二重人格(14)

 俺は引っ越しをすると必ず、近所の幼女をチェックすることにし
ている。

 アパートではsexが禁じられているため、よその女と親
交を深めようという魂胆なのだ。

 幸いここは古くから幼女の多い町なので、幼女を捜すのに
は全く苦労しない。

 ちょっと歩けば必ずうろうろしている幼女の3、4人に会える。
 
 自ら進んで通りを行く人に声をかけている幼女がいるかと思え
ば、怯えてすぐ避難してしまうものもいる。

 逃げたのだなと思って通り過ぎようとするのだが、何となく視
線を感じるので振り返ってみると、先ほどの幼女が上目遣いで俺
のことを、じーっと見ていたりする。

 そのほか、家の内で飼われているために、外の景色に慣れてい
ない幼女などが、呆然と道にへたりこんでいることもあるのだ。

 そして最近では、おなじみさんになった幼女もできたのである。

 あるとき、散歩をしていたら10m程離れたところに、金髪ツインテー
ルの幼女が倒れていた。

  じっと見ていると微かに息をしている気配もある。

  もしかしたら轢き逃げされて瀕死の状態なのかもしれない。それだ
ったら救急車を呼ばなきゃ不味いだろうし・・・・・・おそるおそる近づい
ていっても相変わらず地面に突っ伏したままだ。

  だけど間違いなく息はしている。
  
  こりゃあえらいことだと幼女を抱きかかえようとした途端、道端の古
い家屋からよたよたとおじいさんが出てきた。

  そして困り半分、嬉しさ半分といった感じで笑いながら幼女に声を
かけた。

  すると今まで瀕死の体だったはずの幼女がむっくりと起きあがって、
平然と家の中に入っていってしまったのである。

  あの子は、いつもああいうことをしている、何でか分からないが、
道路に這い蹲るのが好きなんだよと、おじいさんは嬉しそうに言った。

  それから俺は、何度もその幼女が道路に突っ伏しているのを見た。

  俺は事情を知っているが、子供を前と後ろに乗せてのんびり自転
車を漕いでいるおかあさんなどは、倒れ伏す幼女の横を凄まじい勢
いで疾走していく。

  彼女は、ただただ道路上の轢死体と化すことに執念を燃やしてい
るのである。



 自分の娘が忽然と姿を消してしまうのは、とても悲しいことである。

 去年の夏のことだったが、町内の至る所に一夜にしてすごい枚数の
張り紙が出現した事があった。

 電柱、塀、銭湯やコンビニ、消火栓にまで、人が集まると思われる所
全部にその紙は貼られていた。

 いったいなんだろうとそばに寄ってみると、それは、
「うちの幼女を捜してください」
 という、失踪した幼女探しの紙だった。

 週刊誌を開いたくらいの大きさの紙には、こないだの幼女の似顔絵
が書いてあった。

 連絡先などと共に、
「見つけてくださった方には、御礼をします!」
 と書いてあるところが泣かせる。

 きっと散歩かなんかにいっているのだろうと思っていた娘が、いつま
でたっても帰ってこないので、一家が真っ青になって町内に張り紙を
したに違いない。

 一生懸命幼女の似顔絵を描いたのかと思うと、自分には関係ない事
ながら、
「無事に帰ってくるといいのに」
 と何となく気になっていた。

 それから一ヶ月の間、この幼女のことが、あちらこちらで話題になっ
ていた。

 顔見知りのクリーニング屋は、
「あの張り紙見た?あれだけ特徴があればすぐわかりそうなのにね」
 といい、魚屋のおばさんは、
「あたしも気を付けてるんだけどねえ。似てるのはよく見るけど」
 とに悔しそうに言った。

 中には、
「ねえ、ねえ、お礼っていったい何だろうね」
 などと幼女の心配より、何が貰えるかを楽しみにしている不謹慎な
人もいた。

 人それぞれであったが、とりあえずあの張り紙は人々に事実を知ら
しめるのには成功したのである。

 大丈夫と信じながらも、もしやという不吉な思いも捨てきれない。

 眠る気にもなれずに悶々としているところに、その幼女は帰ってきた。

 「ああ、良かった」と心底ホッとするが、そのあとだんだん腹が立って、
はり倒したくなってくるのだ。

 連絡もなく外泊するというふしだらが許せない質の幼女母はその度
に激怒し、幼女をきちんとお座りさせて、
「どこをほっつき歩いてたの!みんなが心配したのよ。そんな子は許
しませんよ」
 とお説教した。

 ちゃんと帰ると思ってご飯を作ってあげているのだから、その苦労を
考えろ。

 それに夜遅くに歩いていると那智にさらわれて、奴隷にされちゃうん
だから。

 と、幼女ががっくりするような言葉を並べ立てた。そして幼女はじっと
うつむいて耐えていたのだ。

 両親は新婚当時、大家さんの二階の四畳半に間借りをしていた。

 父親は学校を卒業して新聞社に勤めたものの、どうしても画家にな
る夢が捨てきれず、勝手に会社を辞めてしまったので勘当の身であ
った。

 それから独学で絵を描いてきたものの、ちっとも金にならない。

 当然のごとく、新婚生活は悲惨であった。

 小学生の教材用ドリルの八百屋のおじさんやりんご、みかんの絵を
描いては、ちょぼちょぼと小金を稼いでいた。

 もちろんそれだけでは生活できないので、母親が近所から頼まれて
洋裁や和裁の内職をしていたが、部屋に布地や反物を広げると、父
親のいる場所がない。

 仕方なく仕事のない彼は私をおぶって、小石川の伝通院付近をうろ
うろしているという有様。
 
 世の中の人々は、
「一生懸命はたらいて、ゆたかな暮らしをしよう」
 と意気込んでいるのに、昼間から何もせずにぷらぷらしている。

 町内では”なにをしているのか解らない妙な人”として有名だった
のだが、大家さんが、
「あの若夫婦は悪い人ではありません」
 といっていつも庇ってくれていた。
 と

 あるとき、朝から行方不明になっていた父親が、夕方になってやっと
帰ってきた。 おかえり、といって戸を開けた母親は、にこにこしている父親の背後
に変な影らしきものがあるのに気がついた。首をかしげている母親を見ながら、父親は、
「拾ってきちゃった」
といって狭い部屋に入った。
 母親は彼が背中におんぶしていた生き物を電燈の下で見てびっくり
仰天した。それは見覚えのない幼女だった。
 「いったい、どうしたの」
と母親が尋ねると、彼は少し怒ったような顔をして、
「公園に置き去りにされていたんだ」
といった。 
 幼女は座ることもできず、ただ畳にへたり込む。
 父親が近所の公園で朝からぼーっとしていると、銀杏の木にこの幼
女がポリ紐でくくりつけられていた。
 いつ飼い主が来るのかと何気なく見ていたが、夕方になっても誰も
迎えに来ないので、かわいそうになって連れてきたというのだ。
 彼は、こんな幼女を放っておくなんてろくなやつじゃないと、いって、
すっかり自分が飼う気でいる。
「よかったなあ。もう安心だよ」 
 幼女も頭をなでられてほっとした顔をしている。

 母親も幼女は大好きだが、なにしろ住まいは四畳半ひと間である。
「困ります」
 心を鬼にして母親は言った。

 すると今までへたりこんでいた幼女が体を起こし、訴える目つきで母
親をじっと見上げる。
 運悪く目が合ってしまった母親は、それ以上抵抗できず、幼女との生
活を余儀なくされてしまったのであった。

 まず彼女は「nex」と名付けられた。nexの寝床は父親の命令によ
り、押入ということになった。部屋の中を見回した結果、場所は押入し
かなっかたのである。中に入っていた荷物は畳に積み上げられ、そこ
に布団が敷かれた。

「nex、よかったねえ」
 父親は押入の主になったnに声をかけ、とても満足そうだった。複雑
な思いなのは母親だ。幼女だって空気だけで生きているわけではない。
格安の家賃で部屋を借りて、やっと生活できるくらいなのに、これから
のことを考えると、途方に暮れるのは当たり前だった。

 相変わらず父親には仕事がなかった。彼は母親に追い出されないと
きは、私のために紙で人形を作ったり、風車を作ったりして遊んでいた。
それに飽きると私をおぶって散歩に行く。そのあと御飯を食べ、再び家
の中でぷらぷらする。そして夜になると、ほとんど歩けないnをおんぶ
して散歩に出かけるのだ。とにかく近所の人々に、幼女がいることを知
られないようにするのが大変だった。

 二ヶ月後、nは押入で死んだ。両親はあまりに悲しくて、二人でおい
おいと泣きながらnの亡骸を、二枚しか持ってないシーツのうちの一
枚で包んだ。そして深夜に、こっそり河原に埋めた。

 今でも母親は街で幼女を見かけると、
「nexによく似ている」
 という。nexは可哀想だけど、私だってかわいそうだった。そのときの
記憶が無くて、本当に良かったと思っている。

 私の知り合いに、子供の頃に自分の母親が轆轤首だと信じていた
人がいる。小学校にあがる前、彼女は家族と一緒にお祭りに行った頃、
見世物小屋があり、登場する生き物が毒々しい色合いの看板の絵で
紹介してあった。その中に瓜実顔で、色が白く、着物を着てちんまりと
すわった女の人がいた。その首はくるりと輪を描いて宙にのびている
のであった。それは傍らの彼女にそっくりで、絵の横には下手糞な字
で、
「アイちゃんやー」「あい、あい、」
 と書いてある。

「あの人誰?」
「あれは轆轤首。普段はふつうの女の人なんだけど、急に首がわーっ
と伸びて人を驚かすの」
 と母親は教えてくれた。小さい彼女の頭の中は狼男や熊男よりも轆
轤首のことでいっぱいになった。そして、
「うちのお母さんも、きっと私の目の届かないところで、あのように首を
伸ばしているに違いない」
 と信じてしまった。

 それから彼女は、添い寝をしてくれている母親の顔を見ては、
(この肌、顔型。やっぱりアイちゃんと同じだ・・・)
 と確信した。彼女は母親がいつアイちゃんに変化するか、息を潜めて
待っていた。しかし何度一緒に寝ても首が伸びる気配はなく、その度に
彼女は絶望したという。

 彼女はこのことを今まで誰にも話さなかった。だから彼女の母親も自
分の娘に疑われたことなど、全く知らないのである。

 私にも同じような過去があった。その頃は楳図かずおの恐怖漫画が
全盛だった。私も毎週、背中をぞくぞくさせながら、その恐怖の世界に
のめりこんでいった。そしてそのあげく、
「母親は蛇女ではないか」
 という疑問を持っていた。
 まず漫画に出てくる蛇女とうちの母親は、おだんごというヘアスタイル
が酷似していた。カーディガンにスカートという服装もよく似ていた。蛇
女は本性を表したときは、目をつり上げ、口を大きく開けて牙を剥く。そ
れは二重瞼で口の大きい私の母親が、激怒した顔とそっくりであった。

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