巴「うちはの、将棋が好きじゃ。当然タイトル戦は欠かさず見とるし、名人を尊敬しとる」
巴「だから、この漆を重ねて文字を浮かべとるこの駒の価値も重々承知じゃ。将棋を指しとるもんなら誰でも焦がれる、宗歩好島黄楊柾目盛上駒――“名人駒”に触れ、恐れ多くもそれで一局ぶてる栄誉」
巴「腕が鳴る……鳴るが、恥かしい話じゃが緊張で震えもしとる」
巴「この名人駒はアイドルの広報じゃからとゆうても、全国に溢れる将棋ファンを差し置いて、こんな若輩が弄んでええもんと違う。そうは思わんか?」
直央「……もったいないし、持つのも怖いです……ボクなんかがって思います」
巴「然り。うちは、この駒が持つ幾多の名人たちの記録を、その権威を、いたずらに貶めとるんじゃないかとさえ思う」
直央「でも、お仕事ですから……」
巴「真に将棋に敬意をはらっとったら、断るのが本道じゃ。違うか?」
直央「……でも、巴さんはここにいます」
巴「ああ、ここに座っとる。そしてこれからおぬしと一戦交えるんじゃ。……アイドルつこうて、将棋に今一度若い衆を振り向かせる――その意義もよう分かっとるからな」
直央「……はい」
村上巴
http://i.imgur.com/vLh9y5t.jpg
岡村直央
http://i.imgur.com/GFAu765.jpg
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1433074537
巴「人工知能だか仁義礼智だが知らんが、機械と名人どっちが強いか、そんな戦いで目を引こうとしとるじゃろ? うちは、アレが好きっちゅうわけじゃあない。でもあってええとは思うとるんじゃ」
巴「人間の可能性だか意地だか、そんなもんをドラマにして、注目集めて、将棋ファンになる素地を見たもんに植えつける。ええ思う。跡取りがおらんかったらお先真っ暗じゃけんの」
巴「でも……決して、納得ずくじゃと言いきれん。うちらなんかをつかわんとと思うとる将棋連盟に対しても、正直複雑な思いをもっとる」
巴「…………結局、うちも欲望に負けた口じゃ。名人駒つこうて、カメラに撮られて、名人戦と同じような待遇で思う存分将棋を指す――その魅力に抗えんかったんじゃ」
直央「それは……でも、将棋を指している人なら誰でも乗ってしまうようなものです」
巴「……わかっとる。わかっとる。じゃがな、うちは“わだかまっとる”んじゃ」
直央「……」
巴「うちなんかが軽々に名人駒に触れて、これまた名人気分で将棋を指す――そんなもん順位戦できばっとる棋士たちに申し訳が立たん。そう思うとるのに、こんな場所におる」
巴「結局、うちはうち自身に腹がたっとるんじゃな。……でも止められん、もう手が早よ指したい指したい叫んどる。つくづく業が深い」
直央「巴さん……」
巴「だから、うちは今決めた。せめて指すんじゃったら、名人駒に恥じることのない一局を指そうと。八百長せんでもようなったからには、自力で魅せる一局を作り上げたろうと」
巴「じゃから……覚悟せえ。気合い入れえ。殺意持てえ。岡村の」
直央「――!」
巴「嫌でも付き合うてもらうけん。やわな打ち筋見せんなよ――食うてしまうぞ」
直央「は、……は、い!」
巴「時間じゃ。――――やろか」
――
――――
――――――…………
巴「なにっ、連盟からの仕事じゃと!? 本当か!?」
ちひろ「はい。将棋の広報のお仕事ですよっ。若い子にもっと将棋を知ってもらうための企画です」
モバP「それで将棋を指せる子が欲しいらしい。そこで――」
巴「うちにやらせてくれ!」
ちひろ「あらあら、巴ちゃん。乗り気ですね」
将棋が好きだった。
駒を通じて、お互いの心意気を確かめ合うことが気にいっていた。
戦意で思考を武器として研ぎ澄まし、相手と斬り合うことが楽しかった。
だから『名人駒』を使い、将棋を指すのが仕事と分かった時、言いようのない驚きと嬉しさに包まれた。
……もちろん惑いもあったが。
巴「なんじゃと! うちが使うていいもんなんか!?」
モバP「ああ。名人戦体験ということらしい。一局指して、それを編集して番組にするんだ。動画サイトにも展開させると聞いてる。……ま、打ち合わせこれからたくさんしなくちゃいけないけどな」
ちひろ「あと、将棋の初心者……未経験の子達も必要なんですよね?」
モバP「ええ。裾野を広げるためということで、子ども達にわかりやすくすると。そのために将棋を知らない子にレクチャーするコーナーが設けられるそうです」
ちひろ「そうですか。じゃあ、レッドベリィズのありすちゃんあたりを……」
巴「ちいっと待て。あくまで名人戦“体験”じゃから、七番勝負じゃないのはええわ。日数がかかり過ぎるけんの。だが、なんじゃ? うちと指すんは覚えたての初心者となんか?」
モバP「いや。えっとな……指すのは経験者とだ。他の事務所にも“将棋を指せる子どものアイドル”が欲しいと打診してるらしいから」
巴「他の事務所とゆうたか?」
モバP「ああ。どうした?」
巴「ほうか……ええの。燃えてきたぞ。身内や連盟の指導者みたいなもんとやるよりずっとやりがいがある! 楽しみじゃ!!」
ちひろ「わぁ、やる気を出したみたいですね」
巴「うちに任せとき! 事務所の面子を賭けて、ゼッタイに勝利を持ち帰ったるけえ!!」
モバP「あ、あの、あくまで番組の為だから、そこ忘れないようにな……」
巴(うちが、か。本当にええもんなんかの。じゃが……やりたい)
巴「女のうちが……名人戦」
――……
モバP 「少しここで待っていてくれるか。担当の方ももう来るだろうから」
巴「おう」
巴(打ち合わせか。旅館で収録すると言うとったな。名人戦は棋界で一等伝統がある勝負。対局室の他に大判解説室も必要じゃし、報道する連中の部屋も要る)
巴(まぁ、正真の名人戦じゃないけん、そこまでは大仰にせんとは思うがの。それでも格式ある旅館を舞台にして指すっちゅうんは……血が滾る。滾ってしまう)
巴(一体うちと一戦交えるんは、どんな奴じゃ)
直央「え……と、4四馬、3三桂……それで、そこに馬、かな……?」
巴「ん?」
巴「おう、そこの」
直央「は、はいっ?」
巴「その本、詰将棋の問題集じゃの」
直央「え、はい、そ、そうです……けど」
巴「なんじゃ、ビビらんでもええぞ。うちも将棋好きじゃけん、気になったんじゃ。ちいと、見せてくれるか?」
直央「将棋が好き……。はい! いいですよっ。え……と、おもしろいですよね! 将棋!」
巴「おう、熱くなれるいい競技じゃ」
巴(――――少しでも強うならんとな)
…
……
モバP「あの、天才子役の岡村直央くんですか。将棋が好きだったとは」
エムP「巴ちゃんも有名ですよ。覇気があって、気持ちがいい女の子だって。今回はよろしくおねがいします」
モバP「こちらこそ……っと、あれ?」
巴「――――ほうか。なら、玉動かした後は、また馬で詰めるんかの?」
直央「そう、ですね。それで香車が2三に動きますから……」
巴「そこに同馬」
直央「それで……同角、ですね」
巴「……見えたぞ!! 先手1四香、後手同角、先手1三歩――――!」
直央「はい! そうです! それで後手が2二玉で!」
巴「先手が3四桂で詰みじゃ!! やったの!!」
直央「はい……! ずっと解けなくて……! ありがとうございます。世界が広がったような、そんな気持ちです……!」
巴「いや、うちこそ礼を言わんといけん。詰将棋も面白いと改めて気づかせてもらった。一人で解いてこそ意味があるもんじゃろうに、入ってしもうて悪かったの」
モバP「巴!?」
エムP「直央くん、もう“相手”の巴ちゃんと話してるの?」
巴「おう、プロデューサー戻ったか」
直央「え、相手って……」
――――「こいつとやるんか!?」
――――「お、岡村直央です……、あ、あのっ! よろしくお願い、します……!!」
――
――――……
収録当日・旅館
ありす「わぁ……! ここが、鷹城旅館ですか。きれいなところですね」
晴「おー、広いじゃん! 探検しよーぜ!」
ありす「ダメですよ、晴さん。レッドベリィズ……with晴として、仕事でここに来てるんですよ」
晴「巴のよりはオレたちの仕事は時間にヨユウあるんだろ? ちょっとぐらい遊んでもイイんじゃね」
ありす「でも……」
志狼「かのん、探検だー! いくぞーっ」
かのん「しろうくんまってー!」
ありす「あっ」
志狼「いっ!?」
かのん「うー?」
晴「えっ! 志狼にかのんじゃん!」
橘志狼
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姫野かのん
http://i.imgur.com/PxpHmFg.jpg
橘ありす
http://i.imgur.com/70dpW2M.jpg
結城晴
http://i.imgur.com/YuBYYYm.jpg
志狼「なんで、ありすがここにいんだよ!?」
ありす「仕事ですよ! 巴さんが名人戦体験をして、私たちは将棋講座を受けるんです」
志狼「え、おまえらもかよ!」
晴「おまえらもって……あー、わかった。志狼、かのん、おまえらも“バーター”ってやつか」
ありす「本当に、いっしょになることが多いですね……前の仕事もあなたたちの姿がありましたし」
かのん「今日はよろしくおねがいしまーす」
晴「おう、ま、よろしくたのむぜ」
ありす「志狼くん、あなた大丈夫なんですか。将棋講座の最中眠ったりしないでくださいよ」
志狼「ね、ねむらねーよ! なめんな!」
かのん「寝たらかのんが起こしてあげるよー」
晴「はは、そりゃいいな。オレも眠りそうだったらかのん頼むぜ」
ありす「不安なメンバーですね……私ががんばらないと」
志狼「晴、いっしょに探検しよーぜ! あ、そだ! あっちに卓球あったし、やるか!?」
晴「サッカー……は、できそーにねーしな。卓球か、いいぜ!」
かのん「それじゃしゅぱーつ!」
ありす「ちょっと待ってくださいよ!?」
ありす「今、プロデューサーは巴さんについているんですから、勝手な行動しちゃいけませんよっ」
志狼「ちょっとくらいダイジョーブだって! ありすはビビリだなー」
ありす「私はアイドルとしての自覚を持っているんですっ! ふう……岡村直央さんの姿が見えないんですけど、巴さんのように最後の打ち合わせに行ってるんですか?」
志狼「………………知らね」
ありす「え?」
晴「知らないっておまえ、メンバーだろ?」
志狼「さー、また将棋のことでも考えてんじゃねーのっ!」
かのん「志狼くんまだすねてるー」
志狼「す、すねてねーよ!」
ありす「どうしたんですか、一体」
かのん「ごめんねぇー、なおくんはね、プロデューサーさんといっしょにお仕事のお話しにいってるの」
ありす「あ、やっぱりそうなんですか」
晴「まー、メインは巴と直央の将棋勝負だからな、一番力が入るのそこだよなー」
道夫「君達、そんなところで話していないで部屋に向かうぞ。収録の準備はすでに始まっている」
志狼「うぇっ!? 先生!?」
硲道夫
http://i.imgur.com/O2drw29.jpg
ありす「あ……! あの人、イチゴのPR大使をやっていた人……!」
晴「大人も来てんのかよ。インソツか?」
志狼「ああ、オレらのフォローするんだってさ」
道夫「仕事もある。将棋のPR、私も粉骨砕身やらせてもらう……が、ひとまずは君達に収録の準備をさせるのが私の仕事だ。さあ行こう」
かのん「はーい」
志狼「ちぇっ……」
ありす「晴さん、私たちも行きましょう」
晴「そうすっか。……あ、そういや、前乗りしたっていうこっちの大人はどこに居るんだろな?」
志狼「そっちも大人きてんのか?」
晴「おう、旅館の紹介やら名人戦へのコメントするって……」
――「あ、ありすちゃん、晴ちゃん、待ってたわよー」
晴「あ、いた!」
瑞樹「いやぁ、ここのお湯とってもいいわね~! 昨日から7回も入っちゃったわ! 知ってる? ここの温泉って飲んでも健康にいいの! あー、若返っちゃったわー!」
ありす「川島さん、おはようございます」
志狼「なんかテンションたけーな! このねーちゃんか?」
晴「ああ……いつもよりハイになってんな。温泉のせいか?」
瑞樹「あら、君、お姉さんって言った? うふふ、何歳ぐらいに見えたのかしらー私?」
川島瑞樹
http://i.imgur.com/UubeERU.jpg
――……
6人で旅館の廊下を進んでいく。
庭園には朝の日差しが降り注ぎ、艶やかな緑が照り映えていた。
かのん「キラキラしてるね~! いい天気!」
晴「ほんとにな。外でボール蹴りたくなるぜ。なぁ、志狼」
志狼「あー、そうだな」
晴「仕事終わったらちょっと遊ぶか。巴と直央の勝負が一番時間がかかるらしいけど、早く終わればいいよな」
志狼「早く終わる……。ん、だなー」
ありす(志狼くん、岡村直央くんの話題になると、ちょっと変になりますね。なんでしょう)
道夫「諸君、部屋に到着したぞ」
瑞樹「あらもうモニターが設置されているのね」
大部屋には連盟職員たちと、撮影班がすでに各々の仕事を始めている。
モニターの前には和装の棋士とスタッフが、映し出された駒が載っていない将棋盤に目を遣っていた。テスト中だろうか。
晴「あれ、将棋盤が映ってるな。どうやって撮ってんだ?」
道夫「対局室の天井にカメラを設置しているそうだ。将棋中継もこのように撮っているようだな」
瑞樹「あの棋士さんが今日のレクチャーをしてくださる方ね。あいさつしに行きましょう」
ありす「はい」
瑞樹「すぐに対局、始まっちゃうから」
とりあえずここまで
今回は直央と巴と将棋の話
当たり前ですが、このSSに出てくるものと実在する将棋連盟とはなんら関係がありません
こういう組み合わせもあるのね。
いつもまとめでしか読めてなかったから楽しみ
乙
新作待ってました
W橘の人かー期待
待ってました。
待ってました!
何気にあいうえで笑った。
あとわかるわさん何回入ってんすか……
将棋となるとミリオンの美也も入れてあげたいところだなあ
リアルタイムで読むのはこれが初めてだ
巴って今までのSSには登場してなかったよな?
楽しみだ
待ってました!!
この組み合わせもやってほしいなあとは思ってたけど、まさかやってくれるとは。
今来てるのに気付いた乙
直央絡みなのでデレ側にあの子も来ると思ってたので、いないのは意外
>>7の詰将棋の図面が想像付かないけど、さすがにこの辺は具体的な物無しのイメージなのかな
ダブル橘がバレンタインの後からちょっとだけもう一方に対しておおらかになった気がする
顔合わせてもすぐケンカになることは無くなったのね
将棋がわからなくても雰囲気で読めるように書いてくつもりなので、具体的なものはとりあえず提示しないと思います。でも欲しい人が多ければ考えます
今回の勝負の棋譜も下敷きにしたものがありますが、それは分からなくてもぜんぜん結構です
ということで少しだけ投下
・・・
名人戦の持ち時間は互いに9時間。2日間かけて行われる。
だが今回の名人戦もどきは、今日一日で終了する予定だった。
体力というよりは棋力の観点からの変更だ。
しかし――それでも名人戦体験。午前から午後まで、たっぷりと時間は用意されていた。
恐らくは、その“長さ”への感想も期待されている。
巴「おう、岡村の」
直央「は、はい」
巴「ようやく勝負じゃな」
きらびやかな和装を纏わされ、名人駒に触れられる感動や将棋に対する熱意を語らされ、棋士に発破をかけられるシーンを撮られ――ようやく対局室へ。
その廊下で、巴は直央に声をかけた。――対局者に向かって。
巴「プロデューサーから聞いたが、最初うちらは決められた棋譜をなぞらされる予定だったようじゃの」
直央「はい、そうだったんです」
巴「“盛り上がり”を意図的に作った棋譜。それで面白い勝負を見せる――はっ! やらせなんて連盟はなに考えとるんじゃ! もどきとはいえ名人戦を侮辱しよってからに!!」
直央「と、ともえさん……! 声が……!」
巴「おう、すまん。二人だけじゃと思うたら、つい口が滑った。心配すな。……わかっとるから」
巴「そう、わかっとる……うちは。必要じゃということは」
直央「あの、大丈夫ですか……?」
巴「ああ。大丈夫じゃ。結局、掛け値なしの勝負ができるようになったからな。直央、お前さん連盟の職員と一局指したらしいの」
直央「え……、はい。その……プロデューサーさんが、ちゃんと将棋を指せますって、棋譜が無くてもちゃんといい勝負をしますって、説得してくれて……それで、テストをしてくれたんです」
巴「うちもやったぞ。それで、お互いめでたく合格して、ここにいるっちゅうワケじゃな……敵同士になって」
直央「はい……プロの棋士さんに検討してもらえるなんて、感激です」
巴「なんじゃそら。んなとこに感激しとるんか。まぁ……うちもうれしいが。ここまでくるのえらい骨が折れたんじゃ、うちは存分にやる。やって……岡村の、おぬしを倒す。ええな」
直央「は、はい……! こ、こっちも」
巴「うん?」
直央「負けませんからっ!」
巴「はっ、うちのタマ取る気概はあるんか――――」
黒服「お嬢っ!」バッ
直央「わっ!?」
巴「なんじゃ、おどれ! でてくんなと言うたじゃろ!」
黒服「し、失礼しました。しかし、タマ取るうんぬん聞いたもんで」
巴「ち、将棋での話じゃ。ひっこんどれ。ちいとばかし遠い旅館に足運ぶっちゅうだけじゃのに、着いてきおって」
黒服「お嬢、気張ってつかあさい。村上巴ここにありという気風、将棋で見せてくれたら、よう相手をさせていただいた手前ども、本当にうれしいですけん……」
巴「……心配すな。うちは将棋が好きじゃけん。こんな舞台でココセなんぞやらかさん」
黒服「勝利を願っとります……!」
巴「ああ。任せんかい。岡村の、行くぞ」
直央「あ、はい……あの」
巴「うちのトコの若い衆の一人じゃ。気にするこたぁない」
対局室の前まで進み、二人は足を止めた。
巴「っと、どうするかの。とうとう誰も何も言わんかったな、どっちが“名人”として進めよるんか」
名人戦において、先に対局室に入るのは名人であり、上座にも当然名人が座す。
さらに駒を駒箱から出し、先に置くのも名人。王将を使用するのも名人だ。
今回使用する名人駒は“双玉”――両方とも玉将であるからどちらが王を使うのかといった問題はないが、それ以外の振舞い方は挑戦者と名人では違いがある。
直央「やっぱり……巴さんの方が年上ですから、お先に……」
巴「ほうか。はっ、名人気分じゃ――――いや、待て」
直央「えっ?」
巴「……ちっ、色々考えてしまうの。うちは、ええ。岡村の、先行け」
直央「先って、でも……」
巴「ええから。名人気取る資格がないんはうちも、おまえもいっしょじゃ――」
入室し、盤に向かい合って、座る。
今は空の立会人席に棋士が座れば、対局の準備は整う。
棋士はもうこちらに向かっている所だろう。部屋で二人になっているのは今だけだ。
巴(これが、名人戦の空間か)
直央「緊張、しますね……」
巴「ああ。ええんじゃろうかな、本当に。こんなカンタンに」
直央「カンタンって……?」
巴「はぁ……なぁ、岡村の、聞いてくれるか」
直央「はい」
巴「うちはの、将棋が好きじゃ――――」
・・・
瑞樹「棋士の人、対局室に向かったみたいね」
ありす「もう勝負が始まるんですね……巴さん、勝てますよね?」
晴「勝つさ。すげー気合い入れて特訓してたじゃん。レッスンの休憩の時まで将棋盤持ちこんでよ」
道夫「真剣勝負の収録。勝ちも負けも、大勢の人に見られるわけだが気負わずに実力を発揮してもらいたいものだな」
志狼「んー……」
晴「おい、志狼。直央ってどんくらい強いんだ?」
志狼「知らねーよっ!!」
晴「あぁ? どうしたんだよ。大声出すなよ、怒ってんのか?」
志狼「怒ってないっ! オレは、将棋の世界ってのがわかんねーの! だから直央の強さもわかんねーの! 以上!」
ありす「……なに言ってるんですか、自分で。まぁ、確かに将棋の強さというのはやったことないとわかりませんよね。岡村くんと将棋したことないんですか?」
志狼「あるっての!」
かのん「しろうくんね、なおくんに将棋のお仕事がきたって聞いて、特訓しよーとしたんだよっ」
志狼「かのん。しゃーっらっぷ!」
晴「特訓かー。やっぱそっちもしたんだな」
かのん「うん。なおくんもっと強くしよーって! でもねー……」
志狼「かのん~! キミツジョーホーのローエーはくすぐりの刑だーっ!」コチョコチョコチョコチョ
かのん「きゃははははははははっ! し、しろうくん、やめてぇ~!! きゃははは!」
ありす「な、なんなんです……?」
志狼「なんでもねーよ!」
瑞樹「はーい、スタッフの人から注目集めちゃってるから、お静かにー。集中しましょう。駒、もう並べ始めてるわよ」
――
――――
・・・
対局室
第一期アイドル名人戦、第一局。
立会人も揃い、静謐な空気が部屋を支配する。
棋士「時間です。お願いします」
時は来たれり。
立会人の声を合図に、直央は慎重に丁寧に、ゆっくりと駒を取った。
巴(扱いに注意するよう執拗に言われたの)
今回使うのは連盟所有の国宝級の駒と盤だ。対局が終わる度に清められるため、その風情は格調高く、そして神聖なほど清潔だった。
互いに将の駒を置く。
続いて、その両隣りに金二枚、銀二枚、桂馬二枚を重ね、二枚の香車を両端に――
巴「ん? なんじゃ、伊藤流かい」
両者の並べ方に差異が現れる。岡村直央は香車よりも先に歩を端から並べ始めていた。
直央「は、はい……プロの人もたいがい大橋流、ですよね……」
巴「ええ、ええ。ちぃと気になっただけじゃ。いきなり銃口向けるんが気にいらんヤツもおるじゃろう」
大橋流は香車、角飛車を並べた後に、歩を真ん中から配置する。
一方、伊藤流の並べ方は桂馬の後、歩兵を端から配置し、次に香車、最後に角飛車と大駒で並べを締めくくる。
巴(香、角、飛は敵陣深く切り込む駒。遠くまで利きよる走り駒……伊藤流はその銃口に、歩で先に蓋をする)
巴(通を気取っとるわけじゃなさそうじゃし、気質かの)
直央「……!」
巴(ほぉ。盤面をきつい目でにらみよって、戦意はちゃんと十全か)
巴「ふっ、安心したわ」
棋士「それでは振り駒をいたします。名人戦では本来、来賓の方が振ることになっていますが今回は私が行います」
棋士「歩が多ければ岡村直央さんが先手。と金が多ければ村上巴さんが先手といたします」
・・・
晴「振り駒ってので先攻後攻決めんのか? コイントスみたいなもんだな」
瑞樹「ええ、そうよ。5枚の歩を振って、歩が多ければ名人側が先手」
道夫「先手の方が約4%勝率が高いという統計がでている以上、こればかりは自動的に決定するわけにはいかないのだろう」
・・・
巴「……!」
白い布の上に、5枚の駒が落とされた。
――と金4枚。歩1枚。
巴「うちが先手じゃな!」
巴(さて……いくぞ!)
胸に去来するは感謝。
村上巴はこの仕事を与えてくれた連盟とプロデューサー、事務所の仲間、そして対局者に静かに想いを馳せ――
盤面に視線と思考を深く落とした。
・・・
ありす「始まりましたね……! 私まで少し緊張してしまいます」
瑞樹「アイドル界将棋最強決定戦。広報用とはいえ、こんな記者まで来てる大舞台を用意されたんだもの。見るのも緊張しちゃうわよね。わかるわ」
晴「でも巴なら」
――7六歩!
モニターに移された、巴の指使いは鋭く、覇気に満ちて。
それは指し手が溢れさせた戦意を饒舌に見る者に知らしめた。
瑞樹「巴ちゃん、流石ね……」
晴「堂々といったな!」
かのん「なおくんも、がんばって!」
・・・
直央「……!」
――3四歩。
巴「せいっ」
――2六角。
対局室に駒音が響く。
――……
直央「――はっ」
8手目、後手5二飛。
巴(中飛車……! 4手目、4四歩じゃのうて5四歩を指しよったから察せたが、やはりか。一手遅なってもええという企み、本当にあるんじゃろうな)
巴(うちは、小細工なしの居飛車党じゃ)
巴「どっからでもかかってき!」
7八へ玉将を移動。
対局者が指す手への期待。そしてそれを受けた自分が指す手への期待。
将棋は相手によって自分の可能性が引きだされる勝負。
巴(じわじわと楽しくなってくる……これじゃ)
・・・
かのん「今どっちが勝ってるの?」
道夫「今はまだどちらが優勢とは言える段階にない。しかし、お互いしっかりと考えて指している」
晴「ふーん」
興味深くモニターを眺めていたスタッフや記者達からささやきが漏れる。
――「お、男の子、3二金か」
――「それで巴ちゃんは…………7七角か! 穴熊にいくつもりだぞ」
――「銀の動きで手損してる……よな?」
――「いや男の子の方も金で手損。まだ五分だろ」
――「思いのほか上手だな……」
ありす「いい勝負をしてるみたいですね」
志狼「なんかじれってーなー……! いっこ動かすのに時間掛け過ぎだろ」
ありす「それだけ考えてるってことです。条件が同じだから考えることが勝敗を分けるんですよ。将棋は二人零和有限確定完全情報ゲームですからね」
志狼「はっ? なんだって?」
ありす「二人零和有限確定完全情報ゲームです。……あなたには難しすぎましたね。すみません」
志狼「んだと、ありす! お前だって本当にその……えと、ふたりれいわゲームの意味わかってんのかよ! いつもの知ったかぶりじゃねーのか!?」
ありす「ちゃんと分かってますよ。事前準備で調べておいたんです。運が関係無くて、ふたりだけやるゲームをこう……ってちょっと待ってください。いつもの知ったかぶりってなんですか!」
志狼「いつもおまえ、コムズカシイこと言うじゃん」
ありす「知ったかぶったことなんてありません! 失礼な!」
エムP「志狼くん、かのんくん、そろそろ講座の収録だよ。準備して! あ、橘さんと結城さんもいっしょに行きましょう」
ありす「む……私たちも仕事ですね」
志狼「……ちぇっ。勉強か」
かのん「がんばろー! おー!」
晴「収録終わったら、昼飯だったよな?」
エムP「そうです。結城さん。おいしい旅館の料理がでますよ! がんばりましょう!」
晴「うしっ! やるか!」
かのん「楽しみだね~!」
志狼「……がんばるか」
ありす「勉強になると全然元気なくしますね。元気があるのは私に食ってかかる時だけですか?」
志狼「うっせーよ! 別に、勉強がイヤだから元気ねーわけじゃねーよ! ってかオレ元気だし! すげーテンションたけーし! よし! 走っていってやる!!」
ありす「きょ、極端ですね……!」
ありす(やっぱり、少しいつもと違う……?)
エムP『直央くん、将棋のお仕事が来たよ! すごいよ、連盟からで、名人戦を体験するんだって!!』
直央『え……ええええええええっっ!!! ほ、ほんとうですかぁ!? えええ、ぼ、ボクなんかに……や、やったぁ!!』
志狼「……」
――――『なおーっ! 本ばっか読んでんなよ! やっぱ実戦が大事だろー? ほら、オレと戦おうぜ!』
志狼「……」
志狼「ちっくしょう……っ」
今回の投下はここまでです
乙です
緊張感あっていいですな
志狼の様子が気になります
>>35の2六角はさすがに2六歩の間違いかなーって
乙。
ありすは志狼のことよく見てるな。
将棋ははさみ将棋と将棋崩しのルールを完璧にマスターしてる程度には覚えがある。
>>41
ご指摘ありがとうございます。ここで角動かせるわけねーベ…
>>35
訂正
――2六角。
↓
――2六歩。
自分じゃどうしてもチェックしきれないところがあるので、ありがたいです
美也も居飛車穴熊の使い手っぽいんですよね…面白い。やっぱりいつかミリオン組にも挑戦してみたいですね
その前に消化しきれてないネタをなんとかしないといけないんですが
え 待って
エムPってもしかして女?
>>44
公式には性別の設定はないはずだけど、何を見てそう思ったのよ?
うるせえな黙ってろや荒れる元になんだろ
エムPが女性か男性かはゲーム同様に定めてません
話し方は雑誌に準拠させているつもりです……ので、ゲームと同じくどちらかに決めて読んでいただいても大丈夫です
最近書く時間が取れていなくて、投下が遅れ気味ですね。
続き投下します
・・・
張りつめた空気の中、駒音だけが響く。
巴(押さえつけたる!)
取った歩を、3四の飛車の前へ。
直央「えい……!」
――対して直央は飛車を横に1マス移動させる4四飛。
巴(狭い所に逃げたの。いや、こりゃあ4六に飛車が縦に飛び出せる位置)
巴(気ぃ遣っとかんといけん。銀で備える……!)
――4七銀。
盤に、駒に思考を吸い上げられるような集中。
対局室の静寂の中で、思考の刃が研ぎ澄まされていく。
直央(……全力をだせれば、きっと)
直央(勝たなきゃ……! 今日のためにずっと鍛えてきたんだから。よぅし、ここ――!)
――
――――
――――――
――「3七歩! 直央くん、思い切りましたね!」
――「8四角の方が……」
――「いや、そう引いても先手の女の子が7五歩で、角道を塞がれます。そして先手の3四歩が残ってしまう。……男の子は決戦を選んだようですね」
瑞樹「なるほどー! ここからさらに熱戦になると! これは目が離せませんね!!」
道夫「現時点は互角。混戦になり始めたこの一局の結末をぜひ見届けたい」
ハイ! オーケーデース!
瑞樹「ひとまず、お仕事は半分終わったわね。またお風呂入ってこようかしら。硲先生はどうされます?」
道夫「私は対局を見守るつもりでいる」
瑞樹「あら、流石。そんな真面目に行かれたら、私も見守らなくちゃいけないって気分になりますわ」
道夫「いや、私が対局を見守るのは、単に気になるからだ。彼の将棋の特訓に付きあい、その成長を確認してきたからな」
瑞樹「ええ、わかりますわ。教え子の様子は気になりますよね。……でも、もうすぐ昼食。対局も観戦も、少しだけ息抜きの時間です」
道夫「む……そのようだ」
晴「うっし! 終わったーっ!! 巴はどうなってる?」
かのん「ふ~、むずかしかったけど、おもしろかったねぇ~」
瑞樹「お帰りなさい。収録はつつがなく終わったようね」
道夫「名人戦の方もじきに食事休憩に入る。……盤面の状況は少し難解になり始めているようだ」
晴「ふーん。こっちが押されてるわけじゃないんだな?」
瑞樹「ええ。巴ちゃん、とてもがんばっているのがモニター越しにも伝わってくるわ」
晴「そっか。負けられないって言ってたからなー。巴、殺気みてーのを感じるぐらい気合い入ってた」
瑞樹「……やっぱり巴ちゃんって、女流の――」
志狼「あー! ハラ減った!! かのん! 晴! いっしょにメシ食いにいこーぜ!」バンッ
瑞樹「あら、志狼くん。げ、元気ね」
ありす「収録中もやたら元気いっぱいでした。なんか無理矢理力を入れてるような感じで。まぁ、案の定、講座の内容は把握しきれてませんでしたけど。二歩の説明を4回もさせる人初めて見ました」
志狼「ぐっ……! だってよ、意味わかんねーだろ? なんで兵隊が並べられないんだよ……。ってかそれはもーいいだろ! オレは実戦派なの!」
ありす「基本の知識がないのに実戦なんて無理だと思いますけど」
志狼「なんだと! やるかありす!」
ありす「将棋で勝負ですか? いいですけど、将棋盤をひっくり返すとかは無しですよ」
志狼「そんなことするか!」
かのん「ね、ね、しろうくん」
志狼「あん? なんだかのん?」
かのん「勝負する前に、なおくん応援したげよ?」
志狼「なお…………ふん。しょーがねーな!」
晴「今、互角みたいな感じだってよ。直央も強いんだな」
志狼「互角? ……それでもどーせ、なおが勝つよ」
晴「どーせってなんだよ?」
志狼「…………オレより強いんだろ。だったらこんなの楽勝だ。ヨユウで勝つって決まってる」
ありす「……二歩がわからない人より強いのは当たり前でしょう。今日、あなた少し変ですよ」
晴「なぁ、志狼。直央となにかあったのかよ?」
志狼「なんにもねーよっ! ――あっ、食事休憩だってよ! オレらも昼飯にしようぜっ!!」ダッ
晴「あ、おい!」
かのん「行っちゃった」
晴「やっぱなんかおかしいな? 今日のあいつ」
ありす「……」
ありす(……『なおが勝つ』、ですか。それを言うなら巴さんも必ず勝ちますよ。志狼くん)
ありす(巴さん、絶対勝利を持ち帰るって言って、ずっと特訓してたんですから)
ありす「やっぱり、昼食に苺パスタ作ってあげたかったな……」
――
――――
巴(最後、埋めよったな……!!)
基本、名人戦の昼食は12時半から13時半までと決まっている。
事前にメニューから希望のものを選択し、自室で食事を摂る。
昼食休憩の時間。
用意された料理に箸をつけながら、一人、盤面を考える。
6二金打。
一手前、飛車で取った金を、玉の横の銀の隣へ。
休憩に入る直前に指された岡村直央の一手。
守りは堅牢。
巴「むぐ……あの美濃囲い、鉄壁じゃの。さて、どう削ったもんか」
巴(3二角成で…………駄目じゃの。金を間に合わされてしまう。3八銀はどうじゃ? ……いや、それじゃ銀がそっぽに向かってしまうか)
巴「強いの、あいつ」
巴「うちと同じで、今日の対局のためによっぽど特訓してきたんじゃろう。じゃが、うちも負けられん」
巴(晴のヤツには車の中で発破掛けられたし、ありすには……ふふっ、あのパスタ、また作ろうかと聞かれて……応援されとる)
巴「あのパスタ、また食べてみたいもんじゃのう。ありすにも収録があるから断ってしもうたが」
巴「勝たんとな。勝たんと……」
巴(特訓はしてきた。若い衆と何百局も指したし、戦法も本を読みあさって更新した。出演が決まってから今まで将棋、将棋、将棋の日々じゃった)
巴(今のところは、あの盤と駒を貶めるような戦いにはなっとらんはずじゃ)
――自分は無様な勝負をしてはならない。
――自分は勝たなければならない。
巴(もっと気張らんとな……!!)
ありす「ふぅん。そちらもずいぶん特訓したんですね」
道夫「うむ。彼は今回の名人戦体験にとても力を入れて準備していた」
かのん「げんぶくんも付きあってくれたんだよ。何時間もずーっと将棋のこと話してた!」
晴「マジか。よくタイクツしねーな……てか、将棋できる奴多いのな」
かのん「うん。まだだいごくんっていう将棋とっても強い人もいたんだけど、なおくん、予定が合わなくていっしょに練習できなかったって言ってた」
ありす「熱心ですね……」
晴「なぁ、橘……ありす。巴がいる部屋に行ってみないか? 直央のヤツもそんなに特訓してたっての聞いたらちょっち不安になってきた。応援しに行こうぜ」
ありす「そう、ですね。ですが、そうなると苺パスタを提供できなかったことが悔やまれます。巴さんの好物をこの大一番で食べてもらいたかったです」
晴「巴なんであれ好きなんだろうな? 理解できねぇ……」
ありす「どういう意味ですか?」
瑞樹「おいしいものは食べ慣れちゃってるのね、きっと。あ、苺パスタがおいしくないって言ってるわけじゃないわよ? 革新的な味に惹かれてるってこと」
ありす「革新的……えへへ。そんな、私はイチゴのポテンシャルを惹きだしたに過ぎませんよ」
晴「おーい、ありす。にやけてんなよ。休憩が終わっちまう前に行こうぜ」
ありす「あ、はい」
かのん「かのんもなおくんに勝利のおまじないかけてあげにいこーっと!」
志狼「オレ、パス。オレが行っても別に…………だし」
ありす「……?」
――
――――
直央「ボク、ちゃんと指せてる……うん、大きな失敗はしてない……!」
何度も何度も局面を思い返して、悪手がなかったか点検する。
しっかり戦えているという事実が安堵を生む。それはこれから更に難しくなる戦いに挑む勇気を与えてくれる。
直央(名人戦と同じような環境で指せるなんて……ホントに、すごいや)
直央(今、ボクは戦ってる)
いつも収録前になると緊張する。
けれど、今回の名人戦の前の緊張はいつもと違った。
直央(そう、興奮が混ざってた)
直央(子役の時にこんな気分になったコト、何回あったっけ)
直央「やっぱり、将棋をやってるからなんだろうな……」
将棋が好きだった。
定石を知り、適切な駒の運びを見つけるのがおもしろかった。
一手先、二手先と読んでいき、盤面に没入することが心地よかった。
だから『名人駒』を使い、将棋を指すのが仕事と分かった時、とてもとてもうれしくて……同時に身がすくんだ。
直央(恐かったな。広報のお仕事だからって、ボクなんかが名人戦なんて、って思っちゃって)
直央(でも、ボクはやることに決めた)
直央(巴さん……ボクもなんです。恐いのに、ボクなんかがって思うのに……この勝負に来たのは――)
直央(将棋で一番すごい戦いの『名人戦』をやれるって、それにとってもワクワクしちゃったからなんです)
直央「事務所のみなさん、手助けしてくれてホントに助かったなぁ」
直央「かのんくんなんか、すごく応援してくれて……しろうくんも」
直央(しろうくん……)
直央「だ、だめだめっ、集中しなくちゃ! しろうくんに勝ったよ! って言うために! ……勝てば、きっとしろうくんにも許してもらえる……」
直央「……」
かのん「――こちょこちょこちょこちょ!!」
直央「っ!? あ、あはははっ!!? ――って、か、かのんくん!?」
かのん「元気が出るおまじないだよ~!」
エムP「や、直央くん。ご飯はもう食べたんだね」
直央「プロデューサーさんも……」
エムP「――そう。やっぱり村上巴さん、とっても強いんだ」
直央「はい。受けもしっかりしてますし、判断も鋭くて……あの、穴熊もすっごく固いんです」
エムP「そっか……」
直央「あ、で、でもっ!」
かのん「えっ、なおくん?」
直央「ボク、か、……勝ちますっ!」
直央「気が全然抜けない勝負なんですけど……ちょっと巴さんに押されてるトコロもあるんですけど……ぼ、ボクもいっぱい特訓はしてきましたからっ!」
直央「協力してくれた事務所のみなさんに、きっと勝ったって報告ができるように……その、がんばりますっ」
エムP「直央くん……ふふっ」
直央「え、笑って……や、やっぱりおかしいですか?」
エムP「ううん。こんな直央くん珍しいなって。今の勝ってやるぞってなってる直央くん、かっこいい」
直央「え、ええっ」
かのん「うん、なおくんかっこいい! がんばってね! 応援してるー!」
直央「かのんくん……うん。ボク、がんばるよ! さっきはおまじない、ありがとう!」
かのん「えへへっ、直央くんすっごくやる気だしてるね。そうなってるの、やっぱり将棋が好きだからなの?」
直央「……うん。将棋はね、ボク、好きで続けてるんだ。お母さんに言われなくても」
かのん「そっか。じゃあ直央くんゼッタイ勝てるよ~! 直央くんが将棋のこと好きなら、将棋の方も直央くんのことが好きなはずだもん!」
直央「…………うんっ」
エムP「もうすぐ休憩終わっちゃうね。直央くんのゼンリョク、見てるよ」
直央「はいっ」
かのん「しろうくんも最後の応援してあげたらいいのにね」
直央「ううん。……いいの。しろうくんのキモチ、踏みにじっちゃったのボクだから」
――――休憩終了。
ここからはひたすら、対局室で頭をひねるだけ。
三時にはおやつが出るが、それも対局室で摂る。
巴「よし、戦線復帰といこか!」
晴「勝ってこいよ! 巴!」
ありす「勝利を信じてます……!」
巴「おう! うちに任せとき! 事務所の面子にかけて――――女の魂にかけて! 堂々と名人位をかっさらって来たる!」
晴「やっぱ気合いすげーなぁ。女の魂にかけてってなんだ?」
ありす「女性の面子のためにがんばるってことでしょう」
晴「勝つって気持ち全開ってことか。へへっ、その気持ちビリビリ伝わってくるな。なんかオレらの方が応援された気さえするぜ」
ありす「そうですね。じゃあ、また部屋に戻って勝負を見守りましょうか」
晴「おう。……って、あそこにいるの志狼だ」
志狼「ん~……」
晴「なにしてんだあいつ。本当に直央んトコに行かなかったのかよ」
ありす「ほうっておけば…………はぁ、しょうがない人ですね、もう。ちょっと行ってきましょう晴さん」
晴「あん?」
ありす「調子が狂います。志狼くんが今日おかしい理由、突きとめてスッキリしましょう。あ、あらかじめ言っておきますが別に志狼くんが心配だとかそういうのではないですからねっ!」
晴「ははっ、オーケー。橘、気になるよなやっぱ」
ありす「橘って……もう。名前で呼んでください。志狼くんとごっちゃになりますよ」
志狼「……」
ありす「なにしてるんですか、あなた」
志狼「うおっ!? なんだありすかよ!」
晴「この庭広いよな。ダンスの練習でもしてたのかよ?」
志狼「息抜きに踊ってただけだっての……」
ありす「仲間の応援に行かずに踊っていたんですか」
志狼「う、うるせーなっ!」
ありす「どうして応援に行ってあげなかったんです」
志狼「……む」
ありす「…………」
――――オレが行っても別に役に立つわけじゃねーし。
ありす「……スねているようなことを言ってましたね。あなた」
志狼「スねてなんかないっ!」
ありす「そうですか。じゃあスねてないのに、仲間の応援に行かなかったんですね」
志狼「それは……だからよ! オレなんか役にたたねーからっ!」
ありす「……やっぱり変ですね」
志狼「ああ!?」
ありす「オレ“なんか”なんて、いっつも大きなことばっかり言ってるあなたの口から聞くとは思いませんでした」
志狼「ぐ……!」
晴「志狼、お前、直央のヤツとケンカしたのか? それで負けたか?」
志狼「そんなワケねーっだろ!! ありす! 晴! おまえら好き勝手なこと言うためにオレんとこ来たのかっ!?」
晴「じゃあ、教えろよ。教えてくれなきゃ好き勝手なこと言うしかねーじゃん」
志狼「だからなんでもねーって言ってるだろ」
かのん「あーっ、しろうくん! こんなところにいたっ! なおくんもう行っちゃったよ?」タタタ
志狼「いっ、かのん!?」
ありす「ちょうどいいです。かのんくんから話を聞きましょう。志狼くんは話してくれないようですし」
かのん「えーなになに?」
晴「あのよ、志狼のことなんだけどよ」
志狼「かのーん! 言ったらまたくすぐるぞーっ!」
ありす「晴さん。志狼くんを押さえておいてください」
晴「しょーがねーな! 志狼、おとなしくしてろよ!」ガシッ
志狼「うわっ! んにゃろっ! 晴っ!! オレをナめんなーっ!!」グググッ
晴「くっ!? コイツ……!!」
晴(思ったより力がありやがる。こいつも男か……!!)
志狼「コチョコチョあたっーくっ!」コチョコチョコチョコチョ
晴「っ!? ふはっ!? や、やめろよ、志狼!? ふっ、はははっ!!」
ありす「志狼くん本当に応援に行かなかったみたいですけど、岡村直央さんとなにかあったんですか」
かのん「あのねぇ、最初はしろうくん、このお仕事が決まった時なおくんを応援してたの。ちょっとだけ、なんでなおくんだけメインなんだって怒ってたけど」
ありす「最初はって今はそうではないんですか?」
かのん「今ももちろん応援してるよ~。でも、しろうくんね、今スねてるの」
晴「そういうことすんなら、こっちも容赦しねーからなっ!」コチョコチョコチョコチョコチョ!!
志狼「ぎゃー横腹はやめろー! はははははっ!! ははっはははっ……はっ……!!!」
ありす「静かにしてください。声が大きいです二人とも」
晴「おいっ! お前が押さえろっつったからがんばってんだぞ!?」ゼェゼェ
志狼「は……っ、ぜはーっ…………」
ありす「スねてるってどうしてですか?」
かのん「しろうくん、なおくんに勝ってほしくて、特訓してやるって言って将棋をやってたんだけど」
かのん「なおくん、断ったの。本当に強くならなきゃいけないからって……しろうくんと将棋をしなかったの」
ありす「断られた……」
志狼「…………!」
晴「志狼?」
志狼「くっそ……! ……ああ、そうだよ。オレは役立たずなんだってよ……!!」
ありす「…………」
――『なおーっ! 本ばっか読んでんなよ! やっぱ実戦が大事だろー? ほら、オレと戦おうぜ!』
――『ごめんね、しろうくん……気持ちは嬉しいんだけど、ボク、本当に強くならないといけないから……』
直央(ボク、わるいこと言っちゃった。謝ったけど、しろうくんまだ怒ってるよね……)
直央(でも……名人戦をやるんだから……絶対に、駄目な将棋をしたくなかった……)
将棋が好きなんだ。
これだけは、自分の納得できるところまでやりたかった。
直央(特訓してくれるっていう親切まで切り捨てちゃった……だから、だからこそ、勝ちたい)
直央(勝って、しろうくんにまた謝るんだ。それで……いっしょに喜んでもらうんだ……!)
――――『よぉーし! これでオレたちは今日から仲間だ!』
直央(ボクたちは――仲間だから)
巴(ほぉ……! いい目をしよる! 休憩挟んでも戦意はしぼんどらんようじゃな)
巴「おぬしも負けられん理由があるようじゃな。ええぞ、存分にやろう」
――6三角成!
直央「……! こ、これは……!」
巴(駒損でも守りを崩す。そして相手を刺しつづける。それができるのが穴熊の強みじゃ)
直央(………………取るしかない)
金を前に動かし、踏み込んできた角……竜馬を取る。
直央(きっとここから巴さん、どんどん攻めてくる。受けを間違えちゃダメだ。落ちつかなきゃ。勝つために!)
・・・
ありす「協力しようとしたら断られたと。それでスねて、応援にもいかなかったんですか」
志狼「そういうワケじゃない」
ありす「はぁ。もう、子供過ぎるでしょう。彼はもっとレベルの高い特訓をする為に断ったんです。それは悪いことではないと思いますけど」
志狼「わかってんだよ! そんなん!」
ありす「じゃあ、なんで……」
晴「志狼。お前、直央を応援しようとしたんだろ? 今回勝ってほしかったんだよな」
志狼「……ああ」
晴「そっか。じゃあ悔しいよな」
志狼「あー……」
ありす「なんです?」
晴「ありす、志狼はあれだ。別に直央に対して怒ってるわけでもないんだよ」
ありす「でもスねていると」
晴「なぁ、志狼、――――悔しいのは自分自身になんだろ?」
志狼「ぐ……っ!」
かのん「しろうくん?」
志狼「ああ、そうだよ……ちくしょう」
なおだけメインの名人戦をやるからとスねたわけじゃない。
勝ってほしかった。もふもふえんの仲間だから。友達だから。
だから――特訓しようとして断られた時、ショックで腹がたった。
仲間の役に立てない自分が。仲間のいる世界に入れない自分が
志狼(……悔しかったんだな)
志狼「なおは将棋が好きなんだよ。仕事入るといっつも緊張するクセに、今回はすげーやる気出してた」
ありす「えっと……それは、あなたにとってもうれしいことだったんですね」
志狼「……」
かのん「しろうくん、うれしかったって!」
志狼「かのん、勝手に言うなー!」
かのん「え~? でもうれしかったんでしょ? かのんにも、なおくんをゼッタイ勝たせようって言ったよね?」
志狼「それは……まあ、な!」
晴「ようやく、お前の気持ち分かった。でもよ、志狼。仲間の応援もしないで、自分に対してヤケになっててどーすんだよ?」
志狼「うっ」
晴「お前の悔しさは、お前が解決するもんだろ? それを直央に押しつけちゃダメだろ。多分直央のヤツお前が応援に来なかったこと気にしてるぞ」
かのん「そうだよ。なおくん、“ボクが悪いから”って言ってたよ。しろうくんもうスねるのやめたら?」
志狼「う~~~……!!」
ありす「男子って変に意地を張りますよね。あなたは特に顕著です」
志狼「なんだとありす!? お前に言われたくねぇぞ!」
ありす「一度スねちゃったから、いまさら態度を変えられないって思ってるんでしょう。くだらないです。変なプライドは捨てて素直になるべきだと思いますけど」
志狼「んだと~!?」
晴「ははっ、素直じゃねーってありすから聞くなんて意外だな」
ありす「どういう意味です? 晴さん」
志狼「別に………………ありすに言われなくてもわかってんだよ…………」
ありす「なんですか?」
志狼「なおは悪くねーってちゃんとわかってるって言ったの! オレを甘く見んな!」
晴「おっ、じゃあ直央に気にすんなって言わなきゃだな」
志狼「きっかけが、あれば……それも言うツモリだったよ! 最初からな! オレはビッグな男だからなー!」
かのん「しろうくんホントに~?」
志狼「ホント! マジだマジ!! ありすのタブレットに賭けてマジ!」
ありす「なに勝手に私のタブレットを賭けてるんですか! それにきっかけが必要だなんて、まだ意地張ってるってことじゃないですか」
志狼「勢いってのが、必要なんだよ! こーゆーのは。女には理解が及ばぬ!」
ありす「男も女も関係無いですそんなの」
かのん「なおくんが勝ったらいいね。しろうくん」
志狼「あん?」
かのん「やったーってなおくんをお祝いする時なら、スねちゃってごめんって言えるもんね!」
志狼「かのん……」
志狼「そうだな。勝ったら……言うか。ついでに応援に行かなかったことも謝ってやっても……いいかもな」
ありす「……ふ、そうですか」
かのん「なおくん勝つよ、きっと! おまじないもしたし!」
晴「そんじゃ、またモニターで観戦といくか。部屋に戻ろうぜ」
志狼「お、おう……」
志狼「あー、あ……あのよ、ありす、晴」
ありす「なんですか?」
晴「どうしたんだよ」
志狼「あ、あり……ありが……」
ありす(志狼くん、私たちにお礼を……)
志狼「あり……す! 晴! 部屋まで競走だー!! かのんも走れーっ!!」ダーッシュ!!!
ありす「ええっ! あなたはどうしてそう……もうっ! せっかく気を遣ってあげたのに!」
晴「おいっ! 志狼! ――フライングだろそれっ! ずりーぞ!」
かのん「しろうくん待ってぇ~!」
志狼「……アリガトヨ」
晴「んっ、なんか言ったか!?」
志狼「言ってないっ!!」
ありす「ホントに意地っ張りなんですから、もう。そんなので大丈夫なんですか」
ありす(敵に塩を贈ったんでしょうか。私たちは。……でもこれくらいならいいですよね)
ありす(事情を聴いたのは、個人的に気になったからに過ぎないですし。そう、ただ気になっただけです)
今回の投下はここまでです
続きはしばしお待ちを…
乙
最近もふもふえんイベントなくて寂しいのでここで補給する。
おつー
俺も晴ちんとくすぐり合いたい
乙
志狼は晴ちんのことは完全に男友達扱いだなー、頑張れ晴
晴ちんが密着くすぐり合いしつつ内心ドキドキしてるかと思うと萌え死にそう
おつー
>晴(思ったより力がありやがる。こいつも男か……!!)
これ完全に男女の差を体に分からせられちゃってるでしょ…
今回はありす達に志狼が助けられる展開か
みんな良い子や
にしても晴ちんが愛し過ぎる
「男女 力の差」で検索してその結果にショック受けてそう
もふもふえんでウエディングミッションないかな…
SideMの今回のマラソンイベの休憩時間に直央君がいたのでどきっとした
もふもふえんの皆でお泊まりすることになった何して遊ぼうみたいな会話があって、選択肢にチェスがあったのが
もし将棋が選択肢にあったらシンクロして吹くとこだったww
>>79
あるよ、将棋、普通に
続き投下します
――「5三金が来た」
――「で……角を7一に置く。これは……強防!」
瑞樹「あら、戻ってきたのね。対局もう再開してるわよ」
志狼「どっち勝ってる? ってか、今の状況どうなってんの?」
道夫「後手の中飛車に、先手は居飛車穴熊で対抗した」
瑞樹「それで直央君は美濃囲いで王様を守ったわ。今、巴ちゃんはその鉄壁の守りを崩そうと攻めてる……わかるかしら?」
志狼「えっと、なお、今ディフェンスってことだな」
道夫「今はそうだ。受けを間違えないよう慎重に指している」
ありす「巴さんの駒の配置、はしっこに玉将を置いて、香車・金・銀・桂馬で囲んでますけど、あれならそう簡単には取られませんよね? 穴熊って囲いの王様だってどこかで見ました」
道夫「総囲いの場合はそう呼ばれるが、現在彼女が築いているのは金銀二枚の穴熊だ。そもそも金銀四枚正方形穴熊というのは実戦ではまず築けない。なぜならば対局者が急戦を仕掛けてきた場合などには……」
ありす「えっ、えっ?」
瑞樹「道夫さんのわからせようとする情熱、すごいわー」
晴「……オレは応援だけしとく。考えんのは、実際に勝負してるヤツらに任せる」
かのん「むむむ~?」
晴「っと、どしたかのん?」
かのん「どこがクマさんなのかなって。ぜんぜんクマさんに見えないよ?」
道夫「穴熊という名称の理由かね? 端の王を完全に囲んでしまう様が、冬眠時の熊が穴にこもるように見えたからだとされている」
かのん「えーっ、昔の人って目がわるかったんだね~!」
道夫「いや、穴熊というのはあくまで比喩としての表現だ。目が悪かったわけではない。江戸時代には現在の様な強い近視の人間はとても少なかった。眼鏡は使用されていたがね。フランシスコ・ザビエルが眼鏡を伝来させ……」
ありす(この人の前で、あんまり知識を披露しない方がいいかもしれない……)
志狼「なあ、巴の方ずーっと駒動かしてないぜ? ギブアップか?」
瑞樹「考えてるのよ。どうやって目の前の少年を倒すか」
・・・
巴「……どこじゃ、……どこじゃ」
呟きが小さく口の端から漏れる。
噛みつかんばかりに盤面を注視し、攻め手を探る。
巴(攻めを、どう繋ぐ)
攻め駒が4枚あれば、まず攻撃は途切れない。
しかし、3枚以下なら攻めは切れやすい……そんな将棋の原則を思い出す。
巴(角がにらんどる。金も待ち構えとる。しかし5三に置いたうちの金は大事な攻め手……どうにかして繋げんといけんのに)
攻め駒が足りていない――
巴(やかましいわっ!! 弱気な考えなんぞ呼んどらんぞ!)
巴(考えろ! 考えろ!! ここは大事な局面じゃ!)
頭が熱くなる。
負けるわけにはいかない。
巴(6筋には歩を置ける。これはでかい)
持ち駒に視線を遣る。歩2枚と銀1枚。
巴(そうじゃ。銀。銀をつこうて……!)
巴(――――ここじゃ!!)
長考の末、ついに手を動かした。
直央(4二銀!?)
直央(読みに入ってなかった…………!! 想定してなくちゃいけなかったのに!)
直央(歩が置かれるのも、こわい。攻めがぜんぜん途切れない……どうしよう)
直央「は……っ、はぁ」
受けなければいけない。
直央(緊張しちゃ、だめだ)
目を閉じ、数十秒静かに呼吸をする。
直央(金を……引こう)
――「4二銀に、6二金引!」
――「攻めを繋いだお嬢さんすごいな……!」
――「男の子の方の受けも中々出てこないぞ。本当に強いなこの子たち」
かのん「なおくん、押されちゃってるの?」
道夫「今は受けに徹しているというだけだ……応援しよう」
晴「記者さんとか、スタッフ熱くなって見てるぜ。すげぇな」
・・・
巴(金を引きよるか。おもしろい……)
巴(金引も考えていたが、竜を動かすと読んどった)
巴(岡村が7六竜、そんでうちが6三金を指して、返しに同銀。そう来たらうちは5三に桂を飛びこませとった……金の使い方が肝じゃったのう)
晴「また、巴考えてるな」
ありす「難しい局面ですし、最上の一手を探ってるんですよ」
瑞樹「悩むわよね~わかるわ。一手と言っても、指した手はずっと盤上に残るものね」
晴「え?」
瑞樹「寝る前に化粧水と乳液をお肌につけ忘れたら、朝に悲劇がくるでしょう? ……つまりは、そういうこと」
晴「いや、分かんねえ分かんねえ!?」
瑞樹「あら、わからないの? 晴ちゃんかわいいんだから今のうちに適切なスキンケアを覚えておかないとダメよ?」
晴「なんの話してんだ……」
道夫「一手を指すだけといっても、それはその手がもたらす未来への影響……相手の返しを考えた上で指す一手だ。考える手は自分の一手だけでは無いとそう言いたいのだろう」
瑞樹「あら、解説されちゃったわ」
ありす「相手のことまで考え抜いた一手、ですか」
将棋指しは盤面に現れるものよりもはるかに多くの手を検討する。
次の一手を討つために10手を検討するとする。
そうすると、更にそこからもう一手を考えると可能性は100手に膨れ上がる。
二手先を考えるならその2乗、三手先ならその3乗と思考・検討する選択肢は増えていく。
“読み”とは膨大な、あまりに膨大な可能性の嵐の中から、最善という一筋の灯台の光を見つけようとする試みなのである。
瑞樹「一説に棋士は一指しごとに20手を検討するらしいわ」
道夫「となると、四手先160万。五手先320万。六手先6400万。七手先12億8000万――――これほどまでの選択肢から棋士は一つの道筋を選びとらなければならないのだな」
志狼「12億!? マジかよ! すげーなー!」
――「女の子強い手を指すなぁ。こりゃ、将来の棋士候補だな」
――「アイドルで、棋士ってなったらインパクトありますね」
――「そりゃいいな! 駒姫名人戦で指導対局でもやってもらうか」
ありす(あ、巴さんのこと話してる)
ありす「……巴さんならプロになることも夢じゃないですよね」
瑞樹「ええ、このままずっと腕を磨き続ければ夢じゃないわ。……厳しい道のりでしょうけれど」
晴「将棋っていいよなー。女でもプロになれんだもん。なぁ、そういや今男のプロと女のプロってどっちが強いんだ?」
道夫「む……」
瑞樹「あー、男と女でどっちが強いか? 今は…………んーと、男の方が強いって言えるわね」
晴「えーっ、なんだよ! 筋肉とかガタイとか関係ない勝負なのに、それでも男のが強いのかよ……くそっ」
志狼「ん? どーした、晴。なんでオレをにらんでんだよ?」
晴「いや、……なんでもね」
瑞樹「というより、基本男のプロと女のプロって交わらないのよね。晴ちゃん……もっと言えばね、女性のプロ棋士はいないの」
晴「え? 将棋の世界オレよく知らねーけど、女流棋士っていうのがあるんだろ? テレビで見たことあるぜ? ってかさっきの将棋講座、先生やってくれたの女の人だったし」
瑞樹「その人は女流棋士。棋士と女流棋士は別のものよ」
道夫「棋士は男女ともになれるが、女流棋士は女性だけのシステムだ」
晴「棋士は男女ともで……女流は女だけ?」
道夫「そうだ。ただ“女性棋士”はいない。タイトル戦である竜王・名人・棋聖・王位・王座・棋王・王将戦はすべて男性同士で行われてきている」
晴「えっ、そうなのかっ」
瑞樹「そう。女性で名人戦をやった人は今までいないの。女流の方で女流名人戦っていうのはあるけれど」
ありす「…………男の人だけ、ですか」
瑞樹「ちょっと、悲しくなる話よね」
・・・
巴(ほら、桂馬、5三に飛び込んで金成じゃ! 角を動かしてきよったらその後ろにまた張ったる!)
直央「く……!」
巴(勝たんとな、勝たんと――!)
指す、指す、指す。
駒音が思考を研ぎ、魂を勝負に没入させる。
巴(気の休まらん、激闘じゃ。――――うち……本当にやれとるんじゃな。名人駒での一戦を)
意識が駒と盤に吸い込まれていく勝負の一刹那、心の片隅に一つの想いが去来する。
棋士でもない女の自分が名人戦を行っているという重み。
それは“勝たなければいけない”という決意の根源。
棋士――将棋連盟に所属し、将棋を指すことを生業にする者。
制度上は女性でも棋士になることは可能である。実力だけがものを言う世界でそこに男女の区別は無いからだ。
しかし、今まで女性が棋士になった例は無い。
奨励会で四段まで駆けあがった女性がいないのだ。
ゆえに棋士は男性のみである。
…………なぜ女性は実力が追いつかないのか?
脳の作りが違うため――男性の脳の方が空間認識能力に優れているからだという声がある。
将棋を指すのには男性の脳の方が向いている、という特定の領域での性差。ある種の“性能差”。
巴(そんな差は、プロの棋士と単なる将棋指しの実力差を思えば微々たるもんじゃ――極限まで高めた、その世界ならそれが決定的な差になってしまうというんか?)
巴(……飲みこみたくはないのう)
男女差はどの競技にもあるが、囲碁やチェスは将棋ほど男女差が顕著ではない。
女性がプロになる実力を持てない理由。様々な要因が提示されてはいるが決定的な結論は出ていない。
巴(単純に……強い、本当に強い女がおらんだけじゃと信じたい)
他に理由として挙げられるものとしては母体の絶対数の差がある。
将棋を指すのは男性の方が遥かに多い。根本の競技人口の分母が違うために強い女性が出てこない……という比率の説。
女性の将棋指しを増やせば、いずれは四段まで上がり、タイトル戦に挑み、そしてそれを奪取する天才が現れるかもしれない。
そうでなくとも、競技人口を増やすことは棋界にとっては大事な使命。
そこで女流棋士。
将棋を女性に普及させるため育成会が創られ(今は研修会に発展的解消を遂げているが)、女流棋士の養成を行っている。
女流棋士とは、棋士の制度から分離された女性だけの制度である。
巴(それも、歯がゆいがの)
女流棋士。それが将棋の普及を願って生みだされたものだとは理解している。
棋力が男性には及ばない女性にも、プロの仕事を与えているある種の優遇措置であることも。
しかし、真剣勝負が将棋の本懐だと信じる身にはそのような扱いは、連盟が男女の不公平性を認めてしまっているようで……せつなかった。
女はプロの棋士にはなれない。
現時点で女は男に勝てないと……そう考えられているような悲しさがある。
啓蒙、普及の果てに、強い女性が現れてくれればいいのだが。
巴(女は弱い…………そんな風に決めつけられんのは嫌じゃ)
将棋が好きだ。
……だからこそ今の棋界について思うところもあって。
巴(女流棋士は棋士と違うとる。どうにかして扱いの差を埋められんもんかとうちは、勝手ながら思うとる)
巴(こがーなくやしい想い、勝手に持って、一人で猛っとるのはおかしいんじゃろうが――――気にいらんもんはしょうがない)
最初の対局室への入りを直央に譲ったのは、名人になったことがない女性の将棋指し達の想いを勝手に背負ったからだ。
巴(うちは、負けられん)
名人駒を持ちあげて、名人盤へと落とす。
硬い黄楊(つげ)の駒と、強靭な榧(かや)の盤が格調高い戦の音を響かせた。
巴(この音を聴いてしまっとる女として)
ありす「――女流棋士と、棋士ってそんなに違うんですか。実力も、扱いも……」
瑞樹「そう。女流棋士の待遇は、棋士のそれと比べるとかなり劣っているわ。女流棋士さんにインタビューしたこともあったけれど対局料だって格差があったらしいし」
道夫「……格差か」
瑞樹「お給料は大事よ~? 対局自体が少ないからお金がなかったら別の仕事しなきゃならないし、そうなったら将棋だけに専念できないもの」
瑞樹「しょせん、女流は準プロ、将棋に目を向けさせるためのマスコット――そんな空気だったんでしょうね」
瑞樹「だから女流の分離・独立の動きも出てきた……」
瑞樹「将棋を指したいだけなのに、広報のためとはいえコンパニオン扱いで仕事をさせられたら……悔しいわよね。アイドルだからこそ……その気持ち、わかるわ」
瑞樹(巴ちゃんも今、“女”として、“アイドル”として名人駒に触れている重みをわかっているはず)
瑞樹「負けられないわよね」
ありす(女の魂にかけて、かぁ)
ありす「……巴さんに勝ってほしいです。改めてそう思います。これは、一種の代理戦争なんですね」
瑞樹「代理戦争? えっ、んーっ、どうかしら? 巴ちゃんはもしかしたらそう思っているかもしれないけど」
志狼「――なおが勝つ」
かのん「しろうくん?」
志狼「オトコとか、オンナとかなおは関係ねーって思ってるよ。ただあいつ、将棋が好きなだけだもん」
志狼「だからぜってー、なおが勝つ」
かのん「……うん! 好きだったら、きっと将棋のかみさまが勝たせてくれるよね!」
ありす「……」
志狼「勝てばいいんだ、勝てば。そうしたら……オレだって、オレだって……モンクは言わねー」
ありす「見栄っ張りで意地っ張りですね。勝たないと仲直りできないってことじゃないですか」
志狼「はぁ!? ダレは意地っ張りだよ!?」
ありす「……でも、そうですね。男とか女とか、今の勝負においてはそんなのいらない考えかもしれないです」
ありす「ただ、純粋に勝負に集中した方がいい結果が出るものですし」
晴「おい! 巴、王手したぜ!」
志狼「なにーっ!?」
・・・
巴(ようやっと……崩したぞ!)
7二金。玉将の傍らに会った銀を食い破り、金が王に肉薄する。
直央「……」
同玉。王自らが動き、金を駆逐。
巴(こっからじゃぞ!)
持ち駒の銀を6一へ。――王手。
直央「…………はぁ、はぁ…………はっ!」
玉将を6三へ。王が逃げる。
巴(今のうちに角を行かせるっ)
1一角成。一足飛びに盤の端へ飛び、竜馬が敵陣に埋め込まれる。
直央「…………ぜっ、は…………!」
――6七桂。
巴(ここに来て、竜王と桂で攻めてきよったか。跳ね返す!!)
香車を竜王の眼前へ配置。
巴(さぁ……どうきよるんじゃ!? 桂馬を飛びこませてくるなら受けてたつぞ!)
巴(金に成った桂で、この香を後ろを取るつもりなら……前に飛び出して竜王を奪う。そして香の代わりに8九の桂馬が取られて王手がかかるから……そんときは王を動かして、いや待て……!)
先読みが頭の中で跳ねまわる。
その思考はばちんと、小気味いい駒音が掻き消した。
岡村直央が竜王を香車の射程から逃がす。
直央「おもしろいですね…………将棋って」
その声に一瞬、気が抜けた。
巴「うん?」
直央「………………」
巴(なんじゃ、こいつ。おもしろいと零したか。このギリギリの勝負の最中に。うちは本気でやっとるんじゃぞ――――)
――好きな将棋を
巴「あ……っと」
巴(そうじゃ。うちはなにを考えとるんじゃ。不謹慎のわけがない……うちが、うちらがやっとるのは……)
巴「……ふ」
巴「あー、――――将棋ちゅーんは、本当におもしろい」
会話でもない、2つのひとり言。
それは将棋好きな2人の子どもの、この名人戦に対しての率直な感想だった。
巴(うちらは好きで将棋をやっとる。忘れかけとったな、反省じゃ)
直央「あは……は……」
巴(しんどそうな顔で、笑いおって。この真剣勝負はまだ続くんじゃぞ――――ついてこい!!)
――「女の子、強気に打つなぁ……!!」
――「無理に攻め入ると駒を失う。男の子の方はまた受けに回ってる!」
――「桂を取らせて、飛車を取った!! ――おお! 巴嬢まだ攻めるぞ!」
――「岡村くんも諦めずにかわし続けてますね。勝つ気を失っていない良い粘りです」
晴「すっげ、なんか熱が画面から伝わってくる感じがする……!」
かのん「ねぇねぇ! なおくんあぶないの?」
道夫「優勢なのは現在はあちらの方だ。しかし、こちらも段々巻き返している。先ほどの桂馬が突破口になると見るが」
瑞樹「終盤に入ってきてるわ。混戦を制するのは、どっちかしら」
ありす「……」
志狼「うぅー……!」
ありす(すごい真剣な顔……)
巴「は――!」
直央「ここっ……!」
『アイドルで、名人戦か。はっ、親父がやれとゆうたからアイドルを始めてみたが、それが将棋と繋がるとは不思議なもんじゃのう』
『そうですね……! ボクもお母さんに言われて、アイドルになったんですけど…………こういうお仕事があるなんて思いませんでした』
巴「――!!」
直央「――!!」
アイドルだ。
子どもだ。
しかし……そんな雑念はもはや二人の頭からは消えていた。
一手一手の剣戟が、絡み合う死線を駆け抜ける駒が、この世ならざる世界での決戦を二人の脳裏に描いていた。
親に言われてアイドルをしているという境遇は似ている。だが今はもうそんなことは関係がない。
将棋を好きになったいきさつは違う。だが論理の美しさだろうが真剣師の気迫だろうが、どちらに惹かれて始めていてももはや今のこの局面は止まらない。
使命を。私情を。
自負を。恐怖を。
飲みこみながら、溺れながら。
それでも――――なお将棋と燃える。
巴(こんな、勝負…………)
直央(はじめて、だ……)
集中している最中にも、時が過ぎていく。
二人は中座せずに対局を続ける。
おやつとして出された温泉饅頭は二口で腹に放り込まれた。
脳を酷使し、神経を張り詰めさせて、81マスの戦場で二人は競いあう。
果敢な村上巴の攻め。
精到な岡村直央の受け。
終盤の混戦はお互いの王の命が近い戦い。
取られた駒が、こちらを詰める一手に変わる。攻守の逆転。
敵陣放り込まれた金・銀が捌かれていく。
取られぬようにと動かした駒が、空間を作る。
二人の思考がぶつかり合って、難解な棋譜を描いていく。
――――決着が近づいていた。
――ばちん
混戦の中、後手がその一打を繰りだした。
巴「……?」
巴「…………」
巴「がっ!? こりゃあ……!!」
打たれた銀を数秒ながめ、その意図を理解した。同時に背筋に震えがはしる。
直央「はぁ、はぁ……っ」
巴(詰みまでの絵はできとったのに!! なんちゅうことじゃ!)
・・・
――「6八銀。おい、……おい! これっ!?」
――「ああ、決まったな」
ありす「なんですか決まったって?」
道夫「…………………………これは『詰めろ』だ」
晴「つめろ?」
道夫「うむ。そうだ……この一手は詰めろになっている」
晴「いや、だからどーいうことだよ?」
ありす(詰めろって、事前学習で将棋について調べた時見たような)
ありす「検索して…………よし、出てきた」
『詰めろ』
受けなければ詰む状態。
攻める方の手番であれば詰む状態。
次に玉が詰む状態。
ありす「えっ」
ありす「詰むって、負けることですよね?」
瑞樹「そうよ。 ――――巴ちゃん今、大ピンチになっちゃってるの……!」
晴「げっ! マジかよ! 攻めてたって言ってたろ!?」
志狼「なおは……」
ありす「っ?」
志狼「弱っちーけど、それでも時々こんじょー見せるときもあるんだよ……」
『テレビなんて、やっぱり向いてないよ~……』
『今日こそやめるって言おう……! お、おかあさん――』
『まぁ~! アイドル事務所!? うちの直央を!?』
『もしかしてジュピターと共演なんてこともあるかしら!? ――ぜひお願いします!』
『あ……あ……また、言えなかった…………』
直央(あの時、ボク流された……でも)
『あいかわらず、将棋になると自分の世界に入っちまうよな』
『ゴメンね…棋譜を見てると夢中になっちゃって』
『でもそういう時のなおくんって、キラキラしてて、カッコイイよね~』
直央「…………」
『よし、今日も定石を覚えよう。なにごとも基本からだ。熱心な生徒には何時間でも付き合あおう』
『おう。対局するか? 男は腕っぷしだけじゃダメだぜ。頭もよくねぇとな』
直央「…………」
直央(やめずに、がんばってきて良かったって今は思う。周りの人もいい人ばっかりで…………。しろうくんごめんね、親切で特訓してくれるって言ったのに)
直央(がんばってボク勝つから……ゆるしてくれる?)
巴「どうすりゃええ……」
――受けなければ負ける。
巴(タマ取らせるわけにはいけん! じゃが、こりゃあどこを動かせばええんじゃ!?)
築いた穴熊がわずかな空間から綻び、崩れかけている。囲んでしまったが故に逃げ道が少ない。
周囲の駒で対応しなければならない。
巴(角が効いとらんかったら、こっちが先に詰ませることができとったのに!)
巴(いや、できんかったことをふりかえっとる場合か! んなもん感想戦でいくらでもできる! 後戻りを考えたら、負けじゃ!)
巴(考えろ、どうやって巻き返す!! 持ち時間も、もう無い……!)
巴(…………金を打って、向こうに王手を先にかけるか?)
巴(金で王手、そうなると同角で金がとられる、そんで竜で斜め後ろを取ってまた王手。で……王が8二に逃げよるから……竜を6二に引いて角を取るついでに、横の射程に入れて……)
巴(焦るな焦るな……!! 勝つまでの道筋を見つけるんじゃ。勝負は投げたら終いじゃぞ)
――「長考ですね」
――「瀬戸際だからな、無理もない」
晴「巴、もう10分ぐらい動いてないな」
ありす「巴さん、がんばってください……」
巴(向こうは持ち駒の銀で守りよるから…………取った角を使う。で、玉がこうきたら……竜で……同玉……そんで、こっちも取っといた金で攻めを繋いで……)
巴「ぐ……ぅぅ……!!」
息をするのも忘れ、かつてないほど読みを深める。
微かな一本の線を作り、ほころびが無いか確かめる。
数多の可能性の中、頭脳だけで駒を動かし複雑な局面を解いていく。
『勝ってこいよ! 巴!』
『勝利を信じてます……!』
巴(勝つ……)
『お嬢、気張ってつかあさい』
巴(わかっとる……! せまい道でも、渡り切らんと…………)
巴(金で攻めると………………向こうの玉は引く…………………どこに……? ――――8一…………違うわっ、8二じゃ!! ――それで、それで……う)
頭蓋骨が縮まって、脳を締め付けているような心地がした。
頭に描いた盤面が霞む。
しかし、それでも
巴(なめとったらいかんぞ――!!)
意地と意志で読みを深める。
諦めず。折れず。
巴(逃げた玉……を…………銀…………そうじゃ、銀で詰めて……………)
巴(もう少し――)
そうして遂に
巴(詰めると………………)
巴(そう…………………………9二玉で来る……………………………これで)
巴(詰め……)
――――果てに辿りつく。
巴「ふ……ハァ……ッ!!」
巴(これで…………さあ、金で王手じゃ――――)
苦しい読みを終え、駒に手を伸ばす。
しかし、その手は中空で固まった。
巴(――待て)
瞬間、去来したのは本能に近い危機感の声。
“この手はいけん――――角が効いとって不詰めになっとる。”
巴(角)
巴(また、角…………!!)
巴「な……」
巴「なん、ちゅう、こと、じゃ……!!」
直央「……」
詰まない――詰ませることができない。
深めた読みの先の結論はそれだった。
巴(もしかして、読み切られとったんか?)
巴「……っ」
完全なる静寂が対局室を包み込む。
巴「…………」
直央「…………」
巴(負けられんのは向こうも同じじゃったか)
巴(気合い入れえゆうといて……、さんざん勝つと宣言しといて……)
間違っていたのか。
最初から純粋な勝負を望んでいれば、勝っても負けても気持ちよく終われたはずだ。
ただ将棋を楽しんでいれば。
この負けの実感に、ここまで恐怖することはなかった。
巴(うちの……負け……)
巴(男に実力が届かんとは……こんな気分なんか)
巴(いや――――うちだけの負けと違う)
崩れかける思考が踏みとどまった。
巴(事務所の連中に応援されといて。若い衆にさんざん特訓につきあわせといて……申し訳が、たたんじゃろ。面子が潰れてしまう)
巴(盤面……)
巴(玉さえ取られなければ――――)
玉の囲いに目を落とす。前に香。横に桂。斜め前には銀。――穴熊の残滓。
巴「…………」
巴「……………………」
巴「――――れん」
直央(え?)
巴「うちは…………女じゃ……!! 負けられん……!!!!!!!」
直央(わ、わ……!! )
巴は背負った。
ただ、純粋に勝負を繰り広げるだけでなく……そこに、さらなる重みを足した。
勝負を楽しむのではない――仁義を通すための戦いに、この対局を改めて定義する。
“女でも強いというところを見せなくてはならない”
その想いが緋色に燃えた。
……馬のように、跳ねるは今だ。
巴「いくぞ」
駒音が響く。
―――― 7七桂
――「桂の跳ねだしぃ!?」
――「苦肉の策? いや、これは……!」
――「成立してるんですか?」
――「はい! これは…………『詰めろ逃れの詰めろ』になっています!!」
――「えええっ!!」
――「うわ、本当だ!!」
晴「巴が動いた!」
かのん「つめろのがれの、つめろって?」
道夫「……見事だ。詰めろ逃れの詰めろとは、自玉の詰めろを消しつつ逆に相手に詰めろをかけるような手だ。彼女は返したのだ」
瑞樹「これが巴ちゃんの執念……一体どれほど背負って……わからないわ」
志狼「え……!」
巴「うちは、やる時はやる女じゃけん……見損なったら、いかんよ」
直央「う、うぅ……」
直央(どうしよう、どうしよう……!! なんて一手!! 穴熊の桂を使っちゃうなんて!!)
巴「……!!!」
直央「はあ、はあ……」
直央(勝たなきゃ……しろうくんが……)
直央(勝たなきゃ、勝たなきゃ…………)
直央「うぅ、ぅ――!」
直央(手が、縮こまる……緊張する……!!)
直央(ここっ)
――6九銀不成。
巴「はっ!!」
――6二金。
ばち――バチッ―――バシッ!
全てをふりしぼるような、一手の応酬。
金が、角が襲いかかる。
後手玉が逃げる。
先手はさらにその道を詰めていく。
終盤の転がり落ちていくような、駒の動き。
死線が狭まっていき、活路が閉ざされていき、そして――――
巴「捕えた」
玉が竜の間合いに入れられた。
直央「…………え」
5二歩。
巴「ここじゃ」
5四飛。
直央「あ、……あぁ……」
6三玉。
巴「逃がさん」
5二飛成。
直央「…………」
7三玉。
巴「…………」
――7一竜。
直央「あ…………」
直央「…………!!!」
直央「……………………っ…………ぅ……!!」
直央「………………」
直央「……ぁ…………」
直央「あ、りま…………せ、ん……!!!」
今回の投下は終わりです。
次で完結です
ウェディング…タキシードもふもふえんとかきたら確実にそれ題材で書きますね!
乙。いいところで切りおるわ。
タキシード志狼の姿を見た女の子たちの反応むっちゃ気になるわ。
そんなわけで運営さんお願いします!
おっつー
タキシードもふもふえん見たいねー
このシリーズの面子だとありすと晴ちんと千枝ちゃんは花嫁衣裳着てるんだよな…
乙。対局描写が凄く良かった。これはミッチー先生もブログで激賞しますわ
水を差すと悪いからスルーしたんだけど今回も間違ったままだったので指摘しとくわ。定石だと囲碁になっちゃう。将棋は定跡な
ドレスのありすと晴に挟まれるタキシード志狼
ドレスの千枝ちゃんと並ぶタキシード直央
…いい
>>121
ご指摘ありがとうございます。感謝感謝です。
修正
>>51
定石を知り → 定跡を知り
>>104
今日も定石を覚えよう。→ 今日も定跡を覚えよう。
ミッチー先生、デレマスアニメも見ておられたんですねww CDも買ってらしたとは流石です!
乙です
極限まで踏み込みあって、詰めろ逃れの詰めろからの決着は盛り上がりますね
両者最後までよく指しきりました、天晴れです
女性の将棋棋士が生まれないのは謎ですよね・・・囲碁には少数ながら存在するのに
今は一歩二歩手前まで来ているので、
里見さん、西山さん、加藤さんは頑張って何とか壁を打ち破って欲しいです
ひとつ誤記、>>88の四手先は160万じゃなくて16万ですかね
競技人口の差だけでは説明できないぐらいの差があるんだよな、確か
男女の人口比に大差ない囲碁では強い女性の棋士がそこそこ居るのに不思議
>>124
Oh… 0が入ってること全然気付かなかった。急いで書くもんじゃないですね。
ご指摘ありがとうございます! どんどん指摘してやってくださいませ…本当に。今回もっと細かい粗がある気がしてならない…
「利き」が正しいのでしょうけれど、俗っぽく「効き」にしちゃってるところもあります。
修正
>>88
160万 → 16万
女性の棋士が生まれない理由色々言われてるんですが、明確にこれだって言えるものは無いです。
脳の得手不得手の問題だとか、対局し続ける体力の問題だとか。奨励会のレベルが高いから無理もないなんて意見もありますし…
26歳までに棋士になれなかったらおしまいですから、なかなかリスクが高いとは思います。棋士目指すのは。
女性棋士、生まれてほしいですね。生まれたらこのSSに書いたこと覆っちゃうんですが。本当にそう思います。
「棋力がすべて」って考え方が少しずつこれから変わっていくかもしれませんが…
乙!
将棋って凄いですね
結末も気になるけどクイズ回あたりから晴が志狼に細々とフラグを立て続けているのも気になる
それな
ホワイトデーはどうなったのかもすげー気になる
続き投下します
長考の末、読み切ったのは敗北だけの己の未来。
岡村直央は投了した。
――
――――
――――――
直央「……ありがとうございました」
巴「ありがとうございました」
棋士「大変すばらしい勝負でした……お疲れさまでした」
巴「恐縮です」
勝負を見届けた立会人に礼をし、巴は直央に向かい合った。
巴「アイドルでおってくれてありがとうよ、岡村の……いや、直央よ」
巴「お前さんが相手で良かった」
巴「ええ……勝負じゃった」
直央「はい……」
巴(…………しかし、精根尽き果てた。脳を休ませんと)
直央「…………」
岡村直央は将棋盤を見つめていた。
真剣勝負の足跡。
そこには自分の敗北が描かれている。
直央「…………」
巴(……もう検討か。軟弱そうな印象を持っとったが…………見直した。強い男じゃ、おぬしは……)
直央「…………」
巴「…………」
対局が終わったのにも関わらず、色濃く残った勝負の空気がいまだこの対局室に満ちていた。
その空気の中、直央はひたすら盤に視線を注ぐ。
直央「……」
直央「……………………あ」
巴「ん?」
直央「あそこで、桂…………そうしておけば香車の道を塞げて…………詰めろを逃れて…………」
盤上に手を伸ばす。
消えてしまった幻に対し、そうするように。
直央「……また詰めろを…………かけられたんだ」
かざした手が止まり、震えた。
直央「そうして、おけば……………………ぅ……ぅぅ………………」
直央「う……っ、ぐ……!!!」
直央「すいません、失礼します……!!」
巴「なに?」
巴「直央……」
顔を伏せ、岡村直央が出ていった。
扉に目を向けていると、再び、その扉が賑々しい声とともに開かれた。
晴「――巴! 勝ったな! 見てたぜ!!」
ありす「おつかれさまです。それと、おめでとうございます!」
巴「おう、ありすに晴か! ありがとうよ」
晴「すげー、時間がかかるんだな、対局って。クタクタなんじゃねーの? 大丈夫か?」
巴「はっ、平気に決まっとろうが……と、言いたいが、流石に休みたいの」
ありす「控室の人たちも驚いていました。あの詰めろ逃れの詰めろ」
巴「ほうか。そら良かった。――――見返せたか、うちは。やったぞ……」
晴「本当に疲れてんだな。もっと喜んでもいいんだぜ? 名勝負だって讃えられてんだからさ」
巴「名勝負のう。うれしいが、うち一人でやれたことじゃないけん、その賛辞は直央といっしょに受け取りたいの」
仲間からの称賛の中、将棋盤に目を落とす。
巴(そういえば、あやつ言ってたの。桂で、また詰めろを逃れられた……と)
巴(うちは桂で詰めろ逃れの詰めろをやった。あの局面であいつにも手があったんか)
巴(さっき将棋盤の上に手をかざしていたのは……確か7筋のあたり)
巴(7筋に――桂)
巴(…………!!)
巴「確かに! こりゃあ妙手!!」
晴「うわっ、どうした!?」
巴「……この勝負、本当に紙一重だったと改めて思ったわ。あいつにも詰めろ逃れの詰めろの手が残されとった……」
巴「ほうか、桂か。あそこの一手……ああ指されとったら、うちは……」
巴(勝てたのは、うちが女だったから。それだけかもしれん)
ありす「直央くんですか。さっき部屋を出てましたね。すれ違いました」
晴「あいつ……泣いてたな」
巴「なんじゃと……?」
巴「……真剣勝負じゃったけえ、負けたら身が切れる心地じゃろう」
巴「でも、恥じることはない……よぅし、気にするなと言うて、気合い入れたる」
立ち上がり、扉に向かう。
――がそこで、一人の人物が立ち塞がった。
ありす「わ……っ!」
黒服「……お嬢」
巴「なんじゃ、おどれ。どかんかい」
黒服「お待ちを」
巴「はぁ?」
黒服「……失礼、不敬は重々承知で申し上げます。女が……ましてや負かしたもんが、敗北に泣く男にかける言葉なんてないんです。どうか、あの少年を一人にさせたってくれませんか」
巴「…………なんじゃ、お前」
黒服「申し訳ありません……差し出口を」
巴「……ふん…………行かんほうがええんじゃな?」
黒服「――! はい」
巴「……ほうじゃの。勝者が、敗者にかける言葉なんて無いな。そう…………そうじゃな」
黒服「――お嬢。お見事でした」
巴「おう。今は下がっとれ。まだインタビューが残っとるけん」
巴「うちの若い衆が驚かせたの」
晴「お、おう」
ありす「敗者にかける言葉なんて無い、ですか」
巴「うん?」
晴「あ、志狼……あいつどうすんだ。直央が勝ったら仲直りするって言ってたけど」
ありす「決着がついた時、立ち上がって部屋を出て行きましたよね」
晴「もしかしたら、負けた直央んトコに行ってんじゃ……」
ありす「それで何を話すんですか。意地っ張りなのに」
晴「…………」
ありす「…………」
巴「どうしたんじゃ?」
晴「探すか、あいつら2人」
ありす「しょうがないですね、もう――! 」
庭園
直央「…………」
――――「おいっ!」
直央「……え?」
志狼「おまえ泣いてたのかよ」
直央「しろうくん……!?」
晴「……直央って自分から芸能界入ったわけじゃねーみたいだな。親が入らせたんだってよ」
ありす「でも、今回の将棋は彼もやる気を出してたようです。……趣味まで、仕事になっちゃったって言えますね」
晴「でも、今回は巴が勝って、あいつは負けた」
ありす「…………放送されるんですよね、今回のアイドル名人戦。ネット動画にも公開するってプロデューサーが言ってました」
晴「どう思うんだろな、あいつ。自分の好きにしてたもんをこんな風に使われて」
ありす「そこは大丈夫だと思います。このお仕事を受けた時に……納得してるでしょう。少なくとも巴さんは覚悟を決めて臨んでました」
晴「そっか。そうだよな」
ありす「でも、志狼くんが危ないです」
晴「あー……」
ありす「負けて傷ついてる直央くんに、なにか変な事を言ってまた傷つけたりしてたら…………。志狼くん、デリカシーがありませんから」
晴「オレらもおせっかいだな」
ありす「…………志狼くんのせいです。危なっかしいから」
志狼「――――!!!」
ありす「あっ、いた!」
晴「……直央と話してんな」
志狼「なんだよ!? 好きでやってたんだろー!? なら一回ぐらい負けたぐらいでへこんでんなよー!!」
直央「ちがうんだ……! 終盤のあの時、ボク……巴さんの気迫に負けちゃったんだ」
直央「本当に気合いが入った重い、重い一手を打たれて……また、ボク怖がっちゃったんだ……それで、集中の糸が切れちゃって……ぅ、ぅぅう……!!!」
直央「なさけないよぉ……!! つよく、つよくなりたいよ……好きな将棋でも……ボク、こんな…………ぅぅ……」
志狼「……っ!!! ならっ! また強くなればいーじゃんか!! それでリベンジすればいーじゃんかよ!」
直央「…………うっ、りべんじ……」
志狼「くやしーんだろーが! なら、次おなじよーなことあったら、もうミスんねーだろ!! いっこ強くなったんだおまえはっ!」
直央「……ぅ、ぅう……しろうくん……」
志狼「――将棋って、最後負ける方が、自分でセンゲンするもんなんだな……」
直央「え……?」
志狼「自分で負けましたってゆーワケだろ? オレ、ぜってーできねー、そんなの。かっこわりーって思うもん」
直央「……かっこ、わるい…………そうだね、ボク……」
志狼「でも、さっきのは違った」
直央「へっ……?」
志狼「……最後ぜーんぶ気持ち飲みこんで、ありませんって言ったおまえは、なんかかっこよかった」
直央「……」
ありす(志狼くん……)
志狼「かっこよかったから! もう泣くなよっ!! いいじゃんか、かっこよかったんだから! な!」
直央「うぅ~……!!」
志狼「うげっ!? また泣くのかよ!?」
直央「しろうくん、ありがとう……!!! ぅぅ~!! なんか、うれ、しいよ……!!」
志狼「なお……」
ありす「……男の子って、ああやって強くなっていくんでしょうか」
晴「へへっ、実はオレ、あんまり志狼のことシンパイしてなかった。あいつもやるときゃ、やるよ」
かのん「あ、見ーっけ! なおく~ん! おつかれさま!!」
直央「あ、かのんくん」
かのん「残念だったねぇ……かのんがおまじない、もっとしとけばよかったね?」
直央「ううん。いいの。いい勝負はできたって思うから」
志狼「再戦すれば勝つしな!」
直央「ええっ、ど、どうかなぁ……巴さん、本当に強かったし」
志狼「ん~? 気合いがたりねーぞ! 特訓するぞ、ジゴクの特訓!」
直央「ジゴクの特訓!?」
志狼「そーだっ! ヤマゴモリだ! サバイバル!」
直央「そ、そんなの無理だよ~っ」
志狼「大丈夫! オレらも付きあってやる!」
かのん「わー、みんなでキャンプ? 楽しそう~♪」
直央「みんなで……それなら…………できるかな?」
志狼「おう! その代わり、あれだ……オレにも、将棋教えろよ。特訓に付き合うために……強くなってやるから、よ」
直央「志狼くん……! うんっ! わかった! 教えるね!」
道夫「ああ、ここにいたか。岡村君、疲れてはいないか?」
志狼「あ、みちお先生」
直央「先生……はい、大丈夫です。すいません負けちゃって……」
道夫「謝る必要はない。そして気を落とすことはない。これもまた己を成長させる貴重な経験だ」
直央「はい」
道夫「次、同じような状況になった時……今回の経験が活きるだろう」
直央「はい」
道夫「引き際、潔く美しかった。投了の際、自分で敗北を宣言するのは身を切る心地だろう。しかし君はしっかりとそれをやり遂げた。その在り方は君の美点で……」
志狼「なー、多分それもうオレが言ったぜ」
道夫「な、なに? 本当かね」
直央「え? ……はい。言ってくれました」
道夫「なんと。これは、失敗か。ケアの方法をもっと勉強しければ……いや、今は仲間内での助け合いが実現できている点を褒めるべき……」
かのん「あはははっ! こまらなくてもいいのに~」
志狼「先生、オレと言うことカブったー! ダメだぜ、“おりじなりてぃ”ってヤツを持たなきゃよ!」
道夫「その指摘はもっともだ。…………個性を深めなければ」
直央「あ、あの、そんなに考えなくても……」
巴「気持ちのええ連中じゃな。志狼に、かのんか……」
ありす「あ、巴さん」
巴「声をかけるつもりはなかったが、やはりちぃと気になってな。来た」
瑞樹「私といっしょにね。直央くん、良い仲間を持ってるのね」
巴「ああ。――いい男になりそうじゃの。あの連中」
ありす「そ、そうですか?」
巴「直央も意外と気骨がありよった。ありすに晴、2人、あの連中と親しいんじゃったか?」
晴「ああ、まーな」
ありす「志狼くんとは、別に……ケンカばかりですし親しいなんてことありません」
巴「そうなんか?」
晴「ありす、なんで志狼にだけすぐそういうこと言うんだよ?」
ありす「え……無意識に……。いや! 名字が同じで色々からかわれたりしたので、否定が反射になってて……それだけですっ」
瑞樹「ふふっ、いい男になりそうだなんて――巴ちゃんこそいい女の台詞よ、それ! 将来どんな女性になるのか楽しみだわー」
巴「な、なにっ!? ミズキ、うちをからかっとるんか!?」
モバP「おーい、そろそろ対局後のインタビューを頼むー!」
エムP「そうしたら、もうこの仕事は完了です!」
巴「ん……、行くか! 初代アイドル名人として、貫録のある受け答えせんとな!」
アイドル名人戦・結果
【勝】 先手・村上巴 ―― 後手・岡村直央
勝者、村上巴。(121手目にて決着)
――
――――
――――――
佐々木千枝
http://i.imgur.com/CfqZuGJ.jpg
千枝「番組見ました。巴さんも直央くんも一生懸命で、千枝はらはらしながら見ちゃいました!」
晴「オレらはリアルタイムで見たけど、緊迫感っての? すごかったぜ」
千枝「すごい勝負だったんですね。……直央くんもがんばったんだ」
晴「あの後インタビューで、巴も直央も驚いてたな。インタビュアーのプロ棋士がアイドル大好きな人でよ、なんかCDの『Happy×2 Days』の話になって……答えられないっての!」
千枝「プロにもそんな人いるんだね」
晴「放送じゃカットされてたみてーだけどな。ネット動画の方であげんのかな?」
千枝「でも、反響が大きかったってプロデューサーさんが言ってたよ。また企画があがってくるかもって」
晴「マジ? じゃあ、もう一回やる時も志狼たちとかな?」
――「待った!!」
――「駄目です!」
千枝「あっ」
志狼「なんだよケチ!」
ありす「ケチじゃありません。待ったは一回までですっ」
千枝「将棋してる……」
晴「志狼、ありす、お前ら収録前に将棋かよ」
ありす「晴さん。千枝さん。おはようございます。……志狼くんから仕掛けてきたので受けたまでです」
志狼「う~……!」
直央「しろうくん、ここはね」
志狼「アドバイスしなくていい! オレの力で勝つ!!」
かのん「志狼くんがんばれ~♪」
ありす「ちなみに私の方が優勢です」
千枝「そうなんだ。あ、直央くん! 番組見たよ。……カッコよかったです」
直央「えっ!? う、うん……ありがとう……」
千枝「番組見て将棋ってすごいなって思いました! 千枝にも将棋教えてくれる?」
直央「将棋を? ――うん! いいよっ」
千枝「わぁ、ありがとう! それで今、ありすちゃんと志狼くんの戦いってどうなってるのかな?」
直央「えーっとね……。今、急戦になってて……」
志狼「スペシャルシロージャンプ!! 一回だけ2マス動ける!!」
ありす「勝手なルールを持ち出さないでください。反則負けにしますよ」
志狼「ぐ……っじゃあここだ!」バチッ
ありす「そこでいいんですか? 守れてないですよ」パチ
晴「おい、そこ二歩じゃね?」
ありす「えっ」
直央「あ、本当ですね」
ありす「ま、待ってください! うっかりしてただけですから!」
志狼「いいぜ。へへっ! オレもお前も待った使ったな! オレら互角みたいだなありす!」
ありす「互角……! そんなわけありませんっ。こういうゲーム私得意ですから……!」
千枝「ありすちゃんがんばって!」
かのん「しろうくん、ふぁいとっ!」
――「なんだなんだ」
――「将棋か! 子どもなのにあの面白さがわかるのか。なんか嬉しいねぇ」
直央「……」
直央(アイドルをやってて良かった。将棋が好きで良かった)
直央(今、こんなにも楽しい……!)
―――……
巴(詰めろ逃れの詰めろ……逃れの詰めろ、か。あんな妙手がもし来ても勝てるようになっとかんとな)
黒服「――が前から来よります、お嬢」
巴「なんかゆうたか?」
大吾「むぅ?」
巴「ん?」
兜大吾
http://i.imgur.com/QWW1DLI.jpg
大吾「おお! 巴お嬢!」
巴「お前は……おう! 兜組の!」
大吾「お互いアイドルに」
巴「なっとるらしいな!」
大吾「はっはっは! 不思議なもんじゃー!」
巴「あの、音楽番組見たぞ。ようきばっとるな」
大吾「歌は心意気じゃー。ま、歌に関してはまだまだ若輩の未熟者じゃけえ、もっと修羅場を越えんとな」
巴「……親父さんとおふくろさんは」
大吾「んー、まだ離れて暮らしとる」
巴「ほうか……じゃが、腐っとらんようじゃな」
大吾「あはは! 男は愛嬌! みんなを笑顔にせにゃならんアイドルが、そんな落ち込むわけにもいけんじゃろー。アイドル、面白くなってきたところじゃし」
巴「はっ、そうかおぬしもかい。……ゴタゴタはお互いあったが、こんなところに持ち込むのは無粋というもんじゃな。茶でもしばこうか」
大吾「おーええぞ! また将棋でもやるか?」
巴「将棋? ええんか、うち、強うなっとるぞ。最近殻を破ったばかりじゃし」
大吾「はっは! それは楽しみじゃのー。でもワシも腕磨いとるぞ!」
巴「ほぉ、おもしろいの……こら、お前らなに身構えとるんじゃ」
黒服「しかし……」
大吾「久闊を叙すってヤツじゃ。騒ぎにすな。ワシらの面子、潰さんよーに頼むわ」
黒服「六代目……心得ました」
大吾「じゃー、いこか! 待ったしてもいいからのー?」
巴「真剣勝負に待ったはナシじゃ!」
完!
これにてお終いです。
読んでくれてありがとう
乙ー
毎度おもしろいです
乙。今回も良かった。
黒服はいい仕事をした。
クロス系過去作
橘志狼「よーしっ公園で自主練だ!」橘ありす「私たちが使う予定なんですけど」
橘志狼「顔面セーフっ!!」橘ありす「アイドル的にはアウトですよ」
橘志狼「ありすっライブのチケットくれ!」橘ありす「なんの冗談ですか」
橘志狼「早押しは得意だぜっ!」橘ありす「正解しないと意味ないですよ」
橘志狼「チョコ貰ったかって?」橘ありす「昨日の私はまさか渡していませんよね?」
櫻井桃華「あら、あなた忘れ物をしておりますわよ?」 都築圭「ごめん、静かにして」
榊夏来「……猫?」佐城雪美「うん……ねこ」
塩見周子「誕生日に」東雲荘一郎「想を練る」
塩見周子「荘一郎さーん、約束のケーキっ!」東雲荘一郎「わかってますよ」
渡辺みのり「シンデレラガール総選挙だよっみんな投票してッッ!!」
今回は直央と巴と将棋の話でした。
SideM今のイベント、涼君が愛ちゃん絵理ちゃんとの繋がりを忘れてないって気付かせてくれる台詞が多かった。うれしい…!
6月は晴千枝がウェディングドレス着たりして、驚きました。
次の話はどうしようかな…
乙でした!!
毎度ながら面白かったです!!
乙
今回も楽しませていただきました
直央くんかっこ良かった
巴嬢は女の子とは思えない風格でビビったw
この人が書く警官コンビや玄文がもっと見たいな、と思ってたけど志狼と晴の関係も気になって来た
乙!
インタビュアー・・・たかみち先生何やってるんすか(偏見
みんなかっこよくてかわいくて、読後感が爽快ないい話でした
俺の脳内ストーリーでは兜組と村上組は大吾と巴が生まれる前に親同士が盃を交わして、
2人が生まれたときに勝手に将来祝言を挙げさせて組を統一する約束になってたけど
賛同する組員と納得しない組員との内部抗争になって兜組は離散、
というびみょーな関係になってしまっていたので、
大吾と巴が普通に笑って話せる間柄で描いてくれててほっとしましたww
乙
乙です
将棋はほとんどわからんけど面白くて一気読みしてしまったぜ
ルールがわからない人にも面白いと言わしめるのは話作りの技量が高い証拠だね
将棋の描写に悩みましたが、ちゃんと読めるようでよかったです
六代目とお嬢の絡みはみんな考えますよね!
玄武くんと文香さんの話は必ず書きます。私自身もあの組み合わせは好きなんです
晴と志狼の関係を掘り下げる話も今うっすらと考え始めてます。書きたいものばかり溜まってますね
軽い話も作りたいので、悩ましいですが…クロスSS増えてくれるといいですね
エムマス側はブライダルイベントないのか・・・つまり、隙に捏造できるというわけだな。
今までのは一つの話だったからオムニバスでいろいろな話を書いてみては?
>>162
去年の秋だけどやってたぞ
FLAMEメインで上位握野さん。激戦だったって話
>>164
今年(の6月)は、ってことでしょ
次イベがもふSEMでブライダルだったりしたら興奮の余り錯乱したかもしれん、残念
玄武は春菜とメガネ談義で盛り上がる所も見てみたい
そして何故か翌日メガネをかけて出社するふみふみまで見たい
玄武文香書いてくれるのか! 希望ができた
志狼と晴はグリマスの大神環と絡んで欲しいなあ、と思ってる
警官コンビとか自分も書いてみたいと思うのだが、この人の書く二人がこっちのイメージそのまま過ぎて、もう書くことなくなっちゃうんだよな。
握野君は絶対に早苗さんに振り回されつつ、折檻でヘッドロック喰らって慌ててるイメージ。
前回のウェディングミッションは9月だったんで、もしかしたら今年もそうかもしれないですね
希望は持っておくことにします…ww
オムニバスですか。一つ一つが数レスで終わるような形なら楽かもしれないですね。ありがとうございます。考えます。
玄武くんのポテンシャルすごいと思うんですよ。
お嬢様方と絡めても映えるし、頭脳で天才連中とか専門家連中もほとんど同レベルでやりあえますし、きらりを含めた全アイドルより背が高いので身長差というフックも作れる。あと眼鏡属性。
いい人物だと思います。考えるほど文香さんとは色々相性が良いことに気づきます
環とのオオカミコンビは考えますよねー。シンデレラ・ミリオン・SideMの3つを絡めた話も作りたい。
環もウェディングドレス着たんですよね…志狼、がんばって
警官コンビ大好きなんです。いっしょにいる絵を見たりするんですが、ほとんど早苗さんが先輩になって握野くんを振りまわしてますよねww
書かないなんてもったいない…お互いタキシードとドレスでSR持ってるんですから、そこを膨らませた話を。(俺が見たい)
雑多な返信ですが、両方好きな人がいるのが分かってうれしいです。
読んでくれてありがとうございました。アニメもまた始まりますし、CDも出るし、もっと盛り上がるといいですね!
玄武は頭脳も身長も全アイドル中トップなのがちょっとズルいよな
最初の印象は「こんなヤツがアイマス世界の高校生で一番頭いいのかよ!?」と思って、他の属性も盛られ過ぎな気がして食わず嫌いしてたよ
好きになったのは1のクイズ以降のSS読んでからでした
デレマスは人数多いから一人にあまりたくさん属性付けられないけど、
Mマスの場合人数絞ってあるから、複数の属性持たせやすいんだろうね
>>169
それぞれのアイドルを好きになったという声、本当にうれしいです…書いてて良かったと思います。
SideMも新アイドル追加をちょっとずつでもいいから続けてほしいですね。
個人的には生徒会ユニットとか、陰陽師とか探偵とか侍とか人狼とか執事アイドルが欲しいです
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