希「穴」 (74)
短い
ホラー
グロ・死
にこ「……工事中につき、迂回してくださいって」
にこが看板に人差し指を突きつける。
絵里「しょうがないわね。いったん戻りましょう」
希「配管工事やんな。あー、来週までって」
にこ「めんどくさいわね。遠回りじゃない。滅多に揃わない三人が揃ったからかしらねー」
絵里「もお、聞こえるわよ」
にこ「今誰もいないじゃん。それにしてもでっかい穴。よくこんだけ掘ったわ」
にこは近づいて、アスファルトに空いた穴を覗き込んだ。
昼間だと言うのに、薄気味悪いとにこは思った。
にこ「……」
希「どしたん?」
絵里「何かあった?」
絵里も穴を覗き込む。
にこ「花が」
絵里「花?」
絵里も目を凝らして見るが、花なんてどこにもない。
絵里「花なんて……」
希「もー、二人とも落ちても知らんで? ランチ終わってまうよ?」
絵里「あ、ごめんごめん。行きましょ、にこ」
にこ「とと、そーねっ」
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カフェ
にこ「……え? ランチ残り2食?」
希「じゃんけんやんな」
絵里「私、他の頼むから、二人はそれにすれば?」
希「何言ってるん、ベーグルサンド食べたいってえりちが言ったんやろ」
にこ「そーよ。ほら、手だしなさいよ」
希「はーい、じゃんけん」
絵里「え、あっ」
にこ「ぽいっ」
希「あー、負けてもうた……」
絵里「ごめんね、希」
にこ「ま、私の勝利は最初から確定事項だったから気にすることないわよ」
希「ずるーい」
絵里「店員さん呼ぶわよ」
―――
――
―
にこ「私、ちょっとお花摘みに行ってくるから」
希「にこっち、何ぶっとん?」
にこ「うっさい!」
希「うひゃあ」
絵里「もお、はしゃがないの」
希「てへ」
絵里「あ、希口にソースついてるわ」
希「え? とってとって」
絵里「しょうがないわね」
女子トイレ
にこ「アイスココアのせいかしら……お腹冷えた」
ジャー
にこはバックからリップを取り出す。
上唇に薄いピンクをさっと引いた。
にこ「ふんふん……ふん」
軽く髪を整える。
ふと、水の流れる音がまだ続いていることに気が付いた。
にこ「あっれ、おかしいわね」
先ほどまでいた個室へと様子を見に行く。
にこ「……バーが下がったまんまじゃん。もお、にこのおっちょこちょい☆」
こつんと、自分の頭を叩く。
バーを引き上げると、水の流れは徐々に弱まっていった。
にこ「壊したかと思ったじゃん」
胸をなで下ろす。
個室から出て、トイレを出ようとした所で、
ジャー
にこ「え」
にこは振り返った。
音がまた同じ個室から聞こえている。
にこ「ほんとに、壊した……?」
にこは店員を呼ぼうかと思ったが、もう一度きちんとバーが戻っているかを確認した。
にこ「……戻ってるわよね」
ふいに、誰かに背中を押された。
にこ「きゃっ!?」
トイレの便座に手をついた。
後ろで、扉が盛大に閉まる音がした。
にこ「は?」
鍵がかけられる。
訳が分からずに扉の鍵を外そうとするが、外れない。
にこ「なっ……んで、外れないのよっ」
がちゃがちゃと、流水音と共に金具の合わさる音が混じる。
にこは思いっきり扉を叩いた。
にこ「誰よ!? もしかして希?!」
内側の鍵をどうやって外から閉めたのか。
焦りがその疑問を追いやる。
希か絵里がやっているのだろう。
そうに決まっている。
にこは、扉を叩く。
にこ「開けなさいよ、たくっ! 今なら怒んないからっ」
返事はない。
にこ「……なによ」
何か怒らせるようなことをしただろうか。
首を傾げる。
ベーグルのことだろうか。
希と決めつけるわけではないけど。
水は先ほどから止まらない。
ぴちゃ、と足元で音がした。
水がこぼれ出していた。
にこ「げ……」
にこは叫ぶ。
にこ「ちょ、冗談じゃなくてやばいんだって。トイレ壊れちゃったかもしれないのっ。開けないなら、店員呼んできてよっ」
答えない。
にこはついに我慢ならなくなり、トイレの便座に足をかけて、
タンクに上って、トイレの中から外に出ようとした。
にこ「……はい?」
誰もいない。
ぐいっと、足を引っ張られる。
にこ「え」
にこは下を振り返った。
―――
――
―
絵里「ねえ、にこ遅くない」
希「せやな。うち、ちょっと見てくる」
絵里「お腹壊したのかしら」
希「そうやないん……ふふ」
絵里「荷物見ておくから、お願いね」
希「うん」
奥のトイレに向かい、扉を開ける。
洗面所のある空間があり、もう一つ扉があった。
希「にこっち?」
にこ「いやあああ?!」
断末魔のような悲鳴。
希「え?」
にこ「いやああああ?! いや!いや!やだああ!?」
希「にこっち!? どしたん?!」
にこの今まで聞いたことないような叫び声。
希はざっと個室を見渡し、扉の閉まっている個室に向かって走る。
希「にこっち!」
にこ「助けてっ! やだっ、いやいやいやいやいやいやっ」
足元には水が流れてきている。
希「ここ、開けて!」
にこ「やめてっ……お願いっ誰かっ……やだ、やだおかあさっ」
急に静かになった。
希は扉を恐る恐る叩く。
希「にこっち……?」
カギの所を見ると、青になっていた。
気が付かなったが、鍵はかかっていなかったのだ。
希「入るで……」
扉を開ける。
希「……だいじょ」
誰もいない。
希「……なんで」
足元の水がぴちゃりと跳ねた。
―――
――
―
その日を境ににこはいなくなった。
家に帰ってないというのを母親が気が付いたのは、翌日になってからであった。
希はその時のトイレでの出来事を母親や学校、
警察関係者にも話したが、話半分という感じでまともに取り合ってはくれなかった。
ただ、その場にいた絵里とμ'sメンバーは彼女の話に真剣に耳を傾けてくれた。
穂乃果「……家出だって」
今朝のニュースで、行方不明になったにこのことが報道され、
新聞の記事やラブライブ関連の情報ページもその話題が上がっていた。
ことり「にこちゃん、家出なんてしないよね……」
穂乃果「そうだよ。にこちゃんが妹ちゃん達を置いて家出するわけ……ないよ!」
マスコミのでたらめな情報では、家族の面倒を見るのが嫌になってなどと書かれていた。
また、ラブライブ系の掲示板では、チームやメンバー同士の痴情のもつれかなどと、
あることないことが飛び交っていた。
希「……」
絵里「希……」
希はあの時のにこの声が頭から消えない。
絵里の心配そうな表情に、視線を向けるが上手く笑うことができなかった。
まだ、信じられない。
あれが、現実にあったことだと。
夢。
今も、夢なんじゃないかと。
真姫「ねえ、にこちゃんが行きそうな所捜してみない……?」
穂乃果「いいねっ」
海未「そうですね……でしたら、花陽と凛にも」
絵里「いや、花陽はダメよ……」
希「うちが、みんなの前であんな話したせいやん……」
花陽はショックが強すぎて、昨日から学校に来ていない。
というより、来れなくなっていた。
それに凛が付き添っていた。
穂乃果「とりあえず、帰り道を辿って見ようよ。何か、分かるかもしれないよ!」
ことり「そうだよね。何もしないよりはいいと思うっ」
海未「そうですね……」
絵里「そ、そうね」
希「えりち……」
希は絵里を見た。
明らかに怯えた顔をしている。
絵里「何も知らないから余計に怖いのよ」
言って、立ち上がる。
希「……」
穂乃果「よしっ善は急げだよ!」
不安を思い出させないように、穂乃果が明るく振る舞う。
メンバーはそんな彼女を見てそれぞれに立ちあがった。
―――
――
―
線路沿い
カンカン
電車が通り過ぎていく。
日が傾き、少し肌寒い。
穂乃果「前ににこちゃんと遊んだ時に来た所は、これで全部だね……」
海未「手がかりになりそうなものはありませんでしたね……」
真姫「他に思い出してない所はないのっ?」
真姫が苛立った口調で言った。
絵里「落ち着きなさい」
真姫「落ち着け? できるわけないじゃない!?」
ことり「真、真姫ちゃん……みんな一緒だよ」
ことりが真姫の手を取る。
真姫はその手を振りほどこうとしたが、力なくことりの肩に頭を寄せた。
希「……焦って捜しても見つかるもんも見つからんしな」
真姫「っう……ひっ」
何かあるだろう、と誰もが思っていた。
そう簡単に見つかるなら警察が見つけているとも思っていた。
それでも何かあって欲しかった。
真姫のすすり泣きに、他のメンバーも涙をこらえるような仕草を見せる。
真姫「にこちゃん……どこ行ったのよ……っ」
彼女がいなくったこと。
それが、漸く、現実としてみんなの心に突き刺さっていた。
絵里「帰りましょうか」
無言ですすり泣くメンバーを見かねて、
絵里が言った。
希「せやな……」
絵里「あっちの道は、工事中だから……」
と、絵里が指を指す。
絵里「……え」
希「どしたん、えりち?」
絵里「にこが」
希「え?」
絵里「今、にこが……」
希「えりち?」
絵里が急に走り出した。
穂乃果「えりちゃん!?」
希達は絵里の後を追った。
運動神経の良い絵里との距離が離れていく。
彼女が角を曲がった。
あそこは、確か通行止めになっているはず。
先ほど、絵里自身が言ったところだったのに。
希「待って、えりち! えりち!」
急に怖くなって、希は叫んだ。
前を行く海未と穂乃果が、曲がり角の手前で立ち止まる。
希「はあっ……っつ」
肩で息をして、希とことりも追いついた。
真姫も混乱した様子で、後ろから二人の方を見ていた。
ことり「……二人とも、どうし」
近寄ろうとしたその時だった。
海未が地べたに座り込んだ。
そして、そのまま身体を傾けて倒れた。
ことり「海未ちゃんっ」
ことりが駆け寄る。
希と真姫も後に続こうとして、
穂乃果「来ちゃだめ!!」
穂乃果が強く言い放った。
希は自分の心臓が大きく脈動したのを感じた。
そして、悟ってしまった。
信じがたい、あり得ないことだが、希は息ができなくなるような苦しさを覚えた。
穂乃果「……希ちゃん、急いで救急車呼んでっ」
希は言われて、携帯を取り出す。
穂乃果「……花……」
ことり「花が……」
穂乃果とことりがぼんやりと呟いていた。
ガタガタと震える手で、必死に携帯を操作する希の耳には届いてはいなかった。
真姫「いや……いや……」
穂乃果「真姫ちゃん、見ちゃだめだよっ!?」
真姫がいつの間にか、制止の声を無視して、
穂乃果の脇に立っていた。
真姫「にこちゃんっ……えり……っ……?!」
希は携帯を取り落とす。
救急隊員の声が携帯から聞こえていたが、
真姫の悲鳴によってかき消された。
取り乱した真姫は、通行止めの看板を飛び越えようとして、
穂乃果「危ないよっ!? 真姫ちゃん、止めて!」
穂乃果とことりに取り押さえられる。
穂乃果「の、希ちゃんっ……電話っ」
希「あ、せ、せやっ……」
希は再び携帯を掴んだ。
―――
――
―
部室
次の日、全校集会が開かれた。
穂乃果も生徒会長として挨拶をする予定だったが、
途中で体調を悪くして取りやめになった。
登校中まで気丈に振る舞っていた穂乃果だったが、
その日は教室に出ることができなかった。
穂乃果「……」
机に突っ伏する穂乃果に希が声をかける。
希「……穂乃果ちゃん、これ」
買ってきたレモンティーを差し出すと、
ゆっくりと顔を上げて小さく笑った。
瞼が真っ赤に腫れていた。
穂乃果「ありがと、希ちゃん」
希は部室を見渡す。
ことりと海未と真姫は学校に来ていない。
にこと絵里は意識不明で入院している。
穂乃果はレモンティーを少し口に含んで、
また机に突っ伏してしまう。
希「……」
希は椅子を引いて、穂乃果の隣に腰かけた。
穂乃果「ねえ……」
希「うん……?」
穂乃果「絵里ちゃん……昨日、何を見たのかな……」
希「……にこがおったって言って走って……」
穂乃果は窓の方に顔を向けた。
穂乃果「にこちゃんは確かにいたけど……でも」
声が震えていた。
希「穂乃果ちゃん、無理して思い出さんでええって……」
穂乃果「……穴が、追いかけてくるの」
希「穴?」
穂乃果「ほらっ、あの、あそこにあった工事現場の穴だよ……」
希「ご、ごめんなうち見てなくて……」
穂乃果「あっ…そ、そうだよね。ごめん……」
気体
穂乃果「私を、吸い込もうとしてる……違う、埋めようとしてる……?」
独り言のように穂乃果は言った。
希「な、何言ってるん」
穂乃果「花が……置いてあって……」
花。
確か、先日も。
希「……そう言えば、にこっちとえりちも……花があったって」
穂乃果「……何なのかな、あの花」
希「どんな花なん?」
穂乃果「花束なの。結婚式とかで花嫁さんが投げるようなキレイな……」
希「誰かが落としてしまったんやないん」
穂乃果「……そうだよね」
希「……穂乃果ちゃん」
穂乃果「でも、昨日あの二人を引き上げた時にあの花も一緒に取り出したんだよ。ね、希ちゃん見なかった? 私、持ってたでしょ?」
穂乃果が緩慢に首をこちらに向けた。
泣き晴らした大きな瞳を開いて、
希の両肩に腕を伸ばした。
穂乃果「私……病院に捨てたんだよ。見てたよね、希ちゃん」
希「え、あ……穂乃果ちゃんが、ゴミを捨ててるのは見たけど……花は」
穂乃果「そうなの……?」
希は無言でぎこちなく頷いた。
穂乃果「また、あの穴に、穴に入ってたの。あの花束……なんでかな」
希「穂乃果ちゃん、今朝行ったん? 危ないことは……」
穂乃果「何か、気がかりで……」
穂乃果は言って、また黙りこくってしまった。
いったんここまで
続きは夜やん
期待
こういうのって怖いのに続きが気になる
―――
――
―
穂乃果「じゃあ、希ちゃんまた」
希「うん……」
希と別れて、穂乃果はぼんやりと帰路につく。
自分が捨てたのはなんだったのだろうか。
病院にいるにこと絵里も見た、と希は言う。
穂乃果「……それより、えりちゃんとにこちゃん……だよ」
花のことは考えても分からない。なら、二人のことを考えよう。
にこが見つかって良かった。
穂乃果「生きてて……良かった」
青白い顔で発見されたにこだったが、外傷などはなかった。
ただ、原因不明の昏睡が続けば身体は弱まっていく。
穂乃果「すぐ……起きるよ、うん。にこちゃんも絵里ちゃんも大丈夫」
弱音を吐いても何も変わらない。
何ができるか考えないと。
穂乃果は病院に向かった。
病室
ブン――。
無視の羽音かと思って、穂乃果は振り向いた。
ことり「穂乃果ちゃん?」
穂乃果「……今、何か虫いた?」
ことり「分からなかったけど」
ことりも穂乃果の視線の先を見つめる。
他の病床と仕切るための白いカーテンがあるだけ。
穂乃果「ごめん、気のせい」
ことり「驚かさないでね……」
穂乃果「えへへ……」
ことり「ね、にこちゃん手暖かい」
ことりはにこの手をずっと握っていた。
時には撫でたり、揉んだりして、目覚めて欲しいと願いを込めているのが穂乃果にも分かった。
にこの隣に絵里が寝ている。肌が白いせいか、にこよりも病的に見える。
穂乃果「にこちゃん、絵里ちゃん……何があったの」
ことり「……」
風が穂乃果とことりの髪を撫でた。
穂乃果「あれ、窓開いてたっけ……」
ことり「うんん……」
他の患者さんはいないはず。
二人の身体に触ったらいけないと思い、穂乃果は窓際へと歩み寄った。
穂乃果「……わ」
ことり「どうしたの」
穂乃果「窓ガラス割れてる……?」
割れてる、という表現は正確ではなかった。
穂乃果の目には、窓ガラスが丸く切り取られているように映っている。
ことりが駆け寄る。
ことり「なにこれ……」
ぶん――。
穂乃果「……っ」
耳をかすめる音に、穂乃果は首をすくめた。
ことりは気が付いていない。
穂乃果「わ、私ちょっと看護師さんに伝えてくるね」
ことり「あ……穂乃果ちゃん」
不安げにこちらを見つめることり。
穂乃果「すぐ戻るから」
ことり「うん」
ことりはにこと絵里の間の椅子に腰かけて、頷いた。
穂乃果は扉に手をかける。
穂乃果「ね、ねえことりちゃん……」
そうだ。忘れない内に花のことも聞いておかなければ。
穂乃果は肩越しに振り返った。
穂乃果「え……」
ことりの姿がない。
穂乃果はベッドの合間を数秒凝視した。
それから、急いで呼んだ。
穂乃果「ことりちゃん! ことりちゃん! ……っことりちゃんっ!? ことりちゃん!?」
何度呼んでも返事がない。
にこも絵里もうるさいわね、と起きることもない。
穂乃果「あ……」
他のベッドをぐるりと見渡す。
ベッドの下を探る。
いない。
ぶん――。
音がした。
穂乃果「……いやっやだああああアアア!?」
病室に生暖かい風が吹いた。
穂乃果の家
病室で気が狂いそうなほど叫んで、絵里の枕元のナースコールを何回も何回も壊れるくらい押した。
驚いて駆けつけた看護師に事情を説明し、その後、友人が二人も意識不明になってしまったので気が動転している、と慰められた。
家に帰って、自分の母親にことりがいなくなったことを話した。
穂乃果のことを信じているけれど、と言ってあまり取り合わずに店へ戻っていった。
病院に座っていて、目の前で急にいなくなった、なんて自分でも意味不明だとは思う。
きっと母も自分が動揺のあまりそんなことを言っているのだと思ったに違いなかった。
いてもたってもいられずに、すぐことりの母親に連絡したけれど、留守電に繋がってしまって、穂乃果は自室でウロウロと机の周りを回っていた。
穂乃果「どうしようどうしよう……」
穂乃果は絶望と恐怖で本当に頭がおかしくなってしまったのかもしれないと思いたかった。
現実じゃない。自分の妄想だったら。
穂乃果「ことりちゃん……ことりちゃん」
しゃがみ込んで、名前を何度も呼ぶ。
先ほどまで、心配そうににこの手をさすっていたのに。
自分が病室から出るときの、ことりの不安そうな表情を思い出す。
穂乃果「私が……一緒に行こうって言っていれば」
彼女を一人にしようとしてしまった。
あの部屋から聞こえてくる音が怖くて。
ただの虫の羽音だ。
ぶん――。
穂乃果「……ひっ」
音。
ブン――。
ブゥン――。
近づいてきている。
穂乃果「な、なに……っ」
穂乃果は部屋の中を見渡す。
何もいない。
ブゥンブゥンッ――。
穂乃果「やだ、来ないでッ……」
首筋を何かが撫でた。
穂乃果「ひやあッ!?」
振り返る。カーテンがひらひらとはためいていた。
窓なんて開けてない。
穂乃果「や、なに、なにッ!? ことりちゃんッ!? ことりちゃん、助けてッ!!」
ブゥンブゥンブゥン――。
穂乃果は部屋を飛び出した。
階段を駆け下りる。足がもつれて、あと2段という所でお尻から滑り落ちた。
穂乃果「いっ……た」
ブゥンブゥン――。
穂乃果「ひっ……お母さんっ!? お父さんっ!」
話し声は聞こえるのに、こちらの声は聞こえていないのか。
玄関から外に出ようとして、靴を履く。
が、扉が開かない。
穂乃果「なんで、なんでっ!?」
店の方に回れる扉を叩いて、両親を呼ぶ。
穂乃果「ねえっ!! いるんでしょっ!? 返事してよっ!」
ブゥンブゥンブゥン――。
耳のすぐ後ろで音が鳴った。
穂乃果は意を決して振り向いた。
穂乃果「……っ」
誰もいない。
心臓の鼓動がうるさいくらい耳に届いていた。
息を荒くして、扉を背中にくっつける。
穂乃果「はあっ……はあっ」
額にたっぷりと汗をかいていた。
右手で汗を拭う。
穂乃果「っ……ふっ」
全身が震えていた。
穂乃果「ことりちゃん……海未ちゃん……っ」
と、ポケットで振動。
携帯の着信だった。
海未からだ。
穂乃果「……海未ちゃん!!」
海未『ほ、穂乃果……助けてっ』
穂乃果「え……」
海未『ここを開けてくださいっ!! お願いしますっ!!』
穂乃果「何、どこのことなのか、わかんないよっ」
震える唇で問いかける。
海未『どこって、さっきからインターホン押してるじゃないですかっ……穂乃果の家の玄関ですよっ』
穂乃果「……うちの玄関?」
海未『穴が追ってきて……プツ』
穂乃果「海未ちゃん?」
ツーツーと流れてくる。
穂乃果「海未ちゃん!! 海未ちゃん!!」
穂乃果は立ち上がる。
扉の向こうからあの虫の羽音のような音が聞こえていた。
穂乃果は取ってに手をかける。
喉を鳴らした。
開ける前に、携帯でタ行を検索する。
電話をかける相手を選択する。
穂乃果「もしもし……」
希『穂乃果ちゃん?』
穂乃果は確信の持てないまま言った。
穂乃果「希ちゃん、絶対にあの穴の中を覗き込まないで。これから、誰がどうなっても絶対に覗きこまないで」
希『穂乃果ちゃん、何を』
穂乃果「真姫ちゃんや、凛ちゃん、花陽ちゃんにも……伝えておいて」
希『待ちい……穂乃果ちゃん、今、どこにおるん? 何しようとしてるんッ……』
穂乃果「……」
穂乃果は玄関に置いてあった傘を一本抜き取る。
穂乃果「ごめんね……」
希『待って……行かんといてッ、お願い! 一人にしないで!』
穂乃果は携帯を切った。
穂乃果「……鬼は……そとおおお!!」
そして、扉を思い切り開いて転がり込んでいった。
―――
――
―
部室
花陽と凛が漸く学校に出てこれたのは、ことりと海未と穂乃果がいなくなってから3日程経った頃だった。
花陽「……穴を見るな?」
凛「穂乃果ちゃんがそう言ったの?」
希「うん……」
二人は希の言葉を受け止めあぐねている様子だった。
二人の座る正面には真姫がいて、やつれた顔で話に耳を傾けていた。
希「やから、真姫ちゃんも……あの穴に絶対近寄らんといてな」
真姫「私のせいだ……」
希「何言ってるん」
真姫「私が、手がかりを探しに行こうなんて言ったから」
希「それは……あの時、みんなで探そうってなったやんか」
真姫「……それに、次は私よ」
希「真姫ちゃんは穴見て……」
と、希は言葉を止める。
いや、彼女は制止を振り切って穴の傍に近寄ってしまった。
真姫「花束が……あの穴の中に置いてあったの」
目をきつく閉じながら、彼女は言った。
真姫「イヤ……私、イヤよ……」
花陽と凛が立ち上がる。
真姫の手を握り込んだ。
花陽「一緒にいるから……ね」
凛「凛が真姫ちゃんとかよちんを守るにゃッ!」
真姫「……うッ」
希「……真姫ちゃんを一人にするんは良くないとウチも思う。なあ、良ければ一緒についてやってな」
凛「希ちゃんも」
希「うち、ちょっと調べたいことあるんよ……」
凛「……希ちゃん、穴、見に行くつもりにゃ?」
希「え」
凛が希を見据えた。
希はどきりとした。
どうして、わかったのだろうか。
凛「分かるよ。希ちゃんが自分のこと後回しにしちゃう時の顔してるもん……」
希「どんな、顔や……」
凛「そんな顔……」
真姫「希……何する気なのよ。あなた、今、自分で覗くなって言ったばかりじゃない」
花陽「希ちゃん、ダメだよ……ッ」
希は彼らをできる限り守りたいと思っていた。
それには、何らかの手がかりが必要で、それはあの穴にしかないような気がしていた。
真姫「あなたが……覗く必要ない。もう覗いた私が調べるから」
―――
――
―
工事現場
真姫「……絶対そこから動かないでよ」
凛「う、うん」
真姫の身体にロープを結びつけ、穴を覗いてもらう。
花陽「真姫ちゃん気をつけて……」
希「何が見える?」
真姫「……土」
凛「他には?」
真姫「何も……」
花陽「ここって、いつから工事してるんでしょうか……」
希「ついこの間やったような……」
凛「工事現場のおいちゃん達、見たことないにゃあ」
「こら! あんたたち!」
花陽「ひゃあッ!?」
花陽が飛び跳ねた。
凛と真姫も後ろに振り返る。
近所のおばちゃんらしき人が立っていた。
今日はここまで
乙
めちゃくちゃ怖い
乙
乙
正体のわからないモノの悪意が感じられて凄く怖い
おばさん「どかんか」
野良犬でも払うように、おばさんは
穴と希らの間に立ちふさがる。
おばさん「その制服……この間、ここに落ちとった子の友達か?」
希「はい……」
おばさん「お気の毒になあ」
真姫「……」
おばさん「ここは、危ないから近づかんようになあ。間違って落ちたら怪我するでえ」
凛「ちょっと調べたいことがあって……」
おばさん「あかんあかん、あんたらも怪我したら危ないやろ」
真姫「でも」
おばさん「危ない言っとるやろ!」
花陽「ひッ」
おばさんが急に怒鳴り、花陽は希の後ろに隠れるようにして後ずさった。
おばさんの剣幕に押されるように、希らはその場を離れた。
4人は他に何か情報はないかと、穂乃果の家に向かった。
シャッターの降りた『穂むら』の前にパトカーが停まっていて、
何事かと思い玄関の方へ急いで回った。
警官「なるほど、いなくなる前はどこに行くというのは言っていなかったんですね」
玄関にいたのは、警官二人と穂乃果の父親だった。
暗がりの玄関に青ざめた顔で立ちすくむ父親。
警官は訪ねにくそうに、事情を伺っている。
穂乃果、海未、ことりの三人は未だ見つかっていなかった。
にこと絵里のようにあの穴で発見されることもなく、
捜索活動が本格化していた。
警官「君たちは……」
様子を覗っていた希らに警官が気づいて振り返る。
希「あ……」
警官「ちょうど良かった。聞きたいことがあるんだが」
警官がこちらに向かって足を踏み出した時だった。
真姫「ひッ……」
真姫が小さな悲鳴を挙げた。
希「ど、どしたん? 真姫ちゃん?」
真姫「……今、耳元で音が」
希「音?」
真姫「ひいッ……」
真姫が虫を払うように、腕を横に振った。
花陽「ま、真姫ちゃん?」
凛「何かいるにゃ……?」
真姫「やめてッ!? 来ないでッ!」
真姫が走り出そうとするので、
希は慌ててその腕を掴んだ。
警官らも驚いて、
警官「だ、大丈夫か?」
真姫の肩を掴む。
彼女はそれを振り払った。
真姫「あっ……」
ぴたりと真姫の体が止まる。
何か、一点を見ている。
目を見開いて。
呼吸を忘れているかのように、唇を結んでいた。
凛と花陽が真姫の見ている方に視線を這わした。
真姫は、その場に座り込んだ。
希は真姫の見ている方向、家の玄関を見た。
真姫「や……」
真姫の体が、地面を擦りながら引きずられていく。
真姫「やだあああ?! 離してえええ?!」
誰もがその瞬間目を疑った。
真姫が手や足をバタつかせてもがく姿を、誰も何も出来ずに凝視していた。
真姫は道路に爪を突き立てた。
ガリガリと道路が指か――剥がれるような音。
真姫「助けっ……てえ」
真姫が希を見た。
希は漸く目の前の出来事を理解した。
何かに引っ張られている。
希「真姫ちゃ……っ」
真姫の手を掴もうと手を伸ばした。
彼女の指が、するりと抜けた。
向かいの通りに向かってものすごい速さで真姫の体が動いていく。
首の座っていない赤ん坊のように、
四肢の麻痺した患者のように、
彼女は移動していく。
警官が漸く異常な事態を受け止め走り出したが、
目の前をトラックが横切った。
真姫の姿は、消えていた。
花陽「いやああああああああ?!」
花陽の絶叫がその場に木霊した。花陽は自分の頭を両手で庇うように押さえ込んだ。
凛が震える身体を堪えて、花陽の身体を抱きすくめる。
二人は互いに、その場にへたりこんだ。
警官は動揺しつつ、今しがたの奇怪な現象を無線機で報告し始めた。
自分でも何を喋っているのかよく分からないと言った様子だった。
希「なに……なんなん?」
希はぽつりと呟いた。
真姫の消えた路上を見つめる。
希の意識はそこで途絶えた。
その日、真姫は家に帰ってくることはなかった。
希が目を覚ましたのは、夜8時。
病院のベッドの上だった。
母親が傍に座っていて、慌てた表情で希の手を握ってきた。
凛と花陽の姿はなかった。母に聞くと、家に戻ったようだった。
精密検査を受けるかと希は母に尋ねられたが、軽い貧血だと診断されているようだったので断った。
仕事があるため、母は早々に病室を出て行った。
静まり返った部屋で、希は先ほどの恐怖を思い出していた。
コンコン―。
希「っ……」
希の体が跳ねた。
看護婦かと思ったので、返事をした。
扉がスライドする。
凛「希ちゃん」
希「り、凛ちゃん。こんな遅くに……」
凛「希ちゃんが心配で……」
希「花陽ちゃん、一人にしてええのん?」
凛「寝ちゃったから、その間に」
凛が口角を上げる。
上手く笑えていない。
今日はここまで
真姫ちゃん指大丈夫かな
凛「怖くて……じっとしてられなかったの」
希「……凛ちゃん。おいで」
両手を広げてベッドへ呼んだ。
小さな歩幅で近づき、凛は両膝を立てて抱きついた。
その頭を希は撫でてやる。
凛がおもむろに口を開いた。
凛「次は、凛だ……」
希ははっとした。
希「凛ちゃん、もしかして穴覗いたんか……」
恐る恐る聞いた。
凛は無言で頷いた。
希「なんてことや……」
凛「私見たの……穴の中に腕があったの」
希「腕?」
凛「うん……ほんとだったらきっと凛が一番最初だったんだ。怖くて言い出せなかったの……っ」
凛が涙声で言った。
希は凛が見たという腕に引っかかる。
みんなあの中で花束を見たと言っていたのに。
希「どういうことや……」
凛「凛、みんなに変なことが起きる前から、あの穴が出来る前からあそこよく通ってたにゃ……。だから、凛がきっと一番早くあの穴を覗いてるんだよ」
希「それやったら……おかしい。だって、穴を覗いた順番に意識不明になったり、おらんなったりしてるのに……」
凛「だから、次は……」
希「ううん、凛ちゃんが見た時と穂乃果ちゃん達が見たときで違う物が見えたんやろ。だから、凛ちゃんには何も起こってない」
の、希ちゃんなら昔一時だけ童守小学校5年3組に在籍してましたーとか言い出すんだろ?
頼むよ…
怖いけど続きが早く読みたい
凛「これから起こるんじゃ……」
希「そうかもしれんけど……そうじゃないかもしれん。ううん、ウチは……凛ちゃんを絶対守りたいっ」
希はもう一度強く凛の身体を抱きしめた。
凛の震える手を握り締める。
凛「希ちゃん……」
希「凛ちゃん、あの穴掘ってみんか?」
凛「……え」
希「昼間は誰かしらに見つかってしまう……でも、夜なら」
凛が喉を鳴らした。
身体を離す。
希「凛ちゃんは穴覗かんでええからな。誰か来たら、すぐに逃げればええんや。後ろで見張ってくれれば」
凛は口を開いて、
凛「……そんなの、そんなの嫌だもん! 凛だって、希ちゃんがいなくなるのなんて嫌だ! 凛も一緒にやるからっ」
希「凛ちゃんにもしものことがあったら、花陽ちゃんが」
凛「そんなの希ちゃんだって同じにゃ……っ一人でなんてやらせない。二人でかよちんの所に戻ろう? ね?」
希「……凛ちゃん」
希は凛と病院を抜け出した。
もし、自分に何かあった時のために、枕の下に手紙を残して。
一度凛の家に行き、長めのスコップをスポーツバックへ入れ希が担ぐ。
小さな折りたたみの脚立があったので、それは凛の自転車の荷台にくくりつけた。
凛の家で自転車を借りて、工事現場へと向かった。
穴のすぐそばに自転車を止めて、希と凛はゆっくりと穴を覗き込んだ。
月明かりが仄暗い底をうっすらと照らす。
希(花……ないな)
希はどこかホッとして、凛に合図する。
希「降りるで」
凛「うん」
足を痛めるような高さではないが、慎重に降りる。
希「先にウチが掘るね。上から懐中電灯で照らしてくれる?」
下に降り立つ。
だいたい自分と同じくらいの深さだろうか。
凛「分かった……」
スイッチが入って、穴の底が鮮明になる。
茶色の土。
土壌の匂い。
熱が逃げるように、ひやりとした。
希「っしょ……」
ザクザクとスコップを差し込む。
地面は固いかと思っていたが、
案外柔らかかった。
まるで、ついこの間誰かが掘ったような。
希「……え」
茶色の土に混じって、
何か赤黒いものが出てくる。
なんだろうかこれは。
凛「の、希ちゃん……っ」
一瞬ペンキと生ゴミの混ざったような匂いが鼻をかすめた。
思わず、むせ返る。
希「うっ……ごほっ」
何の匂いか。
意を決して、もう少し掘ってみると、草花の枯れたものが出てきた。
ナイロンの包み紙に包まれている。緑色のリボンは解けていた。
希「これ……」
続いて、赤黒いシミのようなものも大量に出てくる。
カビなのか。それとも、鉄クズが腐ったものが埋もれていたのか。
凛「大丈夫……?」
希「うん、もうちょい掘ってみる……」
足元に土束を作り上げ、さらに掘り進める。
硬い部分に当たった。
どうやらこれ以上は難しそうだ。
ワン!ワンワン!
凛「ひっ……」
犬の吠え声。
希「……どしたん?」
凛「野良犬が……」
唸り声が近づいてくる。
希「凛ちゃん、脚立をこっちに……」
凛「……う、うんっ……あ」
凛の動きが止まる。
穴の方に背中を向け、凛は何かを見ていた。
希「り、凛ちゃん、早くっ」
凛は返事をしない。
凛「……犬の口の周りが」
希「口の周り?」
凛「真っ赤……だ」
何を言っているのか。
希「……り」
凛「やっ……まさかっ…………?」
凛は錯乱気味に首を振って、しゃがみ込む。
凛「穂乃果ちゃんっ……海未ちゃんっ……ことりちゃんっ」
凛が叫んだ。
犬も驚いたのか、威嚇の唸り声が鋭くなる。
希も凛が何に思い当たったのかが分かった。
希「そんなはずないやろっ……! 大丈夫っ落ち着いて、凛ちゃん!」
凛「やだあ! 来ないで! 真姫ちゃん! 真姫ちゃん!」
凛は手近の土を掴み、投げつける。
希「凛ちゃんっ!」
はたと、凛と犬の声が止んだ。
おばさん「ほれ、何怒っとんじゃい……あっち行き」
代わりに、昼間のおばさんの声がした。
――――
―――
――
おばさん「ここは危ない言うたで?」
穴から出た希は凛と共に、歩いて自転車を押していた。
犬はおばさんによく懐いていたようで、
おばさんが持ってきた餌をやると、
すぐに去っていった。
おばさん「あの時間はあの子らに餌をやりよるもんで、お腹空いて気が立っとったんやろなあ」
今はおばさんと一緒におばさんの家に向かっていた。
おばさん「あの辺りは夜は野犬が多いけえ、気をつけんと」
おばさんは近所に住んでいるようで、
希らが穴のことをどうしても調べたいと言うと、
心当たりがあるからと言って、
おばさんの家で話を聞くことになった。
おばさんの家
おばさん「はい、コーヒーで良かったかえ?」
希・凛「ありがとうございます」
古い日本家屋に一人で住んでいるらしい。外見も内装も煤けた感じだった。
希も凛も慣れない薄暗さに、少し気味悪さを感じていた。
おばさん「こんな暗い時間に探りよると、警察に補導されてしまうからやめえよ?」
希「はい、ご迷惑おかけします……」
おばさん「で、あそこの工事現場やけどなあ」
と、おばさんがため息を吐いた。
おばさん「もともと畑があって、穴掘って生ゴミとか色々なゴミを捨てよった小さな埋め立て所でな」
希「へえ……」
おばさん「今は畑もなくなって、工事も進んできよるけど……未だに生ゴミを捨てる人間がおって。ああやって、夜は犬がそれを狙ってうろついとる」
おばさんがコーヒーをすする。
おばさんはやれやれと言った表情で、
ふいに希らから視線を外した。
凛は気がついていなようだ。
希はそれになんとなく違和感を感じた。
おばさん「人間が捨てられとったんは久しぶりじゃけびっくりしたわ」
凛と希は肩を震わした。
希「ま、前にもあったんですか?」
凛が希の服の裾を握り締める。
おばさん「……30年くらい前に。私が見たのは70くらいの老婆だった。だが、ここいらでは、当時それは普通のことだった」
希「え……」
おばさん「姥捨て山、というのは聞いたことあるけえ?」
希「はい……」
おばさん「同じようなことがその畑で行われとった」
凛「ひ……」
おばさん「時代によりけりさ。だが、だんだんと法が整備され、しだいにその習わしはなくなっていった。私が知っとるんはこれくらい……」
希「わ、私の友人達はみんな花を見たと言っていて……それを見た全員が、いなくなったり、意識不明になったりして……」
凛「り、凛もあの穴で腕を見たにゃっ」
おばさん「ほお」
おばさんが、真顔になる。
おばさん「人が捨てられる時は……供養のためや死出の旅が無事に終わるように、花束を投げ入れよった」
おばさん「……花は他にも、死者が寂しくならないように……道連れを作らないようにそんな意味が込められとった」
希「……」
おばさん「もしかしたら、あの穴には死者の念がまだ残っとるんかもなあ。寂しい寂しいと訴えよるんかもしれん」
希はこの奇怪な現象の全てを受け止めきれてはいなかった。
神や仏の存在を否定するわけではない。
だが、幽霊の仕業だとして、一体自分たちに何ができるのだろうか。
凛「の、希ちゃん……お祓いとかできないの?」
希「ウ、ウチ? む、無理やって」
おばさん「あんた、巫女さんなん?」
希「あ、いや手伝いをしてるだけで」
おばさん「そうけえ……」
ポツ――。
窓ガラスに水滴が当たった。
おばさん「おっと、雨が振ってきたで……こりゃ行かん。ちょっと、外に干しとるもん取ってくるから……お待ちよ」
机に寄りかかりながら、おばさんが立ち上がる。
廊下を駆けていく音。
希「凛ちゃん……幽霊って本当におるんかな」
凛「分かんないけど……幽霊でも幽霊じゃなくても……凛達……何も……できないのかなっ」
凛が俯いて、コーヒーの中を覗き込んだ。
希「……」
希は目を細めて、凛を見た。
精神的に参ってしまっているのだろう。
希もそれは同様だった。
本当に何もできないのか。
何もかも幽霊の仕業なのか。
そんな、不条理があるだろうか。
希「……ウチ」
幽霊の仕業だなんて。
ぼんやりと押し入れを眺めた。
柱との間に隙間が空いている。
そう言えば、先ほどおばさんが見ていたような。
いや、それがどうしたというのだろう。
希「なに……」
この違和感はどこから。
あの隙間の奥が気になるのはなぜ。
ただのカン。
カンが働いているだけ。
どうして、おばさんはこの時間犬に餌をやりに来ていたのか。
どうして、穴から遠ざけようとしているのか。
おばさんは、まだ何か隠しているような。
希は意を決して、ふすまに近づいた。
凛「希ちゃん、何を……」
希はふすまに手をかけた。
希「……」
ガタン――。
希「っ……」
中で軽めの何かが倒れる。
希は音を立てないように、ゆっくりとスライドさせた。
凛「ど、どうしたの? 勝手に開けたら……怒られるよ?」
希「……これ」
凛「え?」
希はそれを手に持って、
凛に見せた。
凛「傘……?」
希「なあ……これ、どこかで……」
凛「……それ……穂乃果ちゃんの傘」
希は頷いた。
廊下がきしんだ。
凛と希は振り返った。
おばさんが細長い棍棒を振りかざすのが見えた。
ガン、という鈍い音が凛の頭で弾けた。
凛は声も出さずに倒れた。
希「っ……凛ちゃん!?」
おばさん「……」
おばさんがもう一度、今度は希に向かって振り下ろす。
希は避けきれず、とっさに腕でそれをふせいだ。
希「っうう!?」
腕にめり込んだ棒を力の限り払った。
おばさん「……っ」
おばさんがよろめく。
希はとっさにコーヒーカップを掴み、
おばさんに向かって投げつけた。
おばさん「ひいっ」
中身が目に入ったのか、顔を抑えて壁にもたれかかった。
希「凛ちゃん! 凛ちゃん! 起きてっ」
凛「うっ……希ちゃんっ……」
凛を起こそうとするが、
頭を強打したせいか自分の力で立てないようだった。
凛「っ……希ちゃん、逃げて……」
希「そんなこと……」
おばさん「死ね」
おばさんが短く言った。
希は今までにない痛みを後頭部に受け、
そのまま意識を失った。
希が腕を動かすと、ジャラ―と言う金属の擦れる音がした。
希「っ……」
口の中に布が詰め込まれていた。
言葉にならない声が喉の奥でこだました。
おばさん「……」
希のいる場所は倉庫のようだった。
埃っぽく湿気た匂い。
おばさんのいる部分だけ、ロウソクが立っていて灯りが瞬いている。
おばさんがハンマーを振り下ろしている。
影が揺れる。
希「……っ」
おばさん「ごめんね、お母さん。寂しかったね……今日は二人連れてきてあげたからね……」
希は周りを見渡す。
凛がいなかった。
凛はどこに。
ガンガンとおばさんが何かを叩いている。
一体何を。
おばさん「……お腹空いたでしょ……早く持っていってあげるからね」
希は頭痛に視界を歪めながら、
錆びた鉄のような、ペンキのような匂いを思い出していた。
希は身体をおばさんの方へ近づけた。
おばさんの手元は真っ赤だった。
金属のボールの中には豚のミンチのようなものが入っていた。
所々、白い塊が突き出している。
おばさん「……ふんっ」
おばさんが一際カナヅチを打ち付けた。
希の腕に何かが飛び散った。
それは――歯だった。
希「っ……?!」
希は暴れた。
ジャラジャラと無駄だと言うように鎖が鳴った。
おばさん「静かにしなさい……ああ、ごめんねお母さん」
おばさんが話しかけているのは、白い箱だった。
おばさん「ちょっと作り過ぎたけど、残しても大丈夫」
おばさんの声がどんどん遠のいていく。
おばさん「あの子達が食べてくれるから。でも、そのまま穴に入れちゃダメ。大騒ぎになるから。二人も取り逃がしちゃった」
おばさん「備蓄はたっぷりあるから」
希「……っ」
おばさんの横に穂乃果達が転がっていた。
死んでいるのか生きているのか分からない。
自分の体がこれからどうなるのか。
それを想像し終わる前に、
希は目を閉じた。
End
救いなくおしまいです。
読んでくれてありがと。
なんかよくわからないまま終わったけどおばさんの仕業ってだけでは片づけられないことが多くて悶々
世にも奇妙な的な感じででもはっきりとしないにょ…
は?
え?マジで終わり?
こんな終わりだとなんで俺は数日かけてこのスレ追っかけてたのか…って気分になるわ
時間返して欲しい
うわー途中までかなり面白かったのに残念すぎる
せめて説明的なものぐらい…
あれだけオカルト路線で進めてたのに、おばさんの仕業ってのはちょっとおかしいんじゃないですかね……
ガオンされたのかと
解明編がほしい
こわい話ってこんなもんだと思うけどな乙
おばさんは確かに説明欲しかったかもしれないけど
うみねこ依頼だこんな気持ち
このSSまとめへのコメント
早く書いて。終わらせろ
分かりにくい。
分かりにくく書いて。