一ノ瀬志希の占有【R-18】 (26)
●00
※P×志希
※R-18
※Pがヘタレ、志希が悪い子
※ニーチェはあんなこと言ってない
※えろだけでいいんだよ!
という人は●12まで飛ばしてください
※一ノ瀬志希
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●01
愛人たる彼が、彼女についてもはや錯覚を持たず、
彼女の親切や忍耐や聡明のためとまったく同じように、
彼女の魔性や密やかな欲望のためにも彼を愛するとき、
はじめて彼女は愛人を完全に自分が占有したと感じる。
(ニーチェ『善悪の彼岸』194)
●02
「ねぇ、ちひろさん。あいつのアイドルとしての素質は本物なんです。
でも……色んな意味で、俺の手に余ると思います」
「あいつって……やっぱり、志希ちゃんのことですか?
エグいことやらかしましたもんね。さすがのプロデューサーさんも、こたえているご様子で」
「俺は志希を甘やかして、今まで何かやらかしても、どこか本気では止めていなかったんです。
むしろ、あいつに困らせられるたび『俺だけがあいつを御しきれるんだ』だなんて、いい気になって」
「あなたでは、志希ちゃんの才能を腐らせてしまう、ということですか」
「認めるのは辛いことですが……このまま俺が担当してたら、
あいつは取り返しの付かないことまでやって、終わってしまいますよ」
「……それでも、クビにした方がいい、とは言わないんですね」
「志希の実力と、志希がアイドルを本気でやって楽しんでくれていることは、信じてますから」
「ならば、やっぱりあなたにしか、あの子は任せられないですね」
「……何故ですか?」
「だってあの子は――
『ゼッタイ今のプロデューサーのママじゃなきゃ、イヤ!』
――って、言ってましたから。あなたの限界が、あの子の限界ですよ」
●03
俺の担当アイドルのうち、一ノ瀬志希はいろんな意味で規格外の存在だ。
『あ、キョーミ深い実験材料を発見♪ ふふ~ん、そこのキミキミ♪ ツンツン♪
キミ、なんかイイ匂いがするね! ふぅーん、プロデューサーってのやってるの?
おもしろそーだね!あたしにも教えて教えて~♪』
志希が初めて俺にかけてきた言葉が、これ。
美少女でスタイルもいいが、あまりにも不審な言動の彼女。
これが、アメリカで将来を嘱望されていた化学者だったとは。
後で知らされても、ちょっと信じられなかった。
『カワイイ? そーゆーの、今まで気にしたことなかったからすっごい新鮮かも♪
キミとアイドルやったらもっと面白いことがあるかもー♪』
志希は、ヘンに世間ズレしていない素直さがあって、しかも天才的に要領が良かった。
歌やダンスなんて、一度見るだけで完璧に飲み込んでしまうぐらいだった。
俺はいい拾い物だ、と思って志希を担当アイドルとした。
逸材を労せずスカウトできて俺はホクホク気分だった。
が、世の中、どこかで釣り合いがとれるようできているのか。
『先生! 志希は興味が3分しか持続しない子です! 待ち時間ツラい!』
ここから、俺は志希に苦労させられることになる。
『よし、失踪…逃げちゃえ~♪』
何度、志希のことを探して走り回ったんだろうか。
もう数えちゃいないが、10回や20回では足りないのは確かだ。
ほかにも、思い出すだけで志希にはヤキモキさせられ通しだ。
『にゃは! 臭いハスハスしすぎてて歌うのがおろそかだよねー』
『あたしが飽きるまでなら、一緒に行ってもいいよー』
『別にハダカじゃないから大丈夫~♪ ハダカでも……大丈夫~?』
『ふざけてない! ふざけてないからっ!』
『今日は逃げないって……たぶん』
『ごめんにゃさい♪』
『キミと話してたら、目がぱっちりしてきたかもー!
そうだ! 遅刻したお詫びに、寝起きの志希ちゃんをハスハスする権利を売ろう~』
仕事じゃなかったら――それと『志希は俺がスカウトしてこの世界に放り込んだんだ』
という自負がなかったら、確実に途中で担当を投げていただろう。
●04
『にゃーっはっは! ふっふ~!! 高ぶってきちゃったわー♪
衣装を着ると、あたしの奥からナンカが分泌される感じ!』
そうして俺を振り回しながらも、志希は輝きを増していった。
逆に俺が小言を浴びせた分だけ、志希はステージで勇躍した。
そのうち、志希もアイドルを楽しんでくれるようになってきた。
アイドルを楽しむには、容姿やら体力やら精神力とは別に、ある種の才能を必要とする。
『キミはプロデューサー、あたしはアイドル。この化学反応、ちょっとイイかも!』
アイドルは特殊な職業だ。
体力や技芸はもちろん、キャラクターという人格を切り売りする仕事でもある。
それを楽しむのは、いささか一般人離れした精神構造が必要だ。
『ちょっとだけ刺激の強いあたし、投与しよー♪ ほ~らほら♪』
志希からは、その片鱗も見えた。
『……キミのことだからてきとーでも大丈夫でしょ? ねー♪』
『にゃーっはっはー♪ キミも一緒にやる? 楽しいよ! ヘンタイごっこ!』
志希は、相変わらず俺をオモチャにして遊ぶ生意気なところもあった。
それでも志希は、その天分を発揮して、
担当の俺が恐ろしくなるほどのスピードでスターダムを駆け上がる。
『ふっふー♪ プロデューサー、この手作りピザはあたしの奢りだー!
ん、辛いって? あっはは、あたしタバスコ大好きなんだもん♪」
『スーハースーハー……あ、プロデューサー? ちょっと拝借してるよー♪
初めて会ったときからビビッとキてたけど、嗅げば嗅ぐほど味わいが出てる気がするよー』
『ねーねー、あたしの新しい志希ちゃんスペシャルミックス試してみてよ!
プロデューサーだけに特別だよ? 効能はね……とってもステキ、としか言えない♪』
『この白衣の下のあたしは、まだまだ未検証ー。二人で研究しちゃうー?』
おかげで、ちょっとぐらいのイタズラでは動揺していられなくなった。
俺が馴らされたともいう。
●05
すっかり顔の売れたアイドルになって、仕事が増えてつきっきりでサポートできなくなり、
多少は俺の手を離れてやっていけるようになっても、志希は相変わらずだった。
志希は、ほかのアイドルや関係者と絡むときはうまく立ちまわるくせに、
俺にだけは馬鹿みたいな所業を平気でぶちかましてくる。
というか、顔を合わせる頻度が減ったなかで、イタズラの頻度だけは変わらないから、
もう会うたび会うたびに何かしらやられてる気がする。
それにも馴らされた。
いつしか、俺だけで済むならいいかと思っていた。
むしろ可愛げがあるかな、と開き直っていた。
それぐらい志希の輝きは鮮やかだ。
その鮮やかさに、俺は目が眩(くら)んでいて、
いつしか、志希のことをきちんと見てやれなくなった。
『プロデューサーさん……ちょっと、内密な話、よろしいですか?』
ちひろさんの声は、ひどく事務的だった。
『志希ちゃんについてなんですが』
ちひろさんがこんな平坦な喋り方できるんだ、と俺は呑気に思っていた。
『事務所で蔓延してる、とあるクスリの出処になっているんじゃないか、って話がありまして』
俺の知らない話、だった。
『志希ちゃんは、流石の仕事ぶりです。法律はもちろん、メディカルチェックとか、
そういう網へ露骨に引っかかる粗雑なシロモノは出していないようです』
ちひろさんの声は、褒めているのか詰(なじ)っているのか。
『でも、まだ若いアイドルたちには、いささか危険なモノでした。
今の御時世もありますし……ご理解いただけますね』
●06
『志希が……嘘、でしょう? ちひろ、さん』
『信頼できる情報源です。前々から指摘があって、内部調査が入っていたんですが……
今回、使用者――うちのアイドルですけど――の数人が、厄介なトラブルを起こしました』
志希が俺以外に、やらかしたって。
そんな馬鹿な。
『この種の話なら、もっとタチの悪い話も片づけたことがありますけど、
今回は、ただ蔓延してるだけじゃなく、有耶無耶にできない確定の使用者が多くて……
アイドル部門の内済で処理できなくなりそうなんです』
寝耳に水どころじゃなかった。
俺の思考はまともに機能していなかった。
『……プロデューサーさん、志希ちゃん担当のあなたが、ご存じなかったんですか』
ちひろさんの言葉を、現実のものとして受け止められていなかった。
『黙殺していたのではなくて、本当に耳にも入っていなかったんですか?』
ちひろさんの声に、ようやく起伏が生まれた。
現実逃避のあまり、そんな些細なことを見つけて認識を飽和させようとしていた。
幸か不幸か、その程度のことでは現実逃避に足りなかった。
『……まぁ、今はそれより、彼女に……
担当のケジメだと思って、あなたが会って、改めて話を聞いてきてください』
俺はこの事態を、自分の管理不行き届きだと心中で言い聞かせていた。
そうしている間は、志希に信頼を裏切られた、と思わずに済んだ。
一方で――そんな姑息な自己欺瞞へ逃げるから、お前は志希をこれ以上伸ばせない、
プロデューサーとしての器の底が、志希に暴かれてしまった――
なんて、まるで他人事な考えの自分もいた。
●07
俺は自宅待機命令を受けている――表向きは感冒による休養だった――志希を訪ねて行った。
志希の自宅は、事務所から電車で30分ほどの住宅街の一角で、彼女は一人暮らしだった。
古い家を買って、科学実験ごっこができるようにリフォームしたらしい。
実家が裕福なのか、アメリカ時代に稼ぎがあったのか知らないが、
都内に持ち家のある女子高生なんて、浮世離れにもほどがある。
「キミがあたしんちに来てくれるのって、すっごく久しぶりだね♪」
玄関で俺を迎えた志希は、キャミソールとホットパンツに、丈の長い白衣を羽織っていた。
世間から見れば奇妙な私服だが、志希にとってはいつもの部屋着だ。
「ほら、突っ立ってないで上がってよ。今コーヒー淹れるから」
志希の家で、唯一実験道具に侵されていない一室――応接室の椅子に座っていると、
志希が湯気を立てたコーヒーカップを2つお盆に乗せて持ってきた。
コーヒーカップを机上に横並びへ置くと、志希は俺の隣に座った。
「どーぞ。豆はさほどでもないけど、淹れ方はちょっとしたものだと思うよ。
……ま、キミはムリに飲むことはないけど」
志希は砂糖もミルクもないブラックコーヒーの水面を、吐息で軽く波打たせた。
「だって、あたしがナニか一服持ってるかもしれないじゃない?」
「クスリを配ってた理由? いやー、キミばっかり実験台にするのもアレだし、
そもそも最近キミはつれないし……で、どうしようかと思ってたところに、
使ってみたい! って声があって、それに応えるつもりで、ねー」
クスリの件について聞くと、志希は呆れるほどさっぱりとした口調で喋り始めた。
「お金を取ると角が立つから、全部プレゼントってことで配ってたんだけど……
タダであげたものだからって、軽々しく使っちゃうコが出て、修羅場っちゃったらしいね」
お前はいったいどんなクスリを配ってたんだ、と俺が嘆息すると、
「えー、キミはそれを知らされないまま、さらに確認もしないであたしんトコ来たの。
あはは、あたしって信用されてるんだねー♪」
唖然とする俺を見つめながら、志希は続けて、
「へへ、ちょっとドキドキ☆ なマジックアワーを演出してくれる魔法の水だよ♪」
なんて、屈託なく笑いやがった。
●08
「お前ほどの奴が、バレないと思ってたわけ……ないよな」
「そだね。ただでさえウチのプロダクションは、色恋沙汰で一触即発なのに、
そこへ可燃物まき散らしたんだから、うっかりさんの誰かが炎上させる……
ふっふー、あたしの目論見どーり!」
目論見通りって、お前は。
「ねぇ、プロデューサー。あたし、悪い子でしょ。前みたいに叱ってよ」
志希のまぶしいばかりの笑顔が、今は俺の内心に穴が空くほど鋭く刺さる。
志希は今でもこんなにキラキラしているのに、
きっともっと輝きを増す伸び代を持っていて、
けれど俺では今以上の光の強さを引き出せない。
これ以上されたら、俺が耐えられないかも知れない。
「同僚におクスリ配って、痴情のもつれを誘発させるなんて……
本番寸前まで失踪してるのとか、タバスコピザを食べさせるのに比べたら……」
隣から覗きこんでくる志希の瞳は、ステージよりもギラついていた。
「……イタズラじゃ済まないコト、でしょ」
それと反対に、俺の顔色はたぶん色を失っていたんじゃないかと思う。
「志希、お前、わざと……わざとなのか、なんでそんな――アイドルが、嫌になったのか?」
志希は俺の声を聞いて、一呼吸置くと『にゃーっはっはっは!』と肩まで震わせながら大笑いしやがった。
もしコーヒーを口に含んだままであったら、盛大に噴き出してたであろう勢いだった。
「……ふ、ふひっ、にゃははっ……アイドルが、イヤになったか? だってー。
プロデューサー……あたしが、前に言ったこと、忘れちゃやだよー。
あたし、キョーミのないことからは、3分もたずに、逃げ出すヤツ、だよ」
イヤになってたら、とっくに逃げ出してるよ――と、
志希は大笑いの呼吸困難を収めながら、切れ切れの声でセリフを連ねた。
「キミが、あたしのコト頑張ってプロデュースしてくれるから……
あたしも、いつの間にかアイドルが楽しくなってきちゃったから……
なんか、アイドルらしい振る舞いをするようになっちゃって、しばらく経つけど、さ」
俺は、志希の視線が蛇のようにくねって、俺を縛ってくる錯覚がした。
「やっぱり、キミが構ってくれないと……アイドル、ムリっ」
「志希、まさかお前、俺の気を引くためだけに、ほかのヒトまで巻き込んでやらかしたのか?」
●09
俺の言葉を聞いた志希から、一気に笑みが失せた。
停電でも起きて、明かりが落ちて、真っ暗になってしまった気分がした。
「キミ、前はあたしのコト、もっと構ってくれたよねぇ」
隣に座っていた志希が、身を乗り出してくる。
「キミは、あたしがヘンなコトしてたら、ちゃんとしたアイドルになれないって、止めて叱ってくれた。
あたしも、いつからかアイドル活動にハマっちゃって、迂闊にヘンタイごっことかできなくなった」
志希の匂いがする。
彼女お気に入りの、甘ったるさのなかに少しスパイスの利いた自作の香水。
「まー、あたしはそれでもいいかな? と思ってた時期もあったよ。
あたしがアイドルとして上まで駆け登っていくのを、一番喜んでくれるのはキミだったから。
ちなみに二番目はあたし自身、ね」
志希の語りが、どんどん独走する。
俺の意識は、志希の声に繋がれて引きずられるがまま。
「でも、キミのココロは、あたしがアイドルの階段をすっ飛んでいく間に、
あたしからジリジリと離れていくんだ。さすがのあたしも、焦った焦った」
図星だった。
「あたしの才能に、怖気づいたの――今更? ナニ、何なのかなキミは。
事務所入った次の日に『あたしギフテッドなんだ』って言ったじゃない」
俺は志希にずば抜けた資質を感じた。
志希の天賦は、俺のプロデューサーとしての器を超えていることに気づいた。
「あたしは、キミをもっともっと喜ばせる自信だってあったのに。
努力でどうにかできることなら、なんだって上手くやってのける……
ギフテッドって、そーゆーコト♪ ふっふー、すごいでしょ?」
俺がボトルネックになった、と自覚した瞬間、
俺は無邪気に賛嘆していた志希の才能が恐ろしくなった。
俺はいきなり志希の才能を惜しみ始めた。
「才能がもったいないって? ちゃんちゃらおかしいよ」
やっぱり、俺は志希のことを見てやれていなかった。
ちゃんと考えてやれていなかった。
「キミだけは、そんなコト言っちゃ、やだ」
志希の瞳が俺を責めていた。
彼女からこんな視線を浴びるのは初めてだった。
「ゼッタイ、嫌だ」
もったいない――それは本来、自分の所有物に向けるべき感情。
志希の才能が、いつから俺のものになったんだ?
物を取り扱うがごとき扱いを、志希はきっぱりと拒絶する。
「やだったら、やだっ!」
●10
俺は反射的に席を立った。志希から視線を反らして体の方向はドアへ。
これ以上ここにいたら、何かが危うい――と直感が告げていた。
志希にさんざん振り回されて、俺の勘も鍛えられていたのだろうか。
「ダメだよ、プロデューサー。あたしを置いてっちゃ」
俺の逃亡を阻む障害は、物理的には何もなかった。
床には実験器具や本が積まれているわけでもない。
扉にカギがかかっているわけでもない。
志希は抱きついて俺の腕を引っ張ってなどいない。
なのに、俺は志希の部屋で棒立ちのまま動けなかった。
「キミは、あたしがおかしな行動に走るたびに、ちゃんと止めに来てくれたよね。
ほかのみんなは、よくあたしが愛想を尽かされないなーなんて、不思議がってたぐらいで」
志希は俺の背後にいる。だから、声しか聞こえないはず。
なのに、志希の表情がまぶたに浮かんでしまう。
俺も、知らぬうちに志希のクスリでやられてたのか?
それとも。
「でもね、キミは――あたしのキミに対するイタズラだけは、一度だって本気で止めなかった」
●11
「それってさ、キミも満更じゃなかったってことだよね」
俺の両肩に、背中側から志希の両腕が回された。
「トップアイドルも夢じゃない逸材の志希ちゃんが、キミにだけは子供じみたイタズラしかけたり、
キミの気を引くためだけに事務所をグチャグチャにするスキャンダル起こしちゃったり」
うなじがスーハースーハーというくすぐったい鼻息に撫でられるのを感じる。
「『キミだけは……』って、そーゆーの、たまらないんだよね……あたしも、分かっちゃうんだ」
そのまま耳元で志希が囁いてくる。
「キミだけは、アタマいいフリしなくても、あたしのこと見てくれたもん」
俺の腕や服に、志希の十本の指が食い込む。
「もう、こうなったら……あたしも、あとには引けないよ。
どんな手を使っても、キミとあたしを一蓮托生にしてあげる」
志希の吐息が熱い。
直に肌を触れ合わせているのかと思うほど熱い。
「今キミがあたしから逃げ出したら、あたし、キミに乱暴されたってゆーから。
あながち嘘でもないでしょ。あたし、殴られるより痛いし、首締められるより苦しいんだもん」
志希は破滅的な脅迫をしてきた。
「きっと馬鹿みたいに、演技抜きで、死ぬほど泣けちゃう」
実際、俺は志希がこれから何をしでかすか――恐ろしいと思った。
「ここは住宅街だから、誰か気づくよ。そしたら……これ以上は、言わないでおこうか」
でも、彼女をここに捨て置くことができなかった。
俺の足は棒になったまま、俺より二回り近く小さい体の志希に、為す術もなく引き倒された。
●12
「ほら、馬鹿はやめろって、前みたいに言ってご覧よ――言ってよ。
キミからそう言われると、あたし、嬉しいから」
フローリングの床に倒れた俺を、志希が見下ろす。
邪魔だと思ったのか、志希が応接テーブルや椅子を乱暴に蹴りのける。
俺が放置していたコーヒーカップがゴロンゴロンガタンと転げ落ちて、
志希謹製のコーヒーが虚しくこぼれ落ちるが、もうお構いなしだ。
「志希……本当に取り返しがつかなくなるぞ……」
これを志希に聞かせてしまった瞬間、俺はもう自分がダメだと思った。
「それ、いいね。あたしの望むトコ。ポイント・オブ・ノーリターン♪」
取り返しがつかない、という表現は志希を押しとどめる方便ではなく、
志希が本当にそこまで突き進んでくれるか、という確認だった。
「ねぇ、プロデューサー……『ふふ~ん、そこのキミキミ♪ ツンツン♪』なーんて!
初めて会った頃を思い出さないか~い?」
俺は床の上に仰向けに倒され、その両膝は志希に馬乗りにされていた。
「出会った時に突かれたのは、頬だったけどな……」
今、志希がおどけた表情で人差し指を突きつけているのは、
俺のスラックスに張ってしまったテント。
「ふふーん、キミ、あたしにコーフンしてたよね。
ま、あたしにしてみれば、触るまでもなくニオイで分かってたコトだけど……
志希に、自分が欲情していたことを指摘されても、俺は恥ずかしいと思わなかった。
何か大事だったはずの感覚が麻痺していた。
何もかもが志希の言うとおり、それ以上もそれ以下も無い。
そんな気がしてきた。
「プロデューサー。取り返しがつかないコト、しよっか」
●13
志希は、白衣とキャミソールはそのままに、ホットパンツと下着だけ脱いで、
両手で俺のベルトやファスナーをガチャガチャといじり回していた。
「さーて、ご開帳~♪ わーお、元気いっぱいだねー!」
志希は、初めて見たであろう俺の勃起したペニスを見て、無邪気にはしゃいだ。
パチパチと拍手までしやがった。どんなテンションしてるんだ。
「ねぇ、プロデューサー。素直になっちゃおうよ」
笑い声が収まったあと、志希が俺の顔を見下ろして言う。
「最初に出会った時、キミはプロデューサーとして、あたしをアイドル候補生にスカウトしたからか……
あたしのアイドルランクとか、アイドルらしさにこだわってるけど」
志希は腰を上げて膝立ちになる。俺からも志希の女性器が丸見えになる。
ペニスに近づく――ああ、挿入するつもり、か。
「あたしのアイドルらしからぬトコも、実はスキでしょ」
「あたしのアイドルらしくないトコ、キミのプロデューサーらしくないトコ、
知られちゃいけない仕事怠慢、ゼッタイみんなにゃナイショだよ♪」
志希は歌いながら、自分と俺の粘膜を擦り合わせる。
「あたし、馬鹿になっちゃうから……キミは、見守っていてちょーだい。
まーた馬鹿やらかしやがって、って呆れながら――怒ってもいいよ?
あたしの手を握って、引っ張ってて欲しい」
志希は左手を膝に乗せながら、右手を俺の前に差し出してきた。
『あなたの限界が、あの子の限界ですよ』
――この手を取ったら、本当にあの言葉通りになってしまう。
志希が、俺なんかのために、あたら――
――『ゼッタイ今のプロデューサーのママじゃなきゃ、イヤ!』
「……にゃははっ♪」
俺は、自分の右手を志希の右手に差し出していた。
●14
「じゃあ、両手を――プロデューサー?」
「馬鹿はいいけど……無理は、ダメだぞ」
俺に絡んでくる志希の指に、ぎゅっと力が入る。
「キミが見てくれてる間は、ちょっと冒険したい気分……かな」
焼けた万力のような熱と圧力に、ペニスを掴まれる。
「志希、お前っ」
「止めないで、支えててっ」
中のキツさ。痛いほどの狭さ。
志希の引き攣った作り笑い。
「あ――ははっ、はいっちゃった……♪」
志希の乱れた長い髪が、汗の浮いた顔に張り付く。
俺の上に乗ったまま、志希は荒い呼吸。
キャミソールごしに上下する胸が艶かしい。
「謹慎中で……良かったぁ……♪ 今日は、もーまともに歩けそうもないー……」
「本当に、アイドルとして台無しだな……」
「ダメなコトしたって、あたしは……ダメだって……いいでしょ……?」
そんな志希を見るのは、俺が最初――そう思った瞬間、口元の緩みが自覚できた。
ああ、俺も志希に毒されてる。水薬なんかよりきっとずっと重篤だ。
「血……出てるぞ、志希……」
馬鹿馬鹿と口にする志希よりも、よっぽど馬鹿みたいな言葉が、俺の口から出てしまう。
「キミと検証する白衣の下は、一皮むいたら血のニオイだったね……♪
当たり前のコトでも、試してみなきゃ、実感できないなぁ……」
●15
志希が、ゆっくりと上体を倒してくる。
組んだままの両手を、腕を横に開いて流して、
上半身同士を擦りつけてキスをねだってくる。
「キミのニオイのほうが、いいなぁ」
挿入されたままムリに体を倒したのが負荷だったのか、志希の声が少し震えている。
「血のニオイが好きとか、言い出さんで良かった」
志希は俺に頬ずりしながら、耳元でささやいてきた。
「しばらく、こうさせてて?」
俺はペニスを締め付けられたままだったが、とりあえず頷いた。
さすがの志希も、痛みが収まるまで動けないんだと思った。
「もうちょっとしたら、回ってくるから、さ」
――何が?
「ちょっとドキドキ☆ なマジックアワーを演出してくれるアレ……コーヒーに、入れちゃった」
コーヒーに手をつけようとした俺に、志希がクギを刺してきたのを思い出す。
「……本当に入れてたのか、志希」
「キミのだけじゃなく、あたしのにも、さ……にゃははっ」
「お前ってやつは、本当に……」
『馬鹿だな』と言って欲しそうな気配がしなくもなかったが、俺は志希へそう言えなかった。
俺の方がよっぽど馬鹿だから。
やがて、志希が下肢をもぞもぞとさせる。
「ふっふー……もうすぐ、かな、かな……♪」
「おい、いくら感覚を誤魔化しても、お前の身体に傷がついたことに変わりは無いんだぞ」
「へへ……キミに、キズモノにされちゃったあ……セキニンとってぇ……♪」
心なしか、ペニスで感じる志希の中も、緊張がマシになってきた気がする。
すると、今まで強いて無視してきた欲望が、俺の頭をもたげ始める。
「ん……? 動いた――プロデューサーったら、素直だねぇ」
今さっきまで処女だったくせに、妙なセリフを吐いて……志希め。
「馬鹿なあたしが、とんでもないコトをやらかさないように、オシオキしちゃってよ、ね」
生臭い血の匂いに、甘い吐息がかぶさって、
ギャップにくらくらと眩暈が起きる。
「ちょっとやそっとじゃ、あたし、懲りないんだから……♪」
●16
俺は、欲望に流されるまま志希を抱いていた。
最初は、馬乗りになってくる志希の、ぎこちなく痛々しい膣内を下から突き上げて一発。
「ナカに……出して、くれちゃった、ね……♪」
一発出して、タガが外れた。
もう吹っ切れてしまった。
志希が、アイドルに戻れなくなるかもしれないとか、
そういう心配を置き去りにして、俺は志希に溺れていく。
「ああっ……はぁあっ、あっあっ……もっと、ムチャクチャ、して、してよっ」
床に志希を押し倒して、挑発的にくびれた不連続面をアザがつくほど掴んで、
がしがしと乱暴に腰を打ち付けつつ、もう一発。
それでも収まらない。
「はぁ……っ、はぁ、あ、うぁあっ……」
志希を四つん這いにして、さっきの正常位でグチャグチャに乱れた髪を、
羽織ったままの白衣に散らしたまま、後ろから突っ込んで責める。
「……もう、キツイか、志希……?」
さすがの志希も、突いて、抜いて、揺らして――とやっていると、
ぜぇぜぇと苦しげな吐息を漏らす。
血だか汗だか、零した精液か、ほかの何かか、
フローリングの床が体液で汚され、俺と志希が肘や膝を動かす度に、ぬるぬると滑る。
「止めちゃ、だめ……もっと、ダメに、あたしを、ダメに、して」
俺が志希を後ろから突き回してる姿勢だが、動きに時折小休止を入れると、
志希は首と肩を大儀そうに縮こまらせて、俺のことを見上げてくる。
「……プロデューサー……」
姿勢が姿勢なので、視線は半分しか絡められない。
「あたしが……音を上げても、やめちゃ、ダメ、ダメ、なんだから」
その瞳は、アイドル・一ノ瀬志希とは対照的な、暗くドロドロと濁った色だった。
「何も、言えなくなるぐらい、考えられなくなるぐらい……」
けれど、その濁った色は、鮮やかな輝きよりなお強く俺を惹きつける。
奈落の底まで引きずり込む。
●17
「……あっ、は、はっ……ソコ、ダメぇ……ダメに、なる……っ」
もう何回目か、白衣とキャミソールをたくしあげ、
志希のウエストを抱えながら一つ突き入れたとき、志希はそこをダメといった。
奥の奥で、全体的に余裕のない処女らしからぬ、ふわりとした感触がした。
「ダメってことは、そこ、だよな……?」
志希の腕ががくんと崩れて、もう上半身さえ支えられなくなる。
白衣と髪の毛に包まれた背中が、しゃくりあげるように波打つ。
もう一度、軽く、ドアをノックするぐらいの勢いで、そこに触れる。
「はぁ――うっ、あ、あっあっ――」
志希は痙攣とともに呼吸を詰まらせる。
ペニスどころか、肌を掴んでいる手にまで、志希のナカが動揺しているのが伝わる。
「まだ……もっと……プロデューサー……っ」
奥を突く。志希が首を大きく振って、ばさばさ揺れた髪が胴の左右に落ちる。
濡れてシワだらけになった白衣の色が、妙に明るい。
「ひぅっ、く、う、あ、あ、あっ」
もう一突き。
志希の呻きが、短く散発的になる。
こちらに向けた尻や太腿までガタつきだす。
「ひあっ、あ、う、うあ、あっあっ」
呼吸器まで痙攣しているのか、もうまともな声も聞こえない。
そのくせ、下半身は俺に押し付けたまま。
俺の方は、もう限界が近い。
志希は限界が近いのか、もう限界を超えているのか、俺には分からない。
●18
さらにもう一突き。
志希の腰から下がいっぺんにびくんと震える。
「んあ、あ、あ、うあ――っ」
もう一突き。
奥に、今までノックで撫でる程度だった抽送が、まともにあたる。
志希の身体が、壊れそうなほど弓なりに仰け反る。
「志希……お前……っ」
俺が動きを止めると、それから数秒遅れて、志希がただ首を横にふる。
もう声も出ないくせに。
「……本当に、しょうがないやつだな」
自分のことを棚に上げた言葉が、つい零れてしまう。
後背位で顔が見えないはずなのに、志希が笑った気がした。
「あっ、く、う、うぐ、う、ああっ、んあああっ」
もう一突き。深く、奥まで引き裂かんばかりに。
突く。自分が、志希のなかに引き摺り込まれる錯覚がする。
腰が止まらない。射精が近い。これが、きっと最後。
「あ……く、あ、うあ、あ、あっ――」
俺が今日何度目かの射精に下肢を震わせる。打ち止めの一発が、すぐに終わってしまう。
それに合わせるかのように志希の首ががっくりうなだれて、ついに床へうつ伏せに倒れ込んだ。
半ば押し出されるようにペニスを抜く。突っ伏したまま動かない志希。
その肩を掴み、横向き寝にしてやると、志希がアルカイックスマイルを浮かべながら、
くちびるだけで何かつぶやいていた。声は聞こえない。
つぶやきが終わる前に、俺の意識がへし折れた。
●19
俺が目を開けると、視界の真ん中から志希が俺を見下ろしていた。
志希の髪が、俺の首や頬にかかってくすぐったい。
「……なんでお前のほうが早く目覚めてるんだ」
志希は、さすがに顔色には披露の色が滲んでいたが、
それでも『にゃはは』といつもの調子で笑った。
「例のアレ、スタドリやエナドリを参考にしたからさ、副作用で体力も回復するんだ♪」
副作用ってそういう意味だったか? と俺は思ったが、
あまりのだるさが疑問を立ち消えにした。
「志希、ごめんな。俺、クビだわ」
「どーしてー?」
「俺は担当アイドルのお前が、うちのアイドル部門ガタガタにする問題起こしてて、
その上お前に手を出してんだぞ。どうしてプロダクションに残れるんだよ」
志希は一瞬考えこんだが、やがてポンと手を叩いた。
「あー、ホントにプロデューサーは、ちひろさんたち管理部門から何も聞かせてもらってないんだね」
●20
「アレ、ちひろさん通して管理部門にタレコミしたの、あたしだよ」
「……え?」
「あたしの配ったプレゼント悪用して、良からぬイタズラしてるコがいるよーって。
誰が使ったのか、いつ使ったのか、どんな使い方したのかは……
あたしが作って配ったクスリだもん、あたしの嗅覚と記憶で筒抜けー♪」
俺はちひろさんから、例の件について告げられた時のことを思い出した。
そういえば、ちひろさんは俺がその件を知らなかったことに驚いていたし、
志希に『改めて』話を聞いて来いと言った。
「あたしが週報のごとく送りつけた使用者名簿が、あんまり詳細で網羅的だったから、
ちひろさんが捏造を疑ったのか、あるいは裏を取るのに時間がかかったのか……どっちもだろうね。
でも、あたしんちにキミを寄越してきたってことは、管理部門もついに動いたってコトでしょ」
俺は志希の得意顔を見て、どっと疲れに襲われ、また眠り込む。
が、志希にぺしぺしと額を叩かれて、俺は強制覚醒させられた。
「こらー、寝ないでよー。もっとお話しよー♪」
「お前……マッチポンプしたのかよ。しかも炎上間際に自分がイチ抜け……タチ悪いな」
「花火で遊ぶときは、バケツに水を用意しろって言われるじゃん♪」
俺は脱力して、溜息をつく以外のことができなかった。
「ま、みんな表に出してないだけで、あたしに負けないぐらい悪いコだと思うよ。
あたしのクスリで、結構な人数のアイドルがユカイなコトやらかしてたし。
だから、今回で処分食らうヒトたちのなかでは、あたしたちは色ついてマシな方になるんだ!」
それって、喜んでいいんだろうか。
というか結局処分は食らう計算かよ。
「こんなコトが起きちゃったから……
これからうちのプロダクション、アイドルの締め付けが厳しくなるだろうねー」
「……何で、そんなに楽しそうなんだ?」
俺は、聞いてもらいたそうな志希の表情を察して、しぶしぶ聞いてやった。
「あたしの締め付け役が、ちゃんとキミになるように細工するんだー♪
ほかの担当アイドルには悪いけど、キミのコトはあたしが独り占めしちゃうよ」
「志希、お前のやり口は本当に悪辣だな。俺じゃなかったら、絶対に愛想尽かされてるぞ」
「担当アイドルに手を出す淫行プロデューサーとは、釣り合いが取れてるんじゃなーい?」
そう言われると、俺はぐうの音も出ない。
ダメだ、志希相手に口で勝とうとか、無駄なことを考えた。
「じゃ、プロデューサー♪ あたしはもう少し自宅でゆっくり謹慎してるから、
キミは、あたしたちのマジックアワーのために、うまく立ち回ってね!」
「こんなムチャな段取りで、俺にどうしろと――」
俺の言葉は、志希が上から落としてくるくちづけで塞がれた。
●21
復讐と恋愛においては、女は男よりも野蛮である。
(ニーチェ『善悪の彼岸』139)
(おしまい)
SSの内容とは関係ありませんが、藍原ことみさん演じられる志希が
思い描いていた理想よりもさらに上でたいへん嬉しいです
すみませんが訂正入ります
>>2
誤:彼女の魔性や密やかな欲望のためにも彼を愛するとき、
正:彼女の魔性や密やかな欲望のためにも彼女を愛するとき、
おつ よかった(こなみ)
おつ
乙です
藍原さんいい感じだよな
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