元。吐息がかかる。匂いが漂う。

「ねぇヒッキー……こっち、向いて?」


「無理だ、だから、布団、戻れよ」

ぶつ切りになる俺の言葉。

近い。近い近い。無理だ、これ以上は。

殆ど反射的にコートを巻き込みより強固に丸まる。

焦りに焦る俺の内心を知ってか知らずか、由比ヶ浜は、

「にひ」

と、その表情を容易に想像させる声を漏らすと、

「……こしょこしょこしょこしょ!」

「ひ!?」

……俺をくすぐり始めやがった!

「ちょちょちょひ、おま、ま、やめひ、やめろって!」

「ふふーん、やめて欲しかったコートどかしてこっち向いてよー」

とんでもない実力行使だ、人は苦痛には耐えられても快楽には耐えられないってクランシー柔術の後継者も言ってたしな! なおこれが快楽とは言っていない。

「ふは、はひひ、ひ、ほ、ほんとやめめめめ、やめないと……!」

「やーだー……とりゃ!」

くすぐり慣れでもしてるのか、的確に急所を責めるそのマル秘フィンガーテクニックに俺の鉄壁はあっさり骨抜きにされ、俺は仰向けにされた上コートをはぎ取られてしまった。

あ、ダメだコレ。


「へへ、コート取っちゃ、った……!?」

コート、取られちゃった。

仰向けにもされちゃった。

もう隠すものないです。

由比ヶ浜も、俺がここまで強固に突っぱねてきた理由を思い知ったろう。主に視覚で。

「やめろって……言ったのに……」

両手で顔を隠す俺、多分可愛い……くない。

コートの下、突き上がって布地でピラミッドを形成するズボン……俗に言うテント状態。それを由比ヶ浜に……よりによって由比ヶ浜に見られてしまった。折しも今夜は月が明るく、差し込む月光は電灯の光がなくても容姿の確認も簡単に行えてしまう。

小町にすら見られたこと無かったのに……もうお婿に行けない……。

これは無様に下衆な興奮してたのがバレて由比ヶ浜に悲鳴上げられてそれに反応した隣室の正義漢にここまで突入されて取り押さえられて警察呼ばれて手が後ろに回ってその気は無かったんですそれでも僕はやってないと主張しても受け入れてもらえず人生詰んでゲームオーバーってパターンだなヒッキー知ってるよ。

最悪の展開、そして最悪な未来を容赦なく脳細胞がシュミレートする中、それでも屹立したままのマイサンが憎らしい……全部、全部お前のせいだ!親の監督責任なんて知ったことかよ!


「ヒ、ヒッキー……!」

明らかに由比ヶ浜が戸惑ってる……サラバ愛する人よ、俺はもうお前と一緒にはいられないのだ……とか口にも出来ず思考を暴走させていると、唐突に、

〝ツン〟

「!?」

俺のを、由比ヶ浜が指先でつつきやがった……!

「わ!」

突然の刺激にびくりと電流でも走ったかのようなリアクションをした俺に驚く由比ヶ浜。

「お、おま! いきなり何してんの!?」

「え、その……お、男の子って、こんな風になっちゃうんだって、思ったら……」

もじもじ目を逸らす由比ヶ浜(可愛い)……いやいや可愛いけど、でも迂闊過ぎる!

「……なんで、こんな風になっちゃったの?」

そしてこんなこともじもじ聞いてくるんじゃない。俺の中の餓狼が、こいつが出ちまうッッ!

「なんでって、お前……状況、考えろよ」

「?」

首傾げやがったぞ……こういう展開期待してたんじゃないのかコイツ。それとも年若い男女が一つ屋根の下で抱き合ってキスしたらコウノトリがキャベツ畑ってくらいの認識だったの?


「……か、彼女が、隣で寝ててお前、そんなん……期待しちまうんだよ無意識に、男なら」

そして勢いに乗って言ってしまう、というか言わされる俺。何これ羞恥プレイ?全然気持ち良くないんですけど……。

「きたい……」

期待、と口中で反復する由比ヶ浜は、ようやくそれの意味するとこに思い当たったのか、しゅぼん、と音がしないのが不思議なくらい一気に赤くなって悲鳴を…………悲鳴?アレ?

見やれば由比ヶ浜は耳まで赤くして俯き、そのまま止まってしまう。

予想外の反応だが寧ろ助かった。ここは畳みかける!

「だ、だから止めたろ危ねぇんだって! 俺だって男だしその、勢い任せでお前にって、流石にそれは最悪だろ……ゴ、ゴムもねぇしな! やっぱアレだからネカフェ行ってくるわ! そこでたっぷり出せばもう大丈夫だから待ってろって!」

……明らかに言わなくて良いことまで言ってますね。しにたい。

だがこの勢いは寧ろ今はプラスだ、この状況なら由比ヶ浜も傷付く傷付かないってとこまで考えなかろう。暴走気味でもこのままこれを盾に押し切ってしまえ!

そのまま立ち上がり、着替えも忘れて外に向かおうと意識を向けたところで……右腕に抵抗を感じた。

何時間か前と同じく、座り込んだままの由比ヶ浜が俺の袖を摘んでいる。


「……し、でも……る?」

赤い耳で俯いて、それでもぼそぼそと何かを。

「あたし、でも、できる?」

ぼそぼそと、何かを

「ヒッキー、じ、じぶんで、しちゃうん、だよね……?」

お前は、何を。

「あたしでも、ヒッキーに……ヒッキーの、して、あげられるかな?」

なにを。

「え、えっち……は、むりって、ヒッキー言ってるけど……あ、あたしも、手なら、あるよ……?」

ナニ、を。

「ヒッキーの、あたしが、シてあげる」


どうしてこうなった。

今すぐにでも立ち上がって踊り出したい。

でも今踊ると外見的に拙い、何せ……。

「こ、これが、ヒッキー、の、なんだ……」

ゴクリと喉を鳴らす由比ヶ浜の見つめる俺は、布団の上に仰向けで寝転がっていた……下半身裸で。

まな板の上の鯉でもここまで開けっぴろげな状態にはなるまい。比企谷家末代までの恥だ、今すぐ腹切りたい。

……焦燥とか、緊張とか、色々混じりに混ざってあの後俺は正常な判断能力を失った。いやそれは今もなんだけど、不思議と暴走はしなかったしする気も起きなかった。あれだけ俺の精神を揺さぶった狼達は、据え膳は据え膳でも自分達で召し捕る獲物より与えられるペットフードを選んだらしい。この飼い慣らされた家犬どもめ!

でもまぁそれに助けられた感はあるし、何より、

「じゃ、じゃあヒッキー……は、はじめる、から」

由比ヶ浜に、あの由比ヶ浜結衣に抜いてもらえるという状況は、あまりに現実味が無く、故に魅力的だった。


これなら由比ヶ浜を傷付ける心配もなく俺の性欲も発散出来る、なんて素晴らしい解決法!どうしてこれを思いつかなかったんだ!でも分かってる、多分これ思いついても提案したら死ぬほど惨めになってそのまま自死選んじゃう。ナイーブなんです思春期男子。

だから、この提案が由比ヶ浜からのもので正直助かった……同時に、これ以上ないほど興奮した。その証拠に逸物は触られる前から限界まで張り詰めている。

そんな怒張を見つめる由比ヶ浜は、

「ど、どうすればいいの、かな」

などと真っ赤になって俺に聞いてきた。

自分からすると言っておいてやり方は分からないんですね……知ってたら逆にショックだけど。

「あ、その……最初は優しく撫でる感じで、先っぽとか」

「わ、わかった……!」

ムフー、と分かり易くヤル気の息を吐き出し、由比ヶ浜は意を決して屹立した俺自身に手を伸ばした。

そして、彼女の暖かく、柔らかく、きめ細かい肌をした手が、尖端を、

「ッッ!!!!」


ビクン。

我ながら情けなくなるくらい、過剰に反応してしまった。

当然由比ヶ浜も驚いて手を引っ込めた。

「あ、ご、ごめんヒッキー! 痛かった!?」

「いや、吃驚しただけだから……気にすんな」

勿論フォローする。いや想い人のファーストタッチってこんな感じじゃないスかね? それとも俺がBINKANなだけ?

「だ、だいじょぶなんだ……良かった」

「ああ……それと、多分続けてるとこんな反応度々するだろうけど、大丈夫だから。 気にせず続けて良いから」

「う、うん」

戸惑いながらも、俺の助言に再び意を決したようだ。

……正直、期待が沸き上がってきてる。

さっきのは気持ちいい、というよりくすぐったくて過剰に反応した感じだったが、性感というヤツがそのくすぐったさの向こう側にあるものだと、自慰経験豊富な思春期男子なら誰もが知っているだろう。

あれほどの感覚が、全部性感に変わるとしたら? それを長く継続的に味わえるとしたら……?

ゴクリ、今度は俺の喉が鳴る。


「じゃあ改めて……はじめるね?」

幾分緊張が解れたのか、声も表情も僅かに柔らかくなっている。

そして、彼女の指が再び俺に触れた。

「わ」

今度はぴくりと僅かな反応に、由比ヶ浜の方が声を漏らす。

淡くカリを撫でられる感覚がそのまま背筋を通り抜けて全身に巡っていく。

くすぐったい。

くすぐったいが、もうその半分は性感に変わってきている。

「わ、わ……」

俺の反応や逸物の感触が興味深いのか、驚嘆の声は続く。

由比ヶ浜の指先が、指の腹が、掌が、尖端を撫で擦っていく。

ヤバい。ヤバい。ヤバい。

今の時点で、自分の手で握るのとは格の違う感覚。

他人の手というだけで……それが由比ヶ浜の手というだけで、こんな。

「どう? ヒッキー」

俺の目を見つめて、由比ヶ浜が問うてくる。

何時もなら長くて一秒合わせて俺の方から視線を逸らすだろうが、今は照れも恥ずかしさもない。もっと優先すべきものがあって、羞恥など二の次だった。


「あ、ああ……気持ち、いい、な」

魅惑の感触に途切れ途切れの俺の返答を聞くと、

「そ、そっか……えへへ」

嬉しそうに微笑むと、手の動きが僅かに速くなった。

「あ、う……」

ぶつ切りに伝わってくるようだった感触が、一つに連なり快感の紐になる。

断続的に刺激される逸物がぴくりぴくりと反応するが、俺の助言を受け入れた彼女はそれに構わず俺自身を撫で回していく。その範囲は何時の間にか尖端だけでなく竿の部分にも及び、紐の連なりが帯になって全体が快楽を伝えてくる。

そして、

「あ……先っぽから……」

突如現れたぬるりとした感触にまたビクリと大きく反応してしまう。その感触と彼女の台詞から、先走りが漏れ出したことに気付いた。

だいじょうぶ?

彼女が目で問うてくる。

「それは、その……気持ちいい証拠、だから……それを全体に塗っていくみたいに」

「あ、うん……」

言われたとおり、漏れ出した液体を巻き込んで尖端から竿まで擦るように触れていく。粘着質な水気の感触に、限界と思われた俺の逸物が更に硬く張り詰めていく。


「……男の人も、ぬれちゃうんだ」

ぽそりと彼女の声。

男の人も。

『も』?

「男の人『も』って、お前」

思わず問うてしまった。だって仕方無いじゃない……。

単なる生理現象の共通項として口にしたのか、はたまたそれは彼女自身の……。

「へ……あー! べべべ、別になんでもないから! 気にしないで!」

あまりに露骨な反応をする由比ヶ浜、そしてその反応は俺に触れる彼女の手にも表れ、撫で回していた指がそのまま俺の竿を握る形になった。

「ぅおッ!」

唐突な圧迫に、今まで一番大きい反応をしてしまう。そしてそれに気付いた由比ヶ浜も、

「あ、ごっごめんヒッキー! い、痛かったよね!?」

流石にこれはダメージになったろうと由比ヶ浜は手を離す。だが……

「ま、待て由比ヶ浜、大丈夫だから……今のも気持ち良かった」

「え、そ、そう、なの……?」

「あ、うん、そうだから……続けてくれ」

寧ろ続けて欲しい。期待感が高まり、もう躊躇もない。

何せ先走りで全体が濡れて、次は待望のアレだからだ。


「さっきみたいに握ってくれ」

「う、うん」

言われたとおり由比ヶ浜の手が俺の竿を握る。限定的ながら包まれるような感触に背筋がぶるりと震える。が、

「……もうちょい強くて良いぞ」

「こ、このくらい?」

「もうちょい」

言われただけでは俺の反応に解を出せなかったのか、握る力は淡く、弱かった。それでも気持ちいいし高まるは高まるが……折角の機会だ、一番良い感触を求めたい。一番良いのが、欲しい。

「……えい!」

そんな俺の期待に応え、掛け声と共にぎゅっと握り込んでくる。

だが握りつぶされるとか、痛みとかとは無縁な程度。寧ろ丁度良い塩梅だ。

「ああ、それくらいで……それが、いい」

柔らかく暖かな由比ヶ浜の手で、由比ヶ浜の手で、きゅっと圧迫される。たまらない。

そして、いよいよ。

「そしたら……握ったまま、上下に、擦ってくれ」


「え、それ痛くない……の?」

「いやほら、濡れてるだろ今……それに、これが野郎が自分でするときの定番なんだよ」

「そうなんだ……じゃあ、今からが本番ってことなんだ……」

本番。

その単語。

意図するところが違うのは明白なのに、ただその言葉を使われるだけで、興奮を抑えられなくなる。

「……動かすね」

言葉を合図に、ストロークが始まった。

〝にちゅ〟

「うお、ぉ……」

電気が走った。

本当に冗談でなく、そのくらいの感触と衝撃。

まだおっかなびっくり、確かめるような遅さだが、それでも感じる快楽はこれまで自分でシてきた記憶の中の感触では到底及ばない。

この遅さで、この感覚。

深淵。

底の見えない穴の淵に立った、そんなイメージ。

知りたい。もっと。もっと。

落ちたい。

堕ちたい。

「もっと、速く」

取り繕う気もない短く直截な俺の要求。


「……うん」

戸惑わず、素直に頷く彼女。

〝にちゅにちゅにちゃにちゃ〟

粘付いた水音を響かせながら由比ヶ浜の手が上下する。

ストロークの度にカリから竿から、背筋へ絶え間なく快感が流し込まれていく。

触れられていた時は一々タッチされる度に敏感に反応していたが、今の連なりきった快楽は寧ろ表皮の感覚を鈍くし、代わりに内側から高まってり満ちていく感覚が膨れ上がっていく。これが限界にまで達すると、それは。

「う、んく、うう、ぐぅ……」

自分でする時などどんなに良くても喘ぐことなどなかったが、今のこの快楽に声が漏れ出ないわけがない。

「ふぅ、ふぅ、ふぅ、はぁ……」

擦る由比ヶ浜も、驚きや好奇心に満ち溢れたような表情から切なげに吐息を漏らす〝女〟の顔になってきている。そして、

「……ヒッキー!」

何を堪えきれなくなったのか、俺の名を呼ぶと半ば飛び込むように俺の隣に添い寝の要領で寝転んできた。


「う、わ……!」

密着し、半身で彼女の身体の柔らかさを感じ取る。また硬直が増す。

「ひっきー、ひっきー、ひっきー、ひっきー……!」

何処か呂律が妖しくなり、擦る度に俺の名を呼び始める。それがまたどうしようもなく昂ぶらせる。

気持ち良い。

気持ちいい。

きもちいい。

出したい。

出したい。

だしたい。

ださせろ。

くっつく由比ヶ浜の体温と感触、同時に更にスピードの増したストローク。

〝にちゃにちゃにちゅにちゃにちにちみちゅみちゅ〟

更にに溢れ出してしととに逸物を濡らす先走りと、加速と比例して淫猥さを増す粘質の音。

張り詰めて、充ち満ちて、逸物はもう弾け飛ぶか溢れ出すしかない。


落ちている。

堕ちている。

限界だ。

げんかいだ。

「ゆい、がはま……も、でる……!」

「ひっきぃ……出ちゃうんだ……だしちゃうんだ……!」

「お、う、でる、から、とびでる、から……てぃっしゅ、てぃっしゅを」

もうお互い呂律がまともに回らない。辛うじて用件だけ伝えるのが精一杯。

それでも意は伝わって、しかし彼女は、

「いいよ……だして、いいよ……」

ティッシュを使わず、空いていた左手で俺の尖端を包み込んだ。


「お、ゆ、ゆいがはま!」

擦られる俺自身が見えなくなる。彼女の両手に包まれて、見えなくなる。

包まれる。先から竿まで余さず。

全体を暖かな感触が覆う。

それは、由比ヶ浜の〝中〟を、想像させるに充分で。

「あ、でる、でる、でる!」

最後の一線を、急加速で走り抜けた。

「あ、あぁぁ、ぁぁ」

目の前が真っ白に……そんな錯覚。

上半身の感覚に使われているリソースが全て下半身へ集中し、そのまま、

どぶり。どぶり。

彼女の手の中に白濁を吐き出し始めた。

「うわ、わ、わ、わ、わ……」

熱に浮かされた声で受け止める感覚を伝えてくる由比ヶ浜。

熱さが尖端から抜け出ていく度、堪えようのない快楽が暴れ回って自我を削った。

どぶり。どぶり。

びくり。びくり。

処理の追いつかない強烈な感触は、彼女のストロークが止まってもその残滓を求めて腰を上下に動かさせた。

今まで自慰では、自慰くらいでは感じられなかった長く大きな射精と、それに伴う悦。

これを求めていた筈の本能も、その強烈さに耐えきれず理性と一緒に何処かへ消え去っていた。


放出の余韻にぴくぴくと痙攣し、残った甘い痺れを堪能する。

何時の間にか射精は終わっていて、それを認識すると余韻はそのままに全身が深い疲労感に包まれ意識を曖昧にした。

「ゆいがはま……?」

傍らの柔らかさが消えていたことに気付き、ふと視線を上げると彼女は両の掌をじっと見つめていた。

「これが……ひっきーの……」

掌には、俺が放出した白濁。

彼女はそこに顔を、鼻を寄せた。

「すごいにおいがする……」

平時なら心臓が跳ね上がるような行動と言葉にも、多くが抜け落ちた今の俺にはどうも実感が湧かない。

「ん……」

そして彼女は、そのまま手の上の精液に舌を寄せ、舐めた。

ぴちゃり。

「……へんなあじ」

顔を顰めて暗に不味いと言うが、それでも彼女は舐めるのをやめなかった。

ぴちゃぴちゃと音を立てながら俺の吐き出した欲望の証を舐めきるのを、俺はボーッと見つめていた。


その後は二人してシャワーを浴び直し身を清め、今度は由比ヶ浜の要望により同じ布団で眠りにつくことになった。

もう狼の影はなく、全身を包む気怠い疲労感が再度の欲望の隆起と理性の細かな思考を奪い取っていた。

さっきまで忙しなく動いていた脳細胞のいずれもが動きを止めている。

俺だけでなく由比ヶ浜も、布団に入って、ぎゅっとくっついて、互いの身体の熱や感触を感じても、無言。

そのくらい強烈な体験で、そこで吐き出し切ったのか本能は性欲と繋がらず、そういえば昼間から引っ越しで疲れていたと今更思い出し、もう由比ヶ浜のことを気にする余裕もなくあっという間に眠りの闇が這い寄ってくる。

眠る寸前、眠気と疲労で曖昧になる意識は本能が去って尚胸の中に残った何かを知覚したが、それが何なのか認識する思考も無くしていた俺は睡魔に抗えず、夜闇に意識を融かしていった。

これにて今夜の投下分、第一話終了です。
流石にちと眠いので次回投下予定等はまた後で。

乙です
素晴らしい…

すごい引き込まれてくね
たくさん見たい!

どうも>>1です。
突貫作業だったとはいえ誤字多いし最後の方無理矢理感強いしで反省中。

内容がもうイチャエロじゃねぇって感じですがこういう流れは三話までになると思うので暫しお付き合い下さい。
次回はまた一週間以内、早ければ二、三日って感じで。

待ってる
頑張って

期待してます

どうも>>1です。
二話のプロットと執筆を並行で進めてますが、また果てしなく長くなりそうなので
暫くは二分割三分割って感じではなくキリのいいとこまで書いたらその都度投稿って形になりそうです

いやエロスレなんて皆オカズ目的だって分かってるんだけど、でも本番に至る過程ばかり力入っちゃうんですよね
セックスは挿入より前戯が重要だってばっちゃが言ってたから……

とりあえず今晩22時以降投下出来るかもなので期待せずお待ち下さい

期待してるー

期待

俺も過程好きだよ 期待してる

どうも>>1です
23時半から投下予定です

今回は
・エロ無し
・オリキャラあり
・ガハマさん出番少なし
の絶望三本立てでお送りしますすみません許して下さいなんでもしますから

オリキャラと言っても精々今回と次回くらいにしか出番のないモブみたいなものなのでご容赦


一年、特に前期の講義は大半が必修科目で、何処に行っても見た顔見た奴ばかりで辟易する。だが実際には顔も名前もハッキリ覚えちゃいないのがぼっちの仕儀。

だだっ広い講義室で誰とも隣合わずぽつぽつ疎らに座る学生達を前に教授か講師が静かに話を進める……そんなものが大学の講義に対するイメージだったのだが、現実には既に作られたグループが広範囲に渡って座席を占拠し、講義の最中もひそひそ雑談を続ける高校までと変わらない教室模様がそこにはあった。寧ろ席を指定されていない分その自由混沌ぶりには磨きがかかっていると言ってもいい。

当人達は後部座席で声を潜めバレないよう振る舞っているつもりだろうが、ぶっちゃけ会話隠れてないからね聞こえてるからね? コーギツマンネーとかキョージュブサイクーとか教壇の教授まで絶対届いてるからね?

しかしそのキョージュ殿はそんな様子も慣れたものと言った感じで無視し、淡々と講義を進めて行く。教育だか教室の崩壊が叫ばれて久しい昨今、教職の人間もああいう鋼の面の皮とかメンタルじゃないとやってられないんだろうなぁ。

面の皮の厚さでは俺も負けてはいなかろうし俺には教職が天職か? でも卒業したらもう二度と学校なんかにゃ関わりたくないしそもそも働きたくないので淡い夢は妄想の内に溶けて消えていった。人の夢と書いて儚いと読む、どこか物悲しいわね……あの世界って使用言語日本語だったのか……。

益体のない思考を走らせながら同時にペンも走らせる(見た目は)真面目学生の俺。というか必修科目落として再履修とか殆ど留年に等しい苦行なので万が一にも落としたくない。理数系科目どうすっかなー、なんで文系なのに(基礎だけとはいえ)理系科目があるんだろうなーしねばいいのに。

そんな自動書記的授業対応も幾十分と進み、教授の話が途切れて教科書を纏め部屋を出て行くのと終了のチャイムが鳴ったのが殆ど同時だった。教授パネェ。ここまで時間を読み切った上での講義だったというのか……!


そんな教授の妙技に心中ウムムと唸っていると、ひそひそ話の規模が一気に広がり騒がしいを通り越し喧しいレベルまで拡大される。うるせぇぇぇぇぇぇぇぇ……人数増えた分だけ高校の時より鼓膜に響く。いやお前らこんな中で本当に会話出来てんの? 相手の声聞こえてる?

人の少ない前部座席に座っていた俺は教科書ノートを纏めながらチラと視線を後部へ向けた。比較的地味で真面目そうな面々の集中した前部と比べれば五月蠅くも明るい後部……髪の色も明色なので物理的に明るかった。二限目が終われば次は昼休み、何を食べよう何処に行こうと盛り上がっている。

その一画、見知った茶髪が騒ぐ学生達の中心で談笑している。ご存じ由比ヶ浜結衣である。

結局必修科目の講義風景が高校の延長線上だったように、大学でも俺達の在り方はそう変わっていない。俺は独りで講義に集中し、彼女は仲間に囲まれてわいのわいのと宜しくやっている。

当初由比ヶ浜は俺の隣に座っていたのだが、誘蛾灯に惹かれてやってくる夏の虫共の如く由比ヶ浜の回りにフラフラと頭の悪そうな学生達が集まってきて、そこで上手く応対する彼女とどもって引きつる俺の明暗分かれ、その空気に耐えられなくなった俺は講義中は離れようと提案したのだ。

勿論由比ヶ浜は悲しそうな顔をして寂しいよ一緒にいたいよと非常に可愛らしくいじらしく男の心臓を破壊するハートブレイクショットをブチ込んできたわけだが、それでも俺と一緒にいることを選ぶならそれは彼女の交友関係を制限することになりかねない。学生の在り方が少なくとも現時点で高校とそう変わらない以上、俺と一緒にいることで彼女の明るい学生生活が阻害されかねないと言うなら、俺の行動指針が高校時と変わらなくなるのは必然だった。

思い出されるのは彼女とクラスメイトだった時分、苛烈な女王様の周囲に侍る野花のようだった由比ヶ浜の姿。当時のキョロ充だった由比ヶ浜にも人目を惹く何かがあり、それ故に三浦に見初められたわけだが、今学生達の中心にいる彼女の醸す空気はその頃とは明確に違う。


華がある。

というよりも由比ヶ浜自身が華だった。

背が低くて視線を下げなきゃ目に留まらない雑花じゃなく、何処の誰の視界にも入ってくる高貴な花弁と漂う芳香……という程の気品は無いが、それでも人を惹き付ける輝きと存在感を確かに感じる。本来の彼女というより、これが由比ヶ浜の成長の形なのだろう。

自己主張出来なかった彼女はその意志を改善し、今では主張するまでもなくその存在が周囲の心を引き留める。

もしこれが何時かの生徒会選挙の時に見られたら、彼女は本当に勝ち抜いて生徒会長になっていたのでは……そんなifを想起させるに充分な光。

眩しくて、目を逸らすしかない。

だが逸らそうとした寸前、彼女の視線が前を向いて目が合ってしまう。

にこり微笑んで手を上げる由比ヶ浜に俺も適当に手を上げ返すと、纏めたノートと筆記用具を鞄に仕舞い、由比ヶ浜の反応を確認しない内に足早に部屋を出た。

また心臓に刺さった棘から痛みが走る。

自分で選んだことなのに、隣に俺達がいなくても輝く彼女を見るのは無性に辛かった。


人と活気に溢れる大学と言えどそこが社会の縮図であるならば陰が出来るのは必然……人間の集団の話ではなく、物理的な場所の話である。

有り難いことにかつてのベストプレイス同様人の寄りつかない一画があり、ここにはベンチだって幾つもある。違うのはそれでも何人か先住民がおり完全独りのぼっち状態にはなれないことだが、志を同じくする者達であることは空気で分かる。ぼっち同士は干渉し合わない、つまりいてもいなくても同じ。なんて素晴らしい意識共有……相互理解や対話にGN粒子なんていらんかったんや!

そんな大学の暗部、生ける屍達の住まう現代の墓場は入学から二週間を過ぎる頃には俺の居場所として定着していた。つまり俺も現代のゾンビの一人なのである。ブードゥーでも信仰しようかしら。

そんな草むした墓(土地―沼・森)にも春らしい暖かな陽射しや爽やかな風は入ってくる。自然天候は老若男女金持ち貧乏問わず平等に与えられる資源だ、勿論ぼっちにも優しい。昼飯のお供には良い塩梅じゃないかと少しだけ気分を良くして予め買っておいた惣菜パンとマッ缶で空きっ腹を慰める。

マッ缶の過剰な糖分が脳に行き渡るが、ネガティブ入ってる思考は改善されず気分は晴れない。ぼっちは常にネガティブだがそれでもメッゾネガティブかネガティブかってくらいには判別出来る。決して五十歩百歩ではない。

今頃由比ヶ浜は俺を捜しているだろうか……いや、腹を空かせた取り巻きに引っ張られ強引に学食にでも連れ込まれている気がする。

彼女も流されず人付き合いを選べるようになったろうが、それでも俺のように集団の意とは無縁とばかりに我が道を往く選択は出来ないだろう。友達と恋人とどちらを優先するでなく、きっとどちらも優先したくて積極的な選択は出来ないのではないか。寧ろそれでなんとかなってしまうような天分天運を持っているのが由比ヶ浜結衣という人間だと思う。


疎らに白い雲が散っている晴れの空をボーッと見上げる。

ポケットからは振動も音もない。当たり前だ、ここに来るまでスマホはバイブさえ切ったサイレントモードにしてある。ぼっちのベストパートナー足るスマホを取り出していないのは由比ヶ浜からのメールや着信履歴が山と積もっているのが確実だからだ。

大学の講義が高校までの授業と現時点で大差ない、ということはまだ良い。それでも確実に環境は向上しているからだ。だがそれ以上に人間関係、それも誰より親しくなった人間とのことでこうも悩むとは思わなかった。

俺と由比ヶ浜の住む世界が違う、なんてことは幾度と考え思い知ってきた事実だ。それでも俺達はなんとかやって来れた筈だった。彼女が進学先を俺と同じくし、そしてその道を勝ち取ったことは俺だって嬉しかった。こうして自由と怠惰のユートピアである大学へ、大切な人と肩を並べて進んでいけるのだと。

現実は、俺と彼女が別世界の人間であることをじくじくとした火傷のような痛みで思い知っただけだ。

……俺が今の住居へ引っ越したあの日以来、由比ヶ浜の泊まりを許したことは無い。あの日の続きをと俺自身期待はしていたが、未だ俺の中で彼女と真の意味で向かい合う決意は出来ず、解は出ていない。そんな状態で彼女と密着することは何より待ち遠しく、でも何より怖かった。

由比ヶ浜は確実に変わっている。俺との関係、その変化を前向きに捉え、そうあろうとしている。

だが俺はどうだろうか。何時まで俺は俺で在り続けることを選んでいられるのだろうか――


と、果てしないネガティブスパイラルに陥った思考が途切れる。空気が変わった。

視線を下げれば学生ゾンビ達が何人も消えており、残った数人も今まさにこの場を去ろうとしているところだった。

もう昼休みが終わるのか、そんな時間感覚が消えてしまうくらい思考に没頭していたか――時計を確認するより前に蜘蛛の子が散った原因を目視した。明らかに場違いな二人組の男が墓場に踏み込んできていた。片方はくすんだ金に頭を染めて見た目からバカ・アホ・チャラいの三種の神器を備えた如何にもウザそうな不良学生、もう片方は一目でスポーツマンだと分かるような恵まれた体躯とゴツいながらも整った顔をした如何にも真面目で鬱陶しそうな優等生風だ。

それぞれキョロキョロと何かを探すように首を振っていたところ、頭の悪い方(確定)と異邦人を観察していた俺とで目が合った。

すると頭悪いのが真面目なのに何かを話してから揃って俺を見て指差し……ってちょっと待って、何俺目的? 身体? 身体目当てなの?

話は直ぐに纏まったらしく二人して俺へと踏みだしながら、

「よォー! 『ヒッキー』てお前だべーッ!?」

と、これまた死ぬほど頭の悪い声で頭の悪い言葉をかけてきた。ウゼェー!

やがて俺の目の前に二人揃うと頭悪いのが俺を指差しながら横の真面目なのに向かって、

「ほれゆいゆいの言ってた通り目がアレっぽくて超ネクラって感じじゃん? 間違いねぇべよォ!」

などと失礼極まりない暴言を吐きやがりました。いや否定出来ないんだけどね、だけどもちっと知性を感じさせる言い回しでお願い出来ませんかね類人猿。


「おい猿渡、あんまり失礼なことを言うんじゃない……悪いな色々、確か……ヒキタニ、でいいんだよな?」

真面目そうなのは見た目通りのバリトンボイスでバカを諫めると陳謝もそこそこに俺が探し人かどうか確認してきた。こっちは話も通じそうで好印象……の筈が名前のとこで一気に株暴落だよ。リア充は俺の名前間違えるってジンクスでもあんの? ヒキタニさんが学内にいたらどうすんだよ。あと猿渡ってちょっとイメージと合いすぎませんかね。

もう訂正するのも面倒だし関わり合いになりたくないしとっとと用件済ませて欲しいので一々口は挟まない。何より「ゆいゆい」が指す人物が容易に想像出来るから一刻も早く退散して男子トイレ辺りに引きこもりたい。

「……そうだけど、何?」

「『そうだけど、何?』ってお前こそ何よ! マジ受けるわ! ッベーよこいつマジッベーよ! 牛山、こいつマジだよマジ!」

どの辺がツボに入ったのか、猿渡とかいうお猿さんは腹を抱えて笑い始めた。ちょっとこの人何、何なの。誰か警察呼んでよ。そんで俺を不審人物ってことで連行してもらって物理的にアレとの距離取らせてよ。あと牛山ってのもイメージ通りかもしれない。イケメン牛。

「いい加減にしろ猿渡!……本当にすまんな。 改めて俺は牛山、隣のが猿渡、両方今年の新入生だ……よろしく」

「あ、あぁ、よろしく……まぁそれはいいから、早く用件頼む」

牛山君は礼儀正しく話も通じる感じで好印象ですね、友達になってあげてもいいかも……向こうから願い下げだって分かってるけど。


「そうそう用あんだよ用! お前さ、明日から昼は学食来いよ!」

「は?」

「だから猿渡、もう少し丁寧に言え……まぁ、でもコイツの言うとおりだよヒキタニ。 明日から昼は学食で俺達と一緒に食べないか?」

「……なんで」

「『なんで』って、お前マジスゲーわ! 本当マジ! マジじゃんお前! パネェって本当! ありえねーわ!」

何この壊れたテープレコーダー……決まり切った単語しか口にしないと思ったらパターンや配列変えてくるとかこの壊れ方は新しいな。全く有り難くない。

しかし俺、入る大学間違えたか? こんなのが入学できる大学ってお前……結構偏差値高いと思ったんだけどなー俺も割と受験勉強頑張ったんだけどなー。でも由比ヶ浜が入学できるくらいだから実はお察しレベルだったの……?

「猿渡、少し黙ってろ。 なんだ、その……由比ヶ浜が、お前のことを気にしているみたいだったからな……こんな所で一人で食べるより、皆で一緒の方が良いだろう?」

由比ヶ浜。

矢張り、という感想しか湧かない。お猿さんが「ゆいゆい」などと懐かしくレアな呼び名を出した時点で察しはついていた。ヒキタニさんはいるかも知れないが、苗字と名前が頭に「ゆい」が付く学生が由比ヶ浜以外にいるとは考えづらい。

そしてもう一つ合点が行く。どれだけ今の状態に不満を持っていようと、由比ヶ浜も一応は今の大学内での距離感には納得してくれた筈だ。高校の時分もカーストの違いを気にする俺を察して、部室以外での接触は極力避けることには協力してくれていたし。

故に猿が由比ヶ浜の存在を臭わせた時点で、あいつが学内で俺との接点を積極的に増やそうとはすまいと疑問に感じていたのだが、どうやら由比ヶ浜の取り巻きらしいこの二人が独断で俺を由比ヶ浜と引き合わせようとしているらしい。それなら納得はいく……が、大きなお世話だ。本当に。


「……ほっといてくれ、俺は別に由比ヶ浜とかお前らと一緒に飯を食いたいとは思わない」

俺は他人と仲良くなる方法を上手く実行出来ないだけであって、嫌われる前提でなら幾らでも好きに振る舞える。よってここは突き放すに限る。あと由比ヶ浜にも迂闊にヒッキーって単語出すなと言っておかねば。引きこもりの知り合いがいると思われたらどうするつもりなんだあいつ。半分合ってるけど。

「いやいや一人で食うとか流石にありえねーべ? 友達と一緒に食わねーとかマジでありえねーから」

「その友達がいないし、作るつもりもないんだよ」

「は? 何言ってんの? 友達いねーとかありえねーこと言ってんじゃねーって、面白くねーからそのギャグ」

……ギャグのつもりないんですけど。友達って内蔵とかの重要器官なの? 友達欠損してると五体不満足とかそういうアレなの? これは障害手帳ならぬぼっち手帳待ったなしですわ、ぼっちであれば国の補助で生きていける時代……それはそれで悪くないな。

「猿渡、そこは、その……察してやれ」

「……あ、友達いたのが死んじゃったんだろ! そりゃ友達いないわなつらいわなー、ごめんよヒッキーくんよォー」

「そうじゃなくてだな……」

猿くんの凄まじさに思わず頭を抱える牛山に同情。そのバカっぷりにちょっとだけ猿くんと戸部を重ねていたが、バカでも良い奴であることに疑いの無かった戸部ともまた違う……そも人と猿を比較すること自体が間違いだったか。戸部も猿レベルじゃないかってやかましいわ。

そうなるとこの牛山は葉山ポジションか? こいつもスポーツマンっぽいし、顔立ちも悪くは無いし……だが正に王子様の風格だった葉山と比べるとゴツくて男っぽい牛山は女性受けの点では幾分劣るか。そこはちょっと好感度アップだな。あと999回好感度上がったら学食行ってやろう。

ベクターかよ


「……とにかくだ、あまり由比ヶ浜を心配させるんじゃない。 お前の名前を出す度に少し落ち込んだ感じになっているんだぞ、彼女は」

〝ズキン〟

棘の痛みがまた走る。

彼女が俺の提案を飲んでも、それを内々に処理しきれないことなど容易に想像が付いたはずだった。何処か迂闊さの抜けない彼女が、約束を守っているつもりでもふと俺との繋がりを口にしてしまうことも。

その原因が俺の逃げ腰と逃げ足にあるということも、俺は痛い程知っていたはずなのに。

「……由比ヶ浜が何言ってたか知らんが、お前らには関係無い」

それでも、俺には突き放すことと逃げる以外に打てる手がない。どうしようもなくそういう人間だから。

言い終えると同時に俺は立ち上がり、中身の残ったマッ缶を持って二人に背を向けた。もう話すことも聞くこともない。

「おい、ヒキタニ……!」

「ちょ、そりゃないでしょヒッキーくんよォー! ゆいゆい可哀相じゃんよ!?」

明確に拒絶の言葉と空気を吐き出した俺に追いすがることはせず、二人はただ俺の背中に批難の色を込めた声をかけるに留めたようだ。

ウザいし鬱陶しいしもう二度と関わりたくないが、それでも由比ヶ浜の周囲にいるのがこういう気を遣える優しい人種であったことに心中でホッとし、感謝の念を二人に抱いて俺は墓場を後にした。


午後からの講義は二つで、先の一つがまた必修。後者は一年前期では数少ない選択科目で、由比ヶ浜は履修していない。

入学前から口を酸っぱくして俺を履修の理由にするなと言っておいた成果だろう。これは別に今の状況を予想してのことではなく、親しい人間の有無で履修科目を選ぶべきでないという至極真っ当な観点からである。

そして件の由比ヶ浜の今日の講義は午後一発目の三限で終了の筈だ。彼女は俺との帰宅、引いては俺の部屋へ上がりたがるだろうが、あの騒がしさやノリから察するに取り巻きはきっと駅前にでも遊びにいくことを提案するだろうし、由比ヶ浜もそれに乗ってしまうだろう。何事も優先順位通りに事が進んだり選んだりは出来ないとは彼女も知っている筈で、全てはタイミングの問題なのだ。

……今日は半ば意図的に由比ヶ浜との接触を断っている。一緒にいたのは通学時くらいのもので、後は二限終了時のやり取りしか彼女とコミュニケーションを取っていない。墓場を離れた後に確認したスマホには案の定由比ヶ浜からの着信とメールが届いており、彼女らしい顔文字絵文字でデコられた装飾過多の文面で「教室出る前に声くらいかけてよ」だの「無視しないでよー」と可愛らしく俺の態度を糾弾するその内容に少しだけ胸中の黒雲が晴れるのを感じ「すまん、後で埋め合わせはする」とこっちはそのままの文面で返信した。

その「後」は少なくとも今日ではなく、何時になるか俺自身でも分からなかった。俺は無責任に引き延ばされていった何時かのデートの約束を思い出し、薄くなった雲がより一層密度を増して胸を覆っていくのを感じていた……。


のだが、

「あ、ヒッキー! やっはろー!」

……四限が終了し講義室を出た俺を待っていたのは、件の由比ヶ浜結衣その人であった。

「いやお前、なにしてんの?」

「なにって、ヒッキーのこと待ってたんじゃん」

「……遊びに行ったんじゃないのかよ」

「え? 確かにカラオケいこーって誘われたけど、ヒッキーと一緒に帰りたいから断っちゃった……よく知ってたね、誰かと友達になって連絡貰った?」

「ねーから、単にお前と取り巻きのバカさ加減なら講義終わってからは遊び一択だろって予想しただけだから」

「ま、またそんなバカにすること言うし!」

「まぁ由比ヶ浜がバカなのは事実だから置いとくとして」

「置いとかないでよ! ここにちゃんと受験して合格してるんだし、あたしもうバカじゃないんだからね!?」

「一旦定着したイメージを覆すのって難しいんだよ、もう諦めろよバカ」

「説得するつもりならもっと丁寧にやってよ!」

俺の軽口にぷりぷりと怒る由比ヶ浜。二年前から変わらないやり取りに、俺は冷え切った心が芯から暖まるのを感じていた。

気が付けば雲は散って、俺の胸は平静を取り戻している。本当、自分でも嫌になるほど現金な心臓だ。


「……いいのかよ、お前」

「え、なにが?」

「何がって、誘われたことに決まってる……お前のグループなんだろ?」

「あたしのって、そんなことないと思うけど」

「あれは誰がどう見てもお前の為のグループだろ、自覚ないのかよ」

「んー、分かんないけど……でもそれより、見ててくれてるんだ、ヒッキー」

「いや見てない、断じて見てないから」

「今更誤魔化したってもう聞いちゃったもん……えへへ、ヒッキーありがとう」

「み、見てもねぇのに感謝なんてしてんじゃねぇよ、やっぱバカだろお前」

「そういうバカならあたしバカでもいいよ……今日ヒッキーの部屋寄って良い?」

「……泊まりは無しだからな」

「むぅ……今日のところはそれでもいいよ」

「今日のところは、か」

「うん。 今日のところは、ね」

想いを受け入れ大切な人と定めた癖に、何かあれば直ぐに突き放して距離感を計り直そうとする。でも離れれば離れるほど思い悩み、彼女の方から近づいてくると心が沸き立ち踊り出しそうになるくらい嬉しくなる。こんな都合の良い醜い感情を愛と呼ぶのか。呼んで良いのだろうか。

そう認めたくない反面、それを認めて肯定出来たらそれはどれだけ素晴らしいことだろうかとも思う。そしてきっと、それこそが俺と彼女を隔てる壁で、その差が俺と彼女のすれ違いなのだろう。

何時か、これを肯定して前へ進める日が来るのだろうか――彼女の温もりを隣で誰よりも感じながら、理性と本能の矛盾は何時までも俺の中で燻っていた。

というわけで本日投下分終了です
キリのいいとこで~とは言いましたが、このペースなら三分割くらいで済むかも……済んだらいいなぁ

筆が乗ればまた明日の同じ時間帯に投稿できるかもですが、詳しくはまた明日の報告をお待ち下さい

あと冒頭に今回のサブタイ入れ忘れてました申し訳ありません
今回のサブタイは「②由比ヶ浜結衣は触れて欲しい」になります

乙です!

乙ですー

最初の投下で見る気なくしたわ

乙!
続き待ってる

>>139 つべこべ言わずに出てけばいい

どうも>>1です
あんまり書き溜め進まず今日はちょっと無理っぽいかもです
奇跡的にキリのいいとこまで進むようなら投下アナウンス出しますが、多分明日の昼か夜になるでしょう
いずれにせよ期待せずお待ち下さい

はーい

期待はして待ってる

期待

どうも>>1です
やはり遅々として書き溜めは進まず、今日の投下分はちょい短くなりそうです
悪いのは時間泥棒のデレステであって>>1ではありません……ゆ、ゆるして

22時か、23時に投下予定なので時間までお待ち下さい

いいね

お待たせしました、今から投下開始です
またも色気の無いエロスレにあるまじき展開ですが暫しお待ちを……!


今日も今日とて必修科目の時間は過ぎ、二限が終われば昼飯時。

空きっ腹を抱えて何時ものように墓場へ向かう……ところなのだが、今日は生憎雨模様。

雨の中、傘を差さずに踊る人間がいてもいい。自由とは、そういうことだ……記憶の喪われた町で黒尽くめの交渉人はそう言った。雨の中、屋根の無い場所で食事する人間がいてもいい。自由とはそういうことだが生憎俺にはずぶ濡れになりながら飯を食う趣味はないので別の場所を確保しなければならないのだけど……何処に行ったものやら。

今日の雨は今年度初、つまり俺にとっても入学後初の降雨。これまで天候に恵まれたお陰で雨天時の飯場を探す必要は無かったのだがこれが迂闊もいいところ。これから四年間ずっと昼飯時に雨が降らない保証なんて無かったのだから、こうした時に備えて予め場所の検討はしておくべきだったのだ。

こそこそ由比ヶ浜とその取り巻きに見つからないよう盗賊ギルドも吃驚な隠密スキルで部屋を脱した俺(シャドウハイチュウ)は屋内で丁度良い食事場を探してあちこち流離ったわけだが……考えが甘かった。雨なんだから俺以外に屋外で飯食ってた連中も屋内に逃げ込んでくるのは当たり前で、テーブル付きのスペースは愚か椅子しかないような場所ですら軒並み占拠されていた。

これが中学高校であれば、席を離れてさえいなければ最低限自分の机というパーソナルスペースの確保は出来ていたのだが、ここは自由を冠に頂く弱肉強食の大学世界。時間や人の都合を付けられない弱者は飯(の場所)にすらありつけないのだ。


ちなみに学食は端から考慮の外だ。そも屋根付きの食事スペースと言えば学食であり、入学間もない頃由比ヶ浜と一緒に訪れた学食はそりゃもう人人人の波。肉壁。同じ事を考えた新入生諸氏とかまだあどけない彼らをサークル勧誘やらナンパで拐かそうとした先輩方も多く居たのだろうが、今日が雨ということを考えれば先日とそう変わらない混雑が予想された。

ちなみに由比ヶ浜はそんな上級生の卑しい勧誘の嵐にあって辟易していた。俺も彼氏らしく彼女の盾になろうと奮闘したが、最初から俺のことなど視界に入っていないか存在を脳が認識していないくらいの扱いだったので役には立たなかった。比企谷君ふっとばされたー!というメッセージすら出なかった。理不尽。

……学食を忌避する理由は、その由比ヶ浜が理由でもある。

先週墓場に訪れて俺というゾンビ・グール・僵尸を善意か何かで光の下に引っ張り出そうとした牛くん猿くんの言を信じるなら、俺の予想通り由比ヶ浜は学食で昼を済ませているらしい。余計に顔を出せない。どうでもいいけど牛くん猿くんって響きが何処ぞの黒子じみたお笑い芸人っぽい。パ○ット☆マペッ○。

かつてはクラス内のトップカーストグループに属していた由比ヶ浜とグループどころかそのカーストにすら弾かれていた俺に接点はなかった。それは互いが互いを個として認識した後も変わらなかったが、それでも課外活動というクラスの縄張りの外で俺達は交流を持ち、それは俺の彼女に対する独占欲と、彼女との接点を求める有象無象に対する優越感を俺に抱かせた。薄暗く、そして切実な感情だった。

そんな環境から卒業して尚、俺達は接点を探している。違う、俺だけが俺だけに都合の良い接点を探している。


周囲の目を気にせず俺との繋がりを手繰り寄せようとする彼女の姿はあの頃と同じだ。手繰り寄せた糸を俺が身勝手に切り離そうとする度悲しみに暮れ、涙を溢れさせた姿と同じ。

先週俺の部屋からの帰り際何かを期待して、しかしそれが叶わぬことを自覚してた彼女の顔。三度目を求めた俺の本能……否、本能とすら呼べないような淡い衝動にすら目を背けた俺の顔は、彼女の目にどう映っただろう――

「こんな所にいたのか」

入学してから何度目も知れない自虐回想に入りかけていた俺を現実に引き戻したのは何処かで聞いたバリトンボイス。

振り返れば奴がいる。見た目からガシリと強いその体格、牛くんこと牛山であった。

「何の……」

用だ、と最後まで口にする前に俺は気付いた。気付かされた。こいつの目的、狙いは先週聞いていたではないか……!

「……全く毎度何時の間にかスルスルといなくなって、俺の話をちゃんと聞いていたのか?」

やれやれと呆れ顔で言う牛くん、なんか様になってるイケメンってズルい。俺がやっても「中二乙www」ってレスしか付かないんだろうな。やれやれだぜ……。


「なら同じ事を言うが、お前には関係無い。 飯食う場所探さなきゃならんからもう行くぞ」

先週と同じ理由を押し付けにくるのなら、俺がやることも先週と同じだ。突き放して背を向ける。こんな奴の好感度稼いだってエンディングの分岐には関係ないから扱い悪くしたって大丈夫、ぼっち通の攻略本だよ。

だが、そんなぼっちの常識で量れないくらいに牛くんは見た目通りの益荒男だった。

「待てヒキタニ」

背を向けた俺の肩をガシリと掴む牛くん、それだけで俺は彼我の戦力差を悟った。え、何このゴツゴツした手と微動だにしない腕。やだ、こんなの俺はじめて……。

「お、おい、離、離せよ」

「ダメだ、今日はこのまま学食に連れて行く。 飯食う場所を探しているなら丁度いいだろう?」

思わずどもった俺の様子など知ったことかと残った方の手で俺の腕をホールドし、そのまま俺をズルズル引き摺っていく牛くん、正しく屈強な農耕牛の如し……!つかこんな猛獣のような男に捕まったら俺じゃなくてもどもるって。怖すぎィ!

一瞬にして抵抗を無意味と悟り、しかし連行される修羅場を思うと素直に付いていこうという気にもなれず、俺は異物か可哀相なものを見る周囲の視線に晒されながらドナドナ状態に耐えざるを得なかった。ドナドナってどっちの立場でもここまで面倒じゃねぇよな……。


学食は幸い屋根伝いに向かうことが出来たので俺達は濡れ牛と濡れドナドナにならずに済んだ……屋外を通りさえすればぬかるみで転んだフリして逃亡したりとか、牛くんの拘束が緩む可能性もあったろうがそんなドラマか映画みたいな逃亡劇をこんなしょうもないところでする気にもなれなかった。や、良い経験になった可能性は否定しないが。

入り口に辿り着く頃にはもう逃げる気も逃げられる気配もなく、牛くんに先導される形で俺は久方ぶりに学食へ足を踏み入れた。

案の定溢れかえる人々の川に辟易したが、先行する牛くんの威圧感が人波を切り裂き何の抵抗もあらんとばかりに進めてしまう。牛くんは重戦車だった……?

程なく目的地に着いてしまったのか……否、牛くんが止まるより先に俺の視界は由比ヶ浜の姿を見つけてしまった。二人の友人――見知らぬ女学生と、例の猿くん――に囲まれ楽しそうに談笑する彼女の姿が何時かのトップカーストでの光景と被り、俺の胸は静かに軋んだ。

由比ヶ浜は俺……というか牛くんの姿に気付くと、

「あ、牛くん! 用事って何を……え?」

しかし挨拶を果たせず、俺の姿を確認してその表情を淡く驚きに染めた。どうでもいいけどお前も牛くん呼びなのな……予期せぬシンクロニシティ、ちょっと嬉しい。

「ヒ、ヒッキー!? え、どうして、う、牛くん!? 何がどうなってるの!?」

はわわ!ヒキが来ちゃいました!とでも言わんばかりの由比ヶ浜の様子に周囲の視線が痛い……のもあるが、殊更驚いているのは取り巻きの三人だった。

まぁ分からないでもない。こういう由比ヶ浜のオーバーの反応は極一部でしか見れない……それこそ昔日の三浦グループですら稀だったろう。この顔を知っているのはここじゃ俺だけ……かつてのようなじめじめして情けない優越感が胸を満たしてどうしようもなく嬉しくなる。どうしようもないな俺、本当に。


「ちょ、ゆいゆい驚き過ぎじゃね!?」

「結衣ってこーいう反応する人だったんだー」

お前も大概声でけぇけどなという猿くんの驚愕と対照的に、驚きつつも自分を置き忘れない安定感……細く高い、鳥の囀りのような声は由比ヶ浜の正面に座る女学生だ。彼女は俺に向き直ると、

「貴方がヒキタニくん? それともヒッキー?」

そう尋ねてきた……いいけどね、もう。俺の名前は本当に親しい人だけ知ってればいい。真名ってそういうもんだし。

「……ヒキタニで頼む」

「そーそーヒキタニくんよヒキタニくん! でもネクラっぽいからヒッキーって超合ってンよな、ゆいゆいのネーミングセンスパネェわー」

「あ、あはは……」

困ったように笑う由比ヶ浜。うん改めてお前のネーミングセンスパネェわ、マジドン引き。

「そ、それはともかく、なんでヒッキーが学食に?」

「あー、それn」

「俺が連れてきた、この雨で何時も飯を食ってる場所に行けず困っていたようだったからな」

俺の言葉を遮るバリトン牛くん。いやあながち間違っちゃないけどドナドナしてきたお前がドヤっていうことじゃないからね?


「そうなんだ……と、ともかく座ろうよヒッキー! 牛くんもさ!」

困惑は残りつつも、嬉しそうに笑う由比ヶ浜。その陽気に暖かい魅力を感じ、同時に俺が逃げ回ることでこの笑顔を損なわせていた事実を再認し俺の思考は何時もより粘度の高いネガティブの沼に沈み込んだ。

それを顔に出すほど長年ぼっちはやっていない、何食わぬ顔で由比ヶ浜が促した席に。

席に……。

「あ、ヒッキーの席ないや」

悪いなヒキオ、このテーブル四人用なんだ!……本当に四人分しか席確保してなかったよ、牛くんが元から確保してた席に座ったら俺の入り込む隙間ないよ。俺の居場所はここじゃない……。

「ちょ、ゆいゆい! マジ! それマジヤバイ! ヒキタニくん超カワイソウじゃん!」

言葉とは裏腹に爆笑する猿野郎。本当に可哀相と思うならそんなにゲラゲラ笑わないで貰えませんかね……人の不幸は蜜の味、過剰な悲劇は喜劇と紙一重とは言うけどさ。あと牛くんも顔逸らしてブフブフ息漏らすの止めてくれ、元はと言えばこの状況に追い込んだのは手前だぞオイ。

「し、しょうがないけど……でも、間が悪いねー」

鳥のような囀りが笑いで更に甲高く耳に響く。不快な感じはしないのが逆に辛い。

かなり目立つ面々で元々周囲の視線を集めていたせいで俺達……というか俺だけ晒し者になっていた。クスクス前後左右から聞こえる。え、何これ。しねばいいのかな俺。


「え、えーと……あ! あたしの席に座りなよ!」

とはこの空気に気付いたらしい由比ヶ浜。気遣い屋の彼女らしい提案だ、バカなのも含め。

「バカかよ、そしたら今度はお前が立つことになるんだぞバカ」

「バっ、バカはやめてよ! じゃ、じゃあ半分椅子空けるから!」

「……こんな衆人環視でそんなアホみたいな密着すんの?」

「え!? あ……あたしは、別に……」

赤くなって俯いてぽしょぽしょ言う由比ヶ浜が可愛いんですが何か。いやいやお前、そういう反応をこういう場所でするんじゃないよ色んな意味で。俺も恥ずかしくなってきただろ。

そんな由比ヶ浜の様子を見て猿くんと鳥ちゃん(仮)は、ほーっと何処か感心したような様子だった。牛くんは……何故か呆気に取られており、俺の視線に気付くとハッとなって、

「い、椅子だけなら確か余りがあった筈だ……ここは端のテーブルだし、持ってくれば大丈夫だろう」

そう教えてくれた。確かに食器の回収口近くに背もたれのない椅子が縦に積まれていた。

よし来たと俺がそちらへ向かうより前に由比ヶ浜がガタリと露骨に反応した。


「じゃああたしが持ってくるよ! ヒッキーが座れないのあたしのせいだから!」

「いやお前は特に関係無いだろ、俺が持ってくるから座ってろよ」

「で、でもあたしだけ座ってるのも……あ! そしたらあたしが半分持つよ!」

「あんな軽そうな椅子に二人がかりとかそれこそバカじゃねーか、いいから座ってろ」

でもでもと食い下がる由比ヶ浜を強引に押しとどめると、俺は足早に椅子を取りに向かった。

背後からは過剰な反応を問い詰める三人と、それに焦ってしどろもどろになる由比ヶ浜のやり取りが聞こえてくる。

俺にとっては何時も通りの由比ヶ浜に、取り巻きの三人は少なからず戸惑っている様子だった。それは俺の感じる由比ヶ浜結衣と三人にとっての由比ヶ浜結衣が同じ人間であっても別像であるということ。

同じ人間であっても表と裏、本音と建て前がある。そして社会という集団はその使い分けを個人に強いる。どうしようもなく相容れない人間は誰にでもいて、時として本音を抑制しなければ無用な軋轢や争いが集団を崩壊させかねないからだ。調和の為にこそ虚像、嘘は時に本音や真実よりも求められるものだ。

俺という個に対する由比ヶ浜と、三人という集団に対する由比ヶ浜。どちらかが表で裏、本音と建前。

気にしたって仕方のないことだし、これまでの彼女との関わりでほぼ確信を得ているようなものだが……それでも比企谷八幡に対してこそ由比ヶ浜結衣の本音や真はあってほしいと、どうしようもなく俺の心は求め、ざわめくのだった。

というわけで本日の投下は終了です
首尾良く行けば次回ようやっとえっちぃのが……首尾良く分割されなければ、ですが

いずれにせよ明日の投下はちょい難しそうなので、続き明後日以降と見てお待ち下さい

乙ですー

乙です

モブどもとガハマが何したいのかさっぱりだわ

絵に描いたような誰得シリアスだな

たぶんヒッキーが面倒くさいだけだと思うんですけど

どうも>>1です
執筆遅れて土下座状態です申し訳ありません……
キリの良いところまで進めば今夜0時以降に投下できるかもしれないので、本当に期待せずお待ち下さい

投下時間には期待せず中身には期待して待ってます

遅れても全く問題なし
がんばれ

ドーモ、>>1です
今のペースだと投下可能になるのが26時以降になりそうなので
明日の昼頃に分割せず投下出来るよう調整しますです

ご迷惑をおかけしますがお付き合い頂けると幸いです

期待

待ってるぞ

どうも>>1です
諸々予定ブッチして申し訳ありません、現在絶賛産みの苦しみ中です……

とりあえずは二話が完成し次第投下する予定です
遅くとも土曜には投下出来るよう調整しますので期待せずお待ち下さい

時間かけても待っとるぞ

待ってる

どうも>>1です
またも予定ぶっちして申し訳無く……そもそもかなり無茶なプロットだったと根底から見直しておりました
しかし全部ひっくり返すわけにも行かず現在急ピッチの突貫工事で進めており連休最終日の今日中にはある程度形にと思ってます
本当に期待せずお待ち下さい

待ってる

酉つけた方がいいんでね?

エタったな(確信)

1の報告は来てるんだから気長に待とう

どうも>>1です。
エタらせるつもりは……気持ちだけは誰にも負けません、気持ちだけ
二話は書き終えてから投下するつもりでしたが、場合によっては現在の書き溜め分を分割して投げる可能性はあります
その場合は予告するのでご注意を

あと酉ですが、ここのように読者も少ないだろう零細スレではあまり必要性は感じないのが現在の正直なところ
もし荒し・なりすましが発生するようなら導入考えます

>>178
うるせえお前いつもそればっかりじゃねーか

頑張って

文句言うなら読むなよ
モチベ下がることしか言わないとか書き手だけじゃなく読み手に対する嫌がらせだろ
そんなにエタらせたいの?

散々ブッチしてる奴に何を期待してるんだかな
むしろエタる機会をわざわざ作ってやってるんだから
感謝して欲しいくらいだわ

なんなのこの勘違い野郎……

勘違いというか「読んでやってるんだから早く書け」という自分勝手なお子様だから

外野がうるさいスレはエタる

結局エタっちゃうのか
期待してた俺ガ馬鹿だった

待ってるから

まってるよ

どうも>>1です、お待たせしてしまって申し訳ありません
書けども書けども終わらず、そもそも一話中に全部詰め込める話でなかったかと見通しの甘さを反省しております
しかし一先ずの目処は立ったので最低限分割の前半部、出来れば前後両方完成させて今週末に投下する予定です
期待せずお待ち下さい

よっし!

期待します

これ面白いな。
由比ヶ浜好きだし、これは期待せざるおえない。

ところでちょくちょくMTGネタが入るってことは、作者さんもMTGやってるのかな。
どこかであったらお手合わせを……

スタン落ち直後の忙しい時期だし書くのが遅くなってもしゃーない

期待

どうも、2マナのT氏ぐらいにはやる気も実力もないPWの>>1です。

現在推敲中で、やはり随分な量になったので昼頃に前半部投下予定です。
推敲、修正の進行具合では後半部の投下は明日以降になるかもしれませんのでご注意を。
期待せずお待ち下さい。

待ってる

鉄血のオルフェンズ面白すぎ、どうも>>1です。
昼と認識できる時間は全部寝てました申し訳ありません。

飯食って諸々の雑事を終えたら投下します。

オルフェンズの面白さには同意
だからはよしろ

投下開始します。


ワイワイガヤガヤ。

喧々諤々。

混雑を極める学食内にあって俺が(物理的な意味で)末席に身を置くテーブルの賑やかさ……もとい、騒がしさは際立っていた。

「にしてもさっきのゆいゆい、いつもと違ってちょい子供っぽいっつかチョー明るくってー……ポジティブ? ポジってる感じ! シンセンでイイと思うンだよねー」

「それポジティブとは違うよ猿渡クン、でも気持ちは分かるかも……童顔の面目躍如みたいな、私的にはこっちの方が寧ろしっくり来る気がするなぁ」

「ど、童顔って……気にしてるんだからあんまり言わないでよー」

「いやでも、いいんじゃないか? 俺としては少し違和感あるが、それも由比ヶ浜らしいと言えなくはない……と思う」

とまぁ先程の椅子を巡る俺と由比ヶ浜の何時ものノリが取り巻き's達には大層珍しかったらしく、テンションageで由比ヶ浜をageる流れ……というか何というか。

かつて三浦という分かり易い女王様が持ち上げられる光景を「それ」のイメージとして擦り込まれていた俺としては、ヨイショと弄りが混じった「これ」をストレートに受け取ることも出来ず、しかしそれも由比ヶ浜らしいのかとなんとなく納得しておく。


それに俺にとってはバカで可愛くて知恵足らずでガキっぽくて可愛い由比ヶ浜であるが、そうした面が主に俺とその周辺の関わりでしか表れていないことを知っているし、寧ろ人との距離感を測る能力に長けた彼女は時折吃驚するほど大人っぽく見えることもあった。子供だ童顔だと生意気な年下に接するように対応していると、ふとした瞬間見せる〝女〟の色気に心臓が跳ね上がり……は、関係無いな。うん。

入学してからの彼女がこういう取り巻き達とどういう関わり方をしているか俺は知らない。知らないが、彼女を求める側の心はかつて葉山の周囲に集まっていた連中と同じなのではないか。目の前の光景を見ながらなんとなく思う。

誰かや何処かに重きを置くでなく、誰もが惹かれ担ぎ上げたくなるヒーローの幻像を作り出す。葉山はそれを半ば狙って行っていたし由比ヶ浜にそうした意図はないだろう。だが同年代、同じステージに立つ人間からすれば視界を遮らない暖かな光は良かれ悪かれ人を惹き付ける。由比ヶ浜結衣の持つ光は、その領域に足る輝きを持っているのだと嫌でも実感する。俺自身ですらその光に寄ってきた羽虫ではないかと考えてしまうほどに。


もそもそと惣菜パンを囓る。

幸いここの学食は外から食べ物を持ち込んでも席を使えるタイプで、授業前に買っておいたパンは本来使えるスペースのないテーブル端でも問題無く食べられる。

だが目前の四人が皿に盛られた温かな料理を飾りに談笑する中、一人黙々と冷たいパンを囓ることに疎外感を覚えた。それ自体は何時ものことなのに、その中に由比ヶ浜結衣がいるというだけで棘が深くまで刺さる感覚が生まれる。

何時ものように思考は暗い方へと沈下していく。

ここは俺の居場所じゃない――さっきは冗談めかして脳内を走った言葉が鎖となり、実感は重さとなって心臓を責める。

……とっととパンを食べきって、トイレへ行く体で逃げ出してしまおう。これ以上この空気を吸うこと――この空気に由比ヶ浜結衣が適応している事実に、これ以上はきっと耐えきれない。耐えきれなくなった俺がどんな醜態を晒すかなんて想像したくも無い。

が、そんな俺の内心と裏腹に、

「――でさヒキタニクン、高校の時はどうだったの?」

美声で囀る女学生……椅子を確保した際、駒鳥と名乗った彼女は俺に話を振ってきたのだった。


「え、何が」

「何がって話聞いてなかったの? 高校の時って結衣はどんな感じだったのかなって」

「あ、あたしさっき言ったじゃん! なんでわざわざヒッキーに聞くの!?」

「自己申告は情報として信用が低いからに決まってるじゃないの……で、どうなのどうだったのよヒキタニクーン」

焦りに焦る由比ヶ浜を無視してニヤニヤ笑いながら俺に問いかける彼女は、お伽噺か童話に出てくるようなゴシップ好きのお喋りな鳥そのものだった。うーんウザい、そして可愛い。繋げてウザ可愛いがこの場合あんまり有り難くない。

「どうって……」

「お、それ俺も気になんよー、ヒキタニくんぶっちゃけてみ!」

「まぁ〝友達〟の言うことの方が信憑性はあるかも、な」

ここぞとばかりに猿と牛も乗ってくるし、あんまり期待されても俺すべらない話し方なんて知らないよ?寧ろ全スリップ。比企谷八幡のすべる話でDVD発売まである。


「ヒッキー、変なこと言わないでよ!?……へ、変なとこなんてないけど!」

「いやお前、そういう態度を突っ込まれてるんだから自覚しような? 俺の前だからって――」

安心してんのか、とまで口から出そうになるのを止める。

〝俺の前だから安心している〟

危ない言葉だ。少なくとも今この場では……そう判断しての急ブレーキだったが、

「俺の前だからって……なに?」

上空から地上を俯瞰する鳥の目敏さから逃げることは叶わず、ニヤニヤとブレーキ痕を指さし俺を問い詰める駒鳥さんである。いや急ブレーキの擦過音って滅茶苦茶響くから見えて無くても関係無かったかもだけどね?

「と、特に意味はねぇけど」

「ふーん、でもその〝俺の前〟で結衣の態度が違うのが気になってるわけだからさー」

ああ、これはあかんタイプだ。

ゴシップへの関心、その源である興味と悪意を自覚しながら隠そうとしない。それでいて醜悪にならず悪意を善意に見せかける技術に長けている……そういうタイプの女性とかち合うのはおよそ一年振りで、それに伴う記憶のフラッシュバックは思考回路に予期せぬ負荷をかけた。


「……その、アレだ、誰に対しても同じ顔で接せられる人間もそういないだろ。 この中では一応、一応由比ヶ浜とは俺が一番つ……見知った時間は長いわけだし」

正論だが苦しい言い訳だと自分でも分かる。

誰に対しても同じ顔で接する、それが完全でなくても高次元で行える希有な例を俺は幾つか知っているし、正直由比ヶ浜はそこに近いタイプであると思う。だからこそ由比ヶ浜を中心に目前の人間はグループを形成しているのだ。

そんな彼女が人付き合いの外面を崩して相対する人間がどんな存在であるか。

「そうかも知れないけど、私が気になるのはその〝見知った時間〟なわけでして」

元より穴だらけの防壁、会話の風に乗って軽やかに滑空する鳥は穴をすり抜け核心へと迫ろうとしている。

「ぶっちゃけて聞くけど……二人って付き合ってるんでしょ?」


時間が停まった……そんな錯覚は起こらなかった。まぁ普通に考えりゃ由比ヶ浜の態度とか行動とか露骨だもんね?

「ちょ、コマちゃーん!? 相手ヒキタニくんだしそれはないっしょ! ないない!」

「す、すまんがその……俺もそれだけは無いと思うんだが」

更に男二人の反応が喧噪に拍車をかけた。内容は否定なんだが。

思わず熱々の丼ラーメンを「そぉい!」と脳天にブチ込んでやりたい衝動に駆られるが、天秤の釣り合いを考えればそれも一つの推理として正しい形ではあるだろう。それを常に言い訳に使ってきた俺が言うんだから間違いない。

それにこの二人が由比ヶ浜に近づいてきた理由も凡そ察しは付くから、こういう反応も予想出来る範囲ではあった。

計画通り……ではなく想定通り。

自覚無自覚関係無く薄暗い根暗男をオトす流れは俺の良く知るところであり、慣れた空気は俺の思考を僅かでも正常化させる一助になった。

なったが、

「……」

話題の中心である由比ヶ浜は、この致命的なゴシップに戸惑うこともなく静かだった。


何時もなら、また俺の前ということを加味すれば一番過剰に反応しそうなものだが、今の彼女は気持ち俯きその顔に僅かな陰を作っている。

空気を読んだのだ。

自分でなく、俺の望む状況を考えて自分の感情を押し殺している……何度も見てきた青と黒。

〝ズキリ〟

またも棘が大きく、杭に変化していくのを感じる。

いつまでも癒えぬ傷口が無理矢理に押し広げられていく幻痛。しかし痛覚の電流を介さない痛みは、それが単なる逃げの言い訳であると理性に認識させ、肉体的な苦痛より寧ろ俺の心を責め立てた。

本当に、なんて都合が良い心臓だろう。

罰が欲しければ痛みを与えて罪悪感を誤魔化し、耐えられなくならないよう物理的な痛みにはならず……きっと白木の杭を打ち立てても灰になどなるまい。

「……俺と、由比ヶ浜が?」

笑う。

「二人の言うとおり、ありえねぇよ」


自嘲。

顔面ハンデの名は高く笑顔がキモいと評判の俺でも負の笑いなら様になる。本心からであれば尚更だ。

言った瞬間どこかホッとした顔になる男二人の様子が無性に腹立たしく、しかし狙い通りの反応であることに安心もする。

しかし、杭からの痛みは爆発的に増大した。

俺の言葉と笑いに、由比ヶ浜がビクリと反応したのが見えたから。見えてしまったから。

彼女が傷付くと、痛がると分かっていて、尚それを。

「えー、でも結衣の反応は如何せんオーバーというか」

それでも食い下がるお喋りな鳥に小さくない怒りを抱くが、それを顔に出すこともしない。ただこれ以上付き合ってやる気もない。

もうパンは残っておらず手元には包装のビニールだけ。それを握り潰すとそのまま席を立つ。


「……トイレ行ってくるわ」

「あ、ヒッキー……」

「三限の準備もあるしここには戻らんからな」

結局俺は別の意味で耐えられなくなった。俺が自分の情けなさ故に由比ヶ浜をまた傷付けた事実と、未知の傷より既知の痛みを選んだ臆病さに。

きっと縋るような目をしていただろう由比ヶ浜の方は極力見ず、他三人の声を意識の外へ追い出しながら足早に学食を後にした。

だが学食を出てすら開放感はなく、曇って薄暗い灰空も、落ちてくる水の粒と雨音も全てが気に障ってどうしようもなく神経が削られていく。誰かや何かが傍にいることが、堪らない。

そのまま人の中に飛び込む勇気なんて有る筈もなく、俺は三限に出席することなく大学を後にした。

それもまた由比ヶ浜と彼女の傷から逃げ出すための口実であったこと、それを自分の中で誤魔化す余裕すら残っておらず、俺は自宅へ……薄暗い己の巣穴へと逃げ去るしかなかった。


家に着いてから、俺は何をする気にもなれず布団の上に転がっていた。

パソコンに向かうこともなく、携帯ゲーム機に集中も出来ず、本を読んでは頭に入ってこない。閉め切った窓の外から途切れず聞こえてくるくぐもった雨音の干渉だけ受け入れて、それ以外に力も意識も割くことは無かった。

スマホは例の如く振動すらないサイレントモードで、手に取ろうという気にすらなれない。手に取った先、痛みが待っているのが分かっているからだ。

石橋を叩いて渡り、水溜まりは長靴に履き替えてから踏み越え、平野を歩くのに金属探知機は欠かさない。それだけやって尚神経を太く太く保っていなければ痛みに折れず生きていくことは出来ない。それが高校の三年間で得た一つの結論だ。

誰だって痛いのは嫌だ。怪我なんてしたくないし、病気なんて以ての外。それでも人生は寒風熱気まきびしに地雷だらけ、空調完備の飛行機で人生のトラップなど関係無しと悠々生きていけるのはほんの一部の貴族だけ。その貴族だって飛行機内の人間模様次第で安寧の部屋は苦痛の匣へと変わってしまう。

なればこそ痛みに耐えることを美とする風潮は、避けざる痛みを徳と定めて心に麻酔を打つ欺瞞に他ならない。それは一片の真実だ。

だが一片は一片、少年探偵には悪いが真実は一つじゃない。


俺は由比ヶ浜結衣が好きだ。

彼女の幼くも可愛らしい顔立ちが好きだ。

その幼さに反するような色香を詰め込んだ豊満な肢体が好きだ。

くるくる変わる多彩な表情が好きだ。

中でも底抜けに明るい輝く笑顔が一番好きだ。

自分を置いても誰かの傍に寄り添う優しさが好きだ。

俺だけに見せてくれる涙と感情が、溜まらなく愛おしくて大好きなんだ。

だが好きであればあるほど、俺と彼女の在り方が理想とズレていることにこれ以上ない痛みを感じてしまう。

ベストな結果はほぼあり得ず、その中で苦しみながらベターを探していくしかないという現実が更に苦痛を伴う。


それでも、その痛みの先でしか彼女と共にいられないのなら俺は喜んでそれを請け負おう。確実な幸福の為の痛みなら、いっそマゾヒストを演じても良い。個々の性癖や痛覚への耐性・質などは関係無く、道が見えていればこそ経過の一つとして望まれる痛みもある。

ならばこそ避けたくない、そんな痛みなら欲しい。是非その痛みを請け負いたい。

……請け負いたかったのに、そんな痛みへの願望すら俺個人のものであるとしたら……そんな想像が俺と俺の望む道、未来を蝕んでいる。彼女が痛むことを何より怖れ、それでもその為に彼女を傷付けなければならない矛盾。

何故男女の関係というものがただ二人だけの間で完結しないのだろう。

何故不特定多数の有象無象との関わりすら配慮して関係を築かなければならないのだろう。

今の由比ヶ浜を取り巻き人間達は俺にとっては誰もが有象無象の障害でしかないが、由比ヶ浜本人にとってはそうではない。端から光の中に居ることを諦めた俺と、そもそも光源である彼女とで社会との関わり方を合わせてはどちらかが立ち行かなくなる。

ロミオとジュリエットとまで気取るつもりはないが、心と立ち位置で何故すれ違いが起こってしまうのだろう。

今の俺を取り巻く世界に在るのが俺と彼女だけなら良かった。

痛むのは俺だけで良かった。

何をしたって俺だけが痛いなら、それだけで良かったのに――。


ふと気が付くと、外は暗かった。

雨音は依然変わらず不定のリズムを一定に保って続いている。

恐らくネガティブの沼に沈み込んでいる内に意識が眠りを選んだのだろうが、変わらない外の音色が視覚と聴覚のバランスを崩して意識を曖昧にしていたのだと言われても多分信じてしまう。そのくらい現実感が希薄だった。

時間を確認したくて無意識にスマホへ手を伸ばしスリープを解除した瞬間己の迂闊さを呪うが、ロック画面に着信の情報はなく頼んでもいないメルマガが一件届いているだけだった。ぼっちにとっては何時も通りの画面の筈なのに、頭の中を安堵と寂しさが半端に混じった感覚が支配する。それを暫く弄ぶも、腹腔の訴える空腹感がそれを打ち切った。

時刻は19時前。

時間は頃合いだしこの雨模様では外食も億劫、冷蔵庫の中身もそこそこなので本日の夕食は自炊をすることに決めた。

金銭的にも献立のルーチン的にも外食ばかりで腹を満たすわけにもいかぬと引っ越し前から自炊の有無は考慮していたところで、最初は戸惑い面倒だった手順も少しずつ馴染んできたところだ。

まな板と包丁を洗い清め、家を出る際に「これを小町だと思って、大事にしてね……!」と押し付けられた飾り気のないエプロンを纏い冷蔵庫から食材を取り出そうという、その瞬間。

〝ピンポーン〟

呼び鈴が鳴った。


住処が住人の性質を表すのか、部屋すらステルス性を発揮しているらしくここに棲み着いて一ヶ月新聞とか宗教とか怪しげな勧誘が玄関に立ったことはない。かといって通販を頼んだ記憶もない。そもそも今のところこの部屋の呼び鈴を鳴らしたことがあるのは由比ヶ浜と小町だけだ。

……普段の俺ならばこの時点で来訪者が誰であるか察し、受け入れるか否かを考えたろう。しかし今の俺の精神状態は平時より不安定で、料理という作業の切れ間が集中力の断絶を生み、更に何時もは有る筈のスマホへの連絡が皆無だったことでその可能性に思い至っていなかった。

或いは、それを無意識に望んでいたからこそ本能が理性と記憶を切り離していたのか。

殆ど無意識に玄関を開けた俺の前には、今の俺にとって誰よりも会いたくて誰よりも会いたくなかった人が、

「……あ、ヒッキー」

由比ヶ浜結衣が立っていた。


「ンまい!」

てーれってれー。

「ヒッキーこれンまい! スゴいよヒッキー!」

「いいから飲み込んでから話せ、な?」

口から内容物を零しそうな勢いでモゴモゴ感動している由比ヶ浜。しかし俺と彼女の前に置かれているのは簡素な炒飯とインスタントのフカヒレ玉子スープという熱烈中華食堂も吃驚なお粗末さである。

男飯なんぞ「切る」「混ぜる」「焼く」の三拍子で済ませるのが仕儀であり、炒飯焼き飯は今昔問わず男の台所事情を支えるベストパートナーなのだ。

「んぐんぐ……ぷは。 いやでも本当に美味しくて吃驚しちゃった……もしかしてヒッキー、あたしより料理上手い?」

「こんなもん誰でも作れるだろ……まぁ由比ヶ浜の場合料理以前の問題だからそも勝負の土俵にすら立っていない」

「ちょ、失礼だし! あたしの料理はオママゴトって言いたいの!?」

「お飯事でも食材を扱ってる意識はあるんだよなぁ」

「い、意識くらいあるし! 農家の皆さんにちゃんと感謝してるし! バカにし過ぎだからぁ!」

俺の軽口にズレた返答でギャーギャー騒ぎ出す由比ヶ浜の姿にホッコリしつつもつつがなく食事は進む。


「……でも、あたしがチャーハン作るとべちゃべちゃになっちゃうし焦げるし玉子もおっきく固まっちゃうし、ヒッキーがこんなに美味しいの作れるのちょっとショックかなぁ。 ちゃんとお店のチャーハン!って味だし」

「まぁお前の場合はもっと意識しなくちゃいけないところが多いんだろうが、炒飯自体は基本さえ押さえてれば所謂『店の味』には簡単に近づけるんだよ」

「え、そうなの?」

「そうなの」

炒飯の基本は「中華鍋、フライパンは白い煙が上がるくらいに熱する」「パラつかせるのには冷や飯の方が向いている」「かき混ぜるも調味料の投入もスピーディに」の三つで、これさえ守れていれば最低限パラパラの炒飯にはなる。

味は好みが分かれるところではあるが、所謂「お店の炒飯」というのは大抵味の覇王的中華スープの素を使っているため、味付けには塩胡椒にスープの素を加えれば驚くほどお店感が出るのだ。これはネットの炒飯考察、小町のアドバイス、そして俺の経験からの結論である……ということを由比ヶ浜に説明してみた。

「でもそういうスープの素って身体に悪いんじゃなかったっけ?」

「それは一部におけるソースの無い誹謗中傷みたいなもんで統計上それが原因の健康被害は出ていない筈……まぁ主成分がナトリウムとは言うから、摂り過ぎは良くないってレベルで考えれば良い」

某新聞社員とU山とその生みの親には悪いがデマゴーグはいけないと思います。


「ふーん……やっぱりヒッキーは物知りだね」

「殆ど受け売りだけどな」

「でもでも、あたしは今まで何にも知らないで作ってたんだなって思ったから……」

「お前の場合レシピすら見ないで作ってるもんな」

「……」

「……そこで黙らないで貰えませんかねマジで」

やっぱり料理以前の問題じゃないか。どんな料理でもレシピ無しのソラで作れるようになるまではそこそこの研鑽が必要であって、最低限の下積み経験すら無しで見た物食べた物をハイレベルで再現出来るとかどこのラノベの主人公だ。お料理チートラノベか、多分流行らない。

とまぁそんなこんなで食事も終わり、今回は会心の出来だったと少しだけ気分を良くしながら今は食器を洗っていながら、なんともなしにテレビを見つめる由比ヶ浜……一時間前の彼女の姿を思い出す。


〝誰だ?〟

そう思わず口にしてしまいそうになるほど、普段の彼女からかけ離れた空気を纏っていた。

髪型、体格、輪郭、服装、顔立ちまで全て由比ヶ浜結衣なのに、その全体像から受ける印象はまるで異なっていた。

服の端々を濡らし、俯き足下を見つめる彼女の姿は何時もよりずっと小さく――元々小柄ではあったが――見えた。

ドアを開けた俺の姿をゆっくり見上げた彼女、その蔭りを正面から見つめる。灯りが落ちた、光のない由比ヶ浜結衣。

「……ごめんね、急に来ちゃって」


これは俗に言う「ピンポーン→来ちゃった☆」というアポ無しの到来により無防備迂闊な姿状態を見られ破局に繋がるパターンか愛故の暴走とその無遠慮さに疲れ果てやっぱり破局に繋がるって黄金パターンだな!?……などと口に出せるはずも無く、その弱々しさに息を呑んだ。

「……いいから、入れよ」

「いいの?」

「結構濡れてるし、流石にそのまま放置する気はねぇよ……細かい話は後でな」

「うん……」

今日の雨が豪雨というわけでもないしずぶ濡れでもないが、それでも締め出し放置するなんてあり得なかった。


聞きたいこと、言いたいこと、思うこと、感じること……色々あったが、きっと原因は俺の態度や行動に起因することなのだろう。そう思えばこそ再び胸は痛み出し、問題から逃亡してもただ選択肢が減少していくことだけなのだと改めて実感していた。

その後は彼女にシャワーを貸し、曰く「突発的お泊まりイベントの為の備え」と小町から渡された女物のパジャマを渡し(その際何故こんなもの持っているのか訝しがられたが、小町の差し入れと告げると納得された。小町ェ)、調理実食を経て今に至る。

何時もより気を使って作った炒飯は好評。シャワーで身体、ご飯で腹を暖めた由比ヶ浜の空気はある程度上向いたようだ。

お腹が一杯になったら多少でも機嫌が直るとかちょっと……と、今は思えない。寧ろちょっとしたトリガーでメンタルのバランスが取れるその性質が羨ましくもあった。

それが彼女のなりの俺に対する配慮、演技である可能性には目を伏せた。


「……ほれ」

「あ、ありがと……」

洗い物は終えたが、そのまま戻るのも気が引けたので二人分のコーヒーを淹れて差し出す……コーヒーと言っても粉末タイプのカフェオレという安っぽさ。

マッ缶ほどでないにしろ糖分乳成分過剰な甘味飲料だが、それでも薫るコーヒーの匂いがざわつく心を幾分落ち着けてくれる。

由比ヶ浜の方も、ずずと小さく音を立て啜ると、

「おいしい」

そう頬を緩め、周囲の空気は蕾が微かに花開いたように陽気を振りまいた。

何処か言い訳じみた気遣いの代価としては貰いすぎなくらいだったか……そんなことを思いながら彼女の正面に座る俺もカフェオレを啜り始める。

ず、ずず、ずずり。

啜る音が近く、何をやっているのかも知れないテレビ番組の音声が遠くなる。

俺も由比ヶ浜も啜る途中でチラチラと相手の顔を窺い、目が合っては視線をカップに移してまた啜る。

ず、ずず、ずずり。

時間の感覚が引き延ばされては縮み、舌と口内の粘膜を焼くような熱いカフェオレと軽くなっていくカップだけが現実感の指標だった。


やがて熱を保ったままカップは空になり、どちらともなくテーブルへ下ろす。

コト、という軽い音がテレビの音声を現世に引き戻すスイッチ。雨音は何時の間にか疎らで小さく、雨脚はようやく弱まりつつあるようだ。

「……三限」

ぽつり、由比ヶ浜が呟いた。

三限、今日のことだろう。

「三限、出てなかったよね」

視線を落としたままの問い。多分これは会話のとっかかりで、内容自体はどうでもいいのだろう。

それでもその確認、少なくとも俺が三限に出席していなかったことを把握している彼女は、きっと俺のことを探し待っていたのだろう。その気持ちは優しく有り難く、しかしチクリと痛みを胸に残す。

「……何かあった?」

「別に……ちょっと体調が悪くなってな」

「そう、なんだ……今は大丈夫なの?」

「ああ、帰ってから直ぐ寝たし」

「うん……」

俺の言っていることは勿論嘘で、それは由比ヶ浜も把握していることだろう。


俺の様子がおかしくなったこと、そしてその直後に三限だったこと。

それを由比ヶ浜が目撃していたこと。

……言い訳の仕様がない。ただ口にさえしなければ学食での一件が原因であると、俺と由比ヶ浜の関係への言及が引き金だったことを無に出来るのではないか……少なくとも俺はそう思っていた。浅ましく情けない、逃げの染みついた卑屈な性根がそれでも俺の本性だった。

また沈黙。

特に有り難くもない食レポを行っているらしいテレビの脳天気な音声に僅かな苛立ちを覚え、しかし空間を完全な静寂へ落とすことを妨害していると考えれば縋り付きたくもあった。俺の気持ちも考えずにただ緩慢なやり取りを繰り返してくれる、そんなことも救いになる。

だがそんな俺の内面を知って知らずか、由比ヶ浜はリモコンを拾うとテレビの電源を落とした。

沈黙は静寂へと近づき、しとしと小雨の音のみが部屋を満たしていく。

そして、

「今日ね、皆で遊びに行ったの」


ぽつり、由比ヶ浜は話し始める。皆、とは学食の面子のことだろう。

由比ヶ浜の周囲に寄ってくる人間は何もあの三人だけではないが、それでも一個人としての付き合い、その距離まで近づけているのはあの三人だけだろう。俺のような種類の人間とは決して相容れる存在ではないが、それでも三人は由比ヶ浜と同じく「光っている」側の人間であるのは分かる。

手っ取り早く誰かとの距離を詰める手段、それは相手と同じステージに立つことだから。

「今までは、ずっと断ってたんだ」

「そうか」

「……なんでって、聞かないの?」

「……自惚れでなりゃ、俺と一緒にいるためなんじゃねぇの」

「うん、自惚れじゃないよ」

俺と家路を共にする為に誘いを断っている、そんな話も聞いていた。

かつてのクラスと部活の両立、それとは訳が違う。その時よりも由比ヶ浜を取り巻く環境は広く浅く、或いは狭く深くなっている。前者は学校社会での振る舞いであり、後者は俺のことだ。高校という枠を取っ払えば、前者と後者の距離は果てしなく離れていく。

選択肢が増えるということはそれだけ道の種類や行き先が増えるということで、進めば進むほど隣合う道は減りそれぞれが交差することも無くなっていく。大学という自由は異なる道や可能性に踏み出す場であると同時に、異種間を引き離す壁のようでもあった。


「誘ってくれたのは牛くんで、本当はヒッキーも一緒にって……学食に連れてきたのもそういうことだったみたい」

「見知らぬ連中に混じって遊ぶとか、そりゃぞっとしないな」

「あはは……」

何時もの俺の自虐に何時ものような苦笑で応え、由比ヶ浜は続ける。

本当は今日も俺との帰宅を選ぶつもりだったが、俺のサボりで予定が宙ぶらりんになってしまったところに誘いがあったこと。

気にすることも無いだろうに、俺に対する後ろめたさで連絡を取れなかったこと。

新しい友人達に囲まれ遊ぶことは楽しかったということ。

そして、今彼女が俺の部屋を訪れた切っ掛け。

「ゆとりがね、昼間のこと謝ってきたんだ。 無遠慮だったって」

ゆとり――昼間に俺達の関係に言及してきた駒鳥ゆとりのことだ。

ゲーセンで男二人が遊んでいる隙に謝罪してきたらしい。


彼女に悪意はあったろう。だがその悪意は好奇心と裏表、決して誰かを傷付ける意図があったわけではない。それはそれで独自の質の悪さはあるだろうが、今回に関しては俺達の関係……というより俺の面倒臭さに地雷の位置を読み違えただけだろう。

だからといって俺の彼女に対する印象がプラスになるわけではないが、内面が見えれば割り振る懐の深さも変わる。少なくともかつての魔王のようだった女性と比べればまだ可愛いものだ。

何より俺と由比ヶ浜の関係について彼女の予想は当たっているし、今回のことも異性からのアピールをそれとなく躱し続ける由比ヶ浜の振る舞いから、助けるつもりで周囲への牽制も目的に含んで話を振ったということらしい。

俺としてはノータッチで居て欲しかったんだけどなぁ心の平穏的に。Yesぼっち!Noタッチ!

とまぁ駒鳥さんに関してはそれで良かった。

問題だったのは男二人……というかその片割れだった。

「その後に牛くんからね……甘やかしてもヒッキーの為にならないって、言われたの」


『由比ヶ浜の優しさは美徳だが、それでアイツの間違いを正すことは出来ない……誤解されるような態度や距離感を続けるべきじゃない』

あの男はそう言ったらしい。

それは駒鳥さんと同じく踏み込み、そして牽制。

「牛くんね、あたしとヒッキーが付き合ってるなんて冗談でも信じられないって、そういう質の悪い冗談はあたしにもヒッキーにも毒だって……からかう感じもなくて、まっすぐ、言われて……」

次第に顔を伏せ、声のトーンも下がっていく。

光源から夜闇の先を見通すことが出来ないように、光の中に居る人間には闇の中にいる人間のことを伺い知る事は出来ない。

猿野郎が俺のぼっち事情を理解出来なかったように、友人というだけならまだしも由比ヶ浜という光が俺という陰と深く交わっていることが信じられない……というより常識の外、物理法則をねじ曲げるが如き不条理なのだろう。

人は自分の想像力、認識を越えた事象を信じ受け止めることは出来ない。

牛山という人間は由比ヶ浜が正しく俺が間違っていることを認識し、その上で正しい由比ヶ浜と間違っている俺の距離感そのものが間違っていると、あり得ない不条理だと言い切ったのだ。そこにより強い光への憧憬はあっても悪意はない。

薄暗がりにいるのは可哀相だと土竜や吸血鬼を太陽の下に引っ張り出そうとする感性。正しい人間が正しく持つ正しい価値観による正しい傲慢さ。

……牛山に限った話ではなく、闇を遠巻きに眺めるだけで育ってきた人間はきっと皆同じだ。

己の正着を疑わない者は何より強く、そして強い者は殺意すら抱くことなく地這う虫共を蹂躙出来る。


「あたしと、ヒッキーが……そう誤解されたら、困るだろうって、あたしとヒッキーじゃ、男女のどうとか、それ以前にしか見えないって……言われてたら、つらくなってきて、我慢、できなくて……」

それで三人の下から離れ、逃げ去るようにここまで来たのだと。

「ごめん、ヒッキー……ヒッキーは、あたしのこと考えて、学校じゃ離れてるって、分かってるのに……違うって、ヒッキーとはそんなんじゃないって、あたしから言わなきゃいけなかったのに、こんな風に、急に来られても迷惑だって、分かってたのに、ごめんね……」

途切れ途切れに搾り出すような由比ヶ浜の言葉は、泣いていないのが不思議なくらいに悲痛な響きを伴っていた。

「本当は、一緒に帰ったりとか……ダメなのに、あたしがズルいから、自分のことだけ考えてて、ヒッキーのことなんて、全然考えて無くて……」

〝ズルい〟

〝自分のことだけ〟

きっと由比ヶ浜に他意はない。

精神攻撃とか、良心の呵責を刺激しようなんて意図は無い筈だ。

だが俺の心の棘は、杭は、言葉の度に罪悪感という槌で打ち付けられている。

打たれる度に心臓は脈動し、血流で砕け散ると錯覚するくらいに痛みを伴う。

痛みで自責を希釈する、自分の心だけを守る為の防衛機能。浅ましく生き汚い俺自身の証明。

だが、それでもこの痛みはきっと俺だけのものではなくて、その源泉は。


「ほ、本当は、あたしも、分かってるのに、ヒッキーは、あたしと全然お似合いじゃ、なくて、誤魔化さなきゃいけないくらい……なのに」

俺が本当に由比ヶ浜のことが好きなのならば、由比ヶ浜に感じる罪悪感は彼女の傷や痛みに対してのものである筈で。

ならばこそ俺はこの痛みを例え僅かでも、和らげなければいけないのではないか。

そうしなければならない筈だ。

「ヒッキーと、付き合えたってだけで、それだけで舞い上がっちゃって……う、牛くんの言うとおりだよ、あたし……本当は分かってるのに、ヒッキーは、あたしなんかより……」

「由比ヶ浜、それは違う」

これ以上を言わせてはならない。

彼女の自傷と、それを眺めて痛みを共有する俺の自傷。その両方を止めなければならない。

既にかつての自分への退路は断たれ、このままでは前にも進めむことはできない。

留まる選択肢なんて、無い。


「違わないよ、あたし、ずっとヒッキーのこと見てきたから、分かるもん……ヒッキーとあたしじゃ……ヒッキーは、あたしよりも」

「そうじゃない、そうじゃないんだよ……」

確かに俺と由比ヶ浜では釣り合わず、また似合いの二人とも言えないだろう。

光があれば影が出来るのは必然。だが光を遮る何かがあってこそ影は生まれ、俺という障害物が由比ヶ浜の近くに在ればそれによって本来浴びるはずの光を遮られた者達の不興を買う。

俺のように集団から孤立して生きている人間が、由比ヶ浜のように誰かや何かと繋がることで輝く人間の傍に居ること自体が歪なんだ。だからこそ俺は何時までも煮え切らず、対外的には実情を隠してただ自分達だけが知っている関係性を持っているというだけで満足した振りをしていた。

だがそれは所詮外野の事情でしかなく、俺の想いの丈と裡はそんなものと関係無いはずだ。きっと由比ヶ浜の気持ちも。

だから、伝えなければ。

「俺が好きなのは、お前だけだ」


だが、

「違うよ……ヒッキーは優しいから、嘘吐くの。 あたし、知ってる、から……」

〝言ったから分かるというのは傲慢なんだよ〟

以前自分の言ったことが、今その形を縄に変えて俺の首を締め上げている。悲観と諦観で結われた強固な縄は、掻いても掴んでもその力を緩めない。

息の詰まるような苦痛に耐えながら思い出す。かつて俺達の中で、由比ヶ浜が一人大人だった。

言っても分からないと、現実は残酷だと、悲観的に世界を呪うか拒絶するしかなかった二人を余所に、一人だけ伝えようと、感じようと、必死に藻掻いていた。欲しいから、諦めたくないから、幸せになりたいから……何時如何なる時でも力を尽くす、そんな彼女の直向きさは成熟した心の形を証明していた。

その果てに、逆に一人悲観へ沈んでいこうとしたこともあった。それはきっと今も同じで、俺が伝えないから、俺が諦めているから、またこんな事を繰り返してしまう。縄と重力に身を任せれば、一時の苦痛の果てに安寧が待っているのだと。それもまた必要な痛みなのだと。

でも、俺だって欲しかった。

違う、今も欲しいんだ。

誰を殺しても、何を壊しても、手に入れたいんだ。

言葉で手に入らないならどうするかなんて、それこそ考えるまでもないことだ。


だから、

「由比ヶ浜」

俺は彼女を引き寄せ、抱き締めた。

力の加減が分からない。それでも壊さないよう、けれど逃がさないよう力を込める。

一年以上前、彼女に想いを伝えたとき以来の温もりと柔らかさが縄も杭も皮膚も心も焼き尽くしていく。

「や、やめてよ……これ以上、やさしくしないでよ、つらいから、あたし……」

身体に力はなく、それでも強ばった身を捩り逃げだそうとする由比ヶ浜だが、逃がさない。逃したくない。

「……俺は嘘吐きかもしれないが、優しくなんてない。 だから、今お前が辛いとしても、離さないし、言うのも止めない……好きなんだ、由比ヶ浜」

「うそ、だよ……信じられないよ」

「でも信じてくれるまで、続ける……それしか、俺には出来ないから」

一息。

「好きだ由比ヶ浜、俺には今までも、これからも、お前だけなんだ」


……何時かのように、後で思い返してのたうち回ってスーサイドるのが分かりきった睦言。

でもその程度の痛みで済むなら、黒歴史なんて幾らでもノートに書き加えてやる。

痛むことを諦めるんじゃない、自分の在り方を諦めるのでもない。

諦めないために、変わろう。それを許容出来るくらい強くなりたいんだ。

今この時の為に……由比ヶ浜と、由比ヶ浜を好きな俺自身の為に。

「……でも、それで、あたしが良くても、ヒッキーが……ヒッキーが辛くなっちゃったら……」

「いいんだよ、もう、なんだ、その……覚悟はして……否、出来てなかったから、さっき覚悟した」

かつて彼女と想いの交換をしたとき、俺は自分と異なる、寧ろかけ離れた所にいる存在と寄り添い繋がる覚悟をした……つもりだった。けど実際は言葉だけ、実の伴わない三日坊主の思いつきでしかなかった。だから今、改めて覚悟する。

「俺はもう、お前の人付き合いとか、外面とか、気にしない……学校でも何処でも、俺の傍に、居て欲しい……居てくれると有り難いというか、出来る限りその可能性を考慮して貰えると、なんだ……」

……覚悟できてねぇなぁ。当方に迎撃の用意無し。でも言い出せただけ今までよりはマシなんだろう。


「……ヒッキー、その言い方はちょっと格好悪くない?」

「う、うるせぇな、仕方無いだろ……」

今はまだ俺は俺なんだから。格好いい大人な比企谷八幡君はこれからってことでオナシャス。

胸の中でクスクスと笑い始める由比ヶ浜の感触がくすぐったくて、けれど強ばっていた彼女の身体が少しずつ解れていく感触に俺の心も少しずつ平静を取り戻していく。

「ヒッキーの言いたいことね、分かったよ」

「そ、そうか……じゃあ」

「でもね、まだちょっと足りない」

「え」

「ヒッキーのこと信じたいけど、でも、もうちょっとだけ、ヒッキーの気持ちが欲しいな……そしたら、信じられる、かも」

な、何が欲しいんですかね……いや殆ど予想は付いてるんですけど、そこは炒飯お代わりとかだと有り難い。

「……キス、して?」


ですよねー、二人は幸せなキスをして終了ですよねー。

一旦緊張が途切れると、さっきまでの覚悟は何処へ行ったかというくらい比企谷八幡は鶏肉になってしまうのだ。違う、チキンになってしまうのだった。

……しかしキスをねだって上目遣いな由比ヶ浜が、涙の零れる寸前だったのだろう由比ヶ浜の瞳が、表情が、あまりに、あまりに、可愛くて、綺麗で、愛しくて、俺の心臓はさっきまでと全く違う角度・方向からの衝撃で今度こそ粉々に砕け散った。

していいのか。

キス。

接吻。

口づけ。

口吸い。

していいんだな。

「わ、分かった」

「うん……」

答えると、由比ヶ浜は俺の顔を見上げたまま目を閉じた。


それだけで、期待している彼女の表情だけで、どうしようもなく頭の中が滅茶苦茶になっていく。

俺自身も待ちきれなくなって、一度だけ深呼吸をするとそのまま顔を近づけていく。

初めてではないのに、まるで一番最初の時のような……或いはそれ以前、親しい異性などいない状態で「それ」に憧れ妄想を逞しくする中学生のような心持ち。

狙いを外すのが怖くて目は開けたまま、近づけ、近づき……やがて、唇同士が触れ合った。

「ん……」

くぐもった由比ヶ浜の喉の音。

柔らかい、柔らかい、柔らかい唇の感触と温もり。感じながら、目蓋を閉じる。

彼女の腕が俺の背中に回され、指が淡い力で俺の服に皺を作る。

由比ヶ浜の匂い。

触れる髪の毛。

荒れる脳内。

暴れる心臓。

満たされる心。

もどかしい感性。

何もかもない交ぜで、その全てが唇の感触に集約される。


動けない。動きたくない。

そのままどれだけの時間が経ったかも分からず、浅い鼻呼吸だけではいい加減苦しさを覚え始めると、どちらともなく顔を離した。

「はふ……」

息を漏らす由比ヶ浜の顔は桃色に染まっている。とろりと焦点の合わない夢見るような瞳は先程より更に潤みを増し、臨界を越えてとうとう目尻からこぼれ落ちた。

「ひっきぃ、もっと……もっと欲しいよ……」

涙を流しながら、彼女は更に欲しがった。

断る理由なんて無い。

今度は予告も何もなく、勢いで歯をぶつけない程度のスピードで顔を近づけ、再び触れ合う。

触れ合うだけでなく、擦りつけるように、啄むように、唇に動きを付けた。

新しい刺激が加えられる度に由比ヶ浜はピクピクと身体を反応させ、その度俺の動きを真似るように行為は濃密さを増していく。

これ以上ない触れ合いの幸福感と、まだアクセルを踏み込もうとする飢餓感。

満ち足りている唇と裏腹に不足を訴える首から下を慰めるため、より身体を密着させる。

ビクリと大きく反応した由比ヶ浜だったが、彼女も同じ気持ちだったのか押し付けられる俺の身体に自身の身体を揺すり擦るようにして応えてくれた。


そしてまたどれだけ時間が経ったのか、どちらともなく身体を離す。

涙は収まり、しかし更に表情は熱を増して、呆けたように力無く何かを誘い待つような危険な雰囲気を醸している。

そんな由比ヶ浜も愛おしくて、暫く夢見る彼女の顔を眺めている。

すると、ぽつり、

「……だいじょうぶ?」

そう問うてきた。

「大丈夫、て……」

それは寧ろ俺の方が聞きたいくらいなんだが、二度のキスで現実の境界が曖昧になりつつあるのは確かに大丈夫ではないかもしれない。由比ヶ浜の表情もそんな危うい状態を俺と同じく抱いていることを想起させ――

「ひっきぃ……」

俺を呼ぶ彼女の視線が下へ移動する。

下へ。

下。

……。

…………あ。


「……す、すまん、というか、ごめん、というか」

お前のドリルで天を突け。

個人戦士俺ダム。

戦士再び。

比企谷テント村。

赤字で強調されそうなコメント群が脳内を埋め尽くす。ALERT!WARNING!

……想定しておくべきだった、思い出しておくべきだった。

キスってヤバいんだ。何がヤバいって、ヤバいくらい息子が反応する。

勃起のメカニズム、ちょっとした欲望との接続でも文字通り脊髄反射的に硬くなる息子事情を考えれば、本番以外で最も性的な接触とも言えるキスに反応しない筈がない。これまで過去二回のキス、それこそ触れ合うくらい淡いものですら過敏に反応し、その後はテント状態にならないよう位置やら加減に苦労したものだったが、今回はそういう意識が飛ぶくらい長く濃密なキスだった。身体を擦り合わせたときにビクって反応してたのはこれがバレてたからだな寧ろなんで気付かないんだよ俺○ねよマジで。

幾らなんでも台無し過ぎる。僕は死にましぇん!と叫びながら社会の窓がフルオープンアタックとか、そこに愛はあるのか?と問う男が返り血レッドだったりとか、事件は会議室でなく現場で起こってるんだという引きこもり万年事務員とか、そういう物に通じる残念さが今ここにある。しかし我ながらなんでこんなに例えが古いんですかね、何処でネタ拾ってたんだ俺……。

決して外には漏らせない懊悩で脳神経回路をグルグル回している俺を余所に、粗末なテントをボーッと眺める由比ヶ浜。気分は乱暴されてる現場を恋人に見られてしまう女性の気分。み、見ないでぇ!

そしてまたいつぞやのように由比ヶ浜の手が山の頂に……って、え。


〝ぎゅむ〟

「ヒッ!」

握る、というか揉み込むような刺激にそれこそ脊髄反射で背筋が伸びた。そりゃ間抜けな声も出る。仕方無いんだよ仕方無いんだって。

そしてその刺激は一瞬一回では終わらず、頭頂部を掌で擦りつつ指先は様々な角度から強弱を付けて魅惑の感触を与えてくる。コ、コイツ何時の間にこんな技術を……!

「お、おま……やめ、や、なに、して……う、うぁ」

思い出されるのは何時ぞやの由比ヶ浜による……て、手コキ。おっかなびっくり素人臭いやりとりではあったが(勿論玄人の経験がある訳ではない)、あれはあれで自分の慰めが如何に無力であるかと思い知ったもので、由比ヶ浜には申し訳無いがあれから何度もあの夜をネタに使ってました。だって……しょうがないじゃない……。

そして今貰っている刺激はそれだけで絶頂を迎えるような強さこそないものの逃げ場がなく、少しずつでも強制的に高められていく快感は理性の危機感を余所に本能は大いに喜び身動きがとれないままに更なる感覚をと強請り始めている。捻り鉢巻きの漁師がドヤった決め顔。マグロ!ご期待下さい。

俺の言葉が聞こえてるのかいないのか、由比ヶ浜は熱っぽい瞳のままふぅふぅと興奮を示す呼吸を繰り返しながら行為に没頭していく。その様は熱暴走と呼ぶべきか。

いい加減感覚を誤魔化す為の揶揄的思考もネタ切れになり、このままゆっくりでも昂ぶりを受け入れ果てに到達しても……そんな期待か諦観か判別の出来ない感覚を抱えて堕ちていくことを覚悟したところで、唐突に刺激は止まった。


「え」

由比ヶ浜の手は離れた。

ホッとしたような残念なような、奇妙に絡み合った感情の揺らぎを持て余し一瞬、斜め上を見上げるように呆けていた俺の視線が目前の由比ヶ浜に戻る。

由比ヶ浜は、パジャマのボタンを外していた。

全てのボタンが外され左右の繋がりを失った上着の合間から、柔感の谷とそれを押さえ付ける淡色の下着が覗いていた……ってオイ待て!

「と、止まれ由比ヶ浜!」

ストップ!浜タイム!いやだからなんで今日の俺はこんなにネタが古いんだ……。

突然始まった由比ヶ浜の脱衣に流石に理性が過剰気味勢いを取り戻す。水も飲みすぎれば浸透圧の関係で死に至るようにあまりに強い刺激は盛りに盛った男子学生にも流石に毒で、上着の合間から覗く腰と腹はくびれながらも適度に肉が付いて艶めかしく、中心の臍の窪みがどうしようもなく扇情的だった。

俺の視線に気付いた由比ヶ浜は、桃色の頬を朱に染めて視線を逸らし、

「あ、あっち向いてて……ぬいでるとこは、まだ、恥ずかしい、から……」

心臓どころか内臓全てを爆散させんばかりの台詞を呟いた。いやそうじゃなくてだな。


「な、なんで脱ぐ」

「え、だって……ヒッキーの、おっきくなってるし……」

そっかー、俺のがビッグになると由比ヶ浜が脱いでくれるのかー。やったぜ、これから毎日勃起しようぜ。

……いやその考えはおかしい。いやいや因果関係はおかしくないのかもしれないが、そうあればこそ余計に拙い。

「お、おっきくなっちゃったのは謝る、謝るから……流石に、その、マズいだろ、それ」

「でも、あたし、まだ欲しい……ヒッキーのこと、もっと信じたいよ……」

何時もは爛々溌剌と輝き明確に前を見据えている由比ヶ浜の瞳が、確かに前……俺のことは見つめているものの、色彩は曖昧に濁っている。

その色はきっと由比ヶ浜自身の望みで、濁す不純物は欲望という純水。

「まだ欲しいってお前、これ以上は……」

今の由比ヶ浜は制動が利いていない。ブレーキが壊れている。

スピードの乗った車が急ブレーキ程度で止まれないように、若い男女の情動はそう簡単に止まるものではないのだろう。であればこそ若気の至りなんて言葉とか比喩があるのだから。それでも止めなければ、止まらないと危ない。

だが、


「……ヒッキーは、欲しくないの?」

由比ヶ浜結衣は誘惑する。

いや、多分そこまで考えていない。ただ彼女は欲しがり、俺の身体も欲しがっている証拠を示してしまってる。だから当然のように素肌同士、粘膜同士の接触を求め、それが果たされると思っているのだろう。

由比ヶ浜にも女の子らしい打算、計算高さというのはある。あるが、今の彼女にそんな混ぜ物は無い。

生物として至極当然の欲求。

純粋純正、雌性の欲望。

愛欲。

……そうだ、当然の欲求じゃないのか。性欲だって男ばかりか女だって持っている筈じゃないのか。互いに欲しがっているのなら、それを拒む必要なんて何処にもないじゃないか。

欲しがっているから俺の肉は隆起しているんじゃないのか。そして彼女も欲しがっているというなら、両者の望みを叶えるのが恋人同士の正しい在り方ではないのか――。

「ひ、ひっきぃ……お願いだから、あっち向いてて……」

「わ、悪ぃ」

濁りながらも羞恥で涙を潤ませる瞳に射貫かれ、そのお願いに慌てて背中を向ける。


視界から由比ヶ浜の姿が消え、向き合うものは壁と音だけになる。

心音。

衣擦れ。

心音。

心音

衣擦れ。

心音。

心音。

心音。

上着一枚脱ぐだけ、それだけの時間が異様なほど引き延ばされて感じている。

やがて無機質な壁、自分の心臓と心中と向き合うことに耐え難い感覚を覚え、キツく目を閉じる。

一秒、二秒……十秒、二十秒。一分、十分?

引き延ばされた感覚すら忘れかけるほどの緊張の果てに、

「……いいよ」

待ち望んだ声に、目を開けるとゆっくり身体ごと振り返る。

そして、引き延ばされた時間は停止した。


綺麗とか、可愛いとか。

エロいとか、やらしいとか。

果ては白か黒なんて、何かに例えられる感覚ではなかった。

由比ヶ浜結衣。俺が好きな女の子。

バカっぽくて、五月蠅くて、優しくて、暖かくて、そんな女の子。

そんな女の子が今、俺の前に素肌を晒している。

上半身に何も身に着けず……何も、身に着けず、下着すら。

ただその豊かな乳房、その先端を小さな掌で隠している。

相変わらず夢を遠くへ見つめる瞳は再び零れ落ちそうなくらいに潤んで、頬は桃より更に朱に近づいた色で彩られている。ただ眉は八の字に寄せられて、熱に浮かされながらも隠し抑え切れない羞恥を示し、それが寧ろ加虐心を煽り立てた。

心は逸り、湧き立ち、暴れ回るが、視線はただ由比ヶ浜の素肌そのものに吸い寄せられ、釘付けられる。

「……あ、あんまり、じっと見ないでよ……はずかしい、から」

俺の食い入るような視線に更に顔を赤く、声は掠れてか細く溶けていく。


「や、無理だって、それ……」

そう、無理だ。瞬きすらしたくない。

今この瞬間、刻一刻と過ぎ去っていく時間。それによって起こり得る変化、起こっている変化。例え目視で確認出来ないほど微かなものであっても、一つも見逃したくない。

俺の前に肌を晒した、これから肌を許そうという由比ヶ浜結衣の姿を、余すことなく脳内へ焼き付けておきたかった。

「……か、感想、は?」

恥じらいながらの彼女の問い。

感想、そんなものは。

「なんというか、正直、何も言えない……例えると、偽物になりそうな気が、する」

一目見たとき思った通り、言葉なんて無い。表現を何かの形にすると、それ自体が彼女への冒涜になってしまいそうで、出来ない。

そして美しい物を汚したくない、傷付けたくないという怖れは、次第に欲望の勢いに押し流されていく。

「も、もっと見たいし、さ、触り、たい……だから、その手、どけてくれ」

欲求のまま、吐き出される荒い吐息と言葉。

途切れて纏まらないのは心も体もはち切れそうなくらいに期待しているから。


「う、うん」

俺のどもり気味の言葉に笑いも怖れもせず、由比ヶ浜はさっきまでの俺のようにキツく目を閉じるとゆっくり手を下ろしていく。

やがて、生命豊かに盛り上がる白い二つの丘と、その中に浮かび上がる鮮やかな桃色が現れる。

由比ヶ浜結衣の、乳房と乳首。

一瞬だけ本当に頭の中が真っ白になり、思考がその機能を取り戻すより早く、俺の手は無意識に動いていた。

真っ直ぐ、由比ヶ浜へ。

三秒にも満たない間で、右手は柔らかな感触に包まれた。

「ひゃぅッ!」

突然の感触だったのだろ、由比ヶ浜は触れられると同時に目を見開いた。

そして俺もその感触に思考と行動、その余力を全て奪われた。

「……やわらかい」

思わず口に出た。そう、柔らかい。

思った以上に柔らかくて吃驚したとか、ただ柔らかいだけで特別なものなんて無いとか、そんな飾り立てる言葉や感想なんて一切無い。無粋。不要。


ただ、柔らかい。

由比ヶ浜結衣の柔らかい場所。そこは大きく、豊かで、柔らかくて、ただただその感触が好悪を越えて思考を焼き尽くしていくのを感じていた。

そしてその柔らかさを感じているのが右手だけであることを不自然に感じ、由比ヶ浜に身を寄せると残った左手も彼女の乳房に伸び、

「んうぅッ! ひ、ひっきー!」

そのまま彼女の右乳房に触れた。

左手でも矢張り柔らかい。

両手の感覚が等しくなると、収まりの良さに落ち着く間もなくその先を知りたくなる。

両手、その指に淡く力を込める。

少しずつ沈んで行く指。

埋まる、柔らかさに。

「ぅぅ……」

さっきまでは開いてた瞳を閉じ、何かに耐えるよう掠れた呻きを漏らす由比ヶ浜だが、その様子を気にかける余裕は、無い。


もっと、もっと知りたい。

柔らかさを知りたい。

本能に火が付く。

「ん……あッ! あ、あ、あ、あぅ!」

最早決まった動き、揃った動きをさせる必要も感じられず両手、指を思うままに動かす。

揉みほぐす。

撫で回す。

持ち上げる。

引っ張る。

絞る

全て、全て試したい。

「そんな、いきなりッ! あ、ひ、ひん、ひぅうッ!」

突然の蹂躙に甲高い声を上げる由比ヶ浜の様子を気にかけることもできない。今自分の指がどのように動いているか、どう動かしたいかすら埒の外。

ただ柔らかさを感じ、その変化を目に焼き付けたかった。


……そうだ変化、変化だ。手の中に変化を感じた。

ただ柔らかさだけで構築されているように思えた感触の中に、少しだけ色の違う領域があった。

新たな邂逅にまた好奇は沸き上がり、その部分を親指で弾くように擦り上げた。

「ッッッ!」

眼を見開いて身体が跳ねた。全身ごと巻き込む反応の強さに、気にかけられないまでもそこが特別な場所であることを理解する。

乳首だ。そうだった、これは乳首だった。

乳首の持つ心のある感触もまた何処までも興味を引き、人差し指と親指で以て押しつぶし、転がすように試す。試す。

「そこ、は! だ、だめ、だよ! だめ、だめぇ!」

摘む度、転がす度、芯は硬さを増し屹立する。それに応じて由比ヶ浜の声も悲鳴に近づいていく。

爆発的に湧き出した好奇心はそれを充分に満たし、また的確に活かす為に理性とそれを司る思考にもリソースを割り当てたらしく、さっきまでと比べれば幾分周りが見えるようになった。


見えるから、恐らくは初めての感覚に戸惑い乱れる由比ヶ浜であるとか、現在進行系で自在に形を変える乳房であるとか、殆ど無意識に動いて感触を堪能する手指の様子まで確認出来て脳と局部に再び抗いがたい熱を集め始める。

正しくカッとなり、今までより幾分強めに乳首を摘むと残った指で乳房を包み込むと、左右別方向に引っ張るように動す。

「ひ! ひ、ひ、ひん、ひぅ……んひゅ、ひゅぅ!」

それぞれ異なる方向へ伸びるように広がって行く。ただ驚愕と言うにはあまりに淫らな身の変化。

こんな風にもなるのか。凄いんだな、女の子ってのは。

女の子の身体、由比ヶ浜の身体……異性の存在を強く意識し気付く。思い出す。

今自分が何をしていて、何処に辿り着こうとしているのか。先にどんな目的があるのか。どうしようもなく昂ぶった頭と身体が、これが本能の充足、交合の為の前準備であることを思考に強く刻み付ける。

そういえば、ゴムが無い。由比ヶ浜と〝そう〟なることを意識はしても考えることからは逃げていたため、保険や用心という概念すら抜け落ちていた。

……いや、それマズくねぇか?


今この場には初めての女体に感動し裡に爆発的な衝動を溜め込む俺と、同じく初めてだろう異性からの接触に期待し悶える由比ヶ浜。既に互いの速度は超過気味、そして汗か他の体液で滑る道路は容易に車輪を滑らせる。行き着く果ては事故、負傷、その果ての障害、死――。

ゴムはブレーキだ。100%のストップにはならないという話だが、それでも装着する前提でこそ本質からは遠くとも異性間のコミュニケーションの極致足る性交渉が安心安全の下に行えるのだ。逆にそれが無いことはより本質に近い、というか性交・交尾の本質そのもの。それはあらゆる意味で後戻りが出来なくなることを意味している。

全ての変化が不可逆だとしても、似た状態にすら戻れなくなる。それほどの変化だ。

……責任を取りたいとは思う。先のことなど何一つ確信を持てないが、それでも彼女と寄り添う道の過程で互いの道を本当に一つに合わせることを意識しなかったわけではない。だがここで言う責任など所詮口だけのもの、特に学生である俺が今口にする責任などあまりに軽い。誰かの一生を背負う覚悟はあっても、そこに実質的な力が伴わなければ世迷い言と同じ。それは互いを不幸に導くだけだ。

ならば君子危うきに近寄らず、虎穴に赴くには今の俺はあまりにか弱い……だが、それでも今の状況は。

恐らく、痛みや怖れを越えて俺と深く繋がることを望んでいる由比ヶ浜。

確実に、先に待つ愛情や快楽を期待して由比ヶ浜と深く繋がることを望んでいる俺。

互いが同じ結果を望んでいれば、理性のブレーキなど儚すぎる。


何より、由比ヶ浜に俺の……由比ヶ浜結衣の子宮に比企谷八幡の遺伝子を種付ける、その未来を想像するだけで背筋が震え脳内は過剰に生成された麻薬で滅茶苦茶に跳ね回る。あまりにリスキーなその行為に、これまでの人生の中でも比肩するような経験すら存在しないほどの興奮を覚えている。

止まれない。このままでは止まれなくなる。危ない。危険だ。

ならばまだ止まれる今の内にゴムが無いこと、その危険性を盾に彼女と離れれば良い。名残惜しくとも温もりの代償が今はデカすぎる。それだけが唯一無二の正解だ。

しかし、ゴムが無い……それ故に彼女との接触を断とうというそれは、一ヶ月前にも同じことを言ってしまっている。

一ヶ月前は暴走気味に捲し立てた言い訳の中に紛れていただけだが、それでも彼女がその文句を覚えていたら。同じ言い訳で再び身を離そうとしたら。また彼女は俺の言葉を信じられなくなるのではないか。

これが平時ならまだ冗談めかして煙に巻くことも出来たかもしれない。だが今は互いに理性と本能、現実と夢の境界が曖昧だ。そんなまともに働かない思考で、舌の根も渇かぬ内に矛盾しかねない事実を突きつけて、俺は彼女の信も愛も失ってしまうのではないか。

安全の為の緊急ブレーキ。絶対に必要だと分かりきっているそれを、その代償に確実な快楽も彼女自身も手から零れてしまう。それが何より恐ろしくて、ブレーキを踏む決心が付かない。迷う内に、手の中の感触が、温もりが、確実に理性を蝕んでいく。


抱き締めたい。

温まりたい。

味わいたい。

貶めたい。

堕ちたい――。

でも、それでも、俺は。

「……? ひっきぃ……?」

由比ヶ浜の胸を蹂躙していた両手を離し、その手で彼女の肩を掴んで引き離す。突然止まった感触を訝しんだか、由比ヶ浜は熱に浮かされた顔で俺を呼ぶ。

「……わりぃ、ゴム、ねぇんだよ」

目を合わせられない。そっぽを向いて、キツく目を閉じて、事実だけを簡潔に伝える。

「……それが、どうしたの?」

その言葉の意味が、その意味すら受け取れないほどの欲求に支配されているのか、由比ヶ浜は問い返してくる。更なる言葉、説明を尽くさなければならないのが、辛い。


「いや、お前……危ないだろ」

「……?」

「だから、その……このまま進んだら、ひ、避妊、出来ないまま、その……」

頼むから察してくれ。

出来てしまうと危ない、少なくともまだ早い……そのくらいでストップしてくれるならまだいい。もしそれ以上、子供が欲しいか欲しくないか、なんてところまで話が飛んでしまったら、それを未来ではなく今の状況で語ってしまったら、それは明確な断絶を生みかねない。

多分由比ヶ浜は、今の由比ヶ浜結衣は、愛欲の果てに行き着くところまで行ってしまう。そんな気がするから。

「…………」

分かっているのかいないのか、由比ヶ浜から反応はない。

心地よくない沈黙。内蔵が外側からチクチクと刺され削られ痛んでいく。

またも時間感覚は狂い、由比ヶ浜の沈黙が何秒何分かも分からないままに――

〝ぎゅむ〟

「ヒんッ!?」

またも揉み込まれるような感触で、その時下半身に電流走る……!


しかもその電流は連続して……というか揉み込まれるよう、ではなく実際に揉まれている。優しく、でも逃げ場のない快感はさっきよりも濃厚で、比喩ではなく本当にビクンビクンと腰が断続的に跳ね上がった。悔しい……でも以下略。

「お、おい、だから、な、なに、やって」

突然の状況に思わず目を見開いた。

このショックの電源は勿論由比ヶ浜の手だ。上半身裸の由比ヶ浜が、乳房を晒した由比ヶ浜が、先端の桃色を隠すこともなく、俺のズボンに形成されたテントの頂上に手を伸ばしている。

揉み込む指の動きは次第に上下のストロークへと変化していき、芯の屹立が頂上に達する頃には布地の上から一月前を再現するようになっていた。

「やめ、やめろ、あ、あぶない、って、おま、おまえ」

布地を介し、またストロークも短いその感触は一月前のソレと比べるべくもない。しかし刺激が弱い故に胸の中でもどかしさが爆発的に膨らみ、目に映る光景の現実感の希薄さが理性と本能、意識と無意識の境界を曖昧にしていく。

危ない。危ない。危険だ。

このまま、このまま全て曖昧に混ざり合ってしまったら、もう俺は何を言われても何を思い出しても本能の暴走を押さえ込める自信が無い。そしてその果てに負いかねない傷を、生々しく想像してしまう。

それだけはダメだ。その傷だけは、絶対にいけない。無期懲役とか死刑とか、それくらいじゃ贖いきれない咎だ。そしてそれを明確に意識しても止めど得ないほど一ヶ月ぶりの狼達は餓えて我を忘れている。


だが由比ヶ浜は、

「……じゃあ、あぶなくないよう、出しちゃえばいいじゃん」

そんなことを、言ってしまう。

ストロークが止まり、より強い力で布地ごと怒張を握り込んだ。

「ッッ!!?」

一瞬息が止まりそうになる衝撃。日頃の自慰では、というか一般的な自慰に於いては配慮の外にある手法……緩急。緩め急ぎ、その配分で性感をコントロールする……いや本当、どこでこんな技術を。本当に処女なのかこいつ。レベル上がりすぎィ!

「そ、それが、あぶな、ッ、いって、ぅあ、いってん、だよ……!」

嬉しいやら恥ずかしいやらでもやっぱり嬉しい由比ヶ浜のレベルアップだが、それを素直に受け止められないくらいに事態は切迫している。今は連続するその快感に身体の方がどう動くか迷っているが、このバランスが崩れれば所詮女子の力など弱いもの。強引に振りほどいて組み敷くことなど造作もないだろう。今こうして最悪の事態を危惧する思考も、恐らく幾分も維持はできまい。

今は如何に快感で俺の身体をコントロールしているとしても、いざ理性の許容が限界を超えれば成人間際の男性の肉体は生半な縛りなど容易に振りほどいて女性の身体を組み敷くだろう。避妊云々以前に、我を忘れた俺が由比ヶ浜を力尽くで手籠めにする……それはもう人とか男である資格すら無くす、最低最悪の所業だ。それだけは、何を於いてもそれだけは、絶対にしてはいけない。したくない。


だと言うのに由比ヶ浜は、

「だいじょぶ、あたし……がんばるから」

子供のように笑うと、微妙に繋がらない台詞を口に、そのまま俺のズボンにパンツごと手をかけて、俺の下半身を露出させた。屹立した男根を引っ掛けないよう、前を伸ばしてからズリ下げる手慣れっぷり。いやお前、本当に処女だよな……?

そして現れる愚直。外気と由比ヶ浜の視線に晒され、根っこの部分を通して繋がった脊椎にぶるりと震えが走る。

もう、多分、止まれない。

せめてズボンで縛められていればほんの僅かでも理性のストッパーがかけられていただろうが、もう彼我を隔てる壁は由比ヶ浜の身に着ける二枚の布地だけだ。防備の薄い国家地域など、容易安易な侵略対象でしかない。

頭の中が悲観と諦観と期待で埋め尽くされつつある中、せめてもの抵抗にと身動きをせずにいた俺の目は由比ヶ浜の諸動作を見つめている。

そこで更に予想外の事態が起こった。

「……いたかったり、ヘンだったら、いってね」

それこそ一ヶ月前の再現になると思っていた。だが彼女は屈み、目線を俺の股間に合わせると――

〝ちゅ〟

「ぅひィッ!?」

逸物の先端に、キスをした……!


突然の事態、想定外。未知。何もかもが絡まりあって、今までの比ではないくらいに俺の全身は跳ねた。

だが由比ヶ浜結衣は狼狽えない。

「ん、れぇ」

そのまま逸物を優しく掴むと、竿から先端まで、縦に舌を這わせた。

「あ、あぅぁ、ゆ、ゆいが、はま……!?」

暖かく滑る線の感触が逸物から脊椎、脳内にまで刻み込まれて一気に舌が回らなくなった。勿論思考も。

「んちゅ……」

そのまま余すとこなく唇と舌で唾液を塗りたくり、ぴちゃぴちゃ音を立てて俺自身をなめ回した。

なんだこれ。

なんだこれ。

なんなんだこれは。

一ヶ月前の手コキも凄まじかったが、それでも自慰の延長線上にあると考えれば、今味わっているこの感覚は完全に未知の世界だ。舌が動く度に限界を超えて血が集まり、準備期間など必要無しと先走りが大量に溢れ出す。

「お、おま、おまえ、おまえ……こ、うぅ、こん、な……あぐッ」

理性が飛んだ。しかし本能すらあまりに鮮烈な感触に狼狽え戸惑っている。僅かに残った言語野は、辛うじて意味の拾える意味の無い言葉を口の端から辿々しく垂れ流した。


思考が混迷に混迷を重ねる中、身体の充足だけが急速に満たされていく。そして、

「あむッ」

それはまたも唐突に訪れた。

「あ」

由比ヶ浜は舐める動きから自然に、肉棒を口内に迎え入れ、咥え込んだ。

「あ」

限定的だった熱と柔らかさの範囲が一気に広がった。包まれ、迎え入れられた。

「あ」

由比ヶ浜が、あの由比ヶ浜結衣が、俺の股間の前に跪いて、俺の肉棒を、口中に、

「あ」

あまりの状況、あまりの感覚、あまりの光景に最早理性も本能も境はなくなり硬直している。ただ間抜けに一文字を口から垂れ流すだけ。

そして、そんな俺に更なる追い討ちがかけられる。

「あぷ、あむぅ……」

由比ヶ浜の口内が、舌がうねって絡みついてきた。


「あ」

さっきまでのなめ回しとはまた比較にならない密度と湿度が身体を支配し、末端の感覚は薄れ、ただ未知の領域の快感が体内を荒れ狂い、更に、

「んぢゅ、おふ、おぶッ」

じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ。

水音を立てながら、由比ヶ浜の顔が前後した。

もう何の喩えようもなく、それは口淫だった。

由比ヶ浜結衣が、フェラチオに興じていた。

比企谷八幡が、由比ヶ浜結衣のフェラを堪能していた――。

「あ」

あ、

あ、

あ、

あ、

ああ。


「ああ、ああああ、あ、あぎッ」

最早過去も今も未来もなく、ただただ押し寄せる快楽の濁流に押し流される。

均衡など一切無い。これまで経験したことが無い程のスピードでせり上がってくる熱塊を感じ、忠告する間もなく、

「ぅあ、うあ! ああ、あああ!」

ただ快楽の赴くまま、流されるまま、俺は由比ヶ浜の口の中にありったけの精をぶちまけた。

「!? んぶッ、むぼッ!」

抜け出る度に脈動するように走る悦が殆ど無意識、反射的にビクビクとに身体を反応させる。ドクドクと容赦なく吐き出される俺の奔流に由比ヶ浜は目を見開き、しかし口を窄めて決して口に隙間を空けなかった。

「んぐ、んぐ、ぐぅ、んん、んぐ……」

眉根を寄せて苦しそうな顔で、それでも肉棒を吸い上げるような体勢のまま由比ヶ浜は俺の股間に縋り付いていた。俺のモノを口に含んだまま、白濁を零すことなく……身動きないまま微かに来る震え。恐らく飲み込んでいる。

脳細胞そのものが焼けるような強烈な性感、精を嚥下する由比ヶ浜。何もかもが鮮烈で強烈で、あまりに現実感を欠いた現実は射精を経ても俺自身の熱をそう下げてはくれなかった。それでも体力気力を根刮ぎ持っていくような放出は危険な領域を離脱するには充分過ぎる程だった。

「ん……んお……」

やがて全てが収まると、由比ヶ浜はゆっくりと口から肉棒を引き抜く。その際に口の輪が擦れる感覚で再び背筋が震えた。


「けほッ……やっぱり、ヘンな味だよ……」

軽い咳で嘔吐く由比ヶ浜。

エロ本エロ漫画同人誌の情報だが、苦いとか不味いとか、確かにいい話は聞かない。しかし眉を潜めながらも決して苦痛を感じさせない表情はさっきまでの光景を含めあまりに淫靡で、夢の中に沈んで行く感覚は消えなかった。

「おまえ、なんで、こんな……い、いつ覚えたんだよ、これ……」

頭はまともに働かないまでも、大いなる疑問の探求だけは忘れてはならない。

そう、何よりの疑問は処女である筈の由比ヶ浜が何故こんな……こんな、技術というか、淫蕩な行為を。

「な、なんで、口でするの、なんて、しって」

「……女の子向けでも、ちょっと変な雑誌に、男の子を夢中にさせる方法とか、載ってるんだよ……?」

え、そうなの? いや読む度頭の悪くなりそうな雑誌なら小町が所有していたことは知っているが、そんなディープでアナーキーな情報も載ってたりするの? いかんちょっと妹が危ない興奮する。お兄ちゃんそんなの許しませんよッ!?

「いやでも、なんか、すごい手慣れてる感が、その……」

更なる疑問はそこだ。例えフェラチオという行為そのものを知っていたとしてもさっきのは随分スムーズだった気がする。慣れてないと歯が当たって痛かったりするとか聞いたこともあるのに、歯は愚か擦りつけられる粘膜の感触は途絶えることなく性感を与え続け――思い出す度背筋が震える。これ以上回想するのはマズそうだ。

それとも読むだけで性技の熟練度が上がったりするのだろうか。最近の雑誌は凄ぇな……。


「れ、練習、してたから……ヒッキーの為に」

「そ、それ、お前……」

嬉しいこと言ってくれるじゃないの……いや、なんか、マジで嬉しい。唐突は唐突で未だ驚愕の余韻は去らないが、これが俺の為であるという事実が張り裂けそうなほど胸の裡を満たしていく。

「姫菜がね、こ、こーいうのに詳しくて……雑誌じゃなくても小説とか、漫画とか、色々貸してくれて……」

セクシーコマンド―(直喩)外伝 すごいよ!海老名さん。

確かに日本のオタクコンテンツに於いて性関係、その結びつきはかなり深いところにまで至っている。そしてそこそこにディープっぽい彼女であれば資料や教導もお手の物なのか、見た目ビッチの内面清純美少女を性的に指導するエロエロ眼鏡美少女……キマシ?

何にせよ放出で危険な領域をとりあえずは脱しつつある現状は海老名さんのサポートの賜だ、これは彼女には感謝してもし足りな――

「ひ、姫菜の貸してくれたのは、お、お、男の子同士の、だったけど」

前言撤回、なんてモノ見せてくれてんだよコラ。これを切っ掛けに由比ヶ浜が発酵……いや有害な菌活動だから腐敗だ、ともかく腐敗し始めたらどうすんだよ。俺、牛乳は牛乳で楽しみたいからヨーグルトとかチーズ化するのは勘弁して下さいマジで。


「そ、そうか……」

「うん……」

知ってしまえば何のこともない。いや由比ヶ浜と同じく未経験だろう海老名さん(未経験だよね? じゃないと多分戸部が泣く)の指導がどれほどのモノも分からないが、そこは由比ヶ浜に性技の才能があったという嬉し恥ずかしな妄想で補完するとして。

……気まずい。

事実の確認さえしてしまえば話題が話題、これ以上突っ込んだ話は地雷になりかねないわけで、必然会話は途切れる。

俺と由比ヶ浜には普段からあまり共通の話題がなく、一緒に居ても黙り込んでしまうことは多かった。ここに引っ越してから由比ヶ浜が幾度と遊びに来た時間も同様だったが、それでも黙って寄り添うだけで満ち足りる何かがあり、それは由比ヶ浜も同じように見えた。

だが今は、互いの格好とか、行為の余韻とか、直視するにはあまり気恥ずかしい状況で、沈黙は胸の裡を羞恥と焦燥で染め上げていく。

そう、俺は下半身を露出し局部を濡らした状態で、由比ヶ浜は上半身を露出しこれ以上なく女性らしさを主張していた。

……意識するとドツボだ。というか意識してしまっているが故にこの空気だ。肉棒にはぬらり濡れた感触が残り、欲望の火は消えきらないまま擽っている。このままこの空気が続いてしまえば、残り火は再び天を焦がす勢いで燃えさかるのではないか。

そうなる前に動かなければならないのに、空気は負荷のないまま固まって俺の動きを封じていた。

と、


「……ヒッキーの、汚れちゃってる」

そんな懊悩する俺を節目に、由比ヶ浜の視線は俺の逸物に注がれていた。ゆ、ゆいゆいのエッティ!

しかしその言葉、示唆する内容は今の俺には有益だ。使える。これを口実に風呂場へ直行、今度こそ自分で処理して完全に鎮火してしまえば――

「あ、そう、だな……よ、汚れたままはアレだから、風呂にでも」

しかし由比ヶ浜は、

「キレイに、しなきゃ……したげるね」

俺の台詞を喰い気味に、再び熱に浮かされたような顔で俺の股間に跪き、曰く「汚れちゃってる」肉棒に舌を這わせた。

〝ぬるり〟

「おふッ!」

予想だにしなかった再度の快楽。

「ん……んん……んちゅ、ちゅぅ……」

唾棄と先走りと白濁に塗れた俺の肉棒を外から舐め、吸い付き、綺麗にしていく由比ヶ浜……しかしそれは先走りと白濁を新しく唾液で塗り替えるだけ。そしてそれに付随する快楽は正しく暴風、突風。

「お、おい……そ、そんなこと、おまえ……!」

突風で一気に酸素を供給された火はあっという間に炎へと成長する。勃起の体裁を保っている程度の膨らみは最早後戻りの出来ない大きさと硬さを取り戻していた。


これもお掃除フェラ、と言うのか。これまで自慰の妄想の中で由比ヶ浜を〝そう〟したことは、遺憾ながら何度もある。だが現実を妄想に出力する行為は何とも気恥ずかしく罪悪感を伴い、思い浮かべるシチュエーションは精々がノーマルなプレイの範疇だったわけで。こんな風に行為の後の『ご奉仕』なんて、少なくとも由比ヶ浜がそうなることなんて、想像もしなかった。

けれど今、現実は、

「んぅ……はぁ、はむ、はむ……」

一心不乱に肉棒を舐め尽くそうとする由比ヶ浜の姿は、正に小説より奇なりと言う外無く、ある意味先程の咥えられていた時以上に現実感の無い光景だった。

炎は、頭も身体も焼き焦がして、もう――

「ゆ、由比ヶ浜ッ!」

「あぅッ!」

由比ヶ浜の頭を掴んで股間から引き剥がし、それから再び肉棒を彼女の眼前に突きつける。今度は俺が、俺の欲望が歯止めを失う。

「も、もう一度……さっきの、もう一回、由比ヶ浜……!」

早く、早く、もう一度。あの素晴らしい〝愛〟をもう一度。

焦って強ばり乱暴になる俺の行動に由比ヶ浜は戸惑いながらも、

「あ、ひっきぃ……シて、ほしいんだ……」

淫靡に微笑む。声は再び熱を帯び始める。日溜まりのような彼女が月光の陰に隠れるようなイメージに代わり始める、そんな現実でどうしようもなく脳が蕩けていく。

「ああ、シてくれ……お前に、シて欲しい」


「うん……いいよ」

俺の剥き出しの願望に彼女は待つことも待たせることもなく、

「あむ……ッ」

片手で俺の腰にしがみつくと再び肉棒を咥え込んだ。

「おお……」

先程の再現。敏感な部分を包む生暖かさは直接触れずともただそれだけで全身を奮わせる感触を生む。

「ん、んぅう……あぷ、あぅ、んむ、ん、ん、ん……」

燃えさかってから始まった故か段階的に進んでいったさっきとは違い絡む舌と口輪のストロークは同時に、勢いを乗せたまま始まった。

〝ちゅぷ、ちゅぷ〟

〝じゅぽ、じゅぽ〟

由比ヶ浜の息遣い。俺の呼吸。水音。感触。

何もかもが混ざり合って、でもコーヒーとホワイトという程には混ざり合わない斑模様。気の遠くなりそうな混迷の中、粘膜が擦れる度に走る快感だけが全身を現実に繋ぎ止める楔で、ただそれだけを求めて今俺の思考も身体も存在している。

走る電流はさっきと同じか或いはもっと強いのに、さっきの放出の量と濃さは頂点への距離を何処までも長く広げて辿り着けないもどかしさが大きくなっていく。自然、由比ヶ浜の頭を押さえる手にも力が入るが、それに比例するように由比ヶ浜の口淫も力が入る。


「んぶ、むぶ、ひぅ、ひん、ぐむぅ」

〝じゅぷじゅぷじゅぷ、じゅぽ、じゅぽ〟

揺すられるのは頭だけでなく、ストロークと音に合わせて由比ヶ浜の身体も揺すられていく。味わっているのは口内だけなのに、まるで由比ヶ浜の全身でこの快感を味わっているようで、一所に留まらず宙を彷徨っていた視線は彼女の身体……見下ろす彼女の頭と背中に固定される。

そこに違和感があった。

もぞもぞと動く背中。背中から連なる腰、尻が、頭の動きに合わせて背中よりも動いている。

もぞもぞ。もぞもぞ。振られる尻、それを隠すパジャマズボンの皺が不自然に動いている。

不自然に、一部が盛り上がっている。

俺の腰を掴む手に力が入っていく。

掴む手。片手だけ。

もう片方の手。その行方。

不自然に盛り上がるズボンの一部。

振られる尻。

「んぅ、んん、んふ、んぅ、ん、んぅ、んぅ」

声に、吐息に、喘ぎの色が混じっている。

これは、俺を口に含みながら、由比ヶ浜が、自身を、慰め、て。


「ん、ん……んぶぅッ!?」

爆発した。

欲望が暴発して、全てが炎に変わった。

頭に添えていた手が欲望のまま、視界に映らない由比ヶ浜の乳房を掴んだ。

咥えられたままの肉棒ごと、欲望のままに腰を振った。

「んぶ! むぶ! むぶ! むぶぅ!」

既に密着しているような状態だった為にグラインドの距離は短く、腰の動きは小刻み。しかし自身で揺すり得られる快感は由比ヶ浜に任せたままに走る感覚とはまた別種。更に俺の動きに由比ヶ浜が驚き為されるがままになっていたのは僅かな間で、俺が腰を引くのと同時に彼女も顔を引き、俺が腰を押し込むのと同時に彼女の顔も押し込まれた。押し込まれる度に先端に絡みつく舌の動きも激しくなっている。反復する動きに合わせて、両手に掴み手から零れそうな程に豊かな乳房を揉みしだく。

竿からカリまで余すとこなく濡れて、味わう感触も広く強く。強く。

「おぶ! おぶ! んぶ! んぶ! んぶ! んぶぅッ!」

〝じゅぽじゅぽじゅぽじゅぽじゅぽじゅぽじゅぽじゅぽじゅぽ〟

快感は男根から足先、また頭の天辺まで巡り巡って何もかも支配している。

速度の増した水音、更に口腔の奥までねじ込まれる感触。全てが濃密で、これが口淫であることを忘れてしまいそうになる。

誰だよ来ないなんて言ってた輩は
ちゃんと来てくれたじゃないか


そう、これは口淫なのか?

深く、早く、濃く、腰を振って、快感を味わっている。

自慰だが、由比ヶ浜もまた性感を味わっている筈だ。

互いが陰部で快感を貪っているのなら、これはもうオーラルとすら付けずセックスと呼ぶのではないか?

俺と由比ヶ浜は今、予期せずセックスを堪能しているのでは……?

その考えに至り、つっかえたようなもどかしさは吹き飛んで一気に感覚が高まる。

限界。

リミット。

頂上へ、至る。

「で、る!」

もう。

「でる、から、でるから! だす、だしたい、ゆい、ゆいがは、ま……ッ!」


「むぼ、んんんんッ!」

由比ヶ浜が顔の反復を止めて、これまでに無い程の深さへ一気に肉棒を咥えて押し込み、吸い付いた。

新たな感触。それはきっと、喉の……。

「あ、が」

〝びゅる、びゅる、どくり〟

想像が最後のトリガーになって、俺は二度目の射精を迎えた。

二度目なのに、さっきの射精と量は変わらないか、多い。まだ最中なのにそれを想像させるほどに凄まじい悦が内側で荒れ狂って暴れ回る。

「ッ! ッッッッッッ!!」

さっきよりも奥、もしかしたら喉へ直接流し込まれているかもしれないのに、またも由比ヶ浜はその一切を吐き漏らすまいと出される端から震えながら精液を飲み下していく。

視界がチカチカと明滅して、身体を置き去りに意識だけが異界まで飛んでいる。

きっと人間は正負を問わず自分の限界を超えた感覚を覚えた時、その意識を昇るか堕ちるかさせる。ならばここは天国か、地獄か。どちらでも、この感覚を抱えたままならば何処に辿り着こうと後悔はない。

さっきまでのように時間の感覚すら壊れて、何時射精と快感が終わったのかも分からない。それは由比ヶ浜も分かっているだろうに、恐らくは〝お掃除〟の為に決して口を離さず、舌が肉棒に絡みつかせている。本来なら三度の屹立すら促しかねないだろう感触も、精巣が空になったかと思うくらいの射精を経た俺の肉棒には何処か遠く妄想の中の小事だった。


「……んはぁ、ッ……」

由比ヶ浜の〝お掃除〟が終わる。彼女が口を離し息を吐くのと同時に俺は上半身を支えきれなくなり、乳房から手を離すとそのまま大の字に倒れた。

「んぅ、ああ。あ……」

自分の呻き声すら夢の中。ここ十数分か数十分のあまりに濃密な体験に現実感を失い切ると同時に体力の枯渇をようやく自覚し、意識は薄暗い靄に包まれ闇の中へと堕ちていく。

本来の意味で現実と夢の境界が曖昧になっていくと、あまりに現実から離れた今日の出来事は全て本当に夢だったのでは。ただ行き過ぎたネガティブ思考が心の平衡を保つために見せた幻覚だったのではと、半ば本気で疑ってしまう。

薄れていく意識の中で、ただ由比ヶ浜の存在が恋しくて、その行為の全てが幻だと思いたくなかったのに、抵抗も空しく消耗した心身は睡魔にあっさり敗北した。

眠りに落ちる寸前、胸板と唇に押し付けられるそれぞれ別種の柔らかさと温もりを感じたが、その正体がなんであるかすら考える間もなく全ては黒に溶けていった。

今夜の投下はこれにて終了です。
後は二話のエピローグを残すのみですが、流石に眠いので続きはまた後日。

あと宣言警告無しでエロいのに突入してしまいましたすみません……。

乙ですー!

超乙
夜勤の俺を実に癒してくれた
途中だろうけど簡単に感想を
ちょっと説明クドい
文章レベルは最上級
なんか俺ガイルの名前を借りた官能小説を読んでるみたいな気分になった
結論、素晴らしい

乙です!
すごい量ですね

待ってたかいがあったわ、続きも楽しみにしてる
PCだと文章が右に伸びてて読みづらいからも少し改行挟んでくれると嬉しいかも

もうそろそろおわりなのか?

内容に文句はなかったけど冒頭の自分語りと
どうも>>1ですの下りがキモいなと毎回みてて思った

正直無駄に長い

すごいでた

素晴らしい

素晴らしい

俺個人としては長くてもよし

最高

乙です!
素晴らしかった

乙ですー

素晴らしい

CDってやっぱ割高よね、どうも>>1です
二話エピローグを今夜か明日に投下予定です
期待せずお待ち下さい

あとスレの最初の方で自分で「読みづらい」と思った部分を前回投下後に指摘して貰ったので
次回投下分から改行とか書き方とか色々試してみます

期待

どうも>>1です
オルフェンズ配信二週したので投下します

あと今回投下後解説の名目で言い訳タイムが始まるのでご注意


「ヒキタニくんさぁ……マジでゆいゆいと付き合ってんの?」

「……まぁ、その、そうだけど」

雨の気配も無い快晴の昼休み、駒鳥さんと伴って接触してきた猿渡の問いに俺はそう答えた。

「……マジか」

「マジだよ猿渡クン、マジマジ」

「マジかよー」

駒鳥さんの相槌にくすんだ金髪をワシャワシャ掻いてオーバーに反応する猿野郎。
その様は如何にも滑稽だったが、そんな様子を見せるに躊躇のない、
或いは羞恥心が欠如した性根はひねくれ者の俺には少しばかり眩しくて、今は羨ましくもあった。

「ゆいゆいみたいな子にカレシいねーとかありえねーって思ってたけどさー、それでもヒキタニくんかよーマジかよォー」

「……悪かったな、俺みたいのがアイツの彼氏で」

「別に悪くねーべよ。 それはヒキタニくんの手が早かったか、ラッキーだったってことじゃん?」

幸運であったことは否定しようもないが俺の手が早いってのは……寧ろ遅すぎるくらいだったけどな実際は。
俺がスロウリィ!? その通りですとも。

ウザいし五月蠅いし見た目怖いしでお近づきにはなりたくないが、それでもこういう気っ風の良さが猿渡という人間の輝きであることは否定しようもなく、
だからこそ俺としては珍しいことだが突っ込んだ話を聞いてみたくなる。


「猿渡は、その、由比ヶ浜のことが?」

「んー……ゆいゆいぐらいカワイイ子が彼女だったらなー、おっぱいデケェしなーってくらい? カレシいないって聞いたから、じゃあ好きになっちゃう? みたいなさぁ」

「あー……」

綺麗な言い回しではないし欲望ダダ漏れで感心は出来ないが、それでもそういう感覚は理解出来なくもない。
表現や形が違っても、悲観的になる前のかつての俺と方向性はそう変わらないのだから。

「でも滅茶苦茶ガード硬くて、全然遊び付き合ってくんないし、それで何か男と一緒に帰ってるとか聞いて嘘吐かれてたんかなって……最初ヒキタニくん見た時、これカレシはないわーって思ったんだけど俺の見る目無かったわ」

「……別に、普通は由比ヶ浜と俺みたいなのが付き合ってるなんて思わねぇだろ」

「まぁフツーに考えたらな……でもゆいゆいはなんかフツーじゃなくカワイイし、ならフツーにバカな俺よりフツーじゃなさそうなヒキタニくんの方が良かったんだろうなって、思ったり思わなかったり?」

ふつう の ほうそく が みだれる !
こういうのゲシュタルト崩壊って言うんかね。


「俺の場合、普通じゃないのは人間性が平均値以下ってとこだけだけどな」

「だったらその分ヘーキン値以上のゆいゆいが穴埋めしてるってことじゃん? だったらやっぱフツーじゃない感じにお似合いなんじゃね?」

……そういうものなんだろうか。破れ鍋に綴じ蓋とは言うけども。

猿渡の言うことは、俺をフォローしているというよりは由比ヶ浜の選択が間違っていないか持ち上げる為の言でしかない。
だが自分のモノに出来る目が無くなっても相手を堕とさないというのは美徳だろう。
反りは合わないだろうし積極的に関わりたいとも思わないが、それでも由比ヶ浜と俺の縁が続いている限り、会えば挨拶くらいはしてやろう。
そう素直に思えるくらいには猿渡という人間は嫌いになれそうになれなかった。

そんな風に考えられること自体、俺自身変わりつつある証なのだろうか。

「まー俺からの話はそんなもんでこっから本題なんだけど、牛山がヒキタニくんとタイマンしたいって言ってるから講義終わった後にでも付き合ってやってくんね?」


え。

「……タイマン?」

「タイマンタイマン、男同士一対一ってタイマンしょ」

牛は牛でも紳士牛だと思っていた牛山某もやはり野生の本能に抗えなかったか……いやいやマジで?
あの体格の益荒男と一対一? 俺病院送り? もしくは突然の死?
俺赤い服とかアクセサリーなんて身に着けてないんだけどなぁ。牛君迫真の興奮。

「猿渡クン、それタイマンと違うよ……牛山クンもヒキタニクンと話したいことがあるんだって」

「……ま、そりゃそうだよな」

猿野郎の語彙力と知恵足らず振りを見てれば概ねそうだろうとは思っていたとも。
でも学食に連れて行かれたときの馬力が未だ記憶におニュー。
あんなんと物理的に対立するなんて想像するだに恐ろしい。
だから一分一厘でもリアルファイトの可能性があるなら避けたいところ……なのだが。

「や、やっぱり牛山も……なのか?」

「そうそう、てか俺が言わんでも見てりゃ一発で分かんじゃん?」

猿と一緒で薄々感付いていた……というかある意味一等分かり易くもあったけど。
正直逃げたいが、俺と牛山だけの問題ならまだしも由比ヶ浜が絡むとあっては無視するわけにもいくまい。
人との関わりはそのまま荷物の増加を意味するが、それは得られるリターンとトレードオフなのだ。多分。


「……牛山も話分からない奴じゃないとは思うけど、もしアレだったら俺も一緒に行っとく?」

「いや、大丈夫だ」

問題無い。しまったこの台詞はフラグになるじゃねぇか。
まぁ殴り合い(一方的)の可能性は0じゃないってだけで実際は杞憂なのだろうが。
牛山が裏表無く「出来た男」であるということを疑う余地はない。
ならば後は地雷をポンポン踏まないよう努めるだけだ……ヤバい、そこが一番自信ない。

「ま、牛山と話し付けたらゆいゆい誘ってみんなで遊びに行くべ? ヒキタニくんいねーとゆいゆいが来てくんないし」

「え、知らない男の人と遊ぶのってちょっと……」

「知らなくねーべ!? つか女の子だったらいいんかよ!?」

おおうテンションと声量過剰だが良い反応じゃないか。こういうのでいいのか、こういうので。
その後はボケツッコミを幾らか繰り返してから、
昼食を一緒にすると約束している由比ヶ浜を待たせられないと会話を打ち切りこの会合はお開きになった。
当然の如く猿渡は「俺らと一緒すればいーじゃん?」と言い出したが、そこは空気を読んだ駒鳥さんに諫められて収まった。

猿渡には悪いが、問題無くパーソナルスペースに他人を受け入れるには俺自身心の余裕が足りていない。
今はまだ風に飛ばされ行方不明になりそうな心の標を、由比ヶ浜という重石で固定するのが精一杯だから。
適当に手を上げて二人に別れを告げると、何時もの墓場ではなく由比ヶ浜が待つベンチへ足を向けた。
また数時間後に待っているだろう修羅場を想像すると風は勢いを増して心を浚いに来る。
でも数分後に由比ヶ浜と会えるなら、修羅場の後にも彼女の笑顔が待っているなら、耐えなければ。
痛みを望んだのは俺だ。全てを受容するのは無理でも、少しずつ受け入れて行きたい。
受け入れて行かなければならない。




何時もより時間を短く感じた午後の講義、
終わってから俺の席に近づいてきた牛山の姿を認めると隣に座る由比ヶ浜へ先に帰るよう伝えて立ち上がる。
しかし由比ヶ浜は何時かのように俺の袖を引っ張ると

「待ってるから」

そう微笑んだ。

本当にタイマンを張るわけでもないのに緊張で雁字搦めになっていた心が解されていくのを感じ、
短く礼を告げてから牛山と合流して奴の先導で外へと向かった。

牛山が向かったのは意外なことに(若しくは俺に気を遣ったか)例の墓場が如き中庭だった。
偶然か牛山(リア充)の気配を察知したのか住人は一人もおらず、
夕暮れにもまだ早い時間だというのに寒々しさで震えそうになる。
それが単なる寒気に対する生理現象なのか、脅えて竦む心の有り様だったのか、区別は付かない。

喧嘩、真剣勝負、果たし合い……それらを称して立ち合いと言う。
人気の無い場所で立って向かい合う俺達には相応しい言葉だ。
だが俺は逃げそうになる足を止めておくのに必死、向かう牛山も俯きがちで何時より小さく見えた。

立ち合って数分、沈黙は続いている。
長く長く感じる時間の中、俺達は互いに出だしを掴めていない。
先手で有無を言わさず打ち据えるか、後の先で切って落とすのか、どちらが有利か分からない。
かつての俺ならとにかく出方を待ってから意図的に間違いを選択し、
相討ちによる明確な断絶を以て決着とするだろう。
例え間違いでも、最速最短で間違った選択という場所に居着いて安心することが出来るから。
しかし今の俺の心は逸った。
安心したいのは同じでも、その居場所を選びたいと思っている。
その為にも手加減はしない。出来ない。


「由比ヶ浜の話、でいいんだよな」

俺の出だしに牛山は分かり易くビクリ……とは反応しなかった。まぁ俺じゃあるまいし。
だが反応して上がった顔は、苦渋とまで言わないまでも息苦しさを隠しきれない顔色だった。

「……そうだ」

その低い声には、何時もの力強さや安定感は感じられない。圧がない。
これは隙……なのか、そもそも相手を倒すことがこの場での目的でいいのか。
何を以てどうすればいいのか全てが闇の中。
それでも大切な物を競合する相手なら、負けるわけにはいかない。
全力で、斬る。

「悪いが、俺と由比ヶ浜は付き合ってる……ここに入学する前から、一年以上」

一息。

「……だから、お前が信じようと信じまいと、俺達には関係無い」

バサリ、一直線に走る見えない斬痕。
「上手く斬れば手応えは無い」とは何処かの時代劇漫画で見たが、正にその通り。
相手の弱みに付け込んだ時に感じるグズグズとした感触ではなく、
ただ通り抜けただけにも思えるような透明感。
斬った。
斬ってしまった。
寄りによって俺が、輝きで人目を惹く類の人間を。
そこに破壊の悦や解放の喜びなんて無い。
悪い夢だ……良い夢なんかじゃ、決してない。


「……俺には、信じられない」

呟くように吐き出された言葉は、俺ではなく自分自身に言い聞かせるような響きを伴っていた。

「お前が……ヒキタニが悪いとか、そういう話じゃない……ただ、少なくとも今は間違っている筈のお前と、由比ヶ浜が……」

何故、そう牛山は問う。
それは俺に対して、由比ヶ浜に対して……何より己自身に問いかけているように見えた。

「……俺が間違ってるってのは否定しないが、さっき言った通り、お前の意見は関係無い」

「分かっている、分かっているが、それでも信じられないんだ。 お前は、何時から〝其処〟にいて、何を見てきたんだ? どうすれば今のままで、由比ヶ浜と……お前は――」

〝何処へ行こうとしてるんだ?〟

続く言葉に俺の方がビクリと反応した。予期せぬ反撃で俺の心臓も貫かれた。
だがその威力とは裏腹に弱々しい響き、
それを吐く表情と切り分けられた肉から覗く内面に牛山という男の芯が見えた気がした。




気が付けば陽が落ちかけて、構内の人影も疎らになっていた。
そんな中夕暮れに照らながらベンチに座る由比ヶ浜の姿に
何時かの悲壮な決意を思い出して、不意に胸が締め付けられた。

「……よぉ」

「あ、ヒッキー」

何時もと変わらない簡易に過ぎる俺の挨拶は
今に限れば沈みがちな心中を悟られない為の作法だ。
そんな俺を正しく花の咲いたような微笑みで迎えてくれる由比ヶ浜の姿が眩しくて、
反射的に目を瞑りたくなった。

「お話、終わったんだ」

「ああ」

「……だいじょぶ?」

「殴り合いしてきたわけじゃないんだし、心配することなんてねぇよ」

「ヒッキーがそう言うなら、いいけど」

そう言うことにしておいてくれ、心中で呟くと校門へ向けて歩き出す。
立ち上がったらしい由比ヶ浜が小走りで追いついて俺の横に並んだ。
腕と腕が触れ合いそうなくらいに近いその距離は、
錯覚でなく彼女の温もりを感じさせられる。


校門から出て歩道へ、夕日を浴びながら駅へと向かう。
無言。
靴と地面が擦過する音と疎らな車の走行音だけが鼓膜へ入り込む。
何時もは会話が途切れて沈黙するのも珍しくなくて、
それが気まずいとは思っていなかったのに今は後ろめたい。

「……その、あれだな」

「ん、なに?」

「牛山って良い奴だな」

「そうだよ、いい人だよね」

好きな娘にいい人認定されるのは辛いなぁ……なんて心中でも茶化せない。
話を終えて振り返る。牛山は由比ヶ浜に惹かれつつも、
如何にも社会不適合な俺のことを心配していた……とかそんなニュアンスを受け取った。
それは牛山もまた俺とは相容れない類の人間で、その根は猿渡や駒鳥さんよりも深いことの証明だった。
真っ直ぐでお節介で苛々するくらい正しくて、だからこそ奴が善良な人間であることは確かで、
そんな牛山が俺という路傍の石に躓き転んだ事実が今は重かった。
大きなお世話だと、鬱陶しいと思っていても牛山の気遣いは俺にすら否定出来ないものだったから。
だというのに俺もまた、意図的でないにしろ奴の過剰な脚力で蹴っ飛ばされた痛みが残っている。
お互い攻撃しよう、傷付けようなんて思ってもいなかった筈なのに。


「……彼奴に、俺は間違ってるんだって言われた」

足を止めて言う。
歩きながらだと、風で足を取られて転んでしまいそうだと思ったから。

「何が正しいかなんて分かんねぇし、自分が正しいとも思ってない……でも、間違ってるって誰かに言われて、不安になった」

「……うん」

由比ヶ浜も足を止め、俺と向き合っている。
抽象的で要領を得ない言葉を受け止め、俺の顔を見つめて頷く。

正しいとか間違ってるとか幾度となく考えてきて、
その蓄積が今の俺を形成していた筈なのに、全て真っさらになったように今は感じている。
口にした通り不安だった。
本当に、由比ヶ浜だけが今の俺を繋ぎ止める楔だった。
だから、

「お前も、俺が間違ってるって思うか?」

そう尋ねずにはいられなかった。
否定して欲しかった。由比ヶ浜結衣にさえ言って貰えれば、それだけで良かった。
かつての俺ですら唾棄するような女々しさで、無遠慮に由比ヶ浜に体重を預けようとしている。
恥だ。
破廉恥だ。
それでも求めずにいられないというなら、これを恋とか愛と呼ぶのだろうか?


「んー……」

問われた由比ヶ浜は人差し指を唇に当てて思案顔になり数秒、

「何のこと言ってるか分かんないから答えようがないかな?」

破顔した。

「……ですよねー」

うん、大概抽象的だった。
つか黒歴史ノートに追記確定の痛々しい問答だこれ。架空バスケ部並にペインフル。
この流れを由比ヶ浜が陰湿な匿名掲示板に投稿してコピペ化しちゃったらどうしよう、○ぬか俺。

……否定して欲しかったのは本当だが、今のこの流れも望んだモノの一つだった気がする。
ウダウダジメジメ訳の分からん理屈を捏ねくり回して、それを由比ヶ浜がバカっぽく受け止める。
在りし日の部活の光景を思い出させる郷愁が溜まらなく暖かく、胸を締め付けた。

「変なこと言って悪かった……帰ろうぜ」

「うん、帰ろ」

また歩き出す。隣に並ぶ。
近すぎるくらいの距離は変わらなかったが、一つだけ。


「ね、ヒッキー」

由比ヶ浜の手が俺の手に触れた。

「正しいとか、間違ってるとか、良く分かんないけど……でもね」

少しの力で壊れてしまいそうな小さな指に力が込められる。

「正しくても、間違ってても、あたしにとってヒッキーはヒッキーなんだ」

俺の手を握って、由比ヶ浜は言う。

「だから、そういうの関係なしで、あたしは傍にいるから」

その温もりは直接的で、さっきの距離よりもっと深く伝わってきた。
何より生々しいその感覚はいっそ切なくなるくらいに暖かかった。

「お前の言ってることも大概抽象的で分かんねぇな」

「……分かんない、かな?」

「いや……」

この温もりを少しでも何かに変えたくて、返したくて、俺も手を握り返す。
一方的だった力のベクトルは向かい合って、手を繋ぐ形になった。

「分かるよ」

「うん」

俺の返答に、由比ヶ浜は嬉しそうに笑って見せた。


この間の危うすぎるスキンシップと、今の笑顔と、手を伝う温もり。
ダメだ。もう俺は、少なくとも俺からは由比ヶ浜結衣から離れられない。
そう実感した。

だからこそ、先の牛山との遣り取りは寧ろ深く心に刻み込まれる。

「何処へ行こうとしているんだ?」

その言葉で奴は俺の立ち位置を問うた。

かつて沼に沈み込んでいく連中の手を取り救い上げてきたという男の目は、
日溜まりの中に在る由比ヶ浜と暗がりの中の俺との繋がりを歪と捉えた。
そんなことは分かっている。
歪でも、それが俺達の繋がりであればそれは他人からとやかく言われるものではないと思っていた。
ただ由比ヶ浜を好く俺と、そんな俺を好く由比ヶ浜が在りさえすればそれ以上は必要ないのだと。
だが俺は、由比ヶ浜の手を握ったまま何処へ向かっているのだろう。


彼女を暗がりへ引き込みたいのか、それとも彼女に日溜まりへ引っ張って欲しいのか。
それとも何処とも知れない明後日の方角へ暴走しているだけなのか。
分からないが、それでも先行きを考えないまま、
半端な立ち位置のままで誰かと共に在ることは出来ないと今は思ってしまっている。
手を繋ぎ、唇を触れ合い、そして次……そこに至るには、何処かで明確な答えが必要なのではないか。

視界に差し込まれる黄昏の橙色。
それはそのまま期待と不安とが入り混じる俺の心の映しだと錯覚してしまう程に美しかった。
光の中で徐々に空へせり上がってくる夜闇の青を見つめながら、
俺は抽象的な思考を転がしたまま由比ヶ浜と並んで家路を急ぐ。
黄昏時は逢魔が時、魔の差す時間帯だと言われている。
そんな危うい時間を超えて、俺は危難の無い夜と満たされた黎明を迎えることが出来るのだろうか。
相反する二つの感情はそれぞれ衝動を打ち消しあって、残った一つが握る手の力を僅かに強めた。

というわけで二話エピローグ、つまり二話完結です
長いことお待たせしてしまい申し訳ありませんでした

解説言い訳云々は飯他雑事を済ませたら投下するので興味ある方だけお付き合い下さい
それではまた後程

三話以降もあるんだよな?

乙です!
期待

ウォーミングアップは終わったと思うので、そろそろ本気で行きましょうよ

どうも>>1です
話題は幾つかあるので分けて投下します

・遅れについて
まずは丸々一ヶ月待たせてしまい申し訳ありません
遅くとも二週間ほどで二話は締める予定でしたが、完全に見通しが甘かったです

元のプロットでは場面転換は倍以上、書いてる内に際限なく文量が増え続ける
自分の悪癖を考えれば文字数は三倍四倍になった可能性もあり
流石にこのままでは書ききれないし締められない、と思ってバッサリカットし再構築しました
お陰で登場人物の情緒不安定感マシマシ、心理心情唐突過ぎと我ながら酷い内容にはなりましたが
そんなんなるなら最初から扱い面倒なオリキャラなんて出すんじゃねーって話ですな
ハハハ……いや本当に申し訳ありませんでした

・改行について
一番最初の投下時に読みにくさに関しては実感していました
しかし投下後の反応では特に読みづらくはない、とのことだったのでそのままにしてましたが
PCでは矢張り読みづらさも出ているようなので今回はちょこちょこ手を加えました

しかし台詞に関しては改行するのも変に感じたのでそのままですし、
単純に本文一行が長くならないようただ改行しただけなので今回不格好さはかなり強めな感じ
今後は掲示板投稿というフォーマットに合わせて文章も考えるべきか、などと思案中です

なお最初の段階でツッコミが入らなかったことに関しては
スマホで読んでいる方が多かったのかな、などと予想しています
実際どうなんでしょう

・今後について
二話で完結?と感じられている方もおりますが、まだまだ続きます
>>113でも書いた通り今の面倒臭い流れは次回までになる予定で
以降は普通のイチャエロスレになる筈です
とりあえず今は「三話とっとと書かねば」というところ

一応次回更新は長めに見積もって二週間辺りを目安に考えてます
勿論早く仕上がったり、区切りの良いところまで進んだらその都度投下する予定です
期待せずお待ち下さい

今日はこんな愚痴までお付き合い頂き有り難う御座いました

乙! 気長に待ってる

乙!待ってます

言いたい奴には言わせておけばいい
ROMっててもってる奴はいるから

ヒッキーの今後の頑張りに期待

なかなか魅力的なオリキャラだったと思うぜ、特に牛さん
>>298あたりの問答がとてもよかった

いちいち部外者がしゃしゃり出てくるなよと思ったが、
一年付き合っといてまだカースト云々で悩んでるとか
端から見たら異常だよな

真のぼっちとは個々の環境にギリギリ適応出来ても広義での社会性は上がらないのである
どうも>>1です

とりあえずプロットは出来たので導入部だけでも週末に投下予定です
期待せずお待ち下さい

どうも>>1です
短いですが切りの良いとこまで書けたのでゲリラ的に投下します

ぬん

③その恋人達から零れそうな涙の色は



〝カラカラカラカラ〟

〝キリキリキリキリ〟

フィルムの回るノスタルジックな快音が鼓膜を震わす。

薄暗い空間の中にあって視界にはセピア調の映像が投写されたスクリーンが映っていた。

所狭しと規則的に並んだ椅子と座る人々の様子まで踏まえ、ここは映画館であると認識する。

上映されている映画は何処か見覚えのあるようで、
しかし細部はボヤけ音声もノイズ混じりでどうにも作品に入り込めない。


それでも断片的な情報から判断できるのは、この映画がC級以下の駄作であるということだ。

学校が舞台のようで、暗い目と表情をした偏屈そうな男子と彼を囲む二人のヒロインの話らしいが、
曖昧な屁理屈で困難から逃げ回る主人公はどうもイライラして、何故こんな男が二人の美少女に囲まれているのか
理解出来ず空き缶の一つでも投げつけてやりたい衝動に駆られる。

逆にヒロインらしき二人の少女は非常に美しく目を惹かれたが、主人公のいい加減な態度に怒り、
心ない言葉で悲しむ姿に胸が痛むばかりでただフラストレーションだけが溜まっていった。

どれだけ時間が経ったか、何かを欲しがっているらしい主人公を中心に物語は収束していき、
気が付けば二人のヒロインは一場面に一人ずつしか映らなくなっていった。

ある場面、夕暮れに照らされる放課後の教室らしき空間で、
長く艶やかな髪と凜とした表情を持ったヒロインの片割れが憂いと決意を帯びた表情で主人公に語りかけている。

相変わらずノイズの混じった雑音のような声だが、台詞の一部がハッキリと耳に届いた。


――……たしは、―――君の……が、――

瞬間、衝撃を受けた。

聴覚の拾った振動が鈍器で殴ったような直接的なエネルギーとなり、脳髄を強引に覚醒させる。

すると映像は輪郭を持ち、音声も透明感を取り戻す。

ああ、俺は知っている。

この顔を、この声を、この場面を知っている。俺自身が知っている。

自覚すると衝撃の余波は痛みとなって胸へ至り、心臓を痛撃した。

それと同時に周囲の観客がパラパラと席を立ち始める。
バラバラと物音を立てながらスクリーンに背を向ける。

隣の客も席を立つ。

見上げれば、その顔は良く知った顔だった。


今さっき見ていた顔だ。

スクリーンに映った顔だ。

誰より何より知っている顔だ。

アレは――俺だ。

見渡すと、館内を埋めていた観客達は皆俺だった。

スクリーンに映るどうしようもない男は俺だった。

二人のヒロインは、誰より近く何より遠い、かけがえのない人達だった。

映画は、追憶だった。

やがて何事かの意見の交換を終え、ヒロインの―――が涙を流したところでブラックアウト。

数秒の後、シーンは切り替わった。


マズい。これ以上はマズい。

さっきの場面が―――の――なら、次に待っているのは
それ以上にどうしようもなく惨めで痛くて大切な記憶だ。

出来れば心の奥底、幾十も鎖と鍵で閉じ込めて二度と浮き上がらないよう、
しかし喪わないよう大切にして置きたかった感傷だ。

気付けば館内には俺――この席に座っている俺だけ――しかいない。

もういい、俺も立とう――そう思うのと同時に再び心臓に衝撃を受けた。

見れば、胸から杭が伸びていた。

磔にされていた。

座席ごと貫いた杭から血管のように細かい根が伸び、
俺の手足に食い込んで身動きを許さない。

〝逃がさない〟

無言にして無音だが、その杭は何より雄弁に語っていた。


ならばせめて、そう思って背けようとした顔すら逃がさぬと
根は首まで伸びてスクリーンの方角へ固定した。

目すら閉じさせぬと根は目蓋まで伸びて瞬きすら許してくれなかった。

やがて新しいシーンが始まる。

煌びやかな夜、美しい建築、何処かのテーマパークで向かい合う二人。

精一杯めかした俺と、さっきのヒロインとは違う少女。

片方にだけ結わえた髪の、幼い顔立ちをした活発で愛らしい少女……だった筈が、
今は悲嘆と悲愴を纏い俯いている。
その瞳からは今にも零れそうなほどに涙が溜まっている。悲しみの青い涙が。

やめろ、やめろ、やめてくれ。

やがてスクリーンの俺が、少女に向かって想いを吐き出した。

どもって、回りくどくて、しかし切実で真剣な言葉。

やめてくれ、やめてくれ、やめて。


――違うよ、――――が好きなのは、――――だよ。知ってるから、あたし――

今の貴方は偽っている、間違っていると笑顔で……涙を堪えた悲痛な表情で少女は俺の言葉を拒絶した。

――違う、俺は、お前のことだけ、―――のことだけが――

――違わないよ、――――は優しいからそう言ってくれるの……でも、その嘘が、優しい方が、辛いことも、あるんだよ――

二人はもう取り繕うことも出来ず、互いに涙を流しながら懇願と拒絶を繰り返した。

眺める俺の全身にはもう痛みしかなかった。
痛みに痛みを重ね痛みを縫い付け更に痛みが加速した。

かつての過ちとか、黒歴史とか、ただの打撲か擦過程度だったと思い知るに充分なその感覚。

スクリーンの彼らだけではない、眺める俺も涙を流していた。

痛くて、悲しくて、何時までも変われない俺自身が情けなくて、
閉じられない瞳から止めどなく熱を溢れさせた。


――もう、いいよ、あたしに気を遣わなくて、いいんだよ……――

――……――――が、あたしのことを気にして前に進めないなら、あたしは、もう――

――……――――と、――――とは、もう……――

やがて少女が笑顔すら保てず、それでも自分を抑え込んだまま沈んで行こうとしたところで、





『な゛ぁ~』





場違いな猫の声が拷問部屋を跡形もなく消滅させた。




――……睡眠のトンネルを抜けると、そこは猫面だった。


「……ブッさ」



脊髄反射で漏れ出た台詞にノータイムで猫パンチ。

痛くはないが起き抜けにこれってのは飼い主冥利に尽き過ぎて疲れる。

目覚めて数秒のやりとりで夢とか微睡みの余韻は欠片も残っていなかった。


眠気も無いのに布団inしてても仕方無しと起き上がる……より一瞬前、
その気配を察したのか布団の上に乗っかっていた猫は軽やかにフローリングへ着地した。

床。

壁。

天井に家具。

ふてぶてしく居座る猫。

何処か違和感を感じる、けれど見慣れて安心する光景。

一人暮らしの男の城ではない何年も過ごしてきた己の一部。

実家の自室、飼い猫のカマクラ、そして、

「お兄ちゃーん、カー君部屋に居るー?」

マイシスター小町の声。

今日はゴールデンウィークの初日。

俺は連休を期に実家へと帰省していた。


実家で夜を明かすのは二ヶ月ぶり……ということもなく、生活用品に本やゲームの回収にと
今のところ二週間に一度程度のペースで帰っているので帰省と言ってもあまり有り難みがない。

そもそも安らぎの揺りかごから俺を追い出したのは家族達なんだから
寧ろ有り難がってなどやるものか。あ、有り難がってなんかないんだからねッ!

……などと脳内で益体もない寸劇を繰り広げるのも連休の朝には不毛過ぎると打ち切って、
もう眠くもない目をそれでも擦ってドアを開ける。

「おはよーお兄ちゃん……あ、やっぱりお兄ちゃんの部屋にいたよカー君」

今日も朝から可愛いな小町ちゃん!……なんて思う間もなく待ってましたとばかりに兄妹とドアの隙間をするりすり抜ける愛猫。
件の小町も俺への挨拶もそこそこに滑らかしなやかなカマクラの諸動作を目で追っていた。


「どうしたのお兄ちゃん、カー君が恋しくなって一緒に寝てたの?」

「アレが恋しくなるくらい久方ぶりの帰省ってわけじゃねぇし……なんか、朝起きたら布団の上に乗っかってた」

勿論部屋に入れた覚えは無い。ちゃんとドアも閉めた筈だ。
しかし賢く図々しい飼い猫は閉じられたドアを開けることもあるという。
それに加えてウチのカマクラはドアを閉めるまでこなすぜスゲェ!本当に全く有り難くない!

「うーん、カー君の方がお兄ちゃん恋しくな……る訳ないか、カー君だって比企谷家の一員だもんね」

「オイ待て、その言い方だと俺って比企谷家の一員は漏れなく俺に対して当たりキツイってことにならねぇか?」

「え、今更でしょ?」

今更かー、確かに誕生日忘れられてたり色々あったもんなぁ。
何より俺自身俺に対して当たりキツイからなハッハッハ……泣いていいよね、俺。


「しかしカー君の朝ご飯用意してたんだけど、食べに行ったのかなぁ……それともお兄ちゃんが朝ご飯に食べる? カー君のカリカリ」

「カリカリのベーコンエッグか、確かに食いたいが猫に食わせるには些か塩分過多じゃね?」

「返し上手いけどしてやられた感で小町的にちょっとポイント低い……じゃ、お兄ちゃんの朝ご飯はベーコンエッグね」

何時も通りと言って良いやり取りをしながら朝食の為に階下へ向かう。感じる少しの違和感。
小町ともカマクラとも久方ぶりというい程の感慨はないが、
実家住まいだった頃には感じなかった郷愁のような心の湿り気が、涙を流して渇いた心には今度こそ有り難かった。

あの夢は正直効いた。
これまで見てきた黒歴史の追憶夢や恐怖小説映画の追体験よりもずっと重く、心の深くへ痛打が響いた。

〝アレら〟は本当にあったことだ。

互いの急所へナイフを突き立て、突き立てられ、忘れられない傷痕を残し合ったどうしようもなく陰惨で切実な真実。

だがそれを経て今の幸福――と言い切っていいかは情けないことにまだ迷うところだ――が構築されているのなら
それはただ苦しく痛いだけの思い出ではなく、だからこそ忘れてはならない過去なのだと思っている。

それでも出来れば振り返りたくない、心臓の棘を自覚した日のこと……夢に見るのは初めてだった。


それだけ良くも悪くも印象に残った出来事ならば
もっと早くに夢見て魘されて良いだろうに、何故今更見てしまったのだろうか。

……いや、理由に心当たりはある。
あるが、それを回想することで再び痛打を浴びることになるのは分かりきっている。
だから敢えて深く詮索はしない。

ただ一つ、カマクラの猫らしい空気を読まない干渉には感謝していた。

痛みは避けられずとも、致命傷に行き着くまでに強引に覚醒させてくれたのは
らしからぬファインプレーと言えよう。

猫が人の感情に何処まで聡いかは分からないが、猫には人に見えないモノが見えると言うし、
カマクラなりに家族へ助け船を出した結果なのかも知れない。

ペットとの付き合いはそのくらい脳天気で前向きに考えた方が幸せなのだろう。



ちなみに俺達に遅れてダイニングに現れたカマクラ氏は自分のカリカリには目もくれず
小町が用意した俺のカリカリ(なベーコンエッグ)に飛びついて一悶着あったのだが、それはまた別の話。
三味線にしたろうかこの駄猫め。

本日の投下は以上になります

何かの拍子でまた一月待たせるようなことになるのも忍びないので
今後は今回のように短い投下も挟んで行こうと考えています
濡れ場はなるべく一気に投下したいですが

また次の投下も宜しくお願いします

地味すぎだろ
練った文書いて悦に入るのは結構だが小説ではなくssなんだからもっと話に動きがほしい

乙です

あと一応補足ですが、今回は三話の導入でまだ続きます

はようゆいゆいを書きたい


俺もゆいゆいでカキたいよ(意味深)

乙、俺はここまでちゃんと書いてくれるSS見るのは久しぶりだから期待してる
投稿スピード上げて今までみたいなのが書けないなら普通にまったり投稿の方がいいかな

まだけ?

まだ序盤しか読んでないがいい文を書くのになんで余計なことを書いてしまうのか

今一番の楽しみだ
ここからが本番だろうし続きにも期待にしてるぞ

もう二度と秋刀魚なんて捕りに行かねぇぞ、どうも>>1です
遅れてしまって申し訳ありません……なんとか今日の深夜か明日、遅れても今週末には投下する予定です
期待せずお待ち下さい

待ってるぞーい

どうも>>1です、現在推敲中です
多分21時には投下出来ると思うんで期待せずお待ち下さい

あいよー

おうよ

全裸待機

どうも>>1です、第三話の続き投下します
が、今回は注意点多し

・比企谷家の家庭事情(若干)捏造
・某スレと展開(若干)被り
・ゆいゆい登場せず
・故にエロも無し

以上了承頂けるならお付き合い下さい




俺の主義とは反するドタバタ騒がしい朝食を終え今日は岩のように大人しくしていようと思ったものの、
一人でいれば夢の余韻で心を蝕み、かといって居間にいれば小町だけでなく
(祝日に休める程度には本当に時間の余裕が出来たらしい)両親から質問攻めに遭い疲れ切ってしまった為、
逃げ去るように実家を後にしていた。

いや俺、家族内じゃ影か空気みたいな扱いだった筈なんだけど、皆なんでそんなに八幡君に興味津々なの。
実は家族全員ツンデレで俺のこと好きだった? それともモテ期なの?
限界集落の住民みたく単にゴシップに餓えてただけだってのは分かってますとも、ええ。

それでも小町と比較して十対一、33-4くらいに注がれる関心や愛情に差があると思っていたから、
向けられる好奇はウザったいしくすぐったくて、なんだかんだ家族なんだなと変なところで納得していた。

大学合格強制独り立ちの決まった後日、それでもお祝いと回らない寿司屋に連れて行かれた時も
母親の生暖かい視線に感慨深そうな表情で何時もより酒のペースが早い親父の様子が珍しく、
どれだけ近くで暮らしていても知らないこと、知らなかったことはまだあるんだと思わされたばかりなのに。


実際やり過ぎなくらいには小町との愛情格差はあったがそれも両親が俺を疎んでいたとかではなく、
俺が良くも悪くも自己完結した子供で手がかからなかったからではと今は考えることが出来る。

手間のかかる子ほど可愛らしいとは言ったもの、小町がどれだけ愛らしくしっかり者に見えても
独りぼっちの留守番に耐えかねて家出するくらいには不安定且つ行動的だったわけで。
それだけ愛情のリソースが必要な子供がいれば平等な扱いなど難しいものだ。

一方俺は友達のいないぼっちの癖してただ生きていくことに疑問を感じない程度には鈍感で、
けれど妹には気を遣えて、それはひたすら忙しい大人にとってはさぞ頼もしく見えたことだろう。

大人の目線からの信頼もある意味家族の認定。だが大人の信頼が子供を満たすかどうかはまた別の話で、
それが全ての元凶と言うつもりはないが結果として俺は立派に捻くれ育ってしまった。

距離が近ければ分かり合えるわけじゃないし、本心を伝えられるわけでもない。

それでも今は環境の変化に起因した親族の未知を、痛みからではなく興味を以て見つめることが出来る。
まぁ、その……多分悪い家庭ではなかったのだ、比企谷家は。


とはいえ今はその愛情とか家族の証がひたすらウザい。
俺がいない間に小町が何を吹き込んだのか彼女がどうとか連れてこいとか言い出して冷や汗かいた。
無理矢理振り切って家を出る際に

「あれ、まさかお兄ちゃん結衣さんとデート……!?」

とか分かりきった小悪魔スマイルで言い出した小町は大層可愛らしく憎らしさもマシマシ。
後でシバくと心に誓ったが、でもこの分じゃ家帰ってもさっきの再現にしかならんかな……。
もう俺の家は一人暮らしのあの部屋なんだ、家に帰りたい。

と言っても実際ノープランで家を飛び出して、
この後どうするかと考えた時真っ先に思い浮かんだのは由比ヶ浜の顔で……突発的でも誘ってみるか?
と歩きながらたっぷり二十分悩んでいると件の由比ヶ浜からメール。
以心伝心、渡りに舟と喜び勇んで開いてみると



『今日は優美子と姫菜と遊びに行くんだ~、ヒッキーも来る?(デコ略』



……行けるわけないだろ! いい加減にしろ!

と、夢も希望も無い展開に絶望した俺はそれでも救い(ソウル)を求め町を彷徨っていた。
人間性を捧げよ。




歩いて、駅について、電車に乗って次の町へ。
特に目的もなく流離う一人旅は、これが案外悪くない。
運動したり太陽光を浴びると鬱を誘発する脳内物質が減少するとかなんとかで、その効果を実感していた。
運動は鬱に効く、故に悠々快適ぼっちライフの為には部屋に籠もりきるのではなく適度な外出や運動が不可欠。
これはぼっちアスリートの道が開けている……? 
山にでも登ろうか孤高っぽいし、神々の山嶺は原作も漫画版も超面白かったしな。
ぼっちであることをひたすら想え。想え――。

なんぞと変に前向きな思考を走らせつつ、それでもゴールデンウィーク故かなんでもない町中にも人は溢れている。
そんな中に紛れては疲労もして、次第に重くなっていく足を思うと運動趣味というのも中々厳しそうだ。
やはりぼっちアスリートへの道は険しい。俺には無理だった。


しかし疲労するということは考えが散漫になるということで、
これも思考が大きな穴だけに留まらないという運動に於ける鬱予防の効果の一つなのだろう。
体力と引き替えに僅かな心の平穏を得て、このまま何処に行こうかと悩んでいたところで、

「あれ、ヒッキーくん?」

聞き覚えのある声と呼び名が背中を叩いた。

足と相応に心も弱っていたのか〝ヒッキー〟という部分のみに反応し
俺は由比ヶ浜の存在を期待して反射的に振り向いた。
そしてその包容力を示すような柔らかい声と君付けの呼び方が、
由比ヶ浜は由比ヶ浜でも由比ヶ浜結衣でないことを再認したゲシュタルト崩壊in由比ヶ浜。

「やっぱりヒッキー君じゃない……えーと、やっはろー?」

その挨拶は年甲斐ない、とは言えないくらいに若々しく瑞々しい大人の女性。
由比ヶ浜結衣の母親、俺呼んで由比ヶ浜マが立っていた。




「ごめんね~付き合わせちゃってぇ」

「い、いえ……俺も、特に用事とか無かったんで」

俺は今、何処とも知れぬ喫茶店で彼女の母親と同席している。
買い物のため遠出をしていたママさんは偶然俺の後ろ姿を見かけて声をかけ、
時間も頃合いだしお昼を一緒にしないか?と誘われ軽食と茶目当てで直ぐ近くにあった店に入ったのだった。
ママさんはサンドイッチ、俺はハンバーガーを頼んだが全て自家製手作りらしいボリューム満点のハンバーガーは
ファストフードの挟み物に慣れきった若者の舌には驚くほどの幸福感を(中略)今は食事を終え一息吐いたところだ。

どうしてこうなったと言うには、まぁ流れは自然だったろう……だが、

「もう結衣ったら、折角の連休なのにヒッキーくん放って置いて友達と遊びに行っちゃうなんて酷い話よねぇ」

「別に、気にして無いです……と、特に約束もしてなかった、ですし」

「ヒッキーくんがそう言うなら良いけど……でもそのお陰でヒッキーくんとこうしてデート出来てるんだから、少しは感謝しなきゃかもね?」

「デッ、デー……!?」

「ふふふ、こんな若い子とデート出来るなんて、結衣には悪いけどおばさん嬉しくなっちゃうわ~」

終始翻弄されっぱなし、これが大人って奴か……!?


正直、ママさんのことは苦手だ。
苦手と言っても嫌いだとか会いたくない訳じゃなく寧ろ俺には珍しく好意的に接したい相手なのだ。
が、それ故に落ち着いて対応したいのに彼女の持つ属性・空気は俺を落ち着かさせずにはいられない。
由比ヶ浜の姉と見まごうほどに若々しく似通った容姿と甘い声、
そして由比ヶ浜結衣の持つ包容力のレベルを更に上げて、
吐く息からすら〝包まれている〟感じを錯覚させる。
ふとした拍子に、彼女はそのまま未来の由比ヶ浜結衣なのでは?
と思ってしまいそうなほど、俺には魅惑的で危険な人だった。

三年時、勉強目的で由比ヶ浜の家に行ったとき遭遇する度その甘い魅力と近すぎる距離感にクラクラして、
必死に引き剥がそうとする由比ヶ浜の存在がなければどうなっていたことやら。
理性のタガが外れて襲いかかる、とまで行かずともこれまでの黒歴史が生易しく思えるほどの醜態を晒した可能性を否定出来ない。

なんというか、今の俺には相対すら早すぎる人なのだ。


「……でも、良かった。 こうやってヒッキーくんと二人きりで話せる場を持てて」

「二人きり、ですか」

二人きり、という部分にイントネーションが寄っている気がしてドキリとしてしまう。錯覚だろうけどね実際は。

「ウチだとどうしても結衣も一緒になっちゃって、そうすると話せないこともあるし……ね?」

こちらに確認してくるような発音と視線が一緒になって、どうにもイリーガルでアナーキーな妄想が広がってしまう。
由比ヶ浜と一緒だと話せないこと……な、ナニを話すんですかねドキドキ。

だがそんな俺の不埒な予想は(当たり前だけど)外れ、ママさんは俺に向かって頭を下げた。

「ありがとう、ヒッキーくん……サブレと、結衣を助けてくれて」

「へ?」

「サブレを助けてくれたことは結衣から聞いてて、私もお礼にって思ったんだけど、結衣に『あたしが行くから!』て止められちゃってたのよねぇ……だから今更だけど、ありがとう」


それは俺と由比ヶ浜……だけでなく、総武高校奉仕部に於いて全ての始まりとなった出来事だった。
入学式の日、車に轢かれそうになった由比ヶ浜家の飼い犬・サブレを俺が助けて事故に遭い、
その車に乗っていたのは……という話。
その事実を知った俺の一方的な態度で一度繋がった関係は終わり、
でもある助言で再び繋がることが出来た、痛くて苦くて酸っぱくて少しだけ甘い思い出。

「は、はぁ……別に、俺は、その……偶々、偶然です」

「ふふ、やっぱりそんな謙遜して、結衣の言ってた通りね~」

「す、すんません、でも本当に……」

「本当に偶々でもサブレを助けて貰ったのは事実で、ヒッキーくんが何を意図したわけでなくても、そのお陰でサブレが助かっていたならそれは胸を張ってもいいことなの……もっと素直にお礼も受け取って、誇らしくしてくれてもいいんだから」

「はぁ……」

責めるわけでなく、嗜めるわけでもなく、有無を言わさぬ逃げ場のない暖かさが俺を包む。
むず痒くてくすぐったくて、でもひねた俺ですら心の底では求めて止まない確かな温もり。
もう少し苛烈というか厳しさもあるが、恩師の言葉や態度もこれに通じるものがあった気がする。
俺の尊敬する大人の女性、その理想の形は彼女らであるのかもしれない。

ところで妙齢の女性が「偶々」ってアクセント変えたらちょっと興奮しますね。
フヒ、フヒヒッ……これ、顔に出てたら終わってたな色々。出てないよね?


「その、サブレのことは受け取りますけど、由比ヶ浜を助けたって、受験のことですか?」

仮にも進学校である総武に何故由比ヶ浜結衣が入学できたのか、
これは総武高校七不思議の一つとして俺が妄想していることである。
時折見せる大人っぽさと裏腹に由比ヶ浜の学力は本当に色々アレで、それで尚

「ヒッキーと同じ大学に行く!」

と言って聞かなかったので俺は受験に大切な三年の勉強時間に大変なお荷物を背負うことになったわけで。
いやでも一緒に勉強とか実際は嬉し恥ずかし、由比ヶ浜が合格したのも教え子の努力が実ったって以上に
思うところがあったりしましたがね。

「そんなこともあったわね~、ヒッキーくん結衣の面倒見てくれてありがとう……でもそれじゃなくて、去年結衣が一週間くらい学校休んだでしょう? その時のこと」

〝どくり〟

心臓が跳ねた。

去年とは、三年のゴールデンウィークのことではない。それより前の二月の半ばから下旬にかけてのこと。
高校二年、これまで短い人生の中で最も濃密な一年の中で、最後に訪れた最大の事件。
脳裏に一年前の俺達の姿……夢の風景、その続きが走り抜けた。


「あの時の結衣、本当に熱出して寝込んでたの……でも直ぐに良くなって、それでもまだ調子悪いから学校休むって聞かなくて」

バレンタインを過ぎ、その中で発生した奉仕部最後の依頼を解決……と言えずともその露払いと準備を終え、
恐らくは長くなるだろう戦いに赴く依頼主の背中を押し、その中で決意を固め、
いざ俺自身も戦いを始めようと思ったらその相手である由比ヶ浜は熱を出したとかで学校を休んだ。

格好付けようとすればするほどスカを食らうのは俺の人生の様式美みたいなもんだから、
変に硬くなるならそれもアリだろうと思っていた。
……それよりもっと前に戦端は開かれていたことに俺は気付かなかった。気付けなかった。

「叱ろうと思ったけど、何時もだったら楽しそうに何度も話してくれたヒッキーくんとゆきのんちゃんのことを全く話さなくなってて……バレンタインのクッキー、凄く頑張ってたの見てたから、この子はきっと無くしてしまったんだって考えたら、何も言えなかったの」

バレンタイン、渡されたクッキー。あの時の由比ヶ浜の心はどれほど傷んでいただろう。
この期に及んで俺は想いを形として示されることを怖れ、だのにそれを否定する言葉を認めたくなくて、
その癖自分の理想だけは捨てられなくて、未成熟な学生とてあの時の俺ほど傲慢で愚かな人間は他にいまいと確信している。

そしてこれまで出来るだけ口に出さぬよう、思い出さないように努めてきた名が棘の痛みを誘発する。



〝ゆきのん〟



雪ノ下。



「あの子、今はあんな見た目だけど鈍くて恋なんてしたことなかったのに、その一番最初でこんなに辛い思いをしているなら、これからどうなってしまうんだろう……十何年も一緒に暮らしてきて、あの子のことは誰より分かって近くにいるのに、何かしてあげたいのに、何も出来ないのが歯痒くて」

そう、近い存在なら救える、何かしてあげられる……それは絶対ではない。
どれだけ長く寄り添い合う存在でも、結局は表層的な反応を印象に焼き付け、深層にあるものは想像するしかない。
近しい人間を赤の他人より多く助けてやれるとしたら、それは経験則で行動や心理のパターンを予測し対応しているに過ぎない。
そしてそれが現実の中で起きていることなら、読み切れない乱数は何処かで必ず発生する。
だから家族だって喧嘩するし、仲睦まじかった筈の恋人達がふとした誤解や思い込みで別れることもあるだろう。
人はどれだけ見識を深めても主観から逃げることは出来ない。俯瞰で他人を見定められる人間なんて存在しない。

それはきっと俺の憧憬する大人達でも例外ではなく、由比ヶ浜親子ですら……これはそういう話なのだ。
今朝俺が感じた比企谷家の距離感と似ているようで、それはもっと深くて重い。

「……だからヒッキーくんがお見舞いに来てくれて部屋から結衣を連れ出してくれたとき、またあの子からヒッキー君のお話を聞けるようになったとき、あの子にとっての王子様が現れてくれたんだって、私は大きな荷物を降ろせたんだって思ったから……だから、ありがとう」

そして、再びママさんは頭を下げた。
十何年分の重み、その最後の負荷が彼女の背を曲げさせたのだ。だがそこに苦しみや疲れは見えない。
俺にはまだ実感しようがないが、きっとそれは充実感と解放、その両方に起因した喜びなのだろう。


しかし、

「お、王子様って……そんな柄じゃないですよ、俺」

「ふふふ、家でヒッキーくんのこと話す結衣を見てたらそれ以外に言葉が無いもの、ヒッキーくんがどう思ってても由比ヶ浜家にとってヒッキーくんは白馬の王子様なのよぉ?」

えー、何このヨイショ。
宗教勧誘の前段階? それとも美人局?

なんかもう顔が熱い。多分てか絶対に赤くなってる。
言うに事欠いて白馬の王子様って。白(痴で)馬(鹿)の(自称)王子様なら分からんでもないが。
つか由比ヶ浜家って括りだと、まさかファブリーズパパヶ浜さんも俺の話聞いてる?
そっちは寧ろ怖いんですけど……。

まぁそれは良い、俺が二枚目か三枚目かなんて枝葉みたいなもんだ。
それより重要な話の幹は、

「……そもそもあいつを助けたのは俺じゃないんで」

これだ。


「謙遜することないのに……ヒッキーくんが結衣に告白して全部丸く収まったんじゃないの~?」

……寧ろ由比ヶ浜が家でどういうこと話してるのかが気になってきた。
俺なんか顎が鋭角な非現実的ハンサムヒーロー扱いになってんじゃないだろうな。

とはいえ、告白という部分にだけ注視するなら、話がそこだけに止まっていることは理解できる。
〝そこだけ〟しか話せないはずだ。

多分、あいつは。

「あいつ、雪ノ下の話はしてましたか」

沈黙。

ママさんは一瞬呆気に取られ、そこから暫く思案に入った。

そして、

「……そういうことなのかしら?」

なんら具体性の無い問い。だが俺には分かる。
これは“そういうこと”なのだ。

「……助けた、というのは正しくないかもしれません。 でも強いて言うなら助けたのは雪ノ下で、俺はそのお零れに与っただけの……そういうこと、なんです」

そして今俺と由比ヶ浜は二人だ。
どちらの隣にも、間にも、雪ノ下はいない。
スペースが無いんじゃない。
〝いない〟のだ。


「俺は、本当に何もかもの最初から、自分で決めたことなんて何も無かったんです。 誰かに頼まれて、お願いされて、それに対応するだけで、その裡にある気持ちなんて考えもしないで」

ママさんには好意的に思われたいし、悪く思われたくない。
そう強く思っている筈なのに、口は理性の関所をすり抜けて語る必要のない〝それ〟を垂れ流す。

「それで、欲しい物を自分から口に出来ても、それはただ自分の我侭で、その裏にあるあいつの……あいつらの気持ちや欲しい物を見て見ぬ振りして」

子供らしい浅慮な思い付きでで墓の下まで持っていこうと決めていた筈の本音を、まだ関係の薄い誰かに投げつけしまう。
それこそ由比ヶ浜や小町にすら隠したままでいようと思っていた醜さの塊。
俺の本質。

「それで自分に都合の良い場所へ腰を下ろして、それを支えてたあいつのことを忘れて、その癖あいつのことが欲しくなったら体重預けたまま願望だけ勝手に押し付けて」

優しく理想的な大人である彼女なら受け止めて貰える、そう勝手に信じ思い込んで吐き出し続ける。
汚く。
卑しく。
嫌らしい。


「結局俺はあいつらに何もしてやれなくて、今だって何かの度自分に嫌気が差すし、そんな自分を見られるのが辛くて距離取って、でも別れる気なんて全くなくて、本当に、自分勝手なままで……」

言いながら、本当に自分自身に嫌気が差す。黒いモノを抱えたままグルグル同じ場所を回っているだけの愚物。
あんな夢を見たから今こうなってるんじゃない、こんな自分だからあんな夢を今更見たのだ。
変わろうと誓った傍から「間違っている」と言われ、それをはね除けることも出来ず誓いが揺らぐ。
その癖自分の欲望優先で独りになることも選べない。
かつてのように虚勢でも独りであることを選び続けた方がまだマシである筈なのに。

間違ってるというなら、こんな俺が誰かと道を共にしていること自体が間違いなのだ。

それ以上は何も口に出来ず俯き、再度場は沈黙する。
連休の昼時だと言うのに人気も疎らで静かな喫茶店は何時もなら有り難いのに、
今は静けさが不可視の針となって俺を突き刺し苛んでいる。
硝子戸の壁に阻まれ小さくなった雑踏だけが時間の経過を示す短針だった。

何秒か何分、数えてもいない時間が経過し、

「……やっぱり、ヒッキーくんは真面目なのねぇ」

呆れるでもなく暖かい響きのまま、ママさんの言葉が沈黙を破った。
しかし、その言葉の意味するところは俺の発言が意図した方向とは真逆だった。


「真面目って……俺の話聞いてましたか? その真逆ですよ、俺は」

「そんなことないわぁ。 月並みだけど、本当に不真面目な人ならそんな風に自虐はしないと思うし、真面目過ぎるのね、きっと」

下からどうしてもジト目で卑屈に見上げてしまう俺に、ママさんは頬に手を当て変わらぬ笑顔で答えてみせた。
どうしたって曲解しようのない言葉をそれでも曲解しようとしてしまう陰気な俺と裏腹に、
何処までも陽気を振りまく彼女と俺は平行線だった。
それは俺に踏み込み何時の間にか隣に居座った……由比ヶ浜結衣と同じ。
本格的に二人の姿がダブり、心臓がギシリと軋んだ。

「……誤解です、貴女は俺のことを良く知らないからそう言えるんです」

「そうかしらぁ? 結衣からたくさんお話聞いてるし、去年はよくウチに来てくれたし、今だってこうやって話してるでしょう?」

「それだけで判断しているなら、それは早計か、情報源が主観的過ぎます」

「でも、結衣から聞いたお話とそんなに差は無いけど~……あ、でも確かに時々ヒッキーくんが少女漫画に出てくる男の子みたいに格好良くなってることはあったかな。 ね、聞きたい?」

「い、いえ……」

やっぱそういうことになってるのか、今度あいつから聞き出し……はいいや、怖いし。
妄想と現実の落差で墜落死余裕でした。俺が。

「それはそれで残念……でも、そこ以外も本当に一緒よぉ? 真面目で、気遣い屋で、優しくて」

「や、だからそれは」

「……だから、わざと間違った方に行っちゃうんだって、結衣が悲しそうに話してた」

〝ギ〟

軋むどころではない。

心臓が止まる。

〝お前は間違っている〟

何時かの放課後、もう聞き慣れてしまったバリトンボイスで紡がれた言葉が脳裏で再生された。


「確かに私が聞いたヒッキーくんはあくまで結衣にとってのヒッキーくんかもしれない……それでも、そのヒッキーくんがぶつかった問題や答えに独りで真摯に向き合ってきたんだってことは分かるつもり。 そのくらいには娘の、結衣のことを信用してるの」

真面目。

真摯。

そんなもの自分とは最も縁遠い言葉だと思っていた。否、今も思っている。

しかし、俺は俺なりの最善で問題課題へ回答をぶつけてきたつもりで、それはきっと正しい。
例えその内実が意趣返しや怨念返しだろうと、そこまで積み上げて来た自分を否定することは出来ない。
それを否定することは俺が何より嫌う欺瞞で、比企谷八幡という積み木の土台を抜き取るに等しい行為。
だから否定しないし、出来ない。

その固執が何よりの間違いであることを知っている癖に。

「……ヒッキーくんは、結衣はどんな子だって思ってる?」


「へ?」

己の間違いに思いを巡らせていた俺には唐突な問い。
だがこの人の問いかけなら、由比ヶ浜についてのことならきっと意味はある筈。
そうやって縋り付かなければバラバラになってしまいそうなほど、俺の思考はガタガタになっている。

「……なんか、その、イイ奴ですよ。 真面目って言うなら、あいつの方が相応しいって……」

……あれ、これ彼女の母親に「娘のことどう思ってる?」て聞かれてんじゃねぇの?
いや細部は違うのかもしれんけど、でも地雷質問をさり気なく踏まされてんじゃないの流石大人は怖ぇなぁ。
結局怖じ気づいて無難な回答に落ち着く。しかしボカした言い方とはいえ的を外してはいない筈。

「うん、親馬鹿かも知れないけど結衣は真面目な子で……真面目だから、時に自分から間違った方向に行ってしまうって、見てきたから分かるし、ヒッキーくんも結衣を助けてくれた時に見ている筈でしょう?」

そして返ってきた言葉で後頭部を殴りつけられる。

俺と雪ノ下が間違えても、由比ヶ浜結衣だけは間違えない。
彼女だけは正しいのだと、確かにあの時までは思っていた。
誰かが強くて誰かは優しい、それですら勝手な思い込みに過ぎないと分かっていてたのに。

由比ヶ浜の家を訪れる直前に身を斬られ、斬り返さざるを得ない状況に立たされていた筈なのに。
その原因が由比ヶ浜結衣の行動そのものだと、思い及んでいたのに――。


「きっとね、真面目な子って誰より早く安心したくて、だからどんなことにも真っ直ぐぶつかって行っちゃう。 例えそれが間違いでも、一番良い形なんだって思っちゃったらもう止まらない。 遠慮とか謙遜もそういうことだと思うの」

安心、確かにそれは俺の人生の指標に近い概念だとは思う。
独りであれば揺るがす物はなく、揺るがされることはなし。
ただ佇むだけで済むのならこれ以上楽な生き方もない。
そこがどんな不毛の大地だろうと、落ち着くことさえ出来れば良い。

〝激しい喜びはいらない、そのかわり深い絶望もない〟
そんな植物の心のような人生を求めた男は猟奇殺人の犯人だったけれど。

「きっとヒッキーくんにとってはそれが謙遜で、結衣にとっては遠慮なのね。 それが行き過ぎても独りじゃ引き返せないから、笑って間違いへ進んでしまうんじゃないかしら」

「笑って、ですか」

「そう、結衣が酷いこと言ってたのよ~? ヒッキーは偶に笑い方がキモい!って」

予想はしてたがひっでぇなあいつ!
きっと一字一句違ってないんだろう……キモいって便利な言葉だなー本当になー。

「……で、そんな風に笑っている時は大抵傷付いてる時だって。 結衣もね、間違うときは大抵笑ってたのよ? その後落ち込んだり泣きそうになったり……ヒッキー君も見たことあるんじゃない?」

「それは、確かに」

俺が傷付いていたかどうかは別に、あいつの笑顔に馬鹿っぽさが無い……らしくなく儚げな時、
あいつはあいつなりの考えで動いていたと思う。
由比ヶ浜は基本馬鹿だから、どんな問題も自分だけで動けば何とかなると思っている節がある。
自分が爆弾を抱えて遠ざかれば皆の命は助かると、後の事なんて考えないで実行してしまう。

自分を省みない人間を馬鹿と言うならあいつは大馬鹿者なんだ。
残された人間がどんな後悔に苛まれるかも知らずに。

「でも、あいつは人望あって、俺とは」

「ううん、人の多い少ないは関係なしに、自分勝手で誰かを心配させてたらそれは同じことなの」

同じ……なのだろうか。

俺のやり方では本当の意味で誰かを救うことは出来ない、そう言われたことはある。
己の価値を知れと言われたこともある。
だが何処まで行って何処まで考えても自分は陰の中の比企谷八幡で、あいつは光の中の由比ヶ浜結衣だ。
それを割切って一緒に居て、それでも尚居場所の違いを今でも痛感しているのに、それが同じとは思えない。
それとも、そう思いたくないだけなのか。

俺の傷は俺だけの勲章で、由比ヶ浜の傷は皆の悲嘆だと、そんな状況を俺だけ都合が良いと望んでいるのか。


「ヒッキーくんだってこれまで十何年生きてきて、感じたこととか考えたこと、色んな経験があって今のヒッキーくんになってるんだと思う。 だからああしろとかこうなれなんて言わないけど、何かあったら結衣にちゃんと言って、二人で考えて欲しいの……どんなに深い仲でも、言わないと分からないことってあるから」

……その言葉を聞いて、二人の姿がピッタリ重なった。
由比ヶ浜結衣は目の前の女性の分け身なのだと、当たり前の事実をこれ以上なく実感した。

言わなければ分からない、だから話し合って分かりたい。
それが比ヶ浜結衣の在り方。不確かな物を怖がって、だからこそ大切な人を分かりたい。
話し合えば、言葉を尽くせば分かり合える。彼女らしい前向きな信念。

「……でも言葉にすれば必ず分かり合えるってわけじゃないでしょう」

俺は真逆だ。
言葉にしたからって分かり合えるわけじゃない。言葉の裏を読もうと、真実を何時までも疑い続ける。
数式や科学的に解ける事象でなければ正答正着なんて概念はなく、
俺は揺らぎやすい言葉に寄らない関係性を求めた。

だから俺達は対極だった。
互いに不確かな物を怖れて、分かりたいのは同じでも、俺の求める本物はあいつにとって空虚な妄想で、
あいつの求める本物は俺にとっては猜疑の対象でしかない。
それでもお互いに歩み寄って、似合いやしないのに互いの本物を信じようとして空回った。

あいつが悲嘆に暮れたとき、俺の尽くした言葉と行動は、結局何処まで信じて貰えたのだろうか。
もう何度同じ場所、同じ思考をループすればいいのだろうか。

「俺は、もっと確かなものが欲しいって、そう思って……」

怖い。
感情、心、言葉。
全てあやふやで、全てが怖い。
変わっていく自分の心すら、怖かった。


「……うん、不確かな物は怖いわよね、おばさんだって未だにそう思うもの。 でもね……」

目の前の女性はそんな俺の怖じ気に一度は同意してみせ、そして、

「きっと誰かとの関係に、ハッキリした答えなんてないと思うの」

キッパリと、その拠り所を否定した。

〝ドスン〟

鳩尾に真っ直ぐ拳を受けたような衝撃。
けれど息が止まるようなその感覚は錯覚ではない。

ママさんは、俺のかつての理想……未だに捨てきれない夢の残滓を叩き砕いた。
信頼する人間に自分の論旨、自分の一部を否定された事実は、重かった。

だが、一度はキリッと整えた表情を即座に崩し、

「でもね、そんなおばさんの意見も信じなくていいの、だってハッキリした答えなんてないんだから」

笑顔でトンでもないことを口にした。

〝ガタン〟

本気で脱力して額がテーブルに衝突し、痛撃と共にテーブル上の食器をカタリ揺らした。


「あらあらヒッキーくん、大丈夫~?」

「だ、大丈夫です……いや、でも、えー……?」

平時と変わらぬぽわぽわ笑顔であらあらまぁまぁと心配を寄越す彼女の様子が……なんというか、もう処置無し。
めぐりん先輩宜しく、ほんわか天然という城砦を前に小市民は常に無力なのだった。

「なんか、色々シリアスに話し合ったの全部台無しになりましたよ、それ」

「ん~、でもそういうものだし……結局は何を信じたいか、誰を信じたいかって話に落ち着いちゃうもの。 好きって感情は、きっと信じたいって想いと同じだから」

「……想い、ですか」

「そう、信じたいから好きになるのか、好きだから信じたくなるのか……どっちが先かは分からないけど、でもそういうものだと思うの。 おばさんにとっては結衣と、特にパパがそんな感じだし~」

頬に手を当て過去最大のほんわか具合で笑ってみせるママさん。
これは分かるぞ、惚気の前兆だな! 断固辞退するッ!
しかし娘にファブ(リーズぶっかけ)られるパパさんも奥さんから見ればまた違うもんなのか、それとも思い出補正?




しかし、信じたい想いか。



「……自分の想いそのものを疑ってしまう人間は、どうすればいいんですかね?」

行き着くのは結局其処だ。

由比ヶ浜を好きで、離れられないと思っている俺の気持ち。
それが隣人愛異性愛からではなく、単なる自己愛の発露から生まれたのではないか。
薄汚い自己保身を他者愛に偽装し、ハリボテを煌びやかに見せて形骸化した関係を持続させる欺瞞。
もしそうであれば、俺の行き着きたい場所は何処なのか。こんな俺が何処に辿り着けるのか。

「自分のことを信じられないのに、誰かと一緒にいるなんて……誰かを信じるなんて、嘘でしょう」

分かっている。ハッキリした答えがないなら、こんな問いにも意味が無いことは。
自分を信用していないなら他者へのそれに意味は無く、そんな人間の心からの信頼なんて狂信者の盲信と同じだ。
だから卑屈を冷静と言い換えている俺にとっては信頼できる人間の言ですら揚げ足取りの対象でしかない。

いっそのことそんな俺の間違いを生温い優しさや同情じゃなく、圧倒的な力で轢殺して欲しかった。
自分を信じられないなら、せめてその間違いを俺が信じたまま砕いて欲しかった。
さっき俺の本物を砕かれたとき、そのまま俺自身まで一気に潰し殺してくれれば楽になれたのに――。


「それってヒッキーくんのこと?」

「……否定はしません」

「う~ん、でも結局は信じるしかないんじゃないかしら? 誰かより先に、自分のことを」

「それは簡単なことじゃないんです、それが出来ない奴だって」

そう、俺のように。
何処までも粘着質に食い下がる俺にママさんはまた頬に手を当て、

「そうね~……ヒッキーくんは結衣のことが好き?」

唐突に爆弾を投下してきた。
小柄な少年や太った男もかくやというほどメガトン。
というかこの人は何度奇襲強襲仕掛けてくるんだ……。

「そ、それは、今関係ないんじゃ……」

「それが関係あるのよ~。 ね、結衣のこと好き? 好きなんでしょ?」

身を乗り出してくるママさんから異性の甘い芳香が。
視界の何割かを埋めん勢いで強調される上半身の膨らみが! こっちもツァーリでボンバ!
また頭クラクラしてきたじゃねぇか、マズいだろこれ……。


「す、すす……好意的には、思ってますけど……」

目を逸らしどもりにどもってなんとかそれだけ捻り出す。
つか目を合わせたままこんなん絶対無理だから。あと多分目線下行く。バレたら唐突な死。

「うんうん、じゃあそんなヒッキーくんの大好きな結衣は良い娘だと思う?」

なんかちょっと追加されてるんですけど……いやそうだけどね、大好きだけどね?

「い、良い娘……というか、良い奴だってさっき言いましたよね?」

「そうね、ヒッキーくんが大好きな結衣はとっても良い娘……じゃあそんな風に思う自分は信じられてるじゃない?」

「へ?」

……何言ってんのこの人。

「い、いや、その判断が信用出来るかって話であって……」

「じゃあ結衣は悪い娘だってこと?」

「そ、それはないですけど、それとは関係なくてですね」

「関係あるわよぉ? 自分のことを信じてないって言ってるのに、結衣が悪い娘だってとこは直ぐに否定しちゃったじゃない」

「それは、客観的な情報の蓄積で……」


言いながらそれがただの言い訳であることを実感する。
そもそも自分の主観から人や社会の在り方を一方的に断じて唾を吐いていた俺が客観性など口にしていいものではない。
そんな俺の欺瞞をママさんは優しく除けていく。

「その情報の信じてるのはヒッキーくん自身なんだから、それは自分を信じていないと出来ないことだっておばさんは思うな~」

「それは……」

「それともヒッキーくんは、自分が間違っていることを信じたいのかしらぁ?」

……どうなのだろう。
かつて患った悲観は世界を有り様に捉えたつもりで、結局は自分が間違っていない根拠にしたかっただけなのかもしれない。
その癖正しい連中からそれを疑問視されれば、平気で自分が間違っているとした上で問答し、行動した。
……ここまで露骨なダブルスタンダードもそうあるまい。
多数派の都合の良さを批判しながら、己の見解はその都合の良さを下敷きにしていたのだから。

それでも、そんな歪んだ自分を抱えたまま進んできた俺は結局自分が可愛かったのだろうか。
間違っている自分を、それでも信じたかったのだろうか。
信じたいということが好意とイコールで繋がっているとしたら。
俺は、俺自身を。


「もう一度聞くけど、ヒッキーくんは結衣のこと、好きなのよね?」

「……はい」

ギリギリ搾り出した俺の呻くような返答に、ママさんは満足そうにニッコリと笑った。

「うん、結衣だってヒッキーくんのこと大好きよぉ……だから、好きな人の信じる自分を信じてあげて」

娘と同じ、花開くような暖色の笑顔で。

「あいつの信じる、俺……」

その時、ふといけ好かない男のことを思い出した。
周りから期待される自分を演じて己の望みも本心も押し殺していた、
きっと今もそのままの忌まわしいヒーローの姿を。
ただ周囲の信で縛られ動けなかった八方美人は何故俺を、俺なんかを特別に嫌っていたのだろうか?

……その解を今ここで得た気がする。
本当は気付いていたことだったかもしれないが、認めることが出来た……かもしれない。

それを自覚すると火が付いた。心に、それを満たす燃料に。
元々燃えやすく(色んな意味で)炎上には定評のある俺である。
火はあっという間に燃え広がって、赤壁宜しく水面を炎で埋め尽くした。

火は人間の行動の最も根源的な原動力で、切っ掛けだ。
良くも悪くも俺はそれを痛い程知っている。

炎の余熱は膝の靱帯を暖め、立ち上がらせる力になった。


「……すんません、用事を思い出したんでもう行きます」

「あら、そうなの? ごめんね~引き留めちゃって……それに説教臭くて、歳取っちゃったかしら?」

「いえ、寧ろ目が醒めたんで有り難かったです。 それに思い出したというか、出来たって方が正しいと思うんで……えと、会計は」

「大丈夫よ、ここは私が払っておくから」

「え、いや、悪いですよ」

「いいのいいの、こういう時は目上の人を立てて上げるのが若者の仕事なんだから」

「でも……」

「う~ん……じゃあこれは貸しってことにしておくから、何時か返して頂戴?」

「何時かって」

「何時かは何時か、別にそのままお金じゃなくて別の形でもいいから……ね」

別の形……彼女から期待されている形なんて、考えるまでもない。
そもそも用事の内容だってきっとバレてるだろうから、そこに思考を割く必要もないだろう。
俺自身も今〝そう〟やって返して行けたらと思っているのだから。


「……分かりました、御馳走になります」

「うんうん、若い子はやっぱり素直なのが可愛いわね~」

それは逆に素直じゃない捻くれた俺は可愛くなかったってことかしら。まぁ事実だけど。
でも素直になったところで可愛いどころかキモいのが俺クオリティ。

「……それじゃあ、今日は有り難う御座いました」

「私の方こそありがとうね、話し相手になってくれて。 また相手してくれるとおばさん嬉しいかなぁ……あ、お返しはデートでもいいかも」

「え、や、その……か、考えておきます」

「や~んヒッキーくん本当に可愛い~」

頬に手を当て身体をくねらせ笑う彼女の姿が、その、堪えがたい……最後まで心臓に悪い人だな。
でも絶対に嫌いになれないし、なりたくない。
多分由比ヶ浜や雪ノ下、小町の次くらいには。

「それじゃあ早く行ってあげて。 きっと相手も待ってるから」

最後の暖かい微笑みに礼で返すと、背を向けて出口へ向かった。
ドアを押したときに鳴った鈴の音は、決意と衝動に満ちた俺を祝福しているように聞こえた。
……自意識過剰だな、我ながら。


店を出ると即座にスマホを取り出し、足は駅に向けつつメールを打つ。
メール相手がいない……じゃない、少ない。いないんじゃなくて少ないんだよ。
ともかく同年代と比べてメール経験値が少ないし、伝えたい内容が内容だから打ったり消したり十数分、
駅に着く頃には結局最低限に短く纏まった内容を見返し震える指で送信する。
相手は勿論由比ヶ浜結衣だ。

返信は一分もしない内に返ってきて、幾度のやり取りを経て待ち合わせを約束した。
三浦と海老名さんには悪いことをしたか――少しだけ罪悪感の痛みを感じつつも
その程度で止まれない胸中の熱を意識した。
胸に手を当てると、熱に当てられ早くなった鼓動が伝わってくる。

……今の俺は多分暴走している。湧き出た情動に揺らされ、その衝動のままに動いている。
それはやれるだけの過ちを黒歴史に刻み込んだ俺と同じで、それをこそ俺は封印してきた。

でも過程で俺は間違えたけど、きっとその衝動は間違ってはいなかったのだ。
ただ堪え性が無く、また少しの傷でそれを引っ込めてしまうくらいに臆病だっただけ。

俺は結局、誰かを想う俺自身を信じ切れなかった。
それを揶揄した連中が正しかったとは今でも思わない。
だが俺が俺自身の気持ちを信じ貫くことが出来ていれば、成就こそしないでも状況は違っていたかも知れない。


だが、それを後悔もしない。
バタフライエフェクト宜しく俺の心境に差が出来れば、きっと俺は今この場に立っていなかっただろう。
それは由比ヶ浜と俺の縁が繋がらなかった可能性を意味していて、それだけは御免だった。

だから、それを伝えに行こう。

俺が俺自身を信じたいこと、その想いがあってこそ由比ヶ浜結衣が好きなのだと。
本当はもっとずっと前に言わなければならなかったか、或いは伝えるまでもない前提なのかもしれない。
けれど今それを伝えたい。俺自身の気持ちを知って欲しい。
俺はこうでもしないと自発的に想いを口に出来ないだろうから。



『今だよ比企谷』


『今なんだ』



凛々しくも優しい声音で告げられた恩師の言葉が脳裏を過ぎる。
そう、今なんだ。
かつて何処にいて、これから何処へ向かうべきなのか、そんなものどうでもいい。
今この瞬間に沸いてくる己の気持ちを伝えたかった。

そうして初めて、由比ヶ浜結衣と真に向かい合ったと己を誇れるのだろう。
そう信じたい。

ホームで電車を待ちながら、俺は沸き立つ心の熱量を両手の握力に変えた。

今日の投下は終了です。お付き合い有り難う御座いました。

今回展開重視で台詞なり心情なりかなり雑になったことをお詫び申し上げます。
同じこと何回考えてんだ迷ってんだと書きながら突っ込んでました。

次回はゆいゆいの出番です。

おつ

乙です!

面倒くさいヒッキーと大人の由比ヶ浜マのやりとりうまいわ

こういうヒッキーが成長するの好き

乙です!
読み応えがありました

おおう、読解がめんどくさい……
しかし、このめんどくささこそがヒッキーだよなあ
由比ヶ浜マの圧倒的包容力と理解力が素敵でした

ガハマさんよりこのスレの方がレベルが上がってるよな
乙です

SSR?ンなもん都市伝説だよ、どうも>>1です
絶賛執筆遅延中ですが、なんとか今週末には投下出来るよう急ぎます
期待せずお待ち下さい

全裸待機

今週末とか言ってまだ月曜じゃねえかもう許せるぞおい

テーブルビートってスーパーには売ってないのね、どうも>>1です
また際限なく長くなりそうな気配がして来たのでキリの良いところまで投下しときます




帰りたい

ああ帰りたい

帰らせて



うん駄文。二点(百点満点)。
気分転換にと電車内の暇つぶしにやってみた川柳大会は不評の内に幕を閉じた。

……というのも燃えさかる情熱に冷や水ぶっかけ隊こと俺の理性と怖じ気が目的地に近づくにつれ勢力を増し、
待ち合わせの駅で降りられるか不安になってきてしまったので気を紛らわす為に脳内でアレコレ考え
リンリランラもじぴったんしてたらなんかこう、うん。

恐怖とはまた別の方向でSAN値をガリガリ削ってくるが、
先の鬱予防宜しく思考が別のドツボを意識するお陰でなんとか踏み止まれてます。
P.S 元気です 八幡。


俺の心境や言葉の内面はどうあれ何度か伝えた筈の言葉を再度伝えようというだけでこうもビビッているのだから
ちょっとした決意や覚悟で劇的に変化するなんてのはフィクションか夢物語だと実感する。
だからこそ積み重ねの重要性が分かるというものだ。

今日これから、俺が積み重ねるその一段目。
今までを否定する為でなく、肯定して行く為にこそ必要な行程だ。
自分の将来なんてハッキリしないが、それでも確かなのは由比ヶ浜と一緒にいたいという欲求だけ。
俺は根暗で逃げ腰の比企谷八幡を抱えたまま先へ進む。
そんな自分を信じて、由比ヶ浜結衣と旅をしたい。

まるでプロポーズでもしに行くような心持ちだが、意味に大差はないのだろう。
惚れっぽくて近視眼的な俺だ、由比ヶ浜と一緒にいると決めたらそれはもう死別までと意識しているから。
形の無い、本当は存在しないかもしれない。
そんな実在の不確かな幸福を求め寒風吹きすさぶ不毛の大地を行くのだ。

多分それこそが俺の夢で、それを元に俺は未来を考えていくのだろう。
出来ればそれが互いの死で結びとなるまで続いて欲しいと思う。
そんな微かな希望の灯火が、冷風に吹かれる心を僅かに暖めてくれた。





電車を降りて改札を潜り、待ち合わせの場所へ歩を進める。
どうやら由比ヶ浜はもう到着しているらしい、そういうメールが来ていた。
まぁ彼女ら若い女性の遊ぶスポットなんて大抵は駅前に固まってるからそんなもんだろうけど。

場所は駅前……というか入り口を出て直ぐだ。
ポジかネガか両方か、高まる鼓動を顔色に出さぬよう深呼吸してから陽射しの下へ踏み出す。
直ぐに目的地と意中の人物が視界に入った。向こうも同様だ。

「あ、ヒッキー! やっはろー!」

満点の快晴にも負けない輝く笑顔で由比ヶ浜結衣は手を振った。
……今更だけどさ、こいつ外でもこの挨拶なんだよな。しかも声デカい。可愛い。恥ずかしい。
ともかく目的の一段階目を済ませることが出来たのでまずは一息。

「ヒキタニ君久し振り、はろはろー」

ひ、一息……。

「げ、本当に来た」

一息、吐けるかァーッ!
なんで海老名さんと三浦いんの!
てっきり待ち合わせが確定した時点で由比ヶ浜とは別れてるもんだと思ってたんだけど!?


「ちょ、ウェイウェイ、wait由比ヶ浜!」

「ん? ウェイウェイって、ヒッキーそういうの嫌いー!とか前に言ってなかった? 意味は分かんないけど」

ウェーイwwwとかそういうのか、予想外の展開に草生えるわ。

「そっちじゃねーよ待てって意味だよ、というか天然かそれ」

「まーたそんなバカにするみたいなこと言うし! あたし天然じゃないから!」

「本物は自覚しないもんだからなぁ……いやそうじゃねぇ、なんでまだ二人いんだよ」

「えとね、やっぱり着いてくからヒッキーに会わせろって」

「……三浦が?」

「うん、そだよ……アレ、なんで優美子が言い出したって分かるの?」

そりゃ(相手が俺だという事実を除けば)男女の逢い引きに水を差そうなんて野暮KYを考え、
あまつさえ実行に移そうなんて相当な剛の者にしか許されまい。三浦には正しくその風格と性格がある。
寧ろ自分達の行楽に水を差されたと考えているかもしれない。
まぁ事実なんだけど。


「ちなみに私は付き添いだから気にしないでねー」

それも分かってます腐女神海老名様。
空気を読まずカップルの間に入っていく行為を実行する強者に
空気を読んで付いて行くが自分は水を差さぬよう
空気を読んで空気に徹する様は正しくカーストの
空気を読んでのらりくらり切り抜けていった彼女らしい強かさだ。

どうでもいいが空気がゲシュタルト崩壊気味。
最近良くゲシュタルト崩壊すんな俺。

「……もういい? 話あんだけど」

「アッハイ」

そして腕組んで仏頂面でも律儀に待っていた女帝三浦である。
こいつほど腕組んで仁王立ちが似合うヤツもそういねぇよな。
バスターマシンパイロットの道を強く勧めたい。

「ヒキオさぁ、なに結衣連れてこうとしてんの?」

ギロリ烈火の眼で睨み付けてくる三浦。超怖い。
未成年が放っているとは思えない程の凄まじいプレッシャーは防御力を下げるどころの話ではない。
機体を通して出る力で身動き出来ないまである。俺のようなヤツは生きてちゃいけない人間なんだッ!

「あー、その、あ、アレだ……ちょ、ちょっと、用事が出来てな、用事」

ハハハと渇いた笑いを浮かべながらなんとか返答を捻り出す俺。
説得の一助になればと笑ってみたが絶対キモい。逆効果。


対する三浦は更に眉間の皺を深くして、

「あーしら一緒に遊んでたんだけど、それ邪魔してんの分かってる?」

邪魔、てハッキリ睨まれながら言われました。
しかも目ェ合わせちゃいました。ヤッベェ石になる!石に!
ゴルゴン三浦、なんか語感は良いけど字面はお笑い芸人っぽいな。

「そ、それはだな、悪いことを、し、したなとは、思っているところでして」

「キモい、シャンとしな」

「アッハイ」

……ちょっとコレ、かつてないほど怒っていらっしゃる?
その性分故に彼女の噴火は幾度と見てきたつもりだが、
寧ろ今までのように分かり易く激昂していない分その怒りは深く強いように見える。
どっしりと構えたまま憤りを隠さない様は裏切り者に陰惨悲惨な処罰を下す大親分かゴッドファーザーのようだ。
……でも女だしゴッドマザー? それ何のマイソロジー?

そんなかつてない怒りレベルの三浦の様子を悟ってか、海老名さんは愚か由比ヶ浜も口を挟む余地がないようだった。
空気の軟化には定評のある海老名さんや、今は三浦と対等に付き合えている由比ヶ浜ですら、だ。


「あーしらの間に割って入るくらい大事な用だったん?」

「えーと、あー、あの、だ、大事と言えば、そんなような」

「シャンとしろ」

「アッハイ」

「それはもういいから」

「アッh……だ、大事な用事だ、です」

「ふーん……」

俺の必死の応えを事も無げに受け止めると、三浦は一旦目を瞑り一秒、二秒。
沈黙ですら過重に感じられる空気に唾を飲むと、三浦が目を開く。

怒りを隠さない射貫くような眼差し、しかしその瞳には敵意以外の光も宿っていた。
真摯、誠実。
義憤という名の鏃の輝き。

「ヒキオ、本当に結衣と付き合ってるわけ?」


「それは、そうだが」

「だったらさ、なんで今日こんなことになってんの」

「こんなことって……お前らに水を差しちまったの悪いとは思ってるけど」

「あーしのことはどうでもいい、そうじゃなくて……今日ゴールデンウィークの初日じゃん」

「……?」

「なんで結衣を、彼女を祝日に一人で放って置いてんの? あんた、彼氏じゃないの?」

〝グサリ〟

死角から深々突き刺さる。
完全悲観主義者の俺だから、高校入学からこっち大抵の精神的ダメージは心の何処かで想定し備えることが出来ていた。
だが三浦の放った矢は悲観楽観以前に俺のうかつさ、未熟さを正確に射貫いてきた。不意打ちはダメージを加速させる。

去年のような、今までのような言い訳は通用しない状況に俺は身を置いている。それを忘れていた。


「あの優美子、別にあたしは気にしてな――」

「結衣は黙ってな」

あははと笑いながら由比ヶ浜が入れた俺へのフォローを三浦はピシャリはね除けた。
あまりに明瞭な迎撃にさしもの由比ヶ浜も唖然とするしかなかったようだ。
何時かのように反抗されたから、ハッキリしないからと怒気をぶつけたわけじゃない。
歪さのない意志が鋼の如き堅牢さを生み出しているのだ。

「……本当はからかうつもりで結衣に予定聞いて、そしたら何も無いって。 ヒキオの予定なんか興味も無かったから詮索もしなかったけど、今日こうしてるってことはヒキオも予定無かったんでしょ?」

「……ああ」

「あんた彼氏の自覚あんの?」

俺は三浦優美子のことを良く知らない。
全く知らないわけじゃないし彼女に纏わる様々な出来事から彼女の外殻や内面の様々な色は確認してきた。

でも、それだけだ。

俺はただ彼女が醸す色の一部を流し見たに過ぎず、それで三浦の本質を見抜いた気にはなれない。
だから本当の意味で俺が三浦という人間を知るのはこれが最初ということになるのだろう。

「最初あんたと結衣が付き合うって聞いて正直全然釣り合ってないって思ったけど、でも結衣が選んだことなら口出しなんてするつもりなかった」

その意志、感情、苛烈さも、一切に混じり気が無い。
濁り無く透き通った熱湯、そんな透明感。


「去年は受験だったから浮かれてられなかったのは分かったし、結衣はヒキオと一緒に勉強したってだけでも嬉しそうだったから。 でも、今は違うじゃん」

「……仰るとおりで」

「結衣が選んだことならってのは今も変わらないけど、それでもあんたが結衣泣かせてるんなら力尽くでも別れさせる、さっき結衣から話聞いて本気でそう思ったんだけど……ヒキオはどういうつもりで結衣の彼氏やってんの?」

真っ直ぐだ――三浦優美子はひたすら真っ直ぐだった。

学生と言えどこうも複雑に絡み合った現代社会では直進を避けねば事故に遭うばかり。
だが一部には半端な接触など物ともせず突き進める人間が存在する。
それは三浦が(恐らくは)生まれながらに持つ女王の資質と同義だろう。

彼女は自身の感情や欲求に真っ直ぐなのだ。
だからこそ気に入らない人間の態度を苛烈に責めるし、かと思えば迷い無く気遣いが出てくる。
今の三浦の気炎も、友人である由比ヶ浜の為であればこそ燃え盛っているのだ。


綺麗だ。

と、そう思った。
異性としての魅力とかではなく、燃えたぎる彼女の炎に対する率直な感想だ。

誰かの為に燃やす火、それは俺の足をここまで運ばせた心臓の熱と同質のものだろう。
だがそれはその存在を外から分からせるほど強くはない。それほどの火力も煌めきもない。

だからこそ三浦が羨ましく、彼女に対して素直に敬意を抱けた。
だからこそ今、俺は三浦の炎に全力で相対しなければならない。

「俺は、由比ヶ浜のことが大事で、だから今日こうして横入りみたいなことしてる……もう一度言うが、三浦達には悪いと思ってる。 でも引くつもりもない」

俺としてはなけなしの勇気と決意で以て三浦に正面からぶつかっていく。
それは四月の何時かにある男と相対した時と同じ心境だった。

が、

「大事だと思ってる癖に放置みたいな真似してんの?」

その程度で三浦という牙城は崩せない。
そも前回は相手と敵対していたわけではなく、更に俺が一方的に相手の弱点を突けたような状況だった。
今回は寧ろ逆。
三浦は俺の弱点を一方的に突けて、出所はどうあれ明確な敵意で動いている。

俺が自分の罪状を認めていること含め全ての利が三浦の下にあり、勝ち目なんて端から無い。
だからこそ、今は負け方が重要なのだ。


「……それも悪かったって思ってる、全面的に俺が悪い」

負けさせたら千葉どころか関東一。
負け芸で食っていける敗北のプロフェッショナルこと比企谷八幡の本領発揮。
相手の勝利条件・報酬を予測し、こちらの希望も最大限叶える形で相手の勝利を寧ろ助けるのだ。
相手の勝ちに華を添え、俺は負けつつ実を取る。
三浦はただ怒りの矛先を俺に向けているというわけではなく、求めている物があるのだろう。

それは恐らく誠意。
誠実。

……勝手な予想妄想だが、彼女自身どこかの誰かに示して貰いたい物なのだと思う。
彼女の俺を責める言葉や表現は、理想とまで言わずとも模範としたい男女関係の有り様を示している気がするのだ。
友人のことだから心配するし、友人のことだから己と重ねてしまうのだろう。

〝そうありたいし、そうあって欲しい〟

なら俺はその理想をこの場で僅かでも形にする他無い。
だがそれは単なる演技じゃない、必要な条件だから明示するのでもない。
俺だってそれを求めているのだから。


「謝罪も含めて、由比ヶ浜と話したいことがあるんだ……大事なことを、話さなきゃいけない。 だから水差したこと、由比ヶ浜のことも、許してほしい」

言って、腰を曲げ頭を下げる。
謝意と罪悪感、それらを混ぜて作り上げた即席の誠意。その形。
これで足りないなら、何時かのテニスコートでやり損ねた土下座だってやってやる。

誠意なんて知らない俺の、それでも出来うる限りの誠実さ。
歪なのだろうが、今は信じるしかない。
俺自身の誠意と、三浦の求める誠意が少しでも重なっていることを。

「ヒッキー……」

三浦の反応より先に由比ヶ浜の声が耳に届く。
その声色は感嘆するような、しかし顔を下げたまま表情を確認出来ない状態では呆れのようにも取れてしまう。
だが今は三浦の反応を聞くまでは頭を上げられない。
由比ヶ浜は俺の誠意に感じ入るものがあって、俺の名を呼んだのだと信じるしかない。

さっきの喫茶店よりも重く鋭い緊張感をひしひしと感じながら、三浦の出方をひたすら待つ。
それこそ一時間でも二時間でも待って不動の体勢に耐えきれなくなった体を前方へ自然に崩し
そのまま土下座入りするまで考えていたが、由比ヶ浜の反応から十秒と待たず、

「……いいなぁ」

ポツリ、三浦の小さく羨む声が鼓膜に届いた。


不覚にもドキッとした。
三浦に対して半ば固定化されたイメージとは対極に位置するような声だったから。

そういえば以前由比ヶ浜が言っていた、三浦も学校の外ではよく泣いているということを思い出した。
三浦優美子もまた少女である――そんな当たり前の事実が、さっきまでとは違う罪悪感でチクリ胸を痛めた。

そんな俺の様子も知らぬだろう三浦は分かり易く大きな溜め息を吐くと、

「あーもー、分かったから顔上げな。 周りから超見られてるから」

今度は取り違えようもなく呆れた声で俺に告げた。

「……許してくれんの?」

「許すも何も、そこまでやられたら野暮なのこっちだし」

今まででも充分野暮でしたがそれは、
と反射的に脳裏に浮かんだがそこで声に出すほど「だっておwww」な性格はしてない。流石に。
それに野暮でも、道理の正しさは三浦にあったのだからそれを責める言葉なんてあるわけがない。

「あの優美子、あたし」

「……そーいう話は今度聞くから、とっとと行けば」

どこか思い詰めたような表情の由比ヶ浜にしっしと手を払ってみせる三浦。
か細い少女であっても、やはり三浦は三浦なのだと、また当たり前のことを再認した。


「ごめんね優美子、姫菜も……今度埋め合わせするから」

申し訳なさそうな由比ヶ浜に今度は声もかけず手をヒラヒラさせる三浦である。
海老名さんは三浦の隣で由比ヶ浜に期待してるよーとか言っていたが、不意に俺に近づき肩を叩くと

「……頑張ってね、比企谷くん」

優しい声音を耳元に残していった。

……海老名さんはカースト上位ではあるが、悪い意味で俺に近い人間性だったと思う。
そんな一筋縄では行かない人間だが、全てが捩れて斜に構えているわけではないのだろう。
それは、こんな俺でも誰かの為になれるのかもしれないと微かに希望を抱かせてくれた。

「色々すまん……それじゃ」

「ごめんね二人とも、じゃあまたね」

そして俺達は去っていく二人を見送った。
一つの修羅場を終えて心中で一息吐くと、誰かさんへの文句が沸々と浮かんできた。

――手前もいい加減腹括って三浦と向き合え。

機会があれば直接ぶつけてやろうと密かに決意し、俺もまた改めて腹を括ると隣の由比ヶ浜の存在を強く意識した。

今日の投下は以上です
あーしさんの口調で存外苦戦しました、何処まで崩していいのやら

続きは一応週末にと考えていますが、間に合わない可能性大なので
期待せずお待ち下さい

乙です!

おつ

乙!

大学でヒキタニ呼びを本人も由比ヶ浜も指摘しないのは流石に気になる

ヒキタニ呼びはもうヒッキーのパーソナリティみたいなもんだから――


ごめんなさい嘘です単にギャグの味付け程度にしか考えてませんどうも>>1です

今日の夕方から夜くらいに投下出来るかもしれません
期待せずお待ち下さい

待つ

乙です
期待!

極道ガンダムの流れに震えを隠せません、どうも>>1です

21~22時頃投下予定です
期待せずお待ち下さい

期待してます!

杯あくしろよ

主って他の人の作品読んでる?
これだけの文書ける人だから
他の人の読んでこれいいなっていうのあったら教えてほしい

どうも>>1です、遅れて申し訳ありません
投下開始します




〝ガシャン〟

ボタンを押しては数瞬経て、缶が落下し音を立てる。

〝ガシャン〟

リピート。

それぞれ外装の違う缶を二つ取り上げると、近くのベンチに座る由比ヶ浜の姿、横顔を目に入れる。
一人の時は何時も携帯をイジっているイメージだったが、今は両手を膝の上で握ったまま不動。
表情もどこか硬く強ばって緊張を隠せていない。

無理もない、あんな連れ出し方をしてしたのだから身構えられて当然。
それに連れ出したのは付き合うまで、付き合ってからもやらかし続けたこの俺だ。
今度はどんな悲劇や痛みが待っているか――そう覚悟されても仕方無い。

傷み続けた果てに痛みを避けて生きていこうと決意した俺が、
結果として誰かを傷め、痛ませ続けたなどなんの皮肉だろう。


虐待された子供は成長し親になって子を虐げる。

苦労して成った人間はその苦労を下に押し付ける。

俺もそれらと同じだ。

何かの被害者がただ被害者で有り続けることなど無い。
傷付いた人間はその傷を復讐の刃へ変えて、
誰彼構わず斬り付け発散する日を待っているのだ。
俺もまた悪意という懐刀を生涯捨てることが出来ないだろう。

だから、それを自覚したままで俺は往く。
己は苦労の果てに成功した偉人などではなく、痛みで拗くれたただの下衆だ。
そして人を傷付ける可能性、悲観を抱いたままだからこそ
誰かに優しくできるのがまた一面であることも俺は知っている。

それを俺に気付かせてくれたのは、きっと視線の先の彼女だから。

深呼吸を一度、丹田に決意という気柱を落としてベンチへと足を向けた。


「……ほれ」

「あ、ありがと……」

自販機で買ったカフェオレの缶を差し出すと、由比ヶ浜は顔を上げてそれを受け取る。
そのやり取りは口にした言葉さえ由比ヶ浜が俺の部屋を訪れた時と酷似して、
妙な緊張感に満ちていたことも含め強い既視感を覚えた。
違うのは差し出したカフェオレが今度は冷たく、俺の持っているのがマッ缶ということだけ。

ただ行動は同じでも、あの日と違って今は昼間の晴天で、場所も開けた公園だ。
それはこれから起こる事態、沸き上がる感情の隠喩であると信じたい。

由比ヶ浜の隣に座り、プルタブを引いて缶を呷る。

お馴染みの過剰な甘さが舌を伝って脳内に栄養の到来を伝達する。
糖分は脳にとって唯一の、孤独とも言って良い栄養素だ。勇気をくれる……気がする。

俺に遅れて缶に口を付ける由比ヶ浜の姿を横目にゆっくりと深呼吸。
吸、吐。
吸、吐。
一度、二度。
不安と緊張で高鳴る鼓動に無理矢理落ちを着けつつ、
由比ヶ浜が缶を口から離し膝元へ下ろすのを見計らうと丹田の気を解放する心持ちで口を開く。


「今日は悪かったな、色々」

「……色々?」

「その、三浦と海老名さんのこととか、そもそも今日俺が誘えてなかったこと」

「別にいいよ、優美子も言ってたけど話の流れでなんとなくお出かけってなっただけだし、お誘い無かったのは……ヒッキーだからってことで納得してたし」

「……さよけ」

……あっさり納得されたのは寧ろこちらが傷付くまである。
いや一方的にこっちが悪いから何も言えんけど。
責められない方がキツいって本当にあるんだなぁ。

「でもその、なんだ……付き合い始めて一年以上経つってのに、何時までも彼氏らしく出来ないでごめんな」

「んー、でもそういうのもヒッキーらしいって思うかな。 ヒッキーが急に気遣い出来るイケメンになったら嬉しいより怪しいって感じじゃん?」

「いや、それもその通りなんだけど」

「でしょ? ヒッキーはカッコイイよりキモイの方が合ってるんだって」

もう少しなんというか、手心というか……。
痛くなければ覚えないならこうして俺は気遣いイケメンになっていけるのか。
恋愛至上主義の完成型は少数のサディスト(女子)と多数のマゾヒスト(男子)によって構成される――。


「お前さ、今日なんか妙に言葉キツくね?」

「そうかなー、いつもどおりだと思うけど……もしかしたらいつもより思ってること言えてるのかも」

「何時もそう思ってんのかよ」

ママさん、貴女の娘の信じる俺は怪しいキモメンだそうです。
本題入る前に心が折れそう。もぅマジ無理。にげたぃ……。

「でもね、しょうがないよ」

「はい、俺は怪しくてキモイ社会不適合者です、そういう人間なんです、しょうがないんです……」

「そうじゃなくて、キモくてダメなヒッキーでも、あたしはそんなヒッキーが好きになっちゃったんだから」

俺の顔をのぞき込みながら、由比ヶ浜が微笑む。

心臓が全身を巻き込んでドクリと跳ねた。

「……お前、その、ズルいよな、やっぱり」

付き合って一年経って、何時までもその関係に馴染むことが出来ない。

それは俺が社会不適合者であるとか深刻なコミュニケーション障害を患っているからだけではなく、
由比ヶ浜結衣の魅力を、一番近くで見て感じるということに何時までもドギマギしているからでもある。
何処から見ても何処を切っても見えてくる魅力に蚤の心臓は弾け飛びそうなくらい跳ね回る。


由比ヶ浜と向き合い切れてないのは、
由比ヶ浜が魅力的過ぎるのも原因だ――ここに至って俺はそう確信した。
まるで「あんな恰好してるのが悪いんだ!」と逆上する痴漢現行犯のような言い訳だが、
そう思ってしまったんだからしょうがない、しょうがないんだよ。
それでも俺はやってない。

「前に言ったじゃん、あたしはズルい子だって」

「いや、それとは別の話でして」

「ふーん……でさ、大事な話ってなに? さっき謝ったことでいいの?」

「あー、それはついでみたいなもんでな」

脱線した話を元に戻す。戻さなければ。
当たりはキツかったが、正直このノリで会話を続けてしまってはきっと本題に辿り着けない。
閑話休題。その為の力をもう一度。

吸、吐。
吸、吐。
吸、吐。

今度は三度の深呼吸。
さっきから不整脈気味な心臓を無理矢理に抑え付けて、再度決意の肚をこじ開ける。

「……俺、ずっと後悔してたんだよ」

ポツリと落とし、始める。


「ヒッキーっていつも後悔した話ばっかしてない?」

「話の腰折るなよ、いや本当その通りなんだけど」

今日の由比ヶ浜は本当に何なんだ、何時もイジられてる仕返しか。
狼少年の末路とはこういうことか。
自業自得のインガオホー、爆発四散してから転生でリスタートよろしく。

「ともかく、後悔してたんだよ、ここ一年」

「……何を後悔してたの?」

「お前と、付き合い始めたこと」

予想外……だったのだろう、朗らかだった由比ヶ浜の顔が一瞬で固まった。

こんな反応も予想出来た筈なのに、伝えたい内容を纏められず
話始めたせいでまた要らぬ傷をつけてしまう。
でもこんな想いを真っ直ぐに、綺麗にぶつけることは今はまだ俺には出来ない。
手探りでも少しずつ、歪んでいても一歩一歩。
泥や返り血に塗れながらでも進んでいくしかない。


「お前の、由比ヶ浜のことが好きじゃないとかじゃなくて、ちゃんとお前のことが、す、好きで、付き合ってるってのは、本当だから」

「え、そ、そう、なんだ……でもじゃあ、なんで後悔なんて……」

後悔。
思い返せばここまでの俺の人生なんて九割九分後悔に満ちた苦渋苦難の十数年だった。
だがここ一年――正確には二年かもしれないが――の色濃さは特筆すべきものだ。

それは、

「俺は、由比ヶ浜のことが、好きで、でもそれを伝えようって、付き合おうって思ったのは……俺自身で選んだことじゃなかったんだよ」

今までで一番誰かを想って。
それを見て見ぬ振りして。
挙げ句にそれを暴発させてしまったから。

「お前に泣いて欲しくない、笑っていて欲しい……ずっとそう思ってたのに、実際はただ逃げ回って、それでどうしようもなくお前を傷付けて、それで去年、あんなことに、なっちまって」

あんなこと。
バレンタインに端を発する奉仕部解散までの一連の流れだ。
それを経て俺達は今の形に収まり、三人は二人と一人になった。

「本当はもっと前に危ないって気付いてて、もっと綺麗に、円満に終わらせることも、続けていくことだって……でも、ただ蓋を閉じて、そのせいであんなことになっちまって。 全部、俺が悪かったのに」


自分を信じていれば夢は叶うなんて、黒い太陽のようだと称された悪役が言っていた。
悪党ですら自己実現の為の努力や研鑽を忘れていないのだ。
だが俺は俺の望む本物を信じたかっただけで、
それが欲しいと伝えただけで、現実の努力の一切を怠った。
そうして逃げ回っている内に居場所はドンドン狭くなって、
果てに一人が居場所から去っていった。

あいつはきっと、それを心から望んだ訳じゃない。
新たな希望を持って旅立ったのだとしても、後悔の念が無い訳じゃない。
あいつを追い出したのは、消えない傷を残したのは、間違いなく俺だ。

それは同様の傷を由比ヶ浜に残したことも意味している。

俺は誰より大切だと思っていたはずの二人に、己の弱さと悪意で磨かれたナイフを突き刺した。
発端が怒りや憎しみでなくても無意なんかじゃない。
そこには自分可愛さに他人を傷付けることを選んだ俺が確かにいたのだ。

更に救い難いのは、それで尚全てを自分の意志で選んだわけではないということ。

「……お前が好きで、笑って欲しくて、でもお前と一緒に居るのは、ただ流れで仕方無くそうなっただけって、何時までもそう思ってしまう自分が情けなくて、後悔してたんだよ……」

俺は選んだんじゃない、選ばされただけ――それが一年の後悔の本質だった。


本当は幾らでも選択肢があった。
道も方法も、幾らでも選べた筈だ。
なのに俺には下水道しか無いと目も耳も塞いで、汚泥と悪臭の中を這って進むことを選んだ。
そこは選ばされたんじゃなく、俺自身が選んだ。
欲しい物があって、求められてもいた癖に、頑なに地上へ出ることを拒んだのだ。

自由を放棄し誰かの足下でただ五月蠅く鳴き散らすだけならそんなものは人間じゃない。
ただの虫だ。

綺麗に舗装された赤絨毯の上を圧されて進むしかなかったあの男は、
そんな俺の醜態にどれだけ苛立っていただろうか。

言葉に区切りが付き、また次の言葉を探して心中右往左往している俺に、

「……それで」

由比ヶ浜の言葉が降りかかる。

「あたしと付き合ったのを後悔してるヒッキーは、どうしたいの……?」


濡れてはいない。
だが震えを隠せない声だった。
そんな声を発する彼女の顔を見るのが怖くて、
首の筋肉は横の捻りだけはすまいと硬直する。

痛いのだろう。
悲しいのだろう。
俺の告げた俺の真実は、また由比ヶ浜の心に痛みを走らせたのだろう。

本当に俺はどうしようもなく比企谷八幡だ。
道や方法は選べる筈なのに、軋轢や痛みを残すことしかしない。
視野狭窄でひたすら事故を繰り返しながらでしか前に進めない。

けど、今回だけは違う。
痛みは与えても、傷だけは絶対に残させない。
どれだけ不器用で情けなくても、由比ヶ浜を想う俺を絶対に疑わない。
こんな俺の隣に居てくれる由比ヶ浜の想いを、絶対に否定しない。

意を決する。
ここが、人間としての比企谷八幡の一歩目だ。


「別に、どうもしねぇよ」

「え……?」

「俺はお前のことが好きで、お前は……なんだ、俺のことが好き、なんだろ? だったら付き合ったままで問題ないだろ」

これが、今俺の出せる最善の答えだ。
これ以上抱えている物を手放すことも、条件を付け足すこともない。

「……で、でも、ヒッキーは後悔してるんでしょ? あたしと……」

「後悔……してた、てのが正確だ。 後悔してたけど、でも今のままで良いんだって、そう思えるようになったから」

俺は由比ヶ浜結衣が好きで、一緒にいたい。笑っていて欲しい。
そして由比ヶ浜結衣も俺のことが好きで、一緒に居てくれるなら、
それ以上何が必要だと言うのか。

〝今〟で良い。

〝今〟が良いんだ。


「結局俺はただのロマンチストか理想主義者だったんだよ。 大きな報酬や成果には相応の過程とか綺麗な結末があって然るべきで、そう出来ない俺には手に入らないものだって諦めてた。 理想は美しいから、薄汚れた俺には無理だって」

人は何故何事にも感動の過程、物語性を求めるのだろう。
それは納得したいから、納得は全てに優先するからだ。

良い結果には苦しい過程という条件や儀式が必要で、
自分がそうなれない言い訳を欲しているのだ。
故に降って湧いたような幸運は常に批難の対象になる。
嫉妬という力はそれほど強く、御し難い。

「だから始めから人生イージーモード、強くてニューゲームみたいな連中が妬ましくて嫌いだった。 それどころか俺だけが重荷を背負わされてるんだって思い込んで……奉仕部に入れられて、そこでお前と……雪ノ下と出会っても、勝手な期待や諦観を押し付けるだけだった」

俺は他人より手に入った報酬が少なかったから、嫉妬や諦観を面倒臭く拗らせていただけ。
己の弱さ愚かさを盾に隠れながら世の中を斬ったつもりでいただけだ。

でも。


「でも奉仕部とかお前達を通して色々あって、誰にだって何かあるって思い知った。 誰かに言われる前に、自分は弱くて汚い奴だって看板掲げれば何もかも済む――なんてただの願望で、誰にも過程は問われるし、それと関係無く良い結果も悪い結果もあるんだ」

かつて結果だけ求めて迷走して、やがて因果に拘るようになっては過った俺には皮肉な真実。

それでも。

「俺はずっと間違ってきて、間違えたままで、これからも間違っていくんだろうけど……今手にある物だけは、間違ってない。 結果に良い悪いはあっても正誤はなくて、全てはどう受け取るか次第だって今は思える」

だから。

だからこそ。

「ここまで碌な道のりじゃなかったし、誰が見てもどうしようもない過程だったかもしれないけど、それでもお前と繋がれたことは、これまでの全てと引き換えにできるような幸いなんだって信じたい」

全てが考え方次第、全て受け取り方次第で幸不幸に分かれる……とでまでは言わないし思えない。
けれど、今手にある幸運を、幸福を、信じて受け入れられなければ新たに何を手に入れたって満ち足りることはない。

本物を探し、確かめ、問い続けること。

その根源にはその本物を信じる気持ちが、信じたい想いが確かにある。

だから、俺は。


「由比ヶ浜、俺はお前のことが好きだから、そうやって繋がった今の関係を信じたい。 お前が俺のことを好きで居てくれて、それで繋がることを幸せに感じてくれるって信じたい。 だから、俺は今の関係を、俺とお前が一緒に居るって結果を受け入れて、一緒に進みたいんだよ」

これが今の比企谷八幡の全て。
これ以上は出せない、出しようのない俺の本心。

本当はもっとスマートに、綺麗な形で伝えたかった。
でもそんな感情ですら単なる見栄で、根底にある信心には何ら関係の無い装飾だ。

裸のままの俺を、それでも信じてくれる。そう信じる。
それはとても困難で、そう易々と通ることじゃない。

それでも彼女なら、由比ヶ浜結衣なら、受け入れてくれる。受け入れて欲しい。

まだ首の筋肉は固まったままで横を向けない。
けれど泥と想いの全て吐き出した心は晴れやかで、
卑屈な俺が自然と未来の光を期待することが出来た。
高鳴っていた心臓も落ち着いて、ただ安らかに由比ヶ浜の言葉を待った。

泣いているかもしれない。
また泣かせてしまったかもしれない。
けれどその涙ですら悲嘆の先の嬉し涙であると信じている――。



「――で」

で。

……。

…………『で』?


「そんなこと言うためにわざわざあんな大袈裟なことしたの?」

え、なんか予想してた反応と方向性が大分……アレ?

ギギギ、と関節から筋繊維まで軋ませながら無理矢理横を向く。

視界に入った由比ヶ浜の顔は、瞳は……確かに濡れていた。

というか湿ってた。

ジトーって視線を俺に向けていた。

アルェー?

「あの、由比ヶ浜さん?」

「なに」

「俺、割と一世一代ってノリで頑張ったんですけど」

「だって今更過ぎるし」

今更、今更かァー。

……ヤッベェ何も言い返せない。反論の余地ねぇ。
大事なことって言うタイミング逃せば逃すほど拗れるって分かってた筈だったのになぁ!


「ヒッキーさ、信じて欲しいみたいなこと言ったけど、そもそもあたしのこと信じてなかったの?」

「あー、いや、そんなことはなくてだな」

「じゃあなんでそんなこと言ったの、今更」

「……すみません嘘吐きました、この期に及んで信じ切れてませんでした」

「ふーん、彼女のこと信じてなかったんだ」

「いや、信じ切れてなかったってニュアンスを察して貰えると――」

「信じてなかったんだ」

「……ハイ」

「信じてないのに告白しちゃったんだ」

「……ハイ」

「信じてないのに手を繋いだりキスしたりしたんだ」

「……ハイ」

「信じてない癖に……あの、さ、触らせたり、おくちで、さ、させたり、したんだ」

「いやアレは寧ろお前から」

「させたんだ」

「……すみません」

あとエロい話題になった途端顔赤くしてどもったの可愛かったです。


「ヒッキーはあたしのこと信じてなかったのに、一年も付き合ってたんだ」

「……ごめんなさい」

のっけから口の悪かった本日の攻めガハマさんは、
俺のウィークポイントを見定めると責めガハマさんに進化した!

今まで自分のことM気味と思ってたけど、これ全く気持ち良くない。
罪悪感で一杯。
胃に穴が開く。
ファイアーインザホール、は穴じゃねぇ。

……やっぱ俺って格好付けようとするとスカを喰らうんだなぁ。
寧ろそれ以前に周囲の地雷とかトラップの確認を怠った只の馬鹿野郎じゃねぇか。
これは理不尽上官とか面白黒人枠だわ俺。戦争映画とかだと絶対死んじゃう枠。

なんだろう、土下座とかした方が良いのかな。
真の女帝は三浦ではなく由比ヶ浜の方だった……?


「悪いと思ってる?」

「ハイ」

「本当に?」

「ハイ」

「……別れても仕方無いって思う?」

「ハ……え? い、いやいやいやそれだけはご勘弁を!」

「ふーん……」

え、まさか別れ話に発展する流れ?
いや確かに改めて自分の愚劣さを思い知ったとこだけど。
まさか前向きな決意がこんな展開に……。

やっぱ罪って消えないわ。
マジかよヒッキー最低だな、これは極刑不可避。

そんな風に己の愚かさ、迂闊さ、屑っぷりに改めて打ちのめされ、
トドメの一撃を震えながら待つしかった俺に、

「分かった、じゃ許したげる」

あっけらかんと、由比ヶ浜はそう告げた。


「……へ?」

「許すよ。 正直に言ってくれたし、あたし彼女だし」

「いいの?」

「よくないよ?」

良くないんじゃないか!
また落とし穴に引っ掛かったわ……今日は何度落ちれば気が済むんだ俺。

「よくないけど、でもヒッキーのこと好きなのは本当だし……あたしも、同じだったから」

「同じ?」

「うん……この前言ったじゃん、あたしじゃヒッキーには似合わないって」

……予想外と言うほどではないが、それでもその後の展開のショックで
印象が霞んでいたから衝撃は強かった。
あの時の言葉、確かに由比ヶ浜の根底に疑念がなければあり得ないものだ。

しかし、

「いやでも、それは俺の態度とかが原因だろ、やっぱ俺のせいだ」

「違うよ、あたしだってヒッキーのこと信じられなかったんだもん……きっとあたしも、あんな形でヒッキーと付き合い始めたの、後悔してたんだと思う」


俯き話す由比ヶ浜の姿に、再び心臓の棘が肥大するのを感じる。

背中を押された、というよりもくっつかなければ身の置き場が無かった。
原因はどうあれあの時の俺達の状況ではそうなるのが道理で、
互いに想い合っていてもそこに悔恨の念が生まれるのは必然だったのかもしれない。

「でもそれからヒッキーに抱き締められて、キスして貰って……それで信じちゃってたんだから、やっぱりあたしってバカなんだよ。 そんなことだけで……ゆきのんのこと、忘れて」

「由比ヶ浜」

でもそんなことはどうでもいいと、さっき言った。
それは嘘じゃない。

「ああなっちまったもんは仕方無いし、俺があいつじゃなくてお前を選んだのは確かなんだ……だからあの時からの気持ちと関係を信じるって、そう言ったろ」

「……いいの?」

「良いも悪いもねぇよ、そもそもさっきまで俺が糾弾されてたんじゃねぇか……悪いのは全部俺で、お前でも雪ノ下でもない。 それでもお前が本当に許してくれるってんなら、それで全部解決だ」


「……うん、分かった」

顔を上げた由比ヶ浜の表情はまだ硬く、眉は内側に寄っていた。
それでもその顔は笑っていて、由比ヶ浜の根っこの真面目さとか、
優しさを何より現している気がした。

やっぱり、俺は由比ヶ浜のことが好きだ。
こんな不器用で、見ててハラハラするくらい優しい女の子。
そんな娘を放っておくことなんてできやしない。

視野狭窄、近視眼、衝動的と言われても構わない。
俺にはこの娘しかいない。
ずっと、ずっと一緒に居たい。
居られれば、きっと――。

「うし、んじゃ暗い話お終いってことで、どっか遊びに行くか」

「え、どうしたのヒッキー……熱でもあるの?」

「いやお前いきなりその反応はどうなんだ」

「だってヒッキーだし。 病院には連れて行ってくれても普段のお世話はしてくれないダメ飼い主って感じじゃん」

攻めガハマモードは継続中ですかそうですか。
あと割と上手いこと言うねコイツ……。

だがその程度で引き下がれるか、気分は初デートのお誘いで気合い入れる男子中学生だ!

つかここで由比ヶ浜を逃がしてしまうと家から逃げる口実の大部分を無くしかねんッ!


「まぁその通りかもだが、今は時間潰したいんだよ……そういうお題目でも、何なら罪滅ぼしってんでもいいから、どっか行こうぜ。 どこでも好きなとこ連れてくから」

「どこでも、いいの?」

ん? 今どこでもって言ったよね?――何時からか脳内に巣食った獣がねっとり瞳を光らせる。

おう、と反射的に返す前に我に帰った。
安請け合いで破滅パターン入るかこれ!?

「あ、いや、どこでも連れて行きたい気持ちではあるが、その、財布的には手加減して貰えるとだな」

あわあわと甲斐性無しな言い訳を口にする俺である。実際財布は薄かった。
本当に締まらないよなぁ……。

対する由比ヶ浜は、

「えーと、その、多分、そこまでお金かからないと、思う、けど……」

またも俯いて、ぼしょぼしょと語尾を濁らせている。

何、照れてらっしゃる? 可愛いじゃねぇか……。


しかしお出かけとあらば騒がしいくらいにノリノリな彼女にしては珍しい反応である。
改めて彼氏彼女という関係、或いはデートという現実を意識してしまっているのだろうか?
それとも出費如何は関係無くどこか遠慮するような場所。
……まさか俺ン家に行きたいとか言うんじゃねぇだろうな。

でも、それはそれでいいかもしれないと今は思ってしまっている。
小町の策略に乗ってしまったようで癪ではあるが、
そういう順序を無視した近づき方も俺達らしいかもしれない。

きっと仰天して美人局を疑う両親であるとか、
何時も以上にはしゃぎ回る小町、
そして真っ赤になって縮こまる由比ヶ浜の姿なんかが見られるだろう。

それはきっと悪くないことだ。

――さっきから実に俺らしくなく前向きな考えだ。
今日は朝から緊張と緩和の連続で心臓や神経が麻痺してしまったのかもしれない。

でも、やっぱり過程なんて気にせず結果的にそうなったなら、そんな気持ちを信じても良いんだろう。
そこまで含めて、これが比企谷八幡と由比ヶ浜結衣の一歩目なんだ。




そんな暖かくも清涼な風を心に感じる俺に由比ヶ浜は、



「……ヒッキー!」



俺の腕に抱きつき、



「あのね、あたし……」



顔を真っ赤にしながら、







「ホテル、行きたい……行こ?」





――ママさん以上の、反物質もかくやという爆弾を炸裂させた。

以上で本日の投下は終了です、お付き合いありがとうございました。

そして次回、ようやくエロいシーン突入です。


乙です!


結局ガハマさんの方から誘うのかーヒッキーに男をみせて欲しかったな

あと珍しく質問なんて来てたので回答をば


他作者の作品ですが、基本そこまで熱心には漁ってないので参考にはならないかもですが

現行なら 結衣「おかえり、ヒッキー」八幡「……いつまでヒッキーって呼ぶんだ」
過去作なら 由比ケ浜結衣「馬鹿にしすぎだからぁ!」
が好き

特に後者は自分がSSを書こうと思った切っ掛けになった作品です
大袈裟かもしれませんが、二次SS特有の軽妙さと楽しさを存分に描きつつも
さり気ない上手さや博識さもあって随分と唸らされました

ガハマさん好きで未読の方には是非ともオススメしたいところ

お疲れ様です

>>457
お疲れさまです
ID変わってるかもですが質問した者です
主はあくまで結衣スキーなのですね
私もですがその二つもこれも大好きです、応援しております

乙です!
ガハマさんには、もといこの2人には本当に幸せになって欲しい

乙です
ホテルはお金そこそこかかるのでは……?

自分のことは棚に上げてあれこれ指図してくる三浦がウザすぎる…
後付でフォローされている感があるけど、序盤のお前は由比ヶ浜ことを体のいいパシリ扱いしたり、
テニスコートを使わせろと横暴な振る舞いをしたりと、わがまま放題のガチ屑女だったじゃねーかよ…
何様のつもりだよ、本気で胸糞悪いわ

何故本編の感想をここに書いた

いいやつばっかりの世界にいる比企谷想像してみろよ
中学ではただやんわり避けられてるだけだから達観しきれないし由比ヶ浜は手綱放さないから車にも轢かれない、寿退社してるから平塚先生もいない
三浦のパシりもなければ昔の葉山と雪ノ下の確執もないから付き合いはともかく奉仕部作ってない…なにも起きない
比企谷みたいな主人公のラノベ好きならクズ役いないと話にならない

次回更新はエロいシーンだと言ったな、アレは(多分)嘘だ。どうも>>1です。

信仰上の都合で「はじめては体より心の触れ合いであるべし」「心で抱け」という教義を
優先する為かなり冗長でオカズには使いづらいシーンになりそうで、長さも相当な気配が
故に次回更新は導入部で、多分今週中の投下になると思います
勿論間に合えば本番にも突入しますが可能性は低いと思って下さい

ともあれ、了承頂けるなら期待せずお待ち下さい

待つ

待ってる

正直いつも文章重くて読むの大変だけどこだわってそうしてるならしょうがないか
気合入れて待ってるわ

いいんやでいっちの好きに書いても

ようこそGraf Zeppelin、どうも>>1です。
取り敢えず導入部だけは完成したので突発的ですが投下します。


〝サァ、サァ〟

水の飛沫の連続する音が聞こえる。

しかしその音は壁と硝子、何より暴走気味な俺の心音に阻まれて現実感が伴わない。

夢心地。
今まさに俺は夢を見ているのではないか……そう疑ってしまいたくなる状況。

俺は、少なくとも二年前までの俺はこんな所には生涯来ることはあるまいと思っていた。
一年前の俺でも異次元別世界の城という印象は拭えなかったろう。

それが今はどうだ。
二人用のベッドに腰かける俺は、スマホで必死に男女の営みについて情報収集に勤しんでいる。
隣に投げ出されたコンビニのビニール袋には二人分のお茶ペットボトルと
連なる薄ゴム何枚かを収める小さな箱。

そして音を隔てる壁の向こうには一糸纏わぬ想い人。


悪い夢……とは言えなかろうが、そうなってしまう可能性は十分にあり、
天国と地獄の二つに分かたれた道の幻視が疲弊し尽くした筈の心臓にガソリンをぶちまけた。
シチュエーションとしては三月下旬の俺の部屋と似ているが、
そこに至る心の有り様は、少なくとも俺にとっては別物だった。


満ち足りたい。


幸せになりたい。


迂闊な変化のもたらすそれらとの断絶……膨大な悲観はそのままに、
未来への期待が胸の中で膨らんで思考の容量は破裂寸前。

ラブホテルの一室に大学生が二人。

そんなありふれた筈のシチュエーションは、再スタートしたばかりの俺達に
どんな結末をもたらすのだろうか。




『女なんて皆石地蔵wwwあんあん言ってても全部演技だからwww』


えー。


『男が思ってる以上に女ってエロい。ナニしても感じてくれる』


うーん。


『ぶっちゃけオナニーの方が気持ち良い』


マジで?


『女陰最強。中出しとか気が狂うレベル』


マジで!?


『最強なのは衆道。アレ知ったら女になんて戻れない』


マジかよッッ!!!


……と、一頻り眺めては見たもののなんかどれも嘘臭い。

そもこんな土壇場で匿名掲示板の自称経験者達の意見なんてどれだけ信用したものかって話。
それでも裸一貫・未知の領域で溺れる俺は藁でも掴みたい心境だった。


ある偉人は言った。

「賢者は歴史に学ぶ、愚者は経験に学ぶ」と。

歴史とは客観情報の集積であり、経験はあくまで主観。
故に先人の知識に肖ろうと思えば客観をこそ信用すべし、ということだ。

つまり痛々しい黒歴史を反省したつもりでただ厭世的になっていた俺は
正しく愚者だったというわけだ。全く持ってその通り。
スゲェぜ鉄血先生!

だからこそこうして主観客観問わず情報の洪水である掲示板群を覗いて見たわけだが、
その情報を判別するのもまた俺という主観でしかない……そんな現実を思い知った。

ネットの海は広大だ。
内包する情報を歴史という信用できる単位に編纂するにはまだ時間を要するだろう。
さしあたっては『ネットで分かるHow to SEX』の完成が待たれるところだ。
編纂はよ。



そんな何時も通りの愚考の中、一つの単語がどうしても気になってしまう

セックス。

俺はこれから、由比ヶ浜とセックスをする……のだろうか?
やはり実感が湧かない。
更に言えば「どうにか回避できないか?」と未だに情けないことを考えている自分もいる。

由比ヶ浜とセックスしたくない、なんてことは断じてない。
寧ろしたい。したくて堪らない。
俺の記憶の深くに由比ヶ浜との一時を刻み、由比ヶ浜の純潔を俺の色で穢したい。
極近い未来の展望を考えているだけの今でさえギチギチに張り詰めているくらいだ。

だからこそ怖い。
これほどのパトスを、男性として未熟で至らない己が御しきれるか自信がない。

自分を信じたいと言った。
信じようと誓った。
だがそれはあくまで言葉や決意表明であって、
言えば忽ち強くなるような魔法や呪文ではない。


更に己を御しきれず暴走気味に由比ヶ浜へフェラさせたのが記憶に新しい。

あれほど抗いがたい感触と欲求の先へ進もうというのだ、
今の俺ではレベルが足りないのではないか。
レベル不足の無謀なボス戦の果てに待つのは何か。
再戦はおろかコンティニューすら許されない、
問答無用のゲームオーバーではないのか。


だがここで断り逃げ出す選択肢はない。それは分かっている。

それを選んでしまえば戦いの機会すらなくバッドエンドだ。
俺は本物の狼少年になって大切な人と約束を喪い、己自身の矜持すら守れず、
幸福という境界へ浮かび上がることは二度となくなるだろう。


だからもう、ここは覚悟を決めるしかない。それも分かっている。

なのに不安と悲観は勢いを止めず、それでも期待と楽観も負けず勢力を強め、
俺の脳内心中は濁流さながらに荒れ狂っていっそ統制を放棄してしまいたいくらいだった。


結局スマホでの情報収集は精々『セックス時の男の子のマナー』程度に留まった。
その確認だけでも充分有意義ではあったが身の程知らずにも女の子を喜ばせるテクニック、
決定打を欲していた俺の心を安心させるには至らなかった。


役目を終えたスマホを放り出し、改めて部屋の中を見渡す。

中は意外な程に普通で、いかがわしい空気は感じられない。
それこそビジネスホテルの二人部屋と言われれば納得してしまいそうなくらい。

だが設備諸々はビジネスホテルの範疇ではなく寧ろ少しだけリッチな感じもする。
所々「そういう気遣い」が行き届いてはいたが、それでもただのホテルの一室という空気感は
俺の心を多少なりとも落ち着けてくれていた。落ち着けて濁流なんだけど。

由比ヶ浜と一緒にホテル街へ向かった時、あれやこれと姿を現すお城や館に目が回ったが、
流石にいきなりそんな中世ファンタジーに足を踏み入れる勇気なんぞ無かった。

結局は外装の色だけおピンクなホテルを選んだわけだが、これは正解だったかもしれない。
これでお城選んで、中身が正にSIMPLEシリーズ・THE ラブホテルって感じだったら失神してたかも。


……あの時、由比ヶ浜の要求は完全に予想外だった。

ここ一ヶ月で二度、由比ヶ浜は俺と男女の繋がりを求めてきた。
形も機会もちぐはぐで決定的な形にはならなかったが、それでも彼女にも性の意識があると、
そんな風に認識していた筈なのに。
俺はまともな回答も出来ず、半ば流されるようにコンビニで必要な物を買って今ここにいる。

ついでにシャワーまで先に貰って済ませた。
頭バシャバシャ濡らしてドライヤーまで使った。
バスローブか浴衣のような寝間着部屋着も用意されていたが、
わざわざ着るのも変に緊張して結局は着てきたシャツとズボンに納まった。

いずれ避けられぬ事態ならば、男の俺が甲斐性を見せるべきだったろうか?
理想としてはそうなのだろうが、それでも今の俺にそれが出来るかと言われれば……。


人生万事塞翁が馬。

なるようにしかならないならば流れに身を任せていいのでは?
しかし昨日の今日で全てを割り切れるほど俺は子供でも大人でもない。

ケセラセラ。
ケセラセラ。
俺の人生を操ってきた神か悪魔がそんな風に笑ってる……気がする。


そして、悶々懊悩とした俺の内面など関係無く水の音が止んだ。

それだけで心臓ごと身体がハネた。
もう逃げられない、そう告げられた気がした。
痛いくらいに勢いを増す血流と心音を感じながら、ただその時を待つしかなかった。

やがてシャワーを終えた由比ヶ浜が姿を現し、視認した俺の時は停まった。


「お、おまたせ……」


バスローブとか浴衣、じゃない。

バスタオル一枚、身体に巻き付けただけだった。


「…………」


言葉が出ない。
濡れたばかりの柔肌なんて目には毒でしかないのに、それを隠す布の面積はあまりに小さい。

根本近くまで覗く太股。

隠しきれず零れそうな胸の谷間。

上気した肌の色と殊更赤く染まる頬。

そして濡れた髪は、いつものお団子を解いて肩まで真っ直ぐ伸びていた。

元より童顔な由比ヶ浜だが、何時もはその髪型が彼女の少女性を象徴しているように見えていた。
それが解かれて、濡れて、由比ヶ浜は『女』になっていた。
童顔はそのままに肉の質感を強く持つ身体とその髪のギャップで、今度こそ俺は打ちのめされた。
……魅力と凶器は、紙一重だ。


「……あ、あんまり見ないでよ」

由比ヶ浜の一言で我に返るが、それへの返しは、

「――お前は何を言っているんだ」

の一語だ。

「そ、そんな恰好で、お前……見られない、とでも、思ってたのかよ」

「そう、かな……あたし、そんなに自分の……自信、ないし」

「お前は何を言っているんだ」

思わず突っ込みが一字違わずリピートした。
そんな立派なメロンとお肉があって「この村に名産品はありません」とか通るわけねぇだろ!
今すぐむしゃぶりつきたいくらいだわ!

「えと、この後のこと、か、考えたら、あんまり着ない方がいいのかなって、思ったんだけど」

「あ、そ、そう……」

はじめての前にもじもじし出す俺の彼女が可愛すぎる件について。
……ただのリア充じゃねぇか、売れねぇなこのタイトル。

しかし由比ヶ浜の肌を見るのは初めてではないのに、これほど動揺してしまうなんて。
理性の分析などお構いなしに、本能は脳の記憶野に無理矢理スペースを確保し撮影録画を開始する。
REC●
求む4K画質。


「……あの、ドライヤー使って良い?」

「え、あ、や、ど、どーぞ」

俺の視線に気付く……のは当たり前で、その強さに耐えきれなくなったか由比ヶ浜は身を抱くようにしながら言った。
そんな仕草がより雌性の気配を濃厚にさせるのだが、当の由比ヶ浜は気付いていないだろう。
何故だかそれを悟らせたくなくて動揺し、俺の返答はどもりまくりのキモ返しになっていた。
しにたい。



由比ヶ浜は当然のように俺の隣に、しかもかなり近くに座るとドライヤーで髪を乾かし始めた。
ぶおーん、という馴染みの風音と温風の余波が俺の身体にも届いてくる。
風は由比ヶ浜の髪の香りを際立たせ、鼻腔に運ばれては俺の中身を掻き乱す。

チラリと横を見やれば、顔を赤くしたまま髪を乾かす由比ヶ浜の横顔。
女性らしい身体の凹凸も確認出来る。

……グルグル回る心と頭はそろそろ限界で、ショートして機能停止しそうだ。

このまま陰陽の思考の渦に呑まれたまま停滞するなら、
いっそ何も考えず由比ヶ浜に抱きつきたい。
何もかも捨てて、何もかも奪ってしまいたい。
何より由比ヶ浜自身もそれを望んでいるのではないか。

そろそろ黒煙でも上げそうな過負荷を感じながらも、ドライヤーの音が止んだ。
いよいよ状況は動き出す、動き出してしまう。
もう言い訳の逃げ場が残っていない。
彼女が望んでこの場はあって、ならば後は俺が望むだけでスイッチは入る。


男と生まれたからには何より待望の体験を、それでも怖れる心が止まらない。
由比ヶ浜が女である以上その体験にはどうしても苦痛が伴うからだ。

『はじめてなのに、大好きな人とだから気持ち良くなってしまう』

そんな都合の良い展開のエロ漫画やらで自慰に耽った経験はある。
だが今はその時よりも強く、そんなご都合主義をと願ってしまう。

どんなことであっても、もう由比ヶ浜を傷付けたくなんかないのに――。


「ヒッキー」

気が付くと俯いていた俺は、腕に感じた柔らかさで正気に戻った。

先程の公園の時のように、由比ヶ浜が俺の腕に抱きついていた。
しかし感じる熱と柔感はその時の比ではない。
一瞬、理性も意識も飛びかけた。

「ヒッキーがなに考えてるか、わかるよ」

停止しかけた俺の顔を由比ヶ浜は見上げてくる。
目が合う。
濁りのない瞳、緊張を隠さない赤い顔。
可愛いとか綺麗とか、そんな陳腐な表現では全く足りない。


そして、


「でも、もう遅いんだよ……あたしはヒッキーにたくさん傷付けられて、ボロボロだから」


由比ヶ浜のこの言葉が、オーバーヒート寸前の心臓の上に特大の杭を打ち付けた。


ただ優しいだけの人間なんていない。
それは由比ヶ浜ですらそうなのだと、とっくに知っていたのに。
そんな彼女の優しさに甘えて、俺がその心にどれだけの非道を繰り返してきたのか。
……恨まれて当然なのだ、本来は。

「……すまん、本当に」

「今更謝ったって遅いよーだ……それにボロボロだけど、それが結果じゃないんだってあたしも信じてるから、だから、ヒッキーとホテルに行きたいって、あたしの、は、はじめてを、もらって欲しいって思ったんだよ?」

「でも俺はまだ、お前の、しょ、処女、を、受け取れる資格なんて」

「資格なんて要らないよ、大事なのはどう受け取るか次第ってヒッキーが言ったんじゃん」

「でも、でもだ、俺は、今更でも、またお前のこと傷付けるのかって、そう考えたら……」



「ヒッキー」


強く、綺麗な声。

優しいだけじゃない。
ズルいところも弱いところも持っている由比ヶ浜の、それでも強くて綺麗な一面。
やはり顔を赤くしたままで、それでも真っ直ぐ俺を見据えて、言う。

「あたしのことはいいの、ヒッキーがどうしたいか……聞かせてよ」

そして、腕に抱きつく力を強めた。

「俺が、俺、は……」


柔らかい。


暖かい。


愛おしい。


愛おしいんだよ。


だから、


「俺は……ゆ、由比ヶ浜と、お前と、シたい。 俺もはじめてはお前が良い……寧ろ、お前以外となんて、シたくない。 お前だけと、セックスしたい」



もう、そう言うしかない。

結局ギリギリまで追い詰められて、促されて、それでようやく言い出せた。
情けない、男らしさなんて欠片も無い。

でも、言えた。
情けなくて男らしくない俺が、そう言うことが出来たんだ。

言ってしまえばもう枷は軽くて、疲れた神経は瞬時に漲り下半身の充血をこれ以上なく意識した。

「うん、あたしも……ヒッキーと、シたい」

そして由比ヶ浜が微笑む。

「女の子は、最初はどうしたって痛いって聞くもん。 だから、はじめては、本当に好きな人とって……ヒッキーとなら、痛くたって良いって本気で思って――」

……由比ヶ浜の言葉は、本当に男冥利に尽きる。
今でさえそうだと言うのに、更に頭を振って、

「……ううん、大好きな人がくれるものだから、寧ろ、どんなものだって欲しいよ」

またも爆弾を投下する。



「だからね、ヒッキー……あたしに痛いの、ちょうだい?」



――言葉が、それを聞く俺の心が、爆ぜた。

爆発の勢いのまま、俺は由比ヶ浜を一度引き剥がすとベッドへと押し倒した。

以上で本日の投下は終了です、お付き合いありがとうございました。

次回から本当に本番ですが、前述の通り時間がかかりそうです。

・行くぜ目標一週間
・頑張れ及第二週間

くらいを目安に期待せずお待ち下さい。

乙です!

乙です。待ってます!

乙です

THE ラブホテルで不覚にも笑ってしまった

ラストダンスが終わらない、どうも>>1です。
予想通り一週間での完成は無理っぽいんですが、
ある程度キリの良いポイントまでなら進めそうです

濡れ場は一気に、と以前書きましたが予想通り長くなってきたのでどうしようか考えており
そこで前後に分けるか、完成してから一括投下かどちらか希望があればレスお願いします

時間かかりそうだったら分けて投下してほしい

一括投下でお願いします

一括一択

黙って投下しろ

2週間たったがまだなのけ?

二人のアカボシのPV見てお腹の減る季節、どうも>>1です。

すみません絶賛遅延中です。
なんとか今日か明朝の早い内に書き終え明日の夕方投下を目指します。
というか予想通り文量が相当なことになってきたので夕方に開始しないと何時投下終えられるか分かりません。

正直予定通りに行くか自信ないので本当に期待せずお待ち下さい。

頑張れ

期待

どうも>>1です、夕方投下無理でしたすみません。

今急ピッチで進めてますが今日中の投下は無理そうです。
何とか明日か明後日には投下出来るよう調整しますので、期待せず以下略。
お待たせしてしまって申し訳ないです。

投下してくれるなら後2週間は待つよ

今日も無理だったか

待ってるぞ

待つよー

師走の平日に完成投下とか馬鹿じゃねーの俺、どうも>>1です。

取り急ぎ完成はさせましたがかなりの突貫工事なので推敲は明日と明後日の
早い内に終わらせて、土曜の夜に投下する予定です。

期待せずお待ち下さい。

待ってた

バチバチシリーズはもっと売れていいと思う、どうも>>1です。

一回目の推敲が終わり、これから二度目の推敲
なので猶予を取って今夜20時か21時に投下を開始したいと思います
お待ち下さい

バチバチは今のシリーズ暗すぎるんだよなあ
やっぱり吽形vs大鵠がベストバウトってそれ一番言われてるから

バチバチは完結するまではあまり売れないでほしい。人気が出るのは完結してからでいい

今の展開は別段暗いとは思わん
だが最終章という事もあって未来のある奴とない奴がハッキリ分かれていくから
その辺が暗いというか、切ない

どうも>>1です、これから投下を開始します。
予想通り結構な量になってしまったので時間がかかりそうです。
どうか最後までお付き合い下さい。




寝床の上で女の子を組み敷いている。

そんな状況に対する感慨を抱く間もなく、勢いのまま由比ヶ浜の顔に己の顔を近付けた。

「あ……」

俺の意図を悟ったのか、由比ヶ浜は眼を閉じた。
その対応は正解だ。
俺の方は目を開けたまま、唇を寄せる。

寄せた唇はやがて触れ合い、キスになった。

「ん……」

触れ合った瞬間ピクリと反応する。
強ばる身体と、少しだけ硬くなる表情。

目を開けたままのキス、マナー違反かもしれないが守る気も起きない。
過去何度かのキスの経験で分かったことがあるから。

瞳を閉じてキスを待つ由比ヶ浜。

触れた瞬間の反応。

全て可愛くて、愛おしくて、どうしてもその姿を目に焼き付けておきたくなる。
こんな姿を見てしまえば視覚情報をカットするなど勿体なくて出来やしない
つまり目隠しプレイは俺には無理だな、うん。


今回もキス顔の由比ヶ浜は気が狂いそうになるくらい可愛くて、
加えて唇の柔らかさや温もり、吐息や香り、
何よりセックスという状況が俺からブレーキを奪った。

右足と左足、どっちもアクセル。どう足掻いても加速するしかない。
加速した俺はキスの先が欲しくて、閉じた唇を僅かに開いた。

〝由比ヶ浜に、挿れたい〟

ぬるり舌を伸ばして、由比ヶ浜の唇の間に差し込んだ。

「んむッ!?」

由比ヶ浜はビクッと反応する。
無理もない。だが止まれない。

そのまま唇を超えて閉じられた歯を舌先でなぞる。
硬質な感触の先に閉じ込められた物を求めて、歯を舌でノックする。

トントン、トントン。

出ておいで、出ておいで。

一緒に遊ぼう――。


が、

「むんむぐ……ぷはッ、ちょちょちょっと待って、待ってヒッキー!」

強ばった由比ヶ浜が文字通り力を生んで、密着した顔や身体は押されて引き離される。

遊びたいのに、何故――なんて思う間もなく、熱くなった頭に冷や水ぶっかけられて正気に戻った。

や、やっちまったーッ!
警戒してた筈なのに注意してた筈なのにいきなりやらかしたァーッ!

「あ……ご、ごめ……」

反射的に口にした謝罪がまともな言葉なってない。
自分でも信じられないくらい声が震えてる。
心臓は一気に収縮し、顔もきっと血の気が引いて青ざめてる。

リードと自分勝手は違う……さっき確認したマナーにもそれっぽいこと書いてあったろうに。
ダメだ、現実はクソゲーだからセーブできないし残機ないし勿論コンティニューもない。

ああ、終わっちまった……さよなら大人の八幡くん、おいでませ魔法使いの八幡さん。


冗談めかした思考を混ぜつつも本気で絶望する俺に、それでも由比ヶ浜は、

「あ、ご、ごめんヒッキー! ちょっとビックリしただけだから、そ、そんな顔しないで……」

そんな風に言ってくれる。

「気ィ使わなくていいよ、やっぱ俺最低だ……」

異性の同僚の病室でそいつオカズにシコシコし出すナイーブな少年パイロットくらいには最低認定。
いっそ一思いに殺してくれ。介錯オナシャス。

「そんなこと言わないでよ……そ、そんなにしたかった? べろちゅー」

……べろちゅーってお前。
でもそんな可愛らしさとも今日でお別れなんだな。さよなら大好きな人。

「……したかった、です。 でも望みは絶たれました、ごめんなさい」

「だからもう、言ったじゃんビックリしただけって……それに、あ、あたしも、シてみたいし、シよ?」

「え、いいの?」

マジで? 許されんの俺?
希望が見えると元気になるなぁ兄弟!
精神的にも局所的にもなゲッハッハ!


「うん、だから何かシたい時は、ちゃんと言ってね? わかんないからさ、あたし」

「……サーセンした、以後気を付けます」

目と目が合う瞬間シたいと気付いた、みたいのはダメみたいッスね。
シたいことは言わなきゃ……クッソ照れるだろうし恥ずかしいけど。

言わなきゃ分からないこともある。
彼女の言葉で、在り方の表明。

俺は逆に言葉に依らず伝わってほしいと思ってしまうけど、
それは互いに追々擦り合わせていくものなのだろう。

そうして互いの在り方が一つになれれば、
それは想像を超えた素晴らしいモノ……本物に、俺達はなれる。

妥協なんて結局捉え方の一つでしかない。
互いに歩み寄って出来た新しい形が自分だけの望み以上にならないと誰が決めた?
一人では地面に転がる悲観が限界でも、二人なら想像を超えた新しい光が空に見えてくる筈だ。
分からないけど、きっと。

何はともあれ今は現実に集中だ。
そうだ、キスしよう。

「じゃ、じゃあ、いいか?」

「う、うん、どーぞ」


そうして再び由比ヶ浜は目を閉じた。キス顔カワイイヤッター!

しかしお互いにどもって緊張して硬くなって、初々しさがなんかそれっぽい。
何時もの俺達って感じなのか……そう思えば緊張は和らぎ自然に動けるような気がする。

さっきよりは幾分柔らかいスピードや心持ちで、俺達は再び唇を合わせた。

「んッ」

再び喉を鳴らす由比ヶ浜。
感触はさっきよりも硬い。先に待つ物を思えば緊張は仕方無かろう。
でもそこをフォローすることは出来ない。
だから緊張より先に幸福や快楽があると信じて、俺は再び舌を挿し入れた。

「むン……ッ」

柔らかな唇を超え、再び歯にぶつかる。
今度は開かれているものの入り口はせまく奥まで入り込むのは厳しそうだ。

まだ拒まれてる?と考えてしまうが、舌だって口内の機関としては中々のサイズ。
小柄な由比ヶ浜の口中に男性の舌は大きすぎるのかもしれない。
しかし今度は扉が開かれていて、中から出て来た由比ヶ浜の舌が俺の舌先に触れた。


「んぅ……」

おずおずただ触ってきただけで、仕掛けてきた由比ヶ浜がピクリと反応する。
ちょんちょん、ちょんちょんと小さなヒット&アウェイを繰り返す。
未知に怯えて、でも知りたくて、付かず離れずを繰り返す気持ちは俺にも分かる。

しかしそんな様子が可愛くて、
触れてくる粘膜の感触をもっともっと知りたいと思ってしまう。
だから小突いてくる由比ヶ浜の舌を待ち構え、俺の舌で一気に絡め取った。

「んむッッ」

さっきとは比にならない劇的な反応で、一気に由比ヶ浜の全身が強ばる。
でも止めない、逃がさない。
絡めたまま舌を動かし、こねくり回すようにその柔らかさを味わう。

「んッ、ぅッ、んんッ、むぅッ」

絡む度、由比ヶ浜の身体に電流が走ったような反応。
けれど舌は緊張の硬さが次第に解れて、なされるがままに蹂躙されていく。

随分入念に歯を磨いたのだろう、
歯磨き粉の清涼感が由比ヶ浜の口内や唾液から伝ってくる。
俺も随分磨いたからお相子だな。というか磨いといて良かった……。


「むは、はむ、はふ、んん……」

暫く絡み合っていると、由比ヶ浜の身体から緊張が消えていく。
断続的な大きなショックはピクピクと小さな震えに代わり、
何時の間にか俺の背中に回されシャツを握る手を除き身体は完全に脱力していた。

変わらず開いたままの俺の目は、
薄開きの目蓋で熱に浮かされたような表情の由比ヶ浜を捉える。

伝えきれない気持ちを伝えるのに一番簡単で特別なキスというコミュニケーション。
それが今は簡素さを濃密さに変えて、
これでもかというほど刺激的な性接触に変わっていた。

〝ちゅるちゅる、ぴちゃぴちゃ〟

「うぶ、うぅ……ん、んれ、んぇ、ぇふう……」

〝じゅるじゅる、じゅるり〟

互いの唾液が混じり合うくぐもった音が、内側からの振動を通して鼓膜へ至る。

俺が由比ヶ浜の上に覆い被さるようにしている為、
俺の唾液が由比ヶ浜の口内に流し込まれるような形になっている。
俺に唾液を流し込まれ、溺れ、恍惚と受け入れる由比ヶ浜。
そんな構図を想像しては頭も下半身も発熱し、どうしようもなく興奮する。


キス、凄い。

べろちゅー、ヤバイ。

キスの力は一年前から分かっていたつもりだが、甘かった。
抱き締めて、触れ合うだけのキスをして、
それだけで交際の経験値を内心誇っていた俺は完全に井の中の蛙だった。

自分の感覚も相手の感触も全て混ぜ合って尚足りないような、こんな。
そうして俺の頭も甘く痺れて、自他の境界が曖昧になっていく。

……それはただキスの力ってだけじゃなく、もっと切実な理由もあって直ぐ顕在化した。

息。

苦しい。

「むぐ、むぅぅ……ふ、ぷはッ!」

快楽と苦痛の天秤は生命の危機を察知し一気に苦痛へ傾き、勢いをつけてガバッと離れる。
長く長く、どれほどの時間続けていたかも分からない長いキスから解放された。

「ひー、ひぃー……」

「はふ、はふ……」

互いにぜぇぜぇ肩で息をしている。

何も全く呼吸出来なかったわけじゃないが、
互いの呼吸器を至近距離で過度に興奮するようなことしてたんだから
単純に摂取する酸素量が減るのは自明なわけで。そりゃチアノーゼ気味にもなる。

人体の明らかな設計ミス、神の意表を突く行為――柳、お湯。


キスする時は鼻呼吸、とかどっかで聞いたような気がするけど
初のディープキスでそこまで意識出来るかよ。

あんな脳の奥の奥まで痺れて壊れてしまいそうな行為の中で、
何処まで正常な思考を保てるものか。

息も落ち着いてきて、由比ヶ浜はどうなっているかと視線を下げる。
これで顔色青紫でマジチアノーゼってたらどうしよう。
酸素マスクはラブホテルに備え付けてありますかね?

そんな悪い予想に反し、由比ヶ浜は何時ものキス後顔よりも緩んだ顔をしていた。

いや緩いという表現で正しいのか分からない。
エロいとか、やらしいとか、そう言えばいいのか。

目の焦点が合わず、はぁはぁと荒い息を繰り返し胸や腹が上下する。
顔は勿論赤く、半開きの唇の周りには自分のものか、
俺のかも分からない唾液でぬらり濡れている。

その顔を認識すると、酸素不足で朦朧としていた意識が一瞬で覚醒する。
酸素吸ってる場合じゃねぇ!と下から突き上げられる。
下半身さん元気ですね……。

その由比ヶ浜も俺の顔を認識したか、

「ひっきぃ……べろちゅぅ、すごいよぉ……」

掠れた声で囁くよう、甘えるように零す。


どくり、心臓が、跳ねる。

最終的には向こうからも絡んできたとはいえ、
殆ど一方的に貪られるような形の接触で恍惚とした顔をする由比ヶ浜。
そんな童貞の妄想のような光景が、どうしようもなく現実だった。

女性優位の体勢だのやり方ってのもあるらしいが、それでも異性間の身体構造や筋力差を鑑みれば
雄性が雌性を組み敷くのが人間という種のスタンダードな性交渉だ。

そして俺が今この場の雄、由比ヶ浜がこの場の雌だと考えればもうブレーキはおろか障害物すらない。
寧ろ障害物を取り除いていこう、そう決めた。
差し当たっての障害は目前にある。

「その、いいか? タオル、取っても」

隠すことで扇情される、ということはある。
だが今はただ由比ヶ浜の肌を見たい。
隠すもののない、純正純粋な由比ヶ浜結衣の身体を、見たい。

「あ、う、うん、いいけど……ヒッキーも、脱いで?」

……由比ヶ浜も、純正純粋な俺の身体が、見たい?
エロ漫画とか薄い本知識だと相手だけ脱がして竿役は着衣って結構あるから意外というか、
流石にこの場で二次エロを当て嵌め行動するのは死亡フラグとして露骨過ぎだから踏まないけどね?

まぁ自分だけってのは恥ずかしいのかもだから、そういうもんなんだろうきっと。


「か、構わんけど、由比ヶ浜も見たいのか?」

俺の裸を。

「うん、見たい。 見せっこしよ?」

あ、今の言葉八幡的にポイント高い。クッソ可愛い。
というかここまでですらポイント高過ぎだから、
終わるまでにどれくらいポイント溜まってるやら。

楽しみなような、怖いような。

「そ、そうか……じゃあ、脱ぐわ」

ということで一旦由比ヶ浜から離れ、もたもたシャツとズボンを脱ぎ捨てた。

他人の前で服を脱ぐなんてのはぼっちにとってはかなりハードルが高いもんで、
これを異性の前で直接、しかもセックスの為……なんて考えたら何時も通りの動作なんて望むべくも無い。

しかもズボン脱いでるときの下半身の引っかかりっぷりったらもう。
改めてテントになってる自分のパンツを見下げては嘆息し、
パンツだけは後にしとこうと再び由比ヶ浜に近づき、覆い被さる。

「わ、わ……これが、ヒッキーの……なんだ」

若干のインターバルで思考や呂律が回復したらしい由比ヶ浜が
ちょっと妖しい感想を口にしてくれた。
変な妄想が逞しくなるし、以前手でシてもらった時の台詞と被ってドキリとする。


「ど、どうなの? 女子的に」

「え、えと……なんかイイ、かも。 キレイだと思う」

キレイ、キレイかー……男的には喜んでいいのかどうか。

別段貧弱貧相なもやしっ子ってわけじゃないと思ってるが、
かといって運動部の連中とでは比較にならない程度が自己評価。

だからキレイ、というのは案外表現として間違ってはいないのかも。
これはぼっちアスリートへの道再び。バレエでも始めようか?
上半身裸の黒タイツでボレロ踊ろう。

「……それじゃあたしも、脱ぐね」

脱ぐというのが正しいかは分からないが、
ともかく由比ヶ浜もまた身を纏う布地に手を掛け、
しゅるり衣擦れと共に抜きさった。

そうして隠すもののない女体が露わになる。

その瞬間を、それこそ電気信号で回路が焼き切れんばかりに脳内へ焼き付けた。

焼き付けた。

焼き付けた。

大事な事は二度、ただのネットスラングを真理を突いた至言と勘違いする。

それほど衝撃的で、それこそ本能からすら心を奪うほどに、


「綺麗だ……」

完全に反射で言葉が漏れ出した。

「そ、そう……かな」

由比ヶ浜の顔は自信なげで、俺から目を逸らすように横を向いていた。
もどかしそうに動く手指は腹の前で組まれ、何を隠すでもない。

自信が無い。
それは姿形に係わらず由比ヶ浜の抱える陰の一つだろう。

誰しも同じような悩みは抱えていようが、
由比ヶ浜はそれを外に漏らしにくい代わりに自責という針で深く刺すことがある。
自分よりも、自分だけ……誰かと繋がることで輝く彼女でさえ逃れ得ない孤独な痛みだ。

だが、そんな由比ヶ浜の内心と関係無くその身体は女性の魅力に溢れている。
寧ろオタク気味な俺の抱く女性への幻想、美しさへの憧憬、その形と限りなく一致するようだった。
少し前に上半身だけならばその裸体を視界に収めていた筈なのに、
それで尚その印象が吹き飛ぶほどの引力を感じる。

大きく膨らんだ乳房と先端を彩る鮮やかな桃色。

なだらかな曲線を描く腰と腹の線。

そして足の根から……。


「あ、やッ、そこは、まだ……!」

俺の視線が下腹へと下がったところで、由比ヶ浜は『そこ』を手で隠した。

「あ、わり……その、つい」

「え、あの、あたしの方こそ、ごめんね?」

「謝んなよ、普通の反応だろ、多分」

仕方が無いところではある、のだろう。
俺だって由比ヶ浜にテントとか本身見られたとき超恥ずかしかったし。悶死。
男の俺ですらそうなのだから、
女性で且つそういう経験の無い由比ヶ浜にとっては更に重いだろう。
暴走するな、COOL、COOL、KOOL。

まぁ『そこ』は後の楽しみにしておくとしてだ。
今はとにかく、由比ヶ浜を褒めよう。
彼女への気遣いでもあるし、胸中に留まる感動を有りの侭吐き出したかった。

「それに、自信持っていいんじゃねぇの? 綺麗だし、その、滅茶苦茶エロいし」

「そ、それって喜んでいいのかな……なんか、やらしくて」

「よし良いこと教えてやる。 男子はな、やらしい女の子が大好きなんだよ」

思春期の男子であれば、一度は美痴女からのセクハラという夢を見る。
実際には痴女とエッチな女の子の間には隔たりがある(らしい)んだけどね、良いんだよ夢なんだから。
非実在青少年が何だ、こっちは非実在痴女だバカヤロウ。


「それも微妙だよ……や、やらしいの? あたし」

「……やらしいというか、何だ。 可愛くて、いじらしくて、なのに綺麗で、エロくて、スゲェ興奮してる」

もう隠すこともない、かつてない大噴火。もとい大興奮状態。
衝動という意味では少し前のアレは異常なレベルだったが、
意志と本能の方向性が合致した今の方が持続的な力は数段強く感じている。
流されるでなく、己の意志で先へ進む。
進みたい。

「だから……触っていいか? お前の身体に」

「……え、えと」

もじもじと言いよどみ迷っている由比ヶ浜の姿も可愛らしくて、仕草が一々扇情的に見えてくる。
このまま襲いかかってしまうか、そんなことも冗談でなく考えてしまう。

何秒かの逡巡を経て由比ヶ浜はキツく目を瞑り、

「やさしく、してね?」

そう囁くように言った。

だからもういい加減にしろ!
俺の中で可愛いがゲシュタルト崩壊するくらいに一々可愛いんだよ!どうしてくれる!
そしてライオンは獲物を可愛い可愛いと愛でながら狩り殺すという……俗説だっけこれ。


ともかくそんな心境、今の俺はプレデターだ。戦闘宇宙人のことではない。
今は一方的に狩ったり殺すでなく、通い合う為にこそ肥大した欲望と力を使いたいと思う。
コントロールせねば。

「じゃあ、始めるから」

開始を宣言すると、目を瞑ったまま由比ヶ浜は無言でコクリと頷いた。

対する俺はゴクリと唾を呑み、由比ヶ浜に向かって手を伸ばす。
伸ばす先は大きく膨らむ丘陵……ではない。

「……ふぇ?」

場所と感触に疑問を覚えたらしい由比ヶ浜が目を開く。

右手は髪を、左手は頬に触れていた。

かなり明るい茶髪だと言うのに、梳いても抵抗なくサラリと流れ甘い香りが立ってくる。
ふっくらとした頬は予想通り見た目通りに柔らかな感触と体温。
それらが春の日溜まりのような彼女の人柄を表しているようで妙に嬉しくなった。

さらさら。

ふにふに。

……なんか癖になりそう。


「あ、あれ、ヒッキー? 触りたいの、そこなの?」

「いや、まずはって思って……こういう機会でもないと触れそうにないし」

「こんな機会でなくても触ればいいじゃん。 他の、か、カップルは、みんなやってるし」

「いや流石に恥ずいだろ、今はちょっと気持ち分かるけど」

言葉通り往来で髪や頬を撫でるバカップル共に唾吐いたこと数多だが、
今は気持ちが分ってしまう。
触れ合いっていいなぁ。一方的だけど。

「……恥ずかしくても、あたしはいつでも触って欲しかったし、触っていいよ?」

「お、おう。 その辺はその、追々な」

由比ヶ浜のストレートな言いぐさに押し負けたのを誤魔化すように再び手を動かす。

「はぅ……」

要求通り触れられるのが嬉しいのか、
由比ヶ浜の吐いた溜め息は幸福の色に満ちていた。
実際俺も女の子の手触り、それが由比ヶ浜結衣のモノを味わえている事実に
かつてない幸福感を抱いていた。

手は髪頬から耳、後頭部と撫でて背中へ下ろす。
そして抱き締める形で密着して自分の頬と由比ヶ浜の頬を擦り合わせた。

「んっ……あは、くすぐったいよー」

仰向けの由比ヶ浜と被さる俺が頬を合わせれば互いの顔は見えない。
しかし伝わってくる頬の寄りと振動、
何よりその声色で由比ヶ浜が笑っているのが分かる。


背中に回した手を肩へ移動しそのまま腕を伝って手指に至る。
頬に負けじと滑らかな肌の手触りもまた病みつきになりそうだ。

指を根から先までスルリ滑らせると
その一本一本を自分の指と組み合い絡ませる。
指に力を込めると、由比ヶ浜の方からも握り返してきた。

「……こ、恋人繋ぎ、はじめてだね」

そういえばそんな名前だったっけ。
そう名付けられると凄く大胆で不遜なことをしている気がしてくる。

だが身体を密着させて手と手を隙間無く絡ませていると、
それだけで心臓の底の方から沸き上がってくるモノがあった。
炎と言うほど熱くないが、それ故に心地よく心身を満たす暖かさ。

以前「スキンシップは共同幻想を続ける為の欺瞞」などと考えたものだが、
今はそう思えない。
ただ触れ合うだけで、俺は本当に由比ヶ浜結衣が好きなんだと確信できるから。
そのくらい分かり易くて、なんでもっと早くこう出来なかったのかと悔やむばかり。

極限状態は抜けつつも高速の一定でトクトク動く心臓を意識する。
俺の身体に圧されて形を変えている柔丘からも、それに負けじと響く振動を感じた。


「……ドキドキしてる?」

「――そうだよ、当たり前じゃん。 ヒッキーもだよね? わかるよ」

そりゃそうだ。
はじめて同士で、裸で、身体をくっつけて、それで鼓動が伝わらないわけ無い。
それで興奮しないわけがない。
何時もは緊張やマイナスの感情で心身を痛めつけるようにしか動かなかった心臓、
その鼓動が今は幸福と歓喜を呼び込んでくれているように感じる。

そして多幸感に満ちた心臓が脳に叫ぶ。

「先へ進め」と。

このまま心地よりぬるま湯に浸かって一時を終えたい欲求もある。
ささやかな温もりを尊ぶ慎ましやかさは農耕民族か儒教的で、
曲がりなりにもその遺伝子と魂を欠片でも継いでいる人種の心は
落ち着くことを善しとし、それを否定することは出来ない。

だが魂と対を為す魄は本能の先にある宴の快楽を求める。

ただ衝動的なだけでなく、魄は魂を飲み込み一つとなって
幸いあれと俺の道行きを祝福していた。
心か身体かではない。
まず身体の欲求を満たし、その隣に心の充足もある。

どちらがどちらを言い訳にするのではない。
どちらも真実だ。

だから、進む。
進もう。

「由比ヶ浜、そろそろ……いいか?」


密着していた身体を離し、それでも至近の距離から目を見つめながら問う。
正直照れっ照れ。うまい!(テーレッテレー)と叫び出したいくらいに照れてる。
だが言わなければ。

「うん、いいよ。 寧ろあたし、ここに来てからずっと心の準備はしてたから……さっきのシャワー中も、ヒッキーが入って来てもいいって思ってたし」

その問いかけに彼女は首肯し、またそんな嬉し恥ずかしなことを言ってくる。

あーもう、一度は落ち着いて自分のペースで行けるって思ってたのに直ぐコレだ。心臓ビクンビクン。
まぁようやく誰かと共に立って歩いて行こうって決めたばかりのヘタレ野郎と、
ずっと恋心を抱えて喜び悲しみ進んできた清純乙女とでは、
現時点で獲得経験値とかレベルだって圧倒的に差があろう。そう思えば仕方無い。

だからもう開き直ってしまえ。

「あ、そ、そう……そ、そーいうのもまた、追々、な」

「また、するの?」

しかしまたもあっさりカウンターを取られて膝下ガクガク。倒れそう。

国内とWBAルールでは1ラウンド3ダウンでKO負けなもんだから
今倒れるわけにはいかんのだ。

「い、嫌か? そうだったら無理強いは――」

「ううん、また、シよ? だから、今は……」

一緒に進もう。
俺を見つめる由比ヶ浜の目からも俺の本心と同じ意志を感じ取った。
錯覚じゃない。
絶対に錯覚なんかじゃない。

ここに至り、言葉ならずとも通じ合う……俺の理想が現実に見えた気がした。


それがどうしようもなく嬉しくて、その勢いのまま、

「――さ、さわる、ぞ」

言葉と同時に両手で由比ヶ浜の乳房に触れた。

「んぅッ」

ビクリ、由比ヶ浜が反応する。

しかしそれを気に掛ける余裕は無かった。

こうして彼女の乳房に触れるのは二度目だが、それでも最初の時は暴走気味な思考と
感情の余波で味わった体験や感覚を朧気にしか覚えていなかった。

だが今は理性と本能の行き先が合致してこの場に臨んでいる。
自意識と目的意識が明瞭、ハッキリとしているのだ。

故に両の指に伝わる柔らかさと温もり、頬の手触りより尚濃厚な〝それ〟の感触は、
指の神経を伝って脳髄に荒れ狂う磁気嵐を巻き起こした。

「う、わ……!」

思わず感嘆の息が漏れる。

柔らかい。
ただ、柔らかい。

皮膚に触れるだけでふるり震える手触り、僅かに力を込めればそれだけで指が沈んで行く。
それほど柔な印象なのに張りのある形を保っていて、
更に奥まで指を沈めていくと手応えも返ってくる。

そして、


「はぁ、ふ、ふ、はふ……」

指を動かす度に短く息を吐く由比ヶ浜の反応が極上のスパイスだった。

ただ触り感触を確かめるだけならそれこそ二の腕でも触っていれば良く、
その内空しさが勝り行為は止まるだろう。
だが今は想い人の感触を味わい、それにより想い人が反応する。

こんなもの、夢中になってしまう。
夢中になるに決まっているじゃないか。

そう思えば、頭は熱くなり衝動のまま両手を動かし、捏ねくり回す。

「あ、あぅ、ひ、ひん、ひぁ……!」

握りしめない程度の力でホールドして、円を描くように動かす。

外側から包み込み内側に寄せて谷を大きくする。

引っ張るように動かし、その伸縮性を目にして驚く。

何をしても反応があり、何をしても予想を超える。
それほどの包容力、物理的な大きさと容量を由比ヶ浜の乳房は持っていた。

所詮経験薄な童貞の思考や想像力なんてさもしいものとは分かっているが、
それでもこちらの入力に応じて如何様にも形を変えるこの乳房は、
悲観的になって以後深くへ封じ込めていた筈の万物への興味・好奇心を呼び起こし、刺激した。


「ふ、ふ、はぁ……ね、ねぇ、んっ、ヒッキー……」

時間の感覚を忘れて夢の世界へ飛び立っていた思考を引き戻したのは由比ヶ浜の声。
暴走だけはするまい、そう固く誓ってこの場に臨んでいた筈なのに
結構危うい領域に足を突っ込んでいた。学習しねぇな俺。

「な、なんだ? 痛かったりしたか?」

「ううん、そんなことないけど……あたしのことじゃなくて、ヒッキーは、どう?」

「どうって」

「あたしの、お、おっぱい、変じゃない?」

……だからさぁ、そういう言い方とか聞き方はさぁ。
何なんだよ本当、何なの。
俺の心臓を蜂の巣にするつもりか。今更だけど。

「……まともかどうか判断出来るような経験ねぇよ、俺だって、は、はじめて、なんだし」

「そ、そうだよね、変なこと聞いて、ごめんね?」

「あ、や、でもな、正直夢中になってたわ。 そのくらいその、ヤバいと、少なくとも俺は思う」

もうちょっと言い様とかあるだろう、とは自分でも思うが、
そんなストレートに睦言の類が出てくるわけもない。俺だし。
ヤバイヤバイヤバイわーマジヤバイわー。

しかし、

「え、あ……ス、スゴイ嬉しいんだけど……どうしよ」

既に赤い由比ヶ浜の顔が、こんな俺のこんな言葉に更に紅潮する。
俺もそういう反応が嬉しいです、嬉しいです……。


「あたしね、今まで胸大きくて良いと思ったことないんだ」

「え、そうなの?」

それを ほこれないなんて とんでもない!

と男の目線からは思うが、女性には女性ならではの悩みもあろう。

「だって重くて肩凝るし、体育のとき揺れて痛むし、そうでなくても女子から変にネタにされたり、やっかまれたり、逆に男子からは変な目で見られたりするし……皆と同じくらいで良かったのに、そういうとこ似なくて良かったのにってママのことちょっと恨んだこともあったよ」

同性の中では突出した個性が嫉妬の対象になり易いだろうし、
異性にとってもその畏敬の出所が性欲なら嬉しい視線にはなりづらかろう。
富める者には富める者なりの悩みや苦労があるのだ。

「でもね、ヒッキーが、あたしのに夢中になったって言ってくれて、そしたら今までの苦労が全部なくなっちゃうくらい嬉しくなって……お、おっきくて良かったって、思っちゃった。 馬鹿で、単純だよね、あたし」

未だその乳房に触れたままの俺の両手の甲に由比ヶ浜は手を合わせた。
手の平と甲が、それぞれ違う柔らかさと暖かさに包まれる。

あー、あーあー。
蜂の巣どころか、終わるまでに破片一つも残ってるか心配になってきたな心臓。


嬉しい。
由比ヶ浜のこんな言葉が、反応が、どうしようもなく嬉しい。

好きだ。
大好きだ。
寧ろこの娘を好きにならないなんて男としてどうかしてる。
由比ヶ浜のこんな一面を知ってしまえばこの世のあらゆる男が恋に落ちるだろう。

だがそれでも、由比ヶ浜結衣をこの世で一番好いているのはこの俺だ。
由比ヶ浜結衣がこの世で一番好いているのはこの俺だ。
ただそれだけで、俺は世界と向かい合える。
これを盲信や勘違いだなんて誰にも言わせない。

想いの丈は瞬時に臨界を越え、声帯を通して一気に出力される。

「好きだ、由比ヶ浜。 お前の身体も、馬鹿で、脳天気で、優しくて、暖かくて、変な所で自虐的になっちまう所も、全部、全部、好きだ。 どうにかなっちまうくらい、好きなんだよ」

言いながら、手の中で勃起していた乳首を指二本で摘み、クリッと転がす。

「ッ!?」

由比ヶ浜の身体が跳ねる。
ここまでで一番大きな反応に興奮は増し、手指の動きは止まらない。
そのまま親指の腹で先端を擦り、ゲームのコントローラーのスティックのように回す。


「い、いきなりは、あぅ! ひ、ひっきー!」

元々性感帯だったのか、それとも昂ぶり高まったタイミングだったからか、
局部への干渉の効果は絶大なようだ。
まだ先や奥がありそうだと思う故に心は逸り、左手を離すとそのまま口を近づけて、

「ひぃっ!?」

乳首を咥え、そのまま舌で舐め上げた。

当たり前だが甘い味などしない。しょっぱい。
そもそも母乳は成分が血液と同じで味も塩と鉄の赤い味だそうだが。

だが今味覚は関係無い。
柔らかさはありつつもコリコリとした独特の感覚を、今度は吸い付きながら口内で味わう。

「あ、あ、あ、あ、あぁあ、うぅ、ぅ、うぁ!」

舌で転がし、吸って白い肌ごと引っ張ったりする度に一々ビクビク反応する由比ヶ浜。
己の力で何かが変わる、そんな認識が清い青少年を中二病やら不良の道へ誘うのだろうが、
今正に俺の行為で、由比ヶ浜は反応する。性的な方向に変わっている。

そんな承認欲求と劣情と愛情が混じり合った魔女鍋が、頭の中でグツグツと煮えたぎっている。
鍋から勢いよく起ち上がる妖しい煙か蒸気がタービンを回す。

止まらない。

止まれるわけがない。


「ひ、ひっきぃ! んひっ! そ、そんなにぃ、んく、しても、で、でないよぉ!」

舌も手も、どんな風に動かしているのかすら埒の外にある俺の耳に由比ヶ浜の悲鳴が届く。
俺が幼児退行で赤ん坊返りでもしたと思ったか、
或いは乳首への執着それ自体の目的を履き違えたか、

そんな由比ヶ浜の誤解すら鍋を炊く燃料にしかならない。
いっそ本当に出るようにしてやろうか、という考えすら頭を過ぎる。

出るようにする為には……そこで互いの下半身を意識し、それでようやく正気に戻った。

……本当に反省がない。こんなの、それこそ前回の再現じゃないか。
ダメなんだよあれじゃ、ダメなんだよこれじゃあ。

口と手を止め離し、身体を上げる。

「あ……わ、悪ぃ、また、俺……」

眼下の由比ヶ浜は先のキスの時と同じ、或いはそれ以上に貪られ、
脱力したまま身体を投げ出していた。
その目に力はなく、為されるが侭のその姿に興奮し、
同時に矢傷とは別の胸の痛みが鋭く走る

「気に、しなくて、いいよぉ……ひっきぃが夢中になってくれて、あたし、うれしいもん……」

生気の薄れた瞳で微笑み放心気味に言ってくれる由比ヶ浜だが、でもそれじゃダメなんだ。
衝動を否定しないでも、ただ衝動の侭に動くだけでは積み上げとは言わない。
ただ一方的に受け取ることが心苦しく、せめて何かを返したいと再び密着し抱き締めた。


「でも、ただ俺だけがってのは、なんか嫌なんだよ。 お前にも何かって思う」

必死に搾り出した俺の言葉への反応を、
由比ヶ浜は俺の背中に力ない腕を回すことで返してきた。

「あたしは、たくさんもらったよ? ひっきぃが、あたしの身体を喜んでくれてるって、それだけで、いっぱい、いっぱい……」

いじらしい彼女の言い様には胸が熱くなる。
だが、それでもただそれを受け入れるわけにはいかない。
由比ヶ浜の言葉を信じないわけではないが、
一歩間違えばただの搾取になりかねないから。

貰った分は返す。
以前彼女が肯定した終わらないお返しの円環、そうでこそありたい。
今、俺が出来うる彼女への貢献やお返しは何があるか。

逡巡し、少しでも可能性の高い行為をと右手を恐る恐る下腹部へと伸ばし――。

「あッ! やッ!」

しかし、臍の下辺りに触れると由比ヶ浜の両手が瞬時に右手を止めた。

「だ、だめだよひっきぃ! そ、そこはまだ、まだだめぇ!」

「え、ダメ、か?」

「う、うぅ、だ、だめなの、まだ、だめ……」


先程までの愛撫で良くも悪くも警戒心や羞恥心は取り除けたものと思っていたのだが、
そうでもなかったか。
しかし幾ら何でも反応が過剰な気もする……。
でも嫌がってるのに無理矢理ってのもなぁ、うーん。

「なんでダメなんだ? まだ怖いか?」

「き、きかないでよぉ……」

眉を寄せて、涙目で回答を拒否する由比ヶ浜。
そんな様子に胸は痛むが、
ああも蕩けていた彼女が一気に緊張した理由を判明させないことには先へ進めない。

……周りから攻めてみるか。

止められた右手はそのままに、左手を足に這わせる。
右手の抑えに注意が割かれていたからか、ただ触れただけでまたも跳ねるように反応した。

「あっ、そ、そっちも!? や、やめてよ、ひくっ、まだ、だっ、だめだからぁっ!」

本格的に泣きそうなのか、しゃくりあげながら警告される。
最悪国境侵犯から強制送還・射殺も覚悟の上の左手芸だが、
少なくとも今〝そう〟するつもりはない。

まず安心させなければ。

「大丈夫だ、その、そっちは触んねぇよ」

言いつつ、膝下から太股までを外からなぞる。

「ひぅっ!」

さっきまでとは違う、ぞわっと来たような反応。
まぁ足なんて普段触られたり触らせたりしないとこだもんなぁ。
それ故か、腕とはまた違う滑らかさ、抵抗感の薄い肌触りがまた興味深い。


「ひ、ひっきぃ……足も、さわりたかったの?」

「足、というか、由比ヶ浜の全部に、触ってみたい」

「あ、あぅ……」

俯いて縮こまる由比ヶ浜さんの姿がね、またね、可愛らしいんですよ本当に。
そんな可愛らしさに煽られ、このまま勢いに任せて
手籠めにしてしまいたいという火種も燻っているが、そこは抑え込む。
ゆっくりと全てを目にし、確かめながら進んでいきたいという気持ちもまた強い欲求だから。

すべすべの足をゆっくり撫で回していると、少しずつ緊張が解れていくのを感じる。
その中で次の機を見定めると左手を由比ヶ浜とシーツの間に滑り込ませる。
即ち、尻。

「え、ひゃぁ!」

うーんこの反応。
淫蕩淫靡なさっきまでのものとはまた違うが、こういう馬鹿っぽい明るさも実に由比ヶ浜。
その由比ヶ浜の臀部の感触は乳房よりも僅かに堅く、厚みのある重量感がまた興味深い。

無意識に、撫で回すより揉み込むことを優先してしまう。

モミモミ。


「わー、わー! ひ、ひっきぃが痴漢になっちゃったよぉ!」

「お前の中じゃ痴漢=尻スキーなのか……」

「うぅ、だって、ひっきぃの手付きが、う、やらしいんだもん……こんなにぎゅって触られたこと、ないけど」

……なんか聞き捨てならない台詞。

「触られたことはあんの?」

「ハ、ハッキリ『痴漢だ!』て感じのはないけど、んっ、女の子は皆そういう経験あるし……」

「よし分かった触った奴殺そう」

「いきなり極端だ!? ハッキリしてないんだから誰かって分かんないよ!?」

「じゃあ今度一緒に電車乗ったときそれっぽい視線向けた奴皆殺しにするか。 痴漢という民族に対するジェノサイドだ、社会正義だ」

「ひ、ひっきぃが今度は怖い人になっちゃった……」

「冗談に決まってんだろ、ジョーダン」

半分は、だけどな。
痴漢被害発覚で割と本気の殺意沸いたのはマジですマジ。

しかし何時も通りな会話の流れが混じったからか、強ばりはもう殆どない。
強引に右手を〝そこ〟へ届かせることも出来るだろうが、まだだめ、だ。
今はまだ暫し流れに身を任せよう。


「それはともかくだ……そういう経験あるってことは、尻触られるのって嫌だったりすんの? だとしたら、謝んなきゃだけど」

だが手を止める気はない、というか止められるかなぁ。
胸のような熱中こそ伴わないが、その分中毒性が高い気がする。
この具体的な手応えが、この、このこの。

「あっ、そ、そんなこと言って、全然止める気、ないじゃんっ、はうっ」

「いやすまん、でもこんなん夢中になるわ。 こんな身体してるお前が悪い」

「ほ、ほんとにひっきぃが痴漢みたいなこと言い出した! ひっ、んくぅ」

「でも、本当に嫌だったらちゃんと言ってくれよ? じゃないと多分止められん」

「い、いやなわけ、ないよ……ハッ、ハッ、ひっきぃに、痴漢されてるって、思ったら、変な気分に、なっちゃう……」

…………だからさぁ、もう省略するしかないくらい同じ感想しか出せねぇよ。
疑似痴漢プレイとかOKなの?
俺自分じゃそんなにアブノーマルな嗜好じゃないと思ってたんだけど、
変な方向にイっちゃいそう。

「変な気分になってんの?」

「な、なってるよ。 べろちゅーのときとか、おっぱい触られてたときとか、今も熱くて、熱くて、あたしの全部が、変になってるの……」

すべてが変になる――いや違うかこの場合。

すべてがHになる――……そういうパロAVとか出る?出そう?

いずれにせよ台無し感ハンパねぇ。


「……全部?」

「うん、全部、ぜんぶ、だよ」

「じゃあ、ここも?」

まだ機が熟したか判断は付かない。
しかし明確な岐路を待ってはそれこそ機を逃すかもしれない……そう思い、
もう抑えの体を為していない由比ヶ浜の両手をすり抜け、右手を下腹部へと滑らせる。

「あ!」

また一気に緊張が走るが、もう遅い。
指先がサワサワと柔らかい感触を捉えた。
陰毛だ。

エロ漫画とか薄い本だと存在そのものを省略されることも多いが、
由比ヶ浜も成熟した女性の身体を持つならば生えているのも当然。少しだけ夢が妄想の形を損なう。
しかしそんな生々しい現実も、今は由比ヶ浜の性を強く意識させる燃料だ。


だが、そんな実感も継いで触れた感触の前に全て吹き飛んだ。


〝にちゃり〟



「え」

指先に触れたのは、濡れた何か。

濡れた陰毛。

濡れた、下腹部。

「ひ、ひっきぃ……だ、だから、だめって、い、いって……ひくッ、うぅ……」

由比ヶ浜は守り通したかった秘密を暴かれ、その顔は更に赤く、
瞬く間に目に涙を溜めていく。

だから〝だめ〟だったのか。
由比ヶ浜はこれを隠したかったのか。

秘密というより、秘蜜。

由比ヶ浜の局部、秘所、陰唇は、触れられる前から濡れていた。

溢れた蜜が入り口に近い部分の陰毛まで濡らすほどに。

「ひ、ひとりで、シてたときだって、こ、こんな、さわってないのに、こんなになる、なんて、なかった、のに……ぅぅ」

中々衝撃的なカミングアウトも混じりつつ、
俺は事態の急変に呆然と――している場合じゃねぇ!

この流れはマジ泣きのアレか!それはマズイマズイそれだきゃあかん!


由比ヶ浜には悪いが、隠そうとしたところに思い至ったとき……興奮した。
同時に嬉しかった。

濡れる濡れないが女性の性的な興奮、また快楽のバロメータだとするなら、
俺は由比ヶ浜を気持ち良くさせることが出来ていたということだ。

女性をアンアン喘がせて上手いの何のと褒められるのなんて童貞男にゃありがちな妄想だが、
言葉が無くともそういう状態になってくれることの達成感と充実感は何にも代え難い。
その相手が誰よりも想う相手であればこそ、今胸に充ちるこの感動は伝えるべきなのだろう。

これは恥ずかしいことでも、汚いことでもない。
それが正常で、きっと幸せに繋がるものなのだと。

間違いによる暴発も覚悟の上で、俺の指は滑る陰毛の先……熱放つ入り口へと至った。

「ッッッ!!?」

また、由比ヶ浜の身体が跳ねた。
言葉にならない衝撃を呼吸で鋭く吐き出す。

女性の最もデリケートな部分に触れる感動は一先ず置いておき、
濡れに濡れて滑る愛液の源泉、その排出口に少しだけ指の先端を潜らせた。

「――――あぁッッ!」


柔らかく、そして濡れている。

幽波紋の名前っぽいが、ただ感じたままの言葉が脳細胞の奥に刻まれる。

今、俺は由比ヶ浜に触れている。
由比ヶ浜結衣の、最も大事な部分に、侵入しているのだ。

そんな事実にカッとなる頭を抑え付け、
割り入れた先端で浅い部分をゆっくりとかき回した。

「や、めッ、ひっきッ、あ、ひ、き、きたな、いッ、からッ……こ、こんな、あ、あたしの、なんてぇ……!」

小さく回す度、びくりびくりと如実に反応する由比ヶ浜。
この反応は悪くない……筈だ。
だから次は自らを堕とす彼女の言葉を否定していく。

「大丈夫、だ、由比ヶ浜……わ、悪いことじゃないだろ、これ」

「う、うそ、だよぉ……ひッ、ひぅ! こ、こんなの、やらしくッて、きたない、よぉ……ッ!」

「さっきも言ったろ、男はやらしい女の子好きだって。 それに、汚くなんて、ないから」

想いが伝わるよう、彼女が自分を許せるよう、静かに言葉を吐き出していく。

同時に浅く動く指が入り口の近く、濡れそぼった突起に、触れる。


「~~~~~~~ッッ!!??」

その反応はこれまでで一番大きく、声にならない声を呻き、身体を弓のように反らした。
ここが陰核だったか。
女性のデリケートゾーン、その中でも特に敏感な部位への接触。
その効果は絶大なようだ。

「その、さ、ぬ、濡らしてるってことは、気持ち良かったんだろ? 俺の、色々」

「わッ、わかんないッ! わかんないぃッ!」

己の感覚を誤魔化したいのか、震えつつもイヤイヤと首を振っている。
だがここは逃がさない。

「分からなくても、由比ヶ浜の身体だってもう大人の女なんだから、気持ち良くなって反応したんだろ、きっと。 そうだったら俺、スゲェ嬉しいよ……さっき由比ヶ浜が自分の身体に夢中になってくれて嬉しいって、それと多分一緒でさ」

ハッとなって顔を上げる由比ヶ浜。
目からはもう悲嘆か快楽の衝撃故か分からないくらい涙が溢れていた。

「その、好きな人に喜んで貰えるのって本当に嬉しくて、だから由比ヶ浜がこれを認めてくれたら、俺達二人で、滅茶苦茶幸せになれると思う……多分」

一旦指を止め、万感の想いを込めて囁く。

自分を優先出来ない、
誰かとかち合った幸せは誰かに譲ってしまう彼女にこそ幸せになって欲しい。

これを快楽だと、受け取って良い幸福なのだと認めてくれたら――。


「いい、の? こんな、あたしで、やらしいあたしで、ほんとにいいの?」

「良いんだよ、良いに決まってる。 俺は由比ヶ浜に幸せになって欲しいし、気持ち良くなって欲しい。 その為なら、俺の持ってる全部、何もかも、使ってやる」

さっきの公園での演説もかくやというほど熱っぽくて恥ずかしいことを言ってしまった。
が、これも本心なれば、一々峻巡している場合ではない。
鉄も言葉も、熱い内に。

「……うん、あ、ありがと、ひっきぃ……あたし、多分、きもちよかったし、今も、すごく、きもち、いいんだと思う。 まだハッキリとは、わかんないけど」

まだ涙を目に溜めて恥ずかしそうに、しかし真っ直ぐ言ってくれる。

性に対しては直情径行な男と違って女性の心身で〝それ〟を認めるのには抵抗もあっただろう。
そういう意味では俺の言葉や行いは彼女の羞恥心や道徳観を無視した酷いものかもしれない。

だが、どんなものであれ彼女の全てを認めて受け入れたい。
そして今由比ヶ浜はその入り口に立ち、
自らの全てをさらけ出しながら俺の差し出す全てを待っている。


そんな現実を目の前にしたら、俺は。

俺は。

「じゃあ、由比ヶ浜……もっともっと、気持ち良く、するから」

「うん、もっともっと、きもちよく、シて……?」

彼女の言葉に頷くと、浅瀬で止まっていた指をゆっくり、深くへと進めて行く。

「――――ぅあッ!」

より強い熱と蠢動、由比ヶ浜の嬌声を感じながら、深部へ辿り着いた指を掻き回した。





――どれほどの時間が経っただろう。

「あ、あふ、ひッ、ひぅ、はっ、はっ、はっ……はぁ!」

膣内を掻く中指のリズムに合わせて由比ヶ浜の身体が跳ね、揺れる。

最早俺の身体やシーツにしがみつく力もないのか、
骨も筋もなくしたようにただ俺の指に為されるがまま生み出される感覚に震え、
漏れ出る喘ぎも空間を桃色の液体が満たしていくような響きを伴い
何処か異次元にでも迷い込んでしまったような錯覚に陥っていた。

時折リズムを崩し、親指で入り口近くの突起を押すと、

「――ぃぎッ!」

なくしたように見えた力で一気に身体を反らし、痛みを堪えているように歯を食いしばる。
陰核への刺激が落ち着き切る前に、再び中指を中で折り曲げ、ストロークを再会する。

「ひぐッ、う、うはぁ、はぅ、うぅ、うぅぅ……んぁ、あ、ぁ、ぁ、ぁあ……」

継続的に与えられる電気と突発的に襲いかかる衝撃に、由比ヶ浜は完全に蕩けきっている。
正直これほど反応してくれるとは思わなかった。


ベッドイン前に確認したマナーうんたらで、
膣内を刺激するなら抜き差し出し入れよりも中の壁を押し擦る感じが良く、
陰核は敏感と言えどその分傷みやすい部位だからあまり執拗に触るものではない――、
そんな情報を仕入れておけたことが幸いだった。

結果由比ヶ浜の身体を(恐らく)痛めつけず、かつ彼女に性感を与えることが出来ている。
なんと素晴らしやネット情報。エロ情報はAVよりエロゲよりネットが一番や!

ともかく、時間感覚が無くなるほどに続く行為に終わり所が見えない。
由比ヶ浜の秘所から漏れ出した愛液は既に陰毛の全体、
股を濡らすまで広がり、刺激する俺の右手もビショビショのドロドロだった。


「あぅ、あぅ、あぅぅ、ぅ、んくッ、くはッ、はぁッ、はぁッ、はぁ――」

俺が、こんな俺が愛しい人に生物として根源的な快楽を与えることが出来ている。
その事実が胸中を満たし、行為を続けたいという欲求にコンマやピリオドを打たせない。
何時までも、永遠にでもこれを続けていたい。

それこそこの先の本番を無かったことにしてもいいと考えてしまうくらい。

俺の陰茎も本能も、入れたい、挿れたいと限界まで膨れ上がっている。
しかし奪う悦びは与える喜びに取って代わられ、衝動は行動に繋がるに至らない。

女性の絶頂がどういう条件でどうやって発生するのかは分からないが、
このままこの刺激でそこまで至れるというならこのまま由比ヶ浜を昇り詰めさせ、
その後由比ヶ浜の愛液で濡れた右手で自分自身を擦り上げればそれだけで互いに性的な充足が得られるだろう。

そこに苦痛はなく、ただ快感だけを得るだけの結果があり何の問題も挟まない。
それこそが理想の結末と言えるのではないか。




そんな思考を呼ぶ充足の根底に、怖じ気があることには気付いている。

分かってるんだよ。



「ッ!? ぁ、あぐッ! んぃ、ぎぃ! ぃう、うぁ! ぁ! あッ!」

自分の中の感情を見て見ぬ振りしようと、陰核を淡く摘み連続で擦って反応を大きくさせる

眉を寄せ、ただ快感に耐える由比ヶ浜の顔。
困っているように見えてもそこには悦楽があり、
ここから先に進めば必然的にそれを失わせることになる。
それどころか伴うのは痛みと苦しみだ。

そんな由比ヶ浜の苦痛と引き換えに、俺は陰茎の快楽と童貞を脱したという満足感を得るだろう。

誰より大切な人の苦しませて、得るのは俺自身の幸福?

ここまで誰よりも由比ヶ浜の心を苦しめてきた俺が、今度は身体を傷付けて気持ち良くなろうって?

なんて巫山戯た話だ。
たとえそれが男女関係の過程に必ずぶつかる壁だとしても、そんなものを認めたくない。
避けられない苦しみなら、俺が得るはずの快楽を失ってもそれの肩代わりをしたい。
けれど俺が男で、由比ヶ浜が女である以上その摂理は曲げられない。


ならば、そこに行き着くまでの代償行為で全て済ませるしかない。
済ませるしかないじゃないか。

幾ら何時間前かに決意したと言っても、
実際吊り橋の前に来て決意が揺らがないかなんて分からない話だ。
俺は結局、二人の幸せの重なる最後の橋の前で動けなくなってしまった。

本当に……言葉なんて、決意なんて、ただ言葉と決意でしかない。
そんなもの、ただの虚だ。

「あ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁあぁああぁ、ぁ……ぁ、ぁぁ……」

ここまでは緩急――中と突起を織り交ざった責めだったが、
今は急に集中したその刺激に由比ヶ浜は耐えられなくなったのだろうか。
全身がヒクヒクと絶え間なく震え始め、口は半開きで涎が垂れている。
喘ぎ声もただ「あ」の大小を連続させるだけ。

天井が近い……のか?

いよいよ逃げ場も選択肢も限られてきて、ならば間違いだとしても進むしかない。
間違いなら間違いでいい、俺自身が決断したことならば。

傷付けない選択肢なんてない。
無意識に浮かび上がってくる何時かの言葉を振り切り、アクセルを限界まで――

「ぁ、ひ、ひっき、ひっきぃ、も、や、やめ、てぇ……と、めて……っ」

――踏み込もうとしたところで、由比ヶ浜が急ブレーキをかけた。
俺にだけ効く、慣性の法則を無視した強力なモノを。


一瞬だけ思考が真っ白に、言葉の意味を悟って再度真っ青に染まって慌てて指を引き抜いた。

「くひッ!」

引き抜きにも刺激が伴ったのだろう、由比ヶ浜は身体をビクリ震わせると鋭く息を吐く。
が、それを気に留める暇なんて無い。

「ど、どうした!? なな、なんかやらかしたか、俺!?」

ここで予想される最悪の状況、
由比ヶ浜の陰部への愛撫自体が快楽ではなく苦痛を伴っていた可能性。
だとすれば最悪にも程がある。

気持ち良くさせるつもりが実際は苦しめていただけで、
そもそも快楽の有無を判断していたのがただ俺の主観だけでしかなかったというのは、
元々ストップ安だった自分の株価の1050年地下行き待ったなし。これはもう死ぬしかない。
○ぬとかしぬ、氏ぬじゃない、本当に死ぬしかない。

最悪ってレベルを超えて本当に犯罪の領域、強姦と同じようなもんだ。
俺が、由比ヶ浜を強姦する、とか。
その場で射殺されて、否、苛烈な拷問の末に殺されたって当たり前で……。

「ち、ちがう、の、きもち、よくって、ほんとうに……へんに、なっちゃいそう、だったから」

しかし肩を上下させて荒く息を吐く由比ヶ浜は、呂律の回らない舌でそう言ってくれる。

あ、そうなの、一安心……どころじゃねぇ、嬉しい。嬉しすぎる。

へんって。

変ってそれ、実際もう天井寸前だったってことじゃ。


「そ、そう……じゃあ、続き」

「え、あ、だか、ら、とめない、と……まだ、つぎ、あるし」

だが、俺の満足感か葛藤など知ったことかと由比ヶ浜は現実を突きつけてきた。

つぎ。

次。

「……それは、いいから、まずお前を」

それでも、と逃げが口に出る。
熟々自分の臆病さに呆れるが、俺が選んだことならば。
間違いでも、選ばされたんじゃなく、俺が、自分で。

「……ひっきぃ、こわいんでしょ?」

――自分で、選んだ?

嘘を吐け。

怖くて、怖くて、選んだ振りをしていた癖に。

由比ヶ浜は、そんな俺の怖じ気を見抜いていた。

当たり前だ。

家の外、とても寒くて恐ろしい世界の中で俺のことを一番見てきたのは……
俺を一番分かっているのは、彼女だから。


「そんなこと、ねぇよ」

「そんなこと、あるよ?……だいじょぶ、あたし、だいじょぶだから」

由比ヶ浜は俺の手を、べとべとに濡れた俺の手を両手で淡く握ると胸の前に持ち上げた。

「ひっきぃがやさしいのも、怖がりなのも、あたし、知ってるから」

由比ヶ浜結衣は比企谷八幡のことを一番知っている。

知っているのに、やさしい?

何の冗談だろうか。

「……俺は優しくなんか、ねぇよ。 言ったじゃねぇか、前に」

「ううん、そんな風に思っちゃうところも含めて、ひっきぃはやさしいの……やさしいのと怖がりなのって、一緒だから」

衝撃――は受けなかった。

だが、呂律の回復しつつある由比ヶ浜のその言葉が、
意味が、鼓膜を通して全身に浸透して行った。

優しさと臆病さは、同じ。


「……あたしね、ずっと、今だってあたし自身はズルくて臆病な酷い子だって思ってる。 でもひっきぃも、ゆきのんも、色んな人があたしのことやさしいって言ってくれて、それはなんでなんだろうって考えたの……それで、ひっきぃとゆきのんのこと思い出して、たぶん、痛いのがつらいってわかってる人が、やさしくなれるんだって。 あたしもつらいのは、怖いから」

俺と雪ノ下と、そして由比ヶ浜。
三者三様、それこそ部活の繋がりがなければ関わり合うことすら無かったろう三人。
そんな三人が何故繋がり、関わり、あんな結末を迎えなければならなかったのか。

それぞれが対極に位置していても、その根底が酷似していたからではないか。
痛みを怖れて逃げ出して、それで行き着いた場所が離れていただけだ。
だから身近になって無視出来なくなった互いの痛みを避けようとして、全員が擦れ違った。

痛みを知るから、それを味わいたくない、味わわせたくないと誰かに優しくなる。
それが間違いなのだとしても。

……そういうことではないのか。

「……ひっきぃがあたしのこと気遣ってくれてるって、わかるよ。 あたしのこと好きだから、痛くさせたくない、怖がらせたくないって……嫌われたくないって思ってくれてるんだよね?」

ズバリ言い当てられる。

痛ませたくない。
苦しめたくない。

……本当は、その先にある嫌悪をこそ何より怖れている。


離れて欲しくない、一緒に居たい。
だから、間違いでもその思いの下に直進する。してしまう。
結果として、離れるようなことになったとしても。

ママさんの言っていたことを、それこそ心で理解出来た。

一年前、涙ながらに望みを捨てようとした由比ヶ浜のことも。

「でもね、だいじょぶなんだよ。 怖くても、辛くても、痛いのちょうだいって、言ったよ? 今更そんなくらいじゃ、あたしはひっきぃから離れないし、嫌いになったりしない……だからね」

顔はまだ赤く染まって、上下する胸の早さは残った疲労や余韻の大きさを示している。

けれど俺を見上げる彼女の目は、とても綺麗に澄み渡って。

「ヒッキーのを、痛いのを、あたしの一番奥に……ちゃんと、頂戴?」

――果報だ。

俺なんかには、本当に過ぎた幸福で、幸運だ。

由比ヶ浜結衣と知り合えたことが。
由比ヶ浜結衣と想い合えていることが。

今の俺の行動、思考、指針……何もかもの根源になり代わるくらい。
それを怪しいとも、危険だとも考えられないくらいに。

「……分かった。 由比ヶ浜と……本当に、最後まで、するよ」


「うん」

最後の最後まで促されて導かれて行為に及ぶ情けない俺に、それでも優しく微笑み頷いてくれる。

この想いを、本当に奥の奥まで届けたい。

今は無理でも、奥まで届けた想いでお互いが遜色ない等価の幸せを何時か得られるように。

「じゃ、じゃあ、ゴム、付けるから」

そう言って一旦由比ヶ浜から身体を離すと、ビニール袋の中にある小さな箱を取り出した。

箱を開けると出て来る銀紙の連なった四角。これが近藤さん……。
思春期の男子なら話の弾みに興味本位で買うこともあるだろうが、
ぼっち故に猥談の一つも出来なかった俺には初めて目にする避妊具。
なんか妙に感動。

しかしそれに浸っている暇はない。
幾ら由比ヶ浜を頂点スレスレまで昂ぶらせたと言っても、高まった熱は経過で冷えていくのが必然。
エントロピー増大則、宇宙は熱的死を迎える……で、良いのかどうか。
そもそも俺理系じゃないし、魔法少女を騙す詐欺師からの受け売りみたいなもんだし。

ともあれ一枚を千切って開封すると、濡れてもないのにヌルっとした質感のあるゴムが出てくる。
しかし今度は感動する時間は己に与えず、手早く装着する。

……本当は手早く装着できず手間取りまくって
その後ろ姿を見つめる由比ヶ浜にフフッと笑われてしまったのだが。
恥ずか死。


そうして再び由比ヶ浜の上に覆い被さる。
薄いゴム一枚纏ってはいるが、今度の俺はパンツも履いていない。
お互い裸で、向かい合っている。

「えと、それじゃあ……」

ゴムに包まれた陰茎の位置を合わせる……のだが。

「あ、あれ?」

何処が〝そう〟なのか、見失っている。

流れに任せて始めてしまったから灯りは付いている。
だが由比ヶ浜の陰部に目をやるのは今更ながら照れるし、
由比ヶ浜自身も恥ずかしがりそうなので山勘で何とかしようとするがどうにも。
溢れた淫液でつるつる滑るし、入り口の場所も特定できない。

ヤッベェ滅茶苦茶焦る。さっきのゴムといい俺格好悪過ぎィ!

「ん、ヒッキー……ちょっと、待って」

俺の焦りを見て取ったのか、由比ヶ浜は手を下に伸ばすと、俺のモノを優しく掴んだ。

「うぁ……!」

ゴムの上からとはいえ、予想外の感触に背筋が震える。
しかし由比ヶ浜の手はそれ以上刺激することなく、陰唇まで先端を導いてくれる。


「んぅッ」

先端の、本当に先っぽの部分だけが入り口に呑まれた。
それだけで由比ヶ浜は喘ぎ、俺もそれだけで感じる熱さに震えた。

「ここ、だよ……」

「あ、す、すまん」

視線を下に向ける体で恥ずかしそうに顔を伏せる由比ヶ浜。
そんな彼女の態度が愛おしく、また己の醜態に恥ずかしくなる俺。

そんなでも、これから始まるのか。

これから俺のモノを由比ヶ浜の奥へと挿し込み入れる。

由比ヶ浜と、セックスを、する。

「――行くぞ」

「うん、来て……」

多分怖いくらいに緊張しているだろう俺の顔。
でも優しく微笑んで迎えてくれる由比ヶ浜。

覚悟なんて今も決まらないけど、もう止まれやしない。
今は苦痛も過程と信じ、後の結果で全てが報われると信じる。


そして錯綜し混じり合う想いはそのままに、腰を押し出した。



「ンぃッ……!」

由比ヶ浜の顔が歪み、身体が一気に強ばる。

対して突き出し呑み込まれていく俺自身は、その熱さと柔らかさに脊椎から脳髄まで一気に焼かれた。

これが。

これが、由比ヶ浜の、中。

「ぅぐッ! ぃ、ぃいぎ……!」

歯を食いしばる由比ヶ浜の軋みを、それでも気に留められる余裕が無い。

漫画やらで表現されるようなキツさや徹底的に外敵を拒む密閉感は感じず、
その気になれば一息で根本まで、奥まで侵入できそうだった。

だが、熱い。

一枚のスキンを介しているとはいえ、由比ヶ浜の体温を直に感じる。

その温もりを伝えてくる肉に包まれていく。

期待したものと違う、だが想像を超える感触に脳内の何もかもが消し飛んでいく。

これが、これに、全部、包まれたら――。


「ゆ、いが、はま……ッ!」

我慢なんて出来なかった。

劣情に突き動かされ、腰を突き動かす。

奥の奥まで、一気に。

〝ぐにゅり〟

音無き音が、聞こえた気がした。

「ぃい、あ、か、はッ……!」

貫かれた衝撃に、由比ヶ浜の顔は今度こそ苦痛に歪んで息を吐いた。
肺腑の中身を全て吐き出そうとするような短くて強い息。

だが、由比ヶ浜の身体を気遣う思考が安定しない。
根本まで埋まった肉棒が味わう〝はじめて〟が頭も身体も感情も全てを掻き乱している。

「ぅ、う、ぁあ、こ、れ……!」

刺激で言えば、握った方が強い。
生々しさで言えば、口の中が濃い。
だがそれらがただ一瞬や一時の快感でしかないことを思い知った。

感覚の逃げ場がない。
包まれて密着する生暖かくい柔らかさは、こちらの意志や力加減とは無関係に性感を与えてくる。

そして中にある限りその性感は一切外に逃げず、ただ昂ぶり、高まっていくしかない。
このまま動かずにいるだけでもいずれ射精してしまいそうな気すらしてくる。


そして感じるのは身体の快感だけでなく、心の器も暖かいもので満ちていく。
入っているのは身体のほんの一部だけなのに、
自分の何もかもを受け入れられて包み込まれるような錯覚。

内側から沸き上がって止まらない、郷愁のように胸を突く感傷。

これが交合。

生殖。

由比ヶ浜の、中。

気持ち良くて、嬉しくて、温かくて、申し訳無くて、乱れに乱れた内側は更に混沌を極めていく。


ああ。

なにか。

なにかが、あふれて――。


「ひ、っきぃ……?」

暴走する何かに文字通り我を忘れていた自分を現実に引き戻したのは由比ヶ浜。
その声色には色濃い戸惑いがあった。

「……どうして、泣いてるの?」


「え……?」

泣いている、誰が?

由比ヶ浜のことじゃないのか。
現に彼女の目尻には苦痛に耐えた結果か、大粒の水滴が浮いている。

だがそうじゃなくて、俺?
俺が、何故?

指を伸ばして自分の頬に触れる。

温かい。

温かい湿り。

ああ、本当に泣いている。

「え……? 俺、お、れ……?」

乱れていた意識と感覚がハッキリとして、ここで改めて自分が泣いていることに気が付いた。

そしてそれが崩れかけた堤防を切るスイッチで、後はもう止めどなく涙が溢れてきた。
掻き乱された胸中が痛みで纏まり、その痛みが更なる落涙を誘発する。

……バッカじゃねーの、俺。


「ど、したの、ぅく、ひっきぃ……あたしの、変だった? い、たい、の?」

今泣いたりしたら、由比ヶ浜はこんな風に言うって分かってる筈だろうに。
由比ヶ浜の顔を歪ませている原因はただ破瓜の痛みだけじゃない、
己の不手際・不能を自分で責めている。

「痛くなんか、ねぇよ……気持ち良すぎて、どうにかなっちまいそうなくらい、いい……ッ」

由比ヶ浜の心配を止めたい一心でのフォローだが、嘘じゃない。本当にどうにかなりそうだ。

……どうにかなった結果がキモさ爆発の泣き顔ってわけかよ、笑えねぇ。

そもそも泣きたいのは痛みしか感じていないだろう由比ヶ浜の方で、
この上ない快楽を享受している俺の方が泣き出すとか、何なんだ。

「じゃあ、なんッ、で、泣いて……」

なんで、なんでだ。
まるで自然と溢れ出るように流れ落ちた涙の源泉は何処だ。

それを探る為に心の中に潜って、直ぐ原因は見つかった。

何のことはない、何時だって強く深く感じていたことだ。


「……俺、お前とこんな風になれるなんて、想像もしてなかった」

ぽつり、零し始める。
熟考の後に整然と語り始めるものでなく、衝動に駆られた行き当たりばったりの放言。
ただ感じたまま思ったままが声帯を通して出力されていく。止まらない。

「前は専業主夫になりたいって割とマジで考えてたけど、それは将来の生活の為であって、主夫として愛する誰かを支えたい……家を守りたいなんて思ってもなかった」

それは結局傷付かず生きていく為の方便。
温かな閉所に籠もって外界との接触を必要最低限まで断てば楽に生きられる。
それは一片の真実で、今でも否定しようのない魅力的な選択肢だ。

だがそれは合理的であっても感情の一切を慮外に置いた愚考で、それが今なら分かる。
如何にも堪えがたい痛みと、何にも代え難い温もりがそれを証明している。

「だから主夫として認められても愛情とか、ましてやセックスなんて望むべくもなくて……こんな俺が今更誰かの愛情なんて得られないし、こんな俺の愛情なんて迷惑なだけ、だから専業主夫とか言って真っ当になれない理由だけ探して、それで」

人はパンのみにて生くる者に非ず。

伝わる言葉の意味は誤用であっても、それもまた真理だ。
生きていれば誰だって腹は減り、それが身体の不足と言うなら同様に心も飢える。
それぞれの充足が互いの助力となっても根本の隙間が埋まるわけじゃない。

専業主夫という義務のみを果たすだけだった俺の指針は、それを意識していただろうか?
腹さえ満ちれば心は餓えても良い、そんな覚悟をしていただろうか?

……あり得るか、愚か者め。


「それでも……お前と、お前に、こうやって迎えられて、俺の、全部ッ、受け入れられて……あったかいって、気持ちいいって、それで、む、むねの中、ぐちゃぐちゃに、もう、わけわかんねぇ……と、止まんねぇよ、もう……!」

剥き出しの芯を守っていた理屈の囲いはボロボロで、
中を満たしていた汚水は残らず蒸発した。

洗いざらいを吐き出して、残るのは裸の心。
どこまでもどこまでも、ひたすら弱い魂の恥部だけ。

身体は粘膜の快楽に、心は受容の暖かさに包まれてただただ悲鳴を上げる。
今の自分が嬉しいのか、悲しいのかすら分からず、ただ情動に任せて泣くしかなかった。

格好悪い、情けない、みっともない。
彼女との初体験で泣き出す男とか何なんだ。
たとえ見せかけだけだとしも、
誠意を示し安心させなければならない立場の筈だ、俺は。

本当に惨めで、こんな、こんな男が、由比ヶ浜を、その純潔を、本当に――。

「ひっきぃ」

不意に、引き寄せられた。

涙に濡れた顔面が柔らかいものに包まれ、由比ヶ浜に抱き寄せられたことに気付いた。


「ッッ!!!」

体勢の変位は必然的に密着した互いの粘膜が擦過することを意味して、
新たな刺激に俺も由比ヶ浜も悶絶した。
それぞれ出所は正反対なのだが。

身を走る感覚の余韻を抑え付けながら、胸に埋められた顔を上げて由比ヶ浜を見やる。

「――いいんだよ、ひっきぃ」

彼女も、泣いていた。

だがそれでも微笑んでいた。

「弱いとこ、ちゃんと見せてくれた……それでいいんだよ、それがいいの」

そして放たれた言葉が、感謝が、俺の剥き身の心を包み込んだ。

「……なんだよ、男の情けないとこ見る趣味でもあんのかよ、お前」

「そんなんじゃないよ……あたしね、今すごくうれしいんだ。 身体も心も、ひっきぃとピッタリくっついてるの、感じられたから……あたしがひっきぃのいちばん近くにいるの、わかったから」

そうして微笑みは笑みに、彼女はえへへと何時ものように笑って見せた。
眉は涙と苦痛の余波で八の字に歪み、瞳から涙を零しても、
何時もの日溜まりがそこにはあった。

誰もが欲して止まない、人の心の太陽が。


「ひっきぃはいつも強がって、痛くないように、傷付けないように、一人でいて……あたしじゃ隣にはいられないって思ってたこともあって、だから、うれしいよ」

「……違う、過大評価だ。 俺は、そんな」

「違わないよ。 隣にはいられなくても、ひっきぃの優しさだけは、誰よりもわかってるつもりで……ずっと、ずっと見てたから、だから、だからね……?」

それ以上は言葉にならないのか、由比ヶ浜は両手で顔を鼻まで覆って嗚咽を漏らし始めた。

俺は誰よりも自分を客観し、理解して進んできたつもりだった。
けれど人間、本当は自分のことだって碌に分からない。

そうでなきゃ医者の苦労なんて今ほどではないし、
誤解による擦れ違いだってもっと少なくなる筈だ。

卑屈で逃げ腰な俺を、彼女は優しいと言う。

弱くてズルいと己を評する彼女を、俺は優しいと感じている。

誰よりも分かっているから大切な人なのか。
大切な人だから誰よりも分かっていたいのか。
そこに答えはないが、それでいい。

今こうして繋がって互いが涙を流すほどの喜びを、嬉しさを感じているということ。
それだけが結果で、真実だから。


「由比ヶ……ゆ、結衣……俺も、俺のほうこそ、ありがとう……受け入れてくれ、好きになってくれて……」

ここで本当にプライドも羞恥心も捨て去った。
もう距離感など知ったことかと、本当に何も挟まず密着したいと、
衝動のままに呼び名を変えた。

もっと、もっと、近づきたい。

裸になってくっつくだけじゃ足りない。
身も心も全て合わせて混ぜ込んで、一つになってしまうくらいに近く。

「あ、な、なまえ……ひっきぃっ……!」

それを受けた由比ヶ浜……否、結衣は手を外して、
更に涙を溢れさせて俺に抱きついてきた。

俺もまた結衣の背中に手を回し、
始まったばかりの時のように頬を合わせて密着した。

涙の熱さを感じながら、それこそ性器まで隙間無く触れ合っている。
身体も心も満ちに満ちて、
童貞にありがちな想像妄想でも及ばないような充足が俺の全てを包んだ。
きっと結衣も同じだ。

傍から見れば、涙を流しながら抱き合い交合う男女なんて滑稽なのだろう。
惨めで情けない傷の舐め合いにしか見えないのかもしれない。

だがそんなもの知った事か。
俺達の為の時間と俺達だけの行為に、俺達の満足感以外は一切が不要だ。
この喜悦こそが人の生きる根源であり活力なのだと心から思う。

俺はきっと、今日という日、この時間の為に生まれてきたんだ――。


暫くは俺も結衣も動かなかった。
涙は止まり、お互いの呼吸音だけが空間に泳いで散っていく。

動きさえしなければ痛みはないのか、
密着した胸から伝わる結衣の心音は落ち着いていた。

対する俺は……さっき感じたとおり、
動かずとも少しずつ絶頂に近づいている実感がある。

だが俺は既にこの場の目的を果たしたような気分になっていて、
いっそ動かぬままイッても良いと思ってしまっている。
どちらにせよ気持ち良くなれるのなら、このままでも……。

「ね、ひっきぃ。 う、動かなくて、いいの?」

しかし由比ヶ浜結衣は正しい選択肢や道筋を見据えている。
頬を離して目を見つめ、おずおずと囁く彼女の声がくすぐったく、
また言葉の示唆するところが嬉しくもある。

だが逆に、やはり俺の選択肢や考えは間違っている。
ここまで来てもより痛ませない過程を経られるなら、
正しくなくともそっちを選びたいと思ってしまう。

「あー、そのな……やっぱり、なるべく、ゆ、結衣を痛がらせたくないな、と」

「うん……ひっきぃの気持ちは嬉しいけど、あたしはちゃんとしてほしいな。 それとも、やっぱりあたしの、その、気持ち良くない?」

「い、いやいや、正直このまま動かないでも出ちまいそうなくらいイイから……だからって、思う、けど」


そしてそんな俺達だから、こんな時でも食い違うし擦れ違う。
想い合っていても重ならず、同じ形にならない。

「……でも、動いた方が気持ち良いんだよね?」

「えー……多分」

「じゃあ、動いてほしい……ひっきぃがもっともっと気持ち良くなってくれたら嬉しいし、ひっきぃの気持ち良くなるとこ、見たいから」

そして照れて直裁に話せない俺と、
ストレートに欲求をぶつけてくる彼女とでは勝敗は明確。

「……じゃあ、分かった。 イクまで、動くぞ」

これからもこうして俺が最後に折れることで停滞を打破し、進んでいくのだろう。
間違った俺と正しい彼女があちらこちらへ行ったり寄ったりしながら、
それでも最後は真っ直ぐに。

それだってきっと幸福なことなのだ。

「う、うん。 たくさん、気持ち良くなって……ね?」

何処までも俺のことばかり気に掛ける彼女の態度が心苦しく、しかし嬉しくもある。
そんな彼女の言葉に押されるように腰を引き、

「ひぐ……ッ!」

そして、また押し込む。


「ッッ!!!」

一瞬、視界が歪んだ。

ゴム越しの感触だというのに、たった一度のグラインドで
溶けかけていた俺の肉棒を完全に溶解させた。
そう錯覚するほどの性感だった。

結衣は一層強く、耐えるように俺の背中にしがみついていた。
声に苦痛が混じるのが避けられないからか、
唇をきゅっと結んで息一つ漏らすまいとしている。
しかし対照的に荒くなる鼻の呼吸が隠しきれない苦しみを表している。

本当にいじらしい。
完全には隠し通せていないところがまた庇護欲をくすぐる。
満ち足りていたはずの心の器が、中から沸騰して荒れ出すのを感じた。

そうして動きは単発から脱し、ピストンへ移る。

〝ぬち、ぬちゅ、ぬちゅ、ぬちゃ、ぬち、ぬち〟

接合部から擦れる度に粘着質な水気を含んだ音を聞く。

「んッ! んッ! んッ! んぅッ! んッ!」

動く度に、口中で消しきれない結衣の喘ぎが低く伝わってくる。

動く度に、擦れ合う結衣の膣壁と逸物の境界が分からなくなっていく。


手淫や口淫と違って、性的な刺激の先に絶頂があるんじゃない。
中にあること自体が性的な刺激で、動くのはただただ射精に至る為だけの儀式だ。
肉棒は精液を吐き出す為の器官で、膣は精液を搾り取る為の器官だと今更ながら確信する。

結衣の方は行為に快楽の伴っていないからそれもまだ一方的でしかない。
だがそれでも今のこの快楽の享受を我慢することなど出来ない。

後はただ結衣の苦痛が少しでも小さく、また早く終わるように。
心は少しでも早く彼女がこの行為で快楽を得られるよう祈り、
身体は本能の赴くまま腰を動かした。

「んぃッ、んくッ! んぅぅッ!」

耳朶から脳を侵していくような低い喘ぎに蕩けながら、
あっという間に昇り詰めていく下半身を意識する。

元々長く中に留まっていたことで昂ぶっていた性感は
動きを得たことであっという間に高まっていく。

もう長くは保たない、後何往復かで絶頂に至る。

気持ち良い。

気持ち良すぎる。

かつてない快感に逸る心は、
行き着くべきゴールを視認すると速度を限界まで上げた。


もっともっと気持ち良くなりたい。

出したい。

たくさん、出したい。

「ゆ、結衣っ! ゆいッ! も、で、出る、でる、イく、いくッ!」

「んぃ、ひっき! ひっきぃッ! い、いって、きもちよく、なって……ッ!」

本当に、最後まで俺のことばかり。

そんな彼女の姿を見せられ聞かせられれば、我慢することも、
また我慢する理由も消えてしまう。

次の瞬間肉棒の肉が消失し、中の管だけが感覚を伝えてきた。

精が、漏れ出る。


「んぐッ、ぉ……ッ!!」

止めどない呻きと共に白濁を吐き出し始める。

精液が外へと抜け出る度に下半身は力を失い、
荒れ狂う快感に為す術なく蹂躙されていく。

「~~~~~~ッッ!!!」

ゴム越しとはいえ射精の度に震える肉棒の感覚を捉えているのか、
結衣はただ俺にしがみついて震えていた。

結衣にしてもらった手淫も、口淫でも、その時の快楽や放出の長さは既知の外だった。
だが今回はそれらと比較しても尚……、
或いは比較なんぞ出来ないほどに脳を焼かれているのか。

走馬燈のように巡る思考や記憶の嵐、それらに実体を与えない性感の渦。

やがてそれらも収まり、残ったのは呼吸を荒くする俺と結衣。
頭と下半身ばかりでなく、上半身すら力を無くしかけていた。

だがまだ、最後にしなければならないことが残っている。
ただ出して終わりなんて勝手過ぎるから、
せめてこの経験の素晴らしさを伝えたかった。


「ひ、っきぃ……あたし、ちゃんと、できた……?」

だが、ここでも先を取ったのは結衣だった。
それも自分の出来不出来を問う言葉。

ああ本当に、彼女は由比ヶ浜結衣だ。

こんな彼女の処女を貰えて、彼女が俺の〝はじめて〟の相手で、本当に良かった。

「ゆ、ゆい……すっげぇ、気持ちよかった」

だから、せめてもの報いにとストレートに伝える。
これが今の彼女に対する最良の返答だと信じて。

「よかった……あたし、ちゃんとできたんだぁ……」

「ああ、だから心配とか、いらねぇから……ありがとな」

「ううん、あたしのほうこそ、ありがと、ひっきぃ……」

互いに感謝を応酬して目を見合わせると、どちらともなく破顔した。

そして自然と顔が近づき、口づけを交わした。

舌は絡ませない、ただ触れるだけを長く、長く。


一つの盛りと流れが切れると心身の溢れんばかりの充足は終わりを告げ、
しかし唇を通して伝わる温もりが虚脱した心身に一つの実感を与えてくれた。

大それた、中二病のそれにも近いような勘違い。



「今の自分達は、世界で最も幸せな二人だ」と。



以上で本日の投下は終了です。
投下しながら「流石に長くし過ぎたか」と反省してました。

次回で三話は終了です。
何とか年内に投下出来たら、と思ってます。

お付き合い有り難う御座いました。

これは公式のアンソロジーにしてもいいレベル
乙でした


凄く良かった

乙乙
ガハマさんが聖母すぎてヤバイ

乙です!


待ってた甲斐があった

乙です!

乙です

すき

ようやく追いついた。乙

はよ……続きはよ……

どうも>>1です、年末進行に忙殺されて進行が大分滞っております申し訳ありません
決してナルメアとSSR仁奈引いたのが嬉しくなってタブレットを手放せなくなっていたわけでは以下略

今日から休みなので今年の残り三日でなんとか三話エピローグを完成させようと思ってます
間に合わなくとも三が日でなんとか……というわけで期待せずお待ち下さい

年末進行ほと予定を狂わすものもないから気にするな

このタイミングでグレンラガン無料配信とか殺す気なの?どうも>>1です
なんとか書き上げこれから推敲です……きっと年内には間に合います、多分

出来れば22時には投下したいとこですが、期待せずお待ち下さい

期待

どうも>>1です。三話エピローグ投下します。
今回は流石に短めです。
ではどうぞ。


ホテルを出たら既に宵闇……なんてことはなく、
沈みかけの夕日が目肌を刺してクラッとした。

夕暮れ、黄昏。
カラスが鳴いたら帰ろうという、一抹の寂しさを匂わせる僅かな一時。
淡く胸を締め付けるような橙色の光の中を由比ヶ浜と並んで歩いている。

ホテルを出る前、事が済んだらシャワー浴びて時間ギリギリまでこう、イチャイチャしていた。
手を握ったり、頬や唇を合わせたり、撫でたり、撫でられたり、
具体的な性刺激以外のスキンシップは軒並みやったと思う。

睦言も吐けるだけ吐いた。
もう唾液が水飴の如く、乾燥させたらサッカリンにでもなりそうなくらい甘々。
冗談抜きにこれまでの人生で口にした以上の回数「好き」「愛してる」を伝えた。

暖かで、甘やかで、何にも代え難く満ち足りた時間だった。
しかし大切な時間は何時だって早く過ぎ去って、
ホテル――部屋を出た瞬間から魔法は解けてしまった。

そうして夢から醒めた俺の内側は一つの感情に支配されている。




恥。

恥。恥。

恥恥恥。

恥恥恥恥恥恥恥恥恥恥恥恥恥恥恥。
羞恥羞恥羞恥羞恥羞恥羞恥羞恥恥辱羞恥羞恥羞恥羞恥。


……かように、赤字の弾幕で俺の脳内は埋め尽くされた。

いやだって俺だよ?
比企谷八幡だよ?
女々しさと切なさと心弱さに定評のあるダメ男クズ男の千葉代表だよ?
その俺が好きとか愛してるとか裸で抱き合ったりとか、
あまつさえ脱童貞の感動で噎び泣いたんだよ?

恥。
恥。恥。
恥恥恥。
恥ずか死。
これは恥ずか死ぬ。
要は皮一枚、羞恥によっても人は死ぬのだ。
七丁歩いたらモツが飛び出す勢い。

それだけでなく、こうして二人並んで歩く妙齢の男女、
周囲からは間違いなくカップルと思われているだろう。それがかなりキツい。

一部ではあらあらまぁまぁと微笑ましく、
大部分ではあんなナリ(男の方だけ)でカップルとかプッwwwと嗤われ、
陰からは爆発しろ爆散しろと大量にして強力無比な呪詛を向けられているだろう。
勘違いなんかじゃない、そうだ、そうに決まってる!
窓に!窓に!


睦み合いの光景が僅かでも脳内でフラッシュバックする度、
俺はまたとんでもないことをやらかして、現在進行系でやらかしているのだと、
俺以外の全員にそれが分かっているのだと、
四方から精神の鉛玉をしこたまブチ込まれている気分だった。

よって部屋……はともかくホテル出た瞬間から由比ヶ浜とは一言も喋れていない。
こんな状態で口聞いたらどんなキモどもりや勘違い発言が飛び出すか分かったもんじゃないし。
そして部屋から出た途端に呼び方が下の名前から
上の名前に戻ったことも既に隣の彼女から突っ込まれている。
なんか「むぅ」って膨れちゃったけど。そういうのスゲェ可愛かったけど。

ともあれ愛の城は魔法の城。外に出れば結界の影響は消えてしまう。
賢者とは魔法使いの行き着く先ではなく、
魔法の世界を抜け出て現実を見据えてしまった者のことを言うのだと実感した。
発射した後の冷静さで世界平和とか考えても長続きしないんだよなぁ。

だが今の俺は賢者ではない。
脳も心臓も現実の負荷ですっかり参ってしまっているが、ただ一つ魔法の解けていない部分があった。

俺の右手と由比ヶ浜の左手。

俺達の手は、指は、何を言うでも示すでもなく自然と繋がっていた。

互いの握力が互いの手をホールドして離さない。
ホテルを出る前からずっと、俺達の手は指一本一本を組み合わせた恋人繋ぎのまま。


それこそ脳は数時間、数十分前の己の痴態を思い出しては発狂し、
周囲の視線を意識しては悪い意味で心臓は跳ねに跳ねた。
それでも繋がったままの手は言うことを聞かない……否、離そうだなんて思いもしない。

〝この人の手を離さない。僕の魂ごと離してしまう気がするから〟

昔そんなキャッチフレーズのゲームがあって、正にそんな気持ちだ、

組み合わさって、互いの異なる体温が一つになっている。
今こうして、かつての俺なら一人逃げ出していただろう羞恥から
逃げずにいられるのはこの温もりを失いたくないからだ。

どれだけ歪でも、一度手に入ってしまった物を失わない為に人は間違いを繰り返す。
そんな一般的な情の維持を欺瞞と見下し、
また同じような状況に置かれては誤りに誤った俺が、また失うことを怖れている。

〝人の出会いは一期一会〟

〝本物の繋がりは意識しなくとも続いていくし、そうでない偽物なら維持する必要は無い〟

今は、そんな風には到底考えられない。
どんな関係も、維持しようとしなければ続いていかない。
それを痛い程に思い知ったから。
放って置いても深まっていくのなんて借金か重病くらいのもんだ。


チラと横を見やる。
チラとこちらを見つめていた由比ヶ浜と視線がかち合い、急いで目を反らす。
二人同時に、逆方向に。

由比ヶ浜の方もさっきからずっとこの調子だ。
魔法が解けたのは同じだったのか、ホテルを出てからこっち由比ヶ浜も黙り込んだまま。
でも繋がった手から前向きな感情や気持ちが伝わってくるようで気まずくはない。
少しでも力を緩めると、その分を埋めるかのように向こうの握力が強まるくらいだ。

恥ずかしいが、嬉しい。
手を繋いだままどこまでも、永遠にでも歩いていたいと思う。
だが今俺達が向かう先は由比ヶ浜の家で、手に残った僅かな魔法を消し去りに行くのだ。

始まったものは何時か終わる、だが俺達の関係が一時だけってわけじゃない。
それでもあの時間と明確な断絶を作ってしまうことが惜しかった。


何時までも今日であって欲しかった。

何時までもあの部屋の中にいたかった。

何時までもこの手を繋いでいたかった。

でも、終わってしまう。

これから由比ヶ浜と俺が歩んでいくということは、
こうした喪失と向き合い続けるということなのだろうか。
それは幸せな展望なのだろうが、反面とても寒くて寂しいことだと思えてならない。

由比ヶ浜の温もりと隣に在れる幸福を身に受けながらも、
僅か先の時間にそれを失うことを想像しては
今でさえ裡側に残るネガティブな執着が駄々っ子のようにグズり震え始めるのを感じた。



不意に由比ヶ浜が足を止めた。
見渡せばそこには見覚えがある。
二年前の夏、浴衣の由比ヶ浜と並んで歩いた道だ。

その後の記憶と比べればまだ小さく淡いものだが、
それでも由比ヶ浜の気持ちから逃げた思い出は心臓の棘を軋ませた。

「……ここまででいいから」

由比ヶ浜は小さくそう告げる。
それは魔法を解かす最後の合言葉。
この一言で俺達は切り離され、特別な時間は終わってまた日常が戻ってくる。

かつてはそういう特別さを不運不幸と割切っては身を伏せてやり過ごし、
戻ってくる日常だけを頼りに生きていた。

けれど今は足が止まる。
進めない、進みたくない。
特別な時間は何時までも特別で、終わらないが故に特別なのだと信じたかった。

どうしてもそんな気持ちが途切れず、途切れない気持ちは握力を緩めなかった。


「ここまでで、いいから……だからヒッキー、手を離してよ」

でもそれは、由比ヶ浜も同じ。

「お前こそ離せって。 帰れねぇぞ、それじゃ」

俺の手が離れないように、由比ヶ浜の握力もまた緩まなかった。

「あ、あたしはもう力抜いてるし。 ヒッキーが離さないんじゃん」

「ばっかお前、既に脱力状態だっつの。 お前の方こそ離せよ」

「うわヒッキー久々にキモい! そんなバレバレな嘘であたしの手を、ぎゅ、ぎゅってしてたいんだ!」

「お前も久々にうっぜぇ勘違い女だなおい、女から男でもセクハラって成立すんだぞ? 知ってた?」

「そ、そのくらい知ってるし! 逆セクハラって奴でしょ!?」

「はい浅知恵確定ー、性別問わず性的な接触や交流の強要をセクハラと呼ぶのであって逆って付けるのはジェンダー的には蔑称なんだぞ」

「……べっしょ?」

「そこに引っ掛かるのかよ……」

何時かのような馬鹿馬鹿しいやり取り。
それですらただこの時間を引き延ばすための言い訳なのだろう。


けれどそんな無理矢理な時間の確保は直ぐに止まる。
蔑称の話題はそこから「う」の字を抜いた俳優の名前に届いた辺りでストップした。
目的の無い会話を続けるには俺の方がその手のスキルに乏しいし。

「……えーと」

それでも由比ヶ浜はどうにか話を続けようと脳を回転させているらしい。
そんな姿が微笑ましく、だからこそここは俺が動かねばならないのだろう。

意を決しその部分の霊体を切り離すが如く、今度こそ手から力を抜いた。

「――え?」

俺の脱力に驚いたらしい由比ヶ浜も力が緩み、
その隙を逃さず由比ヶ浜の手から逃げ出した。

「あ……」

その瞬間、由比ヶ浜の眉は八の字に寄った。
悲しいのか、寂しいのか。
それを見てはまた心臓がギシリと痛む。


仕方無いことだし、傷付けたわけではないだろう。
でも仕方が無いのに、一時の終わりがこうも胸に穴を空けるなんて。
お互い随分手汗をかいたのだろう、
ほんの僅かなそよ風で残った温もりが急速に失われていくのを感じた。

きっとこの未練は正しい。
誰かを大切に、また誰かから大切にされていることの何よりの証明だから。

でもそれで足踏みを続けることはきっと正しくない。
だから切り離すのはあくまで俺の役目……なのに。

「えー、その」

何も出てこない。
さっきみたいな脊髄反射の軽口でいいのに、何か言わなければいけないのに。
このまま黙って別れてそれでどうにかなる浅い絆じゃないけれど、
それでも何か残さなければいけなかった。
義務感なのだろうか。

そうして俯いて何分か、ひょっとしたら数十分。
大切な言葉を残そうと果てなく言語野の粘土を捏ねくり回して、
まだ形が定まらない。
あれこれ悩んでいる内に由比ヶ浜が、

「えと、じゃあ、あたしもう……」

そう切り出してくる。


「あ、いや、ちょっと」

過剰に熱を放出していた脳が焦って更に発熱し始める。
そうなれば余計に粘土は柔らかく、寧ろ解けて液状になりつつあった。


ああ、どうすればいい。

何か、何か言え。

大切なんだ、大切なモノを残さなければ。

大切なのモノがそんな直ぐに出てくるか馬鹿め。

何分も考えてそれかよ情けない。

数分とか一瞬に決まってるだろいい加減にしろ。


とうとう思考は内側で仲違いを始め、
由比ヶ浜はそんな俺のことを知ってか知らずか今度こそ言い切ってしまう。

「あたしもう、行かなきゃ」

寂しげな顔は、別に俺を責めたわけでも俺がやらかしたせいでもない。
ただ俺は高望みして、何か綺麗な締めをこの場に用意したかっただけだ。

でも、残したいんだ。
特別な時間が終わる、それが避けられないならせめて特別な終わり方が欲しい。
ここまで情けなく格好悪い俺でも、そのくらいの欲や贅沢があってもいいじゃないか。


でも、何を言おう。何を残そう。

特別な重さを持った、責任ある言葉。
しかしその重さに足を取られて動けなくなったのが今の俺だ。
逃げに逃げ続けた俺の心にここ一番で発揮する馬力なんてありはしない。

……だったら、責任を放り投げるしかない。

「ゆ、由比ヶ浜!」

もう背を向けようとしていた由比ヶ浜に向けて、必死に呼びかける。
でも上擦って裏返りかけてた。うわ俺キモッ!
しかしそれを咎めるようなことはなく、由比ヶ浜は再び俺と向き直ってくれる。

「な、何? ヒッキー」

こんなキモい俺がこれから何を言おう。
大切な時間を締めくくる重石を放棄して、チャラくていい加減な言葉を残すのか。

俺だから?

仕方無いから?

ああでも、何もないなら、そのくらいなら――。


「えと、何だ、その」

軽くて、チャラくて、無責任。

でも大切な言葉。

次へ繋げるための。

次。

未来。

〝明日〟



「……また、明日な」





自然と口に出たのは、それだった。


受け取った由比ヶ浜は瞬間目を見開き、

「――うん! また明日!」

その顔も一瞬で華になった。


あまりに濃密な一日だったから忘れていたけど、
今日はゴールデンウィークの初日なんだ。
その初日が何処までも突発的なイベントで埋め尽くされていた。
だから、そんな風に放り投げたって何の問題も無いじゃないか。

また突発的な、どんな形になるかも分からない口約束だけど、繋がりさえすればいい。
あやふやなまま続いたって、それでも今日のように大切な時間になっていく……そう信じよう。
どんな形だって今は過程で、その先に幸福な結末はきっと待っている。

「じゃあ帰ったら連絡するわ」

「そだね、あたしも家着いたら超メールするから! あ、電話の方がいい?」

「いや落ち着け、とりあえずお互い帰宅してからな?」


何時ものようにはしゃぎ回る由比ヶ浜を見ると、
さっきまでの重圧や疲労が嘘のように吹き飛んで行く。
言って良かった。
無責任でも、動けて良かった。

「そんじゃ俺も帰るわ……また、明日」

「また明日ね、ヒッキー」

繋げよう。
繋げ続けよう。
それが俺のやるべきことなんだと、心から思う。

背中を向けて家を目指し、でもことある毎に振り返って手を振ってくる由比ヶ浜を
呆れ半分嬉しさ半分で見つめながら、終わる今日への寂寥が鳴りを潜めているのに気が付いた。
さっきまでグズっていた胸中のネガい子供は、はにかむように笑っていた。

「……帰るか」

由比ヶ浜の姿が見えなくなってから俺も踵を返す。


もう夕暮れの気配は消え去り、辺りはすっかり夜。
しかし夜空には雲一つ無く、黒よりも透き通って広がる濃紺が全天を埋め尽くすようだった。
ポケットに手を突っ込みながら、見るとも無しに上空を見上げる。


――良い夜だ。


何を思うでもなく、自然そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
中二病を患っていた頃の苦い記憶が蘇ってきそうなものだが、痛々しさは感じない。
綺麗な夜空だって、そう思っただけだ。

その夜空と同じように澄み渡っていく心を感じながら、
今までにない軽い足取りで駅へ向かっていく。

明日もきっと、良い日と良い夜になるだろう。
そう信じている。








が、それでも一日が綺麗に締まらないのはやっぱり俺。

帰宅した俺を待っていたのはゴシップに餓えた両親と小悪魔な妹で、
俺の帰宅を待ちきれなかったのか由比ヶ浜が小町に送ったメールの文面を巡って
夜も遅くまで舌戦・烈戦・超激戦を繰り広げ、
何十通と待ちぼうけのメールを送ってきた由比ヶ浜に気付かず家族をあしらい疲弊した俺は
激おこな由比ヶ浜に電話で深夜まで謝り倒したのだった。

やっぱ俺の人生ってクソだわ。

これにて第三話、また今年の投下は終了となります。
次回から始まる第二部・性春激闘編をお楽しみに。

嘘です。でも第二部に入る予定です。

・今後の予定

以前書いた通り、次回からは面倒臭い展開は控えめで毎回イチャエロする予定です
ようやくタイトル回収ってことでガンガンレベルが上がっていくガハマさんの勇姿をお楽しみに
そんなガハマさんに悔しくてビクンビクン感じさせられちゃうヒッキーの雄姿もお楽しみに
更新速度も上昇……したらいいなぁ


あとこのスレを別の場所でまとめようか、と思案中ですが需要あるでしょうか
色々面倒臭い内容ですしまとめにもスルーされてるので自家発電したろうか、と
ただまとめるにしても次回以降の話優先で、ここまでの話は訂正したい部分が多いので何時になるか分かりませんが
何か意見がありましたら書き込んでもらえると有り難いです


というわけでここまでの応援有り難う御座いました、来年も宜しくお願いします
良いお年を

乙でした

乙です

乙でした!
今年も楽しみにしてます!


今年も>>1の投下を待ち続けるからな!

>>617
見返したくなったらここで読みなおすからまとめが必要と思ったことはないかな
でも加筆修正があるならそっちも楽しみにしてる

あけましておめでとうございます、どうも>>1です

次回以降は毎回イチャエロになると言いましたが、それに当たって
プレイ内容やシチュエーション・・…の参考意見を募集してみたいと思います

注意事項として

・ヒッキーとガハマさんの二人限定
・常識的(?)な範囲内でのイチャエロ
・アブノーマルでも社会的に死なない範囲で
・あくまで参考なので、貰った意見そのままにはならないかも

以上の条件が守られたものの中から、書けそうなものは拾いたいと思ってます
向こう三話分のプロットは出来上がっているので、拾うのはそれ以降になりそうです
またまとめに関する意見も引き続き募集してます

それでは本年も宜しくお願いします

ガハマさんの生尻を枕にして顔をうずめたい

杭に見えた

ガハマさんを拘束して欲しい

メス犬格好で青姦プレイ、マーキングもあるよ!で

授乳手コキを是非お願いします

あとなれた2人がスローセックスでまったりイチャイチャしてるのが見たいです

縛って潮吹かせて欲しい

動けないガハマさんをヒッキーに攻めたおしてほしいな

馬乗りパイずりで顔射して
精液をちんぽで顔に塗りたくって顔ズリしたあと
口に挿入してイラマで口内射精ごっくん、そのままお掃除フェラ
ちんぽ咥えながら[田島「チ○コ破裂するっ!」]するように命じて2回くらいイッたあと
いやらしく挿入をおねだりさせる

たたなくなるまでフェラチオ

お前ら業が深いな

お尻も試して欲しい

寝起きで比企谷→ガハマ

よし、間を採って寝フェラにしよう

今年の抱負は「SS界隈一のガハマ作家になる!」どうも>>1です
多くのリクエスト有り難う御座います、闇深いッスね
引き続きリク、まとめへの意見募集中です

で、ちょっとスランプ気味で筆があまり進んでおりません
四話は一括投下しようと思ったんですが、全部となったら時間もかかりそうなので
今日の夕方か夜辺りに前半部を投下したいと思います
期待せずお待ち下さい

待機

どうも>>1です
今からご飯なんで終わったら推敲、後に投下したいと思います
暫しお待ち下さい

どうも>>1です、遅れてしまい申し訳ありません
四話前半投下します


ゴールデンウィークも明けて五月病の倦怠が心身を蝕む中、俺は遅まきながらベッドを買った。

人間生きてさえいられればどんな状況にも適応出来てしまうもので、
実際フローリング布団にもそれなりに慣れてきたつもりだったが、
先日の帰省で味わった久々のベッド就寝はズボラな俺にすら睡眠の質を意識させるに十分だった。
やっぱ長生きしたきゃ睡眠は大事だわ、水木先生の睡眠力を俺にも!

というわけでベッド導入は生活向上には当然の成り行きであり、そこに他意は無い。

……ということにしてある。


〝ピンポーン〟


来訪者の存在を示す安っぽい電子音が鳴った。

唐突というわけでもなく近い時間にそうなるのは既知だったが、
意識を裡側に向けていた俺は身体をビクリと反応させてしまった。
誰も見てないのに何だか恥ずかしくなる生理現象その一である。


一息吐いてビビリの余韻を静めながら扉へと向かう。
宅配でもないから判子も持たない。
新聞とか宗教の勧誘の可能性も微粒子レベルで存在しているけど。

ガチャリ、もう聞き慣れた音を耳にしながら扉を開くと、

「来たよヒッキー、やっはろー!」

何時も通り元気で馬鹿っぽくて愛おしい声色の、
こちらも聞き慣れてしまった珍妙挨拶が耳に入ってきた。

今日は俺の……恋人、であるところの由比ヶ浜結衣が遊びに来る予定だったのだ。


事の起こりは一昨日のこと。

ゴールデンウィーク終了後最初の土日前にベッド導入の話を由比ヶ浜としたのだ。
すると「見て見たい!」と過剰なくらいの反応で俺の部屋に押しかけることを
一方的に決定したのだった。やっぱコイツ変なとこで押しが強い。

正直ベッド見て見たいってだけで遊びに来るのはどうなのとぼっちの習性で思わなくもない。
そもそも学校帰りに遊びに来るのもしょっちゅうだけど。
ともあれ些細なことで騒ぎたがるのはリア充の性質だし、
何よりそれ自体は口実で由比ヶ浜は単に俺と一緒にいたかっただけなのかもしれない。

そう考えるととにかく恥ずかしく、また少しだけ嬉しくなる。
そういうのを疑わない程度には俺も由比ヶ浜と一緒にいることを望めているということなのだろう。

で、持ち運びの都合上バラバラのパーツを通販での購入になり、
組み立てにも時間がかかるだろうということで
宅配予定の土曜ではなく本日日曜の来訪と相成った。


狭く短い廊下を通ってリビングへ連れ立って行く。
事前に準備しておいたテーブルと座布団へ由比ヶ浜を誘導……する間もなく、

「これがヒッキーのベッドかー……えいっ!」

俺の脇をすり抜けて、由比ヶ浜は遠慮無しにベッドへとダイブした。

購入組み立てしたばかりの真新しいベッドの瑞々しい反発で由比ヶ浜はぼよんと跳ねる。

「わーふっかふかー! えいっ、えいっ!」

新しい玩具か寝所を与えられた犬のように目を輝かせながらぼよんぼよん跳ねている。
ついでに何処かがぼよんぼよん揺れている。何処とは言わんが。だっだーん。

「……何やってんのお前」

由比ヶ浜のこういう勢い任せな行動にも慣れたもんだが、それでも一応突っ込んでおく。
片方が非常識ならも片方は常識的な対応でバランスを取るのが人間関係の正しい在り方だろう。
由比ヶ浜は九割常識的で俺の方は九割非常識なんだけどな、ハッハッハ。


「だって新しいベッドだし、遊びたいし」

「子供か」

「あたし達まだ成人前なんだから子供じゃん?」

「そういう意味での子供じゃねぇよ……」

投票権の範囲拡大とか成人年齢の引き下げの流れが出来てるっぽいし、
何より子供と言うには由比ヶ浜の肢体は爽やかで瑞々しくも熟れて包容力抜群の甘々なんだけどな。
果糖万歳。

……なんてことを考えれば、
必然一週間ほど前の記憶がフラッシュバックし一瞬で心臓が肥大化する。
ついでに股間も肥大化しそうになる。ズキューン。


ゴールデンウィークが明けてからこっち、学内外問わず由比ヶ浜との距離は更に近くなった。
まだまだそれが恥ずかしく出来れば避けたいと思う逃げ腰は変わらずとも、
その距離を周囲に見せ付けてやりたいという感情も自分の中に生まれていた。
あの日を境に、俺は由比ヶ浜との関係を前向きに受け取れるようになったのだろう。

だがそれにしたってあの日の記憶や経験はあまりに鮮烈で濃密で、
それらが引き起こす衝動は生半なコントロールなど受け付けないほど爆発的に強力だった。

それこそ由比ヶ浜とのスキンシップは愚かただ話をしたり見かけるだけで、

由比ヶ浜のいない日常生活の中でも、

そもそも生殖性欲の一切関わらない哲学数式の話の中からですら、

ふとした切っ掛けで顔を出し俺の中を無茶苦茶にかき回していった。


だからその……そーいうことを意識させる状況というのは、マズい。
由比ヶ浜の来訪が決まってからあらぬ妄想で心身共に浮き足立っていた。

二人きりの部屋、ベッドではしゃぐ彼女。
思わず「誘ってんの?」と口から滑りそうになるくらいおあつらえ向きのシチュエーション。

付き合い始めて一年以上、俺達はようやく共に歩み始めたが、まだ歩み始めたばかり。
何が正解で間違いかを判別出来る経験なんて持ってやしないのだ。

勘違いは、まだ怖い。

「ともかくベッドから降りて座れ、茶ァ淹れるから」

後は顔や態度に焦りが出ないよう努めながら、平和な方向へ誘導する。
ベッドの話を肴に茶と菓子で舌鼓を打ち、陽が暮れたら送っていく。
これで良い。無難だ。ベタベタにベター。

「やーだっ」

が、由比ヶ浜は実に楽しそうに俺のもてなしを拒否った。
それどころかベッドへ全身を投げ出し、布団に顔を埋めて

「ヒッキーの匂いは、まだそんなにしないなぁ」

なんてことを仰りやがる。


いやもう何なのこの子……本当に誘ってんの?

ちなみに越してきた当初の一夜がアレだったもんで布団も一枚必要だろうとそっちも買っていた。
これは新しい方を自分用にしといて正解だったな……。
ここで「ヒッキーの匂いがする」とか言われてたらちょっとヤバかった。
というかその想像だけで既にヤバい。

「……買ったばかりで、当たり前だろ。 馬鹿なこと言ってねぇで早く降りろって」

「だからやだって……よーしヒッキーのより先にあたしの匂いつけちゃおー♪」

そして布団に全身を擦りつけ楽しそうにマーキングを始めた。
実に愛玩動物的……いやその喩えも危険が危ない。

由比ヶ浜が愛玩……ぺ、ペットってお前。ご主人様ってお前!
何時かのメイド喫茶なんて比じゃねぇぞオイ!


「本当お前、いい加減にしとけよ。 早く降りんと茶も菓子も出さんぞオイ」

何が彼女をそこまで駆り立てるのか……ならばその欲望を直接攻撃すれば何とか。
食欲には敏感な彼女のこと、これなら俺のグダグダ説得よりもまだ効果が――

「んー、だったらお茶もお菓子もいらないや」

――さいですか。
いやちょっと悩む素振りはあった。
でも効果があってこれだからやっぱ所詮俺だわ。

「それに座るならベッドにだって座れるじゃん? ここでいーよ」

「……さよけ」

なんかもうどうでも良くなってきた。
由比ヶ浜が九割常識的というならこういうのもリア充、
引いては社会の常識でありそこに馴染めず反抗しているぼっちの俺こそが
マイノリティであり世間知らずの恥知らずなのだろう。
そういうことにしとけ俺。

いいぞ


そしてベッドに寝転んでいた由比ヶ浜は起き上がるとベッドの縁に腰をかけた。
ちょこんと座る姿勢はまぁ可愛いんだが妙な疲労感からそこに感慨を抱くこともない。
疲れた時に肉食っても顎疲れるだけで味気ないよね……。

麻痺気味な思考で俺もフローリングに敷いた座布団へ腰を下ろそうとした……

「ヒッキーもこっちに座ろうよ」

ところで、由比ヶ浜が自分の隣のスペースをポンポン叩いた。
いやもう俺は座布団が良い、座布団が呼んでる……。

「いえそちらはおぜう様専用でせう」

「変な口調すんなし。 とにかく隣でよくない? 隣がいいよ」

「俺は身を挺して尻を庇おうとする座布団君の心意気を無駄にしたくねぇんだよ」

「あ、そーいうの知ってる! えーと……ギジン化、てヤツでしょ?」

「え、お前擬人化とかイケる口なの?」

「イケるっていうか、聞いたことあるってだけで……床と天上の届かない恋、みたいな」

何その無駄に詩的な捉え方。これが現代文学?
シェイクスピアの魂は現代にも連綿連なり新たな形へ至――

「……てゆーのを前に姫菜が言ってたし」

――前言撤回、ホモかよ。
いや演劇や文学の新たな受け皿として餌を与えれば与えるほど肥ゆる
腐葉土があると考えれば……その内本当になりそうで怖ぇな。


「変わんねぇなぁ海老名さんも」

「寧ろ卒業してからもっと自由になってる気がするよー」

あははと笑う由比ヶ浜の様子に幾分心が休まり、何食わぬ顔で座布団へ腰を下ろそうとすると、

「あ、ヒッキー隣! こっちこっち!」

間髪入れず由比ヶ浜の突っ込みが入る。チッ。

「……別に場所なんてどこでもいいじゃねぇか」

「どこでも良くな――ううん、隣の方がいいと思うよ?」

「程々で満足しとかないと身を滅ぼすって孔子と韓非の中華二大思想家も言ってるぞ」

「こんなの程々だし、ヒッキーが淡泊なだけじゃん?」

「清貧質素は比企谷家の家訓だから」

「専業主夫でダラけて暮らしたいとか言ってた人のセリフじゃないし!」


おおう失敬な、専業主夫は志していたがダラけて暮らしたいとまでは――言ってたっけ、どうだろう。

「ともかく、声さえ届けば会話なんて成立すんだから場所なんて一々気にするもんじゃないだろ」

この話題が続くと墓穴掘りそうだったので強引に戻していく。

会話というコミュニケーションに於いてこの主張は正論だろう。
あくまで互いの声、言葉によるやり取りが主となるなら声さえ届く位置に居れば良い。
この場には俺と由比ヶ浜しか居らず、鼓膜の振動を邪魔する雑音も無い。

よってこれは絶対的に正しい。

正しいが。


「……お話だけで、いいの?」


――掠れたような甘い声が、俺に間違いを突きつけてくる。


心臓が一気に破裂する。
そう錯覚するほど痛烈な鼓動。

僅かに視界が白み、足は重みを手放し浮遊感に踊る。

話だけ。
それで済まそうとしていた俺の間違いはとっくにバレていたのだ。

「話以外の、何をすんだよ」

それでも見苦しく本質から遠ざかろうとする俺だが、それを逃がすような由比ヶ浜ではない。

「色々あると思うよ……だから、ね?」

ニコリ微笑み逃げ道を塞いでくる。
由比ヶ浜はただ強引なだけの押しだけでなく、こういう柔らかな誘導も使うようになっていた。

人はそれを、誘惑、と呼ぶのだろう。


「いや、その、でもだ、な、こう……なんだ」

毒か混乱か、霧状にバステを散布して弱点を突いてくる由比ヶ浜を前にしたら俺に為す術はない。
それでもとしどろもどろに抵抗する俺に、また有効な手。

「……それとも、ヒッキーはあたしの隣、イヤ?」

切なげに眉を寄せ、俯きながら上目遣い。

ゾクリ、背筋が震える。

ズクリ、胸が痛む。

再度膨張する心臓、今度は棘が疼いて痛覚に電流を走らせた。

あー畜生、こんなん勘違いしようもなく狙ってやってやがる。俺でも分かるわこんなん。
でも抵抗できない、悔しいけど(痛みを)感じちゃうビクンビクン。

由比ヶ浜は馬鹿だが、それは知性や賢さと両立しないものではない。
ここ一年、彼女は実に女性らしい強さ賢さを会得しつつあった。
……それはそれで良いんだけど、なんだ、困る。

そんな由比ヶ浜の老獪練達な攻めに困り果てた俺は由比ヶ浜の望み通りに折れるしかなかった。


「……分かったよ、隣、座る」

「うん♪」

俺の敗北宣言を実に嬉しそうに受け取る由比ヶ浜。
そんな様も愛らしいのだが、なんか小町に似てきたような気がして複雑な気分。
アイツ、由比ヶ浜に変なこと吹き込んでねぇだろうな。

今度問い質してみようと心に誓い、俺は由比ヶ浜の勧め通りベッドの縁に腰掛けた。

「……ヒッキー?」

「なんだよ」

「隣って言ったよね?」

「隣だろ」

「50センチは離れてる気がするんだけど」

「離れてるな」

「隣って言ったよね?」

「隣だろ」

「……離れてるじゃん」

「離れてるな」

「隣って……てなんか繰り返しになってるし! 隣じゃないよそんなのー!」


「いやお前、距離があろうが俺とお前の間に誰か居るわけでも何か置かれてるわけでもない。 よって今はお前の隣に俺が居て、俺の隣にお前がいる状態ってわけだ」

「屁理屈過ぎるっ!」

「でもお前の隣でこうして会話してるんだから提示された条件は満たした筈だろ」

言われた通り屁理屈を垂れると由比ヶ浜は「むぅ」って感じに頬を膨らませた。
なんか小動物的だな、カワイイ!(伝説のスーパーサイヤ人的ニュアンス)

そしてそんな栗鼠チック由比ヶ浜は無言で身体をズラした。
方向は勿論俺の居る方。
距離が30センチくらいまで狭まる。

「……」

俺の方も黙って身体をズラす。
方向は勿論由比ヶ浜の居ない方。
距離がまた50センチくらいまで広がる。


「むー」

また由比ヶ浜が距離を詰めてくる。

「……」

応じて俺はまた距離を開ける。

「むぅー」

以下エンドレス……とは行かない。

〝ごつ〟

「……ってッ」

所詮は男の一人暮らしに使うシングルベッド、そう何度も追いかけっこが出来る幅も無い。
三度目の逃亡であっさり逃げ場はなくなり、肩がベッドの端の柵にぶつかり止まる。

そしてそれをチャンスと見たか、小動物は肉食動物へと姿を変え、

「かくほー!」

俺との距離をゼロに詰め、勢いのまま腕に抱きついてきた。


「ちょ、おまッ!」

つい最近も味わったばかりの過剰な柔感がぎゅぅっと押し付けられる。
由比ヶ浜の体温と身体の感触はあまりに心地よく、それ故に危険だ。

何せ二人きりで、こうも密着して、場所は……ベッドだ。

「えへへぇ、やっと隣って感じだよー」

そんな俺の葛藤を知って知らずか、由比ヶ浜は抱きつく力を強めると腕に頬ずりまでし始める。
スリスリ。

「ひぅッ!?」

そりゃ声も裏返るってもんですわ。大きな声出すと自分の声のキモさを再認してしまって若干鬱るよね。
ああやわこい、擦れるとなんか気持ち良い……。

だがそれで止まってくれるほど今の由比ヶ浜は甘くなかった。
頬ずりを止めると今度は俺の腕に顔を埋めてスンスンと鼻を鳴らし、

「こっちはヒッキーの匂いがするね……」

籠もって、でも甘えたような声で巫山戯たことを仰られる。


「――ッ!」

そりゃビクッとする。
同じ不意打ちでの反射とは言え、さっきのインターホンに反応したアレなんか比じゃない。
幸福や快楽を司る神経を直接愛撫されたような、くすぐったくてムズ痒くて溜まらない感覚。
それは俺の意思を無視して下半身が血を集め始めるに十分過ぎる刺激だった。

マズい、これは本当に危ない。
ゴールデンウィークの時のように覚悟が決まっているわけでもないのに、衝動だけは同じくらいに膨らんでいる。
如何に親しみ想い合う仲だろうと、過ちを予期させるには十分過ぎるほど漲り高まっていく。

止まれ。
止まれ。
止まらなければ。

「そ、そりゃ当たり前、だろ。 俺の身体直接だし、俺、その、臭ぇし、だから離れろよ」

顔を背けて腕を強ばらせ、出来るだけぶっきらぼうに。
本当なら言葉だけでなく体自体引き剥がさなければならないのだろうが、振りほどけるほど力が入らない。
幾ら俺の思考が足掻こうと身体は正直ってことなのか。


「臭くなんてないよ、すごく安心する匂いで……あたし、好きだな」

勿論そんな俺の弱々しい抵抗など何のそので由比ヶ浜は侵攻してくる。
今の由比ヶ浜は壁の隙間を縫う霧であり、塹壕トーチカを轢殺する戦車だ。
屁理屈で目張りされただけの破れ障子が如き俺の防壁など障害にすらならない。

だからもう、直接防御に出るしかない。
ともすれば拒絶になりかねないような、強引で稚拙な守りに。

「ッ……お前いい加減にしないと、危ねぇだろ」

「……何が危ないの?」

「だってお前、今の状況考えろって」

「考えなきゃいけないようなことなんて、ないよ」

「だから、その……だ、男女が二人きりで、ベッドの上って、お前」

「……問題無いじゃん、あたしたちなら」

「い、いや、そりゃそうなんだろうが」


ああもう、やっぱりコイツは分かった上でやってやがった。
単にくっつきたいとか、スキンシップ不足でやったことじゃない……それも混ざってるかもしれないが。

由比ヶ浜は、本当に俺を誘惑していた。
そして、それを一々見て見ぬ振りしようとしている俺の方が異常なのだ。

「……ダメ? ヒッキーは、あたしと……って、思ってないの?」

「え、そ、そんなことはない、と、思ったり、して、多分」

「じゃあいいじゃん……ね?」

何時しか由比ヶ浜の顔は再び寂しげ切なげに曇り、潤んだ瞳で見上げてくる。

また棘が疼いて胸が痛む。

彼女の望みは叶えてやりたい。
全部が全部なんて約束出来るほど前向きでも脳天気でもないが、出来うる限りを尽くしたいと思う。

でも俺は天の邪鬼だから、由比ヶ浜の望みが俺と同じ方向を向くと逆に躊躇してしまう。
俺と由比ヶ浜と、同じことをして幸せに……なんて都合が良すぎないか。
何処かに落とし穴はないか、重要な何かを見落としてはいないか。

彼女がただ俺に気を使ってそうなっているだけではないのか。


「その、い、痛かったろ、こないだの。 大丈夫なのかよ」

「え、あ……い、痛かったけど、それとは関係なくて」

「関係無くないだろ。 俺、痛がらせたり苦しめたりって趣味ねぇし、お前がそうなるってのは、なるべく避けたい」

「ヒッキー……」

痛いのが欲しい、と彼女は言った。
だがそれは由比ヶ浜がMってわけではなく、互いが深く繋がる為の必然だからこそ求めていたのだろう。
故に俺もそれを認め、自身の快楽を追うことに決めた。

でも今は違う。
大切であるからこそ破瓜の痛みがあるならば、初めて以降に痛むことの意味は?
そりゃ痛いのは最初だけという可能性もあるが、そんな都合の良い妄想に浸れる性格はしていない。

経験しなければ快楽にならない。
しかしその過程に痛みがあるなら、快楽は求めていいものなのだろうか。

だが葛藤に苛まれる俺に、由比ヶ浜は問う。

「……ヒッキーはさ、こないだの、気持ち良かった?」


「え、そ、そりゃ……当たり前だろ」

「気持ち良いだけだった?」

「それって、どういう」

意味だ、と続けるよりも早く答えが来た。

「あたしね、あの時……痛かったけど、すごく幸せだったの」

幸せ、その単語は鼓膜を通して即座に俺の中へ吸い込まれていった。

ガツンと頭を殴られたような、胸の裡にストンと落ちてくるような。

「ヒッキーとシてる、ヒッキーにあげられたって思ったらね、痛いのなんて何も関係無いくらい暖かいのが溢れてきて、これが幸せなんだって分かったんだ」

「……でも、痛かったんだろ?」

「それは痛かったよ、でも関係無いって言ったじゃん。 だから多分、気持ち良いのと幸せなのって別々だと思うんだ……ヒッキーは、どうだった?」

「俺は……」


下世話な喩えだが、自慰に耽っているときに幸福を感じているかと問われたら?
大抵の男が違うと答える気がする。それでも性感はあるのだ。
つまり自慰を終えたときの虚脱とはそうした心身の不一致がそうさせるのではないか。

本当はもっと脳科学とか何かでハッキリした回答はあるのだろう。
しかし由比ヶ浜の提示した心の形は、俺にとって限りなく真理に近い説得力を持っていた。

「俺も幸せだった、と思う……」

胸の中から暖かいものが溢れて、それが涙になった。
あの時確かにそう感じた。

涙は悲しみだけに起因するものではない。
器の許容量を超えた感情が涙となって零れ落ちるのだろう。

幸福を幸福と感じることもまた、感情の役割だ。

「うん、だからね……痛くても、あのあったかい幸せをもっともっと感じたい、あの時からずっとそう思ってて、それでヒッキーがベッド買ったって言うから、誘ってくれてるのかなって思ったの……違った?」

「あー……」

まぁこんなタイミングで一人暮らしの彼氏がベッド買ったなんて報告してきたら、
そりゃそういうアピールだって思われて当然だよなー。


実際俺自身ベッドの購入を考えてる時、
購入を決意した時、
宅配から組み立て設置、
今日由比ヶ浜が来訪する時まで「あくまで安眠用、QOL向上の為」と逐一脳内で言い訳をしていたわけで。
そうまで執拗に否定するというのは、面倒臭い性格の俺にとっては願望の裏返しでしかない。

そもそも一人暮らしの男子学生が彼女と……なんて当たり前の欲求で未来予想図だ。
幾ら俺でも、そんなシンプルな欲望まで誤魔化したり見て見ぬ振りをする必要はもう無いのだ。
由比ヶ浜を想う自分を否定しないと、そう決めたんだから。

「そのつもりが全く無かったとは言わねぇけど、その為だけって訳じゃないからな?」

「それは分かってるし、幾らヒッキーでもそれだけの為に買ってたらキモ……ううん」

こんなムードの中でもナチュラルにキモ……とか出て来るガハマさんパネェッス。
しかし由比ヶ浜は俺の心のデリケートゾーンを凍えさせる言葉を引っ込めると、

「……あたしとシたいからって理由だけで買ってくれてたら、寧ろ嬉しかったかも」

抱きつく力を強め、逆に熱湯をぶっかけてきた。

もう今日何度目だってくらい心臓が跳ねた。その内心臓疾患で死ぬぞ俺。


「お、前ッ……なぁ」

「えへへ、こういうこと言われると嬉しい? でも本当にそう思ったんだからね?」

そうしてはにかむ由比ヶ浜の姿を見ていると、意識のスイッチが切り替わるのをハッキリ感じた。

既に下半身は隠しようもないほど起き上がっている。
布地を押し上げる窮屈は理性の抑圧に反抗する本能のメタファーだ。
もうここで止まるなんて選択肢はない。

走ろう、行き着くところまで。

改めて心を決めると力を取り戻した腕で由比ヶ浜を引き剥がし、由比ヶ浜の全身を抱きすくめる。

「あ……ヒッキー……」

今度は由比ヶ浜がビクッと反応したが、直ぐに力を抜いて俺に全てを委ねてくれた。

久し振りの抱擁。
異なる体温と身体の感触を全身で受け止める、それだけで幸福感が高まっていく。
けれどそれだけでは終わらない。
幸福の、文字通り絶頂を目指してこれから俺達は触れ合うのだから。

「由比ヶ浜……じゃあその、いいか?」

ここまでの遣り取りで既に許可を得ているようなものだが、それでも確認はする。
この行為は一人だけでは成立しないのだから、独り善がりにならない為このくらいは当然だろう。


「えと……いっこだけ、お願いしていい?」

「無茶なお願いじゃなけりゃ」

「無茶じゃないよ、多分……こないだみたいに、名前で呼んで?」

あー、そう来たかー。

だが今はそのことに対する照れとか忌避感とかは一切無い。
なんというか、心を決めた瞬間、この部屋が俺だけではなく二人の空間になった気がするから。
ならば、どんな形でも彼女と距離を詰めることに躊躇う理由はなんてある筈も無かった。

「えーと……その、結衣、いいか?」

「――うんっ!」

それでもちょっと堅い声になってしまった俺だったが、由比ヶ……結衣の声は抑え切れない喜色に満ちて、抱き締める俺の胸板に更に体重を預けてきた。
この重み――と言うほど結衣が重いわけではないが――こそは幸福の実感、その証だ。


そのことに改めて感動している俺の顔を上目遣いで見つめ、結衣は言う。



「じゃあヒッキー……えっち、しよ?」



――こうして買ったばかりのベッドに俺の体臭が染みつくより早く、
二人の思い出が刻み込まれることになったのだった。

以上で四話前半投下終了です、お付き合い有り難う御座いました

ところでリクの内容、アレ気な方向性のものが多かったのでいっそこのスレのifってことで
プレイはアブノーマル、空気はインモラル、でも純愛という雰囲気の新スレでも立ててやろうかと思案中です

実際始めたら需要を全部そっちに持って行かれそうですし
そもそも自分の筆の遅さで掛け持ちなんて自殺行為も甚だしいですが

ともあれ一先ずは第四話後半を急いで完成させたいと思います
期待せずお待ち下さい

乙です

乙乙~

乙です。ニヤニヤです

いいな

おつ

媚薬で獣のようになった八幡を頑張って受け入れるガハマさんとその逆パターン

一通りノーマルな方向のを満足するまで書いてからアブノーマルに行けば?
スレの掛け持ちはかなりきついぞ

まだか

どうも>>1です、お待たせしており申し訳ありません

現在腰を痛めており長時間PCの前に座れなくなってしまいました
寝転がりながらタブレットで書き進めてはいますが難航中です
というわけで生存と恐らく後半は来月になるかな、という報告をさせて頂きます

先行きは見えませんが、期待せずお待ち下さい

待ってる

雪かきで腰やられたか
あれは想像以上に腰に来る…

健康第一やで
ゆっくり休むんやで

どうも>>1です、生存報告です

腰痛は大分マシになってきたのでボチボチ書き進めてます
とりあえずは今月中には次回投下を間に合わせるつもりなので今暫くお待ち下さい

やったぜ
待っとるで~

待ってます。
お大事に~

あまり無理をしないでくださいね

腰は後引くからなあ

今月中いけそう?

治りかけが一番危ないってそれ一番言われてるから、どうも>>1です

結局二月中間に合わなくてすみません、今全力で書いてます書いてます
一括投稿が良いとは以前意見頂きましたが、今回のように何かしらトラブルがあると下手すればスレが落ちかねないので細かく分けての投稿も思案中です

とりあえずは来週中の投下を目指しますので期待せずお待ち下さい

期待するよ

プレッシャーにならない程度に期待してる

♪~キスキスこ~いしてる~よ~♪

主人公:玉縄
メインヒロイン:サキサキ
クラス委員の柔道娘:陽乃さん

よしっ、この伝説の超展開アニメを、奉仕部の3人に見せてみよう!

Sくんはサックスかな

保守

結局エタったのか、残念だ

保守有り難う御座いますそして超絶な遅れ申し訳ありませんどうも>>1です

一先ず分割分、本格的エロ突入まで投下します。

   /::::::::::::::::::::::::::\~プーン              
  /:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\~プーン   ←ジャプカス
  |:::::::::::::;;;;;;|_|_|_|_|~プーン
  |;;;;;;;;;;ノ∪  \,) ,,/ ヽ~
  |::( 6∪ ー─◎─◎ )~        / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  |ノ  (∵∴ ( o o)∴)~      <日本は至高だお。在日差別は正義だお。日本万歳!!
  | ∪< ∵∵   3 ∵> ムッキー!    \_____________________
  \        ⌒ ノ_____
    \_____/ |  | ̄ ̄\ \

___/      \   |  |    | ̄ ̄|
|:::::::/  \___ | \|  |    |__|
|:::::::| \____|つ⊂|__|__/ /
|:::::/        | ̄ ̄ ̄ ̄|  〔 ̄ ̄〕



――さて、ここからどうしたものか。

愛する彼女が抱き締められながら上目遣いに濡れた声色で震えながら「えっちしよ?」と言ってくる
男冥利に尽き過ぎ状態でまず思うのがこんなことなんだからやっぱり俺は俺。
だが何かの拍子で直ぐおっ勃つ思春期男子と言えど、潔癖気味に性知識の流布が行われる現代日本で
グラム50円レベルの胸肉くらいチキンボーイに育った俺にとっては〝本番〟に対する忌避感はあまりに強い。

前回は通じ合うこと、その過程や儀式としての側面や使命感が強かった。
だが今回は種保存の意識すらなくただ愛欲に任せて繋がろうとしている。

それは行為の本質を見誤った欺瞞ではないのか、そんな愚考が頭から離れない。
決定的な一歩を踏み出すに俺にはまだ切っ掛けが必要だった。

だがその切っ掛けを待つのでなく、探そうと思えるようになったのは進歩と言えるだろう。

あまりに待機が長くては結衣が訝しむだろうと既に過熱気味な脳を更に猛スピードで回転させ……

思考よりも先に視界が見つけた。

「……カ、カーテン」

「?」

「閉めねぇと、まずは、カーテン」

倒置法は動揺の証、ぼっち学生はうろたえる。

動揺した俺のキモさ格好悪さはともかくカーテンを閉めること自体は行為の前のエチケットとして当然だろう。

「あ、う、うん……そだね、閉めないと恥ずかしいよね」

これは勿論結衣も同意してくれる。

実際の視線の有無ではなく、その可能性があるというだけで羞恥心は行為とそれに伴う感情の昂ぶりを阻害するだろう。
それはまだ(性的な意味では)始まったばかりのカップルには厳しいものがある。

まぁ結衣が〝見て欲しい人〟である可能性もあったわけだが。
もしそうだったら俺も衆人環視の青姦とか信じて送り出した的なビデオレターを誰かに送ったり動画配信をしなきゃいけなかったかもしれないのか。

やっべぇ恐ろしい。そしてちょっと興奮する。そもそも送る相手は誰だ。


「おう、それじゃ……」

宣言して、強く抱き締めた結衣の身体をベリッと引き剥がす。
実際には感触はおろか音すらしない。
だが愛しい体温と引き離された心は表現通り生皮を剥がれたように痛みを訴えた。

「あ……」

結衣も同じ感傷を抱いたのか、眉を八の字に寄せた。

どうせこの数分後にまた同じように、或いはそれよりも強く深く交合うというのにほんの少し距離が離れるだけで互いにこれだ。
恋愛とは正気にてはならず……アレなんか混じってる?

ともかく恋は病気だと、心の狂い様の極致であるということが実感として分かるというもの。
けれどそれを求めずはいられないのも人というもので、こんな俺でも人として当たり前の狂気を宿せた事実が少しだけ嬉しく、
その狂気を共に出来る相手が愛おしかった。


「……閉めるから」

「――うん、あたしもその間に服脱いじゃうね」

そして時間は有限、互いに手持ち無沙汰にならぬようそれぞれが出来ることを同時に済ませ……え。

服。

「脱いじゃうの?」

「え、そ、そりゃ脱ぐよ……脱がないと、その、できないじゃん」

「何言ってんだお前、世にコスプレモノのエ……映像媒体がどれだけ氾濫してると思ってんだ」

「あたしコスプレなんてしてないし!……それとも、着たまましたかったの? し、皺になっちゃうから、困るんだけど」

着衣セックス!そういうのもあるのか!
……いや日本に於いてはメジャージャンルだし個人的に興味津々だが、今はそうじゃなくて。

「そ、そっちじゃねぇよ……その、脱がしたかった的な」

的なってなんだよ、ただ脱がすという以外に微妙な方向性やニュアンスの違いがあるのか。

ぬぎぬぎしましょうねと年上風吹かせる父性主導。

ビリビリ破ってとっても非経済的なレイプレイ(※実在する成人向けゲーム作品とは一切関係ありません)。

極めつけは念じるだけで相手の服が剥げていくサイコキネシス系!


……どれもねぇな、うん、ない。


「男の子って、脱がしたいの?」

そんな俺の不埒な妄想など知るよしも無い由比ヶ浜は顔を赤らめながら特定のベクトルを持った欲望の実在を問いかけてくる。
……ちょっと照れてる感じがグッド。実に良い。ディ・モールト・ベネ。

「皆が皆とは言わねぇけど、そういう嗜好は割とあるんじゃ、ないかな、とか、多分」

「そ、そうなんだ……でも、脱いでるとこ見られたりとか、脱がされたりは、まだ……は、恥ずかしい、かも、ごめんね」

「あ、そう……いやそもそも無理強いするつもりないし、気にすんなよ」

「う、うん」

気が付けば、体を離した二人は向き合って正座状態。うーんこの。

お互い不器用なのは承知の上だったが、多分それ以上に真面目なのだ。

もっと素直に欲望を解放してあちこちぶつかりながら覚えていけばいいのに、
石橋叩くのに何時間もかけておっかなびっくり亀の歩み。
そもそも付き合って一年以上経ってようやく姦通ってのは貞操観念的には清らかでも若者としてはどうなんだ。

でもそれが俺達らしさというなら、それでいいんだろう。
前回は初体験としては上手く行った方だと思うが、それがローペースの報酬というならそれでもいい。
それに今日を乗り越えれば、俺達はもっとスムーズに進んでいけるんじゃないか。
そんな気がする。


「じゃ、今度こそ閉めるからな」

「あたしも、今度こそ脱いじゃうね」

そして今度こそという契約を交わし、俺はベッドを離れ窓際へ。

シャ、シャっとカーテンレールの軽快な音ともに日光が遮られていく。
光の一切を遮断するほどではないから部屋の隅とか箪笥の陰てもなけりゃ何かが見えなくなるわけじゃない。
だがそういう陰影の塩梅はまるで自分がAVかエロゲ、官能小説の主人公にでもなったような錯覚を引き起こす。

期待、不安、背徳。

それぞれ別の色を持った感情が混じり合い、性欲という黒一色へと染まっていく。

始まる前から異常に昂ぶる自分が後ろめたくて、行為とは全く関係無い別室のカーテンまで閉めに行ってしまう。
しかも焚き付けられた心臓の血流が脳と足の感覚を曖昧に惑わせ、幾度と震えて転びそうになる。クッソ恥ずかしい。

あまりにKOOLから遠い心身の状態を深呼吸で無理矢理調整し、それでも残る震えを抑えつつ結衣の待つ部屋――の手前へ。


「ゆ、結衣……も、いいか?」

うっわー声まで超震えてら。思わず八汁ぶっしゃーしそうなくらいの超振動。
まーこれから下半身の八汁ぶっしゃーしに行くんだけどなガハハハ……うん、しのう。

「う、うん、もういいよ、ヒッキー」

返される結衣の声も震えて上擦っていた。
下らないことを考えて極度のアップダウンを繰り返していたメンタルが一気に上で固定される。
緊張しているのは俺ばかりではない、それを認識すると安心が一瞬、以降ここまで以上の興奮と緊張で本気の眩暈。

これ以上立ち止まっていたら失神するのではないか……そんな馬鹿馬鹿しくも笑えない妄想が頭を過ぎり、
意を決するより先に体が本能に突き動かされて部屋の中へ。

大股にベッドへ近づき、体ごと向き直る……そこに、



「どう、かな……?」


由比ヶ浜結衣。

比企谷八幡の彼女。

可愛くて愛おしい、俺の生きる理由であり目的。

その姿は裸、に極近い。

女性らしい豊満さを包む薄い布地。

そう、今彼女は下着姿でベッドの上に座っている。女の子座り。

あれだけ順序を無視した倒錯を繰り返した癖に彼女の下着姿は初めて見る。

家族じゃない異性、初めて見る、想い人の下着姿。

下着の模様の知識なんぞ持ってないから、ただ複雑で美しい紋様であることしか分からない。

そんな黒い下着を身に着けた彼女が、ベッドの上で、俺を待って――。

待って。

ちょっと待て。

黒い下着。

黒。

……黒?


「黒!?」

思わず口に出た。出てしまった。

結衣の反応は勿論、

「え、あ……に、似合わない、かな」

緩やかな余裕は一瞬で縮む。
俯くように、沈み込んだ。

ズキリ、即座に反応して痛む心臓。
言い訳のしようがない、明らかな不手際。

「い、いや、そんなことは、ない、んだが……」

吃驚したからってのはあるけど、やらかしちまったよオイ。
女性が何かしてくれたらとりあえず褒めてから場をコントロールせいって小町が言ってた。
つまりこの場はもう俺のコントロール下を離れたってことだなヤバイヤバイ。


「あ、あははは、あたしも自分で、似合わないんだろうなって分かってたからさー……む、無理して褒めなくても」

誤魔化すような結衣の空元気、胸の痛みが増していく。

うん清純派と思ってた恋人がいきなりアピール感マシマシな格好してきたら普通驚くよね。
その点は仕方無い俺は悪くねぇ。
でもそれを表に出してしまうのは明らかに失策、俺が全部悪い。

向き合って、噛み合わなくても歩み寄っていく。
それを俺は是とした筈なのだから、このまま彼女の行いを失敗と断じさせてはいけない。
歩み寄れ。

「む、無理なんかじゃねぇって。 似合ってる、似合ってるんだけど……」

そうして改めて結衣の姿を見やる。

白雪の如くとまでは言えなくとも、言えないが為に健康的ながらしっとりとした白さを保つ肌。
そんな肌色と要所が主張する豊満さを薄い黒が覆って隠す。

黒は細く小さく見せる色だと言われ、その効果は覿面に発揮されている。
黒の下着は包容力ある彼女の肢体を引き締め、艶めかしさを増し少女の気配を色濃く〝女〟へと変えていた。

そんな現実を認識すれば、心臓は痛みだけではなく興奮で鼓動を強めていく。


「なんか色っぽすぎて吃驚したっつーか、黒ってイメージ全然なかったし」

「え、でも前黒キャミとか着けてたし、見てたじゃん」

「あれは今みたいな下着じゃねぇだろ……とにかく、吃驚しただけで似合ってない訳じゃないから、な?」

「う、うん……でも、黒じゃない方がよかった?」

「……正直、心臓に悪いし清楚なのから慣れさせてもらいたかったとは、ちょっと思ってる」

思い返せば、ここ数ヶ月あれだけ直接的なエロイベントに恵まれていたのに下着姿だけは見ていなかった。
引っ越した日は勿論ドキドキお口体験、はじめての日ですら見たのは肌色のそれだけだった。
順序とかバランスがおかしいのも俺が俺である所以か――嬉しいやら困るやら。

ともかく経験の薄いぼっちDT……いやもうDTではないけど、
俺的にはアップダウンの激しいビックリドッキリイベントよりも堅実な歩みの方が望ましい。
堅実過ぎて彼女泣かせまくりましたねサーセン、マジすみません……。


「清楚かぁ、あたし自分ではそんなイメージないけど」

「見た目は未だにビッチっぽいもんな」

「ビッチ言うなし!……でもあたしもう処女じゃないし、ビッチになっちゃうのかなぁ」

「いや、処女じゃないだけでビッチってのは流石にないと思うぞ、多分」

処女膜の有無で女性の評価を天地に分けられる、そう思っていた時期が俺にもありました。
現在進行系でそれ拗らせそうな奴一人知ってるけどな、Z木座て言うんだ。
それにそんな見た目ビッチな由比ヶ浜結衣の処女を頂いたのは他ならぬ俺ですし。

「ともかく、あんまり特別感ないようなので慣れて、サプライズはそうなってから用意してもらえると有り難いかなと」

「普段通りのってこと? でも、どうせ見て貰うなら女子的には特別なのだけ見て欲しいんだけど……」

特別なのだけ……まぁ分からなくはないかも。
この辺はやたらすっぴんを有り難がる野郎共と、それに対する女性のメイクへの意識の差なのかもしれない。



〝素のままの君が良い〟


〝特別な私を貴方に〟


どちらも異性の理想像に擦れ違いがある。

自己都合の押し付け合いと言えばそれまでだが、男だって勘違いしたファッションやアピールで特別感を演出したがるし。
……いやちょっとこれは身につまされすぎて思い返してはいけない痛い痛い。

逆に女性だって外面の気遣いをしない内面のだらしなさを受け入れて欲しいと思うのだろう。
妹のいる身としては、その存在が思春期男子の女性に対する理想へのカウンター・幻想殺しであることを思い知っている。
出来ればその幻想はぶち殺して欲しくなかった……。

今回彼女の行いが空回りだったと言えばその通り。
でも重要なのは何故そうしたのか、その根源は何であるのかということ。

……俺を喜ばせようとした、その努力の結果であることを今更疑いはしない。
そして、予想外のデッドボールだったとしても想像もしなかった黒の一面に興奮し、彼女のサプライズを嬉しく思っているのも事実なのだ。

だから、伝える。


「その、なんだ、特別なのと素朴なのがどちらもあって良いと思うぞ、俺は」

「うん……なんか、ごめんね? 勝手に色々暴走しちゃって」

「いやいいんだよ別に。 俺の為にって思ってやってくれたのは嬉しいし……似合ってるってのは、本当に、マジで、だから」

「……本当?」

「だから言ってんじゃねぇか、本当だって……しょ、証拠、見る?」

「あるの?」

「あるんだよ、でも、その、ひ、引くなよ?」


熱に浮かされているのは自覚している。
しているが――今から自分がやろうとしていることに忌避感をあまり感じていないのは、
大概正気でないことを意味しているのだろう。

恐怖や緊張より興奮で震える己の手でズボンに手をかけ、ずり下ろした。

息を呑むような様子の結衣の視線は下へ、注視されているのは勿論。

「……な? 滅茶苦茶興奮してんだって」

外衣の束縛から解放されて尚、下着すら窮屈と隆起する雄性の屹立。

ええ、ビンビンですとも。

彼女を抱き締めた時、カーテンを閉めて彼女の脱衣を待っている間もバンプアップ状態ではあったが、
今感じている張りと熱に対しては比較にすらならない。

「わ、わ……スゴ……」

「ほら、なんかもう、堪んねぇんだよ」

両手で口元を押さえて感嘆を口にする結衣と開き直り上等な気分の俺である。

普段は絶対に、俺でなくても避けて通るような行為を、絶対に見せたくない筈の相手に見せてしまう。
そのくらい頭は痺れて、身体は欲望に圧し上げられている。


「こ、こんなになっちゃってるんなら、やっぱり黒で良かったってことなんじゃないの?」

「いや、心と身体は別というか、安易に流行に乗ってしまう己を恥じる心境というか……」

悔しい!でもビクンビクンとかそういうアレ……とまでは口に出さなかった自分を褒めてやりたい。
この場でネットスラング同然のエロワード吐き出すのが拙いのは流石のヒッキーにも分かりますとも。

そしてそんな俺の様子にウィークポイントを見出したか、口から手を離した結衣の顔は意地悪く笑んで歪み、拙く責めて来る。

「……ふふーん? そんなこと言っても〝こう〟なんだから、ヒッキーって……む、むっつり?なのに、やらしーんだ」

そのまま世界一可愛いボクとか言ってもいいくらいのお調子ライドっぷりだな?
イラッと来るがそれ以上に世界一可愛いんで腹パンよりムツゴロウムーヴでよしよし撫で回す方向に行きてぇなぁ。
腹だけじゃなくもちっと上も。

「てめ、言うに事欠いてむっつりスケベと呼ぶか」

「だってそうじゃん? いつもはあんまり褒めてくれないし素っ気ないのに、こういう時だけ分かり易いんだから」

「う、うっせーな、お前だってこんな下着穿いて……き、期待してたんだろ? 十分やらしいじゃねぇか」


うーん、さっきまで妖しく惑わすような空気だったのに一瞬で砕けてしまう辺り俺達らしい、のか。
と言ってもお互い照れ隠しで憎まれ口を叩いてしまうのは分かっているところ。
俺は大層捻デレだが結衣も結構ツンデレの気あるよな。対俺限定で。

しかし状況が状況だ、何時もの軽口はあっという間に覆って元に戻る。

「……そうだよ。 期待、してたよ。 やらしい女の子だよ? あたし」

俯き、上目遣いで、囁くように、でも爆弾のような言葉で。

「え、あ……そ、そう」

「うん、それで、ヒッキーもやらしいから……あたし達、え、エッチなカップル、だね」

そうして結衣は、えへへ、と笑う。
何時ものように。
何時もの笑みなのに。

眉は僅かに寄り、

赤い顔で、

嬉しそうな、

恥ずかしそうな、

そんな、そんな。


〝ズクン〟

限界まで怒張していたと思っていた陰茎が、また下から突き上げられる。
今度こそ臨界を迎えた心と身体は、緊張と理性を引き千切る。
ぶつり、音無き音が全身に響き渡った。

止まらない、止められない。
結衣を無事なまま、穢さずに帰させることはもうあり得ない。


結衣を、おかしたい。


〝おかす〟


「ゆい……ッ!」

衝動のまま、覆い被さるように結衣の身体へ抱きつく。

「あ! ひっき……!」

結衣は抵抗する間もなく、俺は抵抗させる気もなく、余った勢いで押し倒し実際に覆い被さる形になった。

だがそれだけでは止まれない。
結衣に承認を得る間すら惜しい。
滾る欲望は真っ先に第一の目的地……唇を目指し、押し付けるようなキスをした。


「ンむッ」

触れた瞬間、一気に強ばる。
まだ慣れない少女には当然の反応だが、気に留めることもできない。
本能に追い立てられるような焦燥が俺自身を追い込んでいく。

前回の再現のように、結衣の唇を割って舌先を侵入させる。

「ぅむ!? んん、むぅ、ぅぅッ」

また前回同様に歯を閉じこちらを拒む結衣。
本来ならここで止まるべきなのは分かっているが、それで止めれれば苦労はない。
今はひたすら天の岩戸が開くと信じ、硬質なエナメルを舌でつつき、舐る。

やがて抵抗を無意味と悟ったか、顎の力が抜けて入り口が開く。

間が惜しい。
時が惜しい。

焦燥は更に勢いを増し、結衣の舌が出て来るより先に無理矢理歯の間から結衣の口中へ攻め入る。

「ッ!!!!」

脱力した筈の結衣が再び硬直するが、矢張り気遣える余裕はない。
目指すべき場所に至る、それだけが重要だった。

奥に閉じこもっていた結衣の舌に触れ、絡め取る。


「んぉ、むッ!」

前回のディープキス……べろちゅーは互いの唇の中間点での戯れだったが、今回のフィールドは結衣の領域
劣情の赴くまま、暖かく滑る口内を蹂躙する。
さながら十世紀前、北欧の益荒男・略奪者達のように。

攻める。

責める。

嬲る。

奪う。

奪う――。

「んぅ、ぁ、ぁぅう、んむ、むちゅぅ……」

そして結衣は再び脱力する。
時折こちらの舌におずおず絡みついてくるも、絡め返すと直ぐ為されるが侭になる。
ディープとはいえキス一つでこれなのだ、通じ合えば組み敷くに暴力など不要――彼女以外にそうは出来なかろうが、
気分は手練手管で女性を堕とすジゴロの気分だ。

前回の反省から鼻呼吸を忘れず唇を合わせて何分か、何時までも口内への食欲は止まないが、
それでも「肉を食わせろ」という下半身の欲求は強まるばかり。

動的な停滞への名残惜しさを感じつつも身体毎唇を、顔を離す。


「は、はっ、はぁ……あぅ、ぅ、ぅぅ……ひっきぃ……」

目と鼻の先から俯瞰した彼女の顔のグラデーション。
赤く、桃色に蕩けかけた頬と焦点の合わない瞳は雌のそれ。
だが潤むどころか目端に涙を溜め、眉を寄せ、どこか咎めるような視線は正気を残している。

感情と理性、野生と知性の混じり合う斑の矛盾は歪なのに美しく、胸に迫る感傷がまた一つ息を荒くさせる。

「まえに、言ったじゃん……な、なにかする時は、ちゃんと、言って……」

息も絶え絶えにこちらの勝手を責めてくる。責められているのに、
吐息や語尾の甘い丸っこさがまた一つ心臓のトルクを上げる。
……そういえば、そんなこと言われてたな。本当反省しねぇな俺。

でも、でもだ。

「わ、わりぃ……でも、でもお前、一人暮らしの男の部屋来て、き、期待してたとか、言って、そんな、無防備で……こんなん、我慢とか、無理だろ」

俯瞰した気になっても口を開けばハァハァ言いながらこれですよ、うーんキモい。
それにそんな無防備カモンカモンな結衣からすら目を逸らそうとした俺が言っていいこっちゃねぇ。

だが土壇場でキモいのも言い訳がましいのも比企谷八幡の宿業、
ならば由比ヶ浜結衣はそれごと受け入れて愛してくれているのだと信じるのみ。

素直に、真っ直ぐに。

ぶつからなければ互いの望みの中間点、その行き着く先すら分からないのだから。


そうして一瞬で覚悟完了すると、結衣の反応を待たず右手を心の赴くまま……黒に覆われた乳房へ向け、触れる。
掴む。

「あッ」

ビクン、と電気が走り、柔らかい部分がふるり震える。
その反応も突発的、事故的な部分を含んだものだろうけど、
まだ残る声の端の丸みが溶けかけた彼女の裡を示すようで、興奮、する。

その興奮のまま、指に力を込めて内へと沈めていく。

「んっ……」

布地の上と素肌の上、二分される五指の感触の違いが新鮮な感動を呼び込んでくる。

前々回のこの部屋、前回のホテル、両方で味わった乳房の感触はただひたすら柔らかく、そのシンプルさが逆に新鮮だった。
今回下着の上から触れる感触は、その過剰な柔らかさを包み支える為に必要な硬さを実感させた。
だが奥にあるのは脂肪の柔感で、圧せば必然沈んで行く。下着の表面と内部のメリハリが心地良い。
喩えるなら……。


〝――外はカリッと中はしっとり、ポワレで仕上げられた焼き魚の様――〟


……いや違う、全然違う。美味そうだけどそういうことじゃない。


〝――その点ガハマっぱいって凄いよな、最後まで脂肪たっぷりだもん――〟


何もかも違う。というか情事の最中に何を考えてるんだ俺。


「だ、だからぁ、いきなり、は……ッ」

そんな駄考に惑う俺の脳に、吐息に掠れる結衣の声が耳朶より染み入ってきた。
心中で頭を振って改めて結衣へと向き直り、俺自身も改めて開き直る。

「……誘ってきたのお前だろ、覚悟決めろよ」

「で、でも、あんまり乱暴なのは……」

「さっき言ったろ、痛がらせるような趣味はねぇって……そうならない範囲で、色々、するとは思うけど」

「色々って、なに」

「それは……色々、思いついたらってのも、あるだろうし」

「そんなの、行き当たりばったりじゃん……」

「今の流れがそのものだろ、ケセラセラだ」

「けさらんぱさらん?」

「……それ意味分かってないだろ」

「う、うん」

現在進行系で愛撫ペッティングしてるってのにこの脱線ぶり。
流石由比ヶ浜結衣と言うべきか、所詮比企谷八幡と言うべきか。
雰囲気とかムード作りって大事なんだな、はちまんおぼえた。


「ケセラセラってのはヒッチコックの……いやそれはいい、ともかく、なるようになるって意味だ」

「なるように、なる」

俺の解説を噛み締めるように反復する結衣。
熱と丸みはそのままに、言葉の意味を探し、感じ取ろうとしているのだろうか。

「さっきまで俺が、その、すげぇヘタレてたのも、臆病で、お前が言うところの優しさなのかもしれないけど、そればかりで動けないと、また拗れて、壊れそうになるのかもって……それはやっぱり怖いから、そうなるくらいならって思ったんだ。 だから」

ケセラセラ。
Whatever will be, will be

なるようになる。
なるようにしかなれない。
それは確かに無責任なのだろうが、己の行いや全ての事象に責任を取れる人間なんていない。
そうあろうと思えば、その重責に堪えかねて潰れるか、放り出して逃げ出すしかないのだろう。

だから勢いだけで、考え無しで、今はそれでいい。
以前の俺と今の俺は、良くも悪くも違う人間だから。
臆病に立ち止まって零し落とすより、痛みの中に希望と快楽を見つけたい。

「だから、纏めて今確認しとく……これからお前に、色々する」


ありったけの勇気と目力を込めて、熱に浮かされる由比ヶ浜結衣の瞳を射貫く。
元より死んだ魚の目、このくらいの本気が丁度良い。

「――いいか?」

ビクッと、触れたときほどではないが結衣の身体が反応する。
彼女の顔には緊張も、怖れもある。

でも、見間違いでないのなら、溶けている。

「――うん」

コクリ、頷く。

小皿に乗せられた角砂糖に、熱い紅茶を一滴一滴垂らしていくような。
少しずつ侵食していくような、でも外殻を崩し壊すような。

そうして由比ヶ浜結衣の警戒は、理性は蕩けてしまった。


「いいよ……あたしに、色々、して……ヒッキー」


近づいてきたと思ったら離れていく。

親しげかと思ったら拒絶する。

誘ってきたと思ったら、怯えて竦む。

俺の知る、女の子の抱える矛盾、理不尽。それを俺の言葉で突き崩した。

その勝利と愉悦に酔う俺の理性も、泣き声のように震えて求める彼女の声で完全に崩壊した。

今回の投下はここまでです。お付き合い有り難う御座います。

長らく待たせてしまったこと、今後の方針など伝えるべきことはたくさんありますが
とりあえずは続きを投下出来るよう専念したいと思います。
期待せずお待ち下さい。

待ってた
乙です


自分のペースで完結してくれればいいですよ

待ってました。次も楽しみにしてますが、無理せずどうぞです

いいね

やっと帰ってきたかー超待ってたわ

どうも>>1です
まだ投稿文完成してませんが、なんぞエログロ系は別板に移転だなんだって話が出て来たんで取り急ぎ今後について

年始めに頂いたリクは別の板かSNSでオムニバス的に投下してこうと考えてます
その上でこのスレはよりストーリーを意識して書こうと思ってましたが、
元々話的にもモチベ的にも最大の山場だった三話の投下が終わってますし、
板移転という事故(?)も重なったのでこのまま書き続けるかどうか迷ってます
実際エロ成分の濃いのを抜き出した上で場所移動してまでどれだけの読者さんが着いてきてくれるか未知数ですし

何か意見要望があればどうぞ
ただ猶予が一週間ほどしかないみたいなんでお早めに

エロと物語性両方含めてこのSSが好きなのでできればこのままのこの話の続きを読みたいな
どちらにしろSNSよりは同じような板でやってくれたほうがありがたいです

みんなついて行くぞ
このまま続けてくれ

この話の続きが読みたいですよ

乙です

続き待ってる

移転先ってどこなの?

俺もこのまま続けてほしいな

どうも>>1です、存続希望が多いのは嬉しい限り

ただ上でぶっちゃけた通り話の山場は過ぎてるので、ストーリーと言っても
今後の展開はちょっとした心の機微程度になるのでご了承を
それが青春モノの醍醐味と言えばその通りではありますが

あと移転先は http://ex14.vip2ch.com/news4ssr/ になります
今回の騒動については専用スレッドで絶賛議論中みたいなんで気になる方はそちらもチェックですね


このスレッドは一週間以内に次の板へ移動されます。
(移動後は自動的に移転先へジャンプします)

SS速報R
http://ex14.vip2ch.com/news4ssr/

詳しいワケは下記のスレッドを参照してください。。

■【重要】エロいSSは新天地に移転します
■【重要】エロいSSは新天地に移転します - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1462456514/)

■ SS速報R 移転作業所
■ SS速報R 移転作業所 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1463139262/)

移動に不服などがある場合、>>1がトリップ記載の上、上記スレまでレスをください。
移転完了まで、スレは引き続き進行して問題ないです。

よろしくおねがいします。。

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