真姫「カルパッチョ」 (29)

西木野真姫は、この言葉を反芻し溜息をついた。

真姫 (カルパッチョ)

良い。
すぐれて音楽的な単語だ。
声に出して読みたい日本語だ。

真姫 (カルパッチョ)

いや、たぶん日本語ではない。
どこか遠くの国の言葉だと思う。
しかしそんなことはこの際どうでもいいのだ。

真姫 (カルパッチョ)

彼女はカルパッチョの何たるかを知らない。
人の名前か、地名か、はたまた間投詞か。
ひょっとすると、ものすごく卑猥な意味なのかもしれぬ。

真姫 (カルパッチョ///)

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しかし、それでもかまわない。
彼女が愛してやまないのは、この言葉の純粋な響きなのだから。

真姫 (カル)

「カル」は「かるやか」に通じ、軽快な印象を与える音である。
音楽用語でいうところのcon agillitaである。
彼女の頭の中に、すてきな幻が広がる。

カルパッチョ
   (ハロー、真姫ちゃん。
    今日は私と楽しく遊ぼうね)

真姫 (わあい、カルパッチョさんだ!)

カルパッチョと草原で戯れながら、彼女は声なき声を口にする。

真姫 (パッ)

カルパッチョとの快活な出会いが「パッ」につながる。
これは、ピアノソナタ形式における展開部であると言ってよい。
軽快に主題を提示し、しかるのちにドラマティックな展開を与えるわけだ。
彼女は自転車に乗れない。
しかし多感なる彼女には、こんな言葉が聞こえる気がするのだ。

カルパッチョ
   (パッと手を離しても、自転車は転ばないよ。
    だから勇気を出して、ペダルを漕いでごらんなさい。
    君の世界は、どこまでもどこまでも広がっているんだよ)

真姫 (すてきだね、カルパッチョさん!)

今日お家に帰ったら、自転車の練習をしてみよう。彼女はそう心に誓う。

そしてこの単語は、次のような音節で締めくくられる。

真姫 (チョ)

この音に思いを致すにつけ、彼女はカルパッチョさんの優しさに心打たれる。
チョ。何とお茶目な音ではないか。
あたかも、広い世界を前にしておののく彼女を安心させるかのような音。

カルパッチョ
   (大丈夫、こわくないよ。
    君の世界は、いつでも君を歓迎してるんだよ。
    カルパッチョ!
    こんなふうにね)

真姫 (ありがとう。
    カルパッチョさん、わたし、やってみるよ。
    カルパッチョ!)

「カル」で快活にして、「パッ」で勇気づけ、「チョ」で安心させる。
何と素晴らしい人間像、いや、カルパッチョ像であろうか。
私も、かくありたい。
そんな理想を胸に、彼女は再び心に思う。

真姫 (カルパッチョ)

ああ! しかし何と悲しいことであろうか。
こんなにも玲瓏たる「カルパッチョ」という音を声に出す機会は、あまりに少ない。
というか真姫ちゃんは、カルパッチョと口に出したことが無い歴16年なのだ。
声に出してみたい。
でも、急にこんな言葉を口にしたら、びっくりされるかもしれない。
ふしだらな女と思われるかもしれない。
そう思って口をつぐみ、彼女は物憂げに目を伏せる。

真姫 (カルパッチョ)

海未 (真姫、さっきから何を考え込んでいるのでしょうか。
    嬉しそうな顔をしたと思ったら、こんどは悲しそうな顔に……)

絵里 (きっと、かしこいことを考えているに違いないわ。
    ああ、こんな状況では、言えるわけがない。
    私が、先日たまたま目にした「ぬた」という言葉を口にしたくて仕方ないなんて)

真姫 (カルパッチョ)

絵里 (ぬた)

絢瀬絵里は、この言葉を反芻し溜息をついた。
とてもハラショーな響きだが、口には出せない。
なぜなら彼女は、この単語の意味を知らないからだ。
ひょっとすると、ものすごく卑猥な意味の言葉なのかもしれない。

絵里 (ぬた///)

海未 (真姫につづいて、絵里まで考えごとを始めてしまいました。
  聡明な二人のことですから、きっと何やら深遠なことを考えているに相違ありません。
    こんな真面目な雰囲気では、言うに言えませんね。
    私が、先日たまたま目にした「○○○」という言葉を口にしたくて仕方ないなんて)

真姫 (カルパッチョ)

絵里 (ぬた)

海未 (○○○)

園田海未は、この言葉を反芻し溜息をついた。
とてもラブアローな響きだが、口には出せない。
なぜなら彼女は、この単語の意味を知らないからだ。
ひょっとすると、ものすごく卑猥な意味の言葉なのかもしれない。(※)

海未 (○○○///)

(※本当に卑猥な意味の言葉なので伏せ字にしておきます)

真姫 (カルパッチョ)

絵里 (ぬた)

海未 (○○○)

ここで真姫は、我と我が身を振り返ってみた。
思えば私は、今まで素直になれずに、本音を隠してばかりだった。
そういう人を何と言うのか、知性あふれる彼女は知っている。
「つんでれ」である。

PV撮影のためにチョコを渡す練習をしているとき、彼女は皆からそんなふうに言われた。
どうやら「つんでれ」とは、素直に自分の本音が言えない人のことらしい。
しかるに、本音とは何か。
知性のみならず知的好奇心もあふれている彼女は、手元の国語辞典を引いてみた。

ほんね【本音】
 :口に出しては言わない(言うことがはばかられる)本心。

真姫 (本心?
    本心って、いったい何かしら?)

とどまることを知らぬ探求者である彼女は、さらに辞書の頁を繰った。

ほんしん【本心】
 :その人の本当の心

真姫 (そのまんまやないか)

これでは、どうにも要領を得ない。
私が知りたいのは、その心が一体何かってことなのよ。
そこで彼女は、さらに辞書の頁を繰った。

こころ【心】
 :特に人間に顕著な精神作用を総合的にとらえた称。
  (……長くて難しいので中略……)
  古くは心臓がこれをつかさどるものとされた。

真姫 (イミワカンナイ)

結局、心が何であるかは、よくわからなかった。
しかし、聡明にして賢明なる真姫ちゃんは、自分のすべきことに気がついた。
心が心臓にあるなら、自分の心臓に尋ねてみればよいのだ。
困ったら心音を聴く。実に医学的な解決方法である。
彼女は、自分の胸に手を当てて目を閉じた。

真姫 (教えてください、私の心臓さん。
    私の本心って、いったい何?)

すると心臓が、こんなふうに拍動した気がした。

心臓 (carpaccio)

真姫 (なるほど、やはりカルパッチョか)

彼女は、目を閉じたまま腕組みをして考えた。

真姫 (なるほど、真姫ちゃんには、だんだん分かってきたわ。
    私の本心というのは、カルパッチョなのよ。
    だから、口に出せない本心であるところの本音とは、すなわちカルパッチョなのね)

しかし、それでは結局、堂々巡りではないか。

真姫 (カルパッチョって恥ずかしくて言えない。
    結局この点に戻ってきてしまったわ。
    ああ、どうして私、こんなこと考えてるんだろ。
    エリーと海未は、いま何を考えてるのかな?)

絵里 (ぬた)

海未 (○○○)

真姫 (いけない、いけない。
    二人とも、上級生らしく、何やら高尚な物思いに耽っているじゃない。
    私も、どうすればいいのか、もっと真剣に考えないと)

絵里 (ぬた)

海未 (○○○)

真姫 (いずれにせよ、「つんでれ」のままでいるのは、みんなに申し訳ないわ。
    だって私、もっと素直になりたいって思ってるんだもん。
    思えば私、いつも本音が言えずに、みんなに迷惑をかけちゃってたかもしれない)

絵里 (思えば私、いつもKKEと呼ばれて、皆から期待されてきたわ。
    だから私は、かしこくないことをしないように、細心の注意を払って生活してきた。
    今のところ、この試みは成功しているわぁ。
    でもエリチカ、そんなキュークツな生活にちょっと疲れてきたかも)

海未 (思えば私、いつもアホな幼馴染みとふわふわした幼馴染みに挟まれ、しっかり者でいることを余儀なくされてきました。
    もちろん私は、二人のことも、μ’sの皆のことも、大好きです。
    だからこれからも、全力で皆のことを支えていくつもりですが……
    でも、私にも少々の息抜きが必要なのかもしれません)

真姫 (本音、言ってみようかな)

絵里 (本音、言ってみようかしら)

海未 (本音、言ってみましょうか)

真姫 (絵里が何か言ったら、そのあとに続けて私が本音を言おう)

絵里 (海未が何か言ったら、そのあとに続けて私が本音を言おうかしら)

海未 (真姫が何か言ったら、そのあとに続けて私が本音を言いましょう)

部室が沈黙に包まれた。
三人は、一心不乱に自分の本音に思いを凝らした。

真姫 (カルパッチョ)

絵里 (ぬた)

海未 (○○○)

誰かが話を始めることを、誰もが期待していた。
そんな張りつめた空気の中でカルパッチョに思いを尽くす真姫の頭に、再び幻が浮かんだ。

カルパッチョ
   (真姫ちゃん、どうしたの?)

真姫 (カルパッチョさん!)

カルパッチョ
   (せっかく友達と一緒にいるんだから、おしゃべりしてみようよ)

真姫 (でも私、こわいの)

カルパッチョ
   (何が怖いのかな?)

真姫 (私の本音を聞いたら、みんなはびっくりしないかな?
    私、せっかくできた友達に嫌われたくないよ)

カルパッチョ
   (大丈夫だよ、真姫ちゃん)

真姫 (どうして?)

カルパッチョ
   (真姫ちゃんがみんなのことを大好きなように、
    みんなも真姫ちゃんのことが大好きだからだよ)

真姫 (でも、わかんないよ。
    自分の本心さえよくわかんないんだから、友達の本心は、もっとよくわかんないもん)

カルパッチョ
   (友達の本心が、知りたいの?)

真姫 (うん)

カルパッチョ
   (むずかしいけど、かんたんなことだよ)

真姫 (むずかしいのに、かんたんなの?)

カルパッチョ
   (そうだよ。
    友達の本心が知りたかったら、自分の本心を伝えればいいんだよ)

真姫 (ちゃんと伝わるかな?)

カルパッチョ
   (伝わるよ。
    大丈夫、君の世界は、いつでも君を歓迎しているんだよ。
    もし怖いなら、魔法の呪文を教えてあげる)

真姫 (魔法の呪文?)

カルパッチョ
   (カルパッチョ!)

真姫 「カルパッチョ!」

真姫の言葉を耳にすると、絵里と海未が微笑んだ。

絵里 「真姫、私は嬉しいわ。
    あなたの本音が聞けて」

真姫 「でも私、実は、カルパッチョっていう言葉の意味が分からないの。
    それでも、本音が伝わったって言えるのかな?」

海未 「大丈夫ですよ、真姫。
    あなたの本音の意味は、それを聞いた私たちが教えてあげられると思います」

真姫 「私の本音の意味を教えてくれるの?」

絵里 「そうよ。だって私たち……」

海未 「友達、じゃないですか」

真姫 「エリー、海未……」

絵里 「カルパッチョというのは、牛肉の薄切りをオリーブオイルやスパイスで和えたイタリア料理の一種よ」

海未 「日本では、その応用として、魚の薄切りに同様の調理を施したものもカルパッチョと呼ばれています」

真姫 「二人とも、ありがとう!」

お礼を言ったあと、真姫は窓の外に広がる風景を眺めた。

真姫 (そして、ありがとう、カルパッチョさん……)

絵里 「ねえ、真姫、海未。
    私の本音の意味も、教えてもらっていいかしら?」

真姫 「もちろんよ、エリー」

海未 「私たちでよければ、ぜひ聞かせてください」

絵里 「ぬた」

真姫 「ぬた(饅)とは、野菜、魚介類、海藻などを酢と味噌で和えた日本料理の一種よ」

海未 「ワケギ、ネギ、マグロ、イカ、ワカメなどを使うと美味しく頂けます」

絵里 「二人とも、ありがとう!」

海未 「恥ずかしながら、私も二人に意味を教えてほしい本音があるのですが……」

真姫 「恥ずかしがることなんかないわ、海未」

絵里 「そうよ。
    何を口にしても、私たちはちゃんとそれを受けとめるから」

海未 「○○○」

真姫 「うーん、○○○か……
    カルパッチョとぬたと同じように、愉快な響きの言葉ね。
    でも残念ながら、私はこの言葉の意味を知らないわ。
    エリー、分かる?」

絵里 「いいえ、残念ながら、私も○○○という単語は初耳よ」

海未 「それでも私は、○○○という本音を聞いてもらえただけで嬉しいですよ。
    真姫、絵里、ありがとうございます」

真姫 「かしこい私たち三人でさえ○○○の意味が分からないというのは驚きね。
    でも大丈夫よ、私たちには、まだたくさんの友達がいるもんね!」

絵里 「そうね!
    さっそく、六人に○○○について訊きに行きましょうか。
    ……あ、中庭のほうから六人がこっちにやって来るわ!」

海未 「では窓を開けて、大声で伝えましょうか。
    せーの!」

※ おわりです。
  読んでくれた方、ありがとうございました。

>>2大丈夫か?

ソルゲ組いいゾ~^

乙 面白かった

すごい好き

大丈夫じゃないね

>>17
これに見覚えがある

ラストが意味不明でも読める展開になってワロタ

最初から最後まで意味わからなくてワロタwwwwww

お、おう

ラブライブ板で割とたくさんかいたことある?

>>1さんに乙と○○○と囁いておきます。それとも叫んだほうがよかったでしょうか。つかみにやられました。
あの後、海未ちゃんが[海未]にならなかった心配です。それともそうなったら海にでもいくのでしょうか。謎は深まるばかりです。

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