少女禁猟区 (オリジナル百合) (39)

たぶん短い
小学生 百合
変態 シリアス




世の中には可愛い女子児童と、可愛くない女子児童がいる。
目の前の転校生は、前者。
教室の後ろの席に座る私は、後者。
きっと彼女は可愛い可愛いと言われて育ってきたんだと思う。

「初めまして、佐倉帝です」

さくら みかど。
黒板に書く字もそうだけれど、
名前も本当にカッコイイ。
揺れる長い黒髪に遠目からでも目を奪われていた。

「今日からこの6年1組で、一年間ではありますが一緒に仲良くしてあげてくださいね。では、佐倉さんの席は一番後ろの岩戸屋さんの隣です」

いわとや。
それが私の苗字。
私が呼ばれた瞬間、
どこからか笑い声が上がった。
先生はそれを気にすることなく、
佐倉さんを席へ促した。

机と机の間を静かに歩く佐倉さんに、
クラスメイト達が口々に挨拶を交わした。
佐倉さんは辺りさわりなく会釈を返していた。
緊張しているのもあるのか、
少し人形めいた綺麗さがあって、
どう見ても私の隣にいることが釣り合わない。

そこまで頭の後ろの方で考えている内に、
佐倉さんはもう右隣りの席に着いていた。
クラスメイトの視線がこちらに向けられていて、
私は息ができなくなる。

砂に埋まったように、呼吸を整え、
恐る恐る右を振り向いた。

「よろしくお願い致します。岩戸屋 れいさん」

「は、はい……あ、うん」

名前を呼ばれ、頭を下げられて、
私も後から急いで頭を下げる。
その様子が可笑しかったのか、
また、笑いが起こる。
いつもならば、嫌な気持ちしか残らないが、
今日はこの転校生のおかげで少し気分が楽だった。
彼女は私のことを何も知らないから。

「……あれ、名前言ったっけ」

「筆箱に書いております」

えらく丁寧な言葉で、筆箱に視線を送る。

「ああ……」

私は納得した。
目線を合わせるのが苦手なため、
彼女のお腹辺りを見ながら、

「よ、よろしく……」

と、第一印象としては明らかにマイナスイメージを植え付ける挨拶をしたのだった。

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休み時間になると、案の定、転校生の周りには男女問わず人だかりができていた。
終始笑顔を絶やさない彼女に、クラスメイトもすっかり虜になっているようだった。
話している内容を盗み聞くのも嫌らしいかと思ったけれど、勝手に聞こえてくる。

「へー、前は外国にいたんだ」

「なんで、日本に戻ってきたの?」

「この髪、ホント綺麗だよね」

質問攻めに合っていたが、困る様子も無く丁寧に一つずつ答えていた。
私はそれを隣で見ているはずだったけど、
女子生徒の一人がアイコンタクトで席を譲れと仰ってきたので、
何も言わず窓際で彼らを見ていた。

「何、見てんの」

質問が終わった女子の一人が声をかけてきた。
というか、文句をつけてきた。

「あ……ううん……」

私は下を向いた。
目線を合わせない。
窓際にいるのもしんどくなって、
私は耐え切れずトイレに向かった。

廊下の途中で、呼び止められた。

「岩戸屋さん」

クラスの男子のさなぎ君だった。
変態さなぎ。
というあだ名がついていて、
女子生徒から敵視されているらしい。

「な、なに?」

私はびくびくしながら、
彼の足元を見た。

「もし、佐倉さんのパンツの色が分かったら教えてくれよ」


とても恥ずかしい内容を、とても良い声で言われた。
どんな顔で言ったのか気になって、一瞬だけ視線を上げる。
とても良い顔をしていた。

彼とはあまり喋ったことがなく、
変態さなぎ、というあだ名についても、
自分自身は真相を知らないため使う気はさらさらなかった。

「変態さなぎ……」

「え?」

私はぼそりと呟いて、
もう彼とは関わらないと決意し、その場を走り去った。

トイレに行くつもりだったが、
彼の目の前にあったので、行けるような状況ではなかった。
大きな掲示板の前まで来て、
ポスターを張っている教頭先生の後ろを無言で通り抜ける。
横目で見ると、ストーカー・変質者に注意と赤字で書いてあった。

さなぎ君のことを思い出した。
私は頭を振って、隣の棟のトイレに急いだ。
廊下を通り過ぎる時に、他の教室から笑い声が起こる。

動悸がして、私は耳を塞ぐように走った。



この学校は、田舎の片隅にあるどこにでもある小学校だった。
私もどこにでもいる小学生で、どこでもあるいじめを受けていた。
私はいつも自分はアリだと思っている。
アリは踏みつぶされるもの。
そういう役割がある。
私にはそういう役目がある。
父に言わせると、全ての女子小学生は生きているだけで価値がある、らしい。
さなぎ君も先日同じようなことを言っていた。
生きてるだけでいいなんて、勝手だ。
一人で生きてるわけじゃないから。
私にも何かできることがあればいいなと思う。

踏みつぶされるの人の役に立つ大事な仕事だと思う。

最初の休み時間が終わり、教室へ戻った。
次の休み時間も、その次も人だかりは減らなかった。
その度、私は教室から出ることを余儀なくされた。

昼休みになって、ついに私は教室を出ずに済んだ。
他の子達は、みな自分の席で給食を食べるから。
そして、私も。
佐倉さんと向かい合うことになるので、
かなり緊張して、手が震えていた。
6年になって目の前に人がいるということがなかったから。
嬉しいという気持ちよりも、
対面が怖いという気持ちしかなかった。

何かの本で読んだけれど、
対面で座ると心理的に敵対心や対抗心が芽生えやすいらしい。
転校初日にそんな感情を向けられるのは嫌だ。
私はそれに少しだけ抵抗しようとして、
椅子をやや斜めに向けた。

と、足が何かにぺちりと当たる。
佐倉さんの足だと気が付いたのは、
彼女が可愛らしく声を上げたからだ。

「ご、ごめんね」

私はどもりながら謝った。

「かまいません。こちらこそ、申し訳ありません」

また、行儀良すぎるくらいの口調で、謝られる。

「いいって、そいつの座り方が可笑しいんだし」

「ほんとお……なんで、斜め?」

近くの生徒が私をいじり始め、
また小さく笑いが起きた。

ちょっと抜けます

笑いが起きるのはいつものことだけれど、
何の事情も知らない佐倉さんはきょとんとして、
また、給食を食べ始めた。

はたから見ると、
ただの談笑に見えるのだ。
先生にだって分かりはしない。

私は極力この転校生と関わらないことを決めた。
せっかくこの学校に来たのに、残りの1年楽しく過ごして欲しかった。
席だって、1ヶ月経てば変わる。
真っ白い手がスプーンでスープをすくうのを盗み見ながら、
私は自分の殻を強固なものにしていくのだった。

その日の放課後、クラス委員を押し付けられていた私は、
花の水やりと、これまた押し付けられたゴミ出しとウサギ小屋の掃除に追われていた。
気が付けば下校時刻。
未だ終わらぬウサギ小屋の糞の後始末。
溜息を吐く程ではない。
慣れっこだ。
悪いのは自分。
断らない、抵抗しない自分。
言われた通りに動く自分。

転校生と関わりたくない理由につけ加えることがあった。
本当の自分を知られたくない。
何も知らないでいて欲しい。


来年になれば、小学校ともおさらばだ。
淡い期待が胸を躍らせる。
父にそれを言うと、
ずっとそのままでいて欲しいと言われたっけ。
そんなの嫌に決まってるのに。

赤い目のウサギ達が羨ましい。
私と違って悩むことはないのだろう。
アリで我慢するとは言ったけど、
次はウサギになって、
野を駆けまわりたい。

「ウサギに生まれたい……」

「そうなのですか……?」

背後で可憐で、それでいて静ひつな声が聞こえた。
長い睫毛と切れ長の目に微笑みをたたえて、
まるで女神さまのようにそこに佇んでいた。

立ち姿は、夕陽に溶けどこか儚げだ。

「わあッ……?!」

私はびっくりして飛びのいて、
仲間意識を抱いたばかりのウサギを踏みつぶしそうになる。

「大丈夫ですか? 申し訳ありません、驚かせてしまったようで」

転校生がなぜこんな所に。
という心の声が漏れたのか、
彼女は言った。

「学校の中がどういった構造になっているのか知っておきたくて」

構造?
変な言い方をする。

「れい様は何をしていらっしゃるのですか」

「え、あ、ウサギ小屋の掃除を」

様?

「いけません。私にお任せください!」

「ちょ、ま、待ってだめ!」

「なぜですか……」

別に怒鳴ったつもりはなかったけれど、
なぜか彼女はシュンと縮こまる。
私はバツの悪い気持ちになった。

「だって、臭いし汚いしきついし……3Kだし」

「ですが、れい様はそれをされているではありませんか」

「あ、それは、頼まれてるから仕方なくしてるんだよ」

「素晴らしいです。率先して身を削る心がけ……」

「そんな綺麗なものじゃないんだけど……」

彼女の感心はどうも常人より斜め上にずれているらしい。

「とにかく、もう終わったから……出るよ」

「あ……」

「あ、あの、悪いけど、靴洗わせて」

目の前の蛇口を指さす。
まともに人と話すのも久しぶりだったもので、
声がつい上ずる。
それに気づかれたくなくて、私はその場を離れようとした。

「洗いますッ」

「ええッ?」

「い、いやいいから」

どうしよう。
外国人に道を尋ねられた時と同じ気持ちだ。
相手の言葉が理解できない。

私は靴を洗うのを断念し、
軽く土を落として、
その場を駆け足で離れた。
玄関に置いておいたランドセルを背負って正門へ向かう。
先生に見つかっても、小言を言われる。

そう言えば、転校生は下校時刻のチャイムをきちんと聞いていたのだろうか。
もし聞いていたらあの場所にいなかったのではないだろうか。
私はウサギ小屋の方へ視線を向けた。
杞憂かもしれない。
そう思い、正門へ再び視線を向けると、

「お待ちしておりました」

彼女が真っ直ぐと起立していた。

「あの、佐倉さん……私」

「呼び捨てで構いません。みかどでも、みかぴーでも」

「みかぴーは……キャラじゃないんじゃ……」

彼女はけっこう真剣な、
たぶん真面目だと思われる顔をしていた。
もう、この人、表情では計り知れない。

「……みかどさ……みかど」

「ああ、やっとしっくり来ました」

これ以上絡まれたくないので、彼女の言う通りにした。

「変える方向、こっちなんだけど」

「はい、存じております」

「……な、なんで」

「私からは申し上げることができません」

「じゃあ、誰なら……」

「それも申し上げれません……」

私が怪訝な表情をすると、
彼女は本当に身を屈めて腰を折った。
向かい側を歩いていた会社員の男性が、
こちらを見ていたので、
私は慌てて彼女を引き起こした。

「や、やめて……同い年だよね? そんな仰々しくしなくていいからッ」

「それは無理です……」

「なんでよ……」

私はいつの間にか、
この異常事態のせいも相まって、
彼女と普通に話していることに気が付いた。
内容は可笑しいことこの上ないが。

「私は、あなたの従者として今日からあなたをお守りするように言われておりますから」

「従者……って、からかうのもいい加減にしてよッ」

「違いますッ」

「どうせ、あなたもあの子達に言われてこんなおふざけに付き合ってるんだ……ッ」

「そんなんじゃ……」

「これ以上言ったら、怒るからッ」

別に怒る気はなかった。
これくらい言えば、
いわゆる化けの皮が剥がれると思った。

「……れい様」

「様とかも止めてよッ。酷いッ……ホントに」

彼女のモデルに負けないくらい大きな瞳が見開かれ、

「れいさん……」

ぽつりと呟かれた。

「……私にもう構わないで!」

彼女は圧倒的な美貌で、
すがる様に私を見ていた。
それも演技だと思うと、気持ちは自然と冷めていった。
久しぶりに同い年の女の子と話したけれど、
やっぱり良いことなんてなかった。

私が走り出すと、彼女も走り出したので、

「着いて来ないでッ」

と、彼女を拒んだ。
ひとしきり走って、
彼女の傷ついた表情を思い返していた。

「はあッ……ッ」

彼女もあのクラスの連中に言われて、
脅されて、仕方なくやっていたのかもしれない。
もしかしたら、周りで誰か監視していたのかも。
もし、そうだったら凄く申し訳ないことをしたなあ。

私は額に浮かんだ汗を腕で吹き払う。

「ッはあ……」

後ろを振り返るけれど、
誰もいない。
それはそうか。
私は、自分で言った言葉に傷ついていた。
傷ついたのは帝さんの方だと思うけど。

石ころを蹴って、
スカートを掴んだ。
それは空き地に転がっていく。
私は追いかける。
土のうがたくさん積まれている場所があって、
立ち入り禁止だったけれど、
私は時々そこでぼんやり30分くらいぼーっとして空を眺めたりしていた。

人通りが滅多にないから、
今日はぎょっとした。

「やあ、お先に」

先客がいた。
佐倉さんではなく、
先ほど正門の辺りですれ違ったサラリーマンだった。

「小学生は元気が良くていいね」

「え」

ネクタイを緩めて、
彼は土のうの隣を勧めるように指を指す。

「遠慮することはないよ。私にも、君くらいの娘がいるんだ……」

ポケットから、小さな金属のバッジを取り出して胸元に装着した。
遠目で見ても何をつけたのか分からなかった。

「でもね、最近は娘よりも娘の友だちの方が可愛く見えてしまって……」

「は、はあ……」

バッジを親指と人差し指でいじる男性。
細身の体躯。
やつれた頬。
黒い薄いカバンが無造作に土のうの上に置かれている。

「ふー……それからね、聞いてくれよ。今日は会社で二度もミスをしてしまったんだ。それも、同じミスだ。入社して何年目だって、怒られてさ……ふてくされて煙草をふかしてたら、そんな暇がよくあるなだってさ……会社には休まる場所がない」

なんだか他人事ではないような気持ちになってきた。

「それは……大変でしたね……」

「だろう? でも、全て僕のせいなのさ……どうしようもないくらい。向上心もなければ、あの新入社員の頃の熱い気持ちすらない……いや、熱い気持ちをもつことに疲れてしまったんだ」

彼はいつの間にか涙を流していた。
私はランドセルを地面に置いて、
中に入っていたティッシュを放り投げた。

「つ、使ってください……」

「ありがとう……やはり、いいね」

彼は涙を拭いて、立ち上がる。
そして、ふっと息を吐いた。
彼も鞄を開けて、何かを握る。
そして、それを放り投げた。

「わッ……」

私の目の前に落下してくるそれを、
慌ててキャッチする。
ペコちゃんキャンディーだった。

「あ、ありがと」

全て言う前に、私は絶句した。
彼はいつの間にか夜店にあるようなお面をつけていた。

「我が輩はパンツコレクターX! お主のパンツ頂こうぞ!」

笑うところだったのかもしれない。

今日はここまで
読み切り短編的な感じで終わる予定です

桜庭一樹的な

>>18
明確なテーマがあるわけではないので気軽に読んでください

「と言うのが、僕の決め台詞なんだ」

選択肢は二つあった。
一つは、笑う。
もう一つは、逃げる。
この男性を刺激するのはまずい、と直感が告げる。

「裏・女児愛好会 NO.10! パンツコレクターX、参る!」

叫びながら、男は私の体に覆いかぶさってきた。
自分の2倍くらいの身長差。
あっという間に地面へ押し付けられる。
ランドセルを背中に打ち付け、痛みが走った。

「やッ……や……ッ」

「娘には内緒にしてくれな」

怖くて声が出ない。

「世の中には、加虐心を煽る女児と煽られない女児がいるんだ……。喜べ! 君は前者だ!」

難しい言葉を使われ、何を言われたのかいまいち理解できなかった。
ただ、この男の好みが自分のような女の子だと言うことは分かった。

「一目見た時に気が付いたよ。君はかつて僕らと同じ志を持っていたあの男の子どもだってね」

――?

「彼もまた、少女に恋をしていた。決して叶わぬ恋をね。でも残念なことに、自分の娘を愛することはできなかった。彼は裏切りのユダ。彼の娘もまた裏切りを働くだろう。愛を知らずに育った彼女も、僕らの邪魔をするに違いないのだ」

彼は私の両腕をぎりりと握りしめる。

「ああッ!?」

私の悲鳴に、男は舌なめずりした。

「それとも……僕らを導く天使になるかい?」

男の手が、私の太ももに当たっていた。
先ほど、パンツをもらうと言っていた。
ホントに?
ホントに?
びくともしない体。

なんでそんな物欲しいの。
なんで私のなの。
助けて。
誰か、助けてよ。
お願いします。
助けて――。

「れい様!!」

凛として、
しかし、確実に怒気をはらんだ声。
顔を上げる。

(帝……さん?)

「……殺す」

「お友達……? いいね。友だちは多い方がいいよ。いつかね、きっと身を助けてくれる。だけど、そんな物騒な言葉を使っちゃいけない。せっかく、可愛い顔に生んでもらったのだから。だけど、友だちのために感情を荒げる君たちも、また、実にいい」




私は、なんとか声を振り絞った。

「助け……」

さっき、あんな風に別れたのに、
追いかけてきたのだろうか。
どうして。
分からない。
助けてもらうの?
彼女に?
どうして?
嫌だ。
私なんかを。
私なんかを、

「助けなくていいから……逃げてッ」

「いーや、逃げずにここでこの子のパンツを鑑賞しようじゃないか」

男の手がスカートの下に入ってきた。
瞬間、鳥肌が体中を這うように立った。

「君も、本当は虐げられたかったんだろ? 普通に生きていくよりも、カーストの下にいた方が居心地が良かったのだろう?」

男はまた、何か言っている。

「……?」

「僕の話しを聞いた君は、まるで、僕だ」

「黙りなさい」

帝さんが、砂利を踏んだ。

「誰にも認められない狭い社会の中で、自分を見ないようにしている」

眠くなってきたので寝ます。
明日くらいに終わります

天使禁猟区好きなの?

待っとります

>>24
天禁好きだけど、題名の由来はふたなりエロゲ

>>25
こんな変なの読んでくれてありがと

「れい様をあなたなんかと一緒にしないでください」

「彼女はそうは思っていないよ、きっと」

そうだ。
私はアリだ。
もう人間に生まれることも望んでない。
この男が言う通りだ。
教室に居場所はない。
家にも居場所はない。
誰かに虐げられた時に、
私は自分の価値を見出そうとしていた。

「……わた……し、助けてもらえるような……人間じゃない……」

「ほらねッ! ああ、可愛そうな子だ。泣くな泣くな。ならば、一緒においでよ。ネバーランドへ」

「ネバーランド……」

「そこでは、時間が止まったように思えるだろう。全ての男が君を愛する。君は彼らの欲望を叶えてやればいいのさ」

「……」

「この街の男は2種類しかいない。小学生を愛せるか愛せないか」

彼は自分が小学校の時の思い出を語り始めた。
初めて恋した女の子。
告白したはいいけれど、あっさりと振られてしまった。
振られた帰り道、ゴミ置き場で偶然拾った小学生のフィギュア。

「僕らなら……誰よりも、きっと君を愛してあげるよ」

小学生の間だけはね、と微笑む。

「私……ネバーランドに行きたい」

だって、
そこでなら、
怖がることなんてないような気がした。





百合だと思ってたらなんかあぶなかった。
つっきはよ

その、ネバーランドで過ごす1年と、
これからこの現実で過ごす1年なら、
どちらがいいのだろうか。

「そんなことさせません。あそこには絶対に行かせない」

「帝さん……?」

「まさか……ああ、あの岩戸屋が逃がしたって言うのは君の事だったのか……」

「彼は身寄りのない私を引き取ってくれました……あの最悪の環境から救い出してくれた」

「最悪? 食べ物もお菓子も遊ぶ所さえ、自由に手に入れることのできたあの環境を最悪とは……君はやはり小学生ではなかったんだね。通りで、僕のセンサーが反応しないはずだよ」

「……私は、私はもう年齢で言えば中学生ですからね」

「とんだババアが茶々を入れに来たもんだッ」

男の口調が一変する。

「ババアには厳しいよ? 僕は」

彼は私を抑えていた腕を離した。
私はその瞬間我に返った。
逃げなければ。

「……ひッ」

私は地面を転がる様に、
駆け出した。

「れい様!」

帝さんを置いて、私は逃げ出した。
愚図で卑怯。
それが私。
振り返る。
彼女はもうこちらを見ていない。
彼女は逃げない。
小学生じゃないから?
私より年上だから?

でも、私には関係ない。
今日初めて会った転校生。
さくら みかど。
変な人なんだ。
彼女も。

逃げてもいい。
変質者に遭遇したら、逃げてもいい。
普通のこと。
なんで、逃げない。
なんで。

「逃げてよ……」

私は立ち止まった。

夕飯の甘じょっぱく煮立った香りがした。
このまま家に帰った所で、
誰も待ってなんていないのに、
どこに帰ろうと言うのだろうか。

ネバーランド。
わくわくした。
行けるものなら行きたかった。
でも、そんなもの現実にはない。
分かっているのに。

「……ッ」

私は交番へ向かった。

なんとか必死にお巡りさんを説得して、
私があの空き地に戻ったのはそれから15分くらいしてからだった。

「あれ……?」

誰もいなかった。
争った形跡もなく、元の空き地に戻っていた。
お巡りさんは信じてはくれたものの、
その辺りを巡回してみると言った時の表情は、
どこか胡散臭げだった。

夢。
脳みそに浮かんだ一文字。
嫌で嫌でたまらない世界から逃げ出したくて、
夢を見ていたのだろうか。
確か、白昼夢って言うんだっけ。

私は右手で拳を握っていたことに気が付いた。
開くと、キャンディーが入っていた。

「……い、いやッ」

それを衝動的に投げ捨て、
私は家に向かって全力で走った。

辺りはもう真っ暗になっていて、
道に明かりが灯されている。
我が家の玄関は動くものに反応するセンサーライト。
それも灯されている。
私は喉を鳴らした。
生垣で見えないけれど、誰かいるのだ。
犬や猫だったらいい。

でも、あの男だったら。
手がじわりと汗ばんだ。
自分の心臓の音が煩い。
ゆっくりと音を立てないように、
生垣の影に身を潜めて進む。

果たして、そこにいたのは――、

「……え」

帝さんだった。
私の家の玄関の直角の角っこの所にぴったりと身を寄せて。
体育座りで座っていた。
顔を膝小僧に埋めて、私が発した声にも気づいていない。

「帝さん……?」

「……ふァ……あ、はい」

顔を上げ、私を見るや否や立ち上がった。

「も、申し訳ありません……待っているうちに眠ってしまったみたいで」

彼女はまた腰を低くして、頭を下げた。

「無事で良かったです」

少し疲れた顔で笑った。
どうやって、あそこから逃げ出したのか。
あの男はどうなったのか。
色々、色々聞きたかったけれど、
私はそれよりも自分を守ることで一杯一杯だった。

「そ……そんなこと思ってもないくせにッ」

「え?」

「わ、私は、逃げたんだよ? 帝さんを置いて! ふ、普通、笑わないよね!? 頭可笑しいよ……絶対」

「それは……ですが、勝ち目のない戦いから逃げるのは辺り前です……」

「そういう事じゃなくて……」

怖かった。
何の非難も浴びせない彼女が。
クラスメイトを置いて逃げるような人間にふさわしい罰があって当然なのに。

「……れい様は、私にどうして欲しいんですか?」

わずかに首を傾げて、
彼女は質問する。

「して欲しいとかじゃなくて……、お、怒ればいいじゃんか……」

「……」

少し考えているようだった。
それから、右手を挙げた。

「質問があるのですが、どうして先に逃げたれい様の方が遅くに家に着いたのでしょうか」

「それは」

「真っ直ぐに家に逃げられたわけではないのですよね」

瞳をのぞかれる。

「な、なに……」

弱弱しい私の声。


「私の事を、心配してくださったんですよね……」

優しい人だと、聞いています――と、彼女はそっと付け加えた。

「私は従者です。でも、もしれい様がお許しくださるなら、私は……」

彼女の肩が震えた。
息を吸い込んだのだ。

「あなたの家族になりたい……」

言ってから、すぐにしゃがみ込んだ。
小さく謝っている。

「す、すいません……急に言われても困りますよね」

今さら、何を言っているのだろうか。
ああ、身寄りがないって言っていたっけ。
私は心臓を杭で打ち抜かれたような気分だった。

彼女の言葉は、
私の体の中を何周かして、
口に戻ってきた。

「家族……」

「はい……」

「欲しいの?」

帝さんが無言で頷く。

「いやって言ったら……どうするの」

「……え」

上目遣いで、見上げてくる。
そんなこと考えていなかった、という表情。

「そ、それは、その時は……どこに行けばいいでしょうか……」

今にも、泣きそうだ。
あ、泣いた。

「それは……想定していなかったので……あ、申し訳ありません……ッう」

泣かせた。
私のせい?
私が悪いの?

「あ、あの……ちょっと……ごめんなさいッ…‥ひッ」

悪い気がしてきた。

「だって、一緒に暮らすってことだよね……そ、それは、それなりに……悩むよ」

この家は、確かに一人で過ごすには広すぎるけど。
何の繋がりもない彼女と一緒に暮らせる程、
私の性根はできていない。

すぐに返事をと言われても困る。

「全て……娘に委ねると……岩戸屋様は言われました……なので、これも運命ならば受け入れます」

彼女は涙を素早く拭いて、鞄を持った。
よく見ると、後ろに大きなケースがあった。
ガラガラと運び出す。

「どこ……行くの?」

立ち止まるけれど、彼女は答えない。

「ま、待って」

でも、そんな簡単になれるものなのか。
帝さんが振り返る。

「行くところ……あるの?」

「ですが……」

「私きっと……このまま一人でいたら、きっとあの男が言ってたネバーランドに行きたくなっちゃうと思うんだ」

「いけません、それはッ」

「行かなくていいって……私に、言ってくれる人……きっと、あなただけなんだね」

帝さんはケースをごとんと落として、
こちらに駆けよって、私の体を抱き寄せた。

「ならば何度も言います……行かないでください」

「……あ」


瞼が熱くなる。
私は声を押し殺した。
我慢すればする程、涙が頬を流れていく。


小学生はいつか終わる。
誰も少女時代を肩代わりすることなんてできない。
変質者に狙われやすいし、
いじめだってあるし、
力もないし、
自分勝手な生き物。
守ってくれるはずの大人は、信用できない。

選択肢は二つあった。
一つは、ネバーランドへ行く。
もう一つは、彼女と共に生きる。



私は――。






おわり

短いですがおしまいです。


>>28
ロリ百合が書きたかっただけなんだけど、どうしてこうなったんだろうか。

おつ

ロリ百合は尊い

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