モバマスSSです
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光を感じて、私は目を覚ました。
朝、7時。
学校も、お仕事もない日なのに、アラームを切って思い切って寝坊しようと思ったのに、結局いつもと同じ時間に目が覚めてしまった。
カーテンを開くと、よりいっそう太陽の光が入ってきて、すっかり目が覚めてしまった。
これでは二度寝も無理かな……
観念して、寝間着のTシャツを脱ぐ。簡単に畳んで、また別のTシャツを着て、ジャージを羽織る。
入寮したばかりのころは部屋着として作務衣を着ていたりもしたけれど、Tシャツとジャージという服装がなんだかんだ一番楽で、今では寮にいるときはこの格好だ。
「あ、肇ちゃん!おはよう」
「おはようございます」
朝食をとりに食堂に行くと、忍ちゃんと穂乃香ちゃんが仲良く朝ごはんを食べていた。
おはようございます、と私が返すと、二人はにっこりとほほ笑む
「肇ちゃんは今日お仕事?」
「いえ、お休みです」
私の返事に、えー!と忍ちゃんが驚く
「お休みの日なのに早起きだねー! アタシだったらのんびり寝ちゃう。穂乃香ちゃんも早起きだよね」
忍ちゃんの言葉に、バレエやってたときの朝練の習慣が抜けなくて、と穂乃香ちゃんは苦笑いする。
「ふふっ。今朝はたまたまです。日が昇るのが早くなったからかな」
「ひょっとして肇ちゃんは日が昇るのと同時に起きて、日が沈むのと同時に寝ちゃう人?」
いたずらっ子みたいな笑顔で忍ちゃんが言う。忍ちゃんはすごく真面目な子なんだけれど、こういう茶目っ気がたまらなくかわいい。
「祖父がそんな感じでした。なんて。お二人はお仕事ですか?」
私の問いかけに、はい、と穂乃香ちゃんが答える。
「今日は千葉でラジオに出演する予定です。毎週のヒットチャートをカウントダウン方式で紹介する番組だそうで」
そうなんですか、と相槌を打って、ハッと私は思い出した。
「フリルドスクエアの新曲、聞きました。とてもステキなサマーソングですね」
私の言葉に、二人はちょっと照れたような笑顔を見せる
「まだ5月なのに気が早いよね、夏って」
「今日はそのプロモーションも兼ねて……今日のカウントダウンでいい順位だといいのだけれど……」
ドキドキしちゃうよね、と言いつつも二人の表情は明るい。手ごたえはあるみたいだ。
実際、歌を聞いてみてすごく良かった。
フリルドスクエアのみんなは、どちらかというと冬っぽい感じがするけれど、明るく楽しそうなサマーソングも良く似合っていた。
ユニットの仲の良さや、楽しさが曲に出ていて、夏を目前にしたウキウキ感がとても良い。
さすが、今話題の女子高生ユニット。
「さて、そろそろPさん起こしに行かないと、だね」
お茶を飲みほして、忍ちゃんが言った。
ふふっと困ったような、でも、おかしくてしかたないって顔をして穂乃香ちゃんが笑う。
「うちのプロデューサー、昨日母校の同窓会に行っててね」
忍ちゃんは楽しそうに自分たちのプロデューサーの話を始めた。
・お酒が大好き。多分、楓さんといい勝負。
・母校は体育専門の女子大で、みんなその辺の男子に負けないくらいたくさんお酒を飲む
・でもプロデューサーさんはあんまりお酒に強くないらしく、寝たら最後、翌日誰かが起こすまで起きない
・女子の割に部屋がだらしない
・最近、初めてみんなで家に遊びに行って以降、甘えてくる。でも、甘やかしちゃう
これを横で聞く穂乃香ちゃんも、忍ちゃんと同じようにとても楽しそうな顔をしている。
「こーんな人。わかった?」
「ふふっ。とても良い関係を築かれてることがよくわかりました」
話聞いてた?と忍ちゃんは怪訝そうな顔をしたけれど、すぐまた笑顔に戻って、ま、仲良しなのは間違いないかな、と胸を張った。
ほどなくして二人は食堂を出ていった。
なんだか今日はPさんに会いたいな。
部屋に戻り、ベットに腰掛ける。今日は何をしようかな。
忍ちゃんと穂乃香ちゃんの話を聞いて、すっかりPさんに会ってお話をしたくなってしまった。
私の担当のプロデューサーは、多分フリルドスクエアのプロデューサーさんよりちょっとだけ若い。
346プロのプロデューサーは全体的に若い。
それは若い方がアイドルも話しやすいからだろう、ということと、
アイドル部門そのものが若く、この部門に昔からいるベテランがいないということ(もちろん他部署から異動された、業界内ではベテランの方もいる)が理由だそうだ。
私をアイドルにすると私の実家にあいさつに来たPさんが語ったことだから、おそらく事実なんだろうと思う。
実際、Pさんは話しやすいし、さっきの忍ちゃんたちのところも良い関係を築けているみたいだ。
他のプロダクションはベテランの方がついていることが多い。多分、その方が力やコネもあって仕事を取りやすいんだと思う。
うちはアイドル部門が若いとはいえ、老舗の大事務所なので、そこは名前でカバーできているそうだ。
若い行動力と事務所のブランド力。世の中はうまくできてるんだ、びっくりするだろ?と昔Pさんが語っていた。
実際、若いプロデューサーさんたちはいつ休んでるんだろうって思うほど働いている。若い行動力。すごい。
きっと今日も一生懸命になって私たちのために働いてくれているのだろう。
時折、働きすぎてじゃないか、って心配になる。
過去に一度、大丈夫ですか、とPさんに問いかけたことがあった。
『自分のがんばりに応えてくれる子たちがいる。それが嬉しくて、楽しくて、仕事に没頭できるんだ』
満面の笑みで彼は答えた。
昔、祖父も似たようなことを言っていた。
『自分が本気で向き合えば向き合うほど、器は応えてくれる』
最初は若造が、と言っていた祖父が、驚くほどあっという間にPさんを認めた理由が今ではなんとなくわかる。
うーん……
鏡に映る自分に、思わずうなってしまう。
以前、美紗希さんにコーディネートしてもらったおしゃれな私服。
似合う似合う、と褒めてくれたけれど、やっぱり気恥ずかしい。
でも、街に出ておしゃれなカフェに行くと決めたのだから、それに見合った服装をしなければ……
よし、大丈夫。
そう心の中で呟いて、最後にメガネをかける。
大事な、大事なメガネを。
寮を出るとすぐ大都会が目の前に広がる。
都会にはいつまでたってもなれることがなかなかできない。
特に事務所のある渋谷という街は、満員電車を歩いているような、そんな街だ。
田舎者にはきびしい。
空も田舎と違って、ちょっとくすんでいる。
ビルとビルの間に挟まれて空が見えるから、空がとても高く、遠く感じる。
田舎は高い建物なんてなくって、手を伸ばせばすぐそこが空だった。
都会に来ると、高い建物ばかりで、ビルの上にある空はどこまで手を伸ばしてもまったく届きそうにない。
こちらに来たばかりのころは、不安で不安でしかたがなかった。
ある時、Pさんは私を夜景の見えるビルに連れてきてくれた。
本当に絶景だった。その日みた景色を私は忘れることはないと思う。
気が遠くなりそう…。この街並み、光すべてに人がいるなんて
思わずつぶやいた私に、彼は都会は怖いか、と尋ねた。
私は首を振り、ただただ驚いたということを伝えた。
『あの光の中で働いている人たちを元気にできるのがアイドルかもしれないな』
その時彼は私をしっかりと見て、言った。
『光の中の人みんなを笑顔に肇ができたなら、あの光はやさしい灯りになる』
にっこりと優しくほほえんで彼はつづけた
『そういう夢を、一緒に今日の空に描こう』
なんだか泣きそうになりながら、私は何度もうなずいた。
いや、多分、ちょっと泣いてしまったかもしれない。
何か熱いものがこみ上げるたび、私の中の不安を溶かしていった。その感覚は今でもしっかり覚えている。
なれない、と言ってしまったけれど、それでも最初のころに比べたらだいぶなれた。
今では街並みを見ながら歩くことができるし、どこに何があるか、かなりわかってきた。
美紗希さんおすすめのおしゃれなカフェの場所も、口頭での説明でなんとなく場所がわかった。
岡山から出てきたころの私から想像もできない進歩だ。
ふと、ショウウィンドウに映った自分の姿を改めてチェックする。
部屋で一人でチェックした時より、似合っている気がする。多分、街に似合った服装だからだ。
メガネにそっと触れてみる。
茶縁の、かわいらしいメガネ。
私の大切な宝物。
Pさんが私に初めてくれたプレゼント。
仕事もだいぶ増え、テレビにも出演するようになったころ、Pさんは私を食事に誘ってくれた。
Pさんの地元の老舗のお店で、70歳近い板前さんが明るく元気に切り盛りされていた。
何を食べてもおいしくて、世の中こんなにおいしいものがあるのか、と驚いた。
お店もすごくあたたかくて、みんながみんな板前さんに会いに来てる、そんなような空気感だった。
だからカウンターに座ったのに、個室にいるような、変わった感じだった。
板前さんを通して1つの空間にみんながつながっているのだけれど、お互いがお互いに干渉しない。
それがとても心地よかった。
その頃の私は、露出も増え、油断して街を歩けばすぐ人に声をかけられたし、外食中にサインを求められることも少なからずあった。
最初はそれが嬉しかったけれど、毎日のように続いて、辟易としてしまっていた。
だからこういう空気が嬉しかったし、それをわかってこういうお店に連れてきてくれたPさんのやさしさが嬉しかった。
『良いお店だろ』
彼は自慢げにほほえんだ。
『今日は肇にプレゼントがあるんだ』
このお店に連れてきてくれただけで十分なのに、と思いながら彼が差し出したものを私は受け取った。
開けても?と尋ねると、彼はうなずいた。
茶縁の、かわいらしいメガネが中に入っていた。
『初めてのプレゼントは、メガネにしようと思ってたんだ』
『それは、なんでですか?』
『売れなきゃ、変装なんて必要ないだろ? だから、変装用のメガネって俺たち二人の努力の結晶なんだよ』
にっこりと彼はほほえんだ。にっこり、その言葉は彼のためにあるんじゃないか、そう思える、そんな笑顔だった。
『これからもっともっとたいへんになると思う。アイドル藤原肇の時間は長くなってくと思う』
箱からメガネを取り出して、彼はそのメガネを私にかけさせた。
『このメガネをかけてるときくらいは、普通の女の子、藤原肇に戻っていいからな』
いつもいつもこの人は私の涙腺を刺激する。
宝物にします、なんとかその一言を振り絞って、言った。
これだけたくさんの人が、それこそ流行に敏感な人たちがいるのに、メガネと帽子を被るだけで、誰一人私を藤原肇と気づく人はいない。
都会のやさしさを知った私だけれど、やっぱり都会は薄情なのかもしれない。
誰か一人くらい、気づいてくれたらいいのに。
そして、ごめんなさい。
今日の私は、普通の女の子なんです。
そう言ってサインを断ってみたい。きらわれちゃうかな? ふふ、なんだか悪い子みたい。
なんて思っていたら、目的のカフェの目の前まで来てしまった。結局誰にも気づかれなかった。
ため息をついてお店に入ろうとした瞬間。
「ひょっとして、藤原肇さんですか」
ついに声をかけられ、ハッとして顔をあげた
「ごめんなさい、今日のわた……ってPさん!?」
「やっぱり肇だ。びっくりしたー」
「ビックリしたのは私の方です」
と、言いつつ、会えたのが嬉しくって、顔がにやけていくのがわかる。引き締めなければ……
「よくわかりましたね」
「肇ならどんなに変装してもわかるよ。多分、テーマパークの人形の中の人をやっててもわかる」
あんまり大げさなことを言うものだから、声を出して私は笑ってしまった。
「Pさんはお仕事中ですよね?」
私の問いかけにうん、と彼はうなずいた。
「営業を終えて、これから事務所に一回戻るところ」
せっかく会えたのに、ゆっくりおしゃべりもできないのか……そう思うとにやけが引っ込み、しゅんとしてしまう。
気づいてもらえた、会えただけでもラッキーだったんだ。
アイドルとプロデューサー。プロデューサーの仕事を邪魔しちゃいけない。
……でも、今日の私は普通の女の子だ。
「ちょっとお茶しませんか。素敵なカフェがそこにあるんです」
私の言葉に、彼はニヤッと悪い笑顔を見せた。
「営業が長引くことって、良くあることなんだ」
そう言うと、彼は早くもカフェに向かって歩き始めた。
「肇はどんなのを飲みたい?」
にっこりとほほえむ彼につられて私も笑顔になる
「とびきり甘くて…温かいのを」
終わり
ありがとうございました。
あたるまで回せば爆死はしません。
肇ちゃん再登場とぷち、心待ちにしております。
乙です
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